作:リング
用語説明
手羽先:ルギアの指先にあたる部分
手羽:ルギアの手のひらにあたる部分
漆黒の闇……何も映すものは無い極限とも言える深淵の中、感じられるのは己の肉体と、動き回るたびに切り裂いてく水。わずかに赤い光を放つ自分の体からでた光を照らし返す無機質なクレバスのみであった。男は捜している……冷たく、暗く、その圧力ゆえ誰も近寄りたがらない海の底。本能と、淡い希望を頼りに。
「もう、一人取り残されるのは嫌だ……仲良くなってもみんなすぐに死んでしまう。どうして……俺はこんな体に生まれてしまったんだ」
海の王と呼ばれる種族、カイオーガ。その寿命についていける生物などそこの辺を泳いでいるモノではない。そのため出会って、話をして、ひと先ず打ち解けるものの『死』と言う形での一方的な別れを突きつけられる。母親と暮らしていた時には無かった事態だ。
かつて知り合った相手……ホエルオーもエンペルトもドククラゲもその他ももろもろ……皆一様に彼を残して死んだ。彼はもう、別れることが嫌になった。
彼がここで暮らすのはただ悲しみの拒絶のための一言に尽きる。それがもたらしたのは孤独であって……満足では決してなかった。
「誰か~~……誰かいませんか~~? 誰か~~?」
何度目か、何百万回目かも分からないその叫び声はむなしく海溝のクレバスに反射するのみで、山彦だけが唯一の話し相手という生活は彼の心に大きな隙間をもたらす。
「もう疲れた……」
そう思うと、途端に休みが欲しくなる。ここは静かだ……自分が何もしなければ何の音もしない……してくれない。聞きたい……自分以外の音を、声を。それも死に別れるような相手ではない。
彼自身、『我ながらワガママである』と自覚している。
水の流れが変わる……不意に感じる『自分以外』。まだ何も見えない、何も聞こえない。無限の孤独の中に、かすかに感じた違和感は、秒を重ねるとともに確信を薄皮一枚づつ重ねていくように、『自分以外』の存在を教えてくれる。
体に走る神経が感じるのは、幻のように儚くて、それは今掴まなくてはきっと消えてしまう。それだけは以前から知っているかのように感じられる事実である気がした。……自分の存在の証明を。他人がいることで自分の存在を感じる日々が欲しい。それが『死』と言う『別れ』によって『終わる』ことがない存在……それが出来るのは恐らく、同族である『カイオーガ』しかいない。だから、こんな深海で、同族である、カイオーガを、ただ強くひたすらに、求めて泳いできたのだ。
光すら生きることのできない暗い海の底。何も見えるはずなど無いのに、かすかに見えた銀に輝く何か……何かがこちらを向ける。それには銀色に紫色の平たい何かがたくさん付いていて、銀色のヒレで水を掻き分けながら前を行く。
「おい、待ってくれ~~」
声を掛けて近寄れば、それは背を向けて一直線に泳いでいく。逃げる気か? 逃がさない……やっと見つけた話し相手を逃してたまるものか!
カイオーガと白い巨体の壮絶な追いかけっこが始まる。だが、勝敗などはじめから決まっている。高速で流体中を泳ぐ物質の後ろには『境界層』と言う流れの遅い部分が出来る。
その層の中には物体が引き込まれ、層を作る物質を引き寄せてブレーキの役割を果たし、反面後ろから来る物体は引き込まれるように振舞うため、後ろから来る物体が追い付くのが容易なことは自明の理なのである。
もちろん、そんな物理学など追う本人も追われる本人も知ったことではない。だが、ホエルオーなどの後ろについて泳ぐホエルコの子供が楽そうにしていることから経験で知っている。
そうでなくとも、水の中で最も速い生物はこのカイオーガなのだ。十分すぎる勝算を持って余裕で追いかけるカイオーガは、遠くからでは豆粒に見えた距離から、容易に白い巨体に肉迫する。
「待ってくれよ~~……何も取って喰おうわけじゃないんだから……」
白い巨体は明らかに同族では無い。だが、それは一目で分かる……かつて唯一の同族の知り合いである母親から教えてもらったものだ。
それは海の神……ルギア。白く美しい巨体には恐ろしい力が秘められているといわれ、自分たちが大雨を降らす能力であるのに対し、こちらは嵐を降り続かせる一回り優れた能力があるという。だが、それも天候の無い水中では無意味なこと。他人のことは言えないが……
しばらくして徐々に距離を詰められると、今度は攻撃が飛んでくる。水中で体をねじ切るようにサイコキネシスが飛んでくる。当たる、当たる、当たる……避けられない。どうやら今度は逆に層に引き込まれることが仇となるようだ。よけようとすると自然と体が引き寄せられる……
こうして幾度と無く体力を削られる。こっちからの攻撃は水の抵抗と進行方向の関係で攻撃が届きそうにないし、抵抗無視の技もない。
「くそ……負けていられるか」
カイオーガは捨て身の心構えで一気に突っ込んでいく。体がねじ切られそうになって全身が軋んでも、すぐさま体勢を立て直して白い巨体を追う。
やがて、相手にも
「ふ、ふふふふふ……あははははは。強くて速いですね、素敵な男性ですねぇ、見知らぬカイオーガさん。エスパータイプ持ちでサイコキネシスに強く、耐久力の高い同族でも追いかけっこが成功する確率は低いというのに……ふふふふふ」
突然ルギアが笑い出した。しかもとても上機嫌で、びっくりして顎を離してしまう。するりと尻尾が抜け、自由になったルギアはカイオーガの正面に向き直る。
ルギアが噛まれている部分は血が出るかでないかの瀬戸際くらいの強さで挟み込まれているはずなのに、ルギアの表情はその痛みをまるで感じていなさそうだ。
「おい、噛まれた部分……痛くないのか?」
よく見れば噛まれた部分は血がにじんでいる。やっぱり強く噛み過ぎたようだ。
「ふふふ……おやおや、いまさら何を言ってるのです? 知らないとは言わせませんよ」
ルギアはカイオーガの眼の後ろ。耳の部分に、触れそうなほど近くまで口を近づける。
「メスのルギアを追いかけることは求愛。逃げることは求愛に応じる事。捕まえる事は求愛の成功。その時に勢い余って血が 出ることもまた、強いオスの遺伝子だけを残そうというメスの本能の代償として当然のこと。まぁ、発情期でもないのに追いかけられたのは初めてですがねぇ……」
「はぁ……そうなの」
あまりに意外なその返答、そして長いこと誰とも話していなかったブランクと、意図が不明な会話の仕方が状況の正しい理解も満足にさせず、気のぬけた返事で返してしまう。
カイオーガには今の状況、男としてはとてもうれしい状況とも……とんでもない状況ともいえることをいまいちわかっていない。
「ふふふ……そして、求愛に成功した男性すなわち素敵な男性……カイオーガが相手というのはこれまた初めてですが……いいでしょう。
たくましい男性は大好きです。今ここでひと時の夫婦の契りを!!」
足で水を一掻きしてカイオーガに近寄り、巨大な口同士を合わせるようにキスをする。
「はあぅ!?」
訳も分からず声を裏返して叫んでしまうカイオーガ。いきなりこんなことされれば当然だ。
「ちょ・ちょ・ちょっと待ったぁ~~~。俺は……話し相手がほしかっただけで……夫婦になるつもりで近づいたわけじゃ……大体俺達、まだ名前も知らないし……それにそもそも子供出来るのか?」
ルギアは下顎に手羽先を当てて数秒考える……
「ふふふ……出来るのでしょうかねぇ? 分かりませんよ。まぁ、そんな問題は後で試してみればよいでしょう? 2~300年すればまた発情期もやってくるでしょうし……」
落ち着いた口調で言うルギアの顔は一点の雲りもなく、まるでそれが当然であるかのような笑顔だ。試すなどと恥ずかしいことをシレっと笑顔を崩さずにいえるか普通?
「試すって……いや、あの……」
ついていけないな……と、カイオーガは頭を抱える……ほどにヒレは大きくないので、せいぜい頬を抱えるくらいだ。
「それでは簡単に解決できる問題から。私の名前はアージェ=ルギア。アージェと呼んで貰いたいですね」
微笑んだ彼女の顔は美しく、魅力的だった。だからと言って、いきなり夫婦の契りとか……出来ない。
「えっと……俺の名前はアサン・カイオーガ。えと……よろしくお願いします」
堅い挨拶しかできない、アサンの頬をアージェの手羽先が優しく撫でる。
「ふふふ……固くならずに。それでどうしたのです? 私に交尾目的でもなく近寄ってくるなんてモノ好きな事をするわけを教えてくれませんか?」
優しい笑顔でアージェはそう諭した。アサンはいきなり交尾と言う展開はなさそうだと理解して安心する。
「俺は……いろんな奴と知り合ってきたけどみんなすぐに死んでしまってさ……だから、いつまでも死なずに一緒に居てくれる誰かが……欲しいんだ」
そこまで聞くと疑問をたたえた表情をするアージェ。
「なら、
「こんな深海で生きてきたのは同族以外は出会いたくなかったから……だって、同族以外はすぐ死んじゃうだろ? 最初に出会ったのお前は同族じゃないけど……あんたも長生きそうだから……だからそのまま追いかけた」
ふっと息をつき、納得したようにアージェは微笑む。
「ふふふ……なるほど、交尾が目的じゃない訳ですね。さびしがり屋のアサン殿」
アサンの顔がアージェの手羽先にチョンと突っつかれる。
「しょうがないから付き合ってあげますか」
優しい笑顔を浮かべる。
「本当に?」
アサンのいかつい顔が笑顔に変わり、喉を鳴らして低周波を放つことでその感情が周囲に鳴り響いた。
「もちろん本当ですよ」
水を一掻きして近づいたアージェは、大きな手羽でアサン頬を抱え込みその唇を合わせて再びキスをする。
「ひゃわう!?」
「ふふふ……その代わり、一緒にいる限りは夫婦ですよ? 交尾までは強要致しませんが、起きたらおはようのキス。そして食後のキスくらいは強制させてもらいますね♪」
優しい笑顔で、夫婦と言うより下僕宣言されてしまったのかも知れない。どうやらアサンはとんでもない女性を人生の道連れにしてしまったようだ。
「は、はいぃ……」
だが、ようやく話し相手を手に入れた嬉しさだけが彼の感情を支配していたのか、手放したくない思いもあいまって承諾してしまう。ただ、それを後悔する時などきっと永遠に来ないのだろう。
彼だって、なんども多種の交尾を見てきたから、その欲求が頭にないわけでは無いのだから。
「ふふふ……退屈だったでしょう? 深海は季節の変化も何も無い、時間を知る手段は自分の鼓動だけ。そんな毎日では私でしたら気がおかしくなってしまいますよ」
二人は深海を並んで泳いでいる。お互いの体は微かに輝いているため暗闇の中では決して見失うことは無い。
「友人が次々死んでいく毎日よりはましさ」
アサンが浮かべる寂しそうな表情はまるで自分の長すぎる寿命に対する悲しみすらこもっているようで、上下の無いこの水中でも正確に下を向いている。
「そういうものなのですかね? 私は退屈の方が嫌いですよ~~」
アージェはアサンの一掻き先を泳ぎながらクルクルと錐揉み回転をして、首を曲げて後ろを向いたままアサンのほうを向く。
「ふぇ……よくそんな泳ぎ方が出来るな」
アサンにとっては長いこと生きてきて一度もやったことがない曲泳には、感心の一言に尽きる。
「ふふふ、年の功でございます」
あんなふうに体制を変えれば、水の抵抗のかかり方が全くといってよいほどに変わり水中で方向が定まらなくなってしまうはず。そうならないのはPSIの賜物か本当に彼女の言うような年のk……(女性の年齢を詮索するのはやめよう)と言うか経験によるものなのかは定かでは無い。
少なくともアサンには涼しい顔で出来る気がしなかった。体の構造でもともと出来ない事はこの際置いておき。
「それでさ。お前はどうして深海に居たんだ?」
アージェはヒレがついたの特徴的な目をパチンと動かして微笑んで答える。
「ふふふ……3番目の子供のラプターという息子が巣立ちましてね。それから子育て疲れを癒すために眠っていたのですよ。恐らく十数年くらいでしょうね……」
アージェは小さくとんぼ返りをしてアサンと並ぶ位置まで戻る。
「寝る為に海底にいたのか……なんて偶然……」
「ふふふ……案外そうでもありませんよ。100年に一度の出来事も100年待ってから訪れれば必然ですよ。時に貴方……どれくらいの時をあそこで過ごしたのです?」
「さぁ? 長かったことしか……」
「ふふふ……ですよね。それではこちらへ来る前に印象的だった出来事でも……」
アージェは、アサンの上に回ったり下に潜ったりなど世話しない。
「え~っと……あ、なんだかとある町の上空に光の海藻が揺れていて……そこには見たことのない赤と青の触手が生えた変な生物がいたなぁ。それから3年後に深海へ潜った気がする」
「ああ、それでしたら知っています。確か、隕石に乗ってやってきた次々と姿を変える生物ですね? それでしたら私が15年眠っていたとして120年くらい年前ですね。その間大層退屈だったでしょうね?」
「それはもう……だから意地でも捕まえたかったんじゃないか……」
「ふふふ……でしたら……」
アージェは笑みを浮かべたまま体勢を変えて、アサンの腹側に自分の腹を見せるように向かい合わせで泳ぎ始める。
そのまま二人の間にある隙間を徐々に埋めていったかと思うとそのままぴったり抱きついてくる。アージェの体温はこの深海の水温と比べて何と暖かいことか。
「こうやって、離さないぞと言う意気込みを見せつけませんと。でないと私、ほかの誰かに奪われちゃいますよ? ふふふ……」
向き合うような態勢になることでお互いの股間が触れ合っている。なんだか分からない……けれど何かうずいている。
――ああ、この気分がどんどん盛り上がって交尾へと導かれるのだろう。はうぅぅぅ……誘惑に乗っちゃおうかなぁ?
「ふふふ……た・だ・し……子供が出来たら、ルギアの本能全力発揮して、意地でも一人で育てますので……離さないなんて意気込みを存分に見せ過ぎちゃったら、子育てのお別れを……か・く・ごしてくださいね。ふふふ……」
――そんな殺生な……
ルギアの『子育ては一人で行う』という本能が自分の生殖本能を封じてしまうようだ。まぁ、子供が出来ないように注意すればそれまでなのだが。
――この魅力的な怪しい笑みには耐えられない。
「それで……今、どこに向かっているんだ? 水面に向かっているのはわかるんだが……急ぎ過ぎじゃないかな? ここらでちょっと圧力に慣れさせてくれないか?」
「ふふふ……そうですね。節々も痛くなってきましたし、呼吸も苦しい……ここらで小休止でもしますかね」
アージェはふわりと木の字になって楽な体勢を取る。そうしてアサンの方を見もしないで言葉を続ける。
「では、その間何をします? 素数でも数えますか? 眠りますか? それとも……刺激的なことでもいたしましょうか?」
抱きつかれて密着して、再びの誘惑。
――耐えられない……こんなことで万が一にも話し相手を失いたくないのは山々だが……もうだめ。
ああ、耐えられない……
受精などしないように……
子供などできないように……
ちゃんと気をつければ……
いいよね? 大丈夫だよね?
願わくば… 願わくば… 願わくば 願わくば
――はぁ……結局やってしまった。欲望に簡単に負けてしまうとは情けない……でも想像以上だった。今まで見てきた友達が行為に夢中になるのもわかる。
「ふふふ。満足していただけましたか? 楽しむモノも楽しみ、正真正銘の小休止もして……私の体はもう大丈夫ですが貴方はどうですか?」
「ああ、頭痛とかそう言うのはバッチリ治ったよ」
「ふふふ……では、また上を目指しましょう」
そんなやり取りを何度も(『刺激的なこと』はあれっきりであるが)続けて行くうちに二人はお互いの体以外から発せられる光を感じる。
そう、水面だ。思えば、海水の温度も熱いくらいに上昇して、吐き出す泡の大きさはすぐに移り変わってゆく。アサンにとっては実に120年ぶりの水面だ。
海面に大きな泡がたちのぼる。それは一つではなく二つだ……並ぶように立ちのぼる。海がうねり出す。吹き出物のように海面が膨らむ。白化したサニーゴの化け物サイズみたいなものと、海より深い紺色の化け物がその膨らみから姿を現す。化け物を覆っていた分厚い水の膜が一瞬にして剥がれ落ちるとそこに姿を現したのは白銀と濃紺の巨体が二つ。
「おや……きれいな夜空ですね。運がいいです」
見渡す景色は、波風一つない穏やかな海。見上げた空は白銀の満月のが昇り、光は夜空を濃紺に染めあげ、その空は黒い水面にすら克明に月が映しだされるほどに澄み渡っている。
銀と青玉の二つ名を持つ二人を祝福するかのように、空は月明かりを隠さぬように雲をたなびかせる。煌めく星が、美しく身を寄せ合っていた。
「ホントだな……奇麗だ。俺達運がいいのかもな……」
「ふふふ……そうですね。これで運を使いきっていなければ良いのですが……」
アージェはぷかぷかと仰向けになって浮き上がりながら不吉な事を言う。言霊というものの存在を知らないのか。
「こんなんで使い切るって……もし本当だとしたら俺達どんだけ運がないんだよ……」
「ふふふ……運があるといいですねぇ」
アージェ月を包み込むように翼を天にかざす。
「それでさ……結局水面まで来たはいいけど、どこに向かうつもりなんだ?」
「ふふふ……よくぞ聞いてくれました。実は海に潜る前、事前に木をいくらか植えておいたのですよ。年輪を見て自分がどれだけ眠っていたのかを確認でもしようかと思いましてね。さて……その場所に行きたいところなのですが……ふむ、植えたのはどこらへんだったでしょうかねぇ?」
アージェは畳んでいたヒレを開いて空を飛ぶためのフォルムへとシフトする。あの巨体でありながら難なく垂直上昇をしていき。みるみる豆粒ほどの大きさになって行く。ぴたりと止まったかと思うと、降りるときは重力を味方につけたおかげで速かった。
勢いよく飛びこまれた水面は、その体当たりに応えるように巨大な柱を立てていた。
流体中を高速で動く物体の後ろに出来る渦の作用によって泡のドレスを纏いながら、勢い余って深く深く潜る。だが、今回は潜ることが目的では無いため、すぐに上がってきたのは言うまでもなく……
「ぷはぁ!」
顔から勢いよく水面に上がって水しぶきを飛び散らせた。
「どうやらあっちのようですね」
アージェは北斗七星の位置を確認して、真南を指す。
「時間はどれくらいかかるんだ?」
「そうですね……私の最高速で2~30分。ゆっくり泳げば2日くらいでしょうか?」
「なんだ、その程度か……それならゆっくりのんびり行こうかぁ」
などと言って、道中他愛のない話を続けながら目的地を目指す。話の内容は……今まで出会った子供がどうとか、一番おいしい食べ物がどうとか本当に他愛もない。良くそれで二十日以上も話しが続くものかと疑問に思えるほどの話題だが、何ぶん長生きしてきたつもりだ。質はともかく量がとんでもない。
量がとんでもないせいで会話に欠くことなく時間をつぶせるというのはこの長生きな体の特権かもしれない。
ともあれ、二人は島に着いたのだ。アージェがこの前……と、言いつつ10~15年くらい前に木を植えたという密林の島へ……
「そぅれ」
掛け声とともに、翼をたたきつけられた大木がゆっくりと倒れる。その年輪を確認したアージェは……
「おや、13年眠っていたようですねぇ。ふふふ、どうやら短めだったようですね。そのおかげで貴方と出会えたわけですか ら……いやぁ、早起きはしてみるものですねぇ」
のんきにそう呟いた。
「そーですね」
早起きと言うこの状況で使われると途端に訳の分からなくなる言葉に半ば呆れた口調でアサンは相槌を打つ。
「うぐ……」
不意に風や波音にまぎれて、微かに声が聞こえる。
「あれ? あっちから変な音が聞こえないか」
最初に気が付いたのはアサン。アサンがヒレで指示した方向にアージェが移動して見ると、そこには一羽のぺラップと卵が置かれている。倒された木に巣を作っていたようだ。
「おや、悪いことをいたしましたね……ですが、そちらの親鳥さんの深い傷は私が木を切り倒したのとは関係がありませんよね? 一体どうなされました?」
アサンも砂浜を這って近づいてみると、親鳥の体には深い傷が付けられている。
「私は……縄張りを不用意に侵してしまい……ライボルトに攻撃をされて……その傷が悪化して病気に」
ペラップの女性は卵を大事そうに抱きかかえる。
「この子のために……まだ生きなきゃならないのに……」
その様子を見て、アージェは笑みを浮かべる。
「その子は……貴方の命よりも大事ですか?」
女性はこくりと頷いた。
「でしたら……ちょうどお腹もすいていますし、お食事と引き換えに貴方の子供を育ててあげてもよろしいですよ」
「はぁ!? アージェ……そのペラップを喰う気か?」
面食らったアサンが声を裏返らせながら尋ねる。ペラップの方も表情から察するに状況が理解出来ていそうにない。
「ふふふ……当然ですよ。どうせ生きていても何もできないでしょうし、病気とやらが悪化して肉が不味くなる前に食べた方がいいじゃないですか? それに、誰かに物を頼む時に見せるのはまず誠意ですよね? それが命なら……申し分ないじゃないですか。
今回は私が持ちかけた話ですが……子育ての代償には破格の条件だと思いますよ。今の死にかけな貴方の体一つで子供が育ってくれるならば安い物じゃないですか? そうは思いません?
ふふふ……ですが、私が約束を破るということも考えられますね? しかし、今の貴方は……いや、普段の貴方でさえ、私がちょっと力を出せば軽く吹き飛ぶ。取引などする必要もなく食べようと思えば食べられる事……それに、貴方はせいぜい二日もしないうちに死ぬでしょうし、この子が生まれるのは大方5日後。どうぞ、それを視野に入れてお考えを」
しばらくは茫然と考えていたぺラップだが、やがて意を決したように表情が変わる。
「怖い……けどやります。貴方は……嘘をつきそうな感じではない。代わりに……絶対ですよ?」
「ふふふ……そうこなくては。それでこそ母親と言うものです」
アージェはこれまでと変わらない優しい笑顔で微笑みかける。とてもこれから誰かを殺すとは思えない。
「さあ、力を抜いてください。貴方を苦しませないよう、一瞬で終わらせます」
ぺラップは震えた深呼吸をしながら眼を瞑る。
「お願いします」
泣きそうになるのをこらえながら名も知らぬぺラップは
「ちょ……」
アサンは言葉が出ない
「ありがとうございます。貴方の命は有効に使わせてもらいますよ」
いつもと変わらない笑顔でアージェはそう言って、そっと優しくペラップの頭を口で包みこむと途端に骨の砕ける音がした。
明確な死だった。恐らく痛いと感じる暇もない一瞬の死……頭をつぶされた。苦痛を感じさせない最も確実な方法。
今やただの肉となったそれを咀嚼する。口の端は血の一滴も流さないように固く閉じられている。
「おま……何を……」
アサンは呆然と成り行きを見守ることしかできなかった。
「心配せずとも、約束は守りますよ。それとも、私が何か酷い事でもしたのでしょうか? 捕食など、貴方とて日常的にしていることですし、その対象が言葉を操らないポケモンとは異質の魚であることと、言葉を解すペラップであることに何か違いでも?」
アサンは考えるまでもないことを長々と考えて……答える。
「ない……はずだ」
「ふふふ……でしょう? でも、喰われる動物は喰う動物以下ではない。ですから、約束を受けた以上は……平等の立場で遂行しないといけませんね。ですから……まずは温めてあげるとしますか」
アージェは巣の中にあった卵をPSIで手繰り寄せ、小さな小さな白い卵をその掌に包む。
「だけど……お前に子育てなんて出来るのか?」
「ふふ……やって見せますよ。それが、約束ですから。あっと、子供が出来たら一人で育てるとは言いましたが、今回のは例外と言うことで……」
浮かべた表情はこれまでと変わらない笑顔だった。
「でも、なぜ殺す必要があった? 俺には分からないよ」
「ふふふ……ただの試練のようなものですよ。私は昔、自分の子供を殺したことがありましてねぇ。最初の子供が運の悪いことに双子だったのですよ。こんなの育てきれるワケが無いと、遅く孵ったほうの首を捻り殺してしまいまして……多分、判断として間違っていなかったと思いますよ。一匹育てるだけで死ぬほどつらかったわけですし……
あのまま育てていたら二人とも死ぬか、それとも私ともども全員が死ぬかでしょうね。ですから、後悔はしていませんし、私が間違った母親だったとは思いません。それでも、『悪いことをした』という感覚だけが、今もこの腕に残っているのですよ」
それが事実であることを示すかのように、アージェの目にはうっすらと涙。手は震えている。
「ですから、罪滅ぼし……みたいなものでしょうか? 子供を育てるのは……。そして、わざわざペラップの親御さんを殺した理由は……私が子供をひねり殺す時……『私が死ぬことでこの子が助かるならば、自分が死ぬのに』と、どれほど強く思ったことか。私はそれくらいの心意気を持った親の子供こそ、育ててあげたいのですよ。
あの母親は、立派ですね」
「……アージェ」
アサンが出来たのは名前を呼ぶことだけで……
「ふふふ……どうしました? もう昔の話ですよ。気にしないでください」
いつもの笑顔に戻ったアージェを見ると、もう何も言う事は出来なかった。
――アージェは何を考えて……
アサンの心配をよそに、アージェは本当に子育てを始めてしまった。
宣言通りの5日後、暖められた卵からは母親とは似ても似つかないようなピンク色の濡れた物体が現れた。
濡れていた体が乾いてからは、飾り羽は短く色が地味であるが、頭の飾り羽でぺラップの子供だというのはわかるようになる。進化して大きく変態するアチャモよりかは、はるかに大人と同種だと分かりやすい。
「名前……どうしましょうか?」
アサンは子育てには関わらないつもりでいたのだが、アージェはそんなことお構いなしに海でのんびりしているアサンに話しかけてくる。
「美しい体色が特徴なポケモンだからな……鮮やかを意味するビビッドからビビなんてどうだ?」
アサンは面倒を態度に出してそう言った。
「ふふふ……そんな単純でよろしいのですか?」
「複雑に考えて変な名前になるよりかは良い」
「ふふふ……ですね。それでは、この子の名前はビビですね。よろしく、ビビ殿」
・
・
アサンには、アージェの真意が分からなかった。最近のアージェはビビに掛かりっきりである。緑の生い茂るジャングルに不釣合いな真っ白い体が、餌を探すために右往左往する。
死によって別れるのが嫌だから……と、アージェと一緒にいたいと言ったはずなのに……それなのに、わざわざすぐ死んでしまう生き物なんかにかまってしまうのは、何を考えているのか全く理解できない。それはビビの母親と約束をしたからと言うのが理由としてあるのだろう。だが、それでは何故約束したのかと言う質問へは答えられない。
それでも、なんだか楽しそうではないか。言葉を真似するようになったとか、翼の色が派手になってきたとか……これまでと同じ優しい笑顔でそう言われるのだ。私は考えた……何故そうやって、すぐ死んでしまう生物に愛情を掛けるのか理解出来ない……それは、見ているだけは確実に。
――話を聞くだけでは分からないならば俺も真似するべきなのだろうか?みているだけでは答えは出ない。ならば一緒にやって見れば答えは出るのか?
想像するだけでは感覚は分からない……ならば?
もやもやとした気持ちを抱きつつも、あまりに楽しそうな二人を見て何も言えず、アサンは歯噛みをする。ずっと見ているのは目に毒なのか、海へと潜ってさっさと眠ってしまう日々を繰り返していた。彼にとっては数カ月の暇など慣れたものであるから、それ自体はあまり苦痛ではない。
だが、気になるのだアージェが何故、一瞬で命を散らせてしまう者に一生懸命になれるのかが。
・
・
「いま、ビビの様子はどうだ?」
次の日……アサンは初めてビビの様子を聞いた。どのような心境の変化があったかは知らない……ただ何となくのようなものだ。
「ふふふ……貴方から聞いてくるのは初めてですね。どういう心境の変化ですか?」
「いや、その……自分でも分からないんだけど……お前らが楽しそうだから」
「ふふふ……そうですか。それはいいことですよ……実際に楽しいですから。楽しんでみてはいかがです?」
そう言ったアージェの表情はやはり見なれた優しい笑顔で……
「今、彼は懸命に羽をバタつかせています。私のいない間に巣穴から落ちては冷や冷やしていたこともあります。数日か一週間後か、それは分かりませんが、飛べるようになったらば……貴方と一緒に海の上を飛びましょう。それまで、絶対に彼を怪我させないと約束しますよ」
「私に追い着けるくらい速く泳げるように育ててくれよな」
アージェは長い首を鞭のように振って頷くと巣穴の方へ体を向ける。
「ふふふ……私が食べた母親と約束しちゃったので、きっと守って見せますよ。まあ、見ていてください」
首だけをこちら側に向けて、自信を込めた口調でアサンに言った。アサンはそれ以上の言葉をかけることはせず、またアージェは振り返ることをせずに巣へと向かって行った。
それから数日の間、ビビは懸命に羽をバタつかせる。落ちそうになったらサイコキネシスで支えてやり、上手く飛べている時は見守るという事を繰り返す毎日だ。
アージェは体の大きさが違い過ぎて、お手本らしいお手本を見せられないことを心苦しく思いながらも、教えずとも日に日にうまく飛べる時間が増えて行くビビを見て、本能の偉大さを感じていた。それを嬉しそうに話すアージェと嬉しそうに聞くアサン。アサンはアージェの真意を探りながら、日々を過ごしていった。
・
・
いつしか、海原に種族の全く違う3人が並んでかける姿が見受けられた。ものすごい風圧と波しぶきを起こしながら空を翔ける白銀の巨体と、海面に三角形の太くて白い線を描き続けながら泳ぐ海の青よりさらに深い紺色の巨体に挟まれるようにして、鮮やかな色を纏う小さな体。
周囲には異様な光景に映ったことだろう。だが誰がどれほど奇異に思おうと、彼らにとってはまぎれもなく自分達は親子だった。
アサンはそうやって並んで飛ぶことを楽しんでいた。だが、それは別れがすぐそこにあるという事を示唆しているというのも理解している。
数日後、波打ち際まで来てぷかぷか浮いていたアサンは腹を見せてゆっくり泳いでいた。
「ふふふ……別れが悲しいですか?」
そんなカイオーガに不意に話しかけてこれるのは当然アージェ以外はいない。アージェはPSIで強引にアサンを深い場所まで引き寄せ、自分も天に腹を見せるようにしてアサンの下に潜り込むと、アサンを抱きかかえて海へ潜って行った。
「大丈夫ですよ……アサン殿。死による別れと言うのは……ある意味終わりですが……巣立ちは始まりでしょう?」
アサンは抱擁から抜け出してアージェの顔を見るいつ見てもこれだけは変わりはしない、彼女の表情は……優しい笑顔だ。
「そう言うものかな?」
「ふふふ……その時が来れば分かります」
――その時は永遠に来ないでほしいと思うくらい……辛いというのに。アージェは平然としているものだ……わからないな。
その時は来た……ビビの巣立ちはすでに終わっていた。親元近くで別居するようになってから、さらに幾月を重ね、親との別離をするとき。
「ねぇ……父さん、母さん……。ボク、一人で自由に暮らしてみたい」
子供がそんな事を言い出したのは前触れもなく突然で……耳をふさぎたい気分なアサンに対してアージェは終始笑顔だ。
「ふふふ……そうですか、もうそんな年頃なんですね。もちろん構いませんよ」
最早アサンには訳が分からない……彼女の真意が。ただ、彼女は別れが辛くないという価値観の違いなのかもしれないが……
「どうしたの? 父さん……やっぱりさびしい? ダメかな……?」
何も答えてはくれないアサンは質問攻めにあって困った顔をする。
「いや、いい。お前も大人なのだからな……」
心の奥底から絞り出すようなその声はところどころ裏返りながら震えていた。
「ありがとう、父さん」
ビビが屈託のない笑顔で笑いかける。アサンは眼に焼きつけようと、穴があくほどビビを見つめていた。
「ふふふ……それで、いつ旅立とうと思っているのです?」
「あしたにでも……」
アサンはまるで死刑宣告のようにその言葉に胸を痛める。
・
・
アサンは一人で声を押し殺しながら海中で静かに泣いていた。そこに声をかける大きな影がひとつ。
「ふふふ……だめですよ、アサン殿。笑って見送るべきですよ。ですから、明日には泣きやみましょうね?」
ビビを巣に置いて二人は海の中で会話する。
「海の中だというのに……何故泣いていると思う?」
「泳ぎ方でしょうか? 癖に出るのですよ。ゆっくりなのに小刻みに動かすその水の掻き方……そんな仕草は初めて見ましたので、少し聞いて見ただけですよ」
ゴウンッと一掻きしてアージェの隣に並ぶ。
「なあ、ずっと聞きたかった。アージェ……お前はどうして……すぐに死んでしまう生き物を育てようなんて思えるんだ?」
質問されたアージェは身長5つ分ほどの深さはある水底に仰向けになる。
「ふふふ……何故でしょうね? 案外気まぐれってだけかもしれませんよ?」
「俺はそんな答えが聞きたいんじゃなくって……」
アサンもアージェの元まで泳いでさらに問い詰める。
「俺は別れが嫌だって言ったのに、わざわざ見せつけるように子育てをしていたのは何故なんだって聞いているんだ」
その時、アージェがアサンに対して初めて覗かせる神妙な顔。どうやら心の傷にでも触れてしまったようだ。
「ふふふ……貴方には知って欲しいものですね。別れというのは……悲しむものではなく付き合っていくものだということを」
「付き合って……?」
「ええ、そうです。この世にサヨナラをする順序にルールはありますが、ルールには必ず反則があります。それが私であれ私の子供の名もなき双子の片割れであれ……」
アージェは水中からは歪んで見える月を見上げて、あの優しい笑顔を浮かべるのだ。
「別れというのは確かに辛いものです。ですが、別れというのは終わりではなく、思い合う事、思いを馳せること。
例えばどうでしょう? 20年後、またここへ来て想像してみましょう。『この島の周辺のペラップのどいつか』は、きっと私達の育てた子の子孫なんだと……」
「そんなの、現実は何も変わっていないじゃないか……」
アサンが期待はずれの様な顔を浮かべる。それは顔だけでなく尾ヒレや体中を走るラインの光もそう言っていた。だが、心のどこかではすでにそれが正しいことを認めているようでもある。
「ふふふ……いいじゃないですか、世界を絶対的に変えるって言うのは全知全能の神でもなければ無理なんです。気持ち次第で相対的に変わるのならば……それで世界が良くなるのならば……思い込みでいい。
そうは思いませんか? 例えば、きっと私はあなたより先に死にます。その時、貴方はそれをすべての終わりと決め込むのですか? 違って欲しいものですね」
アージェの諭すような口調に、アサンは少し考えた。今まで少しも考えたことがないことを少し考えてみた。
――ああ、
アサンは浮上する。見上げた夕陽がまぶしい。だが、直視出来る程度に赤く照っていた。
――気持ち次第か……
「考えることをしていなかった……と言うことか。そうする時間は無限にあったのに……俺はもったいないことをしていたんだな」
アサンに続くようにしてアージェが水面から顔を出す。
「ふふふ……でしたら、今から考えてみてください。これからも、その時間は無限といえるほどにあります。悲しむのもまた、一つの事実。ですが、思いを馳せて、そこに浮かぶつながりを想像してみればどうです? ただ、悲しむだけよりはずっと有意義な気がしませんか? 私は……そう思った日から人生が楽しくなりました。
どれだけ短い命にも後々必ず影響を与える……。それに思いを馳せてみれば……私が首をひねり殺したあの子だって……生まれて、与えた影響は計りしれない。いま、ビビを育てていることからも分かるように……彼の死は今後の世界の土台に大きな影響を残したのかも知れませんよ?」
アサンの感情はすでに落ち着いていた。悲しみが消えて、どこか『嬉しい』に似た感情が宿っている。
――結局は気持ちの問題だというのならば……本当にそうなのか見極めてみたい。俺も……世界を変えてみたいから
その日の夜は周囲に大雨が降り続き、その周囲の上空の空気はカラカラに乾燥し雲一つ出来なくなったらしい。明日はきっと気持ちよく晴れるはずだろう。
なぜ、そんな雨が降ったのかは……海の神と海の王のみぞ知ると言ったところだろう。
・
・
そうして、次の日……
別れはあっけないものだった。
密林の奥地の、どこへともなく去っていくビビを見つめる二人。涙を流すのはアサンだけかと思いきや、きっちりアージェも瞼に水滴を湛えている。
見えなくなるまで見続けて、それでもビビの去った方向を見つめながらしばらくの沈黙。アサンが口を開くまでに時間がかかった。
「20年後、また来るか?」
振り返って海岸線に浮かぶ夕日の逆光で真っ黒にしか見えないアージェを見て、アサンはつぶやく。その時の彼は今まで見せたこともない穏やかな笑顔で、いつもより素敵だという印象をアージェに与える。
――アサン……貴方はこれから無闇に悲しむことはないでしょうね。もう安心です……
そんなほっと息をついて緩んだ顔から……
「ふふふ……いいですね、そうしましょう。では、その前に……次はどこへ行きます?」
そう言っていつもと変わらぬ笑顔に戻るのに時間はかからなかった。
「そうだな、昔ホエルオーと死に別れたところにでも……行ってみたい。場所は覚えている……大体あっちの方だ」
「ふふふ……貴方も、『もしかしたら』を想像しに行くのですか? 行動がお早いことですね」
「そうしたいんだ。お前の言ったことを実践して見て本当に世界が変わるものなのか……ちょっと知って見たくなった」
吹っ切れたアサンの顔は、夕日を照り返したせいもあってか輝いて見えた。
――ふふふ……アサン殿も少し、世界が変わったのでしょうかね?
「いいことです。きっと世界が少し楽しくなりますよ」
・
・
夕日が沈む。大きな光が姿を消して小さな光達が姿を現す。そう、時間帯は夜だ。月も、濃紺の空も、二人を祝福するようだった。
そんな中、目的地へ向かって、ゆったりとしたペースで、泳ぐ二人。カイオーガのアサンは、昔出会い、そして死に別れた、『自分以外の誰か』の一部である、ホエルオーのあの子が、生きていた場所で、その中に、もしかしたら、あいつの子孫がいるかも知れないと、ためしに、思いを馳せてみるがため……泳ぐのだ。今度の旅の道づれは、心細さではない。アージェと言う付き合ってくれるパートナーも得て、心も力も、強く強く泳いで渡る。海を、一陣の風のように突っ切って行くのだ。
その旅のパートナーであるアージェが、不意にアサンに語りかける。
「ふふふ……そう言えば貴方も、もしかしたら私が育てたカイオーガの男性の子供か孫あたりかもしれませんねぇ」
「はぁ!?」
このアージェというルギア……俺よりはるかに年上だとは思っていたが、いったい何者なのだろう?
―――Fin―――
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