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妹の吐息

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妹の吐息 - 響音カゲ 

「トイレ、トイレ」
 俺は尿意を感じて起きてきた。
 途中で葵の部屋を通り過ぎる。そこで、俺は葵の部屋の電気が付いているのに気が付いた。ドアの下から光が漏れている。
「ん……」
 もう一時を過ぎている。俺は妙に気になって、ドアを開けてみた。
「葵、何時まで起きてるんだ……」
 そこには、葵がいた。床に寝っころがっている。そして、両手は尻にあった。尻の……穴に。どちらかというと、尻っていうよりは前のほう……かな?
 もしかして。もしかすると……。
 葵は振り返った。俺を見つめる。表情が、一気にこわばる。俺も、葵も、固まって動けない。
「あ、葵……お前……」
 俺はなんていったら全然思いつかない。葵は同じ格好のまま固まってるし……。
「あ、わっ……」
 葵が一気に焦りだす。
「これには……えっと、深いわけが……」
「え……うぅ……あ……悪いっ!!」
 俺は慌てて部屋を飛び出した。





 俺が用を足し終えると、葵が俺のことを呼んできた。
「お兄ちゃん……ちょっと来て」
「あ、おう」
 葵は部屋の中央に浮んでいる。

 葵は、俺の妹だ。ごく普通の、14のラティアス。葵なのにラティアスっていう親のネーミングセンスの無さ。まあ、ラティアスってだけで伝ポケで、普通じゃないけどな。
 俺? 俺は藤崎奨。17のラティオス。まだ高校生だ。

「お兄ちゃんに話があるの……」
 まずい。絶対さっきの事件のことだ。
「あ、えっと……何だ?」
「実はね、お兄ちゃんにどうしても聞いて欲しいお願いがあるの」
「何……俺が協力できるものなら多少協力してやってもいいけど」
 さっきあんなことがあったから話しにくい。
「お兄ちゃん……私とエッチして」
「は?」
 今何て言った。
「き、聞こえなかったな、何?」
「だから、私とエッチして」
「…………」
 こんなこと急に言われても……反応に困る。
「冗談だろ」
「ねえ聞いてる、本気だよ」
「できるわけねーだろ」
 そんなこと頼まれたってできるわけ無い。でも、なんで俺の妹の口からそんな言葉が出てくるんだ!?
「お前な……さっきので頭おかしくなってるんじゃないの?」
「お兄ちゃんだけが私の本性を知ったんだからぁ、お兄ちゃんにしか頼めないじゃん」
 話がかみ合わない。
「そんなこと許可できるわけないだろう、確かにさっきは悪かったよ……でも、そんなんでお前の頭が、おかしくなるわけ……ないだろう」
 半分自分に言い聞かせるように話す。
「おかしくなんかないよ。私だって、もう14なんだから、バカにしないでよ」
「いや、バカにするとかしないとか、そういう問題じゃなくて」
「絶対そうよ、お兄ちゃん私のこと舐めてる」
「だから……」
 葵の頭のねじが数本吹っ飛んでる。
「兄弟でそんなこと……できるわけないだろう」
「こっそりやるの」
「そんなにやりたいんなら、他の人とやれよ」
「だーかーらー、何でお兄ちゃんとやるのか理由考えて。そんな未経験で赤の他人とできる? こう見えても結構繊細なJKなんだよ。お兄ちゃんで練習するの」
「何が練習だ。そもそもお前まだ中学生だろ。JKじゃなくてJCだろ、中学生」
「やりたいものはしょうがないでしょ!!」
「どっちにしろ、そんなことはしないからな。冗談じゃない」
「むぅ……」
 葵は拗ねだした。
 俺はそんなことも気にせず、葵の部屋を後にした。






 俺は自分の部屋の布団に飛びこんだ。
「はぁっ!」
 葵があんなに変態だったなんて知らなかった……。あんなのが妹だと思うと……うわぁ、ぞっとする。
 と思っていると、俺の部屋のドアが開く音がした。もしかして……。
「お兄ちゃん」
 うわああああああ!!!変態の妹が来たああああああ!!!
 葵がこっちに近づいてくる感覚がする。俺は背を向け、ベッドの上で縮こまる。
「狸寝入りなんて通用しないんだから」
 葵はそう言い放って、俺の布団に入ってきた。
「うわあああああっ!!!いきなり何だ!!!」
「お兄ちゃん……お願い」
 葵が身体を摺り寄せてくる。表面には光沢があり、適度なふくらみがある肉が当たる。
「お兄ちゃんがいいって言うまではずっとここにいる」
 葵はそう言って美しい肉体を寄せてくる。なんで妹がこんなにボンキュッボンでセクシーな体つきなんだ……やばい、下半身に血流が、いやっ、これは妹だ……妹に何発情しているんだ!!
「バカ……さっさと自分の部屋に戻れ」
「イヤ」
 葵は、俺より一回り小さいバランスの取れた曲線を、俺に押し付けてくる。体が触れ合って擦れて、キュッキュッ音が小さく鳴っている。
 ヤバイ……葵ってこんなに俺のタイプだったっけ……。
「お兄ちゃん、ねえ、お兄ちゃんたら……」
 うううううう!!! やばいよおおおお!!! 完全に立ってる立ってる!!! もうやめてえええええ!!!
 俺は壁側に体を向けてじっとしている。葵は、どんどん体をこっちに寄せてくる。甘い吐息が、俺の首筋にかかる。
「お兄ちゃん……」
 もうダメ――
「わかったわかった! もう!! 言うこと聞くから!!!」
「それでいいの」
 葵は俺からすぐに離れていった。そして、ドアの前で一回立ち止まる。
「録音しておいたから」
 葵はそれだけ言い残して、俺の部屋を去っていった。時計の針は、二時を回っていた。





 朝、俺はいつもよりもスッキリ起きられなかった。昨日のことは殆ど覚えていなかった。が、部屋に少し甘い匂いが残っていて、昨日の夜のことを思い出した。
 ハァ。
 俺は溜め息をついた。
 窓越しに晴れた空を眺める。外はこんなに晴れているのに、俺の心は晴れない。
 制服に着替え、学校へと向かった。





 そして、夜。
「お兄ちゃん、土曜日の夜ね」
 葵の、あの約束は本気らしい。
「土曜日の夜って……明日!?」
「そう、明日。親が仕事でいないでしょ」
 葵はそう言って、意味深な笑みを残していった。
 俺のうちでは、親が二人とも働いている。父は単身赴任しているし、母はバイトで働いている。特に、土曜日の夜は夜勤だから、家には俺と葵だけになる。葵のやつ……上手く考えたな。
 俺は布団に寝っ転がり、明日のことを考えていた。
 もし明日、本当に葵とヤルことになったら……俺はどうすればいいんだ……。俺だって初経験だし、ヤリ方だって分からない……。
 あああ! なんてこと考えてるんだ! 俺は絶対妹とセックスなんてしない!!!
 これも全部、昨日妹のオナニーなんて見ちゃったからだ!! ああっ! もう!!
 俺はこれ以上考えることを止め、眠気に身を委ねた。




 ついに土曜の夜になった。
 葵は、母が家を出ていったことを確認してきた。そして、俺を手招きした。
「お兄ちゃん、私の部屋に来て」「お、おう」
 俺は、この時妹と本当にヤルなんて考えていなかった。
「ベッドに寝て」
 そう言って葵は俺を引っ張る。
「じょ、冗談じゃない」
「嘘つきは泥棒の始まり」
 葵は無理やり俺をベッドに押し付けた。
「何消極的になってんの」
「消極的じゃねーよ、どけ」
「殺すよ」
 葵の右手にはシャドーボールが浮かんでいた。邪念入りのシャドボー、エネルギー量は通常の倍近いだろう。
「大人しくして……それでいいの」
 恐ろしい。
 葵の身体が俺の方へとどんどん近づいてくる。ヤバイ……可愛い。

 葵っていつからこんなに可愛くなったんだ……?
 葵と目が合う。すると、葵は無邪気な笑みを浮かべつつ、こう言った。
「それじゃあ、始めようか」
 妹の笑いがこの上なく邪悪に見えた。






「まず、あんたを興奮させなきゃね」
 俺はもはや恐怖しか感じない。
「おっ、お兄ちゃん恐がってるね。知ってる? 生き物って、恐怖を感じたときに、一番性欲が高まるんだってさ。次の世代を残すための本能」
 その恐がってる対象となんてできるか。
「よっこらせっ」
 葵は俺の上に乗っかる。そして、くるっと向きを変える。ちょうど葵の尻が俺の顔の前に来る。
「舐めるね、お兄ちゃんも舐めたかったらどうぞ」
 と葵が言う。そして、下半身に急にかぶりつかれる感覚がした。そして、俺のナニを思いっきり吸ったり舐め回したりし始めた。
 舌で段差を引っかけてみたり、軽く歯を当ててみたり。全ての感触が新鮮すぎている。
 やっばい。ヤバすぎる。これで感じない生き物なんているのかな。こんなの初めてだ……おかしくなりそう……。
「あっ、もう立ったね、早い早い」
 妹はそう言って口を離した。下半身に、今までにない張りを感じる。こんなに強く立ったことなんて……ない。
「初心者は、すぐにフェラせず、軽いボディタッチから入るべし」
「分かってて何でやった!」
「お兄ちゃんのことだから、経験深いのかと」
「バカ! 未経験だ!」
 なんてやつだ!俺の妹は!
「あたしは四六時中ムラムラしてるようなもんだから。お兄ちゃんが舐めてくれても良かったんだけど」
 そんなこと……できるわけないだろう……。
 葵は、昨日部屋でやっていたあれを、俺の顔の目の前で始める。妹のものとは信じられないような声が、葵の喉から漏れる。俺は目を強く閉じて、一刻も早くこの悲劇が終わることを祈った。
「そろそろいいわよ」
 妹はそう言って、俺の方を向く。汁の滴る葵の割れ目が露になる。
「さあ、入れるわよ」
 葵が、可愛い妹の面影を全く残さない笑いを浮かべる。
「葵……お前どうしてこうなっちゃったんだよ……」
「ぶつくさ言ってないで、大人しく入れさせてよ」
「嫌だああぁぁぁ!!」
 俺は手を振り回して全力で抵抗する。
「こうなったら、やるしかないわね」
 葵は一旦ベッドから離れ、机の下の辺りをごそごそと漁った。俺はその葵の背中を見つめる。
 葵が振り返った。その手に持っていたのは――縄だった。
「縛ってやる」
 葵は俺を思いっきり引っ張って起こし、俺の両腕をつかんで背中側に無理やり回す。そして、一気に俺の両手へと縄を掛ける。
「とりあえず、まずは後ろ手ね」 縄が締められる。ぎゅうううと、俺の腕の関節が逆方向に曲げられる。
「うっ……痛い! 痛い!」
「暴れるあんたが悪いんでしょ、さっさと入れさせてくれないから」
 もはや妹にあんた呼ばわれだ。
「さてと。これ以上動いたらもっときつく縛るから」
 俺はドMじゃねーんだよ! 本当に痛いんだけど!
「これで大人しく入れさせてくれるよね。縛られて苦しんでるお兄ちゃんも可愛い」
 お願いだ、もう止めてくれ……。
「それじゃあ乗るよ~」
 葵は、どしっと、しかし慎重にのし掛かってきた。と思った次の瞬間、股間に熱さを感じる。どんどん自分のそれが、相手の身体に突き刺さっていく。
 急に先端に突っかかるような感覚がする。しかし、妹の体重が容赦なくかかっていき、俺のそれは無理やり中に押し込まれた。
「あああっっっ!!!」
 葵が悶絶の表情を露にする。
「大丈夫!?」
「痛い……」
「一旦抜こう!」
「それはやだ……」
 後ろ手を縛られている俺には、何もできなかった。ただ痛がる葵の顔を目の前で眺めていた。
 俺のが完全に根元まで葵のに入った。ものすごく温かい。葵の体温が直に伝わってくる。
 目の前には、葵の顔がある。すごく、苦しんでる。脂汗をかいている。なんか、かわいそう……。ここまでして、やることはなかったんじゃ……。
 と思っていたら、葵が目をかすかに開けた。俺と目が合う。そして、葵は薄ら笑いに近い表情を浮かべた。
「おにひ……ちゃん、きもちいい……あっ」
 何度も息継ぎをしながら、息を吐くような声で言った。
「あっあっ、あっ……」
 葵が、変な声をまた出している。目を強く瞑って、激しく息をする。
 やばい……俺も気持ちよくなってきた……何かが上ってくる……。
「おっ……おにいひゃん……まだ……がまんしてね……」
 葵が変な笑みを浮かべつつ、こう言った。そっ……そんな……もう出そうだよ……我慢なんてできない……。
「あっ……あっ……あとひょっとだからね……」
 もうだめ! 出ちゃう!
「あっ……今っ! 今いまっ!!」
「あっ!」
 俺も、最後はものすごい声が出た。そして、ナニの先端から、熱いものが飛び出す。
「あっ……ハァ……ハァ……」
 葵は肩で息をしながら、俺から離れる。そして、俺の視界の端から消えた。俺の網膜には、白い天井しか写らない。
 俺は体を起こして、自分のナニがどうなっているかを確認した。暗くて良くは見えないが、俺のナニがすっごく立っているのは明らかだった。
 横を見る。葵は、ティッシュで尻を拭いていた。そして、また俺に向かってくる。トロンとした目付きで。
 葵は、俺のコンドームを力ずくで引き剥がし、いきなり俺のそれにかぶりついた。そして、舐めて舐めて舐めまくる。吸われたり、尿道に舌を押し込まれたりする。
 俺には、快感よりも、葵が狂っていることに恐怖を感じていた。
 念入りに俺のナニを舐めてから、葵は口を離す。唾液が糸を引く。生暖かい息が、俺のナニに掛かる。
 葵の顔を見た。もはや、元の面影は微塵も残っていない。ニタニタ笑って、ラティアスの表情とは思えない。
「お兄ちゃん、気持ちよかったねえ……」
 葵はまだ息が荒い。俺も、少し呼吸が早くなっていた。
「葵……」
 そうだ、よく考えてみれば、葵って……これで、もう処女なんだ、俺が、ヤったから……。
 罪悪感が、後から後からわいてくる。俺は、取り返しのつかないことをやってしまったと感じた。
 葵を見る。目を細めて余韻に浸っている。
 元はと言えば、こいつがやろうとか言い出したのが悪いんだ。俺は無理やり付き合わされただけで、実際は何も悪くない。俺は何も悪くない! 普通とは逆の強姦だ!
 俺はなんとか自分を正当化しようとした。しかし、妹と犯してしまったのは紛れもない事実。たとえ、コンドームを着けててもだ。その時点で、俺はもう護神として失格なのかもしれない。
 俺は、色んな液体がまみれた下半身を見つめる。そして、葵にこう言った。
「あの……手、早くほどいてくれない?」






「はい」
 葵は、すぐに俺の縄をほどいてくれた。
「どうも」
 俺はそう言って、すぐにティッシュを取る。十枚ほど取りだし、下半身をよく拭いた。
 ティッシュの拭いた面を見ると、赤く染まっていた。きっと、葵の処女膜から出てきたのだろう。本当に痛そうにしていたし……。
 ベッドも、大分汚れてしまっていた。親に何て言い訳しよう……。
 そう、俺らは後先のことを考えずにやってしまった。後片付けのことなんか、全く図中になかった。
 とりあえず、俺は急いでシーツを剥ぐ。マットレスにも多少染みているかも知れないが、とりあえず、うわべだけでもごまかしておくのが先だ。
 一階の風呂場まで持っていき、蛇口を全開までひねる。シーツを水の下に持っていき、赤い染みを擦る。
 十五分ぐらい念入りに洗い続けたが、薄く血の染みが残ってしまった。そういえば、葵は今何やってるんだ。
 洗ったシーツを適当なところに掛けておいて、葵の部屋に戻る。葵は、床に座って、ティッシュで尻を押さえていた。
「まだ痛む?」
「……うん」
「血は止まった?」
「まだ、少し」
 こんな大変なことになるなんて、想像もつかなかった。やっぱり、止めさせておくべきだった……。
「……お兄ちゃん」
「何だ?」
「……ありがと」
「……どういたしまして」
 無難に答えようとしたが、なんか違和感が出てしまった。
 結局、片付けが終わったのは、夜中の二時頃だった。始めたのが十二時頃だから、もう二時間が経過したことになる。俺には、本当に一瞬のことに感じられた。
 葵はシーツを変えたベッドに横になった。
「お休み、お兄ちゃん」
「お休み」
 俺は葵が寝息をたて始めるまで見守った。無防備な葵と、その寝顔は、今までで一番可愛い、と思った。部屋を出るときには、そっと、音を出さないように、慎重にドアを閉めた。
 俺も自分の部屋に戻り、ベッドに横になる。すると、今の疲れが一気に出たのだろうか、急に体が重くなった。俺は逆らうことなく、眠りについた。





 朝、俺は目覚ましに起こされた。まだ眠いが、もう8時半だ。いい加減起きないと。
 体を無理やり動かして、自分の部屋を出る。ふと横を見ると、葵の部屋。昨日のことが一気によみがえる。
 俺は少し考えてから、ドアを開けた。
 葵は、ベッドの上で座って、じっとしていた。うつむいたままで、俺にも気づいていない。
「葵ー?」
 葵はビクッとしてから、こっちを振り向いた。一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻ってこう言った。
「おはよう、お兄ちゃん」
 俺も返事をする。
「おはよう」
 妹はベッドから降りた。



 俺は、昨日母が作っておいた朝食を、レンジに放り込んでチンしていく。葵も、箸を運んだり、テーブルを拭いたりしている。
 何事もなかったかのように、日曜日が始まる。母が帰るのは、今日の昼過ぎだ。
 俺と葵は、いつもの席につく。そして、いつものようにいただきますを言い、いつものように食べ始める。
 でも、何か違和感がある。
 もちろん、これが昨日の夜のせいだというのは分かりきっている。でも、何かがおかしい。それは感じる。心なしか、周りが静かだ。
 葵に、いつものように話しかけてみる。
「こないだのテストどうだったんだ?」
「うーん、まぁまぁかな」
「何点ぐらい取れそう?」
「知らないっ!」
 葵は少しふざけながら答える。
 そして、食卓にまた静寂が訪れる。台所の、消し忘れた換気扇の音が、やけに大きく聞こえる。
 お互いに黙ってうつむいたまま、ご飯を食べ進める。
 いつもよりも、会話が少ない。いや、ほとんど会話しない。
 気づいたら、俺のお茶碗は空になっていた。
「ごちそうさま」
 俺は慌てて顔を上げる。今のを言ったのは、葵の方だ。葵も、ちょうど食べ終えたらしい。
「ごちそうさま」
 俺もあとに続いて言った。
 なんだろうな、この違和感。
 俺には、どうすることもできないが。




 その日の夜。俺が自分の部屋に入ろうとしたら、葵に声をかけられた。
「お兄ちゃん、ちょっと来て」
「あっ……ああ」
 そして、葵の部屋で、こう告げられる。
「お兄ちゃん、来週もよろしくね」
「えっ……お前、ふざけんな」
「何? あれ一回で私が経験豊富とでも? 私、もっと上手になりたいの」
 何が上手だ! そもそも、セックスって女がリードするものじゃないだろ! そもそも俺がお前を未処女にしちまったことずっと気にしてるんだぞ!
「二回もオーケーするわけないだろ!」
「あっそ。じゃあ、お兄ちゃんのエロ本の場所お母さんに教えちゃうよ」
「それはやめろっ!」
「じゃあ、契約成立ね」
「勝手にそんな約束はしないぞ!」
「じゃあバラされてもいいんだ」
「うう……お前とセックスするよりも、お前にエロ本の位置ばらされる方がまだましだ!」
 苦渋の決断だが、仕方ない……!
「ふうん……」
 葵はくるりと後ろを振り向く。
「じゃあ、私のとっておきのカードを使うか……」
 とっておき……?
「私の小さい頃のスク水でお兄ちゃんが抜いてるってこと、お母さんに言っちゃお――お母さん、どんな顔するだろね、お兄ちゃん」
 無邪気な笑みと共に俺の方を振り向く。
「おまっ……なんでそれを」
 どうして、葵がそんなこと知ってるんだ! 痕跡残さないようにしておいたのに!
「エロ本の場所と一緒に言ってこよ~」
 そう言って、葵が部屋から出ていく。
「うわああっ、待てっ! お願い、それだけは言わないで!」
「そう、じゃあ私とやってくれる?」
「やりますやります、だから絶対バラさないで!」
「わかった、でも今度から私の言うこと聞かなかったら、その事バラすからね」
「……はい」
 そんな……。葵に言うこと聞かされるなんて……。兄としての威厳がゼロだ……。
「それじゃっ!」
 葵は何事もなかったかのように部屋を出ていった。
 後には、無力感だけが残された。



 時間は光のように過ぎ、再び土曜の夜が訪れる。葵は、母が仕事へ出掛けていくのを見届けたら、ソッコーで俺の部屋へ来た。と思ったら、ドアを何者かが蹴破る。
「誰だっ!」
「私~」
「葵かよ、ドア壊すな」
 なんかこいつもうハァハァ言ってるんですけど。どうにかしてほしいんですけど。
「今日はお兄ちゃんリードね」
「ハァ!?」
 バカじゃねーの! 俺が何をしろと? お前俺の実の妹だぞ!
「そんなやり方なんか知らねーよ!」
「じゃあ、さ、これ読んで」
 そして手渡されたのは、インターネットのサイトをコピーしたものだった。内容? お察しください。エロ単語でググればでてくるよ。でもこいつ、いったいどこでこんなものをコピーしてきた!?「お前……こんなことできるわけないだろ!」
「あっそ、じゃあ例のスク水のことバラし」
「ダメダメダメっ! それだけはダメっ!」
 あんなことバラされたらそれこそ世間体が崩壊する……。一生同じテーブルで飯が食えないだろうな……。
「わかった、わかったよ……」
「それじゃあよろしくっ」
「うぅ……」





 俺は例のコピー用紙に再三再四目を通し、しっかり暗記した。……しないと葵になにされるか分からないからな。
「じゃあ、始めて」
 葵は布団に仰向けに寝っ転がって声をかける。
「はい……」
 俺も仕方なく布団に入る。
 あのどこから引っ張ってきたのか分からない紙の通りに、葵の体を突っつく。俺の手が当たるたびに、葵はキャッキャッと声を出す。
「お兄ちゃん~もっとやって~」
 この言葉だけ聞くと、子供がじゃれてる様にしか見えない。しかし、葵はもう中三だ。このギャップが恐ろしい。
 例の紙通りに、だんだんと葵のデリケートな部分に手を伸ばしていく。どうしてためらわないかって? 後で葵に殺されたくないからだ。
 だってこいつ、中学生ポケモン全日本バトル大会(中学生の部)種族値600台でベスト8に入ってるんだぞ! 俺よりもこいつの方が力量高いもん!
 それが俺の妹で、しかもこれからヤる相手だぞ! 信じられるか!
 葵が出していた無邪気でくすぐったそうな笑い声は、徐々に不純でエロい喘ぎ声に変わってきた。
 一方俺も、すでに立ってた。別に、葵の体で興奮した訳じゃないぞ! 葵が俺のナニを揉んでくるからだ!
 しばらくそんなことが続いた。俺の手がうっかり葵のアソコに当たったら、液体が俺の手に付いた。はっきり言おう。気持ち悪い!
 葵がジト目でこっちを見て、こう言った。
「そろそろ、入れてよ」
「それじゃあコンドーム着けてくるから」
「ここから離れたらぶっ殺すよ?」
 葵の手にはシャドーボールが握られていた。
「はい……」
 仕方なく、俺はそのまま入れることにした。中出ししなければ大丈夫だよね? なんか我慢汁でも受精するとか言うけど……。この際しょうがない。妹に殺されるよりはマシだ。
「さっ早くぅーお兄ぃーちゃーん」
 妹が甘え声を出す。仰向けで俺の方に股を向けている。うぇ……気持ち悪っ。俺はこんな妹を持った覚えはないぞ。
 仕方ないので、俺は葵の上に乗った。だが、まだ入れない。一応入るかどうか指を突っ込んでみた。
「あふぅっ」
 いちいちエロい声出さないで欲しいんだけど。
 一応、突っかかることもなかったので、そのまま俺のナニの先端を葵のそれに当てる。そして、一気に差し込んだ。
「あはぁぁっ!」
 葵がラティアスとは思えないような声を出した。首を反らせ、天井を向いている。口と目は開かれ、それぞれ唾液と涙が流れ出ている。葵の口からは呼吸と喘ぎ声が交互に漏れる。そして、徐々に俺の脳内にも快感成分が流れ込み始める。
「お兄ちゃん……まだぁ……」
 俺は思いきって腰を前後に小刻みに早く動かす。すると、一気に絶頂に近づいた。葵も体をうねらせる。早い。この分だとすぐに終わりそうだ。
「きゃっ……あはぁ……」
 葵も表情を多彩に変える。俺の表情は、一体どうなっているのだろう。見たくない。
「もうちょい、あとちょっと……」
 やりすぎた、急ぎすぎた。すごいハイペースだ。もう今にも出そうだったが、力を入れるようにしてなんとか堪える。それでも、俺のナニには容赦なく刺激が襲い掛かる。
「――あっ……今っ」
 葵がそう言ったと同時に俺はすべてを放出した。全身から力が抜けていく。直後、俺は、そっと引き抜いた。
 結局、俺は妹に中出ししてしまった。
「はぁ……はぁ……」
 葵はこっちを満足げな顔で見つめてくる。そして、体を回転させ、俺のナニを舐め始める。
「お兄ちゃんもやって……」
 俺のナニが、ちゅぱちゅぱされる。仕方なく、俺も目の前にある妹のアソコを舐める。うぇ……気持ち悪っ。
 一応、舐めとれるだけは舐めると、葵も口を離した。そして、すぐにベッドから飛び降りる。
「それじゃあお兄ちゃん……おやすみ」
 葵はにっこり笑って部屋を出ていった。
 本当に、一瞬の出来事だった。
 そして、俺の前に残されたのは、多種多様な液体が付着したシーツだけであった。




 俺は疲れきった体にムチ打って、風呂場でシーツをひたすら擦る。絶対に痕跡を残してはいけないからだ。きれいに洗っておかないと、バレる。明日母が帰ってくるまでに乾かしておかないと……。
 洗ったシーツを干し、布団に倒れこんだ。次の瞬間には、もう意識は無かった。
 
 ――ここは、どこだ。

 辺りは何も見えない。周りが暗いのか?
 何か、うっすらと見えてきた。あれは……?
 薄い影だったものが、徐々にはっきりとしてくる。もしかして、葵?
 顔も浮かび上がってくる。口を強く引き、何かを訴えるような目付きでこっちを見つめている。
 少しずつ、葵が口を開く。そして、何かを呟いた。
「……けて」
「えっ?」
 葵は、また間を置いてからまた喋る。
「お願い、私を助けて」
 今度は、はっきりと聞こえた。葵はさっきから、恐ろしいことが近づいているような表情のままだ。
「いきなり、何だよ」
「助けて」
 すぐに返答してきた。しかし、全く意味をなしていない。同じことの繰り返しだ。
「だから、どうしてだよ」
 しかし、葵は答えてはくれなかった。
「……お願い」
 次の瞬間、辺りに眩しい光が満ちていった――





「――んっ」
 目にカーテンから漏れている光が当たっている。
「…………」
 さっきのは、夢か。
 眠たい頭のなかで、そう考える。
 体を起こすと、バキッ、と軽快な音が背中から聞こえた。
 そうだ、さっきのは夢だ。

 いやに今見ていた夢が、目がさえてもはっきりと思い出せた。
 俺は一階に降りる。
「お兄ちゃん、おはよ」
 階段を降りたときに、ちょうど葵と廊下ですれ違う。少なくとも、俺は笑顔で「おはよう」、と返したはずだった。葵の顔は、見えなかった。





「行ってきます」
 葵は、朝ごはんを食べ終わるなり、すぐに出かける準備をし終えていた。バッグは前の晩にいつのまにか整理して自分の部屋に置いておいたらしい。
「行ってらっしゃい」
 お母さんが横から声をかける。ドアはそのまま閉まっていき、ガチャリと音を立てた。
「お母さん、葵さ、何で出かけていったの?」
「ああ、友達と遊びに行くっていってたよ」
 朝に弱いあいつが、朝っぱらから出かけていくことなんて、いままでなかった。
「他に何か聞いてる?」
「あ、あとライブに行くっていってたわね」
「あぁ、ライブね」
 どうりであんなに準備周到なわけだ。
 結局、葵は夜遅くになってから、くたびれた顔で帰ってきた。俺は、「おつかれ」とだけ声をかけてやった。





 次の土曜日の夜になった。

 俺は風呂上がりの葵に聞く。
「おい、お前今日もやるのか?」
「当たり前じゃん」
 即答だった。葵は振り向く。
「今日はどうやって楽しませてくれるのかな?」
「お前の娯楽のためにつきあってるんじゃないんだけど!」
 ま、まぁ、ね、俺も気持ちいいから別にいいけど。
 俺だって少しずつだけど、いろいろとインターネットで情報収集している。女を楽しませるのがどういうのかは知らんが、最低限の知識はないと困る。まあ、こんな知識これ以外に使わないけどな! も、もちろん、全部葵のためだぞ! さっき葵にあんなこと言ったけど、本心ではあいつのこと結構心配してんだからな!
「それじゃあ、やろっか」
「お、よし」
 俺は隣に浮かんでいた葵を、自分のベッドの上に突き飛ばした。
「きゃっ、ちょっ、何すんの」
 葵は若干怒りを込めた口調で言い放つ。
「大丈夫だ、安心しろ。しっかり楽しませてやるから」
 何恥ずかしいこと言ってんの俺! しかも妹に向かって!
 これが深夜テンションというやつか、恐ろしい。
「ほら、こしょこしょ」
 葵をくすぐってやる。
「キャハ、なにすんのっ!」
 葵は身をくねらせる。俺はその上に馬乗りになり、葵の脇の下だの首だのをさらにくすぐる。
「お兄ちゃん、やめてぇ! キャハハハッ!」
 葵は大袈裟なぐらいくすぐったがっているそぶりを見せる。早速、楽しんでるらしいな。
 こういう時の、葵が一番可愛い。
 俺はくすぐりを続けつつも葵に顔を徐々に近づけていく。葵の細かく漏れる息が、徐々に感じられる。
 そして、葵の口に、自分の口を近づける。すると、葵が頭をよじる。
 俺らドラゴンタイプのポケモンは、口の位置が顔の下にあり、結構キスがしにくい。だから、お互いに頭を傾けて、直角になるようにしないといけない。葵が自ら首を傾けたということは、俺のキスを自分から受け入れようということだ。

 俺は、そんな葵の期待に答えなければいけない。

 葵の口が、俺の口に当たる。俺は、葵を抱く。葵も、俺を抱いてくる。互いの口は、密着度を上げていく。
 俺から、葵の口内に俺の舌を進めていく。葵の舌は、俺の舌を軽く突っついてくる。
 俺は舌を目一杯伸ばし、葵の舌をつかもうとする。葵は抵抗しない。舌をさらに絡めていく。
 葵の唾液が、俺の口に流れ込んでくる。俺はそれを飲み込む。

 お互いの体が密着した部分に汗をかくほどの時間が経ってから、俺は口を離した。葵の目付きがトロンとしてきている。このまま寝かせてもいいかもしれない。
 俺は、葵のそばから離れようとした。しかし、葵は俺を捕まえるように手を伸ばし、俺の体を下から抱えた。
「逃げないでよ」
 ゆっくりと、一言一言かみしめるように葵が言う。葵の右手は、俺の体の横から竿の位置へと動く。
 葵は、そっと撫でるようにして揉んでくる。徐々に勃っていく。
 俺も、葵の小さな突起にそっと手を滑らせる。葵が、嗚咽を漏らす。
 葵の割れ目が濡れてきたのを確認すると、俺はすぐに挿れる。俺から腰を振って、絶頂へ向かった。





 前より大人しくやったが、葵はくたびれているのか、一仕事終えたあと俺の布団で寝入ってしまった。俺は葵についている液体をティッシュで拭き取ってから、部屋をそっと出た。
 さすがに葵の部屋で寝るわけにもいかず、俺はリビングのソファーの上で寝ることにした。寝にくいが、まあ仕方ない。

 俺はソファーのスプリングを感じながら、天井を見つめた。
 今回は何か違和感を感じた。しかし、それが何なのかはわからない。いいことなのか、それとも――――
 ここで、俺の意識は途切れた。
 
 俺が葵と性的関係を持ってから数週間が経過した。
 しかし、俺にはどうも気がかりなことがあった。葵がどうしてあんな行動に出たかということだ。
 まず普通の考え方だったら、妹が兄を犯すなんてことはしない。しかも、あの言い方からいっておそらく前々から考えていたことなのだろう。何かしらの理由があるはず――でなきゃこんなハイリスクローリターンな賭けに出るわけがない。
 それに、何だか最近の葵は変だ。俺に妙に気を使うようになったし、友達と毎週のように出かけるようにもなった。あの日以降から、アイツの何かが変わっている。
 確実に何かがおかしい。アイツは嘘をついている。
 でなきゃ、妊娠するリスクまで背負って俺と関係を持とうとするわけがない。
 明日、おそらくアイツは友達と出かける。そのときに、何をしてくるかスパイしてみるしかない。幸い、俺はラティオスだ。姿を消せば、多少だが見つかりにくくはなる。朝っぱらから友達と何をしているのか調べさせてもらう。
 危険な目にあってないと、いいが。悪友とイチャイチャなんかしてたら、最悪だ。
 俺は最悪のケースはないだろうと考えつつ、眠りについた。


 葵が何匹ものラティオスに囲まれている夢を見た。怯えた顔で葵は服従していた。
 一匹目のラティオスが、葵を突き倒す。そして、あっけなく倒れる。
 そしてラティオスはその上に乗り、強く勃った肉棒を突きたてる。
 葵は小さく悲鳴を上げる。
 ラティオスは激しく体を前後させ、摩擦を発生させる。ヌチュ、クチュと粘性のある淫らかな音が立つ。葵は悲鳴のような喘ぎ声を上げる。ラティオスは徐々に息が上がってくる。その体の動きは速さを増し、更なる快感を求めて葵の体の奥を突き続ける。
「オッ……イくヮ……」
 ラティオスは小さく声を上げ、次の瞬間大きく葵にのしかかる。そして、溜息を漏らす。
 葵の体から竿を抜き取ってから目を後へやり、一言呟く。
「次、どうぞ」
「よしきた」
 二匹目のラティオスが間髪入れずに葵の躯に覆い被さる。葵はあっ、と小さな声を出す。
 二匹目は、最初はかなりゆっくりとした動きから始めた。まるで、恐がっている葵を見て 楽しんでいるかのように。
 既に愛液で満たされた膣の中を、ゆっくりゆっくりと動かしていく。ここか、ここか?と性感帯を探るかのように。
 横から、三匹目のラティオスも来た。
「失礼、オイラのを含んでくれるかいー?」
 と三匹目は葵の顔にまたがる。
 葵はゆっくりと恐る恐る口を開き、三匹目のそれを咥えた。
「おいおい、俺がゆっくりと楽しんでいるのに、それを横取りとはひどいじゃないか」
「いいだろ、いっつもお前は長いんだから」
「しょうがないなぁ、じゃあ彼女、俺とアイツ、二人分をよろしく頼むね」
 そして葵の躯にさらに速く抜き差しする。
 三匹目は、吸え、と命令した。葵が一生懸命口の中のそれを動かし回すと、ネチョ、グチョと音が立った。
「はあああああ、気持ちええ~」
 三匹目は心地良さげな顔で感想を漏らす。
「下の方も好い感じだな、この娘」
「えぇ、うまいよなぁ」
「さて、俺もそろそろイくか」
「いてらぁー」
 二匹目はスピードを上げ、葵の体をいたぶる。葵は嗚咽を漏らす。
 そして、二匹目は目を強く瞑った。
 一瞬、体に電流が走る。そして、ゆっくりと腰を離す。
「ふう、終わりましたよ、旦那」
「御苦労、さて、俺もやるか」
「どうぞ好きにしてください」
そういって四匹目が立ち上がる。影になっていた顔に、光が当たる。その顔は、俺自身……。
「うわあああああぁあっぁあっぁぁああ!!!」
 俺は飛び起きた。背中に汗をぐっしょりとかいていた。外はもう明るかった。
 勃っていたなんて、口が裂けても言えない。


 葵が起きるまで、一時間ほど部屋の中で待っていた。散らかった机の上を片付けたり、出かける準備をしたりして心を整理し、落ちつけようとしていた。心拍数は上限を知らないかのように跳ね上がっていた。尾行なんて、今までにしたことなんてない。
 無音が続く。時計の針は、普段の倍の速さで進む。
 突然、隣の部屋で物音がした。すぐに耳を壁につけ、隣の部屋の様子を探る。寝起きでごそごそやっているらしい。何の準備をしているんだ?
 ガチャン。ドアが開く音がする。
 ドアをほんの少しだけ開けて、廊下の様子を伺う。葵は一階に降りていくところだった。見えなくなるまで待ってから、ドアを軋ませぬよう速く、しかしそっと開けた。
 自分の心臓が高鳴っている。
 階段から慎重に下を覗く。葵がリビングに入っていった。次の瞬間、その部屋の電気がついた。俺はそのまま動かずにいる。
 食器の音がカチャカチャと鳴るのが聞こえる。ご飯の用意をしているのだろうか。そんなことを思ったら、お腹が空いていることに気がついた。葵が来る前に、朝ご飯を食べておけばよかったと少し後悔した。
 キリキリと痛む腹を抱えながら、俺は階段の上で葵が家を出るのを待っていた。今か今かと焦っているのが、自分でもわかった。
 葵は毎週一体どこに行っているのだろうか。比較的帰りは遅めだから、ネットで知りあったような彼氏とデートしているのだろうか。もしくは、葵の言っていることは本等なのだろうか。――いや、それはない。あくまで俺の勘だが、あいつは何か嘘をついている。もしくは夜遊びみたいなことをしに出掛けているのだろうか。いや、もしかすると夢の中であったようなあんなことをされているんじゃ……。
 どう考えても邪推してしまう。
 葵が元気なさそうにしているところから考えて、決して良いことではないのは確かだ。もう手遅れなんてことだけは絶対に避けたい。
 まず、葵の最近の態度を整理してみる。
 まず、一月ほど前から、土曜日の夜に俺に無理矢理いろんなことをさせるようになった。これが全ての発端だ。
 次に、日曜日に出掛けるようになった。それも、朝から晩まで帰ってこない。
 そして、明らかに嫌々出掛けている。帰ってくると、精力が無くなったかのように布団に倒れ込んでいる。
 ……何か仕事でもやっているのだろうか? でなきゃあんな疲れた顔はしないはず。彼氏とだったらうまくいってないとか? いや、そういう疲れ方ではなかった。体力的に辛そうな感じが大きかった。
 一番不可解なのは、俺とどうしてあんなことをしたのか、だ。一体どんな理由があればこんな行為に出るのかがわからない。
 そうこうしている内に葵が家を出ようとしていた。鍵がかけられるのを確認してから、素早く下の階へ行く。
 台所でビスケットを一握り口に押し込み、もう一つ残っている鍵を持って外へ飛び出す。葵はどこだ。暗くどんよりと曇った空を見回す。
 西のほうに、小さくラティアスの影が見えた。俺は素早く、住宅街の隙間を縫うようにして追いかける。絶対ばれてはいけないと思うと、手に汗がにじんだ。
 曇天の空の下、空気はやけに肌寒かった。しかし、しばらくすると生温かい気持ち悪い風が顔に吹きつけてくる。と思ったら、すぐに雨がぱらつき始める。濡れた羽毛はじっとりと重さを帯び始めた。
 こんな悪天候なのにも関わらず、行かなければならないものなんだろう。……というと、『仕事』というのが、一番しっくりくる気がした。だったら、どんな仕事なのだろうか。不器用な葵でもできる仕事……まず普通のバイトは無理だろうし、トイレ掃除なんてバイトをあいつがやるわけもない……第一、これじゃあ俺を犯したことの説明がつかない。ストレスを感じていたからムシャクシャしてやった、のか? どう考えても理由としては苦しすぎる。
 雨は止まない。むしろ、徐々に強さを増していった。目に雨が入り、ただでさえ雲に溶け込みそうな葵の黒い影がにじんで広がった。痛みを感じるも、目を閉じるわけにはいかない。荒くなる息を抑えつつ、空を凝視する。
 だったら、逆に考えてみる。どうして日曜の夜にあんなことをするのか。それは、性関連の仕事に就いているからとしか考えられない。とすると、買春とか……。
 寒気がした。まさか。
 俺の妹が売春婦のわけがない。
 腹が減って、俺の思考回路がどうかしちゃってるんじゃないか。
 だが、他につじつまの合うアイディアが――思いつかない。
 にわか信じられなかった。
 仮に、だ。それで得たお金を何のために使っている? あいつにそんなお金のかかる趣味はなかったはずだぞ? せいぜい試合後に使う傷薬がかさむぐらいだから、金を浪費するような性格ではない。
 いや、そう考えるのはまだ早い。俺妹の桐○だって趣味を押入の奥に隠していた。もしかして、ひょっとすると、まさか……葵も妹好きとか……ちょまっ、何考えてるんだ。あんなラノベの中のキャラクターなんて架空なんだ、現実を見るんだ俺っ!
 しかし、これでも俺をテスターとして使ったという理由がいまひとつよくわからない。初経験が不安なら、一回しかやらないはずだ。ところが、あいつはなんと毎週誘ってくる。――ここの理由がいまひとつはっきりしなかった。
 なぜ、わざわざ毎週俺とやる必要がある?
 毎週俺とやらないといけない理由……力量(レベル)アップのためか? 俺にはそれぐらいしか思いつかない。が、どうも違うような気がしてならない。

 とうとう雨は土砂降りになった。俺は葵を見失わないように追いかけるので精一杯だった。
 家を出てから十五分ほど経ったとき、葵がゆっくりとビル街の中に降りていくのが見えた。俺は一つ奥のビルから顔だけ出し、葵の入っていくビルを確認した。案の定、そこは風俗店だった。
 俺は、そのビルの裏側に回った。非常階段に雨粒が当たってポツポツポツと独特の音を立てている。裏口のドアに耳をぴったりとつけて、中の様子を伺う。
「――た……せえよ」
「今日はラティオ……予約が3……」
「……い、…………ました、今着替えてきま――」
 おや、一瞬だがラティ、という単語が聞こえてきたんだが。これは――。
 俺は、裏口の前にポケモンの気配がないことを確かめてから、ゆっくりと戸を開ける。羽毛を使って体を消し、他にポケモンがいないかどうか確かめながら慎重に廊下を進んでいく。物音をこんなところで立てたら、それこそおしまいだ。
 心臓だけが煩く鳴り響く中、葵が入っていった部屋に入る。そこには、更衣室の三文字。ここで着替えをするのだろうか。
 俺は、勇気を出してドアをゆっくりと開けた。
 事務的な青白いぼんやりとした蛍光灯の下、葵は衣装に袖を通しているところだった。ドアの音に気付いて振り向いた葵の目は、死んだ魚のようだった。精気の無いどろんとした気持ちの悪い目線が、俺の体を貫く。正直言って、吐気がした。自分の妹がこんな姿になっているのを、今目の前で現実として突きつけられている。ねえ、今どんな気持ち? と聞かれたら、間違いなく不快だ、と答えるだろう。正直言ってしまおう。もう二度と顔も見たくないぐらい嫌だ。死んでくれ、頼む。もしくは、夢オチ希望。泣く気も起きないぐらい心にダメージを受けて、自分でも放心状態になっているのがわかる。なんというか、自分を冷静に分析できるのにも関わらず外部が見えていない、むしろ外の刺激を拒否しているという、一種のパニック状態だ。現実を脳が受け入れない、受け入れる余裕がない。ああ、頼む、俺の視界から消失してくれ、でなきゃ俺の精神がもたない。淀んだ空気を吸いたくない、どうして俺はこんなところまで追ってきてしまったのだろう、これを後悔って言うんだな、あぁ。
 葵は、俺のしかめっ面からなにかを悟ったようで、小さく口を動かした。
「…………い」
 最後の一音が聞こえただけで、俺は葵が何を言ったのかがわかった。他人(ひと)の怒りが燃えている中に油を注ぐ、あの言葉だ。
 ごめんなさい。
 自分がパニクって何をしたらいいのかわからないから、とりあえず謝っておこうという葵の安直な考えが丸見えだったので、俺はもう溜息をつくぐらいしかやることはなかった。御免で済めば警察は要らない、ってこの憎たらしい面に向かって吐いてみたいものだ。自分と比べてこんなに低俗だとは思いもしなかった。こんなバカのために毎日心配していたっていうのか、ああこれこそ馬鹿らしい。俺がアホだったと見事に証明されたよ。
 少なくとも、俺は金輪際お前とは関わりを持つ気はざらにない。
「だって……家にお金を入れるために」
 ん、と俺は思った。そういえば、家のお金が不思議と増えていた時があった。もしかすると、あれは葵の仕業だったのだろうか。しかし、俺には全額を家に入れているとはまだ信用できない。何せ、こいつがやっていたことが未だに理解できないからだ。
「その点は、後で明細を確認させてもらう。――まさか、捨てたりなんてことはしてねぇだろうなぁ」
「っ、うん」
 とりあえずは、葵にはこの仕事を辞めてもらわなきゃ困る。近所にばれたりでもしたら、俺が外を出歩けない。
「おい葵、こんな仕事はもう二度とするんじゃない。とにかく、まずは帰れ」
 すると葵は悲しそうな顔をして、「帰れない、の」と小さく呟いた。俺は、怒りを言葉に込めながら詰め寄る。
「どうしてだ」
「実は、個人情報書いちゃったの、えっと……一年契約、サインしちゃった」
「こいつっ、どうしてそんなことを――」
 俺は倒れそうだった。今目の前で知らされていく現実は、俺の頭に血を上らせるのには不足なかった。
 パチン。
 乾いた音が、無機質な直方体の中に響き渡る。
 俺は生まれて初めて、妹を叩いた。我慢の限界だった。
 葵は、叩かれた状態のまま、ただただ立ち尽くしていた。床のマス目を視線が追っていた。こんな妹の姿は、何があっても見たくはなかった。
 気付くと葵のそばの床に、小さな染みができていた。滴がぽたり、ぽたりと葵の顔から落ちる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 葵は壊れたテープレコーダーのように、ひたすら同じ単語を繰り返す。そんな葵を、俺はただ見つめることしかできなかった。俺は、ただ泣く妹のことを見て、俺って女の涙に弱いんだな、とつくづく思いながら苦笑した。
「……で、どうして俺を実験台なんかにしたのか理由を答えてもらおうか」
 葵はこれを聞いた瞬間、目を見開いた。瞳孔が一気に小さくなるのが見えた。あまりにもわかりやすすぎた。「これ以上嘘吐(つ)くんじゃねえぞ」と一言掛ける。
「妊娠したとき、――お兄ちゃんのせいにするつもりだったから」
 言い切るまで、葵は一度も俺の目を見なかった。
 せめて、ましな嘘を吐(つ)いて欲しかったと、俺は思った。
「全部、葵の手の上で踊らされていた、ってわけね。俺は。ああー、ばからしい。世の中にこんな三流ドラマみたいな結末があるなんて想像もしなかったなぁ。ねえ、葵? おい、聞いてる?」
「おい、誰だ?」
 後ろから、男の声が聞こえた。俺は、背筋に冷たいものを感じた。
 殺される。

 すぐに右手から技が出る。後ろで爆発が起こった。振り向いた先にいたのは、エルレイドだった。
「おい葵、押し切るぞ!」
 よろけたエルレイドを体当たりして吹っ飛ばし、俺は姿を消す。――目眩ましぐらいの効能しかないが。
 狭い店内を、すごいスピードで飛び回る。後ろから葵がぴったり追ってきていることを確認しながら、出口へ突っ込む。流石は全国レベル、葵は違うな。
 嵐の外へ、俺はガラスをぶちやぶって飛び出した。葵に大声で、声を掛ける。
「一旦家に向かう! その後金だけ持って逃げる!」
 とりあえず、金がなけりゃ何もできない。いずれ逮捕状が届くのは目に見えているから、それまでにできるだけ遠くへ逃げなければいけない。――もし向かうのならば、どこだろう。
 いや、今は何も考えずに逃げるべきだ。一刻も早く、警察に見つからないところへ。
 空からは激しく雨が降り注ぎ、俺の体を叩く。風はものすごい勢いで吹きつけ、俺を大きく揺らす。一歩間違えたら死にかねない。
 順番を入れ替わり、葵が前、その後ろを俺が飛ぶことになった。普段から鍛えているやつは、やっぱり飛び方からして違った。俺はついていくのでやっとだった。
 遠くから雷鳴が聞こえる。はっきりいって、飛ぶのは危険だ。雷に打たれたら、ほぼ確実に死ぬ。打たれないためには低空飛行する必要性があるが、当然遅くなるし、風に煽られて建物に激突する可能性もある。しかし、一刻を争う今は、そんなことを心配している場合ではない――のはわかっていたが、どうしても心配だった。やけに嫌な胸騒ぎがするのだ。
 葵に声を掛ける。
「もっと高度を下げよう! 葵! 危険だ!」
 この声を聞いた葵が高度を下げていった。直後、近くに雷が落ちる。周囲に爆音と衝撃波が広がっていく。空を飛んでいる俺は、強く煽られる。鼓膜を激しく揺らす。耳に激痛が走る。
 こんな危険な飛び方、絶対に怪我をする――俺はそう予感した。普段激しい運動をしない俺が、こんな中を突然飛んだら死ぬに決まってる。
 しかし、葵は止まらない。俺は死ぬ気でついていく。一刻も早く自宅に着いてくれ、と願った。
 途中、何度も風のせいでバランスを崩し、墜落するかと思ったが、家に帰り着くまでの辛抱だと思ってなんとか立て直した。俺は死なない。絶対に死なない。
 呼吸は乱れ、頭痛がし、寒気がする。でも、絶対に生き延びなきゃいけないんだ。気持ちの問題、俺はできるはずだ。そもそも、俺は何も悪いことはしていないはず、神様に見放されるわけがない――。

 嵐は、家に帰り着けば多少収まるかと思われたが、そんなことはなかった。むしろ強くなっているように感じられた。ドアを急いで鍵で開けて、二階へ急ぐ。
「おかえり、大丈夫だった……」
 後ろからお母さんの声が聞こえる。たった一人で、俺ら二人を育ててくれた、お母さん。だけど、ごめんお母さん、もう行かなきゃ。戻ってこれないけど、悲しまないでね……。
 俺は心の中でそう謝り、暗い自室に飛びこんだ。葵に「金目のものだけ持って来い」と伝え、俺は通帳と財布、それとお父さんの形見であるこころのしずくを鞄に詰め込んで、部屋の窓を開ける。外からは暴風が部屋に吹き込み、カーテンを激しく揺らす。この間の定期試験で取った九五点の学年最高点の答案が、部屋のゴミ箱に落ちる。部屋は外の電灯の蒼白い光に照らされて、ぼんやりと輪郭を保っている。塾一位の成績を取った時の記念の盾は、ゆっくりと陰を俺の顔に落とす。湿った空気は、部屋の中を何度も何度も対流する。
 そう、俺は優等生もどき、だったんだなぁ。勉強だけできるバカ。だから、葵のメッセージに気付かなかったんだ。……うん、一人になってみると、俺の悪かったところがどんどん見えてくる。他人の気持ちも読めない、ただの自己中。自分の思い通りにならないことがあると、他人を蹴落としてでも攀(よ)じ上る。今考えると、数時間前までの自分がひどすぎて目も当てられなかったのがわかる。なんでも葵のせいにする、ひどい兄貴だよなぁ。
 俺は、もう二度とここに戻ることはないと思うと、少し心残りがした。俺はふと思い、机の上のデスクトップパソコンの電源スイッチを入れた。
 そうだ、俺って医者になりたかったんだっけ。ははは……塾にも学校にもおだてられて、自分の本当にやりたいことが全部勉強っていう、ね……。医者になりたいって思ったのっていつだっけか。思い出せないなぁ、どうせ誰かにこれもおだてられたんだな。俺のやることは何を取っても大人がやれと言ったことばかり。ほめられることだけを求めて、どや顔しながら生きてきた。葵のおかげで、全部気付かされたよ。俺ってゴミみたいなラティオスだって。
 モニターに明かりが灯った。ユーザー名とパスワードを入力してください、と促される。久しぶりに起動したもんだから、なんだっけ、と思った。
 俺は、最初に思いついた単語を入力した。しかし、パスワードが違いますと画面に吐き出される。
 俺は少し考えた。――そうだ。
 aoi daisuki。
 エンターを叩くと、画面に『ようこそ』の四文字が表示された。
 俺って、いつこのパスワードにしたんだっけ? あぁ、そうだ――。


 三年前のことである。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あー、勉強が進まんから寝てる。……何故起こす」
「暇だからお兄ちゃんと話してやろうと思ってね」
「おやすみ」
「あー寝るな」
 葵は俺のことをゆすった。
「ねーねー起きてよ」
「うるさいな……なんだ?」
「お兄ちゃんの好きな人って、誰?」
「いない。以上」
「じゃあ好きな教科!」
「数学。以上」
「わかったよ、もういい」
 葵は俺の腹の上から降りた。俺は布団に包まっていたが、疲れていたのかすぐに熟睡してしまった。
 俺が起きた時には、もう時すでに遅しだった。
 俺の机の前でパソコンを立ちあげていた葵は、勝手に俺のパソコンのパスワードを変えていた。
 しまった。好きな教科なんてパスワードにしなきゃよかった。つーかパスワードを間違えるとパスワードのヒントとして好きな教科って真下に出ることすっかり忘れてた。一杯食わされたぜ、葵。何しやがる。
「さーて、新しいパスワードはなんでしょう?」
「いいからすぐに教えろ」
「嫌ですー、私の話をちゃんと聞いてくれなかったから」
「わかった、聞くから」
「んー、……――ホント?」
「さっさと言え」
「お兄ちゃんって、わたしのこと、好き?」
「あー好き好き」
「棒読み。もう教えてやんない」
「おいこらまて」
 葵はちょこちょこ駆けていって、逃げてしまった。
 俺の前には、パスワード画面のパソコンだけが残された。
 一体どんなパスワードをかけたんだ。あの馬鹿。


 まずは、元のパスワードを入力してみたが、当然画面には「パスワードが違います」と吐き出された。ん、じゃああいつが考えそうなパスワードは……。
 あ。
 oniicyan suki。
 しかし、これも違う、と云われた。
 oniicyan daisuki
 やるなら、こっちだよな、とか思いながら入力してみたが、これも弾かれた。
 なら一体何だ――? ん、もしや。
 aoi daisuki
 次の瞬間、画面にはようこそと印字されていた。


 ――あれ以降、俺はパスワードを変えてなかったんだな。葵のやつ、そこまでして俺に好かれたかったのかな。確かに、俺が厨房の時は冷たくしたからなぁ。
 さて、仕事に移るか。
 まずは、パソコン自体のパスワードを解除した。次に、デスクトップに付箋アプリを出し、こう貼りつける。
「お母さんへ
 まず最初に、お母さんに謝らなければいけないと思います。
 勝手に逃げて、ごめんなさい。
 葵が悩んでるのに、気付いてやれなくて、ごめんなさい。
 僕と葵の少ない遺産は、みんな売ってお金にしてください。
 あと、僕らはもう戻ってこれません。
 犯罪者になってしまったからです。
 だけど、信じてください。
 かならず、どこかで生きています。
 だから、形見と称して僕の物を取っておくのはできるだけしてほしくないです。
 もちろん、鉛筆余ってるなら使いたいな、というのは構いません。
 だけど、もったいなくて使えないなら、すぐに売るか捨ててください。
 僕からの変な要望ですが、お願いします。
 親不孝な子供で、本当にごめんなさい。」
 ――これでよし、と。物を取っておかれると、心というのは逆に苦しむ、と聞いたことがある。だったら、ばっさり忘れてもらいたいな、と思ったからだ。人の気持ちは心じゃなくて物に宿る、と聞いたことがある。それが、今の俺にはどうも気に食わない。心に宿って欲しいな、と思ったからだ。
 なんか自殺するみたいだな、と俺は苦笑いをした。
「お兄ちゃん、準備出来たよ」
 後ろから声が聞こえた。
「おう、行くぞ」
「なんか、乗り気だね、やけに」
 葵が冷めた声で答える。
「まあ、な」
 俺は少し笑いながら答える。
「……ん、お兄ちゃんのこと、向こうでまた弄るから。心しておきな」
「おうよ、いくらでも付き合ってやるよ」
「はぁ、変なお兄ちゃん」
 葵は後ろを向いたまま、こう言った。
 まさか、これが最後の言葉になろうとは、俺には予測できなかった。


 雷に打たれて、葵が死んだ。


 目の前を飛んでいた葵に、雷が直撃して、葵はそのまま落ちていった。あまりにもあっけなかった。後日、死体が発見されたとのニュースを聞いた。後で冷静になってから気付いたことなのだが、葵は俺よりも少し上を飛んで避雷針になってくれたらしかった。
 葵は、きっと自分が悪いと思っていたんだ。俺が、あんなに責めなければ。彼女自身に潜んでいた罪悪感をほじくり返したのが俺だ。葵は、ただ厚意でやってくれていたことを、あんなにも踏みにじってしまった。俺は殺人鬼だ。
 俺は、あきらめずに一人で飛び続けた。葵のためにも、――死ぬわけにはいかなかった。葵の分まで、俺は生きてやる。
 そう強く思えたらなぁ。
 結局のところ、俺は死んだ葵のことをひきずっていた。
 俺が殺したんだと。

 俺が来た先、それは――水の都、アルトマーレ。


 アルトマーレに不正入国した俺は、しばらくの間、町の中を彷徨っていた。陽の光を浴びながら、腹を空かせたまま葵のことを考えていた。突然、後ろから人間に声を掛けられた。
「どうしたの?」
 俺は、後ろを振り向く。
 そこには、可憐な赤い髪の少女が立っていた。
「見ない顔だね……元気ない顔して」
 少女は、いつもラティオスを見ているかのようなことを云う。しばらくしてから、少女は再び口を開いた。
「ちょっと、ついてきなよ」
 少女は駆け出した。俺は、彼女にゆっくりとついていく。
 いくつもの路地を抜け、いくつもの橋を渡った。迷路のように入り組んだ道を進む。
 一体少女は、俺をどこへ連れていくつもりなんだ。
 俺は不思議に思いながらも、彼女の後ろ姿を見失わないように飛んでいく。
 少女は、結局袋小路にぶちあたってしまった。一体、何がしたいんだ? そう思いながら彼女を見つめた。
 彼女は振り向くと、少し笑ってから壁に向かって走り出した。壁は、彼女の体を飲みこんで、そのまま彼女は消えてしまった。
 おや、これはどういうことだろう。
 俺は、その壁に少し触ってみる。すると壁の中に俺の手がめりこんだ。勇気を出して、行ってみることにした。
 しばらくは暗いトンネルが続いた。ぶつからないようにゆっくりとすすみながら、出口の光へと進んだ。
 俺は、外へ出て驚いた。
 広い広い庭園が広がっていたのだから。
 ブランコがある木の下に、例の少女は立っていた。俺はゆっくりと近付く。
 彼女は俺に気付いたらしく、こっちを見て微笑むと、俺の背を押した。ブランコに座れと言っているのだろうか。
 ゆっくり、俺は腰掛ける。ブランコなんて、一体何年ぶりに座ったのだろうか。
 少女は、俺の背中を押して、ブランコを揺らした。繰り返し、繰り返し、俺のことを力いっぱい押す。
 俺は、ゆられながら目を瞑って、いろんなことを思い出した。幼稚園の頃、運動ができなくてバカにされたこと。葵が俺のランドセルを壊したこと。高校受験の時に父が死んだこと、そして葵と過ごした夜のこと――。
 葵が戻ってきてくれれば、それでいい。
 俺は目を開けた。
 隣に、ラティアスが寄り添っていた。
「お兄ちゃん……?」
「ん……っ……葵?」
「あ、えと、……うん、そう。私、葵」
 ラティアスは笑って答える。
 夕日が、逆光になって眩しい。
「おかえり、お兄ちゃん」
「そっちこそ、おかえり」
 二人は、いつまでもお互いに抱擁していた。


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Last-modified: 2014-09-03 (水) 23:00:30
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