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墓地にて・・・

/墓地にて・・・

努力しよう、努力すれば夢はかなう。諦めるな。皆そう言う。でも皆が夢を持ってるわけでも成功するわけでもない。
少し努力が報われることがあれば、血を吐くような努力をしても報われないこともある。
努力する者は皆成功するわけではない。しかし成功したものはすべからく努力をしている。
世界とはそういうものだ。不均衡で・・・無慈悲だ。決してうたわれることのないものもいる。
青浪



夜が明ける。白がそこから黒を塗りつぶしていく。その白はやがて青に染められていった・・・朝だ。
大地は光に照らされて緑に輝き、万物を芽吹かせる。でも決して緑にならないものもある。
それは緑の大地に等間隔に並べられた白い朝のような四角い石だ。この四角い石は生きているものを迎えに来る。そしてそこに永遠に閉じ込める。
しかし、閉じ込められた者は皆不満を言わない。それどころか感謝する者すらいる。
皆は言う「死」とは何か。生きた者に与えられる栄誉か、屈辱か。
おそらくそのどちらでもないだろう。ただあるのは「無」のみ。有が無に還るのだ。
死に価値をつけようとするのは欺瞞だ。0のものに1も10も価値はない。
供養?冥福?成仏?そんなものは不要だ。死におののいた者が、無に恐怖した者がそのようなことを考える。
「死」とは無に帰すのだ。無に還れるのだ。生の有から死の無に。

ただ・・・こう考えていても時折思うことがある。いなくなった者がまた会いに来たら・・・って。
まただ・・・。またそんなことを考えていた。三角座りしてる俺の目の前に墓石はある。
朝冷えか・・・俺の体を冷たい光が照らす。俺の場所はここしかない。

「もし。」
誰かがまた誰かを呼んでる。
「もし。あなたですよ?」
え?俺は少し驚いて顔を上げる。ゴーストがいた。
「気付きましたか?気付く人は気付きますけど、気付かない人も多いです。あなた、ほとんど毎日来られてますよね?」
ゴーストの質問に俺は驚く。みられてるのか?
「え?知ってるの?」
「はい。そしてあなたは週に1、2回こうしてここで夜を明かすことも。」
ゴーストが俺を見てた?死の前兆か?ゴーストは意に介さず話を続ける。
「失礼しました。僕はこの墓地の案内係・・・と言いますかね・・・ゴーストのゴート、GOATと申します。」
「ゴート・・・ヤギ?」
「はい。」
「報われない仕事だね。」
誰かが来たらこうして声をかけて、振り向いたら自己紹介してって・・・普通に報われない仕事だと思う。
「そんなことはありません。きちんと挨拶をしてくださる方もいらっしゃるんですよ。あなたのように。」
なんでそのゴーストは俺に声を掛けてきたんだろう・・・まぁ毎日のように墓地に来るやつも来るやつか。
「あの・・・なんでそのゴートさんは・・・俺に興味を?」
ゴートは少し迷ったような表情をした。
「誠に失礼ですが、あなたのお話をお聞かせいただけませんか?初対面なので失礼なのは重々承知なんですけど・・・」
俺の話?ああ・・・なんで毎日こうしてここにきてるかってことか・・・人生・・・理由か・・・
「下らないよ。面白くもないし。」
素直に俺はそう言う。話したくないっていうのももちろんあったが。
「下らないかどうかはあなたも、そして僕にもわかりません。ただ、あなたを見てると深い哀しみに包まれてるような気がして・・・」
哀しみねぇ・・・俺の身の上はそんなたいしたものかな・・・
「・・・俺は・・・母親が死んだ。父親は俺が母親が死んだ原因だって言って俺を遠ざけた。だから俺は父親が家にいるときは家に帰らず、こうしてここにいる。」
なんでだろ・・・悲しくなってきた。悲しくなんてなかったのに・・・
「父親が1日中家にいるときは俺はこうしてこの墓地で夜を明かしてるんだ。俺は動物が嫌いで・・・ずっと1人だ。」
「そうですか・・・お歳は20歳くらいとお見受けしますが・・・」
ゴートは俺の予想外の反応を見せる。なぜだろう・・・これくらいの話・・・なんともないと思うのにな・・・
「俺はもう18だ。もう8年たつのに・・・いつまでも引きずって・・・」
「僕もここにきて20年しか経っていません。この墓地のことしかわからないのです。」
ゴート・・・ゴートは何やら悲しそうな顔を見せる。俺はゴートに少し興味が湧いた。
「実際話してみて俺のことどう思った?」
「最初は泣いてばかりで女々しいなぁと・・・失礼ながら思っていました。」
やっぱりな・・・ずっとここで泣いてたもの・・・
「正直だね・・・」
俺のこの言葉は本心以外の何物でもない。
「でも、今あなたにお会いして・・・お会いして・・・失礼・・・」
ゴートが言葉に詰まる理由が俺には分からなかった。でも人間で言うところの泣きそう、そんな感じは受けた。
「あなたを知って、なぜ毎日肩を震わせて泣いてらっしゃるのか・・・その瞳の奥に眠る哀しみ・・・それを・・・すごく感じました・・・」
その言葉に俺とゴートとの間にしばらく沈黙が流れる。穏やかな風なのに痛いほどに音を立てている・・・
「そうだ。」
ゴートがしばらくの沈黙を破る。
「この墓地を案内しましょう。あなたは少し霊感・・・というものをお持ちですね。ならばここに眠る者の思いを少しは感じられるはずです。」
何を言ってるのか俺には分からなかった。
「へ?でも・・・俺・・・霊感なんて・・・」
「いえ、これは霊感の問題ではないです。あなたが今から体験することをどう感じるか・・・それが重要なのです。」
ゴートの目にはゴーストらしからぬ・・・と言っては失礼だが優しい目をして俺をじっと見る。
体験か・・・何を体験するかはわからないけど・・・きっとみんな苦しいんだろうな・・・でも、体験する価値はある・・・
「決心がつきましたか?」
「はい。お願いします。」
ゴートはにこっと笑う。
「私はあなたが嫌う動物というものではないですからね。屁理屈かもしれませんが。」
その屁理屈があってもなくても俺はゴートが嫌いじゃない。ほんとに。
「ところで・・・あなたのお名前をお聞きしてもいいですか?いつまでもあなたじゃ話がしづらいので。」
俺の名前?・・・おかしいな・・・あったはずなのにわからない・・・名前か・・・ここ数年使ったことがない・・・
名前なんて気にしたとはなかったけど、こんな機会に名前が最も重要になるとは思ってもみなかった。名前・・・何だっけ・・・
俺は・・・思い出すための時間を稼ぐ。あちこちの芝生を指先でいじってもどかしさを抑える。
「あれ?思い出せないですか?珍しいですね。」
「すいません。」
謝るしかないよな。名前がわからないなんて・・・名前がないっていうことは誰からも識別されてないっていうことだもんな。
「ふふっ。いいんですよ。名前なんて生きてる人が気にすることじゃないです。自分で自分の名前を決めてください。」
自分で?自分の名前を決める?
「いいの?」
「はい。自分の名前を決めたところで、世界が変わったりしませんからね。」
ゴートは相変わらずの笑顔で俺に名前を決めろと迫る。
「うーん・・・PHENOM・・・フェノムって呼んで?」
ちょっと適当すぎたかな?まぁ由来なんてどうでもいいし。ふと気付いたら芝をいじりすぎて指先が緑になってるし。
「わかりました。フェノム。では行きましょう。」
ゴートは墓石の前で座ってる俺を立つように言う。俺は立って芝を踏みしめる。
「見えますか?まぁ見えようと見えなかろうといいんですけど。」
俺はゴートに導かれるように右を見る。特に変わらない白い墓石だ。でも少し古びた感じを受ける。
「このお墓って・・・」
墓石にはpatoriotと書かれている。
「そうです。戦没者・・・人には限りませんが・・・憎しみの果てに生きてるものは墓石になってしまったんですよ。」
このへんはつい50年前まで紛争地帯で、今はそんな影も感じないが・・・大きな戦いが何度か繰り返されたってのは学校の授業で知った。
「憎しみの果てに・・・」
「そうです。憎しみを憎しみが担保して無限連鎖的に増殖した憎悪は生命を食べてしまった。」
じっとうつむいてその話を俺は聞き入る。この墓石にはみんなが忘れた命が眠ってるんだな・・・・
「みんな死ぬ直前に何を思ってたと思います?」
ゴートは俺に問う。そんなの・・・相手に対する憎しみとかかな・・・
「相手が憎いとかかな?」
「それは1つの正解です。でも結局のところ複雑で、死ぬ恐怖とか、仲間に対する無念とか・・・まさしくるつぼなわけです。」
死ぬことか・・・普通に生活している以上は受け入れられないよな。
「でもフェノム?あなたはほかの人と少し違いますね。」
「え?」
違う?まぁ変人ってことかな?よく言う個性的ってやつだ。人を孤立させる魔法の言葉。
「フェノムは、あなたは死ぬことに対してかなりさばさばしていますね。」
「へ?」
「前にフェノムは墓石の前で、いつかみんな死ぬんだよな・・・って言ってましたよね。」
ん~?それがどうかしたのかな?癪に障ったか?
「それは生きるものとして、少しずれてますよ。いつか死ぬっていうことを、ここまであっさりと受け入れられるものなんていませんよ。」
まさか・・・俺を殺すのか?俺は少し逃げたくなる。
「それは、哲学者の言うことであって普段まっとうに生活してる人間の言うセリフではないですね。」
「責めてる?」
まっとうに生活してたらこんなとこいないけどなぁ・・・と思うけど。
「いえ。人は死ぬのが怖いからいろんな思考を働かせるものです。天国とか、地獄とか。・・・たとえば幽霊とか。」
「ゴートは人間が作り出した思考じゃないよね?」
「はい。そう思いますけど。恐怖は他者に対する関心から芽生えるものです。あいつは何を考えているのか!とかね。」
うーん何の話をしてるんだろう・・・さっぱりついていけない。
「あ、話がずれてしまいましたね。この墓石に眠ってるものはみな沈黙していますけど、生きていたんです。」
「・・・・」
「でも、お互いが負の感情をいたわれば・・・自分の生を落とすこともなかったのに・・・」
「戦争になったらそんなこと言ってもられないって・・・」
「ですよね。だから普段から関心を払わないといけないんですよ。どんな小さな・・・この墓地に生息する虫までもね。」
ゴートはやや感情的になったみたいだ。
「じゃあ次に行きましょうか・・・」

ゴートは少し俺を歩かせて小さな墓標の前に案内した。墓標といっても非常に簡素なもので普通には気付かないが、俺には分かってた。
何かが・・・何かの負の感情が・・・墓標から見えたからだ。
「さて・・・ここはフェノムの感じる通り・・・魂っぽいものがさまよってますよね。」
「うん・・・なんか怖いんだよな・・・」
墓標の周りには木々がうっそうと生い茂り、来るものを拒む、そう言った雰囲気があった。俺もゴートに連れてこられなければ近づけなかった。
「ここは無念の死を遂げたグラエナが眠ってるんですよ。フェノムは動物の霊は大丈夫ですか?」
「いや・・・霊まではさすがには・・・」
っていうより霊のほうが怖いんじゃないのかな?普通。
「ここのグラエナは主人に殴られて死んだんですよ。しかもなつかないって言う理由でね。」
俺は少しの怒りを覚える。でもそれを必死に抑える。抑えるしかないから。
「でもこのグラエナは主人に従順だったんですよ?」
「へ?話が矛盾してる・・・」
「そうなんですよ。最初に言ったのはどうも創作のような気がするんですよ。」
少し考えたけど・・・まったく考えが至らない・・・
「どういうこと?」
「主人が殴ったのかは永遠の謎なんですよ。主人も死んでしまいましたからね。」
「はい?」
「主人は相当な妄想に囚われてたみたいなんですよ。グラエナが死んでからすぐに自殺したんですよ。グラエナは今でもずっと主人を呼んでる。」
ここに来ると負の感情を感じる・・・?
「そうか・・・そういうことか・・・」
「フェノムがここで感じてるものはみんなの想像と現実のはざまに揺られる哀れなグラエナの孤独な叫びなんです。」
真実はわからないっていうことか・・・誰にも・・・そう考えると悔しいな・・・
目に涙が浮かぶ・・・
「ほら、フェノム。真実がわからなくても僕の話で分かることがあります。それはこの主従関係は簡単には壊れないっていうことですよ。」
そうだ・・・グラエナはずっと主人を呼んでるんだ。姿も魂も無くしても・・・
「フェノムは死に対してかなりさばさばしてるって僕は思いましたが、それは少しの過ちでもあると思います。」
少し戸惑う俺を横目にゴートは続ける。
「死ぬってことには2つ意味があります。1つは存在の消滅。もう1つは記憶の消滅。その2つに対して関心が薄いっていうことはフェノムが誰からも記憶されてないっていうことに関心がないことも意味します。
フェノムは誰かから頼られてるって思わないんでしょうか?」
頼られる?そんなことには思いも至らないな・・・学校はあんまり行ってないし・・・
「フェノムはまだ若いんだから、まだ自分と他者の関係を十分に構築しなおせます。こんな墓地にいつもいなくてもいいんですよ。たまに来てくれるだけでもみんな感謝します。」
「ゴート・・・」

俺はそのあといろいろなゴートの話を聞いた。友人を庇って死んだ人。その人の後を追って死んだポケモン・・・

「さて、僕の話はここでおしまいですけど・・・」
「もう?」
「いえ、今からも結構大事です。」
ゴートは再び真面目な顔をした。
「僕たちはいろいろな人を見てきました・・・でも皆永遠に生きたいなんて思ってないんですよ。」
「え?」
「ただ永遠に生きることに価値はないんですよ。生きることに役割を見出して、与えられた生を存分に生きる。僕もいつか役目を終えます。」
「生きる役割?」
「ええ、でもそんなもの大した問題じゃないんですよ。どう生きるか、どう生きたいか、それが問題なんです。」
・・・どう生きるかか・・・
「べつに生きて革命を起こして・・・とかそういう話じゃないんですよ。」
ゴートはジェスチャーも交えて俺に話している。
「犬も歩けば棒に当たるっていいますよね?」
「うん。」
「犬も歩けば・・・っていうのは仮定・・・つまりイフの話ですよね。」
「イフ?」
「はい。そこでこういう話を立てることもできます。歩かないで棒に当たるリスクを避けて生きていくか・・・棒に当たるリスクを冒しても歩くイフを選ぶべきか・・・」
イフか・・・イフねぇ・・・かなり不器用な生き方だと思うけど・・・
「フェノムはどっちの道を選びますか?」
「・・・イフの道を選ぶ。」
「そうですか。安心しました。難しい道です。何があるかわかりません。そうなったら僕が少しでも助力しますから・・・」
「いや、いい。」
ゴートの話を止める。誰かに助けられてるままでは・・・
「僕は最初に哀しみの話をしましたよね。でも同時にフェノムにある可能性を見出しました。」
「可能性?」
「そうです。優しさと・・・決して曲がることのない鉄の意志です。」
「そうかな?」
「はい。あとフェノムは少し堅いですよ。1人称を僕に変えたほうがいいんじゃないですか?」
「そこはいいじゃん・・・」
「けっこう丸く感じますよ。」
「そかな・・・」
こう言われると結構照れる・・・

ゴートは俺を墓地の入り口まで見送ってくれた。
「辛くなったら僕がいますから、墓地にっていうのも変ですけど・・・戻ってきてもいいんですよ。」
「ふふふ・・・変なの・・・」
「いいですか?大事なのはどう生きるか、です。役割の話をしましたけど、忘れてください。役割なんて大して大事じゃないですよ。」
ゴーストのゴートに生きることを言われるなんて・・・
「あれ?僕が人生の話をするのは変ですか?それはフェノムのステレオタイプですよぉ・・・」
「ごめん。でも今日だいぶ生きるものが好きになった。」
「そうですか。ならその経験を生かすのも一興ですよ。さっきと口調が変わってきましたね。」
そ・・・そうだな・・・なんでだろう・・・不思議だ・・・
「寿命を全うできるとは限りませんが・・・その・・・迎えが来るときまでは少なくとも生きたいように生きてください。」
「ありがとう・・・」
こうなってくると別れるのが辛いな・・・
「さ、ここでサヨナラですよ。」
「うん・・・本当に感謝してる。」
「これから行くあてとかあるんですか?」
「ないけど・・・家を知ってるのを思い出した。」
「家?」
「うん・・・誰も使ってないけど・・・いい場所にある家。」
「つかまらないですか?」
「名義は一応俺・・・」
「僕って言えないですか?」
「僕・・・」
はずかし~。この年になって僕とか・・・言えない。
「そうですか。ならその家で生計を立てるのもありですね。住所さえあれば働けますから。よかったらこの墓地の清掃員やりませんか?」
「いや・・・また会いに来るから。」
「そうですか。なら4年に1回くらいは来てくださいね。」
「わかった。じゃぁ元気で・・・」
「はい。フェノムも元気で・・・」
ゴートがずっと見てる・・・

俺・・・いや僕は少しの不安とそれ以上の期待を胸に歩きだした。まだまだやれるって。



6/15 読んでいただいてありがとうございます。この主人公をどこかでお見かけになったら・・・ってところですね。超短編ですね。
まぁ一応他の話との橋を架けるようにしました。そこを探すのも一興かと。


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Last-modified: 2010-06-15 (火) 00:00:00
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