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四季森物語 Introduction

/四季森物語 Introduction

注意!
流血、死亡表現がふくまれています。
グロ表現は抑えてますが……




そう遠くない昔の話

ある雪国の洞窟で一匹のイーブイが産まれました。

イーブイでは珍しい女の子です。

彼女が最初に目にしたのは一面の銀世界。

そして、となりに置かれているタマゴでした。

洞窟の中にはタマゴの他に、幾つかの木のみしかありませんでした。


「……寒い」

初めて発した言葉は少し寂しそうです。


彼女はしばらく外を見ていましたが、
ゆっくりともう一つのタマゴの方に近付き、寄り添ったまま寝てしまいました。

そのタマゴが孵っているのを願って。



次の日の朝、彼女は目を覚ましました。

隣のタマゴは何も変わっていませんでした。


クゥゥ...

イーブイのお腹が鳴りました。

彼女は昨日から何も食べてません。


「食べられるのかな…」

誰に言うでもなくポツリと呟きます。

鮮やかな桃色をした実を少しかじると
心が落ち着くような感じがします。


「……どこにあるんだろう…。」

実を食べ終わるとポツリと言いました。

イーブイは外に出て、木のみを探す事にしました。


外に行く前にタマゴに振り返り、少しだけ勇気を貰いました。

洞窟の外は風が吹いてさらに寒く、雪も降り積もっていてとても冷たいです。


それでも植物は力強く根を張り、
寒いのにも関わらず葉を茂らしています。


初めて見る外の世界
寒いけれどとても美しく、イーブイは楽しい気持ちになりました。

「…あった。」


雪の重みで折れてしまった枝に、
見たことがない木の実が沢山成っていました。

その一つを口に入れると、
舌がピリピリとして身体があったかくなった気がします。

イーブイはこの実を持って帰る事にしました。

「また来よう…。」

言葉の端々に嬉しそうな気持ちが滲み出ていました。



今日は外が吹雪のようです。

「寒いなぁ…。」

今日は外には出ません。

イーブイは昨日見つけた暖かくなる不思議な実を食べてタマゴに寄り添います。

「いつ出てくるのかな……。」

タマゴにくっつき、そう呟きました。


しばらくそうしていると、外からこちらに向かってくる足音がします。

「誰…?」

彼女は何故かとても恐くなりました。

ここにはタマゴがあります。

弟か妹を見捨てて逃げようとは思いません。

それに、たとえ逃げても行く場所がありません。

戦った事はおろか
自分以外の生き物をまだ見たことがない彼女は、どうすれば良いのかわかりませんでした。


ザッ…ザッ…と足音をさせて洞窟の入口に現れたのは

酷い怪我をしたピンク色のニューラでした。

「ひっ……。」

イーブイは怖くて泣きそうでした。


ピンク色のニューラは洞窟に入ると倒れて言いました。

「そ……それを……。」

そのニューラが指を指した先には青い実がありました。


イーブイは怯えながらも青い実を近くに置き、素早く離れました。

ピンク色のニューラはそれを食べ、しばらく仰向けになっていました。



「………ふぅ…。」

ニューラはゆっくりと立ち上がりました。

イーブイは恐がって洞窟の奥で震えています。
しっかりとタマゴを抱いたまま。


「ありがとう……えっと…イーブイさん。」

ニューラは深く頭を下げ、お礼を言いました。

イーブイはまだ恐いのか洞窟の奥にいます。


「えっと……どうしよう…。」

怯えられていると気付いたニューラは困ってしまいました。

母親が来てしまえば種族ゆえに攻撃をされると思ったからです。


「……あれ?」

そこまで考えてニューラは気付きました。

外は猛吹雪、食料の備えも見た限り節約すれば数日は持つ量です。
そんな状況の中、孵化したばかりであろう子供を残して出掛けるなんて事は普通ありえません。

「君…お母さんは…?」

ニューラの口からイーブイにとってわからない言葉が出てきました。


「おかあ…さん……?」


《やっぱり…か。俺の仲間のせいかもな…。》

ニューラはイーブイの言葉を聞いて言いようのない罪悪感を覚えました。


ニューラは他のポケモンのタマゴを奪い、食べる習性があります。

それをスムーズに行うために
一匹が親を引き付け、一匹がタマゴを奪います。


《その時に殺されたか、帰り道に人間に捕らえられたのどっちかだよな…。》

罪悪感からか、それとも恩返しだったのか
ニューラはとある事を思いつきました。


「あのさ…もし良かったら……俺が親代わりになろうか…?」

そう、『彼女達を育てる』事でした。


でも、イーブイは良くわかっていません。


「おや…?」

「あ…う〜んと……これから一緒に居て良いかな?って事。」

それを聞いてイーブイは嬉しそうです。


「一緒に居てくれるの…?」

「う、うん。一人じゃ寂しいだろうし…。」

少しオドオドしながらニューラは言葉を返します。

『あくタイプ』のせいで疑われない事に慣れていないからです。

でも、産まれたばかりのイーブイは疑う事を知りません。


「♪」

「うわぁ!?///」

ニューラは黙って擦り寄って来たイーブイに驚きました。

イーブイは言葉を多く知らないので態度で示すしかないのです。


「良い…って事かな?」

「うん!」

にこやかにイーブイは頷きました。


「僕はイビ、これからよろしくね。」

ニューラは鉤爪で傷つけないように慎重に頭を撫でました。

こうして
ピンク色のニューラ、イビと名前の無いイーブイの生活が始まりました。




「イビー」

「ん?どうした?」

イビとイーブイが一緒に住んでから一ヶ月が経ちました。

タマゴは相変わらずですが、イビの話ではあと半年ほどだろうと教えてくれまし
た。


「向こうにあったんだけど、これって何ー?」

「これ?これはね、『かわらずの石』っていうんだよ。 …そうだ、ちょっと貸して」

イビは賢いポケモンでした。

色違いで産まれたイビ。

イビの母親はイビを外に出さず、様々な知識を教えました。

木の実や様々なポケモンの知識は当然ですが、

母親は人間と一緒に居た事があり、人間の知識もたくさん教えてくれました。

"色違い"という差別を越えて生きるために。


「はい、出来たよ」

「なぁに?これ…」

「プレゼント…かな?」

イビが渡したペンダントには
綺麗に丸く削られた『かわらずの石』に模様が彫られていました。


「その模様は君の可能性の種類だよ」

不思議そうに石を見ているイーブイに優しくイビは言いました。


「火、水、雷、太陽、月、草…そして氷。君はそのどれかを選んで、その力を貰うんだよ。」

「ふーん……。」

イーブイは幼いなりに理解をしたようでした。


「これでよし。」

イビはペンダントをイーブイにつけ、頭を撫でました。


「ありがとう!」

イーブイはとても嬉しそうです。


「……!
 ……イーブイ、隠れてて」

何かを感じとったイビはイーブイに言いました。


「? うん!」

イーブイは奥の岩陰にタマゴを抱えて隠れました。


しばらくして洞窟に来たのは二体のニューラ。

体の色は紺色で、イビとは違い恐い顔をしていました。


「よお、異端児。」
「こそこそと逃げ回りやがって。」

「群れは抜けたはずだろ。なんでまだ俺を狙う?」

イーブイは驚きました。

イビが突然変わったように見えたのです。


「ハッ、お前みたいなヤツは種族の恥なんだよ!」
「消す以外に理由なんてねーだろ?」

「……ちっ。」

イビは『こうそくいどう』を使って外に走り出します。


「オメー馬鹿かぁ!?」
「俺達にスピードでも勝てねーだろ?」

「くそっ……!」

洞窟を飛び出した三人。

イーブイはイビが心配になって出口に行き外を見ると、イビは二人に『ふくろだたき』にされていました。

イーブイは泣きたい気持ちを堪えました。

もし、ここで泣いてしまったらイビに迷惑がかかってしまうのがわかっていたから。


「…っらあ!」

イビは突然片方に『でんこうせっか』を当て、
『メタルクロー』で素早く首を掻き切りました。


「ひっ……!」

イーブイは悲鳴をあげそうになって、とっさに口を押さえました。

イーブイが見たのは、ニューラのたくさんの"血"でした。

掻き切ったイビの右手は真っ赤に染まっています。

切られたニューラは地面に倒れたまま、雪を赤く染めていました。


「俺はもう群れの仲間じゃねえんだ。同族殺しも容赦しねえぞ……?」

イビは立っている方のニューラを睨みつけます。


「……クソ…!」

そう言って片方のニューラは逃げ出しました。

倒れているニューラはピクリともしません。


「……ふぅ」

片方のニューラがいなくなったのを見て、とても悲しそうな顔に変わりました。


「……ごめんな…」

倒れて動かなくなったニューラに雪をかけはじめました。

ニューラの姿を雪で隠し終え、イビは立ち上がります。


「イーブイ…?」

イビはイーブイがこちらを見ていたのに気がついて、驚いた顔をしました。

イーブイはビクッと震えました。


《これは見られたよなぁ…。》

イビは困ったような表情になりました。

一度信頼を裏切れば簡単には戻らないのを知っているからです。


「とりあえず戻らないと…」

イビはゆっくりと洞窟に戻りました。


「あ…あの……イーブイさん…?」

洞窟に戻るとイーブイは洞窟の一番奥で震えていました。

タマゴを抱き抱え震えていて、声をかけてもビクッとするだけでこちらを見てくれません。


《弱ったなぁ…。》

なんとか誤解を解こうにもイーブイは言葉を多く知りません。

それに、怯えられて聞く耳を持ってくれなさそうです。


「……はぁ…。」

しばらくしてイビは立ち上がり、ゆっくりとイーブイに近寄ります。


「ごめんなさい…。」

イーブイは声が震えていました。

目に涙をうかべ、タマゴはしっかりと抱き抱えています。

イビはイーブイを落ち着かせるには何をすれば良いのかを考えます。

母親に何をされたら一番安心が出来たのか。

その答えは必然と出ます。


イビはイーブイを抱き上げました。

イーブイは驚き、逃げようとしました。

しかし、イビはしっかりと抱いていて逃げられません。


イビは、しばらく無言でイーブイを抱いていました。

イーブイは必死に身体を動かしたり、イビの腕を噛んで逃げだそうとしていましたが、
とうとう諦めたのか、抵抗を止めていつの間にか寝ていました。

イビはイーブイが寝たのを見てから、疲れていたのか同じようにそのまま眠ってしまいました。




「イビ…イビ……」

「ん………」

イビが目を覚ますと朝になっていました。


「イーブイ…?」

イビは自分がイーブイを抱いていた事に驚いているようです。

しかし、すぐに思い出しました。


「ごめんねイーブイ…」

「…大丈夫だよ、イビ」

イビが思っていたより早く、イーブイは返事をしました。


「怖かったけど…、仕方がなかったんだよね?」

「…う、うん……」

《そうだろうか…、本当にああするしかなかったのかな…》

真っ直ぐなイーブイの視線に、イビは考え込んでしまいました。


「イビ…」

「! …あ、ごめん。何?」

「イビ、…どうしてあの人達に追いかけられてるの?
どうしてイビは二人と違う色をしてるの?」

「っ…」

イーブイにとっては当然の疑問です。

でも、イビにとってはあまり言いたくない事でした。

"差別"が恐かったから、"軽蔑"をされたくなかったから。

でも、イビは正直に話しました。
色違いの事、差別を受けていた事、そしてニューラという種族の特長を。

自分を疑わなかったイーブイを騙したくなかったから。


「…って事なんだ…。黙っててごめんね…」

イーブイの反応は意外とも、当然とも言える結果でした。


「…でも、イビは優しいし。
タマゴだってずっと我慢してくれてるんでしょ?」

そう言ってイーブイは自分の抱いているタマゴを見ます。


「…あ……。」

イビにとってそのタマゴは"御馳走"ではなく、"イーブイの宝物"に見えていました。


「それに、イビは"おとうさん"なんでしょ?」

無邪気な笑顔でイビを見ます。

イビは心に暖かい灯のような感情が芽生えた気がしました。


「イビ?泣いてるの?」

「え…?」

イビは目から涙を零していました。

何故なのかはイビ自身にもわかりません。


「私…酷い事言ったの?」

「ううん。イーブイがいてくれて嬉しいんだよ。なのに泣くなんて変だよね。」

イビはゆっくりとイーブイを抱きしめました。




「イーブイ。」

「どうしたの?…イビ?」

出会って三ヶ月程経ったある日、イビはある決心をしました。


「…ここを出て遠くまで旅に出た方が良い。」

そう、イーブイと別れる事でした。


「どうして?」

「イーブイ、お前は自分の可能性を無駄にしちゃいけない。
遠くに行って、自分の可能性を広げるんだ。
このままだとイーブイは一つ…いや、良くて三つの進化の可能性しかない。」

イビは最初、本当の理由は言いませんでした。

"イーブイ"という種族の進化を建前として話しました。


「私はその三つの進化のどれかで良いよ?
イビと離れるのは嫌だもん。」

イーブイはイビと離れるつもりは無いようです。

それはつまり、本当の理由を話す必要があるという事でした。


「すまない…今のは建前だ…。
本当は…お前達をいつまで護れるかわからないし、もしかしたらマニューラから狙われるかもしれない。
そうなったらたぶん…俺も、イーブイも、そのタマゴも殺される。
だから…だからお前達は遠くに逃げてほしい」

イーブイはそれを聞いてもイビと離れる気は無いようでした。


「でも…私はイビと一緒が良い。この子は私が護るし…。」

「イーブイ!」

大声を出したイビにイーブイは驚きました。


「…そんなに簡単じゃないんだ。
まだ群れのヤツは俺を狙ってる。
お前が巻き添えになるのは……嫌なんだよ。」

イビは本当に親のようでした。

自分が死んでも、イーブイ達は助けたい。

そう考えていました。


「イビは……イビは逃げられないの?」

イーブイはイビに問い掛けました。

イーブイは少しだけ泣きそうな顔をしています。


「俺は…目立つから難しい。
 それに、逃げてる途中で見つかったら意味が無いだろ?」

イビは自分の体を見て小さくため息をつきました。


「イビにもう会えないの…?」

イーブイは泣いていました。

離れたくない。別れたくない。

そんな思いが溢れてきます。


初めて会った人であり、イーブイにとっては本当の親でした。

イビはイーブイの言葉に答えず、いつかの時のようにイーブイを抱きしめました。

でも、イーブイはあの時と違って息苦しさを感じます。
悲しみを、寂しさを感じます。


「また会えるよね…?」


もう一度だけイーブイが聞くと、イビは少しだけ間を置いた後に笑って言いました。


「…大丈夫。きっと、また会えるさ。」

イビは嘘をついたかも知れません。

でも、嘘になるかはイーブイにもイビにもまだわからない事でした。




「……頑張れよ」

次の日の朝は晴れていました。


「本当に行かなきゃダメ…?」

イーブイは後ろを見て聞きます。


「大丈夫、お前なら出来る。……俺の子なんだからな」

笑いながらそう言って、イーブイの頭を撫でました。


「イビ…最後に一つだけワガママして良い…?」

「…出来る事ならなんでも良いぞ?」

「…イビみたいに"名前"が欲しい。
 私が進化した時、イビが私ってわかるように。」

"最後のワガママ"はイビにとって意外なお願いでした。


「名前、か…。
 ……イヴ、ってのはどうだ?」

「イヴ……。意味ってあるの?」

「…いや、無いからこそ特別なんだ。誰とも一緒にならないはずだからな。」

そう言ってイビは笑いました。


「それに、無いなら創れば良い。俺達二人にしか伝わらない言葉として。…で、イヴは嫌か?」

イーブイは首を横に振りました。


「ううん…。すごく嬉しい。その意味って考えてあるの?」

イビは首を縦に振りました。


「とりあえずは、な。『命』って意味だけど…嫌なら変える。」

「ううん、大丈夫。ありがとう。」

「そうだ、少し待って。」

そう言うとイビはイヴの『かわらずのいし』のネックレスを取り、何かを彫っています。


「これでよし。……頑張れよ!イヴ!」

彫り終えるとイヴの首にネックレスを着け直しました。

イーブイの荷物は『かわらずの石』の首飾りと背負っているタマゴだけです。


「うん!色々ありがとうイビ!いつか絶対に会おうね!」

イヴは満面の笑みでイビを見てから、ゆっくりと南の方に向かいました。

一度も振り返らなかったその背中は
雌であるのにも関わらず、凛々しく、気高く、力強いと感じました。





「頑張れよ…イヴ……。」

そう呟いたイビの背中は、悲しそうに小さく震えていました。




「ん…」

イビと別れて五日が過ぎました。

イヴは毎朝少しだけ寂しさを覚えます。


「おはようイビ…」

イヴが声をかけたネックレスには
美しい模様と、イヴの名前が彫られていました。


ここは所々に草木が生えています。

一日目は運よく洞穴を見つけ、そこに寝ました。

二日目は雪こそ無くなったものの、寒い所で木に寄り掛かって寝ました。

三日目はブリーの木を見つけ、旅に出て初めて食べる事ができました。

四日目からは寒さが和らぎ、木のみこそ見つからなかったものの楽になりました。

「食べ物探さなきゃ…。」

イヴはしっかりとタマゴを抱え、歩きだしました。


しばらく歩くと森に入り、川が見えてきました。

イヴはゆっくり川に向かい、水を飲みます。

これなら木の実が見つからなくても多少はごまかせるからです。



「テメエが異端児の仲間か?」

ふと鋭い声が聞こえました。

イヴが驚いて振り向くと、マニューラがいました。

イヴはとっさにタマゴを抱えて走り出します。


「はっ、俺から逃げられるとでも思ってんのかよ!」

マニューラはすぐにイヴの前に回り込み、ゆっくり近づいて来ます。


「あの異端児もたまには役に立つな。
うまそうなの持ってんじゃねーか」

きっとタマゴの事なのでしょう。

マニューラは鋭い爪をちらつかせ迫ってきます。


「いや……やめて…。」

イヴは声が掠れて、震えていました。

タマゴだけは守ろうと、しっかりと抱き抱えます。


「はあっ!」


掛け声と共に飛んできた青い球がマニューラの肩に当たり、マニューラは地面に倒されました。


「か弱い女子に何をしている!」

「ちっ…ついてねえな……ルカリオかよ…。」


マニューラはそう呟いて逃げ出しました。

ルカリオと言われたポケモンはマニューラが逃げて行った方向を睨んでから、イヴに優しく声を掛けました。


「イーブイのお嬢さん、怪我はありませんか?」

「あ…えっと……あの…。」


イヴは御礼を言いたいのに上手く言葉が出ませんでした。

イビ以外の人と会話をした事がなかったので、緊張をしていたのです。


「…あ、ありがとうございます……。」

「いえいえ、当然の事ですから。」


ルカリオの優しく笑った顔がイビと重なります。

イヴは不意に泣きそうになりました。


「お嬢さん…行く当てはありますか?」

「え…?」

「この川の下流に平和な森があるんです。当てが無ければそこまで一緒に行きませんか?」


イヴはルカリオを見上げました。

ルカリオは純粋に自分を心配してくれているのだとわかりました。


「はい…よろしくお願いします。」

「良かった…。この辺りは物騒で、お嬢さんを置いていくなんて私にはとてもできなかったので。」


イヴが笑うと、ルカリオは照れたように笑い返しました。

イヴが歩こうとした時、後ろ脚に痛みが走りました。


「痛っ……。」

「ちょっと失礼しますね…。」

ルカリオはイヴの後ろ足を触って言いました。

「捻挫…みたいですね。歩けますか?」


イヴが「たぶん……」と答えると、ルカリオはイヴを背中に乗せました。

タマゴもルカリオがしっかりと持って川を下りはじめました。


「あっ…、ありがとうございます…。」

「これぐらい良いですよ。気にしないでください。」

「あの…お名前は…?」

「あぁ、私の事はリーと呼んでください。わかると思いますけど雄ですよ。」

「リーさん…ですか。」

「えっと…貴女は?」

「私は……イヴ…です。」


イヴは自分の名前を教えるのを戸惑いました。

それは、決してリーを信用してなかったわけではなく、イビに貰った名前を他の人に知らせたくなかったからでした。

でも、イビが探しに来た時に『イヴ』でないとイビはわからないと気付き、本当の事を言いました。


「イヴさんですか…わかりました。
明日の朝には着いてると思いますし、寝ていても構いませんよ。」

「いえ…さすがにそれは……。」


イヴは遠慮したものの、本当は疲れていました。

リーはそれをわかっているかのように、もう一度言いました。


「マニューラに追われて疲れてるでしょうし、気を使わなくても良いですよ。
別に後で何かを言うつもりはありませんから。」

「じゃ…じゃあお言葉に甘えさせてもらいます……。」

「ええ、おやすみなさい。」


イヴはしばらくするとすーすーと寝息をたてていました。

リーはそれを見た後、小さく呟きました。


「タマゴを抱えて一人旅とは…何があったんでしょうか……。」


リーは首を振り、余計な詮索はしないように心掛けました。





「ん……。」

「…目が覚めましたか?イヴさん。」


イヴが目を覚ますと日が沈んでいました。

リーはタマゴを抱えて隣に座っていて、閉じていた目を開きました。


「あ…はい。」

「どうぞ。お腹が空いたでしょう?」


リーはイヴが産まれた時、初めて口にした『モモン』を渡してくれました。

気のせいか、初めて見た物よりも色が濃いように見えます。


「甘い…。」

「おや、モモンは初めて食べましたか?」


イヴは首を横に振りました。

ですが、そのモモンは以前食べた物と同じ物なのかと思うくらい甘いと感じました。


「これ…すごく甘いから……。」

「あぁ…。ここは、この地方では珍しく日当たりも良いし暖かい場所なんです。
だから木の実の味が濃いみたいなんですよ。」

「へぇ……。」


リーはイヴが食べ終わるのを見届けると再び目を閉じました。

イヴは周りをキョロキョロと見渡します。

見えるのは川と木、それに草だけです。

イヴが草むらを掻き分けて進むと、綺麗な花がありました。

花に顔を近付けると良い匂いがします。

イヴはそれを摘んでリーの所に帰りました。

感謝の気持ちをこめてリーにプレゼントをするためです。


「イヴさん?」

「リーさん…これ。」

「これは…グラシデアの花?」

「…今日はありがとうございました。
リーさんがいなかったら私達……。」


イヴが言葉に詰まっているとリーは笑って言いました。


「あの時も言いましたけど、当たり前の事なんですから気にしなくて良いですよ。むしろお礼を言うのは私のほうです。」

「……?」

「いえ、イヴさんがいると一人でいた時より楽しいんですよ。」

「あ…。」


イヴはリーの言葉に思い当たる節がありました。

タマゴがあるので完全に一人になった事はなくても、イビと別れた後…リーと出会う前はとても寂しいと感じていたからです。


「イヴさん、ありがとうございます。」


リーは丁寧に頭を下げました。

イヴもつられて頭を下げ、二人同時に頭を上げました。

それが可笑しかったのかイヴとリーは笑いあいました。


「それにしても…よく見つけましたね。」

「?」

「この花ですよ。」


リーはイヴが持ってきた花を持ち上げました。


「これはグラシデアの花…感謝の気持ちを伝える時に贈る花なんですよ。」

「グラシデア…?」

「ええ。…そういえばこの花の花粉は何か特別な力があるらしいです。」

「特別な力?」

「はい。この花の香りを嗅いだ時に何か思いました?」

「良い香り…としか思いませんでした。」

「そうですか…、とある種族は姿形が変わってしまうそうです。」

「進化…じゃないんですか?」

「違うみたいです。また、元の姿に戻ると聞きましたから。」

「へぇ…。」


イヴはグラシデアの花を見つめました。


「さて、夜も遅いし…ってイヴさんはさっき起きたんでしたね。」

「…はい。」

「はは…そんなに申し訳なさそうな顔しなくても良いですよ。
イヴさんはどうしたいですか?」

「どう…と言われても思い付きません……。」

「ですよね。何かあれば遠慮なく起こしてください。
あ、あとあまり遠くに行くと危ないですからね。」

「はい。おやすみなさいリーさん。」

「ええ、おやすみなさい。」


イヴはしばらく近くをうろうろとしていましたが、辺りが暗くて結局リーの隣にちょこんと座りました。

タマゴを抱えて空を見ると、綺麗な星空が見えました。


カタッ…

「……?」


抱えているタマゴが動いた気がしました。

イヴはタマゴをしっかりと抱え、また動かないかと待ちました。

が、結局タマゴに変わった様子はありませんでした。


「頑張って…。」


イヴはタマゴに優しく呟きました。




「んん……。」


朝日を受けてイヴは目を覚ましました。

森の中はまだ薄暗いですが、葉の間から僅かに漏れる光がちょうどイヴの顔に当たっていたようです。


「あ…れ……?リー…さん?」


イヴが周りを見ると、隣で寝ていたはずのリーの姿がありませんでした。

イヴはどうしようもない不安に襲われました。

また、一人になるのが嫌だったから。


「…イヴさん?どうしました?」

「あ……リーさん!」


イヴはリーに向かって走り出しました。

リーは優しくイヴを受け止め、謝りました。


「すいません…。心配をかけてしまって。」

「無事で良かったです…。」


二人はその後、リーが採ってきたきのみを食べました。

イヴは昨日の夜遅くまで起きていて生活リズムが崩れたのか、少しウトウトとしています。


「川で顔を洗いますか?目が覚めると思いますよ。」

「そうします…。」


イヴはタマゴを抱え、リーと一緒に川岸に行きました。

リーは川に浸かり、頭・顔・手足を手早く洗っています。

イヴは両手で水を掬おうとしましたが、後ろ脚だけで体を支える事が出来ないため川に落ちてしまいました。


「きゃっ!?」

「イヴさん!?」


リーはすぐにイヴを引き上げ、岸に降ろしました。


「大丈夫ですか…?ここは深いですからね…。」

「けほっ……は、はい。ありがとうございます…。」


よく見ると、リーは腰の辺りまで水に浸かっていました。

イーブイである彼女が溺れるには十分な深さです。


「眠気は覚めましたか?」

「それは…まぁ……。」


リーはクスリと笑って川から上がりました。

イヴは体を振るわせて水気を飛ばします。


「さて、行きましょうか。今からならお昼前には着きますよ。」

「はい。」


イヴはタマゴをしっかりと抱え、リーは遠くを見据えて歩き出しました。


「リーさん。」

「どうしました?」

「リーさんは昨日、なんであそこにいたんですか?」

「ああ、その事ですか。…簡単に言うと放浪してました。」

「ほうろう?」

「当てもなくフラフラしてたって事ですよ。」

「?」


イヴは『何故?』と言いたそうな顔をしています。

それに気付いたリーは話し続けました。


「昔は旅をしていましてね。その時に今向かっている森……『四季の森』と言うんですが、そこが気に入って住む事にしたんです。」


イヴはリーの話に興味があるようで時折相槌を打っていました。


「ですが、放浪癖と言いますか…じっとしていられなくなってまして。たまに当てもなくフラフラとしてしまうんです。」

「旅をする前はどこにいたんですか?」

「旅の前は人間の所にいました。産まれてからずっと。」

「人間の所…?」

「あぁ、そうでした…。『人付き』になればわかりますけど、人間は皆が皆『悪い生き物』じゃないんですよ。」

「……?」


イヴは首を傾げました。

イビが嘘を言うわけはないと信じていますが、リーも嘘をついているようには見えなかったからです。


「でも…そんな人間は殆どいませんからね。基本的には『悪い生き物』だと思って注意したほうが良いですよ。」

「…リーさんの時の人間は良い人間でしたか?」

「いえ、とても『悪い生き物』でした。…ですが、四季の森の近くに住んでいる人間がとても優しい『人』で考えが変わりました。」

「人…?」

「その方は『人間』や『ポケモン』を区別しないでくれますからね。
私も同じようにあの方だけは区別していないんですよ。」

「へぇ…。」


イヴはそう話すリーの表情が、とても穏やかになっていたのに気がつきました。

初めて会う事になるかも知れない『人間』が少し楽しみになりました。


「疲れたら言ってくださいね。まだ距離がありますから。」

「はい!」





「大丈夫ですか?」

「はい!」

「後はこの崖を回って下に降りるだけですから…がんばりましょう。」


イヴとリーは滝の上にいました。

リーはいつもならロッククライムの要領で登り降りをしているのですが、今はイヴがいます。

彼女を背負って降りれなくはないとも思いましたが、やはり安全な方を選びました。


「おー?リーじゃんか!」


滝を迂回しようとした時、空から声が聞こえてきました。


「ムクさん!お久しぶりです。」

「おひさー。またどっか行ってたの?」

「ええ、ちょうどこの川の上流まで。」

「本当にじっとしてねえな。」


ムクと呼ばれたムクホークはリーの発言に苦笑いをしていました。

が、ムクはリーの足元に隠れている人に気付いたようです。


「あれ?その子誰?」

「ああ、イヴさん…大丈夫ですよ。顔は恐いかもしれませんけど優しい方ですから。」

「俺そんなに恐いか?」

「ええ、ぱっと見はかなり。」


ムクは「精神的ダメージが!」と言って胸を押さえていましたが、その顔は笑っていました。

イヴはそれを見て少しだけ笑い、リーから離れて頭を下げました。


「はじめまして…ムクさん。」

「あれっ、女の子だったんだ。はじめまして、イヴちゃん。」


ムクはそう言ってイヴの頭を撫でました。

羽毛のふわふわとした感触がイヴの頭に伝わります。


「そだ、リー。森に帰るんなら送ってあげようか?」

「良いんですか?」

「いーのいーの。どうせ俺もマスターんトコに帰る途中だったし。」

「じゃあ…お願いします。」

「はいよ。じゃあ二人共乗って。」


ムクは背中を向けてしゃがみます。


「行きましょう、イヴさん。」

「えっ?あ、はい。」


リーはイヴを抱えてムクの背中に乗りました。

ムクは二人が乗ったのを確認すると立ち上がりました。


「いつもみたいにリーの家で良いか?」

「うーん…はい。お願いします。」

「りょーかい。イヴちゃんもしっかり掴まっときな?」

「えっ?あ…はい。」


イヴはこれから何が起こるのかわかっていないようでしたが、言われた通りにしっかり掴まりました。

タマゴは「落としたら危ないですから」と言ってリーが持ってくれました。


「じゃ、行くぞー。」


ムクはそう言うと翼を羽ばたかせ、ゆっくりと浮き上がりました。

イヴは地面が離れていくのを不思議そうに見ていましたが、滝から飛び立つと恐怖で目をつぶってしまいました。


「イヴちゃーん?大丈夫?」

「ムクさん…もうちょっと高度落としたほうが…。イヴさんが恐がってます。」

「ハハハッ。りょうかーい。やっぱり最初は恐いか。」


ムクは高度を落とし、なるべくゆっくりと飛びます。

リーがイヴの頭をポンポンと叩くと、イヴはゆっくり目を開けました。


「わあ……。」

「綺麗でしょ?花も人もたくさんいるよー。」


イヴが見たのは遠くまで続いている緑と、その中に咲いている色とりどりの花。

銀世界も綺麗でしたが、この景色には何か生き生きとした物が感じ取れました。

小さく聞こえてくるまだ見たことのない森の人の会話も、たくさんの緑も、いろんな花の香りも……
雪原地帯に住んでいたイヴにとって、全てが新しいものでした。


やがて、ムクは目の前に小さめの洞窟がある場所に降りました。


「あい、とーちゃく。」

「ムクさん、ありがとうございます。」

「良いの良いの。じゃ、俺は行くから。」


そう言うとムクは再び空に飛び立ちます。

イヴが見上げていると、ムクは何かを思い出したような顔をしました。


「あ、そうだ!イヴちゃん!たまには遊びに行くから住む場所が決まったら教えてな!」

「はい!ありがとうございます!」

「じゃ、また!」


ムクはさっきとは比べものにならない速さで飛んで行きます。

イヴはムクが見えなくなるまで見送り、リーの方を見ました。

リーはまだムクが飛び去って行った方を見ていましたが、やがてイヴの方を見て言いました。


「四季の森へようこそ。イヴさん。」


それは、イヴが新しい『可能性』を手にした事を示す言葉でした。


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Last-modified: 2011-06-26 (日) 00:00:00
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