※注意!
暴力的表現、官能(?)表現があります。
「いけぇっ! ワイルドボルトだ! 殺せ殺せ殺せぇぇ~っ!!」
主の指示を受けて、私は電光を帯びた突撃を、部屋の入り口に立ち塞がっていたエンペルトに叩き付けた。
焦げ付いた鋼の躯が戦慄き、狂おしい断末魔が喉笛を割いて、最後まで扉を守ろうとした羽先が虚しく離れ、板張りの床にどうっ、と崩れ落ちる。
間髪入れず、球体の身を猛回転させ、エンペルトの屍を飛び越えて扉へと体当たり。粉砕された破片が舞い散る中、立て続けの衝撃に身体が軋む。
作戦続行――可能。必要な情報はそれだけだ。苦しみや辛さなど、私には何の意味もない。
打ち入った室内を見渡すと、大きな背中が隅にうずくまり、小刻みに揺れるパイプ状をした2本の尾をこちらへと向けていた。
パイプから漏れる音色は、そのバクオングの恐怖の悲鳴か、私に対する呪詛か、それとも哀願か。
いずれにせよ、聞く耳はない。
主の鉄砲玉である私に、そんな感覚は必要ない。
「……やれ!!」
聞くべき声はただひとつ、主の命令のみ。
その声に従い、私は全身からエネルギーを迸らせて、大爆発を巻き起こした。
◎
あの時、私たちが襲った場所がどこだったのか、主がなぜそこにいたポケモンたちを皆殺しにする命令を私たちに下したのか、そんなことは覚えていないし興味もない。
とりあえず確実なのは、私が大爆発して気絶している間に、主が撤収に失敗して警察に捕らえられた、ということだ。目が覚めた時、既に私は拘置所と思しき建物の一室にひとりで閉じ込められていた。主の他の持ちポケモンたちも、みんな保護の名目でそれぞれバラバラに投獄されているらしい。
虜囚となったと知っても、悔しさは湧かなかった。
主は捕まる際、仲間たちに戦わせてひとり逃亡しようとし、瀕死の私まで足留めに放り出そうとした、と警官たちから憤り混じりに教えられたが、だからといって主を恨む気も、嘲る気も起こらなかった。
鉄砲玉とはそういうもの。命令のままに放たれ弾けて散るだけ。撃ち手がどうなろうと、標的がどうなろうと、自身がどうなろうと関係ない。すべてはどうでもいい話なのだ。
だから今現在も、私は暗く狭い独房に転がりながら、何をするでもなく運命に身を任せて流されていた。
「……では、貴方にどんな処遇を与えても認めるのね?」
「認める……? いや、そうは言わない」
スピーカーを通した
「ただ、拒否する気がないだけだ。勝手にどうとでもすればいい」
「そう……分かったわ。じゃあ、お願いね」
誰か第三者に話す声を最後に、ぷつり、と静寂が闇を満たした。
時間が粘ついた速度で流れていく。
思い返す過去はない。
描きたい未来もない。
いっそ自爆して勝手に終わらせてしまおうか、とも思ったが、既にそれを実行しようとしてできなかったことを思い出してやめた。自爆を妨害する仕掛けでも施されているのだろうが、詳しく調べるのも面倒だ。
取り留めない思考をぼんやりと巡らせている内に、扉がスライドして丸い影が転がり入ってきた。
真ん中から紅白2色に塗り分けられた大玉。白い側には静かな眼差し。赤い側には薄く微笑んだ唇。
そんな相手の姿を一瞥し、静かに納得する。
「……なるほどな。処刑は同族に任せた、と言うわけか」
「処刑?」
訝し気に身を傾げた相手の様子に、私もまた身体を傾ける。
「違うのか? 鉄砲玉として殺戮と破壊の限りを尽くしたこの身だ。捕まれば殺処分……その覚悟で働け、と主に教えられていたが?」
「それはないよ」
相手の丸い身体が、おもむろに左右に振られた。
「一番悪いのは、君に指示を出したその主さんだ。もちろん実行犯である君も処罰は免れないけれど、少なくとも何の機会も与えずにいきなり死刑、なんてするほど司法は無慈悲じゃないよ」
「…………」
機会、ね。
返事も反応もしない態度で応えると、相手は問いかけで私に反応を促した。
「死にたかったの?」
「……別に」
積極的に自殺をしたいわけではないから、そう応えた。
そろそろ、それも怪しくなってきたが。
「だが、生き続けて何になる? 〝機会〟と言ったな。私たちに一体、何の機会がありえるというのだ?」
無造作に吐き捨てると、相手の顔に露骨な呆れの色が差した。
「ほんと、ジュンサーさんたちに聞かされていた通りだね。諦観するばかりで、自分でものを考える意欲がない」
余計なお世話だ、などと口にする気力も抱けなかった。
「犯罪の手駒にされた君たちだって、真面目にやり直せばいくらでも機会を掴めるよ。一体何だって君は、何もする前からやる気を捨てているのさ?」
「……仲間たちには、あるいはそんな機会もあるかも知れない。だが、私たちみたいな出来損ないには、生まれた時から未来など決まっているではないか」
「出来損ない?」
相手の眉が、深くひそめられる。
「ちょっと待ってよ、まさか〝私たち〟って、テロ一味の仲間じゃなくて、僕と君で〝私たち〟って言っているわけ? つまり君は…………」
紅白の身体を向かい合わせて、相手は言った。
「〝マルマイン〟というポケモン自体に、生きる価値がないって思ってる?」
「……そうだ」
身体を前に傾ける。
この向きに身体を倒すのは、久しぶりに思えた。
「それとも、貴方はあると思えるのか? こんな、モンスターボールの出来損ないから産まれた命に、だ」
◎
「……ぼんぐりの実の殻を加工し、ある特殊なパルスを浴びせて作るのがモンスターボール。だけどそのパルスが強過ぎると、ボール自体がポケモンの意識に目覚めることがある。これがビリリダマ*1で、ビリリダマが進化したのがマルマインだ。君が言っているのは、そのことだよね?」
重力が増したような沈黙の後、相手は解説と確認で口火を切った。
私は静かに頷いた。イレギュラーで生まれた不自然な意志。ただ運命に従い、散り行く以外に何もあるはずがない。
「……で、だから何?」
鋭い問いが、相手の険しい表情から飛んだ。
「…………何?」
「だから、どうしてそれが〝ビリリダマやマルマインはモンスターボールの出来損ない〟なんて話になるのかって聞いてるの! モンスターボールの方がビリリダマの生まれ損ないだとは考えないの!? ビリリダマになって、マルマインまで進化できた自分が〝当たり〟だったとは思えないの!?」
「え……それ、は…………」
ここまであっさりと認識を根本から否定されるとは想定外だった。絶句して強張った私に、更に厳しい舌鋒が突き付けられる。
「そもそもさ、君は覚えているわけ!? ぼんぐりだった自分がビリリダマとして目覚めて、モンスターボールの列から除外された時のことをさ!?」
「いや……」
「でしょ!? 僕だって生まれた時のことなんか覚えてやしないよ。他のポケモンだって、人間たちだって、生まれた時のことを覚えている奴なんてそうはいないんだよ!? なのにどうしてそんな、覚えてもいないようなことで自分を貶められるのさ!?」
今にも破裂しそうな剣幕だった。
こいつ、本当に私を爆殺処分しにきたわけではないのだろうか。
「し、しかし私は、物心付いてからずっとそう…………っ!?」
反論を叫ぼうとして、私は口ごもった唇を噛み締める。
「誰かに、そんなふうに言われてきたんだね? ひょっとして、それも主さんとやらに教えられたの?」
事実を推察され、自分の血の気が引いたのが判った。引いた血がこの丸い身体のどこに流れたのかは判らなかったが。
「やっぱり……! こうなると、他の仲間たちにもどんな育て方をしてきたか推して知るべし、だ。今の話だけでも、罪状追加には十分な証拠になるよ!!」
「貴方は……今の話の言質を取るために、ここに……?」
喘ぐように、確認を取った。その通りだとしたところで、別に腹を立てる筋でもない。
「うん、目的のひとつだったのは間違いないさ。身勝手な思想を誇示するために君たちを騙して利用し、大勢の何の罪もないポケモンたちを虐殺して、その死をもって更に多くの人とポケモンたちに災いの種を蒔こうとした卑劣漢! あんな奴、犯した罪に相応しい場所に送られればいい!! 君も主さんにはいろいろ言いたいことができただろうけど、残念ながらもう会うことは叶わないだろうね……」
元より、元主に文句を言うどころでは、なかった。
「…………っ」
絶句したまま前のめりに傾き、顔を床に埋める。
自爆妨害を施されていなければ今すぐにでも吹き飛んでしまいそうなほどのショックに、私の心は掻き乱されていた。
「私は……私は一体何なのだ!? 出来損ないでないというのなら、出来損ないにすらなれないというのなら、私は……!?」
頸木を解かれると同時に、
もう、何も考えず流されてはいられないのに、何をすればいいのか、何であればいいのか、私にはまるで判らなかったのだ。
「その答えが知りたいかい?」
混乱の渦の中、相手の声が優しく差し伸べられる。
「だったらまずは顔を上げなよ。うずくまって下を向いたままじゃ、何も見えないだろ?」
促されるままに、私はその場で身体を後転させていた。
答えを得たい、というより、そうするより他に何もしようがなかった、という消極的な理由で。
すぐ目の前で、相手は含み気な微笑みを浮かべて、私を見つめていた。
と、不意にその顔が、滑るようにこちらへとスライド進み出てきて。
「え? ちょっ…………」
押し出される形で視線が上を向き。
赤い部分が、コツンと音を立てた。
◎
「むぐ……!?」
何をされたのか、まるで判らなかった。
唇を柔らかな感触で覆われ、口内――敏感極まりない場所に湿った肉塊を押し込まれ這い回されて。
ようやく、自分が〝口付け〟と呼ばれる行為を強要されたらしい、という事実に思い至った。
「んむ……ぶはぁっ!? な、なんだ!? いきなり何をするんだ!?」
大慌てで唇を振り解いて後ずさる。抗議を上げた口内には、舐め回された余韻が甘く響いていた。
「いきなりじゃないよ? どんな処遇でもすればいいって、君が言ったんじゃないか」
「た、確かにそうは言ったがっ!? しかしだからって、どうしてこんなことを……!?」
「自分が〝何〟であるのか知りたいでしょ? それを教えてあげるんだよ。それこそか、僕がここにきた一番の目的だからね。嫌だっていうのなら……」
悪戯っぽく相手は笑った。
「それを罰だと思って、受け入れればいい。とにかく今は、僕に身を預けなよ」
拒否する権利は、犯罪者である私にはないようだ。
仕方なく、私は眼を閉じて相手に従った。
再び唇が覆われ、口内に相手の舌が挿入される。
ぬちゃり、ぐちゃり、ぺちゃぺちゃと、粘膜が嫌な音を立てて絡み合う。
咽せ返るような濃密な接吻を繰り返される内、身体の中心が熱を帯びていくのを感じた。
と、チリチリと小刻みに身体が震え出す。
相手の放つ怪電波が、私の身体を共振させているのだ。
いや、これは最早、〝快電波〟とでも呼ぶべきか。
それほどまでにこの震えは、堪らなく心地よかった。
中心を揺さぶられる度、煽り立てられたエレクトンエネルギーが昂って膨張していく。
「ぅあ、だ、だめぇ……っ!?」
言い知れぬ恐れに襲われ、堪え切れずに逃れようともがく。
だが、結果却って広がってしまった隙を、相手は容赦なく快電波で弄り立てた。
「ひぁっ!?」
脳裏がスパークし、そして、ショートする。
その刹那、強烈なパルスが、私の末端から迸った。
「あ……あぁっ!? あぁぁぁぁ……っ!?」
熱い衝撃が身体を貫いて、放出されていく。
何もかもが初めての体験なのに、このパルスにはどこか懐かしさを感じた。
そう、それは覚えているはずのない記憶。
私がまだぼんぐりの殻だった時、覚醒を促してくれたパルスが、きっとこんなだったのであろうと――――
◎
「貴方は……何者だ?」
意識にかかる霧を振り払い、傍らに寄り添う球体に問いかける。
「さぁ? 自分が何かなんて、僕の方こそ知りたいねぇ……」
乱れる吐息をとぼけさせた相手を、私は鋭く睨み付けた。
「少なくとも……マルマインではない、な?」
確証はない。
ただ、触れ合って違和感を感じた。同族にしてはどこかが異質だったのだ。
唇を不敵に釣り上げた相手の、丸い輪郭がグニャリと溶ける。
白と紅だった体色に青みが足されて混ざり合い、紫色をした半液状の存在へと変化した。
「ご名答。僕はメタモン。身体中の細胞を組み替えることで、どんな姿にでも変身できるポケモンさ」
「……!?」
明かされた相手の正体に目を見開き、即座に噴出した新たな疑問を問いかける。
「何故……何故同族の振りなどをして現れたりしたのだ!? それに、私にあんなっ……その……、結局〝アレ〟は、何だったのだ…………?」
最後の辺り、私は何故だか顔の赤い部分が色鮮やかになってしまっていた。
その様子が滑稽だったのか、クククッとメタモンの笑い声が上がる。
「気持ち良かったでしょ」
「!? ふ、ふざけるなっ!? いい加減に……」
「約束した通り、君に自分が〝何〟なのか教えてあげるよ。もっとも、教えるのは僕じゃなく、この子だけどね」
怒声を断ち切り、メタモンは身体の下からモゾモゾと、白地に赤斑の楕円形をした玉を取り出した。
「その、タマゴは……?」
「君のタマゴだよ」
「な、に………………っ!?」
驚愕に凍り付いた私の前で、メタモンは更に言葉を続ける。
「さっき君の中心を刺激して発生させたパルスには、君を形作る情報のすべてが含まれていた。その情報に僕の遺伝情報を掛け合わせて産み出したのがこの子なんだよ。つまり正真正銘、この子は僕と君の間に産まれたタマゴなのさ。……ほら」
唐突にメタモンは、茫然と竦み上がっていた私の方に向かって、ひょいっとタマゴを転がした。
「なぁっ!?」
何をするんだ!? と叫ぶ暇もなく、ゴロンゴロンと不規則に転がりくるタマゴを正面から受け止める。
乾いた悲鳴のような衝突音に、タマゴが壊れてしまったのではないか、という恐れに駆られた。
ドキドキと荒ぶる私の動悸に応えるように、とくん、とタマゴがささやかな鼓動を奏でる。
無事だったか……自分の中にこれほどの空気が入っていたのかと思えるほどに膨大な息を吐いて安堵した。
「愛おしいかい?」
指摘されて、自分が示した不可解な感情に驚いた。誰がどうなろうと興味などなかったはずの私が、たった1ヶのタマゴの安否にこんなにも動揺させられるなんて……!?
「その子を愛おしく思えたなら、君は立派な〝その子の親〟さ。それが君の求めた答えだよ」
淡々と、キッパリと、メタモンは言い放った。
「君は未来に繋がる確かな命を作り出したんだ。もう、自分が出来損ないから生まれただなんて言わせないからね」
言われるまでもない。
親とは、親になるということは、これほどまでに命の価値観を変えてしまえるものなのだろうか。
タマゴからの鼓動を聞く度、それを奏でるタマゴも、その音を受け止める私自身の命も、かけがえのない宝物のように思えてくる。
とくん、と――
不意に。
聞こえていなかった、耳を背けていた音が、記憶に甦って響いた。
あの時の、最後の記憶。
私に背中を向け、部屋の隅にうずくまっていたバクオングは、その身体で隠した向こう側に、今私の目の前にあるそれと同じ、幼い鼓動を抱いていたのではなかったか!?
この子だけは。
どうか、この子だけは。
尾から漏れていた音色が、今やはっきりと意味を伴った声として聞こえる。
そんなにも――こんなにも、大切な宝だったのだ。
バクオングだけではない。部屋の前で決死に立ち塞がっていたエンペルトもだ。おそらく……ふたりはタマゴの両親だったのだろう。どれほど彼らの宝を守りたかっただろう。
それを私は、何の価値も認めずまとめて焼き捨てたのだ。意志もなく流されただけの、くだらない理由で!!
赦されるわけが、ない。
私が私を、赦せない。
◎
「こんなことをしたのはね、君に罰を与えるためなんだよ」
そう語るメタモンの顔に、微かな憂いが陰る。
「命令に従っただけとはいえ、君は人とポケモンが築き上げた平穏を流血で破壊した。その罪は贖われなければならない。だけど贖わせようにも、君は取り上げることが罰になり得るものを何ひとつ持っていなかったんだ」
自分の命さえも、先刻までの私にとっては、軽かった。
そんな簡単に捨てられるものを手放して贖えるほど、私の罪は軽いものではなかったのだ。
「だからその子を与えた。君が奪ったものの価値を、君自身に理解してもらうためにね」
罪の意識に打ち拉がれた今の私に、その言葉は激しく響いた。
この子が、罰になり得るものならば。
「では……私はこの子を、取り上げられることになるのか…………!?」
受け入れなければならないと解っても、断腸の覚悟が必要だった。
だけどもし、この子の未来さえ約束してもらえたら、私はどんな罰を下されても構わない。自分に価値がないからではない。引き換える価値のある宝だからだ。
だから、この子だけは。
虫がいいと嘲笑われようと、この子だけは。
祈りを込めた視線の先で、しかしメタモンはかぶりを振る。
「取り上げはしないよ。罰の目的は復讐じゃなく、2度と罪を犯させないことだ。だから君は、その子に恥ずかしくない親になれるよう、生涯をかけて尽くさなければならない。それこそが、君の負った罰さ」
あぁ……
深い溜め息を吐き終えて、私は言った。
「つまりこの罰は、執行をもっても赦されはしない、ということなのだな……」
決して温情ではない。永遠に犯した罪と向き合い続ける重い十字架を、私は背負ったのだ。
唇を噛み締めた私の前で、メタモンの表情がふっ、と綻んだ。
「今の君になら、もう教えてもいいだろうね。実は、君が関わったあの皆殺し事件には、生き残りがひとりいるんだ」
ハッと私は、メタモンを凝視する。
「タマゴだったから、君の主さんも見落としたんだろうね。母親の身体とタマゴの殻に守られて、大爆発に堪えきったらしい。駆け付けた現地の警備隊が保護して、その後無事に孵化したってさ。……ゴニョニョだそうだよ」
最後まで、聞き終える前に。
視界が滲んで、流れ落ちていた。
「良かった……本当に、本当に良かった…………!!」
罪の意識から解放されたからでは、断じてない。
最期の一瞬まで我が子を想い続けた親たちの祈りが届いていたことが、ひとりの親としてただ嬉しくて、私は泣いた。
◎
「貴方と、共に育てるというわけには、いかないのだな……」
この子を育てるのは私に架せられた罰だ。片親と言えど、甘えていいはずがない。
「うん、ごめんね。こんな移ろいやすい身体じゃ、誰かひとりだけに捧げるなんてできないから」
答えたメタモンの声に、自嘲が響いて聞こえる。
『自分が何かなんて、僕の方こそ知りたい……』何にでもなれる代わりに、何者でもい続けられない。そんな身体と自分の愛を、このメタモンは私のような愛を知らないポケモンのために切り与えてきたのだろう。
「……ならば」
大切なことを、教えてくれた。
閉ざしていた耳を、開かせてくれた。
そして何より、この子をくれた。
その恩に報いるために、せめて貴方という存在に、私なりの名前を。
「私の〝思い出〟としてならば、共にいてくれるか……?」
答えの代わりに、メタモンは柔軟な身体を広げて、私をそっと抱き締めてくれた。
マルマインである私よりもずっとモンスターボールに似た温もりが、私を包んでくれていた。
◎
贖罪の旅が始まる。
吹き荒ぶ世間の寒風に曝される、険しい道程だ。
だけど私は、決して転げ落ちも砕け散りもすることなく、我が子を愛し育んで進み行こう。
この命の
『からたち島の恋のうた・豊穣編』
~命の
【【作品名】 命の宝
【原稿用紙(20×20行)】 27.6(枚)
【総文字数】 8151(字)
【行数】 259(行)
【台詞:地の文】 38:61(%)|3154:4997(字)
【漢字:かな:カナ:他】 33:56:4:5(%)|2721:4568:389:473(字)
うかんむりに玉と書いて『宝』。玉とは宝石の別称でもあり、転じて『価値あるもの』を意味します。(貨幣のことを『※円玉』というのもその一例)ならば宝を『たま』と読み替えるのもあり、と判断してこの題名となりました。今回は割と仮面に気を使った狸吉です。『
ギャグ一辺倒だった前大会から一転ひたすらシリアスな話となりましたが、それでも所々で笑いを取りに行く癖は抑え切れていませんw
白状しますと、本作のプロローグであるテロ事件は、第一話のみで停止中の長編『永久の想いのバトンタッチ』でいずれ語られるはずの話でして、生き残った子も長編に出てくる予定になっていました。
その事件の加害者である愛を知らない無性別ポケモンが、メタモンとタマゴを作って愛に目覚める物語=本作は、もうその頃から外伝として考えていたものです。タイトルも当時から『命の
時系列では『寸劇の奈落』の少し後、『溶けるビター・チョコレート』よりは昔の話に位置します。トップページではその順番に並べていますのでご承知のほどを。
そんなわけで、話の筋は大会前から決まっていたのですが、唯一未定だったのが主人公の種族でした。元々はメタグロスかドータクンなどで考えていたものを、今回のお題に合わせる形でマルマインにしたわけですが、元々自己保存意識の薄そうなバクダンボールの設定に加え、ビリリダマのサファイア版図鑑説明から読み取れる人工ポケモンっぽい噂など、結果的には物語に相応しいチョイスにできたと思います。
ちなみに、『聞く耳を持たない』など聴覚を強調しているのは、マルマインの特性『防音』に由来します。特性を貫通するほど、我が子の鼓動は魂に響いたのでしょう。
終盤のメタモンの台詞『罰の目的は復讐じゃなく、2度と罪を犯させないことだ』には、ささやかな風刺を込めています。憎しみの連鎖は断たなければならない――簡単ではなくとも、目指さなければならないことではないでしょうか。
>>2015/02/03(火) 14:38さん
投稿事故でしょうか? コメントが読めず残念です。ともあれ投票ありがとうございました!
>>2015/02/08(日) 02:27さん
>>一番よかったです
選んでくださってありがとうございます。一番の評価をいただけて感激です!
>>2015/02/09(月) 18:08さん
>>(ヽ´ω`)
(´ω`)b
>>2015/02/09(月) 23:02さん
>>制限字数以内にきっちりとまとまっていて読みやすかったです。最初のシーンも伏線になっていましたね。こういうの好きです。
僕としても元々短編小説大会向けに企画した話ではなかったので、文字数制限を心配していました。僕の短編小説大会参加作としては前回の過去最長を更新しての8000字台となりましたが、どうにか描きたかったことを全部納めることができてホッとしています。
>>主人公の誤解を解きつつ、愛と生きる意味まで与えてしまうメタモン。素敵でした。
メタモンの通常特性が『柔軟』なのは、多様なポケモンの愛をその身で受け止めるため、だと受け取れます。そんなメタモンらしい博愛もまた、今回描きたかったことのひとつでした。
>>タマゴができて途端に親らしくなってしまうマルマインなんかもよかったです。タマゴが一瞬でできてしまうのはゲームに準拠しているということでいいんでしょうか。ちょっとシュールで笑ってしまいました。
いやぁ、普通の繁殖能力を持たない無性別ポケモンと、不安定な肉体のメタモンとの組み合わせだからこそ、でしょう。普通のポケモン同士では、いかにゲームに合わせたくてもここまでの無茶はしにくいですw
>>ただ一つ、マルマインに唇や肉塊といった表現は合わないなとは思いました。
ふむ……一応口はあるポケモンですのでそのまま描写したのですが、元々特に性描写には比喩に工夫を凝らしていることですし、確かにこの辺にも工夫の余地はありましたね。
貴重なご意見として参考にします。投票ありがとうございました!
皆さんの応援のおかげで、気が付けば短編小説大会では第二回から6連続の表彰台となりました。これからも頑張りますのでご期待下さい!!
・青大将「つまり、犯罪者にはレイプしてもOKってことね」
・狸吉「そんな話はしてません!!」
コメントはありません。 いのちのたまのコメント帳 ?