初詣2021←去年
「あれ、お前もう帰んの?」
正月とはいえ最上級生なので、一応研究室に行ってみた。今年はみんな卒業が掛かっているのと、あと例の感染症でバカ騒ぎも少人数でほどほどに、こんなに健全な大晦日は物心ついてから初めてかもしれないと除夜の鐘に煩悩を焼かれながら眠りについたのが元旦未明。
ふと卒業が気になり、重いながらも体を起こして研究室にやってきたのがちょうど昼頃。子供が凧を揚げ、羽根つきをしているのに珍しい風景が復活してるとほっこりしながら、厳しい現実へ。
既に先客がいた。
研究者としては尊敬しているが人としては一切尊敬するところがない先輩が。
このご時世に博士課程まで進めるようなお坊ちゃまだから、ポケモンを三匹持っている。ブースターは膝の上に、ペルシアンはファンヒーターに前に、ピジョットはボールの中に。
「ええ、まあ……元日ですし」
「どうせ卒論も進めずに電気代の節約しかできなかったんだろー。もうちょっといろよ」
いやそれはあなたのことでしょ。あなたの机と一番近いゴミ箱、ビールの空き缶でいっぱいだから。
「いや、この後リモートの新年会で……」
ありもしないもっともらしい予定を作って帰ることにした。いや、確定ではない予定はあるのだが。
来ない。
もう日が暮れた。
神社と先祖の墓巡り、それと法事と正月にしか会わない親戚をおせち料理で一杯始めようかという時刻なのに、何も来ない。
晴れてあと3ヵ月でおさらばとなった下宿は早くも使わなくなったものを捨てるか、実家に送って保管してもらうなどしてすっきりしている。去年のような悲惨な現場ではない。
「今年は1月2日に来るんかな?」
ピンポーン
……ん?
……
…………
どんどんどんガチャガチャガチャどこどこどこ
「今開けるんで大人しくしてください!!!!」
「よう」
「明けましておめでとうございます」
神様だった。ポケモンを持っていない上に一年ぶりでも分かる。しゃべるキュウコンだから。
ちょっとさっぱりした土間に濡れタオルを用意した。泥を拭いてくれるように。とおもったら足を差し出された。拭け、ということだ。
足の裏は温かかった。神様は体温調節不要なのだ。いや、ただの火狐キュウコンでもこうなのか。
「近所迷惑ですよ」
「両隣は28日から帰省、上は神社で徹夜バイト、下は彼女の実家にお泊りで何を言うとるんじゃ」
「なんで知ってんですかね……」
神様は全知全能というのもあながち間違いではないらしい。
狭い下宿は例年のような3日目の酒とオードブルの匂いではなく、神様の鼻に泊まるような匂いで充満していた。だから立ち止まって鍋を覗きこまれた。
「オヌシ、これは?」
「今年は自分で作ってみました」
ザラメのねっとりと甘い香りと薄口しょうゆとだし汁でしっかり煮られた油揚げ。一晩寝かせて味をしみこませたのでマズくはないはず。
「殊勝な心掛けじゃな」
食べていいかとも聞かずに煮汁をペロリ。お供え物……になるのかこれは。うん、お供え物。
「ヒガシマルの出汁じゃなこれ」
神様は舌も神様らしい。
「東洋水産のやつが好みじゃ」
しかし味覚は庶民だった。化学調味料なんて食えるか!というタイプでないならこの程度の文句は問題ない。
油揚げを掬って、炬燵に向き合って座った。
「で、来年は?」
むしゃむしゃかじりながら、いきなり365日後の話をされた。永い時間を生きる神様にとっては一年なんて一瞬のこと、とよく解釈されるが本当だったとは思わなかった。
「もう来年の話ですか」
「一年の計は元旦にありというだろう……という話じゃなくて、来年はこの下宿におらんだろう」
そう言って二枚目を齧りだした。今度はひとのみにされる油揚げ。
「まあ、ええ、確かに晴れて就職が決まりまして」
「そりゃわっちの神通力のおかげじゃ」
こりゃ霊験あらたかな神様だ。大切にしないと。油揚げ煮た甲斐があるというもの。
「あ、でも結構落とされたんですけど」
「嘘だからな」
ごくり、と知れっとつかれたウソとともに三枚目が喉を通っていく。
落とした企業め、おれはこうして神様と面接するような人間だぞ。圧迫面接臭はするけど。
「どこに行くのかって話よ。企業名じゃなくて転居先な」
「あー、まだわかんないんで」
4枚目。皿が空いてしまった。油揚げ何枚煮込んだっけ……。
「住所を知らねばこっちから詣でることはできんなあ」
「こっちから行きますよ」
「そうか。期待する」
一人と一柱、この下宿で過ごす最後の初詣は平和に過ぎていった。
今年もよろしくお願いします。
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