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下剋上

/下剋上

磁石の続編となっております。
道具を使ったプレイの描写があります。

下剋上 

writer――――カゲフミ

―1―

 玄関の呼び鈴が鳴り響く。時間帯によっては新聞や何やらの勧誘も多いので居留守を使うことも少なくないのだが。
今回ばかりは別だ。パソコンの前で適当に時間を潰していた俺は待ってましたと言わんばかりに玄関まで駆け足で向かい、ドアを開いた。
見たところ俺と同じぐらいか、少し年上と思われる配達員が小包を抱えて立っていた。宅配業者の制服が良く似合っている。
ここは貴方のお宅で間違いありませんかという問いかけに俺は普段よりも心なしか元気良く、はいと返事をした。
「それじゃあ、ここに判子お願いします」
 営業用の笑顔を張り付けた配達員に促され、俺は指示された用紙に印鑑を押しつけた。
荷物が来ることは分かっていたので、予め玄関先に印鑑と朱肉は用意してあった。
スムーズに進んだ方が配達側としても助かるだろうし。俺も早いところ商品を受け取りたくてうずうずしていたのだ。
判を押し慣れていないせいか若干左に歪んでしまったが名前は読み取れる。問題ないだろ。
笑顔の隙間からちらりと配達員の渋い顔が見えたような気がしたのは、俺の思い過ごしだよな。たぶん。
俺が小包を受け取ったのを確認すると、配達員は笑顔のまま一礼して去っていった。指定時間内になってから十分も経たないうちに商品を届けてくれた。いい仕事。
宅配便では都合のいい時間帯をこちらで指定するのだが、やはり時間ぎりぎりよりは早いうちに荷物が来た方が客としては嬉しい。
もちろん頼んだ商品がいつ届くかな、まだかな、と時計を見ながらわくわくする時間も嫌いじゃなかったけど。とにかく目的のものは手に入った。早速中身を確認することにしよう。
 それにしても、便利な世の中になったものだ。届いた小包を机の上に置き、椅子に腰かけながら俺はつくづくと思った。
家から出てわざわざ店に赴かなくても、パソコンと回線さえあれば自分の望んだものを注文できる。
住所や名前、電話番号の入力など簡単な手続きだけで後は荷物が届くのを待って料金を払いさえすれば。パソコンの画面に表示された品物は俺のものになる。
別に引きこもって外に出たくないからパソコンで注文したわけじゃない。俺が頼んだ商品を扱っている店は、きっと近所でもどこかにあるんだろうけれど。
探すのが面倒だというのもあったが、もし見つけても直接買いに行く勇気がなかったのが大半の理由。堂々と胸を張ってレジまで進む度胸は持ち合わせていなかった。
パソコンの商品発送の説明の所にも、お客様のプライバシーはお守りいたしますと赤字で書かれてあったのを信用して注文したのだ。
それを裏付けるかのように、机の上の商品は厳重に包装されていて中身は分からない。分かっちゃまずい。今回頼んだのはそういう品。
 こういう品物を頼んだのはこれまでの人生で初めてのこと。どんな感じなんだろうか、と俺は胸を高鳴らせながらゆっくりと包を開封していく。
過剰とも言えるくらいのセロテープの包装を剥がしつつ、柿色の包装紙を机の上に広げていった。
お、あったあった。ビニールの緩衝材でしっかりと保護されているが、うっすらと紫色をした物体が透けて映る。
再びセロテープの防衛を突破して、俺はようやく品物へ辿りついた。セロテープ多すぎだろ。まあいいけど。
紫色をした細長い筒。末端からは細長いコードが伸びてマッチ箱程の大きさの直方体に繋がっている。先端部分は丸みを帯びており、斜めにくびれが入っていた。
コードが繋がった直方体には電源と、強弱を切り替えるスイッチ。俺が注文したのはいわゆる大人の玩具、バイブだった。
やはりパソコンの画面で見るよりもずっと生々しいというか何と言うか。
表面に突起や装飾はないシンプルなものだったが、微妙な凹凸や反り具合など結構リアルに作られているのが分かった。
男性の生殖器を模したであろう部分を俺は手にとってまじまじと眺めてみる。うーん、俺のより結構……いや、そんなことはどうでもいいか。
動かすのに必要な電池は既に準備済みだ。電池が別売なのは面倒だが、安めの商品だったからあまり文句は言えないな。
その割には附属のローションが小さなケースに入っていたりする。サービスが良いのか悪いのか中途半端な所だ。
大した量ではなかったが、可動部分の表面に塗る分には十分事足りる。ざっと見積もって二回分くらいはあった。
比較的安さで選んだのは、お試し感覚というのもある。もし自分が想像していたものと違ったとしても、財布に痛手が残らないくらいの価格。
まずはちゃんと動いてくれるかどうかだ。正直、品が品だけに不良品だからと送り返せるかどうか自信がない。
問題なく稼働してくれることを願いつつ、俺は電池をセットしてバイブの電源を入れてみた。
電源のランプが点灯し、無機質な機械音と共にバイブの先端部分がぶるぶると震え始める。なるほど、これで刺激が伝わるわけか。
肉棒の形をした物体が小刻みに動く様子は見ているだけで何だかいやらしかった。スイッチを切ると振動はぴたりと収まる。
安物だったので少し不安は残っていたのだが、これと言って不具合はなさそうで一安心だ。で、肝心の強弱の切り替えはどうだろうか。
バイブの摘みを回して一気に弱から強まで切り替えてみる。ぶぶぶぶ、と激しい音を撒き散らしながら紫色の竿は怒り狂ったかのように暴れ出した。
予想以上の振動に俺は思わず床に落としそうになってしまい、どうにか手を伸ばして受け止める。危ねえ。使う前から壊してしまったんじゃ話にならないからな。
それにしてもとんでもない揺れ。これは使えるんじゃないか。ふと思い立った俺は、未だ手の中で震え続けるバイブの先端をそっと自分の股間に当ててみた。
「……んぁっ」
 いきなり強を当てたせいか下半身がびくりと跳ね、思わず声が。
最初の衝撃は大きかったが、振動に慣れてくれば悪くない。揺れ動くバイブの振動が竿全体を震わせてダイレクトに衝撃を伝えていく。
これは……いいかも。ズボンの上からでも十分すぎるくらいの刺激。むしろ、直接当てたら強すぎて痛いかもしれない。
押し当てて数秒だというのに、俺の愚息はむくむくと元気になりつつあった。手で弄るよりもよっぽど手っ取り早い。ふむ、こういう使い道も考えられるな。
本来なら女性を対象として作られた玩具だろうけれど、男の俺がこうやって使っても何ら問題はなさそうに思えてきた。
だけど、これは俺だけで楽しむために買ったんじゃない。俺が玩具を試してみたい相手はちゃんといる。
ちゃんと、と言うと何だか果てしなく間違っている気がしないでもないのだが。とにかく、そういう間柄の異性はいるのだ。
しかしながら、こういう玩具は抵抗ある奴はあるだろうし、受け入れてくれるかどうかは疑問が残る。試してみたいからと言って俺もあいつに無理強いはしたくない。
まあ、したくても出来ない立場と言うのが正しいのだが。彼女が一度首を横に振れば、そこへ俺が意見を押し通すことなど逆立ちしても不可能だろう。
俺が反論したり、渋ったりして機嫌を損ねようものなら容赦なく力技が飛んでくる。力で叩き伏せられて痛いのは慣れているから別にいい。
ただ、彼女は結構根に持つタイプだから、その後顔を合わせた時に空気が悪くなることは避けたいのだ。
あいつが繊細だなんてお世辞にも思ったことがないけれど、まずは直接聞いてみなければ始まらない。
仮に拒まれたとしても、この買い物は無駄にはならないだろう。あの振動と刺激なら俺でも問題なく使えるレベルだと判断した。
俺は椅子から立ち上がるとバイブと付属のローションを手にとって、寝室へと向かった。俺とあいつがもう幾重にも行為を繰り返してきたその場所に。

―2―

 一人で寝るにはやや大きめのベッドと広めのスペース。床に布団を敷けばもう一人くらい寝られそうだ。
部屋の隅には小さな机と椅子が置かれている。他には入り口のドアから見て正面に窓があるのだが、日当たりが悪いこともあってほとんどカーテンは閉じられたまま。
それ以外に特徴すべきものはない、質素な作りの寝室だった。壁に絵を掛けたり、机の上に花瓶でも置いたりすれば少しは彩りが出てくるだろうか。
とは言え、今までここでしてきたことやこれからやろうとしていることを考えると、あまりそういった装飾は必要ないよなという結論にたどり着いてしまうのだが。
俺はバイブとローションを机の上に置くと、ベッドの枕元に転がっていたモンスターボールを手に取る。そして、開閉スイッチを押した。
ボールから放たれた光は俺の隣に赤いシルエットを形作っていく。濃い目の水色を基調とした体色は晴れた日の空を思い起こさせる。
背中にある真紅の大きな翼は体の色と対照的でよりその美しさが際立つ。そして、しっかりと床を踏みしめている前足と後足には鋭い爪、口元からは尖った牙が覗いていた。
それらの主、ボーマンダは出てくるや否やじろりと俺を睨みつける。別に怒っているわけじゃない、と思う。特にここだと彼女はいつもこんな感じだ。
直後、ボーマンダがふわりと翼を広げて小さく浮かび上がりこちらへ向かってきたと思うと、俺の視界がぐるりと反転していた。
本当に一瞬のことだったが、何が起こったのか俺はよく理解している。別に珍しいことでもない。早い話、ボーマンダにベッドの上に押し倒されていたというわけだ。
一人と一匹の体重が掛かって、ベッドがぎしぎしと悲鳴を上げた。それでも未だに壊れる気配を見せないこのベッドの耐久性は称賛に値するものだろう。
肩は前足でぐっと押さえつけられて身動きが取れない。これで上半身で動かせるのは首と両手くらいなもの。人間の素手でボーマンダをどうこうできるとは到底思えないが。
下半身は肉厚な皮膚をしたボーマンダのお腹でしっかりと拘束されていた。本気で圧し掛かられると骨が砕けかねないからある程度は手加減してくれてはいるのだろう。
そして、不安そうに揺れる俺の顔を見下ろしてボーマンダは微かに口元を吊り上げていた。笑顔、と取れなくもなかったが細められた目は笑っていない。
信頼しているトレーナーに対しての暖かい眼差しではなく、まるでその辺に転がっている石ころでも見ているかのようなぞっとするくらい冷めた瞳。
こうしたボーマンダの態度に俺はいつものようにぞくぞくする快感を覚えるのだ、が。おっと、危ない。油断してると本当にこのまま普段の流れになってしまうところだった。
「あー、ボーマンダ。今日はそうじゃないんだ。離れてくれるか?」
「何だ、違うのか。てっきりいつものことかと思ったぞ」
 少し名残惜しそうにしながらも、ボーマンダは俺の上から降りてくれた。よかった。今はそんなに機嫌が悪い、なんてことはなさそうだ。
虫の居所が悪い時だと、俺が何を言っても聞く耳持たない。私をその気にさせたのだから、と半ば無理やり行為に及ばされたことも一度や二度ではなかった。
もちろんこの寝室で迂闊にボーマンダをモンスターボールから出した俺にも責任はあるのかもしれないが。
とは言え、そういった容赦ない攻めを俺自身が楽しんでいる面もあるので、ずかずかと文句も言い辛いところがある。
やれやれ。ポケモンを従えるどころか、逆に従わされているようじゃトレーナーとしてどうしようもないな。
仮に俺がボーマンダの態度を戒めようとしたところで、ノーマル技でゴーストポケモンに殴りかかったときのような結果になることは目に見えている。
この行動が彼女の機嫌を損ね、下手をすればさらなる仕置きを加えられかねない。悪循環だった。
そもそも力技を使われるとどうしようもないという現実。ここまで来るとどこか諦めのような感情も湧いてくる。それならば、もうあるがままのボーマンダでいい。
ときどき俺自身でも制御しきれなくなるってのも、強烈な個性があっていいじゃないか、と無理矢理プラス方向に考えてみたり。
「ちょっと試してみたいものがあるんだ。ほら」
 起きあがってベッドから降りると俺は机の上に置かれていたバイブを手に取って、ボーマンダの目の前でちらつかせてみた。
もちろんこの紫色の物体が何に使われるのか彼女が知っているはずもなく。これは何なのだ、とでも言いたげな訝しげな視線を俺に送ってきた。
「この筒みたいなところ、何かの形に似てないか?」
 ただバイブの全体図を見せられただけではピンとこないだろう。何しろ初めて見るものなのだから。だけど、局所的な特徴を掴んでもらえれば、もしかすると。
あれこれ具体的に説明するのも煩わしいし、やはり抵抗がある。ある程度はボーマンダに仕組みを理解してもらってから話を進めるのが早い。
くびれのある先端が上になるようにしてコードが伸びている末端を持ち、左右に何度か回して見せる。
バイブの鍵となる竿の部分だ。大きさはともかく、形は俺のものとそんなに変わらないんじゃないかな。
いまいち興味がなさそうに黙ったままそれを眺めていたボーマンダだが、幾許も経たないうちにはっと目を開いて息を呑む。
ちらりと俺の顔を見た後、再びバイブに視線を戻す。何の形状をしているのかは分かったらしい。さっきまでとは明らかに目つきが違っていた。
「ここのスイッチを押すと、な」
 かちり、と電源を入れるとぶぶぶ、と鈍い機械音とが響き始める。ボーマンダは震える先端部分を見て、少しだけ驚いたのか何度か目瞬きしてみせた。
肉棒の形をした物体をどうするのか。そしてこの振動が何を意味するのか。どうやら彼女は理解に及んだようだ。
「……よくもまあ、こんなものを考えた人間がいるな」
 感心しているのか、呆れているのか。反応に困ったように苦笑するボーマンダ。唐突にこんなものを差し出されたら無理もない。
バイブの開発に関しては俺も同感だ。最初に作った人の発想力には脱帽するばかり。
ただ、こうして市場に出回っているということはやはりどこかで需要があるからなのだろう。用途はともかく、発明としては成功しているのではないだろうか。
「どうだ、使ってみないか?」
「それを、私が……か?」
「ああ。俺じゃどう頑張ってもお前を満足させられないが、こいつならどうかと思ってな」
 正直、ボーマンダは強すぎで俺じゃ全く歯が立たない。彼女の締め付けは強烈で、何度か腰を振られるだけで簡単に朽ち果ててしまう。
それで勘弁してくれればまだいいのだが。一度出した直後にさらにぐりぐりと刺激を加えられることもあるから始末が悪い。
俺も圧し掛かられてばかり、というわけでもない。逆になってみたらどうだろう、と俺がボーマンダの上に乗ったことも何度かあった。結末は同じだったんだけど。
限界が近づいていることを感じ俺が慎重になっていたところ、じれったくなった彼女の渾身の腰の突き上げを食らって暴発、と情けない結果に。
「たまにはさ、お前にも気持ちよくなってもらいたいんだよ。だめか?」
 俺の問いかけにボーマンダは黙ったまま、どことなく白い眼差しで見つめてくる。そういった視線で見降ろされるのは慣れているが、同じ目線だと何だか新鮮だ。
バイブに対する関心はいまいちなんだろうか。いや、思い返してみれば彼女は普段から冷静というか冷徹というか。どこか達観している雰囲気はある。
この場所に限らず俺を見るときはいつもそう。逆に、興味津々で目をきらきらと輝かせている姿は想像が付かなかった。
「ふん、貴様は私の腹の下で惨めに喘いでいればそれでいい。余計な気遣いなどいらぬ」
 ボーマンダはそう言ってぷい、とそっぽを向いてしまった。確かに彼女らしい意見ではある。あまり期待はしていなかったが、やっぱりだめなのか。
俺としてはもう少しだけアプローチを掛けたい。せっかく買ったんだし。だけど、しつこく言い寄るとボーマンダの機嫌を損ねてしまいかねないしなあ。
ここは大人しく引き下がっておくのが得策のように思える。またいつか彼女がその気になってくれそうな時にでも、聞いてみるか。
「だが……それがどんな具合なのか興味はある。試してやらないこともないぞ」
 俺が今回は諦める意思を告げようとした所に、聞こえてきたボーマンダの声。
首は横に向けたまま、視線だけちらりと俺の方に送ってくる。彼女の瞳は俺の顔ではなく、しっかりと手元のバイブを捉えていた。
「え……本当か?」
「人間の技術がどの程度か、見せてもらおうではないか」
 半ば諦めかけていた所への思いがけない承諾だった。物珍しさからくる好奇心が彼女を動かしたのだろうか。何にしても好都合だ。
ボーマンダにも満足してもらいたいというのは前口上で、本当はバイブの振動に喘ぐ彼女の姿を見てみたいというのが俺の本心だった。
もちろんこんな目的を堂々と話したのでは、受け入れてもらえないことは百も承知だ。あくまで、ボーマンダへの気遣いという形で伝えたというわけだ。
まさかこうもあっさりと許可を得られるとは思ってもみなかったが、今は素直に喜びを受け止めておくことにする。
「そうか。じゃあ、覚悟しておくんだな」
 こんな強気な発言ができたのも、俺自身がボーマンダの相手をするわけじゃないという気楽さがあったからだ。
正直、他力本願な感は否めなかったが、もともとそういう目的で買ったわけだし。しっかりと活用させてもらうとしよう。
彼女にどこまで通用するかは分からないけど、ここは頑張ってほしいところ。頼りにしてるからな、と俺は手に持ったバイブをぎゅっと握りしめた。

―3―

 玩具を使うのは初めてだったけれど、大体の手順は推察できる。いきなり差し込むと痛いかもしれないから、ローションで慣らしてからだよな。普通は。
俺はケースの蓋を開けてバイブの表面に満遍なく塗りたくっていく。ぱっと見の量は少なく感じても案外広がるもんだ。
ボーマンダにはもうベッドの上で待ってもらっている。お腹をどかりとベッドの上に乗せ、蹲るような形で柔らかさを堪能している模様。
このベッドのふかふか具合は割とボーマンダも気に入っているらしい。時折欠伸も交えている所も見ると、まだまだ余裕と言ったところか。
これからバイブを試されるという、緊張感は皆無に等しい。一応、濡れてしまってもいいようにベッドにシーツは敷いているが、どうなることやら。
いつまでそんな態度でいられるか、俺はじっくり観察させてもらうつもりだ。しかし、相手はボーマンダ。もしかすると電動バイブでも部が悪いなんてこともあり得る。
振動を最強にしても無反応だったりしたら俺はどんな顔をすればいいんだろうか。
とりあえずは、不純な動機で試してすいませんでしたと土下座することぐらいは考えておこう。
あまりにも期待はずれな結果に終わってほしくないのは確か。絶頂を迎えさせるまでは行かなくとも、ボーマンダの表情が歪むくらいまでは健闘してもらいたい。
さて。これでよし、と。一通りローションは塗り終えた。雄の象徴を模した部分が明かりを受けてぬらぬらと。卑猥だな、これは。
「準備出来たぞ」
 俺の呼びかけに、ボーマンダはベッドから首を浮かせて気だるそうにこちらを見た。蹲ったままの体勢だとバイブを入れるのは不可能。
ベッドに寝そべっている彼女の尻尾がしっかりと大事な個所をガードしている。俺が無理矢理こじ開けるわけにもいかないので、ここは彼女自ら動いてもらう必要があった。
やれやれ、と軽いため息交じりにボーマンダは少しだけベッドの上からお腹を浮かせ、尻尾をぐいと上に持ち上げる。察しが早くて助かるな。
興味があると自分で言っておきながら、あまり乗り気ではなさそうなボーマンダ。それでも俺が何をしてほしいのか理解して動いてくれる辺りが可愛い所だ。
「それじゃ、入れるからな……」
 バイブを片手に俺はボーマンダの尻尾の付け根を覗きこむ。
太い尻尾が繋がっているせいもあるのか、後足から尻尾の辺りにかけてはそこそこ肉付きがよくてむっちりしている。
尻尾の裏側は翼と同じ赤い色。お腹側は進化前のコモルーを彷彿とさせる厚くて細長い三枚の白い鱗が、川の字になってぴたりと密着している。
そして、その三枚のうち真ん中の部分の中心。尻尾の付け根から少しお腹側へ遡った辺りに、別の筋がくっきりと浮かび上がっていた。
見紛うことなきボーマンダの雌の証。大体は上に乗られてばかりの俺だ。じっくりと眺める機会なんてそうそうない。
俺が上になった時でも手や舌で優しく愛撫した覚えがなかった。そんなまどろっこしいことよりも、ボーマンダは直接的な肉棒からの刺激を求めているからだ。
あんな凄まじい締め付けがあるんだから、もっと充血したように赤くておどろおどろしいものを想像していたけど、意外と健康的な桃色をしていてきれい……あいたっ。
「何をじろじろ見ている。早くしろ」
 食い入るように鑑賞していたのがばれたのか、尻尾の先で後頭部を小突かれた。そうだったな。バイブを試すんだった。もうちょっと眺めていたかったが仕方ない。
先端部分をボーマンダの割れ目に当てると、ゆっくりと挿入していく。ローションの滑りもあってか、意外と抵抗なくスムーズに入っていく。
そもそもこのバイブは人間用だ。一般的な女性よりも肉厚でしっかりとした雌を持つであろうボーマンダにとっては、全て飲み込んでしまうくらい容易いことと言うわけか。
バイブの根元の部分も今や完全に彼女の中。ある程度想定はしていたものの、さすがだな。彼女の割れ目からはコードだけが伸びている状態だ。
「ふふ、貴様のものよりもしっかりしているな」
「うるさい」
 畜生。にやにやしながら人が気にしてたことをずかずかと。自覚していたことを言葉にされると、余計に心に突き刺さる。
ああ、そうとも。大きさでは負けてるさ。形はどっこいどっこいだと思うんだがなあ。やっぱりボーマンダからすれば、雄は大きい方がいいんだろうか。ううむ。
実際彼女を相手にするのに俺の愚息じゃ力不足なのは常々痛感していること。そもそもボーマンダ相手に人間サイズで立ち向かおうというのが無理な話。
おそらくは屈強な雄のポケモンでも受け入れられるようになっているはず。その雄ポケモンよりも貧弱な俺の肉棒では彼女に歯が立つはずもなく。
あれこれ思考を巡らせてみたものの、結局のところ俺では部が悪すぎるという結論に落ち着く。ボーマンダは強いのだ。
「スイッチ入れるぞ。まあ、もし途中で辛くなったら言ってくれ、弱めるから」
 俺は気を取り直して椅子に腰かけ、バイブのスイッチの部分を片手に持ってボーマンダに伝える。
辛いことを告げてしまうのは彼女にとって負けを認めるようなもの。ちょっとやそっと苦しくなったくらいでは、絶対に俺に言ったりはしないとは思うが。
バイブを持ってきた目的は、表向きにはボーマンダに気持ち良くなってもらうため。一応、彼女に対する気遣いはしておいた。
「……ふん」
 小馬鹿にしたように鼻で笑うとボーマンダは再びベッドの上に腰を下ろした。そんな配慮など必要ないと言わんばかりの態度。
さあ、初めての玩具。吉と出るか凶と出るか。ずっとボーマンダの顔色は変わりませんでした、なんてことにならないことを願って。
バイブの摘みをかちかちと回し、弱の部分まで持っていく。直後、極めて無機質な鈍い音が部屋に響き始めた。
窓が風で揺れる音でもない、椅子やベッドが軋む音でもない、ましてや俺の情けない喘ぎ声でもない。これまで寝室に響くことなどなかった異質な音。
可動部分がボーマンダの割れ目にすっぽり収まっているので、最初に試運転させた時よりもかなりくぐもってはいたが確実に動いている。
スイッチを入れた瞬間、寝そべっていたボーマンダの翼がぴくりと動いたように見えた。いくら彼女が強いとは言え、秘所は敏感な部分であることに間違いはない。
全く刺激のない状態から、弱いとはいえバイブで振動を与えられているのだ。何らかの反応は出てくるものだろう。
ただ、それ以降ボーマンダに目立った変化は訪れなかった。別に表情が歪んでいるわけでもなく、前足や後足が震えているわけでもない。
バイブが彼女の中で振動しているだなんて、音がなければ気付かないくらいに涼しい顔。まあ、弱だしボーマンダならこんなもんなのかもなあ。
この調子だとわざわざ大丈夫かって聞くまでもないな。彼女がやせ我慢して顔に出さないようにしているとも思えない。余裕ぶった顔つきは自然体だった。
このままでは電池が無駄に減るだけだ。彼女の態度からもっと強めても構わないと判断した俺は、徐々に強さを上げていく。
摘みの振動レベルは中の部分まで達した。稼働音は確実に大きくなっている。さて、どうなるか。
「ん……っ」
 振動を中に切り替えて数十秒たった頃。口元から微かに聞こえたボーマンダの声。彼女に似つかわしくないくらい細いものだったが、空耳ではなかった。
ボーマンダの頭から尻尾の先まで一瞥してみると、尻尾の先や首筋がぴくぴくと震えていたり、翼が不規則に上下に揺れていたり、反応があちこちに露呈してきている。
そして何より特徴的だったのはボーマンダが零している細い息。鼻での呼吸が追いつかなくなったのだろうか。
呼吸音こそ小さいものの、口を開けたままのだらしない表情。彼女の目つきも若干とろりとしているような、いないような。
振動がここまで来るとボーマンダでも無反応というわけにはいかなかったか。まだ表立った動きは少ないが、強度を中に切り替えてからまだ間もない。
このまま持続させることで、バイブの刺激は次から次へと彼女に輸送されていく。最初のうちは大丈夫でも長引けば苦しくなってくるのではないだろうか。
いつもは俺を見下してふんぞり返っている、召使いに対する女王様のような態度のボーマンダ。
だが、今日は立場が逆だ。彼女の命運は俺の手の中にあるこのバイブが握っているのだ。
スイッチを切って振動から解放してやるのか、あるいは強めてさらなる刺激を送り込んでやるのか。全ては俺次第。
もちろんそれは道具の力によるものだったのだが、このままだと自分がとても強くなったのではないかと錯覚してしまいそうだ。
ひとまずは徐々にバイブの効果が表に出始めたボーマンダをにやにやしながら眺めつつ、中レベルの振動を続行させて経緯を見守ることにした。

―4―

 振動を中に切り替えてからどれくらい経っただろう。バイブの強さこそ変えてないものの、ずっと刺激を与え続けられれば確実に限界へと近づいていくはず。
現にボーマンダの吐息は先ほどよりも荒い。時折きゅっと目を閉じて眉間にしわを寄せている。必死で顔に出すまいと頑張っているのだろうか。
姿勢を真っ直ぐに保つのが苦しくなってきたらしく、ボーマンダは少しだけ俯く。青い首筋に一筋の汗がつうっと伝っていった。
弱のときよりも余裕が消え失せているのは明らか。控え目な反応とはいえ、まさかボーマンダのこんな姿が見られるとは。
いつも高圧的で、俺を足蹴にして笑っている。俺の中で彼女に対するイメージはそれで定着してしまっていた。
だからこそ。バイブで刺激を受け、俯きながら小さく喘いでいる。そんなボーマンダは俺にとって信じられないくらい新鮮なものだった。
刺激されればちゃんと感じるものなんだなあ。こいつも雌ということか。俺が精一杯腰を動かしてたときはびくともしなかったってのに。
やっぱり、玩具と実際の肉棒は違う。小刻みに震えて刺激を与え続けるのも、果てることなく動き続けるのも、生身の男には不可能なことだ。
しかしバイブならば。電池が切れない限り、ずっと同じ大きさでへたれることなく雌に振動を送り続けることができる。そりゃあ強いわけだ。ボーマンダが感じるのも頷ける。
ふむ、これからどうしたものか。このままじっくり眺めているというのも悪くはないが、俺としてはもう少しバイブを強めて反応を見てみたいところ。
ここで何の断りもなく強めたりしたらボーマンダに非難されそうな気がする。彼女をちゃんと気遣っていたという口実のためにも、調子を聞いておくか。
「どうだ、ボーマンダ。辛いなら辛いって言ってくれ」
 普段は精神的にも物理的にも俺の上にいるボーマンダ。そんな彼女の神経を逆なでするかのように、俺はわざと上から目線で言ってみた。
穏やかに尋ねるのではなく、強い口調で薄笑いを浮かべながら。そうすればきっと、苛立ったボーマンダが俺の挑発に乗ってくれるはず。
バイブが俺の手の中で操れるからこそ取れる態度。怒った彼女が俺に向かってこようとしても、敏感な部分を刺激されていては満足に動けないだろうから。
「だ、誰が……んっ!」
 黙ったままどうにか振動に耐えていたところに、口を開いたせいで集中が乱れてしまったのだろうか。
彼女の表情が歪む。だけど、苦しそうじゃない。どこか恍惚とした顔つき。ひどく魅力的だった。俺はもっと彼女の表情を、吐息を、声を、近くに感じたい。
俺の発言はうまい具合に呼び水になってくれたらしい。予想通りの返答。降参する気はなし、と。それでこそボーマンダだ。一応、警告はしたからな。
「そうか。じゃあもっと強めても大丈夫だな」
「なっ……」
 ボーマンダは一瞬驚いた顔を見せたが、彼女の性格を考えると今更やめてくれなんて言えるはずもないだろう。
何も反論がない、ということは同意で構わないよな。かなり強引な理屈だが、俺はそうこじつけた。もう後戻りは出来ない。
俺はバイブの摘みを回して振動を引き上げる。強の一歩手前まで。最大レベルのお楽しみはは最後まで取っておくものだ。
「がっ……ぐああっ!」
 ここまで刺激を加えられるといくらボーマンダでもじっとしていられなくなったらしい。翼や首筋を小刻みにぴくぴくと揺らし、虚ろな瞳で荒い息を上げている。
何とか歯を食いしばって耐えようとするも、無意識のうちに零れる自身の喘ぎがそれを邪魔していた。
激しいバイブの振動はボーマンダの割れ目から伸びているコードの末端まで震わせている。
さらに大きくなった稼働音からしても相当の刺激が送られていることが想像できる。俺も最初に試してみたが、強は相当な振動だ。
あれをずっと押し当てられたら一分持つかどうかも怪しい。さすがにボーマンダでもこの状況で長く持つとは思えなかった。バイブ、恐るべし。
「き、貴様っ、あっ……後でどうなるかっ……ああんっ!」
 どうにか首だけは俺の方に向け、焦点の合わなくなった目で睨みながら、この仕打ちへの非難をぶつけようとしたボーマンダ。
いつもの調子で凄まれていたら、俺も怯んで振動を弱めていたかもしれない。だが、今の調子では何の抑制力にもなりはしない。
声が震えたり裏返ったりでむしろ滑稽に思える。甘ったるい嬌声を上げながらそんなことを言われても怖くもなんともなかった。
むしろ、初めて目にするボーマンダの喘ぐ姿。とろりとした表情。扇情的で、官能的で、美しかった。
じっと眺めていた俺の瞳に飛びこんできた途端に瞼の裏へと焼きついて、離れてくれなかった。これは、俺の知っているボーマンダじゃない。
目の前で喘ぎ、バイブの振動に身悶えている彼女を見ていると。何だか胸の奥が熱くなってくる。これはもしかして、ボーマンダにときめいてるのか、俺は。
今までは俺に迫ってくる彼女の殺気や凄味。そしてそんなボーマンダに虐げられることによって興奮していた俺だ。
偏った性癖だと自覚もあった俺に、感じている雌を見て興奮するという比較的まともな反応が残っていたことに驚いた。
ときめく対象がそもそもまともじゃないという事実はさておき。ボーマンダがこんなに可愛い雌だったというのは新たな発見だった。
「ふ、あっ……くあぁっ」
 俺への文句も言ってられなくなったのか、ボーマンダは体を震わせながらどうにか振動に耐えようと頑張っているらしい。
この様子だとそう遠くないうちに限界を迎えてしまうことは容易に判断が付く。椅子に座ったまま余裕たっぷりの表情で、果てゆく彼女を見守りたい気持ちもあったが。
今の時点でもボーマンダからすれば相当な屈辱なはず。バイブを使えるチャンスはもう二度とないかもしれない。それならば。
最強にした時にどうなるかも見ておきたかった。なに、大したことじゃない。積み重なった恥辱が少し増えるだけだ、問題ないな。
待っていろボーマンダ。もうすぐ楽にしてやる。俺は一思いにバイブの摘みを回し、最大まで振動レベルを引き上げた。
瞬間、ボーマンダの目が大きく見開かれる。彼女の喘ぎで振動音の変化は良く分からなかったが、振動が強くなったのは間違いなさそうだ。
尻尾や羽をがくがくと震わせて、ボーマンダはだらしなく開かれた口から声にならない声を漏らしている。これまでにないくらい激しい動きにベッドがぎしぎしと軋む。
目にはほんのりと涙が滲んで、口元からは涎が零れ落ちそうで。これが最初で最後かもしれない果てる直前のボーマンダ。この上なく淫らで素敵な表情だった。
「やっ……あっ、あああああぁぁっ!」
 首をびくんと大きく仰け反らせ、翼や尻尾、四肢を小刻み震わせながら。悲鳴にも似た嬌声を上げ、ボーマンダはぐったりとベッドの上に頭を投げ出した。
虚ろに開かれた目はどこを見ているのか定まっていない。ただ、はあはあと激しい呼吸音を零す口元は僅かに吊り上っていて、うっとりとした表情とも取れなくない。
そして何より彼女の後足から尻尾の付け根にかけて、白いシーツにじわじわと広がっている染み。ボーマンダの身に何が起きたのかは火を見るより明らかだった。
さすがのボーマンダもとうとう耐えきれずにイってしまったというわけか。念を入れてシーツを敷いといて正解だったな。
彼女の体の構造上、潮を吹く瞬間が見えなかったのは残念だが。まあいいさ。ボーマンダが達する瞬間を目の当たりに出来ただけで十分だ。
それにしても。徐々に振動を強くしていったとは言え、最強にしてから三十秒も経ってない。科学の力ってすげえ。
自身を制御できなくなって喘いだり、こんな風にだらしない表情を俺の前に晒したり。玩具のおかげでボーマンダの知らなかった一面を垣間見たような気がする。
興味本位で試してみたバイブだったが、値段の割にはかなり頑張ってくれたんじゃなかろうか。買ってみて良かったと思えるくらいの働きはしてくれた。いい仕事だ。

―5―

 ボーマンダに絶頂を迎えさせたという達成感に浸っていた俺は、まだ継続していた激しい振動音ではっと我に返る。いけない、スイッチ入れっぱなしだった。
慌ててバイブの電源を切ると、俺はおそるおそるボーマンダの方に目をやる。俺が優位に立つ状況なんて今までなかったから、つい強気になってやってしまったが。
絶対、怒ってるよなあ。彼女の反応を楽しむのに夢中になって、バイブを使い終えた後のことなんて全く考えてなかった。
これは今のうちに逃げた方が……いや、無駄か。ボーマンダがその気になれば壁やドアを破るなんて容易いこと。
それこそ簡単に追い詰められてしまうだろうし、下手に逃げ出したりしたら余計な被害が増えるだけだ。
冷静になればなるほど自分が危ない立場だということが露呈してくる。どうすればいいんだ。どうすれば。
謝ったところで許してもらえるとは思えないし。今更になって後悔しても、俺がやった行為は取り消すことができないのだ。
結局、俺はそわそわしながら彼女の動向を見守るしか出来なかった。当のボーマンダはというと、刺激がなくなったにしてもまだ余韻が残っているらしく目と口は半開きのままだ。
願わくば、ずっとその素敵な表情のままでいて、そのまま疲れて眠ってくれたのなら何も言うことはなかったのだが。そう上手くはいくはずもなく。
少しの間、はあはあと肩で息をしていたが、やがて顔を上げ視線が俺の方へ向けられる。突き刺さるようなそれは、ついさっきまでの甘ったるいものではない。
そして自分に刺さっているバイブのコードを憎々しげに見やると、尻尾をコードに引っ掛けて引き抜き、乱暴に壁へと叩きつけた。がしゃりと音を立ててバイブは床に崩れ落ちる。
「貴様、よくも……!」
 怒気を孕んだ声で俺を睨みつけながら、ボーマンダはベッドから床へと前足を踏み出し、一歩、また一歩とじりじりと距離を詰めてくる。
いつもは殺気だった彼女の肉迫に恐怖しつつも内心わくわくしながら出迎える俺だったが。今回ばかりはそうも言ってられそうにない。
それだけボーマンダの表情は憤怒で燃え上がっていたのだ。小さなポケモンなら一睨みするだけで射殺してしまいそうなくらい鋭い目つき。
「わ、悪い……つい」
 咄嗟に椅子から立ち上がって俺は後ずさりする。少しでもこのボーマンダから離れなくては、と本能が警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
とはいえここは寝室。俺とボーマンダが余裕を持って入れるぐらいの広さはあるものの、面積には限界があった。
俺が安全だと思えるくらいまでボーマンダから距離を取れるスペースはなく、俺の背中はあっという間に壁に張り付いてしまう。
ボーマンダはもう目の前まで迫ってきている。俺が逃げられないと分かっているのか、あるいは逃げたところで追いつける自信があるのか。
唯一の退路である入り口のドアをふさぐようなことはしなかった。それでも、無言のまま俺を見据えるその瞳はおぞましいほどにぎらぎらしていて。ただひたすらに恐ろしくて。
だめだ、足に力が入らない。彼女の気迫に呑まれ、俺は壁にもたれかかるような形でへなへなと座り込んでしまった。アーボックに睨まれたニョロモはこんな感覚なのだろうか。
ボーマンダが俺を痛烈に批判する言葉でも浴びせてくれていたならまだ気が楽だったかもしれない。彼女の沈黙が生み出す圧迫感が半端なかった。
やがてボーマンダはゆっくりと片方の前足を上げ、俺の顔に近付けてくる。尖った三本の爪が目の前で不気味な輝きを放っていた。
ボーマンダの爪がどれくらい鋭いかはよく知っている。喉元に突き当てられたことだってある。だけど、こんなにも彼女の爪に戦慄を覚えたことがあっただろうか。
ベッドの上での戯れのときは幾度となく身の危険を感じながらも、心のどこかで大丈夫だろうと高を括っていたところがあったのかもしれない。
しかし今は。俺が好奇心を抑えられなかったせいで、完全にボーマンダを怒らせてしまった。突き付けられた鉤爪の重みは、生易しい茶番劇の比ではない。
「うぐっ……」
 喉元を押さえつけられ俺は思わず呻き声を漏らす。爪の先端ではなく足の裏の平たい部分でぐいぐいと押し付けてくる。壁と足とで圧迫されて息が苦しい。
爪を直接突き立ててこない辺り、じわじわと俺を痛めつけるつもりなのだろうか。辛うじて呼吸はできる状態だ。とりあえずはそのまま爪の餌食にならなくてよかった。
そう俺がほっとしたのも束の間。ボーマンダは口を開き、大きく息を吸い込み始めた。やがてその口元には紅蓮の炎がばちばちと音を立てて集束していく。
ちょ、ちょっと待ってくれそれは火炎放射。至近距離でそんなことをやられたら、いや至近距離じゃなくてもやばい、死ぬって。仮に死ななかったとしても重症は免れない。
「よっ、よせ、俺が悪かった」
 圧迫された喉から声を振り絞って、俺はなけなしの謝罪の言葉をボーマンダに伝える。思うように喋ることが出来なかったが、彼女が聞き取れるくらいの声量にはなっていたはずだ。
それでもボーマンダは聞く耳持たんと言わんばかりに、着実に炎を纏った口元を俺の方へ近付けてくる。
炎を交えた攻めか。そういえば今まで試したことなかったな。これはこれで斬新かも、だなんて悠長なこと考えている場合ではない。
必死で手足をばたつかせて体を捩ろうとしても、がっちりと固定されたボーマンダの足はびくともしなかった。本気を出した彼女を、俺ごときが制御できるはずもないのだ。
妖しく揺らめく炎はすぐそこまで迫ってきている。熱い。怖い。やばい。熱で前髪が焦げたらしく、嫌なにおいが鼻をついた。
これならいっそのこと、爪で一突きにしてくれた方がまだ楽か。徐々に炎が接近してくる熱気、そして恐怖。喉元に爪を這わされるよりもずっと。俺の身に堪えた。
心の底から、全身全霊で。死にたくない、助けてくれと命乞いをしたのは初めてだったかもしれない。涙交じりで、喉を潰しかねない勢いで俺は叫んでいた。
自分が何を言ったのかもよく覚えていない。気がついたときには、俺はボーマンダの前足の拘束から解放され、涙を流しながら声にならない声を漏らしていたのだ。
「死にたくなければ、私の視界から消えろ……」
 発射寸前まで来ていた口元の炎をふっと空気中に散らすと、ボーマンダは吐き捨てるように言った。半ば放心状態だった俺は、彼女の言葉でようやく自分を取り戻す。
さっき俺自身がどんな言葉を連ねたのかは思いだせないが、ぎりぎりのところでボーマンダは踏みとどまってくれたらしい。
しかし、未だに彼女の中では怒り心頭であることは間違いないだろう。消えろと言われたのだから早急に望み通りにしなければ。
足腰がぼろぼろの状態で素早く部屋を出られるとは思えなかった。それに、こんなにも怒り狂ったボーマンダを寝室に残しておくのは恐ろしくて。
立ち上がろうにも上手く立てずに床を這うような情けない格好で、俺はベッドの足元に転がっていたモンスターボールまで辿りつく。
手のひらサイズでもその存在はまさに救世主。この瞬間ほどモンスターボールのありがたみを感じたときはなかったかもしれない。
問題が完全に解決したわけではないものの、これ以上彼女を苛立たせないためにもひとまずは距離を置いた方が良さそうだ。俺はボーマンダにボールを向ける。
「わ、悪かったよ……」
 三度、謝ってみるもボーマンダは何も言わず。眉間にしわを寄せただけ。それでも、ボールに戻ることを拒みはしなかった。
今はそれだけで十分だ。俺はモンスターボールの開閉スイッチを押す。放たれた光は彼女を包み込み、内部へと収納していった。
無事ボーマンダがボールに収まったことを確認すると、俺は何度か咳込んだ。首筋を押さえつけられたまま叫んだせいか、喉の調子が良くない。
まあ、しばらくすれば治るだろう。むしろ、喉を痛めただけでボーマンダが一時的に怒りを鎮めてくれたのだから大した代償ではないか。
彼女の機嫌が完全に直るまではまだまだ時間が掛かりそうだ。俺の行動が原因なんだし、気長に行くしかないな。
俺は立ち上がると、壁際に転がっていたバイブを拾ってスイッチを入れてみる。が、何の反応もない。壁にぶつかった衝撃で壊れてしまったらしい。
ご苦労だったな、バイブ。お前の犠牲は無駄にはしないよ。仮に壊れなかったとしても、ボーマンダに使うのは一度きりになっていたことだろう。
再びこんな屈辱を彼女が受け入れてくれるとは到底思えない。一人でも十分使えそうだったのでそこのところは少々残念だったけど、仕方ないか。
殉職したバイブを机の上に置くと、俺はちらりとベッドの方を見る。残っているのはボーマンダが果てた後の湿ったシーツと、そこからほんのりと漂ってくる香り。
シーツの上の染みにそっと手を置いてみる。出されて間もないからなのか、微かな温もりが残っていた。そうか、これが。これが、ボーマンダの……。
俺は思わずシーツを引きはがし、湿った個所に顔を埋めていた。少しだけ鼻を突く匂いがしたが、彼女のものだ。抵抗なんてあるわけがない。
目を閉じれば、喘いでいたボーマンダの表情や声がありありと浮かんでくる。それが、もう二度とないことかもしれないと思うとちょっともったいない。
ひっそり録画でもしておけば、何度もお世話になっただろうに。残念だ。考えてみれば俺は見てただけで、今日はまだなにもやってなかったんだよな。
ボーマンダの喘ぎを思い浮かべながら、こうして彼女の残り香を貪っていれば嫌でも俺の愚息は元気になってくる。
どうせ洗わないといけないシーツだ。その前に汚しても問題ない、よな。今ならおかずには事欠かない。思う存分活用させてもらうとしよう。
俺はシーツを抱えたまま、ゆっくりとベッドの上に腰掛けた。その後、ベッドのシーツが二重の意味で使用済みになったことは言うまでもない。

 END



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 科学の力ってすげー!!
    今じゃバイブでボーマンダも
    イかせられるんだと。

    とゲームっぽく。
    ――ピンクシャツの小太り男 ? 2010-10-16 (土) 21:21:38
  • 風間さん>
    応援ありがとうございます。執筆頑張りますね。

    名無しさん>
    ボーマンダも喘ぐ姿はなかなか可愛いのかもしれません。
    かがくのちからってすげーです。

    ピンクシャツの小太り男さん>
    とてもじゃないですがゲーム内でそんな台詞は言えませんw
    あの人はきんのたまおじさん並みにお馴染みの存在ですね。

    皆様、レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-10-20 (水) 17:48:07
  • かがくのちからって(ry
    強烈な攻めおじょうからヘタレ受けになる瞬間というのはぞくぞくしますね……
    やはりカゲフミさんはマゾのなんたるかをよくわかって(ry
    ――ウロ 2010-10-24 (日) 16:05:36
  • かがくのちからって(以下略
    そうですね。私もその瞬間を書きたかったのです。
    主人公がもともとそういう性癖ですから、マゾ寄りになってしまうのかもしれません。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-10-31 (日) 18:47:33
  • 「ご苦労だったな、バイブ。お前の犠牲は無駄にはしないよ」
    ちょww
    バイブもカゲフミさんも主人公もご苦労様でしたw
    科学の力って(ry

    えろいよえろい//
    ――konro ? 2010-10-31 (日) 23:58:34
  • ボーマンダもやっぱり♀なんですね。可愛い一面もなかなか。見たら後が大変ですがw
    科学の進歩はめざましいものです。バイブを考えた人には敬意を表します。いやほんとに(
    きっと此の後が色々と大変だったんだろうなーとは思いますが、その辺りは妄想で補完しておくことにします。ボーマンダにのしかかられてry
    バイブの振動をなんだかんだでボーマンダが気に入ってくれたら良かったんですが。壊れちゃったのでちょっと残念w

    執筆お疲れ様でした。また次のお話も楽しみにしてますね。
    ――&fervor 2010-11-01 (月) 01:51:13
  • 執筆お疲れ様です。
    題名の通り、今回は人間が主導を握るかと思いましたが、最後の最後で逆転されましたね。
    こんな小説を読めるのも、カゲフミさんと科学の力のおかげですよねぇ。感謝します!
    ――beita 2010-11-01 (月) 21:04:00
  • konroさん>
    今回の主人公は割とナチュラルに変態です。
    私も描写する時は本能のままに書いていたようなそうでないような。
    科学の力をどう活用するかは人それぞれですね。

    &fervorさん>
    ものすごく状況が限られますが雌を思わせる一面もあるのです。
    こういう方面での科学も大事なのですええたぶん。
    この後の展開は割と想像がしやすいんじゃないでしょうかw
    次回作もがんばりますね。

    beitaさん>
    いくら道具が強くても、それがなくなるとどうしようもないですからね。
    ずっと主人公が優位に立てるはずもなかったようです。その方が彼らしい気がしました。
    私がこうやって妄想を形にして小説を投稿できるのも科学の力ですねえ。感謝です。

    皆様、レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-11-03 (水) 00:02:31
  • カゲフミさんの ちからって すげー!
    いまじゃ ボーマンダを イかせるばめんを
    かくことが できるんだと。

    いまじゃ バイブは ボーマンダに
    やられただけじゃ こわれないんだと。
    かがくのちからって しびれるー!
    ――肥満体型の男 ? 2013-01-08 (火) 15:53:36
  • たぶんボーマンダのシーンは書こうと思えばいろんな方が書けそうな気はします(
    科学の力は日々進歩してますからもしかしたらボーマンダの衝撃に耐えうるおもちゃが出てくるかもしれませんね。
    おそらくもうこのボーマンダは使わせてはくれないでしょうがw
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2013-01-08 (火) 17:58:07
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Last-modified: 2010-10-31 (日) 00:00:00
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