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一人では生きていけない私

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一人では生きていけない私 


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written by 美優
special thanks リング


人の数だけ物語はある。神の目ともう一人の目から見た物語。
Torch side

Story teller side


【1】 

ああ、疲れた。…今日もよく歩いた。……瞼が重たくて仕方がない。
朝から晩まで歩いて、歩いて。――物心付いた頃からそうだった。群れに置いてけぼりにされそうになって、その度に大泣きしたのは記憶に新しい。
――眠い。とにかく眠い。
無駄な抵抗はやめて、もう寝てしまおう。――それから目を閉じてしまって、間もなくのことだった。


「バウバウバウッ」
突然、自らの尻尾がけたたましく吠えて。
悲鳴を上げそうになって、思わず後ろを振り向いてしまいそうになった。――とにかく逃げなくちゃ、と思ったのかどうか――それよりも早く、反射的に体が動いて、とりあえず走ったのは確かなんだ。
そんな考えが浮かぶ前に――とりあえず、しっかり体が動いてくれて良かった、なんて。でも、安心している暇なんてない。
尻尾に意識を集中させて――暗がりでよく見えないけれど、あれは――

「嘘……最悪……」
ああ、何で、よりによってグラエナなんだろう。――くそう、あいつらにはものすごく弱いんだよね。
私が覚えている技の一つ、『エナジーボール』。尻尾から攻撃できるってこともあって、他のポケモンたちと違って、走っている――こうやって必死に逃げている状況で、それをやつらに打つことが出来る。
追いつかれさえしなければ、やっつけることはできなくても、怪我させることくらいは……ってそんなこといちいち説明している場合じゃ――

「もう……無理」
どうしよう。――エナジーボール、全部使っちゃった。……それでも、まだやつらは三匹残ってるし。
どうしよう、どうしよう――怖い、怖いよ。あいつら、ものすごく持久力があるから、このままじゃ――ああ、どうしよう、怖い、怖い――

「恐怖なんて尻尾が考えていればいいんだ……恐怖なんて尻尾が考えていればいいんだ……恐怖なんて……」
そう、恐怖なんて尻尾が考えていればいいんだ。…そんなことは尻尾が考えてればいいんだ。
――うん、ちょっと落ち着いたかな。……困ったときはやっぱりこのおまじないだね。…ふう。
全然周り見れてなかったよ。やっとまともに前を見れたって感じかな。――と、あれは…
間違いない。ギャロップの群れだ。――周りが暗いからどうも不安だったけど――もちろんそれは、暗がりが怖いとかそういうのじゃなくて、何かにぶつかっちゃったらどうしようってな理由なんだけど。
そんなことしたらものすごく悪いような気もするけど、今はそんなことより、やっぱり死にたくないし。――あの光を頼りにして逃げよう。うん、決めた。
――で、やっぱりこんな面倒事に巻き込まれるのは嫌だから、ギャロップの群れは散り散りになっちゃったけど、たまたま――本当にたまたま、そのうちの一匹に付いていくような形になっちゃって。
付いていった――というか、追いかけていったギャロップは、戦闘態勢に入ってくれて、それはすごい嬉しかったんだけど、これじゃあ後から何を言われるか――考えただけでも身の毛がよだつ思いで。

「あのキリンリキは私たちの仲間を怪我させたのよ!? 今更引き下がれないわよ」

「このまま手ぶらで帰ったら男と子供にどの面下げて帰れっていうのよ?」
リーダーの忠告で――ギャロップに敵うはずがないのに、素直に引き下がってくれないみたいで――それも、それは明らかに自分の所為だから、ちょっと謝っただけじゃ許してくれないだろうな。

「ビビってくれりゃあ楽だったのによぉ……しょうがねぇ。 退け、キリンリキ」

「は、はい……」
しかも、思っていた以上に強そうで、迫力があって。――思わず縮こまっちゃったけど、あんなすごい剣幕で話しかけられる――というか、命令されたらすごい怖い。ずっとあんなだったらどうしよう。
――余計なことを考えているうちに、二匹のうちの一匹が、ギャロップの凄まじい炎の攻撃の餌食になって、丸焦げに。思わず顔を背けたくなったけど、今はそんなことしてる場合じゃない。

「この野郎……女の顔に何すんのよ!!」
そう言いながら、残った一匹のグラエナが、ギャロップの足に噛み付いた。――見ていてあまりにも痛々しかったから、自然と自分の顔も歪んでしまったような気がした。

「くそ……離れろ、離れろ」

「そうだよ、離れるんだ。殺されるよ」
苦痛に顔を歪めながら、必死にグラエナを振り払おうとするギャロップ。そいつのリーダーの二度目の忠告もあって、グラエナは彼の足から離れるだろうと予想したんだけど――
――やばい、このままじゃ――突っ立ってるだけじゃダメだ。助けないと。

「痛みなんて……尻尾が感じていれば……」
無駄だと分かっていても、やはり少しでも痛みが軽減すればなぁ、と――おまじないを済ませた後、思いっきり、ギャロップの足に噛み付いているグラエナに、自らの長い首を叩き付けた。

「よし来た!!」
それで無事開放されたギャロップは、ないはずの角を額に形成し始め、それが完成したところでグラエナに突進する。そして――

「ダメッ!!」
リーダーの悲痛の叫びも空しく、ただ、耳を塞ぎたくなるような生々しい音が聞こえてきて、グラエナから吹き出す大量の血が嫌でも目に入った。

「まだやるか?」
ギャロップが問う。――私はその光景を静かに見守ることしかできなかった。

「あんたらの面……覚えたからね」
しばらく睨み合いが続き、ようやく諦めたのか、グラエナは悔しそうにそう言った後、そこから渋々立ち去って行った。――ああ、良かった。…って、安心してる場合じゃないか。


「あの……」
私は恐る恐る声をかける。

「ああ……なんだってんだよお前。俺を巻き込みやがってぇ……」
すると、案の定、あの恐ろしい剣幕と、さらに、ドスの利いた声でそんなことを言われて――

「あ、す、すみません…ごめんなさい…」
それで詰め寄ってこられたから、私はどうしようもなくて。――怖い、怖いですって。

「えっと、その……とりあえず、私の言い訳を聞いてもらえませんか…?」
とりあえずひたすら謝った後、厚かましいことこの上ないこと間違いない発言を――ああ、もう、そんな殺気を出すのはやめて下さいってば。

「言い訳? ふぅん、そんなこと言うからには相当な理由があったんだろうなぁ」
そうなんです、言い訳が――って、そういえば、ちゃんとした言い訳を考えていないや……ひい、そんな圧力をかけないで下さい、そんな目で私を――

「…えっと……えっと、貴方は、自身のその炎のおかげで、この暗い中でも周りが見えているわけじゃないですか」
私は、しどろもどろしつつも、何とか言い訳をし始める。――うぅ、整理がつかないまま話し始めちゃったけど……何とかなるかなぁ…。

「私は貴方のように炎を纏っているわけじゃないですので、どうしても周りがよく見えないんです。…それはわかって頂けますよね…?」

「なるほど……」
ギャロップは少し納得してくれたような――でも、まだ疑っているようにも見える。まぁ、当然かな…。

「で、それと俺を追いかけまわしたことに何の関係があるっていうんだ?」
それで、尤もな質問が飛んできた。――落ち着け、落ち着くんだ。冷静に、冷静に。

「あの、えっと…追いかけまわすつもりはなかったんです。…ほ、本当ですよ?…本当に追いかけまわすすもりは…」
――うーん、やっぱり上手くいかないや。はぁ…。…とりあえず、追いかけまわすつもりはなかったってのを主張できたからいいかな。…ほとんど同じこと二回も言ったし。

「あいつらから逃げるのに必死だったんです。…木にぶつかったり石に躓いたりして、それであいつらに捕まって死んじゃうのは嫌だったんですよ。……誰だって死ぬのは嫌でしょ…? 貴方達の炎を頼りにして、障害物に当たらないように気をつけながら必死に逃げてきたんです」
今度は意外とすんなり言えたような気がした。――ギャロップも、さらに納得してくれたようで、そんな表情が見て取れた。

「なるほど……道連れにしようなんてのは俺の勘違いだったわけかぁ」
――しかし、彼の頭の中で何かが引っ掛かったようで。

「いや、でもさぁ……それじゃあグラエナも障害物に邪魔されないんじゃないのか? むしろ、相手が 躓くことを期待してわざと足場の悪いところに逃げ込んだ方がよかった気も……」
首を傾げながら、言い訳するのに必死で気がつかなかった、その盲点を、彼に見事に突かれてしまった。

「えっと…それは………………」
それで私は思わず言葉を詰まらせてしまう。――そこまで考えられなかったなぁ……だって――

「…とにかく命が惜しくて。…そこまで考えられなかったんです。……言われてみれば確かにそうですが…」
――そう、言われてみれば、ね。……考えが浅すぎたなぁ。

「くっ……ふっ……」
何やら徐々に崩れて行くギャロップの表情。そして――

「くはは……ふっははっ……くっはははははは……ふ……なんだよそれぇ。ドジな奴だなぁ……」
――うわぁ、恥ずかしいなぁ。…顔がすごい火照ってる。…でも……まぁ、いいかな。

「うん、でもあれだな。命が惜しくて必死だった割には俺のことちゃんと助けてくれたじゃないか。なんつうか……さ、ちょっと気に入ったよ。お前、名前なんて言うんだ?」
気に入ったなんて言って、ちゃんと褒めてくれて。――ああ、ほんと良かった。…彼の朗らかな表情、あのすごい剣幕に比べればものすごく魅力的だなぁ。――と、名前、だったね。

「な、名前ですか…?…えっと、私、リリルっていいます」
それでもまだ怖いというイメージが頭の中から離れなくて――遠慮しながらの自己紹介になってしまって、何だが自分がすごい弱弱しく見えちゃったかもしれない。

「リリル……? なるほど、どちらから読んでも『LILIL』なわけかぁ……キリンリキらしい名前だなぁ」
意外と、私に関して特に何も気にすることはなく――すぐ、名前に隠された――というか、隠せてないかも知れないけど、そんな名前に感心するギャロップ。――私は、何だかまた褒められたような気がして、照れてしまい、思わず顔を赤らめながら、もじもじしてしまう。

「ああ、俺も名乗んなきゃな。俺はトーチって言うんだ。よろしくな」
それで、ギャロップは思い出したように自己紹介をして――彼の名前をしっかり頭の中に刻み込んだ。

「なんにせよ……早く、群れに戻らなきゃな。それまで、よければ一緒に行かないか……リリル……ちゃん」
そんな台詞の後、彼の方からむっと熱気が立ち込めてくる。――顔が赤くなっていることを思えば、恥ずかしいのか――しかし、何が恥ずかしかったんだろう、と謎は深まるばかり。

「…?…トーチさん、ですね。…わかりました。…しかし……」
首を傾げながらも、できるだけその謎には触れないように、そして――

「また迷惑を掛けてしまいますよ、絶対。…また貴方に怪我をさせるわけにはいかないですし」
自分と一緒にいれば、本当にまた迷惑を掛けてしまいそうで――さっきの謎のことより、それが気がかりで。

「……あっ、そうだ」
ふと、ある考えが頭に浮かぶ。――その時私の目に、彼のその部分が――

「…今更気づいたんですが……お体のほうは大丈夫でしょうか…?……大丈夫じゃないですよね、すみません……えっと、お詫びと言っちゃあ何ですが、私に貴方の傷を治療させて下さい。…お願いします」
――その部分を見るまでに、隆々とした筋肉や、ついでに雄の象徴もちらりと――彼の体全体を初めてまともに目の当たりにして、そそられる体付きだなぁ、と、顔を赤らめながら余計な考えを抱きつつ――
グラエナに噛まれた傷跡を見て、それは一気に吹っ飛んで、よく立っていられるな、と、今更ながら、ものすごい心配になってきて、冷静を装っていたけれど、本当に装えていたのかどうか――

「ああ、そう言えば……前脚の噛みつかれた傷が結構痛いな。治療してくれるって言うと舐めてくれるのか? はは、ありがとう」
少しの間顔を赤らめていた所為なのか、ギャロップは――トーチは、何だか嬉しそうに笑って、明らかに勘違いをしたようで――ああ、もう、恥ずかしいなぁ。

「はい!?…い、いや、その…私にはそんな恥ずかしいことはできないので、えっと……"ねがいごと"という技を覚えていますので、それを使って……意外とすぐに終わりますので」
――そう、意外とすぐに――と、終わるのは早いけど、傷が完全に治るのは――また後でしっかり忠告しておこうかな。

「ああ、そんな力を持っているんだ……なら、お願いするよ」
信じてください、という想いを込めながら、トーチを一途な上目遣いで見て――それが無事伝わってくれたのか、彼はゆっくり目を瞑る。

「わかりました。…それじゃあいきますよぉ」
私はそれを確認した後、"ねがいごと"をするべく、精神を統一し始めた。そして――
――彼の傷が癒えますように。
私はその言葉を、呪文を唱えるかのようにして、心の中で何度も呟いた。――心を込めて、何度も。
その間、尻尾はまるでその言葉を口にしているかのように、もごもごと動いていて。――それのせいで集中が途切れてしまわないように気をつけながら、ただひたすら祈って。
――祈るように願って、願って、願い続けた。

「すげ……」
彼のそんな呟き声が耳に入った。――ああ、今は集中、集中だ。

「彼の傷が癒えますように」
最後には心の中ではなく、口に出して、微かに呟く。――そして、無事、"ねがいごと"が成功した。――よし、ばっちりだ。…ふぅ。

「あまり無理はしないで下さいね。――徐々に直ってきているからといって、あまりそんなことはしないで下さいね。また傷が広がってしまいますから」
――しっかり忠告も出来たし。…良かった良かった。

「ああ、ありがとう……今は痛みも全くないけどこれから少し安静にしたほうがいいなら、少し休んでから群れに追いつこうよ。それに、お前も疲れたろ? 俺は起きているし、その尻尾だって起きてくれるんだろうから、ちょっと休もうか……まぁ、正直に言うと俺がこの傷を治したいだけなんだけれどさ」
ここはトーチに便乗して休んじゃおうかなぁ――うーん、でも、トーチがこんな目にあったのは自分の所為だしなぁ…ここはちょっと遠慮して――

「…そうですね。…実は私はそこまで疲れてはないんですけど……休んでおきましょうか。――貴方の傷のためにも」
しかし、貴方の傷のためにも、という再び厚かましいことを理由に――とりあえず、休むということに賛成した。

「今日は二人だけですけど、貴方が傍にいますからね。安心して眠れます…ふあぁ……ああ、ごめんなさい。……強がってはみたものの、やはり私も結構疲れているようです。…すみませんが、お先に」
――強がって言った言葉も、恥ずかしながら眠気には勝てなくて、大人しく目を瞑る。
何故か彼の方からあの熱気が――少し気になったが、凄まじい眠気に負けてしまい、結局彼より先に深い眠りに就いた。

【2】 

ふぁあ……ああ、だいぶ楽になった。まずは一安心…したいところだけど、そうはいかないかな。――すっごい群れから離れちゃった。
昨日の事は鮮明に覚えているけど……思い出したくないなぁ。やめておこう。――とりあえず、すごい時間食っちゃった。

「さて……すっかり群れから離れちまったなぁ。群れの方もまだ川は渡り切ってはいないと思うけれど……急がないと全員渡り終えちゃって二人で取り残されるぞ」
そう、急がなきゃ。二人だけで川を渡れるわけがないし。

「二人で取り残されたら……さすがにやばいわよね。急がなきゃ」

「ああ、出来れば雨が降る前にはな」
何でさっきから空ばっかり気にしてるんだろう――と、雲行きが怪しくなってきたなぁ。さすが、というべきなのか、トーチは天気の変動に敏感だ。
トーチのことも考えて早めに群れに追いつかないと。――無駄口叩いてられないなぁ。
――と、彼が突然大きく震えた後、その場で足を止めた。私は後ろにこけそうになりながらも何とか止まって、何があったのか、と問い掛けるように首を傾げながらトーチを見据える。

「待ちな!!」
間もなく、ものすごい悪の波導と共に見覚えのある顔が――思わずトーチに身を寄せてしまい、身震いが止まらなくなった。
見る見るうちに相手の数が増えていって、余計に体の震えが激しくなる。そして嫌になるほど冷や汗が――

「どうしよう……?」
息が上手くできなくて、頭が真っ白に――トーチでさえも怯えているように見えた。
触れているところがじっとりしてきたことから、彼も冷や汗をかいていることに気付く。やばいよ、ほんとにどうしよう――

「雨になる前に、俺が道を開く……俺が合図する前に高速移動に耐えうる呼吸を十分にして……合図があったらその尻尾で敵を驚かしてくれ」
――とりあえず、合図があったら尻尾を使えばいいんだな。よしっ。

「わ、わかった……」
と、意気込んでみたけど、やっぱり――不安で仕方がない。
トーチにそれが伝わったのか、彼もそんな表情を見せ始める。また彼に迷惑を掛けてしまったな、と落ち込んでしまう。

「私たちの仲間を二人も殺った落とし前……きっちりとつけさせてもらうよ」
しかし、そんな暇もなくて――彼女の言葉に反応して再び大きな身震いをしてしまう。
もう言い訳は通用しない。そもそも、言い訳なんて通用しなかったんだ。完全に怒った彼女たちを止められるわけが――

「恐怖なんて……尻尾が考えていればいい……尻尾が感じていればいい……」
――増すばかりの恐怖感を少しでも抑えるため、とそんな呪文を唱え始めた。
徐々に落ち着いてきて、しっかり前を向く事ができるようになって――おまじないの効果はやはりすごかった。

落ち着け、落ち着くんだ…集中集中…

「掛かれ!!」
    「行くぞ!!」

よしきたっ!!…って、え、あれっ!?――だめだ、は、早すぎた…!

「バウバウバウッ」

命令を出した後では既に遅く、それが瞬時に尻尾に伝わり、グラエナ達を脅しに掛かった。
ああ、失敗した…。――少しの間項垂れていたリリルだったが、逆にそれが好都合だった事に後から気付く。
グラエナ達は期待通りに、一瞬ではあったが硬直してくれ、その隙を見てトーチは炎を纏って駆け抜けてくれて、私はそれに続く。――よ、よかった、上手くいった…!
――そうして安心していられたのも束の間、雨が降り始めて私達の体力を削り始める。頑張ろう、頑張ろうトーチ、と心の中で自分達を必死に励ましながら、前に進み続けた。
どうしよう、どうしよう…このままじゃ……そうだ、あそこに登って――よし、これで行こう…!

「こうなったら一か八ね……あの丘を登りましょうよ」
トーチを気遣えないほどに自分の体力も徐々に少なくなって行き、切羽詰った状態へ――そんな時に目に入ってきたのが、小高い丘だった。

「何をする気だ……? あんなところに登ったら……追い詰められるだけじゃないか?」

「高い所からでも私のサイコキネシスで安全に着地できる……信じて!!」
そして、咄嗟に考え付いた策に希望を託して――大丈夫、私を信じて。心の中で、そうトーチに願い続けた。

「わかった、信じる」
そのおかげか、悩んでいる様子だったトーチが強く頷いて同意してくれた。――きっと成功する。きっと。

それで登り始めたのはいいけど……足を踏み外しそうになる度に、心臓が飛び出そうになった。
もうちょっと、もうちょっとだ――自分に言い聞かせて進むうちに、ようやく崖が見えてきて。怖気づく暇もなく、心を必死に落ち着け始める。――失敗は絶対に許されない。
少しの間。ほんの少しの間だけだ。――よく夢見てた、鳥ポケモンになって空を飛ぶ事が実現するんだ。私は空を飛べるんだ。これは嬉しい事だ。嬉しい事だ――

「躊躇っちゃ駄目」
正直自分のことで精一杯だったが――それでも、トーチへの気遣いができて。
大丈夫、落ち着け、落ち着くんだ、怖くない、怖くない――とにかく必死だった。

「っ……」
「んっ……」
飛んだ。――怖がるな、怖がっちゃだめだ。こんな高さ、大した事ない。全然高くない。――
サイコキネシスも無事成功した。これで安心だ。
ダシッ……
よしっ…!…よし、上手くいった、よかった。…思ってたよりあまり疲れなかったし――このままいけそうだ。――でも、これからどうしようかな…?



「どうする……俺達、群れのいる方向とはま逆に着ちゃったけれど……このままじゃもう、群れには追いつけない……だからと言って、ここにとどまれば……いずれ奴らの餌食だ」
トーチも悩んでいる様子で、そんな表情でこちらを見据えてくる。――そんな顔でこっち見られてもなぁ……うーん…。

「どうしよう……」  
「…もし川を渡るんなら、とりあえず食べられないようにすればいいんだよね。…うーん……どうにかして、オーダイルと仲良くなれないかなぁ?」
――どうするって聞かれたら、何か答えるしかないよね。
色々考えて、いい考えだと思って言ったんだけどなぁ。――トーチったら私のこと思いっきり馬鹿にしてるよ。…いつか仕返ししてやるんだ。

「いやいや、あのね……」

「仲良くなるっていったって……俺達は奴らには獲物としか見られていないんだよ。こんなこと言うのもなんだけれどさ、俺たちを助けるメリットってものがなきゃ……仲良くなるにもきっかけがないと俺達はただの餌なわけだし」
――その通りだ。トーチの言う事は尤もだけど、でも……もうちょっと優しくできなかったのかな。

「とにかく、その案はダメ。別の案を考えよう」
はぁ……却下されちゃった。

「ええ、そんなぁ……せっかくいい考えだと思ったのに」 
あんな事言わないほうが良かったかな。単純すぎたか。…でも、悔しいなぁ。――よし、いい案出して絶対納得させてやる。

「…メリット…メリットねぇ……」
何かいい方法はないかな…?相手に納得してもらえるような、そんな――
「あっ、そうだ。――それならさ、何か私たち以外で、食べれるもの――ほら、丁度いいのがあるじゃない。――食料渡す変わりに、川を渡して欲しいんだって、交渉できないかな?」
――せっかくいい案出したのにまたトーチは……でも、今回は手ごたえがありそうだ。よかったよかった。

「いやいや、それは……? まてよ、食糧……ちょうどいい……」
「なるほど。まるで奴ら肉食ポケの真似ごとになる……が、それしかないな」
一応賛成してくれたみたいだし。――肉食ポケの真似事かぁ…
いつもの癖でそこまで深くは考えてなかったげど……そういうことになるよね。
「なぁ、リリル。俺達は今まで専守防衛……手を出されなきゃ手を出すことは無かった……が、いいんだな?
 俺達を探しているだろうあいつら……奴らグラエナの一匹を狩ってそれをオーダイルに差し出すんだ。奴らの真似ごとをすることになるけど、いいな?」
「えっ、いや、そんな……」
そんなこと聞かれても困るって。…狩られる側にしかなった事ないのに。
「…いや、やっぱり抵抗はあるよ?…そんな言い方されちゃうと、正直困っちゃうんだけど、でも――でも、私が言い出した事だし、ここでいつまでも悩んでても仕方ないし。――大丈夫、やれる」
そう、きっとやれるんだ。――弱音は絶対吐いちゃだめ。
やっぱり少しでも、頼りないなんて思われたくないし、もう足手まといには絶対なりたくない。だから――力になってみせるんだ。
でも……ああ、だめだ。不安で仕方ないよ…。

「分かった……心配するな。俺だって、襲われているわけでもないのに、誰かの命を奪ったことはない……だから、お互い初めて同士だ」
無理して励ましてくれなくたっていいのにさ。…やっぱり、弱みを見せたくないというのはトーチも一緒か。――おかげでちょっと楽になったかな。
「奴らはきっと、群れが川を渡り切る前に追いつけないように、わざわざ俺達に後ろを振り向かせて……さらには群れのいる方向とは反対側を手薄にした。
 だからこそ、きっと奴らはまだあきらめちゃいない。どこまでも追い続けて仕留める気でいるはずだろう。
 でも、逆に狙われるなんてことは全く考えていないはずだ――俺たちと違ってな。そこに隙がある……その隙をつけば出来る……だから、生き残れるはずだ」
トーチの言葉を聞く限りでは大丈夫そうだけど……心配しすぎかな、やっぱり。
どうしても、もしもの事を考えちゃうんだよね。ごめんね、トーチ…。
「…失敗なんかしないよね。――いや、疑っているわけじゃないんだよ?――ただ、やっぱり不安でさ」
どうしても――どうしても、不安になっちゃって。決意は固まってるのに。 
「私たちなら絶対大丈夫。――絶対にね」
だから自分にそうやって言い聞かせるしかないんだ。――そうしないと自分を見失っちゃいそうになるから――
「わかった。それじゃあ行こう……」
ああ、良かった。…トーチも安心してくれて笑顔まで見せてくれたし。――やっぱりかっこいいなぁ。…って、今はそんな余計なこと考えてる場合じゃないよね。
それで私自身も安心できたし。釣られて笑っちゃった。
「うん……」
それで歩き出したけど、やっぱりトーチが前にいてくれると頼もしいな。……力になれるようにしっかり頑張ろう。
「奴らが俺達を探しているなら、多分方々に散らばっていると思う。大きな群れを探すってのとはわけが違うからな……だから、相手が一人でいるところに、仲間を呼ばれる前に襲うことになるけれど、リリルは何か相手の動きを止められる技ってあるかい?」
動きを止められる、かぁ……あの技が使えそうな気がするけど――実践で通用するのかな。
友達の足引っ掛けたりして、よく遊んでたっけ。そんな事でしか使ったことないんだけど……簡単だし、結構自信があるから―― 
「えっと……草結びって技が使えるんだけど、どうかな?」
「…相手の動きを止めるにはそれが一番使えると思うんだ」
止められなくても、確実に体勢を崩す事くらいはできると思う。だから、使えるはずなんだ。
「そんな技がまで使えるのか……。そうだな、足を引っかけたりする技だとすれば……確かに使えるはずだ。奴ら肉食の奴らには使えない、全く経験したことのない技だろうし……な」
トーチの言う通りだ。何か特別な事がない限り、草結びは奴らにとって生涯経験する事のない技だろう。
敵に追われている途中にそんな技をくりだす余裕があるとは思えないし、くりだそうと考えることもないと思う。
特に草結びは、ね。 
「よし、もし獲物を見つけたら俺の合図と一緒に飛び出して射程圏内に入ったら速攻でそれをやってくれ。相手が何もできないうちに俺が……汚れ役は俺が引き受けるから」
まさかこんな時に草結びを使うことになるなんて……今回は遊びじゃないんだし、真剣にしないと。
私が失敗すれば彼も失敗する事になる。――かなり重要な役を任されちゃったような気がするけど…
汚れ役、かぁ。……血には慣れてないし、到底私ができそうな事じゃないだろう。
「頼んじゃって……いいのかな…?」
でも、彼に頼むにしてもやっぱり遠慮しちゃうし。――ほんとにいいのかなぁ。
「…ただ、精一杯援護するから。……それで充分かな?」
――代わりに私ができる事って言ったらそれくらいしかないと思うんだけど、彼の重荷に比べれば私のなんて…
充分なんて言えないと思うんだ。
「大丈夫」
でも、トーチは――ちょっと安心できたかな。そうだよね、大丈夫だよね。
「精一杯やってくれれば……きっと俺が成功させる。だから……な、頑張ろう」
もちろん精一杯やるよ。命が懸かっているんだからね。
その眼……心から信じてるよ、トーチ。――きっと成功するよ。きっと。

奴らだ。…何も知らないで堂々と私たちを探してる。――知らないほうがいいし、知って欲しくないな。
油断してくれてるほうが好都合だ。……今のうちに落ち着いておかないと。
大丈夫。絶対大丈夫。緊張しちゃだめ。落ち着くんだ。大丈夫ったら大丈夫なんだ。

「相手が近付いてきた……もっと距離が近くなったら、『今だ!!』で飛び出すからな……練習はできないぶっつけ本番だが……心の準備はできているな?」
――よし。
いちいち声に出してたら、やっぱりトーチに心配掛けるだけだし。…集中が途切れてしまわないように気をつけないと。
「ええ、もちろんよ」
しっかり言えた。…これでトーチも安心してくれるはず。
「きっと大丈夫。――そうでしょ?」
「ああ、大丈夫だ。俺達……以外といいコンビかもしれないからな」
いいコンビか。…ふふ、嬉しいなぁ。――でも、今は喜んでちゃいられない。
準備は万全だ。
「リリル……3・2・1で飛び出すからな?」
集中集中。トーチのほうなんて見てられない…かな。とりあえず、頷くだけ頷いておこう。

「……3……2……1……今だ!」

「よぉしっ!」
行くぞ。――彼の合図に、我ながら素晴らしい反応で勢いよく地面を蹴り、その場から飛び出した。 
前だけを見て絶対に集中を切らさないように心掛けながら突き進んだ。
横にいたトーチもどんどん前に進み、着実にグラエナへと近づいて行く。――距離感掴んでしっかりタイミング計って草結びしなくちゃ。
トーチは私を信じて突き進んで行ってくれている。何としてでも成功しないと。
――まだだ。まだ早い。
ああ、やっぱりグラエナに気付かれた。…でも、焦っちゃだめ。まだ…もう少し……今だ!!

よし、成功した…!……だめだ、またあの声と音――気にしないようにはしてたんだけど…。
考えちゃだめ。仕方ない事なんだ。――仕方がないんだ。

「ハァ……ハァ……」
やっぱりトーチもすごい汗かいてるし、息切れも激しい。――トーチには辛い想いをさせてしまった。
私たちは悪くない。――そう言い聞かせてもやっぱりだめ…だな。
罪悪感が募るばかりだ。でも……今はそんなこと考えてる場合じゃない。
慣れてしまうのも怖いけど――できるだけ早く忘れよう。記憶から消し去るんだ。
消えろ。…消えるんだ。……こんなことばっかりやってられないな。
「仲間が来る前に川まで行こう。この死体は俺が背負っていくから、背中に乗せてくれるか?」
力なく頼まれた所為でトーチが弱弱しく見えてしまう。――大丈夫なのかな。
私以上にトーチは苦しんでいるのだろう。…私が病んでちゃ余計トーチに迷惑掛けるだけだよね。
「大丈夫?…乗せるよ…?」
ああ、というトーチの返答を確認した後、何とかグラエナの死体を持ち上げてトーチの背中に乗せる。
できるだけ声は出さないようにしようと思ってたんだけど――微妙に変な声出しちゃった。トーチに聞こえてなければいいんだけど…。
やっぱり慣れないや。――血とかひらいた傷口とか。すっごい気持ち悪い。
でも、できるだけ顔に出さないようにしないと。……はやくお互い笑い合えるような時が来ないかな。


――済まないな。
――気にしないで、さあ、行きましょう。
いつまでもここで止まっていられないからね。……交渉が上手くいけばいいんだけど。

【3】 


これが上手くいかなきゃ今までの努力は水の泡。――失敗は許されない。


「リリル……悪いが、ちょっとだけ黙っていてくれ。お前が喋るとボロが出そうだから……すまんな」
「そ、そんなぁ……」
やっぱり信用されてないのかなぁ。――すっごい悲しいよ。
ずっと思ってたけど、もっとましな言い方できないんだろうか。優しいのは確かなんだけど…。
悔しいなぁ。……いつか絶対、仕返ししてやるんだ。
「あ~……そう言われてもなぁ」
困ってる。――そんな反応されると私も困っちゃうんだけど…。

「わかったわよぉ……その代わり絶対成功させてよぉ」
でも、トーチに託すのが正解だと感じた。…頼むよ、トーチ。
私の分まで頑張って。――プレッシャーをかけたわけじゃないんだけど……そうなっちゃったかな。
悪い事しちゃったなぁ…。…できるだけ気にしないようにしよう。

「わかってる……ふぅ」
やっぱり緊張してるのかな。――心配だけど、黙って見守っておくしかないかな。
トーチならしっかりやってくれるはずだ。

「大丈夫なの?」
「分からない。相手が俺を信じるかどうか……だな」
そうだよね。分かるわけないし、オーダイル達が私たちを信じてくれるかどうかが一番大事だよね。

「そう、わからないんだぁ……じゃあ、信じてほしいね。私も信じるから……」
そう、心から信じてるんだから。――私にはそれくらいしか出来ないけど、何もしないよりましだろう。 

「お前が信じたって意味がないだろう? まあ、いいか……おそらくは、これが最後の試練だ。乗り越えてやろうぜ」
い、意味がない…?…信じる事に意味が…??……ああ、もしかして勘違いされちゃったのかな。
私の言い方が悪かったかぁ…。何だか気まずい事になっちゃたけど、トーチもあんまり気にしてないみたいだし、別にいいかな。
「うん。じゃあ私……もう喋らない。トーチ……頑張って」
黙って心で祈っていよう。――絶対成功する。してくれる。
この自信に溢れた表情……武器になるに違いない。

「オーダイル達……この川に住むみんな……聞いてほしい事がある」
トーチの言葉にざわざわとし始める川の住人達。――思わず目を背けたくなったが、何とか耐えていた。

「聞け!!」
その場を一瞬で静寂にさせたトーチの叫び。――私は震え上がりそうになるのを何とか抑えて、トーチの姿を後ろからしっかり眺めていた。



「聞いてほしいことってななんだ? 言っておくが、どちらか一人が犠牲になるから、もう一人を生かしてくれなんて寝言は聞かないぞ? 二人ならお前らをまとめて仕留めることも容易いのだからな」
一際強そうなのが出てきた。――怯えちゃだめ。…怖くない。何だあの面白い顔。……危ない、笑っちゃうところだった。トーチには絶対言えないな…。
と、余計なこと考えてる場合じゃないや。トーチは今必死なのに。……心の中でちゃんと謝っておこう。ほんとにごめん。

「そうか……それは残念だ。見ての通り、グラエナの死体を用意している……今持っているのは一頭だがとある場所に大量に……大人4匹子供8匹、群れの半分以上の死体を隠している。
 お前らには絶対に見つからない場所だ。その隠し場所と交換で、俺達の命を助けちゃくれないか?」
――よし、すらっと言ってくれた。
これで大丈夫なはず。絶対大丈夫。きっと大丈夫だ。

「どっちが得かは、考えてくれ……俺を喰うか、渡り切った後で……その隠し場所を教えてもらうのとどっちが得か……考えてくれ」
それから長い沈黙。…うわぁ、緊張する。嫌だなぁ、この間…。
どうかいい方向に進みますように。どうか――

「通せ。全員それで文句はないな?」
ふはぁ…。よしっ…!――ああ、良かった。ほんとに良かった。
これで安心だ。すごい嬉しい…。……泣きそうだけど、今は我慢我慢。

「どうしてこんなことをする必要があった? どうしてウソをついたり、グラエナを殺す必要があった?」
ば、う、嘘が、ばれてた…?!うわぁ、どうしようどうしようどうしようどうしよう……って、まだ生きてるってことは……あれ…?


「嘘だって分かっていたなら何で……」
いいことを聞いてくれた。――って、聞く必要なんかないか。でも、トーチがのんきに聞いちゃったし…
「身構えるな。この時期エサなら向こうからいくらでもやってくる……まだ、喰い尽されてなくて残っているからお前らの言うことが嘘でも問題はない。
 だからな……聞かせてくれないか?」
――聞かせてくれ、か。

「私たち……」
ずっと我慢して黙っていたんだし、約束してたこと破っちゃう事になるけど――このオーダイルになら大丈夫だろう。面白い顔だなんて心の中で言ったけど、結構かっこよく見えてきたよ。

「グラエナに恨みを買って追い回された揚句に群れからはぐれて、こうでもしなければ……川を越えられなかったから。だから、生まれて初めて……自分から攻撃したの。私が動きを止めて、彼が角で刺し貫いた……あとはここを越えて群れに追いつくだけ」
――ふう。…思い切って言っちゃった。
後でトーチに怒られるかもしれないな。…まぁいいか。

「そう言うことだ……」
やっぱりあの時のこと思い出しちゃったのかな……すっごい暗い表情だ。
笑って欲しい。――いつか、心からの笑顔が見れたらいいのにな。

「ふぅん」
容姿に似合わず、何だか可愛く微笑んじゃって――内面はすっごい優しいのかな。

「そうか、大変だったな……普段やらないことをやってまで、生き延びようと頑張って、そんでお前らそんなに仲よさそうなのか?」
え、わ、私たちが…?!

「気が付いて無かったって顔だな? まぁ、いいか……お前らの嘘に乗ってやった対価はその話で十分だ。後のことは任せろよ、さっき言った理由で群れは今穏やかだ。 ちょっとくらい批難されるようなことはあっても制裁受けるなんてことはないだろうから……心配すんな。たまには敵に助けてもらうのもいいものだろ?」
何だか複雑な気持ちだけど……確かに悪い気はしない。
とりあえず、助かってよかった。

「あんまり……大きな声で言えないのが心苦しいけれど……ありがとう。」
「私からも……ありがとう」
心からの感謝の気持ちを込めて――今は見方も敵も関係ない。
彼には生かしてもらったんだ。神様みたいに見えてくる。容易く殺せたのに、それをしなかったんだから。

「それとだ……グラエナを殺したことに関しては気にするな? そんなもの気にするなんて親切すぎるぜ……だから、大丈夫。気にせず群れまで突っ走れよ。
 さぁいけ!! あまり長く話していると怪しまれる」
まだ感謝しきれない気持ちで一杯で、言う事がたくさんあるような気もしたのだが、彼の言うとおりで、このままだと確実に怪しまれる。

「本当にありがとう」
「ありがとう」
最後にそれだけしか言えなかったけど――もう振り返らない。絶対に。
未練を残しちゃだめだ。……前に進み続けよう。


「俺達……これで群れに追いつけるかもな」
「…これも全部トーチのおかげだよ。……今まで本当に色々とありがとう」
彼にはありがとうの一言に尽きる。――迷惑ばっかり掛けていたけど、ここまでこれたのもやっぱりトーチのおかげだ。
私は大したことはしてないし……やっぱり、全部トーチのおかげかな。できるだけ心を込めて感謝しないと。
「なぁ……俺達さぁ。オーダイルに仲がいいって言われたよな。俺達ってそんなに仲いいのかな?」
そういえば仲がいいってあのオーダイルに言われたけど……何であんな事を言ったんだろうか。
ほんとにそう見えたのかな。一応トーチとは知り合ったばかりなんだけどなぁ。
 「さあ、どうなんだろう…?…やっぱり、気が合うしさ、そう見られてもおかしくないんじゃないかな。――私は、仲がいいんだと思ってるよ?」
ただ、言われてみればそうだと思えたのだ。トーチとはほんとに気が合うと思ってるし、一緒にいるとやっぱり仲が良いように見えるんだろう。

「そっか……仲がいいのは確かなんだろうな」
何だか安心した。――思い込みなんかじゃなくて良かった。

「もうすぐ……雨が降るな」
さっきからしきりに空を気にしてたのはその所為か。…やっぱり雨が嫌いなんだな。濡れるのが。
「昼間ならともかく雨で体が冷えるといけないから……な」
寄り添ってきて欲しいって…?――喜んで。…さっきからこっちに少しずつ近づいてきてるのは、そうして欲しいからだよね。

「え、えっと、その……う、うん」
喜んで――だけど、やっぱり恥ずかしいや。…すっごい顔が熱いし、戸惑っちゃったし――やっぱりだめだな、私。

「…あったかぁい…」
でも、くっついてみたらすごい温かくて、恥ずかしさなんて吹っ飛んでしまった。…心地良い。
暑いほど彼の温かみが伝わってくる。――しかし、今は丁度いい。

「じゃあ、行こう」
少し私より大きいトーチの歩幅に合わせるのにちょっと苦労してるけど……何とか大丈夫だ。
このままくっついていけるかな。――できるだけ自然に歩くようにしよう。

「こりゃ運がいい……ディグダ達が掘った穴じゃないか。中には……あんまり何かいる気配みたいなものは感じないし、少しお邪魔させてもらおう」
薄暗くて何だか怖い気もしたけど、今はトーチが傍にいるから大丈夫。心からそう思えた。
トーチと一緒だから何だってできてしまうような、そんな気がするのだ。

「大丈夫か、暑かったら言えよ?」
ふう…。…やっと一休みできる。
「うん、ありがとう。…ちょうどいいくらいだから、心配しないで」
今は暑くもないし寒くもない。――ほんとに丁度良いくらいだった。

「…………」
ああ、こんな時、何を話せばいいのなぁ。――無性に緊張するし、寄り添ってるから顔がずっと火照ってるし。
気まずいなぁ。……すごい恥ずかしい。

「なぁ、リリル……これから俺達群れに追いついたらさ……俺達ギャロップの群れとは移動の速さが違うから……お別れになっちゃうな」
お別れ、かぁ。…雨が止んだらそういうことになるよね。――このままずっと一緒にいれるってわけじゃないんだよね。

「そうしたらさ……俺達、今回の出来事をどういう風に話したらいいと思う? こう、ものすごい冒険談になるのかなぁ?」
話を聞くのは好きだけど、自分からそういう話をするのはやっぱり難しいんだろうな。
上手い具合に語れる自身はないし……どうなるんだろう。

「人気者になるのか、それとも誰も信じないのか……本当にどうなるだろうな。ちょっと楽しみじゃないか?」
「ああ、言われてみれば……うん、ちょっと楽しみかも」
――上手く語れるかどうかとか信じてくれるかどうかより、自慢げにそういう事を誰かに話せるってのはやっぱり楽しみだ。
「…信じてもらえるといいね」
ほんとに信じてもらえると嬉しいな。――そうすると、私たち、噂になったりするのかな。
有名になっちゃったりして。……やっぱり楽しみだなぁ。わくわくする。

「一人じゃ……」
ん、何だろう…?

「一人で言っても……信憑性はないよな……だったら二人で一緒に語ったら……て、俺は何馬鹿なことを言っているんだ。それじゃお前を群れから離して連れまわしちゃうってことじゃないか」
トーチは何が言いたかったんだろう。――自分自身で言った事否定しちゃって。

「……リリルは嫌だろ。群れから離れるなんて?」
当たり前のように聞かれた。――何だか悲しいな。

「…そりゃあ群れから離れるのはやっぱり、ね……でもさ…えっと…」
「……そ、それもいいかもしれないなぁ」
ああ、恥ずかしい。――もっと素直になれればいいんだけどなぁ。
この気持ち……きっと伝えれる。きっと。

「それってどういう……」
――わかってるくせに。私と同じで恥ずかしいだけなんだろうな。

「一緒に……居たいのかな……俺達?」
ぼそぼそ言って、もう少し離れてたら全然聞こえなかったよ。たぶん。
 
「出会ってから。今までみたいに二人で……さ」
今までみたいに、か。思えば、トーチとは一時も離れはしなかった。
ずっと傍にいたような気がする。――彼の存在に何度安心させられたことか。

「そう……なのかな、この気持ち。……うん、きっとそうだよ」
色々悩んでいるように見えたかもしれないけど、今の気持ちにしっかり自信を持っていた。

「…よければずっと一緒にいてくれないかな、トーチ」
恥ずかしいのを我慢して正直に言った。――思わずトーチから目を逸らしちゃった。
私から頼む事になるとは思ってなかった。……ああ、恥ずかしい。

「……今までのお前の考えには何回か呆れたことがあるけれどさ」
まさか、呆れてるんじゃ……せっかくの努力も台無しになるのか。

「嬉しく思ったのは……始めてだな」
うわぁ、恥ずかしい。――疑っちゃったけど、トーチも嬉しかったんだ……良かった。
でも、まともにトーチの顔が見れない。……見ていたいのに。
もっと近くで見て、こう……勢いでキスしちゃいたいな。ずっと一緒にいようねっていう誓いを交し合いたい。
どんな味がするんだろうか。どんな気持ちになるんだろう…?…目を瞑って、ゆっくり、ゆっくりと――

「ひゃわぁっ!!」
あっ、いっけない…!…やっちゃった…。…尻尾の奴……恥ずかしいよぉ…。どう説明しよう。

「な、なんだよ……何か美味しい草を食べる想像でもしていたのか?」
そんなんじゃないよ。今そんな想像するほど呆れさせる事なんてしないよ…。
嘘をつくのもなんだか面倒だし…ええい、正直に言っちゃえ…!

「え、えっと、ごめん…その……こんな雰囲気だからさ。…キスするとこ、想像してたんだ」
ああ、言っちゃった。…顔がものすごく熱いよ。とろけちゃいそうだ。
でも、よく考えたら――
「最低だよね。――ごめん」
私ってただの変態なのかな。…幻滅されちゃったかな。どうしよう…。
だめだ、涙が出てきた。――やっぱり私、泣き虫なのかも。

「いや……」

「その……少し嬉しかったし……俺もちょっとだけ似たようなこと考えてた。それがさ、無意識に出ちゃったんだろ……尻尾が動くってことはさ?
 だったら、その……それだけ俺の事を思ってくれてるって証拠じゃないのかな? いや、俺はいいと思うよ……リリルとならさ。なんだか、両想いみたいだし」
ああ、良かった。――とりあえず、嫌われるということはなさそうだ。
両想いか。…嬉しいなぁ。幸せだよ、トーチ。――すっごい恥ずかしがってるのが何だか可愛い。

「えっと、えっと…と、トーチも私のこと、そこまで思っててくれたんだね……す、すっごい嬉しいよ」
ほんとに嬉しい。…また泣いちゃいそうだけど、気を遣わせるわけにもいかないし。
笑顔だ。――ずっと笑顔でいよう。…幸せだって事をトーチに伝えなきゃ。 

「こんな私で、本当にいいの…?」
今更だけど……でも、やっぱり、自分が彼には相応しくないような、そんな気がして。

「今まで……二人で一緒に乗り越えてきてくれた……リリルだから。そう、リリルだから」
私だから、か。――良かった。すごい安心した。
これでもう迷わなくていいんだ。…不安がるのはもうやめにしよう。

「だからそんなに不安そうにしないでくれ。もしリリルでダメだったら、今頃グラエナかオーダイルの胃袋の中さ。ここまで生きてこれたのはリリルのおかげだろ?
 俺達は一人じゃ生きていられなかった。二人で一つなら……少しの間くらい本当に一つになったっていいんじゃないかな?」

「いい、のかな…?……いいんだよね。…うん、一つになろう?」
待ち望んでいた、トーチと一つになる時が来た。――ゆっくり顔を近づけて来ている彼に、私もゆっくり顔を近づけていった。そして――
唇が触れた。流れ込んでくる唾液は、温かいというよりむしろ熱かった。――なんだろう、この味。
不思議だ。……悪い気はしない。というか、心地良い。――無性にドキドキする。
――間もなく、お互い口を離した。…ああ、もっとくっついていたかったのに。 

「これで終わりなのかな……」
何悲しい事言ってんだろ。――でも、本当にこれで終わりなのかもしれない。
終わってしまうのかもしれない。…だが、きっと――

「いや、その……キスだけがってわけじゃないけれどさ、これだけしかいい思い出って感じな物がないような気がしてさ……さっきは『これからも一緒に居たい』みたいなこと言っていたけれどさ……それでも、な?
 だから、これが最後の思い出になるのかと思うと少し寂しくって……それだけ。ああ、気にしないでくれよ……これ以上望むことなんて、贅沢だし」
やっぱり、恥ずかしがってちゃんと言ってくれなかった。
また私がものすごい恥ずかしい思いしてもっと色んな事したいって言うのも嫌だし――とぼけてやるんだ。

「…これが本当に最後に思い出になるんなら、やっぱり最高の思い出を作りたいよ。…でも、その……ごめん、よくわかんないや…」
とことん馬鹿になってやる。――もう、何度呆れられたっていいや。

「ああ、もう……」
やっぱり困ってる。…一応謝っておこうかな。――ごめんね、トーチ。私、ほんとに何もわかんないんだ。

「ほら、あれだ……キリンリキの場合、男同士で首をぶつけあったりとかするだろ? ああやってその……強さを見せつけて異性を勝ち取ったりするわけだけれど……あの後にする……その……要するに……
 ああ、もう!!」
熱い。…恥ずかしくなると火力が増すのはトーチのくせなのかな?――わかりやすい奴だ。

「男の悲しい 性 (さが);だよ。女の子を見ちゃうと、そう言う風にしか考えられないんだ……」

「これで分かったろう……?」
泣きそうになってる。……ちょっとやりすぎたかな。
でも、今まで悔しい思いさせられてきたんだし――ここでやっぱり仕返しし置かないと後で後悔するよ。……よぉし。

「え?…えっと、つまり、その……」
ほんとにごめん、トーチ。――満足行くまで付き合ってね。

「だから――だから、さっきキスしたじゃ……それで終わりなんじゃないの…?…そういう風に考えちゃうって、他に何か色々あるの…?」
ああ、怒られちゃった。――ほんとに鈍感なんだよ。手間掛けちゃって悪いね…。

「ああ、もう!! せっく、……せいこ……こ、こ、こ……交尾だよぉ」
ふふ……やっと素直に言ってくれた。――危ない、にやけちゃうところだった。
大胆に言ってくれたねぇ……聞いてるこっちもすごい恥ずかしい。

「ああ、もう……普通気づくだろうよぉ」
気づいてますとも。――何回その行為を目の当たりにした事か。

「で、どうなの? もう、ここまで言っちゃったんだから聞くことにするよ……」
さすがに吹っ切れちゃった。――今更可愛そうになってきた。
けど、私はそんな甘くないんだから…。

「結局のところ、俺とそう言うことするのはいいのか? ダメなら正直に言ってくれても構わないけれどさ……」
正直に、かぁ。――どうしようかな。……よし、こうしよう。
どういう反応してくれるかな…?――楽しみだなぁ。ふふふ…。 

【4】 

「…それじゃあ、言葉に甘えて…その……断って、おこうかな」
ふふん、私を信用しなかった罰なんだから。――私が落胆する表情を何度も見たんだから、これくらいは役得よね?
って、思ったけれど――まさか真下を向く位まで落ち込むなんてってくらい落ち込んでいる。――このままじゃ顔もまともに見せてくれないんじゃないかなって感じ。
うん――ごめん。
「あの、その…冗談のつもりだったんだけど……ごめん、ほんとにごめん。……私、トーチとそういうこと、したい…」
よかった……表情が明るく戻ったよ。流石に、恥ずかしがらせたり落胆させたり意地悪しすぎたかも。
でも――もう落胆させるような意地悪はしないけれど、最中はきっちり意地悪してやろう。じゃないとつまらないし、やっぱり私の気分が収まらない。
「いいんだな……?」
いいですよ。――キスだろうと、その先だろうとね。ただし、楽に楽しめるなんて考えないでよね?
私は徹底的にとぼけ通した。トーチの奴が股間についているモノを舐めて欲しいなんて贅沢を遠まわし言ったら、まずは角の方を舐めてみたり。繋がるって言われても首をかしげる。
だってね――その後のトーチの反応は、いちいち鬣の火力が上がるようなセリフばっかりで面白いから。
そんな意地悪をした私だけれど嬉しかったのは――

『リリル……このまま続けているとさ……お前の中に、その……出しちゃうんだ。そしたら、俺との間に……子供が出来るっていうか、身ごもるっていうか……とにかくそう言うことなんだ。
 そんなの、ダメだよな?』
『……もしそうなったら、ずっと一緒にいれるよね…?』
 『そう言えばさっきも一緒に居たいとかそんなことを言っていたよな。それは確かにそうだけれど……このまま出してもいいってことだけど……きっと茨の道になると思う。
 後悔しないんだな……? 俺達はエアームドのように……茨の中で生きられるほど強くないかもしれないぞ?』

 いよいよという時の、この流れだった。自分の欲望に素直になりたいはずなのに、それを押し殺して私を気遣う言葉。私は思わずいじわるするのも忘れて――微笑んで、『そんなことないよ。だから大丈夫』と言っていた。
「トーチの体……すごく熱かったね」
 正直、そこから先はそれしか覚えていなかった。
「それは炎タイプだからだよ……きっと」
 でもきっと、私の体も熱かったんだと思う。私も、さっきみたいな言葉を言うたびに――いや、思い出しただけでも体がカァッて熱くなるから。
 今のトーチみたいに――ね。そして、その熱さが心地よくて私は夢中だった。――だから私は…
「炎タイプでよかった」
――そう思うの。
雨で濡れていて寒いせいもあったのかもしれないけれど――それだけじゃないって思いたいな。
「なんにせよ……さ。さっきの言葉が嘘じゃないなら……どちらかが、違う群れの中で暮らさなきゃならないんだよな?」
 だよね――でも、私のこと絵は決まっているから。
「うん…そういうことになるね――私がトーチの群れに入るよ。……今まで迷惑掛けてばっかりだったからさ」
やっぱりって言う顔をしている。――私ってそんなに単純かなぁ?
「ありがとう……俺に付き合ってくれるって言ってくれて」
あれ? いつもならトーチはこういう時私の言葉を遮ってくれるのに。――もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃないかな?

「けれどこれだけは言っておくよ。さっきも言ったように茨の道になると思うけれどさ……たとえばリリルの群れに俺一人で入ったら、リリル一人で俺の群れに入ったら多分乗り越えられないけど……」
――うん。
「どちらも一人では生きていけないけれど、二人なら俺が茨を焼き払っていける。リリルが茨をサイコキネシスで避けられる……だから一緒に、乗り越えような。一人じゃないんだから」
そうだね。私たちもう――一人じゃきっと生きていけない。あれ? 何か涙出てきた……
「俺が何としても守るから、これからも宜しくな、リリル」
ありがとう。――嬉しいよ…

「う、うんっ!」
私は瞼に貯まりきった瞼をはじくように瞬きして、思わずすり寄った。ふふふ――トーチの体暖かぁい…

「約束だよ、トーチ」
狙うは――トーチの唇。ほんの少し触れあうだけだったけれど、それは――そう。時間が止まったかのようにトーチが黙っちゃった。
けれど、見る見るうちにトーチの表情が変わっていって、なんだか安心している私がいる。

「ああ、約束だ」
トーチを隣に感じたくて、私は向きを変えてトーチの隣に寄り添った。雨は、ちょっと寒いけれど、水が飲めるし、草も育つようになる。
何より、トーチが一緒に居てくれるなら――もう寒くないから。だから私は、雨が好き!!
でも、雨が止んでもトーチと一緒に居られるなら――やっぱりほどほどに振るくらいが一番かな?


翌日。そうして私達は群れに戻る為に太陽の元で走り続けた。

「キリンリキの群れを過ぎてから結構時間もたったし……草の喰われ方や糞の様子からそろそろギャロップの群れに追いつくはずだ」

「私……受け入れてもらえるかなぁ?」

――大丈夫、グラエナよりかは怖くないから
――そっか、私のアイデアと、トーチの力で何とかなるよね?

 トーチはなんて答えるのかな? 期待を込めて見上げたトーチの顔は…すっごく素敵な笑顔だな♪


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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