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ロケット団のゆううつ 下

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アクア団のゆううつ 

作者:COM

「たまには船旅ってのもいいもんだな!」
「ミュウー!」

 定期船の甲板、心地良い潮風を浴びながらユウイチは遥か遠くの地方へと向かっていた。
 現状ユウイチの中にあった自身が指名手配されているのではないかという疑問は結局思い過ごしであったことが分かったため、これ以上居を移す必要はなかったのだが、目的は何も移住のためではない。

「コンテスト?」
「そう。ポケモンの強さじゃなくて色々な魅力を評価する品評会みたいなのが他の地方だとあるらしいんだ」

 というトオルの情報を元に遠路はるばる移動していた。
 ポケモントレーナーに専念しているトオルはあまり詳しい情報を持っていなかったが、聞く所によればポケモンはバトルをするのではなく、ステージでパフォーマンスを披露するのだという。
 詳細が分かっていないのではっきりとは言えないが、もしそうならばユウイチの生きる道が見つかるかも知れない。
 というふんわりとした情報を元にそのポケモンの魅力を競うコンテストとやらの詳しい内容を調べに来ていた。
 本来ならば躊躇するところだが、現状ユウイチは根無し草であるためフットワークの軽さが取り柄だ。
 もしそのコンテストがユウイチの性分に合うのであれば、今連れているヘルガーとバンギラスとももしかすると上手く別の生き方で付き合っていくことができるかも知れない。
 というのも、トオルと別れてから既にかなりの期間が空いていた。
 トオルにも言っていた通り、本当はヘルガーとバンギラスは野生に返す為に毎日世話をし、少しずつ恐怖心を解きほぐしていっていたのだが、ユウイチの目論見通りには行かず、随分と懐かれてしまっていた。
 一度は無理矢理逃がして野生に返したのだが、手元を離れてもユウイチの元を離れようとしないほどベッタリになってしまったため、仕方なくまた手持ちのポケモンとして連れている。
 ミューのように自由についてこれるのなら放置でも良かったのだが、この二匹に関しては自由に空を飛べるわけではない上に大きいためそうもいかず、形式上トレーナーとなっていた。
 名前も付けてやったのだがこれまた安直で、バンギラスの方はバギューバギューとよく鳴くからギュー、ヘルガーの方もガルルとよく唸るのでガルと名付けられた。
 随分と安直な名前だが当のポケモン達は相当に気に入っているらしく、呼ばれれば嬉しそうに寄ってくるほどだ。
 そんなこんなで随分と久し振りの長距離移動だが、暫くキャンプ生活を続けていたおかげで今までよりも随分と体力も付き、これまで苦手としていた大きなポケモンとの生活も長くなったことで前よりは多少はポケモン嫌いが緩和されていた。
 その甲斐もあって今回の船旅を決行出来たという側面も強いだろう。
 船を降りて真っ先に向かうのは港町……ではなく、すぐ近くの森の中。
 周囲にトレーナーの姿が無いのを確認すると、ギューとガルをボールから出してやり、すぐに食事の準備を始めた。

「悪いな、ミュー。船旅に突き合わせて」
「ミュミュ」

 人も多く移動速度も早い船旅だと流石にミューもついてくる事を諦めると思っていたため、一先ずミューを労うための場としてすぐにでもキャンプをしたかった。
 ミューは念動力で細かい動作もできるため、テントの設営は任せ、その間にユウイチが食材の下準備を行い、ギューとガルが枯れ枝を集めてくる。
 最早慣れた手つきであっという間に準備ができ、野菜と木の実のポトフを囲ってささやかなお祝いとなった。

「美味いか?」
「ミュ」
「バギュ」
「ガウ」

 ユウイチの問いかけに三匹ともいつもの味だとでも言うように食べながら頷く。
 これまではあまり誰かに食べさせる為に料理を作ることが無かったため、料理の味や見た目を気にしたことは無かったが、美味しそうに食べる誰かがいると思わず作るのが楽しくなってしまう。
 とはいえ、料理の機会と量が増えたということは、それだけ食料も持ち歩かなければならないということ。
 木の実や山菜等はその場で手に入るが、肉や魚はそうはいかない。
 そのため基本的には保存の利く缶詰やパウチを常備するようにしているが、もう一つ大きな問題があるとすれば飲み水だろう。
 水ばかりは食料と違い、切れると生命に関わる。
 川があれば水の補充はできるが、木の実や山菜と違い必ずあるとも言い切れない。
 そう考えるとあまり町から離れて行動するのは難しいだろう。
 町の近くで行動するようになると一番困るのはミューだ。
 確かにユウイチも手持ちの三匹に関しては慣れたが、町中のポケモンに慣れたわけではないため、あまり用がなければ近寄りたくはないが、ミューの場合は姿を晒すのは死活問題となる。

「とりあえずコンテストとやらがどんな感じなのか把握したいけれど……ミューには負担を掛けたくないしなぁ。どうしたもんかね……」
「ミュ!」
「ん?」

 一人でぼやきながら考え事をしていると、不意にミューの声が聞こえてきた。
 しかしそちらを見ても姿はなく、何処に行ったのかと周囲を見回すと手に何かが触れた感覚があった。
 だがやはりそこにも何もない。

「ん? もしかしてこの感触……ミューか?」
「ミュミュー」

 触り慣れた柔らかい感触に気付き、ユウイチがそう口にすると何もないと思っていた空間の景色が歪み、代わりにミューが現れた。
 驚かそう、というよりは自分にはこういう能力があるんだ。と言いたげな様子だった。

「あーなるほど! てっきり何処か遠い所に行ってるのかと思ってたけど、単に見えないだけだったのか」
「ミュー」

 ユウイチが納得したのを見るとミューは自慢気に宙で身体をくるりと一回転させてから反らした。
 とりあえずこれでユウイチが抱えていた問題は解決したため、今一度街の方へと戻る。
 自身が不可視になれる事を教えたからか、ミューはそれまで遠慮していたのか透明なままでも定位置であるユウイチの頭の上に張り付き、感触だけを伝えたまま街を散策する。
 最初にユウイチが住んでいた町のようにとても大きな建物が立ち並んでおり、道行く人々皆ポケモンを連れて歩いているのがよく分かる。
 が、やはりトオルが言っていたようにこの地方のポケモン達は少し違った。
 これまでポケモンをまじまじと眺めたことなど殆ど無かったユウイチでさえ、目を奪われるほど美しい金色の毛並みをたなびかせるキュウコンや、愛らしい表情で周囲の人間を虜にしているタマザラシ等の明らかに周囲のポケモンと一線を画す容姿を持つポケモンがいる。
 食料の買い足しを済ませつつ、早速その一際目立つポケモン達を連れた人間に話を聞き、コンテスト会場へと足を運んだ。
 聞いた所この街にはジムは存在しないらしく、その分ポケモンバトルを語り合いたい人々はポケモントレーナーファンクラブへと通いつめて様々な議論を繰り広げており、そうでない者達は専らコンテストに夢中だった。
 とりあえずコンテストの観覧席へと向かったが、生まれてこの方ポケモンバトルの観戦すらしたことがないユウイチからすれば周囲の人間の連れているポケモンを警戒しっぱなしの状況だ。
 席に着いてコンテストの開始を静かに待っていると会場内の電気が一斉に消え、それと同時に会場のざわざわも静まり返った。

「レディース&ジェントルメーン! 大変長らくお待たせ致しました! それでは本日のポケモンコンテスト、美しさ部門、ノーマルランクの部を開始致します!!」

 司会がスポットライトに照らし出され、その声に応じる様にその場にいた観客達から拍手と共に歓声が上がる。
 ユウイチもつられて拍手をしているとステージ上がライトアップされた。
 傍目に見てもそのポケモン達は美しく、毛艶もライトアップによってより際立っている。
 一人目二人目……とただポケモンとそのトレーナーがライトアップされてゆくだけだが、確かにそこでスポットライトを浴びるポケモン達はユウイチの目から見ても美しく、惹かれるものがあった。
 そのまま一人ずつポケモンの技を繰り出してのアピールタイムへと突入したが、それは正にユウイチの知らない世界だった。
 敵は居らず、ただ一人と一匹が舞台の上で技と共に舞い踊る。
 自信に満ちたポケモンが自らの美しさを誇示するように、トレーナーの指示によって艶やかに技を振るう。
 確かにその瞬間、ユウイチは目の前の光景に魅了されていたのだろう。
 心の中でトオルに感謝しながら、ユウイチはそのコンテストが終わるまでただ静かに眺めていた。




 コンテスト後、ユウイチはすぐさま参加していたトレーナーを探して会場外をウロウロとしていたが、当然ながら出会えたところで取り合ってもらえない。
 仕方なくコンテスト会場のロビーに戻ると、そこには少し前に町中で見かけた美しいキュウコンを連れたトレーナーが周囲の人間の注目を集めていた。

「はいは~い! 押さないで~。どんな質問でも答えるから一人ずつね~。サインは後でね~」

 見るからに有名人だと分かるが、ファンサービス中も表情は極めて優しかった。
 キュウコンの方も普段からそういった反応に慣れているのか、スマホロトムを向けられると写真として映えるようなポーズをとって大人しくしている。
 そんな集団の後ろにユウイチはポケモンを避けつつ並び、静かに話を聞いていたが、どうにもそこの人だかりはユウイチとは目的が違うらしく、次の大会への意気込みや好きなお店等のファンらしい質問ばかりが飛び交っていた。
 結局その質問時間の間にユウイチが声を発することはできず、一人ずつサインを貰ってその場を去ってゆく中、ユウイチはただ静かに話しかけるチャンスを待ち続けた。

「君は何にサインを書いて欲しいのかな?」
「あ、いえ、実は……」

 遂にその場にいた人間も全て帰り、ユウイチだけが残された。
 そこでユウイチは意を決し、口にした。

「俺もポケモンをコンテストに出場させてやりたいんです! ただ、何も分からないので不躾だとは分かってるんですけど、色々と教えて貰えないでしょうか!?」

 ユウイチの言葉を聞いてから数刻沈黙が続いたが、彼は決して渋い表情を浮かべてはいなかった。
 寧ろ少し驚いた表情を浮かべたままだったが、すぐに口角を上げた。

「弟子入りってやつかな? 今時そんな人がいるとは思わなかったよ」
「す、すみません……」
「ああ、勘違いさせたなら謝るよ。別に君の事が迷惑だと言っている訳じゃなくてね、今時そんな気概のある人間もいるんだなぁって思っただけだよ」

 そう言ってその男性は口元を軽く押えて笑ってみせた。
 キュウコンを引き連れる彼は上品な白のスーツを身に纏い、薄い青のレースのマフラーとウェーブのかかった片方に流されたオシャレな髪型が特徴的な人物だったが、同時にとても親しみやすい雰囲気も醸し出している。

「一応聞いておくけど、ボクの事は知ってるかな?」
「すみません……。知らないです」

 ユウイチが正直に答えると彼は愉快そうに笑ってみせた。

「じゃあ自己紹介からだね。ボクはコーディ。ポケモンコーディネーター兼『人間にもポケモンにも使える良い物を』がキャッチコピーのブランド、カミナギの経営者だよ」
「えっ……。もしかして、ものすごく有名な人だったりします?」
「自慢じゃないけどあのミクリさんにも認められる実力は備えてるよ。まあ、その様子だとミクリさんも知らなさそうだけどね。まあマスターランクの常連だと思ってくれればいいかな?」
「本当にすみません……」

 ユウイチが深々と頭を下げながら謝ると、コーディは声に出して笑った。

「いいよいいよ。怒ってるわけじゃないから。それよりも気になるのは……逆になんでそれほどまでに疎いポケモンコーディネーターという世界に急に飛び込もうと思ったのか。って所かな?」
「何処から話すべきか……」
「かなり訳あり? 大丈夫だよ。時間はあるから」

 コーディにそう言われ、ユウイチは静かにこれまでの事を語った。
 ポケモンをけしかけられた過去が原因でポケモンが苦手な事。
 トレーナーとしての知識が不十分な上、できればポケモンバトルでポケモンが傷付く所も見たくない事。
 その折、ポケモンを戦わせずに競い合うポケモンコンテストが存在すると知人から教えてもらい、藁にも縋る気持ちではるばるこの地方までやってきた事……。

「君はポケモンは好きかい?」

 一通りユウイチの話を聞いて、コーディは暫く考え込んだ後、ユウイチに改めてそう聞いた。
 少しだけ悩みはしたが、ユウイチの答えは変わらない。

「苦手ですね」
「それは君が連れているポケモンに対しても同じかい?」

 帰ってくる答えが分かっていたからか、コーディは付け加えるように質問を重ねる。
 思わぬ問いかけにユウイチは少しだけ言葉に詰まった。
 はっきりと口にしてしまえば、未だに恐ろしくて仕方がない。
 ユウイチを慕ってくれているとは理解しているが、それでもギューもガルも不意に近くに寄られると今でも思わず硬直してしまうほどだ。
 二匹ともそれを理解してくれているからこそ、ユウイチに何かしら用がある場合、必ず見える位置から一声鳴いてから近寄るようにしている。
 そういった気遣いを思えばギューとして、ガルとして、はお互いを思いやれる関係であるため好きだが、指示があったとはいえ一度はユウイチと直接戦った間柄でもある。
 過去にも似たような犬系のポケモンに襲われた経験が有るため、特にヘルガーは恐ろしく、バンギラスもミューが助けてくれはしたものの、一度は死を覚悟するほどの攻撃をされていることもあって心情としてはとても好きとは言えない。

「……すみません。正直分からないです」
「まだ色々と心の整理がついてないのはよく分かった。でも、本当に君がポケモンの事を嫌いなら、そんな嫌いな存在のためにわざわざ遠路はるばるやって来て、赤の他人に頭を下げることが出来るのかな?」
「その通りだとは分かってます。でも、その気持ちとポケモンが好きだという気持ちはどうしても別の物で……」
「よし! ならまずは君の手持ちのポケモンだけでもいい。心の底から好きになったならボクに連絡して」
「えっ?」
「ボクに直々にレッスンを受けるための一次試験って所かな? 期待して待ってるよ」

 そう言ってコーディは薄く笑い、手をヒラヒラと振ってユウイチの元から去ってしまった。
 それはある意味ではコーディがユウイチの申し入れを受けたという意味でもあり、同時にユウイチがその課題を乗り越えなければその先は無いという事でもある。
 コーディの姿が見えなくなった後も暫くユウイチはその場で考え込んでいた。
 突然突きつけられた難題にではなく、薄々感じながらも考えないようにしていた『きっと自分は死ぬまでポケモンと関わらずに生きていくんだろう』と漠然と意識していた自分の心と向き合わなければならないという事に。

「ポケモンを好きになる……って何なんだろうな……」

 吐き出される深い溜息と共にぽつりと言葉が口から滑り落ちてゆく。
 何もかもが急激に変わったからこそ、ユウイチはこれまで深く物事を考えないようにし続けていたが、こればかりは避けて通ることができない。
 このまま適当にギューとガルと付き合い続け、なあなあの関係を続けることはユウイチ自身にとっても二匹にとってもいいことではない。

「考えるだけ無駄だ! なるようになる!」

 結局ユウイチは髪をひとしきり掻き毟った後、そう言ってすぐに立ち上がった。
 不思議とミューとは気が合ったということもあって、うじうじと出ない答えを探すよりは同じようにまずは慣れることから始めるべきだとユウイチは考え、一旦コンテストの事は頭から除外することにした。
 とはいえ、あまり知らない土地でフラフラとできる程旅にも慣れていないため、ユウイチは一先ずその町を活動の拠点にすることに決めた。
 というのもこの船旅やトレーナーとしての必需品を買い揃えた事もあって、懐にそれほど余裕が無くなってきていたためだ。
 今ならばポケモンを連れているので、多少は仕事の幅が広がっているため居を構えてこの先必要になるであろうお金を稼ぐことが出来る。
 ユウイチのように旅すがらに日銭を稼ぐ者も多いため、トレーナーの協力を有り難がる店はかなり多い。
 そうしてポケモンと共に仕事をすればお金も稼げるし、関わり方もこれまでのようにただただ優しくするだけではなく、様々な指示を出す必要性が出てくるため、主従関係を学びつつ適切なポケモンとの距離という物を学べるだろうという算段だ。
 一先ず今一度街の中をぐるりと散策しながら、働き手もとい働きポケを探している場所が無いか探して回る。
 だが近場で済む仕事は案外少なく、きのみや山菜のような特に資格を必要としない食材などを納品して欲しいという依頼が多いため、飛行ポケモンを持っていないユウイチとは縁遠いものばかりだった。
 他はやはり海が近いということもあって、漁獲資格が必要なものか真珠のような海に由来する物品を集めるものが多く、こちらも同じように泳げるポケモンを持っていないユウイチではどうしようもない。

「ポケモンがいれば仕事なんて引く手数多……ってわけでもねぇんだなぁ……世知辛いぜ」

 そんなことを呟きながら港近くを歩いていると、海辺近くの建物から困っている様子の人物が何人か見えた。

「参ったなぁ……これじゃ仕事になんねぇぞ」
「だから事前にメンテナンスなりした方がいいんじゃないの? って言ったのよ」

 海の家、といった出で立ちの建物の軒先で男女一組が言葉を交わしていた。
 仕事がないかと声を掛けたいが、どうもそういった様子ではないためユウイチはそのまま通り過ぎようとしたが、その時男性の方と少しだけ目が合った。

「おーい! そこの兄ちゃん! 修理できる道具とか持ってないか?」
「え? 俺っすか?」

 ユウイチが声を掛けるまでもなく、その男性の方から声を掛けてきた。
 声を掛けられた以上は無視するわけにもいかないため、ユウイチはとりあえずその二人の元へと近寄る。
 二人の視線の先にあるものを確認すると、それはかなりしっかりとした作りの調理場だった。

「火が付かなくなっちまってなぁ。直せそうなら直してくれても嬉しいし、もし炎タイプのポケモン持ってたらちょっと修理が終わるまで手伝ってもらえたりしないか?」
「あ、それなら是非お願いします。丁度俺も働ける場所を探してた所だったので」
「お! 渡りにラプラスとは正にこのことだな! 助かるぜ! 俺はクロシオだ!」
「ユウイチです」
「あんまりこの人のペースに呑まれない方がいいわよ~。単純だから。あ、私はイリエよ」

 出会って間もないがイリエと名乗った女性の言った通り、完全にクロシオと名乗った男のペースに呑まれていたが当のユウイチは丁度仕事を探していたということもあってあまり気にしていなかったようだ。
 そのままユウイチも調理場の様子を見せてもらったが、残念ながら業務用の物であるためユウイチではちっとも故障の原因が分からなかった。
 とりあえずガスは出ているとの事だったため、着火だけガルの火を借りて行い、一先ず修理が完了するまでは同じ点火方法を頼りたいとの事だったため、それで一旦故障の件は保留となった。

「そういやお前は料理は得意か?」
「人並みにはできるかと思います」
「お! じゃあ調理を任せてもいいか? レシピとかはこっちにあるからよ」
「え!? 今からですか!?」
「大丈夫だよ! 俺が作るよりはまともになるはずだからな! 先に少し練習してからで大丈夫だぞ」

 クロシオは豪快に笑ってみせたが、その様子を見てイリエは呆れていた。
 なんでもかなり料理が下手らしく、安定して同じ物を提供できないほどだそうだ。

「私も他にやることがあるから、君が調理を覚えてくれたら助かるわね。ま、この人が今まで調理してたからそんなにお客さんも来ないだろうし、なんなら練習で作ったのをそのままお昼ご飯にして大丈夫よ」
「流石にそういうわけには……」
「いいのよ。急にお願いしたのはこっちだし。無駄になるぐらいならその方がまだ有意義だもの」

 戸惑うユウイチにイリエは笑いながらそう言った。
 とりあえず色々と思う所があったが、ユウイチとしても条件そのものは悪くなかったためそのまま期間やその他の事を話し合うこととなった。
 暫くの間はここで働きたいことと遠方から来たこともあって固定した住居が無い事を説明すると、近くに殆ど誰も使っていない社宅があるとのことだったため、暫くはそこを仮住まいとして貸してもらうこととなった。
 ただし、仕事に関しては見ての通り夏の営業が殆どであるため、それ以外の期間はユウイチでもできる仕事がある場合は呼び出すという方向でまとまった。
 ユウイチとしても定住できる場所と収入が得られる事、更にコーディの出した条件を満たすためにも早くポケモンへの恐怖心を払拭したいため、そのための期間が確保できるのは好都合だ。
 その日は一通りレシピを試しながら覚え、日が落ちる頃には営業が終了し、そのまま社宅へと案内された。

「誰も使ってなかったから多少ボロいが、まあ自由に使ってくれ。制服はまた今度落ち着いたら準備しよう」
「ありがとうございます」

 クロシオに案内された社宅は言葉通りあまり綺麗な状態ではなかったが、かと言って人が住めないほどに荒れているわけでもなかったため、ユウイチとしても十分満足のいくものだった。
 その日はそのまま部屋の掃除を行ってから就寝した。
 基本的にユウイチが仕事をしている間はミューはここで休み、ガルとギューは仕事の手伝いの為にユウイチと共に行動することとなった。
 初めの内はイリエの言っていた通り、クロシオの料理が相当酷かったのかユウイチが作る機会もほとんどなかったが、逆に一度ユウイチの作った料理を食べるようになってからは味が良くなったとでも広まったのか、少しずつ売れ行きも良くなったようだ。
 夏のシーズンの間は仕事に集中し、その過程でギューとガルには荷物の運搬などの仕事を任せることで指示を出す訓練も兼ねる。
 そうこうする内にあっという間に最初の夏が終わった。

「いやーユウイチが来てくれて助かったわ! こんなに料理の売上がいいのは始まって以来よ!」
「ありがとうございます」
「クロシオ! アンタこの子が辞めるまでにちゃんと料理のコツ教わっとくのよ!」
「ひー! 適わねぇなぁ……」

 そんな会話をしながら営業最後の日はユウイチの作った料理で打ち上げを行い、クロシオ達と楽しく談笑した。
 社宅は誰も使っていなかったためそのまま使っていいとの事だったため、それからはクロシオ達に駆り出されない限りはユウイチなりのコーディネーターへの第一歩としてのトレーニングの日々となった。
 日のある時間帯は近くのよくトレーナーやポケモン達が集まる場所へと出向き、他のトレーナー達と同じようにポケモンと戯れる。
 ボールを使って遊んだり、他のトレーナーと単純な交流を深めたり……といったありきたりな内容だが、これでもユウイチにしてみればかなりの進歩だった。
 少し前のユウイチならばすぐにでも逃げ出すか周囲を常に警戒し続けていたことだろう。
 しかし今はギューとガルが傍におり、ユウイチに負担を掛けないようにユウイチの方にポケモンが駆け寄ってくるとどちらかが優しく止めてくれるおかげで随分と心の平穏が保てるようになっていた。
 だがその一方で本当ならば楽しく交流したいであろうギューとガルに負担を掛けてしまっているようで申し訳なくも感じていた。
 日が沈んでからは食事と座学。
 これまで疎かにし続けていたポケモンの基礎的な知識を頭に叩き込んでゆく。
 各タイプのポケモンにしてはいけない行動や、各種族の好むことや嫌うこと、そして適切なスキンシップ。
 そしてここでポケモンへの躾として、叩いたりしてはいけないというのを見て少しだけやりきれない気持ちとなった。
 いくら自衛のためとはいえ、昔はポケモンに対してかなり乱暴な事をしていたため、改めて直接殴った事をガルに謝ったが特に気にしていないという風だった。
 そうして改めてポケモンの知識を増やしてゆく内、ユウイチとミューも含めた三匹との付き合い方は決して消極的でポケモンに負担を掛けたものではないのだという事を理解し始めた。
 ポケモンは知能が高いが、同時にトレーナーに合わせるのが習性であるという事も理解し、同時にユウイチの事をトレーナーとして不十分であると判断しているのであれば、決してユウイチに今のような態度を取っていない事を知った。
 改めて三匹ともユウイチに気を遣って行動しているのではなく、ユウイチの事を慕っているからこそユウイチが望む形での関係を維持しようとしてくれているのだと理解し、そこでようやく三匹の事をミュー、ギュー、ガルとしてではなく、ミュウとバンギラスとヘルガーとして好きになれたような気がした。




「焼きそば三人前上がりまーす!」
「追加で二人前入るよ! その後塩焼きそばが三人前!」
「焼き二、塩三了解!」

 既にユウイチの料理も板に付き、味が評判を呼んで忙しくなっても問題なく対応できる程になった頃、ユウイチは一先ず自分でポケモンコーディネーターとしての基礎を学び始めていた。
 この街で長く過ごす内にポケモンコーディネーターという世界の深さと、そして自らが不躾なお願いをしたコーディという人物が如何に凄い人物だったかを知った事で、流石に弟子入りするにしてもかなり長い期間が空いてしまった事で少しは何かしらの学びを得ている必要があるだろうと考え到っていた。
 またそれとは違うが、クロシオとの会話の中でちょっとしたことがあった。

「そういやお前、水タイプのポケモンを持ってないんだろ?」
「え? あ、まあ……」
「もしお前さえよければこいつ育ててみないか?」

 ある日の仕事終わりにクロシオが唐突にそう切り出し、一つのダイブボールを取り出した。
 手持ちのポケモンに関してはユウイチとしても随分慣れている自信はあったが、かと言ってこのタイミングでそんな提案をされた事には非常に困っていた。
 あくまで慣れたのは手持ちのポケモン三匹のみ。
 ここで更に別のポケモンが追加になったら更に期間が空きそうな気がしていたため、その時のユウイチの顔は何とも言えないものになっていたことだろう。

「え~……っと、俺は正直ポケモンを育てるのが得意じゃないんで……」
「何謙遜してんだよ! お前とお前のポケモン見てりゃあ十分に育てるのが上手いことぐらい分かるよ!」
「謙遜とかじゃなくて本当に苦手で……」
「馬鹿言うな! 何処の世界にそんなにベタ慣れしたバンギラスを連れてるのにポケモンを育てるのが苦手な奴がいるかよ!」
「これは単にコイツが俺の事を気に入ってくれただけで……」
「だからだよ」
「え?」
「ポケモンに好かれるってのは、それでもう一つの才能だよ」

 明らかに最初は勧めていた程度だったのに、もう渡す事前提で話していることに気付き、ユウイチもやんわりと断っていたが、その言葉はユウイチにとって少しばかり衝撃的だった。
 才能というのはポケモンの育て方や指揮官としての能力の事だとばかり思っていたユウイチは思わず言葉を忘れてしまうほど驚いたが、すぐに我に帰る。

「そういうお世辞なら十分なんで」
「俺がお世辞を言うようなガラに見えるか?」

 きっとクロシオは自分に押し付けるためにお世辞を言っているのだ。と解釈しようとしたが、それは普段の彼の言動をよく知っているため簡単に否定された。
 そのままうんとすんとも言えないままだったためクロシオの方が痺れを切らし、呆然とするユウイチの手にそのボールを渡してさっさと帰ってしまった。

『自分にポケモンに関する才能がある』

 そうはっきりと言われたという事実の方が衝撃的で、手元のボールも何もかもがどうでもよくなっていた。
 きっと自分は何者にもなれず、世界の隅でひっそりと暮らし、ひっそりと死んでゆくものだと漠然と考えていた。
 それがどうだ。
 ひょんなトラブルに巻き込まれ、仕方なく旅に出て、これからどのようにして生きていくべきか悩んでいた矢先、まさか自分にそんなチャンスが舞い込んでくるとは思っていなかったこともあり、その日は家に帰ってからも何も手に付かなかった。
 だが才能といってもポケモンに好かれる才能しか分かっていない。
 これからどうするべきかも、それが何に使えるのかも未だ分かっていない状況。
 だからこそユウイチは決心してそのボールを開けた。

『このポケモンとも仲良くなれたのなら、自分がこのポケモンを好きになれたのなら……本気で自分がなれるものを見つけてみよう』と……。

 何度か深く深く深呼吸を繰り返し、そしてボールの中にいるポケモンを部屋へと出した。
 茶色っぽいポケモンが出てくるとそれはそのまま地面に落ち、ピチピチと跳ね始めた。

「ちょっ!? 魚ポケモンじゃねぇか!! ヤバいヤバいヤバい!!」

 一瞬だけパニックになったがすぐにそのポケモンをボールへと戻し、浴槽に水を張ってから改めてそこにそのポケモンを出してやると、やはりそのポケモンは水の中を泳いだ後、スッと水面から顔を出し、ユウイチの方を見つめてきた。

「よ、よう……。さっきは驚かせて悪かったな。お前が水棲のポケモンだって知らなかったんだ」
「ンボー」

 そのポケモンに先程の騒動を謝ったが、別段気にしてないのか、それとも単に表情が読み取れないだけなのか、どちらにしろ怒っているような様子ではなかった。
 そのまま浴槽で泳がせる間に漸く購入したスマホの図鑑アプリでそのポケモンを撮影すると、『ヒンバス』というポケモンの名前が挙がった。
 図鑑の画像と見比べても同じであるため、一先ずヒンバスについて詳しく知る必要があるため図鑑の内容を読み進めていたが、その説明はなかなかに酷いものだった。

「お前……散々な言われようだな……えっと、食性は雑食で海水、真水どちらでも問題なし……。ならこのままで大丈夫そうだな」
「ボ」

 ユウイチが調べながらそう口にしていると、ヒンバスは浴槽を楽しそうに泳いではユウイチの様子を伺っている。
 いまいち何を考えているのか分かりにくいが、そもそもユウイチはこれまで魚ポケモンは加工されたものしか見たことがないため、分からなくても当然だろうと自分を納得させた。

「まあ、これからは俺がお前のパートナーになるから……。その……よろしくな?」
「ボー」

 分かっているのか分かっていないのか判断できないが、それを分かっていくのはこれからの事だろう。
 そんなこんなで新たに加わったヒンバスだが、ユウイチとしては珍しく名前を決めあぐねていた。
 というのも鳴き声にあまり特徴がないため、最初はそのままボーにしようかとも考えたがあまり合っている気がしなかったようだ。
 基本はミューと共に自宅で待機だったが、そこで別の問題が浮上する。

「ミュ!」

 一つ強めに鳴いたミューが出勤前のユウイチの頭に張り付いたのだ。

「お? どうした?」
「ミュー!!」
「あたたた……人の頭で駄々をこねるな!」

 仕事をやり始めた最初の頃は多かったのだが、ここに来て久し振りにミューがユウイチと一緒に仕事に行きたいと主張してきたようだ。
 珍しいポケモンであるため人前にあまり姿を晒したくないはずなのだが、それと同じぐらいここ最近ずっとユウイチがあまりミューに構わなくなったことが嫌だったらしい。

「お前なぁ……。だから言っただろ? 俺と一緒にいてもお前にとっていいことになるとは限らないぞ。って」
「ミュー! ミュー!」
「悪いけどワガママには付き合えないんだよ。俺は人間で、仕事しなけりゃ生きてけないの」
「ミュー……」

 ユウイチについていきたそうにした時は大体こういうやり取りの後、しょんぼりとしたミューが定位置であるユウイチの布団に戻っていく。
 その度にユウイチが考えるのは、本当にこのままの関係でいいのか? ということだ。
 ミューは間違いなくユウイチの事を慕ってくれているが、かと言って未だユウイチの中で踏ん切りがついていないということもあってミューを本当に自分の手持ちのポケモンとして迎えるべきか悩んでいた。
 手持ちとして連れまわれば、ミューも心置きなく世界を楽しめるかもしれないが、それは同時にミューが珍しいポケモンを狙うような悪い輩の目に触れてしまう可能性にもなる。
 そうなった際、全くと言っていいほどポケモンバトルの知識のないユウイチでは太刀打ちできないだろう。

『……まあ、守ってやらないと、って考えるようになっただけでも一歩前進かな?』

 出勤途中でそんなことを考えながら歩いていたが、実際随分とユウイチとミューの関係性も変わったことだろう。
 初めはミューに巻き込まれる形で住居を離れ、きっといつかいなくなると考えながら次に働ける場所がないか探し求めるつもりだった。
 旅立ちの日に無理矢理持たされたキャンプ用品で少しだけミューと共にポケモントレーナーの真似事をしながら旅をしようと考え、結果過去のトラウマの原因と出会い、多少のトラブルを起こしながらも前向きに向き合うことができた。
 そして遂に、なんとなくずっと心の中にあった『真剣にポケモンと向き合いたくない』という引っ掛かりのような感情と向き合っている。
 ポケモンは危険な生物ではあっても、悪意ある生物ではないというのはこの長いようで短い付き合いの中でなんとなく理解した。
 生態をより詳しく学び、コーディネーターとしての基礎を学ぶ内に、ただポケモンを鍛え戦い合わせるだけが世界の全てではないことも理解した。
 だからこそ向き合おうとする度に起こるもっと深い部分の心が拒絶するような感覚が今は煩わしい。
 仕事の期間中は帰宅するとミューに挨拶をし、風呂に入った後にヒンバスを水に出してやる。
 この頃には随分とヒンバスとも仲良くなれたような気がしていた事もあったことと、定期的にクロシオからヒンバスの事について聞かれていた事もあって基本的に連れ回すようになっていた。
 その後は随分と腕の上がった料理で皆の腹を満たし、色々と試行錯誤をしながらきのみブレンダーで色々とポロックを作ってはポケモン達に与える。
 仕事の無い期間になれば昼の間はポケモンの技を少しずつ覚えながら実際に技を出させる訓練を続ける。
 単にそういった暴漢を撃退するための手段としてポケモンを戦わせられるようにしたいという理由もあるが、ポケモンコーディネーターとなったとしてもどちらにしろポケモンの技を理解しておかなければアピールすることが難しい。
 そうして少しずつポケモンへの理解度を深め、三度目の夏が訪れたある日。
 その日は予報では間違いなく晴れだったが、急に雨足が強まり始めた。
 急激に空の色が変わり、屋根を叩きつける激しい雨が降り注いだのはそれこそ瞬きをする間のことだっただろう。

「な……なんだ!? この雨!?」
「この雨、もしや……。遂にリーダーが悲願を達成したのか!」

 ユウイチが不安そうに空を見上げていると、クロシオはそんな空模様を見てユウイチとは対照的に喜びに打ち震えている。
 その様子はあまりにも不気味だったが、ユウイチが気になったのはそれ以上にこの急激に降り出した雨によって賑わっていた海岸は少しばかりパニックになっていた。

「すみません! 俺、急いで皆を避難させます!」

 言うが早いかユウイチはすぐに浜辺へと駆け出し、混乱している人々を岸の方へと誘導した。
 その間にも叩きつけるような雨が波を高め、目に見えて水面が上がり始めている事にユウイチは恐怖を覚えた。

『明らかに普通じゃねぇ……! 急がないと俺も巻き込まれる!』

 流石にこれ以上浜辺にいるのは得策ではないと感じ、ユウイチは視界さえも確保できないような雨の中急いで陸の方へと戻っていたが、その時子供の叫び声のようなものが聞こえた気がした。
 振り返ると恐怖から身動きがとれなくなった子供がおり、このままでは間違いなく波に攫われてしまうだろう。

「おい! こっちだ! 急いで移動するぞ!」

 泣きじゃくる子供を抱き上げ、急いで陸の方に向かおうとしたがほんの一瞬遅かった。
 勢いを増した高波がユウイチと子供を巻き込み、水の中へと引きずり込んだ。

『流石に……これはやべぇ……!』

 正に絶体絶命。
 だったが、ここ最近しっかりと手持ちのポケモンだけでも理解度を深めていたおかげでユウイチはすぐにヒンバスを繰り出した。
 急いで海面に顔を出したが、海は既に荒れ狂い、人間の力では海面に顔を出したままにするだけでも不可能なほどだ。

「ヒ、ヒンバス……! 俺とこの子を陸地まで引っ張れるか……!?」
「ンバ!」

 すぐに状況を理解したヒンバスは力強く答え、空いたユウイチの脇の下に入り込んで陸地の方へと運ぶ。
 流石のポケモンの身体能力だが、それでも荒れ狂う海に自分の身体以上の人間二人を連れて運ぶにはあまりにも身体が小さすぎる。

「……仕方ない! ヒンバス! 一旦この子だけ急いで岸に連れて行ってくれ! それが済んだら俺だ!」
「ンバッ!?」
「時間がない! 俺なら多少は息が持つ! 子供の命が優先だ!」

 それは苦渋の選択だっただろう。
 それでもユウイチは子供の命を優先し、ヒンバスにそう命令した。
 子供一人ならばヒンバスでもかなりの高速で運ぶことが出来るため、ヒンバスはユウイチの為にも全速力で子供を岸まで運び、身体ごと持ち上げられるほどの跳躍で浜辺だった水辺から陸地まで飛び上がり、子供を起き、ビチビチと身体を跳ねさせてすぐに水の中へと戻る。
 ヒンバスはそのまま元々ユウイチがいた場所まで泳いで戻ったが、既にユウイチの姿は無く、ヒンバスはユウイチの姿を探してがむしゃらに探し回った。




「……ここは? ……というか俺、生きてるのか……」

 意識を取り戻したユウイチは目を覚ますと同時に目の前に空が広がっていたことに驚いた。
 あの後ユウイチは波に揉まれて溺れた所までは覚えていたが、運良く何処かの陸地まで流れ着いたようだ。
 寒さと痛みでうまく動かない身体を動かそうとしたが、どうも別の何かが原因で身動きがとれない。
 そこで自分の身体を見ようとしたが、身体には何かが巻き付いており、それが原因で一切の身動きが取れなくなっていたようだ。

「なんだ……? これ」
「フォーウ……」

 ユウイチがその身体に巻き付いているものに意識を向けると、太陽の光を遮るように何かがこちらを見下ろしてきていた。
 すると身体に巻き付いていた何かが動き出し、拘束が解除された。

「なんだ……このポケモン……?」
「フォウ」

 身体を拘束していたそのポケモンは全体的にクリーム色の体色をしており、顔は桃色、そして体の後ろ半分は桃と水色のステンドグラスのような綺麗な体色となっていた。
 つい先程までユウイチの身体を拘束していたとは思えないほど敵対心は見えず、寧ろユウイチの事を心配しているようにも感じる。

「……てっきり食われるもんかと思ってたが、もしかしてお前が助けてくれたのか?」
「フォーウ」

 ユウイチの問いかけに対しそのポケモンは一声鳴くと、そっと頭をユウイチの胸に預け、長い耳のような部分でユウイチの身体を優しく抱きしめた。
 なんとなく優しさを感じたユウイチはそのポケモンの頭を優しく抱きしめ返し、何度も撫でた。
 その後、現状を把握するために周囲を見回したが、当然ながら見覚えのない景色が広がっている。
 海岸には流木がいくつも流れ着いており、見た限り人間の手入れが入っているようには見えない。
 海水に長時間浸かっていた事でスマホも死んでおり、救助を呼ぶ方法もない。
 仕事で出てきていたから食料や道具も持ち歩いていなかったため、とりあえず食料を集めるためにギューとガルも出し、いつもの要領で枯れ枝ときのみを集めてきてもらう。
 いつもなら自らも動く余裕があるが、流石に体力が残っていなかったため大人しくポケモン達が帰ってくるのを待っていた。
 その間に謎のポケモンを観察してみたが、どうにもその場を離れる様子もなく、ただただ心配そうにユウイチの様子を伺っている。

「お前さん、なんで俺の事を助けてくれたり、今も俺の事を心配してくれてるんだ?」
「フォウ? フォーウフォーウ」

 何かを伝えようとしているようだが、驚いているような様子は伝わって来るが流石に何を訴えかけているのかは理解できない。
 どうするか悩んでいる内にギューとガルが戻ってきたため、きのみを皆で食べながら一先ず火で暖を取り、ある程度体力が回復してから島の探索を行った。
 見事なまでに無人島らしく、雑木林と草原以外には何もない。

「参ったな……空を飛べるようなポケモンなんて持ってないし、このままじゃ一生ここで暮らすしかないのか?」

 ぐるりと巡ってみたが、簡単に島中を探索できてしまうほど島は小さく、とてもではないが救助は期待できない。
 この時ばかりは仕事の時と違い、ひこうタイプのポケモンを持っていない事を流石に悔やんだほどだ。
 とはいえ現状ではどうすることもできない。

「ヒュア?」

 打つ手無しでただ呆然と空を眺めるしかできなかったが、そんな様子のユウイチの後ろから聞き慣れない鳴き声が聞こえてきた。
 謎のポケモンのものかと思って振り返ると、そこには追加で一匹知らないポケモンが混ざり込んでいた。

「え? どちら様?」
「ヒュアーン!」

 赤と白のカラーリングが特徴的なポケモンはユウイチの疑問に一つ嬉しそうに鳴いて答え、くるくると宙を舞ってみせた。
 急に知らないポケモンが二匹も増えたことでユウイチとしては脳の処理能力を超えそうになっていたが、一旦落ち着くことにした。
 ギューとガルをモンスターボールに戻し、その見慣れぬポケモン二匹と向かい合う。

「悪いけど俺はあんまりポケモンの知識はないんだ。それにトレーナーでもないから何か期待してるなら無駄だぞ?」
「フォウ!」

 ユウイチの言葉を聞くと、クリーム色の方のポケモンが何かを思いついたかのように一瞬表情を明るくした後、ユウイチの腰の辺りに頭を寄せた。
 すると次の瞬間にそのポケモンが消えた。

「え!? は!?」

 何が起こったのか理解ができず、折角心を落ち着かせようとしたのにまた頭が真っ白になったのだが、今一度そのポケモンはダイブボールから飛び出してみせた。

「フォウ!」
「……え? もしかして……お前あのヒンバスなのか!?」
「フォウフォーウ!」

 正解とでも言うようにとても嬉しそうに身体をくねらせていたが、進化前と進化後とで見た目が全く違うせいで理解が追い付かない。
 だがモンスターボールは登録されたポケモン以外が利用することができない事は理解していたため、それが元ヒンバスのポケモンなのだとその一連の行動で理解した。
 これで一先ず謎のポケモンの片方の正体は判明したが、今現在目の前で不思議そうにこちらを見ている赤いポケモンの方は全く見当がつかない。
 それに関してはそのポケモンの方も同じらしく、興味津々でユウイチを見つめている以上、知らない生き物に好奇心を示しているだけだろう。

「ヒュアーン?」
「ん? ああ、モンスターボールが気になるのか? まあ正体が分かったし、皆をまた出すか」

 目の前でポケモン達がモンスターボールに出たり入ったりしていたためか、その様子を見るだけでそのポケモンはマジックでも見せられた子供のようにとても楽しそうな反応を見せる。
 ポケモン同士で何か会話を始めたらしく、流石に内容の分からないユウイチはただただその光景を眺めるしかできなかったが、そんな折にユウイチは別の事を考えていた。

『そういえば……見た事のないポケモンだったけど、昔ほど驚かなくなったな』

 いくら片方はヒンバスの進化したポケモンだと分かっても、最初はその正体に気付いていなかった。
 単に体力を消耗しすぎて反応する余裕がなかったといえばそこまでだが、こちらの赤いポケモンの方は違う。
 本当に唐突に背後に現れたが、別段敵意が感じられなかったということもあっていきなり現れたことへの驚きと戸惑いはあったが、恐怖は感じなかった。

「ポケモン。好きになれた……ってことなのかねぇ……?」

 なんとなく眺めている光景を見て、ユウイチは少しだけ微笑みながらそう呟いた。

「ヒュア!」

 どうやらポケモン同士の話し合いは終わったらしく、赤いポケモンの鳴き声を聞くと何故か三匹は勝手にボールの中へと戻っていった。

「お? どうしたんだお前ら」
「ヒュアーン」

 ボールに戻ったことを不思議に思っていたが、目の前の赤いポケモンは何故か背中をユウイチの方に向けて自らの背を指差している。
 皆が引っ込んだ理由とでも言うように見せつけられているが、理由はよく分からないままだ。

「どうした? 背中でも痒いのか?」

 そう言ってユウイチが手を伸ばして背を掻いてやろうとしたが、背に伸ばした手を押しのけるように身体をユウイチの方へとぐいと押し込み、掬い上げるように自らの背に乗せた。

「ちょ、ちょちょちょちょちょ!?」

 ユウイチが何かを言うよりも早くその赤いポケモンはユウイチごと空へと浮かび上がったため、流石に慌ててそのポケモンの首の辺りに手を回す。
 落ちないようにしっかりとしがみつくと、その赤いポケモンは一声鳴くとあっという間に空をかなりの速度で飛び始めた。
 島があっという間に小さくなり、海面の上を滑るように飛んでゆく。
 が、まさかユウイチよりも小さなポケモンがユウイチを乗せたままそんな速度を出せると思っていなかった事もあって、落とされないようにしがみつくことだけでいっぱいいっぱいになっていた。
 それからものの数分もしない内に見覚えのある陸地が見えてくると、その赤いポケモンはゆっくりと速度と高度を落としてゆき、浜辺にユウイチをそっと下ろした。

「ヒュアーン!」
「あ、ああ……送ってくれたのね……ありがとう……」

 既に情報が大渋滞を起こしていたユウイチは、漠然とそのポケモンにここまで送り届けてもらうようにギュー達が伝えてくれたのだろうと理解したが、流石にそれ以上は理解を放棄した。
 軽くお礼を言いながら手を振ると、その赤いポケモンは楽しかったとでも言うように満面の笑みを見せて手を振り、何度か宙を舞った後、来た方向へユウイチを載せていた時の数倍の速度ですっ飛んで行った。

「あ、あの速度で全然本気じゃなかったのかよ……」

 せっかく温めた身体も風に吹かれ続けた事ですっかりと冷え切ってしまっていたが、恐らく頭が回らないのはそれだけではないだろう。
 ものの一瞬の出来事だったが、壮絶な経験を圧縮して一生分味わわされたような気分のまま、ユウイチはただただ呆然としながら、社宅へと戻っていった。



ギンガ団のゆううつ 


「空は飛行機に限るよ……暫くひこうタイプは遠慮したい……」

 衝撃的な体験をしたあの日から数ヵ月後、ユウイチは飛行機で南の端から北の端の地方へとやってきていた。
 というのも、あの後更に怒涛のように色々な出来事が巻き起こり、結果として南端から北端まで移動しなければならなくなったからだ。
 まず一つ目に、ヒンバスとミューについて。
 本島に戻ってきたユウイチはクロシオやイリエ、そしてミューから猛烈な歓迎を受けていた。
 というのも気を失っていた期間は予想よりも長く、数日ほどあの島で伸びていたらしい。
 ヒンバスは海に戻った後、死に物狂いでユウイチの姿を探し、ユウイチと共に島の方へと戻ろうとしたのだが、荒れ狂う海流のせいでかなり流されてしまい、島の方向が分からなくなったことでとにかくユウイチの安全を確保しなければならないと決意した結果、ミロカロスへと進化を遂げたようだ。
 長い身体を活かしてユウイチの身体を引き上げ、腕のようなヒレでユウイチの身体を必ず水面よりも高い位置になるように持ち上げ、急いで近くに見えたあの無人島へと引き上げ、意識の戻らないユウイチを祈るような気持ちで自らの体温で温め続けていた。
 ミロカロスの献身がなければユウイチが生きていた保証はないため、まずユウイチがミロカロスにお礼を言ったが、その後帰宅したユウイチの姿を見たミューがボロボロと大粒の涙を流しながら胸に飛び込んできた。
 何処にでも行けたはずなのに、ミューはずっと社宅でユウイチが帰ってくるのを待っていたのだろう。
 その間の不安を考えるとミューの涙も理解することができ、何度もミューに謝った。

「悪かった。ミュー。俺の考えが甘かった」

 ユウイチとしては、数日もの間戻ってこなかったのであれば、ミューもきっと何処かへ行くだろうと高を括っていた。
 この数日、飲まず食わずで待っていたのであろうミューは、ユウイチが無事に帰ってきたのを見るとそのままユウイチの胸の中で眠ってしまうほど疲れきっていた。
 翌日、改めてミューや他の手持ち達にも、如何に自分が真剣にポケモンと向かい合おうとしていなかったのかという胸中を語り、同時にミロカロスとミューの思いを知って、ユウイチは遂に口にした。

「ミュー。これから先も俺とずっと一緒にいて欲しい」
「……ミュ!」

 ユウイチの言葉を聞くとミューは大きな瞳にうっすらと涙を浮かべ、嬉しそうに頷いた。

「それと……ごめんな。今までずっとお前の事が分からなかった。だからずっと保留にしてたけど、お前の事も名前で呼びたい」
「フォーウ!」
「ただまあ……俺が名前を決めるといっつも捻りがないからなぁ……。パッと思いついたのがフォウだけど……それでいいか?」
「フォウ!フォウ!」

 ミロカロスにユウイチがそう言うと、とても嬉しそうに笑い返した。
 フォウと名付けられたミロカロスはとても嬉しそうにユウイチから名付けられた自らの名前を呼ぶように何度も短く鳴いていたが、ユウイチは今一度改まって皆を自分の言葉に集中させた。

「今までどうするかずっと悩んでた。でももう迷わない。お前達と一緒にポケモンコーディネーターを本気で目指してみようと思う」

 そう言うと何処までユウイチの言葉の意味を理解しているか分からないが、それでも皆表情が明るくなっていった。
 ここまでが一つ目で、二つ目がクロシオとイリエについて。
 その話し合いの後、ユウイチは三匹をモンスターボールへと戻し、ミューも連れて近くのショップへと向かった。
 いつもならミューは姿を消していたが、その日は決して姿を消さず、嬉しそうにユウイチの頭の上で頭を揺らしていた。
 ミューが姿を消していなかった事でユウイチはミューとは対照的に周囲をかなり警戒していたが、現実はユウイチが思っているほど誰もミューに興味がないようだ。
 指を指すような者もおらず、ユウイチがデパートでモンスターボールを購入している最中もミューを見て驚くような人間はいなかった。

「……案外、俺は勝手に世界ってのはもっと厳しいもんだと思ってたよ」
「ミュ?」
「なんでもない。これからもよろしくな」

 そう言ってユウイチが差し出したボールのボタン部分にミューが触れると、光となって消え、手元のボールが何度か揺れるとすぐに登録が完了したカチリという音が聞こえた。
 改めてミューとフォウを新たな手持ちとして迎え入れたユウイチはその足でそのまま海の家へと向かったが、やはりあの増水が原因で海の家があった場所は随分とボロボロになった建物が残されていた。

「……やっぱ誰もいないか」
「お、お前ユウイチか……!? 化けて出たわけじゃないんだよな……?」

 背後から声が聞こえ、振り返るとそこには今にも泣き出しそうなクロシオの姿があった。
 聞く所によると、クロシオとイリエはその増水の子細を知っていたらしいが、降り止まない雨と流されたユウイチを見て考えを改めていたそうだ。

「俺達アクア団は、水さえあればもっと人間もポケモン達も生きやすい世界になるって思ってたんだ。だが実際はそうじゃなかった。危うく俺達は沢山の命を奪い去る所だった……」

 海の家を経営して資金調達をする裏で彼等は世界中の海を増やす計画を進めていたが、その最終段階とも言える降り止まぬ雨という驚異と、結局それが制御できなかったことにより短くはない付き合いのユウイチが流されていったのを見て、自分達の行っていた事を悔いていたそうだ。
 ユウイチが生きていたという報告を聞いてイリエもすぐに駆けつけ、ただただユウイチは謝られ、自分達の悪行を吐露していった。

「警察に突き出してもらっても構わない。俺達がお前を殺そうとしたようなものだ」
「突き出したりしないですよ」

 ユウイチの言葉を聞いてクロシオとイリエは想像していなかった返答が帰ってきた事に驚愕していた。

「でも私達は……」
「その組織がどうとかってのはよく分からないですけど、別に俺の事を殺したいほど憎んでたってわけでもないっすよね?」
「それは勿論よ」
「やってみなきゃ分からない事なんてこの世には幾らでもありますよ。俺だって実際そうですし。それに、ずっと海の家を手伝ってたからこそ、純粋に海が好きなだけなんだってのも分かってましたから」

 そう言うとクロシオもイリエも心の中にあった思いが溢れ出したのか、堰を切ったように泣き出してしまった。
 死ぬような思いこそしたが、結果としてユウイチにとってもこの経験のおかげで漸く前に進む決心ができたからこそ、感謝もしていた。
 それにゲンという思い出したくもない過去があるからこそ、彼等は手段を間違っただけで、心の底から悪意をもって行動していたわけではないことが分かるからこそ、ユウイチは許せたのだろう。

「それに、俺からも謝らないといけないんですけど、すいません。俺もやりたい事が決まったので、もう働けなくなると思います」
「……そうか」
「自首するでも何でも、俺から言えることは無いですけど、でも俺はクロシオさんとイリエさん、二人が真剣に海の事を語るのも、海岸に来るお客さん達に海の良さを伝えてたのも好きでしたよ。折角なら今度こそ、組織のためとかじゃなくて、自分達の為に人と海を繋げてもいいんじゃないっすかね? ……なんて言ってみたり」
「ユウイチ……。負けてられないね……」

 そんな会話を交わし、その後は仕事終わりの時のように食事を楽しんだ。
 それは最後の挨拶としてではなく、お互いの門出を祝ってのものだった。
 そして三つ目。
 遂にユウイチの中で踏ん切りがついたことと、自信を持って自分のポケモンを好きだと言えるようになったからこそ、ユウイチはコーディへと連絡を入れた。
 スマホ自体は海水でダメになっていたが、元々あまりケータイに頼っていなかったこともあって、メモ帳の方にも電話番号を控えていたのが功を奏した。

「もしもし?」

 数回のコールの後、コーディの声が聞こえ、ユウイチは緊張で胸が詰まりそうになりながら声を出した。

「急にお電話を掛けて申し訳ありません。ユウイチという者なのですが、覚えていますでしょうか?」

 ユウイチの声に対して返事は無かった。
 だからこそ流石に期間が空きすぎてきっとコーディは忘れていると思っていた。

「……驚いた。まさか本当に掛け直してくれるとは思ってなかったよ。勿論忘れてないよ」

 帰ってきた返事は予想外のものだった。
 というのもコーディの方も暫くユウイチから連絡が無かったため諦めていたようだが、急に電話が掛かってきたため予想外の連絡に言葉を失っていたようだ。

「図々しいお願いだとは重々承知しております。ただ、もしよければコーディさんの弟子にしていただきたいのです」
「構わないよ。ボクの課題はちゃんとクリアしたかい?」
「はい。今なら自信を持ってポケモン達を好きだと言えます」

 ユウイチの自身に満ちた声を聞くとコーディは電話越しに嬉しそうな声で笑った。

「ただごめんね。あれから大分経ってしまったからボクも地元の方に戻ってしまっているんだ。暫くはそっちに行く用事もないから、君さえ問題なければこっちに来てもらえると助かるんだけど……」
「大丈夫です! 元々目的もなく旅をしていた根無し草なので!」

 ユウイチがそう言うとコーディは声に出して笑った。
 そんなこんなでコーディの地元である最北端の地方へと向かうことになり、現在に至る。
 前回の一件があったことで飛行機による旅は普通よりもかなり快適に感じていた。

「ミュ!」
「お、早速自由を満喫してやがるな」

 空港を出てすぐにミューが勝手にボールから飛び出し、定位置であるユウイチの頭の上にぺたりと張り付いた。
 正式にユウイチのポケモンとなったことでこれからは姿を隠す必要が無くなったからか、ここ最近は常にご機嫌で見るもの全てが新鮮なのかとても楽しそうだ。
 だがやはりユウイチ以外のトレーナーの視線が向くとミューはすぐに姿を消したり、ボールの中へ引っ込んでしまう事が多く、ユウイチ以外の人間にはあまり気を許していないままらしい。
 その日はコーディさんと合流する予定だったが、まだ仕事の方が片付いていないとの事だったため、後々コーディの会社に顔を出す事になるが、それまでは自由時間となった。
 空港から離れて町の中へと移動すると、高層ビルが立ち並ぶ都心部がすぐに顔を出す。
 人の数も非常に多く、野生のポケモンやトレーナーと思われる人間と共に歩く姿が街のどこにも見受けられる。
 旅を始めた頃ならばユウイチもミューも周囲の目に怯えながら街を歩くことになっていたかもしれないが、今はもうそうはならない。
 街灯に留まるムックルやすれ違うポケモンにミューは楽しそうに視線と共に鳴き声を一つ送り、同じようにポケモン達からも一つ鳴き声を返してもらう。
 恐らく挨拶しているのだろうが、ユウイチとしてはそれよりもその大都市の風景の方が気掛かりで仕方が無かった。
 これまではゆっくりと街中を歩く機会などほとんどなかったため、その発展した町の風景を眺めているだけでも目が回りそうなほどの情報が押し寄せてくる感覚がとても楽しかった。
 看板にも電子広告にも所狭しとポケモンやそれと共に人間、そして様々な商品が描かれており、ユウイチが想像していたよりも世界はポケモンで溢れていた。
 その光景に少々やるせない気持ちになりながらも、同時に良さそうなポケモンフードの広告なんかを自然と目が追いかけるようになっていたのも小さな変化だろう。
 一先ず空港移動の為に減らしていた食料を買い足し、公園でポケモンを全員出した。
 暫くの間はポケモン達との時間を過ごし、十分に遊ばせると今度はミューと共に街を散策する。
 コーディのブランドであるカンナギも巨大な広告がパノラマモニターで流れているのを見て、今までなんとなくで理解していたコーディとそのブランドの凄さを思い知らされたが、そのおかげで割と簡単に本社の場所は分かったため、純粋に観光を楽しんだ。

「いやーごめんね。待たせちゃって」
「いえいえ、俺こそ急にお願いしてしまって申し訳ありません」

 日が沈み、夜が訪れたオフィス街でコーディとユウイチは合流し、改めてユウイチはコーディに深く頭を下げて弟子入りを志願した。
 コーディが課していた課題であるポケモンとの中を改善したことの証明と、これからユウイチがポケモンコーディネーターになるために育成したいポケモンを見定めるための選定を兼ね、近くの公園へと移動してから一匹ずつ見せてゆく。

「へえ! バンギラスか!」

 ギューの姿を見るとコーディは目を見開いた。

「いいねぇ! バンギラスは荒々しい性格だから体表に細かな傷が多い事がほとんどなんだけど、この子はとても丁寧に手入れをしてもらっているのが分かるよ!」 

 そう言ってギューの見た目を褒めていたが、ユウイチとしてはただバトルをさせていないだけなので少々恥ずかしくなっていた。

「よし! ユウイチくん! この子を出すとすればコンテストのどの部門だと思うかい?」
「えっと……多分、かしこさの部門ですかね?」
「う~ん……残念ながらかしこさではないね。世間一般がバンギラスに持つイメージはたくましさやかっこよさだね」

 ユウイチの返答に対し、コーディは首を大きく横に振ってそう答えた。
 かなり自信のある回答だったが、正解ではなかったことが少しだけ不服だった。
 ギューはユウイチの手持ちのポケモンの中でも特にユウイチの言うことを聞き、周囲に気を遣える子だ。
 本当ならばもっとユウイチと遊びたいと考えているはずなのだが、自分の体の大きさを知っているからこそ必ず動く前に周囲を確認するほど気が優しい。
 だからこそしっかりと物事を考えて行動している賢いポケモンなのだ……と口にしたかったが、流石に素人が口出しするほど浅はかではない。

「お次は……ヘルガーか! いいねぇ! ちなみにこの子はなんの部門だと思うかい?」
「……かわいさでしょうか!?」
「残念! ヘルガーの場合ならかしこさやかっこよさだね」

 二連続で外し、流石にユウイチとしても納得の行かない部分が多かったのが流石に顔に出てき始めていた。
 というのも、ユウイチにとってガルはとても可愛らしい一面が多かったからだ。
 出会った当初はギューもガルもかなり色々と警戒している側面が多かったが、ギューの方が身体の大きさも相まって常に周囲を警戒していることが多かったためガルの方は本来の性分が出てきたのだろう。
 基本的にユウイチと他の仲間しかいない時はお腹を見せていつも撫でて欲しそうにゴロゴロとしていることが多かった。
 かといって常にそういうわけではなく、ギューが甘える時は逆にガルが回りを警戒するという、元々二匹が同じ環境で育てられてきたからこそ育まれた二匹だけの絆もあった。

「お次は……!! なんとエレガント!! 君はミロカロスまで育てていたのかい!?」
「ま、まあ……そうですね」

 フォウを見せるとコーディはこれまでにないほど瞳を輝かせてそう語った。

「いけないいけない……。この子は何の部門にだと思うかな?」
「たくましさですよね!」
「……うつくしさだね。確かにミロカロスでコンテストとポケモンリーグの両方を圧倒しているトレーナーもいるけれど、ミロカロスの最大の魅力は語るまでもなく存在するだけで人の目を引くほどの美しさだよ」

 結局全て外し、どうしてもユウイチは納得できなかった。
 フォウはユウイチがポケモンを好きになる切欠ともなった上に、命まで救った正に救世主のような存在だ。
 表情の乏しかったヒンバスの頃から積極的にコミュニケーションを取っていたおかげで、ただ何にも興味を示していなかっただけだったことが分かり、ユウイチと共に過ごす内にとても喜怒哀楽が分かりやすくなったという経緯があったからだ。
 そしてユウイチのピンチにフォウは進化し、その力強さでユウイチを救ってくれたからこそ、ユウイチにとっては頼もしい存在以外の何者でもない。

「最後は……この子は見た事がないね。なんてポケモンだい?」
「ミュウのミューといいます。確かとても珍しいポケモンだとか……」
「へえ! そんなポケモンを連れているなんてすごいね! ……ちなみにこの子はどの部門なら輝けると思うかい?」
「かしこさですかね?」
「見た事がないポケモンだけど、ボクの直感ならかわいさか……そうだね、かしこさでもいけそうだと思うよ」
「かわいさの方がいいんですかね?」
「そうだね……ちなみにだけど、ユウイチくんがポケモン達の部門としてそれを選んだ理由はあるのかい?」
「当然ですよ!! ギューは……」

 コーディに聞かれた事で、これまでずっと言いたかった事を全部言い出した。
 それぞれのポケモンにまつわるエピソードを聞いたコーディは一言、ユウイチの選択を否定したことを謝った。

「なるほど……確かに君と君のポケモン達は確かな絆で結ばれているようだね。では、ここで一つ問題だ」

 続けてコーディはそう言いながら指を立てる。
 これまでのように知識を試されるものかとユウイチは身構えたが

「ボクが仕事終わりに飲むお酒はなんでしょう?」
「え?」
「ボクが飲んでそうなお酒だよ」

 突拍子もない問題が飛んできた事で考えていたことが全て吹き飛んだ。

「ワ、ワインとかですか……?」
「正解は焼酎だよ。米の水割りが大好きさ」

 正解を聞いてもユウイチはなんとも言えない気持ちになったが、コーディはそれを見てニッコリと笑った。

「そんなの分かるわけない。って思ったよね?」
「ま、まあ……」
「そして逆にボクの見た目からワインを飲んでそうだ。とも思ったから、君はそう答えた。合ってるよね?」
「はい……」
「このやり取りと君のポケモン達への印象は正に同じなのさ」

 急に行われた謎の質問の意図がよく分かっていないユウイチはそう言われてもまだ首を傾げたままだったが、コーディはその疑問にもきちんと答え始める。

「よく言われるんだよ。ボクもワインとかを嗜んでそうだって」
「はあ……」
「つまり君はボクのファーストインプレッションからワインを選んだわけだ。でも実際はワインはあんまり飲まない。この事実はボクと近しい友人や家族しか知りえない情報だ」
「まあそうですね」
「では君のポケモン達にまつわるストーリー。それを実際にステージで観客に見せる時にその観客達はその事を知っているかな?」
「確かに……知らないですね」

 コーディのその問い掛けで、先程まで語っていた自分のポケモン達に対する先入観が理解できた。
 ユウイチにとって仲間達はかけがえのない存在だが、それはあくまでユウイチにとって。
 観客はそんな事実を知らない以上、見た目で判断するしかない。

「そういうこと。君がボクの言った通り課題を解決できたことは今のでよく分かったけれど、今君はポケモンコーディネーターになるためのスタートラインに立ったんだ。これからは君と君のパートナー達だけではなく、共に競う他のコーディネーターや観客の心理を理解する必要がある。だからこそもっとポケモンを知る必要があるんだ」
「客観的に……ですね!」

 ユウイチの答えを聞くとコーディはニッコリと笑って頷いた。
 その後は場所を移し、近くのレストランで食事をしながら今後の事についてを話し合った。
 現状何も知らない状態であるため、ユウイチはまず座学から学ぶこととなった。
 普段は仕事があるため、直接教えるのは仕事が終わった後になること。
 直接指導できない時間帯は独学でも構わないが、その場合は必ず独学した内容を先にコーディに報告し、間違った知識を身に付けないように徹底すること。

「それと……多分暫くはボクの下で勉強することになると思うけど、その間はどうする?」
「とりあえずこっちで働ける場所を探して、家は……とりあえず見つかるまではテントで生活しようかと思います」
「いいね。合格だよ」
「え?」
「お金も家もおんぶにだっこでいるつもりだったら追い返していたところだったかな?」

 笑顔でコーディはそう言ったが、目が全く笑っていなかったため、もしもユウイチがコーディに頼りっきりになろうとしていたなら本当にそうしていたことだろう。
 唐突に厳しい一面を見せられて思わず顔が引きつったが、コーディは真剣な表情を見せた。

「ボクが君を迎えたのは君に本気さを感じたからだ。だからこそボクも全身全霊を以て応えるよ。でも現実は厳しい。必ず君が一人前のポケモンコーディネーターとなれる保証はない。だからこそ君が地に足を付けて自分のこの先を見据えているか確かめたかった」
「そうですね……」
「大丈夫。脅したいわけじゃない。君にちゃんと才能も感じたからこそ受けたんだ。僕達ポケモンコーディネーターは自らが商品そのものだ。しっかりと自信を持つんだよ」
「……はい!」

 そうして食事を終えると、コーディはユウイチの為にホテルを予約してくれているとの事だったため、そのままホテルへと向かった。
 翌日コーディから連絡があり、まずは可能性としてコーディの仕事を手伝えるのならば、日中はそこで働いてもらいたいと提案され、カンナギの通常の業務風景を見せてもらったが、到底ユウイチができそうな仕事は存在しなかった。
 コスメを取り扱っている会社なだけあり、皆一様にスーツを身に付け、営業やプロモーションの仕事などをしているが、やはりコスメティックに関する専門的な知識が必要なため問題外だった。
 研究開発部門も同様であり、ならば箱詰めならばと思ったが、高級商品等も扱っているため、ほとんどの工程が自動化されており人間が入れる余地が殆どない。
 コーディとしてもダメ元で提案しただけであったため、別に何も言われなかったが、そうなるとこれまでのように自力で仕事を探してくる必要がある。
 とはいえ、仕事探しに関しても随分と前向きになっていた。
 ポケモンさえいれば案外仕事は見つかる事が分かったため、全くポケモンを持っておらず、ポケモンと関わる仕事を避けて探していた頃に比べれば随分と気が楽だ。
 とはいえここは都心部であるため、あまり飛び込みの仕事ができるような場所はなく、探すのには少々苦労したが、それでも選択肢が幾らでもある分ユウイチからすれば何も問題ではないと感じるほどだったようだ。
 探し始めてから数日ほど経ったある日、その日も手当たり次第に働けそうな場所へ飛び込み営業を持ち掛け続けていた。
 そんな時、ビルへ入ろうとしたタイミングで丁度出てこようとしていた人間と身体がぶつかってしまった。

「あ、すみません!」
「気を付けたまえ」

 そこに立っていた人物は色白で青みがかった髪色の男性だった。
 ぶつかってきたユウイチを見ても別段声を荒げることもなく、冷静にユウイチに注意を促しただけだったため、ユウイチは改めて頭を下げた。

「君、随分と珍しいポケモンを連れているな」
「え、あぁミューの事ですかね?」

 ユウイチの頭の上に乗っていたミューの存在に気が付くとその男性は顔だけをこちらに向けてそう話しかけてきた。
 ミューの方はしっかりとその男性に意識を向けられた事でボールの中へと引っ込んでしまったが、見た限りその男性がミューの姿を見て目の色を変えたようには見えなかったためそのまま会話を続けた。

「珍しいポケモンを連れたトレーナーはそれだけで優秀である証拠だ。君の名前は?」
「ユウイチといいます」
「ユウイチか。聞かない名前だ」
「あ、自分は別の地方から来たばっかりで……」
「成程。道理で知らないはずだ」

 可能な限りユウイチはにこやかに話そうとしていたが、何処かその男の言葉は淡々としている。
 かといって怒っているわけではないのは分かるが、そのせいで少しだけ話しづらいと思っていた。

「それじゃあ。失礼します」
「待ちたまえ」
「えっと……まだ何か?」
「ここはビジネスビルだが、何か用があるのか?」
「あー……ちょっと仕事を探してて。とりあえず手当たり次第に仕事が無いか聞いてたので……」
「ならば丁度いい。君さえ問題なければ私の会社で働くのはどうだ?」

 その男性はユウイチの反応を見て、そう提案してきた。
 予想外の提案にユウイチは少しだけ表情を明るくしたが、一旦冷静になる。

「本当ですか!? ちなみになんですけど……工場の商品チェックとかビラ配りとか、調理とかしかやったことないんですけど……大丈夫ですかね?」
「構わん。私の方から連絡を入れておこう。明日、この場所の受付に『アカギの紹介で来た者』だと伝えなさい」
「あ、ありがとうございます!!」

 あまりに唐突な出来事に少々詐欺も疑ったが、そのアカギと名乗った男はすぐに名刺を取り出してユウイチに渡してきたため、ぶつかってしまった時よりも深く頭を下げて答えた。
 もう少し仕事探しに苦戦するかと考えていたタイミングで舞い降りた幸運だったため、ユウイチはその日は少しだけ良い食材を買ってから上機嫌で近くの森まで駆けていった。




 翌日、ユウイチが指定されたビルへと向かい、言われたとおりにアカギの紹介で来たと言った所、そのまま奥の部屋へと通された。
 てっきり面接でもするものかと思ったが、そのまま会社概要や行っている業務等の説明が始まり少々不安を覚えたが、どうも面接を取り付けてくれたわけではなく、そもそも採用が決定していたのだと聞いた時は流石にユウイチも驚きを隠せなかった。
 ユウイチが宿が無いことも把握していたのか、その日は制服を渡されてから社員寮まで案内され、その日からその部屋を使っていいという凄まじい待遇にただただ感嘆の声を漏らすしかないほどだ。

「……また、業務中はこちらの制服の着用をお願いします。また実際に業務を行う際は会社からポケモンが支給されますので万一に備えて必ず携帯するようにし、必要があった場合はそちらの方をご利用ください」
「えっ……? ポケモンを支給……するんですか?」
「はい。会社支給ですので手入れや育成の必要もありませんので。気兼ねなくお使いください」

 『自分のポケモンを使わないのか?』と思わず聞きそうになったが、あまりにも当然のようにその案内役の女性から返答されたため、その言葉は口にしなかった。
 言葉にしにくい感情が胸の中に渦巻いていたが、あまり波風も立てたくないため、一先ずその感情もぐっとこらえた。
 その後は特に変わりのない業務等の説明だったが、ユウイチが割り当てられたのは地下に搬入された在庫の管理と、必要に応じてそれらの資材を指定の部署へと搬送する仕事だった。
 聞いた限りでは宇宙エネルギー事業とやらを行っている会社であるため、確かにユウイチができる業務だとこの程度だろうが、それだとわざわざスカウトまでした理由が分からず、先の説明の件も含めて引っ掛かる部分はかなり多かったが、社員寮や福利厚生も完備された職場環境に在庫管理を行うだけとは思えないほどいい給料に、思わず色々な疑問の言葉は全て引っ込んでしまう。

「最後に何か質問はありますか?」
「あ、それなら……。最初の方に言ってた『特別な業務』ってなんですかね?」
「それは恐らく調査任務ですね。新しい研究の為に現地調査が必要な事があるのですが、その際はユウイチさんは必ず同行させるように伺っているため、招集があった場合は調査に赴いてください」
「調査……ですか……」

 それを聞いてなんとなく最初のアカギと名乗っていた男性とのやり取りからスカウトされた理由が腑に落ちたが、逆に何とも言えない気持ちになる。
 アカギはミューの事を知っていたようなので、恐らくユウイチが自力でミューを捕まえたと勘違いしているのだろうと容易に想像ができた。
 だが実際はひょんな出会いからミューがユウイチを慕い、ミューの方からユウイチのパートナーになることを選んでくれたため、そういった珍しいポケモンの捕獲や出そうな場所を探すのが得意なわけではない。
 あまりにもトントン拍子に話が進んでいたため何か裏がありそうだとは思っていたが、その逆でユウイチの能力を高く買いすぎていたのが原因であるため、どうにも切り出しにくい。

『仕方がない……その調査とやらの時は出来る限りの事はしよう』

 色々と言いたい事が多い初日だったが、一先ず仕事が決まってついでに社員寮という形ではあるが住む場所も確定したため、コーディにも同様の内容を伝えた。
 調査の場合は遠方に行く可能性があることも伝えると、コーディは電話口でユウイチの事を喜び、これからの日程等をしっかりと打ち合わせてゆく。
 基本的に平日は仕事終わりにスマホのビデオ機能を使って座学を学び、土日はお互いに休みが確定しているため、コーディと共に実際のコンテストで必要な体力作りや動き等を教えることとなった。

「ではこちらから携帯するポケモンを選んでください」

 翌日の出勤時、そう言ってモニターへと案内され、貸し出しが許可されているハイライトされたポケモンが表示されている。
 しかしそこの一覧に載っているポケモンはほとんどが同じ個体が並んでいるのが気になった。

「このニャルマーってポケモンとズバットってポケモンは……なんでこんなにいるんですか?」
「単に人気がないだけじゃないですかね? ニャルマーは気まぐれですし、ズバットはちょっと不気味ですから」

 そう言って案内役の女性は淡々と説明する。

「なら……この子達がいいです」
「二匹ですか?」
「駄目ですかね?」
「いいえ、別に構わないですけど……複数匹持つのは単純に管理が面倒ではないですか?」
「……面倒ではないです」
「でしたらご自由にどうぞ。ポケモンは貸与品ですので勤務終了時に返却されても構いませんし、常に携帯されても大丈夫ですので」

 不思議そうな表情を見せながら追加でそう説明され、ユウイチはそのままパネルに表示されているニャルマーとズバットを選ぶ。
 するとモンスターボールがマシンの横から二つ、排出された。
 ポケモンの確認をしたかったが、そのまま業務の説明に移行したため確認は後ですることにした。
 業務の方はありがちな在庫の管理業務で、特筆すべきこともない。

「お前さん新人なのに随分と手馴れてるなぁ」
「まあ、似たような仕事を前によくやっていたので……」
「へぇ~。まああんまり頑張りすぎるなよ」

 同僚はみんな特にやる気がない。
 工場勤務は慣れているためそういった従業員は見慣れている。
 休憩時間も特に誰かがポケモンを出すような様子もなく、ここは昔のユウイチにとっては最高の職場だったかもしれない。
 だが、今は違う。
 この職場でのポケモンに対する扱いの異質さは、ユウイチがポケモンを嫌っていたそれとは全く質が違う。
 ポケモンを嫌っているのではなく、全くもって関心がないと言った方が正しいだろう。
 その感覚の違いのおかげでユウイチは仕事内容以外には一切関心を持たないようにできたが、同時にあまり長居もしたくなかった。
 おかげでユウイチは仕事以外の事に集中することもできた。
 まずは一つ、出場するコンテストを絞ってそれに向けたポケモンの選出と、そのコンテストに必要な知識を集中して学ぶ。
 選出はコーディではなく、ユウイチ自身が選んだ方がいいだろうということで、とりあえずコンテスト用に育てながら指示の出し方等を実践するポケモンとして選んだのはフォウだった。
 ギューとガルでも良かったのだが、フォウを選んだ理由はコーディからも推されたからだった。

「ミロカロスは育てるのが大変な分、その美しさはポケモンコーディネーターをしていない者でも知っているほどだからね」

 フォウはある意味では初めてユウイチが一から育てたポケモンでもある。
 ギューとガルは元々バトル用にかなり育てられており、コンテストのために育て、フォウが自らの意思で進化したという事もあってフォウを選ぶことにした。
 それからはコンテストに出場するユウイチ自身も美しさを意識したコンテスト用の衣装と立ち振る舞い、美しさとして評価されやすい技を中心に学ぶようになる。
 だがこれに不服を申し立てた者が一人。

「ミュー!」

 というより一匹だろう。
 確かにミューはユウイチと最初に出会ったポケモンではあるが、やはり最大の問題は

「いや、お前他人に注目されるの無理だろ」

 ユウイチ以外の人間にはあまり姿をしっかりと見せたくないという意識が今もある所だろう。
 そう言うと流石にミューはコンテストステージで注目される様子を想像したのか、少しだけ悲しそうな顔はしたものの、納得したのか大人しくユウイチの頭の上へと戻った。
 フォウの美しさを最大限発揮するためにコーディから融通をしてもらったオイルやその他美容品を使用してフォウの美しさに磨きを掛け、同時にユウイチ自身にも美しさを増させる。

「俺……する必要あるんですか?」
「あるに決まってるでしょう!! ポケモンとコーディネーターは一心同体! 髪をちゃんと切り揃えて! 背筋を伸ばす! 気品の溢れる歩き方を目指しなさい!!」
「……口調変わってません?」
「ボクは本気で集中する時はいつもこうよ! そんなことよりアナタの外見をまず磨くの!!」

 土日は殆どつきっきりでフォウと共に美しさを存分に披露するために一挙手一投足の指導から始まり、姿勢や言葉遣い、表情から髪型、コンテスト用のメイクアップまで徹底的に指導されてゆく。
 慣れない事の繰り返しで精神的にもかなりの疲労感だったが、確かに毎日一つずつ前進しているのが分かって楽しい日々だった。
 座学の時はこちらの地方では主流となっているボールのデコレーションや、それによって与える観客への印象などの心理効果を学びつつ、どうすれば観客へのアピールが効果的になるのかの視線の考え方や、エンターテインメントであるが故、ステージ上では決して笑顔を絶やさないことを徹底的に頭へと叩き込んでゆく。

「何やってんだ? ユウイチ」
「あ、すいません。コンテスト出場に向けて少しでもトレーニングがしたかったんで……」
「よく頑張るなぁ」

 仕事場でも休憩中は自主的に動きのトレーニングを行うようになった。
 ポケモンと共にステージ上で踊るため、曲のフレーズを頭に叩き込み、必要なステップを音楽が無くても迷いなく出せるように一時も忘れないようにする。
 仕事そのものはすぐに慣れたため、イメージトレーニングをしながらでもできるのはこういった裏方仕事のいいところだろう。
 それともう一つ。

「ほら!ニャムとキーもポフィンを食べな~今回のはかなり自信あるぞ~」

 仕事場で貸し出されたポケモンは普段連れ回してもよいとの事だったため、ニャルマーの方にニャムと名付け、ズバットにキーと名付けて他の面々と一緒に育て始めたのだ。
 『ポケモンをわざわざ自分で育てるなんて』と先輩達に奇異の目を向けられたが、それでも構わなかった。
 職場で感じていた違和感の正体を知ってからは、ユウイチはせめて自分の育てている二匹だけでもしっかりと愛情を込めたいと考えるようになったからだ。
 その正体を知ったのは他でもない、ユウイチに課された特別な業務である現地調査の時だ。
 人気のあまりない湖の周辺へとやって来たユウイチは、いつものポケモンを連れていないこともあって不安からニャムとキーを連れて周囲の散策を行っていた。
 普段は二匹とも甘えたがりだが、仕事の時はしっかりとユウイチの言うことを聞き、周囲の警戒はニャムが行い、この調査によって探しているポケモンとやらの捜索はキーに任せるという役割分担で仕事に当たっていた。

「おいおい。ポケモンよりもこっちを使った方がいいぞ?」

 そう言って調査班の他のメンバーは何やらハイテクそうな装置を使って周囲の調査を行っていたが、ユウイチはそれこそが気に入らなかった。
 野生のポケモンが飛び出してきた時だけ彼等は仕方なく支給されたであろうポケモンを出して、淡々と指示を出し、野生のポケモンを追い返す。
 それがユウイチの目にはどうしても、形が変わっただけでゲンが手持ちのポケモンにしていた事と同じようなものを感じ取っていたからだ。
 ゲンのそれは自らの強さを誇示するためとして、彼等他の社員達のそれは今手元で操作している装置とポケモンを同類として扱っているような、そんな相手の事を全く考えていないような気がしたのだ。
 ユウイチがポケモンに感じていた恐怖の正体は向けられる悪意であることに気付いて克服していたからこそ、同時に『人間がポケモンに向ける無意識の悪意』にもかなり敏感になっていた。
 他人のやり方にいちいち突っかかるのはこれまでの経験上碌な事にならないというのを身を持ってよく知っていたため、せめて自らの元に来たポケモンだけでも大切にしたいと考えていたのだ。
 それが功を奏してか、実際に装置では発見することのできない、様々な痕跡を見つけることもあった。

「キー!キー!」
「お、何か見つけたか?」

 キーがある空間を前にするとユウイチに知らせるためにけたたましく鳴いた。

「お……? なんだ? あのピンク色の……?」
「キャウーン?」

 木々の暗がりの中にピンク色の頭部と白い体色のポケモンが浮いており、そのポケモンのユウイチの存在に気が付いたのか、こちらへと振り返った。

「見た事のないポケモンだな……ってまあ、俺の場合ほとんどのポケモンがよく分かんねぇけど。でもまあ、この辺りでよく出るポケモンの一覧には載ってない……から、こいつかな? あれ?」

 現地調査では珍しいポケモンの存在を確認する事が目的であったため、渡されたポケモンのリストをめくって同じポケモンを探したが見当たらない。
 そのためこれかと目星を立てて正面にいるその謎のポケモンの方へと目を向け直したが、既にそこには何もいなくなっていた。

「見間違いか……? まあとりあえず報告してみるか」

 ユウイチの呼び出しに応じた調査員がその箇所をその装置で調べてみたところ、目当てのものがあったようだ。

「空間に微弱な力場反応……。間違いありませんね。この辺りから別の場所へテレポートしたようです」
「テレポート……?」
「空間から空間へ瞬時に移動する能力の事ですよ。その際使用した念動力が力場の異常数値として残るので痕跡となるのです。お手柄ですね」
「俺じゃありませんよ。キー……じゃなかった、このズバットが見つけてくれたんです!」

 そう言ってユウイチは自分の手柄ではなく、キーが頑張って見つけてくれたのだと伝えたが、やはり研究員はポケモンの事はあまり関心がないようだ。

「ズバットの超音波による探知能力で探す。という手法を思いついたユウイチさんの手柄ですよ。確かにエコロケーションによる探索も大切ですね。一つの研究結果として纏めさせていただきます」

 まるでポケモンを道具のようにして利用していると言われる度に、ユウイチの心はその仕事から離れてゆき、逆にポケモンとの時間に費やすようになっていた。
 ポケモン嫌いだったはずが、自分と似ているようで正反対の彼等を見ている内にそういった人間が嫌いになっていたことはあまり気が付いていなかったが、それでも深く関わりを持とうとはしなかった。




「はい! 1,2,3,4! 1,2,3,4! ターン&ツイスト! ターン&ステップ! いいわよその調子!」

 コーディの下で学び始めてから数年が経った頃、ユウイチのポケモンコーディネーターとしての基礎教育も既に佳境を迎えていた。
 本番を想定した通し練習も長い演目中笑顔を絶やさず行えるようになり、フォウとのコンビネーションやアピールタイムでの想定した技の使用も含め、かなり満足の行く仕上がりとなっていたことだろう。
 だが実際は厳しかった。

「ダメね。ユウイチの主張が足りないわ! ミロカロスの魅力をもっと引き出すためにはアナタがもっと目立たないといけないの!」

 演目の通しにも耐えられるだけの体力を付け、実際の衣装を着てしっかりと踊りきれたが、コーディとしてはまだ足りなかったらしい。
 恐らく既にノーマルクラスであれば余裕で優勝を掻っ攫える程の領域に達していたと思うが、コーディが弟子として取った以上、並で妥協するつもりはない。
 故にマスタークラスでも通用するレベルにまで現時点で育てたかったが、この辺りからユウイチは少しずつ伸び悩み始めていた。
 正確にはフォウは当初コーディが想定していた領域に到達しかけていたが、ユウイチだけが伸び悩み始めていたのだ。

「随分と深刻な表情をしているね」

 休憩中のユウイチを見て、コーディはそう声を掛けてきた。

「別に……いえ。どうしても一つだけ、悩んでいることがあります」

 ユウイチは飲んでいた水を口から放し、一度は首を横に振ったが、悩み抜いた結果ずっと考えていた事を口にした。

「なんだい?」
「コーディさんのおかげで間違いなく自分もフォウもかなり上達したのは理解できるんです……。でも、そうやって技術が向上していく度に俺の中に『俺じゃない。もっとフォウを見て欲しい』という気持ちが湧き上がってきて……。やるべきことは分かっているんですけど、自然と自分よりもフォウが目立つように意識してしまっていて……」
「気持ちは分かるよ。フォウは君の英雄だからね」
「フォウだけじゃないんです。ミューもギューもガルも……前に見せたニャムやキーも、本当はもっともっと凄いんだ……! と、どうしても心の中の自分が叫ぶんです」
「……なるほどね。確かにポケモンコーディネーターがあってのポケモンだ。ボクもロズレイドも『あのコーディが育てた』ロズレイドだと呼ばれるよ。きっとボクのパートナーが変わっても世間は気にもしないだろうね」
「俺には……俺の人生には絶対にポケモンが関わらないんだ、と考えて生きてきたからこそ、今自分がポケモンと一緒に生きて、ポケモンと一緒に舞台に立とうとしているのが……現実味を帯びた今でも信じられないんです。俺という存在がもし誰かの目に留まるのだとすれば、それは俺の事を気に掛けてくれたポケモン達のおかげなんです」
「君の優しさは、ある意味では寂しさの大きさでもあったんだろうね。だからこそ君はポケモンに依存しすぎている」

 コーディの言葉は痛いほどユウイチも理解できていた。
 理解できていたからこそ、その気持ちを否定も肯定もしたくなかった。
 自分の中に生まれたポケモンを好きだという気持ちは、決して慰めのために生み出したものではない。

「今の君ならば、並以上のコーディネーターとして十分に名を馳せられるだろう。でもわざわざボクに弟子入りしたんだ。中途半端で止めてほしくはない。……それに、今の君のその心の中にある考え方を変えられない限り、きっと君はコーディネーターとして生きるようになっても満足することはできないだろうね」

 分かってはいたが、改めてコーディからこの先必ず訪れるであろう結末を聞かされ、ユウイチは眉を顰めた。
 ようやく見つけたと思っていた活路の先は袋小路。
 この先へと行くためにはユウイチが自分自身に自信を持つ以外に方法はない。
 そしてそうなった場合、どうしても脳裏にチラつくのはゲンや今の職場の人間達の顔。
 ポケモンと人間の関係は、例えどの道を目指してもたどり着くのは主従だ。
 優れた人間が知恵を絞り、優れたポケモンがその意思を完璧に反映する。
 それが人間とポケモンの理想形である以上、ポケモンが人間よりも優先されることはない。
 だからこそ自らの心に恐怖する。

『自分も彼等のようにならないと言い切れるのか?』と……。

 虐げられる苦しみを、道具のように消費される悲しみを知っているからこそ、頂点を目指すならばその目的のためにポケモンを自分も同じように扱おうとすれば必ず心が拒絶する。
 きっとそんな心の叫びを黙殺すれば、自分が本当に恐れた相手と同じに成り下がると分かっているからこそ、ここがユウイチの限界なのだ。
 深く、深く、考える程に、答えはより鮮明に、より痛みを増す。

『諦めではなく、初めて自らの意思で選んだ道を自ら捨てなければならない』

 考える内に手に持っていたペットボトルが音を立てるほど、服が濡れても気にならぬ程に、自然と手には力がこもっていた。

「フォウ……」

 重たい空気を感じ取ったのか、フォウはそっと自らのヒレでユウイチの手を取り、自らの頭の上に乗せた。

「……ありがとな。決心がついた」

 そう言ってユウイチはフォウの頭を優しく撫で、コーディの前に立ち直す。

「……本当に。本当に申し訳ありません。コーディさん。俺は、ポケモンコーディネーターには、なれません。今までのご指導を無碍にしてしまい。本当に申し訳ありません」

 遂にそう口にし、深く深く頭を下げた。
 色々な感情がぐちゃぐちゃになり、溢れ出し、涙となって溢れ出した。

「後悔はしていないかい?」
「え?」

 思いもしなかった言葉にユウイチが顔を上げると、コーディは悲しさと喜びが混ざり合ったような表情を向けていた。

「人生は選択の連続だ。正解もなければ不正解もない。ただ一つ。君が後悔したならば、その選択は不正解だったのだ……と全てが終わった後に分かるだけだ。だからもう一度だけ聞こう。君の選択に後悔はないかい?」
「はい」
「ならボクから言えることはもうないよ。ボクは君のポケモンコーディネーターとしての師にはなれる。でも人生の師にはなれない。ボクが君を弟子として迎え入れた結果は後悔していないし、とてもいい経験ができたと思っているよ」
「本当ですか?」
「……正直ちょびっと後悔してるよ。でもそれは後ろ向きな意味ではなく、君がステージで活躍する姿を見てみたかったって意味でね。君に才能を感じたというボクの言葉には嘘偽りはないからね。……でも、君の悩みを聞いたからこそ、ボクならば決して至れなかっただろう選択を見れてそれはそれで満足しているよ。きっとボクが君の立場だったなら、そこまでポケモンの為に生きたいとは思えなかっただろうしね」

 そうコーディはユウイチに本心を話した。
 ユウイチも後悔が一切なかったと言えば嘘になる。
 これまでの人生で初めて、ここまで自分の人生に本気で向き合えた経験だからだ。
 だからこそ、初めて自分の心と向き合えた。
 結果としては残念な方向を向いてしまったが、それでもコーディもユウイチも笑顔にはなれた。
 最後にもう一度食事をしようというコーディの申し出で、その日はトレーニングを切り上げ、そのまま近くのレストランへと向かった。
 二人でこれまでの練習の事を語りながら食事を行ったが、思っていたよりも空気は軽かった。

「そういえばこれからはどうするんだい? 今の会社でそのまま働くのかい?」
「実は……正直今の会社はあんまり雰囲気というか、働いている人達の考え方が合わないんで、ついでに辞めようと思ってます」
「そうかぁ。とすると、またやりたい事を探してみるのかい?」
「そこなんですけど……。ポケモンの為に何かをしてやれる仕事を探してみようかと思います」
「あー、ニャルマーもズバットも随分と懐いてたもんね。もしかしてポケモンに好かれる才能があったりするのかな?」
「前にもそんなことを言われましたね。……といってもポケモンに好かれるだけの才能なんて使い道が……」
「あるよ」
「え?」
「ポケモンに好かれる人間で、かつポケモンを育てるのが好きな人間じゃないとなれない職業」

 コーディは何の気なしに口にしたようだが、ユウイチとしては正に衝撃的な情報だ。
 思わずユウイチはコーディの方へ身を寄せたが、コーディはニッコリと笑って答えた。

「ポケモン育て屋さんって聞いたことない?」
「ポケモン育て屋さん……?」
「……その反応からして全く知らなさそうだね」

 少しだけコーディは呆れた表情を見せたが、それでもそのまま詳細を教えてくれた。




「すみません。今までお世話になりました」
「あ、今日が最終日だったか。お疲れ様」

 そう言ってユウイチは正式に辞表を出してから最後の出勤日を終えた。
 先輩達にそうやって最後の挨拶をしてからロッカーで私服に着替える。
 制服はそのままロッカーに残すようにとの指示だったため、後はニャムとキーを返すだけだ。

「お前達とも今日でお別れ……か……」
「あ、いたいた。ユウイチさん。ちょっとだけお時間いいですか?」

 名残惜しそうにモンスターボールを見つめていたユウイチの元に、最初に施設などの説明をしてくれた女性が姿を見せた。
 何やら内密の話があるらしく、面接室へとかなり久し振りに通されて、二人きりとなった。

「実は……ユウイチさんにはいくつか謝らななければならないことがありまして……」

 そう言うとその女性は他言無用と先に釘を刺してから、ユウイチが雇われた理由を語り始めた。
 というのも、ユウイチを雇った頃と今とでは随分と状況が変わっていたからだった。

「ご存知だとは思いますが、弊社ギンガコーポレーションの代表取締役であるアカギが少し前に行方不明となり、現状は新代表取締役の下再始動したばかりなのです」
「あーなんとなく噂では聞きました」
「実はそのことなんですが、ユウイチさんはどうもアカギが独自に計画していた研究の為に雇われていたようで……新たなエネルギー事業の研究としか聞かされていなかったのですが……噂では伝説のポケモンの力で世界を支配しようとしていたとか……」
「えぇ……」
「ですのでアカギが代表だった時はその伝説のポケモンの手掛かりを得るために、決して貴方を辞めさせないよう厳命されておりましたが、今はユウイチさんを縛り付ける理由もないので……」
「それって自分に言わない方がいいんじゃないですか?」

 ユウイチがその女性に至極真当な意見をすると、女性は眉を顰めて深い溜息を吐いた。

「内部がごたついていて……。犯罪行為に手を染めていた者も少なくはないので、今は内部浄化を進めている状態なのです」
「えぇ……」

 曰く、この会社はアカギという人物を中心に形成された組織であったため、表向きのエネルギー事業を回すための真当な社員と、もしもの時の捨石として雇われた者やアカギに強い忠誠心を誓った者達が実行していた計画の実行員等が混在していたそうだ。
 そのためアカギを失った事で次第にそう言ったよからぬことをしていた者達の問題行動が浮き彫りになった事で、不正を働く者を排除し真当な会社として立て直そうとしている途中だったようだ。

「とはいえ、世界を巻き込みかねない犯罪に手を染めていた者が居た以上、警察の介入があれば会社の存続そのものが怪しくなります」
「まあ……」
「アカギと少なからず関係性を持っていた以上、ユウイチさんにも警察からの事情聴衆がある可能性があるため、是非ともこのことはご内密にお願いしたいのです」
「あー……」

 要は会社としてのイメージダウンは起きないようにしつつ、それでいて本来の会社としてのあり方にしていきたい、という考えのようだ。
 本当ならばユウイチは別にそんな事を気にする必要もなかったが、正直あまりこの会社に良いイメージを抱いていなかったため、その理由が判明したのは少々スッキリした。

「でしたら、一つだけ約束して頂けるのなら口外しませんので」
「約束……とは?」
「この、会社の備品のように扱われているポケモン達を、大切にしてあげて欲しいんです。短い期間ではあったけれど、この子達は俺の大切な相棒だったので……」

 そう言ってユウイチはニャムとキーのボールを机の上に置いた。
 それを見てその女性は少しだけ嬉しそうな表情を見せる。

「大切に育ててくれていたんですね」
「ええ、まあ」
「でしたら、その子達はユウイチさんさえよければそのまま連れて行ってあげてください」
「えっ?」
「私もポケモンが備品のように扱われていることには抵抗がありましたが、社員はあまりその事を気にする人が少なかったので……」
「あー、だから最初に不思議そうな顔をしてたんですね」
「そうですね。本来、この会社にはそんなにポケモンは必要ありません。ですので今後会社が管理しているポケモンは逃がしたり、必要とする人に譲渡したりすることになりますので……。それならば、その子達はユウイチさんと一緒にいるのが幸せなはずなので」
「……なら、遠慮なく」

 ユウイチがそう言ってポケモンを受け取ると、その女性はとても嬉しそうに笑った。
 皆がポケモンを道具として扱っていることに違和感を覚えていたと言っていた以上、彼女も本心を隠しながら仕事をしていたのだろう。
 だが、もうユウイチには関係のない事だ。
 社員寮を空け、荷物を詰め込んだリュックサックを背負い、最後に一度、コーディに別れの連絡を入れてから街を出た。

「さーて……みんな出ておいで!」

 そう言ってユウイチはポケモン達を皆、外に出した。
 随分と大所帯になったポケモン達の顔をしっかりと覗き込み、笑顔を見せる。

「んじゃ、次の目的地は育て屋だ! この地方にもあるらしいからそこまでは久し振りにみんなで歩いていこう!」

 一人と六匹の楽しそうな声が響き、歩き出した。
 その道の先はまだ誰も知らない。

ロケット団のゆううつ 上


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Last-modified: 2022-12-24 (土) 12:18:10
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