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ポケモン不思議のダンジョン物語・後編

/ポケモン不思議のダンジョン物語・後編

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誘惑の戻り道 

残されたのは快楽だけであった


 街へと働きに出ていた夫の訃報を受け、ロゼリアは家を飛び出し,夫の亡骸と対面した。流行り病が広がらぬうちに炎で焼かれ、既に灰となっていた彼の死体は、小さな箱に収まるほどちっぽけになっており、救われぬ思いを胸に、彼女は失意のままに帰路につく。その途中、彼女は湾曲した二本の角を持つ草食種のポケモンと出会う。
 そこにいるだけで周囲が静まるような、不思議な雰囲気を持ったポケモンであった。

 ◇

「ちょっとお兄さん、寄っていきませんか?」
 楽な方の山越えルートにはよく追剥ぎが出没するため、それをなるべく避けるために選んだ険しいルートを歩いている途中、旅人は山小屋のような場所の前に立つロズレイドに話しかけられる。声に振り返った旅人は、一目見てロズレイドの美しさに心を奪われた。
 旅人の種族はコノハナで、さえない見た目をしているが、タマゴグループは彼女と同じ植物である。いや、そうでなくとも、花を美しいと思う心があれば、彼女の事を気に留めずにはいられないだろう。鮮やかに彩られた両手の花。みずみずしい花弁は、太陽の光を浴びて輝くように咲き誇っている。頭に生えた白い花弁に至っては、まるで鏡越しに太陽を見ているかのようにまぶしく光を照り返している。それほどまでに、白く美しい花弁だ。
 話しかけてきたロズレイドはどんな用があるのか、興味がわいてコノハナは彼女の方に近寄った。寄ってくれという事は、彼女の後ろに見える山小屋は何かのお店なのかもしれない。コノハナの旅人はあまり経済的に裕福なわけではないが、こんな美しい女性にならば、金を払ってもおしくはないと、そう思えた。
 そうして、近づいてゆくごとに彼女から感じる甘い香り。透き通るような甘さを伴ったかぐわしき香りは、花から空気を吸い込めることがどれだけ幸福であるかを実感させる。きれいな空気が自分の中に満ちていくような感覚すらして、軽い足取りでコノハナはロズレイドの元に歩む。
「ここは……なんなんですか?」
「私の、家です」
「家……? こんなところに?」
「えぇ、正確には私の家ではなく私達の家ですが……ともかく、人を入れてお茶を飲ませるくらいのことは出来るのですよ」
 ここは山奥。共用の山小屋が立っているのだというならわかるが、こんなところに自分の家があるとは何とも変わっている。もしや、勝手に住み着いているだけなのかとも考えたが、そんなことより誘われているのだから、甘えたいという気持ちが勝った。どうせ、旅人の荷物は少ない。路銀もそんなに持ち合わせていない。
 盗られりしたら辛い事には変わりはないが、失うものはほとんどないのだから、騙されてもよいと思えた。

 家はそれなりに広い山小屋で、一つの階に自分くらいのサイズなら、10人くらいは余裕をもって眠れそうだ。家に入ってみると、一つしかない部屋の中は酷い匂いに満ちていた。生臭い、むわっとした湿っぽい空気。生き物の匂い……しかもこれは、ただの生活臭ではなく、もっと違った性的な。フェロモンに満ちた匂いであった。
「この家……なんて匂いだ。何というか、大勢で宴会でもしたかのようだ……」
「あぁ、ごめんね。今一度空気を入れ替えてからしてから火をくべるから……ここ、山ですから寒くって。あんまり窓開けられないんですよね」
「は、はぁ……」
 ロズレイドは少々慌てた様子で窓を開け、空気を入れ替える。確かに、ここは山の中腹。寒いから窓を開けないのは当然だ。それはいいとして。この匂い……いくらなんでも、匂いを貯め込み過ぎではないだろうか? とにもかくにも、窓を開いて風通しを良くしてからロズレイドは火を灯す。火打石を打ち合わせ、火のつきやすい針葉樹の枯葉を火種にして、太い木へと炎を燃え移らせる。冷たい風が吹き込んでくるので、その頃にはあの匂いも消えていた。
 ロズレイドもくんくんと鼻を動かしては、もう大丈夫そうだと窓を閉める。
「ところで、こんなところに誘って、何の用? 見たところ、何かのお店でも無いようだけれど」
「わからない? 本当は期待しているんじゃないの?」
 ロズレイドは口元を赤と青の花弁で隠して、クスクスと笑う。わざわざとった上目遣いの姿勢は、まるで甘えているかのように。求めているかのように扇情的だ。
「期待って……はは、そんな。なんて言っても怒らない?」
「いいよ。はずれだったら冗談ってことにして笑ってあげるから」
「そ、それじゃあ……抱いて、欲しいとか?」
 言い終えてから、コノハナは顔が燃えそうに熱くなるのを感じた。なぜって、彼は生まれてこの方、女性にそんな風に言い寄られたことなんてない。なのに、この女性はまるで一目ぼれでもしたかのように、自分を誘ってくるではないか。そんなことあり得るはずがない、と。彼はそう考えなおした。
「大正解」
 そんな彼の思いとは裏腹に、ロズレイドは花弁の手でコノハナの肩を掴み、強引に唇を寄せて奪い去った。突然のことに驚いて、コノハナは嬉しいと思うよりも先に口を離す。
「なな、何を!?」
 目を白黒させながらコノハナは問う。
「ご褒美よ。正解のね」
 ロズレイドが潤んだ目、唾液で濡れた口を、見せつけるように言葉を紡ぐ。
「期待していたんでしょう? なら、身を任せたっていいのよ?」
「いや、その、その……」
 彼女の体がコノハナの体にぴったりと吸い付いた。乾いたコノハナの体に、みずみずしい茎のような色をした彼女の体。自分の体はまるで彼女の柔らかな潤いを求めているかのように、馴染んでいるようだ。そのまま、ロズレイドは彼を押していく。足の力ではなく、目の力で押し出すように、一歩一歩、見つめながら壁際まで押し出していく。彼女の花弁からはほのかに甘い香り。
 官能的なその香りに理性を溶かされながら、ついに二人は壁際に。もう後ずさりも出来ない状況で、ロズレイドは再び口づけをした。こんどは後ろに下がることも出来ず、受け入れるしかなく。蜜を帯びた甘い唾液が流し込まれるのを感じて、思わずそれを喉の奥に流し込んだ。
「あの、私は……お金、持っていないですよ?」
 口を離した時、彼は鼻で息をしていたにもかかわらず、息切れしたように息が荒い。当然、興奮によるものであることは言うまでもない。

「そんなの必要ない」
 今度は、ロズレイドがコノハナの体臭を存分に堪能するかのように顔を胸に押し付け、深呼吸する。スー、ハー、と細長い一呼吸を置いてロズレイドが続ける。
「必要なのはここだけ」
 彼女は右手の赤い花弁をおろし、そこから出した茨の鞭の先端でコノハナの股間をまさぐる。あまりにもストレートなお誘い、下品とすら思えるような求愛。もうちょっと雰囲気の一つでも気遣うべきかとも思うが。しかし女性へ免疫のないコノハナには、ロズレイドに対してそんな嫌悪感を感じる余裕すらなく。むしろ彼女の事が天使にも悪魔にも見えた。
 天使だとしたら、このまま添い遂げたい。悪魔だとしたら、たとえここで魂を奪われたとしても後悔はない。ここで初めてコノハナは力を入れて自分から行動する。
「いいんだな?」
 彼女の肩をぐっとつかみ、背中を反り返させる。彼女は全く動じなかった。
「いいのよ」
 口が、まるで口付けを求めるかのようにぽっかりと開いている。隙間を埋めるものを探しているかのように、物欲しそうにしている。思わず、乱暴にキスをした。歯を使わずに噛み付くような、力の限りの吸い付き。捕らえた彼女の舌を引っこ抜かんばかりに彼女の口の中身を啜ったが、それに対して抵抗する様子は一切ない。むしろ、お返しとばかりに彼女も同じことをしている。お互いがお互いを吸い尽くそうとするのは、植物としての本能なのか、ともに自分の行動に一切の疑問を感じ津こともなく。
 そのうち、感極まったコノハナが、彼女の背骨を軋ませるつもりで抱きしめ、同時に膝から力を抜く。体重をかけられてコノハナが押し倒そうとしているのだと気付いたロズレイドは、彼の心の赴くままにそれに従った。さすがにそのまま倒れると頭をぶつけて痛い思いをしてしまうので、彼女の足が折れようとするのを感じたコノハナは、ゆっくり優しく彼女を寝かせる。すでに屹立した下半身を彼女に見せつけるようにしながら膝立ちになり、手の花弁を舌でなめる。
 ロズレイドの花弁には当然おしべもめしべもないが、そこから上品に立ち上る甘い香りは、男を虜にする力と女であることを自覚できる感覚が備わっているらしい。甘い色香に促されるままに花弁の甘い蜜を貪れば、味覚や嗅覚だけでなく聴覚にまで訴えてくる彼女の甘い声。傍目には特に変化もないように見えるが、コノハナが彼女の花弁を握っていれば、花弁に時折力が入っているのが分かる。
 撫でて、舐めて、つまんで、揉んで。そんなことをしているうちに徐々にコノハナは抑えきれなくなってくる。彼には女性を抱いた経験はないが、秋の夕方に穀物の収穫物の影で行われていた男女のまぐわいを見たこともあるために、やり方だけは分かる。自分の下半身の異変が何を意識しているのか、それをどうすれば鎮める事が出来るのか、分かっている。
 ただ、その本懐を達する前に、是非してもらいたいことがあった。それは、彼女の柔らかな花弁に、自身のおしべを包んでもらう事。言葉にしてそれを出すことはしなかったが、口に含んでいた花弁をそっとおしべまで導くと、彼女はやってほしいことを理解したらしい。
「触ってほしいの?」
「うん、頼む」
「ふふ、可愛い」
 ふわふわとした、柔らかくみずみずしい花弁。良い匂いのするそれが、そっと自分のおしべを包み込む。柔らかな花弁は、くすぐったさよりも弱い感覚しか与えてくれず、非常にもどかしく情欲を誘う。たまらず無意識に腰を突き出すと、その積極出来な態度を持っていたかのように彼女は花弁に力を込めてかれのおしべを包んだ。
 思わず、太ももや臀部の筋肉まで引き締まる。気持ちのよい、絶妙な力加減だ。そして、自分の堅い手にはない柔らかさだ。この感覚、快感と感じないわけがない。今まで、自分で慰めるときはさっさと終わらせてしまおうと、急激に高まらせていたものだが、それが愚かしいと思えるくらいに、じわじわと快感が高まっていく。
 限界は近い、だが、ロズレイドは勝手に限界を迎えることを許さない。
「大丈夫? せっかくだから、手の中じゃなくって、私の中に出さないかしら?」
 彼女は手を止めた。手から力を抜いて、花弁は再び触れるだけのもどかしい状況になる。
「いいのか?」
「いいよ。しっかり中に出して」
「子供が出来てもいいのか?」
「うん、もちろんだよ」
 2度目の確認はしない。コノハナは彼女の体にのしかかる。
「えと、ここで……いいんだよな?」
「へへ、もしかして初めて?」
「うん……ダメか?」
「ううん、むしろ私が初めてでうれしいなぁってね……ほら、もう入れちゃって」
 ロズレイドは右腕の赤い花弁から茨の鞭を伸ばす。先端の棘のついていない部分で彼のおしべを巻き取ると、そっと丁寧な動きで彼の大おしべを、自身の雌に導いた。引っ張られた先にある肉の割れ目めがけて、コノハナはゆっくりと腰を突き出し、体を沈める。ロズレイドはすっかり蜜に溢れた胎内を柔らかな肉棒で埋められ、満たされる快感に歓喜する。
「あぁ……ん」
 背をつっぱるようにして快感に悶えるロズレイドの姿は、男として冥利に尽きる仕草だ。官能的な反応を見せ、それに応じて雄を荒っぽくもてなす膣肉もまた、限界へと手招きするようだ。彼女の体は、気づかないうちに快感を増大させ、気づいたころにはコノハナも自分の意思では射精を止めようもないくらいに高ぶらされた。まだ入れてから一分すら立っていないこの時点で達してしまうのはどうにも情けない気がしたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
 先ほど中に出してよいと言われたのだ、ここで出さねば後悔をする。限界を感じたコノハナは、彼女の子宮に届きやすいように体を叩き付け、覆いかぶさるようにロズレイドに精液を注ぎ込む。むぐっ、とくぐもった声をあげながら、初めて雌の中で果てた悦びに、しばらく上の空で快感を味わい、息を整える。
 初めての感触を夢中で味わったコノハナは、絡みついて離れなかった快感から解放されて、ずるりと雄を引き抜いた。
「はぁ……ありがとう。気持ちよかった」
 満足げにため息をつきながら、コノハナは膝立ちで一歩下がる。すると、ロズレイドも起き上がり、膝立ちになりながらずい、と顔を寄せる。
「ふふ、それは嬉しいわ。でも、私まだ満足できていないのよ? 初めてで、頑張りすぎちゃったのは仕方がないけれどね。ちょっと休んだら、今度は私を楽しませてくれないかな?」
「も、もちろん。まだまだこんなんじゃ終われないし……」
「ふふ、嬉しい」
 ロズレイドは笑みを見せ、そして口づけをかわす。まだ甘い時間は始まったばかりであった。


 田舎の農村から冬の間の出稼ぎのため、街へと向かう途中であったコノハナは、いい仕事を取られないようにと、一日だけロズレイドと甘い一時をかわした後、街への旅路を急ぐことにした。翌日にロズレイドの家を出ようとすると、玄関には食糧が置かれていた。『セックスの代わりに食事を世話してくれる人がいるの』、と彼女は笑っていた。
 それが誰なのか、コノハナは問う事をせず、街へと向かった。
 出稼ぎの仕事は砦の建設のお手伝いだったり、街の整備だったりと肉体労働が多く過酷な職場ではあったが、それをしなければ、やせた土地に住むコノハナ達は、少しでも不作になれば飢えに苦しむことになる。出稼ぎの最中にしっかりと稼いでお金を手に入れ、困った時にいつでも飢えを凌げるように穀物を買入れしたり、税として領主に徴収される食糧を現金で建て替えたりなどの対策が出来るようにしなければいけないのだ。
 冬の間、コノハナはあくせく働いた。その過程である程度予定よりもお金が余ったのだが、商売女を買う気にはなれなかった。あの女、ロズレイドの事が今でも忘れられないのだ。あの女性はただでさえ美しいし、おまけに無料で何度でもやらせてくれる。この冬が終わってまたあの道を通って帰ることになれば、是非とも絡み合いたい相手である。それが、頭の中にあった。
 そうして、想いを抱えているうちに冬が終わる。コノハナもそろそろいい年だ、あのロズレイドのような女性もいいが、村でも嫁の一人くらい欲しいなと考えながら帰路につく。

 そして、帰り道にてあの家の前に辿り着く。ドアをノックしようと思ったが、少しばかり躊躇った。どうやら先客がいるらしいのだ。
 自分と同じように、体を重ねている。あの匂いから分かっていたことではあるが、あのロズレイドは相当に淫乱なようである。時間を喰いそうなので、そのまま通り過ぎてもう帰ろうかと思ったのだが、しかしあの娘なら複数だろうが相手をしてくれるのではないかと考える。
 さすがに行為の途中で邪魔するのも何なので、音が収まるまで待ってから、数分。ノックをすると、鼻を突く匂いと湿気とともに、ロズレイドが玄関に現れた。
「お久しぶり」
「あ、貴方は……あの、すみません。今先客がいるのですが……目的は分かっています。もし、一緒でもよろしいのならば……」
 思った通りというべきなのだろうか。彼女は、先客のバオップが休んでいる間にコノハナの事も相手をしようという事らしい。彼女の性欲は底なしで、それこそ男二人で相手をしても、とても間に合わないほどだ。
 しかも、彼女は腹が膨れている。それは肥満ではなく、もうすぐ生まれる卵を見に宿しているのだという。しかし、そんな状態であっても性交をする方が、彼女には優先事項のようである。そんな底なしの性欲を持っている彼女であっても、行為の後はさすがに疲れはたまっているようなので、情交に満足したコノハナ達は掃除や食事の準備などを率先して行った。
 行きと違って、帰りは時間にもある程度余裕があった。まだ故郷の方も種まきの作業は始まらないだろうという事で、帰りは三泊四日ほど滞在して、その間は交尾三昧する予定であった。
 そして、二日目の夜の事だ。彼女は突然苦しみだした。何事かと思ってバオップともども心配そうに顔を覗きこむが、ロズレイドは気丈に大丈夫という。
「いや、どう見ても大丈夫そうに見えないけれど……」
「これ、卵が産まれるだけだから……何回もやってるから、大丈夫」
 かすれたような声でロズレイドはそう言った。生みの苦しみというのは辛いものだとよく聞く。コノハナの母も、弟や妹を産む際には非常に苦しんだのがおぼろげな記憶の中に残っている。
「そうなの……ならいいけれど……して欲しい事があったら言ってくれよな! 温めて欲しかったら、俺の得意分野だ」
 なんて言って、バオップは彼女を励ましていた。汗を拭いてくれだとか、手を握っていてくれだとか、そんな簡単なことしか頼まれず、卵が生まれた後も部屋の掃除くらいしか頼まれることはなかった。しかし、そんな産卵直前でも子作りに夢中になっていたというのは驚きの事で、コノハナとバオップは、さすがにやりすぎじゃないかと苦笑していた。
 それどころか、出産した後だというのに、彼女は『まだ夜は長いのだから』と、夜伽を要求する。コノハナの心のうちに、異常なものに対する恐怖が浮かんだが、それでも性の誘惑には勝てずに、二人は夜を甘く柔らかに過ごした。

 そして、次の日。彼女は朝起きたら、産んだばかりの卵を見ながら――
「さて、卵捨てに行かなきゃ」
 と、口走った。
「へ……?」
 コノハナもバオップも、その言葉には首を傾げる。
「卵……捨てるって……それ、子供が生まれるんじゃ……?」
「いえ、子供が生まれても育てられないので……卵のうちに捨てるんです」
 それの何がおかしいのだと言わんばかりの視線を向けてロズレイドは言う。
「いやいや、おかしいってば! それとも何、父親が誰だかわからないからとか?」
「わかったところで……その父親が引き取って面倒を見るというのならともかく、私は子育てなんて……出来ないですし、しませんよ。いても、邪魔なだけです」
 ロズレイドはしれっと言い放つ。問答をしていたコノハナは、理解が出来なくてしばらく絶句した。
「そりゃさ……子供が出来るとか、そういう事に対して考え無しにセックスした俺も悪かったけれどさ、だからと言っていくらなんでも捨てるのはやりすぎだよ……今までも、子供にはそうしてきたの?」
 コノハナの質問に、ロズレイドは頷いた。
「私は、セックスしたいだけだもの。そのために、生きているのだもの……そのために、子供は邪魔。どうして、あんなものが生まれるのかわからない……ただ気持ちよければいいのに」
 ロズレイドの態度は不満げだ。まるで子供が憎いかのような言い草だが、実際彼女にとってはそうなのだろう。
「もういい、さすがに不愉快すぎる……」
 コノハナは、あまりに理解不能なロズレイドの言い分と本性に、もはや怒る気力もなくしてしまう。殴ったり、平手打ちしたくなるのを堪えて、彼はまとめてある荷物を掴み、立ち上がる。
「もう行っちゃうの? まだ、やろうよ」
 ロズレイドが寂しげに尋ねた。しかし、その寂しそうな表情も、本当にセックスの事だけしか考えていないのだろうと思うと、途端に汚く思えてしまった。
「俺はもう付き合いきれないよ……卵は持っていくけれど、いいよね」
 怒った顔でコノハナが問う。
「うん、構わないよ……」
 それに対し、ロズレイドはなんら未練がない様子で答えた。
「……くそったれめ」
 それだけ言って、コノハナは捨てられそうだった卵を抱えて故郷へ帰る道へとむかい、逃げるように小屋を後にした。バオップも、さすがにこのロズレイドは気味が悪かったので退散しようとするが、だがよく考えれば自分はロズレイドとはタマゴグループが違うのだ。ならば、子供も生まれることはないし、関係ないんじゃないかと考えて、彼はロズレイドとの肉体関係を続行した。
 やがて、定期的にやってくるという常連客の二人組と一緒に三人がかりでロズレイドを犯したりなど、退廃的な快楽に身をゆだね、しばらくしてやっと故郷へと帰って行った。

 コノハナは、最初こそどこの馬の骨ともわからない卵を抱えて説教されたが、捨てられていてかわいそうだったからと説明して、卵の事を気にかけてやっている姿を見せていると、親や兄弟も段々と情が沸いてきたらしい。両親にとっては孫のような存在である卵を、兄弟にとっては少々年の離れた弟か妹のような存在になるであろう卵の中身を無碍に出来るほど荒んだ村ではないし、良い家族なのである。
 やがてロゼリアの男の子が生まれると、その子は家に受け入れられて、半年以上大きな病気もなく無事に成長している。その間に村の娘とのお見合いから結婚も成立して、そこそこに夜の生活もある甘い生活。その後に、バッタの大発生による大飢饉が起こり、税を払うどころか出稼ぎしてお金を得る事すらままならない一年があったが、、植物であった彼らは水だけ飲んでじっとしていることで、なんとか辛い季節を乗り越えた。
 
 そうして、翌年。出稼ぎに出る季節である秋が近づくと、気になってくるのは、2年前の春に出会ったロズレイドのその後である。追剥ぎを避けるための険しいルートで出会ったあの子は、今頃どうしているのか?
 それが気になるのはもちろんの事、妻よりもずっと技術も感触もいい彼女の体がまた欲しくなったのも事実であった。

 ◇

 農民の娘として生まれた14歳のギガイアスには両想いの恋人がいた。同じ農民として生きるゴローニャの男性であった。だが、彼女は意に反して親に24歳も年上の男と結婚させられそうになった。不幸は重なり、この大陸ではバッタの大発生による蝗害で、食料となる穀物が根こそぎ食い荒らされてしまったのだ。そのため、彼女の恋人は肉食種の贄に選ばれて、帰らぬ人となった。失意のうちに彼女は宛もなく村を飛び出る。

 村を飛び出た彼女は、険しい山道を当てもなく歩きながら、自分はこれからどう生きればいいのだろうと考える。山道は食糧となる石には困らないが、それだけ食べていては病気になることは明らかである。結局、自分が帰る場所はあの村しかないし、そして帰ったら親子ほどに歳の離れたあの男と結婚しなければならないのだろう。結納のために、今まで住んでいた家が土地や財産を多くもらえるのは非常にありがたい事なのだが、それでも、そんな年上と添い遂げるだなんて勘弁して欲しい。
 彼女は、途方に暮れてとぼとぼと山道を歩いていた。
「何か悩み事かい?」
 突然、上の方から声がした。急斜面の上の方に視線を移してみると、そこには湾曲した二本の青い角を携える草食種らしいポケモンがいた。そのポケモンの絹糸のように整った青い上半身。クリーム色の下半身も同じく絹糸のごとき艶やかさとしなやかさだ。美しさに見とれている間に、彼は崖上から飛び降りる。結構な高さから降りてきたというのに、蹄が奏でる着地の音は静かで小気味よい。きっと、柔軟な関節が衝撃を吸収しているのだろう。
「よかったら僕に話してみるといい」
「え、あ、あの……」
 見知らぬ、名前も知らない相手にいきなりそんなことを言われ、ギガイアスは戸惑う。しかし、相手はお構いなしに、安心してとばかりに微笑みかけてギガイアスを見る。
「あの……ですね」
 見ず知らずの人にこんなことを話すのもどうかとは思ったが、ギガイアスも自分の苦しみを誰かにわかってほしかった。同情して欲しかった。そんな気持ちも合わさり、雰囲気に流されるままに、彼女は己の事情を語る。その間、彼は心の弱った彼女をいたわるように寄り添い、『大変だったね』とか、『分かるよ、その気持ち』だとか、甘い言葉で慰めた。話し終わる頃には、そのポケモンは彼女の体を包むように体を密着させている。
 そしてしまいには――
「君がつらい事は分かったよ……でも、大丈夫」
「大丈夫って、何が……?」
「僕じゃダメかい? その、恋人でも、夫でも」
「いや、そういう訳じゃ……」
 そのポケモンが、ギガイアスの事をじっと見つめる。美しいポケモンだとは思っていたが、そのポケモンに見つめられると、彼の黒い瞳が息をのむほど美しさが分かる。闇を吸い込んだような黒い瞳は、じっと自分を見据え、その目を見つめ返している間に、ポケモンの口づけがギガイアスの口に触れる。
「煮え切らない答えはダメだ……喜んで、だろう?」
「はい……」
 そのポケモンの魔性の力に魅入られて、ギガイアスは堕ちた。
「僕の名前はケルディオ。僕は、君を愛してあげるよ。君が僕の、望む君である限りね」
 耳元でささやく声が、何度も何度も彼女の中で反響して、いつまでも彼女の心をとらえて離さない。
 そうして彼は、自身の住処に彼女を案内し、彼女の処女をいただいた。ギガイアスにとっては初めての性行だというのに、驚くほど痛みも少なく快感だけを享受して性行は終わり、そのたびにかけられる甘い言葉を求めて、ギガイアスは一晩でどこまでも落ちてゆく。
 ただの単純な技術とか、美しさとか、雄の象徴の大きさだとか、時折囁く甘い言葉だとか、匂いだとか。そう言った要素ももちろん素晴らしいものだが、それ以上にこのケルディオには、魔性の性質があった。女性を堕とす、魔力のようなものが存在していた。

 一夜明けて、彼は彼女に告げる。
「僕はね。淫乱な女性が好きなんだ」
 彼女の耳を舐める。
「だから、君は僕ために、出来るだけ淫乱になって欲しい」
 彼女の耳を舐める。
「君のために、住処も用意している。そこで数多の男と交わってほしい。そうすれば、僕は君をもっと好きになれる。どんどんと落ちてくれ……」
 彼女の耳を舐める。ぞくぞくする快感が耳から押し寄せてくる。
「以前に同じことを任せていたロズレイド……彼女は賊に浚われちゃってね。だから、君がその後任となるんだ」
 耳を舐める。抑えきれない快感に体が打ち震える。
「嫌だったら、逃げて帰るといい。年上の許嫁に、気持ちよくも楽しくもない、愛のないセックスで孕ませてもらうといい。君がどうするかは、君が決めるんだ」
 耳を舐める。快感が許容量を超え、彼女は足をがくがくと揺らしながら、膝の力が抜けてその場にへたり込んだ。


 ◇

 コノハナは、考えれば考えるほどロズレイドの様子を見てみたくなり、結局彼は戻るまいと思っていたあのルートに舞い戻る。彼女の誘惑するような目つきと体が、忘れられないのだ。しかし、あの小屋に居たのはロズレイドではなくギガイアスで、彼女はアーマルドと交尾を繰り広げていた。
 どういうことなのか、なぜロズレイドではなくギガイアスがいるのか聞いてみたいとも思ったが、ロズレイドのあの不可解な言動を聞いた後だと、何だか聞くのが怖くなった。その結果、コノハナは寄り道することなく街を目指した。愛する妻と子供を、これ以上休眠させる必要がないように暮らすため。少しでも贅沢させて、幸せにしてあげるために、街でお金を稼がねばいけない。彼はすっかりいいお父さんであった。

 ロズレイドは、一度は逃げようとした。ギガイアスも一度は逃げようとした。けれど、ダメだった。彼の、『いつもの姿』をしたケルディオの魅力には、誘惑には抗えなかった。彼の魔性の瞳は、体ではなく心に対して黒い眼差しのような魔力を働かせ、脳裏にケルディオの姿が浮かぶたびに、彼女らは子宮が疼いて誰かに犯して欲しくてたまらなくなった。
 性の誘惑に負けた彼女らは、案内された小屋に戻るしかなかった。


 そこは、誘惑の戻り道。そこでケルディオに誘われても、決して誘惑に乗ってはいけない。そこで何をされようと、決して誘惑に負けてはいけない。一度捕らわれ、誘いに乗ってしまえば、逃げようとしても、最終的には彼の元に戻るしか生きる道がなくなってしまうのだから。
 いつしかそこには、捨てられた卵に宿った魂や、性欲の底なし沼に落とされ救われることなく死んだ魂があつまり、ダンジョンを形成した。最深部には、今でも性欲にまみれた幽霊が天に導かれることなく、さまよっているそうだ。

「っていう伝説があってね。いやはや、この伝説を聞いていると、こいつが同じ状況になった時に誘惑されないか心配でさ」
「それはこっちのセリフよ。貴方だって、同じ状況でロズレイドに誘われたら、ホイホイ従がっちゃうんじゃない?」
「ははは、否定できないけれどさー……お互い早いところ結婚相手見つけなきゃね。と、それで……このお話のケルディオなんだけれどね。
 かつて、希少なポケモン達は、伝説のポケモンとされて、めったなことじゃ人前には出なかったんだ。
 今では、俺の知り合いにもケルディオはいるけれど、当時は畏怖の対照だったんだろうね。だから、根も葉もない色んな噂があったんだ。
 例えば、ケルディオはいつもの姿をバイコーン。覚悟の姿をユニコーンって呼ばれていたんだ。
 ユニコーンなんかは処女じゃない女性に対しては烈火のごとく怒りだす性質があるけれど、バイコーンは不純の象徴でね……
 バイコーンはユニコーンとは逆に淫乱な女性が好みだったとされているんだ。
 それが事実で、この誘惑の戻り道の伝説の元となったのか、それとも淫乱な女性を好むっていう伝説は風評被害で、こういう伝説は創作だったのか。それは今となっては分からない」
「けれど、知り合いのケルディオにそのことを尋ねたらさ……顔を赤らめて『なななないから! そういうのは絶対にないから!』って否定してたわ。
 隣にいたビリジオンが笑ってて、私達も爆笑ものだったわ」
「なんにせよ、お話に出てくるケルディオが特殊な存在であって、普通のケルディオは別段普通のポケモンとそんなに性格は変わるものじゃないみたい。
 そんなイメージがついたケルディオはさぞかし迷惑だろうね。実際に、今でもその伝説を信じている人がいるから、知り合いも迷惑しているし」
取材協力:ダンジョン研究家だというブラッキーとエーフィの二人組


夢見の島 

殺すなら手段は選ばない


 昔々あるところに、周囲を海に囲まれた小さな島があった。その島に、まだ不思議のダンジョンがなかったころのお話だ。
 平和だったその島は、島民たちがいつも笑顔で暮らしていた。あまりに平和だったので、平和ボケしており、彼らには喧嘩や諍いという概念はあっても、殺し合いに至るようなこともなく、また肉食のポケモン達も魚を取って食べることで、草食のポケモン達と上手く共生しており、『贄』という制度とは縁が遠い場所であった。
 そんな平和に島に、ある日突然乱暴なポケモンが飛来してきたのだ。

 そのポケモンは、尻尾に生涯消える事のない炎を携え、暗緑色の翼膜を翻して空を駆け、鋭い爪と牙であらゆるものを引き裂き、破壊する。彼は、肉食種の貴族で、戦争となれば戦いで武勲を示すことが仕事の兵隊である。彼は大きな街で一番の強さを誇る豪傑であったが、バッタが原因で飢饉が起こった際には、あまりに粗暴なふるまいいが目に余り、追放されてしまい、ここに流れついたというわけだ。
 この島はバッタの被害を受けなかったために、食料が豊富であったことに目を付けたのである。

 そんな彼にいいように島を荒らされるのは、島民が平和ボケしていたのもあった。しかし、それを差し置いてもリザードンは強すぎる。暴力で食糧を奪い、一番いい家に暮らしていた島の長の家を奪い、そこで女を要求した。時折男も要求した。女を連れていけば、何をされるかは大方予想がついたため、島民たちはあいつを追い出そうと話し合う。
 島民の数は300人に満たない数で、まともに戦えるような大人などおらず、それでも相撲祭りで優秀な成績を収めた10人の力自慢が送り込まれた。しかし全員、返り討ちにされた。彼は島民たちの攻撃をいなし、受け止め、避け、かすり傷ぐらいは受けながらも力自慢の島民達を攻撃。爪で引き裂き、牙で噛み砕き、炎で焼き尽くし、風で切り裂き、翼で殴打し。終わった後には、焼けた肉塊だけが残った。リザードンは圧倒的な力で、たった一人で、島民を支配を終えた。

 
 結局、島民たちは女と食糧を泣く泣く差し出すしかなかった
「へ、いい女じゃねえか……」
 竜か、もしくは鱗獣の血筋を持つ者*1を差し出すようにリザードンは要求した。島民たちはその要求に従い、彼には不幸にもくじ引きで選ばれてしまったクリムガンの娘を差し出した。
 クリムガンは怯えて泣いている。その怯えた表情がそそる。刺々しい彼女の体が、恐れで縮こまる。祈るように胸の前で手をいじり、下にうつむきリザードンとは決して目を合わせようとしない。
「どうした? 早くこっちに来いよ」
 扉を開けたままクリムガンは突っ立っており、扉を閉めようとすらしなかった。リザードンに急かされて、おっかなびっくりにクリムガンは歩み寄る。震える手で扉を閉め、薄氷を踏みしめるように歩んでいく。
「早くしろ!」
「ひぃっ!!」
 リザードンは待ちきれずに、立ち上がる。肩をすくめてクリムガンは怯え、むしろ凍り付いたように動けなくなる。苛立ったリザードンがずかずかと近寄り、彼女の手を掴む。強引に引っ張られ、つんのめりそうになりながら居間に連れてかれる。
「座れ」
「は、はい……」
 震えながら、クリムガンは座り込む。何も言わずに、彼は強引に口づけをした。驚き、目を見開き、嫌なのに、それをどうこうしようという気分が沸かない。怖くて、怖すぎて体が動かない。そうこうしているうちに、張り手が叩き込まれた。ご丁寧に、鋸の歯を並べたようなサメ肌には触れないで済む場所へ。
 キャッと驚き声をあげるクリムガンの顎を自慢の握力でつかみあげ、牙の隙間から炎を覗かせながらリザードンが睨む。
「きっちりやれや。ちぢこまっててもこっちは楽しくねーんだよ。舌を絡ませて、俺を楽しませてみろよ、おい? それとも、使えねー舌なら噛みちぎっちまうか?」
 いきなり顎を押さえつけられ、クリムガンの目には涙がにじむ。舌なんて、食事中に噛んだだけでも相当痛いのにこの男に噛まれたらどんなに痛いのか。想像するだけでも顎が震えるくらいに怖い。恐怖で痙攣しそうな心持ちのまま、クリムガンは舌を噛まれないために必死でリザードンの舌を絡めた。
 奴の唾液が自分の口の中に入り込んで、それを今すぐにでも吐き出してやりたい気分だが、そんなことをしてしまえば何をされるかわからないために出来ない。気持ち悪いだけでなく、泣きそうな恐怖と戦うことでこみ上げる吐き気を堪え、クリムガンはその苦行に耐えた。
 そうしていくうちにリザードンは気分が高まってきたらしい。怯えて縮こまる彼女とは対照的に、勝手に盛り上がっていく暴力的な肉の槍。口を離された時に見えたそれの大きさは、別段逞しいというわけではなくごく平均的だが、処女のクリムガンにはまだ辛いだろう。思いを寄せる男性のものであれば、嫌悪感は湧かないであろうが、島民を殺した傍若無人な振る舞いをした相手のモノだと思うとこうも醜く思えるものか。
 彼女にはリザードンがしようとしている事と、その意味をきちんと親から学んでいる。ゆえに、嫌悪感も倍増だ。こんな奴の子供なんて残したくないと、逸らした目から涙が浮かぶ。
「おい!」
 怯えて、現実逃避のように上の空になるクリムガンに、リザードンがすごむ。
「は、はい!」
 クリムガンはすごまれ、反射的に肩をすくめる。
「こいつを咥えて綺麗にしろ」
「これを……ですか?」
 股間のスリットから露出した男根。それを指さしリザードンは言う。
「まさか出来ないなんて言わねーよな? 綺麗にするついでに気持ちよくしてもらいたいんだが……」
「は、はい」
 顔を掴まれ、強引に正面を向かされて、怯えながら、震える声でクリムガンは頷く。大人の男たちが惨殺されたのを見た後では、噛み付いてやればその間に逃げることも出来るのだろうかとか、そんな思考すら浮かんでこない。こみ上げる吐き気を堪えながら、悪臭を放つそれを咥えて奉仕するしか道はなかった。室内には、尻尾の炎が燃える音だけが静かに響いている。
 ぎこちない口での奉仕はじれったく、しょっちゅう牙も当たるために、クリムガンは機嫌を損ねたリザードンから何度も何度も痛みを伴う命令をされた。ひっぱたかれ、手首を握りつぶされ。痛みと恐怖で溢れた涙が彼女の顔をぐちゃぐちゃにする。しかし、どんなに痛めつけられたところで技巧が急激に成長するわけもなく。リザードンには精神的な愉悦はあっても、拙い舌技による煮え切らない快感にはむしろ苛立ちすら覚えてしまう。
「もういい、口を離して床に手を付け」
 結局、その奉仕ではたいして満足することも出来ず、リザードンも飽き飽きしてそれを終わらせた。ようやく解放されたことにホッとする間もなく、次の命令が下される。そのポーズが意味するところは、交尾という行為の最終的な形に通じるもの。悪くすれば、この男の子供を身籠ってしまう。そうでなくとも、痛そうだし汚らわしい。逃げたい、だが逃げられるはずもなく、唯々諾々と従った。
 リザードンに言われる前に尻尾を上げて、大切な場所を曝け出す。恐怖と羞恥に耐えられないことが、震えているその体からもわかる。尻尾を掴まれ、彼女の体はより強張った。
「ふぐぅ……うぅぅ……」
 そして、すすり泣いた。本来ならば惹かれあった者同士の神聖な行為を、こうも汚い形で侵されて、言葉に出来ない嫌悪感が嗚咽と涙になって表れる。だが、それで許されるわけもなく。むしろ、そうでなくては面白くない。尻尾を掴む手の力がより一層強くなる。サメ肌に触れぬように宛がわれたその手はクリムガンの体を無慈悲に押さえつける。
 もはや逆らう気力もないクリムガンに、リザードンは遠慮なく彼女の純潔を貫いた。まず初めに、悲鳴。
 彼女への気遣いなど一切ない種付けによって生じる痛みに、絹を裂くような金切り声がはじけた。痛い痛いと叫ぶ苦悶の声。暴れて逃れようとする少女の体は、無慈悲に押さえつけられたまま憎き敵の手の内にある。血を伴う傷口となった彼女の胎内を、リザードンの雄が容赦なくえぐり、引き裂き、逆撫でし、痛覚を逆撫でする。
 痛いと訴える声はかすれゆき、しかし痛みは過ぎ去ったわけではなく、男が満足するまで何度でも与えられる。慢性化した痛みは彼女の痛覚をマヒさせ、意識を朦朧とさせる。だがそれに応じて快感が訪れるというわけでもなく、ただジンジンとした熱が体の内で暴れまわる苦痛がいつまでも終わらない。そして痛みの終わりを告げる合図も、救いではない。
 彼女の中で終わりの合図を知らせたリザードンの生理現象に、感じるのはただただぞっとする怖気のみ。これでやっと痛みが解放されるのかという安堵もあったがしかし、完全に純潔を犯されたという事実が、重く重くのしかかっていた。

 その後も、小休止を経てクリムガンの少女は何度も犯された。数日前まで純粋無垢で、幸福な未来を夢見ていた少女は最悪な形で大人になり、そして人生に絶望した。リザードンを毒殺しようにも、彼は体が小さな子供に毎日毒見をさせていた。毒を仕込んで殺す事は不可能であった。あるいは、子供一人の犠牲で済むならと、遅行性の毒でも盛ればよいのかもしれないが、あいにくそんな効き目が遅い毒はこの島には存在しなかった。
 クリムガンは飽きるまで犯された。三日間の悪夢であった。帰宅を許された彼女は何も喋らず、一人で部屋に閉じこもっている。まるで冬眠でもしているかのように、ピクリとも動かなかった。
「次は私が行きます」
 今度は誰を向かわせようかという話になった時、そう申し出たのはミロカロスの女性であった。彼女は、この島で一番の美しい女性で、旦那も子供もいた身。リザードンに身をささげるという事はそれら家族を裏切ることになってしまう反面、もう子供がいるのだから、ここで低層が汚されることがあっても後悔は無いというのが彼女の主張であった。
 それに、彼女は自身の美しさを自覚している。普段はそれを鼻にかけるような事はしないが、こういう時は利用できるだけするべきだと彼女は考える。私なら、奴も満足するはず。私なら、他の子が被害にあうのを食い止められるはず。むしろ、私が最初に行ってあげるべきだった。彼女は、そう語る。
 リザードンが要求した処女という条件は満たしていないが、彼女ほどの美貌ならば大丈夫かもしれないと、彼女の親戚や子供は泣く泣く彼女の意思を尊重することにした。

 クリムガンに飽きたので、次の女を寄越せ。リザードンは処女を寄越せと注文したのだが、やってきたのは処女ではなく、子供を産んだ経験すらある女性だった。それに対し、初見だけで気づいたわけではないが、彼女の落ち着き払った態度。クリムガンと違い、まっすぐに自分を見つめてくる目線。処女が恐れもなくそんな視線を向けてくるのは正直ありえないと考えるし、それに処女にしては年齢も高すぎる。
「お前、処女じゃねーな?」
 いぶかしんだリザードンが尋ねると、ミロカロスは恐れる様子もなく頷いた。
「はい、もしお気に召さないのであれば……きちんと処女の女性を用意しておりますが」
 ミロカロスは相手の目を見て、そう語る。
「いや、いい……。処女じゃねーのは痛いが、いい女じゃねーか。ん? こっち来いよ」
 リザードンに気に入られたのを感じ、ミロカロスはふっと口角をつり上げる。
「お気に召しましたか……光栄です」
 傍目には、ミロカロスはリザードンに心酔しているように見える。気に入られたとみるや目つきが変わり、口もだらしなく半開きに。のぞかせる長い舌が、たっぷりと水分を帯びて光を照り返している。
「……実は、私。島の仲間にはこれ以上他の女性を泣かせないようにと、自ら申し出たのですが。それは建前なんです……本当は、貴方のその強さ、逞しい体にほれぼれとしてしまいまして」
「ふぅん」
 満足げにつぶやき、リザードンが立ち上がって彼女を見下ろす。妖艶に変わった顔と声色。湿り気を帯びた美しい鱗。鱗の下にあるしなやかな彼女の体。そしてその肉の柔らかさは、曲げた時に出来るたるみや皺から存分に感じる事が出来る。下半身の美しい模様は見ていてうっとりするほど。眉毛のような位置にあるヒレ、触覚。どれも彼女の美しさを引き立てる鮮やかな色で、炎に照らされた彼女の顔を彩っている。
 ミロカロスの全身を値踏みするように人通り見回すと、リザードンはそれだけで興奮を覚えて体内にしまわれた肉棒が顔を覗かせる。彼女の特性はメロメロボディ、その気になればその程度の生理現象を男に起こさせることなど造作もない事である。
「いいぜ、俺に犯されたいだなんて、悪い女だ」
 すっかりご満悦な様子でリザードンが口にし、間髪入れずにミロカロスへ口づけた。鋭い爪と引き締まった筋肉の詰め込まれた腕に首筋を抱かれ、引き寄せられるようにしてされた強引な口づけを、ミロカロスは拒む素振りを欠片も見せずに、むしろ積極的に口を押し付け、舌を絡めて見せる。
 その蛇のような容姿にふさわしい長い舌は、リザードンの想像以上に彼の口の中を暴れまわった。最初こそ舌を引き抜かれるかと思うくらいに吸われたが、それが収まると彼女は目が覚めたかのように、リザードンの口の中をまさぐる。
 自分の舌ですら探れないような口の中の奥まで、隅々と撫でまわす彼女の舌。普段あまり触れない場所まで触れられるものだから、思わぬこそばゆさに犯した数が豊富なリザードンですら、ぞくぞくと体を揺さぶる快感が込み上げるほど。
 彼の高い体温には、冷たいミロカロスの舌が強く自己主張するのもあるのだろう。そのせいで鋭敏になった感覚が、とことんまでリザードンを夢中にさせた。
「乱暴なキスね。でもそういうの嫌いじゃないわ」
「そうかい? この程度で乱暴だなんて言ってちゃ、後がつらいぜ?」
「あら、それは楽しみ。だって、この島……軟弱な男たちばかりなんだもの。強くって、男の魅力にあふれた男……確かに、殺しちゃったのはやりすぎだけれどねぇ。でも、そんな弱い男たちよりも、貴方のような人の方が何倍も格好いい。魅力的な男よ」
 息が当たるほどの距離まで近づけた顔。その距離で濡れた瞳を見せつけ、うねる体はリザードンの胴を一周して彼の暖かな素肌を冷たい素肌で味わっている。互いの体がこすれ合う感触に陶酔しながら、リザードンの体へ刺激と官能を与える事は忘れない
「お願い、貴方の体……全部味わわせて。食あたりを起こすくらいに、貴方の体を貪りたいの。だから、ね……いいでしょ? これが欲しいの」
 そして尾びれに近い部分はすっかり屹立している彼の肉棒を這うように撫で、快感と呼べるほどの者は感じないまでも、確実に性欲を高ぶらせるには一役買っている。
「いいぜ、どっちの口で咥えるかはお前が決めな」
「うふっ、ありがとう」
 彼女は段階を重んじた。彼女はさらにリザードンの体に絡みつき、首筋を舐めながら下へと首を降ろしていく。鎖骨辺りは特に執拗に舐め、その最中にも肉棒が小突かれるのだから、焦らされる方は気が気ではない。
 脇の下から脇腹を舐め、そのまま体の上を這うようにしてギュッと巻き付きを強くして、相手の体を感じる。もちろん、痛みは感じない程度にだ。締め付けられることで、互いに互いの体の感触を強く感じ合い、その心地よさに陶酔は深まる。やがて彼女の口はリザードンの陰茎へとたどり着いた。
 いきなり丸呑みにするかのようにぱくりと咥え、歯のない口で咀嚼するように包み込む。歯がない分だけ、強く銜え込んでも牙が刺さるようなこともなく。心地よい強弱をつけて、ひたすらに愛撫する。クリムガンはぎこちなかったその行為は、熟練したミロカロスと比べるべくもない。舌が絡みつき、上顎と下顎が締め付け、唾液になぶられ、歯のない口腔で愛撫を続けられたリザードンの雄槍は、搾り取られるように爆ぜた。
 技巧に反比例するように素早く達したリザードンの顔を上目づかいに見ながら、射精を終えて満足するまで彼女は咥えたまま吸い取り続ける。リザードンがうっとおしいと感じる前に彼女は口を離し、口の中にたまったものをすべて飲み下した。
「まだ、終わりじゃないわよね」
「当然」
 長い舌をした舐めずりしながら尋ねるミロカロスに、リザードンは押し倒しながら答える。床に組み敷かれる形になって、先ほどのお返しとばかりにミロカロスの首筋を舐める。それだけでミロカロスは甘い声を上げ、悩ましげに長い胴体をくねらせる。常に濡れているかのように艶やかな鱗に舌を這わせるごとに感度と興奮は高まっていくようで。
 しまいにはリザードンがただ舐めただけでも、体がのけぞらんばかりの反応を示すように。そうこうしているうちに、ミロカロスの下半身は準備を終えていた。雄を受け入れんと、その入り口は手招きするように妖しくうごめき待ち構えている。舐めることで二回戦に備えていたリザードンもそれを見て、射精によって失せていた性欲が徐々に息を吹き返していくのを感じる。
「もう行けるかしら?」
「もうちょっと待ってろ」
 リザードンは、首筋を甘噛みしたり、口づけをしながらミロカロスの体に股間をこすりつける。そうして高まり、滾った情欲が形になって、リザードンは臨戦態勢に入る。
「立派ね……美味しそうだわ」
「あぁ、今から味わえよ」
 言い終えて、今度は思いっきり口付けをしながらリザードンが彼女の大切な場所に、自身のものを宛がった。最初は割れ目をこすりつけるような動きだったが、それを数回繰り返したところで割れ目の中にずぶりと押し込まれ、ミロカロスのうずいていた胎内が満たされていく。
 待ち構えていたミロカロスの体は、訪問者をもてなすようにもみくちゃにする。柔らかな肉の壁が、リザードンの肉棒を絡め取るように、揉みしだくように、吸い込むように、こすりつけるように。ありとあらゆる動きでリザードンの精を搾り取らんと、襲い掛かっている。リザードンはすでに一度達してしまったため、ちょっとやそっとの歓迎では屈しない。むしろ、ミロカロスを鳴かせてやろうと、躍起になって彼女を攻め立てた。
 とはいえ、リザードンの肉棒は平均的な大きさ。そしてミロカロスは体格も巨大なために、彼女を満足させるにはむしろ大きさが足りないぐらいだ。しかし相手もそれは心得たもので、逞しい体格に抱かれ、口づけや手による愛撫も併用されれば、例え主賓であるものがそれほどでなくとも女性は十分に感じてしまう。首筋を舐められながら割れ目を弄られ、それを繰り返しているうちにミロカロスは緩やかに達してしまった。
 そうして膣が痙攣し、締め付けが強弱を繰り返すと、リザードンに与えられる刺激は最高のものとなり。
「おい……きちんと孕めよ?」
 限界が近い事を感じてリザードンがそう告げる。
「それは、もちろん……」
 虚ろな意識の中で、ミロカロスがそう返す。彼女の膣の激しい痙攣が終わるころに、つられるように絶頂に導かれてリザードンも達してしまった。二人は、絶頂を終えて繋がったまま荒い息をつく。気を取り直して長い長いキスをすると、二人は時間をおいてまたまぐわいあい、何回目かの行為を終えて、ようやく眠りについた。

 そうして翌朝。太陽が目覚めるとともに起き上がったミロカロスは、鎌首をもたげて深呼吸し、そっと目を閉じる。そうしてしばらくし手目を開けると、明鏡止水の心持ちの中、目の前で無防備に眠るリザードンへそっと口付ける。昨晩の行為でリザードンは夜ほど消耗したのだろうか、ミロカロスの舌を無意識に受け入れた。だが、目は覚まさなかった。
 彼女は、そうして舌でこじ開けた彼の口の中に、容赦なくハイドロポンプを叩きこむ。驚くよりも先に、リザードンの臓物が爆ぜた。肺も、胃袋も、食道も、鼻も。長い体をばねのようにして飛び退ったミロカロスが、もがき苦しむリザードンに毒々でダメ押しをすると、逆流した水の中に血が混じっていた。十数秒で暴れる事すらできなくなり、白目をむいて痙攣するリザードンに、ミロカロスはとどめとばかりに首に向かってアクアテールを放つ。必殺の断頭台。
 効果は抜群の一撃がしなりながら振り下ろされると、リザードンの無防備な首の骨をやすやすと打ち砕いた。

「おやすみなさい」
 彼女は、確かにリザードンのような逞しい人は好きである。彼女の夫も、村では力自慢で相撲祭りでも優秀な成績を収めていたため、彼女の言葉に偽りはない。ただ、そんな夫を殺し、そして暴君じみた行動を行うリザードンのような輩ならば話は別。そんな者に好意を抱くほど、彼女は愚かではなかった。
 そんな彼女の捨て身の戦法により死体となったリザードンは、そのまま死体を流すのでは海の神に穢れを押し付けることになるため、厳重に焼き払ったうえで、街のはずれに残飯と一緒に土に埋められた。
 一方、ミロカロスは運悪く彼の子供を身籠ってしまった。島の人達はそんな汚らわしい血の混じった卵など叩き潰してしまえと命じたが、彼女は生まれた卵を潰す事が出来ず、愛する夫との間に授かった子供を両親に預けて海へと旅立ち、その後の行方はようとして知れない。

 いつしか、リザードンを埋めた場所が不思議のダンジョンの入り口となった時、人々はそれをリザードンの悪霊が持つ恨み憎しみによって生じたものだと考えた。このままでは集落もダンジョンに飲み込まれてしまうのではないかと考えた島の者達は、リザードンの悪霊を追い払うため、彼女を模したミロカロスの飾りを集落の周りに飾ることで、リザードンの亡霊を恐れさせて、人の住む場所がダンジョンに飲み込まれることを避けたそうだ。

 夢見の島は、夢を見ながら死んだポケモンの憎しみが作ったダンジョン。そのダンジョンに島や集落が呑み込まれないように、その近くの村では今でもミロカロスが魔除けとして使われている。


いかがでしたか? 夢見の島に関するお話はこんなところです。
あ、あと……このお話に関しては、中身を要約した歌がありましてね……
平和な暮らしをする島に
酷いトラブルやってきた
暴れん坊のリザードン
女と家と食糧を
島の皆に要求し
平和な島は大迷惑
これでは困るとミロカロス
夜の相手の志願して
リザードンを魅了した
油断をしているリザードン
彼女の前で眠りこけ
目覚めのキスのその時に
陸で溺れるリザードン
溺れた死体は捨てられて
怨念集まりダンジョンに
さてさて一方ミロカロス
彼女は子供を身籠って
村には居れぬと海に出た
その後の行方は知れないが
卵の中身はどちらかな?
ヒンバスならば死なないが
ヒトカゲならば死んだはず
今ではそれもわからずじまいだ
こんな歌が、あの島には残っているんですよ。しかし、なんていうか、同じ女性として……ミロカロスの真似は出来ないなぁ……って思います。
すごいですよね、復讐のためにそんな事が出来るなんて。それとも、大切な人を殺した憎い相手と体を重ねることも、復讐心があれば可能なんですかね?
ちょっと、想像できないです……それに、そんなに憎い相手との子供でも、愛着を持ってしまったのは少しかわいそうな気がします……
卵の中身がヒンバスなら、海で生きられたでしょうが、ヒトカゲだったら本当につらいでしょうね……せめてヒンバスだったと信じたいです。
あぁ、ダンジョンの場所でしたら、地図を差し上げましょうか?
たまに依頼が来る場所なんで、案内は常にできるようにしているんです。
取材協力:パラダイスに住むマリルリの女性





ささやきの木立 

笑顔は人を美しくする


 とあるところに、雪国から逃げるように移り住んできたカゲボウズがいた。彼は、避難の最中に賊と出くわし、逃げている途中に親とはぐれ、そのまま迷い続けて街にたどり着く。彼は空腹で意識も朦朧としていた時に、キルリアの女の子と出会う。それはまさに運命の出会いであった。
 キルリアの女の子に介抱されたカゲボウズの男の子は、その家に厄介になる形で住みつき、農民として暮らし、農作業を手伝うことで居場所を得た。そして、順調に成長した二人は、いつしか愛で結ばれて、子を授かる。
 サーナイトとなっていた彼女は、自らの卵を温めながら、どんな子供が生まれるのかを、夫とともに毎日を楽しみに生きていた。

 そんな幸せの絶頂の二人を、大きな不幸が襲った。バッタの大量発生である。どこからか大量に湧いて出たバッタは、東から西へと移動しながら、その地域にある食糧のすべてを根こそぎ食らいつくし、あらゆる植物を死滅させた。
 各地で餓死者や略奪、強盗が蔓延り、断食に慣れたチャーレムたちが子供に食料を恵んでも、その親が食料を奪って食べるような光景が見られ、体に生えた木の実を与えた草タイプのポケモンが、そのまま飢えた草食種達に喰われてしまう事もあった。
 肉食種のポケモン達は、非常事態宣言を出して、贄に選ぶ者の量を例年の数倍にまで引き上げたが、それでも飢餓は止まらず。ある日、自宅の倉から引っ張り出した、干し葡萄を皆に振る舞おうとした際、妻のサーナイトは強盗に殺されてしまった。その結果、カゲボウズから進化したジュペッタと、その卵だけは生き残った。
 悲しみにくれながらも、子供を支えなければいけないと奮起して、ジュペッタは虫を食べ、木の根をかじりながら卵とともに食糧のある場所を探し歩いた。そうこうしているうちに孵化した子供はラルトス。母親のいないサーナイトを、子育ての基本すら知らないジュペッタが育てるなど、不安は絶えない。だが、やるしかなかった。もしもの時のためにとサーナイトが財産の一部を金塊と銀塊に変えていたため、ジュペッタは食糧を多めに貯蔵していた人里離れた村にて、その財産と引き換えに食料を得て、なんとか命をつなぐことが出来た。
 その村にて、秋撒き小麦の一連の世話の手伝い仕事を得たジュペッタは、子どもを背中に背負いながら、小作人として搾取されるような給料で働いてゆかねばならなくなった。例え、食べる物がお金のかからない『感情』が主食であったとしても、風雨をしのげる屋根のある家に住むには、お金が必要なので、必死に働きぬいた。

 そこで働いている人達は、いわゆる農奴であった。高額な土地の使用料と引き換えに得られる賃金はわずかなもので、そのおかげで収穫で得たお金は殆ど土地の使用料に回ってしまう。そのため、小作人たちはいつまでも自分の土地を持つことも出来ず、搾取されるしかないのである。
 かつてジュペッタとサーナイトが暮らした土地は、土壌も肥えており、領主も人格者であったために、そこで暮らす者はある程度生活に余裕があったのだが。そうでなければ、親とはぐれたカゲボウズなんて無慈悲に見捨てられていたことだろう。しかし、この土地には慈悲だとか、そんなものはなかった。
 わずかな貴重品を渡して無一文になったジュペッタは、飢えないために働き詰めた。辛くても苦しくても働きづめる。他の人達が、運命を呪い地主を憎んでいるおかげで、怨みの感情という餌には困らなかったのは幸いであった。だが、ジュペッタは肝心なことを忘れている。ジュペッタは、憎しみを喰らう事で場の雰囲気をある程度よくする事が出来、例えば喧嘩をしている男女の憎しみを食べれば、怒りが収まって円満になったり、友情が長く保たれたりする。その結果生まれた幸せな感情がサーナイトの糧となるのだが、それは以前住んでいた豊かな村だからできた事である。
 この土地では、多少憎しみやら恨みといった感情を食べたところで、喜びや楽しみといった感情が生まれる事はなかった。奥さんのサーナイトは、普通の食べ物だけでなくそう言った嬉しい、楽しいといった良い感情を糧に成長していたがしかし、ここにはラルトス族が好む、明るい感情は殆どない。
 それでも、彼女の角は感情を無条件で吸い続けてしまう。それはラルトスにとっては、大嫌いな匂いの物体を、鼻の間近に持って行って延々と匂いをかがせるような、そんな拷問に近い耐えがたい行為である。

 当然、ラルトスは気分が悪くなり、農作業中に背負われている最中に何度も吐き散らす。体調もよく崩し、しょっちゅう熱を出したり下痢などを繰り返しては、ジュペッタの手を焼いていた。そうやって体調を崩し続けていたおかげなのか。ラルトスは言葉を覚えるのも遅く、体つきは貧相に。そして、何より醜かった。
 腹は不自然に膨らみ、顔の皮膚はまるで老人のように皺が出来、ところどころに黒ずんだシミが出来ている。肌は乾燥しておりフケも酷く、髪はぼさぼさで何日も手入れしていなかったかのように広がっている。捨ててきた故郷に戻り、また昔暮らしていた元の家に帰ろうとおも思ったが、今は子供を連れていくだけの路銀も足りず、またラルトスの体力が心配で不可能であった。それに、もしかしたら帰った時にはすでに自分達の暮らしていた家がない可能性だってあるだろう。
 ジュペッタは、すでにここで暮らすしか選択肢は残されていなかった。

 そうやってこの土地で暮らし、ラルトスに物心がついてくると、彼女は自分の顔があまり良くないものであることに気付き始める。そうしてラルトスは、同じく小作人仲間の子供達と会うときは、目を伏せるように徹するようになった。
 しかし、遊び盛りな子供は、時にして残酷なもので。いつからか、彼女が目を伏せていることや、その顔の醜さをからかって遊ぶようになっていた。そうして得られる『楽しい』という感情もまた彼女のエネルギーになるのだが、それをエネルギーにするには、自身から発せられる『悲しい』『辛い』『怖い』の気持ちが邪魔をして、僅かな楽しいという感情を受け取ることも難しかった。
 そうして彼女は、より卑屈になり、醜くなり。遊びには絶対に参加せず、農作業の最中も、休憩時間も、父親からは一瞬たりとも離れなくなった。少なくとも、父親の元に居れば、石も投げられず、罵声を浴びせかけられることもなく済むからだ。


 転機となるその日は、彼女がキルリアに進化した日であった。彼女はキルリアに進化できたことに喜び、父親に抱き付いて喜びを伝えるのだが。父親から感じる感情は愛おしさや嬉しさの中に、疎ましさ。そして、言葉にし難い、なんというかがっかりとした、失望の感情。
 ハッと気づいて、もっと詳しく角で感情を探ってみる。『どうしてこの子は……』そんな心の声が聞こえてきた。
「父さん……」
「ど、どうした?」
 父親も、他人の感情には敏感な種族である。そのため、キルリアが何かよからぬ感情に陥っているという事は何となくわかった。キルリアとなった娘は自分が醜いからいけないんだ。私はダメな子なんだと、猛烈に自分を責めていた。
 キルリアに進化したことで、彼女の繊細な心は、さらに深く傷ついてしまうことになる。
「ううん、何でもない……頭、撫でて欲しいな」
 それでも、キルリアは気丈に振る舞うことにした。大丈夫、これから見返してあげればいいんだと。立派な娘になれば、みんな喜んでくれると。

 キルリアとなった彼女は、同年代の子供達にその姿を見せる。相も変わらず醜い外見であった、それでも、進化できた喜びを分かち合いたいと。だが、それが最大の失敗であった。ラルトスの頃は、分厚い髪の防壁のおかげで顔が見にくかったのだが、キルリアに進化することで、彼女の顔は以前よりも見やすくなってしまっている。
 その醜い顔が、はっきりと見えるようになったとき、彼女が受取ったのは強い嫌悪感。
 うわぁ、醜い……
 気持ち悪い
 何こいつ、なんでこんなに自信満々なの?
 近寄らないでほしいな
 より機微に感じられるようになった角で、彼女はそんな感情ばかり受け取った。彼女は、石を投げられる前に逃げた。泣きながら、農村を抜け、近くの森の中へと逃げ込んだ。誰の感情も来ない場所へ、どこか遠くへと向かうために。虫を食べ、果実を食べ、落ちているドングリを食べて飢えをしのぎ、雨水や泥水、朝露を飲み、その果てにたどり着いたのは、森の中で旅人たちが通る道であった。人通りが随分と激しいようで、特に整備をした様子もないのに背の高い草がほとんど生えていない道が近くにある場所で、キルリアは草木を集めて雨風がしのげる場所を作った。


 もう自分は、誰にも愛されていない。そんな鬱屈した感情は、彼女が住む場所に不思議のダンジョンを作ってしまった。それは、後に『見晴らし木立ち』と呼ばれる明るいダンジョンで、目的の街に行くまでに少々遠回りすることになって、行商人などには疎まれる反面で、その頃にはすでに一般的な職業となっていたダンジョンを攻略する者、『ダンジョニスト』達にとっては格好の狩場ともなっていた。
 しかし、人の暮らす場所に居る時と比べれば、ここでの生活はほとんど感情を受け取れず、虫や小動物、草だけを食べて飢えをしのいでいたキルリアは、徐々にサイコパワーを扱う事すら難しくなっていく。そのままでは衰弱して死にかねないので、彼女はせめてここを通る人達が楽しんでくれるように、自分へ向けて感情を向けてくれるようにと、歌を歌うようになった。
 父親に歌を歌ってもらうと、自分が嬉しくなることを思い出して、歌を歌う練習を始めた頃は、まず彼女自身が声を出すことに慣れていないのも相まって、酷いありさまだった。自分の声すらほとんど聞いたことのない彼女は、声まで醜かったことにショックを受けてしまう。
 それでも、少しずつ声を良くしようと頑張って、彼女は歌い続けた。木の上で、木の枝を蔓で編んで、葉っぱをかぶせて屋根を作っただけの粗末な家の中で、やぶ蚊に刺されないように泥を塗って体を守り、必死に練習を重ねた。しかし、人の気配や感情があっても、下手な歌だなと見向きもされなかったり、冷やかしをされたりなど、反応はあまりよくない。
 顔を見せてと頼まれることもあったが、それは絶対に出来ないと返すと、つまらなそうに立ち去ってゆくものが大半だ。力づくで顔を見ようとする者達からはテレポートで逃げて、そのたびに深いため息が自然と漏れてしまった。

 そんな中で、彼女は初めて良い反応をくれた人と出会う。
「誰かいるのかい?」
 それはダンジョニストと呼ばれる人種であった。自分の顔を見せないので、相手の顔も見えず、種族もわからない。
「はい……顔は見せられないのですが……せめて、ここを通る人達に、楽しんでもらいたくって」
 彼女は言った。
「そっか……下手な歌だけれど、それは子守歌かな? 聞いたことのない歌だけれど、どこの歌なんだい?」
「父さんが、昔暮らしていた農村の……歌なんです」
 そうやって話しているうちに、ダンジョニストからはわずかながらに楽しい感情が流れてくる。久しぶりの楽しい感情に、彼女は全身を打ちふるわせるようにサイコパワーが回復するのを感じていく。体にぶら下げていた重りが解けたような、倦怠感が抜けたような。
「他にも歌を知ってましてね……父親が、昔雪国に居た頃の歌が……」
 この会話で、キルリアの少女は、自分が顔を見せずに話すことでようやく受け入れてもらえるという事を学んだ。その反面で、こういった人達も自分が顔を見せれば手のひらを返したように、態度を変えるんじゃないかと恐れもした。
「そうかぁ、俺もいろんな歌を知っているよ。いろんな土地を旅したからね」
 だから、絶対に顔は見せたくない。その声の主の顔を見ることがなくっても構わない。こうやって話すだけの関係でいたいと思いながら、キルリアはダンジョニストが休憩を終えるまで喋り続けた。時折言葉が出なくなってどういえば良いものかを考えていると、ダンジョニストの方から旅先の事を語ってくれたりなんかして、その数十分は彼女にとって本当に、本当に夢のような時間を過ごした。
 そのダンジョニストはそのままダンジョンへと行ってしまったが、キルリアは辛くなったときや寂しくなったときでも、この出会いを思い出して頑張ると決めた。やがて、彼女の歌声は少しずつ洗練されてゆき、その囁くような静かな歌声が、ある程度の知名度を得るようになった頃、彼女はサーナイトへと進化し、ダンジョンはサーナイトのささやきがよく聞こえる事から『ささやきの木立』。という名前に変わってく。
 この『ささやきの木立』と呼ばれるダンジョンは、あまりめぼしいものがあるわけでもないのだが、ダンジョンは資源の宝庫という事もあり、このダンジョンの近くには人が住むようにななっていった。そのおかげで、ダンジョニスト以外の人も来るようになり、たまにだが、歌を聞いた人達が食料やお金を恵んでくれるようになっていく。
 ダンジョニスト達も、余った道具などを譲ってくれるようになった。彼女の歌声は、いつの間にかみんなを幸せに導いていた。彼女の顔を見たいという人はいまだに多かったのだが、彼女はやはり顔だけは見せられず。また、逆に向こうの顔を見れないことが唯一の気がかりであった。
 『こんな美しい歌声で歌う人が美人じゃないはずがない』という考えが、彼女には透けて見えるので、そういう人達をがっかりさせたくはなかった。もしも自分の顔を見られてしまえば、その醜さに絶望されてもう今のような感情は感じられなくなってしまうかもしれない。それが怖かった。
 さすがに種族はすでにサーナイトであるとばれてしまっているが、それでも顔だけは晒すのをかたくなに拒み続ける。

 そんな、ある日彼女がダンジョニストから貰った肉を食べたことで食あたりにあい、酷い腹痛で倒れてしまった。彼女は心配して集まってきた人達に、『大丈夫だから放っておいて』と強がった。しかし、体調が悪いという事が匂いだけで、もしくは音だけで分かる種族達が、こぞって『無理するな』と彼女へ向けて口にする。それでもかたくなに拒んでいた彼女を、それらの種族が無理やり連れて行こうとしたところ、彼女はついに顔を見られてしまった。
 その時必死で顔を隠していた彼女が感じた感情は、心地よい驚愕の感情だった。驚いて、顔を隠していた手を退けると、さらにその感情は強さを増した。いままで生きてきた中で最も酷い腹痛の中、彼女は今まで生きてきた中で最も幸せなひと時を、胸の角に抱いていた。
 良い感情を浴び続けたキルリアは美しくなる。サーナイトも同じである。彼女は、今や美女であった。

「どう、素晴らしい話でしょう? サーナイトはこの後、誰かを幸せにするために生きたそうよ。なんてったって、誰かの幸せが自分の幸せになるわけだからね。
 そんな風に生きる人ばっかりなら、この世界ももうすこし良いものになったと思うんだけれどなぁ……
 そしたら、あの子達も前向きに生きられたのかなぁ……って、関係ないこと喋っちゃいましたね。
 ともかく、人に優しくしましょうって、そう思える逸話を持ったダンジョンだと思うんだ。貴方はどう思うかしら?」
取材協力:パラダイスと呼ばれている開拓地を纏めるピカチュウ

キャニオンボトム [#8kq29nb] 

お別れすればみんな幸せ


 チョロネコが家族に仲間入りしてから、数年の時が立った。長女とチョロネコの少年は、すでに進化を終えてギャロップとレパルダスへと成長を遂げていた。レパルダスになっても彼の奇行というか、頭のおかしい言動は止まなかったが、彼も基本的に心根は優しい子である。さしたるトラブルを起こすこともなく。日常生活はつつがなく行われていた……とはいえ、問題がないわけにはいかないようで。
 と、いうのも、長女には施した性教育を、レパルダスにはまだ施していないのだ。長女は街に働きに行った際に、そこで出来た友人と遊ぶ際に、それとなく性に関する話題になって、それに関して母も親として答えてあげたことがあるために何とかなった。
 一方でレパルダスの方は、街へ行かずに相変わらずこの谷周辺でしか暮らしていないために、外界から知識を仕入れることが難しいのだ。そして、彼は生理的な欲求以外の事には自制心を向けることは出来るのだが。食事や睡眠といった行為に関してはまるで自制心を持てないのだ。
 その時点で気づくべきだったのかもしれないが、彼は性欲もまた抑えるのが難しいようで、最近はやけに長女に抱き付いたりするなど、本能的な欲求が芽生え始めていることを感じさせている。それらの行為が何を意味するのか、レパルダス自身も良くわかっていないようだから、本能というものは恐ろしい。
 ただ、それも長女が本気で嫌がるのであればまだ、心根の優しいレパルダスなら諦めきれるのだろう。しかし、問題は長女が彼の事を嫌いではなく、むしろ好意を寄せているという事。
 彼が自分達が育てているワサビを『美味しい』と言って褒めてくれるところや、草を食べている自分の元に魚を持ってきて一緒に食事を取ろうとして来る積極的なところなど。何より、レパルダスは見た目が優雅で美しい。
 毛並みは最初出会った頃とは打って変わって艶やかな紫色。柔軟なその体は、平地を走る分には長女が有利だが、谷を降りる際は長女を軽く追い抜いてしまうほどの走破性能がある。速く走れることに魅力を感じるギャロップの長女にとっては、そんな彼が何より魅力的だ。
 そして何より、体が柔軟な分だけ毛づくろいも得意なおかげで前述のような優雅な毛皮が作られるわけだ。その見た目に、長女は魅力を感じている様子。そして口に出しこそしないものの、彼に対してならば体をゆだねてもよいと感じている節がある。
 親としては、秘匿にしているこのレパルダスに娘を取られるのは非常にまずいので、取り返しのつかない事態。つまるところ妊娠する前に何とかやめさせたいのだが。しかし、あのレパルダスにどう伝えるべきか悩みどころなのだ。交尾の意味なんて教えたら、むしろ嬉々として実行してしまうのではないかと、そう考えるとどうにもためらってしまう。
 一応娘には、本気で危ないと思ったら二度蹴りをかましてやれと言っておいてある。相手は悪タイプだから、後ろ蹴りをまともに喰らえば大きなダメージを負うことは間違いないだろうから。そう教えてからというもの、心配とは裏腹に本能的に交尾という答えにたどり着くことは難しいのか、レパルダスが取り返しのつかない行為に及ぶことは今のところなさそうだ。あとは、長女が誘惑に負けてしまわなければどうとでもなるだろう。



 ところで、その年は記録的な蝗害が巻き起こった年であった。大量発生したバッタが、街の周囲の田畑を喰い荒らし、周囲の農作物はもちろんのこと、野に生える雑草に至るまですべて食い尽くされ、食糧どころか薬草すら取れず医者まで泣きを見るような飢饉を受けて、各地の肉食種の権力者は、『贄』の数を普段の数倍にまで増やすことを決定した。
 食われる立場である草食種がそれに反対したい気持ちはもちろんあったが、反対して草食種の者達が生き残ったところで、餓死者が増えるだけになることは明白である。『贄』を増やすという決定は、妥当過ぎて誰もが意を唱える事が出来ず、草食種として『贄』の対象になっている者は、いつそれに選ばれるか気が気でない日々を過ごしていた。
 そんな中で、ギャロップたちは魚やワサビを売って得たお金で多くの穀物を家の地下室に備蓄しており、ある程度の節制は必要だが冬を乗り越えるに十分な食料を準備していた。バッタたちがワサビを嫌っていたため、作物の被害もないのはありがたことであった。


 そんなある日のこと、母親と長女が収穫した新鮮なワサビと魚を売るために二人で街へ行った。その際に、彼女ら二人は贄によって妻と子供を失ったドサイドンの男と出会った。男の怒りは、それはもうすさまじいものであった。以前より『贄』の免除をされていると噂の母娘が楽しそうに話しながらバッタも食べないような刺激の強い味をした収穫物を運んでいたのがよっぽど気に喰わなかったらしい。
「お前ら……楽しそうに話しやがって、俺への当てつけかよ!」
「え、いや……何が?」
 本当に。本当に、彼女らはただ歩いていただけであった。肉食種相手に商売をしている姿が何度も目撃されているために、顔を覚えられていただけであった。
「俺の妻が贄で殺されたってのに、お前らはその『贄』を美味しく食べるための物を売りに来たんだろ!? いい気になっているんじゃねぇ!! 見せつけてるんじゃねぇ!!」
 それは、言いがかり以外の何者でもない。確かに、ギャロップの母娘が持ち寄ったその植物は、肉職種のポケモンが草食種のポケモンを美味しく食べるために使う植物だ。しかし、これがなくなったところで、贄の制度がなくなるわけでもないのだが、『贄』にされる心配もなくのほほんと生きている彼女らが、よほど気に喰わなかったのであろう。
「そ、そんなことは……」
 すぐさま娘はドサイドンの言葉を否定するが、そんなことで彼の怒りが収まる事なんてあるはずもなく。
「うるせぇ!! じゃあ、なんでこんなもん……肉食種に媚を売るもの持ち歩いてやがるんだ!」
 といって、彼は娘が肩につけていたショルダーポーチを分捕り、叩き付ける、踏みつぶす。詰め込んであったワサビの刺激臭が周囲に立ち上った。
「ちょっと何するのよ! 信じられないわ! そんなに贄になるのが嫌なら、あんたも兵隊になるなり肉食種に媚を売るなりすればいいだけのお話でしょ!?」
 ここで母親は強気に出た。周りにはたくさんの人、まさか相手も下手なことはするまいと、そう高をくくっていた。
「ふざけんじゃ――」
 ただ、母親は理解していなかった。どうせ妻が死んだのなら自分も後を追ってしまおうという思考が、芽生える事があるという事を。
「――ねぇ!!」
 ドサイドンの男は、妻の後を追うつもりだった。そのために、罪人になって贄になって死んでもよいと思っていた。だから八つ当たりの相手は誰でも良かった。ただ、誰でもいいならより腹が立つ奴を殺しておきたかった。一番腹が立つのは肉食種の貴族たちだが、それを攻撃してしまえば自分だけでなく親や兄弟など一族もろとも処罰が及びかねない。
 なので、二番目に腹が立つ、『贄』を免除された母娘を殺そうとした。

 岩石砲が、至近距離で母親の体を砕いた。呆然自失の娘は、ドサイドンが発射後の反動で硬直している間に数歩後ずさり、更に逃げなければいけないと思って全力で家まで逃げ帰った。そのまま、適切な治療が行われていれば彼女は助かったかもしれない。だが、彼女は助けてもらえなかった。理由はもちろん、皆ドサイドンほどではないが、彼女が嫌いだったからだ。
 娘の話を聞いて、父親とともに街へ繰り出した時には、もう彼女の鬣の炎は消え失せ、冷たくなっていた。彼女は。家の近くに埋葬された。現行犯で取り押さえられたドサイドンはお縄につき、そのまま『贄』として出荷されたそうだ。ざまあ見ろと言い残したそうだ。

 その日からしばらくの間、家族全員で大いに悲しんだ後、娘がいち早く立ち直って、以前と同じような生活に戻ろうと努力した。早く立ち直れた陰には、レパルダスの存在があったからなのかもしれない。悲しみに暮れていた時に、彼は何度も長女に一緒に食事をしようと誘ってきた。一見無神経とも思われるような行動だが、美味しいものでも食べて早く笑顔に戻ってほしいという彼の心遣いは何となく感じられ、そこから立ち直ろうという意欲が生まれたのだ。
 そんなわけで、長女はきちんと仕事をした。街の区画にもよるが、白い目で見られながらも仕事をしたし、弟たちは噂の知られていない安全な場所で遊ばせるように努めていた。
 その一方で父親は変わってしまっていた。まず、働くことが少なくなった。畑の手入れも、魚や収穫物を売りに行くのも子供達に任せ、自分は安い酒を飲んで家に閉じこもっているようになった。そのおかげで角に生えている植物の青葉もすっかり元気をなくしてしまう。そんな父親は徐々に子供からも見放され、財布のヒモを握るのは長女の仕事になっていた。崩壊はそこから始まる。

「なんで酒を買ってこないんだ!」
 あるとき、買い物に行ってきた長女が言いつけ通りのものを買ってこなかったために、父親が長女を怒鳴りつける。
「働かない人に買う酒はありません!」
 いい加減、父親にも立ち直ってほしいのだ。長女はそのための意思表示として、父親が毎日飲んでいた酒の購入を控えた。それで怒られるのが当然覚悟しており、それでも決して折れないつもりでいたのだが……
「ふざけるな!!」
 父親は、躊躇いなくウッドホーンを放つ。効果はいま一つ、だがそういう問題ではない。本気の一撃は、効果が今一つだとかそんなこと関係なしに痛いものは痛い。驚き倒れる彼女の肩を踏みつける。
「お前がこうして生きていられるのは誰のおかげだと思っているんだ? 俺と妻が産んで育てたからだろうが!!」
 理不尽な言葉を吐きながら、父親は何度も踏みつける。炎を吐いて反撃すれば、どうにかなりそうな気もするが、下手に反撃すればもっと酷い事をされそうで。そして、炎で焼き殺すだけの度胸もなくて、長女はじっと耐えている事しかできなかった。
「ごめんなさいはどうした?」
 荒い息をつき、興奮した様子で父親が凄む。彼女は口の中も血であふれかえり、全身がバラバラになりそうな痛みを感じ、息を震わせながら涙を流している。声が震えて上手く言葉にならなかったが、かろうじてごめんなさいということは出来た。それを遠巻きに見つめている次女と長男は、父親を恐れるとともに、あんな目に遭うのが自分ではないことに安堵していた。
 その日からというもの、長女が全く反撃してこないことに味を占めた父親は、毎日のように長女へ暴力を振るうようになる。レパルダスは少女をかばおうとしたが、レパルダスは父親に凄まれた揚句に長女が『私の事は気にしないで』というものだから、彼は言われたとおりに気にしないことにした。彼女は、誰にも助けを求めず一人で暴力に耐えた。そうすることで、いつかは父が分かってくれると思ったのだ。
 彼女が、母親と種族も性別も同じで、顔もそっくりであることが余計に父親を苛立たせていた。自分の妻に似ている。なのに妻じゃない。こいつのせいで妻を思い出してしまって辛い。それなのに、娘は父親である自分よりも、あんな頭のおかしいレパルダスの方に心を向けている。それが許せない。
 そんな気持ちは、徐々にエスカレートしてゆき、娘なら父親のために尽くしたっていいはずだと。そんな歪んだ答えにたどり着いてしまった。
 娘を、妻の代わりに――

「おい、立て」
 ある日、父親に殴られ憔悴しているところで、長女は父親に命令された。それまで四肢を投げ出すように座っていた彼女は、局部が見えそうで見えない、扇情的な姿勢をとっており、その娘の姿に在りし日の妻を見た父親は、酔った勢いそのままに、長女で欲望を晴らすことに決めた。
 父親は、自慰をするのも難しい種族である。欲望を晴らすともなれば、街で女を買うしかないのだが、今はそれすらも億劫になってしまったがため、ちょうど良かったというのもある。
 まだ父親の真意を掴めない長女は、これ以上殴られてはたまらないと、命令に従って立ち上がる。今度は何をされるのか気が気ではなく、いつ痛みが襲って来ても良いようにと、歯を食いしばる準備だけはしておいた。
 すると、背中に感じたのは、父親が覆いかぶさる重み。
「な、な」
 驚き、反射的に前足へと体重をあずけ、後ろ足を振り上げて父親の腹を燃える足で蹴り飛ばす。そこで父親を殺してはならないと本能的に手加減をしたのはまずかった。このタイミング、この体勢でのブレイズキックならば、草タイプである父親の急所を狙えば十分にノックアウトするだけの威力はあったはずだ。
 今の蹴りは中途半端にダメージを与え、相手の怒りを買っただけ。そのまま炎で責め立ててやれば勝てるにしても、弱気な彼女はそれが出来ない。
「ご、ごめ……ごめんなさい。い、いきなり……その……」
 怯えた目をそらしながら長女は謝る。痛そうな顔をしてる父親は、当然面白くない。
「てめぇ……ガキの癖して親に手を挙げやがって。覚悟は出来てるのか? あぁ!?」
 痛みをこらえて凄めば、それだけで長女は萎縮してしまう。
「蹴っていいだなんて誰も言ってねえぞ! 殺されてえのかクソガキが!」
 痛みがある程度引いたところで、父親はこの有様だ。角で叩いて、打ちのめして、甚振って。娘は黙って耐える。何回か殴られたところで
父親はようやく殴るのをやめて、荒い息をつきながら再度の命令を下す。
「こっちに尻を向けろ」
「父さん……何をする、つもりなの?」
 涙目になって長女が尋ねる。
「お前も、子供がどうやったら出来るかくらい、もうわかっているんだろ?」
 答えになっていない答えだが、答えを簡単に導くことのできる物言いであった。まだ誰にも許していない純潔を父親は奪おうとしているのだ。
「父さん……やめて」
 震える声で、振り向くことなく長女は懇願する。
「ダメだ。じっとしてろ。今度蹴ったら、立てなくなるまで叩きのめしてやる」
 立てなくなるまで。そのフレーズを耳にして、長女は体をこわばらせた。痛いのは嫌だ。そんなに痛いくらいなら、まだ体を渡したほうがましかも知れない。
 そんな逃げの思考に支配された長女は、歯を食い結んで父親の横暴を受け入れる。
「それでいいんだ」
 覚悟を決めた長女を嘲るように父親は言い、彼女の背中に覆い被さる。長女は蹴り飛ばしてしまいたくなるのを必死で堪え、涙を流していた。
 レパルダスの彼に抱きつかれていた時に、彼女の雌の部分は何度ともなく疼いていた。その隙間を埋めるのは、彼であってほしいという願いを踏みにじっれる形で、父親のイチモツがあてがわれる。
 彼女の秘所は既に濡れている。しかし、それは期待や肉欲ではなく、恐怖で。少しでも痛みを減らしたいという本能的な危機感に促されるままに、彼女の体は雄を受け入れる準備をしていた。父親は、そんなことなどどうでもいいと思っていたらしい。
 娘である必要もない、相手に快感を抱いてもらう必要もない。ただ、自分の欲望を晴らすための人形であれば良かった。久々の交尾ということもあって、母親とほぼ同じ背格好の娘の秘所に自身のイチモツを突き立てるのは少々難航したものの、数回失敗しているうちに勘を取り戻した父親は、彼女の入口へとたどり着くと、一気に突き入れた。
 いきなり膨れ上がった圧迫感と異物を挿入される痛みに、数秒前まで処女だった長女はかすれた声を絞り出した。痛くって、苦しくって、重くって。もはや、レパルダスのことを考える余裕すらなくなった彼女は、十数秒の地獄を呼吸で痛みを散らすように耐え抜く。
 必死な娘とは対照的に、欲望を吐き出す父親は、ぐちゅりと突き入れたイチモツを何度も何度も往復させる。夢中で腰を振っている時間は、息切れを起こす前に終わる。娘の体内に圧迫され、揉みしだかれ、撫でられたイチモツは、睾丸から尿道を通って精液を解放した。妻を亡くしてからご無沙汰であった射精は、精液を濁流のように押し流して、娘の体に行き着く。
 その感触を、何よりの穢れと捉え、往復運動による責め苦が終わったあとの彼女は、静かに俯き絶望した。川に降りて流水で体を洗う際は、何も考えない事で自分の心を守ろうとして、光を失った眼が人形のようにどこも見ていなかった。


 度重なる暴力に加えて、己の純潔まで奪われてしまった長女は、悲しみに暮れていた。
「ねーねー君はお父さんのこと嫌い? 僕嫌いなんだけれど、君はもしかして父さん好きだからああいうことするのー?」
 そんな彼女に、レパルダスは尋ねる。頭はおかしいが馬鹿ではない。
「嫌い……だけれど。大切な、家族だし……いつかは分かってくれるよ……」
「そうなのー? 大切な家族は殴るべきなのー? 嫌な事をしてもいいのー?」
「違うよ……でも、殴られても、大切な家族なんだ。それに、嫌いなのは父さんだけじゃないよ……私は……私の事を助けてくれない妹たちも嫌い……」
「そうなのねぇ、僕は嫌い? 殴っていない僕もきらいー? それとも、殴らないから君は僕の事好き?」
「好きだよ……貴方は……でも、私なんて言うか……いろんなことが嫌いになっちゃった。大切な家族なのに……嫌いになっちゃうものなんだな……大好きな家族だったのに」
「僕が好きなら大丈夫ー! ねーねーそうでしょ? だって僕好きな人と一緒なら幸せだからきっと君もそうだよー好きと好きで幸せ、僕も君が好きだから幸せだよー違うー?」
「……うん、貴方となら。幸せだよ」
 馬鹿みたいにまくしたてる彼の言葉を聞いて、長女は訳も分からず涙を流す。
「泣いてるー痛いのかー? 悲しいのかー?」
「うぅん……君がいてくれて……嬉しくって泣いてるの」
「嬉しいのかー。それはいいなー。僕も君が嬉しいと嬉しいぞー。もっと嬉しくなろーよー」
 本当は静かにこうして寄り添って欲しかった。けれど、レパルダスはそれを許さない。ただ、そんな彼をやかましいと思いつつも、自分の事を気遣ってくれる彼の事が、好きだった。かけがえのない存在だった。
 彼女とレパルダスが陰で絡み合い、子作りをするようになるまでそう時間はかからなかった。彼女の鬣は、何物をも焼かない見掛けだおしな低温の炎が激しく燃え上がり、レパルダスとともに乱れ合う。同じような行為なのに、父親に犯された時と違い心が満たされるような一時に逃避した。その日から逃避し続けた。


 父親は、あいも変わらず長女だけに辛く当たった。長女は、母親と似ている、だからこそ腹が立つ。そんな無茶苦茶な理論で殴られ、妹と弟に対してはある程度甘めに触れあっている。その事実が、長女をより一層病ませることとなる
「もう、嫌……妹も弟も、死んでしまえばいいのに」
 あいつらさえいなくなれば、父親に愛してもらえるだとか、そんなわけはないのに、彼女はそんな考えを持つようになった。そしてそれを口にしてしまう。
「そうなのー? 大切な家族じゃないのかー? 僕達家族みんな嫌いでもみんな仲良しじゃないのー?」
「嫌いだったら……仲良しになんてなれない。それに、仲良しなら……家族なら困った時に助けてくれたっていいじゃない。大切な家族でも、限度がある!」
 長女の瞳から涙がこぼれる。
「それなのに、あいつら……助けもしないで、見てるだけ。どおして……どおして……止めてくれないの。助けてくれないの……」
「嫌いかー。それなら、いなくなったほうがいいのかー? そうだよなー?」
「そうよ……大っ嫌い」
「じゃあ、お別れしよーよー。どうやってお別れしたいー?」
「わからないわ……どこかにいなくなってくれればそれでいい。誰かにさらわれて食われちゃうか、川にでも流されてしまえばいいんだ」

 数日後、妹と弟は死んだ。先日上流の方であった洪水が川の増水を引き起こし、それに流された――だがその前に、レパルダスが風のような動きで2人の首を引き裂き殺して流したのだ。何の相談もなく行われたその行為に、長女は目を見開き驚くことしかできなかった。長女はそれを、その光景をきっちりと目に焼き付けてしまった。
「ねーねーこれで君の嫌いな人がいなくなったよー。川に流されてお別れー君が望んだとおり、嬉しー嬉しー。僕がいなくなったらみんな喜んだーだから僕も皆を喜ばせるのー。嫌いな人がいなければみんな幸せー!」
 その光景を父親に見られず、本当に良かった。悲しむよりも先に、長女はそんな思いが芽生えた。
「ふっふ……ふふ……ふはふ……はは……」
 いや、悲しいはずなんだ。なのに涙が出なかった。何故か笑みがこぼれる。長女の立ったまま眠ることだって出来る強靭な足が震えて、たまらずその場にうずくまった。
「笑ってるー? 嬉しいかー?」
 そんな彼女の顔を覗きこみ、笑みを浮かべていることに満足した様子でレパルダスは尋ねる。
「うん……嬉しい」
 嬉しいのは確かだった。疎ましいとすら思っていた兄弟が死んだのだ。『ざまぁ見ろ』と大声で言い捨ててやりたかった。だが、その反面で仲が良かったころの兄弟に戻りたいという気持ちが溢れて止まない。なんで殺さなければならなかったのか? それは分かっている。なんでここまで恨みを貯めてしまったのか? それもわかってる。
 恨んでも恨み切れない感情が募っていく。
「……行こう。まだ私、お別れしたい人が残ってる」
「お別れしたいのかー? じゃあ一緒に行こー」
 長女は、家で眠る父親を炎で包んだ。次女と長男が帰ってこなければ、父親が暴れまわるのは目に見えていた。そしてその時、自分達が殺されてもおかしくない。だから彼女は、殺されないように先に殺した。
 そうして、残されたのは長女とレパルダスの二人だけになる。

 どうして、こんなことになったのだろう? 長女は考えた。
「あぁ、そうか……『贄』を免除されたから、母さんは……」
 『贄』免除されたから、母親は因縁をつけられ殺された。そして、『贄』を免除された理由は、レパルダスがいたからだ。もちろん、『贄』を免除された以外にも。レパルダスからはたくさんのものを貰った。幸せな時間も、多くの収入も。
 だけれど、レパルダスが遠因で母親が殺され、父が荒れ、家族を殺すまで追いつめられ……レパルダスから貰った幸せだけでは、この不幸は割が合わないように思えてしまった。それが、ただの言いがかりであることを彼女もわかっている。そして、けれど、思わずにはいられない。
 もう彼の事が愛おしいのか、それとも憎たらしいのか、長女はそれすらもわからなくなってしまった。ただ、ここまで多くの人間を殺して、自分がのうのうと生きていることが許される気がしない。
「ねぇ……貴方」
 長女はレパルダスへ語り掛ける。
「私ね、貴方が嫌い。自分も嫌い……だから私、貴方や、自分ともお別れをしなきゃならないの……」
「そうなのー? 僕は君とお別れしなきゃいけないのーなんでー?」
「もう何もかも、嫌になったから……ごめんね。だから、私は……貴方も。自分自身も嫌いなの。だからさ……一緒に、お別れしよう? そうすれば私達……幸せだよ?」
「うん、いいよー。みんなでお別れして、みんなで幸せだねー」
 レパルダスは、自分達の言っていることが分かっているのか、わかっていないのか、楽しそうにそう言った。
「でも、お別れする前に……」
 二人は最後に交わった。
「貴方に、最後に抱いて欲しいの」
「うん、いーよ。抱くの大好きー」
 子供のように無邪気に彼は答えた。実際、もしも子供が性の快感を覚えるのであれば、これくらい素直に交わりたがるものなのかもしれない。
 灰となった家のそば。死の匂いの漂う谷のそばで、長女は仰向けに転がって甘えるレパルダスの股ぐらの匂いを嗅ぐ。大きくて敏感なその鼻には、いつもと変わらぬ彼の匂いが満ちていく。これが、自分の愛した者の匂いである。女の宿命として、自分と近しい物の匂いには、多少なりとも嫌悪感をも催すものである。
 その点、長いあいだ草食種と交わることのなかった肉食種の匂いは、種族の差、食性の差、それだけでは測りえない根源的な匂いが全く違った。そんな異質な血の流れを持つ男性が近くにいれば、性格にも見た目にも、不満は付けられないレパルダスである以上、惚れてしまうのは火を見るより明らかで。
 媚薬のように官能を奮い立たせる彼の匂いは、心の死んだ彼女でも、肉欲という光を瞳に宿らせるには十分であった。股ぐらの匂いを嗅がれたレパルダスも、そのこそばゆい刺激に男としてきちんとものは反応して。柔らかなトゲの生えたイチモツを、惜しげも無く誇示している。
 本来捕食者であるはずの彼が見下ろされ、長女が彼を見下ろす。交尾の意味もやり方も知らなかった彼を導くために、この態勢にして手綱を握った彼と初めての行為で用いた様式を、二人は回数を重ねた今でも変わらず用いているのだ。
 彼は生理的な欲求を我慢できない。長女の愛撫で増幅させられた欲求に従い、彼は立ち上がって長女の後ろに。彼はぺろりと彼女の太ももを舐めて彼女にマーキングをし、自分の所有物であると刻み込む。
 その愛撫が愛おしくて、長女は息を吐き出した。甘く、長く、緩く、とろけるように。そこから彼が覆い被さるまでの間に長女の目は肉欲だけで光を宿し、その一方で悲しみの涙にくれる。彼はその涙に気付けないし、気付いたところで涙の意味などわかりはしないだろう。
 構わず、愛しく思う長女の体に自身の一部を挿入した。彼女の胎内、熱く柔らかな肉の壁の中で、レパルダスのイチモツが彼女を揺さぶる。彼は遠慮ができないので、父親と同じくらいに荒っぽい行為だが、しかし嫌悪感の少なさと、気構えの違いであろうか。痛みも苦しみもあるにはあったが、それらは快感と陶酔の前には潔く身を譲る。
 レパルダスの体重を強靭な足でしっかり支え、彼の欲望を、自身の欲望で受け止める。射精は早い。だが、彼女の絶頂も早い。まるで、彼のために狙ったかのように、頭を真っ白に塗りつぶすような快感が弾け、彼女の体がレパルダスのイチモツを強く握り締めて精を搾り取る。
 レパルダスの興奮が冷め、そろりとイチモツを引き抜く。その際、彼女の体内がイチモツに生えた刺で軽く引っかかれたが、長女の心はまだ雲の上でふわふわと泳いでいた。

 最後に残された肉欲に縋った長女は、狂ったようにまぐわい、互いを求めあい、たとえ今ここで身籠ったとしても生まれる事のない子供を作った。流石にレパルダスの体力が尽きて行為を終えると、長女はレパルダスを酔わせる事が出来る木の実の匂いをかがせ、彼をぐったりと横たわらせる。
「ごめんね……」
 長女は無防備に横たわる彼の体をメガホーンで刺し貫く。酔わされ陶酔したままの彼は、抵抗することも出来ずにその虫タイプを帯びた角の餌食となった。腹にあいた風穴から、血液がとめどなく流れ、レパルダスはしばらく痙攣しながら息絶える。レパルダスはいつも笑顔ばかり見せて、他は不思議そうな顔と何も考えていないような顔しかしていなかった。その時見せた表情は、レパルダスが人生で唯一見せた苦しそうな表情だったかもしれない。
「ごめん、なさい……」
 彼女はそのまま上に放り投げ、空中から落ちてきた彼の亡骸をその背中に乗せる。頭から下たる液体には涙と血液が混ざり合っている。あとは谷へと自分を放り投げて自分とお別れをするだけだった。嫌いな人とはお別れすれば、幸せになれるのだから。自分ともお別れをしないといけない。

 グシャッ

 二人が絶命した場所は、それぞれダンジョンになったという。イエローキャニオンはギャロップ、キャニオンボトムはレパルダスだそうだ。


「とまぁ、そんなオチが待っているんですよねーこれが。幸せな家族だったころへの執着がイエローキャニオン、不幸のどん底に落ちた時の絶望からできたのがキャニオンボトムなんです。
 この伝説については、レパルダスから文字の読み書きを習っていたギャロップの長女が書いた日記から出来た神話なんですってねー。
 こういった物語を残すであれば、やはり文字という媒体は強いですねー。死人には口がなくなりますが、紙なら書いた人がいなくなっても口が残りますから。
 まぁ、そんな物語も、この命の声である私ならば半永久的に覚えていられますけれどねー。
 しかし、この物語は本当にどん底な結果でしょう? 酷い話ですよねー。でも、あれです。そのダンジョンで取れるワサビという植物は本当においしくってですねー
 この街の行きつけの食堂で、生肉と一緒にそれを食べたら、そりゃあもう舌がとろける美味しさですよー。
 ですから、もしもあなたがキャニオンボトムに行ったときは、是非それを採取してきてくださいな!
 私が、食べますから! だって美味しいのですもの! 無かったら私が自分で取りに行くんですけれどねーアハハ。それだけのことをする価値があるくらい、美味しいものってことなんですよー」
取材協力:やかましいサザンドラ
「ところであなた……カクレオンの形をしていますが、本当にカクレオンですか? なんだか、私と同じ匂いがするのですよねー。神に近い力を持つというかなんというか……まぁ、隠したいのなら詮索はしませんがねー」

ポケの森 [#83tjLko] 

人には親切しましょう


 時代は移り変わり、『贄』という制度もまたその様相を変えていた。不思議のダンジョンという場所が各地で出現したことにより、肉食のポケモンは街に生きる草食のポケモンを喰わずとも、ダンジョンで得られたその肉を喰らえば良くなった。
 最初は、『贄』の代わりにダンジョンで得た肉を渡せば『贄』が免除されるようになり、人々はダンジョニストを雇ったり、自らダンジョンに潜ったりしてその免除を受けようとした。最初はその値段も非常に高額であったが、一獲千金を狙ってダンジョニストが増えたことで、依頼にかかる費用は年を追うごとに下がっていった。
 そうなると、誰もがダンジョニストに依頼をするようになった。さらにそれから時代が進むと、あまりに『贄』の免除が多くなりすぎたがために、税金をきちんと払っていることで『贄』が免除されるようになった。むしろ、税金をきちんと払っていなければ『贄』の対象になると言ったほうが正しいか。
 これがさらに時代が進めば、肉食種とその他の食性の種に身分的な差異がなくなり、人口比率も肉食種の比率が増えるようになるのだが、それはまた後のお話。

 舞台となる街は、豊かな街であった。街は飲む、打つ、買うの娯楽に溢れ、その他見世物なども盛んで活気に満ちた街。この街には常駐するダンジョニストも多く、豊かであるがゆえに納税も滞ることが少なく、『贄』という制度とはほとんど無縁の街であった。
 ただ、そんな良い街でも、ろくでなしと呼べるものは、明日の暮らしにさえ困るものだ。男は、ライチュウであった。彼は建設の仕事のために石を担いでは積む作業を生業にしているのだが、酒癖も女癖も悪く、酒場の店員であるタブンネと関係を持った揚句に子を授かってしまったのだ。その関係の持ち方というのも、店で働いているタブンネの尻や胸を執拗に触り、酒場の娘が『他に好きな人がいるんで付き合えません』などと言っても聞く耳を持たず。
 『恋人が五体満足でいるためにも、お客さんは満足させなきゃ』だとか、『お高く止まっていると誰かに逆恨みされちゃうかもよ? 俺とは限らないけれど』だとか、遠回しに脅して半ば強引に関係を持ったもの。そうして子供が出来てしまったがために、その女は恋人との交際を打ち切らねばならず、生まれた子供を泣く泣く育てるしかなかった。
 仕事と育児の両立は非常に難しく、タブンネは何度かライチュウに子育てのためにお金を援助してくれと頼み込んだが、子供を育てる気なんてさらさらなかったライチュウは、それをきっぱり断った。それでもタブンネは訪れ続けたのだが、賭け事に負けて気分悪くやけ酒をしていたライチュウの逆鱗に触れたタブンネは、ライチュウの電気で焼かれて、手を大怪我してしまう。それによってまともに働くことすらできなくなった事を悟ったタブンネは、残された金で赤ん坊にミルクを好きなだけ飲ませた後に、残された腕で首を掻き切って自殺した。
 残されたタブンネの子供は、ライチュウは拒否をしたものの、なし崩し的にライチュウが引き取ることになり、そうやって引き取られれた彼女は日中家に放置されたり、ライチュウが帰ってきても特に会話もしないので、タブンネはなかなか言葉を覚える事が出来ずに苦労した。

 あまりに喋りだすのが遅いので、近所の子供達と遊ぶ時も、他の子供達が面白がって何度もからかわれた。それを目の当たりにした子供達の母親がライチュウにタブンネが喋られなくていじめられていると告げても、ライチュウは一向に生活を改善しようとしない。なので、近所の母親がタブンネを家に招き入れ、家のお手伝いをさせながら言葉を覚えさせようと頑張ると、ようやく彼女も拙いながらに言葉を発するようになっていった。
 だがライチュウはそれにお礼を言うどころか、『家の手伝いをさせたのだから金を寄越せ』という始末。あまりに常識外れなお願いに、ライチュウは金を叩きつけられて娘ともども無視されるようになった。近所の子供達にも、タブンネとは遊んじゃいけない、関わってはいけないと念を押した。
 孤立したタブンネは父親の仕事についてくるようになり、最初は仕事仲間に疎まれていた彼女だが、同情されて皆に構われるようになった。大人が数十個のレンガを一度に運ぶのと同じペースでレンガを一個ずつ運んで手伝うと、親切な親方は彼女にお小遣いを上げた。父親がそれを横取りしたのが知れると、お小遣いではなく食料で直接与えるようになった。ご丁寧にも、父親が嫌いな味のする木の実を含んだパンであった。
 手伝いのご褒美にそのパンを買ってもらうようになると『余計なことを言いやがって』とタブンネを叩き、お小遣いを奪えなくなった憂さ晴らしをした。それが職場の仲間に露見すると、彼は職場の仲間から白い目で見られるようになった。以後、ライチュウからタブンネへの暴力は無くなったが、親子で口を利くことは一切なくなった。

 そうして、日々が過ぎて、タブンネが八歳になっていた頃。父親のライチュウはと言えば、彼はタブンネ以外の女性にも手を出し過ぎていたために街中の酒場から出入りを禁止され、店屋で買った酒に、自宅でどっぷりとつかる生活をするようになった。店で飲まないわけだからむしろ節約になるかと言えばそんなことはもちろんなく、酒に溺れて仕事を休みがちになってしまったがために、金に困り税金も満足に払えなくなってきた。このままでは自分が『贄』になってしまうと、内心かなり焦り始める。
 そんな時に思い出したのが、今建設の手伝いをしている商人の言葉である。娯楽の多い街であるここは、光も多い分闇も多い。例えば子供を売りに出すのと同義となるような奉公を望む求人のような。今仕事をしている家の持ち主となる商家の名門であるドーブル達が、そんな小間使いを求めていた。『のれん分けさせる息子のために、都合のよい小間使いがいれば紹介してくれ、報酬は弾む』と。

 それを思い出したライチュウは、さっそく交渉をする。酒場へ出入り禁止になったライチュウは、食事の用意や買い物、掃除などはすべてタブンネに任せていた。だからタブンネは小間使いとして役に立つと推薦する。下手に大人を雇うよりも、子供の方が御しやすいと考えたのか、商家のドーブル達はその申し出を受け入れた。
 家が完成するまでに、タブンネは料理の作り方を叩きこまれた。ライチュウの理不尽な要求に耐え忍びながら、なんとか料理を作ろうとして、失敗ばかりで何度も殴られた。泣きたかったが、泣くとさらに殴られるので、ぐっと耐えて働くしかなかった。掃除なども徹底的にやらされ、少しでも掃除が足りないと判断すれば殴る。殴れというのは先方からのお願いで、ちょっとくらい殴られただけじゃ仕事を辞めないような子が欲しいという要求にこたえるためであった。
 今までも、うるさくしては殴られ、気に喰わないからと殴られ、酒を買いに行かせて帰るのが遅かったからと殴られ、殴られ続けてきたタブンネであるが、そうやってより一層殴られるようになって、彼女は今まで以上に伏し目がちで、目に光のない子供へと変わっていく。
 月日が経って、商家の家が完成すると、扱いはさらにひどくなった。初日はあのひどい父親から解放されると思ってほっとしたものだが、家主のドーブルとその妻であるグランブル。その子供長男と長女がドーブルで次男と三男がブルー。合計六人分の食事を日の出とともに作り、朝食の準備が終われば住居や店の周りの掃除をする。この掃除も、ライチュウの時と同じくきちんと汚れが取れていなければ殴られるのだが、その家の広さが段違いであるために、負担は家に居た頃に比ではなかった。
 昼過ぎには、夕食の買い物に行かされ、それが終わったら掃除の続きであった。家が広いから、一日中掃除に費やさないと終わらないのだ。掃除を中断して食事の用意。それが終われば各部屋の寝具を整えて、いつでも家族が寝られるようにする。日によっては、ドーブルのたしなみである絵画の準備もやらされ、少しでも要求に違えばやはり殴られた。
 食事は一日一食で、食べる物も彼らの残飯のようなものであった。ただ、仕事が与えられるだけならそれもいい。彼女は、家の者がこれ見よがしに廊下へ唾を吐くなどされて、仕事をわざと増やされたり、ついさっきつけた汚れに難癖をつけて、掃除が足りないと彼女を殴った。
 毛繕いを命じれば、少しでも気に喰わなかったり思い通りに行かなければ、彼女の頬を打った。食事がまずいと言って文句を言って、床に落とされた物を喰わされたこともある。だが、日中は常に空腹に苛まれていた彼女には逆にそれすらご褒美に見えてしまうほど、彼女の食生活は貧相であった。
 疲れて起きれなくてはどんなお仕置きが待っているかわからないので、彼女が寝るのは朝になれば日が射す窓の前であった。目に光が入れば、嫌でも起きられるからだ。

 殴られ、酷使され、なのに食事は満足に与えられず。ふくよかな体型のはずのタブンネの彼女は、徐々にやつれて骨と皮だけになっていった。病気になっても、皮膚に醜いできものが出来ても、家族は裕福でありながらタブンネの幸福を許さなかった。まるで草食種の幸福を許したら死んでしまうとでもいうかのように、徹底的に彼女を苛め抜いた。あるいは、客にばかり愛想を良くしているので、理不尽な客や取引先との間で起こる諸々のトラブルでたまった鬱憤をタブンネで晴らしたかったのかもしれない。
 そして、この商家の家主の子供も、そんな親の背中を見て育ったために、心が歪んでしまったのだろう。
 虐待を繰り返されたタブンネは、一日中ほとんど喋らなくなった。毎日食材を買っていくお店の店員たちに話しかけられても、疲れ切った彼女は蚊の鳴くような声でつぶやくくらいしかしない。雇われ始めの頃よりも明らかに様子がおかしく、ところどころ暴力の跡がある彼女だが、露店の商人達もどうすることも出来ないでいた。

 仕えてから二年ほどたつと、彼女はダンジョンへと連れて行かされるようになった。何でも、ダンジョンでハンティングをするのが上流階級のたしなみとして新たに流行し出しているらしく、ベテランのダンジョニストとともに、長男や父親とともにダンジョンへと出かけるのだ。もちろん、彼女は父親や長男が傷ついた時にその傷を癒す役割なのだが、彼女がなぜか前線に立たされ、正気を失ったポケモン達に攻撃されるところを嘲笑されていた。
 依頼人のダンジョニストはそれなりに真面目な方で、その様子を見て危ないからと止めようとしたものの、雇い主である父親や長男はそれを中々許可しなかった。帰り際、ダンジョニストに『お前らとは二度と仕事をしない』と言われて、金を叩き返されていたが、父親たちは『馬鹿じゃないのか、せっかくの金を勿体ない』と、そのダンジョニストを偽善者呼ばわりするほど性根が曲がっていた。

 そうしてある時、彼女は長男の部屋に呼び出される。
「如何がなさいましたか、おぼっちゃま?」
 機嫌を損ねないように、精一杯笑顔を作ってタブンネは長男へ尋ねる。
「ベッドへ寝転がれ」
「ベッドにですか? 私なんかがそんなことをすれば、坊ちゃまの寝具が汚れてしまいます」
「構わん、早くしろ」
「は、はい……」
 このパターンを彼女は思い出す。床に散らばった料理を片付けろと言われ、命令通りに片付けようとしたところ、床に口をつけて食えと脅されたことがある。腹が減っていたのも手伝ってそれを食べていると、はしたない事をするなと蹴り飛ばされた、理不尽な思い出だ。
 今回もそんなパターンなのだろうかと、憂鬱な気分でタブンネはベッドに登り、横たわる。すると、長男は狩りの獲物を見つけたような顔で、こちらを睨んでいる。とても怖いので、今すぐにでも逃げたかったが、逃げればそれ以上にひどい目にあうのはわかりきっている。彼女は、選択肢と呼べるものは体を丸めて身を守るしか浮かばない体になってしまっている。
 体を丸めていると、蹴られたり踏まれたり殴られたりではなく、丸まった四肢を解かれる。顔面を守る腕も、お腹を守る脚も。逆らいたいけれど、逆らえなかった。
「おい、でかい声は出すなよ? 気分が萎える」
 何をされるかはわからなかったが、嫌な予感だけは一人前に感じていた。それでも、頷く以外の選択肢など彼女にはありえない。
「お前もついこの前に女になったんだ。もう大丈夫だろ」
「どういう、意味ですか……」
「ここから、血を流して母上に叩かれてたろ? それは大人になった証ってことだよ」
 長男が彼女の股を指さして、下卑た笑顔を向ける。
「ああ、あれが……それが、どうなさいましたか?」
「大人になったなら、女にもなれるってことさ」
 言いながら、長男がタブンネの手足を押さえつける。今までにないことをされ、しかしどんなことをされたとしても結局は苦痛襲いかかってくることだけは明白で、タブンネ恐怖で顔を歪める。
 ふと下半身をみれば、今まで見たことがないほどに怒張した男性器が露わになっている。
「お坊ちゃま……それは、一体」
「なあ、お前。男と女ってのは何が違うと思う?」
「え、それは……下に、生えているかいないかだと……思います」
 生殖器の俗称を知らないわけではなかったが、それを口にするのは羞恥心ではばかられた。あえて濁してタブンネが言うと、長男はにやりと薄気味悪い笑顔を浮かべてみせる。
「そーだよ、そういうことだよ、なぁ?」
「どういう、ことですか……」
 子供つくり方も、その行為の意味も、まるで知らなかったタブンネは、長男の言うことがなんのことだかまるで理解できない。だからこそ面白いとでも思ったのだろう、長男はそれ以上説明せずに続ける。
「足を開け。閉じてたんじゃやりにくい」
 はい、と頷きタブンネは言われるがままに従う。
「あと、口を開けろ」
「あ、はい……な」
 唯々諾々と従うタブンネの口に、布切れが突っ込まれる。何をするつもりですかと尋ねる前に口に押し込められ、息は苦しいがこれをとったらまた殴られてしまうだろう。そう考えると、逆らえない。
 恐怖で震えたくなるのをこらえて、タブンネは何もしない。そうすることで、最悪の結果だけは避けておこうと、生存本能に従う。目を瞑って恐怖に抗っていると、突如膣に激痛を感じる。驚いて目を見開くとあの日、突然血液がこぼれ落ちたあの場所に、指が入れられている。叫び声を上げる前に、その声は口に突っ込まれた布の前に阻まれる。
 その激痛で暴れ回ろうにも、タブンネの体はしっかりと押さえつけられている。まだ性交の意味も知らず、そのような行為があることも知らず、無垢な体は慣らされても粘液すら分泌されてもいないうちからえぐられている。
 口の中の水分は布に吸い取られ、その上痛みのせいで新たに湧き上がることもない。喉がカラカラになり、目からは涙。くぐもった声と動かない体。指を突き入れられた膣は、擦れた挙句に血を流し、図らずもそれが愛液の代わりとなって滑りをよくする。というのは長男の視点から。
 傷つけられた粘膜をこすられて、痛み以外の感覚がタブンネにあろうはずもない。恐怖で冷え切った心と体は、性交の快感など呼び覚まさず、体はただこの痛みを危険と判断させて痛みだけを彼女に届けている。彼女だって、その痛みが訴えるままに、この状態を脱出したいのだ。だが、頭では逃げればもっとひどい目にあうことを知っている。体と、頭の判断がちぐはぐだ。
 ようやく激痛に終わりがきても、それは安心でも安堵でもない。体をこわばらせることで痛みをしのいでいた肉体は、痛みからつかの間の開放をされて筋肉を弛緩させている。そこに、長男の手が伸びる。
 肋骨のあたり、しっかりと体を支えられる部分を鷲掴みにし、動きを封じて滾る男性器をタブンネの中に押し込んでいく、痛みが爆ぜる。指より太く、長いそれを遠慮もなしに突き入れられ、拒絶した体は強張って締め付けるも、それは逆に長男へは快感にしかならない。搾り取るように締め付けるといった、感覚のせいで、拒絶どころか歓迎しているかのようだ。
「お、今のいいじゃん」
 それに気をよくした長男は、つねったり、ひっぱたいたり。痛みによってタブンネを責め立てる。なぜそんな暴力を振るわれるのか、どんな不始末を犯したのか。理由も何もわからない暴力に、タブンネはもはやどうすればいいのかわからない。考えることをやめても苦痛は襲って来るし、どんなに頭が麻痺しても苦痛だけは避けたい。
 なのに、なのに。助けは訪れない。長男が射精し、満足するまで、いつ終わるともしれない苦痛に、彼女はただ喘ぎ続けた。射精をし続けている間、タブンネの秘所と長男の男性器は、亀頭球で栓をされてつながっていた。体内に何かを出される感覚に嫌悪感を感じる余裕も無く、タブンネは喉の渇きと全身にまとわりつく倦怠感に苛まれていた。
「これからは、気が向いたらコイツに付き合ってもらうからな」
 恐怖を呼び覚ます声が聞こえる。聞こえないふりをしたかったが、タブンネは黙って頷いた。


 一方的な性交が終わると、秘所からは血液と精液がこぼれ、それで部屋が汚れたと言われて薄ら笑いを浮かべながら殴られる。
 こうなってくると、彼女はもはや人形であった。感情よりも何よりも、ただ苦痛がない方へと向かっていく人形である。彼女の口数はより少なくなり、買い物の最中は殆どすべて指さしだけで買い物を行うようになった。男性と目を合わせることも出来なくなり、そうでなくとも度重なる暴力で顔が変形している彼女は、顔を上げて自分の顔を見られるのが嫌だった。それでも、自分より背が低い種族には顔を見られてしまうので無駄な努力であったが。
 何度か自殺も試みており、刃物を握った手が自然と手首に伸びたこともある。彼女自身の特性が再生力であったためにすぐに血は止まるのだが、運悪く血をだらだらとこぼすところを見られればさらに叩かれた。だから彼女は感情を殺すように努める。人形であるように振る舞った。


 ある時の事、ダンジョンで使うための道具、不思議珠の職人を名乗る、孫がいてもおかしくない、年老いてはいるが美しい顔立ちのサーナイトの婦人が商家に訪れる。そのサーナイトはお世話になっている取引先の一人だという事で、他の取引先ともどもパーティーに呼ばれたようだ。タブンネは見た目があまりにみすぼらしかったが、この日ばかりは見苦しくないようにと毛並みを整えられ、入浴も許され、作業用の服を着せられて傷を隠された。それでも、長年積み重なった顔の傷はあまりごまかせていなかったが。
 だが、外面は普通でも、タブンネが思う事、考えることは年相応の女性とは大きく違っている。彼女は、また何か難癖をつけられて殴られないだろうかという怯えの感情を振りまいていた。こういう催しがある度に、何かと理由をつけて殴られた覚えがあるために、タブンネは気が気でない。それを表に出さないように苦心している彼女の元に、来客としてそのサーナイトは訪れた。
 この日のために雇った料理人が作った、いつもタブンネが作っているのよりも数段豪華な食事が並べられている食卓にて、タブンネは笑顔で振るまっている。この数年で、作り笑顔だけは上手くなったタブンネだが、雑食種であり心食種――夢や感情などを食べて生きる種でもあるサーナイトの嗅覚は鋭敏に反応した。
「あぁ、君なのね。ひと目……ひと角で分かったわ」
 彼は、彼女の事を知っている風にタブンネへと話しかける。席に案内される途中だったため、父親はどうしてこんな小間使いに声をかけるのかと怪訝な顔をしている。
「は! 何か御用名でしょうか?」
「何、用なんて重要なものではないわ。ただ、私のお店への客が。君の事を話していてね」
「貴方のお店のお客、ですか?」
「ええ、はい。私は、不思議珠の職人として、ささやきの木立と呼ばれるダンジョンの近くにある村で店と工房を持っておりまして、ダンジョニストの客を多く抱えているのです。そのうちの一人が、貴方を含めた一行の護衛にあたったことがありましてね……まぁ、このお話は後に」
 サーナイトはそう言って含みのある笑顔を向ける。それからは、彼は普通に振る舞われた料理を楽しんでいた。と言っても、野菜や肉を食べこそするものの、彼女はむしろ料理に込められた思いを喰らっているようだ。お客様に美味しいと思ってもらえるようにと、それだけを考えて作った料理こそ至高だとばかりに、料理人の腕ではなく心がけをしきりに褒めている。

 パーティーの際、タブンネは飲み物が少なくなればすぐさまお代わりを用意し、料理を運ばされたりするものの、客人も六人と少なく、お上品な食事会であるためにそのペースも遅く、重労働の掃除をひたすらやらされるよりもよっぽど楽であった。
 そんなパーティーの途中に再びサーナイトは、皆の注目を集めるように父親の方を見て手を掲げる。
「む、どう致しましたか?」
「いえ、ね。私も、せっかくパーティーに呼ばれたわけですし、贈り物の一つでもしなければ礼儀知らずと思いましてね。ですから、来客の皆様の分も不思議珠を振る舞おうと思いまして」
 そう言って、サーナイトは部屋の隅に置いてあった自分の荷物を取り、その中身を探る。
「主催者様には、商売の手助けをしていただいたお礼を込めまして、これを。日照り珠と呼ばれますこの珠で、貴方が旅に出ることがあれば、その旅路に雨や雪、砂嵐などを割り込ませぬよう、お祈り申し上げます」
「ほう、これはこれはわざわざ良いものを……」
 このパーティーの主催者である父親にそれを渡すと、父親は満足げにうなずく。他にも、サーナイトはパーティーの参加者や、父親の家族の分まで不思議珠を振る舞った。

 そして、最後に――
「そして、貴方にはこの珠を。この珠は、ダンジョンの中でしか使えない代物ですが、貴方が使えば幸せになれるかもしれません……ですが、使う事が許されるのは、貴方がどうしても不幸に耐えられなくなったときのみ」
 このサーナイトは、タブンネにまで贈り物を用意していた。
「……なぜ、そのような者にそんな物を渡すのです? サーナイト殿」
「この子の怯えた味はとても美味しいと、知り合いのムウマージに伺っていたので。その子の様子を拝見しに来たのですよ。まぁ、私達サーナイトは幸せな感情を食べますので、恐怖の感情はあまり好ましいものではないのですがね。この子の恐怖の感情というのも……あなた方の、虐待の賜物でしょう? 一体何をなさったので?
 いやいや、貴方達の使用人に対する扱いのひどさは、噂には聞いておりましたが、実際に目の当たりにすると、酷い恐怖です。まるで森に置き去りにされた赤ん坊のような感情。人を物扱いでもせねばこうはなりませぬ。さすがは、古き良きを重んじると言ったところでしょうか? 奴隷制を再現したかのようです」
 父親とその家族を見て、皮肉るようにサーナイトは言う。家族は顔をしかめ、来客は苦笑していた。
「ですから……要は、私は皆に幸せになってほしいのですよ。もちろん君にもですよ、タブンネちゃん。だから、あなたにこの不思議珠を送るのです」
「私、ですか……? あ……そういえば、夏ごろに、ムウマージに護衛をしてもらったような……」
「えぇ、私の夫の甥っこでございます。その子から、貴方を助けてやってくれと、言付かったのですよ」
 タブンネの言葉に、サーナイトは笑顔で返す。
「不思議珠は、戦争に使われた歴史もありますが、その本質は弱き人を守るための物。貴方にご加護がありますように……貴方の幸せを、お祈りします」
「わ、私なんかに……もったいないですよ、それに……なぜ、見ず知らずの私に、こんなことを」
「私は、美しくあるための、得になる事しかいたしません。貴方を助けることが得になり、私を美しくしてくれる。そう思っただけですよ。幸せな感情を食べたサーナイトは、美しくなるのです」
「……はぁ。よくわかりませんが……貴方が、とてもお優しい方であることは、分かりました。ご厚意を、ありがとうございます」
 タブンネは深く頭を下げる。そんな彼女の頭をそっと撫で、サーナイトは三度微笑みかけた。サーナイトから譲り受けたその珠は、『幸せ珠』と名前が刻まれている。少なくとも店に並べたこともないような代物だと、タブンネは思う。
「いいですか。その珠はダンジョンでないと使えません。そして、貴方が絶望した時にしか使ってはいけません。そして、貴女以外は使ってはいけません……しかし、貴方が使えば幸福が約束されるでしょう。できれば、肌身離さず持っていてください。いいですね?」
「はい。ご丁寧に、ありがとうございます」
 そうしてタブンネが頭を上げたのを確認すると、今度はサーナイトが頭を上げて、父親の方を見た。
「お騒がせいたしました。引き続き、パーティーを楽しみましょう」
 物腰穏やかに言って見せたが、サーナイトの余計な言葉によって、家族たちは明らかに不快感を示しているし、来客たちもその雰囲気の悪さを感じてなんだか会話もぎこちない。サーナイトは、パーティーの雰囲気を壊してしまったわけである。そのため、パーティーが終わればそのあおりを受けるのは当然のようにタブンネで、役立たずと罵られながら殴られ蹴られと散々な目に遭った。ただ、不思議珠を奪われることがなかったのは幸いであった。

 月日は過ぎ、タブンネはダンジョンハンティングに駆り出される。いまだに辛い仕打ちはつついているが、まだ絶望という感じではないので、ダンジョンだからと言って貰った珠を使う気にはならなかった。そんな時――
「おい、タブンネ」
「はい、なんでしょ……きゃっ!!」
 後ろから長男に呼びかけられ、振り向くと同時に彼女は頬を殴られる。この程度の事ではタブンネは倒れる事もなくなっていたが、彼女が気づいた時には長男の手に珠が握られている。
「はん、これがお前貰った珠か。幸福が約束されるとか、そんな大層な代物、お前には似合わないわなぁ」
「か、返して下さい……」
「はん、やなこ」

 長男は、次の瞬間にオレンの実になった。
「へっ……?」
「え……?」
 長男を護衛しており、タブンネと長男のやり取りを傍観していたプロのダンジョニストのフローゼルも、この異常事態には首をかしげるばかり。
「ど、ど、ど……どうしよう? 貴方は、今までダンジョンに潜ってて、こんな風になったことはないのですか?」
「ない……いや、床に落ちているものがポケモンになったことはあるが、逆は初めて見た。ポケモンが、物になるなど……お前、あの珠は一体何だったのだ?」
 フローゼルまでうろたえる始末では、タブンネにはどうすることも出来ない。
「これは……とある不思議珠職人から貰ったアイテムで……そうだ、あの人に聞けば何とかなるかもしれない……と、ともかく……この木の実は潰れないようにしなきゃ……」
 そんなこんなで、タブンネとフローゼルは急いで家に帰り、事情を説明した。父親はタブンネを殺してやろうとすら考えるほどに激昂したが、それでそのサーナイトがへそを曲げでもしたらどうするとフローゼルに言われて、なんとか拳を収めた。そうして、馬車で半日ほどかけてサーナイトの住む街に向かう。その際は、タブンネも連れていった。

「おや、お久しぶりです。今日はいかがなさいましたか?」
 怒った父親の顔を見ても、全く動じることなくサーナイトは笑顔で応対する。明らかに非常事態という表情をしているのに、普段通りの態度を崩さないサーナイトに、父親は余計苛立ちながら、長男がオレンの実に変わってしまったことを話す。
「おやおや、だからタブンネ以外には使わせるなと言いましたのに」
 そして、事情を説明すれば、返ってきたのはサーナイトの嘲笑と呆れ。ニヤ付いた顔でため息をつき、両手を広げてやれやれと首を横に振る。完全に人を小ばかにした態度に、父親ははお食いしばって怒りを耐える。
「……幸福というのは、生きているときだけがすべてではありません。ですから、せめて物に変わることで、タブンネちゃんが安息だけでも与えられればと思ったのですが……お気に召しませんでしたか? あぁ、あれほどわかりやすくはっきりと、タブンネのお嬢様以外は使ってはいけないと申しましたのに、使ってしまう馬鹿な長男ですから……きっと望んだ効果が得られなかったのでしょうねぇ。やれやれ、救えない方々です」
「貴様、黙って聞いていれば!」
「止まれ」
 父親が爪を振り上げたところで、サーナイトはそう命ずる。とたん、父親が金縛りにあって硬直する。
「これはうちの商品の縛り珠と申しまして。この珠の効果は、周囲にいる敵を硬直させてしまう事。強い衝撃を受けるか、長い時間が経たない限りは動くことは出来ません」
 言いながら、サーナイトは拳に付ける凶器を握りしめ、金縛りにあったドーブルが何一つ身動きが取れない状況で、殴り飛ばす。
「おぉ、痛そうな音がしましたね」
 店の床に父親は転がり、尻尾の絵の具が飛び散った。
「あーあ、掃除しなきゃ……」
 ふぅ、とため息をついて、サーナイトがドーブルを睨む。
「あのねぇ、不思議珠はお薬と同じで、こういうのは使用法を守らないと痛い目を見るものよ。あんなにわかりやすい使用方法を間違えるなんて、頭がおかしいんじゃないのかい、貴方の息子は?」
「くどいぞ、貴様……」
「そんな態度取っちゃうの? 私、元に戻す手段を知っているけれど、教えてあげないよ?」
 サーナイトはふわりと浮き上がり、相手を見下ろしながら父親を指さす。
「……そのオレンの実が腐ったら、もう元には戻れない。戻れても、頭がくるくるパーになっちゃっているでしょうね。どうします? 早いところ、教えてもらったほうがいいのではないでしょうか? もちろん、私はただでは教えられないですけれど」
「条件は何だ?」
 怒りを抑え、拳を握りしめ、額に青筋を立てながら父親が尋ねる。
「まずはこの子を頂戴。料理次第で美味しくなりそう」
 彼女は心食種。良い感情を食するポケモンだ。料理という言葉は、文字通りではないのだろうとタブンネは解釈することにした。
「……まず、というからには次があるのだろう?」
「えぇ、それはもう。第二の条件はお金をたくさん欲しいのです。こんなところでどうでしょう?」
 サーナイトが提示した金額は、ゼロがたくさんあった。と、言うのがタブンネの感想だ。雲の上の額となっていて、タブンネには想像もつかない金額である。
「な……この額……店の従業員の年収よりもはるかに高いじゃないか! 二〇年分はあるぞ!?」
「ほう、息子の価値はそれよりも低いと? かわいそうな子ですね」
 サーナイトが嘲る。
「それぐらいの金を、ぽんと出せるくらいの財力がある癖に……それなのに、この子のように子供を虐待する。今はよくとも、それはいつか破滅をもたらしますよ? なぜなら、もしもあの珠を貴方が使っていたら……一家は滅びていたのですよ? それを考えるだけでも恐ろしいと思いませんか?」
「いい気になりおって……私達を愚弄して、商売ができると思っているのか!?」
「えぇ、いい気になっております。なぜなら、私の不思議珠は軍相手にも商売できるほどの品質を誇っておりますゆえ。さっきの縛り珠も、貴方の動きをきっちり止めたでしょう? そんな私の商品ですから、軍にもコネがあるのですよ……それとも貴方、軍に逆らえるんです? 貴方の方が財力がそれほどまでにあるのですか?」
 サーナイトが冷たい笑顔を浮かべて言い放ったところで、ようやく父親は黙った。

「私はね、不思議珠は弱い者が身を守るために使うべきだと考えている。軍隊だって街や人を守るために使うならそれがいいと思ってます……ですから、野心の少ないこの地の軍隊相手なら、安心して商売ができる。積極的に人を殺すための軍隊や集団にはウチの珠を使わせないでしょうからね。でもねぇ……貴方達の評判、客に対しての評判が悪くないからついつい契約しちゃったけれど、探検隊からの評判はすこぶる悪いんだよ。ダンジョンハンティングだっけ? 他人の趣味にケチをつけるのは好きじゃないけれど、この子を正気を失ったポケモンに襲わせてそのまま放置したそうじゃない。この子がダンジョンのポケモンのいたぶられるのを黙って見てたそうじゃない?
 そういう事をやる人に、売る品物は私の店にはないんだ……縁を切りましょうよ、これっきり。その前に、このお値段は払ってもらいますがね」
「金に汚いやつめ……」
 毒づいてにらみつけるドーブルだが、サーナイトは冷たい目つきで見下ろすだけなので、それ以上は口をつぐむ。
「金を持ってくる。それで文句はないな?」
「えぇ、是非とも息子のためにお金を使ってください。息子の体が腐らないうちに、ね?」
「商売させてやった恩を忘れた恩知らずめ!」
 気の利いた言い返しも出来ず、父親はそう言って家へと向かった。急がなければいけないために、帰りは馬車ではなく鳥ポケモンを雇って高速で。タブンネはそのままサーナイトの家に置いて行かれてしまった。

「あ、あの……貴方は、なぜ……私なんかを助けて……」
「君、だからこそなのよ。幸せな奴をわざわざ助ける意味なんてないわよ? 正義感が強いというかなんというか、困った人を見逃せないところがあるわけ、私はね。それと、ああいう高慢ちきは嫌いでさぁ……きっとね、あのドーブルはお店に訪れるお客様のことも、ニコニコ愛想よく接しながら、内心じゃ見下しているんだろうしねぇ」
「多分、そうだとおもいます。よく、客が生意気でイライラするとかで、殴られて……いるので」
「つくづくクズね。救いようもない……ま、君が救えた。だからよしとしようかしら?」
 サーナイトがタブンネの頬を撫でて笑顔を見せる。最初は救われたという実感もなく、そんなことをされても戸惑うだけであったタブンネも、その日温かい料理を振る舞われると、一気に涙があふれ出た。救われたという言葉の意味を理解して、彼女は生まれて初めて誰かに甘え、縋ることの出来る一時の心地よさを知った。


 そして、次の日。高速で往復して金を用意してきたドーブルの商家からお金を叩きつけられ、タブンネも正式にサーナイトに譲られたその日に、サーナイトははタブンネと食卓を囲んでお話を始める。
「あの幸せ珠はね、失敗作だったんだ」
「失敗作、なんですか?」
「えぇ」
「ダンジョンにある、周囲に落ちている物体を、正気を失ったポケモンに変えてしまう罠があるんだけれどね。ダンジョンの不思議パワーが生み出すその罠の力を、どうにか逆転させることで、敵であるポケモンを道具に変えて身を守る事が出来ないかと私は考えてね。そのためにあの珠を作ったんだけれど……はは、間違って、敵相手に使うべき珠なのに、使用者に効果が出るように作っちゃってさ。大失敗もいい所よ。使った人が道具になっちゃうんだもの。
 だもんで、本当は失敗作だったんだけれど……君に渡したら、横取りされると思ったよ。だからこそ、その失敗作も役に立つのさ。あいつらが自滅すると思ったからね……」
「……私が使ってしまったら、どうするつもりだったのですか?」
「世の中、生き永らえるだけが幸せじゃないのよ。だから、本当に絶望したならば、もう何も考えなくてもよくなるという結末もアリかなってね。ま、案の定君は使わず、奴らが使ってしまう展開に終わってしまったわけだけれどさ。ところで、君はこれからどうするの? あいつらから貰った金は、本来は正当に受け取るべき君の財産よ。これさえあれば数年は働かずとも生きて行けるだろうけれど……でも、君はどこかに行く宛てはある?」
「いえ、行く宛てはどこにも……」
「だよね。軟禁同然でずっとあの家にいたんだもの……他の世界を知らないのも無理はないわ。それならさ、私のお店で働きなよ。家は狭いから掃除も楽だし、食事の用意も二人分でいいから、あっちよりも楽でしょ? それに、きちんと給料も出すからさ……正直な話、私の旦那さんが死んでから、一人暮らしで寂しいんだ。だからこうして、貴方みたいな子供を助けているのよ」
「そ、そんな……こんなにお世話になっておいて、そこまでしてもらっては……」
「いいんだよ、お客さんが増えて、最近では忙しいから料理を作るのも面倒に感じていたくらいなんだ。それに年で、家事も面倒になってきてね」
 少し強引だが、サーナイトは彼女のこれからを優しく決めていく。というか、これまでの生活ですっかり卑屈になっていたタブンネは、多少強引にしないと甘えることは難しいと悟っていたのかもしれない。そうやって甘やかしてみると、少しだけくすぶっていた恐怖の感情は少しずつ薄れ、無くなってゆく。サーナイトにとって、そうやって生まれる良い感情は胃袋が満たされるという事であり、おまけに人が一人救われたと思うと少し誇らしかった。彼女にとっては、胃袋が満たされる方が大事なようであるが。

 そうしてタブンネがサーナイトと暮らしてみると、彼女が稼いだ金をいろんなところに使っているのが分かる。不思議珠の材料となる虫や薬草を摘んできた子供にお金を出していたり、毎日朝に食用の残留思念の宿る石や、飲料水を購入してきてくれる子供への駄賃であったり。残留思念だとか感情だとかの味はタブンネにはわからないが、『君の取ってくる残留思念はいつも活きがいいね』と、サーナイトは彼を誉めていたから、正当な報酬を払っているのだろう。
 どうもサーナイトは人助けが趣味らしく、また時折広場でささやくような声で歌を歌っては、人々を楽しませていた。タブンネはそんな彼女の姿を見て、素敵な人だと憧れをもつようになった。そして、年の差があるというのに、同性だというのに、好意を寄せるようになった。

 その反面で、別の感情も浮かんでくる。かつての自分がどうしてあんな目に遭わなければならなかったのかという事。なんであんな父親の元に生まれて、あんな風に苦しまなければいけなかったのかという事。今の幸せに満足している半面で、あの苦い思い出を脳裏ににじませるたびにどうしようもなく殺意が湧き出てしまう。
 例えば、手首の古傷がどうしようもなく疼いて、虫が這い回るような感触を覚えてひたすらにかきむしったり。一撃の珠と呼ばれる、その名の通り対象を一撃で葬る効果を持った球をじっと見つめていたり。突然かっとなって物を地面に叩き付けたり。自分の中から湧き上がる殺意が抑えられない。

 それを相談すると、サーナイトは親身になって聞いてくれた。
「ふーむ……目先の命の危険がなくなったら、それか」
 サーナイトはどうしたものかと眉をひそめる。
「すみません」
「どうしたものかねぇ……?」
 食卓につきながらサーナイトに相談をしてみると、彼女はかぶりを振って考える。
「私、おかしいのでしょうか?」
「まぁ、仕方のない事さ。誰かを憎むのは人の性。そう言った恨みの感情を好む種もいるよ……私の父さんとか、そうだったし。そういった感情が当たり前に存在するから、それを糧に生きる者もいる。だから、そんな気持ちを持つことは恥じゃない。優しいって一般的に言われているタブンネの君でも、それは変わらないわ。人を恨むことは罪じゃない。
 ただ、思う事は恥じゃなくとも、それを実行するのは、大きな損害を伴う事もある。軽蔑されることだってあるし、危険に身をさらす事にもなる。折り合いをつける方法は、その憎しみをぶつけるだけじゃないわ。ゆっくり、忘れていけるならばそれが一番なんだけれどねぇ。幸せでしょ、今の君……? その幸せで、そんな忌まわしい記憶を洗い流せないかなぁ?」
「傷は治ります。でも、跡は残るんです。そして、その痕が疼くんです……」
 タブンネは伏し目がちにそう語る。
「君の仕事は、幸せでいる事よ。きちんと仕事、出来てくれると嬉しいんだけれどな」
 優しい目でサーナイトがタブンネを見る。その優しい瞳に、タブンネは歩み寄って甘えたいと、その欲求が湧き上がる。しかし、手を取るには、自分の中に巣食う心の闇が邪魔をする。
「幸せでいるよりも、楽でいる方が大切か……怒りに身をゆだねるのは、楽だものね。いいよ、それもまた君の道だから」
 まだ優しい目で以ってサーナイトを見つめる。
「しおらしくなってしまったわね。いいや、今はとりあえずこのお話はなかったことにしよう。君がどうしても耐えられなくなったならば、君が幸せになれる不思議珠を一つ用意しよう。それまでは、平穏に暮らすといいわ」
「はい……分かりました」
 とりあえず、この話はお開きとなる。サーナイトは、復讐なんて馬鹿らしいと繰り返し口にし、タブンネもそれを頭では理解している。復讐をしたところで、得になることは何一つないのだという事も。しかし、父親のせいで周囲から向けられる白い目線。そして、母親が可愛そうだと父親を罵る周囲の声。自分が覚えてすらいない母親がひどい目にあわされていたという事は、なんとなくわかっていた。
 母親に会いたいのに、会えないのもあいつのせい。今こうして苦しみ続けなければならないのもあいつのせい。あの街で仲良くなれた人と、その仲を引き裂かれたのもあいつのせい。
 そして、思えばあいつはまだ迷惑をかけ続けているのではなかろうか? そう思うと、やるせない。殺してしまうが正義とすら思えた。

 だから、タブンネは再びサーナイトに相談をした。
「そうか……馬鹿なことはやめておけ、と……一応止めておくけれど。君がそうしたいと思うのならば、きっとそうするべきなのだろうね」
「すみません。散々助けて貰ったあなたの意にそわない形になってしまって……」
「いいのさぁ、世の中みんな思い通りにならない事ばかりだもの。幸せにしてあげたいって思っていた子が、幸せにならないこともあれば、憎まれっ子が世にはばかることもある。かわいがっていた子が、たった数枚の銅貨のために強盗に遭って死んでしまったこともある。復讐で気が済むなら、それもまたありさぁ。ま、こっちに来てよ」
 食卓を挟んで語り合っていたサーナイトは、工房の奥までタブンネを招く。彼女は、机を浮かしてどかすと、その下に隠されていた収納スペースから小さな小箱を出して中身を取る。中身は、何の変哲もない不思議珠。刻まれた文字は『慰め珠』。聞いたことのない名前の珠であった。

「これはね、私の作品の中でも最悪の失敗作なんだ」
「失敗作、なんですか?」
「うん、手を出して」
 サーナイトの言葉に、タブンネは何も疑うことなく手を差し出す。すると、彼女はおもむろにタブンネの手に彫刻刀の刃を当て、肌を切り裂いた。
「痛っ……な、何を?」
 チャリン――金属音が鳴り響く。見れば、テーブルの上には銅貨が落ちていた。
「ん、今のは……?」
「分かるかな? 今のはこの珠から、お金が出てくる音だよ」
「お金?」
「うん。この『慰め珠』はね。誰かの苦痛に反応してお金を生み出すという、不思議珠だ。本当は、君のように辛い労働を行う子を救うために作ったんだけれど……けれど、大変なことに気付いてしまったんだ」
「大変なこと、ですか? なんというか、素晴らしい珠だと思うのですが……これで、苦しんでいる子がお金に困ることが無くなる」
「そうなんだよ。でも、それは正しい使い方をすればというお話で……これは、拷問をしても、お金が生み出されるから。誰かを痛めつければ痛めつけるほど、その苦しみをこの珠は感じ取って、お金に変えてしまう。ほら、さっきの君の苦痛で、8ポケほど」
「そっか……苦しむことでお金が出るなら、苦しませるのが好きなあの家の人達なら……」
「うん、いくらでも君を甚振るだろうね。そうすればお金が手に入るから、一石二鳥だ」
 サーナイトが珠の方を指さすと、そこには確かに粗末な銅貨が落ちている。
「さて、これはね……誰かがこの珠の近くで死ぬか、あまりにも大量の苦痛をばらまくことで、消えてなくなってしまう。その前に色が薄くなって、完全に色が消えたら、大量のお金を放出して、そのまま球自体も消えるんだ。そしたら君には、もうこの家に来ないで欲しい。お別れよ」
「つまり……殺しちゃ、ダメってことですか? 苦しめすぎてもダメってことですか?」
「うん、そういう事。私ともう会えなくなるのは嫌でしょう?」
「うん、嫌……」
 タブンネが頷く。
「それでもやるというのなら、止めはしないわ。やるといい。そして、復讐したくなったらいつでも言ってくちょうだい」
「はい……」
 タブンネはうつむいた。そのままずっと顔を上げないタブンネを見て、サーナイトが微笑む。
「私はね、サーナイトだから、誰かの幸せな感情も大好きなんだ。そしてその幸せな感情があれば、美しくなれる……若さも保てる」
 タブンネは何も答える事が出来なかったが、かまわずにサーナイトが続ける。
「だから、誰もが幸せであってほしいんだ。私の胃袋を、角を……満たしてくれるから」
「私が誰かに復讐したら、幸せになれませんか? 貴方の傍に、いられないのですか……?」
「復讐をしても幸せになれるよ。でも、それだけの気概があるなら、君は一人でも生きて行けるさ。なんせ、大金が手に入るし、あのいけ好かないドーブルから貰ったお金も、君に全部渡しておくから。そしたらそのお金を持って、何もかも忘れて新天地で生きて行くといい」
 サーナイトは言いながら先ほど見せた不思議珠をしまっていく。
「そしたら、私は君とは違う、誰か他の子を幸せにしようと思うの。私の角にとって、美味しい食卓のためにね」
「そう、ですか……」
「復讐なんて忘れてしまえよ。それが一番いい」
「はい……」
 と、タブンネが頷く。まだ心の中にわだかまりが残っていたが、とりあえずその場は耐えることにした。


「あの……すみません……その、『慰め珠』を……ください」
 けれど、結局彼女は己の声に負ける。三度の相談で、さすがにサーナイトもあきらめがついた。
「復讐に出かけるのか、君は?」
 タブンネがこくんと頷く。
「慰め珠以外にも、役立つものはたくさんあるから、不思議珠を持って行くといい。軍隊でも十分に通用する質を保証するから。復讐も、それさえあれば簡単さ。相手に抵抗なんてさせることもなく、縛りつける事が出来るだろうね」
 サーナイトは更なる説得はせず、彼女のやらんとすることを尊重する。
「後で、君に以前見せた慰め珠を首に掛ける。蝋で封印したうえで、君に渡そう。戒めが解かれることなくここに帰ってきたのなら……君を受け入れよう。君が、帰ってくることを祈ってる」
「あの、私……」
「考えて。考えて決めるんだ。何かを成すためには、失わなければいけないものがあるよ。その復讐が、失うに値する者なのか、考えるの」
「はい……」
「そこで待ってて。復讐に使えそうな珠を色々持ってくるから」
 準備は着々と進んだ。路銀はあの商家からありがたく頂いた店番二〇年分に値するお金から一部を使う。もちろん、そんな大金を持っていると非常に困ったことになりかねないので、タブンネのために用心棒も仲介してあげたし、それでもだめなら珠で何とかなるように、沢山の不思議珠を持たせている。慰め珠は、顎に引っかかって外れないほどの短さのひもで結ばれ、幾重にもかた結びをされた後に蝋で封印を施された。
 サーナイトは、やはり本心ではタブンネを送り出したくなかったが、サーナイトの食料となる『幸福』以外の雑味の強い今の感情では、一緒に居ても彼女が望むものは得られない。それなら、新しい子供を見つけて、飼いならしたほうが良かろうと、彼女はそんなことを考えていた。誰かの幸福は、彼女にとって心で味わうものではなく舌で味わうものでしかないのだ。

 タブンネは、用心棒とともに自分が以前住んでいた街へと向かう。馬車よりも大幅に機動力の劣る徒歩での移動だったため、二日ほどかけて街へ帰る。この街を離れてまだ二ヶ月ほどだったこともあり、街は特に変わっている様子を見せなかった。
 彼女は、ここまで来ても結局迷っていた。サーナイトに拒絶されたくないという思いと、親に復讐をしたいという気持ちの板挟みに苦しんでいた。迷っているうちに、タブンネは自分が手伝いをしたことのある工事現場の仲間にいろいろ話を聞いてみようと考える。父親がいない時間を見計らって、事務所となる場所へ赴いて、手持ちのお金で彼らを飲みに誘って話を聞く。
 父親の近況も聞けた。私を売った後、しばらく金の事情も潤っていたらしいが、それで調子に乗っていたおかげで、体調を崩してしまい、しかし医者にかかることも出来ずに休みがちな日々を送っていたそうだ。今では、家賃すら払う事が出来ず、たまに働きに来ては、それが出来ない時は乞食をしているので、『贄』の対象になるのは時間の問題だろうと言われている。
 そんなことを聞けば、もう復讐の必要もない。奴の目の前に現れて嘲笑ってやれば気が済むかとも考えたが、自分がどうやって生まれたのか、母親がどんな仕打ちを受けたのかを聞くと、やっぱり怒りがこみ上げた。どうすればいいのかを、タブンネは考えるが、結局、板挟みなのだ。
 タブンネは数日悩んだがやっぱり決まらず、実際に会ってみれば決められるのだろうかと、父親の顔を見てみることにした。

 父親のライチュウは、落ちぶれた姿で路地裏に居た。雨風から自分の体を守るものがないからであろう、ボロボロの布で体を包んで蹲っている。毛皮も、非常にみすぼらしく匂いもきついし、ところどころ肉付きが悪すぎて骨ばって見える。朝早く来たのでまだ眠っているが、日が昇ったら物乞いでもするのだろうか。タブンネはその父親を蹴り起こした。
「ぐぁ!!」
 という声とともに、ライチュウが転がる。

 チャリン

「痛っ……な、なん、なんだ? お、おま……お前は……」
「父さん……」
 タブンネは、次にサーナイトから習ったサイコキネシスで父親の頭を壁に叩き付ける。ライチュウはうめき声をあげて、その苦痛を周囲に知らせる。

 チャリン

「父さん、私の事……覚えてる?」
「お前……生きてたのか? なんだ、どう見ても……金をくれに来たって感じじゃないな。俺をあざ笑いにでも来たのかよ。すっかり太っていい体になっているじゃねえか」
「えぇ、最近きちんと食事をとれているからね……」
 自分を力でねじ伏せてきた父親は、どうやらもう過去のもののようで、今目の前にいるのは、か弱く小さい残骸のようであった。
「そのつもりだった……殴って、復讐するつもりだった。けれど、いいや……こんなに哀れな姿になったなら、わざわざ復讐する意味もない……そんな気もするし、やっぱり殺さなきゃ気が済まないような気もする」
「へ、そうかよ……殺したきゃ殺せ」
 しばらく無言だった。いざ目の前にすると怒りがこみあげて、どうやって苦しませてやろうか、そんな考えが浮かんでくる。
「ところで、ここに落ちているお金、なんだと思う?」
 少しだけ考えて、タブンネには名案が浮かんだ。
「さっき、首に掛けているその珠から落ちてきたが……そういえば、なんなんだそれは?」
「これは……これは、痛ければ痛いほど。苦しければ苦しいほど、お金が出てくる珠だ……だから!!」
 タブンネが父親にサイコキネシスを放ち、相手の全身を地面に叩き付ける。

 チャリン

「こうやって、暴力を振るえば振るうど、お金がもらえる代物なんだ……」
 歯を食いしばり、こめかみに力を込めてタブンネは言う。
「これで……一日分の食費くらいになると思う。けれど、どうする? 大人しく殴られれば、もっともっと、お金が手に入るかもしれないよ? その代り、怪我もおまけで付いてくるけれどね」
「金か……でも……」
 お金が手に入ると聞いて、ライチュウは一瞬心惹かれる。
「お金、欲しいんだね?」
「ほ、欲しいが……だぐぁっ!!」
 喋っている間に、タブンネは蹴りを飛ばす。

 チャリン

「けれど、なんだ!? お金のために、私の事なんて何も顧みもせずに売り飛ばした癖に、『痛いのは嫌だ、けれど金は欲しい』っていうのか!?」
 蹴り飛ばす。チャリン
「どうしてお前はそうなんだ! 他人の苦しみの事なんて考えない! 自分さえよければそれでいいって!! それで何人不幸にした!? それでどれだけの人を不快にした!? 私が、どれだけ苦労をしたと思っているんだ!!」
 ジャラジャラ
「私の母さんだって……アンタに出会わなかったら、きっと幸せだったのに……どうして!!」
 チャリン、ジャラジャラ。
 落ちた金は(少額の硬貨ばかりだったため)山のようになっていたが、それでも珠の色はまだまだ青々としていて、透明度はさほど変わっていない。
「私……母さんに会ってみたかったのに。お前が殺したんだ……」
 タブンネは大粒の涙を流し、その場に立ち尽くした。ライチュウはその隙に組み伏せてしまおうかとかを考えたが、それをしてしまえばもっとひどい目にあわされそうな気がした。昔ならいざ知らず、今はもうタブンネの方が体力がありそうなので、すでに逆らえる気はしなかった。
「もういいや……結局、騒いだって喚いたって、母さんは戻ってこないもの……」
 結局、慰め珠は殆ど色を薄くすることなく、その役目を終えた。タブンネは、ライチュウとそのお金を放置してその場を去る。復讐というにはささやか過ぎたが、今の境遇だけで罰が当たったようなものだし、それに殴ってすっきりとできた。母親に会えないことが気掛かりだったが、それももはやどうにもならないのだ。
 今、サーナイトの元に帰れば、自分は受け入れてもらえる。だから帰ろう、帰って幸せになろうと、タブンネは心に決めて宿へと戻った。そして、彼女は宿に戻ると、明日、帰りの用心棒を雇って帰るために荷物を纏める。結局、敵の動きを止めるような不思議珠をほとんど使うことなく復讐が終わってしまって、何だか拍子抜けであった。




 次の日、目覚めると、彼女は街の外の森に縛られて、口もふさがれ喋られない。目の前には、まだ怪我の治っていない父親のライチュウとその他に素行の悪そうな顔をしているワタッコがいた。
「舐めやがって……育ててやった恩を忘れた糞野郎め……」
 ライチュウが目の前に居て、見知らぬ場所に縛られているこの状況が理解できずに、タブンネは『んーんー』とくぐもった叫び声をあげる。五月蠅いとライチュウの電撃を浴びせられて、タブンネの全身に激痛が走った。

 チャリン

「お前が残してくれた金でよー……このワタッコを雇ったんだ。ほら、見ろよあれ……すげえだろ? 本当に金が落ちてくる」
 ライチュウが、タブンネの首に掛けた珠から出た金をワタッコに指し示す。ワタッコの眼が欲望にまみれて妖しく光っていた。
「あぁ、まさか本当に苦痛によってお金を落とす珠があるとはなぁ……お前を眠り粉で深い眠りにつかせてここまで連れてきた甲斐があるってもんだ」
 ワタッコとライチュウの言葉で、タブンネは状況を理解せざるを得なかった。自分は、もう暴力を受ける以外の事は何も出来ないという事を。
「さあて、親が苦しんでいるというのに、その状況にさらに鞭を打つような真似をしたんだ……覚悟しろよな」 
 ライチュウの言葉に、タブンネは涙を浮かべて首を振る。当然、そんなことでこの状況が変わるわけもなく、森には小気味よい金属音と、殴ったり電撃で焼いたりする音が響くばかりであった。

 チャリンチャリン、ジャラジャラ。ジャラジャラ。ジャラジャラ。
 薄れゆく意識の中で、タブンネは思った。

 ジャラジャラジャラジャラ
 あぁ、サーナイトに軽蔑されてでも、こいつを殺しておくべきだった。

 ジャラジャラジャラジャラ
 中途半端に復讐をした自分の馬鹿! 馬鹿! なんで自分は、ライチュウにとどめを刺さなかったのか? 中途半端に復讐したのか?

 ジャラジャラジャラジャラ――
 二日間甚振られ続けて、タブンネが肉塊と成り果てた時。慰め珠は大量の金貨と銀貨を落とし、重厚な音の中で静かに解けて消滅した。

「そろそろ、あの子も帰ってくる頃かなー……大丈夫だよな、あの子なら」
 同じころサーナイトは、タブンネの帰りを今か今かと待っていた。きっと帰ってくると信じて。
 その後、タブンネのすさまじい後悔の念は、ダンジョンを作り出した。その時、首に掛けていた慰め球も、砂粒のように微小な結晶としてダンジョンで生成されるようになったそうだ。ダンジョニスト達はダンジョンのポケモンに攻撃を与え、その悲鳴を響かせることで、ポケを生成させる事が出来るのである。
 だからこの森にはポケがたくさん落ちており、それゆえにポケの森と呼ばれるのである。

 ◇

「と、いう訳さ。酷い話だろう? え、その後サーナイトはどうなったのかって?
 帰らないタブンネのことを心配して、しばらくは『父親を殺しちゃったのかな』って失望していたらしいけれど、『まぁ、そういう道もあるさ』って、あんまり気にしていなかったんだ。
 でも、ライチュウが各地で豪遊しているという情報に気付いたら、タブンネが帰ってこれない理由を確信して、流石に黙っていられなくなったらしくてね。
 彼女独自の情報網でライチュウを見つけたら、癒しの波導とノコギリを用いて、延々と傷つけては治して、壊しては治して、苦痛を与え続けたそうだ。ライチュウは中々死ねなかったんだとよ。
 その際の感情で自身の肌や髪が荒れようとお構いなしにね……サーナイトは血の涙まで流したそうだ。
 サーナイトがライチュウを処刑した場所は、『慟哭の谷』って今では呼ばれている。知っているダンジョンかい? そうかそうか。ところで、今回の話に出てきたポケの森の場所を知りたいかい?
 昔は無料で教えていたんだがなぁ……今は大人の事情で有料だけれど、教えてやってもいいぜ?
 なに、あとから山ほど大金が入るんだから、安いものさ。
 それとも、あんたにはカクレオンのバザーっていうダンジョンの方が向いているかな? あんたもカクレオンだからなぁ」
取材協力:ダンジョン案内人のタマゲタケ

涼風草原 


「ほら、食事だ。食えよ」
「あ、ありがとうございます」
 小さな焼き菓子を不潔な地面に放る。貧しいグラエナの女性はそれを持ち帰ろうとしてしてかじりつくが、彼女はその顔を上から踏まれた。
「何をやっている? 私は食えよとは言ったが、まだお前が許可を乞う言葉も、感謝の言葉も聞いていないぞ?」
「あ、あ……わたくしのように下賤なものに、このような施しを下さり、ありがとう……ご、ございます。どうか、この私にこれを持ち帰る許可を……」
 震える声でグラエナは感謝の言葉と許可を求める言葉を出す。
「ふん、汚い下衆なりに、上手く言えたじゃないか。だが、もう少し格好が良くない。腹を見せて懇願してみろ」
 先ほどから、グラエナを見下ろしてあざ笑っている種族は、オドシシの男性である。かつて、この大陸を最悪の飢饉が襲った。野に生える草という草は、すべて飛蝗に食い尽くされ、草食種のポケモンの食糧は根こそぎ奪われた。しかし、その頃からは食糧を巡る争いや愛憎劇が尽きず、様々な思惑が空間を歪ませ、不思議のダンジョンが作られていった。
 それにより、経済の流れや、『贄』の制度は根本から変わっていく。不思議のダンジョンが各地で出現したことにより、肉食のポケモンは街に生きる草食のポケモンを喰わずとも、ダンジョンで得られたその肉を喰らえば良くなった。
 最初は、『贄』の代わりにダンジョンで得た肉を渡せば『贄』が免除されるようになり、その後さらに時が過ぎて、肉食種とその他の食性の種に身分的な差異がなくなった時代の話である。このころは肉食と草食、そして草タイプのポケモンで人口比率も落ち着いてきて、かつて捕食者と被食者であったポケモン達は、互いに互いを尊重し合いながら仲良く暮らしていた……場所もあった。

 ともかく、それによっておこったのは、時代について行けずに胡坐をかいていた肉食種のポケモンが、経済活動に取り残されるという現象である。肉食種のポケモンが黙っていても暮らせた時代は終わり、それとともに草食種のポケモンはダンジョニストを基盤とする多岐にわたる商売を展開することになる。
 ダンジョンに潜って肉や珍しい宝石、燃料などを得る者。そしてそれを流通させる者。流通させるために、商人などを護衛する用心棒稼業。そして流通するそれらを加工する者、ダンジョンという貴重な資源のために領土争いをしたり、そのために雇われる傭兵稼業。
 本当に、ダンジョンのおかげで経済は潤った、そして変わった。だが、同時に貧富の差が入れ替わったりもした。かつては草食種が権力で肉食種に勝ることなど、辺境に住む聖剣士の希族など、そもそもポケモンとしての格が違う場合でしか起こらなかったこと。それが、今では当たり前のように、肉食種よりも裕福だったり、屈強だったりする草食種というものが生まれるようになった。
 そうして生まれるのが、逆差別である。子供のころに肉食種のポケモンが幅を利かせ、それに従う事しか許されなかった時代。辛酸を舐めつくした草食種達は、立場が逆転した際に、かつて自分達がそうされた以上に肉食種のポケモンを虐げ始めた。肉食種のポケモンにはまともな仕事を与えず、重労働で危険な仕事を、安い賃金で行わせる。そして、お店に行っても、草食種のポケモンよりも高い値段で物を売っていることなどザラである。
 肉食種のポケモンが節度を持って統治をしていた地域ではそんなことは起こらなかったが、横暴な支配をしていた地域では、まさに地獄と言ってもよい仕打ちを受ける。そんな因果応報な光景が、そこかしこで繰り広げられていた。
 この涼風平野に存在する町では、それが非常に顕著であった。

「お、お、おねがいします……」
 グラエナは、偽陰茎のある腹、あばら骨の浮き出た胸を見せて、物乞いをする。こうした腹を見せるポーズは、四足のポケモンにとっては屈辱そのものである。それを強要してなお、グラエナに牙をむかれないのはつまりそういうことだ。牙をむいて向かって行っても、食事をまともにとっていなければ返り討ちに遭うだけであり、またそうなってもだれも助けてはくれない。
「醜いなぁ……だがまぁ、それなりに良く出来たことだし、もって行ったらどうだ? 許可するよ」
 このグラエナの例は、まだ食糧がもらえるだけましである。例えば草食種の虫の居所が悪ければ、目が合っただけで殴られ蹴られということもあるし、あれだけの事をしても『目が気に入らない』などの理由で食糧を踏みつぶされることもある。
 だが、文句を言えば更なる仕打ちが待っている。この涼風平野の街に住む肉食種のポケモンは、じっと耐え忍ぶしかないのである。

 とはいえ、肉食種のポケモンは身分の底辺層であるというだけであり、草食種のポケモンにも貧しい者はいる。この町ではそういった者は、日雇いの掲示板で募集される仕事にすがるしかなく、もしも仕事にありつけない、そんな日は空腹を耐え忍ぶしかない。
 しかも、性質の悪いことに、この日雇いというのは賃金を安く希望する者から優先的に指名されるというものである。もちろん、種族によって仕事の得手不得手などがあるため、一概には言えないのだが。
 例えば同じ種族、同じ体格の者が仕事を希望するとき、一日の給金が一〇〇ポケと九〇ポケの者がいるならば、九〇ポケを希望する者が選ばれる。そういうシステムであるため、労働力を安く買い叩くことが出来、貧しい者はさらに貧しく、富める者はさらに富を蓄える。そういった社会となっていた。
 貧しい者は、安いアパートに身を寄せ合い、夏は虫に集られ、冬は寒さに凍えて過ごすしかない。それでも屋根がある場所にいるだけ幸運で、道端、壁の隙間や橋の下にがらくたを集めて掘立小屋を作りながら、薄布一枚の壁を張って生活する者もいる。この辺は水が少なく木々はあまり育たないため、燃料用の薪を得るのにも苦労し、食事は火を通さず固いまま、寒さに凍えて過ごすのは当たり前。
 そんな生活で心が荒んでしまえば、弱い者はさらに弱い者を叩くことでしか憂さを晴らせない。そのため、力が弱い子供や、タイプ相性の悪い女性を狙った暴行やレイプなどが相次ぎ、貧困層は全くまともな生活が出来なかったと言っても過言ではない。

 世界の行く末を見守る一柱の神、キュレムはその状況を憂いていた。今までは、世界全体に当たり前にあった貧しさだが、不思議のダンジョンが大量に生まれた今となっては譲り合い、助け合うことでそれらの貧しさは大分緩和されるはず。だというのに、今は弱きものを虐げることに快感を見出してしまった者達が、皆で幸せになろうという殊勝な心がけを捨てて、曇ったまなざしで日々を過ごしている。
 皆が幸福になることが十分に可能な世界になったはずなのに、現実はそんなことが起こりえない。この状況をどうにかしなければ。そう考えたキュレムは、腹心であるフリージオやゴルーグたちに、夜中街に出させては、お告げを刻ませた。その内容は要約すると『弱者を虐げるのを止めろ。やめないと天罰を下すぞ』という単純明快なもの。創造神アカギほどではないが、キュレムもまた神の一柱。その言葉ならば聞き入れてもらえると踏んだのだが、そう簡単にはいかなかった。
 彼の腹心が石畳に刻んだ文字は、どうせただの悪戯だろう。肉食種の肩を持つ変わり者の草食種が、神の名をかたっただけだろうと一笑に付されるのであった。
 それなら、私が直々に刻んでやろうと、キュレムは人目を避けて町のはずれに文面を用意する。こんどは、溶ける事のないような馬鹿でかい氷も添えて、その氷に彼の翼の先の巨大な爪で文字を刻む。それは流石に度肝を抜いた。数メートルはある巨大な氷柱が一夜にして出現し、しかもそれには見たこともないような巨大な爪跡。
 温度も低すぎるほど低く、近づいただけでも凍ってしまいそうなほどの冷気である。それだけに、今度は信じる者もいたのだが。やはり大多数の者は今の生活を改めようとしなかった。そういった、神を信じない者達には神を信じない者なりの考えがある。例えば、『そんなありがたい神様がいるのならば、数十年前の肉食種の支配はどうだったのだ? あれも酷いものなのだから、同じように肉食の糞野郎どもに警告してくれてもいいはずだ』と。
 あの時代は、『贄』が必要だった。それは今、肉食種のポケモンを虐げている草食種の者でさえも確信している当たり前のことである。
 しかし、この町に存在していた肉食種の支配は、確かに横暴で、必要以上に『贄』を集めていたきらいはある。しかしながら、今この街に蔓延る草食種の支配は、肉食種と草食種の天秤が逆に傾いただけとは言い難い。倍返しか、それ以上の支配である。
 かつてに比べればダンジョンのおかげで豊かになったため、その分飢える民は少なくなるはずである。実際に、多くの街で飢える者は少なくなっている。もちろんゼロではないが、確実に餓死者は減っている。この街だけは時代と逆行するように、以前の時代よりも飢える者が増えている。それが意味することは、つまりそういうことなのだろう。

 ともかく、神のお告げを笑い飛ばしたものがいる。いつも通り肉食種を虐げて生活した草食種の者がいる。それでも、しばらく何もなかった。だから、神のお告げを一旦は信じていた者達も油断してしまい、また徐々に元の生活へと戻っていった。それは、貴族たちも同じだ。食べ残しですら、庶民にとっては目もくらむような食事を豪勢にふるまうような豪華絢爛なパーティーを定期的に開いたり。
 奴隷を重労働の苦役にさらして得られた宝石できらびやかに着飾ったり。一日で、下級層の一年分の金を使うような浪費振りであった。
 そうなると、キュレムも堪忍袋の緒が切れる。もはや我慢ならんと力を振るった彼の怒りは、富裕層の住む区画を凍える世界に変えてしまった。

 『そうして、街は横暴な富裕層が消えて平和になりました』、とはならなかった。富裕層に雇われていた門番も、護衛も凍り付いてしまえば、もはや火事場泥棒を止めることは出来ないのだ。飢えていた者が、このチャンスにどうするかなんて決まっている。盗むのだ。
 盗んだ宝石や芸術品を売りさばけば、明日の食事は豪華になるはずだ。貯蔵されている食料も奪ってしまえばいい。そうすれば久しぶりに美味しいパンが、脂ののった腸詰め肉が、塩味の利いた干し魚が、甘く香る干し草が、みずみずしい果実が、喰える! そんな期待を胸に抱き、殺到する。
 門戸は破られ窓ガラスは割られ、扉は壊され壁は崩され、中にあるものは食糧から食器、絨毯、食べ残しの残飯に至るまで盗まれる。それだけならばいいのだが、盗む物をめぐって争いまで始まった。富を皆に分けるために富める者たちを凍らせたが、結局は強い者が弱い者を虐げるという構図に変わりはなく。むしろ、慣れない大金に舞い上がり、手加減が利かなくなった者達が、縋る弱者を容赦なく痛めつけた。
 まるで自分達が正義の味方であるかのように弱きものを踏みつけ、血だるまにする。盗んだ代物が血で汚れたと難癖をつけて嬲る、殺す。そこに、キュレムが意図した光景は無く、町にはただただ痛みと悲しみだけが残った。持ち去られた代物を売りに他の街へ出かけた者達は小金を得て、その年を優雅に暮らそうと画策していた。
 貴族がいなくなったのだから、残った食料は自由にできると、捕らぬポケモンの皮算用をしながら。
 その状況を嘆いたのは、住民ではなかった。もちろん住民も嘆いてはいたが、どちらかと言えば自分の思い通りにならない不満に愚痴を漏らすだけである。
 嘆いていたのは、そう。キュレムである。彼はあくどい富裕層さえ始末すればそれでこの街の人々の心も変わると、そう踏んでいたのだ。しかし、現実はそううまくはいかず、むしろ悪化したとすら言ってもよい。教養のある者達がいなくなった分、さらに不味くなってしまったかもしれない。
 もはやこの街はダメだ。なくしてしまおう。キュレムはそう考えて、次の瞬間には街全域を包み込む冷気で、住民の全てを息も凍る氷点下の中に閉じ込めた。富裕層の住む地区を中心に冷気を発したため、生き残ったのは町のはずれで息をひそめて、この狂気じみた略奪の時間が過ぎるのを待っていた数人のみである。
 結局、生き残った者達は、持てるだけの食糧と、僅かなお金を手に他の街へとのがれるしかなかった。たとえその先に何があろうとも。

 この町が一夜のうちに滅びた一軒については、矢のように早く噂が伝わり、しばらくは不届き者達が街へと火事場泥棒に訪れる。死体に蛆が湧き、それが変態して蠅になった頃には、金目のものはあらかた取られ、この世界に未練を残した者達がダンジョンを形成していた。
 温暖なはずのこの地域は、まだキュレムの息吹が吹きすさぶかのように、そして人々の冷たい心が意思を持ったかのように涼風が吹きわたっている。誰かがこの場所に、暖かな心を取り戻せたならばあるいは、この風もやむのかもしれない。

「何も語ることはないさ。これが全てだよ。ただ、考え無しに悪党を倒しても、ただ考え無しに物を与えても、状況が改善するとは限らない。
 だから、まずは施すのではなく、学ばせるのさ。与えられたものをどう使うのか、学ばせるのさ。それが出来てはじめて、何かを与えるべきなんじゃないかって思う。
 俺の相方のピカチュウはさ、そう言うのを考えずに突っ走ろうとしていたけれど、勢いだけは本当にいいから。俺が軌道修正できてよかったって感じてる。
 それが俺が今まで見てきた真実さ。だから、パラダイスを作る時だって、まずは教育からだ。文字が読めない奴にはそれを読むことを覚えさせた。
 この話に出て来るように、キュレムは誰かの幸福を願っているわけだから、本質的には悪い奴じゃない。
 けれど、間違いを当たり前のように犯したから……氷触体をぶっ壊したことで、変わってくれるといいんだけれどな。神様だって、平和のためには必要だ」
取材協力:パラダイスと呼ばれている開拓地を纏めるミジュマル

後書き 

今回の大会も皆さんに楽しませていただきました。
はい、私の正体はリングです。まぁ、正体が分かった人は恐らくいないでしょうね……
さて、この物語ですが、本当はハッピーエンドが多めのお話にするつもりだったのですが、何の手違いかこんなハートフルストーリーになってしまったわけですが、これにはきちんとわけがあります。

それは、このお話の元となった、ポケモン不思議のダンジョン マグナゲートと∞迷宮の設定上、りふじんな世界! 不公平な世界! 正直者ばかりが そんをする世界! あくどいものが うるおう世界! でなくてはいけないので、氷触体に優しい世界観になっていただくためにバッドエンドがやけに多めになってしまったのです。俺は悪くねぇ!

こんな世界を良く変えていけるかどうかは、プレイヤー次第ですので、エンディングを迎えた皆さんも気を抜くことなく、たまにはあちら側の世界に行って世の中を導いてあげましょうね♪

いやー、こういうポケダンのサイドストーリー的なのっていいですね!そしてそれを書く人といえば…。 (2014/04/28(月) 17:32)

 だ、誰でしょうねぇ……皆もポケモンのサイドストーリーを書けばいいと思うのです!


バッドエンドが大半ですが、読んでるうちに引き込まれる面白い小説でした。
ところでこの語り手のキャラ達に見覚えがあるんですけど気のせいですよね? (2014/04/30(水) 17:33)

 気のせいです! 呼んでいるうちに引き込まれたと、お褒めの言葉ありがとうございました


童話の様な世界観で、しっかり本編に繋がってる所が良いと思いました。
相変わらずグロがお好きな様で。 (2014/04/30(水) 23:26)

 あ、相変わらずとは一体何の話でしょうかねぇ!? 本絵pんを意識した結果バッドエンドが多くなってしまったのです。


それぞれのダンジョンにあてられた物語がたくさんあるにもかかわらずどれも読みごたえがあり、なおかつ意味も通っていて読んでてとても楽しめました。
最高の作品、ということで一票。(2014/05/02(金) 00:05)


 どうもありがとうございます


マグナゲートの各ダンジョンの由来を、よくもまぁここまで真っ黒解釈したもんですねw
あまりのハートフルボッコに一時は投票を躊躇いましたが、エロ面白さでは群を抜いていましたので一票。 (2014/05/03(土) 07:37)

個人的にはあまりエロは頑張っていなかったのですが、そう言っていただけると嬉しいです


あんまりエロくなかったけれど面白かったです (2014/05/04(日) 23:07)

どうもです!


どれも面白そうなダンジョンでした!
あったら探検してみたいです。 (2014/05/06(火) 00:10)

わたしは探検したくない!(

お名前:
  • 感想ありがとうございます。
    ささやきの木立は数少ないグッドエンドのお話でしたからね……その後の人生まではハッピーじゃなかったですが。
    シンプルな描写でしたが、それが心に響いてくれたようで何よりです。水のミドリさんも創作活動頑張ってください -- リング
  • 読み返しましたらやはり圧倒されましたので今さらですが感想を。
     どのハートフルストーリーも心にグッとくるものばかりでしたが、1番感動したものは『ささやきの木立』でした。シンプルなストーリー、最低限の描写でも鮮やかに浮かぶ風景とそこに住まうポケモンたち。ラルトスらしい心理描写と設定・バックストーリーの巧妙さで、見事に感情移入させられました。
     そこからのラストシーン。「心地よい驚愕の感情」というワンフレーズに込められた物語の結末が、スマートに伝わってきます。これ以上にないくらいの美しい締め方なんじゃないでしょうか。私もこんな作品描いてみたいです。 -- 水のミドリ
  • 嫌な事件だったね……氷触体に優しいお話なので仕方がないのです。
    一つの災害は他の大きな賛辞をもたらしますゆえ、冷夏でも台風でも、このお話のようなことは起こりえたでしょう。
    ――リング 2015-10-05 (月) 21:51:42
  • タブンネェ…

    大戦犯バッタ
    ―― 2015-10-01 (木) 12:14:18
  • >ナスさん
    まままままままさか、仮面をつけていたからばれる事なんてあるわけないですし。
    人の心がすさむきっかけというのは、やはり食料という物が一番大きいと思ったので、あのような表現になりました。戦争とかも考えたのですが、それだけだと関係のない地域は関係のない話ですしね。

    ギャロップは……あの子は、もう少し優しさや罪悪感を捨てれば幸せになれたのですよ
    ――リング 2014-05-11 (日) 22:23:41

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*1 ドラゴンもしくは怪獣のタマゴグループに属するもの

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Last-modified: 2014-05-07 (水) 21:45:22
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