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ポケモン不思議のダンジョン物語

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いつもダンジョニスト*1達が何気なく攻略していく不思議のダンジョン。それらにはどんな謂れがあるのか、君も知りたくはないかな?
ダンジョンの一つ一つに存在する、ハートフル(Hurtfull)ストーリーの数々を聞いたら、君も冒険したくなること間違いなし!
さぁ、君も素敵な不思議のダンジョンに一歩踏み出してみないかい? 

※このお話には強姦、乱交、捕食、近親相姦、生贄、拷問、キャニバリズム、猟奇殺人などの表現が存在します。閲覧注意です。大体バッタのせいです。

作者:リング

氷触体にやさしい.png

序章 


 創造神アカギが世界を創造して間もない太古の昔。その世界にはまだ不思議のダンジョンと呼ばれるものは存在していなかった。
 いつからか、不思議のダンジョンと呼ばれるようになる場所が現れ、それは増えていった。
 ダンジョンは、流通を妨げる要因であり、その反面で無限に資源を生み出す事から、恵みとも邪魔者とも解釈された。
 だが、もっとも大きな功績は、肉食のポケモンと草食のポケモンの和睦だろう。

 かつて世界は、肉食のポケモンが支配していた。逆らうものを喰らい殺す肉食のポケモンの横暴に耐え兼ね、草食のポケモン達は一斉蜂起し、肉食のポケモン達を逆に虐げる。草食でも肉食でも、戦闘能力は大きく変わらない。ならば、草食種がその気になって肉食種に牙をむけば、数で大幅に勝る草食のポケモンに、肉食のポケモンが敵う訳もない。
 草食のポケモン達から僻地に追いやられた肉食のポケモン達は、その後約2世代分。始まりの時に赤子だった者が孫の顔を見るほどの時を、泥水をすすり虫や魚を食べて飢えをしのぐ生活を強いられた。

 しかし、肉食のポケモン達が姿を消したことで、草食のポケモン達は数が増えすぎた。食糧をめぐって争い、そして多数の戦死者、餓死者が出るまでに時間はかからなかった。その大災害に乗じ、肉食のポケモン達は死体を漁った。腐った死体でも食べられるものは食べた。焼けば食えるなら焼いて食べた。
 死体が残って疫病が蔓延するよりはましだからと、草食のポケモン達は黙ってそれを見て見ぬふりをした。やがて、食べる死体がなくなった時、肉食のポケモン達は、草食のポケモンを恐れて僻地へと帰ろうとする。彼らは、祖父の代からの教えで、草食のポケモンは肉食のポケモンを袋叩きにして殺す存在であると教えられていたのだ。今は互いの利害が一致しているから、同じ空間で暮らすことも出来たが、もはや死体がなくなっては共存も出来まい。
 その時代では肉食のポケモンも、草食のポケモンも、肉食のポケモンが世界を支配していたころと比べて数を大きく減らしていた。今でも戦えば草食のポケモンの勝利は揺るがぬ数であったが、しかし――草食のポケモンは肉食のポケモンによる支配を求める。これなら、仲間が食われていた頃の方が平和だったと、理解してしまったのだ。

 その一方で、肉食のポケモンも反省していた。好き勝手に食ってしまうのでは、恨まれても当然だと。これからは――規律を持って草食のポケモン達を食おうと。
 世界は再び肉食のポケモン達が支配した。くじで選ばれた者から喰われるという制度が出来るようになり、食糧に選ばれた者は『贄』と呼ばれた。草食のポケモンの犯罪者は優先的に食べられた。障害者は優先的に食べられた。病人や老人、税金を払わないものや乞食も優先的に食べられ、逆に子供は原則的に『贄』の対象にはならなかった。学者や医者、神官や教師、治安を守る兵士など社会に必要不可欠な役職に就く者は、草食動物のポケモンであっても食べられることなく生きることを許された。
 食われる日を目の前にしたポケモンの犯罪は絶えなかった。愛する者が食われる。肉食のポケモンと草食のポケモンの禁断の恋。それらをテーマにした戯曲は数え切れぬほど生まれた。ダンジョンが多く生まれたのは、そんな時代の最も苦しい時期であった。

 その世界に住む者は、ダンジョンに神話を求めた。

スイーツ・ロード 

甘くて美味しいけれど栄養は無い



 あるところに、ヤドンの群れがありました。その群れの皆はのんびりゆったりと暮らしていて、いっつもグデーっとだらけているものですので、眺めているとこっちまで眠くなってしまうほどです。しかし、そんなゆったりと流れる時間の中でも、いつかはお腹が減ってしまうものです。お腹が減ったら、ヤドンは自分の尻尾を使って釣りを始めます。
 尻尾からは、甘い味のする汗のようなものが分泌されるので、それを目当てに集まってきた魚を釣って、それを食べるのが彼等のライフワークなのですが……仲にはそんなライフワークすらも持ち合わせていない怠け者が、二人もいるのです。
 その二人は、他の人達が食べている魚を見て『ねーねー、ひとくちちょうだーい』などとおねだりしては、それだけでお腹を満たす毎日。群れにはたくさんのヤドンやヤドランがいますが、その二人が釣りをしているところは誰も見たことがありませんでした。
 そんな状況を見かねて、群れの中に一人だけいるヤドキングは、その二人を水辺から追放し、森の方へと追いやりました。何が起こったかもよく分かっていない二人は、これから食料を自分で取らなければいけない事すらわかっていないようでした。


「ねーねー、お腹すいた―」
 お腹を空かせたヤドンの女の子が言いました。
「じゃあ、どこかに食料を取りに行くー?」
 ヤドンの男の子が尋ねます。
「うーん、面倒くさーい」
 しかし、返ってきた女の子の答えは、なまけものそのものな答え。他の種族ならあきれ返ってしまうような答えかも知れませんが、しかし彼も同じ穴の狢。
「そうだよねー。面倒だよねー」
 彼らは面倒くさがりや。彼らは怠け者。そのほか、あまりにも動こうとしない彼へ向けた罵る言葉は、いくらでも吐く事が出来るでしょう。なんせ、お腹がすいても動こうとせずに、こうして地べたにでんと寝そべっているのですから。
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいきません。お腹が減っていれば、何か餌になる貝類や藻を食べに行かないと、いつかは死んでしまうのです。そうでなくとも、いくら感覚の鈍い彼らヤドンでも空腹には流石に耐えられません。
 さらにお腹が減って、しかしそれでも動きたくなかった女の子の前にある尻尾に噛みつきました。その尻尾とは、もちろんの男の子の尻尾です。ガブリと噛み付いて、それを噛みちぎる。尻尾は自然に取れて、噛み締めると甘い味の染み出るそれに、女の子は満足して口をもぐもぐとさせます。
「ねー、何食べてるのー?」
 ちょっとちくっとして、尻尾の穂実目を向けると、女の子がもぐもぐと口を動かしているので、気になって男の子は尋ねます。
「んー……君の尻尾。甘くて美味しいねー」
「えー、何それずるーい。僕にも食べさせてよー」
 間延びした声で言って、彼は途中までち切られた尻尾を咥えようと懸命に体を曲げます。しかし、いつまでたっても男の子の体は空回りするばかりで、いっこうに自分の尻尾を咥える事が出来ません。
「うーん、難しいなぁ」
「じゃあ、私の尻尾を食べたらー?」
 ヤドンと言えばのんきで間抜けなポケモンではありますが、それにしたってこの二人は重傷です。お互いの尻尾を食べ合って、二人はその味を堪能しました。
「おいしー」
「そうだねー」
 かわされる会話も、自分達の大事な尻尾がなくなってしまったというのに、まるで緊張感も悲壮感もありません。それどころか、痛みまでないんじゃないでしょうか? そんな二人は、一時的にお腹が満たされ、しかしまたお腹が減るのです。こんな状況になってまで、餌を探しにいかないだなんてもはや怠け者という息を越えているような気がしますが、しかし二人は怠ける事を選びました。
 女の子はまた男の子の尻尾を食べます。対抗するように、男の子も尻尾を食べます。まだ再生中の再生途中の尻尾はどんどん短くなり、やがて根元へと到達します。そこから先は食べられたら再生できない場所。痛みも、ほかのポケモンと比べれば弱いとはいえ、きちんと感じる事が出来る場所。
 噛み付くと、お互いが痛いと言ってしまうので、最初は躊躇しましたが。しかし空腹には勝てませんでした。体は流石に完全には再生できないので、食べ終わって怠けている間、再生しようとした体は、ドロドロに溶けたいびつな物でした。もう、二人は元の形に戻ることは出来ません。それでも、食べました。もはや、誰が見てもヤドンの形をしていない状態になっても、彼らはお互いの体を食べ合いました。
 不完全な再生のためにぐちゃぐちゃになってしまった体は、いつしか一つになってしまい。自分を食べているのか、相手を食べているのかすら、もう二人にはわかりません。

 ただ、甘くて美味しかったのです。怠けながらその味をいただけるのならば、彼らは幸せだったのです。彼らは、徐々に小さくなっていきました。ぐちゃぐちゃになりながらも食べ続け、輪を描くようにしてどこまでもどこまでも小さくなりました。あまりにも恐ろしい光景だったため、それを目撃した人は、そこには近寄りたくありませんでした。

 ある日、何も事情を知らない神様が、ここを通りかかります。
「おや、なんだこれは? おいしそうなお菓子だなぁ」
 鋼タイプの彼は、食あたりなど恐れずに拾い食いしました。
「うん、美味しい。よし、決めたぞ! これからここは、この美味しい物体が無限に生成されるダンジョンにしよう!」
 神様は、時間を操る能力で、ダンジョンを作りました。

そんな伝説があるから、現地住民は気味悪がって誰もスイーツロードなんてダンジョンにはいかないんだ。
けれど、あのダンジョンのドーナツは、食べるだけで力が漲るすっげぇ代物さ。食べないともったいないんだけれどな。
なに、行きたい? そうだな、出すもん出してくれれば、考えてやるぜ。
取材協力:ダンジョン案内人のタマゲタケ




凍える柱 

ここに「神殿」を建てよう



 例えば、エスパータイプのポケモンやそのタイプの技を使えるポケモン家の中にある物を盗みたいと思ったとき、家に鍵がかかっていなければそのまま入るだろう。
 だが、家に鍵がかかっていた場合は? その場合は、テレポートで入り込めばいい。一応、壁を破壊してはいるという事も可能だろうが、それは周囲に轟音が響くのでお勧めしない。そして、お目当ての物が金庫の中にあったら? その場合は、トリックの技を使う事で、中にあるものを取り出す事が出来るだろう。
 昔は、そんな簡単な手段でも泥棒が出来た。そのため、街で泥棒が起こった時は、まずエスパータイプを疑えとまで言われた地域もある。盗みに入られた被害所よりもむしろ、いわれのない罪で責められるエスパータイプの方が甚大な被害を受けた時代であった。もちろん盗みに入られた被害者もたまったものではない時代であったが、いわれのない罪で投獄、拷問されるよりはましだろう。
 財産が少なければそんな風に盗まれる心配もないが、富裕層はそういった泥棒対策に、召使たちを見張りとして酷使したものだ。

 そんな悩ましい泥棒をどうすれば防ぐ事が出来るのか? 防犯について考えるのであれば、今の者達ならば『結界を張る』という答えに落ち着くだろう。結界と言えば、悪タイプの力を象徴する鋭い牙を用いて、壁や床に文様を刻むことで、家や金庫などの内部にあるもののエスパータイプによる干渉を防ぐという代物である。
 最初こそ、その文様を刻める職人が一人しかいなかったため、その者は文様を彫り、そしてその方法を有料で伝授することで巨万の富を築いた。そして彼自身も、その財産を結界で守ったのだが、晩年には無理やり物理的に家屋を破壊されて財産を奪われ、失意のままに人生を終えたのだとか。


 このお話は、それより前の時代の話。
 かつて、結界を描くことでエスパータイプによる技の干渉を払いのけるという技術がまだなかったころ。
 例えば、エスパータイプのポケモンにテレポートをさせてみよう。空気のある場所へのテレポート。これはもっとも簡単なテレポートで、サイコパワーの消費も非常に少ない。次に、水中にテレポートしてみるとしよう。これもサイコパワーの消費量は多くなるものの、大体のテレポート使いならばできる事だ。その代り、先ほどまでテレポートの使用者がいた場所は水浸しになる事だろう。
 砂場でも同じようなことになる。ただし、この場合はさらにサイコパワーが必要だ。

 最後に、鉄塊や岩の中にテレポートした場合はどうなるだろうか? その場合、テレポートの使用者のいた場所には同じ形の彫像が現れるだろう。ただ、そんなテレポートが出来るポケモンは、ほんの一握りであるし、そのまま壁の中で窒息して死んでしまったりでもしたら笑えないので、チャレンジはお勧めしない。ただ、可能ではある。
 では、誰かの体内にテレポートすることは? これが、出来ないのだ。記録上、あらゆる文献に、それが出来たとされる者はいない。だから、相手の心臓の位置をめがけてテレポートをして、心臓を抉り取る……なんてことは出来ないのだ。ただし、小さな虫のいる場所にテレポートをして虫の胴体を抉り取ることくらいは出来るので、単純にサイコパワーが足りないだけともいえる。もちろん、心臓を抉り取るほどの強さを誇るサイコパワーなんてものがあったら、伝説のポケモンでも太刀打ちできまい。
 そこに目を付けた者がいた。

 建築資材に生体を使えば、テレポートによる侵入を防げるのではないか? そう考えた建築家がいた。
 当時、戦争がそこかしこで起こっていた。宮殿や豪邸などといった場所では盗みが絶えなかった。それが悩みの種になるのは当然のことで、それを防ぐ手段に何かないか、誰もが考えていたことだ。彼はまず、メブキジカなどの落ちた角を集めて、それを粘土で包んだもので壁を作り、持ち物を入れ替える技『トリック』を試してみた。すると、トリックで中身を盗めるものはほぼ皆無であった。唯一中にあるものを取り出せたポケモンは、戦いに生きる肉食種の中でも、屈指の実力を持ったエーフィのみであった。
 これに気を良くした建築家は、様々な材料をためし、城塞のような巨大な建築物にもその素材を使用してみた。結果、壁一面に生体の一部を張り付けただけで、その家や城塞にテレポートで忍び込み、泥棒をすることは不可能となった。その方法はいろんな場所へと伝わって。山奥にある温泉が湧く街にも伝わった。
 その温泉の湧く街は、この世界の創造神の活躍を伝えた伝道師が、この土地に幸があるようにと祈りをささげたことで、温泉が湧き出るようになったという祝福された土地。山という高地で、しかも高緯度の地域であるこの場所は、本来ならば年中雪に覆われており、夏のわずかな期間に生える草と針葉樹だけを食べて一年を過ごすような土地になっていたことだろう。
 しかしながら、こうして湧き出た温泉のおかげで、周囲を流れる川には、藻が繁茂して魚が豊富に住み着くようになり、地熱で温められたおかげである程度人も住みやすい土地となった。何より、聖地巡礼に訪れる者達が、食糧を運んできてくれるので、食糧には困らなかった。この土地は巡礼者に支えられながら栄えていったのである。

 そんな街で、神殿を建てようという事になった。別に、そこまで大きな物ではない。聖地であるこの場所を、それらしく仕立て上げるために、縦横30メートルほどの正方形の神殿を作ろうというものだ。そして、そこは神聖な場所なので、許可なき者が入れないようにしたい。
 その計画自体は悪いものではないと思えたし、許可なきものが入れないようにしたいというのも別段変わったことではない。だが、だ。それには、圧倒的に材料が足りなかった。
 材料となるのは、生物の体の一部。特に、悪タイプのポケモンの牙や爪は効果が高く、長持ちする。効果が高いというのは、たくさんの数を集めなくとも侵入を防ぎやすいという事で、例えばノーマルタイプのポケモンの牙が五個ほどで、でようやく悪タイプの牙一つと同というレベルである。そして、長持ちの度合いは効果の高さと比例する関係にあり、要は効果の高い悪タイプのものほど同じだけ長持ちなのだ。
 かつての職人が色々確かめた結果、細かく砕きすぎたものや、生体から離れて時間が経ち鮮度の低いものは長持ちせず、数年の間に効果を無くしてしまうという。では、最も効果が高く長持ちな物。それは何か?
 いろいろ試した結果、最も効果がが高いのは、人柱だ。そしてそれは、若いものほど効果が高い。生きたまま材料にするとさらに効果が高いのだ。
 戦争の際に捕縛した少年兵や、反逆罪で家族全員が死刑囚になった際などに、その領主がその死刑囚を生きたまま建築の材料に使って実験した結果、ただの死体よりもはるかに効果が高く、そして若いものほど効果が高かった。特に初潮を迎える頃の少女や、精通を迎える頃の少年は、広い範囲を少なくとも五〇〇年以上はカバーするであろうという効果の高さらしい。
 当時は、神のためならば命を捨てることも(ほまれ)であるという考え方もあった。なので、神殿の人柱になって欲しいと呼びかけをすれば志願者は集まった。志願者、と言ってもそれは殆ど親が勝手に決めたもの。それに対し、誇りに思う子もいた。悲しみながらも、自身の運命を受け入れる者もいた。最後まで抵抗した者もいた。

 その人柱になるための儀式というものは、建築家と聖職者との話し合いで、このように決められた。『人柱になる者達は、自らの意思で死ぬことによって、神殿にささげられたとされる』と。
 つまり、平たく言えば自殺しろという事だ。聖職者はあくまで、人柱となるものは『自らの意思でそれを選んだ』という名目が欲しいのだ。それによって得られるものは、大いなる名誉と、気持ちばかりの報奨金。親に無理やり人柱となることを強要された子供は、家族を養うために無理やり選ばれた者も多い。
 問題となるその子は、ジュペッタの少年であった。彼は幼い頃に病気で視力をほとんど失い、目の前で物が動いているのが分かる程度にしか物が見えないという子であった。他の種族、他の地域であれば『贄』に選ばれる可能性もあったのだが、彼らは『心食種』と呼ばれる分類で、その名の通り精神体や感情、夢などを主食として生きるポケモンである。中でも、ジュペッタは特に彼らの体を食べても肉食種の栄養にはなりにくく(同じ心食種であるジュペッタにとっては栄養になるが)、他のポケモンと食料の競合もしないために『贄』の対象にもならないのである。そのおかげで両親たちもこの役立たずなかたわの処理に困っていたのである。
 このまま生き永らえて金を無駄に消費するよりかは、名誉と兄妹を養うお金のためにその命を使えと、母親と父親、そして彼の兄弟までもが彼が人柱になる事を望んだのだ。家族には彼の味方はいなかった。

 覚悟を決めて、自ら命を絶って、そのまま神殿の材料となった少年少女たち。恐怖で震えていた子供も、次々と他の子供達が死んでいくのを見て、死ぬのは何も特別なことじゃないと思い込んだのか、自らの首を切り裂いて命を絶っていく。だが、ジュペッタの少年だけは最後まで抵抗した。彼が収まる棺となる場所に押さえつけられてもなお、頑として自ら命を絶とうとはしなかったのだ。
 だから、聖職者たちは彼に鞭を打った。この鞭の苦痛から逃れたければ、自害しろと。
 それでもダメだったので、聖職者たちは彼の目を抉りぬいた。もう希望など見ることは出来ないと。しかしそれは、どうせ見えない目が完全に見えなくなっただけだった。
 なので、聖職者は体中のありとあらゆるところを死なない程度に切り刻む。肛門や男の子の象徴もナイフで貫かれ断たれた。ボロボロになってなお自害しない彼を、家族が、聖職者が、罵った。さすがにもう生きるのが辛くなってきた彼は、口のジッパーを開く。
「みんな死んじゃえ」
 たった一言つぶやいて、彼は自害をした。ついでとばかりに自分の血で神殿を呪い尽くした。


 聖職者のもくろみ通り、神殿にはテレポートなどで入ることは出来ず、正面からのみ出入りが可能となった。しかし、今やこの神殿に入ろうとする人はそもそもいない。温泉は温度を増して熱湯となり、近くの川には硫黄の毒ガスが湧き出るようになり、立ち寄っただけで死ぬという事は無いものの、そこに住んでいた魚たちは全滅してしまった。
 少年の憎しみは、ダンジョンまで作りだし、皮肉なことに聖職者の目論見以上に強固な守りとして、神殿をダンジョンで囲んで守っている。凍える柱がそっと、ダンジョンの奥地に。
 人柱たちは、雪にまみれながら、現れる事のない外敵から、永遠の時をここで守り続けるのだろう。

「ヒェッヒェッヒェ……おぉう、ジーザス。酷い話でしょう? でも、こういう話は結構好みでしてねぇ。
 自分勝手な行動をすれば、それが自分に帰ってくるというとってもいい例ではないですか。
 誰も救われないですが、因果応報という概念を教える上では、非常に役に立ちますねぇ。
 人の尊厳を踏みにじったら、痛い目に遭いますよって、教えるためのお話として最適ですからねぇ」
 取材協力:金塊を扱うデスカーン

氷穴の眠り穴 

子供が好き。
可愛らしい顔が好き。その顔が傷つき崩れるのが好き。
笑顔が好き。その笑顔が苦痛に歪むのが好き。
純粋無垢な子供が好き。純粋無垢な子供が人を憎み、憎悪するのが好き。
幼い体つきが好き。幼い体が音を立てて壊れるのが好き。
かわいらしい声が好き。それが悲鳴に変わるのが好き。
苦しい事を知らず、天真爛漫なのが好き。それが苦痛しか与えられず、死を望むのが好き。
お願い、私のために子供になって? 子供になって、殺されて?
子供が大好き。


 あるところに、幼い男の子に対して性的嗜好を持つグレイシアの女性がいた。上流階級である肉食種の出身であり、この地方の領主でもある彼女は、草食種をはじめとする庶民たちを見下して生きていた。
 彼女の母親もまた彼女と同じような性癖の持ち主であり、母親が庶民の子供を強引に連れ帰っては、好き勝手に凌辱することを趣味としていた。その光景を目の当たりにした彼女は、最初こそ弟にその行為の真似事をするだけであったが、いつしか母親に混ざって庶民の子を凌辱するようになった。母娘二人でそれをするようになってからというもの行為はエスカレートしていき、痛みを伴うような過激な行為も平然と行うようになっていった。
 当然、それらの振る舞いは問題視されており、民衆からの評判はすこぶる悪い。そのほかにも弟や父親もまた庶民の娘を金で買い取っては、徹底的に汚して返すような非道な行為を行っていた。
 以上の事からもわかるように、この家の人達の素行はあまりよくない。本来ならば飢饉の時でもない限り最低限しか行わないことを奨励されている『贄』を平然と行い、また『贄』の対象もくじ引きなどではなく、グレイシアをはじめとする家族の身勝手な逆恨みや個人的に諍いが原因となるものばかりであった。
 さらに言えば、『贄』に選ばれた者達はなるべく苦しませずに殺すのが鉄則である。しかしこの家族は『贄』に選ばれた者を労わることはせず、苦しむさまを娯楽として見ていた。若い生娘の血を浴びれば肌が綺麗になるという迷信を信じ、切り刻んだ女性の血を浴びる事を習慣化させていた。『贄』自体は仕方がないとわかっている民衆たちも、こういった行為が異常事態であることは何となくわかっており、不満を募らせていた。
 欲望のままに人を苦しめるなど、創造神アカギへの反逆だと、陰口を叩かれていた。

 挙句の果てに、他の土地を納める領主との社交界のために大規模な『贄』を募集したりなど、あまりにも目に余る横暴のせいで、民衆たちはついに怒りが爆発してしまった。その結果が民衆の反乱である。この反乱は、隣の領を治める領主の差し金で行われ、民衆に対して身を守る道具や、相手を攻めるための道具を用意され、グレイシアたちの邸宅へとなだれ込んだのである。
 彼女は、従者のテレポートによって逃れ、運よく誰にも発見されずにその反乱から逃れることは出来た。これは従者のネイティオが優れていたとかではなく、本当に。本当に運による逃走劇だったと言えよう。その運を支えたのは、ネイティオが持つ未来視の力だったのかもしれないが。

 そうして落ち延びた彼女は、どうすればよいものかと頭を悩ませた。少し前まで自分の家であった場所は、修理されたのちに、暴動を扇動した別の土地の領主の次男の手に渡っている。ただでさえ、彼女の悪評は周辺地域に知れ渡っているというのに、その上無一文で放り出された肉食種など、どこへ流れてもまともな暮らしは出来ないだろう。
 人里離れた森まで逃げ延びてから、しばらくの間は従者も一緒に居てはくれものの、わがままなグレイシアが肉を食べられないことに不満を募らせ、従者へ『贄』になってくれと頼んだ時点で愛想も尽きたらしい。草食種のネイティオである彼女は、どこか新天地を求めて飛び去ってしまった。

 一人残されたグレイシアは途方に暮れていた。このまま人里離れた山奥で虫や小動物を食べて生きて行くしかないのかと思うと、不安で不安で仕方がない。その不安だけは募っていくが、彼女は案外しぶといもので、誰もいない、一人きりになっても逞しく生きていた。彼は彼の国の北東に位置する穴倉。彼女が暮らしやすい氷原にある穴倉に住処を構え、いつ終わるともしれない不毛な自給自足の日々を過ごした。
 その生活の中で、彼女は飢える。肉体的に、ではなく心が。あれほど贅沢に振る舞っていた日々が忘れられず、そして何より忘れられないのが、幼い男児を弄んだ際のあの愉悦。腹が満たされようとも、そんな心の飢えは日々悪化していくばかりである。彼女は一人、たった一人。欲求不満を吐き出す相手もいなければ、愚痴すら吐く事が出来ない。そして、一生ここに居なければならないのだろうかという、漠然とした不安。
 そんな状況に置かれて、まともな思考をしろというのは不可能なことである。彼女は、叶わぬ願いを求め続ける。小さな男の子。それを好きなだけ凌辱したい。苦しませ、泣き叫ぶ姿を見たい。こんな状況へ置かれてしまったことへの怒りも、すべてぶつけてやりたい。
 それが彼女の願い。歪んだ願いだが、怨念のこもったその願いは、強い力を周囲にもたらした。それに気づいたのは、逃亡生活を始めてから約半年が経過したころのことである。

 彼女が住処としていた、穴倉の奥に、黒い穴がぽっかりと開いている。それを見ていると、何だか吸い込まれそうな気がして、怖くて触れないほうがいいだろうかと最初の頃は思っていたのだが、その穴は日を追うごとに大きくなって行き、やがて彼女が楽に通れそうなほどの大きさへと変貌した。穴を覗いてみても、どんな場所に繋がっているのか全く分かりやしない。
 そんな得体の知れない穴が出現して、恐怖を感じないわけではなかったが、それとは逆に好奇心も掻き立てられた。この生活で途方もない退屈を味わっていた彼女は、もはや鬼が出ようと蛇が出ようと関係などあるものかと、その空間の中に一歩踏み出した。突如、浮遊感に襲われる。胃袋が浮き上がり、足元は不確かになり空を切る。
 彼女が入り込んだ場所は、後に不思議のダンジョンと呼ばれる場所。そしてそこは――
「なによ……ここは」
 入る度に地形を変える不思議な場所。そして、その地形も、自然に出来たものとは明らかに違う、人工物かと思わせるほどに不可思議なもので、部屋と通路に分かれた構造をしている。それを彼女が知るのは数分ほど後の話になるが、階段のような風変わりな構造物も存在する。
「……なんでこんなところに、オレンの実があるのかしらね」
 そして、不思議のダンジョンとはアイテムなどが落ちている場所。職人が一つ一つ丁寧に作るはずのスカーフやバンダナ。戦争を優位に進めるために開発された不思議珠などが、ゴロゴロと転がっている。試しにオレンの実を手に取って食べると、領主の娘であった頃に食べたものより数段味は劣るものの、久しぶりの木の実をほお張れて幸せな気分になれた気がした。
 ただ、その幸せも長く続くわけではない。
「子供……? なんでこんなところに? いや、でも久しぶりに……」
 不思議のダンジョンとは、正気を失ったポケモンが跳梁跋扈する場所。それらのポケモンは言葉を操れないがために、後に『贄』の代わりとして草食種から差し出されるようになり、それがあまりに多く続くので『贄』という制度を消すきっかけとなる場所である。ただ、このダンジョンに出現するポケモンは、草食種であろうが肉食種であろうが、本来争いごとを好まないような種族であろうが、かまわずに侵入者へと襲い掛かってくる。『贄』の代替として草食種の血肉を手に入れるとしても、オレンなどの木の実を手に入れるにしても、そううまい話は無いという訳である。
 だが、そんなことを知らないグレイシアは幼いデルビルの子供がうろついているのを見て、舌なめずりをした。

「ぼうや、こんなところでどうしたの?」
 相手も同じ肉食種。とはいえ、こんなところで一人ならさぞかし不安だろう。泣いてすがり寄ってきたら、その時は好き勝手弄んでやろうなどと、下心を持ちながらグレイシアが近寄ると、彼女に気付いたデルビルは奇声を上げて飛びかかる。飛びかかり、組み伏せて噛み付いてやろうとでもしたのだろう、いきなり襲い掛かられてグレイシアは床に転がされ、そのまま炎の牙で首筋を噛まれる。凍り付いた毛皮が彼女の頸動脈を守ったが、炎の牙で焼かれてしまう事を考えれば長くはもたないだろう。
 グレイシアはなりふり構わず吹雪を吹かし、デルビルを凍らせる。至近距離で当てたことと、幼さゆえの力不足から、その一撃でデルビルは抵抗不能となった
「なに……なに? なんなのこれ……」
 彼女は、戦うための教育は最低限、後ろから従者たちの援護を出来るくらいには受けている。その経験と、半年ほどの自給自足の経験が役に立ったのか、彼女は辛くも勝利を収める。立ち上がってみると、あの可愛い子供が今や瀕死である。
 生意気、という範疇では済まないような行為に、グレイシアは怒りをたぎらせ、逆に噛み付いてデルビルを絶命させた。そして喰った。
 草食種と違い、肉食種の肉だけに臭みは強く、今まで食べたことのない味がしたが、それでも久しぶりの血液。久しぶりの肉、久しぶりの内臓である。虫にはない柔らかな筋肉を引き裂くときに牙で感じるこの質感。むせ返るような血の味でのどを潤す快感。柔らかな内臓の苦味。何より、体の中の方はまだ熱いくらいなので、久々の熱を持った食事というのがまた嬉しい。
 その食事の最中を邪魔するように、再び敵が現れる。気配に振り返ってみて、こんどはグレイシアも最初から警戒する。敵は、マダツボミである。
「こんなところに、マダツボミ……? 寒すぎるくらい寒いのに、どうしてこんなところに……ねぇ貴方。貴方は喋られるのかしら?」
 だが、そんな疑問に答えてくれるはずもなく、マダツボミはグレイシアに溶解液を吐きかける。
「やっぱりこいつも敵!?」
 即座に飛びのいた彼女は、尻と尻尾に飛沫を喰らいつつも、ほぼノーダメージで敵に向かって冷凍ビームを叩き返す。やはり敵は一瞬で凍り付き、難を逃れた。
「なんだ……弱いじゃない」
 グレイシアは、尻尾を凍らせてから、凍った溶解液を払い落とす。そうして、デルビルを腹八分目まで食べて、彼女は周囲の散策を開始した。散策を開始してから分かったことは、ここに出てくる奴らは全員敵であるという事。階段のようなものを降りたら戻ることはできず、基本的に一方通行であるという事。床にはどうやって姿を隠しているのか、たまに罠のようなものがあるという事。
 そして、この場所は最深部まで降りれば地上へと出られるという事。

 閉塞感のある洞穴を抜け、自分の住処に戻ってきたときは感動すら覚えたものだ。
 まだ不思議のダンジョンの存在は一般的でなく、という『不思議のダンジョン』という通称すら知らなかった彼女だが、彼女はその恩恵を存分にあずかった。ダンジョンで木の実や食料を得て、そしてダンジョンの中で自らの支配欲求を存分に満たす。小さな子供のポケモンを捕まえては、それをいたぶったり、快感にとろけさせたり。相手は言葉を話すことはないし、羞恥心もないので反応もいまいち。そう言ったところにいささか不満なところはあったのだが、小さな子供が泣き叫び、苦悶の声を上げ、痛がりながらもがき苦しむのを見るのは快感だった。
 その状態で冷凍ビームなどを放って攻撃すると、衰弱したポケモン達はそのまま氷の中で命を終えて、外の寒さも手伝って、簡単には溶けることなく、そして夏になってもグレイシアが作った氷室の中では決して纏った氷を剥がすことは出来ない。彼女の住まう穴倉は、幼い子供達の彫像がずらりと並ぶようになった。
 しかし、彼女の執念が深く、業が深くなるたびに、ダンジョンもまた深くなっていった。難易度も低かったころのダンジョンならば問題なかった彼女も、際限なく肥大化してゆくダンジョンの中で、次第に危険な目に遭うようになっていた。それでも、新しい階層に行けばいくほど、別の種族の子供が手に入る。その子をいたぶり、その光景を飾り付けてやりたい。
 歪んだ欲望にまみれた彼女は、その想いだけを胸に幾度となくダンジョンへと潜り続けた。

 ある時、彼女は旅人に出会った。おや、こんなところで人に会うとは珍しいね、とブーピッグの両親がひきつった顔で言った後、バネブーの子供達は怯えた様子で『ママ……何、あの化け物!?』と怯えていた。
「今、なんて言った……?」
 久しぶりに会話が出来て喜んでいたところに、『化け物』だなんて言葉を投げかけられて、グレイシアはしばし呆然とするも、自分が罵倒されたという事に気づき、怒りを燃やす。
「あ、あの……すみません、うちの子が大変失礼なことを……」
 両親は慌てて謝罪する。しかし、グレイシアの怒りは歯止めがなく、彼女は問答無用で襲い掛かった。グレイシアは、何度も何度もダンジョン通いし、そして生還することを繰り返したため、自身の強さには自信があった。その自信は空振りすることなく、彼女は幼い男の子を残して瞬く間に家族を惨殺してしまった。
 そうしてグレイシアは、怯えるバネブーの男の子を穴蔵に連れ去った。久しぶりに意思疎通できる獲物を、彼女は今までで最も残酷に痛めつけ、最終的に『許して』と『ごめんなさい』しか言わなくなった子供を恐怖の表情のまま氷漬けにして、永遠に解けない氷室の中に保管した、
 そうして、彼女はやはり『意思疎通が出来ないと面白くない』という事を理解し、苦労して人里へと下りては、子供をさらって同じように甚振って殺して冷凍保存した。ダンジョンで眠っている敵を起こすことがないようにと、忍び足もきちんと使いこなすようになったグレイシアには家に侵入することも楽々だ。
 家と家の間隔が離れた農村を狙って、大人達に叫び声も聞かせることなく子供をさらっていく。家の中が血まみれになって発見されるため、被害に遭った家の周辺では恐ろしい怪物でもいるんじゃないかという噂で持ちきりであった。

 ある日彼女は、子供をさらおうとしてマッスグマとエテボースの夫婦が暮らす家の中に入り込み、男児以外を殺した後に、ふと家の中にある鏡を見た。
「ふん、何が化け物よ……私がそんな化け物のように醜いなんてあるわけ……」
 あの日、旅人の子供に言われた暴言を思い出しながら、彼女は鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、領主であった頃の自分とは似ても似つかない醜い顔。血にまみれた体は黒く汚れ、ロクに手入れをしていない毛並みは農奴以上にひどい。何よりも、いびつな笑顔を浮かべていた顔は、いつしか絵本で見た悪いまじない師のようにしわくちゃで、醜く歪んでいる。
「い、いや……いやぁぁぁぁぁ!! な、なに……この顔!!」
 叫び声は、そこまで音量が大きいものではなく、その声は周囲の家に届くことはなかった。だがしかし、彼女がひとしきり叫んで、鏡を粉々に砕いているうちに、その家に住んでいたジグザグマの子供は朝もやの中に消えてしまっている。まずいと思ったころには、すぐに人が集まってきた。
 怯えたジグザグマが呼んだ大人たちはお世辞にも強いとは言えなかったが、それでも数の暴力に押されれば、たった一人のグレイシアが勝てるわけもない。機動力の高いポケモン達は、何人か返り討ちにされてグレイシアの強さを理解してからは、つかず離れずグレイシアを追回し、昼夜を問わず監視して、寝込んだ際には遠くからものを投げたり、毒ガスや猛毒の液を振りまいたり、エアスラッシュなどの遠距離攻撃で襲い掛かったりして、決して休ませはしなかった。
 グレイシアも抵抗はしたが、逃げられれば相手の機動力の方がはるかに上であり、殺すどころかダメージを与える事すら難しく、村の者は奇跡的に死者もゼロであった。
 一方で散々走り回ったグレイシアは、眠っている際に喰らった毒が全身にまわっていた。なんとか自分の住処にたどり着き、モモンの実を口にしたものの、もはや彼女は手遅れであった。
「こんなところで……死ぬの?」
 まだ死にたくないグレイシアは、もっともっと子供をいたぶりたいと、歪んだ欲求に執念を燃やしながら、ダンジョンへ這いより、そしてダンジョンの中でポケモンに襲われてその人生を終えた。

 ところで、後に氷穴の眠り穴と呼ばれるこのダンジョンでは、中に入り込んだ者は幼い時と同じ強さにまで戻ってしまうそうだ。だというのに敵は恐ろしく強く、名のあるダンジョンの冒険者、ダンジョニストが何人も挑んでは失敗していたそうだ。それは、幼い子供をいたぶりたいと願う彼女が残した最後の悪あがきなのかもしれない。力を失い幼子となったダンジョニスト達を、そのダンジョンは喰らい続けるのだ。



「とまぁ、ワシも幼い頃は母親に脅されてのぉ……『悪い子には人食いグレイシアがやってくるぞ』ってのう。もちろん、性的嗜好云々は、子供の頃には聞かされれなかったがの。
 今ではワシが、孫とそのお友達に今の物語を教えておるよ。どちらも、そんな脅しなんぞせんでも大人の言うことをよく聞いてくれる可愛い子じゃよ」
取材協力:年老いたハーデリア

イエローキャニオン 

食べ物は何よりも大事


 肉を食べるには、やっぱり香辛料や薬味がないと始まらない! 肉食種の中には、そんなこだわりを持つ者がいる。
 それは生姜だったりニンニクだったり、胡椒だったり。ピリリと辛い刺激的なあの味。多くつけすぎると鼻や舌が痛くなるが、程よくつける程度なら、肉の味を引き立たせ、脂っこさも緩和してくれる。そして、それらの刺激的な味は、肉を腐らせる悪霊どもを払う力もあ。だから、ニンニクやらコショウやらを、肉と一緒に漬けておけば、味や香りがよくなるだけじゃなく、腐りにくくもなるというわけだ。
 ただ、そう言った薬味、香辛料というものは、総じて植物でありながら、草食種のポケモンにはあまり縁がない。刺激が強すぎるためにあまりおいしくないし、あくまで肉を食べるための薬味としての意味合いが強いからである。
 そのため、香辛料の売買は、薬として使う以外はほぼ肉食種を相手にする商売である。しかも、その用途は肉を食べるときの付け合わせに限定されるため、『贄』に選ばれてしまった自分の家族を美味しく食べるための商売という認識が多く、草食種の人々にとってはあまり気分のよい話ではない。

 肉食種のポケモン達が、草食種のポケモンから無作為に一定数選び、選ばれたポケモン、もしくはその代理人が食料として贄となる。犯罪者、障害者、結婚できない行き遅れ、老人などが優先的に選ばれるものの、そういった存在だって家族だし、ましてや健常な者が贄に選ばれたら、その際の悲しみは一塩だ。
 その肉親の死体を食べる肉食種のポケモン達の顔を想像してみよう。『美味い』と、舌鼓を打ちながら、肉親の死体を喰われていると考えると、何だかより憎しみや悲しみが沸いては来ないだろうか? もちろん、『どうせ食われるのならば、せめて不味いと言われるよりは美味しいと言って貰えた方が救われる』と考える人もいる。しかし、そういう考え方が出来ない人ほど声が大きいもので、一部の『肉食種がおいしそうに俺達の死体を食べているなんて許せない』と思っている人々のせいで、香辛料売りというのは差別、迫害を受けるような存在であった。

 渓流の近くに住む家族も、似たような事情だった。
 彼らは、メブキジカの父と、ギャロップの母。そして、ポニータの長女、シキジカの次女と長男の家族という家族構成である。彼等は、渓流にある香辛料の採取、栽培をし、その収穫を肉食種の貴族たちに売却して生計を立てている。しかし前述のとおり、肉食種のポケモン達が、美味しそうに草食種のポケモンを食べていると想像するのが嫌いな者が街にいる。いや、嫌いでも構わないのだが、それを露骨に態度に出されてしまうと、この家族のみならず周囲の者まで不快になるから困ったものだ。
 足の速いこの家族ならば、渓流までそれほど時間もかからないため、その気になれば街に住むことも出来るのだが、視線を気にしながら、人の気分を害しながら生活するのも嫌なので、街から地平線の先にあるこの谷に住んでいるというわけだ。結構な距離に聞こえるが、ギャロップやメブキジカの健脚であれば、渓流から街まで5分もかからない距離である。

 ともかく、この渓流にて、家族は細々と農業を営んでいた。ここで栽培される植物は、地下茎を摩り下ろすと非常に強い香味を発する植物で、脂っこい肉に、塩辛い調味料とともにまぶして食べると、非常に美味な味わいになる作物だ。渓流ではなく畑などでも育てることは可能だが、最高の品質、最高の香味を生み出したいのであれば、澄んだ水が常に流れる場所で育てるのが一番良いのだ。
 家族は、渓流の地形を作物の栽培用に少々弄り、丁度良い勢いの流れを作り、田んぼを作る。そこに作物の苗を植え、手入れをしながら成長を見守り、収穫してはそれを方々の肉食種へ売却して酒や木の実などのちょっとした贅沢や生活必需品を買い揃えて日々を過ごす。そんな、何の変哲もない人生である。
 最低限の食料は、広い渓流のそこらじゅうに生える草を食べれば足りた。街から離れているおかげで、食糧を取り合う必要もなく存外にも潤っている。子供がいない頃は夫婦ともども人気のないこの場所に寂しさを感じることもあったが、こうして子供が3人も出来ると、それも気にならなくなってきた。
 ゆっくり落ち着いた谷の上から、流れる渓流の声を聴きながら過ごす毎日。これが存外悪くなく、充実した毎日なのである。子供は他の子供たちと遊べないことを不満に思っているので、時折自分達家族の職業が知られていない地区に行かせては、その辺の子供と遊ばせている。ちょっとばかし言葉遣いの成長が遅かった子供達も、それをするようになってからは、どんどんと言葉が流暢になっていき、また兄弟同士での遊びのレパートリーも増えた。
 そうやって日々成長していく子供達の姿を見るだけで、心が洗われるような思いであった。

 そんな親の思いに対し、子供もまたかけられた愛情を鏡に映すように親に対して好感を持っていた。優しいパパとママは、街へ行って作物を売ってくると、帰りに美味しいものを買ってきてくれる。物心ついた時からの習慣となっているその行為が、子供達にとっては優しいパパやママとして認識させていた。実際に彼らは優しい夫婦であり、職業がこんなものでなければ近所との付き合いもきっと良好であったことだろう。
 そんな彼らに転機が訪れたのは、とある春の日に訪問者が彼等の元に訪れた時であった。
「あーあーあー! お腹すいた―!」
 やかましい声でまくし立てるように、二足歩行でうろつく子供が家の近くにたどり着いた。それが見たことのない種族だったために子供達は興味津々で見ているのだが、両親としては気が気ではない。なぜって、そのうろついている子供というのは、酷く汚れた身なりをした肉食種の子供だったからである。
 彼の種族はチョロネコ。紫色の艶やかな体毛に身を包む、二足歩行のお澄ましが似合うポケモンだが、その子はお世辞にもお澄ましが似合うとは言えない。むしろ、言動を見る限りでは頭が悪いというか、それどころかおかしいと言っても過言ではないというべきか。その上、上流階級であるはずの肉食種でありながら、毛並みは悪く上半身に身に着けているポンチョも薄汚れた身なりをしているときた。
 ともかく、個性的な言動をしている男の子である。誰に聞かせるわけでもないのに大声でしゃべり、家族が畑の手入れをしている最中だというのに、まるでそれに気づいていないとでもいうように周りを気にしている様子もない。それが、谷の向こう側からやってきて、こちらへ近づこうとしている。
 そんな事態に、父親は子供が万が一のことにあってはいけないし、畑を荒らされたりでもしたら困ると、子供達を守るように数歩前へ出る。だが、その警戒をあざ笑うかのように、チョロネコは大声でわめきながら谷の底近くで喚いているだけである。
「なーなーなーなー! お腹すいたー! でも、みんないなーい。どうしよーどうしよー!」
 彼は、こちらには一切興味を示さずに、ずっとそのままだ。なんだか警戒しているのが馬鹿らしくなった父親は、子供に対してあいつとは関わらないようにと念を押しつつも、特に警戒もせずに作業を続けることにした。


 そのチョロネコの男の子は、やはり頭がおかしかった。医者に見せても教会に見せても一向に治らず、親は彼の事を家の恥だと考えるようになる。しかし、彼は毒殺しようにも無駄なところでしぶとかった。頭は悪い割に、勘は鋭く鼻も鋭い。違和感があれば即座に気付き、よそよそしいシェフの態度も見逃さない。
 違和感を感じればすぐに人を呼んで毒見をさせようとし、兄弟におかずを分け与えようとしたりすることもある。神か悪魔かはわからないが、よからぬものが憑りついているという誰かの言葉が、真実味を帯びて聞こえたものだ。ともかく、食糧に毒を混ぜて殺すのがダメならと、今度はどこか人里離れた場所に置き去りにしてしまおうという事になり、その計画は実行された。
 この家族に発見された時点で、彼はすでに数日迷い、さまよった後であった。それでも言動に悲壮感がないのは、彼が自分がおかれている立場についてわかっていないからなのか、それとも心のどこかで助かるという確信でもあるのか。どちらかと言えば、後者だったのかもしれない。
 と、いうのも彼は、メブキジカの父親とギャロップの母親が見る限りでは、彼の魚とりの腕前は天才的であった。肉食ではない父親らにはなじみの薄い魚とりという行為ゆえに、詳しい事は分からないが……もしも誰もが皆、あれくらい簡単に魚を取る事が出来るというのであれば、漁師という職業は、担い手が多すぎて供給過多となり、客の取り合いになっていたことだろう。
 彼は、V字谷の底をそっと覗いたかと思うと、一瞬水面に手を付けると同時に魚を空中に跳ね上げ、さらにそれを空中でキャッチして食べ始めている。その鮮やかな手腕には、残酷という考えよりも先に何かの曲芸のようだという感想が生まれる程だ。見ていた長女も思わず感嘆の声を上げている。
「お父さん、あの子すごいねー」
「あぁ……肉食種って、あんなことも出来るんだな……」
 長女の言葉に、父親も頷く。そんな会話をしているうちにも、チョロネコは二匹目の魚を同じように捕っている。憐れ、打ち上げられた魚はチョロネコの胃袋に収まってしまうのだが、やはり見事な手腕である。無駄が一切ない。
「なぁ、お前……」
 さすがに放っておくのもどうかと思ったので、父親は母親に目くばせをし、話しかけてくると目で訴える。
「いいわ、気を付けてね、貴方」
 彼の言わんとすることを理解して、母親が頷いた。
「ねぇ、君」
 とりあえず、見た感じでは彼には殺意や敵意といった者は感じられない。お腹がすいているならばともかく、こうしてお腹が満たされた後ならば、襲われたりすることもないだろうと、食べ終わった頃を見計らって話しかける。
「なにー? 食べるー? ワーイ!! 一緒に食べるひとー!! 家でね、食事するとみんなよそよそしいの。ねぇねぇ、ねぇ食べて食べて一緒に食べてー!」
「あ、いや……私達は……草食種だから、そういうのを食べるのは少し……」
「えーそなのー? でもいーよーそれなら一緒に水飲もうよーここの水キレイキレイ美味しいよー」
 この少年の言動は、おかしい所こそあるもののなんというか純粋だ。餌を奪われるんじゃないかと勘違いでもされて飛びかかられるんじゃないかとか、そんな風に身構えていた父親は拍子抜けした。
「水……そうだな、飲むか」
 とりあえずは少年にペースを合わせることにする。わざわざ事を荒立てる必要もないだろう。一緒に水を飲む際、彼は一心不乱に水を飲んでいた。美味しいよ、と発言していた通り、その味を味わっているのだろう。
「ねぇ、おじさんおじさん! ねぇ、おじさんはぼくのこと好き?」
「え、いや……好きかどうかと聞かれても……なぁ」
 突然の質問に父親は戸惑った。好きかどうかといわれても、こんなあったばかりの少年に好きとか嫌いなんて感情が芽生えるわけもない。
「ぼくさぁ家では皆に嫌われていたの、だから、好かれるために食事の時は皆で一緒に食べたりできるように、おかずを分けてあげたりとかしたんだけれど気味悪がられてばっかりだけれど、ぼくが置いてけぼりにされて皆とお別れしたらみんなほっとしてたからこれでいいんだとおもうのだから戻ろうと思ったけれど戻らなかったんだ偉いでしょ?
 でもみんなとお別れして喜ばれたのはいいんだけれどそのみんながどこにもいなくなっちゃったんだねぇおじさんはぼくの『みんな』になってくれる? ぼくの事を好きになったりしてくれる皆になってくれるかなぁ?」
「えっと……」
 まくしたてられて、話の整理が追い付かずに父親は呆ける。
「ねぇぼくさ。魚とか虫を取るのが得意だよ。一緒に食べられるよだから好きになってほしいのぼく役に立ちたいの」
「えーっと……どうしようかな……」
 父親は、思った通りこの子は頭がおかしいのだと理解する。そして、彼の言動から彼は捨てられたのだという事を推測する。肉食種のポケモン達はすべて上流階級だから、面子だとかそういうたぐいのものがあるのだろう。こんな子を人前に出したら確かに苦労するかもしれないという事を考えると、捨てたくなるのもうなずける。
 父親としては、だからと言ってこの子を拾うなんて考えは浮かんでいなかった。しかし――
「ねぇ貴方……この子を引き取ってみないかしら?」
「なんだって? 正気かお前」
 母親は、引き取ってみようという意見を父親に投げつける。
「ねーねーどうなのー? ぼくのこと好きー? 嫌いー? 好きー? 嫌いー?」
 やかましいチョロネコの男の子の事を無視して二人は話を続ける。
「だってさ。肉食種に継続的に食糧を供給できる者は『贄』の対象になることを回避できるじゃない? ほら、肉に似た味と食感がする『肉の実』を栽培できる農家とか、卵を産めるラッキーとかは贄を免除されているじゃない。この子の魚を肉食種に献上すれば……」
「もしかしたら、俺達も贄を免除されるかもしれない……という事か。ここで育てているワサビもセットで献上すれば、その可能性もあるかもな」
 そうなれば、子供や自分達が贄にされる恐怖におびえる事もない。それは何とも素晴らしい事ではないかと二人は考える。自分の子供の方を振り返ってみれば、肉食種との触れ合いに興味津々のようで、目を輝かせている。なに、こっちで不都合になったらまた追い出してやればいいんだと、彼は考える。
 こいつの言動から察するに、迷惑だから出て行けと言えば、きっと出て行ってくれるだろうし、もし出ていかなかったらその時はその時。しかるべき手段を取ればいい。文句を言ってくる親はいないのだから、どうとでもなるだろう。そんなことまで打算したところで、父親は少年に語り掛けた。

「いいよ、君のことを好きになるよ」
 父親が告げる。こうして、チョロネコの少年はこの家族に仲間入りを果たすのであった。
 チョロネコは騒がしい子であった。しかし、そんな性格だったからこそ、彼は生まれた家に暮らしていた時代も家から出られることはめったになく、中庭などでつつましく遊んで暮らしていたらしい。そういう生活に慣れているからか、彼は自分から街へ行きたいと口にすることもなく、娘たちと遊ぶだけでも満足していた。ここには口うるさい従者も教育熱心な母親も、世間体を気にする兄や父親もいないのだからと、のびのびしていた。
 魚とりの腕もすさまじいもので、この家族は魚を食べることはないものの、肉食種の人達にわさびと一緒に売ってあげると好評であった。そして、量もそれなりのものなので、もくろみ通りに『贄』の対照から家族丸ごと免除されることが決まったのである。チョロネコの存在は秘匿にしていたが、そのおかげでこんなに嬉しい結果が得られたのだから、チョロネコには感謝してもしきれなかった。
 母親と父親は、そんな彼をねぎらうために、美味しい木の実を買っては、一緒に食べてあげる。彼は、誰かと幸せを共有するのが好きなようで、子供達も一緒に美味しい美味しいと口々に呟きながら食べているときは、本当に幸せそうな笑顔を見せてくれる。確かにチョロネコの言動は少しばかりおかしいが、可愛らしい子じゃないかと、いつしか夫婦は自分の本当の子供と同じくらいにかわいがるようになっていた。

 イエローキャニオン。そこは、幸せな家族が暮らした場所。チョロネコのおかげで、家族には一つ笑顔が増えたのである。

「いい話でしょー、カクレオンのお兄さん? いやねぇ、私このダンジョンを英雄とともに走り回ったことがあるんですがね。
 それまではここの伝説を知っていただけで、ここに生えている植物についてはスル―していたんですよねー。
 でも、それが間違いだったってことに気づいてからというもの、私の食卓は以前よりずっと潤うようになったのですよ! そんなことはどうでもいいって?
 で、でしたらともかく……幸せなお話で終わらせたいなら、このダンジョンのお話だけでやめますが、どうします? もう一つのダンジョンについても語りましょうかー?
 それは、ダンジョニストという職業が一般的になるきっかけになった、あの蝗害がきっかけになったダンジョンでしてね……」
取材協力:やかましいサザンドラ



カレカレ草原 

叶わないなら命に未練はない


 大陸が、干ばつにより大発生した虫で覆われた。どこからともなく大量発生したバッタは、周囲にある植物を根こそぎ食い荒らし、くさも、木の葉も、種も、木の実すらも、全て食い尽くして食料を奪い去っていった。
 もちろん、それにポケモンたちは抵抗しなかったわけではない。滅びの歌で払い落とし、毒ガスで殺し、ハイパーボイスで揺さぶり、熱風で焼き払い、直接食べてどうにかしようとした。何万匹、何億匹と、それでバッタが殺されていったことだろう。しかし、奴らは多すぎた。
 そんな数え切れ合いような数を殺そうとも、瑣末に思える程に無数に、無尽蔵に、際限なく湧き上がっては、空を覆い尽くして、すべての食料を奪い去っていった。

 そんなご時世にあって、肉食種にして山と内海に囲まれたの土地を治めるヨルノズクの夫とバルジーナの妻は困っていた。彼らが領主として統治しているこの土地も、例に漏れることなく草花が食い荒らされ、草食種のポケモンどころか、主食が草ではない鉱物食種や、茂みに潜む虫を食料とする肉食種までもが、群れが去った後で飢えに苦しむこととなる。
 既に食糧確保のために、各地で強盗や打ち壊しが起き、草タイプのポケモンが草食種のポケモンに食べられてしまうなど、治安の悪化は深刻なものとなり、領主は非常事態を宣言せざるを得なくなる。非常事態宣言を出すにあたって、今年の不作による共倒れを防ぐべく、大規模な『贄』の増員も決定した。
 殺されるのはごめん被りたいところだが、しかしながら黙っていてもやってくる飢えの苦しみも嫌である。『贄』になれば、死ぬ前に食料を与えられたり、酒や女が与えられたりなどいい思いを出来るということもあり、全員が飢えて死ぬくらいなら……と、その決定もやむを得ないという考えが大多数を占めるのであった。

 ただ、その『贄』も、無隠蔵に行えるわけではない。食べきれない分を捨てるわけにもいかないし、あまりに多く殺し過ぎて、今度は来年に『贄』の数が足りないなどということがあっては困る。
 そのため、どれほどの数を増員するか、慎重に協議が勧められた。領主の夫婦のみならず、小さな町村の長なども交えて話し合い、餓死者を減らしつつ、不満の出ないような最良の選択肢を探していった。
 だが、そんな話は庶民にとっては雲の上のおはなし。一般市民は、明日の生活がどうなってしまうのかを不安に思いながら、日々を過ごすしかなかった。

 基本的に、『贄』というのは逃れる事が出来ない。くじ引きで決められ、運悪くはずれを引いてしまった者は、死を待つしかないのである。ただ、世の中には生きたいと思うものだけがすべてではない。例えばそれは病気や怪我、生まれつきの障害で家族に迷惑をかけている者。何か心に傷を負い、生きる気力を失った者。年を経てもなお独り身で、跡継ぎの可能性を失ったものなどが、それにあたる。
 そう言った者が、自ら贄の代わりを申し出るなどして、代理を立てることが贄から逃れる唯一の方法である。特に、こんな飢餓に苦しめられている時こそ、代理の存在は顕著であった。死んだ方がましだと思う者がどれだけ多かったかということである。『贄』の犠牲になった家族にはわずかながらお金が支給されるため、それを残すためにも志願することはあったという。

「お前達は、自ら『贄』を希望したと聞いたが……」
 命を絶つ際に一瞬で首を切り落とし、苦痛を与えないように殺す訓練を受けた執行人のストライクが、『贄』に選ばれたマリルリの二人に語り掛ける。
「あの村の風習が……嫌になっただけですよ。あの村の外は、いいところだって聞きましたので、なおさら……」
 マリルリの弟が、顔を俯かせて答えた。



 とある村には、マリルリの家族が住んでいた。両親はともにマリルリで、当然のように子供達もマリルリで。年上の長女と年下の長男、二人の子供がいた。この年は北東を流れる巨大な川と、そこから枝分かれした数多くの支流があるのだが、今年の干ばつで普段は水流のある場所が干上がり、そこが草地になることで、数を増した飛蝗たちが大群をなした。
 もともと川底の藻やコケを食べていたマリルリ達は、干ばつだけでも普段の食事がなくなって苦労をするというのに、それに加えて陸上の草までもが壊滅的な状態となってしまい、ある程度残しておいた蓄えは、見通しの甘かった家から順に底を尽きていっている。マリルリ以外の種族の者達ももちろん蓄えはあったのだが、草が取れないのでは食糧が尽きていくのは火を見るよりも明らかである。
 そうして、村は急速に衰えていった。それでも、食糧というものはある場所にはあるもので、村長はまだ大量の食糧を備蓄している。この村の長は、村の中では絶対的な権力を保っていた。神の代弁者である村長の発言に逆らう事は神に逆らうも同義であると。国の法が通用しない村に土着信仰が、そういった権力を与えていた。
 ただ、この村に都市との交流がないと言えばそういうわけでもなく、この村にも税として街に食糧をおさめる義務があるし、村にも二年に一度くらいは『贄』の通達とくじ引きが行われる。その代り、有事の際には国が所持する軍隊によって守ってあげるという約束も交わされており(果たされるかは不明だが)税と、自分達で消費をしたうえで余りが出た穀物は、売りさばいて外貨を得ては便利なものを買っていた

 村長の権力が尋常でなく高いこの村だが、反面女性の権力はとても低い。普段はほとんど家から出る事もなく、家が持つ土地の中で農作業や家族の世話をして過ごし、何かの用事で出かけることになれば、家族以外の異性(父親と兄弟以外すべて)とは絶対に話してはならないので、文字媒体による会話のみしか許されていない。
 そのおかげで識字率は非常に高いという利点はあるものの、自由を制限された女性は嫁に出すことで結納金を貰う親の道具か、もしくは兄弟が嫁を娶った際、夫婦に使用人として仕える奴隷でしかないのである。
 『贄』についてだが、女性の権力が低いのは前述通りなので、よほど役立たずな男性がいる場合でもなければ、強制的に女性がクジを引かされることになっていた。拒否権は無いのだ。

 そんな村にあって、マリルリの姉と弟も例外に漏れることなく飢えに苦しんでいた。乾燥した土地にわずかに残った草は、伸びては食べてのイタチごっこ。十分に伸び切る前に食べなければいられないほどに困窮して、その不毛なサイクルは止まることはない。まだ日の長い今のうちはいいが、このままでは冬を迎えて餓死を待つしかなくなってしまう。そうなれば、この村を捨てて無人の野に食料を求めるしかなくなるだろう。
 それは、生まれ育った土地を去ることを意味している。留守のうちに、家に何かよからぬことが起こる可能性もあるし、危険な外界にて遭難や病気などにさらされることだってある。餓死を待つよりはよっぽど健全かもしれないが、やはり大きな覚悟のいる事である。

 本来ならば、川の藻を収穫したり、陸の牧草に水を与えたりするのが彼らの日課なのだが、水も草もなくなった彼らには、日中やることがなくなっていた。
 川は干上がり、僅かに流れる水は泥まみれで、重さにすれば土の方がよっぽど多く混ざっているほど。深く深く掘った井戸からわずかににじみ出る水でのどを潤し、家族は何とか生き永らえている状態だ。少しでも水分とエネルギーを消費しないために、両親も姉弟も極力動かないで過ごし、まるで人形か死体のような怠惰な毎日。
 こんな状況では子供を作ることも出来ないため、暇を持て余しても夫婦の営みすら行われることは少なかった。

「姉さん……」
「なあに?」
 厚い脂肪の特性を持っているはずの弟は、やつれやせ細った体で姉に寄り添っている。両親は夫婦の営みを辞めてしまっていたが、この姉弟は違った。この姉弟の親は無防備で、子供達が幼い頃に何度も夫婦の営みを目撃されていた。幼い兄弟は、それを見てはいけないと強く言い聞かせられていたのだが、その行為を見てしまって以降、思わず真似をしてしまうまでに時間はかからず、姉弟はこんな時でも体を重ねている。
 見てはいけない行為を真似していると知られれば、どんな説教を受けるかもわからないために、忍んでの情事ではあったが。互いの体を重ね、息遣いを感じ合う。二人の間に快感が芽生え始めれば、お互いの快感を求めて二人は少しずつその行為に没頭するようになっていた。
 姉が、姉の美しさに目を付けた村の長の元へ三人目の妻として嫁入りが決まり、それとともに親からその行為の意味を教えられてからも、行為を行う日常は変わらない。

 姉の許嫁が決まったのは突然のことであった。女の子はほとんど道具のような存在とはいえ、姉は容姿に恵まれた美しい子である。親としても、出来れば優しく大切にしてくれそうな男性に娶ってもらいたいと思っていた。しかしながら、飢饉によって困窮してきたところで、村の長は前々から目を付けていた姉を妻に娶ろうと考えていた。命令ではなく頼み事という名目であったために断ることも可能であったが、空腹の状態で貯蔵された食料をちらつかされての縁談となれば、断ることも出来なかった。
 もともと、飢餓によりやせ細ってはいたのだが、姉が許嫁に決まってからというもの、それが急速に悪化したように思える弟を、姉はぴったりとくっつきながら愛でている。親に隠れて姉に甘える弟は、元は丸っこかった姉の体を愛おしそうにまさぐって、こんな状況でも枯れる事のない欲求を満たさんとしている。
 大好きな姉がもうすぐ、権力を傘に都合のいい取り決めを行うような、胡散臭い年配の村長にかすめ取られてしまう。そう思うと、やるせなくて、気が滅入る。
「俺、姉さんがいなくなっちゃうなんて嫌だよ……」
「私もアンタがいなくなるのは嫌よ。でも、父さんが決めたことには逆らえないし……どうすればいいのかしらね」
 この二人は、こんな困窮した時でも体を重ね合ってはいるものの、とうに快感を感じる意欲は失われていた。快感を伴う行為は体力を消費するし、水分もいたずらに浪費する。腹が減るだけでなく、水分まで失うような行為を今更しようという気も起らず、二人が今この状況で出来る行為、そして望む行為は肌を重ね合わせ、僅かに口づけをかわすくらいい。許嫁になって姉が離れていくというのに、何とも寂しい行為しかできない毎日である。
 名残惜しむようなその行為を、当てもなく続けていた。草がなくなるだけでなく水もなくなり、作物も育たず、外に出て雑草を口にしようにも皆考えることは同じなので、自分の土地から外の草は軒並み食べつくされている。
 すでに、村を出て危険な旅に身を晒すものがいたが、そういった者ははぐれ肉食種の牙にかかるという恐怖や、脱水症状による死を覚悟せねばなるまい。まさに、八方ふさがりである。その状態で許嫁として娶ってもらえるというのは、本来喜ぶべきことである。姉はもちろん、ある程度の食糧や飲料を保証されるし、結納金も貰えるから、それを使って食糧にありつくことも出来るかも知れない。
 だから、姉は喜んで父親の命令に従うべきなのである。と、姉も頭では分かっている。頭では分かっていても、それを実行するには弟と体を重ね過ぎた。外に出る機会さえほとんど与えられず、家族以外の男性との会話は、家に叔父が訪れた時などの文字媒体ですら数回しかない。それも、あらかじめ木札に書かれた酒や食事のお代わりの要求等で、会話とすら言えるかどうか怪しいものである。

 そんな男に免疫のない姉は、弟以外の男性に期待を持つことがなかった。むしろ、男は全員何を考えているかわからなくて怖いとすら思っていた。そして、弟は彼女に家の外の世界を教えてくれる貴重な人物であるため、弟にだけは好感を持っている。逆に弟にとって姉は、唯一まともに話せる女性である。母親はすっかり父親の奴隷であるため、何にかけても『お父さんが言うから』『お父さんの言いつけを守りなさい』であるために同じ人間と話している気がしなかったこともあり、弟にとっても姉だけが好感を持てる女性である。
 そういった、異性に対して気味悪さを感じる感情は、おそらくこの村の誰もが少なからず感じている事であろうが。しかしながら、それをこうまでこじらせて、挙句姉弟で体を許し合う関係になってしまうのは、今まで例を見ない。


 深夜、二人は体を重ねたまま過ごす。食糧がないので寝てばかりなため、本来寝るべき時間である夜に目がさえて眠ることも出来ず、やがて日の出を迎える。『贄』の伝令がこの村にも訪れたのはそんな日々であった。伝令という形で一方通行のため、女性も男性も分けることなく伝えられたが、伝令に対して質問できたのは男性だけであった。
 ある意味では当然と言えることだろう、この『贄』を増員するという通達。贄がなくともいつ口減らしが行われるかわからないといった日々が続いていたために、この通達は心が痛む口減らしを行うか行うまいか考えていた者達にとっては、最高の言い訳を与えてくれる朗報とも言える事であった。
 本来は二年に一回、四人だけの『贄』であるはずが、今回この村に通達された贄の人数は十五人。人口が二百五十ほどしかいないこの村にあっては、正気を疑うほどの大量と言って差し支えなかろう。その中で贄を免除されたのは、まだ初潮や精通を迎えるには程遠い幼児達と、この村の長であり姉の許嫁でもある男の親族だけである。

 それを受けて、姉は悩んだ。弟と離れたくなかった。弟と離れ、村長とあの行為をするだなんて、耐えられる気がしなかった。いつもえらそうにしている村長の事である、弟のように自分を気遣うことなく、乱暴にやられたらどうしようなどと、そんな考えが脳裏に浮かんだ。
 ならば、この機会に……死んでしまえばどうにでもなるのではないか? この村における死生観は、死んだら死後の世界にてしばらく死別の山を歩き続け、山頂に到達したら、再誕の川を下って次に生まれる場所が決まると、そういった世界観の中で生きている。
 山登りの長い道のりは辛いかもしれないが、それでも村長の家で暮らすくらいなら。弟と一緒に死別の山を登れるのならば、再誕の川を下れるのならばどんなに素晴らしい事か。一度、そんなことを考え出すと、希望的な観測ばかりが浮かんでくる。その気持ちを弟に打ち明け、真摯に説明すると、弟もだんだんと死んだ方がましだと考え始めたのだろうか。
 姉に付き合うという話を、割とあっさりと決めてしまった。


 翌日にくじ引きは当然のごとく女性だけが引かされた。本来は長の親族ということで免除されるはずの姉もクジを引いたが、姉は選ばれなかった。
 本来ならば『贄』に選ばれなかったことは、喜ぶべきところである。しかし姉は、喜ばなかった。
「あの、それ……私にくれませんか?」
 外れくじを引いてくずおれる女性に、姉が申し出る。弟は『私にも贄の外れクジを譲ってください』と、書いた木の葉を差し出す。この程度の事に紙を使うまでもないので、それだけで十分であった。外れくじを引いて震えている女性から奪うように兄が掠め取る。奪われた女性は取り返そうとはせず、無言で『何故?』と訴える。
 弟は女性と会話できないためその質問には答えられなかったので、姉が答える。
「これからの生活に、希望を持てないので……」
 姉が歯噛みしながらそう答えた。姉は『奇特な人ね』と言わんばかりの視線で見つめられたが、彼女はそんなことをいちいち気にしたりはしなかった。
 家に帰って報告すると、両親は卒倒しそうなほどにショックを受けていた。なんてバカなことをしているのだと、烈火のごとく怒鳴り散らし、すぐさま取り消して来いとまで言ってきた。
 それは出来ない、と弟が言う。そんな二人に、結納金でも何でも使って当たりくじを買えと両親は言う。姉と弟はそれに対して、切り札のように言った。『私達、毎日二人で夫婦の営みの真似事をしていた』と。両親がこれ以上何かを言うのなら、『それを恥じて死にたいです』村の人達に打ち明けてから身投げすると。

 姉弟でそういった夫婦の営みをすることは、この村でも当然許されることではない。もしそんなことが世間に知れれば、恥をかくのは二人だけではなく、その両親も、許嫁である長も大恥をかくことになる。親も最初は嘘ではないかと疑ったが、例え嘘でもそんなことを口にしてしまえば、村長からどんな怨みを抱かれるかもわからない。
 いや、姉が身代わりを買って出た時点で、姉が長への嫁入りを文字通り『死ぬほど嫌がっている』ことは確実である。で、あればそれが話題の種となってしまうのは当然だ。すでに恥をかいている長に、これ以上恥をかかせてしまえば、村八分などという生優しい仕打ちでは済まないかもしれない。村長に殺されても文句は言えないだろう。
 もはや、二人を大人しく贄に出す事しか、親に選択肢はなかった。二人はこの村の長にも同じく『贄』の身代わりを申し出た事を告げ、一生を添い遂げる覚悟で贄に向かう。伝令に来た遣いの案内のもと都市までたどり着き、そこで久方ぶりのまともな食事を頂くことになるのだが、死を前にしてそれを落ち着いて食べる事の出来る者は少ない。
 落ち着いて食べることが出来るのは、総じて死に対する恐怖を持っていない者のみであるが、『例えばそれは死後の世界に幸福がある』と、よっぽど強い確信があるか、本当に生きていることに嫌気がさした者のみである。
 死を覚悟して最後の食事くらい楽しもうという気概で差し出された食事を食べようとする女性は、姉を除いて一人もおらず。皆、涙を流すか時間を止めたうように考える事を辞めて、虚空を見つめていた。

 食事自体も、本来ならば豪華な食事が振る舞われるのだが、飢饉のせいか平時の一般家庭の食事とほぼ同じくらいの量しかない。最後の晩餐には、あまりに貧相なメニューである。
 その食事が終わると、体を清めるための湯浴み、もしくは水浴びを行う。これは希望者のみで、諦めて最後くらいは体を清めようという者は、女性一四人のうちたった四人だけであった。
 それが終わると、いよいよ殺される時を待つのみである。『贄』の対象になった者は、遠方の国よりわざわざ取り寄せた純白の大理石に囲まれた白い部屋でその時を待つ。死ぬ順番などに希望があれば出来るだけその要望に応えるようにするというのが基本的な方針である。二人は、一緒に殺してほしいと、それだけを希望した。


 執行をする部屋は、綺麗な景色が見える邸宅の一室にある。真夏の昼下がりの眩しい街並みを見下ろしながら、今までの経緯を語り終えた弟は、そっとため息をついた。
「女性は男性と話しちゃいけないとか、親や村長の言うことは絶対だとか。そんな、難しい事を考える必要はないんですってね、ここでは……」
 弟は、涙ながらに言う。
「そんなところで生きられたらって……思っていたのですけれどね。でも、結婚を強制されて……そんな折に、こんな飢饉になってしまって、もうすべて投げ出したくなってしまって……思えば、貴方と話したのが、家族以外の男性で、初めて話した人ってことになりますね……別に声に出して話しても、何か襲い掛かってくるわけでもなく……普通なのに。なんでですかね」
 姉は自嘲気味に笑う。
「本来は、異性と話してはいけない理由があったのかもしれませんが……いつしか、その意味が忘れられて、形だけの物になってしまったのかもしれませんね。残念なことです」
 そんな姉を励ますでも慰めるでもなく、執行人のストライクがそう告げる。
「ですかね……」
 弟が相槌を打った。二人は、ずっと手をつないでいる。さすがに人前で抱き合ったりするのは恥ずかしいのか、そのぬくもりを確かめるのは握り合う手と手だけ。何を語り合うでもなく、お互いがお互いの呼吸を感じ合うだけであり、ストライクもそれを黙って見守った。
「すみません、そろそろ時間です……最後に、何か言い残すことなどありますか?」
 懐中時計を調べながら、ストライクが告げる。
「そうですね。生まれ変わったらまた会えるように……そして、生まれ変わった時は、飢饉なんかで食糧に困窮しないように、祈ってもらえませんか?」
「私からも、お願いします」
「生まれ変わり、ですか。そうですね……今度は、自由に恋愛が出来る立場で出会えるといいですね」
 何とも言い難い言葉に、笑むことも厳かな顔をすることも出来ず、ストライクは言う。それだけ言い残して、室内は静寂を取り戻す。ストライクがふだん執り行う執行では、泣き叫んで暴れる者もいれば、震えながらも覚悟を決める者もいる。しかし、まるで動じないこの二人のような例は珍しく、大した肝っ玉だと、ストライクは感心した。
 『贄』を行う際、『自分から死にに行った』事は名誉ある死であるとされる。そうと認められるには、かすり傷でもいいので自分の体に自分で傷をつけること。一滴でも血を流せばよいので、ストライクは最後に二人に鋭いナイフを渡す。二人はお互いのナイフでお互いを傷つけあった。ジワリと血が滲むのを見て、ストライクは腕に力を込める。
「よろしいですね? 目を閉じてください」
 ストライクに言われるがままに、二人は目を閉じる。二人の首と胴は、真っ二つに分断された。
「創造神アカギに仕えし湖の三柱の元で、その心が生まれ変わり、次の命にて幸福であることを祈ります……」
 最後にストライクは、そう呟いた。

 その冬。『贄』の甲斐もむなしく餓死者がちらほらと出てきた彼らの村の近くに、ダンジョンが出来た。乾燥地な上に冬にできたダンジョンのためか、枯れたような水っ気のない植物ばかりのダンジョンで、水もわずかしか取れない場所であったが、そのダンジョンから食糧を仕入れることで、どうにかそれ以上の餓死を防ぐことが可能になった。
 体力も低下していたため、ダンジョンで不覚を取って死亡する者も少なくはなかったが、血を飲んで渇きを癒し、肉を食んで飢えを克服し、そしてそれらを持ち帰ることでそれでも最悪の結果を防ぐことが出来たそのダンジョンの恩恵は大きい。翌年にはダンジョンを目的に訪れるダンジョニストも増え、それとともにこの村の女性は、家族以外の男性を目にする機会も増えた。
 その際、外から来るダンジョニスト達の興味深い話を聞いて、外の世界に興味を持った女性が、この村の風習を破って家を飛び出してしまう事態が頻発した。筆談だけで惚れてしまった男を追いかけて飛び出すことはもちろんのこと、女性のダンジョニストがこの村の女性に同情して、広い世界を見せてやろうと連れて帰ることもあったそうだ。
 もちろん、村の男たちは女を連れ戻し、ダンジョニストを殺そうと徒党を組んで襲い掛かったものの、屈強なダンジョンニスト達に返り討ちにされて、働き手の男たちが怪我をしたり死亡したりで働けなくなり、村が立ち行かなくなりかけた。
 やがて、女性を縛りつけすぎるのがいけないのだと気付いた男たちは、村がよそ者に侵食され尽くす前に風習を改めざるを得なかったそうだ。

「つまり、カレカレ草原の村じゃ、他の町から来た男たちがよっぽど魅力的だったってことだなぁ。その村の女たちは文字で会話しているだけでも、外の人となら楽しかったんだろうよ。
 それでどんどん村から女性がいなくなったんだと。まあ、なんだ? 紳士たるもの女には優しくしないといけねえってこった。
 え、俺? 俺は……その、女性的には紳士的な態度をだな……とってるぞ。嘘じゃないぞ!?」
取材協力:よく喋るエモンガ



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*1 ダンジョンを探検することを生業にする者

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Last-modified: 2014-09-28 (日) 21:47:09
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