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パペット・パペット3

/パペット・パペット3

書いた人 ウロ
まるで意味が分からん文法とかありますが気にしないでください。


何を思ってここまできたのか分からないけど、お話が終わったということは分かったような気がした。タイショーとハミングが何を話していたのか分からないけど、ただ、何でかしらないけど、胸が痛んだ。
少ししかない棘のような痛み、それが段々と大きくなるような感覚が、頭の中に毒のように広がった。これはいっつも考えている悪いことが、頭の中にまで侵食して、体中を蝕んでいく……
大雑把に言う、負の感情って言うものだと思う。
「おーい!!パペット!!」
「ひっ!?」
いきなり地上から声がして、びっくりしたのも一瞬で、なんだかんだ言いながら結局降りてきてしまう僕は目的がハッキリしないというか、殆ど考えていないというか、何も考えることなく他人の意見にほいほいついていってしまう駄目な性格なんだと自覚した。
翼の運動を少しだけ緩めて、ゆっくりと地上に降り立つ。知らないうちに顔を下のほうにむけてしまうのは、聞きたくないからなのか……顔を見ると恥ずかしいのかは分からないけど、どうしてもタイショーの顔を間近で見ることはできなかった。
「大丈夫か?何で顔を下にするんだよパペット?」
「大丈夫、その、なんでもないです……」
「そうか?俺には腹痛で苦しんでるように見えるんだが……」
鋭いような、そうじゃないような……ちら、と目線を上げてみたら、タイショーの顔が見えた、心配そうな顔をしている、これから話すことを喋ったら、きっとびっくりすると思った……
「大丈夫だよ、ちょっとびっくりしただけだから……」
「びっくりしたって、こんな何もないところでよくびっくりなんて出来たなぁ」
「びっくりするときは人それぞれだから、そのあたりはあまり指摘されても何も言えないよ……」
そんな言葉を返したら、タイショーは笑った。ぎこちなくもない普通の笑みを見て、何だか胸がドキドキと高鳴るような感じがしたのは内緒だった、ドキドキの感情はどうしてこんな風に唐突にわきあがるのだろうか……体の構造って本当に不思議だなぁと思った。
「そんな風に面白い返しをすることができれば、いつものパペットだよ……相変わらずで安心するからな」
にっこりと笑ったタイショーに釣られて、にっこりと笑ってみたけど、笑うためにここまで来たわけじゃない。それを分かっているからこそ、次の言葉は慎重に選ぼうと思った、そうしないと、きっとまた失敗しちゃうから……
そんな風に深刻な顔をしている僕を見て、タイショーは不思議そうな顔をした。不思議そうな顔をするくらいの余裕をもっててくれたほうが、個人的には嬉しい。
「あ、あのねタイショー……」
「んん?どうしたんだ?改まるってことは、なにか分かったとか、何か大事な話、それ以外にそん声を出すときは、俺に泣きつきたいときだな」
分かりやすい例えを次々に口から紡ぐと、タイショーは笑った。そんな風に見られているということは、もしかしたら、いや、やっぱり、僕の思いを伝えようとか、相手の気持ちを聞こうとか……
失礼かもしれない……
「どうしたんだ?」
「う、うん、やっぱりやめよっかなぁって……」
「何で?」
「そんなこという雰囲気じゃないから」
「そういうこと言う雰囲気じゃないって、どういうことだよ?」
どんどん声がはっきり分かるくらいになってくる、それどころか、タイショーの声しか聞こえないような気もした。
お日様の綺麗な日差しも、もくもく動き続ける雲の動きも、そよそよそよいだ風の音も、雨露が落ちる水の音も……
まるで、世界の音が止まってしまったみたいで、静寂の中にはっきり聞こえるタイショーの声。そうじゃないって言うのは、一番僕がわかっている、何も聞こえないんじゃなくて、僕の耳がタイショー以外の音を完全に遮断しているんだろう。
「どういうことか聞いてるんだが……」
「僕、僕……」
「答えろよ……答えろよパペット」
「ぼく…………いえないよ……僕、タイショーに、迷惑ばっかりかけて、タイショー……いっつも、僕の隣にいるときに、面倒くさいって言ってばっかり……やっぱり僕、僕、臆病者の役立たずで……」
大きな声を出されて、びっくりした、その反動で、目から大粒の涙がこぼれた。感情的にならないように平静を装ってみたけれども、無理だった。体中が熱くなって、どうしても聞こえない音が聞こえる。タイショーの声が聞こえる。
答えられなくて、いやなものを全て取り除きたいような気持ちになった。嫌で嫌で、仕方なくって、体中からいやという気持ちが漏れ出す。それは棘になって、相手の気持ちにささくれを作る……
何もかも忘れたい気持ちになるのは、まさにこのときのことだろう。
「僕、ホントは聞こうとしてた、タイショーは、もしかしたら僕のことをめんどくさいって思ってても、僕のことをいっつも手伝ってくれたり、見守ってくれたり、でも、君はやっぱり、口からはっきり言ってたじゃないのかな……"めんどくさい"って」
「…………え?」
「聞こうとしてたんだ!!タイショーは、きっと僕のことを心配してくれているんだって!!でも、タイショーの口から出るめんどくさいって言葉、それってやっぱり、僕のことがホントは嫌いなんでしょ!?」
そんな言葉が出てしまったのは、言葉が滑ったのか、日ごろから溜めていたストレスが爆発したのか、まるで分からなかったけど、もしかしたら何か違うもののような気がして、恐くなって、相手に向かって傷つけるような言葉を口にした。
タイショーはびっくりして、普段そんなことを言うはずないと思っていたのか、目を瞬かせていた。
「パペット……」
「幼馴染だから仲良くしてくれたんじゃないの?もしかしたら、僕の思いが届いてたのかなぁって思ってたけど……でもやっぱり、僕の気持ちはタイショーにとっては、"めんどくさい"ものなんでしょ?だってそうって思わないと、君のこと、嫌いになれないよ……」
「俺は……」
「バイバイ、タイショー!!!」
「まて!!パペット――」
戻ってこいって言う言葉、聞こえたけど戻らない、これでいいんだ、めんどくさいと思われるくらいなら、いっそのことこっちから気持ちを断ち切って、別々に道を歩んだほうがいいんだ。
ずっと一緒にいた幼馴染でも、いつまでも一緒にいるわけじゃないんだから――
そう思わないと、すぐに戻っていって謝ってしまいそうだった……それが一番嫌だった、そうじゃないと……
「うっ…………うぅっ……」
飛び上がってから、がむしゃらに飛んだように見えて、全然違っていた。渓谷の中間を東へ飛んでいたら、少しだけ生い茂った林が見えた。
感情的になって、飛び回って、泣きじゃくって、それですっきりしたらよかったけど、全然すっきりなんてしなかった。どんどん罪悪感が募るばかり。
自分勝手な感情をぶつけて、自分で勝手に泣き喚いて、どうしようもないくらい駄目な自分が嫌になって、ここで死んでしまおうかと思うくらいに疲弊していた。
「…………」
ゆっくりと翼の運動をやめて、ふわふわと浮きながら、林の中に入っていく……
木漏れ日というか、所々に射す日の光、微弱だけれど、この林を育てている木々のざわめきを聞きながら、奥へ、奥へ、どんどん奥へと進んでいく……
首を動かして、右、左、両手の顔もいろいろな方向へ動かした。そうしているうちに、ゆっくりと興奮したからだが落ち着きを取り戻していった。そして考えて、自分がどれだけしてはいけないことをしてしまったのかを理解した。
でも、結局のところ、自分の気持ちは伝わらない、相手に迷惑をかけるような気持ちは、いらない……
どんどん奥まで進んでいって、ゆっくりゆっくり前へ進む……
進みながら思った、この林には、古い祠があることを……祠というほど大きくもないかもしれない、分社のようなもので、そこには竜の魂が宿っているといわれたことがあった。
子供のころに聞いたうろ覚えの言い伝えなんて、なにが正しくて何が間違っているかなんて、分かるはずがない。何が何だか分からないからこそ、今来てみると、新鮮な感じがした。
「ここ……懐かしいなぁ……」
思い出すことも恥ずかしいくらい、知らないうちに泣きはらした顔が赤くなっていることに気がついた。子供のころ、よくこの林に来て遊んでいた。どうしてここにようがあったのか、今思い返すと、それも分からない。子供のころは、やたらと遠いところに出かけてみたくなったものだ。
冒険というものはえてしてそういうものだと僕は思っていた。遠いところに出かけたり、見たことのないところにいってみたり、そういうものを冒険だと思っていた時期があった。
親達の目からすれば、小さな冒険というよりも、それは完全に何処か変なところに行ってしまったということに見えるだろう。
そんな子供は危なっかしくもあり、そして元気に育っているという証拠にもなって、きっと嬉しいやら悲しいやらという感情に包まれるのだろう。そんな風に考えていると、何だか昔が懐かしかった。
何も考えてなくても、友達と遊んだり、いろんな話をしたり、遠いところまで冒険にいってみたり……そんな毎日で満たされていって……
考えれば考えるほど、自分が何をしでかしてしまったのか、そして、そんな風に思っている自分自身がいやになるのが分かるくらい、精神的に削れていた。
「はぁ……」
ため息なんてついても何の解決にもならないけど、どうしても出てしまうのだからしょうがない。
いわなきゃよかったとか、聞かなきゃよかったとか、いろんな思いはぐるぐると回るが、全て終わったこと、後の祭りである……
殆ど何も考えないまま進んでいくと、随分と開けた場所に出た。
確か……昔の話ではここに祠があったはずだが……などと思いながら注意深くあたりを見回していると、木々に囲まれた中で、木々に絡まったぼろぼろの祠を見つけた。
白く塗られている祠は所々がはげていて、伸び放題のツタや木の枝が絡まって中央についている開き戸に強固な封印をかけていた、何が何だか分からないくらいの状態になっていた。
「わぁ……ぼろぼろじゃないか……」
絡まったつたや木の枝を払いのけて、祠をべしべしと叩くと、中央についていた開き戸の鍵が壊れて、ぱかりと開いた。
「わ!!まずい!!」
分社や祠の中は見たら罰が当たるというのを信じていたからだろうか、あまり見たくないのに、どうしても目に映ってしまう。
竜の魂が宿っているといわれていた言い伝えだが、開き戸の中にあったものは、ぼろぼろの紙切れが入っているだけだった。
「?なぁにこれぇ……」
手に取ったらすぐに壊れてしまいそうな紙を、恐れおののきつつひょいっとつまんだ。罰が当たると分かってはいるが、どうしても中を見たいという気持ちのほうが勝った。
四つ折になっている紙を丁寧に広げて、ゆっくりと見つめる。読みにくいというか、お世辞にも綺麗とは言いがたい文字で、何か書いてあった。ぼろぼろの紙だったが、四つ折りになっていため、外側は汚かったが、中に書いてある字は殆ど解読できた。
書いてある言葉は、何やら不思議な文字というわけでもなく、読んだら呪がかかるというわけでもない。シンプルで単純、誰かの願いが書かれていた。しかし、若干読みにくい文字だったために、読解するまでに少し時間がかかってしまった。
「んーと……ぱ……ぺっと……に……こく……はく……する」
パペットに告白する――
「…………え?」
僕は頭がおかしくなっていないか一回叩いてから、もう一回その紙を見た。間違いない。これにはしっかりと書いてある。
パペットに告白する……と。
どうして自分に告白するのだろうか、何を告白するのだろうか……まるで意味がわからなくて、呆然とした。
告白という言葉には二つの意味がある。真実を包み隠さず言い放つことと、自分の募った淡い思いを相手に伝えるということ。前者は多分無いとして、後者として考えたとき、僕の頭の中は真っ白になっていた。
「ぼ、僕に告白したいポケモン?……この渓谷で、そんなポケモンいたっけ……確かに、市場のポケモンは皆友好的だけど……」
そこまでの関係に発展した覚えが無い。そもそもこの紙はかなり風化しかけていた、つまり結構な時間この中に封印されていたものだ。最近だったら、こんな分からない場所に隠さずに、普通に手紙にして出すだろう。
ということは昔僕に接触した誰かがここにおいて言ったということになるだろう。それがだれなのか、わからなかった。
「誰だろう……」
首を捻っていると、ゆっくりと風が後ろから吹いて、僕と祠を吹き抜けていった。
かさ、という音が、祠の中から聞こえたような気がした。びっくりして、思わず後ろを振り返った。祠の壁に挟まっていて、全然気がつかなかったが、もう一つ、紙があった。
「もういっこ?」
暗い祠の中は殆ど見えなかったのかもしれない。音に気がついて、罰当たりという言葉も忘れたかのように、ゆっくりと左の首を伸ばして、その紙切れを掴んだ。
何が書いてあるのか、気になる気もするし、もしかしたら、見ないほうがいいのかもしれない、でも、先に見てしまった紙のおかげで、何が書いてあるのか気になった……
「なにが、書いてあるのかな?」
やはり気になる、さっきの紙は誰が書いたのか、そして、この紙には一体何が書かれているのだろうか……
恐る恐る紙をめくって、中を見てみた。先程の読みにくい字とは違って、とても見やすい可愛らしい文体で、短く綴られていた……
「ええと、何なに……お人形やさんを――つくる…………」
夢があったとき、忘れないように紙に書いて夢をかなえようと思うんだ……
そうすれば、叶ったときに、あの時この夢が叶ったんだなぁって、思えるよう何なると思うんだ……
え?この紙、隠すの?どこに?……そんなところに隠すんだ、わかったよ。
夢が叶ったら、二人で夢を見せ合うって言うんだね?
タイショーの夢が叶ったら教えてね、私の夢も叶ったら、教えるから!!
約束だよ、タイショー、絶対に絶対に約束だからね――
「これ、僕の夢だ……それだけじゃない……これは、僕の字だ……じゃあ、これは……子供のころの、僕の夢……それで、これが、子供のころの、タイショーの夢?」
のんびりした毎日に埋もれていて、子供のころの輝きを忘れたような気がした。子供のころの思い出、子供のころの日々……
僕の頭の中は、ずっとずっと前まで戻っていた。思い出していた、忘れていた頃の思い出を……
「忘れてるって、やっぱり歳なのかな?……あの時、何があったんだっけ……」
昔の記憶を必死に手繰り寄せて、ゆっくりと紡ぐ……
忘れていた記憶が、ゆっくりと思い出されていった。


☆☆☆


「タイショー、どこ行くの?」
「森にいこうと思うんだ、パペットもくるなら、一緒に行くかい?」
「うん、いくいく、楽しいかな?」
「きっと楽しいさ。いったら楽しいんじゃなくて、いくまでが楽しいのさ、いってからのことはそのときに考えればいいんだ、悪いことは駄目だって大人が教えてくれる、だったら、俺たちは最低限の楽しみをすればいいのさ」
「そうだねぇ、じゃあ、いくよー」
黙ってついてくるよりも、そんな風に言ってくれたほうが助かるよ、といって、タイショーは笑った。
彼は一足先にオノンドに進化した。私はモノズのままだったけど、進化するかしないかなんてときが決めることだったから、特に気にしていない。タイショーも先に進化したからといって、何かが変わったわけでもないから、それがちょっと嬉しかったし、ちょっとだけ残念に思えた。
子供のころからずっと一緒にいた友達、いっつも助けてくれたり、いろんなことを話したり、大事に思えば思うほど、彼のことが愛おしくなる、欲しくなる。
これはいけない感情だといわれても、そう思うのだから仕方ない。感情に任せて突っ走るというよりは、感情があるからこそ、こんな風に感じられるのだろうと思った。
やっぱり変わってほしいとか、そんな風な感情は自然に起こるものなんだって、自分に言い聞かせた。
大切な友達は変わらないでいてほしいという願いは確かにあるかもしれないけど、見た目はどうしても進化して変わってしまう。中身が変わらないでいてほしいという願い。でも、変わってほしいという気持ちもある。
それは、異性に対する意識の変化だった。子供のころは、男女ともに中むつまじくなるという感じもあるだろう、だけど、長い年月をかけて、肉体的にも精神的にも変わっていく……
それとともに、桃色の浮いた話などにも熱心になるのは自然なんだろうか……
渓谷にすんでいる大人たちから見れば、私たちはまだまだ子供の領域を出てはいないけど、それでも少しくらい成長はしている。
恋人同士の話を聞けば聞くほど、興味や関心が湧いた。この間も大人達がからかっていたのか、冗談だったのかわからない質問に、馬鹿正直に答えてしまったこともあった。
「パペットちゃんは、好きなポケモンはもういるのかい?子供でも、最近は盛っているからねー」
盛っているという意味はわからなかったけど、気になるポケモンはいるといったら、非常に驚いたような顔をしていたために、やはり冗談で言っていたのだろうと思った。
そうなると大人たちはこれ以上の詮索をしなくなる。余計なことを聞いて、気分が悪くなるのがいやだったからだろうか、それとも、ただ単に気を使ってくれたのだろうか……
そのあたりは微妙に曖昧で、何を話したのかよく覚えていないというのもあるかもしれない。
そんな感情が大体当たり前のようになっていたときに、タイショーに対する意識が変わっていた。
もう少しだけでいいからこっちを向いてくれないだろうか?
もう少しだけでいいから私のことを女の子として認識してはくれないだろうか?
そんな自分勝手な思いが頭の中によぎることもしばしば、これははっきり言って見苦しいことこの上ないだろう。でも、そんな風に見てほしいという願望のほうが、見苦しいという理性を振り切っているために、そんな風に思えなかったのかもしれない。
「どうしたの?早く行こう」
タイショーの声が聞こえて、考えるのをやめた。目が見えないから、どうなっているのか分からない私でも、声や、足音、息遣いで大体のことは分かるから、今のタイショーは急かしているということを認識した。
こんな風に分かるようになったのも成長ということだろう、体の不思議なエネルギーが満ちているのがなんとなくわかって、進化はもうすぐだろうなぁと言うことだけは理解できた。
あまりにも漠然としていて、大なり小なり、目安や目盛りというものがなかったために、もしかしたら思い過ごしかもしれないという気持ちも多少はあった。体中から溢れているこのエネルギーは、ただ単に発汗だろうという考えもできるかもしれない……
「うん、早く行こう」
でも、なんとなくだけれど、やっぱり進化じゃないんだろうかという、何かが告げていた。
何なのか分からないまま、タイショーの足音を頼りに歩を進めた。耳はいいために、大体どこに何があるのか分かる。
草を踏む音、木を削る音、風のそよぐ音、全てを聞いて、そこから道を探し始める……面倒くさいと思ったことはない。それが楽しいのだから……
歩いているうちに、タイショーはふと、小さな声を出した。
「っ……」
「どうしたの?」
「何でもないよ……ただ、今日はやけにパペットが静かだなって思って……」
静かといわれた。どの辺りが静かなのかは聞かないのだろう。
でも、毎日騒いでいるわけではない。確かに静かに過ごしたいときもある。
「そんなに静かだと思うの?」
「うん、そう思うよ……」
そう思うということは、普段がよほど喧しいということで相違ないだろう、非常に迷惑をかけていたかもしれないということが頭の中に浮かんで、何故だか深く頭を垂れた。
「そっか、ごめんね」
謝らなくてもいい、と言いたそうな顔をした彼は、首を横に振るだけだった。そんな彼の優しさというか、そんな感じだろう、言葉にしてみたら変な感じがして、おもはゆい。
音と匂いを頼りに足を一歩一歩進めていく、戻れない道を進んでいるみたいで、恐いのと楽しいのとが心の中で鬩ぎ合う。でも、やっぱり心の中では楽しいという気持ちが一番大きく勝っているような感じがして、あまり恐いという感じはしなかった。
それはどうしてだろう、目が見えなかったら、擦り傷や切り傷なんて当たり前、もしかしたら高いところから落ちたり、溺れてしまったりするのも当たり前になるかもしれない。でも、そんな恐い想像は全然浮かばなかった。
楽しいこと、面白いこと、嬉しいことや悲しいこと、怒ったときのこと、目が見えなくても、全部身体で感じられるから、分かるんだと今までのことで悟っていた。無意識に、目はなくても、心や身体で感じられているから、と思っていたのかもしれない……
そして、今の今、目の前、もしかしたら隣、それとももう遠くへ行ってしまっているのかもしれない、でも、感じることができる近くのポケモンのぬくもりを頼りに、進んでいる。そのポケモンが、僕の一番好きなポケモンで、心から安心しているんだと思った。
いくら目が見えなくて表情に乏しかったとしても、これだけは言えたんだろうと思った。
「今、すっごくドキドキだよ」
「ワクワクしてる?」
「うん、ワクワクとドキドキがいっぱいで、今日はきっと楽しい気持ちでいっぱいになりそう」
それはよかったとだけ言って。タイショーはそのまままた歩き始めた。身体から感じるタイショーの気配を頼りにして、そのまま進み続ける。
ずんずんと進み続けて、鼻をひくつかせると、森の匂いがした。樹木が擦れるような音、葉っぱ同士が触りあい、森の状況を伝え合う。
「うん?森の中?変なところに行くんだね?」
「変なところじゃないさ。ほら、この間はなしてたじゃないか、森の祠の話」
そういわれて思い出した。以前、タイショーは祠にお参りをしにいきたいといっていたことを、私はどうして祠におまいりに行くんだろうという気持ちがあったのと同時に、何か大切なことでもあったのではないだろうかという気持ちがあった。
大切というよりも、神頼みでもしてかなえたいことがあるとか、そういう感じのものだろう。私にはそういうものは無かったけど、ずっと前からなりたい職業や、やって見たい仕事というものには大体目星がついていた。これが楽しそう、これはきっと難しいかもしれないけど、やってみたい。
ずっと前から何になりたいか、将来はどんな風になっているか、そんなことを皆で話し合ったことがあった。タイショーは分からないと答えたし、バッカスは将来になってからのお楽しみだろうと答えを適当に擲っていた。ハミングはお茶を育てたいという願いのようなものをチョコチョコと口にしていた。
皆が皆、いろんな意見が飛び交う中で、サンマだけが首をかしげながら私に話しかけていた。
パペットはさ、何になりたいって思うの?将来の君は、何になってると思う?
サンマはどうなのだろうか、という気持ちはとりあえず置いておいて、私ははっきり言い切った。まだまだ未確定、と。
やっぱり、そんなことだろうと思ったけどね。などという分かっていたといわんばかりの声が流れたのも覚えている。将来に何になりたいかなんて、まだまだ先の話だから分かるわけがない、今は今を楽しむべきだという意見をバッカスは言っていた。
今を楽しんで、そこからどこに行こうというのだろうか、将来を決めないまま中途半端に進んでしまってもいいのだろうか、そういう気持ちがあったが、そんなまじめな話をしても浮いているポケモンだと思われるのが関の山だったため、そのことは言わなかった。変わりに、なんとなく思ったことを口にした。
でもさ、将来なりたいって思った職業になれたら、凄いことだと思わない?
私の言葉に、みんなは暫く反応しなかった。言葉をつまらせたのか、それとも話を聞いていなかったのか、でも、私のほうをむいていたということは、きっと話は聞いていたんだと思った。
確かに、凄いよね。と、サンマは言った。
将来なりたいものになることって、大変だと思うから。と、ハミングはしきりに頷いていた。
確かに、なれたら再考にやり遂げたって言う気持ちがありそうだな、などと、バッカスはまるで自分のことのように楽しそうに語っていた。
私の言葉にこれだけ反応してくれて、何だか自分が恥ずかしくなって、隣にいたタイショーにぴったりと身体をくっつけたら、タイショーは少しだけ眉を顰めて、そっぽを向いてしまったことを覚えている。
何だか嫌がっているようにも見えてしまって、やっぱりこんなことをしないほうがよかったかなぁと思っていたけれど、タイショーはそっぽを向いたまま、何だか荒い息遣いで言葉を吐いた。
その、何だっけ……ええとだな。パペットが自分で言ったんだから、自分でかなえられることが出来たら、俺は凄いと思うぞ……
何だか歯切れが悪くて、若干聞き取りにくかったけど、そんな風に聞こえて、何だか嬉しくなった。
そうだね、私、がんばってみるよ。どうしても挫折しちゃうときもあるかもしれないし、やめたくなるときもあるかもしれないけど、私は今のこのときを思い出して、やれるだけやってみようかな?
私の言葉を聞いて、みんなは大丈夫とか、応援してあげるとか、そんな言葉をいっぱいかけてくれたけど、タイショーだけは終始無言で、私の頭を撫でてくれていた……
言葉は言わなくても、掌から伝わる気持ちの交信で、私は勇気を貰ったような気がした。
「パペット?」
「え?」
声を聞いて、はっとした。いつの間にか広い場所に出ているということを、無意識のうちに感じ取った。広い場所から太陽の光が少しだけ入ってきて、体中が照らされる、程よい温かさの中、少しの眠気を感じた。
ふと、前足に何か当たるような感触がした。硬いものが当たっているような感じと、くしゃ、という音が聞こえて、なんだろうと首をかしげる。
「これ、もって」
「これ?……紙とペンかな?」
暫くの沈黙を無言の肯定と受け止めて、何が始まるのかと思ったら、タイショーは大きな声を出して、私に話しかけた。
「パペット、将来叶えたい夢、この紙に書いて」
「え?」
急に何を言い出すんだろうと思ったけど、タイショーの声は真剣だった。その真剣さに、どうしてこんなことをするんだろうという気持ちは湧かなかった。
「パペットの言ってたこと、俺もやってみるよ。だけどさ、何かこういうのって、すぐにめんどくさくなって飽きそうだからさ。そうならないために、自分達の近い将来にやりたいことをこの紙に書いて、叶ったら見せあいっこしよう」
タイショーは唐突にそういうと、そのまま話を続ける、声を聞いているだけで、タイショーがどんな表情で、どんな顔をして私に話しかけているのか分からなかったけど、タイショーはとっても真剣にやっているということだけはわかっていた。
「…………夢があったとき、忘れないように紙に書いて夢を叶えようと思うんだ……そうすれば、叶ったときに、あの時この夢が叶ったんだなぁって、思えるようになると思うんだ……」
「そっか、そういうことなら、私もやるよ、お互いに、先に夢が叶ったら、もう一匹の夢が叶うまで紙は見せないってことだね」
「夢が叶っても、それを言っちゃだめだよ」
「分かってるって」
「じゃあ、この紙を隠そう」
「え?この紙、隠すの?どこに?」
「この祠の中」
「そんなところに隠すんだ……わかったよ」
タイショーがせっせと紙に何かを書くのを肌で感じながら、私も器用に前足を両方使って、ゆっくりと紙に字をなぞっていった……
お世辞にも綺麗ともいえないけど、何とか読める字にはなったと思った。紙に書いた丸っこい文体を手探りで触って、ちゃんとかけているか確認した。
お人形やさんを作る。それが、叶えたい夢だった。
紙を器用に折りたたんで、タイショーに手渡した、どうしてか分からないけど、タイショーは妙に震えていた。
タイショーはそれをしっかりと受け取って、祠の扉を開けた。確か扉を開けると竜の逆鱗に触れるとかそんな噂があったような気がしたけど、私もタイショーもそんなことは殆ど頭の中に入っていなかった。
何だかそれ以上にドキドキするようなことばかりしていて、頭が真っ白になっていたからかもしれないし、うわさは所詮噂と割り切っていたからかもしれない。
紙を風で飛ばされないように、空っぽの祠の隙間に挟み込んで、もう一度しっかりと閉じる。それを確認した私たちは、ほっと、一息ついた。
「終わったね……」
「うん、終わった」
「タイショーの夢が叶ったら教えてね、私の夢も叶ったら、教えるから!!」
「叶ったらね……僕は、いつになるか分からない、もしかしたら、明日かも、それとも一生叶わないままかも……」
「約束だよ、タイショー、絶対に絶対に約束だからね!!」
タイショーが最後になんていっていたのかわからなくて、小さくて聞き取れなくて――
――もうちょっと、考えてみればよかったって、後で思ったんだった……


☆☆☆


何時からだろう、人に思いを一方的に押し付けるような感じになってしまったのは。
何時からだろう、私を僕といって、自分の気持ちを包み隠すような心になってしまったのは。
何時からだろう、心の中を閉ざすような言動をして、人に頼ってしまう弱い身体になってしまったのは。
思い出して、暫く呆然と立ち尽くした。体から一気に虚脱感が圧し掛かるような感覚に見舞われる。少しだけ眩暈がして、ふらつくようにして身体を草が生い茂る土に休ませて、呆然としていた。
息を吐いたら、そのまま魂が抜けてしまいそうな気がして、体中から力という力が抜けているような気がして、恐かった。左の頭でいつの間にか伝っていた汗を拭って、じっと、俯いたまま黙ってしまう自分を、頭の中にゆっくりと映し出す。
「僕……僕……」
どうしてだろう?体中から力が抜けて、不思議な感覚に満たされているような感じ。頭の中がぐるぐると錯綜して、思考回路がどんどん停滞しているような気がして、ああ、それはきっと、子供のころからもうすでに、僕の思考は停止しているんだなぁということだけが、なんとなくだけどわかった。
「何で、どうして?僕…………どうして、この紙を見てしまったんだろう……」
分からないまま、ただただ力なくくしゃりと紙を握りこむ力が強くなったような気がした。そのまま中にある紙をびりびりに破いてしまいそうで、慌てて紙を両の頭で広く伸ばした。
――パペットに告白する
もう一度見えたその文面は、どうしようもなく分からなくて、汚いけど、ひたむきな想いが伝わるような気がして、その言葉を書いた本人は、きっと分かっているんだろうということが、僕の頭の中でくるりくるりと回り続けた……
どうして紙を見たんだろう?どうしてここに来てしまったんだろう。さっきあんなことを言ったばかりで、その後にここに来てしまった自分の行動を恨んだ。
もう一度、記憶を残したまま時間を巻き戻したかった。一方通行な思いの押し付けじゃなくて、ちゃんと話をしていればよかったと、自分自信が何度も何度も後悔した。
僕の夢は叶ったけど、タイショーの夢は叶わなかった。いや、叶う筈がない。
僕が思いを断ち切ってしまったから?僕があんなひどいことを言ってしまったから?
全部違う。ずっと昔に、彼の気持ちに気がつかなかったからだ、誰の所為でもない、ただただ鈍感なだけで、この自分の心の中に蝋燭の炎のように揺れ動く淡い気持ちは完全に風前の灯。ふ、と息を吹きかければすぐにでも消えてしまうような弱弱しい存在だったんだ……
「ひっく……」
涙が出てきて、ごしごし擦ったけど、やっぱり出てきてしまった。溢れてとまらないくらいの、大粒の涙が土の中に吸い込まれていってしまった……
タイショー、ごめんね。僕が間違ってたんだ、昨日から、ううん、違う。ずっと前から。
そう、ずっとずっと前の、子供のころから……
自分がもう少し積極的になっていれば、もう少し位タイショーのことを分かっていれば。
自分のことを優先させてたんじゃない。自分のことしか考えてなかったんだ。タイショーが応援してくれて、ハミングたちが助けてくれて……
僕は僕のことをするのに必死になっていて、ほかの事がしっかり見えていなかったんだ……
タイショーはめんどくさいって言ってたけど、本心はもしかしたら違ったかもしれない。でも、何かがあるとすぐに泣きつく僕の姿を見て、タイショーは心の内側で本当は僕のことをどう思っていたんだろう……って。
それが分からないから、恐くて、聞けなくて。
やっぱりいつもみたいに、毎日と同じ日常を生き続けるのが一番楽しい――って……
「僕……タイショーに……うええん……」
何が言いたいのか分からないまま、ただただタイショーの名前を呼んだ。心と体がばらばらになってしまったような感じがして、必死になって声を繋ぎとめる。
「タイショー……ごめんなさい……タイショー……僕、僕……うぅっ……」
体中の感覚が抜け落ちて、涙だけがゆっくりと落ち続ける。こんな時間から何をしているんだろうという気分にもなったり、やけに落ち込んだり、何でこんなことになっちゃったりって後悔したり。
いろんな思考が絡まって、いろんな想いが涙と一緒に地面に吸い込まれて消えてしまう。
言葉を零しても飾ることが出来なくて、ただただほんとの気持ちを口からどんどん出していく。
自分自身がやるせなくなり、今まで募らせてきた思いが爆発するのを、自分でなんとなくわかり始めていた。
押さえ込んできたからなのかなぁ、とか、やっぱり言えばよかったなぁとか……いろんな思いが飛び交って、消えてしまう。
「タイショー。僕、タイショーが好きなんだ……タイショーが嫌ってても……僕は……ぼくはぁ……」
「――その言葉……本当か?」
不意に、後ろから声がした。びっくりして、口を両の頭でさっと押さえた、涙で滲んだ視界の先に、いつもどおりの友達は、いつもどおりの姿形で、いつもどおり、言葉を紡いだ。
「レアな三つ首のノコッチモドキ発見。もう逃がさない」
「…………なんで?」
「何で?」
「どうしてここにいるって分かったの?……僕、ここのこと、さっきまで知らなくて……」
「もしかしたらって思った。忘れてたわけじゃないし、もしかしたらって言う可能性にかけてみた。そしたら、もしかしたら、パペットがいた……」
「…………うっ……うぅぅ……」
「パペット……」
「タイショー!!!うわあああああああぁぁん!!!!」
タイショーの姿を見て、もう頭の中が真っ白になった。違う。タイショーのことでいっぱいになった。
自分から嫌ってみても、結局自分からすぐになきついてしまう。そんな僕を見て、タイショーはぷっと吹き出したように、一呼吸だけ笑った。
「よかった。いつものパペットだな。俺が昔から知ってる。泣き虫で、臆病で、でも、やりたかったことをちゃんと叶えた……俺の好きなパペットの姿だ」
それだけ言ってくれただけで、嬉しくてもっと涙が流れた。抜けていた力が戻ってくる、消えかけていた体の感覚が戻ってくる。
「タイショー……タイショー……」
そんなな避けない僕の姿を見て、タイショーはやっぱり照れ隠しみたいに、ちょっとだけそっぽを向いて、微笑を浮かべた。
「泣くな泣くな……全く、お前はやっぱり、めんどくさい奴だよ」


☆☆☆


「落ち着いた?」
「うん、落ち着いた」
祠の隣の木にゆっくりと身体を預けて、鼻から息を吐いた。木が折れてしまいそうな心配もあったけど、力加減を調節しながら、少しだけ落ち着いた。
「……お前さ」
「うん?」
「紙、見ただろ?」
そういわれて、若干瞳が揺れ動いた。ばれている、あれだけおおっぴらに空いてしまったらばれるに決まっているということだけはなんとなくだけど分かっていた。
「約束、覚えてるか?」
「うん、叶ったら、中身を見るって、約束だったよね……」
そうだ、とタイショーは言うと、ゆっくりと立ち上がって、優しい瞳で、僕のことをじっと見据えた。
「約束破り」
「ごめんなさい」
「嘘つき」
「ごめんなさい」
「恥ずかしいもの見やがって……」
どれだけ言われてもしょうがない。しょうがないから、謝っても許してもらおうとは思っていないし、自分のやったことを悪くないという弁明をするつもりもない。
「俺の夢はまだ叶ってないんだ……今この場で叶うか叶わないか……」
「……いじわる……僕のさっきの言葉、知っててそんなこと言うなんて、タイショーは意地悪だ」
「勝手に覗き見をした悪い子にそんなことをいわれてもなー……」
そういわれて、心の中をちくちくさされたような気がして、何だかいたたまれない気分になった。どうしてこんな風に言うんだろうとか、もう少し位優しくしてくれてもいいじゃないかとか、勝手なことばかり思ってしまう。
タイショーはそのまま数歩下がって、僕と同じくらいの目線にあわせた。もう何を言うのか分かってるのに、どうしてもどきどきしてしまうのは、やっぱり言われなれていないから、それとも、言われるのが初めてだから……
「タイショ――」
「パペット!!……好きです……ええと、その、何だ、あれだ!!付き合ってください!!結婚を前提に!!!」
あまりにも唐突なフライングを聞かされて、目を見開いて、耳を澄ますような仕草を無意識にしてしまう。
もう一度聞きなおそうかと眉を顰めたら、タイショーが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「な、何だよその顔は!!恥ずかしいんだ!!こんなめんどくさいこと……そ、その、パペットにしかしないんだぞ!?」
「僕にしか……」
そういわれて、心臓の鼓動がよりいっそう早くなった。特別扱いって分かっているからこそ、口元が自然に笑みになる。
あのタイショーが、そんなことを言ってくれているなんて、嬉しくって、やっぱり涙が出てしまった。
「ぐすんっ……」
「泣くなよ、ほんとにめんどくさいなぁ……」
「ごめんね……嬉し泣き……僕、嫌われちゃったかと思ってて……」
嫌いになるわけないだろ、とタイショーはそっぽを向いたままもごもごと口を動かした。
「ずっと、子供のころから好きだったんだ。幼馴染で、楽しい奴で……ずっと気持ちが一方通行してるって思ってたんだぞ……それをお前はほんとに――めんどくさい!!」
「タイショー……」
「でも……お前が大好きなんだよ。この渓谷で誰よりも……違う。この世界で誰よりも!!」
口元が微笑んで、笑顔になる。言葉を聞くだけで、気持ちがはじけて宙を舞いそうなくらい、高ぶっている。
タイショー。気持ちの一方通行をしていたのは僕のほうだったんだよ……こんなもどかしい気持ちを覚えるくらいなら、もう少し早く、タイショーにそういう風に言えばよかったんだね。
貴方のことが好きです。って……
「パペット……俺の気持ちに……どんな風に答えてくれるんだ?」
そう聞き返されて、やっぱり微笑んでしまった。いつもは堅苦しいって言うか飄々としていて、どうしてもつかみどころがなくって、気持ちが表情から読み取れないタイショー。
それだけじゃなくて、いつもいつも口癖はめんどくさい。いっつも仏頂面で、取りつく島がないみたいな顔をしていて何だかとても近寄りがたい感じがするタイショー。
そんなタイショーが、僕の返事を重大なことみたいに待っててくれている。それが嬉しくって、微笑ましかった。先を早く聞きたがるタイショーの顔を暫く堪能してからゆっくりと立ち上がった。
どんな風に答えてくれるのか――?
そんなこと、もう決まっている。
「僕、タイショーと一緒に添い遂げられるなら。何があっても怖くないよ」
「……パペット……」
「ごめんね、タイショー。勝手に紙の中、覗いちゃって。でも、これでもういいよね?」
「ああ、俺の願いは、もう叶ったからな」


☆☆☆


帰り道の途中で、俺とパペットはいろんなことを話し合う。
いろんなことがここ最近で一気にありすぎて、俺もパペットもいろいろな意味で思考が深いところに落ちてしまっていたから、もう少し整理するつもりで、ゆっくりと歩きながら話し合う。
「それにしてもさ、タイショーかっこよかったよ……」
「何だ?藪から棒に」
またまた、そんなこと言っちゃって、などといいながら、嬉しそうに笑うパペットを見て、何だか自分自身がやけに落ち着いていると思っている。
さっきまではまるで体の中が芯まで熱かったと思っていたけど、今ではまるでそよ風が吹き付けるように涼しい気持ちになっている。それはどうしてなんだろうといくらでも考えてみるけれど、俺はやっぱりパペットに自分の思いをぶつけたからこそこういう清清しい気持ちになれたんだろうということを実感した。
自分自身の気持ちは噯にも出さないかもしれないけど、もしかしたら心のどこかで焦っていたのかもしれないという気持ち、このまま流されてしまって、自分自身の気持ちが絶対に届くことはないという気持ち。表面に出さなくても、やはり内心で焦ってしまうこの気持ち。
そうおもうと、ついさっきまでの出来事で、自分自身の気持ちを素直に打ち明けることが出来て、本当によかったと思えてしまう。体から力が抜けるとか、自分自身がびっくりするくらい大きなため息をつきたくなるような衝動に駆られる。部屋の中に窓があったら多分飛び出している、飛べないから落ちるけど、感情の高ぶりを大袈裟に表現するならそんな感じだ。
それほどまでに、心が高ぶっているのと、落ち着いている感情が体中を足の先から頭のてっぺんまで循環し続ける。
熱せず冷まさず、こんなときはそういう言葉が一番よく似合うとおもった。
「タイショーはさ、ぶっきらぼうで、友達にも他人行儀だったりしてさ、子供のころからずっと一緒にいた僕にも、いつもどーりに接してくれてさ……最初の頃、一緒にいたときにさ、何だか硬いポケモンだなぁって感じてたんだ……」
「硬いか……?」
うん、とっても、とだけ言って、パペットはにこりと微笑んだ。
「だからさ、さっきみたいにいつもと違う君を見たときに、思わず胸がときめいたよ。凄くかっこいいって」
「…………そんなもんか?」
「そんなものだよ、さて、ただいまー」
歩きながらたどり着いたパペットの家のドアを開けながら、家主のパペットは中に入っていく。
さて、どうしたものかと棒立ちしていたら、いつの間にかむんずと片腕を掴まれて、問答無用で家の中に放り込まれた。
「うおう!!」
「タイショー何やってるの、入って入って」
多少強引な気も下が、何も言わないことにした。というよりも、何かいっても、あの幸せそうな顔は絶対に崩れることがないだろうとおもったからだ。
改めて家の中を見回すと、人形だらけだ、いろいろな人形があって、いろんな形、いろんな格好やいろんな角度から、この家を守っている。守護像とはまた違った感じだが、不思議なことに、この人形たちはパペットとこの家を守っているという印象を受けた。
作られた人形は、大小の値段をつけられて、いつかは他人に買われてしまう運命。それでも、大事にしてくれるという思いを信じてパペットが大切に作ってきた人形達。
その思いをずっしりと受け止めて、ここに存在しているこの店は、この渓谷では誰からも好かれる大切な場所の一つになりつつある。
「どうしたの?タイショー?」
「ん……守らなくちゃいけないなって思った。この店を、この場所をさ」
呟くような小さな声を出して、それだけ言って、笑う。いつものパペットなら、そこでびっくりしていたかもしれないけど、パペットもつられて笑うだけ、お互いがお互い、腹に抱えたものを取り除いて、一つ大人になったかのような感じになる。
「大丈夫だよ。何が起きても、僕はきっと大丈夫……タイショーがいてくれるからね」
そういわれて、ゆっくりと腕を絡ませて来るパペットをぎゅっと抱きしめる勇気は勿論無くって、されるがままになるだけである。若干汗ばんだ体が密着して、いつも正常に動いている心臓がまったく正常に動いてくれない。体中がパペットを感じているような気がして、脳がぐらぐらと揺れた。
体中が震えた。歓喜の震えだ。理性の糸が振り切れそうになって、今の状況を保つのが精一杯になりそうなくらい硬直する。
普段大人しめなパペットがそんな行動や仕草をしてくるものだから、いつも見ているパペットじゃないような気がして、そんなパペットもまた好きになりそうで、頭がこんがらがって吐く息が断続的になって荒くなってくる。
「パペ……ット?」
「って言うけどね、ほら、僕の体、震えてるや……やっぱりさ、僕、臆病で恐がりで、人一倍寂しがりで。今でも、タイショーにくっついていないと体中が震えちゃう……僕、ほんとに情けないよね」
そんなことを言うパペットはほんとに泣きそうで、ちゃんと受け止めてあげないとすぐに壊れてしまうガラスの人形のように感じて、体中がパペットを抱きしめてやれと命令していた。
「大丈夫だ。パペット、俺も恐いから……お前に何かあったら、俺は本当に生きていけないかもしれない……ずっとおもってた気持ちが爆発してるみたいだ」
ぎゅっと抱きしめて、耳元で囁く。体中がパペットの感触を感じて、もっと力強く、抱きしめて離さなくする。
「タイショー、苦しい……」
「強く抱きしめないと、パペットを感じられないから……」
「えへへ、でもあったかいや……僕、タイショーみたいな勇気が欲しいな……タイショーの勇気を貰って、この店を守って行きたい。タイショーと一緒に……」
パペットはそれだけ言うと、顔を間近に近づけて、ゆっくりと瞳を閉じた。
勇気とは、それぞれ違う意味を持っている。貰う勇気もあれば、奮う勇気もある。
「んっ……」
「んちゅぅっ」
口の先が重なる感触、体中が熱を持ったように熱くなって、頭の中が徐々にぼやけてくるような感触がした。
勇気が欲しいって、こういうことか、などと思いながら、パペットのお茶目な一面を堪能しながら、心の中でやれやれとため息をついてしまった。俺もまだまだかもしれないな。
唇が離れて、銀色の糸が垂れる。パペットの震えは、少しだけ収まっていた。
「ぷは……へへ、タイショーから、勇気貰った、ちょっとだけ……」
「もうちょっと貰うか?」
俺のそんな冗談に、パペットは顔を紅潮させて頷くのだった……


☆☆☆


「パペット、誰も来ないんだよな?」
「うん、多分大丈夫だよ……ドール君が来たら、居留守を使えばいいんだし」
「バイトをそんな扱いしたらボイコットされるぞ」
「平気平気、ドール君優しいから」
僕の部屋の中で、タイショーと僕が互いに向き合う形をとっている。ドラゴンポケモンは大きめで、部屋の中もちょっとだけ大きくしないと、自由に動き回ったり、一緒にいたりすることができない。だから、ドラゴンポケモンは住むときに家の高さは大きめにする癖みたいなものがある。
この家も、その一つに当てはまるんだろうと思った。
ベッドの上で、お互いに見つめあいながら、何ともいえない雰囲気の中、沈黙だけが時間を刻む時計の針の音と一緒に流れていく。
自分の部屋だから、めちゃくちゃになっている。タイショーに気を使いながら、改めて部屋を見回すと、裁縫針が机の上に散らばっていたり、作りかけの人形が床に転がっていたりと、散々たる有様だった。誰も知らない人がこの光景を見たら、ある意味ホラーチックな部屋でびっくりするかもしれない。
お人形やさんというものを営んでいる事態こういう部屋になってしまうのは仕方ないと思えるが、部屋は片付けられるのでこれは自分の性格が現れてしまう。あまり片付けなんてしない性格だし、多分散らかっている部屋がすきなんだということもあるかもしれない。なんにせよ、こんなところに他人を呼べる状況じゃないということもわかったし、そしてベッドくらいしか座るところがないというのもまた、部屋の汚さに拍車をかけていた。
今度タイショーや皆を呼ぶときは、自分の部屋は絶対に掃除しようと心に誓いながら、改めてタイショーのほうへ向き直る。
「……部屋、汚くてごめんなさい」
「いや、別に大丈夫だと思う。他人の部屋になんかあれこれ言いつけるのは俺がいえたことじゃないしな……」
タイショーは何とも気恥ずかしい声を出して笑う、僕に気を使ってくれているのか、それとも自分の部屋も汚いからあまり大きな声でいえないというのか、どちらにしろ、そんな細かい気遣いでもなんとなく心が安らいだ。
「うぅん、でもやっぱり、誰かを呼ぶもんじゃないなぁって……」
こういうところに呼ぶのなら、やっぱりちゃんと掃除してから、そう思って、はぁ、と息を吐いた。タイショーは苦笑いをすることしか出来なさそうだ。もしかしたら、自分もこんな部屋だと思っているのかもしれない。
「……パペット……でも、いいのか?俺で?」
改めて聞きなおすような声を出す、そういうときに相手の気持ちを聞くのは相変わらず、自分の意見をあまり主張しない、相手を嫌な気持ちにさせないタイショーの優しさが、言葉の裏側にくっついているような気がして、嬉しいというよりも呆れるような気持ちになる。
でも、そんなタイショーだから好きになったんだと、自分の心はいっている。素直じゃないけど、変なところで意地っ張りで、めんどくさがりやだけど、心の底では絶対に助けてくれる。僕の好きなタイショーの姿が、僕の視界にはしっかりとうつっていた。
だから、にこりと微笑んで、自信たっぷり、声が聞こえるくらいに、笑顔になる。そのくらいの心意気じゃないと、タイショーとはうまくやっていけない。でも、うまくやっていけなくても、僕はタイショーとうまくやっていく努力をする。それが、助け合うということだから。
「いまさら何言ってるの?嫌ならタイショーはここにいないでしょ?ハミングさんも、イリスもバッカス君も、サンマちゃんだっていれたことないんだよ?……この部屋のなかにね」
「俺は入ったポケモン第一号か」
「そうだよ。この部屋は僕しか入れない特別な部屋なんだから!!……でも、タイショーと一緒に暮らすことになったら、きっとこの部屋掃除しないとだめだなぁって」
気が早い奴とか思われそうだったけど、どうしてもそんな雰囲気から逃げられないような気持ちになる。勿論、逃げようとは思わないし、逃げることもない。むしろ向かっていって、受け止める。
そのくらいの気合が入るような意気込みで、絶対に逃がさないぞ、みたいな感じで……
「じゃあ、入ったからには逃げられないな」
「僕が絶対逃がさないよ。逃げても追いかけて捕まえるから」
「逃げないよ、俺を選んでくれたお前から、逃げるもんか……俺が絶対に離さないからな」
そういってくれるタイショーの顔はとっても赤くなっていて、言うほうも聞くほうも恥ずかしい台詞なんだと思わせるような顔をしていた。
「うん、絶対離さないでね……約束だから」
それでも、真剣に言ってくれた言葉にはその気持ちをしっかりと返すことが相手に対しての気持ちの返信になるってこと。
「パペット……」
「ねぇ、タイショー、もう一回チューしよう?」
「え?」
「ね?もう一回だけ?」
もう一回もう一回と催促していると、タイショーがぎゅっと目を瞑って、ゆっくりと唇を重ねてくれた。湿った口内の感触がゆっくりとこっちの口に伝わってきて、心臓がバクバクと高鳴っていくのを感じた。ちょっと強引に、舌を絡ませようとタイショーの口の中に舌をゆっくりと這わせると、びくり、とタイショーの体が震えたのを見た。そこまでびっくりすることでもないと思ったけど、不意打ちだからしょうがないかな?と思いながら、そのままタイショーの口の中をたっぷりと舌先で弄って楽しんだ。
ねっとりとした感触と、お互いの唾液が混ざり合って、どろどろと口の中を流れてまわる感触、口内で濃厚な接触が数十秒間続いた後に、やっと口を離した。
口からまた唾液の糸が流れて、ぷちりときれる。ベッドの上にちょっとのシミをつくって、何だかそれが非常にいやらしく感じてしまう。口の中に残った唾液を、ごくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。飲み込んだ音が、耳の奥までこびり付くような感じがして、暫く忘れられそうにないと感じた。
「……こ、これで……いいのか?」
右手で口を押さえて、顎の斧まで真っ赤になったタイショーは非常に瞳を潤ませて僕を見ていた。これではどちらが悪いのかわらからない。どちらも悪いわけではないけど、不意打ちをしてしまった僕が悪いんだろう。
「ごめんタイショー……キスだけじゃ物足りなくって……」
「いや、その……なんかごめん」
タイショーも思わずそんなことを言って、気恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。何で悪くないのに謝るの?なんて野暮なことは聞かない。そういう思考のポケモンも世界にはいっぱいいる。それだけのことだった。
「いいよ。誰が悪いわけじゃないんだから……その、タイショー……」
「な、何だ?」
顔に出ないから分からないのか、それとも僕の表情が乏しいのか、何ともいえない顔をしているのは、タイショーの瞳の中に移った僕が、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているだけだからだろう。こんな顔では、僕の状態がどんなのか知るわけもない。
「ぬ……」
「……………………ぬ?」
「濡れて……きちゃった……」
両手、というか左右の顔で、大事な部分をありありと隠してしまうのは癖なのか、後で二つの顔に怒られそうな気もしたけど、脳味噌がないから、きっと自分の恥ずかしいという気持ちが伝達して、もしかしたら何も考えられないのかもしれない。左右の頭に知能があったら、きっと後で怒られるんだろうなぁと思いながらも、ねっとりとしているそこを表面的に触っただけでも、体がびく、と跳ね上がるような快感が伝わる。
そんな姿を見て、タイショーは無言で目を見開いた。何と言うか、竜の本能をさらけ出したと言うか、そんな感じの顔をしている。鼻息も妙に荒かったり、変に体が震えていたり、いつものタイショーとはまた違った面白いタイショー。野生に戻ったという感じがするようなオノノクスの姿。
「パペット……お、俺は……」
何かを言おうとしたタイショーの言葉を遮って、力なく微笑んだ私の顔、どんな顔しているのか、ちょっと気になったけど、タイショーの瞳の中はいつの間にか濁っていて、どんな顔をしているのか分からない。自分で自分の顔を見ることができるなら、きっと楽しいかもしれない。でも、それができるのは鏡を見ているときだけ。
大好きな人の前では、ありのままの自分をしっかりと見ていてほしいという気持ち。だから自分がどんな顔をしていても気にしない。それがありのままだから。
硬直しているタイショーに、ゆっくりと左右の頭を伸ばして、もう一度笑顔になる。体の力を抜いて、全てを相手に委ねる。
「優しく……してね……恐いから」
「パペ……ット……ごめん、それ、逆効果」
「ふぇ……??……っぁ……」
口から声にならない声が漏れるのを、耳で拾う。気がついたら、タイショーが物凄く間近に迫っていて、押し倒されていた。ベッドが軋む音がやけに大きく聞こえて、タイショーがゆっくりと僕の首筋に舌を這わせた。ざらざらの湿った感触が頭に伝わって、背中から力が抜けるような感覚に見舞われた。
「た、たい……たいしょっ……ふぇっ」
「ン……パペットの体、あったかい」
タイショーの手が、僕の身体をゆっくりと弄る。体の芯から熱を持ったように体温が上昇して、普段触られるのとは違うような、舐めまわす様な触り方に、いちいち敏感に反応する。
虚ろな瞳でタイショーのされるがままになったら、胸部に電気的な刺激が走り抜ける。体中から力を抜かれても、感じてしまって体が跳ね上がる。
「ふぁっ……うにゅぅ……」
タイショーの右手の指先が、桜色の突起をやわやわとつまんで弄り倒す。女性としてそういう違いがある部分を弄られると、いやがおうにも声が出てしまうという奴だろうか、僕は普段出さないような声が出ていることにびっくりした。
「ひゃあっ!?あっ、やぅっ……タイショー、お、おっぱい、つまんじゃやだよぉ……」
「胸が弱いの?」
「わ、分からないよ、そんなの、ひゃあんっ!!」
タイショーは子供のような顔をしていたが、笑みの色がやがて意地悪な大人のそれに変化すると、首筋を這っていた舌を、徐々に移動させる、ゆっくり、下に下に――
「あ、たいしょ……!!っあぁぁっ!!ひゃあん!!」
下のほうに、もう片方の胸に舌を這わせて、そのままそれを口に含むと、ゆっくりと吸い始める。ちゅうちゅうという吸引音が耳にこびり付いて、息遣いと興奮を更に加速させる。体中から力を吸われているような感覚すら見舞われるほど、高鳴っていた。
「や、吸っちゃ、やだぁっ……あっ、ひゃうぅっ……」
「んちゅ、パペット、可愛い……」
意地悪なタイショーを力なく左右の頭で叩いて、必死に抵抗するけれど、頭に送られる快感の波が、そんな力をなくさせる。頭がぼやけてきて、不思議な高揚感だけが体中を支配し始める。
こういうことをされるのが嬉しいというわけでもないけれど、自分の身体は喜んでいる。
女性にとって、愛するものに征服されるということは幸せなことだという、しかも、相手はあの堅物のタイショーだから。ちょっとどころじゃない達成感というものがあった。
「ふあっ……んひゃっ!!」
かり、と乳首に優しく歯を立てられて、タイショーの身体を掴んで、背を反らせた。気持ちよすぎて、涙腺が壊れたのか、涙が溢れてきた。
「ふえっ、はぁぅ……」
そんな僕を見て、タイショーは一瞬だけど動きを止めた。
「違うよぅ、気持ちよくて……何考えてるのか分からないくらい気持ちよくて。大丈夫だから……」
タイショーはそれを聞いて、返事の変わりに、指先で摘んでいた乳首から指を離して、大きな手で胸を覆った。
「んっ…………」
触られて、顔を真っ赤に染めて身をよじる、まるで芋虫みたいな動き。体中を舐められるような羞恥心も、快感に変わって全身を駆け抜ける。
「綺麗だ、パペット、凄く綺麗」
「ふあっ……あ、たいしょ……タイショー……気持ちいいよぅ」
タイショーが貪欲に胸をしゃぶりつくして、必死に耐えるような行為も、段々と続かなくなってきた、硬く目を瞑って、体中に力を込めても、タイショーのやわやわとした動きが全てを無意味にしてしまうような、そんな感じだった。
理性の糸が切れるように、段々と限界が近づくのが分かる。頭の中が真っ白になり、意識がふっと持っていかれそうな感覚が襲い掛かる。
「パペット……好きだ」
「あぅっ……僕も、僕も大好きだよ……タイショー」
行為の最中に交わされる短い言葉の後に、ゆっくりとタイショーの指が僕の湿った陰部をなぞる、粘りのある水の音が耳に強く残って、羞恥の気持ちがいっそう高まる。
「あっ、ひゃあっ……き、きたな……いよっ……ふぁっ」
「気持ちよくなってくれてるなら、汚くてもいいさ、別にそんなこと、気にしない」
タイショーはゆっくりと胸から唇を離して微笑んだ、唾液が身体にかかってしまっても、気持ち悪いとか汚いとか言わないのは、やっぱりタイショーのだから、好きな人のところは、どんなところでも愛したい。そういう気持ちがあるから……
「力を抜いて……」
タイショーの声が聞こえて、無言で頷いた。タイショーはそのままゆっくりと、陰部に指を滑り込ませる。とろとろと溢れている液体が潤滑油のように作用して、指が入ると身体を仰け反らせる。
「んひっ!!……っ……あぁんっ!!……たいしょ……ち、ちから、ぬけちゃっ――ひゃうっ!!」
「パペット。凄いぞ……絡みついて、熱くて、はなしてくれない……」
「んっ!!ひゃっ――あっ……んあっ!!」
タイショーの荒い息遣いを間近で聞いて、頭の中がタイショーでいっぱいになる。陰部の膣内でくちゅくちゅと指が動くだけで、とめどない快楽が頭に注ぎ込まれて、満たされていく。
初心だったのかもしれないし、もしかしたらそういうのに弱い身体のかもしれないが、限界は案外早く訪れた。
「ふあっ……だ、だめぇ、もうげん……限界っ……」
「ハァ、ハァ……」
「ひゃあぁあぁああっ!!!」
タイショーの吐息が聞こえたあたりで、僕の思考は完全に飛んでいった。陰部から勢いよくぬめった液を噴出して、ふっと意識が途切れて、そのままゆっくりと倒れこむ。
ベッドに倒れこむ音、完全に閉じる瞼に、一匹の影が映る。見慣れた顔は心配そうだけど、どことなく嬉しそうな顔をした。
「ごめんな、お休み、パペット」
その言葉を最後に聞いて、そのまま意識が暗いところに落ちてしまうまで、そう時間はかからなかった……


☆☆☆


頭が痛くなるときというのは、基本的に動いた後だ。人形である僕がどんな風になるのか分からないけど、頭痛と呼べるならこれは頭痛に入る。
「いてて、出不精が祟ったかな?」
祟るという表現も何だか不思議な感じはするが、もともと祟られた体、今更呪が上乗せされても何の問題もないと思って、僕はパペットさんのお店に帰ってきた。
ドアを開けると必ず迎えてきてくれるパペットさんの反応がないことに若干首を捻りながら、おっかなびっくりしながら声をかける。
「パペットさん、かえって来ました、どこにいますか?」
反応がないことに不安を覚えながら、二階の階段を上った、部屋には入れないけど、パペットさんはドア越しに反応してくれるから大丈夫だと思い、軽くドアを叩いた。
「パペットさん?」
「…………」
「…………」
小さく耳を済ませてみたら、寝息のようなものが聞こえた。それも一つではない、二つ。恐らく、一つの寝息はパペットさんのものだろう、規則的な呼吸をして、時折幸せそうな声を出す、もう一つの声は、なにやら聞き取りづらかったけど、男の人の声であるということは分かった。
「何だろう、誰だろう……」
以前から気になっていたこの部屋の中は、誰にも見せられないといっていたパペットさんだが、誰かが入っているということを認識した僕は、一体誰を入れたのだろうと考えた。
「見せられないって行ってた自分の部屋に誰か入れた……まさかね」
パペットさんが出かける前に言っていた会話を今更思い出して、ふっと口元を歪ませる。臆病で引っ込み思案のパペットさんが、そんな風になるなんて思えなかったけど、そういう考えが根本から間違っているというのがわかったのが、次の言葉だった。
「パペット……好き……だ」
「タイ……ショー……」
寝言を呟く声を耳から拾うことが難しいというのはわかっていたが、それでも僕の耳は拾ってしまった。あまり聞いてはいけないような寝言を。
え、という疑問の言葉を口から漏らすほど驚愕していたのか、思わず持っていた裁縫箱を取り落としてしまった。乾いた高い音が静まり返った屋敷に響いたが、二匹ともおきることはなかった。
「…………」
暫く信じられないが、これは現実だと受け止められないほど馬鹿ではない。頭はすでにそれを事実と受け止めていた。
思いをお互いに伝え合う方法で一番早いのが、体のまぐわりということを聞いたことはあったが、まさかその事後に遭遇してしまうとは、お邪魔虫と言うよりかは、タイミングが悪いというのが正しいのかも知れない。
「…………パペットさん……」
口に出した言葉に反応するように、ドア越しからパペットさんの声が聞こえる。
「タイショー……はなさない……」
「パペット……」
二匹の声はとっても幸せそうで、この店が危ないという気持ちも持ち合わせていないかのように、二人の時間を過ごしているような気がして、何だか恥ずかしい気持ちになると同時に、二匹のことを祝福する気持ちも湧いてくる。
お互いの気持ちがすれ違いはしたけど、やっぱり最後に結ばれるのが幸せな結末、この先どんな困難があっても、この二匹ならきっと乗り越えることができるんだろうと、自分で思ってしまう。
幸せな二人の時間を邪魔することなく、落ちた裁縫箱を拾い上げて、両手にしっかりと抱える。こんどは落とさないように慎重になりながら、一つの考えを張り巡らせた。
「パペットさんとタイショーさん……回り道をしてでも掴んだ幸せを守るのも、バイトの役目ですね……」
頭の中でくもの巣のように張り巡らせる考えは、ミサンガのこと。
予想ならそろそろ実力行使か何かを仕掛けてくるはずだろう。この店にある何かを手に入れたいという気持ちがある以上、なんとしてでも手に入れるというのが実力があるものの手段。その何かを明確にはっきりと分からないが。
あっちが会社でこの店を潰しにかかるというのなら、こっちは人形屋の流儀で戦おう。二度とここにこれないような目にあわせるまで……
「人形屋には、人形屋の恐さがあるんです」
誰に言うわけでもなく一人ごちる自分の姿を見られたらそれはそれで恥ずかしいが、こういう気持ちを持って対峙するほうが燃え上がるというものだ、どんな些細なことでも、きっかけというのは大事なのだ。
前に住んでいた所ではまともに会話も交わしてくれなかったポケモン達、それは僕自身が呪人形という形状でいるからだろうというのがある。そういうポケモンには触れたくないというのがもしかしたら周囲の本音だったのかもしれない。
そういうもやもやを、ここに来てから感じなくなった。それはここが平等だから。
誰に対しても普通に接してくれるポケモン達を見て、これが本当に普通なんだというのが分かった。
誰かを避けて誰かを嫌うわけじゃなく、同じポケモンだから、普通に接するという気持ち。最近では忘れがちなそれが、この渓谷には確かにあった。
そこが綺麗で、そこに惹かれてここに来るポケモン達がいっぱいいる。そうして、この渓谷はいろんな形を変えていく。
だからこそ、その流れに介入するミサンガが許せない。絶対に……
「…………でも、暴力はいけませんし……」
タイショーさんが言っていた言葉が頭をよぎった。かなり前だったか、昔はよく言っていた様な気もしたけど、今では殆ど喋らなくなった言葉。
知能のある生き物は、何事にも頭を持って取り組まん……
「かなり古臭い考え方ですが、一理はある言葉ですもんね……」
相手を屈服させる方法は、何も力だけとは限らない……思案に暮れていたところで、五つの影がこちらに向かってくる、地上から、空から、地中から……
「皆さん……」
「ドールくーん!!」
「何やってるの?」
「もしかして、にひきになにかあったとか?」
「おっすドール!!今からハミングがパペットに伝えたいことがあるってよ」
「ドール君、どうしたの?顔が凄いしかめっ面してるけど……」
いろんな言葉が交わされる中、今あの家には入らないほうが言いと伝えてみると、案の定どうしてという反応が返ってきた。
どうしてといわれても、返答に困る。
「そのですね、タイショーとパペットさんが、二人きりで……ええと、ええと……」
こういう説明をしたことがないから、どんな風に伝えていいのか分からずにしどろもどろになる。
「…………え?二匹で一緒に?」
「…………ふたりきり……ええと、その、あれ?」
ハミングさんがぎょっと目を丸くして、サンマさんは顔を紅潮させて何だかばつが悪そうにこめかみをぽりぽりとかいた。
「……つまりどういうことなんだってばよ」
「バッカスさん、若い男女が二人でいるっていうのはね……」
「アクロ!!そういうことは口に出して言うと恥ずかしいでしょ!!」
バッカスさんは本気で分かっていないようだった、アクロさんが恥ずかしそうに説明しようと思っていたが、イリスさんが顔を真っ赤にしてアクロさんを小突いたために、アクロさんは口を噤んだ。
「なるほど、最近一緒に話してたレアメタルの話、ハミングがするべきだって言ってたけど……こりゃ邪魔したら野暮だねー」
イリスさんはあはは、と乾いた笑い声を出した。何か自分に通じることでもあったのか、しきりに四枚の羽をもじもじと動かしていた。
「それで、ドール君はどうしてこんなところにいるの?」
「うぇ?」
さて、こんな質問をされてすっかり困ってしまったが、なんといえばいいのかわからない……ミサンガをこの渓谷に近づけさせないために何かしたいと思っていたところだが、こう言う事もどういっていいのか分からない。竜である皆にあまり邪な言葉は通じないと思ったのか、端的に、短く言葉を紡いだ自分を、後で死ぬほど後悔した。
「敵情視察です」


☆☆☆


会社とても大きかった、今まで見た町並みでは小さいかもしれないけど、小さな家を見るのになれてしまって、大きいものを見ると、感嘆の声が漏れる。
敵情視察といったドール君が、こんなに大胆に視察するなんて思わなかったけど、私も行くといったら、バッカスも、アクロも、サンマもハミングも、つられて行くと言い出した。大勢でぞろぞろいくと目立つからということで、じゃんけんで勝った私がドール君と一緒に行くことになった。
こういうときは不謹慎かもしれないけど、子供のころ冒険しているみたいで何だかワクワクしている。
「いらっしゃいませ、ただいま社長は外出中ですが、何か御用でしょうか?」
「いえいえ、別にたいした用はありませんー」
「僕たち、就職先を考える歳になってきましたので、有名な御社を見学をしたいと思いまして、許可していただいてよろしいでしょうか?」
受付のムウマージは柔和な笑みを浮かべて、素晴らしい対応をした。
「それはぜひ。社長もきっと喜ぶと思います。関係者以外立ち入り禁止の場所以外でしたら、自由に見学して構いません、ただし、何か触るときは、お近くの社員に一声おかけください」
「分かりました、ありがとうございます」
「どうもどうもー」
にこやかに手を振ったムウマージに手を振って、スキップしながらボディチェックの金属探知機を通る。異常なし。ドール君はあらかじめ受付の人に自分の裁縫道具を渡しておいたので、体の金具のようなものが引っかかっただけで、特に反応は無し。
「あまりにこやかにしないでください、イリスさん」
「ええ?別に気がついていないからいいじゃない」
「社長さんが帰って来たら多分追い出されますよ」
「知らないわよ、そのときはそのとき、考えるだけ無意味だって」
私の考えかたが短絡的だと思ったのか、ドール君は呆れてものが言えないようだった。もともと考えるのが苦手な私だ、これ以上何かを考えようとは思わない。
考えてくれるのはいつもアクロだから、ここで集めたことはアクロに任せればいい……
「それにしても、結構広いねー、この会社」
「大手有名企業の一本に入ってますからね」
「何作ってる会社だったっけ?」
「機械の部品を初めとして、いろんなものに手をかけているはずですが……多すぎて分かりません」
「へー、ドール君物知りだねー」
「以前、ここの支社でバイトした経験がありますからね。最も、一週間でやめましたけど」
案外顔が広いポケモンだ。いろんなところを放浪していたのかもしれない。ドール君の博識に感心しながら、社長室を目指す。
「すみませーん。あの、社長室ってどこですか?」
近くにいたグランブルに声をかけてみると、グランブルは不審そうな顔をして、こちらのことをまじまじと見つめた。案外ガードは固そうだ。
「その前に聞くが、何のために社長室を聞くのかね?」
「ええと……」
しまった、そこまで考えていなかった。どうしたもんかと思案顔を思想になって、慌てて表情を元に戻す。隣でドール君がため息をつく。
「僕たちは社長がいると思いまして、ぜひ社長室にて挨拶に伺いたいと思っていたんですが、いないとの話を聞いたので、せめて粗品だけでもと思いまして、こういうものは私達下のものが直接置いておいたほうが、社員の方々の手を煩わせなくてすみますので……」
ドール君は口からでまかせをぺらぺらと喋る。よくもまぁそこまで考えているものだ。ちゃっかり饅頭の箱のようものまで小脇に抱えている。
その言葉ですっかり警戒が解けたのか、グランブルはにこやかに微笑んだ。
「おお、そういうことか、いや、すまない。最近社長が随分お疲れのようだったので、また冷やかしをいいに来るお偉いさん達ばかりかと思っていたんだよ。そうか、君たちは会社見学のものたちだったのだね。これは失礼した。社長の部屋はここより十階上の奥にあるよ」
「社長の健康と安寧をお祈りいたします、ありがとうございました……」
ドール君が丁寧にお辞儀をして、私もそれにつられてお辞儀をした。グランブルの姿が遠ざかるのを尻目に、私たちはひそひそと会話を繰り出す。
「ドール君、入ったときに変な箱持ってたけど、お饅頭だったの??」
「まさか……ミサンガに饅頭なんて持って行ってどうするんですか、中に入ってるのはただの石ですよ。何かの役に立つと思うからって、サンマさんに持たされました。ほんとに役に立つとは思いませんでしたが」
「へぇ……」
あののほほんとしたサンマちゃんがそんなことをするなんて思わなかったというよりも、こういう予測不能の事態を予想して、そういうものを用意するあたり、もしかしたら案外切れ者なのかもしれないと今更ながら感心する。
「とにかく上りましょう、ここから更に上らしいので……」
「上る?飛ぼうか?」
「マナーを守ってください」
軽く苦笑されて、ドール君の後をついていく。社長というのも大変な地位にいる分ストレスが溜まるんだろうなとドール君が口にこぼして、関係ないことばっかりやってるからだろうとぼそぼそいっていた。
「ねえねえドール君」
階段に差し掛かって、登る前にドール君を呼び止める。ドール君はぴたり、と立ち止まってゆっくりと後ろを振り返る。
「あ、大丈夫、上りながら話すよ」
「そうですか」
ドール君はそういってゆっくりと階段を登っていく、その後についていく。大きな会社だけあってか、階段の幅は広いし、しっかりとした滑り止めもついている、白くて清潔そうな壁にはしみなんて見当たらないし、ゴミも殆ど落ちていない、埃が少しだけ待っているのが気になったけど、そこまで気にする量でもない。
そんなことを考えながら階段を上っていると、ドール君が待っているかのように、少し早口に言葉を吐き出した。
「で、なんだったんですか?」
「あ、ごめん……そのね、パペットには内緒にするって、ここに来る前にドール君は言ってたじゃない?本当にそれでいいのかなーって思ったの、ハミングも不満そうだったけど、何だか半端な気持ちでこういうことしているのかなって……」
「イリスさんがそう思っているのなら、僕が何を言ってもそうなんでしょう。ですが、あえて言うのなら、気持ちの問題ですね」
「気持ち?」
「そうです、共有する気持ちというものですよ。僕にとってもあそこは大切な場所です、パペットさんにとってはそれ以上ですが、少なからず守りたいという気持ちが共有しています。ですが、パペットさんは迷っていました……この先の行く末を考えすぎて」
「考えすぎて"迷う"ね……」
「そうです。タイショーさんとも一緒にいたいという気持ち、お店も守って生きたいという気持ち……いろんな思考が絡まりあって、先走りすぎる気がしたんです。僕が聞いた声では、パペットさんはとっても幸せそうでした。でしたら、一つの思いを肩代わりして、決行する気持ちもまた助けるということに繋がると判断したんです」
「へー……でも、それって迷惑じゃないかな?」
確かに迷惑ですね。と、ドール君は苦笑した。
「でも、それ以上にこれ以上パペットさんに問題が降りかかってほしくないんです……」
「そうなんだ……優しいね、ドール君は」
「そんなことはありません……さ、ついたみたいですね」
喋っているうちに着いたのか、頂上までたどり着いた気分になって、やたら叫びたい衝動に駆られた。それにしても、ビルの大きさが低いような気もした、もしかしたら、予算をケチっているんだろうか??
なんてことを考えているうちに、ドール君が社長室の前の警備員に事情を説明していた。警備員のウィンディは事情を聞いて快く了承すると、扉を開けてくれた。
「イリスさん、こっちですよ……――!?!?」
ドール君が私を手招きして、そのまま視線を社長室に移した瞬間に、顔を驚愕に歪ませた。
何事かと思いドール君の後ろに引っ付くように近づくと、驚きに目を見開いた。
部屋は普通だった。硬質な感じのデスクに、ゆったりと座れる椅子、そして連絡用の電子機器に、社内を写すカメラ、至って普通の部屋だったが、隅々にまで張られているお札が異常な雰囲気を醸し出していた……
「な、なぁにこれぇ……」
「お札から退魔の気配を感じます……これは清めのお札が大量に……何事??」
私はとにかく口から変な声を出すことしか出来ないし、ドール君も一瞬でお札の正体を見破って、顔を引きつらせた。
「危ないから少人数で行って正解でしたね……」
「そうだね……」
小声で話し合っていると、警備員のウィンディがこちらの反応を面白そうに見ていた。
「驚いただろう?すまんね……社長はああ見えて、お化けとかそういう類のものが苦手なんだ……まぁ、エスパータイプらしいといえばらしいがね」
ウィンディの声を聞いて、納得してしまう。その横で、ドール君は――口元を歪ませて笑っていた。
「すみません、それは本当なんでしょうか?」
「ああ、別段ゴーストタイプとかも苦手なわけではないらしいが、どうにも夜とかになるとあまりゴーストタイプには会わんらしい。全く不思議なことだがな、夜に何か恐い目にあったとしか思えないが……」
「社長は、ほかに何か恐がっていることは??」
「ん?……どうしてだね?」
「あまり社長の気分を害するようなことをしたときに、ここに就職の際、もしかしたら何か不都合がある場合もあります、まだ分かりませんが、精一杯努力して、ここに骨を埋めたいとは思っています」
また口からでまかせを、などと思いながらそっぽを向いて苦笑する、ある意味口先が達者なのは長所なのか短所なのか、ドール君を見ているとどっちか分からない……
「ん……なかなか感心な心がけだな……そうだな、特に食事とかで難癖は無いが、社長はどうも高いところも苦手らしい……」
「高いところ?」
ああ、とウィンディは苦笑いをした、ドール君は笑いを堪えるのに必死な表情が見え隠れしていた……
「このビルはほかと比べて低いだろう?そうだな、都会で別段珍しいことでもないのだが、社長自身が低くしろといったが、さすがに低すぎるとあれだから、十三階で許容してもらっているんだ。それでも恐いらしいがね……」
…………驚いた。案外怖いものというのはあるんだなぁと呆然とした。アクロにも確かに飛べないという短所はあったが、しっかりと克服したからもう大丈夫なはずだ……
しかし、怖いものというのは、本当に克服しないと永遠に頭の中に恐怖として刷り込まれる。私はそれを感じていたポケモンが身近にいたからこそ余計にそう思っている……
ドール君は何かしてやったりと言うような顔をして、ウィンディにお礼をいった。
「すみません、もし御社に就職できたら、精一杯社長のために尽くしたいと思います……」
「いや、君のような若者がこれから先を歩いていくと思うと、私も負けてはいられんという気持ちになるよ……さ、粗品を置いていってくれ」
「はい」
「はーい」
そういって、ドール君は社長室に入って、周りをしげしげと見渡した。お札のほかにも、変な仏像やら、謎のお香やらいろいろあったが、何が何だか判らなかったのでスルーしておいた……
ドール君は暫く無言で、会社を出るときも無言……ずっと沈黙を保ったまま、そのまま渓谷に向かう途中で、ようやく言葉を吐いたくらいだった。
「…………御社に就職できたら……」
「え?」
「んなわけないでしょ……」
そういったドール君は、相も変わらず笑っていたのだった……


パペット・パペット4に続く



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Last-modified: 2011-01-31 (月) 00:00:00 
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