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ナツマツ        リ

/ナツマツ        リ

前のお話→冗談じゃねえって話
グロイかもしれないのがあります。注意してね


 ぴょん、ぴょん、ぴょん……
 はっ、はっ、ぜっ、ぜっ
「暑い、暑い、暑い……」
 夜だと言うのに、なおも暑い。昼間、太陽がかんかんに照っていたときよりもなお渇く。体液はカピカピ。このままでは干からびて死んでしまう。うれしいにわか雨の気配はこれっぽっちも感じられない。
 ラグラージ。ぬまうおポケモン。生息地は海の近くだが、徴収されたらしく現在内陸部を疾走中。
 水溜りのひとつもない。この地域の今年の日照りの害のおかげで、水分補給できそうな木の実も無い。
 あるのは、かじってもぱさぱさしてそうな草木のみ。
 彼は渇いていた。他の味方同様に、水を求めていた。目から生気は消えうせようとしていて、ひれも探知機として機能せず、生傷からにじみ出る体液を啜っては水を求めて苦しんだ。
「わっ」
 不意に、前脚のように使っていた腕をなにかぬるぬるぐちょぐちょした生暖かいものに取られて、滑って転んだ。
 首から上は無くなっていて、腐敗も激しく鼻に付くいやな臭いがようやく漂ってきたが、確かにボーマンダ……のはずだ。
 穴の開いた腹の奥に、変色した肋骨に守られた赤い泉がみえた。いやな臭いが消えた。喉が鳴った。顔を近づける。
 そのとき、踏んづけた肉塊がにちゅりと音を立てて、またいやな臭いがした。
――こんな、腐った死体から流れてる血で、渇きが収まるかよっ
 腕の下敷きになっていたぶよぶよのしっぽを跳ね除けると簡単に千切れた感触があったが、そんなものを暢気に見物する余裕は無かった。
 水。
 どこかにないか。
 喉は枯れ。粘液も乾き。水系の技はもう使えない。どれほど走ったか。走った距離と水の期待値は……
 ぴくり
 ヒレが、反応した。ピリピリした張り詰めた空気を潤すこの感触を、ずっと探していた。期待値は、走った距離に、比例する。比例定数はお情け程度のものだが。
 水だ!
「どこにある!?」
 見渡せば開けたところに出ていた。まず見つけたのは、枯れかけの林のなかに、ぽつんと立つ小さな祠。そんなものはおよびでない。水だよ、水。
 木の板で囲われただけの水溜めがあった。出られなくなるとか、そんなことは全く考えずに飛び込んで、多少泥と混ざったような味がしたが、構わず満足するまで飲み続けた。暑い夜だった。


 すっかり喉の渇きも落ち着いて、何とかかんとか水溜の底から這い出した頃、暗闇の中でたった一匹、安全かどうかも分からぬ場所で孤立しているのに気がついた。
「ドラゴンの奴らは寒いより暑いほうが好きだからな」
 ぴょいん。自分に言い聞かせるように気丈に笑うと、目の前に転がっていた手ごろな岩に登って、あたりを見回してみた。祠があるほかは、枯れたコケの生えた石畳が敷いてあるだけで、近くに民家はありそうもない。
「こりゃあ、立ち入り禁止区域かな」
 祠と、石畳。とりあえず祠に近づいてみた。木造。小さい。何が祀られているのだろう? 木は腐っていたのが連日の日照りで渇いてボロボロ。中にいらっしゃる神様もたまったもんじゃああるまい。ひょっとすると、ご先祖さまを祀っているのだろうか。
「どっちにしろ対空砲火であんなにばたばた落ちちゃあ、神様にしろご先祖さんにしろ、空の上で説教だな」
 敵は総大将シメオン。ハズベリ。討ち死にしたバシャーモに代わってヤミラミ。シメオンの右腕ハイフーシ。その他有名司令官や帝国側の降将。チンピラ空賊。一方味方は解放された準将軍ボスゴドラ。昔から強い強いと言われてきたこの一帯、竜神社のドラゴンポケモンたち。近郊の土地を預かる領主。そして帝国側の秘密兵器のドーブルをちょびっとだけ敗走途中に見た。
「何で水場を守る軍団が簡単に氷漬けにされちゃうかな」
 プライドゆえに鎮西将軍の救援を跳ね除けた竜神社のドラゴンたちはもう何世代にも渡ってたたかいというものを経験してこなかった。帝国側の将軍たちもそれを心配していたのだが、強引に押し切られ、後詰に回されてしまった。あの後味方に拾われて大怪我から復帰のラグラージもこれに従った。
 帝国諸将の心配は大当たりして何事もなくドラゴンポケモンは墜落につぐ墜落。地上のドラゴンも後詰に助けを求める始末。オマケに大事だと分かっていたはずの水場をおっ放り出して氷漬けにされているドラゴンの皆さんが慌てて駆けつけた後詰に目撃されましたとさ。
 これがちゃんちゃん♪と笑い話ですまないところが恐ろしい。とある領主は怒り心頭に発してシメオンに降ってしまったという。また、水もなくなり、前衛もなくなった防衛隊はそのまま崩れて散り散りばらばらに鎮西府を目指している。鎮西府が西域最後の防衛線だ。ラグラージもそこへ向かうほか無い。
 空路を利用して鎮西府を目指す竜はもういない。いや、はじめからいない。そのはずだ。あいつらは口ばかり達者でいざ蓋を開けてみれば何の役にも立たなかった。渇いたか墜とされたかでみんな捕まってしまった。
 水をそれほど必要としないプテラならひょっとするとひょっとしてまだ空に浮かんでいるかもしれないが。まず期待しないほうが良かろう。
 飲んだ水が染み渡って体も落ち着いたところで、逃亡中の数日間の疲れが大挙して押し寄せてそのまま意識を手放した。


 朝起きてまず最初に、ラグラージは隠れた。貴重な水をいっぱいいっぱい飲み溜めて、さて逃げようというところに、占領者ご一行様が史跡見学にやってきたのだ。
「シメオン、君は実にお人好しだな」
「いきなり何を言いやがりますかいハイフーシ様は」
「いやあ、ふんづかまえた敵さんたちをとりあえず生かしておくなんてね……過去、どれだけの武将が捕虜を奪還されたうえにその捕虜の手で地獄に突き落とされたか。準将軍の例もあるのに」
「分かってますとも。ええ。目ぼしい方は天国へ片道超特急ですとも。不必要な血ではありませんからね」
 おお怖い、と冗談めいて肩を竦めたのは、円らな瞳に橙色の大きな触覚のようなV字飾りが二本。背中の羽は申し訳程度だが、空を飛んでいるので飾りではないらしい。これがハイフーシ。ラグラージは閉じた口の中で呟いた。可愛らしい見た目の割にはどこか腹黒いオーラが漂っているようないないような。
 そしてハイフーシが飛び回る中心としているのが、シメオン。全身紫のようなピンクのような。二股尻尾が可愛らしいエーフィの……総大将。
 そして後ろから続々と続く護衛兵の皆様。まったくもって仰々しい。一瞬で叩き落された口だけドラゴンとは纏っている気が違う。
「なんでここの一帯が竜神社と呼ばれているか……くすくす、わかるよね。この祠がすべてだもんね」
「勝利のビクティニと治世のミュウ。一国に一匹ずつは欲しい神様ですね」
「まあビクティニの方はここにいるんだけどね。つらいよ、一つの祠に二人の神様って。狭いし」
 さも自分がこの祠にいた神様であるかのような口ぶり。背中を向けているから見えるわけが無いのにこちらを見ている気がして、
「ふぅーん……この祠、もうミュウはいないね。フーディンに頼まれて本当に今上帝守りに行っちゃったかな。ともあれ、空っぽの空き家の守衛、今までご苦労様だよね。悪用する不届きモノがでる前に二匹ともいなくなっちゃった」
 ハイフーシが指を鳴らすと……腐りかけていた祠に火がついて、神様がいたはずのそれはあっという間に消し炭となってしまった。
「これで鎮西府攻めもうまくいくよ、シメオン」
「天の声に従うまで。次は鎮西府ですと? ほー」
「そう、鎮西府。勝利の神様がいるんだから負けることは無いけど、賢くいきたいよね」
 そうしてハイフーシが後ろに回れ右の合図をすると――護衛と総大将・参謀の大軍団は風のように去っていった。
「何しに来たんだろう……?」
 なんともなしに消し炭を掴んでみるとボロッと音がして粉末になり、 大軍団の風の名残に吹かれて消し飛んだ。


「ハイフーシの部下に帝都に進入された形跡がありました。少し前の帝都の蜂起未遂もそれがもともと帝都にいた過激派を刺激したものかと」
「で、右近衛大将殿。そのハイフーシの部下と残党は?」
「手がかりなし、です。お恥ずかしい」
 大丈夫だとの大口はドコへやら。耳も垂れてしょんぼり。ピンク色のほうはため息をついて部屋を一回り飛んだ。
「夏祭りに紛れて何かやらかすかも知れんぞ」
 盛りは過ぎてもまだ暑い。なのに二匹はむさくるしい書類の山に囲まれて窓の無い小部屋をいったりきたりしていた。蒸されている。ただただ蒸されている。
「いや、あいつのことだやらかすだろうな」
「ごめんなさい」
 青いほうは頭をゆかにこすり付けて動けない。動いたら動いたで無神経この上ない。吹き出た汗でゆかがベトベトだ。ピンク色はゆかを歩くのではなく浮いて移動するから構わんのだが。
「宰相殿、もう一つ大事なお知らせが……」
 ゆかにこすりつけたままで、のたまった。
「竜も壊滅したんだろう? ただでさえ暑い時期なのに、水場の防衛隊が瞬時に蹴散らされたそうじゃないか。鎮西殿も鎮西府に篭ってしまうし……分かったらさっさと後始末に行けっ」
 帝都に風雲急を告げるギャロップが駆け込んできたのが今からちょうど一日前で。
 城から鎮西府救援のお達しが来て、領主様が連れて行くメンバーを選んでいるのが今現在。
 そして、ナツマツリが始まるのが今日の日没。去年のナツマツリからこの日までの生活に感謝し、これから来る今年の秋に無事収穫でき、冬を何事もなく過ごせるよう神様にお願いする。とかご先祖様を偲び……とか学業成就とか家の繁栄とか……一年分の目に見えないものへの感謝とお願いをこの間にしてしまおうというのがナツマツリである。夏はナツマツリとともに去る。今年は開催自体が懸念されたが、天が大好きで大好きでたまらないシメオンが停戦命令を出したのであっさりやることになった。むろんそれに合わせて何かしらの策謀があるに違いないので、帝都は武装した近衛兵や正規兵でピリピリしている。しかし負けてるこっち側にとっては短いながらも嬉しい平和なので、鎮西府防衛のための物資も兵力も一気に送ってしまおうというわけだ。
「将も兵も役人も、私までみんな小粒になってしまった」
 悲しいかな、軍人で無いピンク色では戦争は出来ない。出来る事は現地の戦争屋に出来る限りの援助を送ることだけなのだ。
 ぺてぺてと蒸小部屋から駆け出していく青い右近衛大将の後ろ姿には覇気も頼りがいもあったもんじゃない。敗軍の放逐将。そんな雰囲気までかもし出していた。


 帝都のお屋敷の軒先にも、ギーフが焚いた篝火の下に神様へのお礼状*1を垂らしておいてある。中は多少揉めているが。
「そりゃ御母堂様のご病気はちっともよくなってませんけどですね……」
 ギーフ15歳。領主様から悪く言えばついてくんな! 包装して言えば御母堂の看病と帝都屋敷の留守居役を宣告されての文句を垂れ流し中。もうギッツ様は荷物をまとめに自室へ。まだまだ暑い領主様の部屋の中でギーフは食い下がる。
「じゃリュミ様まで危険な戦場に連れてく必要ないでしょうが」
「いや、クレトについてくんだーって聞かないし……向こうに着いたら安全なところに押し込むさ」
「ならクレトも置いてけばいいじゃないですか」
「それは出来ん」
「なんで「なんでも」
 いい加減暑苦しいのかついに領主様はバッサリ切り捨ててしまう。額からだらだら流れ出る汗を拭おうともしないギーフに
「もちろんギッツはついてくる。クレトとリュミもついてくる。ギーフはお留守番!」
 それが気に入らない。クレトは一緒。ギーフはお留守番。二度三度口の中で呟いた。ギーフもわがままだが領主様もわがままだ。
「なんでリュミ様よりもクレトを優先する必要があるんです? 向こうにいたってただの兵隊でしょう?」
 ギーフはいよいよ顔を真っ赤にして怒鳴りだしたが、領主様は平気の平左。駄々をこねる赤ん坊をあしらう程度にしか思っていない。いや実際駄々をこねるガキンチョなのだが。
「おや、ギーフともあろうものが私の命令を聞けないと言うのか?」
 ほうらやっぱり。まだまだ頭が堅い。大人の皮被ったガキンチョだ。
 声にはしないが、領主様もギーフのあしらい方は心得ている。上下関係を持ち出せばいい。そうすれば絶対に逆らわない。
 ひどい、と一言唸って顔を伏せていじけだしてしまった。
「手紙も書くから、あいつを守ってやってくれよ」
 ギーフは飽きもせずまだぶつぶつ言っていた。じいさんを連れてくるべきだったな。領主様は心に深く刻み込んで早々に勝ち逃げした。物言いがついては敵わん。


「あなたはとても丈夫なのね」
「いきなり何を?」
「落ち武者狩りに遭って尻尾巻いて逃げてるところで見つけたもん」
「それは丈夫とは違うような……」
「丈夫だよ。怪我が無い」
 鎮西府への逃亡中に再びであった戦友ボーマンダ。一瞬で滅ぼされてしまった故郷の竜神社のことはざんねんだが、この子は強い子優しい子。敵が来た。背中にドーブルを乗せた。空を飛んだ。迫り来る敵をちぎっては投げてちぎっては投げた。その間にドーブルが描くのに手間が掛かる大技を、大地に幾度も発射した。これを、ドーブル砲台と呼んだ。
 しかし他のドラゴンたちが次から次へと墜とされていく中での孤軍奮闘というわけだから、長く続くはずもなく。
 秘密兵器を奪われても困るので大人しく引き篭もるほか無かった。
「干からびてなくて敵に捕まってもいない味方の敗残兵が本当にいたんだって思った」
 掌に生えているデカイ爪に注意しながら、ラグラージの腹の辺りの切り傷をそっとなぞった。曰く、ごめんあったね。
「今更この程度の傷、珍しくもないだろ」
「うん。馴れた」
「お前、怪我してるじゃねーか。右腕のそれは新しいおしゃれか?」
 ボーマンダのほうには数日あわないうちに、右腕に白い包帯と副木が増えていた。
「いやこれは着地に失敗しただけだし。なかなかいかすでしょ」
「似合ってないから早く取れよ」
「くすくす……ありがとう」
「割れてるな、これは」
「いやどっちかっていうと折れてる」
「でも自重でばきっていったんだろ」
「もうどっちでもいいよ」
 よくよく見ると腕の形とはかけ離れている。中身飛び出てるんじゃないか。
 再開のときは涙を流して喜んでくれた。一粒ポロリと零れただけだけど。戦場の絆。響きはいいがそのほかはまったくもってすべて悪い。
 全く喋らないがずっと二匹の隣にいる懐かしい顔のドーブルにも頭を下げた。
「なるほどますますシメオンの考えることは分からん」
 それからまず聞かされたのはナツマツリ中の休戦協定。神様、なるものはミズゴロウのころから聞かされて育ったが、勝ち戦をほっぽり出してまで優先するなど前代未聞。
「足りねえよ」
「うんしってる」
 次に口にしたのは食料配給の文句。
「でもね、ラグラージ」
「おっとみなまで言わなくていい。俺も知ってるんだ。補給事情が悪いことくらい」
「ちがう」
 穀物の粉を水でといて適当に焼き固めたのが一つ。きのみがみっつ。塩少々。野菜の干したの。これは大盤振る舞いの贅沢で。
「なおのことわるい」

書いた人→夏厨改め辺境のモノカキ

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*1 なんてことはない御札

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Last-modified: 2012-07-24 (火) 00:00:00
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