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冗談じゃねえって話

/冗談じゃねえって話

これの続きになります。
今回は帝都の皆様はお休みです。

  どんなにへボクても流血嫌ーっ!!って人はバックバック  
 



「……水中なら、俺ァ負けねえだろうよ」
「……戦うんですか?」
 最西域の端の領の境目に位置する、かなりの丈を持つ草原の中の小さな泉のほとりは、日がすっかり暮れてたおかげで、空が晴れてなければ決して誰も近づくことは無かっただろう。彼らとて、追われてここまでやってきたのだ。
 海には決して近いとは言えない場所にもかかわらず、本来なら海にいるはずのラグラージ――徴収されたのだろう――と、この背の高い草だからこそ、屈めばそこそこの擬態力を発揮するジュカインの二匹が息を潜めていた。ジュカインの鎧は所々傷んで防御力は期待できない。ラグラージに至っては身軽さを優先したのか何もつけてはいない。それともここまで逃げてくる過程ではぎ取られてしまったのだろうか。ただ、帝国側の兵隊だと証明するための割り符*1はしっかりジュカインに預けていた。
「当たり前だろ? もう気付かれてるに決まってる。ここじゃ俺は目立つんだ」
 極力小声で話しているのだが、ラグラージの方には既に見つかっている確信があった。頭のヒレは常時緊張モードだ。どういうわけか緊張が解けない。どこかで本能か何かが気付いているのだろう。目の前にいるのは、化け物バシャーモなのだ。汗をかいたから水浴びをしにに泉をさがしに来たのか、彼らの目の前の泉を見つけると、辺りを見回しながら彼らを追うのを止めた。
「まあ、そうかもしれませんけど……」
 ジュカインはバシャーモを見ていた。単純に、興味があったから。怖い物見たさ、というやつであろう、目の前で味方をバッサバッサとなぎ倒たポケモンの身体はどれほど鍛えてあるのか、と。
 水浴びを始めたバシャーモを見た時、要するに鎧を脱いだ時、ジュカイン
 美しかった。毛並みも体躯も目も何匹も目の前で引き裂いてきた爪も、同じく何匹にも強烈な蹴りを見舞った脚も、鍛えられていた感じはあるものの、化け物とはほど遠い物だった。目を見ればは全身が麻痺した。バシャーモに見とれて動けないのだ。こういっては討ち取られた将兵が浮かばれないが、バシャーモは予想していたような筋肉で身体じゅうが膨れあがっていたり名誉の負傷で鎧の下はボロ雑巾……では無かった。そいつが悪人か善人か分かるというが、見た限りでは悪人の目、という印象は受けない。
    不意に、今まで二匹が(存在だけだが)とらえられていたバシャーモが……消えた。
「ほら、やっぱり!」
 バシャーモの攻撃の合図だ。
 一言叫んでラグラージは泉へ走る。空気が切り裂かれた。ラグラージは身を翻して泥をぶつけようとするが、的は赤く筋を残して泥をあっさりかわしてしまった。と、今度は後ろに回ったらしい、鎧をつけていない彼の背を切り裂くが、とっさに前に転がったので傷は浅い。
 ジュカインはまだ見とれていた。何が起きたのかはラグラージが一つ目の悲鳴を上げてからだった。ようやく我にかえると、ラグラージは苦しそうに腹の血の流れている所を片手で押さえながら、赤い軌跡を追っていた。
 同じことがあったから分かる。
 ここまで逃げてきたのだって、目の前のバシャーモの仕業なのだから。帝国軍の先頭に立って戦った。一緒に戦った者が、侵略者のうちの一匹にズタズタにされた。
「冗談じゃねーぞ!」
 ラグラージは叫んだ。ジュカインは動けなかった。ここまで逃げてこられたのは、ラグラージが力ずくで引っ張ってきたからだ。元々、あのときに他の将兵と同じように潰されていたのだ。スカイアッパーで墜とされたオオスバメ。跳び蹴りで血を吐きながら吹っ飛ばされたエビワラー。目の前にいたピカチュウは何がなんだか分からないまま腹を切り裂かれて動けなくなった。彼の隊のトップエースだったゴウカザルは自ら纏った炎から両腕を粉砕されて出てきた。隊長を名乗ったポケモンは遠くで敗死したことだけ耳にした。
 そして、今、一緒にいるラグラージも。
 裂かれた所を押さえながら泥を投げ水を吐き奮闘するも、彼は自分の血で真っ赤に染まっていた。助太刀する気はあるのだが、脚が前に出ない。攻撃の当たらない敵に、どう立ち向かえと言うのか。ラグラージは辛うじて受ける攻撃は急所を外すものの、反撃はちっとも当たらない。水に入れば勝てるとはいえ、近寄らせてもらえない。
 結局、ジュカインがまともにバシャーモの戦う姿をとらえられたのは、これが初めてだった。蹴りが、ラグラージの顔面に真正面から直撃して、そのまま泉まで吹っ飛んだのだ。大きな水音を立てて彼が底深くに消えると、いよいよ目の前の化け物はジュカインを見た。泉は赤く波打っている。
「さて」
「ひ…………」
 後ずさることも出来ない。が、不思議と恐いとは感じていなかった。美しい、とさえ感じていた。決して追いつかれることなく、一撃として反撃を貰うこともなく、淡々と屍の山を築いていく。これのどこが美しいのか、といえば、その鮮やかさだろう。そこそこ腕が立たなければ一撃で終わる。ラグラージは強かったのだ。よほどの達人でも、一撃という条件を外せばそうそう勝てるポケモンはいないと思われる。あの速さの前では下手な小細工は無駄だ。紅の軌跡も高く評価出来る。見れば、返り血も浴びていない。
     ただ一つ、バシャーモにしては速すぎることを除いては、ジュカインはバシャーモを恐れていなかった。
「そう怯えることは無いだろう?」
 ジュカインはあっとなった。バシャーモの身体がこっちを向いて。


――雌、じゃないか
 一体何を考えているのだと問うてしまえば他に考える事など無いと返す他はどうしようもないのだが、殺されるかもしれないこの状況でそんなことを考えるのはジュカインは意外と落ち着いているのだろう。本当に死の危機に直面したらかえって冷静に物事が判断できると言うが、その類だろうか。
 とにかく、バシャーモにはジュカインに付いているモノがなかった。目の前に立たれてはじめて分かったことだが。となると雌の水浴びを覗いたことになる。ラグラージの方に至っては、その上襲ったと。
 これは許してもらえる訳がない。当たり前だが。元々敵同士なので許す許さない以前の問題かも知れない。
「抵抗する気も失せたようだな」
「……つ、つよいんですね………」
「うん。声がひっくりかえるほど、か」
 どこかでもう一つ悲鳴が聞こえた気がする。そのほかには何もない。同じように逃げた兵士が狩られたのだろう。ただバシャーモが背の高い草をゆっくり踏みつける音だけがした。
 情けなくも腰を抜かして見下ろされる形になっているジュカインに、バシャーモは腰を落として目の高さを合わせた。
「どうも逃げる気も抵抗する気もないらしい」
 そうやってちょっとだけジュカインの目を見ると、バシャーモは乱暴にジュカインの腕を引っ張った。しかし腰の抜けているジュカインは倒れ込む。割り符も一緒に落としてしまったわけだが、拾おうとはしなかった。
「情けないやつだ」
「どうも申し訳ありません」
「まあ、いい。捕虜が一匹増えたわけだ」
 ジュカインはごくりとつばを飲み込むと、黙ってバシャーモの後をついて行くのであった。


「げほげほげほっ!!」
 実は異様に丈夫だったバシャーモとジュカインが立ち去ってからしばらく後のことであった。息は切れて、ようやく水辺の草をつかんだ腕は所々から血が流れ、皮膚のぬめりと混ざり合って気持ち悪くてかてか光っていた。誰かが端からみれば泉のそこからはい上がってくる亡霊だかなんだかの類にも見える。何せ場所が場所のため。
 ざばぁ、と音を立てて地面にはい上がったや否や、その場にばったりと倒れてしまう。足の方もかなりの傷を負っている。小さな傷を、無数に。幸い折れても貫通してもいないらしく、歩けはする。
「はぁ……はぁ…ひでえめに遭った…」
 それでもここにあがってくるのに労力を使ったため、起きあがれないでいた。ジュカインはどうしたのだろうか。みたところ、血だまりもそれらしき死体もないので、捕虜にされたのだろう。体を起こして一つ大きく深呼吸すると、ゆっくり立ち上がった。化け物に撲たれてすぐ立てるというのは相当丈夫なのだろう。
「…………ん?」
 ふと、何かを踏んづけたからのぞいてみたら、自分の割り符だった。
「あいつのは……無いのか」
 仕方がないから自分のそれを握りしめて、おそらく味方が居てくれるあろう方角へと、足を引きずっていった。


「ケケッ、将軍様のご帰還だぁ……」
 捕虜として引っ張られてきたジュカインを出迎えたのは、同じように捕虜にされた帝国側の将兵の皆様の簀巻きにされたのとそんな彼らを見張る兵隊さん達だった。篝火だけが皆を照らしていた。
「水浴び、早かったですね。ケケケ」
「お前は真面目なのに傍目から見るととても真面目に見えないのが玉に瑕だ」
「おかげで血筋は良いはずなのにいまだ年下の将軍の補佐役ですもんね。ケケッ」
 成る程、終始ニタニタ……じゃなくて、ケタケタ笑ってばかりのこのヤミラミはジュカインを受け取るとその場に転がした。ヤミラミは今にも地面にめり込みそうな程背の曲げている。今にも地面の自分の影にドプッ、という効果音を付けて潜り込んで、ほかのポケモンの背後の影からドプッと出てくるような。何となくそんな感じがした。もっとも、ヤミラミにそんな能力があるわけがないのだが。
「逃げ出そうなんて思うなよ……今度こそ君たちを物言わぬ屍に変えないといけなくなるから。ケケッ」
 もう一度ケケケケケ……と笑うと、彼は闇へと消えていった。もしかすると本当に影か闇の中に潜り込んでしまったのかも知れない。
「…………根っこは真面目な奴なんだがな……何をそんなに笑うことがあるのか」
 仕方がないので捕虜をとりあえす仮の留置所にぶち込んで本人も野営の幕舎に引っ込んでしまった。逃げるなよ、と言うので誰かが無理です、と言い返した。


「おい君、そこのジュカイン君」
「……僕、ですか」
「ああそうだよほかに誰が居ると言うのだね」
 結局将軍様、もとい化け物バシャーモも眠りにいってしまって後、ジュカインは同じように簀巻きにされているお隣さんに話しかけられた。
 同じぐるぐる巻き状態とはいえ、こんなところ小さな格子つきの小さな捕虜用護送車*2で徴収されたそこいらの一般のポケモン達と一緒には腐っていかない、どこか高貴な風格が漂っている。目はまだ光を失っていない。
 立派な二本の自慢の角。弱いから傷つくんだ、何て言っちゃあいけない百戦錬磨の元来身体に持っている鎧の勲章たる傷。鋭い眼光が捕虜となってもなお冴える、職業は戦士のボスゴドラ。
 バシャーモの野郎、思いっきり蹴りやがって……と言って後頭部をさすっている。その程度で済むということは、やはり彼も丈夫なんだろう。
「こうなってしまったからにはここにいるみんな運命共同体。仲良くやろうや」
「え、あ、ああ、はい……」


 捕虜になってはや数日。捕虜を飲まず食わず動かせずで弱らせるためにぐるぐる巻きにしておく期間を越して、そろそろある程度自由にしないとポケモンとして守れないとマズい道理に反しないように彼らに最低限の食料と水、身体の自由を与えられるようになった。なんだかんだで相変わらずお隣さんや同じ幕舎の仲間達とは仲良くやっていた。そこに元気の源が入ってきたので、果たして此奴らは本当に捕虜なんだろうかというほど一日中盛り上がっていた。いくらなんでも護送車はさすがに無理だろうということで幕舎が与えられた。
「実は決定的な欠陥があるんだな、ここを含むシメオン配下には」
「欠陥……ですか」
 誰かがこんな話題を振ったわけではない。ただ、例のお隣さんが勝手に話始めるのだ。一部の者からはボスゴドラだからぼっさんと呼ばれていたりする。
「シメオンは侵略戦争ではないと言ってだな」
 どうも主張はそれらしい。帝国の民を来るべき悪政の魔の手から守るため最後の手段を講じたと言うのだ。
「証明の為か、どうも部下に強姦、強盗、略奪、放火といった破壊活動をいっさい禁止させているらしい」
「あー……それじゃ不満垂れ垂れでしょうねえ」
 ぶんどり品も欲求解消もない侵略戦争など、誰が好んでやるものか。どうしても生活に困窮して、命を以て金を稼ぐほか無いような感じのするポケモンはそれほど居ないというのだ。
「うむ。シメオンの参謀のだか副官だかにハイフーシというポケモンがいてだな」
 ふと見上げると、目の奥で何かが黒く輝いていた。
「どうも、どこかの街に限り全てを解禁させるらしい。もっとも、シメオンはそんなこと許してないらしいが」
 この日、貰った幕舎の中は彼とジュカインの二人にされた。大きすぎるからだ。図体や、言っていることが。幕舎の外では兵隊さんが彼を睨んでいる。興奮したら腹が減ったと言ってちょうど死なない程度にしか配給されていない食料の中から木の実を一つ取り出すと、口の中に放り込んだ。ジュカインにはそんな勿体ないことは出来ないのだが。そんなジュカインの頭の中は別のことを考えていた。
「ボスゴドラったって鉄だけ喰ってる訳じゃないんだぞ」
「何で考えてることが分かったんですか」
 昔風の噂で聞いたことのある話だ。ココドラコドラボスゴドラは鉄しか食べない。銅を食べたら腹を下し、銀を食べたら死んでしまう、と。
「兵隊さんよ、次は何処に行くんだね」
「東だ」
 西から攻めてきたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「東か……花の都だな」
「………」
 花の都まで、捕虜を収監できるような施設のある街はないので、捕虜の彼らは手を縛られ、クチを閉ざされ、労働に汗を流し東へ、東へ、と歩かされるのであった。


 今日の夜中の見張りは隊長さん……すなわち、将軍のバシャーモ様だ。閉じこめてあるポケモンがポケモンなので、万が一のためにここにいるのだろう。が、彼が……失敬、彼女が見張りの時は、決まって何かしらの特典が付いてくるのだ。
「食べるか? うまいぞ」
 そう言ってバシャーモが開いた手のひらには、詳しいことは分からないが、とりあえず小麦粉と砂糖とその他を混ぜて焼いた物というものが載せられていた。それほど量はない。おそらく、ほかの捕虜がみんな眠ったので、特別にバシャーモがくれるのだろう。
とりあえず毒が入ってるようでもないから貰っとけ。食い盛りな年頃だろう。何、俺はいらないとお隣さんが言うので、おそるおそる手を伸ばして小さな粉になったような欠片をつまもうとするので、バシャーモが豪快に彼の直接口に突っ込んだ。
 定番の甘い物、モモンの実とはまた違う、まあるく、それでいてどこかしら重いような、そんな甘さ。実はジュカインが砂糖という物を口にしたのは、これが初めてだった。街に行けばちゃんと甘い菓子というものが売っているのだろうが、彼は故郷でミツハニーがせっせと集めた蜜をガーメイルから守るのを手伝ってやって、かわりにそれをちょびっと舐めさせて貰うだけで満足していた。タイプの相性は甘い物への欲望で補う、と。
「こんなものでジュカインを釣って、どうするつもりだね」
 お隣さんは笑っていた。



 捕虜生活はや両手に余るのか余らないのかも分からなくなった日数目。
 生活にかわりはない。起床、食事、労働、食事*3、雑談、偶に将軍バシャーモ様から差し入れ、就寝。
 …………のはずだった。捕虜生活黄金の周期が狂ったのは、労働の終わりがけだった。その日はどうやら合流予定の別の隊が花の都まで後僅か、となったため、帝国軍の下らない悪あがき――道中の橋を落としただけ――を越える作業を今まで以上の過酷さで行っていた。川に落ちても知って知らない。死なない程度に厳しく。捕虜の扱いなんてこんな物だ。
「おい、どうした!」
 例のお隣さんが叫んだ。他の捕虜も集まってくる。勿論、兵隊さん達も寄ってくる。
 ジュカインが、倒れたのだ。
「昨日川に落ちたのがたたったのか」
 ボスゴドラの、食べていないとはいえなお逞しい腕に抱えられたジュカインの額を触った者が熱いと言った。呼吸も荒い。変な病気じゃないと良いのだが。捕虜達は不安がにジュカインを眺めている。
 不安を、この場の最高権力者の二言が切り裂いた。
「のけ」
 見れば、バシャーモじゃないか。ボスゴドラはジュカインを庇うように背中側に隠した。他の捕虜は同じように立ちふさがる者、道を空ける者、様々だった。寄ってきた兵隊さんは病気を感染されたくないのか、バシャーモの後ろに隠れた。
「どうするんだよ、此奴を」
 処分か、強制労働か、放逐か。どれでも仕方がない。が、そのようにされる仲間を見るのは辛いものだ。ボスゴドラは半ば睨むようにバシャーモの目を見つめている。
「連れてこい。処分はしないからいきり立つんじゃない」
 捕虜達の目が大きく見開かれた。あっけにとられるとはこのことであろう。使い物にならない捕虜を、処分しない。連れてこいと言う。
 配下は顔色一つ変えずにさっさと持ち場に戻るよう促しているので、どうやら珍しいことでもないらしい。
 変な軍団だ。ボスゴドラは思わず首を捻った。



「あれ、ここ、何処だろ……」
 ジュカインが目覚めたのはその日の夜遅くだった。もっと良く周りを見ようと首を持ち上げたところ、額からすっかり温くなった雑巾のちっちゃいのが滑り落ちた。
「あれ……ってことは……」
 かけられた毛布をはねのけて、地面に脚を着いた。立っている。正真正銘、地面に立っている。
「生きてる!」
 走り出した。他の野営幕舎が見える。空の星も変わりない。頬を殴ってみた。痛い。
「生きてる! 処分されてない!」
 労働中に倒れた時点で明日は地面に立ってないと思っていた。
「うるさいぞ。朝はまだまだ先だ」
 自分が出てきた幕舎は無人かと思っていると声がする。誰だ、といえば自分を救ってくれた最高権力者であるわけで。見た目に似合わずぴょんぴょん跳ねて喜びを表現するジュカインを、バシャーモは嬉しそうに笑った。
「僕、は、処分されなかったんですか」
「? 病気になった捕虜は殺すか捨てるかしないといけないのか?」
 素っ頓狂な顔をしたバシャーモの手を握って、ジュカインは何度も頭を下げた。感謝される理由がわからんと頭を掻いている彼女は、どこか照れているようだ。



 橋が完成して、花の都の真正面に陣を張ったその日の夕暮れ、捕虜達にあててひとつの立て札がなされた。が、学のある……つまり、字の読める者がそれほど捕虜達の中に居るわけでもないので、ただ集まって騒いでみただけだったらしい。ジュカインが何と書いてあるのか訊いても、さあねえと返されるだけだった。
「あ、ボッさん」
 急に暗くなったので皆振り返れば、すぐそこにはボスゴドラ。
「ああ、読んでやる……」
 顎に爪を当てて黙って立て札を眺めて、ちょっと悲しそうに、口を開いた。
「……俺たちを、兵士として雇いたいそうだ……」


「久しぶりですね、ハズベリ殿。国を出て以来でしょうか」
「そう。こちらこそよろしく。花の都攻略」
 合流した他の隊の隊長たる、ハズベリと呼ばれるキュウコンはわざわざバシャーモの所まで訪ねてきた。
「君も耄碌したものだ。隣のジュカインは元は帝国側だろうに」
「シメオンの政策だ」
「ああ、それか」
 その日、新しい鎧を着てボスゴドラに律儀にも挨拶に行ったジュカインは、そうだな、ジュカイン君の育った村も、もう帝国側じゃないものなと理解してくれたことを、決して忘れまい。他の仲間もボスゴドラと同じように捕虜として残った。
 なぜバシャーモの後ろで護衛をしているのかは、本人も分かっていない。この隊の権力順で言えば二番目のヤミラミも分からない。ハズベリは下から舐めるように覗いて、どうでも良さそうに尻尾を返した。
「やれ防衛隊だやれ騎士団だと一目置かれていた時代もあった花の都だが……」
 耳を立て、尻尾を九本ぶるぶるふるわせる。興奮しているのだろう。
「過去の栄光など、現在には何の影響もないぞ」


 合流から数日後。
「ふふ、どうやら物わかりの悪い奴らばかりでも無いらしい」
 やけににやけた、率直に言ってしまえば気持ち悪いの部類に入ってしまう表情をして入れ替わり立ち替わり何本もある尻尾で終始くすぐったそうに身体を撫で回しているハズベリが幕舎に入ってきたのは、バシャーモとヤミラミが花の都攻略必勝支作戦を唸りながら考えている最中だった。
「何があったんだ。正直、気持ち悪いぞ」
「とにかく来給え。鎧も無しでいい」
 強引にバシャーモの指を銜えて引っ張っていくので、ヤミラミも地面にめり込みそうなほどの猫背をさらに丸めて着いていった。
「あ、そうだ、それから君」
 差された前脚は、まっすぐジュカインを向いている。
「僕、ですか」
「一匹、長いこと草ポケモンをやってるのを連れてこいというのでな」
 ふふふと笑うハズベリに、状況を飲み込めないバシャーモとジュカインは連れられていった。ヤミラミは自然に留守番らしい。


 花の都の入り口は、大層なものだ。何十年も前に立派に組まれた櫓や関所蔦や大木が支えるように生い茂って、常時その櫓、関、大木に重装の衛兵が二十三十は当たり前、時には三桁も配されたこともあった。
 その関の正面、ちょうど入り口にポケモンが四匹、並んで服従の格好をしてハズベリの部下に囲まれているのが見えた。衛兵達はいない。
「花の都の三役だ」 
 ――長老が住民を代表して降伏し、知事が政治的権能と軍団の指揮権を放棄し、神官が守り神を説き伏せる――こうして、街が丸々ひとつ降伏したことになる。三役とは、もちろんその三つの役である。
「この街を、焼くわけにはいかんので……」
「悪い判断だとは言わん。ただし、降伏するのが僅かばかり遅かったな」
 ああ、ならば納得がいくと。
「知事殿にはまだ働いてもらわねばならぬ」
 ハズベリは服従のポーズ……つまるところ腹を投げ出して転がっていたリーフィアの頭を軽く撫でる。
「なぜ降伏を?」
 誰も、何も言わない。中心へ、庁舎へと案内される。衛兵が服従の格好で、住民達が不安の目で歓迎する。
「守り神……御神木です」
 ハリもツヤも、とっくの昔に失ってしまったしわがれ声のフシギバナは、目の前に聳える大木を、守り神だと言う。長老だろう。
 言われてみれば威厳はある。これといって特別に大切にされているわけでもなさそうだが、どこか他の木とは違う。今にも枯れそうで、苔に生えられ、幹は所々剥がれて、そこだけ新鮮な木の色が見える。太くて、でかい。頼り甲斐があるのだろうか。木漏れ日が神々しい。
「あなたも立派な草ポケモンなら、御神木に触れるだけで分かるでしょう……」
 知事、と呼ばれたリーフィアに勧められて、御神木に触れてみた。
――この老木は、怯えている
 いのいちばんが、それだった。ざわざわざわっと奥からわき上がってくるいやな感じが触れた手から体内に入り込んでくるので、背筋に何か冷たいものが走り、離してしまった。ちょうど狩猟者によって追い詰められた、でも怖いとは違う――強者を目の前に、動けなくなっている力量不足が開き直るような、そんな感じだった。
「そういう訳です」
 兵士たちは、花の都内部で久しぶりに屋内で眠った。もっとも、夜遊びに繰り出すトンチンカンも相当数、不安で眠れぬ花の都の住民に目撃されている。


 為政者が代わって数日目、シメオンに代わりハイフーシから花の都一帯の統治権を託されたハズベリによってはじめて出された令は、味方のはずのバシャーモまでも困惑させた。
「知事と軍団を除くほとんどの役人を退職金無しで解雇?」
 バシャーモはヤミラミを相手に、提出された資料を眺めて、感想をだらだら垂れ流している。ヤミラミは、これも仕事の一つなのだ。
「都の持つ土地も財も完全強制没収……両親が公務員だった者など、兵士として雇ってくださいと頼み込んで来た」
 ヤミラミもここぞとばかりに言いたいことを言う。
「草系優遇政策廃止、人頭税も新規課税、年貢も五分増税、住民の夜間外出禁止、商業組合解散……その他諸々の改革、このままでは住民が納得するか」
 彼女にも、ヤミラミの言いたいことは分かる。宝石の目が怪しく光っていた。心配してくれているのか自分の身に災難が降りかかるのを案じているのか、はたまたその両方なのか。
「わかった。直訴してくる」
 急な改革は反発を招き、反発は円滑な統治を不能にする。これでは、意味がない。


 バシャーモが庁舎に着いた時、ハズベリはどうもこれを見越していたらしく、ご丁寧に飲み物と小さなお菓子まで用意して、知事の席に座っていた*4
「言いたいことはわかっている。説教に来たのだろう」
「住民の生活を潰しては仕様がないだろう?」
 質問に質問で返す……とは少し違うかも知れないが、二匹で仲良く苦笑した。
「少し、昔の話をしようか」
 長いつきあいと今の階級の関係上、また始まったとは言えない。バシャーモは黙ってその場に腰を落とした。開けられた窓から入ってくる風が気持ちいい。もう半月もすれば夏になる。国を出た時はまだ桜も蕾だった。
「八年前の政変にて、私は貴族の娘から卑しい雌に転落した」
「…………ああ、そこからはいる短い方のタイプか」
「やかましい。国境の隣のあの街で、やることなすこと全て初めての、庶民の生活というものがはじまった」
 ハズベリは真摯にバシャーモの瞳を見つめる。バシャーモが腰を落とすと、キュウコンの座っている時の目の高さとちょうど良いのだ。
「来る日来る日が怖かった。ことあるごとに前脚をさされ、目の端で見られ、噂された」
「そうだな」
 バシャーモは欠伸をこらえた。眠い、とは口が裂けても言えない。ハズベリは真剣なのだ。それはよく分かる。最初のうちは二匹で泣いたりしたものだ。いまとなっては、聞き飽きた話になってしまったが。
「ハイフーシが私を連れ出したのは幸運だった」
 旧君主層を落ち着かせるため、卑しい身分に転落していた元貴族を軍団長に据えたのは、間違いなくシメオンではなくハイフーシである。シメオンは自分が天より拝聴した者しか登用しない。その点、ハイフーシは分かっている。ほかの貴族達も重役だ。もっとも、バシャーモは貴族ではないが。
「……ついに、自分の領地を得るに至ったわけだ。ハイフーシには感謝せねばなるまい」
「……その話は、やめにしようか」
 こんな話、聞く義理はあるが、問題の解決にはならない。正直、ほとんどを流していた。何度も聞いた話だ。一部からは成り戻り者、一部からは良血無能と、とにかく馬鹿にされていた。
「君はあんな天の声を聞くだけしか能のない成り上がり者の言いなりになるのか」
 シメオンの政策は戦争中の政策じゃない。戦争が終わって始めて成せる政策だ。それはバシャーモにも分かっている。が、それを真っ向から否定するのもまた、出来ないことであって。
「とは言っても……混乱を収めたのは偏に彼にその力があったから。政策に従わないわけにもいかない」
「彼の力……か」
 くっくっと尻尾を揺らして笑う。どうやら、命令を撤回する気はないらしい。
「ともかく、ハイフーシにここ花の都を任されたのは私だ。君とは長いつきあいだが……私の命令には従ってもらうぞ」


 直訴は無駄だった。もう地主のところから土地を奪い取ったり金持ちの私財を把握したり一般人の鎧兜や凶器になりそうなものを没収したりと、占領軍は忙しい。
「ここにいたか」
「あ、隊長」
 花の都の象徴の御神木の立っている一帯の木々の枝の上で、兵士としてのその日のお勤めを終えたジュカインが昼寝でもしようかと思案していると、彼にとっての新隊長に声をかけられた。
 古参の兵士たちがもともと育ちが良い者ではないため、新入りのいびりが激しくないとは言えない。よって、いつも生傷だらけだし、仲良くだってなれないし、馴染めたかといえば、サッパリ全然。今日も蹴られたり殴られたりしてやっと解放された。
「ああ、下りてこなくて良い」
 ジュカインが状態を起こしていざ飛び降りようとすると、バシャーモはそれを制する。御神木には悪いが、痩せ細って枯れかけのそこならばともかく、こんなに葉の繁った近くの若い木の上に似た色で転がっていてもわかる所がバシャーモのすごいところだろう。
「よっ……と。体は大丈夫か」
 ジュカインは種族上得意だからこの手をかけたり足場になるようなデコボコの少ないこの木に登れたわけだが、バシャーモともあろうお方がスイスイ上れないはずがない。見ていて、ちょっと情けなくなったりもする。
「あ、ええ、まあ」
 虐待まがいのこれで体が丈夫になるとはなんとも微妙な話だが、事実なのでしょうがない。それもこの軍団の慣わしらしい。入った初日に隊長じきじきにそのように言われたのだ。
「まだ不満は収まりませんね」
「大地主なんかは武装してたりしてな」
 器用に狭い枝の上ながら隣に座ってこっちを向いてクスクス笑う隊長に、笑い事じゃありませんと言う。どこまで本気なのか。優雅なお昼寝が物騒な冗談に変わってしまった。
「次はどこです?」
「空賊が素直なら竜神社。素直じゃなければ山を上って空賊退治」
 それだけ言うと、バシャーモはここで寝るのもいいとつぶやいて、目を閉じてしまった。仕事はいいのか。
「まあ、本人がいいと思ってやってるんだろうな……」
 木の上で寝るのは気持ちいい。ただし、寝相のよいものに限る。それに、もうすぐお天道様はふんわりやわらかからギンギンギラギラになる。とても眠れたもんじゃない。そんなときは根元に限る。横になろうとして手をつくと、がさり、と出てきたばかりの小枝を掴んだ。今日は、怯えてないらしい。


 空賊は素直だった。ハズベリの“優先的に商売を営む”のを許すなどの条件であっさり降伏したらしいが、毎度のごとく詳しいことは一向知らぬ。ただ一度挨拶に来た元締めのドンカラスに頭を下げられただけである。
 と、言うわけでジュカインは竜神社を攻める準備も終えて、出発の日取りを決める隊長たちの会議の隅っこに、バシャーモ付きとして座っていた。協力させる前知事のリーフィアもいるが、立ったり座ったり落ち着かない。いまさら揉めることはない。当たり前だ。
「伝令! 蜂起です! 花の都の住民たちが蜂起を」
 そんな順調に見えた会議に、ひとつ波が立った。隊長たちは何も言わない。興味がないわけではないのだろうが、さっきまで決めていたことが結局今日になった。それだけ。ただ一匹リーフィアが狼狽しているだけだ。所詮、波が立った程度なのである。
 場所は、郊外の私有林。特に危ない場所でもない。ハズベリはリーフィアを目の前に座らせて舐めるように顔を見ている。
「教育がなってませんな」
「知らない…私は、知らない……」
 知らないにしろ知っているにしろ、蜂起組とリーフィアにとって都合が悪いことに変わりはない。ハズベリは準備万端の部下共に討伐命令を出した。他の隊長たちも退出する。ジュカインもバシャーモに促されて外に出た。
「よろしい。知らないを通すのであれば、花の都防衛隊の先頭に立って討伐していただきましょう。もちろんわれわれもご一緒しますのでご心配なく」
 出てすぐに聞いたハズベリの言葉を、どんな顔でリーフィアが聞いていたかはわからない。


「うおりゃーっ」
 本来の意味でかわいがられる対象に選ばれなかった新入りが古参からいじめられないようになるには、自分が古参になるまで耐えるか、目覚しい活躍をして一目置かれるか、である。
 しっかり、護衛としてバシャーモの後ろにぴったりとついていく。いくらバシャーモでも、一撃で敵を戦闘不能にすることはできない。その速さを使ってまず一発ぶつけたところを追いついた味方が叩くのだ。木の上からはっぱカッターなんかを飛ばしてくるやつだって、バシャーモが軽く撥ねて足を掴んで引き落とせばあとはジュカインやそのほかがリーフブレードで息の根をとめたり、縄でぐるぐる巻きにしたり……自分の強さに自信がないため、恐い、とか残酷、とか戦闘中はまったく考える余裕がない分、効率は悪くない。
 もちろん、敵も逃げる。思いがけないところから何かが飛んでくることもある。仕方がない。が、今度はおまけに護衛対象のバシャーモの足が早すぎる。おかげで一緒だった護衛はジュカインを除いて脱落してしまった。いつものことなのだろう、途中何匹か味方とすれ違ったが、誰も心配していないのだから。化け物も味方になれば頼もしい。
 無謀にも後ろを向いて追いかけっこを挑むダーテングを追って、バシャーモはどんどん先に行ってしまう。ジュカインだって全力なのだが、いかんせん化け物過ぎるのだ。


「なるほど、地の利は我等にあり、と言いたいのか」
 ここの地面は年中じめじめどろどろしているらしい。追っておって、草むらに飛び込んだと思ったら、そこにはにごった沼とどろどろの土壌の歓迎が。ダーテングは蔦を使ってすでに木の上。落とし穴じゃ抜けられると踏んだのだろう。それよりか泥濘でいくらか速さを奪ったほうがいい。
「わっ」
 遅れてやってきたジュカインは案の定地面の泥濘に脚を取られて派手に転んだ。
「心外だな」
 こんな程度で化け物の力が落ちるわけがない。ダーテングとバシャーモはにらみ合う。どちらも挑発しようともしない。この状態ならこの程度の制約があろうとバシャーモの方が有利だ。ジュカインまで動かないのは睨みあっているわけではないが。
 とっ捕まえてやる。そう思って脚に力をこめた。ダーテングはそれを見ると、木の上から跳んだ。が、バシャーモの脚が、おかしい。
「うっ!?」
泥の中から何かが伸びて、足首にしっかりまとわりついている。大事なのはそれが何か、ではない。次の瞬間、最大の武器が押さえられたのだ。
「とったっ!」
 ざば
 と泥を撥ね上げて、バシャーモの天地をひっくり返しながら現れたのは--ラグラージ。泥の中を泳いできたのだ。
「う……飛んでいけ!」
 持ち上げた腕を痛そうにしながらも、微妙に引きつった顔で頭のてっぺんに泥がついたそいつを、よその木に飛び移ろうと空中に跳んだダーテングに向かって投げた。それを逃すはずがない。うちわとて、ダーテングともなれば立派な凶器だ。それを胸に思い切り突き立てれば……。
「はぁ……意地を見たか!」
 生き残る可能性があると、冷静になれないものだ。ジュカインは必死に立ち上がって応戦しようとする。何が起きたのかを理解するのなど、後回しだ。赤い飛沫がいくら上で飛ぼうが、今はわが身が最優先である。
「あ……」
 ラグラージは敵の護衛も始末してしまおうと泥を手に取り水をのどまで上げたところで、目が合った。ほんの一瞬の出来事だったが--お互い、攻撃されることもすることもなかった。
「お前は……」
「ケヒヒ……待てや」
 間違いない。あのラグラージだ。帝国側にいたときに一緒だった、あのラグラージだ。飛び込んできたヤミラミをうけとめようとするが、そのまま倒されてしまった。足腰がまだ完治していないのだろう。ジュカインはうなり声を聞いた。苦悶の表情もしていたと思う。ヤミラミはそれを足場に、両手を出して黒い球体を作る。バシャーモの遺体と一緒のダーテングに向かって投げたと同時に、ラグラージが目覚めてヤミラミを自分の上から落とす。両手がふさがっていては木から木へと飛び移ることもできない上、今いるのも狭い木の上なので、仕方なくバシャーモを捨てて逃げた。ずるずる滑って立てないジュカインは這うようにしてその遺体を受け止めるのが限界。ヤミラミは逃げ出したラグラージを追う。
「つかまるかっての!」
 言うが早いか、ラグラージは背後に迫るヤミラミの爪をかわして、地面の泥濘を叩いて泥の玉を飛ばすと、転がるようにして沼に飛び込んだ。なお、シャドーボールを溜める時間はなかった。
 近すぎて泥を目に受けて、前が見えなくなったヤミラミは前に転びながら同じように沼に滑り落ちた。ジュカインは泥の玉をはじいて、バシャーモを寝かせると、ヤミラミを探して沼の中に腕を伸ばしてかき混ぜながら、じっとラグラージの飛び込んだあたりを見つめていた。


「お前はいかねえんだな」
 ジュカインが一匹で御神木の枝の上でうつらうつらしていると、下から声をかけられた。もうバシャーモはいない。驚いて落っこちそうになる体を立て直すと、ヤミラミがきらきら光る白い石を口に流し込んでいた。
 今日は生け捕りにした反逆者たちを処刑する日だ。見せしめとして。当然である。それはいい。そんなことをしてバシャーモの供養になるかといえばまず肯定はできないが、不用意な反乱を企てる輩は怖気づいて、減る。いちいちそんなことで足をとられたくはないのだ。刺激を求めて行く者は行く。血を見るのに拒絶反応が出だしたものはおとなしく幕舎で精神の休養。
 よくないのは、ジュカイン本人。ラグラージにしてみれば、裏切り者。ヤミラミにしてみれば、護衛としての職務の怠慢。こちらの事情も考えていただきたいが、それは不可能という話。試験で合格点に達しなかったものが今までの努力を必死で訴えるのに通じるものがある。
 彼が何も言えないので黙っていると、ヤミラミが話を続けた。
「で、これからどうするんだよ」
 ここには、大親友を殺されて怒り心頭のハズベリ。びくびく震えるだけの住民。いびりの激しい同僚。彼に特に思い入れがあるわけでもないヤミラミ。ジュカインの味方はもういない。
「将軍様、な」
 手の中の石をすべて飲み込んでしまうと、ヤミラミは木を上ってきた。が、でっぱりがないので上りにくいらしく、間抜けな格好で幹につめを立ててガリガリ音を立てながら地面に足をつけてしまった。見かねて、ジュカインは飛び降りる。
「別に本当に将軍様ってことじゃないけど……あの人はな、火を吹けなかったんだ」
 そのまま根元に二匹して背を木に預けると、話を続けた。
「要するに、昔は仲間はずれの独りぼっちで、後から努力して慕われたってえの? おれにゃわからんが」
 また、ケケケと笑う。
「だからハズベリとはぐれもの同士で仲良くなったってこと。で、お前と何が関係あるって、パッとしないところ。こんなことは好きじゃないし、目立たないけどやる気はある。そんなところをなんとなく感じて、お前に目ぇかけたんじゃないの。たとえ気まぐれでも。……俺の言うこっちゃないわな。ケケケ」
 何も言うことはないので押し黙るジュカインの手を握った。
「さ、行くぞ。ハズベリのヤローがお呼びだ。あ、雌だからヤローじゃないか」


 完全に蜂起を鎮めた自信があるのか、沼の前に佇むハズベリの周辺には鎧を着けた味方が数匹ウロチョロ、それもあくびをしたり木に登って葉をちぎったりしているだけで、これといった護衛はいない。
「お連れしました。ジュカインです」
 あの後、すぐに味方の大部隊がやってきて、ヤミラミもバシャーモも回収された。バシャーモは胸を一突きにされて死んでいたらしい。ジュカインはそれを確認していない。ならば何をしていたかって、落ち目を感じすぎて潰されそうになっていた。
 ハズベリは首から上だけをこちらに向けて小さく、おう、と返事をすると、また沼のほうを向いて黙ってしまう。
――そんなに悲しい目をしないでくれ
 彼女をそんな目にしたのは誰だ。はたしてそれは戦争か。違う。戦争は万の凶事に使える万能の言い訳である。戦争がなければ死ななかった。ではなぜ戦争を止めなかった。止められるはずがない。
――しっかり自分が動いていれば、ダーテングは撃退できた
 寂しさが漲る銀色と金色の中間の色をした背中がお前は何も悪くないと訴えるのがジュカインをより申し訳なくする。いつぞや目の前で味方が殺されかけたときはそれで悲しむものは少なくとも身近にいなかった。怠慢である。同じ失敗を短期間のうちにまたやったのだ。
「……せっかく来てもらったのに黙ってばかりで、ダメな将軍でごめんな」
 謝らないでください。の一言がのどの奥につっかえて、日の目を見ることはなかった。
「あの方は勇敢でした」
 これで精一杯なのだ。誰に、どのようにやられたのかまでいえない。できることならこの場から立ち去っておとなしく田舎で暮らしたい。
「あの、僕は」
「もう、言ってもどうしようもない」
 逃げるのも許されない。
「彼女はいいやつだった」
 それはそうかもしれない。でも、何でここで言うのか。
 ハズベリがくるりと振り向いて帰ろうか、と言うのとあらぬ方向から放たれたどくばりやらふきとばしやらはっぱカッターやらを喰らってハズベリが吹っ飛ぶのは同時だった。それをうけて、怠けていた味方の兵士たちも一斉に目の色を変えて残党たちに向かって行く。彼らは一匹じゃないから、ジュカインほど悩むこともあるまい。
「きっ、奇襲です! あいつら、蜂起組の残党だけじゃありません!」
 やがてかけてきたオオタチが低く声を絞り出すと、そこに突っ伏して動かなくなった。見れば背中側の肉が何らかのつめの形に抉り取られている。もっとよく見ればはらわたやらなんやらが見えたのかもしれないが、そんな度胸はない。
 ハズベリはところどころを尻尾で抑えながらおぼつかない足取りで何とか逃げ回っている。数の上では敵のほうが一回り多い。何匹かで抱えて走り出したが、もう追いつかれようとしている。
「都の中なら暴れん坊がいっぱいいる……おい、ジュカ……」
 振り向いた先には花の都に背を向けて走る緑の塊。
「お、おいっ!」
 絡みつくアーボックと力比べをしながらヤミラミが叫んでも彼が振り返るはずなどなく--緑色の背中は森に溶けてわからなくなってしまった。これがヤミラミの知る最後のジュカインである。


「はぁ、はぁ……」
 逃げた。それだけだ。それ以外の何者でもない。戦争に死がつきものなら、逃亡もまたつきものである。これも、戦争を理由にできるものの一つである。
 そもそもこちら側の軍にももといた軍にも何の恩もないし、それなりに義理は果たしたつもりだ。無論、義務などはまったく存在しない。
――故郷に帰ろう
 戦争が生物を狂わせるのなら彼もまた狂わされた者の一匹で、彼が狂っていないならば戦争は商業活動に同じとなる。
 草を踏んで、木の枝から飛び移って、方角があっているとか関係なしに走りまくった。
「うわぁ!!」
 張り詰めた空気を切り裂きながら木と木の間を縫って、ジュカインの足元に氷の刃が突き刺さり、思わず崩れて尻餅をついた。 二匹組らしい。
「希少種、ドーブルだ。どんな技だって際限なく使える。気をつけな」
 その先にいたポケモンの、先に色のついた水のようなのがついた尻尾を空高く上げると--それは瞬時に空中に大の字を描き、熱を帯びて光を放ち、紛れもない立派なだいもんじとなって、ジュカインを襲った。二発、三発、と驚くほどの早描きで、威力の変わらないだいもんじはむかってくる。
「わ!」
 普通、どんな技であろうとわずかばかりの溜めの時間があるのだが、このドーブルというポケモンは描いてしまえばそれでいいらしい。頭の肉もぶよぶよで、目の周りには不健康そうな模様が浮かび、腹はだらしなく出ているというのに、攻撃面は充実している。身体能力が高くないのがせめてもの救いか。真横をとおり抜けても脚を払われたりすることはなかった。
 だいもんじは森を焼いたが、もう一匹の方の敵が水を噴いて消していた。やらねばやられる。腕のブレードに力を入れて、一息に喉を引き裂いてやる。気合は十分だが、前に出されたドーブルの尻尾が四角を描き、何かが割れるような音がしてブレードが喉を裂く前に体と一緒に派手に跳ね返された。
 すかさず、先ほどの氷の刃が体のどこかに刺さったが、確認する余裕はない。ならば質より量だ。何とか立ち上がると口の中にタネを用意して、横一文字にドーブルに向けて放った。が、ドーブルが尻尾を上に振り上げると、地面から極太の根が突き上がって、タネをすべて弾き飛ばしてしまった。
――高威力の大技ばかり使って、何でばてない
 そういえば、もう一匹のほうは種族すら確認できていない。そいつの仕業だろうが、ドーブルのハードプラントで唖然としている所で、後頭部に鈍く打撃を受けると、そのまま敵の攻撃は止まり、自分も倒れた。
「う……!」
 それでもずるずると這いながら立ち上がると……そのまま木々の中へ消える。二匹に事情があって追わなかったのは幸いである。
「あー……元仲間にトドメは刺せないか……。ありがとう、ドーブル」


 普段の夕暮れ時の森は野生の民間人で、仕事を終えた人たちが家路に向かって帰っていくので賑やかなのにどこかさびしいものであるが、今日の森は違う。花の都に攻撃を仕掛けた残党とその援軍が陣地にしているので、次から次へと戻ってくる。自慢げに戦果を報告するもの、帰らぬ戦友を心配するもの、夕飯をつまみ食いして吊るされるもの、疲れて一眠りするもの。そんな中、ラグラージは頭を抱えて切り株に座っていた。ばさばさばさ、と翼を羽ばたかせる音が近づくたびにそちらを見てはホッとしたり、厳しい顔をしたり。
「金の卵の情報を持って逃げたジュカインはまだつかまらないのか?」
 ボスゴドラに後ろから話しかけられるとさすがにそちらを向いたが、それも一瞬のことだった。また頭を抱える。仕方がないのでボスゴドラが隣に来て肩を叩いたら、やっと返事した。
「ええ。でも、動き回って良いんですか?今日開放されるまで捕虜だったんでございましょ、準将軍」
 また、ばさばさという音が上から聞こえてくる。と同時に、ボスゴドラがそちらを指し、ラグラージは大げさにうなだれた。指した白い腹に真っ赤な翼が緑色の物体をぶら下げて、一度彼らの上を回ってから降りてきた。
「お、来たぞ」
 ばさ、と目の前に降りたボーマンダを見て、ボスゴドラは帰っていった。
「はい、討ちもらし」
 ボーマンダの手からぼろ雑巾のようになった死体が差し出される。尻尾もぼろぼろで、背中は焼け焦げ、腕のはっぱも千切れて血が流れ、左の目の玉が飛び出している。後頭部は砕けているようだ。
「……」
 ラグラージは目の端で一瞬だけそちらを見ると、うんざりしたようにまた顔を伏せた。
「……供養、しておくよ?」
 それでもラグラージは何も言わない。顔を向けようともしない。ボーマンダは死体を背中に隠すと、右側の死体に触っていないほうの手で頭を掴んで、強引にひねってこちらに向けた。
「機密になるようなことを言うからだよ。金の卵は私たちと並ぶ最終兵器なんだから。どんな技でも際限なく使えるなんて……」
「……」
 手で掴まれているから顔を伏せることはできないが、今度は目を逸らした。
「ラグラージとはここで始めて会ったポケモンだけど、そんなに悲しそうなことばっかりするなら、私も悲しいよ」
 それでも、ラグラージは何も言わない。ボーマンダにしてもこれ以上仲良くなりたいわけではないが、仲が悪くなるのも避けたい。おそらく、次にまた、今度はボーマンダたちの土地で一緒に戦うことになるだろうから。
 きりがないので、頭の上に乗せていた手を下ろした。ラグラージはまた頭をもたげてしまう。
「じゃあ、私は行くね。仲間も待ってるし、これも埋めなきゃいけないし」
 これ、と言うものをやはり背中に隠したままちょっとだけ笑うと、ボーマンダは羽ばたいた。
「何があったのかは知らないけど、深く考えすぎないほうがいいよ?」
「…………」
 最後に、それだけ伝えて、ボーマンダは夕空に消えていった。
「……あーーーーっ」
 仲間が死んだ。殺された。戦争だ。それは仕方がない。
 そりゃそうだ
 それなら彼にもどうしようもない。
 しかし、できることならば殺したくはなかった。だからドーブルと襲って故郷のほうに足を向けさせてやったのに。迂闊だった。まさか機密情報を入手したのでえ逃がすまじ、追って始末せよ。
――こんな事態を想像できるほど俺のおつむはカシコクない。
 戦闘中の何気ない一言も聞かれていないようで案外聞かれていたらしい。まだ帝国側の将兵もそこのところは踏ん張っている。感心して、寒心した。味方が信用できないのもあるだろうから。
 まだこの戦争に終わりは見えない。戦争が終わるころにはジュカインのことも忘れているだろうか。そもそも戦争が終わるまで生きていられるか怪しい。
 今考えていることが次の瞬間には無駄になっている可能性だって否定できない。さすがにそれはないだろうけど。
 勝って家に帰れるか。帰っても家は無事なのか。負けることになったら。殺されてしまったら。余計なことまで考えて、それが消えずに頭の中をぐるぐる回り、気持ち悪くさせてようやく引っ込む。一度渦を巻いた頭の中はなかなかすっきりしない。
「あー……」
 切株に背中をつけて寝転ぶと、世界が逆転した。当たり前だ。と、思ったら、今度は逆転しようのないものが見えた。違う、聞こえた。音、声は逆転させることはできるが自分から逆転はしない。
「おーい、飯を食わんのか」
 そういえば。
 暖かい、いいにおいの煙が鼻腔をくすぐると、空っぽの腹が小さく悲鳴を上げた。
 腹も減っていたんだ。ラグラージは立ち上がると、賑やかな晩飯に向かっていった。
――どうとでも、俺はもう少し活躍してやるさ。後でジュカインをどこに埋めたか聞いておこう


終わり。
え、これで?
半端なのは実力不ry                                       書いた人→

お名前:
  • ウロ様
    こちらこそ初めまして。
    正しい戦闘描写ですか。いや嬉しいですね。無意味に大技を連発したり(結局ガス欠になる)勝てない相手に勇敢に立ち向かっていったり(まさに格好の餌食。漫画とは違うのだよ!)格好を重視して変な戦い方をする(思わぬところで落とし穴にはまる)よりは身の程を知って自分の出来ることを出来る限りやってみる。戦闘の祭典ではなく、本当の殺し合いだからこその戦い方だと思うのです。なりふり構って居られませんし。強すぎて冗談じゃねーとか無理無理ヒイイとか思うのも人間と同じように思うんじゃないかなーと。

    捕虜となったジュカインととりあえず無事だったっぽいラグラージ……どうなるんでしょうね、一体。
    次回もマイペースに頑張ります。コメントありがとうございました。
    ――作者 ? 2011-09-15 (木) 23:30:13
  • はじめまして?でしょうね。変態です。ウロです。拾い子の頃から見ていましたが、相変わらず緊迫した場面の転換がお見事です。というよりも、こういう書き方がある意味正しい戦闘描写ってやつなのかなぁと思いました。築かれないうちに敵をやっつけるヒット&アウェイの戦法は最も効果的で効率的ですね。しかしやられたほうにはたまったもんじゃないっていう気分ですが、本来戦闘ってそういうもんだなぁと思い直しました。痛いのは誰だって嫌ですもんね;;
     今回はラグラージが結構わやくそにやられてましたが。それほど相手との戦力の差を痛感して、それでも冗談じゃないと思えるほどに思考がはっきりしているので、ラグラージも一概に弱いわけではないですね。逆に言ってしまえば相手が強すぎただけで、彼はの強さ自体はそこまで粉微塵にされてないようで(ry
     ジュカインが死に際、というよりもほとんど加勢せずに観戦してただけですが、それでも冷静に見て、ラグラージが太刀打ちできないのに自分が言っても果たして何ができようか?と考えるのはなんだか親近感がわきました。弱くはないけれど相手が異常に強かったらそんな風に思っちゃうのはどうも人くさくて好きですwこういう書き方ができるのもすごいなと感心してしまいます。参考にできたらもぎ取ってでも参考にする(ry
     姿をとらえるとまさかの雌という展開に。ジュカインは捕虜となってしまいましたが、果たしてここから先がどうなってしまうのか、ちょっと目が離せないです。わくわくです、胸熱です。
     次回の執筆もマイペースにがんばってくださいませ。続きを期待しておりますorz
    ――ウロ 2011-09-15 (木) 22:10:30
  • 8月22日の名無し様
    もちろんがんばりますよー!
    ――作者 ? 2011-09-15 (木) 21:43:30
  • 続きが気になるwがんばってください!
    ―― 2011-08-22 (月) 13:25:43

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*1 所属と階級(将佐尉長兵)と名前と住所
*2 しかも組み立て式
*3 一日二食
*4 椅子があるわけではない。座布団が置いてあるだけ

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Last-modified: 2012-01-27 (金) 00:00:00
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