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テオナナカトル(8):暴れん坊ハッサム・下

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「カウフマン!! 新しい腕(の材料)よ!!」
 家に帰って開口一番、メアリーのパン生地岩石砲が唸りを上げる襲いかかる。メアリーは気持ちよく眠っていた所を起こされたから気分でも悪いのだろうか、彼女はなんとなくクラヴィスをいたぶる事を楽しんでいるような表情である。
「ギョアァァァァァ!!」
 クラヴィスは叫び声をあげながら吹っ飛ばされる。そしてあのパン生地を材料に腕が再生するわけだが。
「毎回思うのですが、岩石砲でやる意味は何ですか?」
「そりゃ決まっているさね。パン生地をこねる時には力がいる。その生地をこねる時のとどめの一撃には岩石砲やギガインパクトが有効なんでねぇ。美味しいパンを作るための秘策って奴だよ。お陰で筋肉がそこいらの男よりもついちゃったよ」
「メアリーさんがメギンギョルズを使いこなせればもっと美味しいパンが作れたかもしれませんね」
「あはは、無理だってば。これ以上私の岩石砲の威力がアップしたら、次は作業台がぶっこわれちまうよ、ローラちゃん」
 メアリーは豪快な笑い声を上げる。
「それに本当の理由を言うとだな……レジロックの力を借りて再生能力を上げる俺には、岩石砲で岩タイプになったパン生地の方が都合がいいってこった」
 クラヴィスの発言を聞いて、それならそれでなにも岩石砲じゃなくてもいいような気がしたが、ローラは無理やり納得する。納得した上でも色々突っ込みがある気がするが、ローラはあえて突っ込むことはせずにメアリーの冗談を笑う。
 そんなクラヴィスの事はさておいて、ローラは心配していたワンダの怪我を見る。敵とはいえ、ハッサムの力加減はやはり大したものであった。ワンダの怪我は非常に軽く、ちょっとした脳しんとう程度で意識もすぐに回復した。頭の怪我は気をつけないといけないが、眩暈や吐き気などの様子も特になくバランス感覚も正常と言うことで、とりあえずは問題なさそうだ。外傷の方もローラの願い事の力によりすぐに完治したようで、今は特に支障も無く動き回ることも可能だ。
 ただし、ローラが願い事の力を使ったのはワンダに対してだけであり、クラヴィスに対してはぞんざいな扱いが目立つ。ワンダのダサいことこの上ない格好をクラヴィスがどうにかするまではこの関係が続くだろう。

「さて、冗談言いあうのはいいんだが、ローラちゃんこれからどうする気だい?」
 クラヴィスがローラに問いかける。
「とりあえず一度イェンガルドに帰って……ナナさんに掛け合ってみます。一度奴隷として使われていたビークインを……まぁ、その他にも私が入る前にどうやら何人か助けていたようです。とりあえず虫タイプのポケモンだって分かりあうことは可能なはずですから、クラヴィスさんが言うように仲間にしてみるかどうかも聞いてみます。
 私もできる事なら、あのハッサムを私達の計画に引き入れられれば――なんて、野心も沸いてきましたし」

 まだ恐れの消えていないローラだが、少々強がってその野心を口にして笑う。
「なるほど、やっぱりローラちゃんはヒーローの才能があ……」
 ローラは眼を鋭く光らせる。眼光を鋭くするのではなく、文字通り光らせてクラヴィスを威嚇した。
「丁重にお断りします。せめてコスチュームのセンスをどうにかしてから寝言を言ってください」
 クラヴィスの申し出を笑顔で断わって、ここぞとばかりにローラはファッションセンスを否定する。
「あ~もうこのパターンか。まぁいい……ちょいと待っていろ」
 そう言うと、クラヴィスは物置の方へと消えてゆく。

 待っている間に、メアリーは再び眠るために寝室へと向かって行った。なんだかんだで疲弊しているワンダは何も喋ろうとはせず、ローラも無理に会話に付き合わせることはしないでいた。だが、しばらく経ってローラも謝るなら今しかないと気付き、切り出した。
「あのー……二日目の晩は色々と失礼しました。私のせいで色々気を使わせちゃって……お酒とかで色々と混乱してましたし、あの日は心の整理が全く付かない状態でしたから、貴方とまともに話も出来ませんでしたが……明日からはまた、何でも話せるといいですね」
「う、うん……ありがとう」
 何がなんだかよくわからないままにワンダはお礼を言ってしまった。そしてそれっきり二人は黙りこくって、再び雰囲気は重くなる。気まずさをを打破したのはクラヴィスであった。
「あいつに勝つには多分これっきゃねぇ」
「これは……パン生地……じゃないですよね」
 ワンダが首をかしげた。クラヴィスが差し出したそれは確かにパン生地のようにこねたり出来る粘土状のものだと言う事は分かりやすい。ローラも似たようなものには見覚えがあったが、コレをアレと認識するにはいささか無理がある品質の違いをしていた。
「光る……粘土ですか? リフレクターや光の壁といった攻撃を緩衝する技の効果を長持ちさせてくれる効果がある……」
 ローラの問いにクラヴィスは一応頷く。
「ですが、こんなに輝いている物は見たことないです。なんというかその……これはイルミーゼやバルビートの尻を鏡を粘土にしたような……鏡か水銀を粘土にしたみたい」
「その通りだ……あ、尻じゃなくって『光る粘土』のくだりね。これはレジギガスがレジロックを作る際にの中心部に使ったと言われる……まぁ、とても強く光る粘土だ」
 何が不満なのか、ローラは思いっきり溜め息をついた。
「相変わらずのネーミングセンスですね……その胸糞悪いネーミングセンスはどうにかならないんですか?」
「か、カウフマンさんを馬鹿にしないでくださいよ……一応師匠なんですから
 相も変わらないセンスの悪さを貶すと、ワンダが喰いついた。ローラは溜め息でワンダのそれをかわして続ける。
「ふぅ……で、それどうやって使うんですか?」
「あぁ、これは普通に使えばいい。そこいらの奴が使っても普通の光る粘土と変わらんが……まぁ、俺達が使えばかなり強力な障壁を張れるはずだ。だが……あのハッサムは相当高レベルなシャーマンである上に、道具無しで普通に戦っても強そうだ。あくまで条件を良くするくらいで圧倒出来るなんてことは無いだろうよ」
「道具無しでも強い云々は……まぁ、なんとなくわかりますが、シャーマンとしてのレベルも上なんですか?」

 ローラの問いにクラヴィスは頷く。
「あぁ。シャーマンとしてのレベルも上だが、さらにおまけに持っている神器も優秀だなありゃ。オースランド大陸の神話知っているかお嬢ちゃん?」
「……南の大陸でジュプトル達が世界を救った建国神話ですよね。シャーマンの先輩方に教えられましたよ」
「そうそう。その神話の中でも前半のクライマックスで語られる、『暗黒の未来』編の中の一節『朝日の中で』で語られるディアルガよりもさらに上位の存在が世界を緑で満たすために使用したものがプレートっていうんだ。地面、水、草、ドラゴン、電気……たった5つで世界中を緑で覆った程の力を持っている。
 恐らく、奴が装備しているのはそのプレートの子供みたいなもので、恐らくは1%かそこいらほどの純度を持った奴だろう……が、それでさえ最大の力を引きだす事は俺達には無理だ。実質、俺たち人間が扱う範囲で考えれば、シャーマンの力に比例して無限大に力を上げられると思っていた方がいい。
 全く、ありゃあんなふうに首に下げておくものじゃない。本来なら博物館に収めておくべき品だよ……ま、こんなモノを持っている俺が言えることじゃないがね」
 クラヴィスは光る粘土を指さしておどけて笑って見せる。相当珍しい代物であることは容易に想像できたが、想像と相違はないらしい。
「そこでだお嬢ちゃん、あんた……あのハッサムを超えると断言できるシャーマンを知らないか? そいつにこれを使わせれば勝てるかもしれない」
「心当たりですか……リーダーのナナさんはリフレクターとか使えませんし……あ、一人います。けれど、その子を戦わせる事なんて絶対にできませんから……」
「あぁ、例のあれか? 神憑きの子っていうユンゲラーのお嬢さんだと聞いたが」
「えぇ……」
 ワンダの問いにローラはそっけなく答え、考え込む。

「いや、あの。もう一つ心当たりがあります」
「居るのか?」
「二人一組でシャーマンをやるっていうのがありますよね?」
 ワンダは何のことかわからない様子であったが、クラヴィスは頷いたので、ひとまず話を進める。
「えっとその……私にはブラッキーの兄がいまして。その兄と二人でならおそらく……かなりの域に達しているかと思います……一人ずつならせいぜい子犬レベルですが、二人でなら……神器に宿った神の意思もその力を使ってくれとわが身を差し出すレベルです」
「そう来たか……ふむ、頼もしいお兄ちゃんだねぇ」
 と、それだけ言ってクラヴィスは考え込む。
「あの、二人一組でシャーマンてのはどういうことですか?」
 置いてけぼりなワンダが二人に尋ねる。
「あ、えっとですね……相性の良いポケモンの種族、性格、異性同士でタッグを組むことによってシャーマンの力を高める事なんです。ウィンディとキュウコンとか……さらに、それらが異性同士であれば童貞や処女でなくとも神子になれるのですよ。私は、兄さまと一緒に神子をやるつもりなんです……そのために、テオナナカトルに勧誘されたのですし」
「そう言うことだ、ワンダ。とりあえず、他に昨夜考えも無いし……俺もこのお嬢ちゃんの策で保留しておこう。だが、その前にその兄さまとやらにも話しをするべきだろうし、ついでに言うとテオナナカトルのリーダーとやらにも挨拶しておきたい。俺かワンダ、どちらかがイェンガルドとやらに行きたいが……」
 と言って、クラヴィスはワンダとローラを交互に見る。
「そうですね……船、壊れちゃったので通常通りの運航が出来ないでしょうし、明日にイェンガルドに最寄りの街……ケルアントに渡るための船があるかどうかわからないんですよね。で、えっと……モノは相談なんですが、明日の船があるならクラヴィスさんと一緒に行きます。無いならワンダさんと一緒でお願いできますでしょうか? 泳いで送ってってもらえると嬉しいのですが……ってか、そうしませんと時間掛かりますよねぇミリュー湖を迂回するとか無茶ですし」
「わかった、それで行こう。だがその前に……もう時間も遅い。ワンダもローラも、明日に備えて一旦休もう」

 ◇

「悪いですね……ここまで付き合ってもらって」
「ローラだってなんだかんだ言って付き合ってくれたじゃないか。こうなったら最後まで付き合うさ……それじゃ、師匠。行って来ます」
 結局、ケルアント行きの船はすでにここより前の街で破壊されてしまっているとのことで船も予定通りの航行が出来ないと船着き場の労働者は言っていた。結局、ローラはワンダの背中掴まってケルアントまでの道のりをゆくことになり、イェンガルドでのナナとの顔合わせも必然的にワンダが行うこととなった。
 ワンダの肩につかまっている最中に思いこされるのは、出会って二日目の情事ばかりで、その時ワンダの攻めに喘いでいた自分の声や姿を想像すると顔が焼けるように熱くなる。たまらず湖に顔を突っ込んで冷まそうと努力してみるが、表面ばかり冷たくなるだけで肝心の内側は全く冷えてくれない。
(ワンダー仮面の衣装をきっちりと持って行っているが大丈夫なのかいな? ナナさんは呆れる……いや、案外うち解けるかもしれない。もしくは器用なナナさんなら新しいワンダー仮面の衣装を作ってくれるんじゃ……そうよね、それがいいわ。ナナさんなら、せめて夜の活動に適した濃い色合いにしてくれるといいんだけれど)
 などと、自身の気を逸らすために余計なことを考えるのも終わりにして、ローラは切り出す。

「ワンダさん……」
「何かな?」
「いえ、その……私ってふしだらな女でしょうかね……?」
「まだやっぱり気にしているんだ……」
 ワンダは困ったような、呆れたような、なんともいえない苦い笑みを浮かべた。
「ローラちゃんは、誰とでも寝るとか、股を開くとか……そんな感じでもないし。それに……」
「なんでしょう?」
 恥ずかしそうに目を伏せるワンダを怪訝な眼差しでローラが見る。
「あの時はなんだかんだ言っていい雰囲気だったじゃん……だからそういうことになっちゃっていいって訳でもないけれど、あんな雰囲気に簡単になれるものかな? 俺は……その、ローラちゃんだからっていうのはあったと思うよ、確実に」
「そ、そりゃ……ワンダさんが甘えられそうな雰囲気でしたし、いい匂いですし……だから安心して擦り寄ることも出来たわけですし……」
 言っているうちに恥ずかしくなって、ローラは水を念力で掬い上げて耳や顔にぶっ掛ける。
「でしょ? 嫌いあっている感じでもないしさ。だからといって好きって訳じゃないかもしれないけれど、俺たち悪くないと思うんだ……相性はさ。ちょっと早足過ぎたけれど……このまま擦れ違い続けるってのはもったいないような気がするよ」
「はぁ……まぁ、そういうものですか?」
「そ、最初はなんとなくでもいいと思うよ。別に友達として付き合っていっても構わないしさ」
 ワンダの言葉にローラは首をひねる。丸め込まれようとしている気もするし、もやもやした気持ちが恋なのかと勘違いしてしまいそうにもなる。
「憧れていた……戯曲のように情熱的な恋物語なんて無いのかなぁ……何だか、文章にしたら溜め息が出そうな出会い方だわ……」
 ローラはつぶやき、ワンダに掴まったまま頭を沈めて顔を冷やす。
「しょげるなよ。所詮戯曲なんて憧れを書いたものさ……現実を見ろとは言わないけれど、目の前にあるものまで見逃しちゃダメだよ。今は目の前にないかもしれないけれどさ……綺麗なのは何も高嶺の花や夜空の星だけじゃないって」
 その気が無いとも照れ隠しとも思えるワンダの発言が、ローラのもやもやを恋と勘違いさせる。恋の初心者のローラには、なんとなく抱いていた恋愛に対するイメージのせいで、照れ隠しと理解してしまう。本当はローラに目をつけたワンダの駆け引きなのだが、ローラはそれとも知らずにワンダに惹かれていった。


 会話しながら泳ぐのは辛いものがあるのか、その後のワンダは一切喋ろうとはしなかった。ローラの住む街イェンガルドから最寄の港町、ケルアントについてから陸路を歩く間も疲労のせいか口は重い。
 あまり喋らないせいで悪い雰囲気になりはしないかと心配しつつも、ワンダとナナを引き合わせて数分、その心配も杞憂だったとローラは安心する。
 ワンダはリーダーが桃色の髪を持った色違いのゾロアークであること、リーダーの割にはずいぶん若いことをまず最初に驚いた。しかし、ナナが笑いながら正体を明かすと、実際の見た目は美人だが年相応のおばさんで、しかも色違いではないことにもう一度驚いた。
 ローラもわざわざ驚かせるために、ナナの素性を説明をしなかったわけだが。ワンダがあまりにナナの期待通りの反応だったおかげで、ナナは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。勝ちはあっても負けの無い気持ちのいい勝負で終えた顔合わせの導入は部分は決して悪いものではない。
 そのためか、シリアスな話も含まれているというのに緊張よりも親しみやすさが前面に押し出されて、ことのほかうまく話しがすんなりと進んでゆく。
「ふーん、なるほど。ハッサムをシャーマンとして仲間に引き入れるねぇ。ローラったら、だ・い・た・ん」
 ナナは笑ってローラの頭を撫でる。
「元はクラヴィスさんが言い始めた事なんですけれどね。私も手っ取り早くシャーマン仲間が欲しいですし……。で、大胆かどうかはともかくとして……勝算としてはどうなんでしょうか、この戦い?」
「わからないわ。正直、貴方達兄妹は二人掛かりなら私達よりはるかに上のシャーマンなわけだし……ロイとローラが徒党を組んだ状態の貴方達以上のシャーマンが存在するかと聞かれたら、私は神憑きの子のような特別な存在でもなければ、ほとんどいないと言えるわ。
 そんな貴方達は、シャーマンとしてではなく……戦士としての腕前もそれなりのローラちゃんと、かなり高い水準のロイ君。勝算としては悪くないわ。
 でも、自分が殺されそうになった相手と戦うのならば、流石のハッサムも手加減できないでしょうし……そうなればそのとても強く光る粘土とやらでも立ち向かえるかどうかっていうか、この名前つけた奴ネーミングセンスないわね」
 さりげなく悪態をついて、『もう、面倒だから輝く粘土って呼びましょ』と言ってナナは続ける。

「ローラちゃんの見立てでは、クラヴィスさんやこのワンダ君相手にも手加減していたって言うんでしょ?」
「えぇ……私の見立てでもありますが、クラヴィスさんの見立てでもあります」
 と、ローラは答えた。
「ワンダ君は私と比べればシャーマンとしての力も戦士としての力も弱いけれど……神器を手に戦えば素手の私なんて問題ないくらい強いはずよ。それに手加減するねぇ……そのハッサムってばすごいわね。惚れちゃいそう」
 ナナは言いながら微笑む。
「え、ちょ……戦っても居ないのにどうして俺の戦士としての力が弱いとかどうして……」
 ナナの『弱い』発言をスルー出来なかったワンダが食って掛かる。
「まぁまぁ、若い子が年長者より弱くたって恥ずかしいことじゃないから気にしちゃダメ。たとえば……うん、好きに攻撃してみて」
「こ、攻撃って……まぁ、いいや。行きますよ」
 ワンダ言いながらがナナの腹を殴ろうとするが、ナナはすかさず体の側面へいなして、間合いを詰めつつ彼の肘を取る。ワンダのひじを腋に挟んだまま、首筋に向けて鋭く研ぎ澄まされた爪をなぞるように這わせてナナは笑う。
「ほら、死んだ。貴方の負けよ」
 いつでも命を奪える体勢をとって、ナナは笑った。
「簡単に関節を取られるようじゃ、まだまだ戦士として未熟よ。でも、貴方はまだまだ若いんだし、もっともっと強くなれるだろうからがんばって。私との約束よ」
「は……はい」
 圧倒的な実力差を思い知らされたワンダは、ナナに頭を撫でられながらおとなしく頷いた。
「話が横道にそれちゃったけれど……今みたいに実力差があるうちは手加減できるのよ」
 さりげなく言った酷い一言にワンダは顔をしかめた。
「でも、実力が拮抗している相手には手加減できないのよね。それが子供の喧嘩ならともかく、達人レベルになると打ち所が悪ければ即死級の技もある。だから……なおさら危ない。ローラ、貴方はそういう戦いを挑もうとしているのよ。
 最悪、兄と一緒に介護の手無しじゃベッドから起き上がれない体になったり、悪くすれば死ぬことだってありうる。ローラちゃんはそれも覚悟の上かしら? 介護するほうも楽じゃないのよねーアレって」
 そうなった父親を介護した経験のあるナナは、ローラを脅しにかかる。ローラはごくりと喉を鳴らし、覚悟を口にする。

「元より、兄さまに会うために捨てた命です。だからと言って失っていいってわけじゃないですが……国の経済が立ち行かなくなれば流石のテオナナカトルも活動がままならないでしょう。それを防ぐためにはハッサムを止めなければ。奴が壊した船の数を考えれば、経済はすでに破壊されているも同然ですが、止めないよりかはいいはずです。
 それに……祭りを行うには、優秀なシャーマンをもっと仲間に引き入れる必要がありますから……ナナさんの目的のためにも、シャーマンを引き入れる方面でも頑張らせてもらいます」
「ふふ、私の目的のためだなんて嬉しいわ。あ・り・が・と」
 ナナは上機嫌になってローラの頭を撫でる。
「ま、危なくなったら逃げますよ……兄さんが参加するとなれば私にはムーンライトヴェールの加護がありますし、それにいざとなったらナナさん。幻影でなんとかしてくれるでしょう?」
「うふ、頼られるなんて嬉しいわ。分かった。ロイが良いというのなら、私は止めないし可能な限り援護する。ただし、死んだらアンタの死体掻っ捌いて薬の材料にさせてもらうからね。女の子の恥ずかしい所から、とても言えないような所までバラしてお薬にしちゃうから。
 そうならないように頑張りましょう」
 半分冗談だが半分本気であろうナナの宣言にローラは苦笑して肩をすくめた。
「……かしこまり。そうならないためにも頑張って見せますよ」
「よし、いい子ね」
 決意を固めたローラの頭を撫でながら、ナナはワンダの方を見る。

「そう言えば、ワンダ君ってワンダー仮面とかいう変な服装を持っているんだっけ? ローラちゃんが口を酸っぱくして言っていたわ」
「へ、変じゃないです!! クラヴィスさんがデザインして俺の母親が仕立ててくれたものなんですから」
「変じゃない理由になっていないじゃない?」
 ナナがほとんど感情を込めない淡々とした口調で言うと、ローラは吹きだし笑う。悪いとは思っていても、止められず、笑っている顔を見せないように眼を逸らしている間、ローラはワンダに睨まれていた。
「私から言わせてもらえば……夜の仕事を主にしているのに白を基調としている時点で正気を疑うデザインですよ……黒ければ接近戦では間合いが掴みにくくなるので一方的に攻撃できると言うのが兄さんの強みですし、本来なら衣装を着て戦うならばそうやって色も考慮すべきです。
 吹雪の中で戦うのならば白い色も生かしようがあるのですが……」
「ふむふむ。今日の戦いでサポートをお願いしようとも思ったけれど、そんな格好ばかり気にしている典型的な馬鹿みたいな格好したヒーロー失格の奴ではサポート係には向かないわね。あぁ、私ならもっといい変装用の衣装を仕立ててあげられるのに……ワンダ君。うちに来て、採寸でも取らないかしら?」
 さらりとかなりひどい事を言ってナナは笑う。
(兄さまを襲った件といい、リーバーさんを襲った件といい、ナナさんは美少年や美青年……っといってもワンダは兄ほどではないけれど、そういうのが好きなのだろうか? それとも本当に私の援護をさせるためだけに黒い服を着せようって言うの? どっちだろ……)
 考えても、ナナは本心を見せてくれない。ナナ=シェパードは自分の感情さえも化かす狐なのだから。


 しばらく時間が経って、ロイの働く酒場の営業が終わりロイとローラで二人きりになった室内。ローラはスープ皿につがれた葡萄酒を片手に、これまでの経緯をこれからの予定についてを話す。
「それを……俺らがやるのか……?」
「うん、このまま放っておくわけにもいかないし、上手くいけば優秀なシャーマンを仲間に引き入れるチャンスだし……」
 揺ぎ無い眼差しで、ローラがロイを見据える。
「……父さんがな」
 ロイは、ほっと息をついて微笑む。
「父さんが弟の目付きを褒めた時に、弟はそういう目をしていた。今のお前なら、父さんも『いい目だ』って褒めてくれるだろうよ……。お前はさ、貴族時代に英才教育が嫌で、教育役のイーサンにさえ勝てればいいって鍛えてきたけれど……今もトレーニングは怠って無いだろうな?」
「毎日、たしなむ程度には体を鍛えてます。兄さんにもナナさんにも足元にも及びませんが、リーバー君くらいなら相性差の無い技を選んでも圧倒出来るくらいには」
「……まぁ、それなら足手まといにはならないレベルだな。それで何処まで通じるか分からないが……とにかくだ。やばくなったらすぐに逃げるぞ? サンライトヴェール*1の力も万能ではないのだからな」
「逃げるときは兄さんのムーンライトヴェール*2があるじゃないですか。大丈夫、捕えることには失敗したとしても……きっと生き残りましょう。兄さま」
 ロイは苦笑して足で頬を掻く。
「たくましいことだな。全く、男だったら俺や父さんがもっと鍛えてあげられたのに……もったいない」
 ロイは笑って葡萄酒をすくい取る。
「……だが、そのハッサムの行為を止めるのはいいとして俺達は何処へ行けばいい? クルヴェーグの隣のサントライドか? それとも……その間にある小さな漁村かな?」
「分からないけれど、とりあえず行動しなければ何も始まらないし……お店は大変だろうけれど歌姫さん達に任せて、なるべく早く片をつけましょう。ねぇ、ナナさん?」
 驚嘆したロイの顔。ローラが振り向きながら話しかけた先には何も居なかったが、コツコツとわざとらしく爪が木の床を叩く音が聞こえる。ローラに比べれば鈍いロイでも、その足音の正体に気が付かないわけにはいかなかった。
「盗み聞きとはいい趣味とは言えないな……ナナ」
 名前を呼ぶと、ナナは髪の毛をたくし上げてポーズを決めながら目の前に現れる。
「あら、私は元から悪趣味よ、ロイ」
 ナナに笑顔ではぐらかされ、ロイはお手上げといった様子で眉をひそめる。
「で、なんの用だよナナ? デートのお誘いだったら嬉しいんだけれど」
「うん、私もそうしたかったところなんだけれどね」
 冗談めかすロイに対して、動じることなくナナは返す。

「フリージンガメンからのお達しよ。明日……もし通常通りの運航であればサントライド行きの船が出る船着き場に案内されたわ。もう通常通りの運航は望むべくもないけれど……ま、今うちの家で疲れて寝ている水ポケモン君もいることだし、小舟を借りて引っ張っていってもらいましょう。サントライドへ向かってね」
 どうやらナナはワンダを自分の家に連れ込んで何か変なことをさせているらしい。ロイもローラもそれには苦笑する他無く、ロイやリーバー(ついでにテオナ*3)の時と同じく、ワンダが手を出されないように祈るばかりである。
「ところで、ナナ。出来ればハッサムを仲間に引き入れたいとかローラが言っていたが……正気か?」
「そりゃ、いざとなれば私達の命を優先よ。危なくなったら敵を容赦せず殺してしまっても構わないわ」
 ナナの答えが求めていたものと違っていて、ロイは首を振る。
「そういうことじゃなくって……異教徒だろ? まぁ、神龍信仰から引き入れたやつが居る以上、異教徒でも受け入れようって精神はあるんだろうけれど……強引に仲間に入れようとして、神に対する考えを改めてくれるかどうか……そういうことさ」
「ふむ……」
 と、ナナは鼻息を漏らす。
「別に、黒白神教は二人の神を主神とあがめているだけで、他の宗教で信じられている神が、もっとも偉いという考えを否定するつもりは無いわ。だから、強引というよりか……むしろ興味を持ったら掛け持ちしても構わないって感じでね」
「改めて言われると、黒白神教って適当だなぁ……」
「適当じゃなくって柔軟といって欲しいわね。大体、世界にはいろんな考えがあるのよ……男のほうが偉い、女のほうが偉い。肉には赤ワイン、いや白ワインだ……ってね。でも、そういった対立した考えを持つ者は共存してはいけないのかしら? 隣に異教徒がいたらそいつを何が何でも排除させるか改宗させたいと思うのが正しい信仰の形なのかしら?
 そうじゃないでしょ? 黒と白ではなく灰色だって悪い色じゃないし、黒と白が混ざっても必ずしもどっちつかずな灰色になるわけじゃない。シママやゼブライカになることだってあるでしょ? 肉にかけるのは、真っ白な塩? それとも黒コショウ? いいじゃない、塩コショウは美味しいわよ」
「塩コショウとそれはちょっと違うような気がするけれどなー……」
「ふふ、そうかもしれないわ。白が砂糖で黒がゴマかもしれないものね。そんな調味料で味付けられたお肉は個性的な味になるでしょうね」
 と、言ってナナは笑う。

「まーた訳のわからないことを……」
「確かに混乱させちゃったかもしれないわ……でもね、私達は一人一人姿かたちも生きている場所も生態も違う。そうなると、その人にあった価値観が存在し、またその地域にあった価値観というものがどうしても存在する。とある水が豊かな国では一日一回お湯浴みしなければ気持ちが悪いと思う者もいる。
 けれどその常識を砂漠に持ち込めるわけは無いでしょう? だから、『水浴びしなくっても大丈夫』と考える者を頭ごなしに『不潔』だなんだと蔑んじゃいけない。この国にも『鱗剥がしの咎*4』なんて考えがあるけれど、それを汚いからやめろなんて否定してはいけないの。
 レシラムとゼクロムもかつては別々の対立した意見を持った英雄に力を貸しあったりと世界を左右することもあった。宴の席に用意する物を酒かパンかで言い争ったりもした。しかし、最終的にはどちらの意見も尊重しあい、和解しあったんだから。
 元々一つのポケモンから生まれたと言うその二つのポケモン……今その大元となったポケモンは名前すら調べようもないから、代わりにゼブライカを平和の象徴として伝えているけれどね……ゼブライカほど美しく白と黒が共存する世界、見てみたいとは思わないかしら?

 ゼブライカの白と黒のように、争い合ったりせずに互いを認め合う柔軟な思考で共存していけばね……フリージアやその家族のように、白い者が黒い者に心を開いてくれるものよ。ウーズ家と今のような関係になるために、2代前のテオナナカトルのリーダーは色々苦労したそうだけれど……先代が出来たんだもの。やってやれないことは無いわ。
 黒白神教は柔軟な宗教。たとえ、崇める神が違っても、神を歓迎する心あればあれば私達の祭りに参加できるのだもの……他国の王を敬うように、異教徒の神を歓迎すればいいのよ。それが許されるっていうのは黒白神教の強みであり弱みなの……揺らぎやすい信仰心という弱みであり、しかし柔軟な信仰は時代の変化に容易く順応できる。
 相手にとって……私の祭りに参加することが、神に対する冒涜になったりする教義でもなければ、好奇心が祭りへの参加を促してくれるわよ。むしろ、異教徒にこそ参加して欲しいお祭りだわ。私達のお祭りは……だってそれは、参加することそのものが平和の象徴なんだもの。
 ハッサムはきっと、奴隷として同胞を攫い続ける私達に憎しみを持っているから、きっと私達の事を理解しようとはしてくれない。でも、理解するきっかけを私達なら与えられる気がするの。
 ま、そこはアレ。ハッサムの信仰する宗教が神龍信仰みたいに頭の固い宗教じゃないことを祈るばかりね……私達のように、柔軟な思考の持ち主だといいのだけれど」
「ふむぅ……とりあえず、ナナはそのハッサムを仲間にするという戯言を正気で言っているってわけね。こりゃ、俺が反論しても梃子でも動きそうにないな」
「うん、私はいつでも正気だもの、ロイ。ハッサム君はきっと捕まえて見せるわ」
 ナナの笑顔にロイは溜め息が出た。
「どうあっても、全てはハッサム捕まえなきゃ始まらないって訳ね……疲れそうな仕事だな」
「ふふ、そういうこと。それじゃ、その疲れそうな仕事に備えて今日はゆっくり寝ておきなさいな」
 ナナはいいながらウインクを一つ。ローラの見ている前でロイに軽く口付けをした。驚くローラと、ローラに見られて気まずいロイ。二人を取り残して、ナナは悠々と自宅へと帰っていった。


 翌朝、ワンダは眠たそうな目をして待ち合わせ場所に現れた。
「どうした? ナナに何かつき合わされたか……?」
 ロイはワンダの体調を案じて尋ねた、
「逆だ。俺たち『シード』にはない薬学の知識や、神器の使い方などに目を輝かせていただけさ。むしろ付き合わせたのはこっちだよ。今度来るときまでに写しを作ってくれることまで約束してくれて……興奮して読みふけっていたらいつの間にか朝になっちまってな……眠い眠い」

「眠いって……そんなんで大丈夫なんですか? ミリュー湖は結構大きいですよ? 寝ないと体が持ちませんよ」
 見るからに疲れた顔のワンダを一応は心配するも、ワンダは首を横に振る。
「大丈夫だ。頭はさえていないが、体のほうはばっちり。疲れも取れている」
「馬鹿かお前は? 遠征の前に休息を怠るのは素人のすることだ。以後、改めるように」
 ローラはやさしく諭したと言うのに、なぜかここでロイがでしゃばる。ロイとワンダは同年代のはずなのに、ロイはすでに上官気取りのようだ。確かに、従軍経験がある以上はロイが上官をやっても違和感がないのだが、ワンダは少し納得がいかない様子。とはいえ、ロイが言っていることは正論であるから反論も出来ず、結局ワンダは何もいうことが出来なかった。

 イェンガルドから港町ケルアントまで歩いて約3時間の道のり。ケルアントからサントライドまでの水路は、引っ張る連れの重さとワンダの体力とも相談して4時間ほど。ボートに乗っている者たちもサイコキネシスを駆使したり、ナナはオールで漕いだりと、申し訳程度に補助していたがあまり足しになっている様子もない。
 結局サントライドの街並みが見えた頃には、ワンダは水ポケモンだと言うのに溺れそうなほど疲弊していた。そんなワンダに追い討ちをかけるように、浮き草が矢印で方向を示すように生長する。フリージンガメンのお導きであった。
 目の前でみるみる内に浮き草が育ってゆく様子に、ワンダは感動を覚えるよりも先にまだ泳がされることに対して意気消沈していた。他のメンバーも流石に可哀想と感じたのか、ボートの上にワンダを上がらせ、おとなしくオールを漕いで進むことになる。

 全体的な道程は10時間に及び、小さな漁港ヴェルサンドライドに付く頃には、誰も口をきく者が居ないほどに全体が疲弊していた。ワンダ以外の3人はすっかり体温が上がり、舌を出しながら荒い息をついている。
「水辺だけあって蚊が多いし……野宿はきついわね。宿でもとって休みたいところだけれど、この街に宿はあるかしら?」
 ナナは荒い息に途切れ途切れの言葉を混ぜながらそう尋ねた。
「小さな漁村で、旅人も水路を取ることが多いところだが、一応商人達の通り道の一つでもある。だが、今の季節は宿なんてガラガラのはずだから、寝床には困らないはずだ」
 一応地元クルヴェーグに近い街でもあるためこの辺りのことには詳しいのか、ワンダが答える。
「そう……でも、宿を探す前に、ちょっと水浴びしていきましょう。みんな、暑いし疲れているみたいだし……」
 ナナはロイとローラ、二人を見て提案する。
「賛成だな……俺もサイコキネシスのしすぎで疲れた」
「兄さまに同じく」
 汗をかけない*53人は、暑さをしのぐために水浴びを決行する。すでに日は沈みかけているので、水を浴びてじっと風が吹くに任せていればそれなりに涼しいだろう。
「じゃあ、俺は宿を探してくる……ゆっくりしていてください」
 水ポケモンでもない者達は不便だなんて思いながら、ワンダは宣言どおり宿を探しに行く。目的の宿はすぐに見つかった。今の季節は旅人は少ないかと思ったが、ハッサムが原因で水路に任せることに若干の不安があるそうだ。それゆえか、例年よりもかなり多くの者が陸路を取っている。相部屋をお願いされるほどではなかったが、このまま放っておけば、じきにそういう事態にも発展するだろう。
 水辺に近い宿屋の主人も、客が増えるのは嬉しいことだが……と難色を示している。すでにハッサムが経済に与えたダメージは計り知れないようだ。

「大変ですね」と声をかけて、ナナはこっそり室内に雑草と土を持ち込んで小さな鉢に植える。何のためにそんなことをするのかとワンダが聞けば、フリージンガメンの導きを聞くためだという。鉢に植えた雑草が急激に育ったときに出発すれば間違いないはずだと、ナナは言う……のだが。迷惑じゃないかとワンダは苦笑した。

 ◇

「起きろ、ナナ」
「……ん、あぁ、おはようロイ」
 無防備に眠っていたナナは、本来の姿である火傷のケロイドと年相応の見た目、さらには色違いでも何でもない通常色に戻っていたが、起きた瞬間に彼女はいつもの若々しいナナに戻る。起きてすぐに幻影を纏えるあたりが、ナナの寝起きの速さをうかがわせ、ロイはいつも『戦士の才能があるんじゃないか』と感じている。

「今日はまだ来ないみたいだな……ナナ、確かにこの街で合っているのか?」
 0時近くまで交代で鉢を見張っていたが、フリージンガメンはうんともすんとも言わない。見張りの交代の時間も近いのでロイがナナを起こした時、ロイの開口一番は愚痴であった。
「う~ん……私に言われても分からないけれど……そもそもここには襲うような大きな船は無いのよね」
「船がないってことは……ここは襲うことなく通り過ぎるつもりなのかもしれないし……通り過ぎるということなら深夜だろうが真昼間だろうがいつ来てもおかしくないってことだろうし、そこは頑張って見張りましょうよ。待つこともまたシャーマンの修行の内だと思いなさい」
「頑張る……ねぇ。まぁいいや。とりあえず俺はまた寝るから……ナナ、次の見張りお願いね」
「かしこまり。ゆっくり休んでね。戦う前に疲れなんて残さないように」
「心得てるよ。そんなのは貴族の時代からね」
 ナナの言葉を聞いて、ロイは見張りを交代してさぁ眠ろうと四肢を投げ出そうとして、頬を撫でられたかと思えば口付けを強引に交わされた。
「御休みなさい」
 と、ナナは微笑んで舌舐めずりをした。
「あ、あぁ……御休み」
 寸止めのままお預けを喰らって以降すっかり性交渉もご無沙汰で、ナナには性的な意味でのやる気がないのかともロイは思っていたが、どうやら違うようだ。まだ脈ありなんだと安心した反面、ロイは口付けのせいでガラにもなくセックスを連想してしまい悶々とした気分を抱えることになる。再び眠れるかどうか怪しくなってしまった。


 そして、数時間後……
「おい、皆起きてくれ。草が見る見るうちに成長している」
 ワンダ声掛け一つで全員が飛び起きる。全員の視線が鉢に植えた雑草の方へ殺到し、確かに成長している事を見届けては、あるかないかの準備を1分もかけずに終えて(ワンダがワンダー仮面に変装していたために一番時間を掛けた)立ちあがる。
 宿代は前払い。金を払わずに逃げたなんて思われることもないだろうと、全員が窓から飛び出し、ローラはまず空気の流れを感じ、それ以外はフリージンガメンのお導きとなる不自然な生え方の雑草を探す。最初こそその導きもあって、村の外まで誘導されたはよいのだが――
「雑草……無いわね」
 一本の木の前でその導きも止まっていた。
「ここから先はローラの感覚頼みってことじゃないのか? なんだかんだ言ってローラは親父よか敏感だし……フリージンガメンだってそうそう何度も神託やってたら疲れるだろうよ」
 父親以上に物音に敏感であったローラの幼少時代を思い出して、ロイがぼやく。
「とりあえず、木の上に上って待っていましょう。もしかしたら、鉢合わせになるかもしれませんし」














「わかったわ……ローラちゃんお願い」
 と、言うわけで一行は木の上で気配を殺して待ち構えることになる。そのまま、何もないままに数分。ローラはせわしなく尻尾の先を動かし何かを感じ始める。

「湖の水面に……何かが居るような気がするんですが……兄さま、見えますか?」
 ローラが尻尾で差し出した方向を見ると、ブラッキーでもやっと見えるくらいの位置を何かが横切っていた。
「……遠すぎて流石にハッサムかどうかは分かりにくいが……確かに何か居る。辺りを気にしているが……水を飲むのか水浴びでもするのか……」
「どっちでも良いわ。みんな、相手が水辺に居る場合の作戦は覚えているわね?」
「当然だ、俺が考えた作戦だもんな」
 ロイは頷く。
「忘れるほど難しい作戦でもありませんし……」
「一応……ね。ヒーローはもの覚えが悪くてはやっていけない!!」
 ローラ、ワンダともに頷き、ナナは満足そうに微笑んだ。
 足音を立てないよう、夜目の利くロイが慎重に足場を選んで先導する形で接近。先ほどまで走っていたのか、ハッサムは水をかぶった上で羽ばたき、体温を下げている。その仕草が接近の音を程よく掻き消してくれるので、接近は容易だった。
 走ってきた以上、疲労しているであろうことは容易に想像が出来る。仕掛けるのにコレほど都合の良い状態もないだろう。
「ロイ、ローラそろそろ仕掛けなさい」
 街から数百メートル離れた辺りだろうか。ナナがロイに指示を下す。
「分かったよ。5秒後にサイコキネシスを使う」
 ロイの言葉にナナが頷くのを確認して、ロイはカウントを始める。
「3・2・1……サイコキネシス!!」
 ロイが大声で宣言する。ローラもタイミングを合わせてロイと共にサイコキネシスを発動した。
 突然の不意打ちに為すすべなくハッサムは吹き飛び、湖の深みに沈んでゆく。水によって光が屈折し、目測ではは距離を測り辛いが水深は4m程だろうか。距離が遠かった事や、相手が重い上に効果は今一つな鋼タイプであったがために二人掛かりであっても大した距離を飛ばせなかったが、これでもよく出来た方だろう。
 すかさずワンダとナナが湖に飛び込み、ワンダは湖底にハッサムを縫いつける。ご丁寧にハッサムの頭を下になるようにサイコキネシスを操作し、踏ん張り辛い体勢で。
 プレートには防御能力を上げる力がないのがハッサムには致命的だった。ただでさえ、ハッサムの体重は重い。湖に沈めてしまえば何もできなくなるわけではないが、体力を削るにはむしろ普通に攻撃するよりも遥かに有効だった。
「うふ、トドメね」
 ナナが口の端を吊り上げて言う。ナナの言葉は呪詛のように水面に波紋を作り出し、次いで湖の底に大穴が開きその穴の中から触手のように伸びる黒い手が脚へ絡みつく。もちろんこれは幻影なのだが、まんまと幻影に騙されたハッサムは体内に残された空気を一気に吐き出す勢いで泡を噴き出した。鋼鉄の爪で触手を攻撃しようとしてそれは叶わない。犬かきで泳いで接近したローラとロイとワンダが3人掛かりのサイコキネシスでハッサムを湖底に縫い付け、そうなってしまえばもがくことすらできやしない。
 状況を把握することもままならないままハッサムは水中で力尽きた。ワンダは救出する前に、まずナイフで首に提げられたプレートを切り離し、それをナナに預からせた。
 ナナがプレートを自身の髪の中に収納した所で、ようやくワンダは安心して水底からハッサムを救出した。


「強いと聞いていたんだが……意外と呆気なかったな」
 がんじがらめに縛られた状態のハッサムを見ながらロイが感想を述べる。
「そりゃアレよ。どんなポケモンだって、呼吸が出来なきゃ死ぬもの。それに、どんなに強かろうと心が強くなければ幻影は効くわけだし……幻影を見ただけで取り乱しちゃうなんて……この子も、まだまだ未熟だったってわ・け・ね。
 こうやってゆっくりと寝顔を見ると、結構可愛い顔しているしぃ」
 ナナが舌舐めずりをする。ここでナナとハッサムを二人きりにすると何だか(性的に)酷いことになってしまいそうで、ロイとローラは気が抜けない。
「さて、どうやって口車に乗せようかしらね」
 言いながら、ナナは髪の毛の中に収納しておいた蜜と乳の匂いのするこの香油を振り掛ける。こういうところが、ナナのやり方が徹底していると思わせる要因だ。あの香油の匂いは嗅ぐだけでも警戒心が薄れてしまう魔性の香りだ。警戒心を根こそぎ奪うあの香油の前には、ハッサムの反感も殺されてゆくのだろう。
「それにしてもいい作戦だったわ。まさかサイコキネシスでひたすら溺れさせるだなんて……ロイってば賢い」
 ナナが笑顔でロイの頭を撫でる。
「親父からの受け売りだから大したもんじゃない。サイコキネシスは冷静であるほど簡単に振り払える……ならば、冷静じゃない状況にするには、炎や水の中に飛びこませるかナイトヘッドで幻を見せろって……それを実践したまでだ」
「んもぅ、謙遜しない。誰もが輝く粘土を使って対等の条件で戦う事を提案したのに、貴方だけは真っ向から戦わずにこう言う戦いを提案したんだから。これぞ悪タイプって感じで好きよ、そういうの。
 ふふ、っていうか私も馬鹿だったわ。こんな簡単なこと考えつかないなんて……」
「だから、それは父さんのおかげだってば。やっぱり父さんは百戦錬磨だよ。父さんのよう立派になるには……自分で作戦を考えるくらい通過儀礼みたいなものさ」
 生きているかどうかも分からない父親の顔を思い出して、ロイは力なくため息をつく。
「ふむ。一度やられた相手に勝つというのはヒーローの誉れだな……」
「あの……ワンダー仮面を名乗るのは良いのですが、これからはせめて普通に黒装束の格好してくださいよ、お願いですから」
「ご、ごめん……」
 ローラのため息交じりの頼みにワンダは平謝り。
「……で、どうしましょう? ……相手がどう出るかによっても私たちも対応を変えなければなりませんし」
 ここで捕えたはいいが、このハッサムを連れて街をうろつくわけにもいかない。ナナのイリュージョンで透明人間のように振る舞わせるのも少々時間が限られている。
「どっちにせよ、まずは起こしてからよね。アグノムの加護を受けた宝石(スモーククォーツ)の準備よーし」
 と、言いながら、ナナはハッサムの背中を起こして軽くひざ蹴りをかます。グハァッとばかりに息を吐き出し気付けされたハッサムは、縛られている事を確認した上で力なく辺りを確認した。
『はぁい、お目ざめの気分はどうかしら?』
 アグノムの力の籠った神器を扱いながら、不気味なほどに明るく語りかけるナナ。異様なナナの振る舞いに恐怖を覚えたハッサムは、今にも泣きそうな恐怖を抱いた顔のまま答えない。
『ねぇ、悪いようにしないからなんとか言ってみたらどうかしら?』
『……我を始末しないのは何故だ?』
 南西の大陸(虫の楽園)で使われる奴隷の言語がすんなり頭の中に入っていることにロイは驚くが、すでに体験済みのワンダとローラは特にこれといった反応も見せない。

『……何故って、そうねぇ。貴方を殺すメリットがないからかしらね』
『メリットがないだと……?』
『うん、私達は貴方のようなシャーマンを探しているの。私達、長いこと行われていないお祭りがしたくってね……そのためには腕のいいシャーマンが必要だわ。貴方がそのシャーマンになってくれないかしら?』
 子供をあやすような滑らかな声でナナがハッサムに語りかける。
『ふざけるな!! 何故我が同胞を攫い、酷使する蛮族の片棒なんぞ担がなければならない』
『ストーップストーップ、クールダウンよ。そうね、まずは自己紹介から』
 ナナがハッサムの口を強引に塞ぐ。指一本で軽く触れただけだが、叱られた子供のようにハッサムは言葉を噤んだ。
『私はナナ。ナナ=シェパードよ。こっちの人たちは順番に、ワンダ、ロイ、ローラ。さて、貴方の名前は?』
『……マンヅ(鎌)』
『へぇ……素直に言えるじゃない。それが貴方の名前ね、分かったわ……それで、貴方は何故あんなことをしたの?』
『決まっている……これ以上蛮族共が我が祖国の土を踏まないように、だ』
『やっぱりそうよね。でも、奴隷を運ぶ船以外にも壊したのは何故?』
『替えの船を作らせる速度を遅らせるためだ……奴隷を運ぶ船だけを壊したら、次に作られるのは奴隷を運ぶ船だけだ……』
 幼稚な発想とはいえ、意外と考えているんじゃないかと、ナナは感心する。
『奴らは船さえなければわれらの大陸に大群を派遣することはできないだろう? こっちに潜入するために……そのプレートを翅の裏側に隠して、飢えにも渇きにも耐え抜いて、だ。我には、私の土地を守る義務があるのだ。その義務を果たそうとして何が悪い!!』
 いきり立つマンヅの顔の前に手を翳し、ナナは再びクールダウンを促す。
『悪くは無いわよ。むしろ共感するわ。でも、悪いかどうかと迷惑かどうかはまた無関係なの……だからこそよ』
 悔しそうに呻くハッサムをナナが笑う。
『これから先、迷惑掛けなければ、今回の事は許してあげるし、貴方が望む人達に釘をさしておいてあげる……。悪いようにはしないわ』
 ナナが素敵な笑顔を見せた。縛られて『ん』の字になっているハッサムに抱きつき、半ば誘惑するように(というよりかナナ以外の4人は少なくとも誘惑だと思った)ハッサムに頬を寄せる。
『放せ、このまま晒しものにして我を愚弄する気か!?』
『だから悪いようにはしないってさっきから言っているじゃないの。貴方をしかるべきところに突き出せば、お金っていういい物が貰えるんだけれど……そんなものはいらない』
 ナナが諭すようにハッサムに語りかけるが、マンヅと名乗ったハッサムは頑としてナナの言う事を聞こうとしない。あまつさえ、息を大きく吸い込んでは、
『放せ!!』
 と、耳元で叫ぶ始末だ。
「ふむ……」
 ナナは大声によって生じた耳鳴りに顔をしかめながら、マンヅを片手でひっつかみ湖に捨てる。もちろんマンヅは縛られたままなので溺れるのは必至だ。
「イェンガルドに戻りましょう。マンヅに会わせたい、テオナって人がいるので」
 溺れるハッサムを尻目に、ナナは笑顔でワンダの知らない人物の名を挙げる。
「テオナさんですか? 良いですね、あの人幸せそうに暮らしていますし」
 ローラは一枚噛んだビークインを思い浮かべて笑う。
「うん、それもだけれど、イェンガルドにいる知り合いの裏運び屋さんにこのハッサムの運搬をしてもらいたいし……素直になれない子は、ちょっとばかし荒療治で素直にさせるの」
 ふふ、と笑いながらナナは湖に投げ込んだマンヅを引き上げる。咳こんでいるマンヅは、恨めしそうにナナの方を睨んでいた。
「じゃ、ワンダ君。明日もボートを引っ張る係を頑張ってね」
 ナナからさりげなく重労働を任されて、ワンダは思いっきり苦い表情をする。ただし、ナナは誰にも有無を言わせず、四の五の言わせずワンダのその表情を眺めることはしない。ただ、笑顔で水中に落としたハッサムを救出しに行くだけだ。


 翌日の道程の最中。縛られたまま何もやる事がないと寂しくなってくるのか、船に乗っている最中マンヅは少しずつナナやロイやローラへ話しかけるようになった。ワンダはずっと船を引っ張っているので、話が出来ない上に話す気力もないというふうである。
 再び、「なぜ殺さないのか?」というマンヅの質問には、やはりナナは「殺す必要がないから」と、答えた。
『貴方の仕事はもう終わり……これ以上船を壊し続けても、状況がよくなるとは思えないわ。だから、私達に仕事を任せてくれないかしら。』
『何をする気だ? お前らが私の代わりに船を壊すとでもいうのか?』
『そんなこと出来ないわよ。ただし……この国の言葉を書き記すだけでも、きっと貴方がしたことの効果は倍増するわ。文字って知っているかしら? 便利な物なのよ』
 ナナが尋ねると、マンヅは首を横に振る。
『ふふ、喋る言葉と同じ意味を、こういった記号に持たせるのが文字という物よ。例えば、こう言う風に書けば「おはよう」の意味になるわ。喋る言葉の代わりになるのよ……この記号がね』
『それを使ってどうする気だ?』
 尋ねられて、ナナはギラリと眼光を光らせて舌舐めずりをする。
『次、「奴隷船を作ったらまた船を破壊する」って脅してやりましょう。そしてもう一度破壊するその時くらいは、私も協力してあげるわ』
 クスクスと笑い、ナナは縛られて『ん』の字になっているマンヅを後ろから抱きしめ耳元でささやく。
『これだけの事をしでかした後よ。ほとぼりが冷めるまで彼奴等も奴隷船なんて作ろうとしないはず。重要なのは、それを伝える手段を声ではなく文字にして伝えられるという恐怖……なぜならね。
 貴方は、この国では奴隷。「文字の勉強を受けておらず、文字を書けないはずの蟲の楽園からの無作法な訪問者」よ。しかしこの短期間で貴方は文字で物を伝える手段を学んだ……なんてことは有り得るわけないわよね?
 それが意味するのはそう。この国に……「文字を書くことが出来る協力者がいる」、と言う事。ハッサムはのたれ死ぬことなく、何処かで息を潜めて待っているという恐怖感の演出……素晴らしいと思わないかしら?』
 ナナの提案にハッサムは沈黙するが、やがて顔を上げてナナに言う。
『すまん、もう一回説明してくれ』
 あらら、と間の抜けた声を出しつつも、ナナは分かりやすいよう筋道立てながら説明し直す。

 懇切丁寧なナナの説明。マンヅはあまり難しいことを考えない性質なのか、非常に理解力が悪かったがきちんと聞いているうちにそれなりの理解をしてくれたようで、しだいにナナの話を面白そうに聞くようになる。
『と、言うわけで文字の力と言うのは偉大なわけよ……その文字の力を使えないはずのハッサムが文字を使う……それは不可能だって皆考えるでしょう?』
『なるほど……不可能を可能にする方法は、協力者がいるということ。すでに我の背後に協力者がついていると考させれば……』
『貴方の姿が消えたからと言って、その記憶を風化させることは出来ない。つまり、奴隷を輸入する船を作ろうなんて気も起きないでしょう? そうすれば、私達はもう船を壊されない。貴方は貴方で、奴隷としてこの国へ運ばれる同胞を少なくできるし、安全なところで平穏に暮らす事が出来る。利害は一致するのよ、このお話は。
 どうかしら? このお話に乗って見ないかしらね……きっと、みんなが幸せになれるわ』
 ナナは手首の裏に振りまいた蜜と乳の香りのする香水を思いっきり嗅がせる。甘ったるい匂いに警戒心をはぎ取られたマンヅは、ナナの話を良い話と信じてやまなくなる。ほどなくして、ナナもそこまで計画通りに行くはずはないと思っている計画に対して、マンヅはうんと頷いた
『ふふ、それじゃあ後は世間話でもしましょうか』
 と、ナナは縛られたままのマンヅへ笑って持ちかける。どうやってあのプレートを入手したのか? 奴隷船なんかに乗ってきてどうして体力を消耗することなく速攻で活動で来たのかなど訪ねるナナの後ろでは、たった一日で敵を懐柔するナナの腕に感心した二人が、それについてを小声で話しあっていた。
 対してマンヅは一つ目の問いには、「拾った」と答える。ナナはナナで、首にかけているフリージンガメンは拾いものだと答え、『奇遇ね』と笑い、二つ目の問いには、「あれほどのプレートを装備しているのなら体力の消耗を抑えるくらい造作もなく出来る」と、答えた。
 なんだかんだ言って、ナナは世間話の間でさえ何度も『奴隷貿易なんてしてしまって済まないと』謝っている。それは自分達、黒白神教の力が足りないせいだ、と付け加える。ナナが謝った所でマンヅの気が晴れるわけではないが、ボートの上や縛られたまま街道から外れた道を行く道程などで会話するうちに、徐々にナナとはうち解けていく様子が見て取れた。


 途中、マンヅを積み荷の中に隠しながらたどり着いた先は、Bキャンセルなる道具を作成する際にお世話になったあのビークインが働く果樹園。ナナによって酷過ぎる悪夢を見せられ、奴隷を酷使できなくなってしまったトロピウスの雇い主はすっかりビークインを気遣うことに慣れている。
 職業選択の自由がないという意味ではそのビークインはまだ奴隷であるが、明るい表情を見せることが多くなったそのビークインは当時付いてなかった名前をもらい、テオナと名乗って日々充実した暮らしをしている。テオナと名乗ってくれた理由は、恐らくお世話になったテオナナカトルにちなんだのであろうことを誇らしげに自慢して、ナナは微笑む。
『見なさい……私達が色々やって、あの子の待遇を改善したのよ。奴隷という言葉の定義からは解放されていないし、本当にごく少量の成果の一つでしかないんだけれど……それでも、一応私達も頑張っているんだってことは伝えたくってね』
『私の……私のいた場所にもどうしようもないクズはいた。そして、逆にいい奴過ぎて損する者もいた……お前達も、いい奴なのだな』
『さぁね? いい人かどうかなんて、建前以外では考えることは止めたわ』
『そうか……ならばどっちでも良い。お前がこういうことをしてくれたこと。それだけで私はお前を評価したい……お前をこんな風に育てた神の教え、少し興味がわいてきたぞ』
 あらぁ、とナナはわざとらしく喜んで見せる。
『うふふ。私達は美しき神レシラムや、猛々しき神ゼクロムのために祈るのよ。貴方が祈る神は何かしら?』
『それはもちろん、アルセウスさ』渋い顔ばかりしていたマンヅは笑って答えた。

***

『マンヅと和解するのに一日掛けないとは……ナナは恐ろしい奴だな。マンヅの奴、最終的に黒白神教の総本山というか本拠地であるヴィオシーズ盆地へ送られることになったが、別れ際にはナナとの別れを惜しんでいたくらいだ。どうでもいいことだけれど、ユミルが好んで変身するムクホークは裏の運び屋さんだったんだなー……ナナの知り合いがユミルが好んで変身するムクホークのオリジナルだったとは……予想外だ。

 ナナによれば、マンヅは南西の大陸(虫の楽園)にいた頃の事なども話してくれたらしく、やはりと言うべきかマンヅはかなり地位の高いシャーマンだったようだ。部族の皆がとった獲物を切り分ける権利を持つ。その集落に数人しかいない稀有な役割を持った人物だそうで、冠婚葬祭のみならず日常の食事ですら彼の手の内なのだと言う。全く、俺たちよりも遥かにシャーマンとしての力が強いわけだよ。

 しかし、マンヅの凶行は途中で止めたとはいえ経済の混乱はすさまじい。運河によって大量の物資が海から流れていたジェルト海からミリュー湖への道のりは実に停泊中の20%程の船舶が破壊され……失業者があふれるとか、そう言うレベルじゃ済まないだろう。海では少数ないしは少量の物資や人員を運ぶラプラス便が大盛況し、需要の向上と共に賃金の向上も起こった今ではラプラスが海に運河に湖に、ひしめき合っている。
 地上の酒だとか木の実だとかというものに興味を持ったラプラスが、無邪気にも金でそれらを買おうとしているのだ。そのおかげで物流が途絶えないのは良いことなのだが……ジェルト海周辺やミリュー湖周辺の治安は経済に比例して悪化していくだろうな……すでにして失業者も出てるみたいだし。
 山の上でははげ山になりそうな勢いで木が切られている……材木になるんだろうけれど、酷い光景だ。山の上ではそうして特需の好景気になっているようだが、それもいつまで続くことやら。
 神憑きの子だとか言うクリスティーナとやらは無事らしいが……全く、マンヅは酷い爪痕を残してくれたもんだ。

 俺達の店は湖の貝や魚しか取り扱っておらず、まぁ食料の心配はしなくってもいいだろう。どうせ、香辛料も当分尽きる事は無い。
 だからまぁ……いつも通りトニーとジョーが来るんだよな。あいつら暴れん坊ハッサムのニュースなんて知らないのだから気楽で羨ましいくらいだ。

 心配なのはむしろ奴隷たちの行方であった。船の底でオールを漕いだり、船を直接泳いで引っ張ったりといった役割を持った奴隷たちは、仕事を失ってしまったわけで……結論から言えば国外へ売られることになった。
 戦へ投入できる財力を失ったことや、東方で起きた、炎と捩じ切りによる神龍軍の壊滅(雪解け人の季節に聞いた奴と同一人物らしい)に合わせて、交易の街や防衛の要となる街が軒並み攻め込まれたらしい。神龍軍のいないその街は抵抗のしようもなく、事実上の無条件降伏*6となった。
 全く、聖地防衛や奪還のためには足並みをそろえる癖に……敵の敵は味方っていうのも、敵の敵と戦う時だけってことかい。
 防衛拠点の街や国境の周囲では敵軍の襲撃が相次いで、強盗、略奪、強姦、虐殺、……やりたい放題だそうだ。交易の街でも強盗や略奪が絶えないそうだ。俺達を没落させた神権革命の後から連戦連敗だな。
 もはや抵抗する気概も失った大司教連中の命により、他国からの侵攻に備えて奴隷を大量に仕入れていた奴隷も驚くほどの安値で売られている。タダ同然だから、もはや戦利品扱いと言ったところか。戦争に利用するはずだった奴隷が思わぬ形で役に立ったと言う事だな。
 ま、奴隷を大量に仕入れたせいでマンヅをこっちに呼び寄せてしまったわけなのだから、皮肉としか言いようがないが……笑えない冗談だな。

 社会の動きとは別問題の所で、ナナはワンダ達が属する黒白神教の集団『シード』から本や木の実を受け取って喜んでいた。どうやら不思議な効果を持つ木の実に関する技術についてまとめたものらしい。例えばオレソの実*7にオボンの実を接ぎ木*8することでオボソの実なる物を作ることが出来るのだとか……その木の実も一つもらったそうでね。
『色々危ない木の実だけれど、何かに使えるかもしれない』と……ナナ、お前なぁ。頼むからその辺に置いておかないで欲しいのだが。

 そうそう。話しあいの結果、海の歌謡祭の開催地である魔の海域へはワンダも神に会う経験のためについて行くことになったそうだ。嵐を引き起こす力を持つと言うルギアが来るそうだし、『ノー天気の特性が意外に役立つ』……といいのだけれど。ノー天気の特性が役に立つとはワンダの弁だが、ルギアの起こす嵐を相手に普通のポケモンの力が通じるのだろうか?
 それに合わせて海の歌謡祭が始まるまで、ローラは『シード』の方へと研修に行くそうで、接ぎ木技術の写本を作るとかいう役目も背負うことになってしまったらしいし。まぁ、それはいい……それは良いんだ。だがローラ、なんというかお前、ワンダがワンダー仮面の時と普通の時では明らかに態度違うけれど……もしかして、ワンダに対して特別な感情でも抱いているんじゃなかろうか?
 だとしたら、こんなに付かず離れずな関係を続けている俺達は、一ヶ月の研修期間の間に追い抜かれてしまいそうで怖いんだが……はぁ。

 この事件の後に聞いたのだが、ナナはナナで、ハッサムよりも気になる事があるらしい。最近になってよく噂を聞く神龍軍と事を構えている奴について調べているらしい。春先に聞いた、麻薬の売人を始末しようとした神龍軍のポケモンの体が捩じ切られ、消し炭になるまで焼き払われ全滅したとか言う噂のアレを。大きな教会のある町が狙われているとかで、その地を立ち去る時には教会を燃やして行くらしい。徐々に東から西にじり寄ってくるんだよなぁ……いつかこっちにも来そうで怖いな。
 そいつらの殺し方の特徴が、炎タイプはともかくもう一つのタイプは恐らくエスパー。もしかしたらそいつはビクティニ。その二人組は、黒白神教の神が命がけで戦った炎の軍勢の王の残留思念が籠ったモノにでも憑かれているんじゃないかとナナが言っていた。
 まったく、色々と勘弁して欲しいものだ』

テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、8月4日



次回へ

何かありましたらこちらにどうぞ

お名前:
  • やっと全部読み終わった・・・
    作品が凄く長いのに読み手に飽きさせない書き方を出来るのが凄いと思います!!
    ロイ・・・真っ白になればよかったのn(殴
    ―― 2014-10-18 (土) 22:55:13
  • >狼さん
    読破お疲れ様です! 他の作品も見て行ってくださいね。

    >2014-03-27 (木) 16:27:23の名無しさん
    気合を入れて書いた長編ですので、ものすごく長くなってしまいましたね。それを苦にならないくらい楽しんでいただけたようで何よりです。
    ――リング 2014-03-28 (金) 00:43:56
  • 長編かぁ面白いだろうなと思い読むことを決意したのち読み更けること既に3日目…読み終えて50万字もあったのかと後書きを見て知る私 面白いと苦にならず得した気分です(眼は痛いのですが)まさかの番外編もあり喜びましたよ この年になっても\(^∀^)/ワーイ と
    番外編にて  ナナの期待どうりロイ…真っ白にならなかったですねw
    ―― 2014-03-27 (木) 16:27:23
  • テオナナカトル 読破しました
    ↓のコメント(?)から今までかかってしまいました。 やっぱり私は読むの遅いです。(悲
    ―― ? 2013-05-25 (土) 01:53:17
  • テオナナカトル これは強敵です
    張り切って読むぞー(燃
    しばらくここから離れることが出来ないです
    ―― ? 2013-05-21 (火) 21:14:12
  • >Mr余計な一言さん
    見逃していて、ものすごく変身が遅れてしまってすみません……今日直しました。ご指摘ありがとうございます

    >2012-11-19 (月) 20:19:00の名無しさん
    こんなところにも誤字が……たびたびすみません。お世話になります
    ――リング 2012-11-27 (火) 22:54:11
  • 今更めいた誤字報告です。

    「神龍の顎には、一枚だけ他の鱗とは違う方向。逆の向きに生えている鱗があると言われているの。その鱗が逆鱗……逆鱗に触れられると、龍は怒り狂うと言われているわ。それゆえ、我を忘れて攻撃する龍の技を逆鱗と称されるようになったの。

    技を逆鱗と称される
    は間違いで、正しくは
    技が逆鱗と称される
    技を逆鱗と称する
    のどちらかです。
    ―― 2012-11-19 (月) 20:19:00
  • 番外編で、誤字がありました。

    最後のシーンで
    [ナナの神の中にいるロリエの方を見て]
    になっております。

    失礼致しました。
    ――Mr余計な一言 ? 2012-03-17 (土) 21:46:28
  • >イカサマさん
    あんな言葉遊びで衝撃を受けてもらわれると、どうにも反応に困ってしまいます><
    今はこの作品が自分の中で一番だと思っていますが、いつかこれを超える作品を作られるように頑張りますね!
    ――リング 2012-03-16 (金) 22:46:09
  • 全体を通してみてBeeキャンセルの衝撃が忘れられませんでした!
    すばらしい作品をありがとうございます!
    ――イカサマ ? 2012-03-11 (日) 22:15:45
  • >チャボさん
    まずは、誤字の報告ありがとうございます。直させていただきました。
    そうですねぇ……作者としては主人公とヒロインに人気があって欲しいところなのですが、リムファクシの謎の人気に嫉妬せざるを得ません。
    今年中にテオナナカトルのお話をもう一度上げられるかどうかはわかりませんが、また皆さんの目に触れられるように頑張りたいと思います。
    コメントありがとうございました。

    >2012-01-09 (月) 02:14:10の名無しさん
    来年のことを言うと鬼が笑い……はい、どう見ても私の方が先に来年のことを言いましたすみません。
    見ての通りのスピードで執筆しておりますが、やはり更新量にも限界があるため、来年になってしまうことは避けられないと思います。それでも、待ってくれる人がいる限り、頑張らせてもらいますとも!!
    コメントありがとうございました。
    ――リング 2012-01-15 (日) 19:05:39
  • ふぅ…リム君最高ぉーっス…
    来年も期待しております!(早
    ―― 2012-01-09 (月) 02:14:10

最新の12件を表示しています。 コメントページを参照


*1 イーブイとその進化形の生命力を増大させる能力
*2 イーブイとその進化形の持久力を増大させる能力
*3 『Bキャンセルの語源』に登場したビークイン
*4 体に溜まる垢は神龍の鱗であり、それを剥がしてしまえば神龍の加護が受け取れなくなり梅毒などの病気にかかりやすくなるといわれている言い伝え。現在では衛生的・医学的な面からこの考えは真っ向から否定されている
*5 ブラッキーの汗は体温調節のためではない
*6 軍隊または艦隊が兵員・武器一切を挙げて条件を付することなく敵の権力にゆだねること
*7 オレンの実にそっくりだが、食べるとダメージを受ける実
*8 2個以上の植物体を、人為的に作った切断面で接着して、1つの個体とすることである。
通常、遺伝的に異なる部分から構成されている個体を作る技術として用いられるが、果樹等の育種年月の短縮化、接ぎ木雑種の育成などの目的で行われる場合もある


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Last-modified: 2010-12-28 (火) 00:00:00
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