ポケモン小説wiki
テオナナカトル(8):暴れん坊ハッサム・上

/テオナナカトル(8):暴れん坊ハッサム・上

小説まとめページへ
前回のお話を見る

暴れん坊ハッサム 


 忘れてしまいたい出来事があるその少女は、夜の街を叫びながら走り回っていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ローラは叫んだまま街を流れる川にたどり着き、そして勢いよく飛びこむ。水しぶきが上がり、川べりに掘立小屋を立てているスラムの住人が何事かと次々起き上がってもお構いなし。そのまま犬かきの要領で泳ぎ始めた。暑さで血管が開いた耳*1が水に触れて冷えて、耳の火照りが徐々に冷めて行く感覚がローラには気持ち良かった。
 夏の暑さと運動によって生じた熱が一気に冷めて行くのを感じるが、冷静になって見ると思いだされるのはあの日ワンダと酒と雰囲気と勢いに流されて交わしてしまった情事。
「はぁ……私何やってんだろ……」
 ワンダの街でも一回走り回っては湖に飛び込んだローラだが、いまだにふっきれていないらしく、精神的にかなり参っている様子である。
(そもそも悪いのはワンダなのよ……はぅぅぅ……)
 ローラは水面に顔を沈め、泡を漏らしながら体を沈めてゆく。当然、後々苦しくなってまた水面から顔を出すのだが。ローラは川を下ったまま街を出る寸前までその不毛な行為を繰り返しながら浮き沈みしていくことになる。

***

「と、まぁ……これが『シード』の活動ってわけです」
「こっちのお仕事では木の実を巧みに使うのですね……オボソの実なんて初めて聞きました。何だか物騒な木の実ですね……」
 ローラが感心する。挿し木や接ぎ木と言った技術はなんとなく聞いてこそいたものの、まさかオボンの木とオレソの木を接ぎ木する技術があったなんて。不思議な木の実は接ぎ木出来ないと聞いていた常識が覆された気分だが、やはりそこは神の力を借りているらしいので一般的にその技術が存在しないのも当たり前なのだと。
 なので、そういった木の実を用いた仕事の数々はテオナナカトルが使う怪しげな薬の数々と同じく、原因の特定が非常に難しい。
「でも、変な木の実や物騒な木の実だけじゃないのですよ。本当にほっぺたが落ちるくらいおいしい木の実もあってですね……それで作ったお酒……お酒は飲めます?」
「飲めますよ。美味しいお酒があるんですか?」
「えぇ、それはバッチリ」
 こうして進められたお酒は、強い酸味と僅かな苦みに爽やかな甘みが混ざる葡萄系の果実をメインに据えた酒。甘く口当たりも良く、何より一つの果実から作られた物ではないそれは、ローラの敏感な嗅覚をもってしても全てを把握し切れるものではない。
 加えて、その香りの一つ一つ自体がいちいち上質であり、匂いを嗅ぐだけで酔ってしまいそうなほど。不思議な木の実の接ぎ木によって出来た上等な果実を混ぜたのだという酒の味を存分に堪能すると、ローラは上気した頬を無意識にワンダにすりよせる。
「ふぇ~……このお酒もですが、ワンダさんもすごくいい匂いですねぇ……」
 自身の尻尾をワンダの尻尾に絡めつつの頬擦り。アルコールの強い酒であるにもかかわらず、それに気づかず飲み過ぎてしまったローラはいつもと違って開放的だ。

「あ、あの……俺はそんなにいい匂いかな?」
「ですよぉ。昔の父さんみたいですね」
 ふふふと笑って、ローラは頬擦りを続ける。当のローラには全くソノ気は無いのだが、される側のワンダはと言えば堪らない。からめられた尻尾がこすれあう感触が背筋を強張らせ、ついついローラはどんな女性なのだろうと体の面での想像をしてしまう。
 素面ではないとはいえ、酒の量を加減して飲んでいたワンダはまだまだ正気に近い。湧き上がる欲求をぐっとこらえることもできたのだが、相手が誘っていると勘違いしても仕方ない状況。
 それに、相手も理性が弱まっているのだから――ここで、『チャンス』と考えるのか、『だからこそ踏みとどまらなければいけない』と考えるのか、それは人それぞれである。だから、理性がいくら後者であることを声高に叫んだとしても、ローラの求愛のような行動や酒の勢いのせいで前者を選んでしまったワンダの行動もある意味では仕方がないと言える。

「ねえローラちゃん。ちょっと待ってて。もっと香りのいいもの持ってくるから」
「え―ホントですか? 期待してますよー」
 ローラはワンダが立ちあがろうとするので、大人しく顔をどける。酒に酔ってとろんとした瞳を向けるローラの顔を見ると、ワンダはまた興奮を抑えきれない。無意識に立ちあがってしまいそうな自身の欲求の象徴が暴走しないように冷静を装いつつワンダは目的の木の実を持って来た。
 ワンダが持って来たウイの実酒は猫系のポケモンに対して非常に速攻性の高い酩酊*2症状を起こさせるものである。生憎これは接ぎ木の技術を使ってもそれほど成果を上げられたものではないのだが、すでにして酔っているローラを更に堕とすには十分すぎる。
「さ、これどうぞ。強い酒だからごく少量しか飲ませられないけれど……」
 と、小さなコップに注いで渡した酒の匂いを嗅いだ瞬間、ローラの脚がおぼつかなくなり、仰向けになって無防備な肢体をさらけ出す。ふにゃあ、と緩みきった顔はいつものすましたローラのような妖艶さは無いが、魅力的である事は変わらない。
 二股の尻尾が力なく地面に置かれ、甘える相手を求めているかのように手足がパタパタ動いている。
 罪悪感がないわけではないが、耐え難い欲求が『やってしまえ』と突き動かす。酩酊症状が治まるまでの制限時間は数分。その間にカタをつけられる気はしなかったしする気もないが、意識を取り戻してその後拒絶されたら、どれだけ収まりがつかなくてもすっぱりやめよう。
 それだけは最低限するべきだと心に決めて、ワンダは水かきのある指をそっとローラの秘所に這わせる。

 ローラが時おり漏らす甘い声は、酩酊症状によるものなのか、それとも自分の愛撫が原因なのか。罪悪感を感じながら行為に及んでいるワンダには、後者のように思えて仕方なく、声を上げるたびにビクビクして肩がすくんでしまう。
 しかして、長く続けて行く内に自然と漏れ出す雌の香り。自分が水タイプであるせいか気が付くのが遅れたが、明らかに水ではない液体が指にまとわりついてきたのも感じられる。
 呼吸の様子も変化が現れ、口を開けながら荒い息をついている。興奮も高まるが、代わりに罪悪感はさらに高まった。心の高ぶりを押さえて、ワンダは手を止める。これ以上やって取り返しのつかないことになってしまっては、せっかく仲良くなったというのにそれも無駄になってしまう。
 このまま何もなかったことにしてしまおう――と思ったのだが。
「ねぇ、もう終わり? もっといい子いい子してよ~」
 と、言ってローラが起きあがりワンダに抱きついた。ローラは相変わらずその気の無いようだが、抱きついた拍子にローラの腹がワンダの肉棒に触れている。鎮めようと思っても頬擦りによるマーキングを止めないローラのせいで、ワンダのそれは鎮まるタイミングを完璧に見失ってしまった。
 なんとか精神を落ち着けながら、頼まれた通りローラを撫でているのだが、ローラが余りに気持ちよさそうな反応を見せるのが辛い。頭を撫でられて喜ぶ様はまるで子供のように愛らしいのだが、ワンダの下半身があからさまな状況になっているというのに反応一つしないというのは如何なものか。
 実はローラ、子供のころは父親が大好きで大好きで仕方なく、毎日のように一緒に寝ていた。父親は娘に対してそういった感情を抱くことなどもちろん無かったのだが、不可抗力的な生理現象で今のワンダのような状態になってしまう事は日常茶飯事であった。そのため気にしない――と言うのは流石に無理があるが。
 これはローラが酒のせいで図太くなったもしくは幼児退行してしまうという事の相乗効果で、ワンダの下半身の事情などどこ吹く風で居られるのだ。
「父さん……」
 と、寝言のように言っていることから後者の幼児退行である可能性も高いが。ただ抱きついてくるだけでも、きめ細かでさわり心地の良い体毛を持つローラの毛皮はメロメロ的な意味での効果が高い。その上、頬をすりよせる過程で腹の毛が肉棒を揺さぶる。強い酒のせいですっかり出来あがってしまったローラの前に、ワンダの理性もそろそろ限界になった。
 夢うつつの中で父親と勘違いしながらのほお擦り。ただしローラにはその気がないため、このまま性交渉に及んでしまうことに対するワンダの罪悪感――も、ついに崩壊する。
 ワンダは胡坐をかいて、ローラをその上に座らせる。そのまま、胸……ふさふさの体毛に守られたそこを撫でながら徐々に下へ。そしてワンダは乳房が並ぶ腹へと手を伸ばす。
「ふぇ?」
 と、幸か不幸かそんな絶妙なタイミングでローラが起きる。ワンダは思わずローラを抱いていた手を離し念力でローラを浮かせて胡坐をといた。
「あ、あの……これ、どんな状況ですか……?」
 口の端からよだれをだらだらと流し、胸が濡れた感触に驚いて起きたローラは、素面ではなくとも幾分か酔いが冷めしまっている。後ろを振り向いてみれば雄の象徴を起たせたワンダ。素面でこの光景を見れば戸惑うほかない。
「いや、あの、その……ごめん。抱き付かれて……つい」
「抱きつかれって……私、夢の中で……え? アレ、現実ですか? ちょ、私抱きついてほお擦りとかしてませんでした?」
 どうやらローラは夢うつつの中で現実と同じ行動をとっていたらしい。
「ば、ばっちりと……だからってこんなことしちゃいけないよね……ごめん」
 そうしてワンダが謝れば、二人の間に流れるは沈黙のみ。恥ずかしそうに眼を伏せる二人はどちらから話しかければいいのかも全くわからない。先に沈黙に耐え切れなくなったのはローラだ。
「あ、あの……本当にごめんなさい。わ、私ソファで寝ますので……あの、気にしないでください、抱き付かれたら多分、男の人は普通ああなりますから……多分。ですから、なんでもしますから……私達とのお祭りの約束のほうは……破棄しないでください。お願いします。
 え、えと……でも今日はもう遅いので……」


 まともに眼をあわせられないまま、ローラはそういってワンダの部屋を去ろうとする――が。
「な、何でも……?」
「え、えぇ……はい。常識的なことなら……」
 と、ローラが言い残すと、ワンダは自分の下半身を物足りなそうに見つめる。
「あ、いや……なんでもない」
 しかし、そういう考えを一瞬でも持ってしまったことが恥ずかしくて、ワンダは結局ごまかすことにした。そして再び沈黙である。

(き、気まずい……ローラちゃん絶対に呆れているよね)
「えと……その……イイデスヨ」
 変に上ずった声を上げ、ローラは再び顔を背ける。
 恥ずかしいなら言わなければいいのに、なんて疑問もあればこそ。その疑問が完成する前に、ワンダはまず最初に『いいの?』と言う言葉が浮かぶが、ここでがっついてしまったら印象は良くなさそうだ。
「む、無理しないでもさ……」
「いや、その……ワンダさんなら構いませんよ……その、ワンダさんが魅力的過ぎるから悪いんですっ!!」
 はにかみながら、ローラはそんな事を口にする。
「わ、分かった……気を使わせちゃってごめんね」
 肩をすくめながら、何処か怯えたような仕草を混ぜながらワンダはローラの頬をそっと手で包み込む。そのまま自分の顔を近づけ、ワンダはローラに軽く口付けを交わした。
「君も十分魅力的だよ、ローラ……」

***

「やっぱりどう考えても私のせいよね……」
 ブクブクブクブクブクブクブク……ローラは自己嫌悪に陥ってもう一度顔を沈める。当然苦しくなってまた水面に顔を出すのだが。
「酒に酔っていたとはいえ……あんなことしてしまうなんて……私は馬鹿だ。どうしてあんな強い酒に気付かずに飲んでしまったのよ本当に……」
 ブクブクブクブクブクブクブクブクブク……

***

「ふふ、魅力的だなんて、お上手ですね」
「決まり文句さ。というか、ローラちゃんを見ていてそう思えない方が難しい」
「ふふ、嬉しい事を言ってくれますね」
 ローラはワンダのくちばしに舌を這わせながら押し倒す。ローラはワンダを見下ろしながら、どう料理しようかと嗜虐的な笑みを浮かべる。しかし、ここまで準備万端なワンダを見ているとそっちを攻めないわけにはいかない。
 ローラはすごすごと後ずさりしながら、口の中に唾液をため込みワンダの肉棒を見下ろせる位置に立ったところで、思いっきり口に含んだ唾液を滴らせる。突然水気を帯びて、ワンダのそれはピクンと小さく反応を見せた。
「なんだい、それは」
「まあ、黙って見ていてくださいよ」
(そんな反応されると……もっと正直にさせたくなってしまうじゃないですか)
 滴った唾液を拭うように、ローラは舌を這わせる。呼吸の中に気持ちよさそうな甘い声が混じっている。経験豊富なワンダも顔だけは余裕ぶっているがきちんと感じるものは感じている。
「舌がざらざらしてるけれど悪くないものだね」
「あ、痛くないですか?」
「それなり……」
 ワンダは苦笑する。
「言った通りで悪くはないよ……それに、君がやってくれるってだけでも気持ちいいくらいだよ。ほら、君って存在自体が媚薬みたいなものじゃないか」
「んもぅ、さっきからそんな言葉ばっかりじゃないですか」
 ローラははにかみ、前脚で顔を掻く。
「そうやって話しかけてばっかりいると、舌の動きが止まっちゃいますよ。いいんですか?」
「がっつかなきゃならないほど俺も飢えちゃいないさ……レディを相手にするときほど丁重に扱わないとさ」
「丁重ですか? でも、積極的な方が良いと思いません?」
 ローラは妖しく微笑み、ワンダの上に乗る。ワンダの肉棒と自身の秘所がこすれ合う状態、いわゆる素股の体勢になってローラはワンダの胸を舐める。
「私だけ何も無しってのも、ちょっとばかし不満なんで……いきなり本番とはいかずともこんな感じでやらせてもらいますね」
「おいおい……いやに積極的だね」
 ずり、とローラは腰を動かす。お互いの性器が触れ合って快感が泉のように湧きあがった。同時に漏れる、くぐもった甘い声。快感に促されるままワンダは腰が浮いてしまい、余裕ぶったローラの笑顔も歪む。

「どうです? 気持ちいいですか?」
「うん、結構ね……にしても、大胆だね」
 余裕が少ないせいか、僅かにワンダの顔はひきつっている。
「そりゃ、相手がワンダさんですもの……大胆になったっていいじゃないですか」
 言いながらローラは尻尾でワンダの内またをさする。くすぐったさに脚先をぴくぴくとさせて耐えるワンダと、素股のほんのりとした快感を味わうローラ。共に呼吸の震えが抑えきれなくなったところを見計らってローラは一時中断する。
「ふぅ……ちょっと疲れた」
「だ、大丈夫……?」
 体を起こしてローラを気遣うワンダに、ローラは微笑み返す。
「今度はワンダさんが動いてくださいよぉ……」
 熱を帯びた視線、濡れた舌先を覗かせる口。そして、すでに液体が滴りそうなほど濡れた秘所。ローラがワンダに背後をとらせればやることは一つ。ローラもそれを望んだ。

 ワンダがローラの体を抱きしめる。腕が絡みつく感触が優しく暖かく、まだ暑い季節だというのに水タイプのワンダの体はひんやりと気持ちよい。ローラは温かみは無いがその触れる感触そのものを味わい、脇腹にかかるほど良い圧迫感を楽しむ。
 抱きしめられて、自分で自分の鼓動が分かるほど激しくなる。ワンダもまたローラの鼓動を感じながら締め付ける力を強くした。
(ワンダさんの呼吸が激しい……興奮してくれるんだ)
 と、酒で高揚した思考の中で、ローラは更に気分を高揚させて震えながら息を吐き出す。
「……そう言えば、初めてだったりする?」
 ワンダが突然尋ねたこの内容。ワンダは処女が好きというわけではなく、気遣う必要がどれほどあるかを踏むための質問である。
「さー、どっちでしょーね。正直、どっちって言っていいのかもわからないし……貴方がしたいように攻めてくれるかしら」
 酒の力とは恐ろしいもので、ローラは前脚を屈めて尻を突き出した体勢をとる。ワンダがこの動作を見て、ローラは手慣れていると理解して、それならそれなりの激しさを見せてやろうと意気込んだ。実際、ローラは卵グループが飛行にあたる陰茎の無いポケモンを相手にした経験があるために、処女は破られていない*3
 そのため、どっちと言っていいのか分からないというのは紛れもない本音である。が、男性が喜ぶポーズについては心得ている。それが先程見せた尻を突き上げるポーズである。ワンダはそんなこと知る由もないが、処女でない事を気にするような処女崇拝の気も無い。
 今は昂ぶった性欲を発散することだけ。ワンダはくちばしでローラの首筋を小突き、その不意打ちでナナを鳴かせる。
「ンッ」
 と、情けない鳴き声を上げた所でローラの秘所にワンダの肉棒が触れる、先端が潜り込んだ。
「ちょ、不意打ち……」
 と、ローラは渋い顔で不平を漏らすが、眉間の縦じわの奥では隠しきれない笑みが残っている。
「したいように攻めていいんでしょ?」
「ワンダってばがっつき過ぎ」
 くすくすと笑って、ローラは後ろに曲げた首を前に戻す。
「いいわよ。元はと言えば私が誘惑しちゃったわけだし」
 ワンダはそれを言い訳にして、自分のやっている事は悪いことじゃないと言い聞かせる。ローラはワンダが与えてくれるであろう快感へ期待に胸を躍らせる。きちんとした男性器が体内に入ること自体は初めてである事をいささか忘れている節もあるが――
 そんな無防備で楽観的なローラの体は、手なれたワンダが違和感を感じないように、するするとワンダを受け入れる。流石に途中破瓜の痛みで顔を歪めはしたが、それも酒に酔った脳には知覚される量も僅かな物。愛おしい異物が入る感触でローラは背中にヒルが這うような快感を感じて痛みどころではない。震える甘い吐息と一緒に思考まで吐き出され、ジンジンとした快感に呑まれた理性は本能の前に蚊帳の外。
 ローラはワンダの攻めに晒されるうちに、より強い快感を得ようと腰を曲げる。強烈な猫背になったローラは求めた快感をより強く。攻めるワンダに対しても締め付けをより強めて、ワンダの快感を増幅させた。
 そうして続けられる淫靡な往復運動。ローラから発せられる甘い声の回数も大きさも増していった頃に、沸点に達したローラの快感がはじけ飛んだ。
「んぁっ……」
 今までで一番間の抜けた声を上げて、ローラは上半身を完全にベッドにへたり込ませる。前脚はベットのシーツを破りかかねないほどに爪を立て、襲いかかる官能の嵐に大きな声を上げてしまわないようぐっとこらえる。
 目を瞑り息を飲むような快感の中、収縮したローラの秘所はワンダの肉棒から精を搾りつくすように、貪欲に食らいつくのだが、それでもワンダは終わらない。
「ちょ、ちょっとまだやるの」
「ごめん、俺結構長持ちで……」
「そんなぁ……ぁ」
 と、このままローラはワンダが満足するまで、頭が真っ白になるほど攻められる。終わった時は疲れてそのまま眠ってしまい、酒の効果も相まってほとんど何も覚えていなかったのだが。


 日光が目に入り、眩しさで目が覚めると頭が妙に痛い。どうやら悪酔いしてしまった事が伺える。目覚めたばかりのピントの合わない目が徐々に鮮明になるにつれて肩地図来る水色のワンダの体。ベッドの上で恋人のように寄り添いあって眠るワンダがいるという事は、何を意味するのか。それは本来恋人同士がやること(というローラの純粋なイメージ)をやってしまったという事。
 それは昨日の出来事が夢ではないということである。
「あのー……ワンダさん、起きてください」
「ん……お早う……って、やばい!! もうこんな時間じゃないか!!」
 窓から差し込む光で時間を計ったワンダはベッドから飛び起きて、母親の手伝いに向かおうとするのだが――
「あの……ワンダさん。昨日、私達って昨日……その、セックス……しましたよね」
 上手い言い回しも見つからず、ドストレートな言葉で表現してしまって、ローラは体毛を逆立てて恥じらう。
「……まさか覚えていないとかいうんじゃ」
「いえ、逆です……覚え過ぎているから……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
 ローラは急激にこみ上げてきた恥じらいに耐え切れずに全速力で走りだし、湖へと向かって行く。

***

 それを思い出しながら、ローラはその日と同じような状況になっていた。
 ブクブクブクブクブクブクブクブクブクブクブク……ローラは浮き沈みを繰り返す。
「目覚めた瞬間の恥ずかしさったらもう……はぁ……」
 目覚めたローラは昨夜の出来事が夢でも幻でもないことを確認してから、街へ飛び出し絶叫しながら湖に飛び込んでしまった。入水自殺と勘違いしたワンダに助けられてしまったが、真相はこんな風にずっと浮き沈みして自分を見つめ直してみたかっただけである。
 なんせ、ナナ達への報告中、これを思い出しただけでも顔から火が出ると思ったのだ。

 その日の顔の熱さは今日よりもさらにパワフルだったのだから、陸に引き揚げられると非常に具合が悪かった。
 そして、心の整理が付かないローラはワンダと二人きりのときはまともに話も出来ないまま、結局気まずい雰囲気でローラは街を発つことになってしまった。その時の後悔諸々を全て忘れたいローラは、呼吸の苦しさと水の冷たさでただただ頭を一杯にした。


 そして、夜が明ける。
「くしゅん!! うぅ~……」
 馬鹿な事をやっていたローラは、結局風邪をひいてしまい、何かくしゃみに効く薬は無いかとジャネットの家を訪れていた。
「全く、ローラ……夏風邪は馬鹿がひく言うのじゃが……お主何をしておったのじゃ? 体は大事にせんといかんぞ」
「そうでやんすよ。体は資本なんでやんすから、大事にしやせんと」
 ローラは流れ出る鼻水をすすって、充血した瞳をジャネットに向ける。
「ちょっと泳いでました……」
「泳いでいた……ですか。またなんで深夜にそんなことを?」
「とても言えません……少なくとも、ユミルさんがいるうちは……」
「おや、男子禁制のお話でやんすか? それなら、アッシはそろそろ退散しやすが……」
 ユミルに言われて、ローラはシーラとじゃれ合うユミルに目を向ける。
「あ、いや……出来ればシーラちゃんにもあまり聞かれたくないというかなんというか……」
「なるほど、そういう話ですか……いいでしょう」
「あ、それは暗にとっとと行けって事でやんすか?」
 ジャネットが納得するのをよそに、ユミルはまだまだ子供を可愛がっていたい。
「いや、悪いですよ……子供を可愛がるのを邪魔は出来ませんし……」
「私ももっとおとーさんと一緒にいたいもーん」
 ローラと眼を合わせないように、シーラがユミルへ甘えた。
「すみません、シーラちゃんに風邪を伝染さないようにちょっと寝室借りますね……」
「はい、お大事に。気分が悪くなったら言ってくださいね」


 そして数分後。昨日眠っていなかったローラはくしゃみに苦しみながらも何とか眠りについていた。誰かが氷水で濡らしたタオルをかけてくれたのを感じてローラが眼を覚ますと、ローラの額に冷たくなったジャネットの手が触れた。
「お目覚めかのぅ? シーラは遊ばせておるから、女二人きりで心おきなく話すがよい」
「は、はい……ありがとうございます」
「で、どうしたんじゃ? 昼からは仕事があるから手短にな」
 言われて、ローラはワンダとしてしまった過ちのことを話した。いろんな部分をぼかしたが、その気がなかったとはいえ抱きついてしまうなどして挑発したり、求められてしまったら簡単に了承してしまったことなど。
「ふぅ……なんというかまぁ、若いのぅ」
 話を聞き終えて、ジャネットはそう呆れる。
「まぁ、なんと言うのか。その話じゃワンダは確かに耐えるべきだったとは思うのじゃが、そこまでされたのでは我慢が出来なくとも仕方ないじゃろうな……」
「ですよね……はぁ」
 ローラはうなだれ、酒に酔った挙句の自分の行為を恥じる。
「しかしまぁ、ローラとワンダ、お主ら相性は悪くないんと思うぞ?」
「と、言うと?」
 精神的な疲れを抱えた視線で、ローラはナナを見る。

「女性というのは、大人になると自分と違う匂いを好むものなんじゃ」
「は、はぁ……」
「もちろん、父や母との種族が違うものもあるのじゃが、そういう表層的な違いではなくもっと知覚し難いところでじゃ……そうすることで、小さい頃は自分の家族を好きになれるものじゃ。逆に大きくなれば家族とは違うものを好きになる……そういうことなのじゃ。
 近親相姦をすると、子供に出来損ないが多くなるということ、それは古来よりなんとなく経験則で知っていたことなんじゃ。王族に病気が多いのもそのせいだろうといわれておる。それらを本能的に防ぐために、自分と違う匂いを求めるのじゃ。
 お主はホレ、ワンダの匂いがいい匂いだと思えたのじゃろう? それならお主らは最初から結ばれることが正しかったと……神の采配という奴じゃのう」
「そ、そういうものなんですか……」
 うむ、とジャネットが頷く。
「じゃが気をつけるのじゃぞ。こういう男性とは逆に出産するとその匂いを嫌いになるのじゃからな……子供を愛するためにも、自分に近い匂いを好きになり直すのじゃ。子供を嫌いじゃ母親はやっていられんからのう。そういうお客さんが結構後を立たなくってのう……そんな人のために、惚れ薬スーパーというお薬を使うのじゃが……」
「は、はぁ……」
「原液をこの前作ったのじゃが、良く効くぞ。使い方は100倍に薄めた薬品を麻紐に浸し、火の近くで熱によって飛散させるのじゃ……ま、夫婦が倦怠期になったらお主にならタダで譲ってやるぞい」
「あの、話が飛躍しすぎです」
「ふむ、コレは失礼。ま、とりあえずアレじゃ……ゆっくり愛を育むのも悪くはないが、直感を信じるのも良いということじゃ。どちらにせよ、一回くらいの過ちなんぞ気にせんでええ……それで身篭ってしまったのならワシが何とかしてやるが、一応中には出されておらんのじゃろう?」
「そこは最低限……子供出来たらいろいろ困りますし」
「中に出されていないからといって絶対安心ではないのじゃが、まぁお主の生理周期から考えれば問題ないじゃろ」
 ジャネットが言い終わると、沈黙が通り過ぎて気まずい雰囲気になる。
「いや、な。堂々としておれ。ワシはなじみの客と体を重ねているうちに身篭り、なおかつ妊娠したと知るや否や旦那が別れ話を切り出したなんて事例も知っておる。万が一のことがあってもワンダなる男もそれなりの誠実さは持ち合わせておるようじゃし……それなりの責任は取ってくれるじゃろうし。
 それにロイだって色々体を重ねてもあまり気にしておらんのじゃから」
「男と女は違いますぅ!!」
 身を乗り出してのローラの抗議にジャネットは苦笑した。

「ともかく、下半身の事情というのは女性が被害者になりがちじゃし、今回も結果だけ見ればお主が被害者じゃ。じゃが、お主が被害者であったとしても今回のことはお主が原因じゃ……
 ワンダとやらがもし自己嫌悪に陥っていたら、どれだけ自分が悪いと思っても自分から謝るのじゃぞ? お主は意地っ張りな性格でもないじゃろうし、出来るな?」
「うぅ……気まずいですが、やってみますぅ……」
「ま、とりあえず謝るのも新たな仲間を探すのも、とりあえずはその風邪を治してからじゃな……薬を各種置いておくから、量とタイミングをきちんと守って使用するのじゃぞ?」
「は~い……」
 ローラは耳を垂れ下げて力なく返事をする。
「では、今日はシーラの面倒お願いじゃな」
「え?」
「よろしくおねーちゃん」
 シーラがローラにすり寄る。
(お、押し付けられた……私病人なのに)

 ◇

 抜けるような青空。夏の日差しを余すことなく届ける空。熱を届ける空!!
「暑い……」
 ローラは歩きながら愚痴をこぼしていた。元々は教育役のイーサンに逆らいたいがために体を鍛えるなどしていたやんちゃガールとはいえ、根は箱入り娘である。雪解け人の季節にロイを探して旅に出た時は寒い寒いと愚痴を漏らしていたが、分厚い体毛が覆っている上にセーターを着込んでいたので寒さに耐える手段もあったのだが、夏は暑さを防ぐ手段は無い。
 前回、湖の向こう岸のシャーマンに会いに行った時はほとんどが船による旅路であったために耐えられたものの、今回は湖を越えれば後は延々と歩きである。
 もちろん、飛行タイプのポケモンによる高速移動も無いわけではないのだが、それには非常に料金がかさんでしまう。兄にもたまには自分で歩けと言われているため、こうして仕方なく歩く道のり。容赦ない日差しには気が滅入り、重い荷物を捨ててしまいたいと何度思った事か。
(ユミルはムクホークの姿になることで荷物を少なくし、適時街へ立ち寄ってその時必要な物だけ補給をするのよね……それがうらやましくて仕方ないな。あぁ、鳥ポケモンさん……私を乗せてってくれないかな?)
 もはや何度目かもわからない思考を張り巡らせつつ、ローラは空を見上げる。たくましい足から炎を吹き上げつつ飛行し、巨大なバックパックを背負うそのゴルーグは宅配便か何かだろうか。何故だか今日はやけに宅配便らしきポケモンを多く見かける。
 如何に太陽ポケモンのエーフィといえど、真夏の太陽の眩しさを見上げ続けるのは流石に応えた。眩しさにこらえきれなくなったローラは視線を落としてゆくべき道を見据える。人々が歩き続けることで形成された獣道じみた山道は長く長く続いている。
(この崖をひとっ飛び出来たらなぁ……直線距離なら何てことないのに)
 また溜め息。そして溜め息に交じって、羽音が聞こえる。羽ばたきによって巻き起る風を背中に感じてナナは振り返る。
「よう、お嬢さん」
 ホバーリングしながらゆっくりと降り立つゴルーグが背後に。三倍以上の身長差のあるゴルーグに見下ろされると、肩が思わずすくんでしまう。
「な……何でしょう?」
 無機質な体から発せられる匂いは雄のものでも雌の者でもない、上質な陶器や磁器の中間の香り。性別も無いので下心を警戒する必要はないが、余りにインパクトの強い登場シーンに苦笑したローラの顔を見てゴルーグは親に咎められた子供のように慌てふためき、かぶりを振って見せた。
「怪しいものじゃないって。ナンパでもない」
「そりゃナンパじゃないでしょうね……では、用件は何でしょうか?」
「おう、よくぞ聞いてくれました。号外があるんだな号外が。それを他の街に届ける所だったんだがよ。こうやって旅人を見つけたら売らなきゃ損だろ? さ、まずは無料でちょっとだけ読んでみないかい? 字が読めないなら俺が読んであげちゃうよ。と言いたいところだが元貴族の刺青のしているお嬢ちゃんには大きなお世話か」
 気さくなゴルーグはそう言って、粗末な紙に書かれた新聞をローラへ差し出した。ローラは念力で新聞を広げ、読み始める。
「……船が潰されている? でも、民間の船も含まれて……狙いは軍用の船じゃないのね」
 驚いてローラが尋ねると、ゴルーグは得意げに説明を始める。
「あぁ、船が潰されているってのはあれだ。真っ先に潰されたのが奴隷を運ぶ船だ。……しかも、整備のための僅かな人員しか残っていない時だから、人的被害を望んで潰したわけじゃないってこった」
「そう……」
「あらら、見入っちゃってるな。でもそこまでだお嬢さん」

 ゴルーグが指先で新聞をつまんでローラの新聞を奪う。
「ここから先は、企業秘密よ。続きを見たいなら出すもん出してちょーだいな」
 すっかり商売人の顔のゴルーグは歯を見せながらニシシと笑っている。ローラはむっと睨んで見せるが、商売ならば仕方がないとしぶしぶながら銅貨を一枚差し出した。
「へへ、毎度あり。じゃあな、勉強家のお嬢ちゃん」
 ゴルーグは笑い、さっさと新聞が入ったバックパックを背負い、脚から炎を吹き上げて飛んでいった。
「私も乗っけてってくれれば良かったのに……まったく」
 またもや往生際の悪い独り言を呟いて、ローラは新聞を読むためという理論武装をして休憩時間を伸ばすことにした。

『内海ジェルト海に面した港町、シルヴェーギア、アンクシル、ソーウェルカンダの三つの都市の船が相次いで破壊されている。シルヴェーギアで奴隷船、ハンターネスト号を潰したのを皮切りに、交易船シーギャロップ号、客船レジギガシアン号……計8隻の主だった船を沈めた後、場所を変えてアンクシャナスの船を破壊。交易船ベア・ベア、軍船……
 以上の港町で合計37隻の船が沈められる事ととなった。また、奴隷船に乗せていた奴隷たちの鎖が全て壊されており、喉の渇きと飢えにかられた暴動で、奴隷・市民合わせて数百人の死者が出た模様。
 目撃者の話によると、犯人と思しきポケモンはハッサムとされ、信じられないことにたった一人で船を潰し、追跡するポケモン達も驚異的な足の速さで振り切ったとされている。
 現在、株主や船の持ち主、事業主など一同は目撃情報を求めている。ただし、もしも見かけても決して手を出さないよう注意するべきである。すさまじい強さを持ちながらも直接人を狙わないなど人的被害を望んでいるようではないが、前述した暴動などで間接的な死者はすでに出ている。
 見つけた場合は、すぐにお近くの飛行ポケモン情報伝達協同組合(ギルド)情報をお寄せ下さい。有力な情報を(真偽の確認後、審査により査定します)見つけた方には株主および事業主、船の持ち主から募った調査金の一部を懸賞として譲渡します』
(ソーウェルカンダ……って言ったら、クリスティーナちゃんのいる街じゃない。育ての親は布商人って言っていたけれど、大丈夫かしらね? 人命はともかく経済的な打撃は計り知れないはず……)
 それよりもローラが気になったのは犯人が虫の楽園から訪れたと思われる奴隷階級のポケモンがやったという事実。奴隷船を真っ先に潰したというのも恐らくは運ぶ船がなければ本国の者はさらわれないとか、そういうことなのだろう。
(全く……戦争のために奴隷を調子に乗って狩り続けたからよ。それについては、奴隷を見下している人たちはいい気味だけれど……でも、その後はどうなったんだろう? 奴隷たちは殺されたか捕えられたか……結局自由は手に入らなくって……可哀想に)
 とりあえずクリスティーナの安否は気になったが、屈強そうなリングマが守っていたというし、もしもの時はマナフィの力があるだろうと、ローラは無理矢理納得する。まだまだ休んでいたくはあったが、涼しい夜は兄や明かりなしでは暗くて歩けなくなってしまうため。これ以上休んでもいられない。
 旅路の気の重さは、休めば休むほど増すばかり、少しでもそれを振り払うためにローラは立ちあがって胸を膨らませて息を吸う。
「ぬあぁぁぁぁぁぁ!!」
 大きく深呼吸し、やまびこが聞こえるほどの大声を張り上げてローラは立ちあがる。
「元気出していこう!!」


 ローラは目的とする街へ急ぎ足で向かい、新しいシャーマン候補であるライボルトについて探り始めたのだが、すでにそのライボルトは他の街に旅立ってしまったと言う。ただ微弱な電流を流すだけで体の悪い所を次々と治してゆくと言うライボルトのヒーラー。滅びの歌で病気だけを滅ぼすアブソルのヒーラー。電気刺激が体に良いこともあるが、それだけでは説明できない神がかった力でもあるのだろうと、ワンダ達は踏んでいたのだが。
 ローラも追って行こうとは思ったが、ローラが越えられない関所を越えてその向こうに行ってしまった以上、追いかけっこは終了だった。兄に会う時は命がけで荷物にもぐりこませてもらったが、今はもうそこまでの意欲もない。
 流石に命がけで行う必要もないだろうし、スカウトは他の者。例えばユミルあたりに任せようかと。とりあえず報告に戻ろうと今は帰路についている。その途中、ローラはライボルトの情報を提供してくれたワンダ達の元へ結果を報告しに訪れた。

「そうか、もう旅立ってしまっていたか……すまんね、情報が遅くって」
 情報をくれたクルヴェーグに住むキングラーのシャーマン、クラヴィス=カウフマンに事情を説明すると、言葉通りのすまなそうな表情をして、頭を傾け詫びを入れる。ローラはそんな謝罪よりも別のほうに目が行った。
 美しく色づいた赤い甲殻から伸びるハサミは左右非対称で一方がとても大きい……のだが、今は無い。
 前回訪れた時もそうだった。『俺の腕を食べろよ』などと、どや顔で言っては、今日の食事にも事欠く子供達に渡すのだ。クラブの頃から変わらず再生能力の高い(自称)そのハサミだが、何でもレジロックが岩をくっつけて傷を治すようにこの男はハサミを治せると言う。
 その際は、ワンダの母親であるメアリーが『カウフマン!! 新しい腕(の材料)よ!!』と言って、パン生地で岩石砲を放つのだ。
(正直、ナナさんよりも謎が多いよなぁ……この人達。どういうつながりなんだろ……?)
 オボンの絞り汁を混ぜた小麦粉をくっつけるだけで、腕なんてすぐに治ると言っているクラヴィスは、確かにもう半分ほど生えてきている。先程この家を訪ねた時はパン生地岩石砲の痛みにのたうちまわっていた最中だったと言うのに、なんという恐ろしい再生能力だ。
 そんなクラヴィスは、自分が与えた情報が役に立たなかった事を謝っているわけだが、無料で宿を提供してくれおまけに美味しいパンを差し出してくれているのだ。パンや宿はクラヴィスのものではなく、弟子が住むレシラムベーカリーの作ったものだが、パンの具に使用されるドライフルーツや食卓に添えられる木の実は彼の作った物。
 こんなに至れり尽くせりな事をしてくれるクラヴィス達を、ローラは咎められるわけもない。
「いえいえ、イェンガルドに戻ったら関所を越えられる仲間に頼んで追ってもらいますので……そう謝る事なんて無いですよ。宿代も出さないのにこんなに美味しいパンまでもらっちゃったわけですし、むしろメアリーさんには悪いくらいです……もう6時ですし、休む前に報告しようと寄ったんですが……まさか泊めてくれるとは」
「いいってことよそれくらい。美味しいパンを食べさせてあげるのがこいつの趣味みたいなもんなんだからさ」
 こいつ、とハサミで指し示されたドサイドンは照れ臭そうに笑う。
「まぁね。クラヴィスの客とあっちゃあ、私の客でもあるんだ。金を取るわけにもいかないもんねぇ……」
「メアリーさんのパンをただで食べられるなんて贅沢ですよ……ま、客というのなら……恐縮ですが」
 そのドサイドン、メアリーさんはクラヴィスがシャーマンの身分を明かす前からの友人だそうで、親子ともども懇意にしている仲である。その縁あってかクラヴィスとメアリーの仲は単なる異教の共有者では収まらないほどに深いようだ。
 職業がバラバラであるテオナナカトルと比べると、最初から友達というこの関係は一緒に居る事が不自然ではないし、職業上の付き合いもあるから、集まったり暇を作ったりするのはしやすいのだと言う。入ってくる情報や出来る事は狭まってしまうという点では一長一短ではあるが、ロイの酒場のような和気藹々(わきあいあい)としたこの雰囲気がローラは好きだった。

「それで、これからはどうするんだい? ローラちゃん」
「私は……明日の朝には、イェンガルドに戻ろうと思います」
 ローラが言い終えると、クラヴィスは怪訝そうな顔で脚をひねる。
「どうしました?」
「いや、な。暴れん坊のハッサムの話、知っているか? 今、旬の話題なんだけれどさ」
「もちろんですよ。今この辺で知らない人なんて……」
 ローラが言うと、クラヴィスは頷いた
「彼奴は、ついにミリュー湖の北西湖岸まで到達したようでな。次の日っていうか……今夜あたりにこの街の港の襲撃が予想されているんだ。ミリュー湖の大きさはジェルト内海と同じくらいの大きさだし、大体今日来ても全くおかしくないものでな……まーなんつーのー? 今日中に行かないと船が出ないかもしれないってわけだ……と言っても、船はもうすでに出ちまったがな。
 まぁいいや、とりあえず港に行かなければ危険ってことも無いだろうから、そっちの事は俺たちに任せてこの家でゆっくりしているといいよ」
「ちょ、ゆっくりって……まぁ、確かに私に出来る事は何もないですけれど……それより、ワンダさんが留守って言っていたけれど、もしかして港に出かけているんじゃないでしょうね」
 ワンダとは曲がりなりにも、出会って二晩目に成り行きで一夜を共にしてしまった仲である。ローラはそれをやってしまったと後悔してこそいるが、それはそれで大切な繋がりなのだ。
 ハッサムのことは噂に聞いただけとはいえ、あれほど強い相手に挑むなんて酔狂な真似をしているとなればローラも心配せざるを得ない。

「いや、港に出かけているよ」
 はたして、そのローラの予想は見事に当たっていた。
「だがワンダー仮面とて一人では勝てないだろうから、戦うなって命令している。不穏な気配を見つけたら、すぐに連絡するように……ってだけで、ただの偵察だ。大丈夫、今までのパターンからすればまだハッサムは来ない。多分……だがね」
「多分って……そんないい加減な、大体、ワンダ君を呼ぶ時にワンダー仮面って呼ぶのはやめさせなさいな。そこはかとなく危険な雰囲気が漂いますから」
「大丈夫だ。あいつは解けない氷っていうレジアイスの加護を受けた神器を持っているんだがな……そう、それによって氷タイプの威力がすこぶる上昇するんだ」
「そういう問題じゃないでしょ!! ワンダー仮面っていう呼び名そのものが頭悪そうとか、頭おかしいんじゃないかという雰囲気を醸し出しているって言っているのです!! 大体、相手鋼タイプよ……氷タイプはあまり通用しないんじゃ?」
 興奮したローラは二つの話題を交互にとがめて見せる。
「おいおいおいおい、確かに氷を使う戦法はいけないかもしれねーが、正義の味方クラヴィス=カウフマンとワンダー仮面として退くわけにゃあいかないだろー」
 わざとらしく慌てふためきながらクラヴィスが言う。
「っていうか、なんで戦うこと前提で話を進めているのよ!! 危険でしょ? ワンダさんをそんな危険な戦いに向かわせるわけ? ワンダさんがもし障害を負う程のお怪我をしたら……無責任な行動させたあんたを許さないからね。大体、ワンダー仮面とかとち狂った格好させるのは止めて」
 またも二つの話題を咎めるローラに気おされて、クラヴィスは苦い表情をする。
「……俺、いちおーローラちゃんより目上の立場なつもりなんだけれどなー。まぁ、いい。真面目に話すとだな、ローラ」
 わざと間の抜けた声を作っていたクラヴィスは急に言葉通り真面目な声色を取ってローラを見据える。

「時間的には、0時過ぎに奴が来るのが通例だ。さっきも言った通り、見張らせているのは念のためだし、一人では絶対に戦わせない、そこまでは問題ないな?」
「えぇ」
 ローラは頷く。
「で、時間が近づいてきたら俺も現地へ行く。その時はまぁ……なんだ、必勝戦法があるんだ。そいつで捕まえて見せる」
 必勝戦法と言われても胡散臭く、どうにもローラは信用できない。だが、今はとりあえずそれを口に出す事をせず話を進めることにした。
「では、捕まえてどうなさるつもりでしょうか?」
「捕まえても殺すつもりはないが……そうだな。何故そういう事をしたのか問い詰める。……まぁ、答えは決まっているだろうがな。神器を私利私欲のために悪用した奴は始末するのが基本だが……奴はきっと違うだろう」
「でしょうね。敵さんは奴隷狩りを止めさせたいだけでしょう……首や脚に鎖嵌められて船に積まれる仲間を見るのは嫌でしょうから」
 おぅ、とクラヴィスが頷く。
「それに……敵さんもきっと俺達と同じシャーマンだ。俺はそっちの方向にも興味がある。あっちの信仰がどのような形でなされているのかとか、どんなものを使用してすさまじい力を発揮しているのか、とか。だから、殺しはせずに出来れば生かすつもりだよ」
 ローラはクラヴィスの言葉に呆れて言葉を詰まらせる。
「そ、そりゃね……数々の妨害をものともせず船を破壊できる力があるわけだし……『普通のポケモンが鍛えただけ』じゃあれだけの強行は説明が付かないわよね。私達と同じく神の力を片鱗でも扱えるポケモンだと考えた方が納得いくわ……
 しかし、船だけを破壊する理由なんて……『船さえなければ奴隷を運ぶ事は出来ない』って、そういう考えの元に壊して回っているのでしょうけれど、中々大胆なことするわね……ハッサムさんも。でも、それを捕獲しようとか言う貴方も大胆すぎませんかね?」
 ローラが溜め息をつく。
「相手は正義のためにやっている。たとえそれが正義という名の自分勝手だったとしても……殺すまでやることないって訳さ。非は明らかに俺たちにあるのだからな」
 クラヴィスは力なく小さいほうのはさみを振るう。キングラーにとってのお手上げ的な動作だ。
「どちらにせよ、奴の行動で起きる経済的混乱はこの国に留まらない。このまま放っておいては、運搬業や漁に携わる者、商人などに影響が出て、この国のかなりの広範囲で失業者があふれてしまうだろう。そうなってしまえば、この国の財産、例えば貴金属か何かを売り払ってまで穀物を買い付けるか、もしくは餓死者が続出するかのどちらかだ。
 借金払えなかった奴が続々と奴隷になって国外に売られるかもな。
 ま、俺はこの湖があれば藻でも砂の中のプランクトンでも食べて生きていける。だが、そうもいかない奴らは辛い。御国様が国民に対して死んでくれっていうわけにもいかないからな……そうならないためにもな、正義の味方として戦う義務があるってもんだ」
 ローラは呆れてため息をついた。

「勇ましくていいことだけれど、なんだかなぁ……あの格好とかファッションセンスとか」
「いっつもこうなのよ、クラヴィス(この人)は。」
 正義の味方などとのたまうのは勝手だが、そのテンションで突き進むのは何か危険な気がしたがそれを止めることは不可能だとローラは悟っている。このクラヴィスという男はナナのやり方とは違うシャーマンの力の高め方を持っている。それは、陶酔し役になりきることだそうだ。
 このように正義の味方を演じるのが彼にとって世界と一体化する方法であり、シャーマンとしての力を高める方法なのだ。そして、空腹に耐える断食とは違い、周囲の視線に耐えることも試練の内であるとクラヴィスは言う。
(だから仕方がないと言ってあげるべきなのだでしょうかね……?)
「で、その必勝戦法とやらはどれほどのモノなの?」
「一応、成功率100%だ……ま、今回ばかりはわからんがね」
「言葉どおりなわけね。分かりました。一応信用してあげることにします」
(なんというか呆れちゃうなぁ……ま、悪い人じゃないみたいだし、しょうがないから付き合ってあげるかしら。でも、ワンダ君の格好よさが台無しになるあの格好だけは何としてでもやめさせなければ)

「まぁ、それならいいでしょう。私は正義の味方ではないですが、テオナナカトルの一員としてゲスト参加させてもらいます。微力ながら力になれれば……とは思いますが、私は正義の味方では無いので危なくなったら逃げますからね。一応、敵は殺傷が目的ではないとはいえ、私は痛いのは嫌ですから」
「おうおうおう、ローラちゃんには正義の味方の才能があるんだから、衣装そろえて仲間入りさせてやりたいってぇ言うのに」
「結構です!! 私は上司からもらった服があるのでっ!!」
 ローラは全力で断わりを入れ、尻尾でクラヴィスの顔をはたく。格下の者に顔をはたかれたクラヴィスはしかめっ面をしてローラへのささやかな抗議を行うが、ローラは無視をした。
「じゃ、早い所合流しましょう」
 ローラは立ちあがる。
「慌てるな、まずは食休みからだ。あんた時計持っているんだろ? まだ奴が今まで現れた時間帯の0時には遥か遠い」
 逸る気持ちもあったが、クラヴィスの言う事はごもっともだ。ローラは溜め息をついて座り込む。
「確かにそうですね。時計の針はまだ7時ですし……」
 ローラは首にかけたポーチから懐中時計を繰り出し、確認した。
「そういうことだから待て。シャーマンとしての力を高めるには世界と一体化すること。それには、忍耐力だって大事なんだ……焦り過ぎは禁物だよお嬢さん」
 いつの間にかこの国の命運を左右しかねない問題に発展していたハッサムの船舶襲撃事件。それに対して何ともゆるい対応をするクラヴィス達の態度に棘を抜かれた気分でローラは溜め息をつく。
「分かりました、従います」
(なんだかんだ言って、クラヴィスはこのやり方で黒白神教を維持してきた実績があるのだから、一応任せても大丈夫だろうし)
 ローラは時間まで寝て待つことにした。旅の疲れも相まって、ローラの眠りは素早く訪れ、眠りの世界へいざなわれていった。


 そして、午後11時。
「よう、ワンダー仮面。異常は無いか?」
「異常無しです、クラヴィスさん」
 真っ白で、目の周りに空いた穴の部分に赤い円形の縁取りがしてあると言うおかしな覆面をかぶったゴルダック、ワンダがきびきびとクラヴィスへ答える。普通にしていれば格好いいはずのワンダなのに、覆面のせいで台無しだ。あの赤い額の珠もかなり親近感を感じるし、端正な顔立ちは乙女心をくすぐられると言うのに、あのコスチュームには親近感よりも嫌悪感を感じてしまう。活動時間は夜だと言うのにわざわざ目立つ白だし、肩からは何故か用途不明のタスキのようなものが伸びている。もう少しまとも且つ機能性の高い衣装は作れなかったのかと目を疑うデザインだ。
 ただ、おかしな覆面や手袋にも意味がないわけではなく、こだわりスカーフの上位交換となる布で出来ているとか、所々に電気対策の羊毛があしらわれているなど、まるっきり無意味なわけではない。デザインがひたすらダサいので、装備を整えると威厳に充ち溢れる兄や父親を見て育ったローラには耐えられないのだ。
「ワンダさん……本名を名乗るのは控えた方が……なんというか、危ない人に見られます」
「問題ない。危ない人とは正反対が俺のモットーだからな!!」
「そういう意味じゃなーい!! お願いだからワンダー仮面なんてやめて普通のワンダ君に戻ってよ!! これじゃ落ち着いて話も出来ないじゃないのよぉ!!」
 呆れを通り越して躍起になったローラは声を張り上げる。周囲に響かない程度に抑えたとはいえ、夜だけに少々響きそうである。
「もう……つくづくテオナナカトルと違うのですね」
 環境の違いに戸惑いながらもローラはなんとか頭の整理をして続ける。
「ともかく、例のハッサムに挑むとのお話ですが相手は無茶苦茶な強さを持つ相手ですよ? 肝心の必勝の戦法とは如何な方法で?」
「よくぞ聞いてくれた!! 我々が行うのはフーディンのスプーン曲げを参考にしての集中をこちらに向け、ワンダー仮面が必殺の一撃を叩きこむのだ!! 俺が注意を引く方法は、腕を千切って投げると言うこと……というわけだな」
「そんな方法であんたら今まで悪人倒してきたのかい!? どんだけ腕を粗末にしているのよ!?」
 口調も滅茶苦茶になってローラが尋ねる。
「あっはっは。俺の腕なんてすぐに生える!! そんなこと気にするよりかは、目の前の敵に集中しろい。それに、俺にはこれ(ヽヽ)がある」
 と、言いながらクラヴィスは自身の体に巻かれている帯を強調して見せる。

(メギンギョルズ……強大な力を持ったハンマーを扱うために雷神ゼクロムが使用したと呼ばれる帯。力が無尽蔵に上がる代わりに、使用出来る技は制限される。要はこだわり鉢巻きの原型となったものなわけだけれど……大丈夫なのだろうか?)
「はぁ……そのメギンギョルズがあるのでしたね。でも本当にやるのですか?」
「強大な敵と対峙した時こそヒーローとしての素質が試されるのだ。それに……」
 呆れるローラにクラヴィスはまくし立てる。
「……それに?」
「そのハッサムを止められるか否かでこの国の未来を左右されるんだ。誰かが止めなきゃならないのに、俺らシャーマンにしか止められない相手ならシャーマンが止めるんだ」
「は、はぁ……まぁそうですよね」
「もし俺ら『シード』が失敗したら、次はテオナナカトル……お前らがやってくれ」
「はぁいぃぃ?」と、ローラが聞き返す。
「な、なぜ……私達が? そんな役勝手に押し付けないで下さいよぉ。押し付けは嫌いですぅ!!」

「決まっている。なんだかんだ言って他人の身を案じているあんたなら……見過ごせないだろ?」
 クラヴィスの言葉は正直図星であった。相手は何らかの神の力を行使して戦うポケモン……ならば、確かに同じく神の力を行使できる自分達にしか例のハッサムは倒せるものではない。
「そんな君ならワンダー仮面の2号にしたいくらいだね」
 しかし、今の未熟なローラにはワンダの言葉は無視することが出来ない。
「ワンダさんの言うワンダー仮面の2号件は丁重にお断りします。しかしまぁ……失敗した後の事は上司に掛け合ってみますよ。一応……後味悪いから死なないで下さいよ?」
「任せておけ!! ヒーローは死なない!!」
 いつの間にか完全に治っている大きなハサミをググッと握り、クラヴィスは言う。
「ワンダー仮面も同じく!!」
「いいからその名前をどうにかしなさい、ワンダ」
 どれだけ突っ込みを入れても動じない二人のテンションに、ナナは精神的な疲労を隠せず溜め息を漏らす。
「そうだ、ワンダー仮面。今日はその解けない氷の力……全力で開放していいからな」
「全力で開放……ですか、クラヴィスさん? そんなことしちゃって大丈夫なんですか?」
 ワンダに諭したクラヴィスへ、ローラが尋ねる。

「お嬢ちゃんも知っている通り、あいつの持っている解けない氷はレジアイスの体から作られた特別製でね。シャーマンとしての力が優れた奴が、全力で冷凍ビームなんて放とうものなら家一つ丸々氷塊に出来る。周りの奴らは巻き込まれて危ないし、何より目立つ。
 とは言え、正直なところ危ないのはどうでもいいんだ……巻き添えにならないように威力や着弾地点、タイミングなどを調整すればいいだけだし。だが、周囲に目立つのはいけねぇ……どっかのお偉いさんにこの力の秘密が漏れて、なんやかんやで戦争にこの力が使われたらまずいからな」
「戦争に……ですね。何度もナナさんから聞いておりますよ……」
「あぁ。だが確認のためにももう一度聞いておけ。黒白神教が本気を出せば、神龍信仰の信者達がやりやがった魔女狩りやら侵攻やらをみすみす許す事なんて無いさ。敵の中隊を一瞬で氷漬けにしたり、津波を起こして敵軍を全て洗い流してしまえばいい。だが、先祖はその力を戦争に転用することを恐れた……理由は言わなくても分かるよな? とりあえず、人がたくさん死ぬ戦いになるのは嫌だったってことでさ。
 ともかく、ワンダー仮面や俺の力が見られないように、周りで待ち構えている賞金稼ぎ達が全員やられるまで俺達は待機だ。じゃないと、目撃者を全員殺さなければいけないことにもなりかねないしな。だからいつもはワンダー仮面に対して力を抑制するよう言いつけているってわけだ」
「目撃者皆殺しのルールは知ってますよ。そっちにまでニュースが届いたとは思えませんが、レシラムの逆鱗と言う者を使って目撃者全員を皆殺しにしたこともありますので」
「ほう、レシラムの逆鱗なんて物騒なものを使ったのか。そりゃよっぽどだな」
 クラヴィスの言葉にローラは頷く。
「あの、クラヴィスさん……私、街中で全力を出すのは初めてなんですが……本当にいいんですか?」
 クラヴィスの言葉に驚きを隠せないワンダは、何処か怯えるような表情でクラヴィスを見る。
「構わん。というか逆に聞こう。奴隷船を1分かけずにお前は破壊できるのか? そう言う奴を相手にするんだから、全力でやらざるをえまい」
「そんなこと出来ないさ……分かった。全力で行かせてもらいます……クラヴィスさん」
 クラヴィスに諭されて、ワンダはコクリと頷く。


 その会話が終わってしばらく、静かだった。湖は海のような潮騒もなく、ただただ静寂。人々が寝静まってしまえば時折風の音が流れるくらいで、気を抜けば眠ってしまいそうな雰囲気の中、最も感覚を研ぎ澄ましているのはローラであった。港の倉庫の屋根に上り、よく手入れされたきめ細かな体毛をざわざわと震わせ、尻尾を揺らしながら周囲の空気の流れを感じては敵の到来を予知する。
 閉じられた瞼。何かを探すように揺れる尻尾。その感覚をより鋭敏にするように妖しく光を放つ額の珠。
「捉えた!! ワンダさん、クラヴィスさんあっちです」
 カッと眼を見開いたローラが、前脚を上げて方向を指し示す。
「よっしゃぁ!!」
 初見の時は横歩きしか出来ないキングラーがどう動くのか? という疑問を持っていたローラだが、それを初めて見たときと同じく彼の走りは驚嘆に尽きる。
 目を疑うほどに素早かった。屋根から屋根を閃光のように跳び、出発の際には棒状の物を素早く振った時のように風切る音が聞こえる。種族柄それなりに素早いはずのローラでもひとたび離れてしまえば追い抜くのに苦労しそうだ。
「横歩きのくせに……」
 ローラは嫉妬とも自嘲ともとれない独り言をつぶやいては、遅れて後を追う。

 ローラが発見した時のハッサムはまだ行動を起こす前であったが、ローラが発見して数秒後にはハッサムは行動を開始していた。火山が噴火したかのような轟音と崖崩れのような地鳴りの声。すでに一般人は居なかったが、賞金稼ぎの類とみられる人物達が次々とハッサムの元に殺到していた。クラヴィスはそれに混ざることなく、待機することにした。
 ワンダの冷凍ビームは冗談抜きで威力が強く、また手加減も出来ないので誤射も怖く、そういう意味でも巻き込んだりしないように待つ必要があった。
 その待ち時間も長くはかからなそうだ。ハッサムは瞬く間に敵を打ち倒した。バレットパンチで素早く間合いを詰め、的確に意識を失うような急所を狙っては屈強そうな面々を打倒している。
 すでに麻痺や眠り対策の木の実は飲んでいるのか、ラフレシアの粉を吸い込んでも特に気にするでもなく攻撃を続けている。
 こうして落ち着いて観察していると攻撃の瞬間、彼の首に下がった水滴を角ばらせたような形のプレートが光り輝いているのが分かる。あれが彼の神器なのだろう、とローラ達3人は分析した。
「さて、味方は全員やられたかな? そろそろ潮時かもな……」
 と、その様子を見守っていたクラヴィスが呟いた。

『おい、そこのハッサム!!』
 次の船を破壊しようとハッサムが移動した所、クラヴィスが彼の眼の前に位置する倉庫の屋根からクラヴィスが語りかける。シャーマンとしての心得があるものであれば共通の言語は必要ない。例えば、湖の三神の一柱であるアグノムの加護が込められたスモーククォーツの力を行使すれば、言語の違いに関係なく会話を交わす事が出来、クラヴィスはその力を行使している。
『アンタはおいたし過ぎだ。そろそろ休め』
『……貴様も、アグノムの加護を受けしものか』
 ハッサムが答える。
『あぁ、だがそんなことはどうでもいいだろう? 大人しく捕まれとは言わんが、これ以上勝手なことは慎んでもらおうか。みんな迷惑してるんだ』
『断る……迷惑しているのはこっちだしな。我らが故郷のため、奴隷を運ぶ船を出来る限り壊すのが……私の使命だ』
『そうかい……ぬかしていろ。喰らえ!! クラブハンマー!!』
 言いながらクラヴィスはおもむろに腕を千切り、痛みで僅かに顔をしかめながらも投げる。技を放つ時に技名を叫ぶのはヒーローの嗜みであるという理由だけではなく。
「#'%&$?」
 スモーククォーツに意識を集中するのを止めたクラヴィスは、ハッサムが何を言っているのか理解できなくなる。しかして、腕を切り離して行う奇想天外なクラブハンマーに、ハッサムが戸惑っている事はその表情から読み取れた。その時、あんまりに奇抜な攻撃にハッサムは反応が遅れ、投げつけられたハサミがまともに顔面にヒットする。
 その刹那、今まで息をひそめていたワンダがすかさず物陰から冷凍ビームを放った。完全なる死角から放たれ、しかも意識が一瞬曖昧になっていたハッサムにはそれを避けられない。

「くっ……」
 全身が凍結しないように腕でかばう。ワンダの冷凍ビームは強力無比で、腕でかばったくらいでは全身が凍りついてなお止まらず、氷で家を作れそうなほどの範囲が凍結してしまう。対抗してハッサムは体中から鋼の力を出してビームの威力を弾き飛ばし、また受け流しもする。そうして往なされた冷凍ビームによって凍りつくのはハッサムの十数メートル周囲ばかりで、肝心のハッサムは左手しか凍りついていない。
 ハッサムはすぐさま冷たく透き通る氷を鋼の力で砕き、振り払う。はじけ飛んだ氷が周囲の地面や壁に当たるや否や、本来体温調節に使うだけの翅を加速に利用し、風を切って距離を詰める。
 鋼の矢となったハッサムは、まず第一に倒すべき驚異と判断したワンダへと向かって行った。まずは、瞬間的な高速移動のために発動させたバレットパンチ。ハサミの間合いに入った瞬間、的確にワンダのくちばしを避け、眉間を狙い視界を潰す。視界を潰されたワンダは、水かきのある腕で咄嗟に急所を庇う。
 しかしハッサムはワンダがかばった上半身には目もくれずに堅い脚でふくらはぎに蹴りを叩きこんだ。
 鈍く、しかし重い痛みで体勢を崩したワンダをハッサムは見逃さない。頭の上で交差させた腕に虫の力を纏わせて、袈裟がけの軌道を描いて切り裂く。
 渾身のシザークロスが決まったワンダは、水タイプの技も氷タイプの技も出す暇なく吹っ飛ばされて気絶した。
 ワンダを仕留めたハッサムにクラヴィスが追いついた頃にはすでに、一連の事が終わっていた。クラヴィスとて馬鹿ではなく、すでに勝ち目は無いと悟っていた。だが、ヒーローの意地にかけて立ち向かないわけにはいかなかない。先ほどと同じくバレットパンチを起点に攻撃を始めるハッサムの突進を、クラヴィスはサイドステップで避ける。横歩きしか出来ない反面、サイドステップによる回避は得意だ。
 特に、自身の大きなハサミは攻撃力を高める反面機動力を大幅に奪っている。それが無くなった今、クラヴィスには攻撃力を期待するべくもないが、反面ともかく疾かった。

 防戦一方とはいえ、何とか凌いでいるクラヴィスを見て、ローラはつぶやく。
「クラヴィスさん……避けてばっかりじゃ、いつかはやられるわよね」
 その戦いを、ヒードランの力が込められたピアスの力で壁にへばりついているローラが見ていた。攻撃力は何らかの方法で強化されているとはいえ、それ以外の事も兄や父親でさえ凌駕しかねない領域の強さを誇るハッサム。見ているだけでもとても怖くて、すぐにでも逃げたい気分だ。だが、やるしかないと心に決めてローラは技を発動していた。
(私の目覚めるパワーは炎じゃなくってドラゴンだから有効な攻撃も出来ないし。でも……)
 言葉と同時にローラが数秒前に送った念が、不意にハッサムの上空から降り注ぐ。
(未来予知とサイコキネシスを合わせさえすれば、隙くらいは作れるはず!!)
 ローラの額の赤い玉がまばゆく光り輝く。未来予知の念の力とローラのサイコキネシスが合わさってハッサムを叩く。完全に地面に縫い付けられたハッサムにクラヴィスが残った小さなハサミを叩きつける。普通の相手にならば必殺級の威力になったであろうそれも、このハッサム相手にはトドメになりえなかった。ハッサムは体の上に乗るキングラーを無造作に振り払い、吹っ飛ばす。

 クラヴィスが気絶したかどうかを確認もせずにハッサムは走りだし、ローラを討とうとしたが、ローラはすでに姿を消していた。実のところは屋根の淵に張り付いてじっと息をひそめているだけなのだが、ハッサムも体力を消耗してしまったのか船には手を出さずにどこかへ逃げていった。
(ふぅ……全く、ヒードランの加護が込められた神器がなかったら私もやり過ごす事が出来なかったかもしれないわ。危なかった)
「……ワンダさん大丈夫ですか?」
 ローラはワンダの元へと歩み寄って、鼻でワンダを撫でる。
「あ、あぁ……何でも無い。ほら、何でもない」
 息も絶え絶えなワンダが強がりでそう言うので、ローラはあきれ顔で溜め息をつく。
(全く、強がっちゃって……)
 ワンダのそんな所に愛着を感じながら、ローラはサイコキネシスでワンダを抱き上げた。

続きへ


*1 エーフィの耳は放熱器官で、暑いところにいくと血管が開く様子がよくわかる
*2 酒などに酔うこと
*3 第3話参照

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-12-28 (火) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.