※この作品はR-15程度の官能描写を含む可能性があります。どのような展開でもお楽しみください。
ガネーシャの天秤Ⅱ
水のミドリ
もくじ
あらすじ
探検隊スクールの最高学年も夏の終わりに差しかかった頃、保健の授業でパオロが茶化して言った「もしかしてエッチな?」という言葉の意味に、無性別のシャコだけがついていけなかった。授業中、パオロとキップイのいつもの言い争いがエスカレートし、暴走したキップイを止めに入ったシャコ。その日の帰路、初めての生理に苦悶する彼女へ踏みこみすぎた関わり方をしてしまい、シャコは手酷い返り討ちにあう。保健室でシュヴァルツの治療を受けながら、おとなになるということについて、友だちについて考えるのであった。
学外授業で訪れたダンジョン『ワイアット海漂林』にて、チームを組んだパオロとルーミーが些細なことから喧嘩を始めてしまう。強敵ドククラゲとの戦闘の末、混乱したルーミーがシャコたちへ向けて攻撃してきた! 落ち着かせたシャコは、ルーミーが抱える家族への想いを聞かされ、家族について考える。駆けつけたカイトが鮮やかに解決してルーミーの失態をもみ消したが、探検に失敗した彼らはシュヴァルツ先生からこっぴどく叱られるのだった。
シャコの父ウキドゥが神事を務める土偶祭祀の手伝いで、ひと回り年上の子が進化の石に触れて姿を変えていった。町のおとなたちから祝福される彼らを目の当たりにしたシャコは、その微笑ましい様子から家族について考えさせられる。ルミナリアの姉ルミエリナから、家族に抱いていたルーミーのわだかまりも解消したことを知らされ、シャコも温かな気持ちになった。
秋も深まり、土偶祭祀の夜から3週間は収穫祭の期間。パオロとオーレットと共に肝試しの〝おとな用コース〟へ参加したシャコは、パオロがストークスの町を出る決意を固め、右前足の付け根にタトゥーを入れたことを知る。デモムービーの段取りの悪さに白けていたシャコとパオロだったが、スタッフであるパンプジン姉妹渾身のドッキリに引っかかりメチャクチャにビビっていた。
シャコ/ヤジロン
性別がないゆえ思春期を迎えたクラスメートの言動がいまいち理解できていない。それだけではなく、自称父親のウキドゥ(ネンドール)しかいない家庭で育った彼は、友だちの抱える苦しみへ不用意に近づいて苦い思いをしてきた。助けになりたいと思いながらも、他者を理解することの難しさ、寄り添うことの大切さを学ぶ。ひとつ前の冬休み、ズリ山に作った秘密基地でクラスメート全員が遭難した中、シャコだけが不思議な目のテレパシーを受け取り、選択することの大切さを教わった。家族について、友だちについて、おとなになるということについて考えながら、自分にできることは何か模索中。
パオロ/ゾウドウ♂
ストークスの町の鉱山を取り仕切る両親を持つ負けん気の強い御曹司。シャコとはスクールに入学する前からの幼馴染だ。3ヶ月ほど前、鉱物運搬の手伝いで出向いた隣町のストークスで、従姉妹であるユキメノコのミユキと過ごした刺激的な夜が忘れられない。そのとき貰った氷の塊は、溶けることなくパオロの奥歯に嵌っている。右前足の付け根あたりにガネーシャのタトゥーを入れ、収穫祭の終わりに大陸を出ると決意した。恋愛とかおとなの世界に興味はあるが、〝もしかしてエッチなこと〟についてマンムーの伯父にさんざっぱら揶揄われてきたのでウンザリしている。
オーレット/ミルタンク♀
学校近くの牧草地で暮らしていて、実家の仕事である毎朝の牛乳配達を手伝っている。自分のことを指すにも胸をとんとんと叩いて示すくらい口数が少なく引っ込み思案だが、なんとかパオロを肝試しへ誘うことができた。その割に〝きもったま〟なのでクラスメートの誰よりも度胸はある。肝試し会場で受けたパンプジンの〝ゴーストダイブ〟には全くこれっぽっちも驚かなかったが、絶叫するパオロの隣で何やら顔を引きつらせていた。
ルーミー/ヒトモシ♂
葬儀屋の長男で歳の離れた姉がふたりいる。姉たちと同じように付けられた『ルミナリア』という自分の名前が気に入らず、『ルーミー』と呼ばれるようにしていた。加えて姉弟のうち自分だけが覚えている〝くろいきり〟から異父兄弟のではないかと家族に対して軋轢を抱えていて、それが校外学習先の『ワイアット海漂林』で爆発。抱きしめてくれたカイトとの仲は急速に深まり、それからよくふたりで遊ぶようになったようだ。叫び声が大きく女の子っぽい。次女のルミエリナは土偶祭祀で進化を果たし、家出中に親友になったという孤児のパルシェンを引き合いに出しながら、家族についての見識をシャコへと与えた。
キップイ/モルペコ♀
両親は農園で働いているがお嬢様言葉を使う勝ち気な子。初めての生理では腹ペコ模様から戻れず焦燥に駆られてシャコを〝オーラぐるま〟で轢き潰す。半月に1度のペースで訪れる発情期には、興奮を鎮めるための道具としてシャコの頭のツノを借りていた。近頃はシャコの手助けを必要としていないが、女という性別、モルペコという種族に対して思うところがあるようだ。収穫祭で何やら懇願していたギモーは顔見知りのようだったが……?
サク/タタッコ♀
オトスパスの母親が生地を捏ね、ブーバーの父親が窯を見守るパン屋のひとり娘。年のわりに言動の幼さが目立つものの、パチシエ〜ルになるという芯の強さなら誰にも負けない。生まれつき体が弱く、乾燥ですぐに体調を崩してしまっていたが、兄のカイトから粘液を分けてもらうことで以前よりも精力的にスイ〜ツ作りに励んでいる。収穫祭では両親の出店を半ば占拠して自作のマフィンを売り捌いていた。試作品をどれだけ作ろうとも美味しそうに平らげてくれるキップイへ声をかけるよう、シャコにお願いをしている。
カイト/カラナクシ♂
元々は孤児だったが、サクの両親に迎えられ半年前の春からスクールに編入してきた。みんなとの思い出は浅いが、持ち前の親しみやすさですっかり溶けこんでいるイケメン。生理に苦しむキップイをすぐさま助けたシャコに感化され、『ワイアット海漂林』では暴走するルーミーと体を溶け合わせることで彼を沈静化した。そのときルーミーの口から飛び出た『キャラ』というのが誰なのか、ちょっと気になっている。カイト自身も不定形どうしで癒合するのは初めてではない様子。
シュヴァルツ/ガラルギャロップ♀
シャコたちスクールの最高学年も担任する看護教諭。彼女が常駐する保健室は厩舎と呼ばれており、ツノから〝いやしのはどう〟を放ち怪我をした生徒たちを治療する。キップイに襲われたシャコを回復させながら、思春期というものについて丁寧に教えた。テレパシーも得意とし、距離を隔ててウキドゥと連絡を取ったり、『ワイアット海漂林』にてシャコと連絡をとり指示を出した。収穫祭では自警団のポケモンたちと連携し、子どもの誘拐など事件を未然に防ぐよう見回りに当たっている。結婚したパートナーは探検家で、ストークスの町に3年は戻ってきていないようだ。
ビジレク/オーロンゲ♂
ストークスの南西部を中心に展開する農園地帯の大地主。ダンジョンで採掘される珍しい迷宮遺物(
発見されてすぐ『ビジレクの
急に現れては暗闇で目を光らせるニャスパーや、壁から〝したでなめる〟で味見してくるゴースにいちいち悲鳴をあげなががら、パオロは前を行くミルタンクの右腕に鼻を巻きつけていた。バンケットホールでの威勢はどこへやら、〝ハロウィン〟を仕掛けられたあの一瞬でパンプジン姉妹に遣りこめられてしまったらしい。なけなしの鼻っ柱で気張ってはいるが、がたり、と大部屋の壁に飾られた額縁が揺れただけで、ハート型の耳を細やかに震わせていた。
――お母さんの右前足を鼻で掴むのは、パオロの幼い頃からの癖だったよね。タトゥーまで入れたのにパオロ、まだまだ子どもなんだ! そのうらぶれっぷりをおちょくりたかったが、
「ねえ待ってよっオーレットおっ! ちょっと、はヒ……っ、早すぎ……ぃぃぃっ」
「…………」
声が届いていないのか、はたまた聞こえなかったふりをしているのか、オーレットは止まることなく廊下をずんずん進んでいく。ひとりぼっちで暗闇に取り残されるのは、いやだった。あの吹雪の日に秘密基地で過ごした顛末を思い出してしまう。
バリヤードの指紋めいて複雑に入り組んだダンジョンは、シャコたちを長らく同じフロアへ滞在させた。『ワイアット海漂林』におけるドククラゲのような強力な進化系こそ現れなかったものの、緊張を強いられる長丁場に神経をすり減らし、シャコはへろへろの回転を保つのでやっとだ。
どんっ、と固いものにぶつかって、後ろへ倒れたシャコは慌てて体軸を垂直に立て直した。もう次に
「……止まって」
「え……?」
オーレットに促されるまま、シャコも奥間の暗闇へと目を凝らす。いっそう格調の高そうな細工の施された扉の先には、広い空間が広がっているようだった。廊下の壁へ等間隔に掲げられていた燭台の灯りも届かず、確かに異質な霊気が流れこんでくる、気がする。オーレットが〝いしのつぶて〟をひとつ投げれば、目標を捕らえ損なった石が地面を空しく転がる残響が帰ってきた。
足の裏で敏感に振動を聞きつけた*1パオロが、オーレットの右腕に鼻を絡ませたまま首を捻る。
「いや、でもなんか
「違うと思う、けど……。とにかく、嫌な予感、するから。気をつけて」
がらんどうとした広間の中央付近。オーレットの睨む先で案の定、ぼぅ……と青白い火がともる。それがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。息を呑んだシャコとパオロを
不意に、ひときわ大きな火柱が、ぼあ! 4つ子の火球の中心で
パオロとシャコがほぼ同時に叫ぶ。
「で、で、で、でででで出やがったああああ!? う、うわ、うわうわうわ……」
「うわわわわわ……うわああーーーい! シャンデラってことは……ルミエリナさんだあ! もしかして、ぼくが心配でついてきてくれたのかなあ!?」
「バッッッカ行くなシャコぉ、あんなオバケの親玉みてーなヤツに自分から飛びこんでいくバカがいるかってンだよーう!?」
「なんで引き止めるのさパオロっ。ルミエリナさんはオバケじゃない、ルーミーのお姉さんだよ。さっき土偶祭祀のステージで進化したばかりで、それはもう綺麗だったんだから!」
「ま、マジで行きやがったアイツ、マジで行きやがったッ……! ……っぐ、すまねえ……おれにはオマエを助けることはできねえみてーだ……。シャコ、オマエのことは忘れねーぞ……ッ」
男泣きするパオロを置いて、シャコはひとりで先走った。灯台のサーチライトを頼りに猛吹雪の雪原を踏破する探検隊の気分で、暗闇を一直線に突っ切っていく。
無数の燐火を浮かべて操ろうとしていたらしいシャンデラは、まさか〝こうそくスピン〟の強襲を受けるとは思いもよらなかったのだろう。火の玉はかき消され、全速力で飛びこんでくるヤジロンを両腕で受け止めた。抑えられていたシャンデリアの
「る、ルミエリナさあぁんっ! ここのダンジョン、怖かったよぉ……!」
「ええと」ざらついた肌を擦りつけてくるヤジロンを、シャンデラは困惑げに抱き返す。「それ、妹です。わたしはルミニーナ。……もしかして君たち、ルーミーのお友だちですか?」
「そ、そうです!」
ほっそりとした腕木に
追いついたオーレットに「……いつまで、そうしているの」と
「ご、ごめんなさい……。いきなり飛びついちゃって」
「気にしないでください。わたし、
「じゅうぶん怖かったよぉ……? ほら、パオロなんて泣いちゃってるし」
「なっ泣いてねーし!」
オーレットにくっつくようにして来たパオロに軽く叩かれる。返す刀で「パオロ、ずっとオーレットにべったりだよね」と煽ってやる。「オマエの悲鳴だって、ハギギシリの寝言かってくれーうるさかったぞーう!?」「パオロの鳴き声って楽器みたいで、今日は特にいい演奏だったんじゃない」「おーわかった、オマエに送るフリズムにゃあ、おれ渾身のリサイタルを吹きこんでやるからなーあ」野生ではないポケモンと出会えた安堵感が遅れてやってきて、パオロとの掛け合いはいつになく舌が回った。
そういえば、とシャコは思う。
弟の同級生たちと数メートルほど距離を取った長女のシャンデラは、そのような過去を彷彿とさせない朗らかさで、彼らを振り返った。
「
コホン、とひとつ咳払い。ルミニーナは両方の腕木をバッと広げてみせると――
「Ladies and Gentlemen!」
彼女が叫ぶなり、メガシンカを遂げたデンリュウの〝フラッシュ〟ほど明るい閃光がそこかしこから
................... =*****************+: .......:==:...... .*=:-: -**: :=-. :=+*+=--:. +**= .=+=-. .-=****=+**=::. . :-+=+**=****+==-: +++++++++++++++++++: +**=========== :-------+=-------. +**= :+...:-----*= +**= .==-:. :. -====: +++= .-****- :-===+==:. .:-=-:=:==-. (A.おとしあな) (B.おんねんスイッチ) 3. 4.
秘密基地の岩壁へ細長い影が伸びている。語り終えたヒトモシのルーミーが、ふぅ、と蝋燭を吹き消すようなジェスチャーをして、自分で青白い炎を細くした。
「……あれ? あんま怖くなかった?」
「自分で喋って自分でビビってりゃ、世話ねーぞう」
石のテーブルへ乗った彼を囲むみんなの顔つきを見回して、おかしいな……とルーミーは無い首を傾げた。気を取り直すように深呼吸して、冬眠明けのオオタチのように痩せた炎へ酸素を送りこむ。
「……じゃあ次いこ次! オーレットの番!」
「ええ、っと」
自分の前へ跳ねてきたヒトモシへ、オーレットは困惑したように眼差しを浮つかせる。冬休みのある日、「怪談会やろうぜ。みんなで怖い話を100個、語り終えるまで帰れないっての」とルーミーが持ちかけたイベントだった。みんな用意してきたものはあらかた披露し終えたが、聞き役に徹していた彼女へ手番が回ってくるのはこれが初めてだ。
ルーミーの怖い話には眉ひとつ動かさなかったオーレットが、蹄をすり合わせてたじろいだ。ミルタンクの耳は困惑げに内側へ折り畳まれている。サクの見守りという
すかさずパオロが助け舟を出した。
「こーいうンが苦手なヤツだっている。聞いてるだけでも別にいーンだぞーう」
「ううん、やってみる」
「お、いけるか。無理すんじゃねーぞう」
彼女を労っていたパオロの鼻が引っこめられた。
「これは、その……。毎朝牛乳を配達してる、ローブシンのおばあさんから、聞いた話なんだけど……」
「……」
「……」
「…………」
「………………」
語り終えたオーレットは、スッとルーミーの灯芯を吹き消した。
ムシャーナの煙に抱かれたような浮遊感に浸っていたシャコも、ハッと我に帰る。彼女が話し始めてどれほど経っただろう。もう何時間と長い講談を聞いていたようにも思えるし、あっという間のおとぎ話だったようにも感じられた。ともかく皆、オーレットの口調にすっかり陶酔させられていたらしい。
何かが取り憑いたように鬼気迫る語りを披露していたオーレットは、いつの間にか普段のおとなしさを取り戻していた。ふと気づいたように、秘密基地の入り口からほの暗い景色へ顔を向ける。
「……雪、降ってきたね」
みじろぎひとつ許されないような後味の悪さを吹き飛ばすように、ぼあ! と青白い炎が吹き上がる。気絶していたらしいルーミーが息を吹き返し、口からろうを飛ばしながらみんなを急き立てた。
「帰ろ帰ろ、もう帰ろ! このままだといつかみたいにまた、サクが熱出しちゃうかもだし」
「ええ? サクはねー、まだ元気だよ。全然だいじょ――」
「うわ
わざとらしくパオロが鼻先を丸め、暴れるサクの腕を掴んだまま秘密基地を飛び出した。それを皮切りにひとり、またひとりと狭い横穴を這い出していく。
百物語。集まったメンバーが夜通し怪談を語り継ぎ、ひとつ終えるたびに蝋燭を吹き消していく。その数が100になったとき、暗闇とダンジョンが繋がって、その奥から新たな怪異が現れるというもの。眠っていたそれを呼び起こさないため、通例として語られるのは99話まで。よしんば最後のひとつを聞いてしまったとしても、なにが起きたか、なにを見たのか……それを思い出してはいけないとされる。
最後尾のシャコは振り返った。暖炉の火が消えたズリ山の横穴は、がらんどうの闇を
かちっ。
パオロとオーレットの踏み抜いた感圧板の下から、紫の瘴気が周囲へ
「やったあ合ってたっ! これで1番多く正解したのは、ぼくだよ! MVP! モスト・ヴァ……ゔぁ……、ヴァーティカル・ポケモン!」
「や――ばやばやばやばや! ほらっシャコ言わんこっちゃねー! クイズ大会なんてもうどーでもいいっつーの、こんな肝試し、さっさと辞めにさせてもらうぞーう!」
「……こっち」
冷静なオーレットに
「ったくよー、いい加減しつけーぞうッ!」
遠距離技に乏しいパオロは胴体横に括りつけられた探窟鞄から〝いしのつぶて〟やら〝しばりのえだ〟やら、効果のあるものを掴んでは振るう。それでも湧いては襲いくる野生に手こずっているらしかった。オーレットも通路に立ち塞がるゴースを〝ふみつけ〟で蹴り飛ばすも、そこで勢いを削がれてしまったらしい。通路へ逃げ切れず囚われたオーレットのところへ、パオロとシャコが追いやられてくる。ホエルコたちに岩場へと追い詰められたヨワシの群れの気分だ。
シャコも、忍び寄り〝どくばり〟を打ちこんできたイトマルへ〝ねんりき〟で応戦。床へ叩きつけられひっくり返ったいとはきポケモンは、6本肢で宙をでたらめに引っかきながら、飛び出した白い目でシャコを睨みあげていた。
「…………き」
――今なにか、喋ったような。気のせい……だよ、ね。
明瞭には聞き取れなかった野生の断末魔が、シャコの気力を摩耗させる。たしか同じ種族の女の子が、ふたつ下の学年にいた。特段仲がいいという訳でもなかったが、自分で吐いた糸が肢に絡まっていたところを助けてあげたことがある。「ありがとう」と慕ってくれた彼女を〝ねんりき〟で縛り上げ、無慈悲にも命を奪ってしまったような錯覚に陥り、シャコの腕が震え上がった。
探検隊スクールの門をくぐった子どもたちがまず体得するテクニックは、野生ポケモンへ技を向けることに対しての優柔さを取り払うことだ。
野生とはダンジョンにのみ現れ、倒せば跡形もなく消え去ってしまう、幻影のような亡者たち。たとえ行手を阻む敵が親や友だち、もしくは自分自身と同じ種族だったとしても迷いなく攻撃できるのは、野生と理性の線引きがなされているからだ。オーレットは野生に向けてどうしても蹄を向けられず、中学年に入ってようやくバトルできるようになったくらいだった。
そのひとつの指針として、やはり言葉が通じなという要素は大きい。いくら打ちのめしても体力の尽きるまで凶暴でいてくれるから、こちらも呵責なく技をぶつけられる。もしやっつけた野生が消える間際に『痛い』『やめて』『助けてくれ!』なんて叫んだら……? この手で親しいひとを傷つけている感覚がして、技なんて使えなくなる。
それこそが〝おんねん〟の正体だ。野生の骸を通して、ダンジョンの闇がシャコへ耳打ちする。
「うそつき……うそつき……どうして……うそつき……」
パオロの横っ腹へ飛び掛かってきたグレッグルへ、とっさに〝サイケこうせん〟を放ったシャコは、はっきりとその声を聞いてしまった。冷たい床へ
呆然と立ち竦むしかないシャコの腕を、ゾウドウの鼻がむんずと引っつかむ。天井から急襲してきたゴルバットを〝ふみつけ〟であしらったパオロも、同じようなオカルトに囚われているらしい。幻聴から逃れるように耳を丸めこみ、胴体横に括りつけた探窟鞄から強壮ドリンクを探り出していた。
「チクショ、こんままじゃラチが明かねー! シャコ、オーレットっ、オマエらだけでも逃げるンだぜーえ!」
ふたりを鼻で引き寄せ正面に立たせた矢先、パオロは大理石を踏み鳴らし突風を巻き起こす。大柄なバルクから巻き起こされる渾身の〝ふきとばし〟が、シャコとオーレットをまとめて通路へと弾き出した。
取り残されたゾウドウが野生の黒だかりに囚われ、シャコは大部屋へ向かって声を張った。『ワイアット海漂林』にてドククラゲ相手に〝じばく〟しようとしたシャコを言い
「パオローーーっ、パオロも早くこっちに! 自己犠牲はダメだって、あんなに言ってたじゃないか!」
「バッカ、〝てっぺき〟を積んだおれがそう簡単にやられっちまうわきゃねーだろっ。それに、オマエが展開してくれやがった〝ひかりのかべ〟の加護もある。こんくれー逃げきれるっつーの! フロアを進んだ先で落ち合おうぜーえ!」
「でも……」
「いーから! おれのタフさは、オマエもよく知ってンだろーがよー。こーんなんヨユーだヨユー」
「……わかった、またすぐに、ね!」
野生どもを引きつけるようにしてパオロが部屋の反対側へと遠ざかっていく。『ビジレクの
彼の勇姿を見送って、さて、とシャコは探窟鞄を背負い直した。
「オーレット、ここはパオロに任せて、ぼくたちで先に進もう」
「…………」
吹き飛ばされた拍子に強くぶつけたのか、オーレットは胸を庇うようにして
「なんかさあ……意外っていうか。いろんな種類のビックリが詰まっているんだねえ、肝試しって。ぼくてっきりオバケとか、そういうのだと思ってたけどさ。ふたつめのチェックポイント、しつこいガンコ汚れもこれ1本! って実演販売で、油でデロデロになったフライパンもチラチーノ印の洗剤を使うと一瞬でピッカピカ! になるの、あれほんとビックリしちゃったよね。ポケに余裕があればお土産に買って帰ったんだけど……そもそもぼくの家、調理道具は土器だからなあ。土器にあの洗剤使ったら、ボロボロになりそうだし。……ってことはぼくにかかったら大変だよね。やっぱり買わないのが正解かあ」
「……」
「正解といえば、そうだクイズ大会! 忘れてたけどさ、ルミニーナさん景品が出るって言ってたよね。ダンジョンを抜けたらさ、ぼく、おとなたちを差し置いて表彰されちゃったりして! ……ヤジロンのシャコ殿、あなたはかのクイズ大会にて優秀な成績を修め、見事優勝したことをここに証明する。おめでとう。こちらは副賞の〝オレンのみ〟1年分です。見た目は土偶、頭脳はミッチリ、天才クイズプレイヤーシャコ、ここに参上! ……なーんて」
「…………」
「あの……オーレット……? どうしちゃったの、ずっと黙りこくって。もしかしてさっき、ゴースに重ね掛けられた〝さいみんじゅつ〟で操られてたり……?」
「寝てない」
「ウわ!? 急にしゃべらないでよ、もぅ……」
ふたりきりになったシャコはしきりに話しかけたが、〝ぼうおん〟持ちのマルマインよろしくオーレットの反応は薄い。会話のないまま通路を進み、部屋を横切っていく。群れて飛び立つゴルバットにシャコが驚く間もなく、身を丸めたオーレットの〝ころがる〟がこうもりポケモンを弾き飛ばしながら道を作る。キィキィと降りかかる悲鳴を避けながら、シャコはついていくことしかできない。
先をいくミルタンクへ食らいつくのに必死で、気づけばダンジョンの最下層まで潜っていたらしい。結局パオロとは合流できずじまいだ。最奥地のフロアへ繋がる堅牢な大扉の前で、オーレットは振り返った。ぜえはあと息を整えるシャコを見下ろしている。
「……いつか話したこと、覚えてる?」
「な、なに、急に」
「この町に伝わる伝承、のこと。山の神さまに魅入られた探窟家の男は、ダンジョンで野生を倒すたび、声が、聞こえるようになった、っていう話」
「えぇ……?」唐突に始まった怪談に、シャコは声をくぐもらせる。「冬休み、ルーミーが百物語をやろうって持ちかけてきたときの、だよね。誰のよりも怖い話だったから、なんとなく覚えてるけど……」
「あれ、お話の元になったのは、〝おんねんスイッチ〟なの。教科書でしか見たことない、伝説の探窟家も手こずらせた、罠。怨念をまとった、野生を倒すと、力が抜けちゃうの。さっき初めて、その状況に陥ったけど……本当、だった」
「うん……そうだね。あれがいちばんビックリしたかも……」
「聞こえた言葉が、怨念のように気力を蝕むのは」シャコを見下ろすオーレットの瞳は据わっている。「それが自分にとって1番聞きたくない声だから、なんだって」
「ど、どういうこと……?」
すぐには返事がなかった。彼女の意図を推し測ろうと頭を回転させるも、シャコにはなにも思い至らない。
「何て、聞こえたの」
「えと、その……」
「さっき、イトマルとグレッグルを、倒したよね。何て、聞こえたの」
「……」
幻聴にしては嫌にはっきりと、シャコの耳許で「うそつき」と罵られた。――あれが、ぼくの1番聞きたくない声ってこと? 確かに思い返しただけで、空洞の頭の奥が鈍く痛んだ。どこかで聞いたことのある声だけれど、それが誰のものか、はっきりとは思い出せない。イトマルはともかく、グレッグルはこの町に住んでいないはずだ。それでも誰か、近しいひとから責められている気がして、ありもしない罪悪感がシャコを虚脱させる。
「何て聞こえたか、当てて、あげようか」オーレットは意気込んで目を吊り上げる。「『オマエなんかいらねー』『もうついてくンじゃねーよ』『オマエ本当に使いモンにならねーなあ』……。違う?」
オーレットは明らかにパオロの声真似をしていて、長い鼻でシャコをあしらうように鬱陶しそうな演技までつけている。耳はゾウドウのもののように大きく揺らいでいて、旅サーカスのバリコオルの〝なりきり〟ショーのようだった。
実際に聞こえてきた声とは異なり、一瞬、シャコは安堵した。いくら地獄耳のオーレットとはいえ、『うそつき』というシャコにさえ心当たりのない呪詛までは届かなかったらしい。――やっぱりデタラメじゃないか。百物語の日の彼女の講談はいかにももっともらしかったが、怪談とは語り継がれるうち、ネオラントよりも大きな尾ひれが付くものだ。そもそも合理的に考えて、野生どもがシャコの最も言われたくない言葉を知るはずもない。
シャコは胸を撫で下ろしてようやく、オーレットの言葉の裏に潜められた意地悪さに気づく。
「ちょっと待ってよ、どういうつもり……? ぼくを置いてけぼりにするようなこと、パオロが言うはずないじゃないか」
「どうなの、合ってるの? ねえ」
「……もういいってば。早く最奥のフロアに進も? このままだとパオロに置き去りにされちゃうよ」
「もう、置き去りにされていると、思うけど」
「うん、だからこそ急いで――」
「違くて」
「え?」
「なんで、引き止めなかったの」
「……どういうこと?」
「だから、なんで、説得しなかったのかって、聞いてるの」
収穫祭の撤収と共にストークスを出る。パオロの
ダンジョンの壁に掲げられた燭台の炎が揺らいで、オーレットの顔を照らし出す。怪談会で披露した迫力をシャコは思い返し、ぶるり、と改めて背中がざわついた。
「幼馴染……、なんでしょ」
「パオロとぼくが、だよね。うん……寂しくなるよ」
「…………」屈託なく答えたヤジロンを見据えるオーレットの目は、雨の朝のニャビーのもののように据わっている。「町を出るにあたって、相談とか、されなかったの」
「ずっと前から外の世界を見てみたいとは言っていたから、その決心がついただけだと思うよ。長年の夢を叶えようとしてるんだから……すごいよね」
「学校の先生にも、誰にも何も言わないで? ……それって、普通じゃないと思うの。そういう重要なことって、仲のいい友だちに相談するもの。……何かお
「……ひとの気持ちを推し測って勝手に決めつけるのは、よくないよ」キップイやルーミーとの悶着を
「……何それ。無責任、じゃないの。友だちとして」
「ずっとパオロと友だちだったから、分かるんだ。海を渡った先でも、パオロならうまくやれるって。それに、フリズムって道具で声を送ってくれるって、約束したし。手紙みたいなもの、なんだよね。今から楽しみだなあ」
「…………、あのさ、いつも思ってた、けど」
……空気、読めないよね。
お気楽な空想を語るシャコへ吐き捨てられた、声。小さく震えてはいたが、はっきりと軽蔑の色を乗せた声。それがオーレットの口から飛び出したことがにわかには信じられず、〝がんせきふうじ〟に阻まれたかのようにシャコの反応が鈍る。
「ふたりだけで、肝試し、する予定だったの」
「……パオロと、オーレットが?」
「そう」
「え、えっと」どう応えるべきかわからず、シャコはぎこちなく1回転。「みんなでやったほうが、その分、楽しいよ。ほら、去年までは、秘密基地にみんな集まったりして、一緒に遊んでたじゃない。……そうだ、キップイも誘えばよかったんだ。路地裏で見かけたんだけど、今ごろどうしてるかな」
「ねえ」棘ついた声とともに、ミルタンクの耳がしきりに煽がれる。寡黙なオーレットが何か言いたいときに見せる癖だった。ただ、今は、淀みなく言葉が連ねられる。「まだ、何も、気づかないの。気づいていて、わざと邪魔してるの。どっちなの?」
「ど、どういうこと……? ぼくは別に」
「〝ふたりだけで〟って、言ってるんだよ。ねえ、聞こえて、なかったの? ねえ!」
ふたりだけで肝試しに来るつもりだった。だから、そもそもシャコにはついてきてほしくなかった。オーレットの言わんとするところを汲み取ってしまい、シャコは返答に窮する。ビジレク翁と
そういうことに奥手なオーレットの〝むしくい〟のように穴の空いた説明で真相を聞かされ、シャコはしどろもどろに喘ぐしかできない。クイズ大会で優勝しようと躍起になって、パオロの忠告などまるで耳に入ってこなかった。オーレットの肝試し計画を台無しにして、親密になるはずだったふたりを引き剥がしたのは、シャコ自身だ。
「そ、それは……っ、気づかなかったわけじゃなくて、その、ほらっ、ぼくが参加するのも、ダメだって言われなかったんだし」
「受付のひとも、困惑してたんだよ。気づかなかったの? 前、言ってたよね。ヤジロンは周りのみんなを見て、色々な変化を察することが、成長につながるんだって」
「そっそれは、だって、その……。そ、そうだよ、パオロが誘ってくれたから。パオロは、ぼくとも、肝試しをしたかったんだよ!」
「断ればよかったのに。どうせ、離ればなれになったら、すぐに忘れちゃうんでしょ。どれだけその土の肌に刻みつけても、雨に濡れれば、簡単に崩れて消えちゃうんでしょ」
「な……なんでそんなこと言うのさ……。忘れるわけないじゃないか、パオロもオーレットも、学校のみんなは、友だち……なんだもの」
「友だち?」
見下ろしてくるオーレットの視線に、空っぽの胸がぎゅう、と締め付けられる。――ああ、同じだ。これと同じ胸の締めつけを、ぼくは知っている。友だちだよね? と歩み寄ったところをキップイに突っぱねられたトラウマが蘇って、シャコは逆回転して半歩だけ後
「本当に、幼馴染なの」
「ぱ、パオロとぼくが……だよね。そうだよ。家は離れているけど、ぼくのお父さんとパオロのお父さんが仕事で何度か話し合いをしていて、そこでぼくたちも顔を合わせるようになったんだ。学校に入る前からの友だちだよ。そもそも探検隊スクールに行こうぜって誘ってくれたのも、パオロだったんだ」
「幼馴染だって、自分でそう思ってるだけじゃないの。本当の、心からの友だちなら、肝試しとか、学校に通おうって誘うみたいに、町を出るときも、一緒に行こうって、言ってくれると思う、けど。……取り残される方も、別れなきゃならないのが親友なら、ついて行きたいって、思うものじゃないの。勝手にそんなこと決めるなって、怒るべきじゃないの。遠くへ行っても応援してるなんて、そんな薄情な言葉、出てこないはず、だけど」
「な、は――」
「やっぱり、その程度の関係性だった、ってことじゃないの」
信頼していた用心棒のゴロンダから、〝じごくづき〟を喉元へ叩きこまれたような衝撃だった。
オーレットの吐き捨てる
ダンジョンで襲いくる野生ども相手なら、力と知恵で返り討ちにしてしまえばいい。ふざけてちょっかいをかけてくるパオロには、同じようにふざけて返せばいい。けれど正面からぶつけられる悪意への対処方法を、シャコは知らなかった。ましてそれが
オーレットの声がどこか間遠く聞こえるようになって、視界がぶれる。乾いたはずの粘土質のどこからか水分が凝縮して、目元めがけて集まってくる。――泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ。怖くもないのに、泣くなんてヘンだ。両腕で拭う。何かを言い返そうとして、まだ発声器官がもつれてしまう。ぐちゃぐちゃの感情に追いついた土偶の体が、錆びついたギギアルのように、ぎしり……、と、無意識に逆回転し始めた。オーレットが罵っているのは自分ではなく、自分の背後にいる誰かに向けてであって、それを確かめるように寒々としたダンジョンの廊下を振り返る。ヨマワルがいればどれだけ救われたものを、こういうときに限って
両眼を吊り上げたオーレットが自分の胸の前を右手で叩く。『わたし』のジェスチャーだ。
「知ってるから」
「な……っ、なにを、さ」シャコはようやく声を絞り出した。「パオロのことなら、ぼくの方がよく知って……、るんだから……」
「夏の終わりごろ、夕方の牧場の隅で、ふたりで、何やってたの」
「牧場……? あっ!」
牧場の隅で、ふたりきり。シャコに思い当たるのはひとつしかない。保健室で休んでいるキップイを看病に訪れた、その帰り道での事件のことだ。確か、学校の南側の山あいには草原が広がっていて、そこら一帯はオーレットの住んでいる家の敷地だった。キップイの声はよく通る。あの夕暮れ、通学路から響いてくる甲高い叫びを、耳ざとく聞きつけたミルタンクは物置の影から覗いていたのだろう。
果たしてオーレットは、険しい表情を貼りつけたまま、軽蔑の声色を隠しもせずに喉を震わせた。
「あんな……あんな、恥ずかしいこと、学校帰りに、ひと目のつくところでして……。どういうつもりなの。信じられない」
「あ、あれはッ、キップイが初めての発情期? っていうので錯乱していて、それで……仕方なかったんだ」記憶にかすれつつあった彼女との秘密を暴露され、シャコはもうほとんどパニックに陥っていた。「ぼっぼくも、どうしたらいいか分からなくて、っというかあのとき、どうすることもできなくって」
「性別がないからって、あんなことしてもいいって、思ってるの」
「あ、あんなことって……あれしか方法はなかったんだよ。ぼくは、友だちが悩んで苦しんでいるから、助けになってあげたいって、思っただけなんだ。確かに、ぼくも悲鳴をあげてたりして散々だったけどさ、それでキップイもどうにか収まったんだから、あの日のことは先生やみんなには黙っててよ、ね?」
「……」オーレットはますます顔を強張らせる。「……あのさ、この際だから言うけど、お……お付き合い、してるからって、授業中にみんなの前で……だ、抱きっ、抱き合って、たり、そういうのって、よくないと思うの。あれから学校の帰りに、たまにふたりでコソコソしてるのも、知ってるから。今日だって、収穫祭を一緒に回るために、待ち合わせしてたんじゃ、ないの」
「……ええ、と」
――オーレットはどこまで知っている? どこまで言っていい? キップイとは女子会と称して休み時間によく声を潜めあっているから、ぼくがキップイの発散に頭のツノを貸していたことも、おしゃべりの議題にされていたかもしれない。それにしてはかなり偏見というか、曲解されている気がしないでもないけれど、ぼくがキップイの秘密を暴露してしまえば、彼女を傷つけることになりかねない。
シャコが答えあぐねているうちに、オーレットの瞳がみるみる驚愕に塗られていく。垂れていた耳は〝たつまき〟に巻き上げられたかのように逆立った。
「付き合ってもないのに、あ……あんなこと、してるの? ……信じられない」
「な、何を怒ってるのさ……。キップイにとっては大事なことだったんだから、もしかしてエッチなことは」
「……ッ」エッチな、という単語を耳にしただけで、オーレットの表情がいよいよ赤味を帯びていく。「……それで、今度は、お、ぉ、……お、男の子にまで、手を出すの。そうやって知らないふりして近づいて、いい思い、するの」
「いい思いって……なんのこと? キップイに頼ってもらったのは嬉しいけど、それだけだよ。道具みたいな扱いはやめてほしいって言ってるけど、あんまりそういうの、意識してないみたいでさ……。抱きしめたのだって、授業でキップイが腹ペコ模様から戻らなくなっちゃったときだけで、それは電気タイプの技が効かないぼくだから」
「嘘つかないで! ……さっきだって、シャンデラのひとに抱きついてたの、忘れたとか、言わないでよね」
「あ……あれはっ」肝試しに怯えていた醜態を掘り返され、シャコの土肌もさっと紅潮する。「怖いから、とか、じゃないよ?」
「じゃあやっぱり、そういう目的で、してたんだ。……信じられない」
「ち、違うんだってだから! ――ああっもう、なんで話を聞いてくれないのっ!」
「そもそもさあ!」シャコを遮ってオーレットは
「な、何が」
「性別がないって言うけど、どちらかには傾いているんでしょ。男の子なの、女の子なの」
昔どこかの大陸に住んでいたとされるジュナイパーは、寒冷な高地に耐えうるよう羽根の下に筋肉を蓄えた。華麗な踵落としを決めたのち、朽葉色の矢を3本同時に放ち獲物を追い詰めたという。
そのような
「……どっちでもないよ」
「どっちでもないって……どういうこと? はっきりしてよ」
「はっきりしなくちゃいけないの?」
「当たり前でしょう!?」喉の前で両前足を結ぶように力を込めて、オーレットが叫ぶ。「女の子と、お……男の子がくっつくことで、タマゴが生まれるんだって、授業で習ったの、忘れたのっ?」
「タマゴって何さ。今それ関係ないよね? そもそも最初はパオロが町を離れるって話、していたんでしょ!」
「関係なくなんかない! 収穫祭が終わるまで、あと3週間くらいしか、一緒にいられないんだよ!? 時間がないの!!」
「3週間しかないのは、ぼくだって同じじゃないか! 幼馴染なんだから、パオロだってぼくと遊びたいはずだよっ。だいたい、ぼくの性別がどっちだろうと、ぼくは誰とくっついても、タマゴなんてできないんだよッ!」
叫び返して、シャコは自分の言葉に胸が詰まる。何か、自分でも気づいていなかった致命的な
「そもそもくっつくのに性別なんてあんまり関係ないんだって、ぼく分かってるんだからね! オーレットは知らないだろうけど、学外授業のとき、カイトとルーミーが深く抱きついて、不定形の体を混ぜ合って――」
「なに、それ」
「あ」
上気していたオーレットの顔が、今度はみるみる青ざめる。食料が底を尽きて〝ベトベタフード〟を食べるしかなくなった探窟家のように顔が歪んだ。胸の前で蹄を握りこみ、震える我が身を抱きかかえながら、糾弾の声を張り上げる。彼女にとって、性別のないヤジロンこそが、男女種族年齢問わず、関わったポケモンたちを破滅に追い立てる魔性のエンニュートのように思えてならないらしかった。
「……信じられない、信じられないっ、信じられないッ!! それも、そういういけないことも、ふたりに吹きこんだの。授業で習ったのとはあべこべのこと、言って、タマゴもできないのに、おと……、ッ、おと、男の子どうしでもそういうことするなんて……!」
「だから、もしかしてエッチなことは、いけないことじゃないんだって! それでルーミーの悩みは解決したんだから! カイトってばすごかったんだよ、燃える砂浜に雨を降らせて一瞬で消火してさ、荒ぶったルーミーを抱きしめて耳元で――」
「もういいッ! 先に帰ってて。これ以上ついてくるなら、技、使うからねッ!!」
動こうとしないシャコの背中を蹴り飛ばすように、オーレットが吐き捨てた。
「何なの。まだ何かあるの。……もしかして、次は」
「………………」
オーレットの棘ついた言葉が、ヤジロンの空洞を反響して抜けていく。――なんで、分かってくれないんだろ。なんで、そんなひどいことが言えるんだろ。やっぱりオーレットは、ぼくのこと、友だちとも思っていないんだ。友だちじゃないっていうのなら、シャコも突き放してしまいたくなる。放課後にクラスみんなで遊んでいた思い出が、とても遠いもののように感じられてならない。
引っこんだ涙の代わりにようやく、パオロとの関係性を貶されたことに対する怒りが、マグマッグのような粘性と速度をもってして、シャコの中へふつふつと湧き上がってくる。怒りの純度は高くない。幼馴染だと思っていたパオロが黙って出て行って、自分の隣からいなくなってしまうという悔恨。オーレットとの応酬の中でつい口に出てしまった、ヤジロンという種族の欠落。そして、自分がこんなにもどす黒い情動を抱いていることに対しての嫌悪。揮発性の体液が混じり合って、どちらの
――ああ、ぼくはいま、よくないことを考えてしまっている。
ぼくがヒドイデになって、毒で苦しむサニーゴのどこへ
自分とルーミーだけが知っている、パオロの秘密。彼と従姉妹のユキメノコとの関係は、牛乳の配達先で噂を聞き漁っているオーレットの耳にも届いていないはずだ。もしかしてエッチなことがあったらしい遠征の夜の仔細を告げ口してしまえば、オーレットをひどく傷つけることになる。そしてそのままダンジョンへ置き去りにしようものなら、いくら〝きもったま〟な彼女といえど心細さに押しつぶされてしまうかもしれない。
しかしそれは、おれとオマエらだけの秘密だぞーう、と念押ししていたパオロを裏切ることになる。その程度で培ってきた友情に
苦心して言葉にせずとも、力づくで奪い取る方法だってある。〝おんねんスイッチ〟のせいで技を打つ気力もほとんど残ってないが、行き場のないこの衝動を発散させるには、オーレットとバトルするのが最適かもしれない。――いや、バトルなんて生っちょろいものじゃない。決闘だ。収穫祭が終わるまでパオロの隣にいるのはどっちが相応しいか、オーレットとその座を争うんだ。
「ねえ、早く帰ってよ。ねえってば、ねえ!」
オーレットの罵声が土偶の空洞を反響している。大理石の床を削りかねないほど軸足へ体重をかけ、シャコは回転しながら線を引いた。左右の天秤が揺れて平衡を保つようなおぼつかなさで、パオロの右前足に刻まれた異国の神様の模様を描いていった。
――さて、天秤はどちらへ傾くべきだろう?
................... :+*****************= ......:==:....... :**- :-:=*. =**+ .:--=+*+=: .-=: .::=**+=****=-. .-=+=. :+++++++++++++++++++ :-==+****=**+=+-: . .-------=+-------: ===========**+ =*-----:...+: =**+ .: .:-==. =**+ :====- =+++ -****-. .:==+===-: .-==:=:-=-:. (秘密を暴露する。) (決闘を申しこむ。) 6. 5.
あらすじ
肝試しに訪れたダンジョン『ビジレクの
シャコ/ヤジロン
1番聞きたくない声を囁くと噂される〝おんねんスイッチ〟は「うそつき」とシャコへ耳打ちした。クラスメイトを友だちだと思って力になろうとしている姿勢は嘘なのか? オーレットとの言い争いの最中、口を突いて出た「ぼくは誰とくっついても、タマゴなんてできないんだよッ!」という言葉は、自分でさえ気づいていなかった自分自身の誤謬を見せつけられたようで、それについてはまだ考えたくない。
パオロ/ゾウドウ♂
クイズ大会の進行役であるルミニーナに〝おんねんスイッチ〟を発動させられ、モンスターハウスと化した部屋からシャコとオーレットを弾き出した。自分は〝てっぺき〟で身を固めつつ、ヘイトを買って逃げ切ったようだ。アイツのねーちゃんってやべーヤツじゃねーか……、と、ルーミーに対する評価はだいぶ下落。
オーレット/ミルタンク♀
勇気を出してパオロを肝試しに誘えたのに、関係ないヤジロンまでついてきた。宴会場でもクイズ大会でもいい雰囲気を邪魔され、それをシャコは(みんなで参加できて楽しい)としか思っていないそのお気楽さが苛立ちを募らせる。〝おんねんスイッチ〟にパオロと分断され、シャコとふたりきりになってからそれが爆発。……性格悪い子じゃないんですよ? 本当はもっと前に活躍のシーンあって、ここまでヘイト買うようなキャラになるはずじゃなかったんですけどね……天秤だからこればっかりは仕方ない。
米、というものを調理したことがある。
石の大陸は寒冷で土壌も肥沃ではなく、雨季の必要な稲穂が
シャコは麻袋に入った米を、さらさらさら、と調理用の土器へ流し入れる。アブリーの産んだタマゴのような純白の、粒。収穫期に運ぶライ麦の穀粒は平たく潰れていて、不揃いで、そのほとんどは臼で
水を溜めておくための土器を〝ねんりき〟で傾け、米をひたす。スープを作るときよりも分量が多く、シャコは振り返って父親を呼んだ。
「ねえこれ、合ってるの? このままだと絶対、吹きこぼれちゃうよ」
「それが米の正しい〝炊き方〟なのだと、教えてもらったよ」
「炊く……って言うんだ、このやり方。珍しいね、お父さんが知らない食材をに挑戦するなんて」
「何事も経験さ」
基本的に摂食を必要としないヤジロン族だが、毎日1食は必ず食卓を囲む習慣をウキドゥはつけていた。といっても献立のレパートリーは乏しく、適当にカットした野菜を塩と香辛料で煮こんだだけのポトフが週に3回は出る。食に精通していない父親の調理法といえばもっぱら煮るか焼くかで、だからシャコも関心は薄かった。ウキドゥの聞いてきたレシピに従う他ない。
削り出したオークの固い樹皮へシャコが軸足をめり込ませ、最高速度の〝こうそくスピン〟を数秒間。
はるか遠い昔、ヤジロンやネンドールは水の大陸で生まれたとされる。その体は土器と同じように、粘土と
「にしてもよく手に入ったよね、米、だっけ。なんというか、こう、エ、え……、エキゾチックな……」
「エスニック、だろうか。東洋の民族風、というような意味だが」
「そうそれ」
「パオロくんの
「ふうん……」
じゃあどうしてぼくを授かったの、とは、シャコは聞き出せなかった。面と向かって聞くのはなんだか恥ずかしかったし、ヤジロンは他のポケモンとは生き物の基盤のようなものがずれていることに、スクールの友だちと遊んでいるうちに感づいていたから、踏みこんだ質問をするのが怖かったからかもしれない。
ネンドールの8つの目が交互に細められる。ばち! と爆ぜた炉は、ずっと昔から暖かかったろう。
「シャコ。お前にはな、いろいろなことを体験してほしいんだ。父さんは数百年と生きてきたが、こういう、生き物としての営みは蔑ろにしてきた。ネンドールに進化したての頃、大陸間で大きな争いがあって、父さんは兵器として倫理に背くことをたくさんしてきたんだ。森は燃え、村は滅ぼされ、多くのポケモンがその命を絶やしていった。そういう悲しみも、回復のため何年か土の中で眠るうちに忘れてしまったのさ。……シャコ、お前は、見て、聞いて、味わって、覚えておくように。心が揺れる、感動するということを、小さいうちから体験しておくんだ。他の子どもたちが自然とそうしていくように」
「またその話?」
「はっは、手厳しいな。経験が浅いと同じ話しかできないようになる」
「それも聞いたよう」
「はっはっはっは」
イアのみのような球形をしたネンドールの両手が、シャコをぎゅう、と抱きしめる。その先端から〝はかいこうせん〟をぶっ放しては大地を焦土へと変えてきたウキドゥの、臆病な愛情表現だった。手紙を開いたり、土器を動かしたり、日常生活は〝サイコキネシス〟に頼りきりだが、シャコへ触れるのは手の役目。抱きしめることで慈愛が伝わるのだと、ウキドゥは信じているようだった。
父親の、よく練られた土
火元から少し離された土器はやがて静かになり、沸騰も収まったようだった。まだ? とシャコが目を細めて訴えても、8つの目は順番に否定の瞬きをする。このまま米を密閉して、余熱で蒸らすのだという。水の大陸で長年用いられてきた、伝統的な米の調理方法。
ウキドゥはこの地で長い眠りに就く以前、戦争兵器として使用されていた。シャコは父親がその頃の辛い過去を、少しずつ、長い年月をかけて、受け入れていったのだな、と思った。忌まわしい記憶には蓋をして、たとえ吹きこぼれようとそのままにしておく。けれどいつか、沸騰が収まり触れられる程度に冷めた頃には、その蓋を外して中を確かめなければならない。
静かに爆ぜる残り火を眺めながら、ウキドゥは言った。
「我々ヤジロンやネンドールが生まれた大昔に、土器は作られたとされているんだ。見てみなさい、胴部にシンプルな縄目が数本、入っているだろう。……お前や父さんのものとはちょっと違うが」
「うん」
「焼き上げる前、練った
「生きるって、そういうこと?」
「そういうことだと、父さんは信じているんだよ」
使いこまれた土器の底は灰を被って白く掠れたり、また火に炙られ煤けてしまっていた。シャコが生まれる前から丁寧に扱われてきた兄たちは、その身にそれぞれの装束を纏って、調理用、貯水用、醸造用、と役割を与えられている。毎年ウキドゥが作っては崩れていく土偶祭祀用のヤジロン人形たちも、ひとつひとつ丁寧にディアンシー様の祈りが注がれている。――ぼくは、何を入れようか。空っぽの器に収めるべきものを探して、シャコは土器の蓋を開けた。
熱く湿っぽい、粘り気のあるほのかな甘いにおいが、シャコの嗅覚器官を満たしていく。
熱せられた水は蓋を押しのけ、スナヘビの吐く砂のように土器の口から零れていく。まさにそのような怒りが、シャコの腹底から沸き上がっていた。
肝試しに訪れたダンジョン『ビジレクの機械屋敷』、その最奥地扉前。オーレットの罵倒がシャコの空洞へ溜まり、そこへ火をくべられ、どこにもない出口を求めて膨らんでいく。素焼きで固まった体の芯の、その気泡にまで蒸気が沁みこんでくるみたいで、全身がふやけるように
軸足で大理石の床を削りつつ、跳ね上がる声を抑えながら、シャコは言った。
「パオロの従姉妹に、ミユキってユキメノコがいるんだけどさ」
「……何、誰? 今それ関係、あるの」
「もしかしてエッチなこと、したんだって」
「は…………」
オーレットの瞳に、この日初めて動揺の色が浮かんだ。そういう話題を遠ざけている彼女にとって、パオロのそういう話題は到底受け入れられないはずだ。怒りに尖っていたミルタンクの耳が、日没を迎えたキマワリのようにみるみる
「詳しく、教えて、あげるね。夏の終わりに、パオロ、ポアズの町まで石材の運搬を手伝ったんだって。その夜、ミユキが間違えて、パオロの寝室に入ってきちゃってさ」
「やめてッ!!」
それまで罵詈雑言の〝タネマシンガン〟をチラチーノばりに投げつけてきたオーレットが、金切り声を響かせて胸を抱きこんだ。
意趣返しとばかりに、パオロの体験談を披露する。彼女が傷つきそうな、シャコが考えうる限り〝もしかしてエッチな〟ことを、ヨワシの群れが魚影を誇示するように尾ひれ羽ひれをつけながら――具体的には「パオロはミユキに、〝
腹の奥で
――あれっ、なんだろ。
土偶の中で荒れ狂う奔流に、異質なものが混じっていることにシャコは気づく。ツチニンが進化した際に忘れ去られた抜け殻のような
パッチールの〝フラフラダンス〟に誘われたみたいに、体が勝手に傾いた。〝ねんりき〟で補佐しつつ、頭の1本ツノを軸足に逆立ちした。パオロが授業中に「もしかしてエッチな?」と言ったあの日初めて、シャコはカポエラーの真似をして同じ体勢をとった。あのときは平衡感覚を失ってすぐさま倒れてしまったが、まるですぐそばから支えられているような安定感。土器の中で保存され、激情でふっくらと炊き上げられたそれが、開いた蓋から零れてきた。
「――」
〝おんねんスイッチ〟が野生の幻影を操って探窟者へ呪いを囁くように、シャコの体を通して、内なる何かが言葉を連ねる。何を口走ったか、不思議なことにシャコは思い出せない。全身の感覚がひどく遠のいていた。アシレーヌ王子の泡に
――なんだか、ぼくの
「――――、――」
「その声……うそ……。キャラ、ちゃん……なの」
聞こえてくる悲鳴は狼狽した声に変わっていた。友だちの名前はおろか、自分自身を「私」とすら呼べないほど気を遣うオーレットが、珍しく誰かを呼んでいる。聞き耳を立ててみても、肝心なところはくぐもって何を話しているのか理解できなかった。
オーレットはふた言
確か、彼女も〝おんねんスイッチ〟を踏んだあと、野生のゴースを倒していたはずだ。――あのときはいたって冷静だったけど……今度は、なんて聞こえたんだろ。謎の浮遊感から解放され、軸足を地につけたシャコはちらと気になったが、それよりも痛快さが優っている。あれほど口達者だったオーレットを、あっさりとやり込めてしまった。
打ち据えられたオーレットを見下ろしながら、シャコはかけるべき言葉を迷う。残忍で冷徹なマニューラのように〝おいうち〟するのは、さすがに気が引けた。
「じゃあ、言われた通り、先、帰ってるからね。……また明日、学校で」
探窟鞄からオレンのみを1個だけ添えて、〝あなぬけのたま〟で開かれた脱出ゲートへと回転を早める。ダンジョンの出口は受付のあった豪奢な庭につづいていて、シャコはそのままビジレク邸の門扉をくぐった。
次の朝、オーレットは教室に姿を見せなかった。
彼女の牛乳配達の担当地域に住んでいるカイトとサクのところには、今朝はオーレットの叔母が届けに来たという。「ブーバーの
「そういやシャコ、オマエ、オーレットと一緒に肝試しクリアしたんじゃねーのかよーう」
「あ……と、それは……。っそうだ、終わったあと、どこかに行っちゃったんだ……よね」
「ふーん? いつまで経っても来ねーから、てっきりふたりで先に帰っちまったのかと思ったぞーう。……あ、クイズ大会の景品は、最後の問題で渡された〝わなのたま〟1個ばっかしだって。ったく、シケてるよなーあ!」
「そ、そだね……」
パオロの鼻で背中を小突かれたシャコは、半回転して小声で返すも、胸がつかえて続かなかった。
――ぼくのせいだ。
あのあと、茫然自失となったオーレットはずっと、ダンジョンを彷徨っているに違いない。体力も削られ、技を使う気力も底を尽き、摩耗したオーレットへ
ダンジョンにまつわる
探検隊バッジの救難信号も届かず行方不明になる探窟家の半数は、このようにしてダンジョンに〝呑まれた〟と噂されている。スクールでは伏せられているものの、シャコたち生徒の暗黙の常識のうちにあった。石の大陸ではさほどでもないが、ダンジョン現象が活発な砂の大陸などでは、かつて町ごと迷宮に侵食されたことがある……なんて逸話もあって、それは百物語の日にキップイが披露した怪談だった。
探窟家がダンジョンに呑まれるまで数日とかからないとも聞くし、半月経っても無事に救助されたケースがある、との話もある。ともかく置き去りにしてきたオーレットを精神的にひどく傷つけてしまったから、時間に猶予はないと考えたほうが賢明だろう。それに、薄暗く寒いところへ取り残される心細さは、シャコが誰よりも身をもって理解している。
――助けないと。でも、でも、どうやって?
シュヴァルツ先生に泣き縋ることは、ためらわれた。「困っている子たちの力になってあげてね」と特別な期待をかけられているのだ、オーレットを心ない言葉で追い詰めたことが知れたら、怒られるのはもちろん失望されるに違いない。あの厳しくも優しい切れ長な瞳に見下される顛末を想像しただけで、シャコは体軸を固くした。大ごとになる前にそそくさと助け出し、ことを穏便に済まさなければ。
授業を一緒に抜け出してくれる、協力者が必要だった。
肝試し会場の〝おとな用コース〟には、カップルでないと案内してもらえない。先日の受付のオーロットは
パオロと向かえば先日の二の舞だろうし、怖がりなルーミーとでは肝試しのダンジョンをスムーズに踏破できなさそうだ。学級長のキップイにこんなことを耳打ちしようものなら、嗜められたうえにシュヴァルツ先生へ報告されかねない。
友だちを助けようとするシャコの姿勢を認めてくれたカイトか、昔からオーレットと仲のいいサク。ふたりのどちらかに頼るしかない。シャコは1時間目の授業のあいだじゅう、うまく回らない頭で口説き文句を考えていた。
――さて、天秤はどちらへ傾くべきだろう?
................... =*****************+: .......:==:...... .*=:-: -**: :=-. :=+*+=--:. +**= .=+=-. .-=****=+**=::. . :-+=+**=****+==-: +++++++++++++++++++: +**=========== :-------+=-------. +**= :+...:-----*= +**= .==-:. :. -====: +++= .-****- :-===+==:. .:-=-:=:==-. (A.カイト) (B.サク) 3. 5.
なかがき
ネンドールのウキドゥが昔、戦争兵器として使われていた……みたいな設定はそんな膨らまないです。じゃあなんで書いた?
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