発表当時は、まだ17歳だった……のが20年前だった人wの第二回短編小説大会参加作品
『からたち島の恋のうた・怒濤編』
*イタズラ心に御用心*
*
「みんな聞いて聞いて!!」
「どうしたの? そんなに慌てちゃって」
声も身体も弾ませて、綿毛の塊が姦しく跳ね回る。
ここは田舎の人家の家並みを見下ろす、とある小高い山の森の中。
賑やかに騒ぐ毛玉はこの森に住み着く野生のモンメンの、若い雌ばかりの一群だった。
「実は今度の〝森の集い〟の事なんだけど、もう麓から催しの下準備が始まっているって噂を聞いたから、私ちょっと覗いてきたのよ」
森の集い――それは年に一度、初夏の満月の晩、近隣の人里で暮らすポケモンたちが一斉に放されてこの山に登り、各々が持ち寄った物品の交換や出し物などで交流を深めながら一夜を過ごすお祭りである。その時期が間近と迫り、迎える森のポケモンたちも日々盛り上がる気運に皆それぞれ心を躍らせていたのだ。
「何か面白いことがあったんだ?」
「うん! やっぱりもう麓から来たポケモンたちが下見を始めていたんだけど、その中にとぉっっても素敵なバルビートさんがいたの!!」
「きゃーっ、どんなどんな?」
好奇心色に萌える視線の集中砲火を浴びながら、言い出しっぺのモンメンはうっとりとした表情で語り出す。
「甘~い笑顔のハンサムさん。眼はキリッとしていて瞳は鮮やかな黄金色に輝いていて、手足は黒曜石のように艶やかで品のある黒。そしてお尻は青白く光り輝いて、その光がまるでオーロラのように揺らめいているの!」
「ふわぁ……聞いただけで涎が出ちゃいそう……」
いずれも年頃の雌。種族が違えど見目のいい雄の話となると目の色を変えずにはいられないようだ。
「それでねそれでねっ! 私そのバルビートさんとお話ししたんだけどっ! 彼はトレーナーさん付きで旅をしているポケモンで、今回はたまたま立ち寄った麓の村で森の集いの事を知って、興味を持って参加することにしたんですって。で、手作りのお菓子を作って出したいって言っているんだけど、急に参加を決めたから本番までに準備が間に合わないらしいの。それで私、その準備を手伝ってくれないかって頼まれちゃった!!」
「え~っ!? いいなぁ……」
口々に羨ましがる仲間たちを前に、しかし彼女は白い身体をぶんぶんと横に振った。
「それがね、バルビートさんが言うには、お友達にモンメンがいるのなら何匹でも連れてきてみんなで手伝って欲しいって。手伝ってくれたらお礼に木の実をくれるんだって!!」
たちまち――
歓声と共に綿雲の欠片が宙を舞った。
「でかしたぁ!!」
「そんな美味しい話、乗らないわけがあるもんか!!」
「当然参加するわ! 美味しい木の実を頂かなくちゃね~……」
ちょっぴり棒読み臭い口調で一匹がそういうと、モンメンたちは揃って爛々と光る視線を交わし、クスクスと意味深に笑い合いながら異口同音に言い放ったのだった。
「もちろん、美味しいお菓子もねっ!!」
満場一致の摘まみ食い宣言である。
「他のポケモンになんか渡すもんですか! 作ったお菓子は一個残らず私たちが頂きよ!」
「私たちに頼みごとをするなんて、そのバルビートさんもおバカさんねぇ。まぁ、こっちとしちゃありがたいけど」
「たまたま立ち寄っただけの余所の方だから、きっと私たちがどんな特性のポケモンか知らなかったんでしょうね」
「ねぇねぇ、そんなに格好いいバルビートさんだったら、ついでに一緒に摘まみ食いしちゃわない?」
性的な意味で頂こうという提案に、ますますイタズラ心をくすぐられて色めき立った雌たちが嬌声を上がる。しかし、最初に話を持ってきた娘は眉を寄せて頭を振った。
「無理なんじゃないかなぁ。あのバルビートさんとっても生真面目そうだったもん。私の他にも会場に来ていたハハコモリやゴチルゼルのお姉さんたちが粉かけてたけど、全然釣れない素振りだったんだから。種族も違う子供の私たちなんかもっと相手にされないわよ」
「あらそんなの関係ないわ。だったら私たちは違う粉をかけて、〝痺れ〟ちゃうぐらいにメロメロにすればいいだけの話よ。そのためのイタズラ心じゃないの」
「それもそっか」
過激な提案で悲観論が一掃され、モンメンたちの暴走はますます加速していく。
「私、みんなほどには手早く粉を巻くのは得意じゃないなぁ……」
「だったら彼のガードをスリ抜けて懐から直接粉を浴びせれば?」
「あ、そういうのなら得意! やるやる!!」
……どうやらこの森のモンメンたちは、イタズラ心持ちでない者も特攻が最高の力を持っている*1ような面々ばかりらしい。『お菓子をくれなきゃイタズラをする』と子供が大人を脅迫するお祭りはあるが、彼女たちの場合はお菓子も貰ってイタズラもするというのだからまったく始末に負えない。
「そうと決まったら他の仲間も誘わなきゃ!」
「私、雄の子たちにも声をかけてくる!」
ドス黒い野望でパンパンに膨らんだ純白の綿毛たちが、風に乗って森の深淵へと散り散りに消えていった。
*
それからしばらく後。いよいよ祭りを迎えようとする森の陰で――――
凄まじいばかりのイタズラ心の嵐が吹き荒れ、その猛威を振るったのであった。
*
そして深夜。〝森の集い〟本番。
満月の明かりが照らし出した山の森には、大勢のポケモンたちが色とりどりの姿を見せていた。
ある場所では持ち寄った木の実を共に食べ合い、またある場所では宝物を交換し合い、別の一角では向かい合っての輪舞に興じるなど、各々がこの祭りのひと時を楽しんでいた。
そんな中で、一際眩く青白い燐光を放つ一角がある。
「さぁさぁそこを行くシキジカのお嬢ちゃんにバッフロンの別嬪さん、キリンリキの娘さんたちやオドシシのお姉ちゃん、キラキラとおしゃれなシママちゃんにまだおっぱいの可愛いミルタンクちゃんも!」
尻先から放つ光以上に明朗な声であからさまに傾向の偏った呼びかけをしているのは、深紅の襟の中にぬばたま*2に似た頭と黄金の双眸を宿した実にハンサムなバルビートだった。
「美味しい美味しいお菓子があるよ! こっちのお菓子は甘いよ! みんなこっちに寄っといで!」
甘い声に誘われて、呼ばれた草食ポケモンの娘たちが周囲に集まってくる。頃合いを見計らい、バルビートは背後から鮮やかな色に彩られた何束もの袋を持ち出した。
「来てくれてありがとう! ふふふ、どの娘もみんなかわいこちゃんばかりで嬉しいよ! さぁ……」
にっこりと微笑みながら、バルビートは袋の束をどっさりと娘たちの前に投げ出した。
「お待ちかねの〝綿菓子〟だ! どうぞ召し上がれ!!」
その声を合図に、嬉々とした蹄音が袋に群がる。草食ポケモンたちの蹄先が、前歯が、角先が、器用に袋を次々と引き裂いていく。
と、同時に――
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
袋の中から恐怖の悲鳴が空気を引き裂いて飛び出したが、娘たちは全く意に介さず、満面の笑顔で袋の中から現れた真っ白な〝綿菓子〟に飛びついた。
「いただきま~す!」
「わぁ、ふわふわで甘くて美味しい」
「こんないいものを食べられるなんて、来て良かったわねぇ」
満足気な声を上げながら綿菓子を舐め、咥え込み、毟っては頬張って食んで行く。その下から、
「やめてぇぇ! 食べないでぇぇぇぇ!!」
「だ……駄目っ、そんな所舐めないでぇぇっ!?」
「取っちゃ嫌! いやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こっていたが、それに耳を貸すものは誰もいなかった。
と、綿菓子の一つが脚の間をスリ抜けて転がり出てきた。
「た、助けて、助けて……っ!!」
逃れるように跳ね飛ぼうとしたそれは、しかしふらふらと力なく地面に崩れ落ちる。
皆の中に入り損ねていたバッフロンがそれを見つけ、飛びかかって押さえ込んだ。
「つーかまーえたっと」
「い……いやぁ…………」
「えへへ、こういうのは芯からかじり取るのが一番美味しい食べ方なんだよねっ」
「や……やっ……」
「いっただきまーす!」
巨大な褐色の毛玉が、小さな白い毛玉に覆い被さり、むしゃり、とかぶりついた。
「焼きモコシかわたしはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!?」
ツッコんだ絶叫は、しかしただ、空しく響くだけだった。
*
「ご苦労さん。約束のクラボの実、ここに置いておくね」
瑞々しい薄紅色に染まった小さな木の実を、たっぷりと詰め込まれた籠が地面に置かれる。
その周囲には、綿毛を一本残らず食い毟られて丸裸に剥かれた悲惨な姿のモンメンたちが累々と倒れ伏していた。
籠に一番近い位置にいたモンメンが蔓を伸ばすが、がくがくと奮える蔓先はどうにも籠まで届きそうにない。
「無理しないで。起き上がれるようになったら食べにおいでよ。そうしたら電磁波の痺れも取れるだろうからね」
悪びれもしない口調で、バルビートは黄金色の瞳をイタズラ気に輝かせた。
「いやぁ、本当にありがとう。森の集いの話を聞いた時はそれこそクラボの実ぐらいしか持ち合わせがなかったから焦ったけど、君たちが協力してくれたおかげでこんなにも大勢の素敵なレディたちをゲットできたよ」
得意気に笑う黒い指先が、傍らに寄り添うシキジカの喉を撫で上げる。他にも多数の若い草食ポケモンの娘たちが、バルビートの周囲に侍らされていた。
「つくづく雌の仔たちって、みぃんな甘いものに目がないからねぇ。君たちも含めて、ね。ふふふふふ…………」
そう。イタズラ好きなモンメンの娘にお菓子作りの話をちらつかせれば、摘まみ食いを図って寄ってくることをバルビートは全て読み切っていた。食い気と色気に目が眩んでのこのこと集まったモンメンたちを電磁波で動けなくし、彼女たち自身を雌を釣るためのお菓子の材料にしてしまったのだ。
「これからみんなで森の奥へ行って、しっぽりと甘~い時間を過ごさせて貰うとするよ。ふふふ、しかしこうしてみると君たちのその格好も実にそそられるねぇ。進化前の幼い雌の娘なら種族問わず摘まみ食いしたくなる俺としては何とも堪らない光景だよ……」
かなりとんでもない台詞が平然とのたまわられたのだが、それを耳にしても彼にしなだれかかる雌たちは陶酔した顔色を変えようとしなかった。どうやら完全にメロメロ状態に堕とされてしまっているようだ。
一方、地に横たわるモンメンたちはすっかり怖気立っていた。
だ、誰よこのバルビートさんを生真面目だなんて言ったのは!?
単に趣味が著しく変態的な方向に偏っているだけじゃないの!!
電磁波による麻痺と貪られた際の悲鳴で無惨に枯れ果てた喉から、声にならない罵りが絞り出される。最早もがき足掻くことしかできない食べ残しの山を、黄金色の光芒が冷然と見下した。
「だけど、ごめんね。俺、他のポケモンが口を付けたものには触りたくないんだ。残念でした。それじゃ、アデュ!」
踵を返した青い燐光が、揚々と揺らめきながら去って行く。
熱に乱れた蹄音たちが、その燐光を追いかけて行った。
取り残された者たちの悔し涙が、それらを見送った。
どこか遠くで、楽しげな喧噪が祭りの余韻を響かせていた。
*
世界は広く、そして上には上がいる。
相手を知らず特性を読み誤っていたのは、モンメンたちの方だった。
よりにもよって、レベルが遥かに上回る同じ〝イタズラ心持ち〟*3を相手に不用意にイタズラを仕掛けて……否、仕掛けさせられてしまったのだ。敵わなくって当然だった。
私たちは、甘かった――
その事実を、まさしく全身で嫌と言うほど味わわされたモンメンたちであった。
どうか、くれぐれも。
甘い話と甘い誘惑には、御用心を!!
*完*
【原稿用紙(20×20行)】 14.9(枚)
【総文字数】 4659(字)
【行数】 124(行)
【台詞:地の文】 44:55(%)|2078:2581(字)
【漢字:かな:カナ:他】 33:57:6:2(%)|1565:2681:309:104(字)
上位の減点による逆転という形ではありますが、優勝いたしました。
僕の18歳の誕生日……から数えて20年目(←往生際が悪いにも程があるw)のプレゼントとして頂いておきます。
投票してくださった5名の方々、ありがとうございました。
*
今回のお題が『甘い話』だと知った書の瞬間、えぇ、まさにその瞬間でした。
僕の耳元に、以前書いたある作品のポケモンが囁きかけたのです。
いいえ、今回登場した『奴』ではありません。奴は間違いなく奴なんですけど。
話しかけてきたのは、こいつだったんです。
「もちろん、このお題を逆読みして、甘いという言葉だけふんだんに使った全然甘くない作品を書くのよね狸吉さんは。不惑まで2年ちょいのオジサン風情にまともなスイート・ストーリーなんて書けるわけないじゃない。ヒネクレた路線で顰蹙買いまくりながら、勝敗と無縁の領域で他の人が書いた甘い作品を味わっているのがあんたにはお似合いよ。いいからそうしなさい。異論は認めないわ。青大将閣下とお呼びっ!!」
…………この
……のですが、僕の予測も甘かったようです。様々な形の『甘い話』が集まる中、ヒネクレて書いたはずの本作も評価を受けることとなり、色々あって優勝までしてしまいました。
なお、この件に関して青大将は「当然全て最初からこの私の計画通りよ!!」と、いけしゃあしゃあと申しておりますwww
*
甘い=お菓子から、近所のレストランで無料サービスしている綿菓子を連想。
綿=モンメンでイタズラ心の応酬という本筋を構築。
相手方のイタズラ心持ちにバルビートを選んだのは、蛍=こっちの水は甘いぞのネタにつなげるためでした。
ちなみに、草食ポケモンに未発表隠し特性のシママまで出しておきながら1種類だけ出していないのがいるのは、つまりこのバルビート氏がそのポケモンに関するある可能性を警戒しているためです。前述の通り「奴」ですので。詳細はいずれトリックルームでw
>>(2012/06/24(日) 09:49)さん
>>特性の活かし方や、ポケモンのチョイスなどが秀逸で、tnkcさせてもらいました。
毎回徹底的に拘っている部分なので、今回も頑張りました。評価してくれて嬉しいです。
>>エルフーンとメブキジカ・バッフロン関係のネタは私もやったことがあるので、こんな書き方もあるのだと感心です。
……? その組み合わせと草食ネタ、心当たりがあるような……まさか……!?
ともかく、投票ありがとうございました!!
>>(2012/06/28(木) 23:14)さん
>>この発想は無さそうで無かった
天邪鬼ですみませんwもう完璧、青大将は僕の一部だと認めるしかないです。投票ありがとうございます!
>>(2012/06/29(金) 00:18)さん
>>甘いけれど甘くない話って感じのイメージを抱きました。話の展開に個人的に惹かれたので投票させて頂きますね。
ズバリそのコンセプトで描いていましたw今回はこんなにも評価してもらえるなんて思っていませんでしたので感激もひとしおです。投票ありがとうございます!
>>…………頭の片隅にジグザグマがよぎったような気がするけどきっと勘違いだろうな多分
毎度毎度バレバレですみませんw
>>(2012/06/30(土) 20:36)さん
>>いろいろな意味で甘い話でした。
スイートな話でない分、他の文でお題をカバーしようと『甘い』言葉を注ぎ込みました。それが評価要因になってくれたようですね。
投票ありがとうございます!
>>(2012/06/30(土) 23:58)さん
>>一番印象に残りました。
こちらも投票していただいたおかげで、また一つWikiによい思い出を残せました。ありがとうございます。
改めて皆さま、本当にありがとうございました!
バルビート「そこのプリティベイビィ、次は君の甘い水を頂きに参上するよ」
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