written by cotton
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青白い光が壁にボヤボヤと浮かんでいる。部屋には本や皿などが散乱していた。何年も掃除されていないのだろうか……。
窓は強い風と雨に叩きつけられている。不気味な風景に震えが止まらない。鳥肌が立つくらいだ。
――ところが。
「はあっ……はあっ……!」
「……どうですか? 気持ち良いでしょうか?」
そのフタリを包んでいるのは
「はあっ……はあっ……」
最早消えかけた息を発することしかできなくなっていた。彼を襲っているのは、
快感? ……それだけじゃない。
彼女が放つ電気に、ただ一方的に打ち付けられているだけだった。痛みと痺れ。これらが彼を導線のように貫いてゆく。もう、彼に残された選択肢は一つしか無かった。
「うああぁぁぁッ!!」
屋敷の入り口まで響きそうな声が上がる。フタリを、一段と強い電磁波が包む。それは、彼の絶頂の瞬間を逃しはしなかった。
蒼白の中から彼女は起き上がる。口から垂らした白濁した滴すら、その光によって消される。
「……ご主人様の亡きお姿、」
ふと、一本の電流が部屋の隅のテレビ――テレビとも言えないような古い箱に伸びる。画面には砂嵐、スピーカーからは耳障りな音。……壊れているとしか思えないのだが。
「――美しいです。その顔、その
もう何も話さない彼に、彼女はそう話しかける。笑みも、涙も浮かべず。
「……電磁浮遊」
彼女の針のようなツノから束になった電流が走る。それは縄のように彼を縛り、宙に浮かせる。そのまま電流の束をテレビへと伸ばしてゆく。
「……大好きでした」
その箱の中へ、動かない身体を葬る。砂嵐を映していた画面は、彼の身体を段々と呑み込んでゆく。
消えゆく彼に、彼女は最後の言葉をかけた。
――おやすみなさい。ご主人様……。
わがままな召使い
降り頻る雨。森はその憂鬱な匂いに包まれていた。本来なら感謝すべき草花でさえその雨に、茎を折られそうに、花びらをもぎ取られそうになっていた。
――雨が降るなんて聞いてねーぞ……?
そのサンダースは、雨の中舌打ちをする。予想外の雨に雨宿りできる場所を探して走っていた。
遠くでは雷音が鳴り響く。振動は地を走り、震わせてゆく。黒雲はまだ濃くなりそうだ。
「お……?」
彼は木の向こうに屋根のようなものを見つけた。ちょうど良い。少し邪魔させてもらうか。そう思い、彼は方向転換し、足を速めた。
「……誰かいないのか?」
不気味な屋敷だった。辺りは草で荒れ、呼鈴は役目を果たさない。長い間、手入れがされていないようだ。普通なら確実に躊躇うだろうが、この事態だ。外よりは中にいた方が良いだろう。
鍵はかかっていないようだった。ドアをノックしても、中からの返事が無いことを確認し、建物の中へと入った。
……いくら雨だとはいえ、その中はあまりに暗かった。外があの様なら、中も同じだった。塵や埃が床を覆っている。濡れた肢にまとわりつく。
どうやら、誰も住んでないようだな。誰かいたとしても……幽霊とかだろう。雨が止むまでなら許してくれないかな。迷惑さえかけなければ大丈夫だろう。
一先ず、近くの部屋を見回ってみる。食堂、書斎……色んなものが散らかっていて、満足に休めそうになかった。階段は、一段登る度ところどころ軋む音もする。
何かいるような気配はずっとしているが、向こうも特に気にはしていないようだ。ゴースとかムウマとかならもうだいぶ見慣れたし。
結局、玄関――さっきの場所まで戻ってきてしまった。呆れてため息をつく。やっと、休めそうな場所を見つけたというのに。掃除してからじゃないとそうできないかもな。
後は……
奥の部屋は尚暗いが、それでも行くことにした。屋根を強く打つ雨は、今日は止みそうにないから。
それにしても、この屋敷はどのくらい忘れられているんだろう。上から一階を見下ろしてみる。植木は陽の当たらない場所ですっかり痩せ細ってしまったようだ。一体の石像からは、ほとんど光沢が消えてしまっている。壁に飾られた絵は色褪せ、古ぼけている。
そして、残るはこの向こう。今までの様子だと、あまり期待はできないが。
――……あら、珍しいわね。
背後から突然聞こえた声。あまりにはっきりと聞こえたため、背筋に氷のような冷たさが刺さる。
「……ッ!?」
――あ、ごめんね。驚かせちゃったみたいだね。
暗闇をバックに、少女が一人佇んでいた。気づかなかった。足音すらしなかったから。その理由は勿論、足が地についていないからだ。
――今日はまた、どういう風の吹き回しかしら? あなたでフタリ目よ、今日のお客さんは。
「……他に誰か来てるのか? まあ、今日はこの雨だ。自分の他に雨宿りする奴がいても不思議じゃないさ」
――なるほどね。
彼女は時折、無邪気な笑顔を見せる。幽霊だということを忘れそうなくらい、生き生きとした笑顔だ。
――気をつけてね。雨が止んだら、すぐに出ていった方がいいよ。
そう言って、彼女は暗闇の中へと入ってゆく。動かない足はゆらゆらと揺れる。彼女を透かして見える闇は彼女の姿を飲み込んでいった。暫くぼんやりと見ていたが、自分もその後を追った。
辺りを見回してみると、幾つか部屋があった。似たようなドアが並んでいる。どうやら、電気が通っているようだった。ドアが開き、明かりの漏れた部屋が確認できた。
……明かり……。
やはり誰かがいるようだ。さっきの少女が話していた先客だろうか?
床や壁に青白い光を投じている。その上を歩くと、床は冷え切ったように冷たい。近づく度、目に映る光は濃く、目に映る景色は薄くなる。
――そう、幻のように見えた。
その部屋にいたのは一匹だけじゃなかった。雄と雌、パッチールと……見たこと無いポケモン。彼は、ただ電撃と快楽に襲われ続ける。彼女は顔色一つ変えずに奉仕に徹する。
「はあっ……はあっ……!」
「……どうですか? 気持ち良いでしょうか?」
彼は激しい息と、喘ぐ声を発するだけで、何も話せない。それだけで答えにはなってはいるが。
「うああぁぁぁッ!!」
――おやすみなさい。ご主人様……。
その風景は、洪水のように雪崩れ込んでくる。やっと目が覚めた気分だった。やっと気がついた。
「……あら?」
彼女はこちらを振り向き、お辞儀をする。
「貴方が新しいご主人様ですね? ようこそ、私は貴方の召使のロトムです」
「……はぁ? 主人って……何のことだ? ……それより、今のパッチールは何処に……」
「お眠りになられましたよ」
熱気を帯びた部屋を前に、背中には冷たい空気を感じていた。
「……貴方は356番目のご主人様です。ゆっくりしていってくださいね」
その言葉は最後まで聞こえない。……逃げ出したのだ。身の危険がそこまで迫っていることに、自分も彼のようになり得ることに、今更気づいたのだ。
「……もう帰られるんですか?」
背後からそんな問いかけが聞こえる。……聞こえない振りをする。
――かーごーめ、かーごーめー……
何かが屋敷の中に響き始めた。
――
その歌は何重にも聞こえる。
――
でも、今はそんなものに構ってなどいられない。
――夜ー明ーけーのー
この屋敷を出なければ。
――
ドアは、もう目の前に……
――後ろの
「なッ……!?」
……ドアが開かない。鍵さえ壊れていそうな扉だったのに。何度体当たりをしてもびくともしない。その間に、彼女が背後に迫る。
「……この歌は、26番目のご主人様に教えて頂いたんです。澄んだお声の方でした。聞くと呪いを受けます。もう、逃げられません」
何もできずに、彼女の目をただ見つめるだけだった。身体中の力が抜ける。このままだと……
「ゴース達、出番です」
辺りを漂っていたガス状のモヤモヤが形となる。それらは目をこちらに向け、唾を滴らせながら舌を出して笑う。……それが何体も、何十体も。
高らかに響き、重なる笑い声。開かないドア。表情一つ変えない少女。
こんな時、袋の中の鼠はどうする、か。
「放電ッ!!」
大人しく負けを認める訳にはいかない。体毛一本一本から迸る電撃は、それらをまとめて撃ち落としてゆく。痺れさせればこっちのもんだ。
「……ご主人様も電気の使い手でしたか。これは厄介ですね……。じっくりと、私のものにさせて頂きます」
「なあ、何故その"ご主人様"とやらを殺りたがる?」
「……全ての者は、亡き姿が一番美しいのです。美しいご主人様、私の大好きなご主人様がずっと私の側に在られる。永遠にです」
やっと表情を、その無表情を崩した。口元を上げ微笑んだ。今まで見た笑顔の中で最も、嬉しそうに見えない笑顔だった。
「一筋縄ではいかないようですね、さすがです。でも、お逃げになることは許しませんよ? ご主人様は、私の近くにいらっしゃるのが良いのですから」
辺りに散らばったゴース達を見て、彼女は感嘆の息を漏らす。また無表情でこちらを見つめた。
ゴース達のその魂は空気中に放たれゆく。それは細かなガスとなり、溶け、薄められる。昇天の瞬間。
いつかは自分もこんな風に消えるのだろうか。……いや、今考えることではないな。そんなことを、次々昇り逝く魂を前にして思った。
そうして、ここにはまた二匹だけになった。
「もうすぐ、宝石がまた一つ増える。こうして私の宝箱は、綺麗になってゆくんです」
"宝箱"というより"棺"だろ、あれは……。
「気が早い。まだその宝石は手に入ってないんだが?」
「そのようなこと、既に約束されたようなものです。私達
ふと、そんなことを聞いてくる。
「……お分かりにならないなら教えて差し上げます。生者を弱らせ、確実に道連れにするためです。美しい死へと、共に誘うためです」
彼女の
こちらに飛んでくるタイミングを見逃さぬよう、じっとその火を見つめる。ボヤボヤとその火は揺れる。火とは思えないほど、それは寒く、冷たく見える。
「"シャドーボール"」
――……なッ!?
別次元からの攻撃が命中する。気がついた時には遅かった。黒く暗い玉は身体に刺さったように当たっていた。反応することも、声を上げることさえもできなかった。
「この火は便利ですね。見せるだけで牽制になるんですから。18番目のご主人様に教えていただいたんです」
完全な油断だった。他に対する意識が散漫になっていた。
「"鬼火"」
彼女の指示で、青白い火は動き出す。怯んだ自分の目前に。冷たく、その火は揺れながら。
「ッ……!」
右手で払うのが精一杯だった。火が腕を包み、陽炎と熱を残して消える。冷たく見えたと言っても、やはり火であることに変わりはなかった。
「私は優秀な召使い。その状態でお勝ちになるには、少々無理がありますよ?」
「くッ……」
火傷した右手が痛み始める。力が上手く入らない。
彼女の周りに再びシャドーボールを浮かべる。先程の火とは違う、禍々しい黒玉。ざっと見て十個くらいか。こちらをじっと見つめる眼のように見えた。
その上、後ろは開かずのドア。このような有利な状況でも、やはり彼女は少しも勝ち誇った表情を見せない。それが当然であるかのように。
「行きなさい、"シャドーボール"!」
彼女の指示でその弾は動き始める。標的は当然、……この俺。
けど俺も、そう簡単に屈する訳にはいかない。立ち上がって、戦闘体勢をとる。散らばった弾の向こうの、彼女を眼に捉えて。
四肢の不快だった湿り気は乾いてしまったようで、もう無かった。
――"突進"。
彼女の方へ突っ込む。弾の群れを避け、振り切る。視界に映ったと思えば、一瞬の内にそれらは外へ流れゆく。一つ、また一つと。
一つが真正面に迫りくる。
――"電気ショック"。
放った電撃はそれを包みこみ、絡み付く。纏まった形を失ったそれを、その場で霧散させた。
両
そういえば一つあった。不意を突ける有効打。
「……!」
――"噛み付く"。
「うッ……」
肩の辺りを捉えた。当てたのは一瞬。だが、さすがの彼女も動作を失う。勢いがあっただけに、効いていないということはなさそうだ。
「俺にも武器はある。この
威力が無ければ足せばいい。身を守る術が無ければ避ければいい。そうだ。俺には十分過ぎる武器があるじゃないか。
――これなら行けるか?
着地して彼女の方を振り向く。さっきより、電磁波は眩しさを失っていた。
「……お見事です、と言いたいところですが。此処ではその"武器"も、無駄になってしまいますよ?」
「……無駄?」
「来なさい、ゴース、ゴースト!」
彼女の号令が屋敷中に木霊する。それを聞きつけた霊達が集まる。壁をすり抜けて、あるいは奥の食堂から。
彼女に従順なのだろうか。……いや、違った。ただの食事の合図だろう。皆、空腹で飢えているペットのようだった。
「マジかよ……」
……そうして、完全な包囲網が完成する。ゴースの笑い声。それより邪々しいゴーストの笑い声。まだこんなに残っていたのか。
辺りを包むのは、紫の霧。霧中の者を迷わせ、死の世界に誘うかのように、深く、毒々しい。
「これだけの相手に、何処に逃げようとおっしゃるんですか?」
彼女の姿も、その霧の中に隠れてしまっていてよく見えない。俺とは違って、そんな霧など知り尽くしているだろうが。
「暫く続きそうですね。私はその間休ませて頂きます」
声しか聞こえない。追おうとしても、霊の大群と視界の悪さに足を止める。本当に去ったのかどうかも分からないのだが、恐らく、残っていることは無いだろう。
なるべく早くケリを着けないと。この毒ガスだ、此処にいるだけで気分が悪くなる。更に、
「くけけけー」
……何重もの妙な笑い声のせいで耳鳴りっぽいし。食料を前にして歓喜に満ちている。でも、これくらい多くても関係無いか。また一気に潰してしまえば。
体毛に静電気を集める。こんな奴ら、簡単に撃ち落として……
「"怨み"ッ!」
一匹が叫ぶ。それと同時に、
――……何!?
体毛に帯びた音が段々消えてゆく。再び点けようとしても、頼りなく鳴いてすぐ消える。
「これで、ご自慢の攻撃も使えなくなったってわけだ!」
耳障りな笑いは高笑いになる。余計に煩わしく思える。今の俺の思考を止めるには十分だった。
落ち着いて考えてみる。どこにも……安全地帯などない。打開策もない。考えようとするほど、右腕がまた痛む。
"放電"はもう使えない。他には……駄目だ、一気に相手できるような技が思いつかない。
……ああ、もう、早くしねぇと……!
「"突進"ッ!!」
群れの一匹のゴースト目掛けて駆ける。先程のように行けると思って。
「"噛み付く"ッ!!」
――行ける筈がなかった。
これだけ多い相手に、噛み付く一本――しかもずっと同じ戦法で、敵う筈がなかった。
すぐに後悔した。その後悔すら、遅いほどだった。ケケッ、甘いねぇ、と、それは笑う。それに届こうと助走を活かして跳ぶ。牙を出した先には、
――……何もいない? いや、
「"ナイトヘッド"ぉ!」
――背後……!
身体を締め付けるような重力に包まれる。身体から根こそぎ、力を絞り取るように。身体を縛られたように、動かすことはできはしない。前進する力を根こそぎ、消し去られたように。
「ぐあああぁッ!」
思い知らされた。自分の甘さを。それだったら、自分は食料として食われるのも当然じゃないか?
地面の重力に引き寄せられてゆく。床に叩きつけられる。ようやく終わったらしい。
「今日の獲物は、また一段と美味しそうだねえ~? そう思わない?」
「ま、どんな奴でも美味しいことには変わりないしさ」
「あのメイドが帰ってくる前に、さっさと食っちまうか?」
「ああ、そうしようぜ」
そこら中からそんな会話が聞こえてくる。どいつもこいつも……。なんでこんなに自信たっぷりなんだ?
一筋縄ではいかない相手。……の数。全体攻撃は使えない。……全体?
……閃いた。これなら行けるかも。
「あのさ、」
「ん~? 何だ? 命乞いかぁ?」
「盛り上がってるとこ悪いが、そういう会話は、
「……まるで俺達がお前を取り逃がすような言い方だなぁ? 逃げられると思ってんの?」
辺りの会話が嘲笑いに変わる。
「いいぜ、さっさと宴にしちまおうか!」
一匹がそう叫ぶと、全員がこっちに突っ込んでくる。誰よりも速く、夕食にありつこうと。
もう一つの武器、今が出す
「捕らぬ獲物の皮算用も、程々にしておけよ?」
まだ死にたくはねぇんだから……。
「……!? 何だこれ!?」
「味が無い……。ぬいぐるみか……?」
「何処だ? あいつは……何処に行った!?」
エントランスは一転、パニックになる。たったの今までそこにいた者を捜して。逃げてしまった獲物を探して。
「……フフッ、捜してる捜してる」
そして俺はここにいる。階段を上った先で、彼らを見下ろして言う。
イーブイ種の特徴。何か一つ、特出した能力。そしてもう一つ。豊富な補助技だ。
今の一瞬の間に"高速移動"。それだけで簡単に上まで来られた。そして奴らが食らいついているのは……、
――"身代わり"だね。
後ろから声がした。振り向くと、この場所で会った少女の姿。
――騒がしいと思って来てみたら……。大丈夫?
「さっきの幽霊……。それより、離れてた方がいいぞ?」
――うん。でも、何するつもりなの?
「トドメ。まあ見てな」
あれだけ纏まってくれれば、"放電"を使わなくても大丈夫か。むしろ、あちこちに分散するより、効率がいい。
体毛に電気を溜める。バラバラには溜まらない、だから、一点に集中させて。外の雨の勢いは、未だに衰えることを知らない。外の風は、未だに吹き止むことを知らない。そして、
「"雷"ッ!!」
雷は、まだ鳴り止むことを知りはしない。まだ、負けを認めるわけには。
執筆中(~二)
気になった点などあればどうぞ。