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かわいい娘のロコンが進化したらえっちすぎたので僕の息子も進化しそうです(1)

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かわいい娘のロコンが進化したらえっちすぎたので僕の息子も進化しそうです 

(1)親愛 


 蛇に睨まれた蛙という言葉がある。天敵に見据えられて脚がすくみ、逃げようにも逃げられないことを表す慣用句だ。命を狙って血走った眼光を放つ蟒蛇(うわばみ)に見据えられれば、氷を臓腑に流し込まれるような心地がするのだろう。
 その氷に屈しない果敢な少女がいた。ロコンだった。
 幅の広い交易路が森を二分するように続いていた。その路の真ん中にロコンは立っている。彼女の目前にあるのは一人の「お尋ね者」だった。薄暗い森の中でも微妙な光源を受けた漆黒の鱗がてらてらと色彩豊かにつやめいている。それは毒々しく伸びる牙を持つ口蓋をじわりと開いて、血の色に染まって唾液の糸を引く口内をロコンに見せつけた。
 ハブネーク。「きばヘビポケモン」である。
 「お前なんかひと呑みだ」
 ハブネークはロコンを前にして、緊迫している様子はなかった。体格が遥かに勝っていた。彼の細められた眼孔は、御馳走を目の前にした美食家と言った風情があった。「御馳走」たるロコン本人には、食われるつもりはないようだった。
 「やってみなさいよ」
 ロコンの言葉で、戦いの火蓋が切って落とされた。
 ハブネークは体格差を頼って、口蓋をかっ開いてロコンに食らいついた。彼がロコンにいたところに噛み付いた時には、ロコンは既に姿を消していた。ロコンはハブネークの尻尾につかまっていた。小さな牙が鱗を裂く。金切り声がハブネークから発せられると彼は尻尾を振り回した。ロコンは顎の力だけでハブネークにしがみついていた。
 「調子に乗るな!」
 ロコンを引き()がそうとしてハブネークが身をひねり、またしてもロコンを毒牙にかけようとする。ロコンは寸でのところで牙を外して重力に身を任せて落下する。ハブネークの鼻先が彼女の頬をかすめる。
 ロコンは着地するとすぐ跳躍して、ハブネークの頭に飛び移り、ハブネークの頭頂部を思い切り蹴りつけた。頭蓋に衝撃を受けて、ハブネークは頭から地面に滑り込んだ。
 「動きが単調よ」
 ハブネークがかぶりを振りながら起き上がると、ロコンはハブネークにさとした。ハブネークはいくらか目を回していたが、まだ意識は明晰だった。
 「ふざけやがって」
 そう吐き捨てると、彼は口腔から霧状の煙を放った。その煙は墨のように黒く、そして重いために地面を這うように広がっていく。「くろいきり」だ。ハブネークはもたげていた頭部を低く降ろして、地面を覆う煙に身を潜めた。彼の作った霧は彼を隠すのに十分な厚みがあった。ロコンは不敵に笑った。
 「おもしろい」
 煙の厚みはロコンの首まで届くものだった。この厚みの中にハブネークが隠れている。ハブネークは、この厚みにちょうど隠れる程度の胴の太さがあった。それほどの大蛇である――ロコンを一呑みにできると言っていたのは、誇張ではなかった。
 ロコンに怖れは全くなかった。五感をとがらせて、ハブネークの居場所を察知する。ずる、ずるとハブネークがにじり寄る音は、既に聞きとっていた。ハブネークが煙に身を沈めたのと同じ場所から聞こえてきた。これだけ大仰(おおぎょう)な技を使いながら、位置を撹乱しないでどうするのか。ロコンは嘲笑を浮かべた。
 ハブネークが、霧を破って現れ、ロコンに飛びついた。三度目の「かみつく」攻撃だ。ロコンは避けなかった。足元に転がっていた太い枝を拾い上げ、自らハブネークの口に飛び込んでいったのだ。ハブネークが枝もろともロコンを噛み千切ろうとする。骨すら砕く怪力である。その怪力がアダとなって、ハブネークの口蓋に枝が突き刺さった。上顎と下顎が閉まるまでの間に枝はハブネークの傷を押し広げた。枝が砕かれる直前、ロコンはハブネークの顎の間から脱出した。
 甲高い悲鳴が響いた。ハブネークは長い体をぐねぐね悶えさせる。ロコンはその様子を見て鼻で笑った。彼女は油断していた。
 「くそがぁっ!」
 ハブネークは前兆なく尻尾をロコンめがけて繰り出した。ロコンの反応が一刹那(いちせつな)遅れた。尻尾はロコンの右前脚首を裂き、じわりと出血せしめた。
 ロコンは歯を食いしばった。ハブネークの尻尾の刃は、猛毒が(にじ)み出る特殊な器官だ。少しでも皮膚を削れば、その痛みも効果も、命に関わるものになる。ロコンは思わず傷ついた脚首を庇ってしまった。
 「バカめ!」
 ハブネークの繰り出された尻尾が折り返す。中間にいたロコンがその往来に巻き込まれる。彼女の小さな体が、ハブネークの胴体に飲み込まれるまで一毫(いちごう)の時間もなかった。彼女には声を上げるいとまも与えられなかった。ここぞとばかりにハブネークが二重三重に胴を巻き付けて、団子のように丸まった。ハブネークの中に飲み込まれたロコンは、尻尾しか外から見えなかった。
 「死ね!」
 ハブネークの筋肉が収縮する。内部のロコンの体はあらゆる方向から押し潰され、魂まで押し潰されそうな激烈な力の渦中に閉じ込められる。たった一瞬の油断で、彼女は非情な責め苦を味わう羽目に遭っていた。
 ハブネークは何倍も何倍も強い力を加えようと渾身の力を込めたが、中断せざるを得なくなった。彼の体が――正確にはロコンが――発火したのだ。
 「熱っぢぃ!」
 如何にロコンが憎かろうと、猛火には耐えられなかった。ハブネークはたまらず彼女に対する(いまし)めを解いた。火の玉と化したロコンが地面に投げ出される。火はすぐに鎮火した。彼女は四脚(よつのあし)を震わせながら立ち上がった。
 「あ、危なかった……」
 あれだけの攻撃を味わいながら、ロコンの骨はどれも無傷であった。それでも消耗は著しく、彼女は声は覇気がなかった。切られた脚も無視できない。その出血は切られた直後より強まっているようだった。
 ロコンを圧殺するチャンスを棒に振ったハブネークは狂乱じみて激怒していた。
 「殺す! 殺してやる!」
 ハブネークがまたしてもロコンに飛びかかる。四度目だ。実に単純な攻めであったが、今の弱ったロコンには、これでも十分脅威だった。
 そこに、ロコンでもハブネークでもない、第三者の声が乱入してきた。
 「ロコンを離せ!」
 ハブネークは急停止した。彼が止まった目の前を巨大な火の玉が駆け抜けていった。火の玉が過ぎ去った後には、ロコンの姿はなかった。何者かは不明だが、ロコンの味方であることは確かだった。
 「やっべ」
 ハブネークは命が大事と判断したのか、一目散に逃げ去った。彼の逃げ足は早かった。
 火の玉の正体はウインディであった。戦いに割り込んだスピードを前脚で殺しながら、放っていた炎を徐々に収めていく。その口にはロコンがぐったりとぶら下がっていた。
 ウインディはロコンを咥えたまま、ハブネークを探してあたりを見回した。ハブネークは既に森に消えていた。ウインディが通った跡は下草がパチパチと燃えているだけだった。深追いは(ろく)な結果につながらない。ウインディはハブネークを追うのを諦め、ロコンを地面に下ろした。ロコンは、横たわったまま動こうとしなかった。
 「しっかりしろ。あれで死ぬお前じゃないだろう」
 ウインディが心配そうにロコンを鼻でつつく。ロコンの、苦しそうに閉じられた目がそっと開かれた。彼女の脚の出血は更にひどくなっていた。彼女は無理に笑ってみせた。
 「あんな雑魚にやられるなんてね……」
 「負け惜しんでいる暇があったら食べなさい」
 ウインディは、装備していた荷鞍(にぐら)から、桃色の果実を取り出した。モモンの実だ。ウインディは、大きな前脚で器用にそれをほぐし、ロコンの口元に差し出した。ロコンは何も言わずそれに口をつけた。
 「怪我は、これで我慢してくれ」
 ウインディは荷鞍(にぐら)から「かいふくリボン」を取り出した。彼はロコンを保定すると、これまた器用に傷の周囲をリボンで縛った。リボンが赤く(にじ)んでいく。回復リボンはポケモンの代謝を促進する不思議なリボンだ。ロコンの止血までの時間が短縮されるだろう。
 ウインディは横たわるロコンの体を撫でた。
 「父さん」
 体全体に及ぶ愛撫を受けたロコンが言った。
 「役に立てなくてごめんなさい」
 ウインディは首を横に振った。
 「死なずに済んでよかった」
 ウインディが湿った鼻をロコンのそれに押し当てる。ロコンは長く息を吐いて、少しばかり眠ることにした。



 ウインディとロコンは父と娘である。ウインディに妻はなく、ロコンに母はない。二人はその腕っぷしから「救助隊」を名乗っていたが、実態としては傭兵だった。
 ウインディは彼が拠点とする一帯では多少名の通った存在で、特に自警とお尋ね者の捕縛、ならず者の討伐は彼の得意とするところだった。実直かつ確実な働きぶりから人々からは厚く信頼されている。
 彼がのがしたハブネークもお尋ね者の一人だ。ウインディがハブネークを生け捕る手筈(てはず)になっていたが、実際にはそうはならなかったため、ウインディはまたしばらくハブネークの消息を追うことになるだろう。
 一方のロコンは、単独では仕事をしたことがなかった。ウインディがそれを許さないからだ。彼女は常時父であるウインディに付き従い、ウインディを補佐する仕事を主にこなしていた。戦闘の感覚だけで言えばウィンディに次ぐ実力をつけてはいるが、ロコンの小さい体がそれについて来れていない。まだうら若く精神にも甘い部分が残るため、短慮な行動に出ることも度々ある。自分の力を証明することに執心していることもあり、自ら危険に身を投じることもしばしばあった。
 一人でハブネークと戦うことになったのも、ロコンだけがハブネークの存在に気づいた折に、こっそり単独でハブネークの後を追ったからだった。
 「落ち着いたか」
 「まだ痛いかも……」
 ウインディはロコンを背に負って帰路についていた。季節は日の長くなる春だった。陽が傾いて、空は茜色に染められている。森の間に作られた獣道を一歩一歩進んでいく。
 この獣道はポケモンの度々の往来で作られたもので、しばしば商人が輸送時にこの道を使っている。そのような時に雇われの護衛役を務めるのも、ウインディたちのよくやる仕事だ。
 「私ね、やっぱり悔しい」
 「ロコンのままだと、まだ難しいかもな」
 ポケモンの種族による能力の差は戦闘力に歴然たる違いを作る。センスを磨くことである程度の不利はカバーできるが、それでもバチュルがボスゴドラに力比べで勝つようなことは起こり得ない。
 「でも、約束したろ。今日キュウコンにしてやるって」
 「キュウコンになる前にお尋ね者の一人ぐらい自分だけで捕まえたかったの」
 「そうか」
 ロコンはロコンであるべき時期を全うしていた。ロコンは、炎の石を使うことでキュウコンに進化する。進化の石によって進化するポケモンは、進化後は技の習熟が極端に難しくなる。ロコン及びキュウコンも例外ではなかった。そのため、彼女は技の習得に納得するまでは進化せずにいたのだった。ごく一般的な進化戦略だ。
 彼女は、十全に炎の扱いに親しんだため、いよいよ進化を迎えることにしたのだった。
 「ロコンだから弱かったなんて、カッコがつかないじゃない」
 「弱くはないだろ。父さんが保証するよ」
 「でも私は負けた」
 ロコンがぎゅっと手を握りしめて、額を父の背中にうずめる。ウインディはそれに応えなかった。
 「ホント、私、役立たずで」
 「変なことを言うもんじゃないぞ」
 ウインディは足を止めた。思い悩む娘の心をほぐす仕事も、板についていた。
 「お前は頑張ってるし、これからいくらでも役に立つさ」
 「なにそれ。今は役に立ってないってこと」
 「お尋ね者を捕まえることが役に立つってことなら、そうかもしれないな」
 ウインディは敢えて否定しなかった。
 「でもな、父さんは楽しみだぞ」
 「何が」
 「お前がキュウコンになるのがさ」
 ウインディの声色は明るかった。
 「進化したお前は強くなる。そんなお前と一緒に暮らして、仕事するのが楽しみでしょうがないんだ」
 ウインディは自然に笑みをこぼした。背中に乗っているロコンがそれを見ることはできないが、父が単に激励するために世辞を語っているわけではないことぐらいは理解できた。
 「それにな、お前もキュウコンになるんだ。もう酒の一つや二つ飲んでもいいだろう」
 「お酒? みんなが飲んでるあの」
 「そうさ。飲みたがってたろ。明日飲もう」
 悔しさに沈んでいたロコンは、いつの間にやらくすくす笑っていた。
 「うん。飲んでみたいな」
 彼女がそう言って空を見上げると、彼女は茜色の空の中に、同じく茜のような色をした何かが動いているのを見た。彼女が首を伸ばすと、それがよく知る者の飛影であることに気がついた。
 「父さん、あれ」
 「ん?」
 ウインディが促されて空を見上げると彼もそれの正体にすぐ気がついた。飛影はあっという間に大きくなり、まもなく誰の目にも何者であるかわかるほどになった。
 リザードンだった。
 リザードンはウインディたちの近くで急降下し、二人の前に降り立った。着地の衝撃を和らげるために打たれた翼が風を起こし、ウインディとロコンの毛皮を激しく乱した。
 「やっと帰ったか。待ちくたびれたぜ」
 リザードンは数々の荷鞍(にぐら)に全身を覆われていた。彼は集落から集落の物資を運搬することを生業(なりわい)にしていた。平たくいえば運び屋である。
 ウインディも冒険に必要な荷物を持ち運ぶための(くら)を備えてはいたが、リザードンのそれはその比ではなかった。できる限り多くの荷物を一度に運べるよう、荷物を固定できそうなありとあらゆる場所に鞍を括り付けているのだ。胴、胸、首、角、大腿、足首。唯一裸のままであったのは、動きを阻害してはならない翼とその周囲ぐらいなものだった。
 彼はウインディの古くからの知り合いであった。冒険にはしばしば適当な道具が必要になる。その際にウインディが懇意にしているのがリザードンだ。
 空路は、陸路に比べると運搬できる荷物が少ないが、地形を無視できるため早く、また賊に襲われる心配も少なかった。 そのため、嵩張(かさば)らずしかも高価なものを運搬する場合によく用いられる。リザードンの荷鞍(にぐら)はそれらの荷物を決して落とさないよう、頑丈な作りになっていた。ウインディの荷鞍(にぐら)が、使い捨てを前提として簡素で取り回しやすい仕上がりになっているのと対照的だ。
 「お前んとこホントクソ田舎だよな。お前みたいな実力があるならもっとでかいとこに住めばいいのに」
 「拾ってもらった恩があるからな」
 「義理の塊だよな、お前は」
 リザードンはウインディに背負われてるロコンに気がつくと、満面の笑みを浮かべてロコンの頭を撫でた。
 「いやー相変わらずかわいいなーロコンちゃん。この前まではもっとずっと小さかったのに」
 「私のことまだ子供だと思ってる?」
 機嫌を直しかけていたロコンは膨れ面になった。「自分だけでお尋ね者を捕まえたかった」などと言う彼女は子供扱いを嫌っていた。
 「まあまあ。そんな小さいのも今日で終わりだ」
 リザードンがそう言うと、自分の胸元にある荷鞍(にぐら)に手を突っ込んだ。急所と同じ場所に固定された荷鞍(にぐら)は、最も重要なものを入れておくものと相場が決まっている。リザードンは拳より少し大きいぐらいの物を取り出した。
 「はいよ。頼まれてたモノ」
 炎の石だった。夕焼けの中で照らされたそれは、赤よりもなお紅い光を放って(きら)めいていた。ロコンとウインディは目を見開いた。それは意識の根源に響く美だった。泉のように透き通ったそれの奥深くに、溶岩の荒々しさが封じ込められている。炎を操る力そのものが、この鉱石には充填されているのだ。ロコンは、一目でそれを直感的に理解できた。
 「懐かしいな……」
 「お前の時以来だ」
 ウインディの独り言にリザードンが答えた。ウインディも炎の石によってガーディから進化するポケモンだ。ウインディも昔リザードンに石を与えられてこの姿になったのだった。ロコンがようやく「ほのおのうず」を扱えるようになった頃のことだ。
 「これが、炎の石?」
 「そうだ。お前のために注文しといたんだ」
 ロコンは炎の石に釘付けになっていた。じっと見つめていると、石の中心で炎が閉じ込められて揺らめいているのが、彼女には分かった。石に覆われて力を持て余しているそれは、いつか解放される日を夢見ながら漂っているかのように見えた。ロコンは目を奪われていた。
 「ロコンもこんな感じになるんだな」
 リザードンが言って、ロコンは我に返った。
 「ガーディもな、取り憑かれたみたいになったんだぜ。な、ウインディ」
 「うーん……なんかあんまり覚えてないな」
 気がついたらウインディになってたような、などとウインディは言った。石で進化できるポケモンを惑わすような魔力が石には込められている。当時のガーディはほとんど無意識に石を使っていて、「進化させられた」という方が正確だった。
 単に成長によって進化するリザードンは、炎タイプでもあまり石に魅了されていないようだった。
 「な。キュウコンって俺まだ見たことないんだよ。見たいな見たいな。キュウコンってすんげえエッ……」
 リザードンは言い淀んだ。
 「……すんげえキレイだって聞いたぜ」
 「『エ』?」
 ウインディはリザードンが言いかけた単語を察して、軽蔑の目を向けた。ロコンは合点がいかないようだった。
 「お前なんで『りくじょう』グループばっかり好きこのむんだ?」
 「いやぁ……キレイなものはキレイなものだろ?」
 「それが楽しみで俺らを迎えに来たと?」
 リザードンは誤魔化すように微笑んだ。
 ウインディが足首に噛み付くとリザードンは悲鳴をあげた。
 「父さん?」
 「いいんだよ、リザードンなんかこれで」
 「結構シャレにならないぐらい痛いんだが……」
 リザードンの硬い鱗にくっきりと歯型が残っていた。
 「わかったからそれを寄越してくれ。キュウコンが見たいんだろ?」
 はい、とリザードンは素直に応じてウインディの口元に石をやった。ウインディは石を受け取った。
 「降りられるか、ロコン」
 ウインディは石を咥えながら(たず)ねた。ロコンは戦いの傷を気にしつつ、そっと地面に降りた。リザードンが二人から離れた。ロコンはウインディの真正面に周り、腰を降ろして父親と正対した。
 「ロコン」
 ウインディはそっと首を伸ばして、ロコンに石を差し出す。
 「おめでとう」
 ロコンは父の口に嵌められた石を顎で挟み、そっと抜き取った。体の痛みなど全て吹き飛んでしまうかのような底知れぬ力が彼女に流れ込んだ。ロコンに呼応するかのように炎の石が明滅し、石に秘められた炎もその時を待ちわびて火勢を強めていた。
 ウインディが促した。
 「さあ。使い方は、わかるはずだ」
 ロコンは前脚を上げ、後脚だけで体を支えた。喉をぐっと反らして、咥えた石を、できる限り高く高く掲げた。沈みかけている太陽の光が石を照らして周囲に乱反射した。
 突如として炎の石が爆発したかのように四散した。しかし石の欠片が実際に散らばることはなかった。ロコンの周囲に前触れなく紅焔(こうえん)が巻き上がり、瞬く間に彼女を包み込んだ。まるで(まゆ)だった。ウインディが思わず手を伸ばすと、威嚇するかのように焔がその手を払い除けた。ウインディは本当に覚えていなかった――同じことが自分の身にも起こったことを。
 焔の(まゆ)は周囲の草木を焼き払うことはなく、ただロコンを守るためだけに彼女に(まと)っていた。凄まじい熱と音を発しているものの、その渦からは慈愛さえ感じられた。
 「やっぱすげーよな、これ」
 石で進化しないリザードンだけがこの光景を客観的に眺めることができた。
 一瞬と言うには長すぎたが、待つには短すぎる時間の後、変化が訪れた。一筋の焔が消え果てた。それを合図とするかのように(まゆ)の輪郭が崩れ、その内側が顕になる。「孵化」の瞬間である。そこにはロコンが――ロコンだったキュウコンが佇んでいた。
 彼女の豊かな体毛は、まるで炎の石を引き継いだかのような、妖しい輝きを放っていた。ぴたりと揃えられた前脚からすらりとした腕が伸び、たっぷりとした胸の和毛に繋がる流れは、思わず触れたくなるような魅力に溢れていた。
 何かを憂いているかのように伏せられたマズルは、儚くも鋭利な刃物に似た強さを湛えていた。均整の取れた胴体の後方には、キュウコンのシンボルとも言える九本の尻尾が漂っていた。九本もあるそれは確かな存在感を放っていたが、それすらキュウコン本人の美しさを引き立てる舞台道具であるかのようだった。尻尾の前面に立つキュウコンは、それほど完成された芸術だった。
 「あれ?」
 彫像のような彼女には似つかわしくない頓狂な声だった。そっと瞼を開く。紅に光る双眸(そうぼう)。前脚をあげ、不思議そうにそれを見つめる。すっくと立ち上がる、左回転。三本も増えた尻尾を目にして驚く。足踏みしてみる。ようやく自分の姿がキュウコンのそれになっていることを自覚する。ウインディとリザードンは、自分の体の様子を確認しているキュウコンを見守っている。
 ひとしきり自分を観察したキュウコンは、ふっと破顔して、くつくつと控えめな笑いをあげた。
 「綺麗ね……」
 「気に入ったか」
 ウインディが声をかける。キュウコンはウインディの方に向き直って、深く頷いた。
 「もちろん」
 ウインディは(かす)かに震えていた。何かをこらえるかのように唇を真一文字に引き絞りながら、その瞳はキュウコンを捉えて離さなかった。彼が何を我慢しているか容易に理解できた。
 「父さん」
 キュウコンは、自分の本心を父に投げかけた。
 「ありがとう」
 その一言でウインディは決壊した。彼の喉の奥からくぐもった声があがると、二人がいるのも憚らずにぼろぼろ落涙して、噛みしめるように泣き始めた。前脚で泣き顔を隠す。彼の涙が乾いた土を湿らせる。彼の過去の尽力が彼にそうさせていた。
 キュウコンは父の傍に寄り、額を額に触れさせた。彼女がロコンだったら、体高が足りないためにできなかったことだ。
 「私、これからも父さんと一緒にがんばるからね」
 ウインディの嗚咽はもはや抑えられないほどになっていた。号泣して鼻水を啜る音がしばしば合間に挟まっている。キュウコンはそれ以上何も言わず、父が無様に泣く様に聞き入るように耳を傾けていた。やがてウインディはキュウコンの背に前脚を回し、自らの胸に押し付けるように抱き寄せた。キュウコンは黙ってその強すぎる抱擁を受け入れた。二人は言葉を交わすことなく、愛情のやり取りをしていた。
 蚊帳の外のリザードンは、ウインディに気づかれないように呟いた。
 「キュウコン……すんげぇエッチだな……」
 リザードンの助平心は人一倍強かった。


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Last-modified: 2019-07-10 (水) 23:59:26
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