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regret

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Regret



『先日は弊社の社員採用募集に応募頂き、ありがとうございました。つきましては弊社にて慎重に選考致しました結果、誠に残念ながら貴方様とはご縁を持つことが出来ないという結論に至りました。』
『先日は、弊社の面接にお越し頂きまして、誠に有難う御座いました。慎重に検討をさせて頂きましたが、誠に残念ながら、今回は貴意に添いかねる結果となりました。』
『この度は、弊社の採用選考をお受け頂き、まことにありがとうございました。先日の面接内容や応募書類を精査した結果、弊社では伊藤様が活躍できる場所をご用意することができないという結論に至りました。』
『このたびは、数ある企業の中から弊社の求人にご応募いただき、誠にありがとうございます。応募書類をもとに慎重に選考した結果、誠に残念ではございますが、今回はご期待に添えない結果となりました。大変申し訳ございません。』
『先日は、ご足労いただきありがとうございました。面談の結果及び、ご登録データをもとに、社内で検討を重ねておりましたが、まことに残念ながら、今回は選考を見合わせていただく結論になりました。』

 自分なりに頑張ってきたと思うけれど、それでも僕は凡人にすらなれなかったみたいだった。



「うん。何とか最終選考に臨める事になってね……。
 いや、何度も言ってるでしょ。ダメ元でも最後まで頑張りたいって。
 うん……うん。分かってる。それじゃ、切るよ」
 丁度電車から降りたところ。
 親から唐突に掛かってきた電話に嘘を吐きながら、短く会話をしてから切った。
「……もう、要らないか」
 スマホの電源を切って誰もいない無人駅のゴミ箱に投げ捨てた。
 何かの鳥ポケモンが空を飛んでいる。
 親が如何に僕を必要としていても、社会は僕を必要としていない、縁を結びたくない。僕は社会の歯車にすらなる事を許されなかった。
 縁がないだとか、今回は見送るだとか、そんな丸い言葉で宣ってくるけど、要するにお前程度のスペックで我が社に入ろうなどと言うのは烏滸がましいという事を言っている訳で。
 その事実は、親は僕を必要としているという事実で上書き出来る程軽いものではなかった。
 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も僕のスペックは凡人を下回るという事実を突きつけられてきて、そしてそれでも生きてやるというような気力も、もう僕にはなかった。
 溜息を吐く。
 これでも、生きようと思えば生きられる道は幾らでもあるのだろう。
 でも……でも、凡人にすらなれなかった僕に待つ道は、どれも惨めなものには違いない。
 なら、終わらせてしまった方が良かった。



 ポケモンは好きだったけど、ポケモンバトルの才能はからっきしだった。
 相手のポケモンがどのタイプで、出した技と動きから、そのポケモンがどのような意図を持って何を押し付けようとしているのか。自分のポケモンはそれに対して何が出来るのか、先手を譲っても手持ちに交換した方が良いのか。フィールドの状態は? 相手の手持ちは何が居る可能性が高い? 自分の手持ちのコンディションは? そんな複雑にも程がある状況から、咄嗟にポケモンに的確に指示をするなんて事が出来る、頭の回転も度胸もなかった。
 挙げ句の果てに、どん詰まりになった後、ポケモンバトルを始めたばっかりの少年に負けて。才能の無さをこれでもかと叩きつけられて、そんな僕に付いて来ている皆が不憫で堪らなくなって、そしてそんなポケモン達に見放される事がそれ以上に怖くて、僕は半ば衝動的に長く付き合ってきた皆を手放した。
 ただ、せめてと親の脛を齧って、優秀なブリーダーに預ける事にした。その方が幸せになれるだろうからと。
 後の知らせでそんな彼等は鍛え直されると、誰も彼もが才能を開花させて、バトルファクトリーなどの施設で元気にやっていると聞いた。会いにいく? と聞かれたし、ポケモン達は僕に会いたがっているのも居るようだったけれど、会いに行ける訳なんてなかった。
 才能がないのは僕だけだった。



 暗い道を一人で歩いていく。
 ポケモンは一匹も持っていない。あれ以来、僕はポケモンを持たずに生きてきた。
 モンスターボールに触る事すらなかった。
 ポケモンと共に生きる事は、ポケモンバトルをするという事と同じでは全くない。
 そう分かっていても、もしかしたら僕個人を好きでいてくれたかもしれないかつての皆を、僕自身が半ば強引に他人の手に預けてしまったという罪悪感が僕を掴んで離さなかった。
 傷ついたポケモンが助けを求めてくる、みたいな事があったら。そのポケモンが助けられた事に恩を抱いてくれたら、もしかしたらまた僕はポケモンを持つかもしれない。そんなドラマチックな事を長らく思ったりしていたけど、それはただの妄想だった。僕にはそういう縁もなかった。
 そもそも……そんな自分本位に不幸なポケモンが僕の前に訪れる事を願っている時点で、僕は凡人にすらなれないどころか、更にそれを補えるような慈愛の精神すらも持っていない事を証明されてしまっていた。
 駅前から離れていくに連れて、暗くなっていく道のり。家もぽつんぽつんとあるばかり。きっと空は都会よりとても綺麗に輝いているのだろうと思いながらも、垂れている首を持ち上げる気にもなれない。
「……ぁぁ」
 口から出てくるのも溜め息ばかり。



 授業中寝てばっかりの同級生の方がテストで点を取れていた。
 帰宅部で体育の授業もサボってばっかりのような奴にマラソンで普通に一周遅れになる。
 ちょっと無理をすればすぐに風邪を引いた。
 小さい頃から病弱で、歴史の授業を受けていると、もし医療も食べ物も足りない時代に生きていたり、奴隷にでもされていたら真っ先に死んでいただろうなという感想が何度でも湧いて出てきた。
 そんな僕の長所は、敢えて一つ挙げるというのならば、実家が太いという事だった。
 塾に入ってもそこまで成績が伸びる事もない僕は、当然の如く志望した大学、しかもそれなりにランクを落としたところの学力にも届かず、金さえ積めば多少学力が怪しくても入れるような大学に入る事になった。
 せめて、凡人になりたかった。だから、せめて、太い実家は助走までに留めて、大学は実家から離れて一人で暮らす事でも証明したかった。
 でも、一人暮らしを始めてみれば、それだけで何もかもが精一杯だった。志望していた大学に行けなかったのは残念だったけど、それでも少しはワクワクしていた部分はあったけど。
 新しい授業。最初こそ授業自体は僕でも簡単に思えるレベルのものばかりだったけど、それに加えて家事をこなしたりだとかするだけでヘトヘトになってしまった。
 毎日親がやってくれていた事が、一気に僕が全てやらなければいけない事として襲いかかってくる。
 入学までは何とかなるだろうと思ってたけど、それを日常としてやらなければいけない事に改めて大学生活を送れるか不安になってくる。
 引越しを終えて、親元から離れて一人で暮らす事にようやく心細さを忘れ始めていた僕は、別の形で心細さを覚え始めていた。



 今思えば、僕は目指すべきゴールを間違えていたのかもしれない。
 この世界には沢山のポケモンがいる。でも、ポケモンバトルで活躍出来ないポケモンは限りなく少ない。どこかしら能力の足りないようなポケモンでも、技や特性を活かしてスペックの暴力といったポケモンを一方的に倒す事は良くある。
 僕は、凡人になりたかった。けれどそれは、どう足掻いても越えられない壁だった。
 そうなら、そう割り切った上で、何かを目指すべきだった。
 アパートがゴミ屋敷になっている同級生は自分の趣味に振り切っていて、その100倍は丁寧に手入れされたバイクと、そのサイドカーに小さい頃から一緒に育ったヘルガーを連れていろんな場所を巡っていた。
 軽音楽にハマって、年がら年中部室に篭ってドラムを叩いてストリンダーと共演している同級生が居た。
 インテレオンと共にバイトばかりをしていて、金遣いの荒い同級生が居た。
 彼らは少なくとも、大学生という立場を活かしながら、図らずとも何者かになっていた。学力がなくとも、留年しようとも、好きな事をやり続けていた彼らは、日々が幸せそうだった。そんな日々で得たものを就職活動でもペラペラと喋って簡単に内定を得ていたり、生きる上での柱と言うべきようなものを確立していた。
 僕には、何もなかった。
 ポケモンバトルに勝てないからと言って、衝動的に全てのポケモンを手放してしまった。
 せめて凡人になろうと足掻いていた僕は、生まれ持った小さい、小さ過ぎるレーダーチャートを等しく拡大しようとしていた。そうじゃない。僕がすべき事はそれじゃなかった。
 僕がすべき事は、どこかを犠牲にしても、そのレーダーチャートを尖らせる事だった。もしくは……プライドも何もかも捨てて開き直る事だった。
 それに気付いた時には、もう大学生活は終わりを迎えようとしていた。



 サークルにも入らず、バイトもしない事にした。僕のスペックじゃ、そんな事をしていたら留年する事は確実だったから、せめて学業に専念して頑張る事にした。
 大学のオリエンテーションで友達は出来たけど、そんな皆はコンプレックスをどこか抱えながらも、やりたい事に突き進んでいた。
 中には授業中ゲームばっかりしていて課題は友人任せというどうしようもない奴も居たけど、案の定そいつは留年したけど、そいつはいつでも悩みなんて抱えておらずに、僕みたいに下らないプライドも持たずにニートにも簡単になってしまえるような奴だった。
 夏が過ぎるに連れて段々と授業が大学生らしく、学科に特化した代物になっていく。
 でも、ここでも、ここに第一志望で入ったような学生なんて居ないだろうけど、それでも生まれ持った素質の差というものを思い知らされる。
 僕がグダグダ悩んでいる間に、さっと課題を提出してOKを貰って講義室を出ていく人が居る。そいつは、それがあたかも当たり前のように振る舞っていて、そんなのを見る度に僕は暗い気持ちに襲われた。とりわけ課題をこなせなかった時なんて、帰った後にそんなクソみたいな劣等感に苛まれてゴーストタイプのポケモンが寄ってきた事さえもあった。
 特に苦手だった科目なんて、分かろうと勉強してきたけれど、いざ期末テストが始まってみたら全く分からなさすぎて、情けなくて、周りの黙々としたペンをカリカリしているばかりの音が鳴り響く空間がどれも僕を馬鹿にしているように思えてきて、涙すら出てきそうで、殆ど白紙の答案を置いてさっさと出た。
 帰って布団を殴っていたら下の人からドアをガンガンと叩かれて怒声を投げかけられた。
 そして真面目に頑張ってきたけど、サークルにも入らずバイトもせず、勉強ばかりをしてもそれすら凡にも届かない僕は、友人関係においても雑談すら提供出来ないつまらない人間になっていた。
 それでも、僕の生活にはいつまで経っても、他の何かを出来るような余裕が出てくるような事はなかった。
 季節の変わり目になれば風邪を引き、ゴミ屋敷ではなかったと思っていた自室に親が来れば悲鳴を上げられて大掃除が始まり、冬になって手洗いをサボっていたら下痢と高熱が数日止まらなくなった。
 気付けば、僕の精神的な支えは二年目、三年目と留年しなかった事だけになっていた。



 自殺の名所でもなんでもない森でも、人が何の装備も持たずに入る事は自殺行為に等しい。
 首を吊るのも、高いところから落ちるのも怖くて出来なかった。当然だ。僕に度胸というものがあったら、ここまでつまらなくて、何も持たない人間にはなっていない。
 でも、でも。僕が願った事はそんな身の程を弁えないような事だったのかなあ!?
 フライゴンがガブリアスになりたいって言うような事だったのかなあ!!??
 凡人になりたい、並な生活を送りたい。僕が願ったのは、それだけだったのに。本当に、本当にそれだけだったのに!!
「ぁぁああああぁぁ……あぁぁああぁぁああ、あああああぁぁ」
 こんな僕にもプライドがあった。親の脛を齧って生きたくなかった。コンビニや飲食店やらでバイトして食い繋ぐようなフリーターにもなりたくなかった。世の中で言われるような普通を手に入れたかった。
 頭痛がしてくる。呼吸が荒くなってくる。死にたくてたまらない。死にたい。
 きっと、そもそも、僕はバイトすら出来ないのだろう。大学まで頑張って卒業しても、きっと出来るのはほんの僅かな、能の足りないポケモンでも取って変われるような、生きるだけで精一杯な、健康的で文化的な最低限度の生活すら送れないようなお金しか貰えない仕事しかない。
 こんな花を咲かせられないヒマナッツなんて、肥料にもなれるかどうか怪しい。
「ぁぁあああぁぁああああああぁぁぁあああああ、ああぁぁぁああぁぁぁあああ、ああ、ああああ、ああああああああああ、ああ」
 涙ばかりが出てくる、僕の体からは涙しか出てこない。社会で僕が輝ける場所はおろか、お金を稼げるような場所もない。僕の体からは、社会の為になるようなものは何も出てこない。
 ある程度の森の中にまで入ると、ヤミカラスの声が多く聞こえてくるようになってきた。
 木に寄りかかった。リュックから睡眠薬を取り出す。
 ペットボトルを手に取って水を口に含んで、睡眠薬を一気に幾つも幾つも飲み込んでいく。
「……ああ」
 睡眠薬の瓶が空っぽになる。
 座る。腹に変な感覚が溜まっていく。近いうちに僕の意識は落ちて、そしてもう二度と覚める事はない。
 僕の人生には何もなかった。こんなスペックで産んでほしくなかった。僕の人生には何の意味もなかった。愛してくれても、僕が何も出来ない事は何も解決しなかった。
「あ……あ……」
 それなら身体障碍者にでもなりたかった。何も出来ない事を見た目で分かる位に劣っていたかった。
 それか自分が馬鹿だと自覚出来ないレベルの、自分がどこに立っているかすら自覚出来ないような知的障害者にでもなりたかった。
 でも、僕は健全だった。健全ながら、どうしようもなく、何よりも劣っていた。
 なんで。



 時折落とした単位を拾い直しながら僕はとうとう四年生になっていた。
 就職活動の時期だった。
 でも、そこで僕は気付いたのだ。進級にばかり必死になっていた僕は、面接で誇れるものが何一つとして無い事を。
 僕はその頃、友人関係も殆どなかった。何一つ与えられるものがない僕は、周りから呆れられる前に自分から疎遠になった。
 とにかく普通になろうと頑張った僕は、現状維持こそ出来たもののこれ以上落ちこぼれる事もなく、そして普通になれる事もなかった。
 そして、与えられるものがなく、何かを犠牲にしても作ろうとする事もなく、そんな自分のどこかを自分が出来る以上に伸ばしてくれる可能性である縁を、人間も、そしてポケモンも自分から捨ててしまった僕は、当然ながら誰かから何かを得る事もなかった。
『貴方はこれまでの学生生活で、何を誇りに思っていますか?』
 何もない。
『貴方が学生生活で最も努力してきた事は何ですか?』
 普通になろうとする事です、なんて言えるはずもない。
『貴方の趣味は何でしょう』
 趣味なんて……やる余裕なかった。
『貴方の考える貴方自身の長所は何ですか?』
 真面目だとは思います。でも……僕は真面目にやっても人並みの成果すら出せた事がありませんでした。
『貴方の考える貴方自身の短所は何ですか?』
 全体的にスペックが足りていない事です。
『ポケモンを持っていますか?』
 ……持っていません。
『それは何故ですか?』
 ……僕はとてもポケモンバトルが苦手で。全く勝てなくて。僕は、だから、僕と居るとみんなが不幸になると思って。
 小さい頃の僕は、だから、みんなを手放したんです。……それ以来、持っていません。

 書類選考でさえ簡単にポンポン落ちてしまうような僕が、どうにか僕自身を着飾って面接に辿り着いてもこれだった。
 想定してきた、対策してきたとはいえ、面接官の口から実際に聞かれると、他人なら何気ないような質問でも体がフリーズしてうまく答えられなかった。
 嘘を吐く経験も少なかった。僕は僕自身を嘘で塗り固められる程器用でもなく、そう自分自身を偽って生きてきた訳でもなかった。嘘を吐いてもすぐにバレた。
 真面目に、バカ真面目に、足りないスペックを補おうとしてひたすら足掻いてきた。
 そうして積んできた僕の砂の城は、とても小さくて、ボロくて、これと言った特徴もなく、小さな波で簡単に崩れてしまうようで。
 夜になればゴーストタイプのポケモンが寄ってきているような、見るからにヤバい会社を受けても、求める能力がないだとか、縁がないと言われ続け。
 そんな城しか築けなかった僕に、社会に居場所はなかった。



「ぁあ゛っ!?」
 弾けるような痛みで目が覚めた、と同時に頭を何か硬くて鋭いもので抑えつけられた。
「あ、あ、ああ、ああ」
 それは鳥ポケモンの脚だった。
 もう片方の脚で僕の腕が押さえつけられていて、その先から激痛がしていた。
 僕はあのまま死ねなかった。
 生きたまま食べられようとしている。
 体が動かない。
 声は出ても、全身が全く動かない。
「クチャ、クチャ……ベッ。
 ココココッ、ガァッ!」
 上のポケモンが僕の食い千切った腕の肉を吐き捨てて、何か怒ったようにしながら飛び立っていく。
「あ……」
 助かった……?
 その瞬間。
 夥しい数の翼の音が僕の周りに降りてきて。
「カァ?」
「ガァ」
「ガア゛ッ」
 きっとドンカラスにとってはクソ不味かったのだろう僕の肉をどうするか、沢山のヤミカラスが少し相談した後。
 全身にクチバシが突き刺さった。






















 僕には、食べ物としてすら縁がなかった。


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Last-modified: 2023-05-21 (日) 00:01:16
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