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final experiments lai

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 白い天井。白い壁。見回してみれば擦れた毛布ののったベッドと何も置いてない机といすが一組。そして扉。
 長く寝ていたらしい。海難に遭ってからの記憶がない。
 ひとまず扉を開けてみる。当然開かない。一応力ずくで蹴ってみる。ごぉん、と大きな音はしたが開く気配はない。金属製だからな。
 はて、自分は海に出て、そこで事故を起こして海に投げ出されたのだ。冥府で裁判を受ける権利はあっても白い部屋に閉じ込められるいわれはない。
 そういえば、連れていたポケモンたちもいない。着ていた服も違う。誰かが掬い上げてここまで連れてきたのは明白だった。
 と、ここで状況を打破する音が。先ほどの金属扉が声を上げる。自分で叩いているのではない。外側から誰かが叩いているのだ。
 先ほどの音で覚醒に気付いたのだろう。重そうな扉がひとりでに開いた。
「ああ、君は運がいい。ただでさえ海に投げ出されたのをこの島に流れ着いた。悪くすれば何年も何十年も監禁生活だったのが、わずか数か月、あるいはそれより早い解放が約束されているのだから」
 出てきた男は白衣の男。起きた姿を見つけるなり一方的にしゃべりだした。言っていることの意味は全く分からない。
 いや、前半は分かる。どうやら運が良かったらしい。問題は後半だ。監禁?数か月?なんのこっちゃ。
 ずいと近寄ると、男は両手を振って後ずさった。
「解放は約束されているのだ。それに、君のポケモンにも危害は一切加えていない。いや、防疫のためにちょっといじったかな?……とにかく下手な真似はするな、寝覚めが悪くなる」
 ふざけるな、と殴りかかろうとしたが足をかけられてあっさり尻もちを搗く。そういえば何日飲み食いしていないのか、ひどく空腹を感じる。
「まあ、混乱するだろうが情報を与えよう。理解できたころに食事をもってまた来るよ」


 塩味しかしない湿気たクラッカーに、缶詰なのに変なにおいのする形成肉。そして泥水のような色をしたコーヒーと言い張られている黒い液体。
 あのあとまた白い部屋に放り出されてしばらく放置された。
 何もない場所だから与えられた情報をよく咀嚼して飲み込み、味わう他なかった。そして、情報を味わったところでまずいめしが運ばれてきたのである。 
「ここは地図に載っていない個人所有の島さ。私の研究所しかない。最も、スポンサーは別にいるがね」
 彼、曰く。
 海難事故に遭って手持ちのポケモンたちとともに海に投げ出された身であったが、偶然この地図にもない島に流れ着いたのでとりあえず連れてきたとか。
 人道的にどうとかいう問題じゃなくて、この島では表に出してはいけない研究をしているから、機密保持のために拉致してくれたらしい。
 脱走の恐れありということで現在は共に流れ着いた手持ちたちとも隔離され、一人で独房の中。
 ただ、もうすぐ彼の行っている秘密の研究とやらが完成するので、印象よりも早く解放されるということだ。
 ……運が悪ければ何年も身柄拘束という時点でおかしな話だが。
「逃げ出したらもれなく口封じされるぞ。もっとも絶海の孤島だ、逃げ場所なんてないがね」
 この始末。
 ただ、おとなしくしているのを殺すほどの徹底はしていないらしく、囚われの身にも人間同士の交流が必要と称してこうして食事を共にしていたり、簡単な運動器具を提供してくれたり、暇つぶしにと分厚い本を寄越したりしてきた。
 食事は死なない程度のほどほどに、危険な道具はすべて没収、何より手持ちのポケモンたちが人質に取られているということもあり、しばらくこの奇妙な監禁状態に甘んじることになるのである。


「君、出身は?」
「……シンオウの小さな港町で」
「ほう、シンオウ」
 今日は徹底的な監視付きで研究所付属施設のジムで汗を流させられた。監禁中とはいえ運動をさせずに弱らせるのは倫理に反するとかなんとか。
 数時間のプログラムを終えるといつの間にか用意されていた高度に簡略化された合理的な食事を共にとることになっていた。
 お互いに奇妙な関係でも、食事のときに共に卓を同じくすれば、自然と会話が生まれるものである。
 泥水を啜っていた不思議な研究者の表情が明るくなる。といっても、目の前にいる人間やその生活背景に興味を示したのではない。
「あそこの神話は興味をそそる」
 この研究者、どうも神話が好きらしい。 
 というのも、暇つぶしにと提供された本というのが、分厚い生物関連の専門書と微妙に年代を外した古い雑誌、そしてより古く、傷み切った神話集だった。
「あそこの神話には創造神がいる。万物の起源にして頂点。コンセプトは全知全能かな? 全てのタイプを自由自在に操るというコンセプトは全ての技を操るというミュウとは違った特殊さを出しているよな。非常に興味の対象としては良い」
 この男の言ってることのほとんどの意味は分からない。いや、言ってる単語の意味や文字の並び自体は分かるのだが、それをひとまとめにした文章がまるで頭に入ってこない。
 どこか自分とは別の世界に生きているということが感じられた。
 置いていかれていることを知ってか知らずか、その後も神話についての高説を続けるこの男。こんなことを交流と称して何度かやっていたので、おかげで難しい言葉や概念がなんとなく理解できたものである。
 今思えば、彼にも話し相手が欲しかったのだろう。


「ここでは何の研究を?」
「ああ、今の段階ならもう教えてもいいだろう。もうどうすることもできないしね」
 監禁されてからの日数を数えるのが億劫になり、それを相談すると曜日感覚は持っていた方がいいとカレンダーを渡される程度には同じ屋根の下で生活し、それなりに互いのことを知って親密さが深まった頃、ついに核心に迫る質問をしてしまった。
「人工ポケモンだよ。古の機械仕掛けの生命体や動く土くれ、最近開発中の幻のミュウの細胞を持った複製体や電子の世界に情報だけの存在として生み出されようとしている奴らのお仲間だね」
 ぞろぞろと人工ポケモンなるものたちの例を上げられたものの、地方の一漁民の彼にはまるで理解できようはずもなく。首をかしげる質問の主に構わず研究者は続けた。
「零と呼んでいる。zeroとかnullとかと同じ意味の、零と書いてれい。分かるだろ?」
「どういうポケモン?」
 その存在を果たしてポケモンと呼んでいいのか、という疑問はあれど。
「ごくごく簡単に言えば、最強とか、万能とか……一体でどんな種類の厄災に対しての解決になる力を持った人工ポケモンってことだよ。全人類の夢だ」
 突飛な内容にプラスチックのフォークを落としてしまった。替えは用意してくれないので、いやでも布巾で拭って再利用する。
 低俗な創作でなきゃ見ないような最強の人工ポケモンというワードを聞いて、男の少しおかしいが真面目そうな雰囲気とのギャップに思わず吹き出してしまいそうになった。
 パサパサのまずい米料理の味が一層分からなくなった。
「可能性のあるすべての状況に対応しないといけないから何か一つに嵌まり込んではいけないというリクエストだったんだ。だから私は、ありとあらゆる生物の―ポケモンの特徴を彼に持たせることにした」
 勝手に語りだすのは悪い癖だが有り難くもある。理解できなくても止まらないし。
「発想としてはシンオウの創造主と同じだよ。ただ、伝説か現実かの違いしかない。現実にするには既存のポケモンをツギハギしたがね」
 そして、たまにこう、分かるようなかみ砕き方をしてくることもある。本当はもう少しで何を言っているか理解できるところを、本能的な恐怖で理解したくなかった最後の障害を飛び越えてしまった。
 説明自体は学校の先生が聞き分けの悪い初等教育の生徒に懇々と諭すようなもので、こんなに簡単に言われると理解するしかない。
 つまるところ、人工ポケモンは、すべてのポケモンの特徴を持ち、すべてのタイプを操れるが、そのためにいろいろ改造を加えられているということだ。
「何者でもあり、何者でもない。だから零だ。ワクワクするだろう?」
 冗談じゃない。ぞっとする。
 背筋が凍るほどの気味の悪さを感じる。人がポケモンを作るという行為そのものへの嫌悪感ではない。ありとあらゆるポケモンを混ぜたという、彼の研究成果がひどく悪趣味なものに感じられたからだ。
 そして、もう一つ。最強だとか、万能だとかの意味。最強の追求が先かポケモンの創造が先か、どちらが先にあってつけられたテーマなのか。最強が先ならきっとその研究は至極当然のものだが清潔なものではないだろう。
「何のために」
「おっとここまでだ。これ以上の質問には答えられない。研究が進み過ぎて浮かれていたが、まだ完成したわけじゃないのでね。これ以上のリスクは負わないよ」
 見れば、いつの間にか彼の食事は終わっていた。こっちのプレートは食べさしでも向こうの食の進み方次第で強制的に終わらされてしまう。
 いかにまずいめしとはいえ、抜きは困る。毒々しい色をした舌のしびれるゼリーを放り込み、ブロック状のクッキーを飲める泥水で流し込み、冷えた豆と野菜の煮込みをかきこんだ。
 慌てて食べる様子を眺めてニコニコしてやがる。やっぱりこいつどこかおかしい。
 終わったとみるや、食器を取り上げ時間切れを告げる。継ぐ返事を一切聞かずに、白い扉を開けて出ていった。
「そうだな……文字通り何でも食べる悪食の王。精神も肉体も乗っ取る寄生生物。出所不明の巨大な金属生命体。危害を加えるそぶりのない筋肉の鎧」
 呪文のように呟いて扉の向こうに消える研究者。
 この呪文の意味は最後まで分からなかったが―きっと彼の求める最強に何かかかわりがあるのだろう。
 ガチャン。忘れずに重い扉に鍵がかけられた。



 真っ白な世界。鈍いノック音。もう何度も聞いた。
 いつも会っている白衣の男。ところが今日は様子が違う。荷物を持っている。モンスターボールに、見覚えのあるバッグ。
 そして、心なしか表情がいい。
「やあ。解放の時が来たよ」
「本当か!」
 手渡される見覚えのあるモンスターボールたち、透けて見える向こう側では元気そうな懐かしのあいつらが興奮した様子で跳ねていた。
 荷物も生ものだったり、海水に濡れて使えなくなったものはいくつは廃棄されたらしかったが、それでもコンパスとか地図とかは残されていた。
「くくく……ポケモンたちは返してやる。君の私物も持ってきた。だがまだ駄目だ。これから最後の実験なのでね」
「実験?」
「零の実戦さ。もうすぐ、東か西か、それとも第三国か、そもそも公の団体じゃないのか…どこかの巨大な戦力が、ここを落としに来る。どこかの一財団の研究所に最強のポケモンなんて作られたらたまったものじゃないからね」
「……?」
 いや、意味が分からない。
「この監禁部屋なら防空壕みたいなものさ。遅くても3日後には―私か、それとも侵略者が、ここを開けに来るだろう。その前に出てきたら巻き込まれるぞ」
 荒唐無稽な話に頭がくらみそうになるが、少なくともこの男、頭のネジが吹き飛んでいるきらいはあるものの、平気で虚言を吐く輩ではない。
 事実ポケモンたちは無傷で帰ってきた。それだけで信頼に足るかと言ったら決してそんなことはないのだが、巻き込まれて被害を被る実験となっては聞かないわけにはいかない。
「……本当?」
「いつ私が嘘を付いたね?」
 不愉快そうに言い捨てる彼、しかし律義なもので三日分とやらの食料と水と衛生用品をまとめたセットを監禁部屋に運び込んでいた。ポケモンとは好きに遊べばいいが部屋を壊して見つかっても知らないぞ、とのこと。この研究所、最新鋭の脱走者も対象にした侵入者排除システムが張り巡らされているとか。
 嬉しそうに揺れる腰のモンスターボール、それに手を掛けたらしっかり警告してくるあたり、未だに厄介な話だ。
 大人しくするのが吉だろう。はやる手持ちを抑える。
「私たちの敵は別の世界の未知の生物……超大国でも役者が足りてないくらいだよ、くく……」
 扉の向こうへ消える彼の独り言は、やっぱり全く意味が分からなかったが、それでも、自分の想像もつかないようなスケールの話をしていることは理解できた。





 どこか遠くの、別の世界から微かに聞こえてきた爆音や怒号が、ついに止んだ。
 彼の言っていたことはおそらく本当だったのだろう。そして、この後の解放も。

 バコンッ ドガッ

 乱暴に扉を破壊して、ようやく解放を告げたその生物はこれまでの見知った人間ではなかった。
 人工と言うにはどこか気品のある、それでいて何故か一般的なポケモンとは違った神聖さ、最後にえも言われぬ人工感―しかしそれは予備知識がなければ気付かぬほどの違和感だが、確かに明らかにおかしい様態をしている―を携えた銀髪で四足の精悍な『ポケモン』だった。
 鱗。鰭。節足。鶏冠。鬣。
 ここでの監禁生活では図らずも生物の知識が増えることになった。確かに、様々な特徴を受け継いでいる。ツギハギの上に成り立つ個としての最高傑作、あの研究者が自慢したがるのもよくわかる。
 話を聞いた時に感じた嫌悪感なんか微塵も感じない。逆だ。気味が悪いほどに神々しい。
「君がレイだね」
 警戒する手持ちを抑え、敵意がないことを示す右手を差し出すが、歯牙にもかけず踵を返す零。
 気品のある一投足に、警戒していた腰の手持ちたちも恐怖か畏怖か、それとも本能が告げるのか、扉が開かれる前に見せていた元気は完全に失っていた。暴走されるよりましだ。
 零が目を合わせて顎を上げる。ついてこいと言っているのが、なんとなくわかった。


「やあ」
「おい、なんだその怪我は」
 れいの科学者は研究所からほど近い南国風繁みの中に倒れていた。途中見るからに何者かの生きた痕跡が散らばっていた気がするが、絶対に見るものかと、零の尻尾の一点だけを見つめて追ってきた。
 南国の無人島には似つかわしくない近代兵器の残骸など辟易させてくれる。監禁から解かれたらこれか、と。
「まあまあ一服させてくれよ……禁輸品だぜ」
 トレードマークの白衣に赤いインクをベットリ付けた彼が、赤い液体で湿った葉巻に火をつけた。どんなにもとがうまくてもそれじゃ不味いだろ。
 肩のところか、白衣の下か、”実験”中にやってしまったのだろう。流れ弾か、あるいは敵もバカではないから、指令を狙ったか。
「解放したとは言ったがここは地図にない島だ。このままじゃ帰れない。だからお前にこれを預ける。研究資料の金庫のカギだ。明日、それを取りに職員が来るから、その時に一緒に帰るといい」
 これから死のうというのによくしゃべる。
 地方の漁民とはいえ、何度かそういう経験には出くわしてきたのだ。すでに諦めている人間にもう少ししがみついてみるよう後押しする力は自分にはない。
「レイはどうするんだ」
「零は……本当なら実験資料なんだが……」
 咥えていたたばこが滑り落ちる。高級葉の香りが鼻腔をくすぐる。零も聞いているだろうか。
「あらゆる生物の特徴を付けてしまったからな、その、海も越えられるしどこでも生きられるんだ。恐らく勝手にいなくなるだろうね」
 要約すればこういうことだろう。零は自由にしてやってくれ。
 いつの間にか隣にいた零がどこからか南国の花を摘んできた。どこで覚えたのかこんなこと、あるいは、この男が生物の特徴をくっつけるときに人間の分化も刷り込ませたか。
 ああ心配するな、財団に奪われてもあいつは自力で脱走するからと笑った彼の言葉が、そのまま遺言になった。研究所の人工ポケモンでも、親の情は芽生えていたらしい。
 零を最後に見たのは遺言を聞いた直後で、自分と、白衣の研究者に頭を下げて消えるところだった。


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Last-modified: 2019-06-16 (日) 22:12:49
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