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神に娘を過去へ攫われた母の日記 の変更点


#author("2023-07-30T04:51:27+00:00","","")
writer is [[双牙連刃]]

この作品はポケモンレジェンズ アルセウスの物語を軸に作者が想像した現代側の物語になります。お楽しみ頂けましたら何よりでございます。どうぞ、ごゆっくり……。

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・1月28日
 
 スーパーからの買い出しを終えて家に帰ってくると、リビングでダラけきっていたうちの娘が居なくなっていた。部屋に戻って本格的に昼寝でもしてるのかと思いそっと覗いてみても居らず、ポケモン達に確認してみても娘の部屋を示した後は見掛けていないと首を横に振る。娘のスマートフォンに掛けてみても繋がらず、履き易いからと常用しているサンダルが無くなっていた。
 状況的に考えて外出したと思うのだけど、その場合だとリビングに居た私のポケモン達が娘の姿どころか足音すら聞いていないのはおかしい。一体何処に?

 数時間経っても帰ってくる様子の無い状況にこれはおかしいと思い始めた頃に、不意に私のスマートフォンが鳴った。手に取って確認すると、SNSで娘がメッセージを送ってきていた。『なんかよく分かんないけど、全く知らない所に居るっぽい。おかーさんヒスイ地方って知ってる?』との事だ。ヒスイ地方? 聞いた事も無いのでとりあえずインターネットで検索。するとそこには遠くのシンオウ地方が開拓され始めた頃の呼び名としてヒスイ地方と呼ばれていたと出てきた。けどそれは、今から150年も前の呼び方らしい。冗談かと思って調べた結果を伝えて、本当は何処に居るの、暗くなる前に帰って来なさいと送る。娘は言わなくとも何処かに出掛けても日が沈む前には家に帰ってくる。そんな娘だからこそ分かったーなんて返事が返ってくると思っていたのだけど、送られてきたのは一枚の写真と『今居るとこ撮ってみた』という一言。そこに映し出されていたのは、今ではそうそうお目に掛かれない木造家屋が並ぶ村の風景と、一際大きいけれど建設途中らしい建物。あれ? この建物何処かで……と思い記憶の中を探ると、一軒の建物が浮かび上がってきた。観光地にもなっているシンオウ地方庁、その佇まいに似ている気がする。まさかと焦る気持ちを抑えながら検索し、確認。結果から言えば、シンオウ地方庁では無かった。旧シンオウ地方庁に似ている、というよりも、そのものだった。

 ポケモンが居るこの世界では、時として超常現象のような事が起こり得る。頭の片隅を過ぎった嫌な予感を表に出さないようにしつつ、努めて冷静に娘に現状を詳しく伝えるように送る。どうも娘曰く、私が買い出しに行ってる間に眠くなり自室に移動。そこまでは私のポケモン達が伝えてくれたのと状況は一致してる。けどその後に、ベッドの上に居たと思ったらいきなり何も無い空間に浮かんでいて、妙な光るものから向かう先で全てのポケモンに出会えと伝えられた。その後眩しさに目を眩ませていたら、気付いたら娘が今居るヒスイ地方のコトブキムラという村の傍に居た、という経緯らしい。そこまで聞いた時点で私は額に手を当てた。間違い無い、娘は何かしらの超常的な存在の気まぐれに巻き込まれた。恐らく居るのは、本当に過去のシンオウ地方なのだろう。時空を超える人攫いなんて、冗談だと言ってほしい。

 なんて嘆いている状況じゃないので、次は娘の安否確認だ。村に居るという事は現地には人が居る。そして、その住人との接触は出来てるだろうと踏んで聞いてみると、その辺りは大丈夫そう。何やら親切な人達と知り合って、とりあえず村に居させてもらえるようになったそうなんで一安心。うちの娘、何事にもあまり熱意が向き難い所為でやる気は無さそうに見えるんだけど社交性は高い。見知らぬ人とも話すのは得意だから上手くやったのだと思う。
 けどその先を聞いてまた頭を悩まされる。何やらその村に居させる条件として、ヒスイ地方に居るポケモン達の調査と捕獲をやらされそうなんだとか。私が主婦になる前にトレーナーをやってたし、その頃旅を共にしたポケモン達も皆一緒に暮らしてるから娘はポケモンには慣れてる。けどポケモンをバトルさせるとか捕まえて一緒に旅をするって事にイマイチ興味が無いもので、トレーナーでもやってみたらと提案しても生返事しか返ってきた試ししか無い。そんな娘に調査なんて出来るのか? その点が非常に不安。やるしかないっぽいからとりあえずやる。なんかテストっぽい事が明日あるみたいだから今日は休むってメッセージが来たんで、とりあえず母さんが教えた事を思い出してやってみなさいと伝えた。トレーナーとして必要だろうと思うスキルは一通り教えておいてあるから、それを発揮出来ればなんとかなる……筈。と祈っておこう。

 とにかく今娘は大変な事になっている。過去に居るなんて言われた以上恐らく直接娘を助けに行ったりは出来ない。けど、あの子をなんとか助けないと。幸いな事に何故か娘と連絡は取れる。なら何か伝えられる事があるかもしれないし、とにかくヒスイ地方について調べ上げてみよう。ショウ、どうしてこんな事に?

・1月29日

 結局一睡も出来ないまま翌日を迎えてしまった。幸いな事に帰宅した旦那に相談したところ、旦那が今研究してるテーマがシンオウ地方の開拓期の歴史だった為ヒスイ地方の事についての情報は少ないながらも増えた。今ほどうちの旦那の職種が歴史研究家だった事に感謝した事は無い。
 旦那曰くシンオウ開拓期、ヒスイ地方と呼ばれていた頃については非常に謎が多いらしい。何でもその頃から急に人とポケモンが積極的に歩み寄ったかのように協力するようになり、呼び名も今のシンオウに変わったそうな。間違い無くその時期に何かがあったと踏んでいたそうだけど、まさかそんな時代に自分の娘が行く事になるとは思わなかったと頭を抱えていた。その後ぼそっと自分が行きたかったと言ったのでラリアットを綺麗に叩き込んであげた。もう少し真剣に考えてほしいものだ。

 とにかく今出来る事は、うちの娘がヒスイ地方で無事に生活出来るようにサポートする事だ。娘との繋がりが残されていたのは不幸中の幸い。残念な事に通話は何故か掛けても繋がらず、SNSでのメッセージの送り合いだけが連絡手段だ。この繋がりだけは何としても手放す訳にはいかない。こちらはスマホを無くさなければいいだけだけども、一つ問題があった。それは、娘のスマホの残存電力。150年以上前の地方にはスマートフォンどころか電子機器自体が存在していない。スマホの電力消失は充電が出来なければそう遠くないのは予想出来る。と私は予想して、昔トレーナーの頃に遭難して携帯の電力が尽きた時に試行錯誤して習得した電気タイプポケモンの電気を充電に使う方法を娘に伝えた。まぁ、自分に懐いてくれていて、自分の放電量を調整出来る器用なポケモンが必要になるかなりシビアな方法ではあるけども。
 けどその秘技はどうやら必要無いらしい。時空を移動させられた時にスマホを弄られたとのメッセージと共に、どうやら川の水面に映してなんとか撮ったらしい今の娘のスマホの姿が送られてきた。なんと言うか、凄い事になっていた。魔改造にも程がある。
 が、その魔改造の影響なのか、どうやら今の娘のスマホは幾ら操作しても電力が減らないそうだ。まぁ、インストールされていたアプリは軒並み使えなくなっていて娘は愕然としたらしい。今私と連絡を取っているアプリ、『ポケライン』は無事に使えているのが救いだと愚痴っていた。私以外にも知り合いに連絡を取ってみて繋がったらしいけど、残念ながら私以外には今の娘の状況を信じてもらえなかったそうだ。まぁ、100年以上も昔に連れ去られたなんて言われて信じてと言う方が難しいだろう。今娘と連絡を取ってる私だって夢なんじゃないか、寧ろ夢であってほしかったと思ってる。けど残念ながら娘が居なくなった事も、必死にメッセージを送ってきているのも事実だ。ならば娘の言う事を信じて力を貸す事があの子の母としての私の役目だろう。

 娘との連絡方法が消失してしまう心配は一つ減った。スマホが壊れてしまったり紛失してしまうって心配は残ってはいるけど、それはお互いに最大限気を付けようと取り決めた。ここまでが朝の娘とのやり取り。そこまでの連絡をしたところで、娘は村の一員になる為のテストとやらを受けに行くと言って連絡が途絶えた。テストの内容も分からないから何のアドバイスも出来なかったけれど、大丈夫なんだろうか? ともかく再度連絡が来ない限り娘側の動きは分からない。けどただ待っている訳にもいかないので、一先ず家事を片付ける。娘の母であると同時に私はこの家の主婦、娘が帰ってきた時にこの家が荒れ放題じゃ気持ち良く娘も帰って来れない事だし、やる事はやらないと。
 家事を済ませても娘からの連絡は無い。なら何をするべきか? そう考えて一つ試してみたい事を思いついた。娘は何らかの方法で自室から攫われた、ならば何かしらの痕跡か手掛かりは残されてるんじゃないか? 試してみる価値はあるだろうと娘の部屋へ向かった。

 掃除をしに入っているから物理的には何も残っていないのは把握してる。けど、もう一つ確認する方法がある。手持ちの一匹のヨルノズクにある技を使ってもらう方法だ。指示を出すとヨルノズクの目が輝いて辺りを照らす。不可視な物さえ照らし出すポケモンの技、見破る。どんな超常の能力であろうと、それで娘に接触したのは間違い無い。ならば力の残滓は残っている筈。なんてあやふやな思いから始めた調査だったけども、予想外に結果を出せた。娘の使っていたベッドの上に、空間がひび割れたような亀裂が残っていた。暴き出さなければ目視する事も出来なかった亀裂、そんな怪しいものは普通出来る筈は無い。
 ヨルノズク以外の五匹のポケモンを呼んで、亀裂に向き合う。そっと触れると、亀裂は少しだけ光って反応して綻びた。強い衝撃を与えれば、砕く事も出来そうだ。
 正直に言ってしまえば、これは確実に無謀だ。この亀裂が娘の居る場所に繋がっている保証は無い、砕いた後に何が起こるかも分からない。それでも、これは娘の為に直接何か出来るかもしれない兆しだ。徐々に塞がろうとしているようだし、迷っている暇は無い。ヨルノズクに指示を出して、亀裂にムーンフォースを叩き込む。狙い通り、亀裂は砕け崩れるように弾けた。その先は、謎の青い空間としか形容出来ないからそう言うけど、そんな空間が広がっていた。ここは、一体?

 そう疑問を抱きながらも空間に足を進めると、急に頭の中に声が響いてきた。抑えつけるような圧迫感の中で声が続く。『何者だ人の子よ、何故私の空間に入り込む事が出来た』と。ここで怖気付いてる場合じゃない、私は連れ去られた娘を探しに来ただけだと伝える。すると、圧迫感が僅かに揺らいだ。心当たりがあると見るべきだと察して、詰める。私の娘は突然消えたと、過去に飛ばされ途方に暮れていると。私の言葉に何を思ったか、声の主であろう者は姿を現した。現したと言うか、姿になった、かな? 光の球のようなものがポケモンの姿になった。トレーナーをやってたのが幸か不幸か、その姿を一度ポケモン図鑑で見た事があった。創造ポケモン、アルセウス。なるほど、本当に神と呼ばれるポケモンがやった事だった訳だ。それなら時間を遡るなんて奇跡が起こせても不思議じゃない。
 この状況、形勢は圧倒的に不利だ。ここはあちらの空間、相手は神と呼ばれるポケモン、私は元トレーナーとは言えただの主婦。何か事を起こせるとしたら、圧迫感が解除されているこの一瞬だけだろう。その一瞬に、全力で全てを叩き込む。長年一緒に共にしてきたポケモンだけあって、私の思いは皆に伝わったらしい。いや、状況からその一手を実行しなければならないと思ったんだろう。私の手持ちが一斉にアルセウスに技を仕掛けた。それはアルセウスからすれば完璧な不意打ちになったらしく、体勢を整える前に六つの技が直撃。大きくアルセウスは仰け反った。間髪を入れている隙を作れば私達に勝ち目は無い、だからこそポケモン達も止まらない。メタグロスのコメットパンチ、ヨルノズクのムーンフォース、ジバコイルの電磁砲、ドードリオのトライアタック、デスカーンのシャドークロー、そしてツンベアーの吹雪。6匹からの連続攻撃なら流石のアルセウスにも効果があるだろうと踏んで仕掛けたけど、受けたアルセウスは平気な顔をして立って、はいなかった。まさか思念でホゲェーなんて悲鳴を聞かされる事になるとは思わなかった。

 思いの外の大ダメージを与えられた事にポケモン達も戸惑ってるくらいだ。当のアルセウスは技を受けた衝撃で吹き飛ばされてピクピクしている。この状態なら恐らく私の問い掛けにも素直に答える気になるだろう。神と崇められるポケモンにこんな事をしたら不敬だと言われそうだけど、私には娘の無事が掛かっている。申し訳無いけど許してもらうとしよう。
 まず娘の特徴や居なくなった時の服装を伝える。勿論私の手持ちの6匹に包囲してもらっている状態で。その上で、娘が居なくなった原因はあなたかと問い掛けた。ふらつきながらも居ずまいを正したアルセウスは、明らかにバツが悪そうな様子だ。これで黒なのは確定だろう。なら色々聞かせてもらうとしようか。

 アルセウス曰く、うちの娘を巻き込んでしまった事は謝罪するがのっぴきならない事情があり、ポケモンに慣れていてかつトレーナーではない者を探していた所に見つかったのがうちの娘だったそうだ。選定は全くの偶然だとアルセウスが言うのだから、それを疑ってても話が進まないと納得する事にした。
 のっぴきならない事情とは何かを訊ねると、アルセウスは口籠った。話さないつもりならばそれでも構わないが、私の手持ち達も娘の事は可愛がっていたと言うとビクッと反応して怯えている。さっきの6連撃は思いの外きつかったと見える。
 言い難そうに話した内容を聞いて呆れてしまった。どうやらこのアルセウス、自分の仕事を部下に一部でも委託出来ないかと思案し、自分の力を分け与えようとしたらしい。が、結果は芳しくなく部下は受け取った力によって暴走、世界の再創造を行い自分が神の世界を創ると言い飛び出していき、もう一匹の部下は大慌てで止める為に後を追い、えらいこっちゃと暴走部下の行った場所と時代を特定し何とか事態の鎮静化を図ろうと思ったものの、行った場所はヒスイ地方。その地方には既に暴走部下の介入が始まってしまってて、もう部下だけじゃ収集が付かない。かと言って自分が直接乗り込んではより事態が混迷し、下手を打てば時間や空間が捻れ切って世界崩壊に繋がり兼ねない。おまけに時代が人とポケモンの関係構築もあやふやで、人を導いて解決に向かわせる事も出来ないと手詰まりになってしまい、最終手段として未来の解決が出来そうな人、うちの娘が送り込まれるって事態に行き付いてしまったそうだ。詰まる所を言えば、諸悪の根源がこの目の前のアルセウスだと言う事だ。

 呆れて額に手を当てる私を見て、アルセウスは本当に申し訳無いと頭を下げた。これが心からの謝罪でなければ頭に血が昇ってこの元凶を打ち倒そうとしていたかもしれない。が、状況が整理出来たお陰もあり私の頭は冷静さを欠かなかった。
 状況は理解した。この迷惑な神の尻拭いとは言え、放っておけば世界はその暴走した部下とやらの力で創り変えられてしまうのだろう。だとしたら、無理矢理娘をこちらに連れ戻せとも言えない。溜め息を吐きながら、私はアルセウスにこう尋ねた。私を娘の居る時代に送る事は出来るか、と。そんな重責を娘だけに押し付けたくはなかったからだ。が、答えは出来ないというものだった。

 元々娘を送り込んだ方法というのが、部下達の移動した痕跡を無理矢理自分の力で補強して、ギリギリ一人が通れる程度の路を確保して行ったものだったらしく、その路も既に閉じられてしまっている。だったら私と娘がメッセージを送り合えるのは何故かと聞くと、それは娘の方のスマホに施した改造の結果らしい。どうやら娘の送られたヒスイ地方は二匹の部下の影響を受けて時空が不安定になっているらしく、その不安定さを用いてギリギリか細いながらも娘のスマホとアルセウスには繋がりを残せており、その繋がりにメッセージ程度なら乗せて送れていたというのが、あのメッセージの正体だったそうだ。つまりこのアルセウスが、娘のスマホと私のスマホを繋ぐ中継器なのだ。勇み足で倒さなくて良かった。
 通話が出来ないのは、不安定な時空を繋げたままに出来ないから。隙間を縫うように通信データを拾ったり送ったりは出来るようだが、繋げたままにするにはアルセウス自身多大な力を使う事になるし、そんなに力を使えば暴走した部下に介入がバレて二度と通信も出来なくなる可能性が高かったから出来なくしたそうだ。アルセウスはアルセウスなりに、娘をサポートする手段を残す為に尽力していたという事だ。一応その点は感謝しておくべきなんだろう。

 説明を聞き終えたところでアルセウスの表情が神妙なものになり、改めて娘を巻き込み私達家族に迷惑や不安を与えてしまった事を謝罪してきた。そしてその上で、どうか部下の暴走を止める為に協力してほしいと頼まれた。今までの話を聞く限り、娘が帰ってくる為の路を作るのにはその部下二匹、時の管理者であるディアルガと空間の管理者であるパルキアの力が必要なのだろうと言い当てると、図星を突かれたと言わんばかりの顔をする。ならば答えは一つ、あくまで娘を助ける為だと付け加えて協力を約束した。それとアルセウスに二つ約束をしてもらった。一つは、私と娘の通信はけして途切れさせない事。過去では知られていない、分からない事でも私の居る今ならば調べて教える事が出来る事もある筈だ。今出来る最大の手助けとして、それが途切れるのは絶対に避けないとならない。
 二つ目は、全てが終わったら必ず娘を私達の元に帰す事。約束させておかないと、後世の為にヒスイ地方に残ってもらう事にしたとか言い出しかねないから、これも絶対に約束して貰わないとならない。

 以外にもアルセウスは『我が名に誓い約束は果たします。そして、全ての問題が解決した暁には改めて謝罪と感謝を兼ねて礼をさせて頂きます』と返答してくれた。名前に誓ってなんて言われたら、信じない訳にはいかない。協力の約束は提携されて、何故か私のスマホにはアルセウスとの直通の連絡先だとして、新たなアドレスが表示された。これはいいのか? とも思ったけど、娘が有事の際は本人と連絡するのは難しくなるだろうし、向こうの様子を知る手段は多いに越した事は無いだろうと受け取った。後は帰るだけとなった時に、6匹からの連撃については謝罪した。ああでもしないと真面に対話に持って行けたか分からなかったとは言え、ちょっと卑怯だったかなと思ったから。次からは勘弁して下さいと言われたが、それで済んだのだから御の字だろう。

 アルセウスの空間から戻り私は居間のソファーに腰掛けた。そして、落ち着いた事で麻痺が解けた脈拍の増加と冷や汗を止めようと努めている。まさかあんな大物に繋がっているなんて思いもしていなかった。よく五体満足で帰って来れたものだと思う。
 私の手持ちの面々も、今になって体が小刻みに震えている。ツンベアーなんて半泣きで私の腕にしがみ付いてるくらいだ。怖いなんて一言で済ましていい経験じゃなかったんだ、暫く落ち着くまでは好きにさせておこう。我ながらとんでもない無茶をしたものだ。
 不意に、私のスマホが鳴った。娘からの連絡かと思ったら、画面に表示されたのはまさかのアルセウスのアドレス。タップしてみると、スマホから先程まで頭に直接送られて来ていた声が聞こえてきた。接続確認の通話だと言う。確かにしておくべきだとは思うけど、もう少し間を置いてもよかっただろうと思ってしまった。
 ついでにアルセウスは娘に課している使命について説明したいという事なので聞く事にした。そう言えば娘も全てのポケモンに出会えと言われたと言っていたっけ。それは何故かという話らしい。

 アルセウス曰く、現地では部下の暴走の余波を受けて一部のポケモンが凶暴化しており、現地の人間はそれに酷く怯えてしまい人とポケモンとの絆に陰りが出来始めてしまっているそうだ。このままでは人とポケモンが敵対し歴史が大幅に改変され、結果的に今の世界は消滅してしまうのだと言う。これを修正する為には部下の暴走を止めるだけではなく人がポケモンに歩み寄る切っ掛けが必要。
 元々娘だけでは神の部下を止める事なんて到底無理であり、向こうのポケモン達の力を借りる必要がある。ならばそれを使命にして来るべき時まで娘には仲間を見つけつつ、人とポケモンとの絆を体現してもらおうとした、というのがアルセウスの目論見だそうだ。

 確かに娘からしても、いきなり神の部下を止めろと言われるよりも何とか出来そうな目的だろうと私も思う。当然それも困難な道のりではあるが、ポケモンと出会い旅を共にする楽しさは私も知るところ。娘には良い経験になるだろうと納得する事にした。
 それからアルセウスと協議して、娘には暴走した部下の事は一先ず伏せておく流れが決まった。伝えなくてもいずれ巻き込まれる問題ではあるがというアルセウスの一言には苦笑いしか浮かばなかったが。
 決める事や知っておくべき事を粗方聞き終わり一息吐いている時に、待っていた娘からのメッセージが来た。どうやら上手くポケモンを捕獲し、晴れて向こうで活躍している開拓者の集まり、ギンガ団というのに入団出来たそうだ。

 はて、ギンガ団? と思い調べる。私は過去の開拓者の事なんて知らない。けど、そのギンガ団というのには聞き覚えというか見覚えがあった。そう、現在のヒスイ地方、シンオウ地方で暗躍していた秘密組織とやらがそんな名で活動していたとニュースで見た気がしたのだ。やはりそれは私の記憶違いではなかった。この事を一応娘にも伝えると、そっちとこっちのギンガ団は多分関係無いけど一応気を付けておくと返信され、今日は疲れたからもう休むとの言葉で締めくくられていた。明日からも大変だろうからゆっくり休みなさいと返信し、娘とのやり取りの今日の分は終わりだろう。

 気付けばこちらも日は沈みかけ、夜の帳が降り始めていた。部屋の明かりを点けて夕食の準備を始める。調理をしながら旦那に何処までを話しておくべきかと思案。まさかアルセウスにカチコミを掛けたなんて話せないし、とりあえず当たり障りの無い程度に話して、分かりそうならヒスイ地方にはどんなポケモンが居たとされているかを聞いておこう。娘は明日から本格的にポケモン調査の仕事をするようだし、サポートの用意をこちらも進めないといけないかな。

・2月2日

 アルセウスと邂逅してから数日、娘は向こうで野山を駆け回り頑張っているようだ。こちらは娘が上手く捕まえられないポケモンが居るとか、このポケモンのタイプを知りたいなんて要望に答える程度の活動しか出来ておらず、特筆すべき事も無かった。

 娘はヒスイ地方でギンガ団の仲間とも上手くやっているらしい。そして、ギンガ団とは違い元々ヒスイ地方で暮らしていた人々の集団、コンゴウ団とシンジュ団という人達とも知り合ったそうだ。正式名称までは知らなかったが、旦那が調べている開拓史に土着の住民達が出て来ていたのでその存在だけは居るのだろうと思っていた。どうも双方の団体はライバル関係らしく、それぞれにシンオウ様と呼ばれる神を祀っているそうだ。シンオウ様とは何か? とアルセウスに確認したところ、どうやらアルセウスの部下、ディアルガとパルキアの事を指しているらしい。その時代、元々アルセウスは表立たず世界の管理はその二匹に任せていたので、偶然世界に降りて活動しているところを見られてそう呼ばれるようになったのではないかとの回答を貰った。自分達が神と崇めているものが自分達の生活を徐々に脅かしていると知ったら、その二つの団体としては良い顔をしないだろうと思いその辺りは娘に伝えない事にした。
 とにかく娘の調査は順調であり、娘もこんなポケモンが居た、こんなポケモンを捕まえたという話をよくしてくれる。一先ずは順調だと言っても差し支えないだろう。

 しかし、恐れていた事態が起こっているのも娘からの連絡で分かった。現在娘が調査している黒曜の原野と呼ばれる地域で一番強いとされている、キングと呼ばれるポケモンが暴れているそうだ。それも、空から降ってきた光を浴びて。
 現在のヒスイ地方の上空には暴走したアルセウスの部下、パルキアが開けた時空の穴が消える事無く存在しているらしい。そして、キングが受けた光はその穴から降ってきたもの。間違い無く暴走したパルキアからの干渉だろうとアルセウスは言う。それを放置しておけばどんな事態が引き起こされるかも分からない。故に娘に解決の為に動いてほしいとアルセウスは送ってきたが、私からそう誘導せずとも娘には現地の団体からキング鎮圧に助力してくれと依頼があったそうだ。そんなの相手にしたくないーとメッセージが来たが、それは放置しておいたら調査中に襲われる可能性もあるから何とかするべきだと送って返した。現代ならポケモン暴走なんて事件があれば警察やレンジャーが対応してくれるけども、150年前にそんなものは無い。寧ろ娘の所属するギンガ団がその前身の一つだろうし、なんとか頑張ってもらうしかないだろう。

 ポケモンを宥めたり落ち着かせるにはどのような手段を用いるのが有効か。バトルを仕掛けて倒してしまうのも一つの手だが、それで暴走を促す光から解放されるかは分からない。アルセウスに相談してみると、一番効果があるのは暴走の光を受けたポケモンがその光を拒み開放されたいと望む事だろうと送られてきた。聞く限りキングと呼ばれるポケモンは、普段は暴れたりせずその地域の纏め役のような存在らしい。となれば、暴走を促され暴れる現状は不本意だろうから、平常心を取り戻してやるのが一番手っ取り早いとの結論が出た。

 娘にその事を伝えると、なるほどと納得してその方向で指針を纏める事にしたようだ。が、相手は暴走しているポケモンだ。娘に襲い掛かってくる事は容易に想像出来るので、どんな作戦を立てるにしても連れているポケモンを鍛えておいた方が良いと助言を付け加えておいた。娘は素直に分かったと言い、ついでに今一緒に居るポケモン! とメッセージを送ってきた後にスマホで撮影したらしいポケモン達も写った自撮り画像を送ってきた。モクローにイーブイ、それとポニータの姿がそこには写っている。ちゃんとタイプのバランスも考えなさいよ、なんてアドバイスを送ろうかとも思ったが、今娘は駆け出しトレーナーのようなもの。いきなりバトルを主軸とした育成論なんて必要無いだろうと考え止めた。代わりに、自分と一緒に旅をしてくれているポケモン達を大事にしてあげなさいと伝える。私の手持ちの子達に見守られながら育った娘だ、口煩く言わずともそれで色々伝わるだろうと信じて。

・2月5日

 二日程準備をし、今日黒曜の原野のキングを鎮めに行くとメッセージが来た。どうやらキングの好物を主軸にポケモンを落ち着かせる効果のある物を調合したシズメダマという物を作って、それをキングにぶつけて落ち着かせようという作戦らしい。ぶつけるので大丈夫なのか? とも思ったけど、現代でもサファリパークなんかではポケモンの好物等で気を引き捕まえるなんて方法もあるのだから効果が無い事は無いだろうと思う事にした。相手が常時暴走している状況なのだから多少の無茶も必要ではあるだろうし。
 作戦中はスマホを見ている暇なんて無いだろうと思うので、上手く行くよう応援してるからとメッセージを送った。もどかしいけども、こればかりはどうしようもない。娘が上手くやってくれる事を祈るとしよう。
 少し不安に思いながらも娘からの成功のメッセージが来ると信じて待っていると、娘ではなくアルセウスからメッセージが飛んできた。一体どうしたのかと見てみると、どうか力を貸してほしいと来たものだ。

 詳しい話を確認すると、どうも暴走したパルキアを止める為にディアルガが時空の歪みの中で頑張ってるらしいのだが、二匹の力がぶつかり合う事で歪みが外部に漏れ出しヒスイと別の時空を繋げてしまう事態が起きているらしい。そして、それに巻き込まれたヒスイのポケモンや他時空のポケモンがそれぞれの場所にあべこべに現れてしまう異常事態が発生してしまっているそうだ。
 アルセウスも出来る限りで対処しているそうだが、如何せん規模や歪みが発生する場所がランダムでアルセウスも対処が間に合っていないそうなのだ。それを事情を知ってる私にも手伝ってくれないかとの要請だった。
 当然時空を超えて本来ヒスイに存在しないポケモンがヒスイに現れてしまうのは生態系の異常に繋がるし、ヒスイに生きているポケモンは現代のポケモンよりも人間の存在に慣れていない。トラブルが発生してしまう可能性は高いだろう。そんな問題を放置する訳にはいかないだろうし、仕方ないので出来る範囲でならという事で承諾した。一主婦に頼む事でもないだろうとも思うけど、何も知らないトレーナーなんかが巻き込まれてしまうよりはマシだろう。

 それじゃあ早速とメッセージが送られてきたかと思ったら、目の前の空間がひび割れそのまま謎の空間が口を開けた。時空の歪みの発生地までは送るので、その先で混乱して暴れているポケモンを鎮圧してくれとの事。親子揃って似たような事をやらされるとは、全く因果なものだと思いつつ手持ちの皆を連れて割れた空間へと踏み込む。

 空間を少し進むと出口らしいところを見つけたのでそのまま進む。出た先は、雪国。いや本当に止めてほしい。こっちは部屋着にスニーカーである。凍える前にトラブルを解決しないと風邪でも引いてしまいそうだ。
 アルセウスから追加で送られてきた情報によると、私が送られた先で保護してほしいのはギャロップだそうだ。が、どうやらヒスイ地方ではオヤブンと呼ばれている大型の個体らしく普通の野生のポケモンとは頭一つ強いポケモンらしい。急いで探そうと思っていたのだが、頭一つ抜きん出ているのは強さだけではなかったらしい。明らかに大きなギャロップが地元のポケモンらしいゴーリキーやニューラと大乱闘している。これは、急いで対処しないとならない訳だ。
 緊急の寒冷対策にヨルノズクの羽毛で包んでもらい、残りの五匹に順次指示を出し地元ポケモン達とギャロップを引き剥がしそれぞれに対応する。トレーナーをやっていた頃に自分の指示出し能力の向上の為に、手持ちの皆を複数展開して同時指揮なんて無茶したのがこんな所で生きてくるとは思わなかった。

 結果として、鎮圧は無事に完了した。確かに体格が大きく強力ではあったけど、うちのポケモンも数々の強敵と戦ってきたメンツだ。強いだけなら問題無い。弱らせて今はデスカーンが抑え込んでくれているのでアルセウスに連絡。ボールで捕まえてしまう訳にもいかないしこれが最良だろうと判断した。
 アルセウスはすぐに空間を繋いでギャロップを送り返すと送ってきた。メッセージ通りにまた空間が割れたので、そこにギャロップを放り込む。どうやらこの歪みは暴走パルキアとしても埒外の現象だから、多少ならアルセウスが弄ってもバレないらしい。それならばこれに飛び込めばヒスイ地方に行けるのか? とアルセウスに送ると、着けはするだろうがそれが無事な移動には恐らくならないと止められた。あくまでこの歪みはイレギュラーな物であり、ポケモンの強靭さがあるからまだ移転に耐えられるが、人間の身では何かしらの異常が起こると考えて間違いないそうだ。そんな状態でヒスイに行けたところで娘の力にはなれないだろうと判断し、悔しいながら空間が元に戻るのを見届けた。

 アルセウスから無事にギャロップはヒスイ地方に送り返せたと感謝のメッセージが送られてきたのを確認して、急だったこの要請も完了だろう。寒いので早く家に戻してくれと送ると、異常な歪みによって揺らいだ空間の安定性が戻るまで少し待ってほしいと返された。とは言え数分の事らしいので、ヨルノズクやツンベアーに温めてもらいながらしばし待つ。
 ふと此処は何処なのだろうと思いスマホで現在地を確認してみると、まさかのシンオウ地方キッサキシティ近郊の道路だと表示された。改めて思うに、いちいちツッコむだけ無駄だとは思うけど、神と呼ばれる存在が起こす事は出鱈目だと思う。私が暮らしていたのはホウエン地方であり、どう考えてもシンオウに一瞬で来れるような場所ではない。まぁ、トレーナーをやってた頃に来た事はあるが。

 久々の雪景色だからか、私を抱っこして温めてくれているツンベアーは何処か楽しそうだ。逆にドードリオは寒いのが嫌いなので私達にくっ付いて震えている。帰ったら温かい飲み物でも用意してあげよう。無機物組については、語るべくも無く平気そうに周囲の警戒をしてくれている。オヤブンギャロップと戦ってる間に地元ポケモン達は逃げて行ってしまったので、そう警戒する事も無いだろうとは思うけど。
 再びスマホが鳴り、用意が出来たので空間を開き繋ぐとのメッセージが表示された。それを確認してる内にまた空間が割れて開いたので、皆でそれを通り抜けるとそこは家の庭だった。屋内直通にしなかったのはアルセウスの配慮なんだろうと思いつつ、冷えてしまった体を温める為に家に入り鍋に牛乳を移し温める。我ながらトンデモ体験をしてるとは思うが、いちいち驚く事も無いを割り切る。ポケモンと付き合っていればこういう事もあるものだ。

 一仕事終えた皆としばし休憩しているとスマホが鳴る。表示されたのは吉報、苦戦はしたけど原野のキング、バサギリの鎮圧に成功したそうだ。そしてその功績もあって、明日から新しい地域への調査が出来るようになったらしい。娘の目下の目標はヒスイ地方のポケモン全てに出会うというものなので、そちらとしてもまた一歩前進だ。

 怪我や具合の悪い所は無いかと確認すると、調子の悪いところは無いけどそろそろ色んな食べ物が恋しいと言う。聞けばコトブキムラでの主菜は基本的にイモモチらしい。こちらでもスーパーなんかで売ってるので私も食べた事がある。イモが主原料なので腹持ちは良いし、荒れ地でも大体育つので収穫も安定しているので選ばれているのだろうという事は分かる。が、イモというのは飽きも早い。立て続けに食べていては次第に喉の奥に通すのが億劫になる。トレーナー時代にバトルで勝てなくなって、賞金払いで食費も捻出出来ない時に同じような状況になった事があるので気持ちはよく分かる。帰ってきたら好きな物を気が済むまで作ってあげるから今はちょっと頑張るように伝えると、頑張るけどこっちでも作れそうな料理が無いかレシピを調べてほしいと頼まれた。うーん、考えておこう。

・2月8日

 娘は現在紅蓮の湿地というエリアで切磋琢磨している。娘がポケモンを連れて調査をしているのを見ているからか、向こうの人達の心境に何やら少しづつではあるが変化があるようだ。今まで恐れるだけだったポケモンの事を知ろうとしたり、傍に置いて育てたり、まだバトルと呼べるものではないがポケモンを競わせようとする人も現れたようだ。アルセウスの危惧していた人とポケモンの乖離、それを回避するのに娘の活動は効果覿面なようだ。アルセウスの思惑通りというのが少し引っ掛かりはするけども。

 食事関連については、ガラル地方のキャンプのお供の代名詞であるカレーのレシピを送ると、色々試行錯誤しながらそれらしい物を作って何とかよろしくやってるようだ。帰ったら絶対に格別美味しいカレーを作ってもらうと約束させられた辺り、そこまで美味しくは作れてはいないようだけども。
 
 私の方はと言うと、あれからアルセウスからの依頼で数回ヒスイより渡ってきてしまったポケモンにお帰り頂いている。オヤブンカビゴンと敵対させられた時はなかなかに骨を折らされたが、今まで取りこぼしは無い。やれカロス地方やオーレ地方、バカンスで有名なアローラ地方にまで行かされたのには驚嘆させられた。アローラ地方については少し観光して行こうかとすら思いもしたが、ヒスイ地方で娘が頑張っているのに遊ぶのも忍びないので大人しく帰ってきたなんて経緯もあったりする。
 アルセウスとしては、娘だけでなく私まで巻き込んでしまってる現状にかなり申し訳無く思っているようだ。だからかこちらからの問い掛けや空間移動の融通なんかは良く聞いてくれる。なるべくその地元のポケモンに出会わず、その地方のトレーナーに出会い難い場所を今は要望しているが、概ね理想的な場所に繋いでくれている。が、そうすると目的のポケモンに会う為に軽く探検しなければいけなかったりと、トレーナーの頃を懐かしく感じるちょっとした冒険もしたりしていた。

 そんな数日を振り返りながら今日は娘からの連絡があるか、それともアルセウスからの依頼は舞い込まないかと家事をこなしながら待っていると、不意に家のチャイムが鳴らされた。はて、誰か来る約束はしていないがと思いながら扉を開けると、そこには見た事も無い金髪の男性が立っていた。誰だ? と思いながら見ていると、向こうから声を掛けてくる。最近お世話になっていますと言われまたキョトンとしてしまった。最近お世話になってます? と疑問符を浮かべていたんだけど、そんな相手に一人、いや一匹だけ思い当たった。まさかと思いながら聞いてみると、私の予感は的中してしまった。目の前の人物は自分の事をアルセウスだと言ったのだ。

 どうもアルセウスは自分の創造の力を使い自らの分身を創れるそうだ。ポケモンの姿でも、人の姿でも。今日は人としての分身を使って、私が依頼をこなしている事への感謝を伝えに来たそうだ。いきなり押し掛けて来ずに、一つ連絡を入れて欲しいものだ。
 玄関先で話していてご近所さんに変な噂を立てられても嫌なので家の中に通して、お茶の一つでも出すかと淹れる。本来はアルセウスを名乗ろうと家に通す事は無いが、妙に浮世離れした気配を持っていたり連れている六匹が微妙な顔をしている様子から本物の可能性が高いのでそうしたのだ。仮に違って何かしてきたとしても、六匹に粛清されるだけなので大丈夫だろうと思っているところもあったりはする。
 自称アルセウスは私がまだ正体を疑っているのを感じ取ったのか、テーブルに置いてある私のスマホを指差した。途端に鳴り始めたので見てみると、画面にはこれでどうでしょうか? というメッセージが表示されていた。それを確認してから顔を見るとニッコリと笑ってみせる。どうやら本物らしい。

 ゆっくりと湯呑を傾けるアルセウス、いや人の姿ではアルと名乗っているという彼と一時のティータイムを過ごしている事を不思議に思っていると、彼はぺこりと頭を下げて口を開く。我々の問題にここまで巻き込んでしまい本当に申し訳無いと。私がしなければ他の誰かに迷惑が掛かるかもしれないのだからやっただけだと答えると、また彼は深めに頭を下げる。本当に手が足らず困っていたので助かるそうだ。元々はそちらの身から出た錆だけどとチクリと刺すと、酷く申し訳無さそうな顔になったのであまり虐めないでおくとしよう。

 来訪の理由を訊ねると、前に会ったのは急であり、かつ敵対にも似た状態になってしまったので、改めて友好な関係として顔を合わせておきたかったというのがアルセウスの目的らしい。なるほどなと思いつつ、顔を合わせたのだから改めてあの時の奇襲についてこちらも謝罪。アルセウスも許すと言ってくれたので、これから先は蟠り無く協力関係で居ようという事になった。
 それからは現状の時空の歪みの被害や暴走パルキアとディアルガの様子、ヒスイ地方の空間の状態なんかの情報共有を受けた。ディアルガが頑張ってくれているお陰でヒスイ地方への影響はまだ抑えられているようだが、数日前に娘が鎮めたキングのようなポケモン達がヒスイ地方の各所に居て、そのポケモン達が暴れる事でヒスイ地方の空間の歪みは徐々に増していき、放置しておけば近い内に空間の崩壊を引き起こしてしまいそうなればヒスイ地方は最悪崩壊、そうじゃないとしても甚大なダメージを受けて歴史は大きく歪められてしまうだろうという瀬戸際らしい。一地方の歴史が歪むなんて事態は当然他の地方にも影響を与える。そして反響のように連鎖して起こる歪みは増幅されていき、最終的にはこの世界全ての歴史や空間が歪む。これを時空の大崩壊と呼び、起こってしまえばアルセウスにも、暴走パルキアやディアルガでもどうしようもない事になってしまうそうだ。それはなりふり構っていられない事態収拾に乗り出す訳だ。

 当然そうなれば世界という土台自体が消滅するので、パルキアが望む自分が神として存在する世界なんて創れはしない。今のパルキアはそれすら理解出来ずに暴れ回っている。だからこそ何が何でも止めなくてはならないし、余波で発生する時空の歪みの被害も巡り巡れば崩壊の一因となってしまう為対処しなければならない。ようは私達親子がやっている事は、思った以上に世界を存続させる一助となっているらしい。
 が、そこまで規模の大き過ぎる話になってしまうと一主婦で受け止められるキャパシティなんて超えてしまう。だから色々説明して貰って申し訳ないが、複雑で壮大な事はそちらに任せるので、私はそちらから頼まれる依頼の解決だけに専念させてもらうとはっきり言わせてもらった。アルセウスはきょとんとしてしまったが、ふっと笑ってそれで大丈夫だと言ってきた。生憎私はただの主婦なのだ。
 私の返答に満足したアルセウスは何かを取り出してテーブルに乗せた。依頼の報酬になるかは分からないがと前置きをされて渡されたそれは、パルデア地方というところで料理に使われているスパイスの詰め合わせだそうだ。結構希少な物らしく、よければ受け取ってくれと言うので貰った。何やら妙にキラキラしているが、スパイスなら傷んだりするような物でもないし、折角だから料理にでも使ってみよう。

 一通りの話を終えてアルセウスが席を立とうとした時、聞き忘れていたと言って私に一つの問いを投げ掛けてきた。それはもし娘が、ショウが全てを成し遂げた後にヒスイに残りたいと言ったらどうするかだった。
 それは私も密かに考えていた事だった。送られてくる娘の報告は苦労している旨のメッセージも多いが、向こうで知り合い仲良くなった人達やポケモン達の話題も多い。つまりそれだけ娘にとって大事な絆が出来上がっていると言う事。それはかけがえの無い物だし、娘にとっての宝物になっていく物だ。けどそれは、こちらに戻ってきたら途切れてしまう絆でもある。なんせ向こうは、150年も過去の世界なのだから。

 暫く考えさせて貰って、私は一つの答えを明示する。娘がそう望むのならば、娘の意見を尊重する。けれど、一度だけはこちらに帰してほしい。きちんとお帰りなさいと行ってらっしゃいは伝えさせてほしいと私は答えた。その答えを聞いたアルセウスは静かに目を閉じて頷き、その想いは何が妨げようとも、私の全ての力を使ってでも叶えると言ってくれた。その言葉に私がありがとうと伝えると、アルセウスの姿は微笑みを浮かべながら光の中に消えて行った。やれやれ、神と呼ばれるポケモンは帰り際まで派手なものだ。

 娘が向こうに残る事を望む、か。その可能性はあるだろう。受け入れているつもりだけど、アルセウスにああ言ったものの、そうなってしまったら、寂しい。娘が誰かと恋に落ちて伴侶を見つけたとしても、その先で子供が生まれたりしたとしても、私には、私達にはそれを祝福する事すら出来ない。そう思うだけで、胸が苦しくなる程の寂しさに襲われる。
 そんな私の様子に気付いてか、手持ちの皆がそっと寄り添ってくれた。あなた達にも寂しい思いをさせてしまうかもしれないと言うと、静かに首を横に振り、小さく鳴き声を上げた。まるで、きっと大丈夫だよと伝えるように。
 少し滲んでしまった涙を拭って、大丈夫だと信じようと口にした。信じよう、私達の娘を。そして選んだ道を。その為にもまずは、世界を救わないとだ。

・2月11日

 二日前に娘から紅蓮の湿地のクイーンを鎮める準備をしているという連絡を受け、今日は決行日。以前成功したからと言って油断しないようにと送ると、娘からは気を付けると返事が返ってきた。楽勝だなんて返信してきたら少し説教してやろうかと思ったけど、その心配は無いようだ。娘も向こうで色々と鍛えられているのかもしれない。良い兆候だと思っておこう。

 こちらも時空の迷いポケモンの鎮圧を恙無くこなしているし、今のところは事態の急速な悪化に繋がるような事柄は起こっていない。良い事だとは思うのだが、油断は思わぬトラブルを招くもの。気は引き締めておくとしよう。
 今日も今日とて朝からアルセウスからの対応依頼が来て事に当たる。暴走パルキアの力が日に日に強まっている所為か、時空の歪みが出来てしまう頻度が徐々に増しているらしい。もし、暴走パルキアの力をディアルガが抑えきれなくなったら何が起こるのかと聞くと、どうやらまずヒスイ地方で空が赤く染まるそうだ。どういう原理かは知らないけど、世界の摂理さえ歪みそれまで常識だとされてきた事に異常が起きるのだと言う。そうなれば本当に最終局面、背水の陣とも言える段階だそうだ。
 そうなる前に止められるのがベストではあるけども、相手は150年前の空の上だ。こちらからは干渉出来ない以上、頑張ってる娘が恙無く調査が出来るようにサポートを続けるとしよう。

 と、これまで冷静にレポートを書いているが、正直言うと現在少々困った事が発生してしまった。今日もオヤブンヘラクロスの送り返しに成功したんだけども、その傍で不思議なポケモンを見つけてしまったのだ。
 化け狐ポケモンのゾロア。特性のイリュージョンにより自分の姿に幻を被せる事で自分の見え方を誤魔化す事が出来る、と言うのを以前ネットのポケモン図鑑で読んだ事があったのだけど、そのゾロアに似ているポケモンが隠れて震えるようにオヤブンポケモンが居たところの少し外れに居たのだ。現地のポケモンが私が到着する前に襲われそうになって隠れていたのか? とも思ったのだけど、ここはカントー地方のセキエイ高原近郊らしい。居るポケモンも強力で、何よりカントーポケモンリーグのお膝元だ。私の姿を見て涙目で震えてるような子が居るには、少々敷居が高過ぎるように思う。

 そのあまりにも可哀想な様子から、思わず保護してしまった。現地のポケモンだったら間違い無く親ポケモンが居るだろうし不味いよなぁと思ったのだけど、親心が先に逸ってしまった。今は家に帰ってきて、ソファーに座る私の膝の上で丸くなって眠ってるところだ。
 とりあえず面倒を見つつ再度ゾロアの事を調べてみたところ、姿こそ似ているけども毛色が全く違った。白い毛に毛先が淡い桃色のこの子は、やはり違うポケモンなのかもしれない。

 そこまでやったところで、まさか? と思いながらアルセウスにこの子の画像を撮って送ってみる。このポケモンに心当たりは無いか、とメッセージを添えて。
 私の予感は的中し、この子はゾロアのヒスイ地方で育った個体の姿だとアルセウスから送られてきた。一言で言えば、完全にやらかした。どうやらこの子はオヤブンヘラクロスが呑まれた時空の歪みに一緒に巻き込まれてこちらに迷い出てしまったポケモンらしい。今まで依頼でオヤブンポケモン以外が傍に居た事が無かったので完全に油断した。これだから油断というのはしたくないものだ。
 この子もヒスイ地方のポケモンである以上送り返さなくてはならない個体だ。けども、オヤブンヘラクロスが通ってきた歪みは送り返して既にアルセウスが閉じてしまっている。再度開けないかとダメ元で頼んでみたけども、結果は無理との返事。現状を考えれば当然の事だ。

 アルセウスとしてもポケモン一匹くらいがこちらに残る事になっても問題は無いそうなので、この子はとりあえず娘がヒスイ地方を落ち着かせるまでは私預かりという事に決まった。私のミスが端を発するトラブルなのだし、そうするべきだろう。
 連れてきてしまったゾロアに私の手持ちの皆も興味があるようで、起こさないように静かに覗き込んでいる。起きた時に怖がらせないように少し離れている気遣いが出来る面々だ、この子もそう怖がらずに過ごせるだろう。多分。

 そんな事をしてる内にスマホが鳴る。見てみるとそこには娘からのメッセージと画像が添付されてた。クイーン鎮静完了、皆の協力もあって出来たよと。どうやら画像の方は協力してくれた人達とクイーンと呼ばれているポケモンを撮ったものらしい。
 見た事無いポケモンだなーと思っていたら娘から追加で、このポケモンドレディアなんだって! とのメッセージが来て目を疑った。ドレディアは私も知っているが、言葉で表すなら花のお嬢様とでも言う見た目だ。が、娘から送られてきたポケモンの姿はお嬢様と言うよりも踊り子というような風体だ。これも土地による変化、リージョンフォームという奴なんだろうか。
 だとすると、今私の膝の上で眠るゾロアも画像のドレディアも、今にその姿を残していないという事は過ぎゆく時間の中で置いて行かれたものという事になる。そういうものが少なくない事も知っているし、うちの旦那はそんな時間の忘れ物の欠片を拾い集めるような仕事をしている。だから理解は出来るけども、やはり少し寂しい事だなと思う。

 そっとゾロアを撫でると、触れられた事に気付いたからか目を覚ましてしまった。起こしちゃってごめんねと声を掛けると、まだ眠そうな目で私の顔を見上げて、一つ小さく鳴いてまた丸くなった。この様子を見るに、私はこの子から警戒しなきゃいけない相手ではないと思われているのだろう。伊達にトレーナーをやってた訳じゃない、ポケモンの警戒を解く術は心得てるつもりだ。
 また船を漕ぎ始めたゾロアを見ていると、手持ちの皆が小さかった頃を思い出す。今のゾロアよりも怖がりで、触れるのにすら一週間以上の時間を費やしたクマシュンや目を離すと何処かに走って行ってしまって追い掛けるのに苦労させられたドードーの思い出話なんかをすると、それぞれの面子が照れ臭そうにしたりその話は止めてと言うよに甘えてきたりする。こんな時間を過ごしていると思う。私は、良い子達に出会って共に過ごして来れて幸せだ、と。

・2月14日

 紅蓮の湿地での功績と実力を認められ、娘は新たな土地へと調査に向かっている。その場所の名前は群青の、海岸。娘が非常に苦い顔をしたのが手に取るように分かる。実はうちの娘、5歳の時に海に遊びに行って溺れた事があるのだ。その時は娘の異常に逸早く気付いたメタグロスが見た事無い程のスピードで海に飛び込んで、下から掬い上げるようにして娘を助けてくれたので難を逃れている。
 けどその際の溺れた経験がトラウマになってしまい、娘は腰より上まで水に浸かると焦ってしまう厄介な癖が出来てしまったのだ。それが足の届く深さならまだ青い顔しながらも上がってくるだけだからいいのだけど、足が届かないような場所ならもう大変。焦って動いてしまうのでどんどん沈んでいき、そのまま溺れてしまう。今では水場に近付く際はメタグロスとツンベアーが脇を固め、有事があった時は間髪入れずに助けているので平気だったのだが、今は二匹ともこちらに居る。正直心配だ。

 水タイプのポケモン、それも人を乗せたり助けたという逸話の多いラプラスでも連れていれば一安心も出来るのだけど、生憎連れてはいないらしい。けど水タイプのポケモンはどうやら手持ちに加えていたらしく、何かあってもいいように出してるというメッセージと画像が送られてきた。写っていたポケモンは、シャワーズ。これはまた結構珍しいポケモンを連れていると思ったけど、前に娘はイーブイを連れていたのを思い出した。なるほど、どうやら娘はそのイーブイにシャワーズという将来を選び取らせたようだ。抱っこしている自撮りで送られてきている辺り、懐き具合も上々そう。これなら娘の有事の際に助けてくれる可能性はありそうだ。

 とにかく気を付けてとメッセージを送って、一先ず娘との通信は終了。何事も無いといいのだけど、娘の現在の目標を思い出して深い溜め息を吐いた。全てのポケモンに出会う、即ち水棲ポケモン達とも出会う必要があるという事だ。娘のトラウマの事をアルセウスにも共有しておいた方がいいだろうと思い連絡を取ると、アルセウスから以外な事実を知らされた。

 アルセウス曰く、今娘が持っているスマホには娘が有事に陥った際に自動的に安全だと思われる場所まで転移させる加護のような物が宿っているらしい。緊急回避のような物だからして、娘の身に付けている物くらいならば一緒に転移してくれるが細かな道具等はその場に残してしまう可能性もある不完全な加護らしい。暴走パルキアの力の隙を縫って送られている力なのだし、不完全さは仕方の無い部分もあるのだろう。
 その加護は水難にも適応されるので、娘が溺れてしまったりすれば一先ず安全だけは保障してくれるだろうとの事だった。完全に安心とは行かないけども、落ち着けるカードとしては悪くない。本当に、アルセウスは娘の安全だけはしっかり確保してくれていて助かる。

 安心したところで、私の穿いてるジーパンの裾を少しだけ咥えて軽く引いている子に視線を落とす。さっきまでデスカーンに遊んでもらっていたみたいだけど、少し疲れて眠くなったからか私の方に来たらしい。抱き上げて膝の上に乗せると、安心したように体を丸めて休む体勢になる。
 保護したゾロアは最初こそ家の皆に怯えた様子だったけど、二日一緒に過ごしている内に自然と打ち解けて仲良くなったようでこちらは一安心。いきなり見知らぬ土地に放り出されて寂しがらないかなと思っていたけど、それは杞憂で終わりそうだ。なんせうちのポケモン達は面倒見が良い。ゾロアを怖がらせたり過度に疲れさせない塩梅で遊んであげるからゾロアも存分に楽しんでくれているのだろう。

 預かる上での厄介な点は、ボールにゲットしてる訳じゃないから出掛けた際に格納しておけない事。ちょっとした買い物くらいなら家のポケモン達に任せても大丈夫なのだが、私が長時間家を留守にしたりすると不安に駆られるらしく、外に出ようとしたり落ち着かなくなってしまうらしい。この子を預かってから初のアルセウスの依頼をこなして帰ってきた時なんか、大泣きしながら抱き着かれて宥めるのに酷く苦労させられた。仕方ないからそれからの依頼にはゾロアも連れて行ってる。勿論バトルに参加させたりはしないけども。
 旦那に預けてしまおうかとも思ったけど、旦那は見事にゾロアに怯えられ、更にしつこくゾロアの事を撫でようとした所為で完全に嫌われてしまった。今じゃ姿が見えたら半泣きで威嚇する始末だ。本人はポケモンを嫌いじゃないけど、ポケモンの気持ちの機微に疎いのは出会った頃から変わらない旦那の悪癖なのだ。

 今回の場合は旦那の学者としての興味が強くなり過ぎたのも原因ではあるけども。アルセウスの依頼が時間帯問わず発生する可能性があるので、私のしている事は旦那には伝えている。で、その依頼でのちょっとしたミスでゾロアを預かる事になったと言えば、ゾロアがどういった存在なのかを察するには十分過ぎる材料だったのだろう。見る目が学者としての好奇心に溢れていれば、慣れている私の手持ちの皆だって旦那から一歩下がるだろうし、まだ来て日の浅いゾロアが嫌がるのも当然なのだ。これも私が迂闊だったなと今は反省している。隠し事をあまりしたくなかったとは言え、もう少し伝え方は考慮するようにしよう。

・2月20日

 海岸での娘の調査は大分難航した。何せ相手は苦手な水場であり、二日は沿岸で遠巻きに海を見ながら調査をしていたくらいだ。が、やはりどうやっても海に出なければならなくなり、意を決して手段を探し、イダイトウというポケモンに乗るという方法で、ついに海に出られるようになったそうだ。それまでの地域でもアヤシシやガチグマというポケモンの力を借りているとは聞いていたが、思いの外ヒスイ地方のポケモンは協力的なようだ。娘から加護を受けている気配を感じ取って力を貸してくれているのかもしれないとはアルセウスの弁である。

 何故娘が海を渡らなければならなくなったかだが、どうやら海岸のキング絡みで一悶着あったらしい。娘曰く、なんでも盗賊団を名乗る人物達が海岸のキングであるウインディ、の子供だと勘違いされたガーディを攫って自分達に従わせようとしたなんて事件があったそうだ。
 また、海岸のキングは娘が調査を始めた時点で既に他界しており、娘的には不謹慎だけどキングに挑まなくてよさそうで助かったなんて言っていたけども、その事件の際に本当のキングの子供に当たるガーディが覚醒、ウインディに進化しキングを継ぐ事になったそうなのだが、継いだ途端に時空の穴から光が降ってきてウインディは暴走、なし崩しに鎮静化したという苦労話を聞かされた。いつも用意周到に準備する時間があるとは限らないのだし、そんな中でよく頑張ったねと送っておいた。緊急時に力を発揮出来るように娘が成長しているのは喜ばしいけども、向こうにも悪さを企てる者が居るものなのだなと呆気に取られた。土着の住民だとは言ってなかったので移民の一部が盗賊になったのだろうと思うのだけど、わざわざ渡り移った開拓地で盗賊になる者が出るとはどのような心境や環境なのだろうと少し心配になった。娘が戻ってきた時に擦れた性格になってないといいのだけど。

 一つ気になる事象についてアルセウスに尋ねた。海岸のキングの事案において、なりたてのキングに光が降ってきたという娘の話についてだ。状況から言って、穴の向こうに居る暴走パルキアはヒスイ地方の事を観測している。でなければキングが再び決まったタイミングで介入してくる事なんて出来ないだろう。
 となれば、娘は既に三つの地域で暴走させたキングを鎮静している。それは恐らく暴走パルキアとしては面白い事ではない筈だ。パルキアが計画を前倒しする可能性も十分考えられると思うのだが、それは大丈夫なのか? という疑問だ。
 アルセウスはそれに答えてくれた。パルキアがそう出来ない理由は一つ、アルセウスが与えた力がまだ自身に馴染んでおらず、完全に制御出来ていない。だからこそその力を馴染ませている間に自身の邪魔になりそうな物を破壊しておこうとヒスイ地方の強力なポケモン達、キングを暴走させようと力だけを送り届けているのだと言う。もしパルキアが力を我が物にしてヒスイ地方に降り立てば、キング以外のポケモン達すらも操り現状のトラブルが霞んで見える程の事態を引き起こすのも容易だし、実際に実行するだろうと言う。自分の意のままに出来るポケモンはそのまま利用すればいいだけだし、人は人だけでポケモンに対処するのはほぼ無理だ。その時点で詰みという事だ。

 そこまで聞いて、ディアルガがどうやって暴走パルキアを食い止めているかの予測が出来た。曰く、ディアルガは時を司るポケモンだ。それならばパルキアが力を馴染ませるのを時間を遅くするなりの方法で阻害する事も出来たのだろう。パルキアの力が強まった所為で時を止める事は出来ないけども、ってところではないかと聞いてみると、アルセウスからあなたは一体何者なのだと逆に聞かれた。ただの元トレーナーの主婦である。が、私の予測は当たったという事だろう。
 となれば、パルキアの覚醒までの残り時間が気になるところだ。幾らディアルガが阻害していると言っても、その時は近付いているのだろう。アルセウスはその辺りを把握しているのかと確認すると、恐らく多く見積もっても、あと20日あるか無いかだと言う。実際のタイムリミットを聞かされると、否でも応でも緊張感が増す。娘にはそれまでに暴走パルキアに対抗出来る力と手段を手に入れてほしいとアルセウスは言う。

 そんな方法があるのかと聞くと、他の地方では無理だったがヒスイ地方でなら手段があるらしい。が、パルキアが強いポケモンを片っ端から暴走させている今は娘をその手段に導くのは難しいそうだ。つまり、その手段にも何かしらのポケモンが関与しているという事だろう。
 その方法に娘を導く事が出来るタイミングは、パルキアが力を完全に我が物とする直前。一時的にヒスイ地方の観測を止め自身に集中する最終段階だろうとアルセウスは言う。その隙に一気に準備を整えてパルキアを鎮圧する電撃作戦、失敗出来ないその作戦の為に今は総力を持ってして準備と時間稼ぎをしていると。そんな刹那の見切りのような作戦で本当に大丈夫なのかと思わなくはないけども、今の時空を維持しつつパルキアを止めるにはそれしかないらしい。ヒスイ地方を犠牲にする事を厭わなければ、もっと方法もあるらしいが。

 無論そんな事は出来ないだろうし、その電撃作戦に賭けるしかないかと渋々納得した。正直言って、現状がそんなに切羽詰まったものだと思いたくはなかったけども。
 娘の手持ちのポケモン達は順調に鍛えられ、オヤブンポケモンやキング達と渡り合える強さにはなっている。タイプ相性等についても私が相談に乗りながら娘が選んだポケモン達に穴は少ない。とは言え、それが暴走パルキアに通じるかが私にとっても未知数なのが痛いところ。いっそ私がアルセウスの空間に踏み込んだ時のように暴走パルキアの居る空間に乗り込んで相手が出来たりすればいいのだけど、流石に命の危険が高過ぎるしアルセウスも繋いでくれはしないだろう。手詰まりの状況にまた溜め息が漏れる。何か出来ないかと思う度に、150年の時が壁になる。歯痒いものだ。

 少しの沈黙の後に、スマホからまたアルセウスの声が聞こえてきた。先程はパルキアが動き出すのを20日程と言ったが、それが早まる可能性があると言う。どういう事かと聞くと、ほんの少し前にパルキアの力が急に強まるのを感じたらしい。タイミングからみてそれは、娘が海岸のキングを鎮めた時。その話を聞いてふと娘が疑問に思っていると送ってきた事があったのを思い出した。キングを鎮めたら身に纏っていた光が空の穴の方へ飛んで行ったと。
 それはパルキアがキングを暴走させた力だ。キングがそれを拒んだからこそ主の元に戻ったのだろう。それにもし、纏わせたキングの力を幾らかでも吸い取り奪う力があったとしたら? 力はただ戻った訳ではない。キング達の力を奪ってパルキアに送る為の罠になる。放置すればキング達がヒスイの大地を傷付け、鎮めたり倒したりすればキング達の力をパルキアが手に入れる事になる。……面白くは無いけども、なかなかの戦略家っぷりだ。パルキアは随分優秀な部下じゃないかと皮肉をアルセウスに言うと、僅かな情報から答えを導き出すあなた程ではありませんと返ってきた。その声が疲れてる辺り、パルキアがここまでする事はアルセウスとしても予想外だったという事なのだろう。

 全て片付いたら、今度は無茶な事はせずに部下を労わってやりなさいとアルセウスに言うと、深く反省してそうしますと言う。私はこの言葉に言った通りの意味ともう一つ、そんな明日が来るように力を尽くそうという思いを込めたつもりだ。残念ながらそれがアルセウスに伝わるかは分からないけども。

 迫る決戦の時をアルセウスと確認し、通信は終わり。刻一刻と迫るその時に対して、私が出来る事の少なさに溜め息が漏れて、視線が下がる。そんな視線の先に居たのはゾロちゃん、保護したゾロアだった。心配そうに見上げるゾロちゃんを抱え上げて、深く椅子に座る。下を向いてたってその時は来る。なら、抗おう。例え出来る事が少なくても、何もしないでアルセウスや娘が頑張っているのを祈って待つだけなんて私は嫌だ。皆にも危ない事に付き合わせてるけど、もう少しだけ付き合ってと言うと、手持ちの皆はそれぞれに返事をするように鳴いた。今は時空の迷いポケモンを送り返す事だけだけど、何が起こってもいいように備えよう。

・2月21日

 新たな地域へと調査に出掛けると昨日送ってきた娘からとんでもないメッセージと画像が送られてきた。メッセージにはある人物の名前とこの恰好ってアレだよねとだけあり、画像にはその人物が写っていた。人物の名前は、ノボリ。ぼろぼろではあるけどもヒスイ地方には存在していない駅員のコートや帽子を被っているのが確認出来た。
 娘が言うにはノボリさんにはヒスイ地方に来る以前の記憶が無く、何故ヒスイに居るのか、何処からどうやってヒスイに来たかも分からない状態でシンジュ団に保護され、卓越したポケモンへの指示能力があった為ヒスイ地方での有力者が就く役職、キャプテンというのの一人に抜擢された人なのだと言う。

 送られてきた画像を見て驚いた。なんせノボリさんは私が見ているテレビに映し出されていたのだ。イッシュ地方のバトル施設、バトルサブウェイのマスターの一人ノボリ、数日前から未だ行方不明。なんて見出しのニュースでだ。
 すぐさま私はアルセウスにこの事を伝えた。アルセウスも驚いたようで、急いで確認すると言う。本来この時代に居なければならない人物がヒスイ地方に居る。これは間違い無く問題だ。
 一応娘には無理に元居た場所の事や記憶については触れないようにと伝えておく。記憶を失ったままというのも問題ではあるけど、戻って何か未来の事を話されてもタイムパラドックスが起こり兼ねない。ただでさえ不安定になっている時空にこれ以上の負担は与えたくない。
 どうやら娘はその人の案内の元に天冠の山麓という場所の調査に向かうらしいので、とりあえずはこっちで調べてみるから気にせず頑張りなさいと伝えた。首を傾げているであろう様子は予想出来るけど、今は疑問のままで居てもらおう。

 アルセウスからの確認結果が届くのにそこまで時間は掛からなかった。何やらヒスイ地方には今の私のように直接会話出来るポケモンが居るらしく、そこから得た情報らしい。
 結論から言えば、ノボリさんは間違い無くこちらの時代の人間で、どうもアルセウスでも補足の難しい小さな時空の歪みに巻き込まれてヒスイ地方に迷い込んでしまったらしい。そして、ヒスイ地方の手痛い歓迎を受けているところをアルセウスの協力者に助けられたそうな。で、その後襲われたショックや未来の事なんかを覚えたままヒスイで過ごしてもらうのは厳しかろうという事で一時的に記憶を封印したそうだ。もうとんでもない事をしたとは言うまい。
 ノボリさんもこっちに戻したり記憶を戻せたりするのかと確認すると、それは可能だそうだ。前提条件にヒスイの問題を解決するというのはやはり付くけども。申し訳ないけども、それまではしばし行方不明の状態を維持していてもらおう。

 けど今回の事で新たな問題が見つかったのは確かだ。アルセウスでも追い切れていない時空の歪みが起きているなんて、時空の安定性が著しく損なわれている事の証拠だろう。私もアルセウスからの依頼でオヤブンポケモンの相手をしているけども、最近じゃオヤブン以外の普通のポケモンが混ざっているのが恒常化している。オヤブンに比べれば鎮静化に苦労はしないけども、散り散りになられたら収集が付かない。明らかにここで君は場違いだというポケモンなら捕捉出来るけれど、恐らく捕らえ漏らしは発生していると思う。そういう意味でも残された時間は残り少ないんだろう。出来る限りで時間稼ぎはしてみるにしてもだ。

 考えている内にふと頭を疑問が過ぎった。こちらの時代から過去のヒスイに人やポケモンが迷い込めば、それはそのまま本来は有り得ない変化を生み出すだろう。ならば、逆はどうなるのか? 本来は過去に存在していた人やポケモンが未来に迷い込む。それは、過去からその人物やポケモンが消滅したも同義。ならば本来その者が歩む筈だった歴史はどうなるか? あまり考えたくはないが、それらは消失する。それによって引き起こされる事態は未来から過去への移動よりも重大な被害を起こす事は明確だ。150年の歴史がその者の分だけ消失する、それによって現在からどれだけのものが消えるかは、あまり考えたくはない。過去と未来の歪みによる繋がりが正常化したらアルセウスと協力してその辺りは徹底的に捜索しよう。

 当然この歴史の消失はゾロちゃんにも起こってしまう。それによって今から消えてしまうポケモン達の事を想えばこのままには出来ない。分かっていながらも、メタグロスの上で安心し切った顔で眠ってるゾロちゃんの様子に私は迷ってしまった。折角仲良くなったのに、と。ゾロちゃんを保護してしまったのは、間違いだったのかもしれない。保護したにしても、懐かせるべきではなかったのかもしれない。相変わらずの自分の詰めの甘さに嫌気がする。トレーナーの頃も、ジムリーダーに挑戦する度に言われたものだ。君はポケモンを大事にし過ぎる、リーグを目指す為には時に非情な選択を強いられる事もある、と。そんな言葉を突っ撥ねて歩み続けた結果、私はトレーナーというものに疑問を持ってしまった。頑張っているのはいつもポケモン達なのに、そんなポケモン達に対して非情にならなければいけないようなものにどれだけの価値があるのか、と。結局、カントー地方のジムバッチを八つ集めた頃にはポケモンリーグやチャンピオンへの憧れは無くなってしまい、それからはトレーナーではなく放浪者のように世界を見回った。その内に旦那と知り合いこうして主婦に落ち着いているのだから、これが私に合った生き方だったんだろうと今は思っている。

 なんて、昔を懐かしんで書いている場合でもない。またアルセウスから対処してほしいらしい依頼がスマホに表示されたので、今出来る事をやりに行くとしよう。ゾロちゃんの問題は、その時が来るまでは保留という事で。

・2月24日

 娘から無事に天冠の山麓の調査が出来てキングを鎮める事にも成功したと連絡が入った。何でも今回はキングの暴走はシンオウ様からの啓示だとして邪魔をしてくる人も居たらしい。あながち間違っていないだけに反応に困ってしまったけど、娘には暴走パルキアの事を話していないのだから余計な事は言わないでおく事にした。けど、そろそろ娘にもヒスイ地方で何が起こっているかを教えるべきかもしれない。

 アルセウスからの報告で、やはり山麓のキングが開放された時にグンとパルキアの力が高まったらしい。まだギリギリでディアルガも頑張って食い止めているようだが、このままパルキアの力が強まったらディアルガですら暴走の影響を受けてしまう危険があるそうだ。そんな状態で、娘からは最後の調査地である純白の凍土という地域に明日から向かうとメッセージが送られてきた。アルセウスから、ヒスイの地表から発せられている暴走の力はあと一つだと教えられている。恐らく、その純白の凍土と呼ばれる場所のキングに憑りついてるものがそれだろう。パルキアの力の高まり方から考えて、恐らくそれがパルキアの元に戻ればパルキアは最終段階に入るだろうとの事だった。場所が水場ではない事を考えても、今までの調子からの予想として娘がキングに挑むのに一週間も掛からないだろう。我が娘ながら、こんなに優秀な調査員に化けるとは夢にも思った事が無かった。調査上手なところは旦那の遺伝だろうか?

 こちらの状況としても、そろそろ私だけで迷い出てくるポケモンに対処するのが難しくなっている。なんせ一日に二度呼び出される程の頻度だ、一件片付けるのも楽ではないのだから戦闘してもらっている手持ちの面々にも疲労の色が見える。遊んでもらおうと近付いたゾロちゃんが皆の様子を見て、皆は大丈夫かと言いたげに私の方へ来るくらいだ。なるべく疲労の残らないようフォローはしているつもりだけど、それで誤魔化し切れていない事の表れだ。
 実の所を言うと、どうも私の顔色にもそれは滲んでしまっているらしい。今朝仕事に行こうとしている旦那に真剣なトーンで大丈夫かと心配されてしまった。現役の頃ならそんな事も無かっただろうと思うと、私もすっかりトレーナーから主婦、一般人になってしまったんだなと痛感する。バトルの方の勘は戻ってきている辺り、これも歳を取ったという事なのかもしれない。

 なんて、泣き言を言っても迫る脅威への対処が無くなる訳ではない。気持ちを切り替えて、皆に少しでも元気を出してもらおうと美味しい食事を用意する。この際に役立っているのが、アルセウスが届けてきたスパイスだ。
 あれを料理に使うと味が引き立つと同時に明らかに体に活力が湧いてくる。カレーに入れて食べさせた旦那もやけに元気になっていたし、これは間違い無くあのスパイスの効力だろうと考えている。
 この効果、人よりもポケモンへの効き目が強いらしく、食べさせた手持ちの面々は軒並み目に覇気が戻ったりと活性化したような反応を見せる。流石にこれは子供のポケモンに食べさせるのは危ないか? と思いゾロちゃんの食事には入れていない。まぁスパイスの効果が無くとも元気なので入れる必要も無いのだろうけど。無くなったら調達をまたアルセウスに頼んでみようかと今は考えている。帰ってきたら娘にも食べさせてやりたいところだし。

 最近では娘とのメッセージのやり取りで食事の話題はなるべく避けている。理由は簡単、話を振ると娘が発狂するのだ。一度だけ帰ってきたらハンバーグを作ってあげると送ったら物凄い勢いでハンバーグ以外の食べたい物が送られてきた。その後何かに憑かれたかのように画面いっぱいにひたすらいももちという文字の羅列がビッシリ書かれている怪文章が届いた時に、相当キテると嫌でも見せつけられた。仮にヒスイに残る道を娘が選んだとしても、とりあえず何かしらの現代食を食べに戻ってはくるだろうとちょっぴり安心もしたけども。
 とにかく体調は今のところ大丈夫なようだが、食欲的に娘も極限状態に陥っているようなので早急に事態が収まってくれる事を祈ろう。娘が食に憑りつかれた何かに変貌しませんように。

・2月28日

 娘から、コトブキ村を追放されたと酷く短いメッセージが送られてきた。前日に凍土のキングを鎮める事に成功したとの連絡をしてきたのに、一体何が起こったと言うんだろう。
 何があったのや今どうしてるのと言ったメッセージを送っても既読すら付かない。これは、とてつもなく不味い状況だ。娘は今、ヒスイ地方で孤立していると見て間違い無いだろう。

 何故そんな事になったかを確かめる為にアルセウスに連絡を入れる。案の定、ヒスイ地方では暴走パルキアの影響がついに形となって表れたらしい。
 実際に見た訳ではないのでアルセウスの表現をそのまま書き出すが、空が赤く染まり時空の歪みからはパルキアが放つ暴走の力が滲み溢れ、ヒスイの大地を包み始めたそうだ。
 そして、アルセウスはディアルガとも連絡が取れなくなったらしい。アルセウス曰くディアルガの意思の輝きというのはまだ感じ取れるらしくディアルガも暴走しているという事は無いようだけども、パルキアの力に苛まれているのは間違い無いだろうという事らしい。このままでは、ディアルガが呑まれるのも時間の問題だそうだ。

 頼れるのは、もう娘のみ。けど娘も心中穏やかではない。どうすればいいかと必死に考える中で、分の悪い賭けのような案が頭に浮かんできた。
 アルセウスに確認する。まだ、娘と私のスマホは繋がっているのかと。娘側から操作はされていないようだけども、まだ繋がりは消えていないそうだ。
 それならばと続ける。5分、いや1分でもいいから、娘と話せるか、と。それをすればアルセウスの介入方法がパルキアにバレて、唯一の繋がりすらも遮断されるだろうって事は理解している。けど強いショックを受けた娘の心に前を向かせるには、直接娘と話すしかない。メッセージすら見ない状況でも、繋がらない筈の通話の受信ならば娘も気付いて受ける筈。とは言え娘が受けなかったり伝える時間も無くパルキアに遮断されてしまえばその時点で詰む賭けだ。分は間違い無く悪い。
 それでもアルセウスもそのか細い糸のような可能性に賭ける事にしたらしい。命を懸けてでも10分は通話させてみせると言ってくれた。なら、後は娘と私がやるだけだ。

 アルセウスの用意が出来るまで待って、ゴーサインが出ると同時に娘へのコールを始める。一回、二回、三回と呼び出し音が鳴り、四回目が鳴り始めるかという時に、私と娘のスマートフォンは通話という形で繋がった。

 娘に聞こえるか尋ねると、涙声になりながらも聞こえるよという娘の声がスマホから聞こえてきた。それだけで気を抜けば泣いてしまいそうになったけど、それを堪えて伝えなきゃいけない事を伝えていく。
 娘に村を追い出された理由を訊ねると、やはり原因はヒスイの異常事態であり、それの原因が娘ではないかと疑われ、身の潔白を証明し事態を収拾しろと無理難題を押し付けられた上で追放されるという想定よりも重い状況だそうだ。娘が異常を引き起こした犯人として疑われているから、他の団体としても娘を保護する訳にも行かず途方に暮れる事になってしまったらしい。

 スマホから聞こえてくる音が、娘の泣いている声だけになる。当然だ、見知らぬ土地で勝手が分からないながらも自分のやれる事を必死にやってきた報いがこれでは救いが無さ過ぎる。散々娘に頼っておきながら事が起これば全てお前の所為だ等と宣ったギンガ団の団長とやらには行いを全力で後悔する程のキツイ一発をお見舞いしてやりたいところだけれども、今やらなければいけない事は娘の心を立ち上がらせる事だ。

 時間の制限はある中で、今までのやり取りから私が知っている娘の頑張りを一つずつ挙げていく。実際に傍に居た訳じゃない。けれど、娘が頑張ってきた事を私は知っている。それを、誇らしく思っている。そして、娘がその異常を起こしているなんて事は無い事も知っている。ずっと仲間だと思っていた人達に信じてもらえなかったのは辛いし、立ち尽くしてしまう気持ちも分かる。だからこそ私が伝えられる事がある。

 不意に、通話にノイズが入った。間違い無い、この繋がりが閉じられるようとしてる。閉じられる前に伝えなきゃいけない事を伝える。

 ショウが見知らぬ所で諦めずに頑張っている事、母さん嬉しいしずっと応援してる。ショウがただいまって言いながら帰ってきてくれる事を信じてるしずっと待ってる。だから、諦めないで。ショウがやってきた事は間違ってないし、それを分かってくれてる人や仲間が、必ず力になってくれるから。

 だから、諦めないで。もう一度そう伝えたところで、ぷつりと通話が途切れた。娘と、ショウとの繋がりが途切れた。そう思った途端に、涙が溢れて来た。あれがショウとの最後の会話になるかもしれない。もう、ショウに会えないかもしれないと思うと、涙が止められなかった。メッセージを送ろうとしても、返ってくるのはエラーばかり。私は、間違えてしまったのかもしれない。せめてメッセージを送れる状態を維持しておかなければいけなかったかもしれない。いざ連絡手段が無くなってしまうと、焦りで取り返しの付かない事をしてしまったという気持ちばかりが膨らんでくる。もう、ショウの安否を確認する方法も無い。
 そんな思いの中で一頻り泣いた後に、自分が温かさに包まれている事に気付いた。正体は、手持ちの皆やゾロちゃん。ポケモン達が泣いていた私に寄り添ってくれていた。

 これから先に、私が娘にしてあげられる事は一つ。電話で言った通り、ただいまって言って帰ってきてくれる事を信じるのみ。きっと娘なら立ち直ってくれる。そう、信じよう。

 ゾロちゃんを優しく抱きながらそう決意を新たにした時に、不意にスマホが鳴って心臓が止まるかと思った。落ち着かせるようにツンベアーが背中をさすってくれてる中で出てみると、通話先の相手はアルセウスだった。限界まで粘ってみたが、やはり強まったパルキアの力に圧されて通話は切断、再接続は不可能だと教えてくれた。ただ、上手く向こうの事態が鎮静化してくれれば再度、今度は完全に通信機能は復旧出来るし、アルセウスはアルセウスで娘のスマホに導きとやらを送信したそうだ。それで事態が好転してくれる事を祈るばかりだが、どうなるかは現地の皆に託すしかないとアルセウスも歯痒そうに言う。何か手立てはあるのかと聞くと、アルセウスはある物について教えてくれた。その物の名前は、赤い鎖。ヒスイ地方に暮らす三体の湖の守り神と呼ばれるポケモン達が作り出せる、神すらも鎮め世界を繋ぎ止める秘宝。それに辿り着ければ勝機はあるそうだ。因みに前に言っていた現地の協力者とは、その湖の守り神達の事だったらしい。事情を話して協力は取り付けているから恐らく大丈夫だろうとの事。言った後に非情に重い溜め息が聞こえてきたが、詮索はしないでおこう。

 とにかく手立ては残されている。娘がそれを手繰り寄せてくれる事を心から祈るとしよう。

・3月2日

 私は今、生まれてこの方無い程の決意を胸にバトルの用意をしている。挑むのは、暴走パルキア。いや、アルセウスの、神の位に至ったパルキアと言った方がいいだろう。
 娘はか細い可能性の糸を見事に手繰り寄せた。逆風の中で、それでも娘に味方してくれた仲間と共に湖の守り神達から赤い鎖を譲り受ける事に成功したのだ。と言うのがアルセウスが伝えてくれた吉報。問題はその後の報告にあった。
 その赤い鎖を携えて娘はヒスイ地方で最も神に近い場所とされるシンオウ神殿という場所に行った。現代の呼び方では槍の柱と呼ばれている場所だ。
 そこで娘は一匹のポケモンと対峙し赤い鎖を使用。暴走するポケモンを鎮め捕獲する事に成功した。そう、パルキアを食い止め必死に戦い、自身も暴走の力に影響され始めていたディアルガを、だ。

 やはりちゃんと話しておけばよかった。ヒスイにおいてシンオウ様と呼ばれているポケモンは二匹居るのだと。いや、伝えていたとしてもディアルガも暴走の兆候が出ていたのであれば、結局赤い鎖は使わざるを得なかったのかもしれない。
 けど、切り札を切ってしまいその切り札の存在に使うべき相手が気付いてしまった。ならばどうなるかは分かり切った事だろう。そう、パルキアは展開されている赤い鎖に力をぶつけ、鎖を破壊してしまったそうだ。
 万事休す、かと思ったのだが、どうやら鎖は破壊されてしまったがまだ力は残っており、その力を込めたモンスターボールを作りパルキアを封じるという最終作戦が持ち上がったそうだ。立案者がギリギリ思いついた本当に最後の手段という奴だ。

 この立案者こそ、ディアルガが正気に戻り状況確認が出来たアルセウスだ。どうもヒスイ地方にはアルセウスの力の根源の欠片とも言える鉱石、オリジン鉱石なる物が残っており、それに赤い鎖の鎮め繋ぐ力を込めればアルセウスと同等に近いパルキアでも捕らえる事が出来るかもしれないとの事。

 が、この方法には重大な問題があった。まず第一に、ボールを新たに作るにしてもパルキアがそれを悠長に待ってくれる筈が無い事。そして第二に、幾ら赤い鎖を用いたボールでもパルキアの力が膨れ上がった状態では破壊されて終わりだという事。赤い鎖やオリジン鉱石を再度集める余裕など間違い無く存在しないので、そうなってしまっては完全に万策尽きるという事だ。

 この問題を解決する方法はただ一つ。誰かがパルキアに挑み時間を稼ぎつつ、力を削り取る。ヒスイに居る娘は最後の捕獲を行う事が出来る唯一の存在だ。もし娘に何かあればどの道計画は破綻してしまう。と言うのも赤い鎖が少々厄介な代物で、湖の守り神に認められた者にしか効果を開放出来ないという一種のセキュリティが組み込まれているそうなのだ。そして、そのセキュリティはボールにも継承される。鎖を使っているのだから当然だろう。
 
 今現地で暮らしている人々ならばどうかと思ったところ、どうもディアルガに挑む前に娘がギンガ団の団長のデンボク氏とバトルをして勝利している。現状娘を除くとデンボク氏はヒスイでもトップと呼べる強さを誇っているらしく、そのトップを娘が打倒してしまった以上、神位パルキアに挑めと言っても被害が増えるだけだろう。

 そして白羽の矢が飛んできたのが、私だ。まず現代に居る私がどうやってヒスイ地方に居る神位パルキアに挑むのかと言うと、ディアルガが正気に戻りこちらの協力者に返り咲いた事により、ディアルガとアルセウス二匹による時空の歪み、いやそれよりも安定した物だから時空ホールとでも呼ぼうか。それを開けるらしく、私一人とボールに入れたポケモン達くらいならば、一時的にならヒスイに送れそうなのだと言う。
 危険さは口にされなくても分かる。それでも私に迷いは無かった。今までどうする事も出来なかった娘に直接力を貸せるチャンスだし、やらなければどの道現代は無事じゃ済まないんだ。それなら、ありったけをぶつけに行くだけだ。

 旦那にこの事を伝えるといつもはしない真剣な表情で、君が帰ってくるって信じて家で待つから、行ってらっしゃいと言ってくれた。その言葉を聞いて、誰かが帰りを待っててくれるのって良い物だなって改めて思った。私とのやり取りに、娘もそんな風に感じてくれていたんだろうか。そうだとすると私も嬉しい。
 各種道具や手持ちの皆が入ったボールを身に付け、アルセウスに用意が出来た旨を伝える。ディアルガが時空ホールの出現時間を調節するという事でしっかり準備をする時間を貰えて助かった。心持ちは、昔トレーナーとして全力で挑み続けていた時のもの。相手が強いのは当たり前。これはそれを乗り越え先に進む為の、挑戦だ。

 時空ホールが目の前に開く。いざそれに飛び込もうと思ったら、私の肩に何かがピョンと飛び乗った。正体は、家に置いて行こうと思っていたゾロちゃんだ。この先は危ないから来ちゃダメと言っても頑なに離れようとしない。私を真っ直ぐに見つめる目は寂しくて嫌がっているような素振りは無く、一緒に戦いたいと物語っていた。ボールに収納する前の皆と何か話しているような素振りが見えたのだけど、その所為だろうか?

 夫も一緒に説得して残るように促したのだけど、ゾロちゃんの決意は堅く私達が先に根負けしてしまった。絶対に私から離れない事をゾロちゃんにしっかりと言うと、ゾロちゃんは力強く鳴いて私の肩に乗った。その温かさが、なんだかとても心強く感じる。

 夫に行ってくると伝えて、ホールに飛び込む。いつものアルセウスからの依頼で慣れ始めていた時空移動だけども、穴の先からは今までに感じた事の無い強く荒々しい力の気配を嫌でも感じる。ゾロちゃんの身震いを感じて、大丈夫だよと声を掛けた。自分にもそう言い聞かせながら。

 意を決して、一気にホールを抜ける。その先は、神殿のような場所だった。どうやら周囲を見る限り雪山らしき場所に居るらしく、肌に冷たい空気が刺さる。けどそれ以上に、目の前の存在からの気配がビリビリと刺さる。
 体中の細胞が震えるように警告してくる。目の前のそれは、挑むべき者ではないと。それでも一歩も引く訳にはいかないと気持ちを奮い立たせ、皆をボールから解き放つ。
 パルキアは私達を一瞥して、丸まるような姿勢から体を伸ばす。その姿は、何処かアルセウスを彷彿とさせる。ふと、アルセウスが準備中に教えてくれた事を思い出した。ディアルガとパルキアは生み出した際は極めて強い力を持っていて、そのままでは時空を司るどころかメチャメチャに破壊してしまう為、力に一定の封印を施し姿も変えたのだと。通常のパルキアというのを見た事は無いのだけど、これは恐らくその封印が解けているのだろうと予想した。いや、そうであってくれと願ったが正しい。ただでさえもう逃げ出したくて仕方ないところにもっと力が強まるなんて事になったら、必死に繋いでいるこの勇気が間違い無く折れてしまうから。

 私達が戦う意思を見せる為に構えると、パルキアが嘶き金色の光の膜に包まれた。まるで全てを拒むような威圧感を放つその膜に、直感的に嫌な予感がして私はヨルノズクにサイケ光線を放つように指示を出す。眩い輝きを放つ光線がヨルノズクから放たれ、パルキアの膜に当たる。嫌な予感は的中し、攻撃を受けた膜には傷一つ付かない。当然パルキアも無傷だ。その様子に顔から血の気が引くのを感じながらも、六匹に次々と攻撃指示を出す。けれど、どの攻撃もパルキアに届かない。全て金色の膜に防がれてしまう。
 ポケモン達もその様子に焦り、散開して色々な方向、角度から攻撃を行う。けどその全てが無意味に終わる。パルキアはそんな私達をまるでうっとおしい羽虫でも見るかのような表情で見ている。はっきり言って、こんなもの戦いにすらならない。攻撃が攻撃として成立しない相手の力をどうやって削れと言うのか。

 どうすれば有効打を与えられるのかを私が考えようとしている時に、パルキアが動いた。まるで瞬間移動のようにドードリオの前に現れて、体を回すようにして尻尾でドードリオを吹き飛ばす。あんな細身の尻尾の何処にそんな力があるのかと思うが、現実にドードリオは直撃を受けて倒れてしまった。回復アイテムは持ってきているから回復自体は出来る。私がドードリオに駆け寄ろうとすると、フォローするように残りの五匹がパルキアの注意を引いてくれる。ドードリオの意識は、あるみたいだ。けど鍛えているドードリオが一撃で倒されるとは、間違い無く強いと予測していたとは言え想定以上だ。
 相手に攻撃は通らず、相手の攻撃を受ければ一撃で倒される。まるで悪い夢を見せられているようだ。が、私の手持ち達だってただでやられる程大人しくも臆病でもない。その場から動かずに攻撃してくるのは六匹がバラバラに動く事によって的を絞らせない事で対処する。瞬間移動からの不意打ちは流石に避けられはしないけど、姿が消えるのを確認すると全員が攻撃が来ると身構える事でギリギリ倒れてしまう程のダメージを受けないように堪えてくれている。あまりタフではないヨルノズクはそれでも耐えられないと読んだのか、私を乗せて飛び回る事でそもそも狙われないように立ち回る事を選んだ。無論ただの人である私がパルキアの一撃を受ければ一溜まりも無い。ヨルノズクから降りる事はしないが吉だろう。

 一瞬も気が抜けないとはいえ、攻撃の受け方次第でまだ耐えられると分かっただけマシになったと言える。相変わらず攻撃が一撃も通らないと言う問題が重く圧し掛かってくるけども。
 耐えられると言ってもパルキアの攻撃を受けてしまったポケモンは軽傷では済んでいない。随時回復はしているけども、その度に私が持ってきた道具は消費されていく。早急に打開手段を見つけないと、パルキアの力を削るどころかこちらが削り倒されてしまう。何とかしないとと焦りだけが募っていく。

 六匹の技を全て膜に試してみたけども、一切乱れもひび割れもしない。ここまで手応えが無いとなると、根本的に割れる物ではないのか? と思い始める。割れないとすれば、これはそもそも何なのか? 今持ち得る情報から答えを探す。金色の光で出来た膜、この金色の光というのは娘が今まで鎮めてきたヒスイのキング達が蝕まれたものだろう。そもそもヒスイのキング達が浴びた光は今戦っているパルキアが巻き散らしたもの、同じものと考えるのが普通だ。
 だとすれば、対処方法も同じか似通ったものではないかと思う。ヒスイのキング達はこの力の影響で暴走する事を拒んでいた。だからこそ娘はシズメダマでキング達を落ち着かせる事でその気持ちを表出させ易くし、キング達が自発的に力を手放すように促す事に成功した。
 現状の問題としては、パルキアは力に完全に呑まれてしまい手放す気が無い事。例え今パルキアに有効なシズメダマがあったとしても、それがパルキアに効く事は無いだろう。だとすればこの膜をパルキアから引き剥がす方法は、無い?
 
 私の思考が諦めで止まりそうになった時だった。耳元で不意に大きな鳴き声がした。見るとそこに居るのは、ゾロちゃん。そうだった、私はゾロちゃんを肩に乗せていたんだと我に返る。私が思考の迷子になっていた所為か、ゾロちゃんの目には少しだけ涙が滲んでいる。けど私を真っ直ぐ見つめる目からは、なんだか諦めるなと言われてるように感じる。そうだ、仮に諦めたとしても、後戻りする場所も時間も無い。私が引いて態勢を整えようとすれば、このパルキアは動き出しヒスイを襲うだろう。
 金色の膜を纏ったパルキアには娘も恐らく手を出せない。仮にパルキアを鎮められるボールが完成したとしても、パルキアに届かないのでは意味が無い。絶対に、この金色の膜は剥がし去らないとならない。
 頬を叩いて、正気に戻してくれたゾロちゃんにお礼を言う。手持ちの皆も諦めずにパルキアへのアタックを繰り返しているんだ、私が先に折れてどうする。勇気を結い直せ、気持ちを切り替えろ。思考を止めるな。ポケモン達が勝利出来る道筋を思考で切り開くのがトレーナーだ。

 不意に、自分が気持ちを奮い立たせる為に思った事の一つが頭に引っ掛かった。気持ちを、切り替える? 今のパルキアは強力な力と自分の野望で満ち溢れている。だからこそ金色の膜も割れも揺らぎもしないのではないか? そんな疑問が私の中で持ち上がった。だとすれば、そのパルキアの気持ちに僅かながらでも隙のような物を作る事が出来たら、それが活路になるのではないか?
 どの道このままでは私達に勝ち目は無い。少しでも可能性を感じたのならそれを試すべきだろう。とは言え、今のパルキアの気持ちを切り替えさせる事なんて私達に出来るのだろうか? パルキアにとっての気持ちの隙とは?

 考える事に集中し過ぎた結果、私は重大なミスを犯してしまった。目の前に、パルキアが居る。散々瞬間移動を警戒していたのに、頭の中で答えを掴もうと足掻いている内にヨルノズクへの指示が遅れてしまった。
 パルキアの口元に力が集まっているのが分かる。竜の息吹か、それに近い何かしらの攻撃。直撃すればヨルノズクも私も、ゾロちゃんも無事では済まない。けれどもうパルキアは撃ち出す体勢に入っている。不味い、不味いと考えながらも、やけに時間の流れが遅く感じる。ゆっくりと、しかし確実に死の恐怖が迫ってくる。

 けどパルキアの技が発動する前に、私達とパルキアの間に一つの影が滑り込んだ。影の正体は、私のジバコイル。まさか、盾になろうとしてる!? そう考え逃げてと叫んだ私の予測は覆される。ジバコイルは私を守ろうとしていた。けど、自分を犠牲にする気など無かったのだ。
 激しい電撃を纏うジバコイルの体から、今にも技が撃ち出される直前と言わんばかりのパルキアの開かれた口の中へ、一直線の収束された電撃が迸った。

 ジバコイルの放った電磁砲の直撃に、パルキアは悲鳴を上げる。攻撃が、通った? 何故? その答えは実にシンプルだった。金色の膜は相手からの攻撃を防ぎ自身の攻撃のみを通す。なんて便利には出来ていなかったのだ。
 強力過ぎる膜の防御はパルキア自身の技さえ減衰させていた。何度も攻撃し攻撃を受けて必死に耐えていた六匹はその事に気付いていたのだ。本当に、トレーナーとしてその事にジバコイルの一撃の後に気付かされるとは、迂闊も甚だしい。
 そして皆は狙っていた。膜が無くとも硬く攻撃を通さないパルキアが、見て取れる中で唯一体内を露わにする場所を晒す事を。私を確実に潰す為に、強力な技を放つ事を。本当、私の指示無しでこれほどの作戦を練り上げた皆に頭が上がらない。その作戦で私は生き延びられただけでなく、活路すら切り開かれるのだから。

 つい先ほどまで無傷で居たところに強烈な一撃をもろに受ける。どうやらこれはかなりパルキアを動揺させたらしい。目視出来る程に金色の膜が、揺らいだ。その隙を見逃さないとでも言うように、皆がそれぞれに残しておいたありったけの力を込めて技を練り上げていく。
 私の撃って! という号令と共に、それらは一気に開放されパルキアに襲い掛かる。技を受ける度に金色の膜は衝撃によって歪む。空間が軋みを上げるかのような音が響く。ここだ、この一瞬を逃さず全力を叩き込めばパルキアの防御を破れる。私の直感を膜に入り始めた亀裂が確信に変えた。けどこちらの力も十全に残っていた訳ではなかった。一匹、また一匹と技が尽きていく。私の乗っているヨルノズクも限界を悟ったのか、落ちる前に降りる事を選ぶ。もうヨルノズクが作ってくれていた安全圏に頼る事は出来ない。

 パルキアを包む金色の膜は、今にも砕けてしまいそうな程にひび割れが入っている。けどまだ破壊に至っていない。あともう一押し、誰か技を使えないかと見回す。ドードリオは息も絶え絶え、ジバコイルは辛うじて浮いている様子。ヨルノズクは私の前に立ち塞がってくれてはいるけど、疲労の色は濃い。
 おかしい、もう三匹が見当たらない? そう疑問に思っている時だった。私の方を怒りの形相で睨むパルキアの後方から、何かが上空に跳び上がった。それが何かを理解するのにそう時間は掛からなかった。打ち上げられた最後の希望の正体は、メタグロス。一際重量のあるメタグロスを最後の力で放り上げたであろうツンベアーとデスカーンの遠吠えに押され、輝きを纏ったメタグロスの拳が金色の膜に、刺さる。

 砕け散る金色の膜、そしてそのままメタグロスのコメットパンチはパルキアを確実に捉えた。メタグロスの重量がそのまま威力に直結する状態で放たれたコメットパンチは、さしもの神に至ったパルキアにも耐えられなかったらしい。押し潰されるようになった後、パルキアの体から力が抜けて姿が変わった。桃色の竜のような姿にはなったが、どうやらまだ意識は残ってるらしい。立ち上がり、こちらを見つめている。
 けどその視線には、先程までのような怒りや傲慢さは感じなかった。ひょっとして、元に戻ったのか? と思ったのだけど、そうは問屋も卸さないという奴らしい。砕けて粉々になった金色の膜が光に戻り、集まってまたパルキアの体に取り込まれていく。また、パルキアの体から威圧感が溢れてくる。けどそれは明らかに、私が相対した時よりも弱まっている。役目は、果たせたのだろう。

 どうやらパルキアの力が弱まったのをアルセウスも気付いたようだ。私のスマホが鳴り応答するとアルセウスが出る。どうやら娘側の用意も完了し、今こちらに向かっているそうだ。ならば本来この場に存在してはいない者である私は、舞台を降りるとしよう。
 先程とは打って変わって、体に入り込んだ力に苦しめられてる様子のパルキアに向き直って、あなたの事はきっと私の娘が開放してくれるからと伝えた。赤い鎖やそれから作られたというボールを持たない私からしてあげられる最後の気休めだ。ほんの少しだけパルキアの苦しむ顔が和らいだように見えたのは、錯覚じゃないと信じよう。

 私の横に時空ホールが出来た。死力を尽くしてくれた皆をボールに回収し、それに向き直る。このまま後少しだけこの場に留まれば娘の顔を見られるかもしれないけど、どうやらまたパルキアが力に吞まれかけている。視線からも早く行けと感じるし、本当に名残惜しいけどホールへと飛び込んだ。
 そしてそれから気付く。折角ゾロちゃんをヒスイの地に戻せたのだからそのまま置いてくるという選択肢があったという事に。まぁ、肩から私の腕の中へ嬉しそうに飛び込んでくるような子をいきなりポッと置いて来るのも忍びないし、恐らくいつでも戻せるようになるんだ。今くらいは甘えてきたゾロちゃんを可愛がるとしよう。戻ったら手持ちの皆の手当や労いで忙しくなるのは目に見えている事だし。

・3月4日

 パルキアとの決死の激闘から早二日、現在私は朝の家事を終えてまったりとテレビを観ている。なんと言うか、普通の日常ってこんなにも穏やかだったかとちょっと感動しているくらいだ。
 あの後、どうやら娘対パルキアの最終決戦は無事に娘がパルキアを鎮め、作られた例のボール、オリジンボールによって捕獲する事に成功。パルキアを狂わせていた力から切り離せた事によりパルキアは正気に戻り、霧散して次の宿主を求めようとしてた力はアルセウスがきっちり浄化して回収したそうだ。つまり、パルキアの暴走から端を発したヒスイ地方崩壊事象は、ついに綺麗さっぱり解決した訳だ。

 当然時空の歪みの発生も収まり私が対応していたアルセウスからの依頼も来なくなった。けど、全てが一気に解決した訳ではなくこれ以上悪化する事が無くなっただけで、これから問題が起こらぬようじっくりと修復をしなきゃならないらしく、完全に修復されるまでは突発的に時空が歪んでしまう事はまだあるようだけど。それでもそれはアルセウスやディアルガ、元に戻ったパルキアが対応するから私はお役御免のようだけど。

 娘との通信、及び通話もアルセウスが復旧してくれたお陰で再び繋がるようになった。のだが、当の娘はまだ帰ってきていない。通話で聞いたら、まだやり残した事があるからそれが済むまではもう少しヒスイに居ると言う。問題が解決した事で娘はまたコトブキ村に戻れたようだし、追放される前より待遇が良くなったらしいから大丈夫だとは思うのだけど、早く元気な顔を見せてほしいものだ。

 問題が解決した兼ね合いで触れておくべき事がもう一つあった。そう、ゾロちゃんの事だ。今はようやくあの激闘のダメージが抜け切って元気になった手持ちの面々と遊んでいる。そう、ゾロちゃんはまだこの家に居るのだ。
 ゾロちゃんをヒスイに戻すに当たって、一つとてつもなく重大な問題がある事をディアルガが調べて教えてくれた。ゾロちゃんはヒスイ地方に戻す事になった場合、戻した後に、死んでしまう事が確定しているそうなのだ。

 どうやらゾロちゃん、こちらに迷い出てしまう事になる時空の歪みに落ちる前、高い崖から足を踏み外して落ちてしまったらしい。本来はそのまま地面に叩き付けられてしまうところに時空の歪みが発生、それに飛び込み流され、勢いが殺された状態でこちらに迷い出てしまった事により一命を取り留めていたそうなのだ。
 
 ここからが問題で、もしゾロちゃんをヒスイに戻す場合こちらでの生活の記憶を向こうに持って行くのは色々と不都合があるらしく、ゾロちゃんの時間は時空の歪みに飛び込んでしまう少し前まで戻される形で戻る事になるそうなのだ。そう、崖からの転落死という、決定してしまっている運命をなぞる為に。
 そんな事を聞かされてはい分かりましたとなるような人物では私は無い。ゾロちゃん一匹が増えても家の負担的には十分に賄えるし、アルセウス的に問題が無いのならそのままうちの子として迎え入れると伝えた。当然ゾロちゃんにも意思は確認している。ヒスイに帰りたいか、仲間に会いたいか、と。まぁ、今この家で暮らしているという事自体が、ゾロちゃんの出した答えなのだけれども。

 アルセウスとしても、本来は命を落としていたポケモンがヒスイに戻って生き永らえるのはその後の歴史に影響が出てしまうかもしれないけど、全く関連の無い場所の未来で生きていくのならば目は瞑れると納得してくれた。大分百歩譲ってという感じだったから、特例中の特例のような感じなのだろうと思う。散々頑張ったのだし、神様ナイズのお駄賃だという事にしてもらっておこう。

 とにかく、ようやく私は普通の主婦の生活に戻った。後は娘が帰ってくれば元通りだが、自分がやると決めた事をやっているようだし、それは気長に待つ事にしよう。約束のご馳走を食べに絶対帰るからと本人が言っていたし。

・3月6日

 コトブキ村を追放された時程ではないが、娘から落ち込んだ声で電話が来た。どうも追放された時に助けてくれた人と何かトラブルがあったらしい。名前は、ウォロさんと言うそうだ。

 娘もなんであんな事になったか分からないと前置きをして状況を教えてくれたのだけど、どうもそのウォロさん、何処かで聞いたような新たな自分だけの世界を創るという野望があり、その為にアルセウスに会おうとしていたそうなのだ。しかもその鍵だと思っていたらしいプレートと呼ばれる石板を娘が複数、というか殆どを持っていたそうで、それを巡ってバトルになったりその最中にディアルガ、パルキアと並ぶ第三の管理者とも呼べるポケモンのギラティナが襲ってきたりと大変な目に遭ったらしい。というか、ウォロさんはどうもギラティナに唆されてそうなったらしい。
 とにかくかなり激戦になったようだけど、ウォロさんとギラティナを娘は無事撃破。したんだけど、それが原因でウォロさんはヒスイ地方から姿を消してしまったそうだ。娘としても苦しい境遇の時に親身に助けてくれた人とそんな別れ方をしてしまったのがショックだったらしく、落ち込んで私に電話してきた、と。事の本末はそんなところだったようだ。

 人にはそれぞれに思い描いた夢があるし、出会いや別れも沢山あるものだと励まして、とりあえず落ち着くまではゆっくりしなさいと伝える。そして、聞いた事のある文言が出てきた事を伝える為にアルセウスに連絡を入れた。まさかまたやらかしたか、あの時の力の残滓に回収漏れがあったんじゃないかと確認する為に。

 結論から言えば、やらかしも回収漏れも無くウォロさん当人の優秀過ぎるが故の孤独感のような物から派生した自分なら何でも出来る、新たな世界を築けるという万能感からの暴走だろうと推測された。所謂、拗れた中二病である。しかしギラティナを従えようとしたりする行動力は本物だったからして、ヒスイ地方の時代では本当に成し遂げる寸前までは行けていたかもしれないとアルセウスは続ける。どの道新たな世界を願う先であるアルセウスにそんな気が無いので、達成される事の無い野望ではあったのだけれども。

 パルキアもそうだったけども、自分が神や支配者となれる新しい世界というのは、そんなに魅力的なものなのだろうか? 思考が一般市民な私としては、家族や気の合う連中と笑って過ごせる今以上の世界なんて別に欲しいとは思わない。けど、凄まじいまでの力や優秀な技能や知性を持つ者にとっては、自分ならもっと凄い事が出来ると思いながらも普通な日常を送り続けなければならないと言うのは、ひょっとしたら思っている以上に苦痛な事なのかもしれない。そう考えると、自分の感覚が普通で良かったなと思う。世界の支配なんて、一人の人間の手の平には大き過ぎるもの。

・3月8日

 娘の方はウォロさんショックから一応立ち直り、やりたい事へのラストスパートを頑張ってくると電話が来た。そう言えばと思い、まだ聞いていなかった娘のやりたい事とは何かを聞いてみる事にした。すると娘はあっさりと答えてくれた。

 娘のやりたい事、その正体とは、自分をこんな大変な事に巻き込んだアルセウスを直接ボッコボコにしてやるんだ! との事だった。我が娘ながら血気盛んである。

 出掛けるという娘との通話を終えてその事を今日遊びに来た来客達に伝えると、目の前の金髪の男性は酷くバツの悪そうな顔をする。そう、アルセウスの人型の分け身、アルさんである。
 諸々の事態収拾に目途が付いたので、今回の問題解決のお礼に来たそうだ。それとあと二人程一緒に来た人達が居る。一人は青髪の親しみ易そうな男性、もう一人は、家に入るなり残像でも見えそうな土下座をかました金髪に桃色の髪飾りを付けた女性、というか女の子。アルスさんが連れて来た二人という辺りで大体予想は出来ていたけど、それぞれディアルガとパルキアの人としての姿だそうだ。アルセウスが出来るように、どうやらこの二匹もそう言った事が出来るらしい。

 来訪の目的も正体を聞いて大体予想出来た通り、今回のお礼とお詫びを直接しに来てくれたそうだ。ポケモン体の方はヒスイでまだ娘と冒険してるようだから、ある程度意識を移した分身体という事らしい。
 パルキアはどうやら私と戦った事を覚えているらしく、あの金色の膜を破壊し一時的にでも自分を正気に戻してくれた事を物凄く感謝された。どうやらあれがあったお陰で通常時のパルキアがあのパルキアの中で目覚める事が出来、再度あの膜が創り出せないよう阻害する事が出来たのだと言う。あれの攻略には肝を冷やされたけど、それが功を奏していたという訳だ。もう一度やってくれと言われたら丁重にお断りさせてもらうけども。

 その後はお茶を一緒に飲みながらしばしの歓談。アルに娘のやりたい事は叶えられるのかと確認すると、ヒスイ地方にポケモン体のアルセウスを送ってあるので大丈夫だと言う。私に痛めつけられた上に娘にまで挑まれるのは少々可哀想かなと思うけど、娘としても色々あった事だし相手をしてもらうとしよう。

 お茶も無くなりそろそろお開きにしようかと言う時に、アルは一つの箱を取り出した。開けてみると、例のスパイスの詰め合わせが入っていた。結構使ってしまっていたから助かると受け取り、そう言えばと思いこのスパイスについても聞いてみた。明らかに食べたポケモンは元気になっているし、人間にも効果がある。私的にも肌の張りなんかが良くなっているので助かるが、逆にどういった物かは気になるところだ。

 曰く、パルデア地方のパルデアの大穴という場所で見つかった極めて高い滋養効果のある植物を粉末にした物で、深く傷付いたり弱ってしまったポケモンでも回復させてしまう程の効果がある物なのだそうだ。過剰な摂取はポケモンの体を異様に大きくしたり能力を強めてしまうので危険だけど、料理に混ぜて食べる程度なら問題無いそうだ。無論料理の味をワンランク以上引き上げてくれるのも食べた私自身が知っている。くれると言っているのだし有難く貰っておこう。

 ふと時間を見ると、そろそろ昼食時だった。そこで思い付きに三人に提案してみる。折角だから卵にでもこのスパイスを混ぜて焼いてみようと思うが、食べていく時間はあるか、と。反応は言うまでも無いだろう。今日の昼のオムレツ作りは少し頑張るとしよう。三人以上に家のポケモン達の視線がキラキラしている事もあるし。

・3月9日

 ついに娘からやり残した事をやり遂げたと連絡が入った。ヒスイ地方の全てのポケモンと出会い、アルセウスの元へ辿り着き、そして宣言通りにボコボコにした上で捕獲したようだ。娘の声が物凄く晴れやかだったので、さぞストレス発散になったのだろうと思う。ポケモン体のアルセウスには申し訳無い気持ちが少々あるけども。

 これで心残りは無くなったという娘に、それならすぐに帰ってくるのかと確認する。帰り方については私が思いついたという体で娘に伝えているので娘も知っているし、ディアルガとパルキアも力を貸すと承諾済みだ。とは言え、恐らくすぐに帰ると言わないのは予測済み。案の定娘は一日待ってほしいと言う。当然だ、ヒスイで結んだ絆との踏ん切りを付けないとならないだろうし、仮に娘が向こうに再度渡るとしても数日以上は空ける事になる。挨拶なり何なりをする時間は必要だろうと思っていた。

 それならこちらは帰ってきた時用の用意をしておくと伝え、帰ってきた時に真っ先に食べたい物を確認する。カレーカツ丼パスタハンバーグ添えなる未知の料理を頼まれそうになったがどれかにしなさいと言うと、真っ先に食べたいのはハンバーグというので承諾。カレーやカツ丼は随時用意してあげるとしよう。

 手持ちの皆に娘が帰ってくると伝えると、皆一様に喜んでいる。ゾロちゃんはどういう事? とでも言いたげな様子だけど、遠くに言ってたお姉ちゃんが帰って来るんだよと言いながら抱っこしてあげると意味は分からないながらも嬉しそうにしている。私も勿論嬉しいのだが、その後どうするのか、娘の選択についてやはり頭の片隅で気になっていた。帰ってきて一息吐いた後、やはりヒスイでの冒険や出会った人、ポケモン達の事を忘れられなくて向こうで生きていく事を選ぶという可能性はある。そうなってもいいように、心構えだけはしておくとしよう。

 夕方になって旦那が帰ってきたので勿論娘の事は伝えた。嬉しそうにしつつ目には歴史研究家としての輝きを宿しているのは見逃さなかった。研究している時代に迷い込んで散々冒険してきた娘が帰ってくるのだし研究家として聞きたい事が目白押しなのは分かるが、まずは娘を労ってあげる事を忘れるなと釘を刺しておいた。ギクッとした辺り、釘を刺しておいて正解だったようだ。

 皆で夕食を囲んで食べ終わり、寝る前のゆったりとした時間を過ごしている時だった。旦那が急に思い出した話をしてくれた。
 どうも旦那の祖先に当たる人、なんとヒスイ地方の開拓民の中に居たと言うのだ。何故か名前は残っていないらしいのだが、道具作りが上手く様々な道具を自前で作り開拓の一助をしていたと伝わっているらしい。もしかしたら娘が出会ってるかもしれないと暢気に言っているけども、旦那も娘もタイムパラドックスの影響で最悪存在の消滅、なんて瀬戸際だった事に気付いているのだろうか? それを知っていたら私は多分二割り増し位に気合いを入れ直して事に当たっていた。本当、何事も無く乗り切れて良かった。失敗していたら家族消失なんて洒落じゃ済まない。本当に、そういう肝心な事は真っ先に思い出してほしいものだ。

・3月11日

 ついに娘が帰って来る日が来た。何時でも自分のタイミングで帰って来なさいとは言ったけども、いざとなるとそわそわと落ち着かない。とりあえずハンバーグのタネを捏ねながら今か今かと逸る気持ちを落ち着かせる。ヒスイに飛ばされた時の様子から考えて、玄関から帰って来るのではなく二階の娘の部屋から出てくる筈なのでポケモン達にも二階に行かずにリビングで待機するように言っている。じゃないと全員娘の部屋で待機しそうだったから。

 不意に二階からドタンバタンという音が聞こえてきた。途端に飛び出して行こうとしたドードリオはデスカーンに捕縛されているが、全員が立ち上がってリビングの扉に注視する。暫くは静寂が場を包んだが、階段を下りてくる足音が聞こえてくる。そして、リビングの扉の前に人影が見え、扉が開かれた。

 お帰りと声を掛けようとして、一瞬固まってしまった。そこには服装は違うけども確かに娘の姿があった。のだが、その後ろに見た事の無いポケモンの姿があったのだ。
 場を包んだのは、どちら様!? という疑問。固まった私達を見て娘は苦笑いを浮かべながらただいまと言う。そして、なんか一緒について来ちゃった私の相棒ですと続ける。娘の反応からして、多分予想外の事だったのだろうと推測しながら、ようやく私の口からはお帰りという言葉が出たのだった。

 涙目になりながらハンバーグを食べている娘に話を聞くと、昨日一日を使ってコトブキ村の人達やギンガ団、それからヒスイ地方の人達に挨拶周りをしたり調査の際に捕まえたポケモン達を開放したりして過ごし、最後の一晩を一緒に冒険をしてきた手持ちのポケモン達と過ごして今日を迎えて、皆に見送られる中でディアルガとパルキアの作ってくれた時空ゲートを潜ったのだけど、その際にずっと一緒に過ごして来た相棒のジュナイパーが一緒にゲートに飛び込んでしまったそうなのだ。最初から最後まで苦楽を共にしたのだから別れたくなかったのだろう。そして娘とジュナイパーは時空ゲートを超えて自室に帰還、今に至るという訳だ。

 メッセージではあるがこの事をアルセウスに伝えると、聞かなかった事にしますと返ってきた。ゾロちゃんに次いでのお目溢し案件第二弾が可決した、という事だろう。娘も相棒君も私以上に頑張ってきたのだから、それ位のお目溢しがあってもいいのだろう。
 娘の相棒君は何やら私の手持ち達と話をしてるようだ。ポケモンの事はポケモンに任せるのがいいだろうし、そっちは任せるとしよう。

 一頻りハンバーグを堪能したところで娘がゾロちゃんに気付いたらしい。物凄く驚いた様子で、なんでヒスイゾロアがうちに居るの!? と聞いてきた。詳しく話すと長くなってしまうので割愛したが、こちらであった事を掻い摘んで娘に話しゾロちゃんの事は説明した。娘としても何やら納得というような表情をしているし伝わったらしい。流石に今もアルセウスと連絡を取り合う仲であるとは伝えなかった。ようやく帰って来れたのだし、今はゆっくり休ませたいし。

 家に帰って来れて安心したのか、暫く感動しながらテレビを観ていたと思ったら娘はソファーに横になり眠っていた。その様子をくすっと笑いながら毛布を持ってきて掛けてあげる。そんな娘の傍らから離れず、見守るように相棒君は腰掛けている。ここは警戒しなくても大丈夫よと声を掛けてみたけども、相棒君からすればここも見知らぬ場所だ。警戒が解けるまでは時間が掛かるだろうと無理に寛ぐ事を促すのは止めた。代わりに、ずっと娘を守ってくれてありがとうと声を掛ける。意味は伝わったらしく、すっと頭を下げて見せてくれた。どうやらすこぶる賢い子のようだ。こんな子が娘を守ってくれてたんだなーと、なんだか嬉しくなってそっと頭を撫でてあげた。ちょっと恥ずかしそうにはしてるけど、まんざらでも無さそうだ。

 口を開けて気持ち良さそうに眠る娘の様子を見て、色々聞きたい事はあるけど後日にしようと決めた。今日はこのまま何を気にする事も無く寛がせてあげる事にしよう。旦那にも先んじてそう伝えておくとしよう。

・3月13日

 不思議な音色が聞こえると思い音のする方に行くと、庭で娘が何かを吹いていた。白い筒のようなそれに娘が息を吹き掛けると、また独特な音色が広がる。下の部分を指で覆ったり外したりで音色を変えているらしい。

 何吹いてるのと聞くと吹いていた白色の筒、カミナギの笛について教えてくれた。ヒスイ地方での調査を手伝ってくれたポケモン達を呼ぶ時に使っていた物で、そのポケモンに認められ覚えられた事の証でもあるそうだ。こちらに帰って来る時にヒスイの仲間であり救ってくれた英雄である事を忘れないようにと貰った物なんだと言う。
 ずっと使っていた物じゃないの? と聞くと、使っていた笛はアルセウスに会う前に別の笛に変化してしまったので改めて貰い、その変化した笛は神との謁見を可能とする笛として、祭器としてヒスイ地方に残してきたという。貰うならずっと使ってきたこっちの笛の方が良かったからというのが娘の言葉だ。

 他にも娘は思い出の品や忘れないでと贈られた記念品を幾つか持ち帰っている。帰って来た時に着ていたギンガ団の制服だという服も綺麗に洗濯して保管している。旦那が歴史的が計り知れないー! と興奮していたけど、どれも娘の大切な思い出なので研究したりするのは強制的に諦めさせた。娘がこれなら自分が作った物だからいーよと言った物は凄い勢いで受け取って自分の仕事場に持って行ってたけども。まさかモンスターボールまで自作して使っていたというのには驚かされた。確かガンテツという職人さんが今でも手作りのモンスターボールの技術を受け継いでるとは聞いたけど、娘がそれを本場で学んで得て来るとは思わなかった。

 吹き終わった笛を綺麗に拭いて、娘は遠い目で空を眺めている。想いは遠くヒスイの地を馳せると言ったところだろうか。
 そんな様子を見ていて、つい口からヒスイ地方に戻りたい? という問い掛けが出た。いずれ聞こうとは思っていたけど、言ってから早過ぎたかなと思う。
 娘は少しだけ考えた様子をした後にこう言った。忘れられない思い出もいっぱいあるし大切な人達もいっぱい居るけど、私は今で頑張ろうと思うと。これからヒスイ地方を良くしていくのはヒスイ地方で生きていくと決めて渡ってきた皆の方が良いに決まってるし、私は私の明日をこれから作っていくからと言ってきちゃったしと笑って言う。私が思っていた以上にヒスイ地方での冒険は娘を強く立派に成長させたようだ。娘の決断にそっかと答えながら、自然と私の手は娘の頭を撫でていた。

 自分の明日を作るって言うのは具体的に何をするのかと聞いてみると、それはまだ決めていないらしい。けど、皆があれからどう過ごして、ヒスイ地方がどうなっていったのかを見たいから、シンオウ地方には行ってみたいなと言っている。良いと思うと答えて、けど行く時はちゃんと行ってきますって言って行きなさいよと笑いながら伝えた。娘も今度は突然居なくなったりしないよーと笑っているから、きっと大丈夫だろう。流石に人生で二度も何処かの神様に攫われる、なんて事は起こらないだろうし。

 今はとりあえずお母さんのオムレツが食べたいなと娘からのリクエストが出たので、それじゃあ作ってあげますかと昼食の用意の為に家の中に戻る。折角だしあのスパイスも使おうか。娘の好みの味に調整すればきっと気に入るだろうし、連日こっちの料理に目を輝かせている娘の相棒、ジュナ君も喜ぶだろう。いつか娘が旅立つ時までに、しっかり母の味を堪能してもらうとしようか。

・3月15日

 リビングでテレビを見ていたら驚くべきニュースに娘と共に釘付けにされた。行方知れずだったサブウェイマスターのノボリ氏が見つかったという。すっかり忘れていたけどそうだった、ヒスイ地方に迷い込んだ人はもう一人居たのだった。

 テレビに釘付けのままの娘に気付かれないようにアルセウスに連絡を入れると、ようやくヒスイ地方の時空修復が概ね終わり、ノボリ氏を現代に送り返せたと言うのだ。そういう事は先に教えてくれと文句を入れて通話は終了。ニュースではノボリ氏は記憶の混濁はあるようだけど体調は概ね良好、今は相方のクダリ氏が付き添い療養生活をしてるらしい。

 ニュースが終わった途端に娘がノボリさんに会いに行く! と言い出した。が、相手が居るのはイッシュ地方だ。ちょっと行ってくるって距離じゃない。けど娘の決意は堅いらしく、目がやる気に燃えている。

 アルセウス曰く、記憶は消したりせずに徐々に戻ってくる記憶と馴染むように調整したという事らしいので、恐らくヒスイ地方の事は覚えているようなので、娘が会いに行けば何かしらのアクションはしてくれそうだ。もうどうやって行くかを娘は思案しているし、止めるだけ野暮と言うものだろうと高を括った。ジュナ君も私の手持ちメンバーと互角、とまでは行かないけども戦えるくらい頼りにはなるようだし、ボディガードとしては申し分無し。本当に行くのならば、あと誰かを同行させれば大丈夫だろう。

 今にも飛び出していきそうな娘に、止めないからまずはしっかり準備をしなさいと言う。イッシュまでの旅費も調べないとならないし、野山を駆け回るような冒険でなくてもガッツリ旅と呼べるレベルのものになるのは想像に容易だ。我が身一つで送り出したりは出来ないもの。
 娘は分かったと言って部屋に準備をしに行った。この分じゃあ明日にも行ってきますと言いそうな勢いだ。ちょっと成長し過ぎじゃない? と苦笑いをしつつ、ポカンとしてるポケモン達に説明してこっちも用意を始める。全く、こっちに帰ってきて一週間も経ってないって言うのに、大した行動力を身に付けたものだ。

・3月16日

 必要そうな着替えや道具を纏めたリュックを背負い、ヒスイでも使っていたという物入れと物作り用の道具セット、それから現在の物に入れ替えたジュナ君のモンスターボールと私がお目付け役として預ける事にしたメタグロスのモンスターボールを身に付けた娘が玄関に居る。まさか本当に次の日に出発するとは思わなかった。思い立ったが吉日とは言うけども、思い切りが良過ぎる。

 服装は、会ったら分かるようにとギンガ団制服を着て行こうとしているのを止めて普通の恰好をさせている。現地でもし何かあったら着替えればいいとリュックの中には入っているから、それで納得させたのだ。

 イッシュまでの旅費を渡し、出発する前に再度忠告をする。現代でポケモンを連れて旅をするという事はトレーナーに勝負を挑まれる事もあるし、ヒスイ地方には無かった問題やルールもあるのだからそれを忘れずに行動する事。何処かでポケモンセンターに立ち寄りトレーナーカードを作ってもらう事。道具作成はほぼ間違い無く目立つから、やるのならあまり目立たずにやる事。その他勝手が違う事は幾らでもあるのだから気を付ける事を忘れないようにと伝えると、心配しなくても分かってると娘は笑う。正直、ちょっと心配だ。

 とは言えもう旅の準備は済ませてしまった事だし、引き留めて止まりそうな様子も無いのだから見送るとしよう。内心、娘が自分から旅に出ると行った事自体は嬉しかったりする。きっと良い経験になるだろう。帰って来る時にまた連れているポケモンが増えていたりもするかもしれない。どんな出会いが娘にあるか、旅の思い出話が今から楽しみだ。

 娘が玄関の扉に手を掛けて、開ける。眩しいくらいの太陽の光の下へと娘は進んでいく。

 そのまま進んでいくのかと思ったら、娘は立ち止まりくるりとこちらに振り返る。そして満面の笑みでこう言った。行ってきます、と。数日前にした約束がこんな速さで回収されるとはと、つい私も笑ってしまった。
 手を振って歩いて行く娘に手を振り返して、見えなくなるまで見送り家の中に戻る。今回はちゃんと見送れた満足感とまた家の中が静かになってしまった事への寂しさが胸の中にある。とは言え、今回は時代の壁なんか無いんだし、もし何かあればアルセウスに協力してもらって駆け付けたりも出来る。電話もいつでも使えるのだし、そんなに寂しく思う事も無いかなと自然と顔は笑顔になった。

 そんな私の様子を不思議そうにゾロちゃんが見ている事に気付いたのは少し後の話。ちょっと恥ずかしくなってゾロちゃんを抱っこしてリビングに戻りソファーに腰掛ける。窓の外の快晴を眺めながら、娘の旅路にこんな快晴が続きますようにと祈る。そして、また元気に帰ってきますようと付け加えて。

 行ってらっしゃい、ショウ!

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~後書き~
 まずはここまでお読み頂き誠にありがとうございます! 日記風という作者も書いた事の無いものを目指した今作、如何でしたでしょうか? お楽しみ頂けましたら何よりでございます。
 今作はポケモンレジェンズをベースとはしていますがほぼオリジナルの物語となります。原作では今作主人公の母は存在しておりませんが、こんな風に頑張ってくれてた人が居てくれたらいいなという作者の想像を形にしてみました。大分長めな今作ですが、ここまでお付き合い頂けたのなら本当に感謝しかありません。お読み頂きありがとうございました!

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