#author("2023-05-04T14:08:23+00:00","","") 作者[[オレ=廃ネット>オレ]] この作品は[[こちら>欲望狂い果てて]]の続編となります。 読んでからでないと通じない要素が沢山あります。 この作品には直接の性的・残虐描写はありません。 ただし人を選ぶ要素が織り込まれていると思われるので、事前にご留意の上でお読みください。 *欲望果てることなく [#ye9a6f06] ラティオスは元より青や白を基調にした体色であるが、それでもこの生気の萎れようには「顔面蒼白」の表現が似合っていた。かつての整った顔つきは見る影もなく、すっかり太って脂肪が付いている。だというのに今の彼からは生きた気配は感じられない、まさにゾンビのような姿であった。 「チョコはアーモンドに苺にブルーベリーも大袋で十袋ずつポテトチップは定番のうすしおのりしおコンソメに今週は新商品が出ていたなこれも十袋ずつでこれで数日分にはなるはずだそういえば今日は金曜だからあの雑誌の発売日だったなだけど僕はもう自力で抜くことができない体になっちゃったから読んでも余計に気持ちがおかしくなるだけだ勃起しようとすると傷口が疼いて苦しいことになるのになんで今更思い出したんだもうやめてくれぇぇぇえええっ!」 意味も為さない言葉をぶつぶつと羅列し続けた末に、唐突に絶叫するラティオス。明らかに距離を置いていた周辺の通行人たちは、最後の絶叫で一斉に身構える。しかしそんな周囲の様子もお構いなしにラティオスは再び言葉の羅列に身を包み、亡霊の如く自宅への道を漂っていく。 妹のラティアスの手によって性器を失って数か月、ラティオスの苦悶は果てることなく。押し寄せる性欲は病院で定期的に薬剤を注射してもらうことで無理矢理抑えている。それでも膨れ続けるフラストレーションの中で暴飲暴食に走り、体もすっかり肥え太ってしまったのだ。何かの拍子に催して勃起しそうになれば、古傷となったそこに激痛が走る。生き地獄の毎日である。 「あ……」 「お兄ちゃん、病院からの帰り?」 自宅の玄関を開けようとしたタイミングで、丁度ラティアスが出てきた。強姦したり浮気して回ったりと好き放題だった兄に対し、性器を切り焼灼止血法を施し切り落としたものを目の前でミキサーで砕いてハンバーグにした妹。この欲望に狂い続ける二人は、何故か未だに同居を続けている。 「うん。ラティアスは出かけるの? 何か予定あった?」 帰ってきた兄を迎えるラティアスの笑顔。それは苦悶する姿を悦ぶ嗜虐心がありありと出ている。その表情にげんなりとしながら、ラティオスは話を返す。 「うん、大したことじゃないよ」 しかしラティアスは出かける目的を言わず、そそくさと兄の脇を抜けていった。その背中を見送った後玄関を開けようとしたラティオスだが、そこでしばし手を止め。 「何だろう?」 振り返り妹の外出理由に首をかしげる。まさか日々苦悶の中にいる自分をよそに、彼女の方は異性とお楽しみに興じているのであれば許しがたいものがある。 性器が切り落とされてから治療を受け、退院したラティオス。自宅に戻ってから数日は妹と共に生活していた。しかし性器を失った今、日々溜まっていく一方の欲望を抜こうにも抜けずにいた。性器のあった跡を刺激しようにも激痛が走るし、かと言って放置しようにも身の奥から常に異様で不快な熱が沸き上がっており許してはくれない。ラティオスの行き場の無い欲望は膨張する一方で、それは肥大化した睾丸という形で目に見えるほどの悲惨な有様となっている。その苦悶に耐え兼ね妹に一言漏らすと、返ってきたのは「そこも切っちゃう?」という非情も過ぎた言葉であった。或いは兄がこうして延々と苦しみ続けることを狙って、敢えて玉だけは残したのかもしれないが。 そんな被害者である自分に構うことなくラティアスが異性との遊びに興じているのであれば、とてもではないが耐えられない。自分のしたことなど大したことは無いと思っていたラティオスにとっては、向こうが完全な加害者で間違いなかったのである。 だが、ラティアスの後をつけるかと思った瞬間、ラティオスの頭には躊躇いが過る。ラティアスの「そこも切っちゃう?」発言で同居に限界を悟ったラティオスは、一も二も無くアパートを借りて家を飛び出したのだ。置手紙にただ一言「もう耐えられません。探さないで下さい」と書き残していたのだが、数日も待たずにラティアスは兄を見つけ出していた。呼び鈴に応えて玄関を開けた瞬間出てきた妹の最高の笑顔。 「あっ……。あっ……!」 股の間が熱くなるのを感じた。性器があれば失禁までは至らずに踏みとどまれていたのだが、管の長さの差が失禁を踏みとどまらせることすらできない体にされてしまったのである。脚の間にパッドを固定する形のおむつは、とんでもない肥満体となってしまったインパクトのお陰でそれ自体はあまり目立たないが。しかし尿を吸い取ってしまえばその熱をラティオスの敏感な部分にこれでもかと言う程に伝えてくる。 「ぅう……」 これも屈辱であった。妹の言動に恐怖するたびに、まるで幼児のように失禁をしてしまう。排泄も思うがままにいかない体とされてしまったことに、恨みと屈辱を募らせているというのに逃げられない日々。 「もう、嫌だ……」 ラティオスはトイレに入り、おむつを外して股間を濡らす尿を拭う。そして新しいおむつに付け替えると、破れかぶれで外に出る。今更尾行したことがバレたところで、今の恐怖や屈辱の日々の延長に過ぎないはずである。そう思ってラティオスはラティアスの気配を追った。つけて来ないと高を括ったのであろうか、ラティアスが気配を残していったのは幸いであった。 「ママ~?」 「見ちゃ駄目!」 ラティオスを指差し眺めようとする子供を、母親は慌てて連れ去る。ただでさえ肥満体の上に狂い切った欲望を渦巻かせている存在だというのに、必死にファミレスの外から覗き込んでいる姿は異様にも程がある。せめて体型だけでも戻した方が良いであろうかと、今更ながら思い返すラティオス。だが今はそれ以上の優先事項が目の前に登場していた。 「ラティアス、あいつ……!」 ファミレスの奥の席についていたラティアスの前に、ニンフィアの男性が現れた。特段イケメンと言う程ではない、少なくとも激太りする前のラティオスの方がイケメンという意味では上であると思うが。しかし相手がどうであれ男であるという事実だけは変わらない。そのニンフィアに顔を合わせると、一気に嬉しそうな顔になるのは見て取れた。口を開けて黄色い声でも上げているのが外からでも感じ取れる。 「僕をこんな体にしておいて、自分ばっかり……!」 ラティオスは歯軋り一つ、それで苦虫を噛み潰したような心地であり。ラティオスの方は全ての楽しみだった性器を切り落とされた一方で、ラティアスは何処の誰かは知らないが男と引っ付くような日々を過ごしている。この後はベッドの上であのニンフィアとお楽しみなのだろうな、もうそんな楽しみが二度とできない自分などどこ吹く風とばかりに。そんな悲痛と怒りの目線の先で、ニンフィアはリュックからメモ帳を取り出す。 「何を……?」 ニンフィアは楽しそうでもあり、かつ真剣にラティアスの話を聞いていた。時々頷きながらメモを取る姿は、恋人というよりも何かの説明を受けている感じである。そう言えばラティアスは自分と共に会社をクビになったというのに、問題なく自分の生活の分までお金を稼いできている。あのニンフィアと何かの怪しい商売でもしているのかとでも思った瞬間。 「ひっ!」 ニンフィアの笑みに狂気が差し込んだ。それはラティアスの口から出た言葉に触発されたものであるということも分かった。しかもあの狂気は見覚えがある。というよりも忘れたくても忘れられない、ラティアスが自分の性器を切断したときに見せたものである。横顔というよりもやや後ろ頭になっているが、僅かに見えるラティアスの目線からも同じ狂気が迸っているのが感じられた。このニンフィアは、ラティアスとそういう意味で同じ嗜好を持っているのかなどと恐怖した瞬間である。 「やっ!」 一瞬目を反らしたニンフィアと、ラティオスは目線が合いそうになった。この距離では向こうが気付くかはわからないが、それでも思わず植木の陰に隠れる。2秒、3秒、5秒……。生まれてよりの最大の苦痛と屈辱の瞬間を想起させる目線は、ラティオスの精神を奥底まで凍てつかせるにも十二分であった。全身からは汗が噴き出し、それでも足りないとばかりに垂れ流される尿。体はがたがたと震えて涙が浮かぶ。 「あっ……。あっ……!」 僅か一瞬の目線で、あまりにも無力であった。ラティオスは振り返って二人のやりとりを今一度見なければならなかった。できるなら店内に殴り込んで何の話をしているのかと問いただしたかった。だというのに、あまりにも無力であった。相手が苦手なフェアリー属性を抱えているかなどという以前の問題であった。 「いや……。嫌……!」 命を打ち抜かれたキョジオーンが崩れ落ちるように、打ち捨てられたミガルーサの肉が波間を漂うように。ラティオスは瓦解した精神に流されるがままに、元来た家までの道を進みだすことしかできなかった。 「なんなんだよぉ……何なんだよ、あのニンフィアは!」 家に帰り扉を閉めると裏返った声で叫び、ラティオスはしばらくの間さめざめと泣き続けた。おむつが吸った尿は冷え切っており、冷たさがラティオスの大事な部分に染み込んでいっているのだが。それすらも気にならないほどに、ラティオスは驚愕の淵に沈んでいた。 「調べないと……」 嘆き続けることどれくらいの時間が経っただろうか。ラティオスは顔を上げると、ラティアスの部屋の扉に目線を向ける。勿論確実にあのニンフィアの手掛かりに迫る何かがあるとは言えないが、ただこのまま怯えさせられるだけで終わりたくはない。そんな最後の意地が留守中の妹の部屋に忍び込むという行為に駆り立てる。 「何が……」 鍵は掛かっていない。ドアノブを回し、部屋に入ると。そこには。 「いっ!」 包丁。包丁。夥しい数の包丁。しかも見るからにただの包丁ではない。自分が性器を切られた時、ラティアスは心が凍てつきそうになる輝きの包丁を用意してきた。今ラティオスの目の前にある包丁は、見ただけで魂をも細切れに刻みそうなほどの輝きを持っていた。 「な、なななななな……!」 そんな狂気の輝きを持つ包丁の他、部屋の中央にはよくわからない金属製の台座とドーム状の装置が鎮座していた。まさかラティアスは、これらの包丁を錬成の段階から作っていたというのであろうか。当惑し恐怖に戦慄くばかりのラティオス。 「なんで、ラティアスは……こんな!」 せめていない間だけでも詰ろうとばかりに、ラティオスは包丁の柄を指先で触れる。その瞬間。包丁は押さえていたビスを切り落とし、床に落下。柄まで深々と貫通していた。あの時は相手が強靭な海綿体とあって一瞬では切り落とせなかったのであるが、ラティアスの方も包丁錬成の腕を研鑽したらしい。何故そのようなことになったのだろうか。 「ま、まだ……」 この包丁を落とした時点で、自分が部屋に入ったことはごまかしきれなくなってしまった。だがもう一つ。部屋の奥にある本棚の方も気になってしまった。何故だかはわからないが。この空気の中にいるだけで身も心も細切れに刻まれそうな包丁の間を通り抜け、本棚に並ぶものを覗き込むと。 「『欲望狂い果てて』……なんでこんなに沢山!」 同一のタイトルの本が何冊も並んでいた。巻数が書かれているわけでもないため、恐らくは同一の本なのであろう。何冊か手に取って見ると、表紙も全く同じであった。包丁を握り最高の笑みを見せるラティアスはトラウマを想起させると同時に、本の内容まで連想させてきた。 「流石に一冊くらいは……すぐにはバレないよね?」 一冊だけを手元に残して本棚に戻し、不自然な隙間が残らないようにその段の本を均す。これで恐らく抜き取ったことは一目ではバレないであろう。あとは落下して床に刺さっている包丁である。一先ずエスパーの力で引き抜こうと引っ張ると、力の掛け方のせいかそれだけで床の切れ目が拡大してしまう。確かに力の掛け方は多少下手だったかもしれないが、狂ったような鋭利さである。もう部屋に入ってしまったことは誤魔化すことなどできない。壁に掲げておくためのビスも既に切断されており、元の位置に戻すことすら不可能である。ラティオスは諦めて、包丁をその場に寝せておく。 「体調が悪くて部屋を間違えた……これで大丈夫だよね?」 そっと部屋の扉を閉める。間違えて入ってしまえば、嫌でも目に飛び込んでくるあの無数の包丁。以前体の一番大切な場所を包丁で切り落とされた身としては、恐怖から何とかならないかと思うのは当然の反応であろう。本当であれば全部捨てることだって許されるくらいなのだから、間違って触れて床に落としてしまうくらい当たり前だろう、そんな風に理由付けするラティオス。 「僕は何も悪くない、何も悪くない……」 独り言ちながら、隣の自分の部屋に戻る。改めて本の表紙に向き合うと、それだけでもう「あの時」のことが想起させられる。自分でも後のことが想像できるというのに、どうして態々見ようとしているのかがわからない。自分から態々古傷を抉ろうとする理由がわからない。だが、手は止まらなかった。 「やっぱり……だ」 だらだらと音を立てて流れ落ちる涙。ラティオスがもたれかかり宙を仰ぐと、すっかり重くなってしまった主に椅子は悲鳴を上げる。ぶら下がったラティオスの腕から転げ落ちる本。そこにはラティオスが性器を切り落とされたあの時の話がそのまま書かれていた。ラティオスとまぐわっていた女の子たちの種族と人数は変えてあるが、文字だけでもラティオスの傷を抉り返すには十二分であった。 「あのニンフィア……そういうことだったか……」 ファミレスでラティアスと会っていたニンフィアは、何やら説明を聞いてメモを取っている様子だった。恐らくはこの本の作者なのだ。だからラティアスと狂気を共有した目をできるのであろう。或いはファミレスの後はベッドでもお楽しみなのかもしれないが、あれだけ怒りに駆り立てていたそれすらどうでも良くなるような事態。悲痛と絶望とに圧し潰されるラティオス。 「そういうことだったんだよ、お兄ちゃん!」 「きゃひゃあぁぁぁあああんっ!」 椅子の両脇からはみ出た肉を背後から掴まれ、ラティオスは金切声を上げる。同時に噴き出る冷たい汗。失禁ももう止められなかった。しかもファミレスの前で失禁した後おむつを変えていなかったので、尿は両脇から勢いよく漏れ出てくる始末。 「あああ……お兄ちゃん、驚き過ぎ」 流石に派手にお漏らしするとまでは思ってもみなかったらしく、流石のラティアスも当惑の色を見せる。ただ、その手では今掴んだ兄の両脇の肉の感触を思い返しながらではあるが。種族さながらきめ細かい鱗の感触は、どれほどの肥満体となっても変わらない。指が入っていく肉の感触は、前よりも確実に柔らかくなっている。体温も種族柄低温なのだが、それでもこの分厚い肉全部によくも行きわたるものである。もう一度揉みたいとばかりに、ラティアスは指で宙を揉む。 「ら、テぃ……ぁス! いきなり何するんだよぉ……」 「いきなりって言うかさ、ただいまって何度も言っても返事が無いんだからね」 恥辱がこれでもかと言う程乗せられた慟哭の声に対して、ラティアスも流石に驚いた様子である。何度も声を掛けたらしいのだが、ただし指の動きを見るとそれはあまりにも説得力に欠ける。濃い臭いを立ち昇らせるそれを放置しておくこともできないので、ラティオスはエスパーで未使用のおむつを取り、床に敷いて吸わせる。 「何なんだよその手は……! これから部屋の包丁を持ってきてまた僕の肉を切る気なの?」 「あ、包丁、見たんだ?」 しまった。帰って来てから直接ここに来たのであれば、ラティアスはまだ自室の包丁のことを確認していない筈である。まずは無効から言い出してくるのを待ってと思っていたのだが、自ら口を滑らすことになるとは。 「あ、え、いや……」 「あの時に包丁徹底的に研いでみて、あの輝きが最高だったんだよね。最高に輝く包丁作ってみたくてさ。どんどん綺麗なのが出来ていってるから、もっとゆっくり見て欲しいんだよね」 唖然。ラティアスは何一つ悪びれることも無かった。ラティオスの性器を切り落とした時に、包丁の輝きに魅了されてしまったラティアス。恐らくラティオスの体を切るという気はもう無く、ただ純粋に包丁の輝きを楽しんでいるだけなのだろう。途轍もない狂気に震え上がるラティオスだったが、もう噴き出す物も涸れ果ててしまっていた。 「あんなの、見てたら……。僕、死んじゃうよ……」 「大丈夫だよ。怖いのは最初だけだから」 言いながら、ラティアスは兄の腕を掴む。握る力は全く強められていないのだが、ラティオスはその力以上の逃げられなさを感じてしまっていた。以前逃げ出そうとした時も、あっさりと見つけ出されたラティオス。いっそあの包丁で命を絶ち切ってもらった方が楽なのではないかと思ってしまう。妹は欲望果てることなく、どこまでも追ってくるだろう。きっと黄泉路ですら逃げ場にはならない、そんな終わり無き地獄に、ラティオスはただただ恐怖し絶望し続けることしかできないのであった。 ---- 後書きは後日。 #pcomment(コメント果てることなく,10,below)