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around the world

/around the world

Lem


 BL要素もあるよ。


around the world 



 閉じた世界。閉じられた世界。閉ざされた世界。
 それらは総て自分の目に移る世界の一部でしかない。
 君等が望み、手を差し伸べる。
 たったそれだけで。
 世界は何処までも広がっていく。



 まん丸尻尾。キュートな尻尾。ラブリーな尻尾。チャーミングな尻尾。
 ふわふわした尻尾が一つ。背後に六つ。
 一つは尾先が白く、薄茶色が伸びる。胸元で白に、又薄茶色。
 六つは金赤。根元から胴体、顔へと伸びる毛並みの色合いはやや薄く紅梅が広がり、腹回りはほんのりと桜色を帯びている。
 六尾同様癖毛じみた巻き髪には前方の一尾を追跡している痕がいくつもついていた。
 女子たるものがそんな風貌で殿方の面前に立ち会うのは如何なものかと窘められる処だが、周辺には誰も居なければ咎めるものも居ない。
 ただ別の一尾を、一匹だけを除いては。
 微風の様な声が頭上からふわりと彼女の頬を撫ぜ、許可もなく耳元へと這入ってくる。
 それに気付いたのを確認してか、微風に含まれる色は急に悪意あるものへと変質し、実に面倒臭そうに彼女は愚痴とともに息を吐く。
 鬱陶しがられている事へは意も介さず、樹枝から彼女を見下ろす濃灰色の尻尾は宛ら童話の猫の様なしたり顔で、独特な笑声を微風に乗せる。
 これで姿形も猫であれば完全にそれそのものであるのだが。
 案外と童話に綴られているのは猫ではなく、狐であったりするのかもしれない。
 化けて出るのは彼等の十八番である。
 妖かす事が彼等の存在意義でもある。
「そんなつれない顔すんなよ。同じ野狐同士、仲良くしようぜ。あ、隣行っていい?」
 あ、の時点で既に樹枝から離れている灰色狐へ、御得意の炎を噴き掛けてやりたい衝動を赤狐はぐっと堪えた。
 下手に暴れでもすれば気付かれるのは勿論、野蛮な印象を彼に植え付ける事にもなりかねない。
 そんな赤狐の気苦労も知らずに灰色狐は定位置の左側へと並ぶ。
 屈託の無い笑みを向ける灰色狐に対し、赤狐のそれは本来持ち得ないはずの冷厳さを備えていた。
「うわー。目が笑ってないぞお前。なんだよそんな露骨に嫌がらなくったっていいじゃんかよー。んん? あ、ひょっとして俺様に惚れちゃって気恥ずかしいからそんな風に尖っちゃってんの? かーわいー」
 空気が読めないはおろか馬鹿につける薬も無いが、ここまで度を越してしまっては怒りも呆れも憐れみも沸いてこない。
 真に理解できないものと対峙した時、人が見せるものは思考停止である。
 それは狐等とて例外ではなかった。
 このまま無視を決め込んでもいいがそうもいかない。ここで赤狐が物言わねばこの灰色狐は何処までも、それこそ自分等と同じく金魚の糞としてついてくる。
 意思を見せない限り尾の後を憑いてくる。邪なる魔の者として役目を果たし通そうとする。
 そんな未来図が分からない程に浮かれてはいないし、まだ浮かれた事もない。
 視線を外し、前方の彼を追いかけようと一歩を踏み出すと同時に灰色狐も動いた。
「ついてこないで」
 それは呪文の様に灰色狐を縛り、前足を投げ出した体勢のまま凍て付かせた。
「今日こそ彼に告白するって決めたの。アンタがアタシの事をどう思っていようとアンタの勝手だけれど、今日ばかりはついてこないで。今日の中は顔を見せないで。じゃないとアンタの事一生嫌いになるわ。一生怨んでやる」
「物騒な事言うなよ」
「本気よ。アタシがアンタみたいに冗談言うと思うの? アタシとアンタを一緒にしないで。……警告はしたからね」
 灰色狐の二つ返事を聞くまでもなく、駆け足気味に赤狐はその場を後にする。
 赤狐を追おうとして全身が前のめりになるのを、漸く硬直を解いた前足がブレーキをかけた。
 そのまま赤狐の後姿を目で追うが、数秒も経たずに茂みの奥へと消える。
 消えた後も灰色狐は身動くこともせず、思考だけが停止せずに暴走していた。
「……嫌いになる、ね。そりゃ困る。うん困るな。でもよ……だからってじっとしてられる程に俺は良い子ちゃんなんかじゃねーんだぜ? 俺はオマエと違うんだからよ。好きも嫌いも綯い交ぜに全部包んでやんよ」
 嘯きにも似た笑声でおどける灰色狐。次に笑声が止む頃には一尾の灰色狐の姿は無く、一羽の黒鳥が地を蹴ってその身を羽ばたかせ、自身を微風の中へと乗せて消えた。
 後に残された静寂は物言わぬ侭、陽光が射す木漏れ日との円舞曲を踊る。
 舞台上の相手が変わっても誰もそれに気付かない。
 円舞曲は静かに流れていく。
 止まらない悠久の時とともに。



 紅い下弦の月が雲間に隠れる。
 雲間という波が月を震わす。
 不規則な様でいて規則的な狭間の月は歪に揺れ動き、元の形へ戻ろうとする度に雨が降り、たった一滴が世界の全てを破壊していく。
 何度も幾度も降り注ぎ、元の形に戻る事を許さない。元の自分へと戻る事さえも。
 いつもの調子ならば背後から忍び寄る気配や土草を踏む音すら逃さないであろう用心深さが、その日その時は直ぐ傍らにまで相手の接近を許してしまっていた。
 崩れる世界が一つから二つに増えた。
「こんばんはお嬢さん。どうして泣いているのかは問いませんが、泣き止むまでお傍に居ても宜しいでしょうか」
 下弦の月は応えない。
 問者もそれ以上は訊かず、ただただ傍らにて歪な世界の流れを物憂げに眺める。
 水滴だけが両者の感覚を共有していた。
 次第に間隔が狭まるにつれ、水面の歪みは写し身の如くそれぞれの視線を交差させる。
 沈黙を解いたのは紅い下弦の月だった。
 その声色は水面の奥から聞える音の様にくぐもっていた。
「何しに来たのよ……それに何よその姿」
「……完璧に変装してたはずだけどな。何で分かった?」
 月光に彩られる水面の影の色は、赤と、薄茶色の幻影を写している。
「アンタのその眼とその眼差し。彼のその眼差しはアタシに向いていなかった。そういう眼をアタシに向ける物好きはアンタしか居ないから」
「参ったねこれは。わざわざ尻尾も完璧に似せたつもりだったのによ」
「どんなに姿形を似せた処で――眼の色は誤魔化せないわよ。偽者さん」
「全くだ。幻影に身を包んでも――オマエに対する心だけは化かせられっこねぇよ」
 仕草も造形も全てが他人の物でありながら、本来の性格やおどけた口調は変わらない。
 水面に映る彼の姿と、瞳に宿る灰色狐の姿。
 視線の先には紅く染まった下弦の月。
 全てを鏡合わせとして映すはずの水面の二匹は、どれもが対照的にはならなかった。
「アタシ今日中は顔見せないでって言ったよね」
「言ったな。でもそれは元の俺に対してだろ?」
「減らず口」
「お褒めの言葉痛み入ります。お嬢様」
「アタシを笑いにでも来たの? 憐れみに来たの? 一つ教えてあげるけど失恋した雌は誰かに優しくされたいなんて思ってないんだから。そんな事されたって惨めになって八つ当たりするだけよ。だから放っておいて。アタシに干渉してこないで」
「ふーん……まだアイツの事、好きか?」
 赤狐は応えない。応えようとして口許は動くものの、声として出てはこなかった。
「俺の事は?」
「嫌い。アタシの中で一番に大嫌い。顔も見たくない位によ」
 そちらに関しては即答だったが、灰色狐は然程気にもしてないのか平然としている風に見えた。
 否、どうだろう。
 幻影に身を包んでる今の灰色狐には本当の表情なんて分からない。
「何よ。ショックでも受けてるの?」
「ん、別に? 嫌われていようと好かれていようとそれは俺の中では同じ事だ。嫌われた分だけ好きになって貰えばいいだけの話だろ。オマエと俺は違うんだぜ? 一度や二度の拒絶なんてどうって事はねぇよ」
「……うっざ」
「好きってそういうもんだろ。アイツだってオマエだってそうさ。好き嫌いに綺麗言なんかあるか? そんなものありはしねえし、あってもそりゃ被せる嘘だけだ」
「……アンタのその姿も?」
「……そうかもな。保身かもしれない。でもそうじゃない。俺はただオマエとの約束を守り通しているだけだ」
 どちらが嘘でどちらが本当か。或いはどちらも偽りでどちらも真実か。
 再び流れる沈黙の間へ、赤狐が一石を投じる。
「もし……もしもよ? アタシがアンタに一生その姿の侭で居てって頼んだら、アンタはそれを守り通すの?」
「居て欲しいのか?」
「質問に質問で返さないで。そんなの、知らない。解らないわよ」
「そりゃ解らんだろ。オマエが勝手に始めて、勝手に閉じようとしているんだからな。傍観していただけの奴にまともな答なんてあるかよ」
 一際大きな波紋が二匹の間で水音とともに生じた。水面に映る二匹の姿は俄然変わらず視線を交錯している。
 沈黙。長い、永い暗闇に染まる静寂。
 どれだけの時間が過ぎても、水面の上の世界の歪みは元に戻る兆候を見せない。
 変化を求む一石がずっと投じ続けられている限り、元の世界は一秒一秒と離れていく。
「ずっと彼方の事が好きだった。彼方の傍で添い遂げられたらって夢物語を描いてた」
 水面に映る紅い下弦の月が雲間に隠れ、交錯する視線が急に断ち切られる錯覚がした。
 続いて灰色狐の姿も隠れ、水面には黄金色の瞳だけが取り残される。
 長い時間をかけて相対した二匹の視線は、然しながら正確とは言い難く。
 赤狐の瞳を通して伝わる幻想を、灰色狐は黙して甘受した。
 双の口吻が触れ、牙がかち合い、舌が縺れる度に粘着質な水音が脳髄に響く。
 大差の無い体格同士だが、幻想の姿とはいえ僅かながら灰色狐の方が大きく、上目遣いに視線を流してくる赤狐へ抱く感情は時間とともに肥大化していく。
 律しきれない感情はやがて赤狐の全身を押し倒すに至り、第二の口へと意思と舌が先走る。
 嗅ぎ慣れた匂いが自分の知っているものとは全く異なるものへと変質しているのを、舌先が確認し尽す様に肉壁を舐る。
 しとどに溢れる水蜜の味はどれが自分で赤狐のものか。
 判別すら困難な程に、そもそも灰色狐も赤狐も思考は濁流の渦中に呑まれ、互いを求め合うシンプルな欲望しか抱いていない。
 本能だけが、剝き出しの獣が二匹の溝を埋め合わせている。
 水蜜の味を堪能し尽したのか、肥大化し続けていく己の欲求に我慢が利かなくなったのか。
 舞台は再び水面の上へと戻ってきた。
 重なり合う双頭のあられもない、されど真実の表情を水鏡が映していく。
 その鏡に映る灰色狐の姿が依然と同じものであったかどうか。
 波紋というよりも細波が激しく搔き立てる鏡の靄を通して、赤狐が問う。
 確認をする為に。何の確認かは言わずもがな。
 濫りがわしく振舞う赤狐の問いへ、灰色狐が項を嚙む。
 幻想が剥がれ、世界に映る姿がどちらであったのかを赤狐は永久に知り得る事無く。

 月だけが全ての真実を記録する。
 その瞳の色は黄金色に輝いていた。



 その日は冒険の門出であった。
 普段ならば暗くなる前には帰ってくる事を口煩く母が窘めるのだが、その母が唐突に今日一日の門外許可を下した。
 何故今日に限って等という疑問が残るものの、それは深く考えない事にする。
 外出を許されたとはいえど無条件であった訳ではない。
 深く考える余裕が持てない最大の理由もとい条件の一つが、まだ年端もいかない小さな弟を連れ歩く事だからだ。
 そちらについては自分が無茶をしない為に等、世話を焼きつつ己の身も守れるかどうかの試練なのかもしれない等。
 思惟は数多にも及び、どれが正解なのかを選ぶよりもどれも正解であると認識した方が後の時間が掛からなくて済みそうだった。
 兎にも角にも。
 鬣すら生え揃わない小さき星の弟を兄としては確りと監視しておく必要がある。
 最近まで自分も弟と同じ姿形であった時期が今は何だか遠い昔の様に懐かしく感じられる。
 まだ母の様に立派な鬣が生え揃っているとはいかないまでも、弟を守るという決意が偽りでは無い事を鬣と星に掛けて誓おう。
 宵闇の天幕に輝く我等が月に。
 月光の如く何処までも全てを見通そう。
 そんな兄の密かな宣言は儚くも弟の掛け声によって中断された。
 全く忙しない弟だと嘆息を漏らしつつ、反面自分もこの様に出歩く事は無かったので弟の気持ちはそっくりそのまま自分の意思として伝わってくる。
 成る程、この為の従者であるのかもしれなかった。
 弟の無茶ぶりが自分もやらかすであろう危険性を擬似的に体感する事ができる。実にいい勉強だ。
 流石敬愛する母君。実に聡明な判断である。自分も見習わなければ。
 とはいえあまり弟に好き勝手をやらせていると後々取り返しのつかない事にも繋がりかねない。
 適度に窘めつつ、一夜限りの大冒険を楽しむとしよう。
――心做しか母君に似てきたかも知れない。
「兄ちゃん遅いよー早くー」
「分かった分かった。あんまりはしゃぎ過ぎると後々きついぞ。ほら、一緒に並んで歩こう」
 満面の笑みと快活な返事を胸に刻みながら、その日の探索を堪能する。
 昼間は種族の特性上あまり遠くまでは見えかったが、闇の帳に満ちた世界とはこうも美々に溢れているものなのか。
 大小の双月に映る景色はありとあらゆる物を障害としなかった。
 寧ろ見えすぎて逆に怖い位である。それに背筋が何だかざわついてさえもいる。
 その衝動に抗えず、ついつい弟へ扇動を促す。
「ちょっと、走ろうか。兄ちゃんについてこい! 遅れるなよ!」
「兄ちゃんこそ!」
 はぐれてしまわない様に弟の歩幅と自分のを計算した上で木々や茂みを掻い潜っては宙を飛ぶ。
 樹枝に止まる鳥や茂みの中に隠れる獣達には、二つの流星が煌いて落ちていく様に映っただろう。
 実際に二匹の意思は流れ星の如く、全力を以って演じ切っていた。
 大分距離を稼いだのか、二匹の足並みが緩やかになるとその表情には満喫の二文字が貼り付いている。
「くっそー……兄ちゃんズルい! 大人気ない!」
「大きくなったらもう一回やろうな」
 これでも加減はしたつもりだが、そんな不躾な言い訳は必要ない。
 何だかんだ言って自分もそのつもりになっていた節は否めないからだ。大人しく弟の文句を受ける事にする。
「あー……喉渇いた……」
 確かに。これだけ走り回れば喉の渇きによる訴えも馬鹿にできない。
 自分はまだ余裕だが、弟は全力疾走で兄についてきたのだ。心身の差異は欲求にも及ぶものである。
 何処かに水源は無いかと周囲を見回していると、木々の裏側に湖畔が視えた。
「兄ちゃんの向いてる方向、何か見えるか?」
「……見えないなあ」
「じゃあ眼を閉じて耳を澄まして御覧。鼻で感じ取ってもいい……どうだ?」
「うん、視えたよ。水源があるね」
「湖畔だよ。ゆっくりでいいから進もうか」
「何だよ? 兄ちゃん疲れちゃった? オイラまだ余裕だもんね。おっさきー!」
「あっ、こら!」
 やれやれ。あの調子なら直ぐに大きくなるかもな。
 ゆっくり歩いても見失う事は無いが、兄の威厳を保つ為にもすぐ後ろへと位置を取る。
 但し追い抜きはしない。そのまま湖畔まで弟の後ろをついていく。
「いっちばーん! へへっ、兄ちゃん遅いね!」
「分かった分かった。お前の勝ちだよ。それより喉渇いてるんじゃなかったのか?」
 それまでの事を今思い出した様に、一目散に岸辺へと身を寄せる。
 がっつきすぎて落ちないか冷や冷やものだったが、この辺は浅いらしく杞憂に終わる。
 自分も喉の渇きを潤そうと身を屈めた処で、対岸に誰かが居るのを目撃する。見たところ二体だ。
 一体は巻き髪で、六つの尾も同じく巻かれた赤い狐。
 もう一体は薄い茶色と乳白色を基調に分かれた丸々とした毛玉の塊。
 いやまぁ、毛玉の塊で言ったら隣の赤狐も十分そうなのだが。
 何分狐なんだか猫なんだか兎なんだか何なんだか釈然としない風貌だったので、そう表現するしかなかったのだ。
 その二匹は水面と対面し、直立不動の侭に身動く事すらしない。
 微かに揺れているのでそれが幻覚の類では無い事は分かる。恐らくはだが。
 その様子に気付いたのか、弟も対岸の二匹に視点を合わせる。
 そして。記憶違いでなければだが。
 何の動物か分からない毛玉の塊は、昼間に出掛ける際に擦れ違った様な覚えがある。
 尤もそれが同一の者であるかは分からない。唯のそっくりさんという可能性が否めない以上、接点の候補からは除外すべきだろう。
「兄ちゃんの知ってる奴等?
「いや、知らない。ただまぁ、多分お取り込み中だろうな。あの二人組」
 だとすれば邪魔をする訳にもいくまいと、弟にその旨を伝えようとする折で。
「面白そうだからちょっと見物しようよ兄ちゃん」
 先手を打たれてしまった。
 弟よ。夜目が利くからとはいえその様な、悪意ある目的に能力を使うべきではない。
 普段ならばそう窘めるのだが。
「そうだな。ちょっと観察してみようか。大きな音出したりして騒ぐんじゃないぞ?」
「兄ちゃんこそ」
 念の為に背丈の高い茎の合間へ移動してから、事の有様の傍観に務めた。
 母君がこの状況を見たらとんでもないお叱りを受けるだろう。それを思うと身震いを止められないが、自分もまだ子供だと幼稚な言い訳で誤魔化しておく。
 それに見立てが間違いでなければ、赤狐の方は多分雌だ。隣の毛玉はちょっと分からないが。
 そもそも奇妙な靄が毛玉の周りを包んでいるせいでぼやけて見える。
 赤狐には無く、その毛玉の塊だけが靄に包まれているのだ。
 実に奇妙極まりない。
 それが気掛かりの一つで、後の一つは雌を見るのはこれが初めてだったからだ。
 異性との遭遇というそれだけの理由で、その異性が何かをしているのであれば、後学の為として観察しない訳がない。
「あの毛むくじゃら雄かなぁ?」
「どっちの毛むくじゃら?」
「右。左はわかんないや」
 右に座するのは毛玉の塊であった。
「何で雄だと?」
「えっ。兄ちゃんにはあれが何に見えるのさ。どう見ても雄じゃん。×××ついてんじゃん」
 子供の着眼点というものは実にシンプルなものである。大人からすれば下品だと顰蹙を買うものも、子供の内は全く意味を理解していない。
 自分も最近まではそんな感じだったろうか。どうだろうか。
 弟ほどそこまで注意深く異性だの同性だの意識はしてなかったかもしれない。
 否、今の自分が意識してしまっているからこそ、眼を背けてしまったというのもあるにはあるのかもしれなかった。
 然しながら、弟の言う着眼点に倣って眼を凝らしてみるものの、やはり奇妙な靄が渦巻いてて判別は困難であった。
 弟にはあれがどう見えているのだろう?
 ふと気になって更に問い掛けてみようとするも、それは観察対象の新たな動きによって阻まれた。
 同時にそれが意味する働きは今の兄弟等には強烈で鮮烈過ぎた。
 それでも尚、眼を逸らす事も出来ず、声を掛ける事すらも忘れていた。
 皮肉にもそれが集中力を高める切欠となってか、赤狐の上に跨るそれは先程まで見ていた姿とは全くの別物として映った。
 異なる狐同士の目合いは、兄弟には何をしているのかを明確には理解していなかったかもしれない。
 だが感じるものは確実にあった。何故かは分からないが身体の変調が全身をざわつかせ、落ち着かなくさせている。
 特に変調の激しさを訴えているのは、先程から鞘から抜き身が出掛かっている自らの分身であった。
 弟に気取られまいとしてずっと伏した侭、熱き昂ぶりが治まるのを待っていた。
 何故自分だけが等と不思議に思う兄だったが、それも弟の次の言葉によって意味が瓦解した。
 苦しい――たったそれだけの一言で、弟の身体にも同様の変調が訪れている事を悟る。
 隠し立てもしない弟の股座には、小さいながらも陰茎をちらつかせていた。
「お前も、おかしくなっちゃったのか」
「兄ちゃんも?」
 嗚呼、と気恥ずかしくも身体の軸を横にずらすと、弟のそれよりも雄々しい刀が重心と共に鞘から引き抜かれる。陰茎の先端は訳も分からぬ内に滴って濡れていた。
「兄ちゃん……お漏らししたの?」
「いや……違う。うまく説明できないが多分それは違う」
 お互い見慣れたはずの造形が、この日だけは全く知らない何かとして映り、胸中に抱いた不安感が更に大きくなる。
「心当たりがあるとすれば……恐らく、あれだ。お前も見ていたであろうあれらの行為が、間接的にこちらにも影響を及ぼしている。それは確かな事だ」
「う、うん……それはオイラもそう思う。じゃあ同じ事をすればオイラ達も治る?」
 弟の発案に言葉が詰まった。それは確かに効果的に聞えるかもしれない。然しだ。
 それは果たして、同性同士でも効果があるものなのか……?
 もう少し落ち着いてよく考えてから事に移すべきではないだろうか。
 あまり気乗りのしない兄の態度へ、弟は何を迷っているのかも分からないでいる。
 考えるよりも先に実行に移す性質なので、慎重派の兄の行動理念にはどうも足並みが揃わない事も多く、それが原因で喧嘩したりする事も少なくない。
「いいよ、兄ちゃんはじっとしてて。オイラが勝手にやるから」
「ま、ままま待て。待つんだ」
「煩い。それにオイラ、もう待ってなんかられないんだ……!」
 そのまま兄を仰向けに横倒した上で、対岸の二匹と同じ様に位置取ってみせた。若干何かが違う様な気もするが、細かい事は気にせず弟は見たものを真似て兄の股座に自らの腰を擦り付ける。
 抜き身の陰茎同士が咬み合い、鍔迫り合いごと押し潰された。
 先に音をあげたのは兄の方で。
 弟の方は何故そんなに過剰気味な反応を示しているのかが全く分からないという風に兄を見つめている。
 先程と同じ動きを弟は無遠慮に実行に移し、その影で兄は声にもならないくぐもり声を漏らしながら、初めての快楽の味に堪えている。
 その反応の違いが癪に障ったのか、自分はまだ子供なのだと暗に悟らされ、双月を閉ざしてしまった兄への報復として、又焦りとして動きを止めずに早めていった。
 徐々に大降りになっていく度、弟の身体の重心はそのまま兄の腹の上へとずれていき、知らず知らずの内に弟の陰嚢と臀部が兄の陰茎を挟んで激しく揺れていく。
 最初は不機嫌だった弟も兄の反応が面白おかしいのか、最初の乱雑な動きから何処が兄の反応が変わるのかを確かめる動きへと変わっていった。
 その度に快楽に堪えなければいけない兄であるが、弟の繰り出す激しい気迫と徐々に芽生える優しさに懐柔されていき、抵抗の素振りも反論も見せる暇を与えられない侭、次の弟の一振りと合わせて身を翻し、弟の小さな身体を巻き込んで自らを抱擁する。
 驚く暇も無く、兄の絶頂は直ぐに訪れた。
 弟の腹部と兄の腹部に押し潰された陰茎は自身の熱量を、それ以上を伴った熱の塊を両者の腹部にぶちまけた。
 唐突の流れに半狂乱に陥りかけるも、兄の力強い抱擁が弟を宥めた。
 荒い息遣いとともに緩くなった抱擁の隙間から酷い異臭が鼻を突いた。思わず身動いだ反動に合わせて粘着質な感覚が腹部に貼り付き、白濁の橋をかけて兄の腹部へと垂れる。
 自分の腹部についた分を指でこそげ取り、もう一度嗅いでみる。慣れたのか先程の衝撃は無く、物は試しに舌先でそれを舐め取った。
 咥内に広がる未知の味は残念ながら弟のお気には召さなかったらしい。舐めなきゃよかったという後悔の二文字が顔に貼り付いていた。
 一通りに一連を沿ってはみたものの、何処かが腑に落ちない。それは兄と弟のあまりにも違いすぎる反応の差異にあった。
 どうして兄だけがこんな風になったのか、何処かでやり方を間違えたか。
 再び対岸の二匹へと視線を戻す。誰も見ていないはずの空間で、無数の月に醜態を晒されている事を当の二匹は知る由もない。
 あらかたを見初めた上で、未だに傍らでぐったりしている兄をじっくりと観察する。
 自然と一つの穴へと狙いをつけたのは本能が成す一つの奇跡であろうか。
 何を学んでいなくとも。生物は自然と繁殖する。
 この行為が繁殖に実を結ぶかどうかは兎も角として。

 確実に兄弟は大人の一歩を踏み出した。
 その結末を果たして月が予想していたかどうか。



 春の到来と呼ぶにはまだ早く、薄ら寒さの残る冷気が毛並みを通り抜けて地肌に触れた。
 思わず口をついて出た自らの言葉に眼が覚める。
 傍らの赤狐はまだ眠っている。
 そっと鼻先を彼女に近づけ、毛並みに残る残り香を嗅ぐ。
 紛れもなく自分の、灰色狐の痕跡が至る処に付着しているのを確認し、その後に。
「朝っぱらから何処嗅いでんのよ。この変態」
 起こしてしまわない様にと細心の注意を払っていたつもりだが、流石に嗅いだ部分が悪かったか。
「いや、な。昨夜の出来事は全て幻だったのかな、なんて思っちゃってさ」
「そうだったら良かったのにね」
「でも幻じゃなかった。現実にちゃんと記録されてたよ」
「最悪だわ……本当。なんであんな事」
 憂鬱な気分に浸る赤狐へ、灰色狐はいつもの調子を崩す事なく普段通りに、けれどおどけてみせはせず、何処か似つかわしくない真面目な表情を向けている。
「まだ俺の事嫌い?」
「大嫌いよ」
「アイツの事今でも好き?」
「……知らない。忘れちゃったわ」

――なぁ、ちょっと歩こうぜ。向こうに美味い木の実が生ってるんだ
――ふぅん

――その木の実はよ、普段甘くないんだけどよ
――美味い話は何処いったのよ

――春が来ると到来を祝って甘くなるんだ。もし甘かったら付き合おうぜ
――甘くなくても付き合おうぜって言う癖に。この御調子者。



 春がやってきた。
 そんな風に春の到来を喜ぶべきなのかはまだ微妙な寒さが残る季節だが。
 少なくとも春はやってきた。
 それも一つや二つではなく。
「お帰りなさい。昨夜は随分と楽しそうだったのね」
 母の何気ないその言葉へ、弟は満面の笑みを、兄は微妙な笑みで返した。
 こうなる事を母は見越した上で、兄弟を行かせたのかもしれない。
 そんな風に誰かを疑うという事を最大の教訓として学んだ兄だが、もう一つ母がご機嫌な理由を知って更に憂鬱に浸る事になる。
 母の傍らにちょこんと立つのは昨夜の、狐なのか猫なのか兎なのか何なのか全く分からないあの生物だった。
 その生物は何がしか思う影ありの表情を持ってこう宣言した。

――今日から僕が君達のお父さんだよ

 お父さんは知っていたんだろうか。
 僕らの母が、雄である事を。



 後書

 今更ながら後書(2013/7/6(土)の深夜)。
 何でこんな遅くなってんだ!という言い訳を展開させていただくならサボり過ぎたんだYo!
 しばらく多忙期になるというよりネット環境から離れる時期が差し迫っているので、重い腰を漸くあげました。昨日までのルール、今日はただのルーズ。

 本題。
 この作品も私にしては又珍しいポケモンだけの世界の作品。
 あれですかね、人間切羽詰ると余分なキャラなんて出してる暇がねぇんだよ!って奴ですかね。
 この作品だけ残念な事に最後まで書ききれなくて、タイムアップという事でラストの華を締め括るエピソードだけが切り抜かれてます。
 イーブイとレントラーのあれこれこそが最も書きたかった部分だけに一日の時間の儚さを強く思い知った。
 それ以前にセルフ夏休みの宿題を止めろって話なんですけれども。止めません多分。これ病気だから。不治の病だから!
 考え方の違いもありますが、私は締切を厳守するか作品を完結する為ならブッチ上等かで言うなら、ルールを守る派の様です。義理人情が性格に。およよ。


キャラクター

・ゾロア♂ × ロコン♀
 ゾロアは悪い子。みんなもしってるよね。騙されないようしっかりNe!

・コリンク♂ × ルクシオ♂
 お兄ちゃんもっとがんばれ。兄より優れた弟など存在し……ていた!

・レントラー♂(作中では母親) × イーブイ♂
 このエピソードだけ書ききれなくて読者の皆に、特に投票してくれた人に申し訳ないので、後日に未公開エピソードとして書き上げようと思います。

 冷静に考えると6匹もいたのかこれ。
 何で一日でやろうと思った。不治の病は悪化する。又次回。


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Last-modified: 2013-03-24 (日) 00:00:00
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