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You/I 21

/You/I 21

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        「You/I 21」
                  作者かまぼこ 

完成 [#0T2WaoR] 

「ヤクモ様、T・Jがフリーザー捕獲に成功したそうです」
 Y・Kが、執務室に座すヤクモにフリーザー捕獲作戦の成果を告げると、
ヤクモは、笑みを浮かべて答えた。
「ほう……やはり彼も優秀なトレーナーだな」
 やはり追放処分にしなくて正解であった。一見柄が悪そうな彼だが、
その胸には自分たちと同じ思想――ポケモン達を救いたいという想いがある。
 民間人に見つかるという失態を犯しはしたが、今回の任務を成功させたことで、
充分に責任は取れ、彼の実力とその意思の強さは証明されたといえるだろう。
「それと……悪い知らせですが、後始末を命じた者達が、ターゲットの確保に
失敗したそうです」
 彼女が続けた内容に、ヤクモの表情が曇る。
「……そうか。以外に手強いのだな……彼は」
 言いながらヤクモは、自分のタブレットに表示されたターゲット――アズサの
トレーナー情報に目を通しながら呟いた。

「トレーナーID、N183351257353、本名アズサ・カミコウ。年齢22歳男。
 カントー地方トキワシティ出身。現在はジョウト地方ワカバタウン在住。
 タマムシ大学文学部三年。ジムバッヂ習得数は現在まで六つか……大したものだ。
デビューしてまだ数ヶ月とは思えないな……」
 経歴を見ると、本格的にトレーナーデビューをしたのは最近らしいが、
既に六つもジムを制覇しているとは大したものだ。
 普通であれば、ジムの制覇は最短でも半年か一年ほどかかる。
 にもかかわららず、次々にジムを制覇しているのは何故なのだろうか?
 彼がタマムシ大学の学生で、ポケモンの知識も豊富にあるからか。
「いや……違うな。それだけ、手持ちと結びついているということか」
「絆、ですか」
「端的に言えば、そうだろう。ジム戦の履歴を見る限り、手持ちのデンリュウは
メガシンカも出来るようだし、それに最近加わったフローゼルとガブリアスは、
海賊達の仲間だったそうじゃないか」
「あの海賊達は、人間を拒む者ばかりではありませんでしたから」
 実際、あの海賊事件もヤクモ達仲直り団が裏で関わっていたから、海賊達のことは
Y・Kも知っていた。その中には人間に好意的なグループが存在していた事も。
「だが、たった数日でああも仲良くなれるのは、凄いことだ。好意的とはいえ、
彼らも人間に捨てられた過去がある者たちだ。人間に対して思う所はあっただろうし、
そんなポケモン達の心を溶かせたのは、彼が優しかったからに他ならないだろう」
 答えつつ、ヤクモは海賊事件が起こる前夜にクチバシティの港でアズサと出会った
時の事を思い出した。
 地味そうな青年だったが、彼もしっかりとポケモン達の事を考えているのが、
あの時の会話で解った。今のポケモン達を取り巻く状況も理解して、自分なりに考えていた。
 付き合い方さえ間違えなければ、ポケモンは人間の良き友でいられる。
 バトルに夢中なトレーナー達は、生き物と共に居るということを意識していない。
 そう述べた彼に、ヤクモはポケモンとの絆を大切にしろと告げて、そのまま別れた。
 そして彼――アズサは、事件に巻き込まれた。
「まさか、彼だとはな」
 あの時はヤクモも、海賊達が襲った船にアズサが乗っていたことは、報道されるまで
知らなかった。
 巻き込んでしまい申し分けなくも思ったが、結果としてアズサは海賊の一部と
親しくなり、彼を巡って起きた内乱からも生還した。
 それほどまでに、アズサという存在が一部の海賊達――肯定派の中で大きな
存在になっていたのだろう。実際、肯定派達は彼を守ろうと必死に奮戦した。
「それだけ、彼のポケモンに対する想い――「愛」は深いのだろう」
 恐らくそれは手持ち達も同じで、彼の望みに応えようと奮起したことで、
彼は短期間でほとんどのジムを攻略できたのだ。
 そしてT・J――トクジと出会った事で、彼は再び仲直り団との繋がりが出来、
ヤクモは運命のようなものを感じた。
「ですが、そんな彼が我々のターゲットになってしまうというのは、心苦しい
ものがありますね……」
「そうだな……だが、いずれわかるさ。彼がこれだけ優しい人間なのなら……」
 我々の思想も理解してくれるのではないか。そのように、思えた。
 ポケモンに優しい彼ならば、きっと――。
「チョウジ基地での最終艤装作業は、95パーセント終了しています。
サブ・リアクターの稼動テストも終え、あとはレシラム・ゼクロムの復活を
待つだけです」
「うむ……そういえば君は確か――」
 言葉を続けようとしたとき、執務室内にアラームが鳴り響いた。
 ヤクモのタブレットに、復元作業班から通信が入ったのだ。
『ヤクモ様。ライトストーン・ダークストーンの復元作業が終了しました!
ご覧ください、間違いなく本物です!』
 高揚した声でスタッフが告げると、彼は通信端末のカメラをカプセル内に
収まっている二頭に向けた。
「おお……! これで……ついに我々は……!」
 巨大なカプセルの中で培養液に漬けられ、まるで胎児のように手足を縮めた格好で、
二頭は微動だにせず収まっていた。
 画面越しではあるが、その迫力は充分に伝わってくる。
『捕獲したフリーザーも、チョウジタウン基地にて早速試験を開始しましたが、
結果は良好です。怒りの湖とその周辺は、大雪原と化していますよ』
 担当の男は、嬉々としてそう語った。
「了解した、すぐにそちらに向かう」
 そう告げると、ヤクモはY・Kらと共に執務室を出て行った。

偵察 

 ニニギとサクヤは、メガシンカを遂げた体で夕日で赤く染まる空から、
眼下に広がる島の姿を見やった。
「さて……ここか」
 5の島。それがこの島の名前だった。
 この島を含めて、無数の島々で形成されたここナナシマ地方は、
カントーやジョウトから気軽に行けるレジャースポットとして知られる。
 別荘地もあり、夏場は避暑や海水浴客などで賑わうが、それ以外の観光資源は
乏しいためにシーズン以外は基本的に寂れている。
 玄関口となっている1の島には灯火山と温泉もありそこそこ観光客も多いが、
それ以外の島々は一年を通して楽しめる観光スポットは少なく、観光名所の多い
アローラ地方に比べればナナシマはどうも地味さが拭えず、近年は過疎化や
観光客減少による宿泊施設の廃業など、寂れていく一方であった。

 そんな人間達の事情はお構いなしに、ニニギ達はメガシンカを解くと、
体を透明化させて、眼下の5の島に向かって降下していった。
 夕日が沈み始め人通りのない村のメインストリートをゆっくりと
通り抜けると、背の高い雑草がびっしりと生えた空き地が見えてくる。
「この辺だよな……」
「うん、ボウじぃはそのあたりだって……」
 敵のへリに潜入したゲノセクトのシグナルが示していた場所。それが、ここ5の島だった。
 ニニギは周囲に首を巡らせる。
 とはいっても、周囲には人家も無く、ただ藪が広がっているだけだ。
「なんにもなさそうだけど……」
 呟くと、ニニギは体を数メートル上昇させ、少し高い位置から周囲を見渡した。
「ん……?」
 するとニニギの右方向に、半ば藪に埋もれるようにして、古びた倉庫が
建っているのが見えた。彼らが暮らしていた島にあるミサキの研究施設のような、
ドーム型の倉庫だ。
 兄妹は藪の上を通り抜けて倉庫に接近すると、すっと倉庫の入り口らしき所に降下する。
 倉庫は近くで見るとかなり錆びが浮かび、入り口も完全に草に埋もれて、しばらく人が
近寄っていないことを物語っている。
 だが、ニニギは不自然さを感じた。
「カギだけが……?」
 入り口の錆びた扉には当然鍵がかかっていたが、扉自体は赤錆びているのに、
錠前だけは真新しく銀色に輝いている。最近改めて施錠されたかのように。
 周囲は草に埋もれ、誰も近寄った形跡は無い。だというのに鍵だけは新しい。
 明らかにおかしい。やはりここには何かがある。
「ルギアさん達が来る前だけど、入ってみよう……」
 その言葉に、サクヤも頷いた。

危機感 

 ルギアとホウオウ達は、兄妹の後を追って5の島に向けて飛行していた。
 彼らは兄妹ほどのスピードが出せず、飛べないポケモンも多いために、
まず兄妹を斥候として先行させ、その後から追いついて合流することにした。
「間違いないようですな。5の島です」
 ルギアの背で、かなり型の古い小型端末を操作しながらボウシュは言った。
 端末の画面には、ゲノセクトと兄妹の位置を示す光点が三つ、5の島の
マップ上で輝いている。
「しかしご老体、あなたは本当に人間の機械の扱いに慣れているようだな」
「これでもほんの一部だけですじゃ。亡き主ほどではありません」
 ボウシュは謙遜した言い方をしたが、それでも人間の機械の複雑な操作を
理解しているとは大したものだ。普通のポケモンには到底できるものではない。
「それより、急がねばなりません。奴らが復元に着手しているとしたら……
手遅れになるかもしれません」
「そんな短期間で可能なのか?」
 ボウシュの後ろで、同じくルギアの背に腰を下ろしているエンティが訊いた。
 データが奪われてから二日近くが経過したが、復元作業というものは、
もっと時間を要するものだろうとエンテイは思っていた。
「研究室に残っていたデータは四十年前のものですが、それ以前から、
化石からポケモンを復元・蘇生させる技術や、人工的に作り出す技術が
ありましてな。当時に比べて現在は機材やシステムが進歩しています。
奴らが最新の機材を揃え、大規模な専用設備を用意しているなら……
ありえなくはありません」
「そうか……」
 ルギアが言う。やはり人間の技術力というものは侮れない。
 先行した兄妹も心配だ。一刻も早く、彼らに追いつかなければ。
「飛ばすぞ! ホウオウ!」
「応よ!」
 ルギアの呼びかけに、背中にスイクンとライコウを乗せているホウオウが
返事をすると、彼も大きく羽ばたいてスピードを上げた。
 ルギアたちは全速力で5の島を目指す。守護神として平和を守る使命を胸に。

戻れぬアズサ [#3J5O5TC] 

 ここキキョウシティは、エンジュシティと並んで古い町並みが観光資源として
残る街だ。
 その町並みが淡く温かな光を放つ時間帯に、アズサは街の一角にある
公園のベンチで、手持ちに囲まれながらポケギアで電話を掛けていた。
『……わかったわ。それでいいのね?』
「はい。お願いします」
 ポケギアの向こうから、ポケモンレンジャーのシミズの声が響くと、
アズサは答えた。
『了解。じゃ、あなたのお家はしっかりと見張っておくわ。センザキにも、
伝えておくから。また何かあったら連絡するわ、それじゃ』
 シミズがそう告げると、ぷつりと電話は切れてアズサの耳に、
ツーツーと話中音(ビジートーン)が寂しく鳴り響いた。
「ふぅ……」
 アズサはポケギアを手首のホルダに戻すと、一息ついた。
「それで……どうでしたか?」 
「……やっぱり、家と学校には近づかない方がいいって」
 メガニウムのリエラが訊くと、アズサは嘆息して答えた。
 それを予想していたかのように、ドーブルのジムスが告げた。
「だろうね。敵の影がチラついてんだもの」

 敵の追っ手と空中戦を繰り広げた後、森の中で発信機を破壊したアズサ達は、
行き先を急遽変更し、ここキキョウシティに向かった。
 発信機を破壊したことで、敵がこちらの足取りを掴むことは出来ないだろうと
思ったが、昨夜鞄の中に仕掛けられたのを知らずに自宅で一晩過ごしてしまったから、
自宅の場所が敵にバレている可能性があり、アズサは家に戻れなくなったのである。
 そこでアズサは手持ち達と相談して、ひとまず別の街に向かい、あの事件で
知り合ったポケモンレンジャーに事情を話してみようという事になった。
 もはや自分一人で何とか出来る状況では無い事と、放置すれば他人にも
危険が及ぶ可能性もあったからだ。
 これ以上巻き込んで怖い思いをさせたくなかったから、キキョウシティに
着くと、ポケライドハイヤーのアーケオスにはすぐに帰ってもらった。
 地方を跨いだ為運賃は高くついたが、安全性を考えるとこの際仕方ない。
 アズサは近くに公園を見つけると、そこでレンジャーのシミズに電話をかけ、
昨日からの出来事を事細かに説明したのだった。
 海賊事件の後、アズサはシミズとセンザキの二人と電話番号を交換して
いたから、今回彼女に直接電話をかけることができた。
 普通にレンジャーや警察に通報すれば、緊急性のある事態以外は後回しに
されるだろう。

「まぁ、レンジャーが何とかしてくれるんなら、問題ないね」
「でも色々気になるしな……課題とか出席日数とか」
 薄々予想していたとはいえ、学校にも行けないのであれば単位など様々な
心配事がある。
「シミズさんは、その辺は何か言ってなかったの?」
 悩みの表情を浮かべるアズサに、ジムスが訊いた。
「一応、レンジャーの方から大学に連絡を入れてくれるらしいけど……」
 さっきの電話で、シミズはそのように言ってくれた。アズサが直接大学の
学生課に連絡を入れても良かったのだが、学生課というものは意外と融通が利かず、
アズサ本人が事情を説明したとしても、「それを証明するものを出せ」などと
言いかねないから、レンジャー側がやってくれるのは助かるが……。
「ならいいじゃないか。何を気にする必要があるっての?」
「そうだけど、こないだも迷惑をかけちゃったから、気になるんだよ」
 ただでさえ先日の海賊事件で大学側にも心配をかけてしまったし、それで休んだ分の
特別補講までやってくれたのだ。また大学に迷惑をかけることになると思うと、
憂鬱だった。
「マジメだねぇキミは……」
「思いやりがあるって事でしょ!」
 ジムスの言葉に、リエラが少し声を荒げた。
「それに母さんのことも心配だし……」
 今朝から出張に出ている母、ユキナのことも気になる。
 期間は数日と言っていたが、それだけで事件が解決するとは到底思えない。
 出張を終えて戻ってきたときに、事件に巻きこまれたなんて事にでもなれば……。
「でも、ジュウロウさんがいるじゃないですか。お母様は殿堂入りもした
トレーナーなんでしょう?」
 そう言ったのはルーミだ。彼女もジュウロウが強いことは知っているから、
あれだけ強ければ心配は無いと思えた。
「でも……今の母さんの手持ちは、ジュウロウだけなんだぜ?」
 だが、いくらユキナが優秀なトレーナーとは言っても、今の手持ちは
ダイケンキのジュウロウ一匹のみだ。いくら彼がレベルの高いポケモンでも、
対応しきれない場合もある。
「でも、必要以上に悩むと心に悪いわよ」
 今度は、ガブリアスのマトリが、アズサの肩に爪の先で触れながら言った。
 少しでも安心させようとしているのか、優しく撫でるように触れた。
 基本気弱なアズサは、心配事となると嫌な想像が膨らみ、頭が一杯に
なってしまう不安症的な部分があった。
「まぁ……そうだけどね」
 マトリの動作で少し落ち着きを取り戻したアズサは、顔を上げた。
 実を言うと、さっきの電話の中でシミズから、
『もし不安なら、レンジャーの権限で君を保護することも出来る』
 と告げられた。
 正直に言えばまだ不安はあるし、現状そのほうが安全なはずだったが、
そこまでしてもらうのは、何だか他人に甘えているようで、悪い気がした。
 それに、自分にはポケモン達という心強い味方がいてくれるのに、彼らの力が
信用出来ないようではポケモン達に失礼だし、トレーナーなら、ポケモン達と
困難を乗り越えていかなければ。
 そう思ってアズサは、その申し出を断った。
 ポケモンレンジャーが家を見張ってくれれば、少なくとも家と母の安全は
確保される。それに発信機は壊したのだから、そう簡単に敵と遭遇することは
ないと思えた。注意して動き回れば、問題はないハズだ。
 それに自分で何とかすると保護を断ったのだから、沈んでいてどうする。
「でも学校に行けないんじゃ……これからどうするの?」
 フローゼルのウィゼが、アズサの袖をくいと軽く引いて訊いた。
「そうだなぁ……」
「残りのジムでも回ったら? あと二箇所なんだろ?」
 考え込むアズサに、ジムスが提案をした。
 確かに、学校にも行けず自宅にも戻れないなら、それもいいだろう。
 それに、一箇所に留まるよりも動き回っていたほうが、敵に気づかれ
にくいし相手を欺けるかもしれない。
 各地のポケモンセンターを転々としながら、レンジャー達から続報を待って
いるのもいい。
「よし……わかった。そうしよう」
 そういってアズサはベンチから立ち上がった。
「夜になったら出発しよう。ここにずっと留まるのも危なそうだ」
「どこへ?」
「チョウジタウンだ」
 そう告げると、手持ち達は頷いてくれた。

再開 

 アズサは公園を離れ、街のポケモンセンターに向かっていた。
 ジムのレベルも段々と高くなっているから、ポケセン内のショップで
ジム戦に備えて傷薬などのアイテムを揃えたりと、しっかりと準備を
しておこうと思ったからだ。
 センターまであと数百メートルという時、道の向こうから一匹の
ポケモンが歩いてくるのが見えた。
「……あれは……」
 黒と黄色の毛並みをもつ大柄な流線型の体。鋭い目付きと、首周りに存在する
無数の噴炎口が特徴のポケモン。
 ジョウト地方の御三家ポケモン『ヒノアラシ』の最終進化系『バクフーン』だ。
 バクフーンは両手にスーパーの袋をさげていて、袋からはネギやらゴボウやら
長い野菜が突き出ている。どうやら買い物帰りらしい。
 きっとトレーナーにおつかいでも命じられたのであろう。
 するとバクフーンはこちらに気づいたらしく、目線をアズサに合わせてじっと
見つめてきた。
 次の瞬間、バクフーンはバタバタとこちらに向かって駆け寄ってきて、
いきなりアズサの肩を短めな腕でがっしと掴んだ。
「わ!?」
「あんた、アズサだよなぁ……? そうだよな!?」
 突然の事に驚くアズサに、バクフーンは興奮気味に告げた。
「え……!?」
 自分のことを知っているということは、敵である可能性が高い。
 警戒して、アズサは身構えた。
 そんなアズサの態度に、バクフーンは動揺しつつも続けた。
「お、オイ……オレだよ、覚えてねぇのか!? あの島で、一緒にスープを
作ったじゃねぇかよ!!」
 それを聞いたアズサは、あの島での数日を思い出していた。
 仲良くなった肯定派の者達。ミィカやリジェル。そして子ポケ達やマトリとウィゼ、
そして、料理作りに協力してくれたラッキーに――
「……君、あの時のマグマラシ!?」
「そうだよオレだ! 『フーレ』だよ!!」
 バクフーン――フーレは嬉しくなって、アズサの肩をがくがくと揺すった。
「久しぶりだなぁ! 元気だったかよ!?」
「君も元気そうだね。進化したんだ?」
「ああ、こっちに来て人間達と暮らすようになってすぐにさぁ!
 そうだ、オレが今居る所に連れてってやるよ。他のヤツらや子供たちも
居るぜ!? な、いいだろ!?」
 そういいながら、フーレはアズサの背中を押して、自分の居る所に連れて
行こうとする。
 一刻も早く街を離れて、チョウジタウンに向かいたかったが、
彼が敵ではないことはわかったし、久しぶりにポケモン達の顔を見てみたくなって、
アズサはその誘いを受けることにした。

孤児院 

 フーレの言う、肯定派の仲間たちがいるという場所は、すぐ近くにあった。
 というより、アズサが電話を掛けていた公園の三件ほど隣にあって、見た目は
平屋建ての学校のような建物だったが、手摺に擬宝珠がついていたりして、
その造りは寺院のようにも見える。
 建物の門には、『ツボミ園 児童擁護施設』とある。
「……孤児院?」
「こっちだ。入れよ」
 笑顔で、フーレはその施設の中へと入っていく。アズサも足を踏み入れて、
フーレについていくと、幾つかの下駄箱が並ぶ昇降口のような場所に
行き着き、その横にある事務室らしき所に入っていった。
「いんちょー、キッシ、今帰ったぜぃ!」
 言いながらフーレはドアを開けると、中に居た年配の女性に手を振った。
 その傍らには、同じく料理を手伝ってくれたラッキーもいた。
「あら、お帰りフーレ。お使いはできた?」
「もっちろんだぜ。ほれ」
 フーレはおばさんに両手の袋を手渡してから、
「なぁ院長、ちょっと紹介したいヤツがいるんだが……」
 そういって、事務室の入り口に立つアズサを指差した。
「フーレ、そちらの方は……?」
 おばさんがそう訊いたとき、隣にいたラッキー、キッシは驚いた表情で、
「あ……アズサ……?」
「へへ。そう、あのアズサだぜ」
「どうも……アズサです……」
 彼の言葉に、アズサは会釈すると、おばさんは椅子から立ち上がり、
「まぁ……あなたがあの……?」と告げた。

 アズサはそのまま、事務室内に案内されて、おばさんからお茶を出された。
「ささ、どうぞ……あなたのお話は、フーレや他のポケモン達から聞いていますわ」
「あ、どうも」
 アズサはお茶のカップを受け取り、口をつけた。
 事務室にはいつの間にか、おばさん以外のスタッフや、ポケモンたちも集まって
きていた。

 この施設は、キキョウシティに存在する重要文化財『マダツボミの塔』を管理する
ツボミ寺という寺院が運営している児童養護施設――孤児院であり、このおばさんは、
ここの院長だと告げた。
 そして、フーレなどの肯定派の生き残り達は、ポケモンレンジャーによって回収された後、
レンジャー側で引き取り先を募集し、それを知った院長が引き取りを希望したのだという。
 アズサも、マトリとウィゼをボールから出して、元の仲間達に再会させた。
 進化して強面になったマトリに驚きつつも、フーレ達は楽しそうに談笑していた。
「あなたが、この子たちに人間を教えてあげたんですって?」
「教えたっていうか……仲良くはなれました。フーレ達は、人間達をそれほど
嫌っていませんでしたから」
「でも、ポケモン達の言っていた通りね。貴方の手持ちも、よく懐いているみたい。
あなたは優しい人なのね」
 院長は、ボールの外に出ていたルーミとリエラを見て、そういった。
「そ、それで……ポケモン達はどんな感じですか」
 何となく気恥ずかしくて、アズサは話題を変えた。
「いい子達ですよ。あなたと触れ合えたからかしら」
 そういうと院長は、隣の部屋へと案内してくれた。
 そこは孤児達の遊び部屋になっているらしく、おもちゃやクレヨンなどが
散乱していて、子供とポケモン達が楽しそうに走り回っていた。
 アズサに島で真っ先に興味を示したヨーギラスや、アズサに甘えていたイーブイの姿も
あった。あんな苦しい戦いを経験した後とは思えないくらい、元気がいい。
「みんな……元気そうだね」
「ああ。人間の子供達にケガをさせないように加減もよくわかってる。
お前と出会って人間を知ったからさ」
「そうか……」
 自分と出会った事が、彼らにいい影響を与えたのだと解って、アズサは嬉しくなった。
「レンジャーの募集を見たとき、最初は海賊のポケモンだっていうから、危ないかもと
心配したんだけれど、実際に会って見たら人間にも慣れてて……あなたのおかげね」
「そんな……すっと人間達を信じていられる強い心を持った、フーレ達が
居たからですよ。僕はただ触れ合っただけです」
 すると、院長の隣でラッキーのキッシが告げた。
「でも、あなたがあの島に来てくれたから、私達もまた人間と一緒にいたいなって、
思うようになったんだから。色々あったけど、ここにはいろんな子供達がいて、
毎日楽しいわ。そうよねフーレ?」
「ああ。進化も出来たし、やっぱ人間と一緒に居るってのはいいもんだな」
 その言葉をきいて、アズサは笑顔を浮かべた。
 子ポケ達だけではなく、既に大人である彼らにも、アズサの存在は影響を与えて
いたというのだ。
 自分の存在が、彼らに幸せを齎すきっかけになっていた事が、とても嬉しかった。
 そんなアズサの様子を見て、院長が静かに告げた。
「そうだ、あなたにちょっと見せたいものがあるの。ついて来てもらって良いかしら?」

試練の証 

 院長は、施設の一番奥にある部屋に、アズサを案内した。
「さあ、ここよ」
 そういって、院長はがちゃりと扉を開いた。
 中は真っ暗だったが、院長が照明のスイッチを入れると、
すぐに室内が明るく照らされ、部屋の様子が明らかになった。
「……?」
 部屋は、フレームだけになったベッドと、小さな本棚、そして学習机が
置かれている。誰かの部屋のようだった。
 机に目をやると、幾つかのジムバッヂとトロフィーが並べて飾られており、
その真ん中ほどに、ポケモンと一人の青年が映った写真立てが置いてあった。
 黒髪の青年で、年齢は今のアズサより上だろうか。ポケモン達に囲まれて、
幸せそうな表情を浮かべていた。よく見れば、ハーデリアやエモンガ、
オノノクスなどイッシュ地方に生息しているポケモンが目立つ。
 それらの中心に、アローラ地方の御三家ポケモンの一匹『ニャビー』の
最終進化系、『ガオガエン』の姿があり、青年と肩を組んで楽しそうに
Vサインを作っている。
 その背景には、観覧車やスポーツドームなどが写っていて、ここが
イッシュ地方の都市ライモンシティであることがわかった。
「あれ……?」
 アズサは疑問に思った。この写真から、彼がこのときイッシュ地方を旅していた
ことは間違いない。なのに何故、手持ちがガオガエン――アローラ地方の御三家
なのだろうか?
 そう思っていると、院長が口を開いた。
「この部屋はね、その子が使っていた部屋なのよ。もっとも、
もうこの世には居ないんだけど……」
「え……?」
 少しばかり悲しそうに言ってから、
「彼は『キヨタ』、三歳位の時にこの施設に預けられて育ってきたの。
とてもやんちゃだったけど、バトルがスキで十歳になったときに、
「ポケモンと旅してリーグに出たい」って言ったの」
 十歳になれば、ポケモンと旅をする資格を得ることが出来るから、そのようにして
トレーナーデビューする子供は多い。だが孤児院出身のトレーナーというのは、
あまり聞いたことが無かった。
(話に聞かないだけで、そういう人はもっと沢山居るんだろうな……)
 バトルをするだけなら、トレーナーの素性にまで触れることは全く無い。
 本当は、もっと自分の知らない深い事情を抱えた者も多いのだろうと、
アズサは思った。
「あの……このガオガエンは、イッシュのポケモンじゃないですよね?」
「その子はね、捨てられてて、ここで保護していたニャビーだったのよ。
彼によく懐いてて、そのまま彼の手持ちになったの」
 なるほど。もともとは捨てられたポケモンで、彼が旅立つときに一緒に
連れていったと言う事らしい。
 院長は続けた。そしてこのキヨタというトレーナーは、院長の知り合いの
紹介もあって、イッシュ地方で旅をすることになった。
 そして海を渡った彼は、イッシュでジムを次々と突破して、四天王と戦い、
見事チャンプの称号を得ることが出来たという。
「殿堂入り……凄いですね」
「ええ。この施設からチャンピオンが出るなんて、本当に嬉しかった。
私も誇らしかったわ……でも……」
 院長は、俯いた。
「今から五年ほど前に、旅の途中に病にかかってそのまま……」
 そして、彼の手持ちポケモン達は他の所に引き取られていったという。
「そうでしたか……それは残念ですね」
「成人してからもここで住み込みで働いてくれて、施設の子供たちからも慕われて、
いいバトルの先生にもなってくれてね……子供達のために、ここに沢山ポケモンを
住まわせようって考えたのも、彼だったのよ」
 その後、運営元のツボミ寺の許可も貰い、院長は、数匹のポケモンを引き取って
子供達と共に暮らし始めた。
 やがて、捨てポケモンなども一部引き取るようになってポケモンの数も増えていき、
施設を出て行ていく子供の手持ちになったポケモンも多いという。
「本当にポケモンに優しくてね。よく懐いてたわ……あったあった」
 すると院長は、机の片隅においてあった何かを手にとって、息を吹きかけて
埃を払い飛ばしてからアズサの前に差し出した。
「アズサさん……よかったら、これを貰って下さらない?」
「これは……」
 アズサはそれを凝視した。
 腕輪だった。質感は石に近く、中心に何かが嵌りそうな窪みがあった。
 それは、見覚えがあった。
「……『Zリング』?」
 アローラ地方で採れる特殊鉱石、『Zクリスタル』を装着することによって、
ポケモンの技のパワーを増幅することが出来るものだ。
 アズサが島で複数入手した『ジュエル』とよく似ているが、それと異なり使っても無く
ならない上、より強力なZ技と呼ばれる技を撃つことが出来る。
「それから、コレもね」
 そういって院長は、アズサの手に四つの輝く石を置いた。
 一つは、灰色に輝くもの。もう一つは、銀に輝くものと、青色に輝くもの。
 そして最後の一つは、緑色に輝いている。
 Zクリスタルだ。それも『ノーマルZ』と『鋼Z』に『水Z』、そして『草Z』の四つだ。
「で、でもこれ……キヨタさんが島巡りをして手に入れたものじゃ……」
 院長のした事に、アズサは困惑した。
 アローラ地方は、『島巡り』と呼ばれる旅の中で各種試練を乗り越えた証として、
このZクリスタルを手にすることが出来る。だから、これらはジムバッヂと同等の
物であり、今は亡きトレーナー、キヨタの努力の証でもある。
 院長はそれを自分に譲ろうというのだ。他者の努力を自分のものにするようで、
気が引けた。
「あなたは、キヨタとよく似てて、優しくていい人だってわかったわ。
それに、あなたが海賊のポケモン達と仲良くなったおかげで、
ここも大分賑やかになりました」
 院長は、窓から庭で遊ぶ子供とポケモンたちに目を向けて、告げた。
 外の庭では施設の子供達と、引き取られてきたヨーギラスやイーブイ、
フシギダネやミズゴロウなどの子ポケ達が走り回って遊んでいた。
 人もポケモンも、皆楽しそうに笑顔を浮かべて。
「子供達も、あんなふうに笑顔が増えました。あなたのおかげでね」
「……」
 ここは孤児院。様々な事情で、辛い思いをしたであろう子供達が沢山居る所なのだ。
 そんな彼らが、ポケモン達と触れ合うことで、笑顔になる。それは喜ぶべきことなのだ。
 きっと、成長すればトレーナー資格を手に入れて、ここで育ったキヨタという
トレーナーのように、ポケモン達と旅をする者も出てくるだろう。
「あなたは、あの事件で辛い思いをしたことも聞いています。だから、
そんな『試練』を乗り越えた証として、このZクリスタルをあなたにプレゼントしたいの。
そのクリスタルは、五年前、彼がアローラを旅して手に入れたものよ。もっともその最中に、
彼は病気に……でも、あなたに使ってもらったほうが、キヨタも喜ぶと思うから」
「でも……」
 アズサは難色を示す。だがやはりこれらはキヨタが努力して手に入れたものだ。
 最後に手にした証だというなら、かなり大事なものだろう。
 やはり断るべきだ。そう考えたが、院長は続けた。
「海賊達の反乱や、仲間たちを失った困難を乗り越え、人とポケモンの関係を
保とうとしたあなたの行動は、フーレ達のような捨てポケモンの心をも動かしました。
 その結果として、施設の子供達もみんな元気になったんだもの。あなたはとっても
いい事をしたんです。だから、あなたはこのZクリスタルを持つ資格があります」
「僕は……あの時何もできなかったんですよ?」
 正直、あの事件で自分は何も出来なかった。結局リオも死んでしまったし、
否定派とも理解しあうことは出来ず、ミィカもあんな結果になってしまった。
 自分ひとりでは戦えず、皆に守ってもらうばかりだった。
 あの時のことを思い出して落ち込むアズサに、院長は優しく告げた。
「人間もポケモンも、完璧な者なんて存在しませんよ。誰にだって得手不得手はあるし、
限界もあります。あなたは精一杯頑張りました。その頑張りが、フーレ達や
子供達の今に繋がっているんですよ」
「そうよ」
 背後から声がした。振り向くと、事務室で話していたマトリ達が、いつの間にか
部屋の入り口に集まっていた。
「アズサはあの戦いで、まだ手持ちじゃなかったアタシたちに指示を出して、
立派に戦ったじゃない」
「うん……だからあたしもアズサを信じたくなったの」
 マトリに続いて、ウィゼも頷いてそう告げた。
「実際オレたちゃお前に救われたんだ。ポケモンに対してあんなに必死に
なる奴を初めてこの目で見て、人間をまた信じたくなったんだ」
「そして、今はやさしい院長先生やスタッフの皆、そして子供達と一緒に
いられるんだもの、私達は幸せよ」
 口々に、ポケモン達は言った。
「みんな……」
 犠牲は大きかったが、自分の頑張りは決して無駄ではなかった。そう思うと、
アズサは少しだけ涙腺が緩みそうになる。
 少なくとも、彼らを幸せにすることが出来たのだ。
 そして、彼らの言葉を聴いたアズサは決心した。
「わかりました……でも、やっぱりこれらはキヨタさんのものです。だから
このZクリスタルは僕が『お借りする』という形にしましょう。
ジム巡りが終わったら、かならずここにお返しします」
 院長は、にっこりと微笑んだ。

明かされる過去 

 その後、アズサは院長の誘いもあって、夕飯をごちそうになった。
 フーレが買ってきた食材で作った根菜のスープはおいしくて、デザートの
モモンゼリーもポケモン達に喜ばれていた。
 食堂ではテレビが付きっぱなしになっていて、一人の子供がアニメを見るべく
チャンネルを変えようとして、操作を誤ったのか天気予報に変わった。
『……です。今日はジョウト各所で晴れのいい天気でしたが、42番道路付近では
季節はずれの大雪になっています』
「……なんだって?」
 アズサは、思わず立ち上がってテレビをみた。その様子にチャンネルを変えようとした
男の子は、驚いてリモコンをテーブルに置いた。
 42番道路といえば、これから行く場所である。
『本日未明より降り始めた雪は、現在42番道路からチョウジタウン、怒りの湖方面にわたって
降り続けており、積雪は30~80センチ程で、交通機関にも乱れが出ており、周辺には
チェーン規制も出され……』
 アナウンサーが淡々と解説を続けていくなか、大雪で道が完全に見えなくなった
道路の様子が映し出されている。
「あら大変ね。これから行く所なんでしょう?」
「はい……」
 あれほどの規模で雪が降っているとなれば、雪や防寒対策もしなければならないだろう。
 コートや冬着は家にある。が、今は近寄れない。
「どうしよう……」
 アズサは呟いた。大きな町の服屋に寄って揃えてもいいが、今の時期はまだ冬物は
出ていない。揃えようとしてもできないだろう。
 その悩みを察したのか、院長が告げた。
「冬物ならあるけど、使う?」
「ホントですか!?」
「キヨタが使ってたコートがあるの。あなたならサイズもきっと合う筈よ。
さっきの部屋にあるわ」
 アズサは、心の中でキヨタに感謝する。Zクリスタルもそうだが、こんな状況下で
自分に救いの手を差し伸べてくれる亡き彼と院長が、神様のように思えた。

 再び院長と共にキヨタの部屋に行って、彼のコートやマフラーを借りる。
 多少埃を被っていたが、サイズもピッタリだった。
 コートのボタンを閉めながら、机上のキヨタの写真を眺めた。
(何から何まで……ありがとうございます)
 心の中で礼を言うと、部屋までついて来ていたラッキーのキッシが、アズサに耳打ちした。
「ねぇアズサ……その写真の隅に写っている子、誰だと思う?」
「え?」
 その言葉に、アズサは再び写真を見やった。
 よく見れば写真の片隅に、半分見切れるようにして、茶色いポケモンが写っている。
 さっき見た時は気づかなかったが、これはシンオウなどに生息するうさぎポケモン、
『ミミロル』である。
 半分しか写っていないが、恥ずかしそうにもじもじしているのがわかる。
「ミミロル……」
 呟いたとき、アズサは島でミィカと会話をした時の事を思い出した。
(そういえば、ミィカのトレーナーも病にかかったって言ってたな……)
 病にかかって、そのまま死に別れてしまったと言っていた。
 その後親戚に引き取られたが、馴染めず出ていってしまったことも。
 そこまで思い出したとき、アズサははっとした。
「まさか……!」
 キヨタというトレーナーと、ミィカとの共通点。アズサは思わず口を開いた。
 すると、院長がパタンとクローゼットを閉めて、告げた。
「そうよ……キッシ達から話を聞くまで、私もまさかと思ったけど……」
「じゃあ、ミィカの元トレーナーって……」
 院長は首肯した。

目覚め 

 微弱な“サイコショック”をぶつけて扉の錠前を破壊すると、
兄妹はゆっくりとその扉を開いた。
『……ッ!!!』
 そこに広がっていた光景を見て、兄妹は目を見開き絶句した。

 倉庫の中に、ずらりと並ぶ謎のカプセル。見た限り、その数は百以上は
あるだろうか。
 その中に、様々な種類のポケモン達が収まっていた。
 ナゾノクサが、ヒマナッツが。イーブイ、ピカチュウにヨーギラスにヤドン。
 モノズ、コジョフーにメレシー。ヌイコグマにストライク、ミミロル……。
 そうした数多くのポケモン達が、培養液に漬けられた状態でカプセルの中に
浮かんでいる。
 どれも目を閉じてピクリとも動かず、生きているのか死んでいるのかわからない。
「な……何よコレ……」
 サクヤが声を震わせた。
「まさか、このポケモン達って……」
 狼狽しつつも、何となく想像がついたニニギがそう言いかけたとき、
水で形成された手裏剣が兄妹に飛来した。
 咄嗟に回避すると、手裏剣は床に突き刺さる。
「!?」
 飛来した方向に目をやると、青いポケモンが天井からぶら下がるようにして
こちらを狙っていた。片手に、水で形作った手裏剣を構えて。
「あいつ……!」
 間違いない。島で地下研究室に侵入してきたゲッコウガだった。
「地上倉庫の扉に異常ありと知らせを受けて来てみれば……まさかお前達とは」
「しまった……!」
 あの錠前はここの警備システムと連動していたのか――?
 ニニギは自分の行動が迂闊だったことを後悔した。
「どうやってこの場所を知ったのかは知らんが……!」
「ふ……ふん、以前のお返しよ。今度はこっちから来てやったわよ!」
「ほざくな!」
 言うと、ゲッコウガ――ミカゲは右手で指鉄砲を作り、その先から
“冷凍ビーム”を撃った。ドラゴンタイプの兄妹には致命打となる攻撃だ。
 ニニギとサクヤは瞬時にメガシンカを遂げると、左右に散って直撃を受け
ないようカプセルの陰に隠れた。
 それを見て、ミカゲは手首についた通信機に向かって呟く。
「マスター、地上倉庫にコラッタが二匹進入しました。あのラティオスたちです」
『ミカゲ、撃退できるかね?』
 通信機から彼の主、ヤクモの声が返ってくる。
「私だけでは難しいですな。二匹揃ってメガシンカもしています」
 数は向こうが上で、メガシンカによって向上した火力で押し負けるかもしれない。
『わかった。増援を向かわせる。お前はまず連中を倉庫から追い出せ』
「了解……むっ?」
 通信が切れた刹那、地響きが倉庫を揺らした。

 同じ頃、復元室のスタッフ達は慌てふためいていた。
 振動と共に、突如としてカプセル内のレシラム・ゼクロムが反応を
示したからだ。
 アラートが鳴り響き、異常を知らせるメッセージが次々と操作盤の画面に
表示される。
「二頭のエネルギー量が増大しています!」
 研究員の操作する端末にヤクモも目を向ける。彼の言うとおり、確かに
エネルギーを示すゲージがグングンと上昇している。
「覚醒が近いようです」
「そのようだな」
 自分たちの計画も、この二頭の覚醒によって飛躍的に進むだろう。
 あと少しだ。覚醒すれば、あのラティオスやルギアたちなどは問題ではない。
 本当に、あと一歩なのだ――そう思った時、

『――来タか……』

 突然、声が響いた。ノイズがかったような不快な声だ。
 それも一つではなく、複数だ。
『アいツRaが……キたんダ……ニっkuき……』
「まさか……!?」
 ヤクモが、二頭のカプセルに目を向けたその直後。
 中に収まっていたレシラム・ゼクロムの目がぐわっと開き、
レシラムは禍々しい赤を、ゼクロムは恨めしい青の光を放った。
 それと同時に、びしりとカプセルに亀裂が走る。
「エネルギー量、計測限界を突破! これ以上は制御ジェネレータが暴発の恐れも……」
「カプセル解放! 地上へのゲート開け!」
「ええ!? しかしまだ……覚醒したばかりで、制御も完璧では……」
 ヤクモの命令に難色を示す作業担当者に、ヤクモは告げる。
「ここで暴発に巻き込まれるよりかはいい。やるんだ!」
「は、はい!」
 ヤクモの命令を受けて、研究員達が操作を始める。
 亀裂の入ったカプセルが、中の培養液を一瞬にして排出すると、ボンッと炸薬ボルトが
作動して、ひび割れた外殻が強制パージされ、レシラム・ゼクロムがそれぞれ露になる。
 同時に、彼らの頭上にある円形のゲートが轟音と共に作動して、地上への通路が開いていく。
『アいツら……許サなイッっ!』
 二頭は、一際大きな声でそういうと、それぞれ尻尾の動力炉(ドライヴ)を回転させ、
翼を広げてたった今開いたばかりのゲートから地上へ向かって上昇を始めた。
 研究員達は、呆然とそれを見送るしかなかった。
「出ていった……」
「大丈夫なのかよ……」
 研究員達が不安げにひそひそと話し合う声が耳に入る。
 そんな彼らの様子を見ながらも、ヤクモは考えていた。
(しかし……)
 さっき聞こえた、あの二頭の声。
「許さない」と言っていたが、二頭が何かの憎しみを抱いていることは理解できる。
 では一体、何が憎いのか? 蘇らせた自分たちか?
 いや。もしそうなら彼らは真っ先にこちらを攻撃をしていたはずだ。
 それに、地上倉庫にあのラティオスたちが侵入したと同時に、二頭は覚醒を始めた。
「もしかしたら……」
 長らく封印されていた彼らが、憎しみを向ける相手。
 同じクローンポケモンであり、彼らとは対照的に生みの親の愛を一身に受けて
育ってきた――
「あの兄妹か」

憎しみの双竜 

「墜ちろ!」
 ミカゲは兄妹が隠れた場所に向かって、“水手裏剣”を投擲する。
 その一発がカプセルに命中して砕け、中のポケモンが培養液と一緒に
ばちゃりと床に転がった。
「チッ!」
 そのスキに、こんな狭い場所では不利と悟ったのか兄妹は倉庫の外に移動して、
ミカゲは舌打ちをした。
 まあいい。どうせこの倉庫にあるポケモン達はクローンの初期試作品で、
自我も無いただの抜け殻だ。
 今となっては既に廃用で価値は無く、多少失ったところで何の問題もない。
 転がっても微動だにしないクローン試作のドーブルから目を離し、
ミカゲは外に出て行った兄妹を追うために入り口を潜り抜けた時だった。
「しまっ……!?」
 その瞬間、彼の頭上から無数のエネルギーが降り注いだ。
 エネルギー弾はミカゲとその周辺に次々と着弾して爆発を起こす。
“流星群”。ドラゴンタイプの最強クラスの大技だ。
 不意を突かれた攻撃に、ミカゲは直撃を喰らい吹き飛んだ。
 戦闘不能となって、ミカゲはその場に倒れたまま動かなくなる。
「やったぁ! お兄ちゃんスゴイ!」
「そ、そうかな……」
 サクヤが、喜びの声を上げると、ニニギは照れくさそうにして、
サクヤとハイタッチを交わした。
 見えない死角からの攻撃は予想以上に効果があった。
「でも……バレちゃったな」
 侵入がバレた以上、敵は総力を持って自分たちの撃退に当たるだろう。
 それに自分はたった今“流星群”を使ってしまったから、特殊攻撃力が
大幅に低下してしまった。これ以上の戦闘続行は難しい。
 ここは一度撤退するしか――そう思った時だ。
『――――!!』
 兄妹は突き刺すような鋭い敵意を感じ取った。
「な、何!?」
 サクヤが声に出した直後、兄妹の頭上に巨大な二つの影が現れる。
 言葉にならない声で呻くニニギ達を、白と黒の竜達は、圧倒的な威圧感と、
激しい殺気を宿した赤と青の瞳で、冷たく見下ろしていた。
「これが……レシラムと、ゼクロム……?」
 おずおずとサクヤが口を開くと、白と黒の竜達は答えた。
「ずッと見テいタ……お前たチヲ……」
 黒いゼクロムが、青い瞳を輝かせて言った。
「……お前タちガ……どうしTeオ前たチだけガ……」
 白いレシラムが、同じく赤い瞳を輝かせて告げる。
 その光景は、まるで瞳から炎が燃え上がっているようにも見える。
「僕たち……だけ?」
 二頭の言葉の意味が、ニニギにはわからなかった。
「お前たちだけ」とはどういうことだ?
 その答えは、次に二頭が発した言葉で明らかとなった。
「たダの試作品デあるオ前たチが……!」
「え……?」

「 不 良 品 ガ……」
「 ゴ ミ 如 キ が……」

 次の瞬間、レシラムとゼクロムは、共に口から漆黒の炎と稲妻を放った。
 兄妹は、回避しきれずその奔流に飲み込まれた。
「ぐわぁぁああああアア゛ッ!!」
「きゃあああァァァア!!」
 効果は抜群。身を引き裂くような強烈な攻撃が、兄弟を襲う。
「ぐは……」
 知らない技だった。通常の炎と電気の技ではない。黒い炎に黒い稲妻など、
これまでに見たことが無い。
 悪タイプの技かとも思えたが、それにしては受けた感触が違う。
 冷たい殺意の加わった、底の見えない深い深い闇のような、
受けたこちらの心が閉ざされそうな一撃だった。
「こんナものデは済まサなイ!!」
 ゼクロムの尻尾のエンジンが回転し、スパークが迸る。
 そして、ゼクロムの体が黒いオーラに包まれると、そのままニニギに
向かって突撃した。
「うぐぁああああああ!」
 巨体の攻撃を食らって、ニニギの体は吹っ飛んだ。
「お兄ちゃん!!」
 メガシンカが解け、ニニギは地面に転がった。だが白黒の竜達は、
既に戦闘不能となったニニギになおも攻撃を仕掛けようとした。
 ゼクロムがニニギの翼を踏みつけて、逃げられないようにすると、
爪を繰り出して、ニニギの水色の胴体に突き刺した。
 内蔵をやられたらしく夥しい吐血。ニニギの口周りが赤く染まる。
「お兄ちゃ……!!」
 サクヤが叫んだが、その言葉はレシラムの腕が彼女の翼を鷲掴みにして、
地面に叩きつけられたことで途切れた。
「……出来損いドもめ!!」
 レシラムは、何度も何度もサクヤを踏みつける。彼女がニニギと同じように
体がボロボロになるまで執拗に攻撃を加えた。
「サク……ヤ……」
 深手を負いながらも、ニニギは妹を助けるべく残った力で技を放つ。
「……“流星……群”!」
 瞬間、ゼクロムの右側面から無数のエネルギー弾が降り注ぎ、小爆発が
立て続けに起きた。
「Guぅアっ!?」
 ゼクロムはバランスを崩し、よろめいた。そのスキに、ニニギは力を振り絞って
その場から脱出する。
「サクヤ……“流星群”を……!!」
 傷のために大きな声が出せないため、ニニギはテレパシー通信でサクヤに語りかける。
 それに応じて、サクヤはレシラムに踏みつけられながらも“流星群”を
放つ。ニニギと異なり、サクヤは一度も使っていないため特殊攻撃力が低下して
おらず、彼女の技はレシラムの体を大きく吹き飛ばすことに成功した。
「グgaあッ!」
 そのスキを見逃さす、ニニギは三度目の“流星群”を、吹っ飛んで立ち上がろうとする
レシラムに打ち込んだ。威力は下がりきっているが、時間稼ぎにはなる。
 ニニギは横たわったままのサクヤの腕を掴むと、そのまま急上昇を掛けて、
その場から離脱しようとした。
「お兄……ちゃん」
 息も絶え絶えに、兄を呼んだサクヤはがくりと気を失った。
 サクヤの体は打撲だらけで、背中の翼が片方折れ曲がり、片腕も力なく風に揺れていた。
(サクヤ……)
 自分の判断ミスのせいで、妹をこんなにしてしまったことに、ニニギは深い罪悪感を感じた。
「う……」
 ゼクロムにやられた傷が痛む。出血も止まらず、意識も薄らいで視界がぼやけ始める。
 ああ、今回こそもうだめかもしれないな。
 ボウシュに、ルギアとホウオウにスイクン・ライコウ・エンテイ。
 多くの者達が自分たちに協力してくれたというのに、こんな所で
終わりを迎えることになるとは。宝を取り返すことも出来ず、メガシンカも
出来るようになったのに、奪っていった連中に一矢報いることも出来ない。
 何も出来ない自分自身が情けない。
(でも……いい……か……)
 これが最後であっても、自分の愛する妹が傍にいるのだから。いいかもしれない。
 そんな風に思えた直後、ニニギの視界はブラックアウトし、サクヤごと眼下の海に
墜落した。


 ようやく21話です。今後暫くは伏線回収をやろうと思っているので、
ジム戦は次の次くらいになりそうです。

 アドバイスや指摘、感想などお待ちしております。↓

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  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2017-07-29 (土) 22:44:16
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