Writer:Vanilla ?
わたしたちは、ただひたすらに走っていた。
途中、道と呼べないような道を走ってきて、樹の根や生い茂る草に足を取られて何度も転んだ。
道を選んだり、怪我に気をつけて移動する余裕がないくらいに焦っていたのだ。
なのでもう、ふたりともぼろぼろである。
どうして焦っているのかというと、そう、わたしたちは今――逃避行中だから。
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それにしても走り続けてどれくらいになるのだろうか。
「ふぅ――ここまで来れば安心かなぁ。」
わたしは小さな山の頂点にたどり着くと、希望的観測を込めて言った。
「さぁ、どうなんでしょうね。悪い予感はしないけど」
隣を歩いているエーフィは素っ気無く言う。
体には泥や葉っぱが纏わりついてはいるが、射抜くような鋭い瞳に曇りは無く、私よりも十年年上だとは思えない綺麗な顔立ちをしている。
「"星のみぞ知る"って事かしらね?」
彼女は揶揄を込めた口調でそう言った。
びゅう、と、風が吹く。
向かい風が運んできたその匂いは、当然だが私たちがさっきまで居た集落とは全く違う匂いで、違う土地へ来たという事を感じさせる。
遠くまで逃げられて良かったという安堵感と、見知らぬ所へ来てしまったという恐怖感が入り混じり、私は何とも言いがたい気持ちになる。
ふとエーフィを見ると、その呼吸は規則的で乱れがなく、射抜くような鋭い瞳には疲れの色も恐怖の色もない。
対照的に私はハァハァと息をあらげており、何だか恥ずかしくなって、歩く足を止めてしまった。
エーフィはそんな私をちら、と見て「疲れたでしょ。休む?」と気を利かせてくれた。
ちょうど眺めのいいところだったこともあって、私は「そうする」と短く告げると、仰向けに草むらへと身を投げて、空を仰いだ。
エーフィは何も言わず、しかし私は何か喋らないと不安でならないので「あぁ、それにしても今日は星が綺麗に見える」などと適当な事を話題にしてみた。
「そうね――逃げるには向かないけど」
……確かにそうである……。だが、もし星一つ無い暗闇だったら私はどれだけ恐怖にかられていることだろうか。
「でも、綺麗じゃない?キラキラ輝いてて」
と、自分の恐怖を誤魔化すように言う。
だが、エーフィは「あんたは……星が綺麗だと思う?」などと聞き返してきた。どうも話が噛み合っていない。
私が内心困っていると、彼女は続けて「月から来たという、ピッピに言わせてみれば、それは違うらしいわ――」と、不思議な事を語り始めたのだ。
「月から見ると――星は全く瞬かないのよ。キラキラ輝く、なんて事も無いわけ。
月には空気が無いし、風だって吹かない。
星っていうのは、それ自体が瞬いているわけじゃないの。
降り注ぐ星の光は、風に揺られてから私たちの目に届く。
それが、『星が瞬く』ということ。
――この世界に住んでいるからこそ、この空を通して見ているからこそ、私たちは星を綺麗だと思えるのよ。」
エーフィは私の知識を超えたところにある事を、すらすらと言葉にしてゆく。
「月から見れば星の見え方だって変わるの。
だから、わたしたちが星座と呼んでいるものも月では全く違う形になる。
まぁ、考えてみれば当たり前なんだけど――どうしてわたしたちは、そんな見る場所によって見え方の変わるものに信仰心を芽生えさせたのかしらね。」
エーフィは少し怒っているようで、しかし諦めているようにも見えた。
無理もない――彼女はそれを否定しようとして捕らえられたのだから。
「でもね――」
とエーフィが続けようとした時、空に動きがあって、私はそれに釘付けになった。
「あ――ねぇ、あれ――!」
と、エーフィの言葉を遮ってそれを伝えようとした時、それは既に終わっていた。
「ふふ――2回しか言えなかった。」
エーフィは微かに笑いながら言った。
「なんだ、気付いてたんだ。流れ星。しかも私より1回多く言ってる……」
「(あれ……)」
しかし、私はエーフィの言葉に違和感を感じた。
「(どうして……エーフィは流れ星に願い事を……?)」
彼女は、「星の見え方で先に起こることを予見する」という集落の方針に反対していたはずなのに。
「でも……ね――」
エーフィはさっき私に遮られた言葉を続けた。
「月から観た地球っていうのは、それはそれはとても美しいんだって。
月では星を観るより、地球を観る方が流行っていたくらいに。
だから、私は思うの――例えそれがあやふやで不確かなものであっても、星が綺麗だな、と心を動かされる事にいちいち理由なんて要らないのよ。」
彼女は少し投げやりな口調で言い、私の隣へと寝転んだ。
「つまり……私も星が綺麗だと思う、ってコト。
星が見えたか見えなかったかで運命がどうにかなるだなんて信じられないけど、でもそう思っていても信じてしまうだけの力が――
流れ星が流れる間に3回願い事をすると、その願いは叶うんじゃないか、って思わせるだけの力が、星にはあると思うのよ。」
エーフィはそのすみれ色の瞳を私に向けながら言った。
私はそれを聞いてただ率直に
「かっこいい……」
と思い、何の脈略もなくそのまま口に出した。
「エーフィは凄いなぁ……私もあなたみたいになりたい」
と、私は憧憬の眼差しを向けると
「なれるわよ。きっと、あと10年したら」
彼女は泥の付いた口端を上げながら、確証を持った声で私を励ました。
きっと、私とエーフィの知識の差というのは、人生の長さ以外にも色々な要素がるだろう。
私は何年経っても今のエーフィに追いつけないんだろうな、などとと諦めていたところもあった。
それでも私はエーフィの傍に居たいと思った。彼女が処罰されると聞いた時、この身が犠牲になってでも助けたいと強く思ったのだ。
私はそれだけ彼女に心を動かされていた――そう、ちょうど星がわたしたちの心を動かすように。
「私には、星座がどうだとか、そういう事はよく分からない……だけど、これだけは言える。私は――あなたを信じてる。」
「……ありがとね。」
エーフィは短く、しかし多くの意味を含むお辞儀をした。
私は彼女を助ける動機などどうでも良かったのかもしれない――強いて言うならば、ただなんとなく、彼女と居ると楽しいから、ということなのかもしれない。
わたしたちは共に空を見上げていた。
きっと私と彼女でも星の見え方は違うのだろうが、しかし二人とも綺麗だと思って観ている。
意見を事にした私の集落の人たちだって、きっと綺麗だと思って観ているのだろう。
吸い込まれるような星空をふたり、いつまでも眺めて居たかったが、ここで夜を明かすにはまだ少し不安が残るので、わたしたちはまた歩き始めた。
「ところで、エーフィは何てお願いしたの?」
私はふと気になって尋ねた。
「あぁ――いや、体洗いたいな、って」
それを聞いて、ぷっ、と私は吹出してしまった。
「もー、それならあんたは何て願ったのよ」
エーフィは笑いながら、少し怒った口調で言った。
「あ――!」
私はエーフィの質問に答えないまま、向かい風の運ぶ匂いに嗅覚に心を奪われて、感嘆の声を上げた。
「え、なに?また流れ星?」
エーフィは誤解して空を見上げる。
「ううん、違う――でもこのニオイは――」
ニオイ、と聞いてエーフィも鼻をヒクヒクさせた。
「あ――!」
エーフィも先の私と同じ感嘆の声を上げる。
そして、わたしたちは声を重ねて言った。
「水!」
わたしたちは水の匂いがする方へと駆けた。
「ああ、そうそう――私が流れ星にお願いしたことだけど」
やがて小川へと辿り着くと、私はエーフィに向き直って笑み、言った。
「水が飲みたいな、って」
それを聞いて、エーフィはぷっ、と吹き出した。
「フフッ、1+2は3……ってコトね」
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「そうそう。さっきの月から来たピッピだけど――こう言ってたよ」
「"地球で見る星は、すごく綺麗だ"って」
去年、割と勢いで書いた作品。
割と個人的にも気に入ってます。
ノベルゲーム委員会とも若干の関わりがあったりも(笑)
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