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Schrödingers Katze

/Schrödingers Katze

Lem


 R18Gと呼ぶ程ではないと思いますが、そういうのが苦手な人はブラウザバックした方がいいかもしれません。


Schrödingers Katze 


 私達は先を識る事はできるが、起こってしまった事を無かった事にする事はできない。
 どんな物事であれ、結果の末路へ私達がどう到達するかは誰にも解らない。
 それを識る事ができるのは箱の中へと囲われた猫だけだ。

 されど箱の中の猫は語らない。
 どれだけ答を追いかけても。
 どれ程に解を求めても。

 生きているかも死んでいるかも。
 そこに在るかもそこに無いかも。
 何一つとして知る事はできない。

 私達が知る事ができる解は。
 ほんの一押し、扉を開くだけで脆くも崩れ去る、あやふやで確かな一つの真実。
 誰にも解明する事のできない、神々の落し物。

 それは何処にでもある普遍性であり、故に誰もが疑問符を抱かなかった。
 だから問おう。
 観測が齎す偽りと、観測に隠れる真実を。

 私は。
 あなたは。
 何故ここに『在る』のですか。



 闇が来ても光は訪れる。
 奈落の如く広がる樹海の穴倉に、それは仄かに灯っていた。
 それ以外の光は何処にも無く、陽光も星光も呑み込む濃密な闇だけがそこに在った。
 灯火が揺らめいた。風に靡いてではない。
 微風が肌を撫ぜる事すらこの深淵は拒絶していた。
 囲われた世界の中で存在を認められているそれは意思を持っていた。
 奇妙な事に多くの生物は暗闇の中で灯火を見つけると真っ先にそれへと縋りつく。
 そういう習性をそれは知っており、知り尽くしていた。
 灯火の根元から伸びる蔦蔓を迷い子が認識する頃には、身体中を絡め取られて身動く事すら敵わない。
 それはそうやって生きていた。
 縋りついたそれがどんな物であろうと考える事もせずに。
 そうやって在り続けていた。

 灯火が再び揺らめく。
 しかしその輝きは心なしか弱々しく、発光の頻度も多いともいえない。
 それでも周囲を照らすだけの、自らの足元を灯すだけの輝きはあった。
 蠢く影が一つ。
 否、二つ。
 異なる影の重なり合いを剥がす様に灯火が距離を詰めた。
 蔦蔓の本体とも呼ぶべきそれはあまりにも巨大で、人の子ですら容易く呑み込めるのではないかと思われた。
 食虫植物の一種に属するとはいえ、ここまで度を越してしまっては最早食肉植物と言い換えた方が適切かもしれぬ。
 その傍らではこれも又引けを取らぬ程に大きな猫が寝そべっていた。
 確かに猫ではあるものの、やはりこれも適切な単語とは言い難い。
 現に食肉植物から伸びる蔦蔓は、猫を束縛してはいるものの、持て余しているという風にも見て取れた。
 むしろその気になれば猫は蔦蔓を食い千切る事さえ可能だろう。
 どれ程に灯火を輝かせようとも、月光はおろか星光にも敵わない。
 尾先に宿る星の瞬きは煌きとともに闇を切り裂く。
 流星の尾には雄々しき猫、否。
 獅子の影が闇に貼り付いていた。
 夜の総てが内包されているといってもいい。
 猫は星のみならず、金色の月をも宿してさえいるのだから。
 解せないのは双方とも争うというには程遠い静謐さを纏わせている事である。
 猫は双月を閉じた侭、蔦蔓の絡みに身を任せ切っている。
 絡む蔦蔓は猫を締め上げる事もしなければ、自らの体内へと運ぶ気さえも感じられない。
 灯火の輝きも微妙だが先より落ちている。
 争うだけの気力や体力を、どちらの影とも有していなかったからだった。
 互いが相争うには時が経ち過ぎていた。
 影の間に挟まれる声は囀りよりも低く、何時途切れてもおかしくはないか細い声に、今際の際が近い事を感じずにはいられない。
 囀りは猫の一方的な独白であったが、聴き手は然程意に介さず、絡んだ蔦蔓や灯火の強弱を用いて応えた。
 それらは訪れる死を待つだけの間柄に見えたかもしれない。
 だがそうではない。そういう部分も無きにしも非ずだが。
 猫は老衰による死であるのに対し、植物は定期的な養分さえ摂取できれば半世紀以上は存命が可能とされる。
 決定的に異なる身体の造りは精神の構造にも直結する。そうでなくとも互いが迎える死に様のケースは全くの別物で、植物の抱えている危機の正体は飢餓による衰弱であった。
 眼下の猫を養分にすれば植物はこれからも先を、尽き果てるまでの間中、生を謳歌していくだろう。
 死を待つ者と、死に抗う者。ベクトルは全くの逆である。
 にも拘らず双方の力は相互作用が働いているかの様な、奇妙な光景を演出させている。
 猫の死へ対する苦しみを少しでも緩和させようとの粋な計らいか。答えは否だろう。飢餓感に苛まれている者がそんな余裕を見せる事が有り得るのだろうか。
 可能性は零じゃないとしても、結果の候補に当て嵌めるにはあまりにもナンセンスである。
 そもそも餓えている者ならば形振りなど構っていられないのだから。
 その為ならば同族をも食い殺すであろう。
 そう、同族をも。

 再び灯火が揺れた。
 それが命の揺らめきであると認識した時、急に輝きが別の物かと見紛う程に強くなる。
 辺りの闇を裂き、猫の足元さえも照らした。
 土気色の根が無数の隆起を形成し、所々で山と谷ができている。
 その中には灯火を照らす植物と同じ造詣の物がこれも無数に積み重ねられていた。
 観測したその光景は、一の如くではなく奈落そのものへと形成されていく。
 己が成した結末を見届けてか、灯火の発光は徐々に薄くなり、再び二つの影だけを照らす。
 自らの発光を浴びる植物は周囲の闇とは違う色の、深い翳りを帯びていた。
 眠る様に瞼を閉ざし続ける猫の口許から再びか細い声が漏れる。
 それは幼子に聴かせる童歌でもあれば。
 戒めを忘るる事無く言い聞かせる戒律でもあった。



 坊やよ、坊や何処へ行く。
 母の目盗んで何処へ行く。
 森の奥地の何処へ行く。

 母の声聞けぬその外へ。
 眼差し届かぬ深淵へ。
 落ちてくれるな帰り道。

 坊やよ、坊や何処へ行く。
 母の跡続いて何処へ行く。
 森の木霊の何処へ行く。

 母の声聞けぬその内へ。
 温もり届かぬ水底へ。
 落ちてくれるな還り道。




 植物は夢を見ていた。
 それは猫が奏でる童歌の魔力かもしれぬ。
 命の終わりが直ぐそこまで迫っているからかもしれぬ。
 その両方かもしれぬ。
 
 何にせよ植物は夢を見ていた。
 見覚えのある情景に一つ一つ、在りし日の物事を思い出していく。
 数々の同胞から伝わる意思の波長を懐かしむ。然しながら同胞の声を、言葉を、書き出す事はできなかった。
 植物にとっては同胞の声は総て己の意思と同じく供にするものであると信じて疑わなかったし、信じずともそういうものであると思い込んでいた。
 それは別の植物等も同じで、群集でありながらも一つの固体とも言うべき繋がりを共有していた。
 地中に張られたネットワークが繋がり合う様に、植物等もそれに似た器官(センサー)を供えていたのだろう。
 だからこそかも知れぬ。
 驕りが植物等の内に蔓延しているのを、盲信が植物等の思惟を束縛しているのを、誰一人として気付きもしなかった。
 ある日が訪れるその時までは。
 ある器官が傍受したミクロの物質に干渉されるその時までは。

 それは何処からともなく迷い込んできた小さな猫だった。
 陽光も星光も射さぬ暗闇の中、薄明かりに縋りついた幼子が無数の蔦蔓に絡め取られ、あちらこちらへと宙を舞っていく。
 小さな星が尾を引き、無数の灯火を結ぶ線となる。
 まるで植物等の繋がりを表すかの様に線が引かれていく。
 やがてそれにも飽いたのか、星はどれとも知れぬ植物の中へと消えた。
 それが夢を見ている植物そのものであったのかは分からない。
 それらに違いなど無く、それらはミクロの物質の集まりとして存在している様な集合生命体であったからだ。
 そういうものであったはずだった。

 星を飲み込んだと思わしき器官から絶叫が、苦鳴が、悲鳴が、聞くに堪えない音が器官の隙間から漏れた。
 箱の中で猫が融かされていく度に、異物感と音の共鳴が広がっていく。
 箱の中の猫は直ぐには絶命はしなかった。
 別の系統の食虫植物や食肉植物がどう在るかは分からないが、この森の中にいる植物等は捕らえた獲物を直ぐには消化しない習性にあった。
 獲物の出入りが少ないこの森の中においては、養分となる素体をゆっくりと消化する事で数日から数ヶ月を食い繋ぐ。
 声が止んだからというだけでは中の猫の状態はまだ分からない。
 生きているのか死んでいるのか、それを確認する方法は吐き出す以外に方法が無かった。
 そもそも確認をする必要性さえ植物等には皆無の思惟だった。星を取り込んだ器官だけを除いては。
 その器官だけが内に語りかける声を認識していた。
 その声の干渉がいつしか周りには決して伝わらぬものとして、理解されぬものとして。
 己が群集を固体とするものでないという可能性へと思惟が結びついていく。
 唐突に隔絶された植物の内を闇が侵食していくのを、これも周りにはわけのわからないものとして。
 夢はそこで闇に呑まれて消えた。

 己がどういう存在で在ったのかを、再観測する事も無く。
 植物の時間は在りし日の過去と共に孤独に呑まれて潰えた。



 猫は夢を見ていた。
 だが夢であるのかすらも猫には分からなかった。
 確かな記憶として刻まれているのは、暗闇の中を仄かに照らす、妖しくも優しい灯火の欠片。
 記憶しているのはそれだけで、その先はやはり暗闇だけが続いている。
 心細さと悲壮感に押し潰される度に猫は鳴いた。あらぬ限りに猫は鳴いた。
 次第に焼け付く様な激痛が双眸を突き刺し、猫の鳴き声は悲鳴と苦鳴に変わる。
 永遠かとも思われる程に長い苦痛の時間が続いた。やがて苦痛が過ぎ去る頃には、焦燥感により猫の口から言葉は尽きていた。
 猫は己が何処で死に絶え、己が何時まで生きていたのかさえも区別がつかなかった。
 恐怖に押し潰される度、猫は生への渇望に縋りつく。
 暗闇から逃れるべく手足を這ってでも歩を進め、転ぶ度に恐怖が背中に圧し掛かるのを幾度も感じた。
 されど悪夢だけが続いた訳ではない。
 全身に纏わりつく恐怖を引き剥がしては前へと暗闇の道を進む度、懐かしい匂いや喧騒が感覚を通した。
 父母の声が聞こえたかもしれない。兄弟姉妹の触れ合いを感じたかもしれない。
 猫は己が故郷とする地へと帰り着いたかもしれない。
 それすらも曖昧だった。
 猫にとっての幸せが確かにそこにはあったが、俄然として恐怖の不安は、暗闇は晴れなかった。
 最早以前の様な、何も知らぬ無知な自分へと戻る事すら叶わない。
 それでも絶望だけはしなかった。
 ここに居てもいいという幸福、猫を必要としてくれる幸福、母として歳を重ねていく幸福。
 様々な幸福が猫の傍にあり、暗闇の水底へと落ちる事なく老いていった。
 そんな幸せな夢が猫にはあったかもしれない。

 猫には分からなかった。
 恐怖に雁字搦めにされた猫の精神はあの時より死に絶えて静止した侭であった。
 夢から醒めても世界は未だに暗く、醒めない夢を猫は見続けていた。
 しかしそれも今日限りで終わるであろう事を猫は直感的に悟っていた。
 老いた猫が求めた最後の幸福は、己の死に場所を探す事と。
 猫を逃がして闇に呑まれた植物への恩返しであった。

 だが猫にはそれを観測する術がなかった。
 問い掛けても返ってくる答えは沈黙のみ。

 それでも。
 可能性の傍で最後を迎えられるだけでも。



 陽光も星光も射さぬ暗闇に覆われた樹海。
 あまりの暗さに近隣の生物は誰も立ち入らなかった。

 囲われた世界の中で。
 二つの可能性は観測される事なく。
 幾星霜が流れて過ぎる。



 後書

 今更ながら後書(2013/7/6(土)の深夜)。
 何でこんな遅くなってんだ!という言い訳を展開させていただくならサボり過ぎたんだYo!
 しばらく多忙期になるというよりネット環境から離れる時期が差し迫っているので、重い腰を漸くあげました。昨日までのルール、今日はただのルーズ。

 では本題。タイトルからも分かる通り、シュレーディンガーの猫というものを聞いた事がある人は多いと思います。
 名前だけ知っててどういう意味かまでは知らないって人も大概いると思います。
 簡潔に言えば思想実験のひとつですが、内容までは長くなるので興味のある方はググって見るよろし。
 まぁ知らなくても作品を読むのに問題はありません。けれど知ってから読むと無知だった頃とは別の世界が開けます。

 登場人物は書かなくても大体分かると思いますが、一応ネタバレ防止に伏せておきます。鼠薬。

 ・コリンク(レントラー)
 行ってはいけない森の奥深くへと迷い込み、ウツボットに捕食される。
 後にウツボットの良心により解放されるが、五体満足とはいかず、様々なものを置いてきてしまう。

 ・ウツボットとその他多数
 彼等は元から個としての意識があった訳ではない。
 彼等にとって周りの者は壁であり、配線であり、同居人でもあり、血管でもあり、己自身でもあった。

 そういえばポケモンだけを登場させるというのは何気に私の中では珍しい事です。
 普段なら老若男女誰か一人が紛れ込むものなのですが。
 あれですね、やっぱり最終日になってから書くのよくないね。 

 でも止められないんだなぁ……セルフ夏休みの宿題。又次回。


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Last-modified: 2013-03-09 (土) 00:00:00
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