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S・I研究部〜やおいのはなし〜

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※この小説は偏った性的嗜好をテーマとしております

author:macaroni

<<第二話



ひとは誰しも絶対に知られたくない秘密を持っている。
自分がいつから特殊な性癖を持ち始めたのか過去を振り返り、冷静に分析してみると意外に些細な事が発端だったりするものだ。
初めて見たエロ本が熟女モノだったり、可愛い姪っ子に「お兄ちゃんと結婚したい」と言われたり。
そしてそれらを無理矢理理由にして納得したら、今日もその秘密を胸に起き上がれ。
老若男女、あらゆるフェティシズムについての悩みを解消する為にこの学園に存在するのが、我々「S・I研究部」、通称フェチ研である。



S・I研究部〜やおいのはなし〜

「せっ、先輩!?」
僕よりも一回り体つきの大きい先輩に、僕は簡単に押し倒されてしまう。
「溜まってんだ、わかるだろ」
先輩は僕の腕をつかみ、無理矢理自身の股間の辺りへ持っていく。
あぁ、先輩のモノ・・・
僕のより立派な先輩の肉棒はすでに膨張しきっていて、僕の手のひらを簡単に押し返してくる。
僕は優しくその先端に触れ、そのまま・・・

やおいはそこで本を閉じた。
全く文章が頭に入ってこない。
楽しみにしていたはずの「先輩と僕」シリーズの最新刊だというのに、途中でなんども読む意欲が無くなってしまう。
たしかにシリーズの5作目ともなれば多少展開は読めてしまうし、ネタもそろそろ尽きてきた感はある。
しかし原因はそれだけではないのは彼女にも薄々わかっていた。
彼女は机の引き出しから一冊の本を取り出した。
それは「先輩と僕」の第1巻であり彼女の愛読書であるが、全く同じ本が部室の本棚にも置いてある。
部室に置いてある方は既に何度も読み返した為ぼろぼろになっているが、手元に置いてある方は大事に保存してあった。
なぜならこの一冊には彼女の特別な思い入れがあるのだ。
やおいは本を胸に抱き、あの日の事を思い出していた。



学園生活もはや3ヶ月目を迎え、梅雨の季節にさしかかっていた。
クラスメートとも当たり障り無い関係を築きつつはあったが、ずっと感じていたどこか埋まらない空白感はこの学園に入学しても変わらなかった。
彼女自身は全く意識はしていないのだが、どうやら自分の容姿は周りを惹き付けるらしい。
男子生徒から熱を帯びた視線を送られる事はしょっちゅうだが、女子生徒からも妬みと嫉妬の感情を感じ取る事もややあった。
「あの娘よ、この間ルカリオ先輩を振ったのは」
「そういえば三組のニョロボンも振ったらしいわよ」
「生意気ね。何様のつもりなのかしら」

幼い頃から女の子の好むおままごとや人形ごっこ等の遊びよりも、男の子と鬼ごっこをしたりチャンバラごっこをするのが好きだった。
やがて成長し、男女の違いについて意識し始めた頃、女性同士の友情はもちろん、男性との友情を築いてもどうしても男性同士の友情のようにはいかないことを痛感することになった。
中学生になりミミロップへと進化すると、彼女の容姿はどんどんと美しいものへ変わっていった。
それに伴って次第に男子との友情を築くのが困難になり、同時に女子からは敬遠されるようになった。
そうした経緯もあって彼女は男性同士の友情にあこがれを抱く様になり、よく男子がじゃれ合う様子を眺めて過ごす様になった。
ボーイズラブというものがある事を初めて知ったのはそんな時期だった。
よく遊びにいっていた近所のお姉さんの家に置いてあった小説を読ませてもらい、その世界にのめり込むのにそれほど時間はかからなかった。
お姉さんといろいろ妄想したり、小説の話をする時間は嫌な事を忘れさせてくれる大切な時間だった。
しかしそれも長くは続かず、お姉さんが遠くの街へ引っ越してしまってからはBLが好きな事は自分だけの秘密になってしまった。

この学校でもそれは今までと同じ。
「ミミロップさん奇麗だよねー!」
「彼氏がいないなんて不思議」
「ミミロップさんはこの学校で気になる男子いる?」
正直放っておいて欲しかった。
皆に構われれば構われるほど彼女は妄想の世界に深く入り込み、誰にも打ち明ける事の無い秘密を抱えて生活する事に少しずつ窮屈さを感じ始めていた。
そんな彼女の学生生活にも、唯一気になる存在がいた。
このクラス、いやこの学校中で異質な雰囲気を放っている2匹がいたのだ。

「ローリー、国語の宿題写させてくれよぉ」
「そう言うと思って今日は俺も宿題をやってこなかったんだ」
「えぇ!それじゃ俺はどうすれば・・・」
教室の後ろの方の席でいつもこんなまったりしたやり取りが行われている。
あのミルホッグとリングマからは己の利益や外聞を気にする薄汚さにまみれたニセモノの友情ではなく、幼い頃感じたあの純粋で無垢な友情を感じた。
噂ではあの2匹は1年生ながら部活動を設立し、校長から直々に部室まで割り当てられたとかで他の生徒からも注目されていた。
しかし彼女が感心したのは、外野のそんな目線や噂を全く気にも掛けず、自分たちだけのマイペースな空気を持ち続けている事だった。
そんな2匹を借りてはよからぬ妄想をしたことも一度どころでは無い。
日に日に彼らへの憧れは強まっていくものの、今日も彼女は誰とも会話をせず帰宅するのだった。

彼女に最大のピンチが訪れたのは、ジメジメとした雨が降り続く6月のある日だった。
いつも通りクラスに入り自分の席に着くと、周りの視線が自分に集中している事に気付いた。
見られる事には慣れていたが、この日の視線はすぐに異常だと気付き、言いようの無い息苦しさを覚えた。
そして耳に入ってきた言葉で全身が凍り付いた。
「あの娘、昨日書店でBL物の小説買ってたわよ」
不覚だった。
いつもああいった小説を買う時は細心の注意を払っていたはずだったが、まさか見られてしまっていたとは。
クラス中からまるで汚物でも見る様なねっとりと絡み付く視線と、「気持ち悪い」だの「変態」だのといった単語が彼女を襲った。
泣いてはいけない。
絶対に泣いてたまるか。
そう何度も心に言い聞かせたが、それも長くは続きそうになかった。
もう限界だと思った、その時だった。

「おい、約束の物はちゃんと買ってきたんだろうな」
まるで混沌とした暗闇を突き抜ける一筋の光の様な言葉が耳の中を素通りして、脳に直接届いた様な錯覚を感じた。
顔を上げると、あのミルホッグが目の前に立っていた。
彼が何をいっているのかわからず黙ったままでいると、彼はおもむろに彼女の鞄を机の上に出して中身を探り出した。
先ほどまでざわついていたクラス中が静まり返り、彼女に向けられていた視線は一斉に彼に注がれた。
そんな様子を全く気にする事なく、ミルホッグは鞄の中から「先輩と僕」を取り出すと、
「なんだ、ちゃんと持ってきてるじゃんか。もったいぶるんじゃねぇよ」
と言い放ち、小説を持ったまま教室を出て行った。
彼女は何が起こっているのか理解できないままただ彼の背中を目で追い続けた。
ミルホッグに続いてリングマも席を立ち、何も言わないまま教室を出て行った。
それまでしん、と静まり返っていた教室は、彼らが居なくなった事を合図にして一斉に騒がしさを取り戻した。
「うわ、あいつサイテー!あんな物を女の子に買いに行かせるなんて」
「やっぱあいつら頭おかしいんじゃねぇの?いつも一緒にくっついてるし、こりゃホモ確定だろ」
当事者が居なくなったのを良い事に、無責任な発言をくりかえすクラスメート。
まるで時間が彼女だけを置き去りにしてしまった様な感覚だった。

ちゃんとお礼を言おうと思ったが、その後クラスでも彼に目を合わせる事すらできなかった。
結局彼女は何も言えないまま、学校を後にした。
雨が傘を打つ音を聞きながら、あれは夢だったのではないかという思いが強まっていた。
あの後クラスメートからはいろいろと慰めの様な言葉をかけられたが、全部ニセモノの空っぽの言葉にしか思えなかった。
今日一日でただ一つの真実だと思えたのは、あの彼の嘘だけだった。
彼と話がしたい。
そう思った時だった。

「おーい、あんた、忘れもんだ」
後ろから足音が聞こえて振り返ると、ミルホッグが走って来るのが見えた。
「はぁ、間に合った・・・ほれ」
差し出されたのは「先輩と僕」だった。
彼女は再び恥ずかしさに全身が熱くなるのを感じた。
ついさっきまで彼とあれほど話をしたいと思っていたのに、今ではもうどうすれば良いのかわからなくなってしまっている。
呼吸を整えて、彼が言った。
「それにしても、結構面白いな、それ。結局5限目までさぼって全部読んじゃったよ」
「・・・」
「ま、ローリーは『(や)まなし、(お)ちなし、(い)みなしの小説なんて興味ない』とか言っちゃってさ。あ、ローリーてのは俺の隣の席の・・・」
「・・・うるさい」
彼女は無意識に小説をたたき落していた。
雨に濡れた表紙にシミが広がっていく。
「そんな見え透いた嘘までついて、あんたあたしに気に入られたい訳?」
違う。
「本当はあんた達だってあたしのことをヘンだと思ってるんでしょ!!」
違う。
私はただお礼が言いたいだけなのに。
口をついて出るのはニセモノの言葉ばかり。
そんな彼女の言葉を黙って聞いていた彼は、ゆっくりとしゃがんで小説を拾うと汚れを軽く手で払い、再び彼女に差し出した。
「へへ、もし本当にそうならいいな。俺たちといっしょだ」
ミルホッグは大きな歯を見せて笑った。
彼はそのままその小説を彼女の鞄にねじ込むと、黙って踵を返し元来た方向へ歩いて行った。
頬を伝う水滴は涙なのか雨なのか、判別が付かない。



翌日も雨が降っていた。
実際はそうではないのだろうが、最近雨以外の天気をみていない気がする。
「おはよう、ミミロップさん!」
教室に入るとクラスメートがいつも通り挨拶をしてくれた。
まるで昨日の出来事など何も無かったかの様にクラスは以前の姿に戻っていた。
ただ一つを除いては。
昨日私をかばって変態のレッテルを貼られてしまった彼の机の周辺には誰も近づかなくなっていた。
しかしミルホッグ自身はそんな事をまるで気にもしない様子で、リングマと楽しそうに談笑している。
そんな光景に彼女は少し心を痛めながら、自分の席に着いた。
1限目の準備をしようと彼女が机の中の教科書を取り出した時だった。
数学の教科書に何か挟まっている。
その紙切れを教科書から引き出し、書かれてある文章を読んだ彼女は椅子から崩れ落ちそうになった。

あんな芝居でごまかせると思うな。お前の秘密を学校中にバラされたくなければ放課後家庭科室に来い

机にしがみついて何とか平静を保ったが、代わりに机の上の教科書が床に散乱した。
「どうしたの!?ミミロップさん!!」
クラスの女子が集まってくる。
「何でも無いわ、大丈夫・・・」
無理矢理絞り出した声は、自分の身体とは違うまるでどこか遠い場所から発せられているようだった。

クラスメート以外に、私がBL小説を買っていた事を知っている者がいるのだ。
もういっそ全て打ち明けて、皆に自分の性癖を知られてしまった方が楽かもしれない。
しかしこの期に及んでまだその秘密を誰にも知られたくないと思っている自分が浅ましく、嫌だった。
あんな脅迫文を寄せて来る様な相手だ。きっと普通のやり取りでは済まされない。
この後に待ち受けているであろう展開を想像すると恐怖は何倍にも膨れ上がり、彼女を恐れさせた。
その度にどうしても無意識に彼らに目がいってしまう。
彼に相談すれば、もしかしたら力になってくれるかもしれないという想いが幾度となくこみ上げてくる。
いや、もうこれ以上迷惑をかけられない。
自分でなんとかしなくてはいけない・・・
この日は授業の内容も全く頭に入らず、昼食も何を口に入れたかわからないままただ時間が過ぎて行った。

悶々としたまま最後の授業が終了し、皆が帰り支度を始める。
「ローリー、部室行こうぜ」
ミルホッグとリングマの2匹も鞄に荷物を詰め、教室を出ようとしている。
彼女はその背中に声を掛けたい衝動にかられたが、必死で堪えた。
2匹の姿が視界から消えると、彼女は後悔に似た感情が湧いてきた。
もしかしたら自分の異変に気がついて、声をかけてくれるかもしれないという淡い期待は儚くも砕け散った。
もう後戻りはできない。
彼女は他の生徒と顔を合わせない様にして教室を後にした。

旧校舎の4階には教室は3つしか無いため、滅多に誰かがここを通るという事は無い。
家庭科室を選んだのはそういった理由があるのだろう。
つまり、これから誰にも見られたくない事が起こるのだ。
話し合いで解決できるとは彼女も最初から期待していなかったが、それでも何とかお願いしてみるしかない。
万が一最悪の事態になった場合は相手を気絶させてでも自分の身を守る覚悟でいる。

一年生の教室から家庭科室まではかなり距離があるうえ、階段で移動するのはなかなか骨の折れる仕事だった。
旧校舎の4階に上りきったときにはさすがに彼女も肩で息をしていた。
少し深呼吸をしてから教室に入ろうと、膝に手を付いたその一瞬だった。
家庭科室のドアが勢いよく開き、何者かの腕に彼女はぐいと引きずり込まれた。
「!?」
その力はかなり強く、彼女はそのまま教室の床に倒された。
急いで体勢を整えようとしたが、部屋にいたもう一匹に両腕を取られ、床に押し付けられる。
両腕はロープでガチガチに固められ、全く身動きが取れなくなってしまった。
まさかいきなりこんな強硬手段に出るとは彼女も思っていなかったので、内心かなり焦っていた。
「手荒なまねをして悪いな。だが寸前で怖じ気づいて、逃げられたら困るからな」
どこかで聞いた事のある声だな、と思い顔を上げる。
「あなたは・・・ルカリオ先輩」
そう、以前交際を迫られ、そして振った相手だった。
彼は柔道部に所属しており、力が強いのも道理だ。
「誰にも打ち明けずに来たみたいだな。そんなに自分が腐女子である事を隠したいのか?」
ルカリオは薄ら笑いを浮かべ、彼女を見下ろしている。
さりげなく周囲を見渡すと、教室の中はカーテンで遮光されていて薄暗い。
自分たちがいる場所の周りだけ机が端に寄せられ、円形のスペースになっている。
そして彼女を押さえつけている男を確認した。
もう一匹はニョロボン。彼もまた彼女に振られた男だ。
「ニョロボン・・・あんたも・・・」
「へっ、俺に恥をかかせたお前にも同じ苦しみを味わってもらおうと思ってな」
まったくどいつもこいつも、男というのはどうしてこうも勝手なのだ。
男女の関係などやはりろくでもない。
「あんた達を振って正解だったわ」
彼女は憎しみを込めて言った。
しかしルカリオは余裕の姿勢を崩さない。
「そんな事を言える立場じゃないのがわからないのか。なんなら今すぐ理解させてやってもいいんだぞ」
ルカリオはしゃがみ込んで腕を伸ばし、彼女の顔をぐっと上に向けさせた。
「やっぱりお前可愛いよ」
そして自分の口を彼女の口に無理矢理重ねた。
彼女は堅く口を閉ざし、呼吸さえも止めてルカリオを拒絶した。
いくら彼女が強気だとはいえ、それでも一方的に接吻をされたという屈辱は彼女に強い不快感と喪失感を与えるには十分すぎる程効果があった。
「何だ、キスは初めてだったか?」
ルカリオは口を離すと、満足げな表情を浮かべた。
「お前の変な性癖にも感謝しなくちゃな。お陰でこんな上物が処女のままでいられたんだから」
「・・・」
彼女は声に出さず涙を流した。
こんな下衆に自分の初めてを奪われてしまうと思うと、ただ悲しかった。
感情をつなぎ止めていた最後の糸が今まさに切れようとしていた、その時だった。

「せんぱぁぁい、やめてくださぁぁぁい!!!」
いきなり大きな叫び声とともに家庭科室の扉が破られた。
扉はそのまま内側へ倒れ込み、大きな音を立てた。
「『僕』はゆっくりと先輩を見つめた」
昨日からずっと脳内に焼き付いて離れない、この声。
声の主が誰なのか、彼女は確認するまでもなくわかっていた。
「何だ、このガキはぁ!!」
「大好きな先輩がまさか『僕』にこんな事をするなんて」
ミルホッグは扉を踏みつけて家庭科室に入ってくる。
彼の怒っている顔を初めて見た。
「な・・・何わけのわからねぇ事をいってやがる!」
ルカリオは突然の闖入者に困惑し、先ほどまでの冷静さを失いかけている。
「俺が知ってる先輩ってのはもっと優しくて、愛した(ひと)を誰よりも大切にするひとだ」
ミルホッグはルカリオの言葉を無視して続ける。
男達はミルホッグの意味不明な発言に戸惑い、後ずさりした。
ただ一匹、彼女だけが彼の言葉の意味を理解していた。
あの小説の事を言っている・・・。
彼は本当にあの小説を読んだのだ。
さっきの彼の台詞も小説の中に出てくる一文である。
「あんた、まさかこの女を尾けてたのか?」
その問い掛けにミルホッグは首を振った。
「私は家庭科のコジョンド先生の大ファンでしてね。彼女の授業風景を堪能する為にこの教室には監視カメラを仕掛けてあるんですよ」
「なっ、監視カメラ!?」
男達は慌てて室内をきょろきょろと見回した。
「コジョンド先生は腰周りが特に色っぽい。彼女の腰の動きを見ているだけで俺は一日つぶせる自信がある」
「なにをペラペラと気持ち悪い事を言ってんだ、この変態が」
「お言葉ですが、俺は強姦はしたことないですよ」
「調子に乗るなよ、チビが!!」
ニョロボンがミルホッグに殴り掛かる。
「あ、ちょ、まだこっちの準備が・・・」
彼は慌てて頭を両腕で抱え込み、ファイティングポーズとはとても呼べない情けない構えを取った。
さっきまで威勢の良かった彼はどこへ行ってしまったのか・・・
このままでは確実にボコボコにされると彼女が思った瞬間、ロッカーの影から腕が伸びて彼をニョロボンの攻撃から救った。
ミルホッグを片手で軽々と持ち上げて出てきたのはリングマだった。
「慣れない事をするな、部長」
「ローリィィ!!遅いよぉ!ちょっと怖かったじゃんか!!」
ミルホッグはリングマの腰の当たりに抱きついた。
「考え無しに飛び込むボッチとは違っていろいろ準備してたんだ」
そう言うと彼は小さな黒い物体を取り出した。
「監視カメラの映像が納められたテープだ。先ほどのあなた達のやり取りがしっかりと記録されている。これを職員に提出すれば先輩方は揃って退学になるでしょうね」
「て、てめぇ!」
「しかしそうすると俺達が監視カメラを仕掛けていた経緯も説明しなくてはいけなくなる。彼の楽しみを奪わない為にも、ここはひとつ穏便に済ませませんか」
そう言うとリングマはそのテープを机に置き、両手を上げた。
「彼女と交換という条件でこのテープを渡します」

結局その交換条件は成立し、彼女は解放された。
数は2対2で互角だが、ミルホッグはともかくリングマの体格の大きさを見て容易に勝てる相手ではないと判断したらしい。
ルカリオはビデオテープを掴み、
「この借りは必ず返すからな」
と捨て台詞を吐いて教室を出て行った。
その後を慌ててニョロボンも追いかけていく。
教室には3匹のみが残された。
ミルホッグは閉ざされたカーテンを開けに窓際へ向かい、リングマがミミロップの拘束を解きにきた。
「ありがとう・・・」
彼女は礼を言ったが、
「どうだ、うちの部長は面白いだろ」
とリングマは礼には反応せず、代わりに縄を解きながら言った。

縄が解かれ、自由になった腕をプラプラと左右に振りながら彼女は聞いた。
「どういうひとなの、彼って・・・」
私が腐女子である事を隠す様な事をしたり、勝算もなく教室に乗り込んできては危うく自分がやられそうになったり。
自分以外の存在の為にここまでするポケモンが、かつていただろうか。
リングマはその問いかけに、俺にもよくわからんと笑った。
「それにしても、あんなでたらめを咄嗟によく思いつくものだ。おかげで俺も証拠をでっち上げるのに苦労したよ」
「・・・え?」
「この部屋に監視カメラなんか仕掛けられちゃいない。本当は先輩が言った通り、様子がおかしかったあんたを尾けてたんだ。そしたら家庭科室に引きずり込まれるのを見て大慌てさ」
「じゃあさっきのテープは・・・」
その問いかけにリングマはニヤッと口角を上げた。
「『ドキドキ幼稚園』という幼稚園疑似体験ビデオだ。自分が保育士になって園児と遊んでいる様な感覚になれる素晴らしい作品だ」
彼女は心の底から笑った。
こんなに笑ったのは久しぶりだ。
彼らを見ていると、ほかと違う趣味を持っていることを恥ずかしく思っていた自分がとてもちっぽけな存在に思えた。
「お、雨上がってるじゃん!」
ミルホッグの声に窓の外を見ると、今まで鬱陶しく降り続けていた雨がすっかりやんでいた。
まだ空は厚い雲で覆われているが、所々太陽の光が差し込んでいる。
まるで私の心の様だ、と彼女は思った。
「あ、何だよお前ら!もう仲良くなったのかよ」
ミルホッグが興味津々といった様子でこちらにやってくる。
「さっきの話はこいつには内緒だ」
リングマが耳元で囁いた。
「うわ、また!俺を除け者にするなよぉ!!」
ミルホッグはひそひそ話を続ける2匹に焼きもちを焼いている。
「あんたたち、最高!」
彼女はずっと笑いっぱなしで、ついには涙まで出てきていた。
昨日から泣いたり笑ったり、とても忙しい。

「そうだ、俺たちの部活に入らないか?『フェチ研』ってんだけど、まだ部員俺たちしか居なくてさぁ」
「『フェチ研』じゃない。『S・I研究部』だ」
リングマが訂正する。
「いいじゃんフェチ研で。なんか落語研究部(おちけん)みたいでかっこいいし」
相変わらずこの2匹のやりとりは、どこかずれている。
彼らの作った新しい部活。
彼らと一緒に居れば、今まで感じていた空白感も埋まるかもしれない。
「面白そうね、入部してあげる」
「やっほー!部員がこれで3匹になったぜ!」
ミルホッグはうれしそうに無邪気にはしゃいでいる。
真剣な表情で上級生に立ち向ったり、かと思えば急に逃げ腰になったり、こんな風に子供の様に笑ったり。
本当に不思議な男性だな、と彼女は思った。

「あなた達、これは一体何事ですか!!!」
ややヒステリー気味の声に3匹は驚いて振り返ると、教室の入り口に青ざめた表情のコジョンド先生が立っていた。
「やべ、コジョンド先生だ!!!」
今になって冷静に教室を見渡すと、扉は壊れ、机はぐちゃぐちゃでそれはひどい有様だった。
彼女はとっさに言い訳を考えようとしたが、上手い言い訳が出てこない。
固まっていた彼女はリングマに腕をつかまれてハッとする。
「ボッチは年上の女性の扱いには慣れている。ここは彼に任せて俺達は逃げよう」
ローリーが彼女の手を引っ張って教室を出る。
「あ、ずるいぞローリー!!待って・・・」
「ミルホッグ!どういう事か説明しなさい!!!」
先生に怒鳴られて困り果てる彼の様子を想像し、またくすくすと笑いがこみ上げてきた。
彼女は一息に階段を駆け下りた。



思えばあの時、もうすでに彼に惹かれていたのかもしれない。
やおいは何度も繰り返し読んだ「先輩と僕」を引き出しの中に戻そうとして、隅の方に隠れていた一枚の写真に目が止まった。
私の秘密を知っている、2匹の親友の写真だ。
突然思い立った彼女は、その写真の左半分をハサミで丁寧に切り取り、それを学生手帳の最後のページに大事にしまった。
戸惑いから確信に変わった、この気持ちと一緒に。



あとがき

第1話、第2話は割とスラスラと自分でも楽しみながら書けたのですが、第3話はなぜかかなりしんどかったです・・・。
どうしてもりコミカルな場面に比べシリアスな場面は筆が重くなります。
第3話の息抜きにちょっとふざけて書いていた「やおいの妄想」という小説も後日UPする予定ですUPしました。
今回は推敲も甘いので誤字脱字や矛盾したストーリー展開があるかもしれませんがご容赦ください!!
読んで頂き、ありがとうございました!

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  • こ…これは!

    ネ申だスゲー!何だろうか?やおいの心境がよくわかる!というのだろうか?とにかくすごい!

    やおい可愛いよやおい
    ――あかみどりきいろきいろ ? 2011-05-18 (水) 23:23:06
  • ミルホッグイケメンだー
    イケメンだー
    ンだー
    ―― 2011-05-19 (木) 17:57:34
  • >あかみどりきいろきいろ様
    お褒めの言葉、うれしくて目から汗が・・・
    でもやおいは渡しませんよ・・・

    >名無し様
    いいえ、彼は変態という名のエセ紳士です
    ――macaroni 2011-05-20 (金) 23:18:07
  • 「ただ一つを"覗"いては。」間違いと、ボッチのセリフで途中一人称が"私"になっている所がありました。
    ボッチは漢だよ! やおいを庇い自らあんな事を言い、やおいの違和感に気付き尾行し、あんな奇策をすぐに思い付くとは.... 扉を蹴破っての登場や『僕と先輩』の文章を言ったりしたのも格好良かった。ただ、こう言う事に気付くんだからやおいの気持ちに気付けないものか.....
    どのようにやおいがフェチ研に入ったのかが分かり、物語も良かったです。やおいの恋心の行く末も気になる所。今後の執筆も頑張ってください。応援しています。
    戦闘力は低そうなボッチですが、扉は蹴破れるんですね。催眠術、怪しい光、黒い眼差し....戦うならこれですね。
    ――ナナシ ? 2011-05-21 (土) 00:33:53
  • 執筆お疲れ様でした。
    とにかくボッチの行動がかっこよかったですねw
    彼に変態要素が込んでるせいか、通常のかっこいいより何か引き立つものを感じました。ギャップってやつですかね。
    フェチ研入部させてくださいッw!!
    ――beita 2011-05-21 (土) 07:35:34
  • これまでのシリーズを拝見しましたが、何故こんなに御上手なのですか!?
    それに比べて俺は……orz

    ボッチが何気にかっこいい男で、少しほれt(ry

    執筆頑張って下さい!!
    ――涼風 2011-05-22 (日) 00:42:55
  • >ナナシ様
    ご指摘ありがとうございます。ボッチの一人称が「私」になっている部分は意図的にそうしてありますので、そのままにさせて頂きますね。
    ボッチは戦闘に関しては門外漢で、扉もたいあたりで開けました。
    恋愛に関しても門外漢・・・のようです(笑
    >beita様
    どちらかというとクールでかっこいいイメージなのがローリーで、ボッチはダサイけど仲間思いって感じで書いてます。いちおう主人公ですのでこれくらいの贔屓はあってもいいかな、と。
    フェチ研の入部は、beita様の性癖さえ教えて頂ければ可能です!
    >涼風様
    と、とんでもない!!
    涼風様の作品の世界観にあった作風が私も大好きですよ。
    作者デビューはほぼ同期ですので、お互い頑張りましょうね!
    ――macaroni 2011-05-24 (火) 00:35:54
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Last-modified: 2011-05-20 (金) 00:00:00
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