みなさん、旅の序章とは何だと思いますか?
私が定義する序章とは、出会う事だと思っております。ついさっきまで他人だった一つと一つが交わり、織りなす事。
これはある旅人が旅立つ事になる序章、出会いが生まれる――そのまた前の、お話です。
イッシュ地方と呼ばれる場所がある。カントーやジョウトとは遠く離れたこの地方のとある片田舎に、とある研究所がある。
この物語はそんな場所から始まる。……といっても主人公は人間ではない。では誰か?
「あーもうヒマヒマヒマヒマ!! お外にでーたーいー!!」
「うるさいよー……とりあえず食べちゃいなよ」
緑色をし、長い胴体に手足が生えたような姿をしたポケモンが、ムスッとした表情で駄々をこねる。そんなポケモンを少々面倒くさそうに諭すのは、青をベースとした色合いとお腹にある貝のような模様を特徴とするポケモン。
共にこのイッシュ地方ではあまり生存数が少なく、この地方の初心者トレーナーのパートナーとして選ばれる事が多い、いわゆる御三家と呼ばれるポケモンだ。緑色のポケモンはツタージャ、青色のポケモンはミジュマルという名前で呼ばれている。
ツタージャは窓から出ようと小さな体を精いっぱい伸ばしてピョンピョンと跳ねるがこれがなかなか成功しない。対するミジュマルは先程研究者から出された昼食を黙々と食べている所であった。
「ミジュマルは退屈じゃないの!? 朝から晩まであたし達の体を隅々まで検査されるだけ……こんな煩わしくて暇な事は他にないわよ!」
「そんな事言ってもさ、僕たちの実力じゃここから出る事は現実的に無理なんだよ。諦めてさっさとご飯食べちゃいなよ」
「うっさい! あたしは何としてもここから出て大自然に飛び出してやるんだから!」
ムギーッという効果音が出るほど怖い顔をしつつツタージャは力の限り跳び続けるが、やはり結果は同じ。
ハァハァと荒い息を整えつつ、遠くの方で丸くなっている赤色のポケオンに声をかける。
「ちょっとポカブ、あなた台になってあたしを乗せてよ! それだったら届くかもしれないし」
ツタージャが呼んだのは、イッシュ地方御三家の最後の一匹ポカブ。子豚のような外見をし、二匹と同じくこの研究所で飼われているポケモンだ。
だがしかし、ツタージャの声に耳を貸さないように彼は何も答えない。不審に思ったツタージャがトコトコ近づいてみると。
「ZZZZ……」
――幸せそうによだれを垂らしつつ眠っていた。しかも小さく鼻ちょうちんまで作って。
瞬間、ツタージャの頭の糸がプッツン、と弾けた。右拳を力強く握りしめ、軽く回転を加えポカブの頬に直撃させた。
ゴフッという鈍い声を残しポカブは宙を舞う。軽く10キロ弱はある彼を同じような大きさのツタージャが殴り飛ばすあたり、ツタージャのパワーがよく分かる光景である。
ゴシャッと嫌な音と共に落ちるポカブを苦笑いを浮かべつつミジュマルはとりあえず彼の元へと歩み寄る。
のそりと起き上がるポカブは、痛む頬を押さえて一言。
「痛いなぁ~もう少し優しく起こしてよ。あ、おはよーミジュマル」
いや違うでしょ、と軽く突っ込むミジュマル。えー何が違うのぉ? と一体何の事かと首をかしげるポカブ。全くあんたは何時も何時も……とため息を漏らしつつ呟くツタージャ。
それは、ひょっとしたら一般的に見てもとても理想的な友人なのかもしれない。……殴られたポカブはいい迷惑であろうが、気付いてないみたいなので問題ないだろう。
「そんな事より、さっさと窓の下に座って台になってよ! ひょっとしたら届いて出られるかもしれないんだから!」
「え~やだよ~。それにそんな事しなくてももうじき外に出られるよ~?」
不満を漏らしたポカブの一言に、はい? とポカンとした声を出す他二匹。
不思議そうに首をかしげるポカブが続ける。
「あれ知らなかったの? 昨日ぐらいに研究者の人たちが言ってたよ~、明日ぐらいに僕たちを引き取るトレーナーの人が一人来る~って」
数秒間流れる沈黙。風が窓に当たりカタカタとなる音が聞こえる。タンッ、タンッと廊下を歩く研究者が右から左に通り過ぎる音も聞こえる。
そして再びツタージャの糸がブッツン、とぶち切れた。グワッと目を釣り目にさせポカブに襲いかかるも、今度はミジュマルに止められた。
「オメーそういう大切な事は先に言えぇぇ!!」
「ちょ、ツタージャストップストップ! 大体君女の子なんだからもうちょっとおしとやかに」
「るせー!! ポカブそこ動くな、もう一発ぶん殴ってやるぅ!!」
「ねぇミジュマルぅ、僕なんか変な事言ったっけ?」
「いいから君も早く逃げてよポカブ!」
ぎゃあぎゃあわーわー、そこを動くな落ち着いてよねぇねぇ変な事いいから離せ暴れないでーふわぁもう眠いやとちょっとした大騒ぎに。
やがて何とかツタージャを押さえつけたミジュマルは、何とかツタージャとポカブの距離を離す。
未だ睨みをきかすツタージャ、対するポカブは首をコクリコクリとさせて今にも夢の世界へと旅立ってしまいそうだった。
それに怒ったツタージャは今度はノシノシと近づき、バシッと頭を叩く。ポカブはそれでようやく目を覚ましたのか大きく大あくび。
はぁっとため息を漏らしたミジュマルは、ふと思った疑問を口に出した。
「ねぇツタージャ、何でそんなに外の世界に興味があるの? 怖くないの?」
「はぁ? 何よ急に。そんなの決まってるじゃん、あたしは強くなりたいの!」
何を言っているのかという視線をし、すぐにツタージャは目をキラキラと輝かせて夢を語る。
いろんな世界を回り、色んな街をめぐる。立ちふさがる様々な強敵達をバッタバッタとなぎ倒し、八人いるというジムリーダーとも戦って。
いずれは最強の四天王に、そしてエリアチャンピオンに挑みたい。そして世界中へと羽ばたいていく。
バトルが大好きなツタージャが目指すのは、最強と言う名の二文字であった。
「僕はそういう野蛮なのはちょっとなぁ。あでも、僕は美味しい食べ物とか、綺麗な景色とかを見てみたいなぁ」
ミジュマルもまた、まだ見ぬ世界へと想いを馳せる。
世界は、聞いた限りでも相当な広さを誇っている。果てしなく続く大海原。まるで生き物のように見えると言う滝。天まで届くのではと思うような巨大な建造物の数々。まだ聞いた事もないような場所だってあるかもしれない。
そしてその世界の広さと同じくらい多いという、食べ物の数々。どんな美味しい物が待っているかは分からないが、想像するだけできゅうっとお腹がなってしまいそうだった。
……そんな中、ただ一匹ポカブだけは浮かない表情だった。他の二匹が期待に胸躍らせる中、少しだけ憂鬱そうに二匹の話を聞くだけ。
「僕は、あんまり気が進まないなぁ……だってひょっとしたらもう、皆と会えないような気がして」
ハッと、二匹は水をかぶったように静かになった。……確かにポカブの言う通りであった。
どんな人間とパートナーを組むかは分からない。ひょっとしたら全然面識がない人たちに渡されるかもしれない。
もしそうだとしたら、恐らくもう二度と会う事は出来ないであろう。数週間とはいえ生活を共にしてきた仲間である、一生の別れなど、誰も望むはずはない。
しかもポカブの話を聞く限り今回貰われるのは一匹だけ。誰がここを去るのか……全然分からないのだ。
若干重く感じる空気を払いのけたのは、ツタージャの元気な声であった。
「そんなの、家出するかなんかしてまたここに遊びにくればいいだけの話じゃない! 誰が引き取られようが関係ないよ」
「い、家出は駄目だと思うけど……」
「それにさ、どんなに離れてたってさ」
ポカブの言葉を遮り、ツタージャは自信満々に続ける。
「あたし達が友達だってことに、なんら関係ないでしょ?」
ポカンとするポカブとミジュマル。やがてブッと誰かが噴き出し、次第に笑いだす。それに釣られる様に他の二匹も笑いだした。
やっと笑いが収まった時、皆ハレバレとした表情をしていた。……先程まで沈んでいた事が嘘のようだ。
「それもそうだよね。例え誰が旅立つ事になっても、僕達が友達なのは変わんないよね」
「うん、そうだったね。有難うツタージャ」
「どういたしましてポカブ。だけど選ばれるのは私! それとこれとは話が別!」
えーっと言うポカブの声に、ミジュマルとツタージャは再び笑いだす。ポカブも最初はふくれっ面をするも、すぐに笑い出した。
その後、彼らは長い間多くの事を語り合っていた。明日来るというトレーナーは一体どういう人なのだろうかとか、優しい人だったらいいねとか、早く明日になってくれないかなぁとか。
彼らがどんな旅路を送るのか、今はまだ分からない。何故かと言うと、それはまだ誰も知らないから。
これから起こる彼らの軌跡は――あなた自身が確認してくれると嬉しいです。
ふと思いついた作品を書きなぐった結果がこれだった。書いてて思ったのは、会話が多い!! 要修業……。