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LH17

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てるてる
ルイス・ホーカー.17


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 高架鉄道のホームの椅子に座るピカチュウのライト。闇の中に横たわったホームが、壁に掛かったガス灯に照らされて等間隔にその身を晒している。港湾に打ち付けられては砕ける波の音とにおいが、通る者のいない線路を駆け抜け、ライトを置き去りに中空へと消えていく。
 もう何時間もこうしているだろう。雇い主であるヘルガーのアルと別れたあと、その知らせはすぐにライトの下にも届いた。取引が延期し、故郷へ帰れる日が遠ざかった。知らされた瞬間、自身が急速に落胆するのが分かった。たった一日のことなのだが、期待していた分、その衝撃は大きかった。
じっとする気にもなれず、行く宛もなく町を歩き回り、たどり着いた場所がここだった。
 ライトは今日までに幾度となく繰り返してきた溜息をまた吐いた。苦渋に満ちたそれは風に乗り、どこかへと連れ去られていく。――ライトを残して。
 悄然と項垂れた耳が足音を捉える。顔をあげると、鉄道会社の腕章をしたポケモンがガス灯を消して回っているようだった。もうそんな時間か。内陸の方でトラブルがあり、列車の運行が止まったという話を仲間から聞いた気がする。そのせいでいつのまにか終業時間になっていたことに気がつかなかったのだ。ライトは苦笑する。列車のこないホームで居座り続けて何になる。

「……さて」

 椅子から飛び降り、出口へ向かう。食堂にでも行こうか、と思った。この時間なら人もいるだろうから。もっとも、いるのはどうせ外からやって来た自分たちだけなのだが。
 途中、駅員がこちらを伺うように視線を寄越してきた。ライトが会釈すると、まずいものを見たように視線を逸らされる。すれ違うあいだも自身に背を向けて作業をする様子に、明らかに関わりたくないといった感じがする。
 町の住人は自分達に冷たい。自分たちが何かしたと言う話はないから、そもそもがそういうきらいなのだろう。ものが盗まれただとか、誰かにつけられただとか。そう言った都合の悪い事柄を全てよそ者の仕業と決めつける。村社会特有の排他的な性質。
 暗澹(あんたん)たる気持ちでホームを抜け、地上への階段を下っていく。背中に突き刺さる視線から逃れるように歩道へ降りると、湾に沿って伸びる通りを一瞥した。大海に向けて弓なりに大きく湾曲する町並み。月とガス灯に照らされたその青白い相貌は、果たして一切の気配が消失していた。
 「人がいなくなっていく気がする」そう不安を口にしたライトを、仲間達は心配しすぎだと一笑した。そんなことあるわけない。気のせいだろう。田舎なんてこんなもんだ。最たる確証もなしに笑っていた彼らは、この光景を見てもまだそうしていられるだろうか。
 明かりの消えた商店のシャッターが、海から駆け上がる生ぬるい風に叩かれて乾いた音を立てる。通りには家路を急ぐ者も、談笑をする者もいない。眼前に広がる無人の町並みは、落胆するライトの意気を萎えさせるには十分だった。
 (もうたくさんだ)
 重い足を引きずりながら、唐突にライトはそう思った。
 疑惑に満ちた眼差し。噂だけが一人歩きした陰口。町全体に広がる異様な気配。どうせ明日には町を去るのだが、疎外感に満ちたこの町の雰囲気を感じること自体が苦痛だった。もう耐えられない。明日と言わず、いっそのこと――。
 ライトは背後を振り返った。先ほど自分が降りてきた駅が夜の中に沈んでいる。
 もし、列車が止まっていなかったら。駅に列車が来ることがあったら、自分は迷わずそれに乗っていたかもしれない。吹き抜ける風のように、何もかもを置き去りにして――。
 駅から食堂まではそう歩く距離ではない。拒むように閉ざされたシャッターや雨戸を俯いてやり過ごしながら幾度目の角を拾い、姿を表した食堂にふと足を止める。都市部から切り離されているにも関わらず、モヘガンに飲食店は多いほうだった。ライト達が訪れた当初は行く先々に掲げられた看板があったものだが、今となっては営業している店を探す方が難しい有様だった。昨日まで何ら変わらずに営業していた店が、ある日突然前触れもなしに店を閉める。そういうことが繰り返され、残った店は溢れた客のために卓を増設するまでして対応しようとした。
 だが今はどうだ、とライトは思う。立っている場所から店先までに並んだ卓の数はおよそ十。そこに人影はなく、店内から漏れ聞こえる喧騒が空虚に通り抜けるばかり。彼らはどこへ行ったのか。町から去ったのか、もしくは家々の中に閉じ籠っているのか。
 食堂の戸口をくぐり抜け、明るい店内に目を細めた。それが慣れてくると、そこに見えるのは見知った顔ばかりが十程度。騒然としているとはいえ、店の中に収まる程度しかないそれらは、全員ライトの仲間たちであった。
 一人がライトに気づいて手を上げると、他の者たちも口々にライトを迎えてくれる。

「どこいってたんだよ」
「探してたんだぜ」
「前祝いだ。とりあえずどっか座りなって」

 仲間達の暖かい歓迎をあしらいつつ、空いてる席によじ登る。おい、と肩を叩かれて振り返ると、フシギソウのロジャーがツルをヒラヒラさせながらライトを見上げていた。

「朝からどこ行ってたんだよ。大事な話があるから探してたんだぞ」
「明日に延期したって話のことか」

 取引の日程が、と言うライトにロジャーは顔をしかめて見せる。

「なんだ。聞いてたのかよ。てっきり聞いてないと思って探しちまったぞおれは。――どこにいたんだ」

 よ、と向かいの席に飛び乗るロジャー。勧められたグラスを受け取りながらライトは視線を落とした。

「駅のホームでちょっとな。一人になって考えたいことがあったんだ」
「それは例の人が減ってるって話か」

 何も言わないライトに意を察したらしく、ロジャーは仰々しくため息を吐いた。

「気のせいだ」
「だけど……」
「おまえが何を考えてるかは知らんが、とにかく、それは気のせいだ」

 そういうことにしておけ。語調を強めて言うロジャーに、ライトはとりあえず頷くしかなかった。気のせいであるはずがない。現に今この店内にはどれだけの空隙(くうげき)が空いている。そう反論しても良いのだろうが、打ちのめされ続けたライトにはそれをするだけの気概を保つことがてきなかった。理解を得られないことへの苛立ちはとうに諦めへと突き抜けていた。どうせ分かってくれないという諦観(ていかん)へ。
 暗澹(あんたん)たる気持ちのまま手の中のグラスを弄んでいると、伸びてきたロジャーのツルがそれを取り上げた。そしてもう一方のツルに持った瓶から酒を注ぐと、飲め、とライトに向かって突き出してきた。

「飲め。今のお前には酒が必要だ」

 ロジャーの視線に急かされるように、ライトは体をそらしてグラスをあおった。飲み干したことを確認し、ようやくロジャーは口許を緩める。

「それでいい。そうして飲んでれば不安もなくなるさ。そりゃあ、おれだって居心地が悪いと思うことはあるさ。でも、もういいじゃねえか」
「それでいいんだろうか」
「良いに決まってるだろ。どうせ明日にはこんな辛気くさい町とはおさらばなんだから」
「それはちょっと聞き捨てならないねえ」

 割り込む声に二人が顔を上げると、中年のゴウカザルが厨房から出てきたところだった。両手と尾の上に載せられた料理の大皿に、周囲から歓声が上がる。手慣れた様子でそれらを配り終え、前掛けで手を拭いながら二人の方へ歩み寄る。

「辛気くさい町の代表として、何だったら悪口料金を足してもいいんだからね」
「この店は別だよ」

 ロジャーが笑いながら言うと、ならよかった、とゴウカザルは破顔して注文をとる。一通り注文を受け取ると、

「ま、変だって思う気持ちも分からなくもないわね。最近は本当に色々あるから」
「色々?」

 ええ、と憮然とした様子のゴウカザル。

「沖の方でタンカーが事故を起こしたって話よ。町の人から聞いてない?」
「いや、なんにも」
「まあ、余所から来た人に話してもしょうがないからね。とにかく大した事故ではないからニュースにはならなかったんだけど、その船、燃料を積んでたっていうじゃない。影響は調査中だって偉い連中が説明に来たけど、信用できないじゃない。おかげで漁業をやってる人たちは調査やら漁獲やらでみんな海に付きっきりよ」
「そういえばおたくの旦那ってたしか」
「ヌオーね。相当忙しいらしくて、ここのところ家にも帰ってこないわ」
「だから人が減ってるように見えるのかね」
「そうね。海沿いの町は水ポケモンが多いから。それがいなくなったんだから、そりゃァ目に見えて減るんじゃないかしら」

 なるほどね、と頷いたロジャーが、ちらりと向かいのライトに肩をすくめて見せた。大したことないじゃないか、と言わんばかりの様子にライトはうつむく。

「そんなに人が減ったんじゃ、料理屋なんて商売あがったりなんじゃないかい?」
「うちはそうでもないわよ。あんたらが来てくれるおかげでむしろ今までより売り上げがいいくらいよ」

 呵々と笑い合う二人の様子を、ライトはグラス越しに見守る。人がいなくなったのは漁業の連中がいなくなったせい。それで納得できるような話のはずがない。いくらモヘガンが海に面した町だとしても、水ポケモンの占める割合は多くて半分程度。それがいなくなっただけで、ここまで人が絶えるのはあり得ない。シャッターに覆われた町並みの理由には到底足りないのだ。

「にしても、何もこの町の連中が働かなくても、事故を起こした会社にやらせればいいんじゃないか」
「影響が分からないうちは何もしてくれないそうよ。ホント、エデングループは大企業なのかもしれないけど、いちいち動きが遅くってしょうがないわ」
「エデングループ?」

 声を上げたのは二人分。はっとしてライトが頭を上げると、同じ表情のロジャーと目が合った。ロジャーは困惑したようにライトとゴウカザルを見比べると、やがて首をふって苦笑する。

「いや、なんでもない。最近その名をよく聞くなと思って」
「そりゃァ大企業だもの。聞くに決まってるわ。恨み言はたくさんあるんだけどね。内陸のエデングループの工事現場で息子を働かせてもらってる以上、あまりとやかくは言えないわ。――あら、いらっしゃいませ?」

 顔を上げたゴウカザルが、ぱっと笑んで声を張る。視線を追って振り返ると、ちょうど入り口から若いサンダースとシャワーズが入るところだった。

「お客さんだわ。それじゃあね」

 それだけ言い置いて、ゴウカザルはぱたぱたと仕事へ戻っていく。取り残されるライトとロジャー。

「エデングループか……」

 ライトがぽつりと呟いたのに、ロジャーは睨めつける。

「それがどうした」

 ロジャーの声色は低かった。

「大企業なんだから、聞いて当然だ」
「それはそうだけど、お前だっておかしいと思わないのか。ほら、おれ達があれを発掘した小麦畑を覚えてるだろ。あそこの持ち主が親族もろとも失踪したあと、エデングループが土地を買い取っておれ達に発掘を許可したんだ。その上モヘガンでおれ達が住んでる宿舎の改装工事に、沖でのタンカー事故。みんなエデングループが噛んでる。おかしすぎるだろ」

 口ごもるロジャー。いかな大企業といえど、これほどまでに耳にするのは、はっきり言って尋常のことではない。ロジャー自身、その名を聞くたびに不穏なものを感じないわけではない。
 だが、とロジャーはライトに返事をする代わりに飲み干したグラスを卓上に叩きつける。首を縮めるライトに、ロジャーは険しい表情で睨み付けた。

「思わないな」
「でも」
「黙れライト。何度も言わすな。それとも何か、お前はおれに何か不満があるのか。あれこれ文句ばっかり垂れやがって。お前を連れ出してやったこのおれに言いたいことがあるなら、はっかり言ってみたらどうだ」

 言いながら、我ながら突き放すような口調だとロジャーは思った。そして、卑怯だ。
 仕事があると声を掛けた実績を持ち出して、恩を着せに掛かって黙らせようとする。最低の行いであるというのは理解しているが、そうでも言わなければ、自分はきっとライトの言い分に同意してしまうだろう。彼の言うとおり、仕事を始めてからと言うもののそこかしこで違和感がある。一つ一つは大したことないにも関わらず無視できないのは、その違和感が奇妙にもエデングループという符号で一致するからだ。この仕事の裏には何かある。そう本能が警告している。
 怒気を含んだロジャーの物言いに、ライトは何も言わずに俯いた。それを見たロジャーも同様に首を俯かせる。落胆しきった友人の姿に、何度もよぎってきた思考がちらつく。思わず首を振る。
 報酬を得るには、発掘に携わった全員が出席する必要がある。誰か一人でも欠ける訳にはいかない。もし明日を待つことなくライトを家に帰してしまえば、家族と離ればなれで過ごしてきたライトの苦労がすべて無駄になってしまう。家族のためにと一心に数年を堪え忍んだライトに今さら無駄足を踏ませる訳にはいかない。
 ならば、とロジャーは思う。考えているようなことは起こっていないのだ。ゴウカザルが言ったように――自分がライトに言い聞かせてきたように――、すべて偶然が引き起こしたことなのだ。逃げ出す必要はない。だから危険なこともない――そんなこと、あってはならないのだ。





 ヘルガーのアルは店前で一旦立ち止まると、外から店内を見渡した。暗い屋外に明るい店内のせいか、中で騒々しく談笑する者たちはアルがいることに気づいていないようだ。ロジャーはくつくつと笑いながら――そう見えるように頬の部分をつり上げてみせながら――入り口をくぐり抜けた。まぶしいと感じたときにするように、目を細めながら彼らに声を掛けた。

「よお。お前らやっぱりここにいたのか」

 声に気づいた数人が振り返り、気安そうに手を振ってきた。それに笑みを返しながら、空いてる席を探して見回していると、ふと入り口にほど近い席に座ったサンダースと目があった。大柄な体格で、さらにのぞき込むように背筋を伸ばしているからよく目立つ。アル・ドドの部下にはいない顔だ。ならば町の住人に違いないだろう。この町に外から訪れる者はもういないのだから。

「失礼。仕事仲間なんだ」

 にこりと笑って頭を下げると、サンダースも、そうか、と納得したように席に座り直した。向かいに座ったシャワーズが咎めるようにサンダースを見ている。
 知り合いと勘違いでもしたのか、アルは気に止めることなく視線をアル・ドドの仲間たちの方へ向けると、彼らの間の空いてる席に腰掛ける。鞄を下ろし、大儀そうに息をつくと、近くの男が酒を注いで持ってきた。

「お疲れボス。今までどこ行ってたんで?」
「大したことじゃないさ。最後の散歩ってとこだよ」
「もう明日なんだよなあ。長い仕事だったからなあ。待ち遠しくて今日は寝らんないかもしれませんね」
「おいおい。徹夜するのは結構だが、寝坊だけは勘弁してくれよな」

 分かってますって、と、どっと笑いが起こる。それに合わせてアルもひとしきり笑う。声を掛けてくる彼らに返事をしながら、一通り表情を見渡していく。輪から離れたところで俯いたピカチュウを見つけたのはそのときだ。

「おい、どうした」

 アルが声をかけると、ピカチュウ――たしかライトとか言ったはずだ――はぴくりと顔をあげる。取り繕うように笑んで首を振る。

「いえ、なんか、元気が出なくて」
「それはいかんな。明日には仕事を終えて家に帰れるんだ。そんな浮かない顔をしてどうする」

 はあ。と気のない返事をするライト。向かいに座るフシギソウのロジャーが処置なしとばかりに苦笑する。

「明日には帰れるってのに、ずっとこんな感じなんですぜ」

 ライトの手元のグラスに酒を注ぎながら励ましの言葉をかけるロジャー。それらを見つめ、アルは次の行動を思案する。
 アル・ドドの性分からいって、おそらくライトを励まそうとするだろう。発掘現場で仲間に労いの言葉を掛けていたアルの行動として、そうするのが自然だ。
 アルは手元の鞄をまさぐり、それを手にとって口に咥えて席を降りる。うなだれたライトに対し、テーブルにそれを吐き出す。

「ほら。こいつをやるから元気出せ」

 虚を突かれたようにアルと差し出された煙草のパッケージとを見比べるライト。

「これは」
「吸えって言ってんだよ。ほら、火なら点けてやるから」

 そう言って笑い掛けるも、ライトはひどく困惑した様子でアルを見上げる。

「……ぼく、禁煙してるんです」
「そうだったのかい。そいつは悪いことしたな」

 言って、アルはパックを引っ込めると、中身を口に含んだ。先端を軽く歯で押さえ、吐息で火をつけてからフィルターの方を咥え直す。天井に向かって青白い煙が立ちのぼる。

「それで? 何か悩みでもあるのか。相談があるなら話に乗るぞ」

 おどけて見せるアルに、ライトは口をつぐんだまま俯いた。固く握りあった両手は縋るようで、血の気を失い激しく震えていた。


LH18


なかがき
えー、伏線回収していきます。量がすくなくてすいません……

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Last-modified: 2017-07-02 (日) 05:16:38
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