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Hypolepusia -兎欠乏症-

/Hypolepusia -兎欠乏症-


作者注:R-18な挿絵が2枚あるので、公共機関で読むときは注意してね!







Hypolepusia_logo.png



作:朱烏


目次:








1. ヘア・ホリック -朱- 



「じゃ、行ってくるね!」
 主人(マスター)は道場の玄関口を出ると、僕に手を振りながらそそっかしく駆けていった。その後ろをぱたぱたと追っていくのは、ダクマという熊っぽい二足歩行の小さなポケモン。
 ダクマは主人がこのヨロイ島で、白い眉毛をやたらと伸ばしている(じじい)から譲り受けたポケモンだった。彼と一緒にさらなる成長を遂げることが試練として課されているらしいが、主人のことだからその程度の修行はすぐに片付けてしまうだろう。
(あの黄色い胴着、ちょっとダサいから早くいつもの格好に戻ってほしいんだよな……)
 朝早くから熱心な主人とは裏腹に、僕は道場で留守番だった。主人の計らいによって、昨日から四日間の休暇をもらっている。
 ヨロイ島へ来るのは二度目だ。より高みへ登るための強さを手に入れようと修行をしにここにやってきたのが一度目だったが、そのときはたった三日でガラル本島へ舞い戻ることになった。
 チャンピオンというのはその地方で最も強いトレーナーで、チャンピオンのチームというのはその地方で最も強いポケモンたちである。しかし、チャンピオンになる前までの僕たちは、それが本当に意味するところを十全に知らなかった。
 最強で居続けるために、バトル三昧の日々! 特訓に明け暮れる毎日! ――になるだろうという僕の認識は甘いと言わざるを得ない。
 月に最低五回は雑誌やテレビの取材があって、有名PokeTuberとのコラボ依頼などは――あの怒った顔がポケモンの「こわいかお」よりもずっと威力のある元委員長の秘書――が厳選してはいるものの、かなりの数が舞い込む。
 CMの撮影があれば間違いなく一日が潰れるし、主人が名前を貸しているバトルの大会があれば開会式と閉会式には必ず顔を出さなければならない。
 ヨロイ島に籠もって修行するなんて時間、あるわけがないのだ。
(こんなの、ほとんど児童虐待だ(チヤイルド・アブユーズ)
 主人は大人びている。大人顔負けどころか、精神力もバトルの駆け引き(タクテイクス)もジムリーダーたちを遥かに凌駕していて、勝利インタビューでの落ち着きようは観た人たちに人生三周目(つよくてニユーゲーム)と言わしめた。
 主人は確かに超人だが――「見た目は子供、頭脳は大人!」なんてどこかの眼鏡の名探偵(フオーアイズ・デイテクテイブ)と同質ではない。見た目通り、中身だって子供なのだ。
 キャンプでカレーを食べているときの主人の顔は、とてもではないがスタジアムのスクリーンに映しだせない。そこにあるのは、変なカレーに目を輝かせ、変な味に顔をとろけさせている幼い人間なのだから。
(疲れた素振りを少しでも見せてくれれば、もっとまわりの人間が気を遣ってくれるだろうに)
 むしろぐったりしているのは僕のほうかもしれない。僕はチームの一番手(エース)であるがゆえに、ボールの中に入ることなくずっと主人の横にいるのだ。
 それはもちろん嬉しいし、隙あらば主人にべたべたしていたいのは確かだが、それはそれとしてボールの中で休息を取っている他の面子が本気で羨ましいのも事実だ。
 僕がもし未進化体のままであれば、ストレスで泣き喚いてまわりの人やポケモンたちを阿鼻叫喚の地獄絵図に放り込んでいたところだ。催涙効果のあった涙を流せた当時が懐かしい。
 疲れとストレスを感じることができないくせに、主人は僕がストレスに苛まれていたのをエスパータイプさながらに敏感に察知した。
「短いけど、今日から四日間は夏休みね! 仕事もバトルもぜーんぶ断ったから!」
 主人は中断していたヨロイ島での試練の続きを行いつつ、僕を筆頭とした主人の手持ちはこの島で羽を伸ばす。気が休まらない日々にもしばしの別れ。
 昨日は一日中惰眠を貪っていたので、今日は散歩でもしようかと外に出る。陽の光が、寝ぼけ眼には少し厳しい。僕は大あくびをしながら、一礼野原へと向かった。
「のどかだなあ」
 主人の活動拠点はシュートシティだ。趣ある近代都市は決して嫌いではないが、いかんせん喧騒は避けがたい。
 ヨロイ島はそもそも人がほとんどいない島で、ガラル本島とは時間の流れが異なっている。のんびりしていても誰にも急き立てられないし、すれ違いざまに写真を撮られることもない。
 自由で静かな時間というものがすっかり贅沢品になってしまった自分たちには、ありがたい環境だ。
 砂浜に足跡をつけながら、潮騒を聞く。寝そべっているヤドンの横を通り過ぎる。スターミーが中央の宝石を光らせながらこちらに手?を振ってくるので、僕も右手をひらひらと振り返した。
(ワイルドエリアの好戦的な野生ポケモンたちとは大違いだなあ)
 心が洗われる。休暇をもらったのは大正解だった。
 ずっとここにいたいなあと、自分がチャンピオンのポケモンであることを忘れてすっかり腑抜けた気分になった。
(ん……?)
 ふと、視界の端にぴょんぴょんと飛び跳ねる何かが映った。
 顔をそちらへと向ける。目が合う。
(……ッ)
 ずきり、と側頭部に痛みが走った。僕をじっと見つめているのは、一匹の兎だった。二足歩行。褐色の毛皮。大きな折れた耳は腰の下まで伸びている。耳や手はクリーム色のもこもこで覆われていて、体躯は僕よりも一回り小さい。
 僕は――眩暈にふらついた。兎を見ると、どうにも気分が悪くなる――。



  ◆◆◆


 あるところに泣き虫の仔蜥蜴、おてんばな仔兎、そしていつでもどこでもビートを刻んでいる仔猿がいた。
 同じ日に孵り、同じ皿のご飯を食べ、一緒に育った幼馴染みだ。名をそれぞれ、レオン、バーン、ランダーといった。
 そして各々が、やはり同じ日に、異なるトレーナーにもらわれて別々の道を歩み始めた。
 僕は主人(マスター)に。仔兎は主人のライバルに。仔猿は当時のチャンピオンに。
 僕らの目標は似通っていた。僕と兎はチャンピオンを目指したし、猿はチャンピオンのポケモンとして闘える強さを求めた。
 道は違えど終着点は同じだったから、道すがら何度も重なってはぶつかった。ワイルドエリアでカレー鍋を一緒に囲んだことも、バトルの結果に納得できずに本気で喧嘩して険悪な関係になったことも、当時のリーグ委員長の陰謀がガラル全体を危機に陥れたとき、力を合わせて災厄を退けたことも、すべては懐かしい思い出の中。
 最終的に、頂に登り詰めたのは僕だった。そして――そのあと、互いの道は二度と重ならなかった。

 僕は、あるときから兎が好きになっていた。記憶を遡って、いったいいつからそんな想いを抱いていたのかを思い返す。
 ――たぶん、それぞれが初めての進化を経てひねくれていた時期だ。僕は斜に構えた態度で主人の手を煩わせ、兎は三六〇度どこからみても反抗期だった。猿は僕と兎に比べたら遙かに品行方正だったが、バトルそっちのけで太鼓ばかり叩いていたのでチャンピオンはほとほと困り果てていたらしいことは知っていた。
 足癖が悪化した兎は不機嫌になると僕の背中を蹴り、僕は水の球を兎の顔面にぶつける。そしてキャンプサイトが滅茶苦茶になるほどの喧嘩が始まるのだ。
 そのときに限っては兎のことを本気で嫌っていたが、心配もしていた。兎は僕に対して立て続けに敗北を喫しており、焦燥と苛立ちを抱え込んでいたのは明らかだった。
 僕の気持ちが反転するのに、さして時間はかからなかった。



  ◆◆◆


 シュートシティの夜景を一望できる、ホテル・ロンド・ロゼの一室。僕はベッドに寝そべり、天井をぼうっと眺めていた。
 チャンピオンカップのファイナルを突破し、途中でブラックナイトという名の邪魔も入ったが――なんとか退け、ついにチャンピオンとの決戦を明日に控えていた。
 主人(マスター)と、僕を除くチームの五匹は、二階のレストランで夕食をとっている。僕は食欲がまったく湧かず、部屋に一匹で主人たちの帰りを待っていた。
「はぁ……」
 緊張、だろうか。食欲が旺盛すぎて、カレーを食べ過ぎてぼってりと膨らんだ腹を、タマゴでも孕んだのかと仲間に揶揄されるくらいだったのに。
 今までがむしゃらだった。頂を目指していても、実際の頂から見える景色は想像すらしてこなかった。
 いざチャンピオンカップの舞台に立って、満員のスタジアムでがなるような歓声に包まれると、ようやく実感が湧いた。
 ブラックナイトのせいでチャンピオン戦までの時間が空いてしまったのがよくない。息つく暇なく一気に頂まで駆け上がってしまいたかったのに。
(ひとりでいると気が滅入るな……)
 こんな鬱屈とした気分で、果たして明日の決戦に挑むことはできるのか。不安ばかりが募ってしかたがない。
 カチャリ、とドアロックが外れる音がした。変だな、主人たちは十分前に出たばかりだし――忘れ物でもしたのだろうか。
「レオン、いる?」
「え……?」
 主人の声ではない。起き上がると、ドアのほうには兎――エースバーンが立っていた。
「バーン? どうしてここに」
 オートロックのドアを開けるにはカードキーを使わなければいけない。
「その……ここにいるって聞いたから……レオンの主人にカードキーを貸してもらって……」
 成り行きは理解したが、バーンがなぜ僕のところに来たのかの理由はわからない。
 バーンたちはチャンピオンカップのトーナメントで僕たちに敗れている。災厄も去り、少なくとも今、このやたらと金の食いそうなホテルに滞在しているのは、トーナメントの出場者の中では僕らだけだったはずだ。
 長い沈黙が流れる。とにもかくにも何か言葉を発しなければいけないと、僕は焦った。
「そこに立ってるのもなんだし、こっちに来なよ」
 気を利かせた風を装ったが、内心どぎまぎしていた。想いを寄せているポケモンと、ふたりきりなのだから。
 おずおずと近づいてきたバーンは、静かにベッドに――僕の横に腰掛けた。
 その横顔は、笑っていなかった。ラビフットの頃は無愛想を貫いていたが、最終進化で屈託のない笑顔を振りまくようになり、僕はものの見事に心臓を撃ち抜かれたのだが、今のバーンはまるで進化前に戻ってしまったように見えた。
「どうしたのさ、真面目な顔して。もしかして僕にエールを送りに来てくれたの?」
 辛気くさい雰囲気を吹き飛ばすように、少し茶化してみた。
「うん……まあ、そんな感じ」
 図星だったらしく、僕は、あ、そうなんだ、と小さな声でどもり、真正面を見据えるしかなかった。
 ファイナルトーナメントに赴く直前、控え室でふぁいにー! と悔しい気持ちを押し殺して元気に僕を送り出してくれたことを思い出す。
 今の彼女は――そのときとはまるで別人だった。エールを送りに来た、というのは何らかの方便なのだろう。
 突如、彼女はすくっと立ち、ドアの辺りに向かった。そして壁にある照明のスイッチを押した。
「ちょ、ちょっと」
「ベッドの灯りをつけて」
 ふっと真っ暗になってしまった部屋。僕は言われたとおりに手探りで、ベッド付近の間接照明のスイッチを探り当て、細長い指で押す。
 部屋の照明よりもずっと淡い橙色の明かりがついた。互いの顔が薄ぼんやりと見える程度の、心もとない光。
 僕はスイッチを押す直前、ベッドに四つん這いになっていた。それを見計らったかのように、バーンは僕を抱きすくめた。
「ば、バーン!?」
「あんまり大声出さないで。耳が痛くなる……」
「ご、ごめん……」
 いったい全体、これはどういうことだ。僕が置かれた状況は何を意味している。
「ねえ、レオン。こっち向いて」
 バーンが離れる。僕が仰向けになると、ふたたび彼女が僕の上に倒れ込んできた。顔が近い。白い毛皮からいい匂いがする。表情はよく見えないが、眼は――濡れそぼった朱い眼は、照明の光を反射して艶めいている。
「バーン……」
 もしかして――もしかしてこれはそういうことなのか。いや、むしろそれ以外に考えられないけれども。
「オレのこと、抱きしめてほしい」
「う、うん……」
 僕はバーンの背中に腕を回す。バーンも僕の背中に同じようにして腕を回す。バーンは僕の胸に鼻先をそっと当てる。明日闘うであろうランダーの叩くドラムよろしく、爆音で鳴り続ける僕の心音を聞かれるのが無性に恥ずかしい。
「レオンは……交尾ってしたことある?」
 ばくん、と心臓が飛び上がった。
「……ない、なあ」
 今の質問は、どう答えれば正解だったのだろう。嘘でも経験があると言ったほうが、頼れるオスを演じられたのか。それとも素直に童貞であることを認めたほうが、ずっとバーンを一途に想っていたことが伝わるのか。
「今しようって言ったら……する?」
 今度こそ心臓が飛び出しそうになる。
「……うん、したい」
 いろいろな思いがぐるぐると巡った。そもそもこんな場所でしていいのか? 主人たちはいつ帰ってくる? 明日にチャンピオン戦を控えている身でこんなことをしている場合じゃないんじゃないか?
 だが、好きなポケモンとこれから繋がることができるという大きな期待の前に、せり上がってくる杞憂はいとも簡単に押し流された。
「……ん」
 バーンが呻いた。僕の下腹部のスリットから、二本の陰茎が飛び出ている。それがバーンの股ぐらに触れたのだ。
 彼女が僕の顔に頬ずりをする。僕は相変わらず彼女の背中に腕を回しているが、率直に言ってここからどうやって交尾にもっていくのかわからない。
 こんなことになるとわかっていたら、チームの中でもダントツにその手のことに詳しいストリンダーのトキシの話をよく聞いておくべきだった。
 メスっつーのはなあ、とお決まりの台詞から下品な話題(ダーテイートーク)をべらべらと捲し立てるトキシは、ワイルドエリアでテントを張ったとき、夜中にこっそり抜け出して野生のメスのポケモンを引っ掛けに行くのがルーティンだった。
 アーマーガアのガア――僕らのチームの紅一点――はそんな彼を軽蔑しており、他の面子に関してもトキシの話をまともに聞いたら最後、ガアにトキシと同じ類の色()けのカスであると見なされるのを恐れていたので、やはり僕と同様の対応をしていた。
「これ、使おうよ」
 バーンは僕ごと体を起こし、隠し持っていたものを取り出した。
 薄く小さい、黒とショッキングピンクの配色で妖しい雰囲気をまとう四角形のパウチ。何が入っているのだろう。
「オレの手じゃ開けられないから、レオンが開けて」
「う、うん」
 手渡されたパウチを言われたとおりに破ると、中から妙にべたつく円形の物体が出てきた。
 軟らかい。ゴム製品のようだ。
「何これ……」
 バーンは僕からその物体を取り上げ、立て膝の僕に座って向かい合う。
「レオンのちんちんにこれをつけるんだ」
「えっ」
 なんで、と言おうとした瞬間、弱々しく屹立している陰茎がバーンの柔らかい手に包み込まれた。
 意中の相手が、躊躇なく自分の中心部分に触れてくる衝撃で、僕は頭が真っ白になった。
「わ、すごい……」
 瞬く間にがちがちに硬くなった陰茎を見て驚嘆するバーンの顔を、僕はまともに見ることができない。
 恐る恐る顔を下に向けると、バーンは不器用な小さな手で、あの謎の物体を僕の左側の陰茎に被せていく。
「これ、コンドームっていう避妊具」
「ひにんぐ……」
 聞いたことのない言葉だった。
「オレもまだ最前線で闘いたいし、孕むわけにはいかないから……」
 バーンの言葉で、そのゴム製の物体がどういうものなのかをおぼろげに理解した。
 オスが射精し、メスがその精を受け取ることでタマゴを孕む――実戦経験がない僕でも持っている知識だ。だがこのゴム製の袋が陰茎に被さっていれば、射精してもメスの子宮には精を流し込めず、妊娠はしない。
 メスはタマゴを孕んだら、どうしたって一時的にチームを離脱せざるをえない。これはそれを防ぎながらも愛欲を満たすための画期的な代物なのだ。
 人間は――この星を支配する知能が恐ろしいほど高い生物は――こういった不思議な物をいとも簡単に作ってしまう。球状捕獲装置(モンスターボール)を大量生産するのに比べたら、避妊具を作る事なんて朝飯前だろう。
「ふぅ……」
 陰茎の根元までコンドームを引き下ろしたバーンは、心なしか浮かれているような顔をしていた。
 しかし――なぜバーンはそんなものを持っているのだろう。彼女の主人の差し金だろうか。
 もしや――僕とバーンがくっつくことは、皆から望まれているのか? 主人もこのことを知っている――?
 バーンが寝転がり、仰向けになる。広々としたベッドは、二匹が横に並んで寝てもなおスペースが余っている。
「オレはいつでもいいよ」
 僕は体をおこして、バーンの体に正対する。バーンは股を広げ、それぞれの膝を腕で抱えた。
 バーンの大事な部分、そして尻の穴が、淡い光に満たされた室内で激しく主張してくる。
「バーン……」
 夢みたいだ、と思った。これから僕は、ずっと想いを寄せていたポケモンと繋がるのだ。
 左手で陰茎を支え、先をバーンの秘所に狙いを定めてあてがう。正確な位置がよくわからない。
「もうちょっと下……」
 バーンの声に導かれ、狙いを下にずらす。子宮に繋がる濡れた穴の気配を陰茎の先で感じ取る。
 朱色の体毛を掻き分けた先にある穴が、僕を迎え入れようとする。
 腿が震える。心臓がばくばくと鳴る。上手く挿入(はい)ってくれ――。
 祈るような気持ちで、僕はゆっくりと腰を沈めていった。
「挿入っ……た……」


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 先端が侵入した。繋がった。心臓が痛いくらいに拍動する。緊張で額に脂汗が浮く。
 バーンの脚が、僕の腰に回った。
「あっ」
 そういや、バーンは足癖が悪いんだった。バーンはふくらはぎで思い切り僕の腰を引き寄せた。陰茎の根元まで、バーンの秘所に飲み込まれた。
「レオン」
 そして背中に腕を回され、強く密着させられる。完全に体が重なった。
「ば、バーン、痛くない?」
「全然大丈夫」
 たぶん、このあとは抽送(ピストン)運動をするのが正しいのだろう。しかし僕とバーンはずっと抱きしめ合ったまま動かない。
「……僕、バーンと繋がれて嬉しいよ。ずっとこうしたかった」
「へへ、オレも……」
 お互いに頬ずりをしながら、笑い合う。心臓のばくばくはなおも止まらないけれど、これはこれで心地よさを感じる。
「これがオレなりのレオンへのエールだよ」
 バーンがぽつりと呟いた。あの日、頂を目指して歩き始めた三匹の中で、バーンは先に脱落した。彼女はもう託すしかないのだ。そして、僕に託すことを選んだ。
 その意味を、僕は強く噛み締めた。
「明日、頑張ってね。絶対にチャンピオンになってね」
「うん、絶対になるよ」
 薄明かりに照らされる温かく白い毛皮と、冷たく青い皮膚。その境目にある感情は――僕は、まったく同じものであると信じていた。



 ◆◆◆


 僕らのチームは、頂の景色を見た。史上最高のバトルと後世に伝えられる大激戦を演じた僕らは、一週間経った今も熱狂の最中にいた。
 十年間、誰にも崩せなかった牙城をついに打ち崩したのだ。他の地域よりもポケモンバトルに入れ込む人口が断然多いと言われるガラルでは、ポケモンバトルは一大エンターテインメントである。そのトップトレーナーが入れ替わるのはまさしく歴史の一ページに名が刻まれることを意味するのだ。
 僕らを取り巻く環境は激変し、夢心地はまだ終わらない。
「はー、最近マジでつまんねえ。キャンプしてえんだけど」
 そんな中、一匹だけ夢から早々と覚醒していたのはトキシだった。生粋の快楽主義者であるこのハイストリンダーは、チャンピオンになった瞬間こそ流石に気分が高揚しているらしかったが、一日も経てばそんなことはどうでもいいと言わんばかりの態度だった。
 元来コイツはバトルに対する興味は薄いほうだ。それでもこのチームでやれている以上、才能は間違いなく最上級なのだと思う。チームのエースは僕でも、コイツが本気でバトルに取り組んだら間違いなくその座を奪われるだろう。
「どうせメスとヤりだいだけでしょ」
「そりゃそうだろ」
 悪びれる素振りもなく答えるトキシ。トーナメント期間中はホテルとスタジアムの行き来しかできず、トーナメントが終わった後は一気に忙しくなりキャンプどころか一息つくことすらままならない。
 トキシが文句を言いたくなるのはごもっともだ。
 今、ポケモンセンターのロビーで主人が取材記者に捕まっている。秘書と一緒にしつこいそいつらを追い返そうとしているようだが、まったく上手くいっていない。
 僕とトキシはロビーの端のテーブル席に腰掛けて、モーモーミルクを飲んで駄弁っていた。
「そういやさ、お前バーンとヤったんだろ。どうだった?」
「ぶふっ!?」
「うわ、きったね」
 口に含んでいたミルクを盛大に噴き出した僕は、むせて咳き込む。
「な、何言ってっ、僕が? バーンと?」
「別に隠さなくてもいいだろ。そんなに脱童し(チエリーポツプ)たのを知られたくないのか」
 そういうことではない。なんでコイツが、僕とバーンが交尾したことを知っているんだ。
「あー、別に他のヤツらは知らないから心配すんな。もちろん主人(マスター)だって知らん。てかまだ子供だし、交尾のこの字も知らねえよ。でもな、お前の様子が少しだけ変わったのと、あの日バーンが主人にカードキー借りに来たのを見たら、いやでもピンとくる」
 少し前まで赤ん坊(エレズン)だったトキシが主人を子供扱いすることに凄まじい違和感を覚えたが、それよりもコイツの嗅覚の鋭さに恐怖すら感じる。
「で、どうだったんだ」
「……なんで僕が君にそんなことを話さなきゃいけないんだ」
「かーっ、つまんな。オス同士の会話なんてだいたいオナニーと交尾とギャンブルって相場が決まってんだよ。お前が童貞卒業したからようやくこういう話ができると思ってたのによ」
 低俗すぎる。ドン引きする僕を尻目に、トキシはなおも喋り続ける。
「しかしお前もあの兎に喰われるとはなあ。まあ時間の問題だったか」
「お前も……ってどういうこと?」
「ん? まんまの意味だけど。アイツ、自分のチームのオス全員喰ったじゃん?」
 心臓が、どくどくと大きな音を立て始めた。だが、あのときの心地よさとは程遠い、ぎりぎりとただ不快感だけを与えてくる鼓動だった。
 バーンが他のオスと――?
「やっぱ兎が淫乱って本当なんだな。俺もいつか相手してもらいてーわ、う゛っ!?」
 僕は彼の首を両手で掴んで引き寄せた。
「僕のことを揶揄(からか)ってるつもりなら今すぐに謝れ」
 目が血走っている僕にビビったのか、締まった喉から掠れた声で「スマン」と謝るトキシ。
 僕は舌打ちして、トキシを乱暴に椅子に押し返した。むせるトキシを顧みることなく、僕は頬杖をついて窓の外を見る。
「すまん、そっか、お前……バーンのこと好きだったんだな……。それはマジで気がついてなかった……ガチですまん……」
 少ない語彙で謝り倒すトキシに、僕は少しだけ頭が冷えた。
 え、というか――コイツ、僕の意中のポケモンがバーンであることを本当に知らなかったとしたら、今の発言は――。
「まさか……本当なのか」
 僕はトキシに向き直り、発言の真偽を問い質す。喉を押さえたままのトキシは、涙目でこっちを見やった。
「本当も何も……向こうのヤツらと共同キャンプ張ったとき聞いたんだよ。こっちと違ってあっちはめちゃくちゃ猥談好きなヤツらだから……フェラが上手いとか、ジム戦の後はマジで具合がよくなるとか、3Pしたとか」
「やめてくれ!!」
 テーブルをばんと叩く。音に驚いた人間が何人かこちらを見た気がしたが、気を配る余裕はなかった。
 眩暈がする。酷い頭痛だ。意味がわからない。今トキシは、本当に僕と同じ言語を喋っていたのか。
「……お前はもう知ってるかと思ってた」
 あの日の夜のことを思い出す。神妙な顔つきでホテルの部屋に入ってきたバーン。部屋の照明を暗めにして、コンドームなどという一見彼女に似つかわしくないものを、僕の陰茎に被せる姿。
 考えてみれば、妙に手慣れていた。付け方が不器用だったのは、オス慣れしていなかったわけではなく、単純にバーンの手が細かい作業に不向きだったからだろう。
 彼女の主人は、バーンの性欲が強いことを知っていたに違いない。間違いが起こらないようにと、避妊具を持たせ、使い方も教えたのだろう。
「僕のこと……騙したのか……」
「いや、騙すって……バーンはそんなこと思ってないだろ。お前がしたがってる気持ちを酌んだだけなのを、そんな言い方するな」
 へらへらとふざけた調子が常のトキシが、真面目な顔で僕を諭そうとする。コイツ、こんな顔できたんだな。
「俺がこんなこというのガラじゃねえけどさ、種族ごとにいろんな生き方があって、性格も全然違って、飯を食う量も、強さも、みんな全然違って、もちろん性欲だって……。ガアみたいな堅物もいれば、バーンみたいに性に大らかなヤツもいる。それを否定する資格なんざ、誰にもないだろ」
「それは……そうかもしれないけれど」
 どうしても納得できない。だって、バーンは僕のことが好きじゃなかったのか? わざわざ人目を忍んでまで僕に会いに来て、あんなに一緒に繋がれたことを喜んだのに、まやかしに過ぎなかったのか?

『これがオレなりのレオンへのエールだよ』

 あれは――本当にただのエールだったのか。それだけの理由で、彼女は交尾ができてしまうポケモンだったのか。
「まあ、ショックかもしれんが……そう落ち込むなよ」
 がっくりとうなだれる僕にトキシは背中をさするが、その言葉に何一つ勇気づけられる要素はなく、ただひたすらに空虚だった。
 


 ◆◆◆


 それから一月が経ち、僕らを渦巻く熱狂が落ち着きを取り戻した頃、主人と主人のライバルで共同キャンプを張ろうという話になった。チャンピオンのポケモンとしてあちらこちらに振り回された僕らにリラックスしてもらおうと、向こうが発案してきたのだ。
 ずっと禁欲を強いられていたトキシは涙を流しながら喜び、他のポケモンたちはそれを見てドン引きするなどしていたが、僕はあの夜以来会っていないバーンと再び顔を合わせなければいけないことに気が気でなかった。
 僕はどんな顔をしてバーンに会えばいいのだろう。また眩暈がしてきた。

「うおー! すげー!」
「だろ? これがキョダイパウダーの威力だぜ!」
 巨人の腰掛けの近くに二つのテントが張られた。主人とライバルは、カレーの鍋の中身がまるで質量保存の法則を無視したかのように、入れた材料の十倍の体積まで膨らんだのを見てはしゃいでいた。
 誰も食べきれずに半分以上を廃棄する未来がありありと見える。
「じゃあ、食べるか!」
 主人の号令で、みんなの皿に山盛りのカレーが盛られる。僕の皿には、僕の胴の体積をゆうに五倍は超えている量のカレーを盛られた。皿がカレーの自重で割れやしないかとひやひやする。
「久しぶり、レオン!」
 広げた簡易ベンチに、カレー皿を持って腰掛けていると、隣にバーンが座ってきた。カレーを作っている間、僕はガアの話し相手となっていて、バーンと話す暇はなかった。
 もっとも、バーンを避けたかった僕にとってガアが僕を束縛してきたことはむしろありがたかったのだが、いざ食事の時間になるとガアは向こうのポケモンたちのところに行ってしまった。ガアはあちら側のポケモンが揃って猥談好きであることを知らない。
「……やあ」
 返事があまりにもぎこちなさすぎる。黙々とカレーを頬張り口数を減らしたかったが、食欲が湧かない。いつもなら山盛りのカレーはご馳走なのに、今は吐き気を催す褐色の禍々しい物体にしか見えない。
「おめでとう、レオン」
「え?」
「チャンピオンになったの、ちゃんと祝えてなかったから」
 カレーを口に運びながらこちらを朱い眼で真っ直ぐに見据えるバーンは、まったくのいつも通りだった。
「ありがとう……」
 祝われたことに対して礼を言っても、言葉に力がこもらない。
「どうした? 気分悪いのか?」
「いや、なんだが実感が湧かなくて……」
「ああ。まー、そうだよなー。ずっと忙しくて浸る暇もなかっただろうし」
 適当な言い訳でお茶を濁しても、バーンは素直に受け取った。
「バーンは、この一ヶ月どうしてた?」
 空白期間を埋めるための質問。だがその裏で、僕の頭は下品な想像でいっぱいになっていた。
 この一ヶ月、どんなオスとヤっていたんだ? 何匹のオスを喰ったんだ? 相変わらずチームのオスと乱交してるのか?
 言葉の裏に潜む最低最悪の底意に、バーンは気づくような素振りも見せない。
 バーンは話題に事欠かないのかずっと喋っていたが、当の僕は上の空でまったくと言っていいほど話が頭に入ってこない。
 向こうのチームはオスが四匹いる。鍋を囲む連中のうち、僕を含めた五匹がバーンの雌穴に肉棒を突っ込んでいる。
(……最悪だ)
 カレーを口に運んでも、味がしない。相当濃く味付けられたはずのカレーは無味無臭で、まるで砂を噛んでいるかのようだった。
「ねえ、バーン」
「あ……ごめん、つい喋りすぎたみたい」
「いや、いいんだ」
 バーンの言葉を遮って、僕は彼女を試した。
「今夜、キャンプを一緒に抜け出そうか」
「え……あ、うん」
 バーンは、少し頬を染めて目を伏せた。あれだけ純真に見えても、僕の言葉の意味を彼女はすぐに理解してしまう。
 兎は淫乱だ、と言ったトキシの言葉は真実だったのだと、改めて理解した。



 ◆◆◆


「あ、レオン」
 夜半、皆が寝静まった頃――トキシの寝袋はすでにもぬけの殻だったが――僕は自分の寝袋から這い出してテントの外に出ると、すでにバーンは小さな岩に腰掛けて星を眺めていた。
「やあ、バーン。少し散歩しようか」
「うん」
 僕より背丈が小さいバーンと、並んで歩く。巨人の腰掛けは小高い丘で、ミロカロ湖が見下ろせる。
 僕は何も喋らず、ミロカロ湖に向かった。バーンも一切口を開かなかった。
 夜の湿った風に、僕のとさかとバーンの長い耳が揺れる。
 なんとなしに、手を繋いだ。今までの僕には考えられない行為だったが、どういうわけか自然に手が伸びた。
 僕が左側で、バーンが右側。丘を下りながら、僕はゆっくりと話しかけた。
「バーン……僕は君のことがずっと好きだった」
「……うん」
「でもバーンは、僕と同じ気持ちじゃなかったみたいだね」
「え」
 バーンがこちらを見上げる。朱色の瞳が揺れている。戸惑っているように見えた。
「オレはレオンのこと好きだよ?」
「それは、どっちの意味で?」
 僕は彼女から顔を逸らした。そうしないと、彼女の答え如何(いかん)では頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。
「どっちって……」
「友達として? それとも恋愛対象として?」
「んと……友達、かな」
 薄々、そんな気はしていた。結局齟齬はそこだったのだ。
「僕は、君に恋していたんだけどね。体を重ねたとき、想いが叶ったって思い込んじゃったよ」
 バーンの眼が見開く。驚くほど感情がわかりやすいポケモンだ。なのに、なぜベッドを共にしたときに僕は彼女の気持ちに気づけなかったのか。自分の愚かさに思わず笑みが零れてしまう。
「そ、それって……」
 バーンが立ち止まる。
「まあ、バーンが誰彼構わず交尾をするポケモンだって気づかなかった僕が全部悪いんだけどね。勘違いしちゃったよ」
 増大する被害妄想が、言葉のナイフを研いでいく。
「お、オレ、もしかしてレオンのこと……」
「ずっと貞操を守ってたの、今思えば本当に馬鹿みたいだ」
 ダメだ、彼女を傷つける言葉がいくらでも出てきてしまう。悪気がないのはわかっているのに、彼女から受けた苦しみを返したいというエゴイスティックな感情が先立つ。
「ごめん、オレ……」
「兎って淫乱なんだってね。どうせ持ってるんでしょ、アレ。ヤろうよ、ここで」
 最低だ。バーンは――泣きそうになってる。
「泣いたって僕は許すつもりはないよ」
 頭に完全に血が上っている。オスとしてのみみっちさをこれでもかと押し出す僕を、ガアが見たら卒倒するだろうな――とわずかばかりの現実逃避をする。
「オレ……オレ……」
 どもるバーンを、草原に静かに押し倒す。
「あ……」
「笑ってよ。泣いてるメスってあんまりそそられないんだ」
 この前まで童貞だったオスが何を口走っているのかと自嘲する。
 そして――涙にそそられないというのは嘘だ。正直なところ、バーンの泣き顔に興奮している自分がいる。
 バーンの首筋に舌を這わせ、右手を彼女の下腹部に伸ばし、中指を秘所に突っ込む。
「んっ……だめ……」
 だめ、と言われたらさらにしたくなるのがオスの(さが)。本能のくすぐり方さえ心得ているなんて、本当に天性の淫乱なのだな、と思い知らされる。 
 なんかもう――いいや。この際めちゃくちゃにしてやる。
挿入()れるよ」
「待っ……生はダメ……!」
 バーンの手に握られていたパウチを奪い取って投げ捨てる。
「あんなのつけないほうが気持ちいいでしょ」
 兎の抵抗むなしく、僕はそそり立った二本の陰茎の両方を彼女の中に突き入れた。二本挿しは無理があると思ったが、驚くべきことに容易く侵入することができた。
 たくさん咥えこんできた分だけ、穴も緩いのだろう。ああ、腹立たしい。
「でもっ、妊娠しちゃ、んっ!」
 小さな口を舌で塞ぐ。じゅるじゅると彼女の口の中を堪能するように、舌を喉奥まで差し込んだ。
「ぷはっ……はあ……レオン、酷い……」
 彼女の目はまるで焦点が定まっておらず、口内を犯されたことで完全に出来上がってしまったみたいだった。
「お互い様でしょ」
 僕は乱暴なピストンで、彼女の子宮に陰茎を突き立てた。
 彼女はもう意識が快楽に染まり始めている。大したテクニックもない僕のピストンでここまでなってしまうのだから、彼女が淫蕩になったのもいたしかたないのかもしれない、と思う。
「君の主人はトレーナーを引退して博士になるんでしょ。君もバトルしないんだし、孕んだって問題ないよね」
「んっ、ちが、らめ……ああっ」
 僕の身勝手な言い分を、バーンははっきりと拒絶できない。交尾の虜になっている今の彼女に、主体的な思索などないに等しい。
「ほら、そろそろ射精()すよ」
 思いのほか早く訪れた吐精感。締まりがあまりにも良すぎるのか、僕が早漏なのか。
「んん~~っ!」
 バーンは口を手で押さえている。快楽に堪えきれないのだろう。僕に強姦されているにもかかわらず、気持ちよさに浸れるその体が心底羨ましい。
 そう思った瞬間――少しだけ気持ちが冷めた。最後の最後で、わずかばかりの理性が僕を殴りつけたのかもしれない。
 射精の瞬間、僕は陰茎を彼女の中から引き抜いた。
「うっ……」
 彼女の腹の毛皮の上に吐精する。びゅくびゅくと波打ちながら白濁液を吐き出す陰茎は――自分のものであるというのに――ひどく穢らわしく思えた。
 バーンは、息を乱して虚空を見つめていた。脚ががくがくと痙攣している。ほとんど意識が飛んでいるのではないか。
 僕は、仰向けになっている彼女の横に座る。
「……バーン、大丈夫?」
 白々しい言葉を投げかける僕に、バーンは一瞬だけ目をやった。が、すぐに視線は虚空に移る。
 だが、手だけは――白く小さな柔い手は――僕の手の上に重なった。
 無性に虚しかった。激情をぶつけても、体を繋げても、何も彼女に届かない。心は繋がれない。



 ◆◆◆


 翌朝のバーンは、至って普通の様子だった。僕に犯されたというのに、まるで何事もなかったかのように彼女の仲間たちとじゃれ合っている。
(あれだけの目に遭いながら……別に僕のことなんかなんとも思っていないってことなのか)
 トキシがただならぬ様子の僕の隣に、短い脚であぐらをかいて座る。
「……なんかあったんなら相談に乗るぜ」
「別に。ただの失恋だよ。大したことじゃない」
「ふーん」
 トキシのだらしなさにはいつも辟易させられているが、今回の件についてはトキシを見直した。僕が落ち込んでいるのを目ざとく見つけて慰めてくれるヤツは他にいない。
「ま、気にすんなよ。今度一緒にメスを引っ掛けに行こうぜ。やっぱり傷心には交尾(セックス)だろ」
「……ねえ、僕ってモテると思う?」
「逆にその姿容(ナリ)でモテねえ理由をこっちが知りたいぐらいだわ。結局ウジウジしてるヤツってのは一番メスが嫌うタイプだわな。……お前なら変われるだろ」
 トキシは、最低最悪だけど、いいヤツだ。
「……なるほどね。今度から師匠って呼んでいい?」
「そんなキャラじゃねーわ」
 そうやって笑うトキシの横顔が、朝陽と被ってとても眩しい。


2. ヘア・ホリック -クリーム- 

 

 これが、僕の兎にまつわる確執だ。あれ以来、バーンとは会っていない。共同キャンプも行われていない。
 こっちの主人はチャンピオン業、あっちの主人は博士になるための勉強で、お互いが忙しくしていたのだ。
 それぞれの主人が多忙を極めて会う機会を無くしていたのは、バーンに会いたくない僕にとって実に好都合だった。
 とはいえキャンプをする機会そのものは失われていない。僕らのチームは基本的にキャンプが好きだったから、どれだけ忙しくても二週間に一度は絶対にワイルドエリアでカレーの鍋を囲み、星空の下で過ごす。
 そして――僕はトキシと一緒に夜遊びに出かける。
 トキシは、メスを口説くことに関しては優秀だった。ただし外見に関しては多少怪しいことは否めず、そこは物腰が柔らかく見てくれの良い僕が側にいることでカバーした。
 僕はトキシにメスの扱い方を学び、トキシは僕がいることで口説きの成功率を飛躍的に向上させる。
 互いにそりが合わないと反発し合っていた頃からは考えられない、最低で完璧なナンパ師二匹が爆誕したのだ。
 あれから張ったキャンプの数は十を数え、交尾まで持ち込んだメスの数はその倍の数を超えた。
(トキシとメスを喰いまくって、克服したんだと思っていたけど……)
 またしても僕の前に兎が現れ、そして嫌な記憶が蘇る。いくら経験を重ねようと、傷は癒えないのだろうか。
「……もし……もしもし」
 ハッと我に返る。眩暈と頭痛が治まるまで、ずっと指で眉間を押さえていようと思ったのだが、怪訝に思ったらしい兎が僕に話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん……ちょっと頭痛がしただけ。気にしないで……!?」
 兎は僕との距離を突然詰め、僕の胸のにおいを嗅ぎ始めた。
「あなた……この島の方ではないですね。なんだかカッコいいにおいがします」
 カッコいいにおいってどういう意味だ。この島独特の表現だろうか。とりあえず、ポジティブに受け取ってもいいのは確かだろうが、面食らってしまう。
「よく見るとお顔もとっても凜々しいお方ね。よかったらご一緒しませんこと?」
「は……?」
 もしかしなくても、今僕は逆ナンされているのか。
「それとも他に先約が?」
「いや、ないけども……」
「じゃ、行きましょう」
 行きましょうって、どこへ? などと尋ねる前に、兎は僕の手を引いていく。
 トキシを師に仰いで以来、夜のワイルドエリアに繰り出してはいろいろなメスをつまみ食いするようになった僕だったが、こういうタイプのメスには出会ったことがない。
 もしこれが兎でなかったら、朝っぱらから面白いことになったとワクワクしていただろう。だが、もう色恋などで傷つきたくないとの思いから、経験を積むことで少しずつ厚くしてきた心の防御壁に、かすかに亀裂が入った。
(試練……なのかな)
 もし、この兎を他のメスと同じように扱えたなら、あの忌まわしい記憶を克服できたことの証左になるだろう。 
(いちいちメスへの思い煩いなんかで傷ついていられない)
 僕は、兎に握られていない左手を強く握りしめる。
 この兎に、絶対に心を明け渡さない。その上で、交尾まで持ち込む。そんな歪な決意を胸に秘めた。



 ◆◆◆


「こっちに綺麗な花がたくさん生えていますの」
 別に花など興味はないが、関心を示すメスは多いし、草タイプやフェアリータイプ相手だとその手の話題で盛り上がることは必至だから、多少の知識は仕入れている。
 ほぼほぼトキシの受け売りだが、これが大層役立つのだ。トキシは、行きずりのメスと寝るために、呆れるほど努力を重ねている。オスとメスでは、基本的に盛り上がれる話題が違う。仮に盛り上がったとしても、それは一方が一方に合わせているだけに過ぎない。
 種族が異なれば、生活様式も、食べるものも、好きなものも嫌いなものも、寝起きする時間も何もかもが違う。そしてオスとメスも、種族間の違いと同じくらい、色々なことが異なっている。
 大概のことはオスがメスを誘わなければ始まらないので、オスはなんとかしてメスが自分の誘いに乗ってくれるよう、あれやこれやと奔走する。トキシがやっていたのはその一環で、目も当てられないような失敗をする一方、上玉を掴むこともあった。
 僕もトキシに習い、場数を踏み、失敗と成功を重ね続けた。トキシほどでないにせよ、一定のコツは理解したつもりだ。
 兎の言うとおり、森の一角に朱い色の小ぶりな花が咲き乱れていた。
「ほら、綺麗でしょう?」
「……そうだね」
 しゃがみ込んで、色合いのいい花を摘んでいく。花の名前は知らないが、本島に咲いているポピーの亜種といったところか。
「何をしているんですの?」
「少し待ってて」
 僕は、手際よく花冠を編んでいく。これもトキシに教わったもので、バンギラスのような無骨なタイプや、ネイティのようないつも哲学的なことを考えていそうなタイプでなければ、喜んでくれることが多いらしい。
 そしてこの兎には――いかにも通用しそうだ。
「はい」
 編み終わった花冠を、兎の頭に乗せる。
「君に似合うと思って」
「……まあ、お世辞が上手なのね」
「こんなことお世辞じゃ言わないよ」
 兎は口元を手で覆い隠し、頬を赤らめた。
(この程度で……チョロいな。あんまりオス慣れしていないのか?)
 まあ、恋愛経験豊富なメスは色々とこだわりが強いことが多いし、初心(うぶ)なメスのほうが御しやすい。こっちが、恋愛とは、オスとはこういうものだって手ほどきすれば、唯々諾々と従ってくれるものだ。
 ただ――誘いは向こうからである以上、迂闊にそういう態度をとるのも考え物だ。むしろこちらの手を引っ張ってくれるなら、リードを任せつつもあちらの心情の機微を伺いながら立ち位置を決めるほうが上手くいくかもしれない。
「貴方はとっても器用なんですね。なんでもできちゃいそう」
「何でもは無理だけど……まあ人並み以上には色んなことができるよ」
 僕はウインクをして微笑む。ルックスを頼ってメスを落とすのは好きではないが、手っ取り早く落とすにはこれがてきめんに効くのも知っている。
「色んなこと……」
 兎が目を輝かせる。そして僕の左手をふわふわした両手で包み込んだ。
「それなら、ぜひ私の頼みを聞いていただけませんか?」
 心臓が、跳ね上がるような思いがした。



 ◆◆◆


 兎に手を引かれて連れて来られたのは、森の奥だった。目の前には、見上げると首が痛くなるほどに高い木がそびえ立っている。
「あれを取っていただくことはできますか?」
 兎が天を指差す。じっと目を凝らすと、枝から赤黒い木の実がぶら下がっているのが見えた。
「あんな高いところに木の実がなるのか……。本島だとまず見かけない種類の木の実だね」
「あれを食べられるのは、木登りが得意なポケモンが、鳥ポケモンだけですの。地面に落ちてくる頃には、熟れすぎててドロドロになってしまって。私、一度でいいから新鮮なあの木の実を食べてみたいのです」
「なるほどね……」
「やっぱり、難しいでしょうか……?」
 兎の声の調子がわかりやすく下がる。
「いや、取れるよ」
「えっ、本当ですか?」
 兎の大きな桃色の眼が、僕を真っ直ぐに見つめてくる。思わずどきりとした。
「もちろん、これぐらいお安いご用だよ」
「まあ……こんなに殿方の言葉を頼もしく感じたのは初めてですわ」
 ぴょんぴょんと跳ね回る兎に、僕はガラにもなく心臓をばくばくとさせながら、しかし妙な気分で彼女の姿を眺めていた。
(なんだろう、この演技っぽさは)
 ふと、この兎は僕を試しているのかもしれない、と思った。バーンもそうだったが、兎ポケモンはとにかく脚力が強く、跳躍力も凄まじい。尻の張りと太ももを見れば、この兎も例に漏れないだろう。
 その気になれば、彼女もあの木の実の高さまで飛び、もぎ取ることができるのではないかと思う。
 だが、彼女はあえてそうしない。カッコいいところを私に見せてみろと、連れ合いのオスにせがむのだ。
(初心なふりして、なかなか(したた)かだね)
 僕は右手をピンと伸ばし、人差し指を目標に向けた。インテレオンたる者――ましてやチャンピオンならば、この程度は目をつぶってもこなせなければならない。
「……ロックオン」
 黒い瞬膜で目を覆う。これで余計な情報はシャットアウトし、純粋に目標のみが映し出される。
 ぴしゅ、と人差し指の先から水鉄砲を発射した。
 コンマ一秒も満たないうちに、目標(きのみ)()は音もなく千切れ、自由落下を始めた。僕は素早く落下地点に移動し、落ちてくる木の実を片手でキャッチする。
 僕は跳ね寄ってくる兎に、赤黒い木の実を手渡した。
「凄い! ありがとうございます!」
「まあ、これぐらいはできないとね」
 兎は、素直に喜んでいた。打算抜きに、単純に良いことをしたり、能力を発揮できたりするのは気分がいい。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね」
 ――このミッションが成功しなければ、おそらく名前も聞かれずにさよならを告げられていたことだろう。やはり、このメスはやり手な気がする。
「僕? レオンだよ。君は?」
「私はミミ。レオンさん、これをどうぞ」
 そう言って、ミミは木の実を半分に割って、片方を僕に差し出してきた。
「いいの?」
「もともとレオンさんが取ったものですから。私は半分あればお腹いっぱいになります」
「そう? じゃ、遠慮なく」
 二匹で同時に木の実を口に入れた。なんとも言いがたい、独特な味がした。正直なところ、僕の口に合うものではなかった。
 一方のミミは、こんなに美味しいものは食べたことがないと言わんばかりに、顔を綻ばせながら木の実の味を堪能していた。



 ◆◆◆


「今日はとても楽しかったです!」
「僕もだよ」
 デートは空が赤焼けになるまで続いた。何か特別なことをしたというわけではなく、ただ穏やかな時間を一緒に過ごしただけだ。
 だが話題は尽きなかった。本島とヨロイ島という生まれの違い、人間のポケモンと野生のポケモンという違い。お互いの知識や常識の間に生じたズレは、話の種となる。
「今日はもうお別れしなければいけないのは、寂しいですね」
「そうだね……」
 僕自身、特に寂寞(せきばく)の情といったものは感じていない。暇潰し、そしてリラクゼーションとしては上々の一日だった。
 だが、ミミの心情には変化がもたらされたようだった。
「あの……もし差し支えなければ……明日の朝に会いませんか。日の出の時間に」
 そう言って、ミミは僕の腰に手を回して、すうっと柔らかく尻尾の付け根をなぞってきた。
(……誘われている)
 今日一日、ミミがそういう素振りを見せることはなかった。だが別れ際になって、こちらの心を掴もうとするような振る舞い。
 僕も、ふんわりと丸いミミの尻尾に触れて応じた。ミミの顔が赤くなる。
「わかった。必ず行くよ」
「一礼野原の南にある、古い小屋のそばで待っています」
 昨日の今日で誘ってくるなんて、兎は淫蕩というのは本当らしい――。



 ◆◆◆


 トキシとワイルドエリアで女遊びをしてわかったことは、交尾まで持ち込むには、メスに頼もしいオスだと認められなければならないということだ。
 戦闘能力であり、話術であり、気遣いであり、それを背伸びと見破られないだけの余裕も必要不可欠。それらをバランスよくメスに披露するという面倒な過程(プロセス)を経て、ようやく彼女たちの心と膣内に這入(はい)り込める。
 そう、面倒なのだ。面倒だが、オスはなぜだかそのような労力を惜しまない。トキシは端っからそのような本能を開けっぴろげにしていた。冷笑的な態度をとっていた僕もいつの間にかトキシと同じように、馬鹿馬鹿しい労苦の果てにメスにありつく悦びを見出してしまった。
 もちろん、必ず報われるわけではない。尽くしたって彼女たちの気分次第で、僕とトキシはまとめて振られることもある。
 それでも、懲りずに僕らは夜を徘徊する。人間がハマるというギャンブルと同じような理屈で、決して高くはない確率の遊びが、報酬系回路と性欲を刺激する。
 それに少し疲れたとき――今回の兎のように、わずかな労ですぐに肉体関係まで持ち込めるメスというのは本当にありがたく感じる。癒しに似たものだろう。
 ――こんなこと、トキシ以外の仲間には絶対に言えない。ガアに聞かれでもしたら、その硬い嘴で目玉をついばまれるに違いない。
「空が綺麗だ」
 度重なる交尾を経て生殖器に暗い色が沈着してしまったのと同様に、心も純真さを失っている。それを取り戻そうとするかのように、まだ陽の昇らない白み始めた東の空と、凪いでいる海に思いを馳せる。
 僕は体色を風景に馴染ませながら、ミミの言っていた小屋に向かった。
 一礼野原の南端に、忘れ去られたように辛うじて形を保っていたボロボロの掘っ立て小屋の外に、件の兎はいた。
 桃色の瞳で、水平線の向こうを見つめている。
 僕は彼女に近づきながら、体の透明化を解いた。
「あら、レオンさん。こんなに近くにいたのに気がつきませんでした」
「驚かせようと思って、体を風景に溶け込ませていたからね」
「そんなことまでできるなんて……レオンさんって本当に凄い方ね」
 あくまでも、インテレオンに標準搭載されている機能のうちの一つで、それが僕の凄さを示しているわけではないのは重々承知しているが、それでも真っ直ぐな目で褒められると悪い気はしない。
 こんな素直な()を値踏みし、淫蕩だと評する自分が、とんでもない悪党のように思える。
(わかってる)
 最低なのは、自覚している。だが、惚れてしまえば終わりだ。他のオスに靡くメスに絶望して、心がポッキリと折れて、恨み言を吐いて――ああいうこと(・ ・ ・ ・ ・ ・)になる。
 本気になったら、馬鹿を見るのは自分だ。だから最低なことだとわかっていながら、値踏みし、批評し、相手の心を操ることに苦心する。臆病な僕の、防衛本能。
「ミミ……」
 優しく兎を抱きしめる。
「レオンさん……」
 僕よりいくばくか低い背の兎は、艶のある瞳で僕を見上げた。
 夜の帳が上がったばかりの時間帯の逢瀬。自分で言うのもなんだが、写真に収めてもいいぐらいにはロマンチックなシーンだ。
 しかし、僕のスリットの中では早く挿入()れさせろと陰茎が暴れ始めている。この光景が、自分の下らない性欲に基づいたもので形成されていることを、僕は知っている。
(当然僕のこんな心はミミに伝わらないし、そしてミミも実際のところ、僕をどう思っているかなんてわからない)
 自分の持っている気持ちや感情のうちのどれを外側に表出させ、相手にそれが本当の自分であると思い込んでもらえるのかが、きっとこの世で一番大事なことだ。
 それが自分を守るバリアになって、複雑な交際関係において煩わしさを取り去ってくれる。心を、平穏に保てる。
「……しよっか」
「はい……」
 これからすることなどわかりきっているのに、あえてぼかした表現で誘うのはなぜだろうと考えてみる。
 メスを誘い込むのに失敗したあるとき、雰囲気っていうのはやっぱりめっちゃ大事なんだよ、とトキシが僕に言ったことを不意に思い出した。
 オスがどうでもいいと思っていることをこだわるのがメスだから、そこは蔑ろにしちゃいけない。逆に俺たちがこだわってることをメスに嗤われたら悲しいし怒るだろ? そういうこった。
 メスが執着せずオスがこだわることってなんだろうと思ったけど、正直ピンと来なかった。だが、トキシの言いたいことは理解したし、それがナンパを成功させる肝なんだと自分に言い聞かせてきた。
 メスの性欲を刺激する都合のいいオスを演じているうちに、演技している外側の自分と荒々しい内側の自分が混ざり合って、どちらが本当の自分なのかわからなくなる。
 そしてわからなくなればなるほど、メスが食いついてくる確率は上がる。
 抱きしめたまま、ミミのふわふわとした丸い尻尾の付け根に右手の指先で触れる。下心など関係なしに、触り心地はとても良かった。
 ミミは僕の腰に手を回していた。柔らかいクリーム色の腕の飾り毛が、腰に触れる。
 いい加減、スリットの中から陰茎が飛び出てきそうだが、まだ我慢だ。
 僕は右手を、さらに下に滑り込ませた。
「ん……」
 秘所に触れた途端、ミミはわかりやすく小さく喘いだ。
「思ったより濡れてるね……」
 大きな耳に甘い声で囁く。
「だって……レオンさんに抱きしめられていると……なんだか頭がふわふわして……」
 没入しやすい()なのかもしれない。ちょっといい雰囲気になっただけで、すぐに絆されてしまうような――。
(いろんなオスを喰ったり、喰われたりしてるんだろうな。タマゴも産んだ経験はあるんじゃないか)
 決して利発的はないミミに対し、勝手に失礼な推測をするが、別に幻滅したり、逆に興奮するわけでもない。ただ、そういう娘なのだと思うだけだ。
 中指を秘所に侵入させる。ほぐそうと指を何度が前後させただけで、潤滑液が溢れ出てくる。ミミ自身ももうすっかりと出来上がっているから、前戯に長い時間を掛けるのはナンセンスだと判断し、スリットから二本の陰茎を引っ張り出した。
 それが、ミミの胸の前に曝け出された。ミミは驚いたように、少し僕から離れた。
「え?」
「す、すみません。そういうの……初めて見たので」
 直感的に、嘘だろうと思った。初めてにしてはここに至る過程はかなりこなれていた。オスが初物のメスを好む本能を理解しているから、そのような演技をしているのだと思った。
 だが、そういう嘘なら大歓迎だ。ミミ自身も、受け身ではなく、なんとかして僕の気持ちを盛り上げようとしてくれているのが伝わる。
 俄然、やる気になる。メスのそういう心意気を蔑ろにするほど腐ってはいない。
「そっか。ミミの初めて、大切にもらうね」
 草原の上に、ミミを仰向けに寝かせる。
 ミミの肢体をまじまじと見つめる。肉付きのバランスがいい。筋肉はちゃんとついているが、皮下脂肪もそこそこに蓄えられていて、人に飼われるポケモンよりずっと餌に苦労しそうな野生でありながら、栄養状態に問題はなさそうだ。
 この島は滋養が豊富で木の実にはまったく困らない。餌の奪い合いでポケモン同士が争うところなどまず見かけない。
 ミミの体つきはこの島の事情を反映していた。
「あんまり見つめられると恥ずかしいです……」
「ああ、ごめん。綺麗な体だからつい見惚れちゃって……」
 嘘はついていないが、我ながらどうにも嘘くさく感じる台詞だと思ってしまう。間延びする前に、ミミに覆い被さって抱きすくめる。
(柔らかくて、ふわふわしてて気持ちがいいな)
 このまま、交尾などしないで抱きしめているだけで満足できそうな気がした。だが、下半身事情は僕の心の内など酌んでくれるわけもなく、徐々に怒張していく。
 一度起き上がって、仰向けになっているミミの脚を開いた。脚を持ち上げ、秘所が少し上に向くようにする。
「この体勢、ちょっと恥ずかしいですね……」
 恥じらうばかりの兎にいじらしさを覚える。
「それなら後ろ向きでする?」
 いわゆる人間でいうところの正常位という体勢は、野生ではあまり好まれない。初めての交尾はバーンとの正常位だが、あれがイレギュラーだと知ったのはナンパ師を始めた後のことだ。。
「そうします……」
 ミミは四つん這いになって、尻を僕に向けた。大きくふわふわとした肉付きのいい尻。桃色の雌穴と菊門から、フェロモンが香ってくる。いい眺めだ。
 僕は堪らず、二本の竿をまとめてミミの秘所にあてがった。
挿入()れるよ……」
「はい……」
 ミミの瞳と同じ色をした肉壺の中に、陰茎の先を侵入させる。思いのほかミミの穴はきつかった。少なくとも、オス漁りをしている緩さではなかった。むしろ、陰茎を押し返そうと拒んでいるようにすら感じる。
「痛くない?」
 背中側からミミの表情は見えないから、気遣いの言葉は忘れない。
 ミミを抱きすくめると、体が震えていた。
(本当に処女なのか?)
 入り口に切っ先だけを挿入れたまま、もどかしい時間が流れた。やはり、もう少し前戯を長めにしてしっかりとほぐしたほうがよかったかもしれない。
「ごめんなさい……入ってきて大丈夫です」
 ミミは深呼吸のあとに、意を決したように言った。その声はわずかに震えていた。気丈なのは、僕をがっかりさせないようにするためかもしれない。
 オスが気持ちよく腰を振れる体でなければ、気持ちが離れていくことをミミは本能で理解している。
(参ったな……)
 昔の自分が顔を出す。こんないい娘の相手を穢れたお前が務めるのは失礼じゃないのか。分を弁えろ、ヤリチンめ。
(うるさい、うるさい!
 後戻りはできないのだ。ここまで来た以上、僕がすべきはミミの初めての思い出が最良のものになるよう励むだけ。
(落ち着け。行為中の不安な気持ちは容易に相手に伝わる)
「痛かったら遠慮なく言って。僕はミミのこと大切にしたいから」
 嘘のような、本心のような。どんな感情で発された言葉なのか、もはや自分でもわかりやしない。
 昇る陽のようなゆっくりとした速度で、陰茎をミミの膣内に沈めていく。
 ときおりミミの頭や耳を撫でたり、優しく声をかけたりしながら、ことを進める。まるで、一寸先も見えない洞窟を手探りで歩いていくような気分だった。
 途中、弾力のある膜に陰茎の切っ先がつっかかった。ミミが処女である、決定的な証拠。
 薄膜を破った瞬間に、ミミの喉が鳴る。痛かった? と尋ねると、彼女は首を振る。表情さえ見えれば、それが本当なのか嘘なのかはっきりしたのに。
 竿がミミの最奥まで辿り着いたことには、水平線から太陽がすっかりと顔を出していた。
「全部、挿入ったよ」
「……はい」
「こっち向いて」
 ミミが、こちらを振り向いた。ミミの桃色の左目が、僕を射抜く。恍惚とした表情。
 あの兎も、あのとき、同じ顔をしていた。心臓が締めつけられる。
 僕は(かぶり)を振って、後ろからしっかりとミミの柔らかな体を抱きしめた。
「レオンさん……っ」
 小さく鳴く兎の体温を全身で感じる。気を抜けば、ミミの体に溺れてしまいそうになる。
「動く……ね……」
 ゆっくりと腰を浮かせ、そして沈める。ミミの膣の肉襞(にくひだ)を堪能するような、超低速度の抽送(ピストン)
 きつく締めつけてくる秘所の感触の良さと柔らかな体つき。オスを虜にするための体の性能だけでいえば、今まで抱いたメスの中でも一番良い。
 僕の腕の中で細かく震えながらかすかな嬌声を上げるミミに、僕は無意識のうちに絆されかけていた。
「ミミ……」
 あまり親身にしすぎると、今後に差し支えると理性ではわかっているはずなのに、思わず名前を呼んでしまった。
 ピストンの速度を速めながら、僕は嵐のように吹き荒れる心模様をひたすら宥めようとした。
 僕は――兎を克服したい。他のメスと同じように扱えたなら、僕を半年以上苦しめてきたトラウマにも打ち勝てるだろうと思う。
 それはきっと、ミミに乱暴なピストンをして、無責任な膣内射精(なかだし)をすることで完成する。
 しかし、理性や罪悪感が僕の眼前に立ちはだかり、僕をしきりに責め立てるのだ。今まで、こんなことは一度もなかった。
 夜遊びで同じタマゴグループとヤったことはいくらでもあるし、子宮に精液をぶちまけることを躊躇ったこともなかった。 行きずりの相手が孕もうと孕むまいと僕の知ったことではない。互いに納得して、その場限りの快楽に耽る。原始的ですらあるし、それが正しい在り方だろう。
 そう割り切って――僕は(みち)を外れてきたのだ。
 だが、この娘にまでそんな態度をとったら、僕はもう誰にも救えないくらいダメになってしまう気がした。
 いや――もうとっくの昔に、僕はもう救いようのないカスになっている。バーンに傷つけられたからと女々しい言い訳をして、相手の気持ちを気づかれることなく蔑ろにする術だけを磨いてきた。
 僕にはバーンを貶す資格も、メスを見下す資格もありはしない。心を明け渡すことを拒んで得た安寧に、今まで意味を見出せたことは一度たりともないことを、すでに僕は知っていた。――行く末に虚しさしかないのを、両目に覆いをして見ないようにしていただけだ。
 無意識下、自動人形(オートマトン)のようにピストンしていた僕だったが、ミミがひときわ大きく喘ぎ始め、はっ意識が戻る。そろそろ吐精が近い。
(抜かないと……)
 孕ませたらダメだ、と心の中の僕が叫ぶ。僕は、泣きそうになって観念した。
(ミミを悦ばせ、感じさせたのだから、役目は果たした)
 少しピストンを速め、射精を促す。いいところで引き抜き、膣外射精(そとだし)でフィニッシュだ。
(……ッ!?)
 ミミの両脚が、僕の太ももの裏に絡んできた。ミミが僕の腰を大きく引き寄せたのだ。
(マズい、今それをやられたら……!)
 ミミの膣がぎゅうっと締まり、嬌声が一礼野原に響く。言葉がなくとも、子宮に子種を注いでほしいとミミは体すべてで表現してくる。
 強い脚力に、僕の細い脚では抗えない。強まる吐精感に僕はどうしようもなくなる。
(やばっ……射精()るっ)
 不意に瞬膜が降りた。脳が甘く痺れる。本能が、僕の腰を前に突き出させた。
「レオンさんの種、いっぱいください……!」
 ミミの言葉で、僕の陰茎は一度打ち震えたあと、大量の子種を膣内に流し込んでいった。


Hypolepusia_2.png


(ああ……)
 悔悟の念と一緒に、気持ちよいものをどくどくと発射する。
 射精は一分ほど続いたが、まるで永遠かと思えるほど長い時間のように感じた。いろいろなことが、脳裏をフラッシュバックした。
 ハロンタウンから始まった旅路のこと。バーンと道中で何度も戦ったこと。ナックルシティジムで苦戦したこと。キャンプのこと。ブラックナイトのこと。チャンピオン戦の前に、バーンが僕に会いに来てくれたこと。
(バーン……)
 兎。憎たらしいくらいに、かわいい兎。僕の心をいつも引っかき回してくる兎。淫乱で純真な兎。
 違う兎を抱いても、呆れるくらいにあの兎が僕の眼裏(まなうら)に顔を出してくる。
(僕は、本当に最低だな)
 ミミの膣から引き抜いた二本の陰茎は、だらしたく垂れ下がって、白濁液を纏っていた。それは、僕の気分そのものだった。



 ◆◆◆


 休暇の最終日。すでに主人は前日に修行を終えていた。その成果として、ダクマは屈強なポケモンへと進化していた。ウーラオスというらしい。細身な僕とは正反対の立派な恰幅だ。
 昼過ぎには本島に発つと主人が言うので、僕は朝ご飯を掻き込んだあとに道場を抜け出して、ミミのもとへと向かった。
 浜辺にも小屋にもミミの姿はなかった。いたのは、森の中だった。初めて出会ったときに連れて行かれた、ポピーの亜種らしき花が群生している場所だ。
「やあ、ミミ」
「レオンさん」
 ミミは花園に座り込み、摘んだ花を編もうとしていた。花冠を作ろうとしているらしい。
「レオンさんみたいに上手くできないんです」
 ミミの手の中にある花は、花弁がところどころちぎれてしまっていて、茎は無残に絡まっていた。なかなかの不器用っぷりを発揮している。
「貸してごらん」
 僕はミミの隣に座り、摘まれた花を受け取って花冠を編み始める。
 ミミは僕の顔をじっと見つめていた。僕は自分の手先だけを見つめ、黙々と作業をする。
「もう出て行かれるのですか」
 僕はぴたりと手を止めた。
「……うん」
 なぜ僕がヨロイ島を辞することを知っているのかを聞く気にはなれなかった。たぶん、顔に出ていたんだろう。メスの鋭さは、オスに計り知れないところがある。
 責められるだろうか。詰られるだろうか。無責任に胎内に種を放ったオスに、彼女は何を思うのか。
「……元気でいてくださいね」
 ミミは、静かな声音で言った。
「……怒らないのかい」
「なぜです?」
 ミミはきょとんとした顔をしていた。僕を責めることには思い至らないといった様子だった。
 ワイルドエリアで一夜をともにしたメスのその後を、僕は知ろうとしなかった。腹を立てているだろうとは予想していた。朝起きたら自らを犯したオスの姿が消えているなんて、むかつくに決まっている。
 ミミは――そういうわけではないらしかった。
「レオンさんのような優しいひとのタマゴを産むのが夢でした。あと数日もすれば、その夢は叶うでしょう」
 愛おしそうにお腹をさするミミを見て、僕は軽い眩暈に見舞われる。
「僕は……別に優しくなんかない。僕は本当に酷いポケモンなんだ」
 手を動かし始める。ばらばらだった花が、少しずつ花冠の形になっていく。
「ずっとここにいられるわけじゃない僕が君を孕ませるなんて、不誠実だろう」
「……そういう言葉を私にかけられることが、レオンさんが優しいことの証明だと思います」
 なぜ、この娘は僕の言うことなすことを都合良く解釈してくれるのだろう。
「何か悩めることがあるのですね」
 ボクの手が再び止まる。この兎、実はエスパータイプだったりするんじゃないか。
「レオンさんは、優しいです。そうでなかったら、今日、私のところに来る必要はなかったはずですから」
 ――確かに、知らぬ存ぜぬで列車に乗り込んでしまえば、それでよかったのかもしれない。だが、そうしてしまえば、もう僕は自分を赦すことが永遠にできなくなってしまう気がした。
 彼女には、それが彼女のための行動に見えてしまったのかもしれないけれど。要するに、ただのエゴだ。
「……また、ここに来てもいいかい」
 三度、手を動かして、花冠を完成させる。赤い、あの兎と同じ色の花冠。
「いつでも来てください。私と、私の子供が、レオンさんを待っていますから」
 たくましいな、と思う。うじうじしている僕が、どこまでも矮小に思えた。花冠は、一昨日作ったものよりも随分と不格好だった。


3. ハイポレプシア 



 本島へ帰る列車の中で、僕はトキシと隣り合って座っていた。
 主人も、主人の手持ちも、車両内の色々なところに散らばって思い思いに過ごしている。ヨロイ島とブラッシータウンを繋ぐ列車なんて、ほとんど誰も使わない。僕らで貸し切っているようなものだった。
「ヨロイ島はさ、いい場所だよな」
 トキシが言う。
「女の子がみんな擦れてねえんだもん。素直だし可愛いし、ヨロイ島に永住してえ」
「……何匹喰ったのさ」
 僕はトキシとものにしたメスの数で競っているわけではない。だが今回は二匹組(デユオ)ではなく一匹(ソロ)で活動していたため、トキシがどんな釣果を上げたのかはまったく知らず、純然たる興味があった。
「聞いて驚くなよ……」
 柄にもなくトキシが低い声で唸る。相当数のメスとヤったのだろう。ドラムロールの代わりに僕が唾を飲み込む音が響く。
「一匹だ」
「は?」
 僕は目を丸くしてトキシの顔を見た。トキシは至って真面目な顔をしているが、普段のちゃらんぽらんな顔を対照的すぎて滑稽なことこの上ない。
「ナンパの腕落ちた?」
「違えよ! そうじゃなくってさあ、なんか……俺みたいなのがヨロイ島の純粋な娘たちを穢すの、厭だなって思ったんだよ」
「……頭でも打った? 病院行く?」
「お前さあ……」
 トキシが僕を睨みつけるので、これはマジなんだ、と揶揄うのを止めた。
「なんかあった? 全然トキシらしくないよ」
「俺自身もそう思ってるよ」
 トキシに似つかわしくない長いため息。本当に体調が悪いんじゃないかと心配してしまう。
「本島ではさ……チャンピオンって肩書き使ったり、小狡いテクつかったりして、ある意味では女の子を騙してたとこもあったけど、ヨロイ島じゃそういうの、あんまり通じないんだよ。まあ、都会とは真逆の場所で、みんな擦れてないから当然っちゃ当然なんだけど」
 車窓の景色を、トキシは虚ろな目で眺めている。
「でもさ……みんな優しいんだよな。下心丸出して近づいても、まるで疑わねえの。ただ馬鹿なだけかもしんねえけど、単純に純粋なんだわ。そんでさ……そん中でもすっげえ優しくて気立てのいいコジョンドがいてさ……俺、マジになっちまったんだよ」
 トキシが自分の両手で顔を覆った。こんなはずじゃなかった、そう思っているのだろう。
「俺のやることなすことに全部喜んでくれるんだよ。それがすっげえ嬉しくてさ、この娘と一生一緒にいられるなら俺は何してもいいって思えて……」
 メスと遊ぶことをゲームとしか思っていなかったはずのトキシが、ここまで乱れている。トキシをここまで狂わせるコジョンドを、一目見たくなった。
「その娘は……多分、今回孕ませちまったかもしれねえんだけど……また絶対に会いに来るって約束したんだ。もし子供もできてたら、三匹でピクニックしようって」
 トキシは、上の空でそんなことを言った。性欲を生きる指針にしていたコイツからそんな言葉が出てくるなんて、三日前の僕に言ったら絶対に信じなかったはずだ。
「僕さ……そろそろナンパ師は引退しようかなって思ってたんだ」
「……マジ? まあ、俺も正直そろそろ引退かなーって思ってたけど、お前は何で? 今のお前だったら俺なんかいなくなってメス引っ掛け放題じゃん?」
「やっぱり……向いてなかったよ。なんだかんだ、根っこの部分は変わらないんだって思い知らされたから」
「……ふーん。お前なら歴史に名を残すナンパ師になれたのにな」
「なんだよそれ」
 軽くトキシの頭を小突いて、互いに笑い合う。
 こうして、無敵のナンパ師コンビは円満に解散宣言をした。



 ◆◆◆


 ヨロイ島から帰ってきて二週間後、僕らとバーンたちのチームで共同キャンプを張ることになった。
 研究で忙しいバーンの主人が辛うじて取った休暇に、僕らの主人が無理矢理休暇を合わせる形で実現した。夏休みの直後だというのに再びスケジュールに大穴を空けてしまったが、委員長と秘書がいやな顔一つせず埋め合わせをしている。
 ちゃんとわがままを言えば大人は存外に子供の言うことを聞いてくれるのだと、主人はようやく理解したらしい。
 僕らのチームは、唯一トキシを欠いていた。トキシは一週間に一度、ヨロイ島のコジョンドに会いに行くことになっていて、それが今日だった。
 コジョンドの腹にはタマゴが宿ったらしく、トキシは甲斐甲斐しく世話を焼きに行っているというわけだ。チャンピオン業と父親の掛け持ちはそれなりに体力がいるだろうが、まあトキシのことだからそつなくこなすだろう。落ち着いたら、本島に家族を呼び寄せる計画だそうだ。
「今日はからくちアップルカレーだ!」
 ワイルドエリアのど真ん中で、林檎の爽やかな風味とスパイシーな香辛料の香味が渦巻く。
 僕は手頃な岩の上に腰掛けて、山のように盛られたカレーをスプーンで削り取り、口の中にどんどん運び入れていた。
「レオン……」
 僕の手が止まる。山盛りのカレーの向こうに、カレー皿を持ったバーンがいた。
 心臓が、少しずつ高鳴っていく。こっちから話しかけるタイミングを見計らっていたが、まさかバーンのほうからこっちに来るなんて。
「隣、いい?」
「……うん」
 体を半分ずらし、バーンの座る空間を空けた。
「……久しぶりだね、バーン」
「うん……」
 バーンは、カレーに一口も手をつけていなかった。声色が沈んでいる。耳も垂れ下がっていた。
 バーンはチーム一番の元気印だ。それがこんな萎れているなんて、原因はどう考えても僕でしかない。
 瞬膜を閉じる。
「オレ、レオンに、あや……ふぐっ!?」
 バーンの口を塞ぐ。左手には皿、右手にはスプーンを持っていたから――言わせないためには口で塞ぐしかなかった。
 ガアがこちらを見てあんぐりと口を開けていたが、もはや仲間たちの目などどうでもいい。なりふり構ってなんかいられない。
 口を離すと、バーンの顔は茹で上がったタタッコのように真っ赤に染まっていた。バーンの持っていたカレー皿は地面に落ちてしまった。
「謝らなきゃいけないのは僕のほうだ。酷いことをして、本当にごめん。許してもらえるなんてこれっぽっちも思ってない。せめてもの贖罪として、僕を君の気が済むまで蹴ってくれ」
「……なんで」
 バーンがぽろぽろと涙を零し始める。それを見た僕も――泣くべきではないのに、涙が止まらなくなってしまった。
「だっ、て……謝、らなきゃいけ、ない゛の、オレなのに゛……」
 カレーもスプーンも放り投げて、バーンを抱きしめる。
「違うよ……君は何も悪くないんだ。僕が一方的にバーンを傷つけた。君のことを知る努力を放棄して、自分勝手な振る舞いをしたのは僕だ」
「でも……え゛う……オレも゛、レオンの゛こと、いっぱい゛、傷つ、けて……ぐすっ」
「……バーン、僕は大丈夫だよ。本当にごめんね」
 頭を突き合わせて、互いの顔を見る。バーンは涙で顔がぐしゃぐしゃだし、僕もきっと同じように酷い顔をしてる。
「……カレー、ダメにしちゃったから、主人に謝ってこないとね」
「ぐすっ……そうだね……へへ」
 泣き笑いに表情を変えたバーンを見て、僕もようやく涙が止まった。
 二匹分のカレー皿を拾って、主人のところへと歩いていく。仲間たちはなぜ僕たちが泣きじゃくっていたのかなんて知る由もなく、ただただ呆気にとられていた。
「あ、そうそう」
 僕はまだ岩に腰掛けて目を腫らしているバーンを肩越しに見る。
「まだ、君を振り向かせること、僕は諦めてないから」
 バーンは、充血した目を見開いて、それから、少しだけ口角を上げて、静かに瞬きをした。
 ――散々遠回りして、未だにスタートラインにすら立てていない。
 色んなオスを知っているバーンに僕を選んでもらうのは、きっと至難の業だろう。
(諦めるもんか)
 往生際を弁えずに、泥臭くいこう。とりあえず、トキシにでも相談して、バーンの心を射止めるための作戦会議でも開こうか。






 終




去年の前半にはほとんど出来上がってたはずなのに、仕上げがなんとなく進まなくて年を越えてしまいました。とりあえず、お年玉ということでひとつ。HAPPY NEW YEAR! (2022.1.1)


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  • 最高でしたバーンちゃんサイドのお話も見てみたい… -- あああああああ ?
  • ありがとうございます! バーンサイドのお話は気が向いたら書くかもしれません(°▽°) -- 朱烏
  • good!! -- [[so ]]
  • ありがとうございます! -- 朱烏
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Last-modified: 2022-01-01 (土) 15:14:09
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