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Hybrid ~八つの石版~ 7

/Hybrid ~八つの石版~ 7

 今回は割とバトル表現多しです。でも、痛々しい表現は、ない、と思いたいです。
 駄作丸出しですので、一応、忠告しときますよ? by簾桜


 時刻は、前回から一日が経ち、朝日がゆっくりと顔を出し始めている頃。アジトの入口付近にて、レアスは難しい顔でシンカイ湖が存在している付近を睨み付けていた。既に数時間も経った後であるが、未だにこの状況を信じる事が出来ない。そんな顔をしている。
 アジトの入り口から、黒い姿をしたポケモンがドアを開け出てきた。鉤爪を大きく振り、固まった筋肉をほぐす様に全身を伸ばしながらレアスへ近づいたのは、先ほどまで動く事も出来なかったワッフルであった。既に怪我は完治しているのか、痛々しい傷跡などは一切なくなっている。幾ら回復力の高いポケモンであったとしても、異常なくらいである。

「もう怪我はいいのワッフル?」
「えぇ、いたって健康よ。凄まじいものね、聖者の灰という薬……ポトフもじきに動けるようになるかしら」
「イリュージョンを無理に使用したらしいから、暫く身動きできないんじゃないかなぁ~。言語も喋れないほど摩擦してるみたいだし、まぁ何とかなるっしょ」
「それでいいのかしらねぇ」

 前回黒い渦に巻き込まれた時に一緒にあった、聖者の灰。レアス曰くホウオウと呼ばれる不死鳥(のようなものらしい)の羽が超高温で焼かれた時にのみ出来る物だそうだ。つまり、伝説級のポケモンの力を持ったアイテムという訳である。
 元々ホウオウには死んだ生物を転生させる事が出来るという逸話が残される程の力を持つポケモンである。そんなポケモンの一部を使用した物故か、この灰には究極とも言える程の治癒力を有している。それこそ死者すら蘇るとかそうでないとかとも言われる程らしく、不死の病に苦しむ者達にとっては喉から自分の分身が飛び出してくるんじゃね?レベルで欲する物であろう。ここまでくると劇薬とも言えるが、ここでは突っ込まない事にしよう。
 だがしかし、勿論簡単にいかないのが世の常、ホウオウの羽を燃やす事自体ほぼ不可能に近い事らしい。火に大きな耐性があるホウオウの羽を燃やせるのはホウオウ自身か、全ての生物に多量の力を湧き上がらせる事が出来るという勝利を司る妖精、ビクティニぐらいだと言う。それほどまでの力を持つポケモンでなければ、灰を生みだす事すら出来ないのだ。故に聖者の灰は、幻の薬と言われている。
 何故ファントムがこの灰を所持していたのかは不明であるが、現在半ば野営病院化しているハイブリッドアジトにとっては有難い物であった。現在瀕死の重傷であるスピルカやディムハート、先のファントム戦でオーバーヒートしてしまったポトフが病状についているが、いずれは回復するであろう。
 この灰の凄い所は、他の薬と混ぜ合わせる事によりさらに回復量の増した薬となる事。薬草に混ぜればどんな大怪我も治る治療薬、毒消しと混ぜればあらゆる毒を消し去る毒消しとなるらしい。スピルカとディムハートもこの灰のお陰にギリギリの所で踏み止まれたのであろう。

「……ま、実際の所、彼が一体何を考えてるのかは分かんないんだけどね」
「ファントム君……本当にあの子があれをやってるのかしら?」
「例えダークライとしての力が覚醒していたとしても、普通はあんな事出来る筈もない。何かトリックがあるとは思うけどね」

 二匹が見つめる先には、もはや正気の世界とは思えない景色が広がっている。漆黒とも言える霧が、まるで巨大なドームのようにシンカイ湖を包み込んでいた。まるで暗黒に包まれたようなこの光景に、ワッフルは知らず知らずの内に身震いを覚える。

「巡査部長が言うには、あのドームにはこちらの攻撃は一切聞かない、というか吸い込まれちゃうらしいよ」
「つまり、あの中に入ったら、二度と帰ってこれない?」
「分からないよワッフル。でも、ファントム君が使ったダークホールと性質が同じなら、あれは一種のゲートのような物」

 つまり、Aという場所にある闇から入った物が、別の場所Bへと繋がっている、というのがファントムが使用した闇の力だとした場合、特定の範囲にAという闇を張り巡らせたとする。その出口BをAを張り巡らせた内部に設置すれば、外部から入った物は中へと迷い込み、中から外へは出られない絶対の砦と化す。
 ファントムの決死とも呼べる行為により、シンカイ湖から広がる毒素は完全にシャットダウンされ、とりあえずの終焉を迎えられた。しかしこの状況が長時間続くとも思えない。が、どうすればいいかも分からない状態では、何の対策も出来ない。
 八方塞がり状態のレアス達。今彼らに出来るのは、未だ生存の確認出来ない氷の少女の安否を気遣う事のみであった。

「……狐さんは、無事にアイスちゃんを連れて帰れるのかしらねぇ」
「何とも言えないかな……今頃はもうすぐ極氷海に辿りついた頃かな」
「色々と、間違った事しなきゃいいけどねぇ」
「いやいや、いくら何でもアイスちゃんに襲い掛かる事はしないでしょー」
「分からないわよぉ? 案外見境無いかも?」
「まさかぁ……」


「ヘェブゥション!!」
「うわ、大丈夫ですか?」
「うぅー、流石に冷えるな……だが何となく、これは変な噂をされた方のくしゃみと見た」
「そ、その心は?」
「俺様の直感!!」
「そ、そうですか」

 鼻水を垂らした状態で、前足をグッと握り締めながら断言するブレイズに、ヴァイオは乾いた笑みを浮かべるに留まった。

 現在二匹は極氷海に程近い小島にてキャンプを張っていた。常に猛吹雪が吹き荒れる目の前の海には、流石のヴァイオの翼でも歯が立たないので現在はどうこの吹雪を耐えるかを考えている所である。
 とはいえ、二匹とも神秘の守りのような防御技を持っていない為、どう考えようがどうにもならないのが現状なのだが……。軽口を叩いてはいるが、このままではアイスを救いにいけない事にブレイズはかなりイライラしていた。

「しっかしまさかここまで何も出来ないのはイライラするねぇ……!! 早く行きたいのに」
「いくらマントがあるとはいえ、これ以上の接近は危険です。まずは体力を回復してから、それから攻略しましょう」

 ちっ、という音を立てるブレイズは、明らかに何時もとは違う様子である。まだ数日しか行動を共にしていないとはいえ、その様子のおかしさにヴァイオも首を捻るようにいぶかしんだ。

「……そんなに、そのグレイシアのお嬢さんが気になるのですか?」

 今までの経緯は、ここまで来るまでにある程度は伝わっている。とはいえ状況説明だけでは、ブレイズとの関係性までは伝わっていないらしく、ヴァイオは疑問を投げかける。
 ブレイズは少しだけ彼に視線を移し、すぐに絶氷海がある方向へと戻す。まるで白い霧に覆われたかのような海の状況に、ブレイズの前足は知らず知らず、強く握り締められていた。

「親友の、忘れ形見みたいなもんだ。最も死んでるのかどうかもわかんねぇんだが。それでも、せめて戻ってくるか死んだの確認するまでは、守ってやらなきゃな、って」
「そう、ですか」
「ま、最近は強くさせすぎたせいでこっちが守られかねない勢いだけどな。何度氷漬けにされた事か」
「あ、あはは、意外とアグレッシブな子なんですね」
「そうそう、ちょーっと遊びに出かけただけですぐに機嫌悪くして……そんで仕舞いには氷像化のままそのまま放置なんだから、ホント勘弁してほしいぜ」

 そう言うとブレイズは渇いた笑いを漏らす。とても痛々しいその笑いは、赤の他人でもあるヴァイオでも、過去に何かあったのではとかんぐられる程、痛々しく、影を纏っていた。笑い声がだんだんと小さくなり、その顔は悲痛に歪んでいく。
 小さく、本当にボソリとか細く、ブレイズは言葉を漏らす。他の誰かであったら聞こえないような音量であったが、波の音に混じってヴァイオの耳には微かに届いた。

「――助けられてるのは、俺様なんだけど、な」

 ヴァイオは聞こえなかったふりをし、そのまま視線を別のほうへと移すだけであった。


「いい加減、諦めたら? もう分かってる筈よ……あなたじゃ、あたしには勝てない事が」

 そう宣言するのは、氷の少女アイス。怪我どころか息すらもあがっておらず、先ほどまでの激闘すらもただのお遊びにすら感じていないのか、終始笑顔のまま。
 この無の世界の住人であるらしい彼女は、アイスの可能性の一つだと言う。これが本当かどうかは分からないが、現に圧倒しているので相当の戦闘力持っている事は想像に難くない。

「う……っさい! すぐに、その顔、潰してやる!!」

 そう叫ぶのもまた、氷の少女アイス。体中既に切り傷やら打ち身やらでボロボロで、息も酷く荒れている。その目は既に疲労でくすんでおり、何時ぶっ倒れてもおかしくない状況である。
 本来の体の持ち主である彼女は、しかしこの状況に未だ答えを出せずにいた。何故このような状況なのかを必死に考えているが、答えが見つからずに戸惑っていた。

 無の空間による、アイス対精神アイスの激戦。無数の氷礫が宙を切り裂き、氷の霊撃が辺りを氷原へと変え、周りの空気すら氷点下の値まで下がっていた。辺りには攻撃の余波で生まれたのかチラチラと雪が舞っており、これまでの激戦が簡単に予想できる。
 無傷の精神アイスはゆったりとした足取りで、傷だらけのアイスの元へと歩いてくる。疲労により動く事が出来ないアイスは、悔しそうにそれを睨み付けるだけであった。

「確かにあたし達は全て同じ。種族も、感情も、考える事も。でもひとつだけ違う事がある。それは絶対的で、どう頑張っても覆す事が出来ない、大きな壁」

 無傷のアイスはニッコリと微笑む。可愛らしいその顔は、しかしどこか魔性を秘めた、影のある笑顔。

「さっき言ったでしょ、あたしは未来のあなた。あなたというポケモンの一つの可能性。過去であるあなたが、未来であるあたしよりも強い事なんて、ありえないでしょ」

 決して越えられない「時間」という大きな壁。たとえ精神世界の話とは言え、たった一つだけの、しかし大きすぎる差。たった一つレベルが違うだけで、大きな差が生まれてしまう。戦術も、考え方も同じ場合、勝敗を分けるのは純粋な戦闘力を置いて他に無い。
 ギリリと歯ぎしりをする、アイス。だがその眼には未だ炎が宿っており、諦めていないのは明白。それを確認してか、精神アイスは小さくバックステップを繰り返し、距離を取る。一気に終わらせるつもりか、口元に氷の波動を集め、集約する。

「諦めなって、言ってるじゃない!」

 集約された力を、前方へと一気に放出する。極寒の霊光(れいとうビーム)と化した一撃は地面を凍らせつつも一直線にアイスへと走る。強力無比の一撃に顔を歪ませつつ、軋む体に鞭打ち何とか横に飛ぶアイス。直撃は辛うじて避けるも、衝撃と余波だけはどうしても避けられず、体や足が僅かに凍ってしまう。
 体を奮い立たせた後、氷を剥がすように前方へと駆ける。大量の氷礫を作り出し、相手へと一直線に乱発しまくる。それを予期してたのか、精神アイスはステップで優雅に、軽やかに回避していく。礫の猛撃をかわしつつも近づく精神アイスに焦るアイスだが、次の瞬間には全身を強く奮い立たせた精神アイスがニヤリと笑い、叫ぶ。

「これで終わりよ!」

 空気が大きく振動する。彼女の叫びが、怒号が、そのまま攻撃として機能する。超音波の衝撃(ハイパーボイス)が、アイスへとぶつけられる。衝撃のみの一撃ゆえ、避けることなど出来ない。体に走る激痛に顔を歪ませつつも、辛うじて踏ん張ろうと四肢に力を込める。
 が、力を込める為に顔面に力を込めた為、目を閉じてしまったのは不味かった。気づいた時には既に遅く、眼前数センチのに自分と同じ顔が迫っていた。瞬間精神アイスの全身から氷の波動が吹き付けられてくる。
 まるで暴風を叩きつけるかのようなそれは、氷属性の中でも最強とも言える一撃。全てを巻き込む『吹雪』が、アイスを木の葉の如く吹き飛ばし、辺り一面を凍らせていく。


 数秒後、吹雪が止んだ後に残っていたのは力を一気に開放したせいで息を荒げている精神アイス。そして辺りに残る雪に埋もれるように倒れる、瀕死のアイスだけであった。


 #


「……っ!?」

 突如背中を襲う衝撃に、ワッフルは身震いを覚えた。背筋が凍えるというレベルの話ではない、何か大切な物が奪い取られたかのような喪失感。自然と唾を飲み込むものの、自然と鼓動が激しくなっていくような錯覚さえ覚えてしまう。
 自身の左肩をぐっと押さえ、大きく息を吐き、ようやく息を整える。しかし妙な不安感だけはヘドロのように彼女の心にへばりついたままであった。

「……姉ちゃん?」
「御免なさいプリズム君、ちょっと、ね」

 近くにいたプリズムが不安そうに顔を覗くので、ワッフルは出来るだけ笑顔で大丈夫だと答える。しかしその顔はどう表現すればいいのか分からない、何とも複雑な表情である。
 幼いゆえの勘の良さか、はたまた雰囲気に負けたのか。プリズムが少し泣きそうな表情をする。ワッフルは苦しげに微笑みつつそっと彼の頭を撫でるだけしか出来なかった。

「(大丈夫よね、アイスちゃん? アイツの妹であるあなたがそう簡単に負ける筈ない。分かってる、けど……)」

 心の中で、ワッフルはそう呟いた。


 #


「……ここまで、か」

 大技を出した為か、少しだけ息を荒げている精神アイスがそう呟く。雪に埋もれたアイスを見下すように見た後、ゆっくりと振り返る。その表情はどこか寂しそうにしており、哀愁が漂っていた。
 まるで闇に溶けるように、立ち去っていく精神アイス。吹雪で発生した雪がシャリシャリと音を立てる音が、徐々に遠く小さくなっていく。

「(彼女の中に眠る力はこんな物、って事か。いい線いっていると思っていたのn「ドコ、行くのよぉ!!」

 背後から、力強い声が。同時に精神アイスの右頬を、何かが鋭く通り過ぎる。ヒュン、という音が後から聞こえる程の速さで打ち出された何かは、彼女の頬を鋭く切った。つぅっと血が垂れているのを右足で擦り確認した後、ゆっくりと後ろを振り返った。
 アイスは、立ち上がっていた。全身がガクガクと震え、しかし全身を、四本の足を必死に奮い立たせ、自らの分身を名乗る精神体を力強く睨み続けていた。
 絶句するように息を呑む精神体は、どこか嬉しそうに微笑んだ後ゆっくりと近づいてくる。

「驚いたわ、まさかあの連携技をまともに食らってまだ立ち上がるなんて。でも流石にこれ以上は」
「うっさい、偽者野郎。何時まで猿真似してんだよ、いい加減にして」

 コヒュー、コフューと荒い息をしつつ、アイスは憎々しく叫ぶ。精神アイスは怪訝そうに表情を変えるも、小さくため息を吐く。

「まだ分からないの? それとも頭いかれちゃった? あたしが偽物なんてどうして分かるのよ?」
「あんたこそ、まだ気付かない? あんたは三つも間違いを侵してる。変装するならもっと上手くやれっつの」

 アイスの言葉に、精神アイスは怪訝そうに表情を歪める。よほど自分の変装に自信があるのか、ニヤリと悪人のように笑みを浮かべた。

「じゃあ説明してもらおうかしら。あたしが偽者である理由とやらを」
「……いいわよ」


 #


「……リーダーは、本当に大丈夫なのかな」

 ふと、そう呟いたのはパフュームであった。現在彼は急遽飛ばされてきた急患ポケモン三匹の手当てをしている所だった。手当てと言ってもオレンの実を絞った果汁を定期的に口に含ませるだけであるが、それも聖者の灰の力によって殆ど必要がなくなっている。
 その回復力に舌を巻きつつも、パフュームは残っているオレンの実を確認する為に部屋を出る。すぐにリビングにある大きなテーブルが見え、その近くで憂鬱そうにしているワッフルを発見した。

「ワッフルさん、どうしたんですか?」
「ちょっと、ね。やけに背筋が凍えちゃって」
「……えっと、つまり風邪ですか?」
「言い方が悪かったわねぇ。嫌な予感がするってだけよ」

 ワッフルの言葉に、パフュームは一瞬言葉を詰まらせる。そんな彼に、ワッフルは先ほどと同じように少しだけ苦々しい笑顔を返した。

「リーダーは、大丈夫ですよね?」
「元々才能がある子だし、半年間ずっと鍛えてあげたからねぇ。そう簡単には参らないわ、きっと」
「……へ?」

 ふと彼女から出た情報に、パフュームは素っ頓狂な声を上げる。ワッフルもまた不思議そうな顔をしているが、小さく「あっ、そう言えば」と呟いた。どうやらこんな時に意外な新事実が発覚するらしい。

「パフューム君が来る前まで、ずっと鍛えてあげてたのよ。私と、ポトフと、ブレイズでねぇ。三匹それぞれ別々の事を教えてたんだけど、まぁあの時は大変だったねぇ(邪笑)」
「す、凄く、聞いたら駄目な気がするんだけど……主に『邪笑』の部分で」
「まぁ、今度話してあげるねぇ。その時は是非、御本人も一緒に、ねぇ」


 #


「……まずあんた、まったく同じ顔、同じ体型、同じ記憶を持つから、未来のあたしだって言ってたけど……他にもそれが可能となる状態がある。例えば、変身。メタモン種ぐらいしかできないことだけど、それならまったく同じ顔とかだって復元する事が出来る。記憶は知らないけど、事前に調べればいいって事にしといて。あとゾロアークみたいなイリュージョン使いだとか、自分の姿を相手に錯覚させるような力を持つポケモンは、実は割と多い。ただ同じ姿ってだけじゃ、何ともいえないんじゃない? まぁ、絶対否定も出来ないけどね。
 次に、あんたが使っていた技。……ハイパーボイスなんて高度な技、あたし知らないわよ? 何であたしが知らない技知ってんのよ? まぁでも、未来のあたしだから知ってて同然だとか言われても困るんだけど。でもさ、正直疑う価値はあると思わない?」
「あら、意外と賢いわね? さっきはあたしの説明全然分かってなかったくせに」
「うっせぇ!」

 カクカクと震える足を必死で奮い立てつつ、アイスは力強く叫ぶ。精神アイスはただ無表情のまま、彼女を見つめるだけ。だがその顔は無意識の内に強張っており、一体今何を考えているのか、パッと見では分からない。
 ふと、小さく笑みを浮かべた精神アイス。その顔は未だ余裕を含ませてはいるが、先ほどまでのような勢いはない。

「で、最後の一つって何? あたしが偽者だって言う確たる証拠があるんでしょ?」
「あぁ勿論。誰が聞いても絶対確実、あんたが偽者だってすぐに分かる方法。……だって、今の状況そのものがその三つ目の理由だもん」
「は、はぁ!!?」

 精神アイスは大きく目を見開き叫ぶ。今現在の状況が三つ目の理由というこの宣告に、否が応でも困惑せざる負えない。アイスが言う三つ目の理由とは? 今現在何が行われているのか? 何故ここまでアイスは自信たっぷりに叫べるのだろうか?
 精神アイスの思考は一気にグチャグチャになる。考えれば考えるほど分からない。推理と否定がループし、思考の奈落へとさらに落ちていく。
 自然と息が荒げる精神アイスを、傷だらけの筈なのにどこか嬉しそうなアイスがゆっくりと口を開く。

「じゃあ、今度はこっちの、番だ!」

 叫ぶと同時に、無数の氷塊がアイスの周りに生成される。精神アイスはすぐさま脳内会議を中断し、相手の射撃位置を推測する。癖や考える事すらも同一らしく、精神アイスはここまでの戦いにおいてほぼ全ての攻撃を簡単に避けていた。今回も避けられると、彼女は高を括っていた。
 しかし、互いに互いの実力が分かる命がけの戦いにおいては、どれだけ相手の不意をつけるかで勝敗が分かれる。この時精神アイスは、完全に油断していた。そしてその油断は、結果として戦いの終止符を打つ切っ掛けとなるのだった。

 アイスの周りに浮かぶ拳大程の大きさの氷が一つ、ピクリと動く。生成した氷を飛ばす為に動かし始めたそのサインを見逃さず、精神アイスは四肢に力を込める。速射性に優れた技とはいえ、何時動くか判断さえ出来れば、避ける事は出来る。……その筈であった。
 瞬間、不意に彼女の視界が大きく傾く。とっさの事に判断が追いつかず、瞬間頭が真っ白になった。続いて感じたのは、腹部の圧迫感であった。何かが精神アイスの横っ腹に激突した事に気づき、そこで彼女は初めて気がついた。




 “自分はたった今、相手に攻撃をされたのだ”という事実に。




 遅れてやってきた激痛が、その事実を如実に表していた。激しい痛みに思わず鈍い悲鳴を上げかけ、しかしその悲鳴はまともに発音されなかった。
 先ほどの一撃を皮切りに、音速並みの速度と思われる氷の礫による波状攻撃が、眼前に迫っていた。実際に見えていた訳ではなく生物としての本能によって『感じ取った』というのが正しいが、とにかく眼前に迫る危機に、精神アイスは驚愕した。



 驚きによって目を見開いたその瞬間には、既に多くの礫が自らの体にめり込んでいた。



 体中の激痛を感じたその瞬間には、自らの体は近くにあった氷柱に叩き付けられていた。



 背中に痛みを感じたその瞬間には、既に彼女の体は鮮血に染まっていた。



 コンマ数秒というその間に、限界を超えた超波状攻撃がアイスによって次々と生み出され、発射されていく。

「ヌァァァァァァァ!!!!」

 まるで歴戦の戦士の如き叫びと共に、アイスは次々に氷を生み出し、絶え間なく発射し続ける。限界など既に超えている筈なのに、彼女は攻撃を止めない。撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、ただひたすらに撃ち続けていく。
 僅か十数秒、されど永遠とも言える程の長時間にも及んだその猛攻に、ついに氷柱が粉々に砕け、空間その物が轟音を立てて振動する。地面に突き刺さっていく礫の数は既に何百本という値に達していた。

「ーーーぁぁぁぁぁぁぁぁ……あ、がふ、げほ、げほ」

 ついに自らの波動を使い切った為に、技を中断するアイス。立つことすらもままならずにそのまま力尽きるアイス。もはや彼女に、戦う力は残されていなかったが、その瞳は未だ戦意を失ってはいない。

「ど、うだ……あだじの、ざぐぜん、がぢ……」

 喉が枯れつつも勝利宣言をするアイス。しかし動けないのは相手も同じであった。全身を撃ち抜かれた精神アイスもまた、体中に氷の礫が刺さっている状態。とてもではないが、無事ではないだろう。
 刺し違える形ではあったが、辛うじてアイスは勝利をもぎ取る事が出来たのだった。



 ……だが、その喜びは一瞬のものであった。

『あーあ、負けちゃった。まさかここまでズタズタにされるとは思わなかったなぁ~』

 不意に背後から、幼い少女の声が木霊する。何時近づいたのか分からないが、その声に大きく全身を振るわせるアイス。頭すらも動かせないので視線だけでもどうにか動かすが、真後ろにいるためどんな姿かも分からない。
 声の主はサクサクと雪を踏みしめ、アイスの真後ろへと近づいて来る。敵の正体が掴めず困惑する中、声の主はあっけらかんとした様子で続けた。

『正直驚いちゃった。だって、ケッコー忠実に作ったつもりだったんだけど、意外と穴あるもんだよね~。それにしても最後のあのデタラメな威力、どういうカラクリなわけ? ってまだ喋れないか』

 ゆっくりと回り込むようにして聞こえてくる声。次の瞬間、その声の主の姿が分かった。そしてアイスは、目を見開き絶句した。
 またも、自分と同じグレイシア種だった。ただし先ほどと違い明らかにこちらよりも二つ三つ程幼い印象が強く、同種と比べても一回り程小さい。顔も丸みを帯びていて、童顔と言ってもいい。
 しかし一番の特徴は、左目。まるで焼け爛れたようなその火傷の跡。しかしそのようなアドバンテージがあったとしても、彼女の可愛らしさは衰えていなかった。

『……あ、ひょっとして強化系の技を重ねがけしたとか? でも技使った様子もないし、んーどうなってるのかな? ま、今度ゆっくり教えてもらうね』

 ニッコリと笑いかけ、アイスの体に右足をそっと乗せる。動けないアイスは未知なる相手に、初めて恐怖で顔を歪める。自然と息を荒げ、必死に動こうともがくも、自らの力を全て出し尽くした彼女の体は一向に動く気配はない。その瞳は徐々に絶望へと染まり、脳裏に自らの死が近づいてくるのが嫌でも分かるのだった。

『安心して。もう全部終わっているから。ただあなたの中に私がお邪魔になるだけ……迷惑にはならないと思うよ?』

 ニッコリと笑う少女の顔には、敵意は全く感じられない。ただ、その瞳はどこか悲しみを纏っているように、アイスは感じた。

『忘れないで。力を持った水は姿を映した物の本質すらも見抜く事が出来る。霧は過去や未来を映し、水は本心、つまり心を映す。そして……』

 グレイシアの少女はゆっくりと目をつぶる。そしてゆっくりと紡がれた言葉は、どこか不可思議な力が宿っていたと、後にアイスは語った。





  ―――氷鏡は、万物の真実を映し出す―――





 ブレイズ達が小島でキャンプを張ってから、既に三日が経過した。依然として吹き止まぬ吹雪にどうする事も出来ずに、ただただ無駄に時間が経過していた。仮にアイスが囚われていたとした場合、下手をすればかなり衰弱している可能性も出てきた為、ブレイズは日に日にイライラと怒りを溜め込んでいく時間を送っていた。
 そんな彼をヴァイオは何とか宥めつつ、何とか手を打てないかと何気なく極氷海の方へと視線を移し……。

「……ぶ、ブレイズさん?」
「どうしたんだ、まさか吹雪が止んだ、の、か……?」

 振り返ったブレイズもまた、極氷海の方向を見て、絶句する。二匹の視線の先に広がっている筈の吹雪が、目に見えて止み始めていたのだ。まるでその役目を終えたかのように徐々に風が収まっていき、数分が経った頃には完全に天候が回復したのだ。
 そして二匹の眼前には、まるで天空に刺さるのではとも感じる程に高く聳え立つ氷の塔が目立つ、氷の島が堂々と鎮座するのだった……!!


「……こ、これは一体……」
「ヴァイオ、色々と分からない事が多いが、こんなチャンスを放り出すのはバカがやる事だ。……準備してくれ」

 その口からチラチラと炎が見え隠れさせつつ、ブレイズは荷物を纏めていく。ヴァイオも無言で頷き、それに続けようとし、ふと空中に視線を向け……異変に気がついた。

「……あれ、は?」

 遥か遠くから、何かが迫ってきていた。反対側から飛んで来る何かにヴァイオの顔は一気に険しくなる。明らかに目の前の氷島へと飛んで来る何か。つまりそれは、自分達と同じように極氷海に用がある輩であると見て間違いないだろう。
 空ばかりを見ているのに気がついたブレイズも、彼の視線を追い同じ物を見たらしく、大きく舌打ちをする。

「……間違いなく第三者、しかも恐らく敵だろうな」
「急ぎましょう。下手をしたらアイスさんを狙った者達の可能性だってあります」
「言われるまでもねぇ!」

 赤い翼を大きく羽ばたかせ、離陸体制を取るヴァイオ。ブレイズは大きく跳躍し背中に飛び乗り、前足を首に回し、離陸に供える。ヴァイオは何度も翼を羽ばたかせつつ、強く地面を蹴る事で空中へと飛び始める。そのまま二匹は静かに佇む氷の島へと、全速力で飛び始めたのだった。




 すっかり吹雪の収まった極氷海は、長年降り積もった雪によって覆われて一面銀世界となっていた。二匹は徐々に高度を下げつつ、島の中心にある巨大な氷の塔へと急ぐ。
 目印になる物がそこ以外なかったというのもあるが、仮にアイスがまだ生存していた場合、そこに避難している可能性が高いのではないかと考えての行動である。
 赤い翼を羽ばたかせつつ、ブレイズを乗せたヴァイオは奇襲を警戒しつつも全速力で飛び続けていく。

「予想はしてましたが、一面雪で覆われて真っ白ですね。これではどこが安全でどこが危険か、分かり辛いです」
「ま、飛んでりゃそこまで問題でもないだろ」

 雪によって大部分が覆われているせいで降りた場所がまさかのクレバスで落下してしまった、という危険がある故、二匹は降りるに降りられない状況。もっともこれだけ雪しかない状況では何か異物があればすぐに目に付く可能性が高いが、対象が雪に覆われていたり保護色で見えないという可能性もある為、油断は出来ない。
 必死にしがみつくブレイズがふと前を見た時、前方に何かが飛んでいるのを発見する。ここからでは遠い為種族などは分からないが、間違いなく先程の第三者であるのは確実であった。

「どうやら追いついたみてぇだな。いけるか?」
「やってみます」

 一度大きく翼を羽ばたかせ、高度を上げていく。衝突はもうまもなくであろう。

 #

 無限に続くかのような大雪原。彼らは目的の物を回収する為に、多少速度を落としながら雪原を穴が開くかの如く凝視する。片方は本来ならば白い羽を全身に纏い、まるで球体に直接羽を取って付けたかのようなフォルム。幸福の象徴という声もあるトゲキッスという種族。しかしその羽は所々赤色が滲んでいるようにくすんでおり、どこか不気味な印象が強い。
 その背中に乗っているもう片方は、漆黒のような黒色に所々に骨格を付けた外見の犬。地獄の番犬という名が似合いそうなヘルガーという種族である。大きな特徴として右目に左上から斜めにまっすぐ三本の切り傷が走っている。随分と前に出来たであろうその傷が、怖さに拍車をかけている。
 どちらも近寄りづらい程の殺気も放っており、彼らが全うな職に付いてはいないだろうと簡単に予測が出来た。

「マッシロケ~、マッシロケ~、ドコモカシコモ、マッシロケ~」
「片言で歌うな。耳が腐る」
「ひどい!?」

 シリアス調な地の文に反して、割とほのぼのとした会話をしているが。
 見た目の割りに中身は割と幼そうなトゲキッス。相方の歌にウンザリとした表情のヘルガーは、元々怖い顔をさらに歪ませ、面倒そうに空を仰ぐ。

「でもさー、今回の依頼者さー、ちょっとー、メンドウだよねー。なんでこんなー、メンドウな場所のー、調査をー、依頼したのかなー?」
「一々伸ばして区切るんじゃねぇ。例のブツがここにあるらしいって言うのをさっき説明しただろうが」

 どうやらトゲキッスの方はいわゆるアフォの子のようだ。「えー、そうだっけー?」とまるで何も聞いていなかったかのような答えを返され、ヘルガーは大きくため息を付いた。
 一見すると微笑ましいやり取りではあるが、しかしどこか狂気を孕んだ空気はいかんともしづらい物があった。それに……。

「……どうやらお客さんらしい。真上からだ」
「りょうかいー、『上から来るぞ、気を付けろ!』だねー?」
「わざわざフラグを立ててんじゃねぇ」

 あいも変わらずヘラヘラと楽しそうなトゲキッスを一喝し、ヘルガーは上空を見上げる。太陽から真っ直ぐに落ちて来るかのように何者かが二匹へと突進してくるのを確認し、ヘルガーは大きく息を吸い、炎の波動を込め全力で吐き出す。吐き出された波動は瞬時に燃え上がり、火炎放射となって奇襲者へと襲いかかる。
 対する奇襲者もまた、その攻撃を相殺するように巨大な火炎放射を、正確には拡散させた状態で放つ。それぞれの炎は中心で激突し、結果大爆発を起こして爆煙や爆風と共に両者の視界を遮る事となる。
 思わず体勢が崩れるトゲキッスに辛うじてしがみ付こうとするヘルガーであったが、煙の間を縫うように計九つの青白い火の玉が両者を襲う。的確に放たれる攻撃に舌打ちをするヘルガー。トゲキッスも辛うじて避けようとするも、翼に一発だけ当たってしまう。
 炎は翼を軽く焼いただけですぐに消えてしまう。しかし焼いた部分は黒く焦げ、ジリジリとした痛みを際限なく与え続けていく。ヘルガーはこの炎が攻撃技でなく、相手に状態変化を確実に与える為に作られた技であると瞬時に見抜いた。

「鬼火だったか……おい、まっすぐに飛びやがれ!」
「ムチャ言わないでよ~、今も~、痛いの我慢してるのに~」

 大きく舌打ちをするヘルガー。爆風が晴れていく中必死に敵の姿を探す。上空に視線を移すも既に相手の姿は見えない。辺りを見回し警戒するも、それらしき影はない。一旦距離を取り反撃に備えているのか、と思考を巡らせていた……次の瞬間であった。
 突如目の前を何かが覆いかぶさるように塞がれてしまった。ちょうど逆光の為見えにくいなか辛うじて確認できたのは、怪しく輝く二つの細長い光と、まるで意思を持っているかのように蠢く九本の何か。
 次の瞬間、その中の一本が的確にヘルガーの鳩尾へと突き刺さる。まるで鋼の棒で思い切り突かれるような攻撃に、ヘルガーも耐え切れずに空中へと投げ出されてしまう。とっさに助けようとするトゲキッスにも大木すらも切り倒せそうな威力を込めた爪の一撃が迫り、避ける為に援護が間に合わない。
 ヘルガーはそのまま雪原へと落下していく。ヘルガーを襲った影もまた、その後を追うように雪原へと落ちていく。残されたトゲキッスは何とか体勢を整え、ようやく敵の正体を目視する事が出来た。

「えーっとー、確かー、ボーマンダー?」
「……どうやら、只者ではないらしいですね。しかも、悪い方向に」

 未だ右爪に蒼い炎を纏わせたままのボーマンダ、ヴァイオは静かにそう呟いた。




 一方雪原に落ちた二匹も、下が雪で覆われていた為か大きなダメージもなく不時着に成功していた。無論ポケモンの驚異的な身体能力と耐久力があったからこそ「大した事になっていない」というレベルで済んだ事もあるが。
 とはいえ全くダメージが無いわけではない。全身に残る痛みを堪えつつヘルガーは追って来た敵を確認し、そして絶句するように目を見開いた。
 十数メートル離れた場所で、同じく落下のダメージを堪えている九尾の狐……ブレイズもまたヘルガーの方へと視線を移している。ただしこちらは相手を既に確認していたからか、表情の変化はない。ただ、ヘルガーを憎々しげに睨み付けるだけである。

「……まさか、こんな所で懐かしい顔を見るとは思わなかったぜ」
「俺様も、まさかてめぇが関わっているとは思わなかった。何でここにいるのかとかそういうのは、まぁ聞くだけヤボだな」

 ヘルガーはニヤリとほくそ笑み、ゆっくりと戦闘態勢を取る。ブレイズもまた油断無く姿勢を低くし、とっさに動けるようにする。二匹共隠す気が無い程に殺気を昂ぶらせ、体内にある炎を急激に燃え上がらせ、準備をする。

「嬉しいぜ、てめぇと決着を付けられるんだからなぁ……ぶらっどぉぉぉ!!」
「俺様はもう会いたくなかったけどな。……来い、フラムベルグ!!」


ポトフ「……作者よ。一体どういう事だ? 何故こんなにも投稿が遅れたのだ」
作者「ええっと、リアルが色々と忙しかったのと、なかなか創作意欲が沸かなくて……」
ワッフル「で、本当は?」
作者「笑顔チックな動画の視聴が」
ポトフ「チリモノコサズメッシロォォォ!!!」
作者「ナァァァァァァ!?」
ワッフル「まぁそういうわけで、送れちゃってゴメンネェ」

ポトフ「そして何度もコメントしてくれるナナシさんに最大限の感謝をさせてほしい」
ワッフル「いっそのことグラシデアの花でも持ってくる?」
ポトフ「それはパフュームの仕事だろう。種族的に」


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Last-modified: 2014-05-10 (土) 18:24:13
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