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Hybrid ~八つの石板~ 6

/Hybrid ~八つの石板~ 6

 何だかあっちこっち行っちゃったりしますし、危険な描写があるかもしれません。タブンネ。
 駄作丸出しですので、一応、忠告しときますよ? by簾桜


 パキッ、という木が弾ける音が、ディムの意識を呼び覚ます。次第に目覚め始める脳を何とか叱咤し、体中の筋肉を起こしていく。辛うじて目を開けて見えた物は、赤々と燃える焚火とそれを見ている一匹の黒いポケモンの姿だった。
 体中を襲う強烈な怠慢にディムハートはなかなか体を起こす事が出来ない。何とか首と視線だけを動かす事が出来た為今できる範囲で辺りを見る。どうやら洞窟のような場所らしく、ゴツゴツとした岩肌が焚火に照らされて見えるのみ。
 ディムが起きた事に気付いた黒いポケモンがゆっくりと近づき、何かの入れ物を彼の口元へと寄せる。どうやら飲め、という事らしい。
 ディムは震える唇を辛うじて開ける。黒いポケモンはゆっくりと入れ物を傾け、中に入っている液体を流し込んだ。どろりとしたそれは水でなく、酷く苦いジェル状の物。顔をしかめるディムだが殆ど動かない体ではどうする事もできず、無抵抗のままゴクリ、と喉を鳴らして飲む羽目となった。
 すぐにせき込む動作をするディムハート。黒いポケモンは飲み込んだのを確認し、また先程の場所へと戻った。

「無事に目が覚めて良かった。今飲ませたのは毒に効く薬草と特殊な薬を混ぜて作った物だ。程なく普通に動けるようになるだろう」

 男らしい、低音の声にディムハートは呻きつつも何とかそのポケモンを確認しようとする。だが光源が焚火の火しかなくさらに相手が黒い為全く姿を確認する事が出来ない。ディム自身の目もまだ霞んでいるというのも大きな要因であった。

「おれは、たすかった、のか……?」
「ほぼ三日間、生死の境を彷徨っていた。正直助かるかどうか分からなかったぐらいだ……命拾いしたな」

 辛うじて見える姿を可能な限り目を凝らして確認するも、一体誰なのかがイマイチ分からない。ディム自身様々な場所を探検しかなりな数のポケモンと戦ってきたが、今まで見た事もない姿をしていた……だが彼はどこかでこの姿を見たような錯覚を持つ。……つい最近、確か満月島でその姿をチラッと見たような、見ていなかったような。
 さらに彼自身、とても不思議に思う事があった。これは彼自身のタイプと自然界における属性の優劣では考えられぬ大きな謎。何とか聞こうと震える声で尋ねる。

「……おれは、はがねぞくせい……だ。なのに、どうして……どくけし、を……?」
「君が倒れていた近くにある湖は、大いなる守りを失ってしまった。そのせいで湖は全てを腐敗させる毒の沼と化してしまった……」

 思わぬ答えに、ディムは言葉を失った。全てを腐敗させる……何故、どうしてそんな事に。大いなる守りとは一体何なのか、そもそも自分が仕えるべき少女は一体どこへ?
 疑問ばかりが渦巻き、何も考えられなくなっていく。息を整えつつ何とか考えをまとめようとした時、不意に別のポケモンの波導を感じた。それも近づいてきたのでなく、突如空間から染み出すかのように。波導を感じるルカリオだからこそ分かる事で、同時に大きな疑問が。
 ……通常、生きとし生ける者全てに存在する波導の力。それは生命力そのものであり、波導がなくなると言う事はすなわち死を意味する。訓練によって波導を抑え感知されにくくする事も可能ではあるが、完全になくす事は不可能である。つまり、無の場所から突如波導が発せられる事はまずない事なのだ。
 そんな事が可能なのは、瞬間的な移動方法を使う事以外はない。例えば高速攻撃術の神速並みに、一瞬とも呼べる速度で突如現れた場合。例えばテレポートのような自らの位置を即座に移動させ一瞬で姿を現す場合。洞窟という場所柄、恐らく今回は後者のほうだろう。

「――ようやく見つけました。まだ、辛うじて望みはあります
「分かった。長い間毒沼に浸かっていたせいで酷い状態だが……流石は――」

 そう聞いたのを最後に、ディムの意識は霞んでいく。半強制的に閉じる自らの瞼の隙間から辛うじて見えた物は、かつて一度だけみた事があるポケモンらしき姿。フェードアウトする脳内でようやく分かったのはヨノワールだと辛うじて分かり。
 そのポケモンが抱えている姿は、紫色の何かに蝕まれてたはいたが……確かに自らの主人と重なったのだった。





 アイスが最初に感じたものは、左頬に触れるひんやりとした感触だった。小さな呻き声をあげ光になれない目を無理やりこじ開ける。何とか照準を合わせ辺りをゆっくりと見回してみる。
 そこはまるで氷に閉ざされたような洞窟のような場所であった。辺りは氷で出来た壁ばかり。天井には何年もかけて出来たような巨大なつららが何本もぶら下げっているような状況。ここが一体どこなのか、未だに判断できない少女はポカンとするばかり。
 体中の筋肉をぐいっと伸ばし、立ちあがってみる。多少強張っていたはいたがすぐに反応し立ちあがる事が出来た。しぱしぱと瞬きをしながら全体をぐるりと見渡して、とっさに息を止めてしまった。
 彼女の目の前に、巨大な姿を確認したのだ。氷を纏ったかのような綺麗な青色の羽、鋭くそれでいて結晶のような目、足を畳んだ状態の為詳しくは不明だが、恐らく羽を広げればそれはそれは大きな鳥であろうと予想出来るその大きさに、アイスは知らず知らず後ずさりをしてしまった。

「ふふ、驚かなくても結構。もう大丈夫ですか?」

 そう目の前の怪鳥……恐らくポケモンであろう生物に問いかけられるも、無意識に相手が発しているプレッシャーに当てられアイスは首をコクコクと縦に振るだけしかできない。クスリとはにかんだ後、怪鳥はゆっくりと左の羽を広げ何かを指すような動作をする。つられてアイスも視線を移し……またも声を失ってしまった。
 石の板が、宙に浮いていた。物理的に不可能な事であるが、恐らく念の力とか、そういう不可思議な力が働いている為か、グレイシア種であるアイスより少しだけ小さな石板らしきものが浮かんでいるのだ。これが一体何なのだろうかと疑問に思う前に、どのような力がこの石板に封じられているのだろうかと考えだす前に、石板を目にしたアイスは意識がない操り人形のようにゆっくりと石板に近づいていく。
 まるで運命の出会いを果たしたかのように。まるで何十年、何万年もかけて再会したかのように。……アイスは無意識のうちにその石板へと前足で触れていた。――その瞬間だった。
 石板から、氷雪を纏った剛風が吹き荒れる。吹雪すらそよ風と勘違いするような暴風は辺り一面に吹き荒れていき、一面が真っ白に染まってゆく。それはアイスの前足へと伝っていき、膨大な白いエネルギーが彼女の体内へと侵入してくる。
 叫び声をあげる氷の少女、しかし足を石板から離す事が出来ない。まるで氷山の冷気をまるまる体に流し込まれていくかのような感覚に少女の意識は吹き飛ばされそうになる。だが意識を手放す事はなく、逆に意識はハッキリとしてくるのが嫌でも分かるのだった。
 やがて膨大な冷気はすべてアイスの体内へと潜り込んでいった。急激に膨大なエネルギーを体内に埋め込まれ、アイスは苦しそうに悶えるがどうする事もできない。次第に漏れだす力は冷気となって辺りに噴き出し次第に物質となり始めていく。

「あ、ぐぁぁ、体が、もたなぃ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 少女の叫びと共に、アイスの体から強力な冷気が噴き出してくる。冷気は周りの水分を固めていき、次第に一見して巨大な氷の結晶の形をした氷像へとなって、アイスを覆い尽くしていった。なおも苦しそうに叫び続ける少女を怪鳥は冷静に、ただただ見守るだけであった。

「――太古の盟約により、汝に試練を与える。万物神の巫女の片割れを受け継ぐ試練、氷鳥フリーザーが見届けよう」

 重々しい台詞を述べた怪鳥……否、霊鳥という言葉が相応しいだろうか? 自らをフリーザーと名乗ったその鳥は、少女の悲鳴が木霊する洞窟内で、ただただ感情なくその成り行きを見守るだけであった。
 と、ふとフリーザーの後ろからサクサクと雪を踏む音が聞こえてくる。フリーザーは振り返る事無く近づいてきた何かに向かって話しだす。

「……ふふ、流石に気になりますか? それとも偶然かしら。丁度始まりましたよ」

 どうやらフリーザーの見知った相手のようだ。フリーザーの大きな体に隠れよく見えないが、どうやら四足歩行の黒く、所々に黄色に光る輪が見えるポケモンらしい。四足のポケモンはゆっくりとフリーザーに近づき、だが視線は霊鳥ではなく別の所にあった。
 近づいてきた影は無言でアイスが閉じ込められている氷を見て、小さくため息を漏らした。まるでこのような結果になってほしくはなかったと残念に思っているように。フリーザーはそのポケモンの背を羽で撫で、同情の言葉とした。

「こればかりは運命を呪ってください。あなたが彼女を巻き込みたくないのは分かりますが、一刻を争うのです」
「……分かってますよ、アリスメデス。アイスにはここで踏ん張ってもらわないと……見てるだけは、悔しいけど」
「私の従者が外で待ってます。見張りは任せましたよ――ゲイン=ブラッキー」

 ゲインと呼ばれたブラッキーは無言でその場を離れる為、先程自らが付けた足跡をたどるようにその場を去るのだった。




 そこに入ったものが最初に感じるものは、凍てつく吹雪の寒さでもなく四方八方から吹き荒れる雪の痛さでもない。では何かというとそれは「無」であると言われている。何かを感じる間もなく体が雪で凍りつき、意識を刈り取るからと辛うじて生還した探検家は語る。
 故にこの土地にはポケモンの形をした雪像が至る所そこかしこに立っている。――かつてこの地を探検しようとし、志半ばで吹雪に呑まれた者達の墓標のように。

 極氷海。全てを雪と氷に閉ざすその地を攻略した者は、未だいないと言われている。



「……最初は、そんな話は眉唾ものだと思っていた。だが島へと着いた瞬間体験した凍てつく冷気が、すぐに本当の事なんだと気付かされた」
「それ程までに、恐ろしい場所でした。生きて帰れたのが不思議なくらいに……」

 入口で倒れた二匹を外へと運び、レアスが急いで作りだした熱湯を浴びせ、何とか凍結状態から一命を取り留めたデリバードとキルリアは、今度は恐怖によって体をガタガタと震わせていた。一体どれほどの事があったのかを推し量る事は難しいが、しかし想像だに出来ない事態であったのだろうとは予想出来た。
 ……そして、その想像すらできない場所に、自分達の大切な仲間が置き去りになってしまったという事も、この場にいる者は痛感せざるおえなかった。

「……姉ちゃん、大丈夫だよね……? 戻って、くるよね……」
「今は、何とも言えない……残念だけど」
「こんな時に限って何故いない――どこにいるのだブレイズ…!!」

 パフュームの後ろに隠れ、悲しみに暮れるプリズム。可能ならばすぐにでも飛んでいきたいと願うパフュームも、悔しそうに右前足を握りしめ、何とか平常心を保っている状態だった。ポトフもまたイライラとしているのが目に見えて分かるように鬣をガシガシと乱雑に掻き毟り、現在この場にいないブレイズに悪態をつく。ついたところで状況が変わるわけでもないが、そうでもしないといらつく自分を抑えられないのだろう。
 現在この場に置いてただ一匹だけ冷静だったのは、レアスのみだった。目を閉じた状態でただゆっくりと考え込み……ゆっくりと目を開き、一言。

「今は、どうする事も出来ない。ブレイズが帰ってくるのを待つしかない」
「しかし、何時帰ってくるかもしれん奴を待っている程」
「じゃあ君が行くのかいポトフ!? 神秘の守りを使いこなすキルリアが、半凍結状態で命からがら逃げかえった場所を、何の準備もしてない君が助けに行くと! それこそ無駄に二次遭難を引き起こす事は明白でしょ!!」

 レアスの怒号に、その場にいた者全員が背筋を震えさせる。普段声を荒げない彼が心底ムカついたように大声をあげた為その場は一気に静まってしまう。
 軽く息を整え、レアスはいらついたように続ける。

「……僕だってこの状況で多少でも混乱してるんだ。そもそもアイスちゃんは何で誘拐されたのか、犯人が誰なのか、情報すらも全くない状況なんだ。少しでも成功する確率がある方法でいかないと……」
「そもそも一体誰がリーダーをさらったのですか? 極氷海に生存しているポケモンがいるなんて聞いたことないですよ」

 パフュームがもっともな事を聞き、その場にいた者の視線がキルリアに集まる。キルリアは申し訳ないように表情を曇らせるだけだったが、代弁するようにデリバードが続きを語る。

「捜索中に突如襲われて、凍結対策としてた神秘の守りを砕かれてしまった。吹雪いていたのでよく見えなかったが、あれは確かにユキメノコのようだった」
「ユキメノコ……かつての雪女伝説の元となったポケモン、か。でも雄ならともかくアイスちゃん女の子だよねポトフ?」
「確かに性格は雄勝りではあるが、見た目も中身も可愛い雌に決まってるだろうレアス。何故さらったのか……分からんな」
「兄ちゃん、雪女伝説って?」

 プリズムが不思議そうに聞いてきたので、パフュームがかいつまんで説明をする。まだ全てのポケモンが弱肉強食をし手を取り合う前の話。誰も住まないような雪山の奥地から、氷を操る霊が住んでいると言う都市伝説に近い噂が蔓延したことがあったそうだ。
 何時しかそのポケモンの事を古い妖怪の類の一つ、雪女と言うようになり、長い間恐れられていたそうだ。まだユキメノコという種族が認識されていない頃の話ではあったが、今でもユキメノコの事を雪女と言う風に呼ぶ習慣は微かに残っている、という事をパフュームは出来るだけ分かりやすく説明した。プリズムも全てを理解していなさそうではあったが、とりあえずは納得をしたようだ。
 結局は有力な情報とはならなかったが、しかしこれで探すべき相手は判明した事は明確であった。後はブレイズを帰還を待つだけであったが……これだけでは終わらなかった。

「しゃちょぉ~~~!! 一大事です~~!!」

 走ってきたのは、沼のダンジョンの先へと走って向かったあのカクレオンだった。背負っているリュックは既に空っぽなのかだぶだぶであったが、それ以前にリュック自体やなんとカクレオン自体が紫色のカビみたいな物に浸食されたように汚れており、一見するととんでもない物を浴びせられたのでは、と思わざる負えないような恰好であった。
 カビから臭う腐敗臭に全員が鼻を押さえつけるが、そんな事など関係がなくなってしまうような事件を知らされる事となった。

「社長の思った通り、シンカイ湖のウィカが奪われていました! 湖は毒霧に包まれ、一帯は死の大地と化しています!!」
「あぁもう、何でこう次から次へと! すぐに準備をする!」
「ちょ、まて、ウィカだと!? どういう」
「話は全部終わった後だよ! 今は一刻を争う……君も来るんだポトフ!」

 レアスの口から唐突に出てきたウィカの言葉に反応するもレアスにスッパリ叩き切られてしまい、半ば強引に走り去って行ってしまう。カクレオンもまたそれに続くように行ってしまった為、残されたメンバーは唖然とした表情でお互いを見るしか出来なかった、
 ゴホン、と小さく咳を漏らし、ポトフは今現在の状況を確認しつつ指示を出す。

「とにかく、私もそのシンカイ湖とやらに行ってみる。可能な限り話を聞くつもりだが、正直望みは薄いだろうな」
「じゃあ、僕とプリズムはキルリアさんたちの看病を続けますね。ブレイズさんが帰ってきたらすぐに向かうように言います」
「頼む。……プリズム、お前も出来るだけパフュームの力になってやってくれ」
「……うん」

 小さく頷くプリズムの頭を優しく撫で、ポトフもまた大急ぎでレアス達の後を追っていく。残された二匹は未だがちがちと震えているキルリアとデリバードの為に何か温かい物を作る事に決め、早速キッチンへと向かい、慣れない料理にがむしゃらにトライするのだった。





 その頃……一匹のみでゆっくりと戻っているはずのブレイズはどこにいるのかというと……?

「はいブレイズ様、あ~んしてくださいませ♪」
「ちょっとミディサ、抜け駆けしないでよ!」
「あーらカオン、こういうのは早い者勝ちでございますわ」
「何ですってこの年中燃えてるだけの劣化猿!」
「口を慎みなさいこの感情先読み女!」
「はいはいお二人さん、ちゃんとどっちも食べてあげるから……」

 ナナイロタウン近郊にて、雌の仔二匹に囲まれ美味しそうなケーキをぐいぐい口に押し込まれている状況であった。はいそこ、リア充めとか言わない。
 誤解がないように説明すると、この状況はブレイズ自身もかなりうんざりしている。今ブレイズにケーキを押しこもうとしているミディサ=モウカザルとカオン=キルリアはどうもブレイズに惚れているらしく、彼が町を歩いているのを見かけたらこれでもかと言うほど猛烈アタックをしてくるちょっぴり迷惑なファンなのである。
 意気消沈しながらも渋々帰ってきたブレイズはこの二匹に捕まってしまい、何故だかケーキパーティをやる羽目になってしまった、と言う訳である。なんというかまぁ……ご愁傷さまである。

「どうしたのですかブレイズ様、ケーキ全然進んでいませんけど?」
「あ、うん……ちょ~っと俺様食欲がないかなぁ、なんて」
「まぁ珍しいですわ。でしたら甘さ控えめのケーキの方がよろしかったかしら」
「ミディサ違うわよ、ここはお紅茶でゆっくりしてもらうのが一番でしょ」
「あぁそうですわね、それは確かにそうですわ。えーっと確かお茶っ葉はこっちに……」
「……何でそこで素直に帰すっていう選択肢にならないかなぁ」

 はぁ、と重めのため息をはくブレイズ。そこでふと何時もとは何かが違う感覚に陥る。何かが足りないような……もうそろそろここでアクションが起きる筈ではと体を固くするも、これと言って何の変化もなし。
 お茶っ葉を見つけ、上機嫌に紅茶を入れようとしたミディサがふと手を止めて、しきりに辺りを警戒し出す。カオンも何か物足りないような雰囲気で、少しだけ戸惑っているようにも見える。

「……ねぇカオン、ここいらでそろそろあの小娘が出てきてもおかしくはない?」
「うん、私もそう思う。いっつもブレイズ様に怒鳴りつけては氷漬けにして連れ去るあの子……今日は来ないのかしら?」

 そんな会話に、ブレイズもやっとこの違和感の正体を知る。アイスはブレイズの女好きな面を快く思ってないらしく、そう言う事をしていたのを見かけたら、すぐに氷漬けにして連れ帰ってしまうというのが常である。また彼女自身の雌のカンという奴なのか、隠れてコソコソ雌ポケモンと密談したとしても見つけ出してやはり氷漬けにしてしまうという隠れた特技も持ち合わせている。
 ミディサとカオンもアイスにはことごとく邪魔をされているので、三匹は何時しかちょっとしたライバル関係のような間柄となっているのだが、今日はそのアイスが来ない事に、二匹は逆に不安を感じているらしい。
 ブレイズもまたどうしたのだろうと唸ろうとしたまさにその時、何かが一直線に彼の頭を貫こうと飛んでくるではないか。辛うじて頭を反らしつつ尾で鷲掴みにしたものの、一歩間違えれば大惨事になりえた瞬間だった。

「きゃぁ!? な、な、ブレイズ様!」
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、ちょっとヤバかったけど……あれ、手紙付き?」

 矢の後ろの方に結んであった紙を丁寧に解き、手紙の中を見る。数秒見ただけでブレイズの目はカッと開かれ、勢いよく手紙をグシャグシャに潰してしまう。あまりの急変ぶりに思わずたじろぐ二匹をしり目に、ブレイズはゆっくりと立ち上がる。

「ゴメン、どうやら急いで行かないといけなくなった……また今度相手になるよ!」

 消えそうな声でそう言うと、ブレイズは電光石火を使ったような猛スピードで町へと戻ってしまった。残された二匹は訳も分からずただただ顔を見合わせるだけであったが、先程ブレイズに潰された手紙が残っている事に気づき、皺を伸ばして読んでみることにした。
 ……その手紙には、こう書かれていた。


『――貴殿の友の忘れ形見に災いあり。至急極氷海に来られる事を願う――』








 少し離れた場所にて、弓を持った黒い影がその様子を窺っていた。

「……これで、役者はそろったな」

 黒い影はそう言うと同時に、自らの影の中へと入りこむようにその場から消え去ったのだった。 




 ピョンピョンととび跳ねるように走っているにも関わらずかなりのスピードを出すレアスを何とか追いかけるポトフ。ナナイロタウンにつく頃には多少息がハァハァと荒れる程に乱れてしまったが、何とか逸れる事無く追いつく事に成功した。
 レアスはと言うと何時の間に集まった数匹のカクレオン達に指示を出し、何やら大量の桃色の布をかき集めている様子であった。数秒経った後にその布の正体をポトフは把握する。

「モモンスカーフ……確か毒状態を防ぐ装備品だったな。だが一匹一つあれば事足りるのでは?」
「普通の毒沼とかならね。でも相手は鋼すら溶かす程の猛毒。何十枚あっても足りるかどうか」

 装備品とは読んで字のごとく、身につけることによって効果を発揮するアイテムの総称である。状態異常を防ぐ物、探索において効果を発揮する物、その他諸々不思議な効果を持つ物も存在するらしい。
 モモンスカーフとは読んで字のごとく、毒消し効果のあるモモンの実の果汁に浸し、毒効果を無効化してしまうという代物である。装備品の中ではポピュラーかつ安価な品物とはいえ、それなりに値の張る物を何十枚も集められるのは、商人たちを纏め上げる社長の力に他ならないであろう。
 ……しかしそれはあくまで『通常』の毒に対してである。シンカイ湖に充満するかつてない毒では、このスカーフをもってしても果たしていつまで持てるか……それほどまでに、危険な場所に行くこととなったポトフは知らず知らずのうちに恐怖で体を振るわせる。

「ポトフ!? どうしてここに!」

 後ろから聞こえてきた声に、思わず振り向く。そこにいたのは大急ぎで走ってきたように息を荒げるブレイズの姿が。ポトフはようやく帰ってきた怒りをぶつけるよりも先に、現状を説明せねばという思いで口を開く。

「遅いぞバカタレが! 貴様がちんたらしている間に」
「あぁ知ってるよ、何だって極氷海なんて危険なところにアイスちゃんを行かせたんだよ!」
「な、何でそれを……?」
「親切な誰かさんが教えてくれたんですよ、矢文っつーなめた真似でな」

 驚くポトフを尻目に、ブレイズは鼻息荒く辺りを見回す。世話しなく動き回るカクレオンやイラつくレアスを見て、なんとなく状況を把握したブレイズは舌打ち一つして嫌そうな顔をする。

「アイスちゃんの事以外にもなんかごたついてるようだな」
「あぁ、今からレアスと一緒に同行することになった。お前はどんな手段でもかまわぬからすぐにでも極氷海に向かってくれ」
「つーても、そんな場所に好き好んで行くやつなんて……」

 年中吹雪が吹きすさぶ場所に、好き好んで飛ぶ鳥ポケモンなど数少ない。というか多分いないかもしれない。唸り悩む二匹を救ったのは、思わぬポケモンであった。

「あれ、確かあのときのゾロアークさんですか?」

 そう声をかけてきたのは、大きな体をした赤い羽根を生やした蒼い体のドラゴン……ボーマンダであった。首には赤いスカーフのような物を巻いているが、それ以外は特に変わった事もない。一体誰だといぶかしむブレイズを他所に、ポトフは思い出したようにあぁ、と呟く。……さてこのボーマンダ、視聴者は覚えているだろうか?
 以前ワッフルとプリズムが瀕死状態だったとき、偶然通りかかったこのボーマンダが二匹を送ってくれた事があった。どうやらこのボーマンダはその時のポケモンと同一人物らしい。

「その節は世話になった。確か旅人と言われてたが、この地に滞在を?」
「えぇ、自分の求める物がこの地にあるのではという噂を聞きまして。まぁどうやら空振りだったみたいなので、明日には違う場所に行こうと思ってますが」

 和気藹々と話す二匹にかるくため息をつくブレイズは、ふとボーマンダの首に巻かれているスカーフに目を移す。妙に分厚く、そして何故か違和感を感じる。それはある種の直感と呼ばれるものであり、戦闘経験が豊富な彼だからこそ気付く事が出来たのかもしれない。

「ところでその首に巻いてるの……普通の道具じゃねぇだろ?」
「……何でそう思うんですか?」
「一度そんな感じの物を見たことがある。特殊な力をもった……専用道具ってやつをな」

 ボーマンダは小さく微笑むと、前足を器用に使いスカーフを解く。するとスカーフだと思われていた物を大きく広げ……それがボーマンダを包むほどに大きいマントであることが分かった。
 驚くポトフと納得した顔をするブレイズ。ボーマンダは少し照れくさそうにしているものの、その姿はなかなか様になっていた。ただし、飛ぶときには確実に邪魔になること必須であろう。
 さて、ここで専用道具について少し説明しよう。専用道具とは読んで字のごとく、特定のポケモンにのみその効果を発揮すると言われるとても強力な力を持った物だ。例えばアチャモのカードと呼ばれる物であれば、アチャモと、それに連なる進化をした者、この場合はワカシャモとバシャーモにあたるが、その三匹のみしか効果を発揮しない。また専用道具はただ所有しているだけで効果を発揮するので、一流の探検隊の多くは専用道具をバッグに忍ばせダンジョンに潜っていることが多い。
 そしてそれは珍しい物であればあるほど強力になる物が多い。専用道具によって効果は様々であるが、強力な効果のひとつとして挙げられる物の中に、特定タイプの攻撃を吸収する、という効果も存在する。ボーマンダが付けているマント……名をボーマンダマントという捻りがない名前ではあるが……その効果はなんと、氷属性の吸収であった。
 つまりボーマンダとその進化系に当たるポケモンがこのマントを持っているだけで、氷技はすべて吸収されてしまうのだ。鬼畜以外の何者でもない……が、無論そんな道具が普通に手に入る訳でもない。レアリティのある道具であればあるほど手に入れる為には莫大なお金が必要であり、もしくはトレードと呼ばれる手段を持ってしか手に入れる事は出来ない。トレードとはどういうものかというと……まぁそれはまたいづれ。
 ともかくレアリティ最高クラスの専用道具を持つというのは、冒険者としてかなりの実力を持っているという目安にもなるのだ。今この場にいるボーマンダの実力が決して低くないことがこれで分かってもらえるだろうか?

「いやぁ、まさか気付かれるとは思いませんでしたよ。すごい眼力ですね」
「ま、こう見えて百戦錬磨ですから。……お互い、ね」

 今にも戦闘が始まりそうなほどにバチバチと火花が二匹の間で行きかう。はぁ、と近くでため息をつくポトフであったが、ふとある事に気がついた。

「そのマント……それを付けていれば、ある程度の寒さに耐えられるのか?」
「は? まぁ、それなりには大丈夫だと思いますが……」

 ここでブレイズも、ポトフが言おうとしている事を理解する。だがしかしこの状況でそんな事を頼むことに、彼女の神経の図太さに無意識のうちに敬意を払ってしまう。果たしてこんな事を頼んで本当に大丈夫なのかとつい不安を顔に出してしまうが、今はそんなことを言っていられないのも確かなことで。
 二匹の様子に思わずたじろぐボーマンダではあったが、この後のポトフの言葉に思わず声を荒げてしまうのであった。

「無理な事とは百も承知だが、ここにいるキュウコンを――極氷海まで連れて行ってほしい」
「は、はぁぁ!? ちょ、何でそんな危険な場所に」
「他に手段がないのだ! すぐにでも向かわなければ……」

 ポトフの必死な形相に、ボーマンダは一瞬たじろぐ。横にいるブレイズもまた睨みつけるように彼を見続ける。二匹の必死な姿にボーマンダは数秒唸りをあげつつ、やがて盛大なため息を吐きだした。

「訳あり、なのですね。ですがそんな場所ではこのマントの力も及ばないでしょう。送っていく程度ならかまいませんよ」
「――すまない、恩に着る」
「ったく、無茶すんなポトフ。物分りがいい奴で良かったけど、本当にいいのか?」
「えぇ、これも何かの縁です……ええと、そういえばお名前は?」
「俺様はブレイズで、こっちはポトフだ」
「自分はヴァイオといいます。では、早速向かいましょう!」

 苦笑という言葉が良く似合うほど苦々しい表情のヴァイオに、ブレイズもポトフも同じような顔で答えるのだった。ちょうどレアスも準備を終えたらしく、ポトフはそのままレアスと共に南へと旅立ち、ヴァイオにしがみつく様にまたがったブレイズは全速力で極氷海へと向かうのであった。


 アイスが氷の結晶に閉じ込められ、既に数十時間。依然として彼女の声が悲痛に木霊する。ここまで何百回も叫び続けた為か既にアイスの声は枯れかかっており、その痛みは壮絶を極めていたことが嫌でも分かる。
 それを見守るアリスメデス=フリーザーはただただ無表情で、しかし悲しそうな瞳をたたえていた。一体この霊鳥は何の目的でこのような事をやっているのか一切不明であった。
 それまで一言も喋ることなく見つめているだけだった彼女は、おもむろに一言漏らす。

「……このような年端もいかぬ少女に託すしか出来ないとは……伝説という言葉も地に落ちましたね」

 自嘲めいたその言葉は、一体何を示しているのだろうか? ……そしてそれを知る事となるのは一体何時の事になるのだろうか?
 今はまだ、誰にもわからない―――。




 光を一切排除したかのような、漆黒の空間。その空間の中を、さまよい続ける者が、一匹。
 その者の意識が目覚めたのは、ついさっき。つい先ほどまでは体中から溢れる氷の力によって耐え難い激痛に悶え、打ちひしがれていた。しかし気がついたとき、彼女はこの空間に立ち尽くしていた。

「……ここ一体どこなのよ。さっきまでクレバスみたいな所で痛い思いをしてたのに……」

 アイス=グレイシアは、現在の状況をほんの1%も理解出来ずにいた。自分が今どういう状態なのか、ここが一体どこなのか、自分の生死すらも曖昧な状態。
 そんな中を、少女はただただ歩く。というよりも、自然と歩いてしまっている、と言ったほうがいいだろうか、先ほどから自分の意思とは関係なく歩き続けているのだから。アイス自身もどうしようもないからか半分投げやりに身を任せている。
 時間の感覚も既に滅茶苦茶な為どれぐらい歩いたかは分からない。ただかなりの時間を歩いたことは確かである。

「一体何時まで歩けばいいのよ、もぉ――って、あれ?」

 ふと気づくと、彼女の足は止まっていた。ぴったりと、今度は足に錘がついたかのように動くことが出来ない。
 あんぐりとしていると、目の前から足音が聞こえてくる。静かで……しかし何故かはっきりと、誰かがやってくる事が分かる程大きな足音が。
 動くことが出来ないアイスは睨み付けるようにその顔を強張らせる。この状況で攻撃を受ければ確実に防御が出来ないのだが、何故かその心配をしなくていいと彼女は思っていた。攻撃をされないという……そんな気がしたのだ。
 そして目の前の足音の正体を確認したとき……アイスは我が目を疑うのだった。

「――こんにちわ、もう一匹のあたし。それともこんばんわ、がいいのかもね」

 目の前にいたのは、まるで鏡に映っているかのようにそっくりに微笑む、彼女自身であった……!!


「……は?」

 唐突な出来事に、アイスの目が点となり、口があんぐり開いてしまう。どこから突っ込んでいいやら分からないと言った雰囲気であるが、目の前にいる偽?アイスは不適に笑い、そしてアイスに近づいていく。
 依然として足はおろか、気付くと首すら動かせない状態のアイスの周りを、まるで鏡に映したかのようにそっくりな偽アイスがゆっくりと周りを歩く。まるで品定めでもしているかのような目つきにアイスは嫌そうな顔をする。

「ちょっと、アンタ……なんなのよ!?」
「だから言ったでしょ、あたしはあなた自身。平たく言うと、あなたその物。そしてここは、あなたの精神の中って奴なの」
「は??」
「あたしは言わば、あなたの中にいる可能性の一つ。平たく言えば、未来に存在するかもしれないあなたよ……付いていけてる?」

 オーバーヒート気味のせいか、アイスの頭から煙がプスプスと出始めている。付いていけていないのは一目了然だが、未来のアイスを語る存在は関係なく話を進めていく。

「ま、とりあえず今は関係ないか……じゃ、始めようか」

 偽のアイスがそう言うと同時に、アイスの呪縛が一瞬で解かれた。いきなりの事に戸惑うアイスは、しかしすぐに飛んでくる氷の礫に気づき、すぐに後ろへと飛びよける。
 いきなり始まった戦闘に舌打ちしつつも、彼女もまた氷の力を一気に高め、礫状にし解き放つ。無数の礫が相手に襲い掛かるも、相手もまたアイスと同じ動きで飛びよけた。謎の存在は余裕の表情でアイスを挑発する。

「本気で来ないと、まずいと思いますけど?」
「うー、やりづらいー!」

 突如始まるアイスvsアイスの決戦。どっちがどっちだが分からなくなってきそうという苦情は、受け付けません。


 ポトフとレアスは一日かけ、ようやくシンカイ湖付近へとたどり着いた。途中レアコイル巡査部長と合流し、切迫した現在の状況を二匹に伝える。
 鋼属性でも侵食するほど強力な毒は、神秘の守りの障壁でも完全に防ぐことは出来ないらしい。毒霧となって辺りに広がり続ける事を防ぐことは実質不可能に近いらしく、現在はコイル達が必死になって現状維持に努めているらしいが、それなりに離れている場所でも草木は枯れかかっているなど、状況は芳しくないらしい。
 モモンスカーフを口元に巻く形で装備している二匹は時折咳き込みつつも、辺りを確認しつつ先を急ぐ。しかしスカーフを装着している状態でも体力を消費するという危険極まりない状態であった。元々口がない巡査部長は頭の磁石に装着しているが、辛いのかフラフラとした飛び方をしている。

「えほえほ、想像以上に酷いね。こりゃ現場のコイル君達も既にご臨終してんじゃないの?」
「今回ばかりはレアスの言うとおりかもしれん……。これ以上は進むのは、げほ、危険すぎるのではないか?」

 レアスの言ってはいけない台詞に、いつもは的確に突っ込むポトフも流石に何とも言えないようだ。巡査部長も口がないのでなんとも言えないが、苦笑しているのか呆れているのか、小さくため息を漏らしている。
 だんだんと濃くなる紫色の瘴気に、一向は苦しみつつも何とか進んでいく。しかし進めば進むほどに毒の濃度は高くなり、辺りの木々は侵食されつくされた為か所々が溶けかかっており見るも無残な状況である。草花などは既に死に絶えており、まるで地獄絵図と化していた。

「……! ミナサン、ゼンポウカラキマス」

 巡査部長の声に二匹は身構えるも、見えたのは複数のコイル達であった。それぞれ周りにはこれでもかと言うほど分厚く神秘の守りによる障壁を張っていた。それでも所々がただれている様に溶けているのが、中心地の酷さが手に取るように分かる。

「ブチョウ、コレイジョウハキケンデス! タイヒメイレイヲ、タイヒメイレイヲ!」
「確かに、ゲホ、ここから先はちょっと無理そうだね~。……まさか、暴走がここまで酷いとは思わなかったよ」

 レアスから出た「暴走」という単語にポトフはしかめ面をするも、レアスはそれを手を出して制し、とりあえずはここを離れてから、と目で合図を送る。苦い表情をするポトフだったが、渋々了解するのだった。

「ワカリマシタ。ソウインイチジタイヒ! アンゼンチタイマデタイヒシマス!」

 無言のポトフも苦しそうにしながら、同意の意を込めて首を縦に振る。絶えず広がりを見せる毒ガスに、一向は尻尾を巻いて逃げる羽目となるのだった。そんな彼らを影から見る者がいたが、それに気づく者は誰もいなかった……ただ一匹を除いて。

 #

 一行はようやく木々が青々と茂った場所まで逃げてこれた所で、ようやく一息をつく。レアスは口元のスカーフを取り、大きく深呼吸。かなり遠くまで逃げてきたものの、微かに毒素のような湿っぽさを感じ、大きく咽てしまう。
 よく見ると手に持っているスカーフは紫色に変色しており、いつボロボロと崩れ落ちてもおかしくないほど危険な状態であった。

「やれやれ、お気に入りの場所がなくなっちゃったよ。世知辛いなぁ……」
「レアス、いい加減に話せ。お前は何を隠している。何を知っているんだ」

 スカーフをかなぐり捨て、ポトフは襲い掛かる勢いでレアスを問い詰める。滅多に真実を話さないレアスも流石に観念したのか、大きく息を吐き出し、真剣な表情となった。

「……何も知らないっていうのは、確かにウソさ。伊達に数十年調べてたから、それなりの情報は持ってたよ。例えば、複数のウィカの現在地とか、ね」
「暴走とは?」
「読んで字のごとく。ウィカはある条件を満たしたポケモンでないと操れない。そしてそれ以外が無理やり使おうとすると、ああなる」

 レアスは顎で先ほどまで自分たちがいた毒素充満地帯を指す。思わず生唾を飲み込んだポトフは、鋭い視線で続きを促した。

「別に僕がその力を使えれば問題なかったんだけどね、残念ながら僕は拒否されちゃったのさ。……少なくとも、ただ強いとか特殊なポケモンとか、そういうのが条件ではないってことさ。プリズム君もそうだったでしょ?」
「つまりお前は、私たちを利用していると言うことか」
「ご名答さ。使える物は何でも使わないと、どうしようもないg!?」

 言い終わる前に、ポトフは全力でレアスを殴りつける。突然の事に周りのコイル達は一瞬反応が遅れてしまう。殴ったポトフは息を荒げ、憎々しげに目の前の小さなポケモンを睨むだけ。
 殴られた当の本人は殴られた頬を摩りながら、だが別段気にする様子もなく微笑を浮かべるだけ。

「未来ある子供達を何だと思っているかとか、そういうこと考えてる? 結局世界に存在するのは二種類だけ。支配するか、されるかさ」
「……レアス、貴様……!」
「僕の方がおかしいのは重々承知さ。だけど世界は、そんなおかしな奴が得をするように出来てるのさ。残念だけどね」
「自分の目的さえ、達成すればいいというのか?」
「そうなるのかな。勿論アイスちゃんが無事ならばそれで構わないし、とても嬉しいさ。大切な道具を失うのは悲しいし」
「キサマぁ……!!」

 ギリギリと周りに聞こえるぐらいに激しく歯軋りをするポトフ。今にも飛び出しかねない程に怒りに震えるその姿に、周りで飛ぶコイル達も恐怖で震えている。
 そのまま殴りかかるのでは思われたが、怒りを飲み込むように深々と息を整える。その目は未だ憎しみでギラギラと燃え盛っているが、これ以上は無駄だと判断したのだろう。

「貴様とこれ以上争っていても仕方がない。……それに、そろそろ決着をつけねば」
「ん?」

 レアスが何かを言おうとした瞬間、周りの景色が妙にグニャグニャと原型と溶けていく。いきなりの事に驚く一行が瞬きをした瞬間、グニャグニャとした景色は全て元に戻っていた。ただ一匹、ポトフだけは姿を消していた。
 戸惑うコイル達やレアコイル達を尻目に、レアスは辺りを見渡しただけですぐに状況を理解したのか、どこか納得したように微笑んだ。

「化ける力、か。……でも何でわざわざ幻影を張ってたんだろ?」

 #

 すぐ近くの樹の先端に立つように、黒い姿のポケモンがその様子を見守っていた。まるで服がたなびくようにゆらゆらと揺れる黒い体は、まるで悪夢を具現化したかのような怪しさを漂わせている。

「驚きました。まさか僕に気づくとは思いませんでしたよ」
「これでも百戦錬磨だからな。半年とはいえ、それは分かっていただろう?」

 そんな影の後ろには、先ほど消えたポトフの姿が。片手足で器用にしがみ付いている彼女は、目の前にいる黒いポケモンの事を知っているらしい。

「ブレイズに矢文を送ったのもお前か? 何故こんな回りくどい事をするか聞かせてもらおうか……ファントム!」

 ポトフが叫ぶのは、かつて行方不明となり、未だに手がかりも掴めていない、仲間の名前。黒い影――ダークライはゆっくりと振り返り、懐かしそうに笑顔になるのだった。


「……ダークライ? それってどんなポケモンなの?

 水桶から布を取り出し、可能な限りギュッと絞りあげるプリズム。傍らには所々を包帯で巻いているワッフルの姿がある。ただし大量の藁ベッドに横になっている状態から、上半身を起こした形ではあったが。
 未だ傷が癒えないが、寝たままで会話をする程には回復しているらしい彼女は、どうやら退屈しのぎにプリズムと話していたらしい。

「……悪夢を司るとか、そういう力を持つポケモンかな。プリズムも一度か二度見たことあるはずだけど、覚えてない?」
「んー、ここに来てから数日ぐらいの記憶って、ビミョーにグチャグチャなんだよなー」

 よく覚えていないのか、難しい顔でうんうん唸るプリズムだが、どうやら思い出せないようだ。

「プリズムが来たのと入れ替わるように行方が分からなくなった仲間っていうのが、そのダークライなのよねぇ。元々不思議な奴だったけど、まさかこのまま蒸発しないわよねぇ?」
「じょう、は? でもどうして不思議なの?」

 何気ない疑問の言葉に、ワッフルは顔を曇らせる。そんな彼女をサポートするかのようにもう一匹の居残り組が後を続ける。

「ファントムは僕と同じ時期に仲間になったんだけど……自分が何者なのか、どこから来たのかとか、全く覚えてなかったんだよ」
「あ、パフューム兄ちゃん……」
「いわゆる記憶喪失、ってものだったのよねぇ」

 首にオレンやモモンを入れたバッグをかけつつ飛んできたパフューム。バッグを床におろし、彼は説明を続ける。

「ファントムって名前も、その場でリーダーが名付けたものなんだ。それから半年間、色々試したけど全く記憶は戻らなかったんだけど……」
「最後に行った満月島で、何かを思い出した可能性もあるかもしれない、って事なのかしらねぇ」

 パフュームとワッフルは、何気なくそう呟いた。その言葉には、再び会える事があるよう、そんな願いも僅かに籠められていたかもしれない。
 ……そんな彼らの近くに、黒い渦がゆっくりと形成されていき、中心から何者かの手が見え始めているのを気づく者は、まだいない。


 優しく微笑むダークライの事などお構いなしに、ポトフは鋭い爪を全開にして飛びかかる。その表情は伝説ポケモンすら裸足で逃げ出しかねないほどの鬼気迫るもの。完全に目の前の存在を切るべき敵として認識しているかのようなものであった。
 そんな彼女を前にしても、悪夢をつかさどる伝説は微動だにせずに闇のパワーを右手に集約する。真っ黒に染まった邪悪な爪(シャドークロー)を大きく構え、一気に振り払う! が、その一撃が当たる瞬間に黒狐ポトフの体はまるで霧のように霧散し、消えてしまった。
 視線だけを動かし、奇襲にそなえるダークライ。そんな彼の真後ろから忍び寄る、黒い影。

「まともに戦えば、負けるのは私だ。だからまず、お前の油断を誘う」
「くっ!?」

 後ろからの声に、ダークライは振り向きざまに右手を払うも、またもポトフの体は霧散し消える。息を荒げる彼に、イリュージョンで作られた幻のポトフが二匹、左右から同時に攻撃する。ダークライは軽く舌打ちしつつ、己の中に眠る暗黒の力を悪夢の塊(ダークホール)として具現化し、同時に発射する。黒い塊は寸分の狂いもなく二匹のポトフに直撃するも、三度ポトフの姿は霧散し消えていってしまう。瞬間ダークライの目の前に現れたポトフが強力な気合い玉をゼロ距離でぶちかます。弱点の格闘技に流石のダークライの顔も苦痛に歪み、吹き飛ばされる。辛うじて体勢を整え別の樹の先端に乗るも、幻影による猛攻は止むことはない。
 特性イリュージョンを用いることによる、四方八方からのフェイント。常に相手に襲いかかるような幻を見せ続け、相手が無駄に攻撃をし、消耗した所を叩く。まるで忍者の分身の術のような荒業に、流石の伝説のポケモンもなすすべなく嵌まってしまう。
 前から一直線に来るかと思えば、後ろからの斬撃。左右上下からの挟み撃ちと見せかけつつ幻影に紛れて攻撃。相手をあざ笑うかのような幻影の舞に、僅か数分でダークライの傷は徐々に増える一方であった。
 猛攻は已む事無く、今度は真正面からたった一匹のみの特攻。ダークライはこれを幻影とし、後ろへと視線を移す。が、幻影の姿はない。すると腹部に強力な激痛を食らう。正面から来たゾロアーク、つまり本物のポトフによる後ろ回し蹴りという形となった『ローキック』――もはやローではないという突っ込みはここでは省略する――炸裂したのをようやく認識できた。すぐにポトフは姿を消すように木々の中へと消えてしまう。
 怯むダークライに、またも前方から三匹のポトフが同時に気合い玉で攻撃するように見せかける。どれが本物なのか、はたまた全て偽物か? 強力なまやかしに判断が遅れるダークライ。一斉に放たれた巨大な3発に、なす術なく被弾する事となる。巻き起こる爆風が辺りの木々を大きく揺らし、爆煙がもうもうと立ち込める結果となった。
 攻撃を放ったゾロアークの内、真ん中の一匹を残しその姿が掻き消える。残ったゾロアーク……つまりポトフ本体が近くの木へと飛び移り、未だ立ちこめる煙を荒い息で見続ける。

「くっ、流石に少々、飛ばしすぎたかも、な……」

 ゾロアークの幻影能力は相手の五感すらも騙しきるほどに優れている。逆を言えば、それほど高度な幻影を長時間出し続けるのは、自らの体力を磨り減らすほど危険な技でもある。ましてやここまで立て続けに、しかも休みなく、さらに体を極限まで酷使している状態で行えば、精神はおろか生命力すらすり減らしてもなんらおかしくはない。ポトフの体力は、既に限界ギリギリであった。
 霞む視界を何とか合わせ、敵を確認しようとする。既に握力すらなくなりかけ樹をを掴む事すら厳しくなってきていた。もしまだ相手が倒れていなければ、状況は一気に悪くなるのは確実だった。
 やがて晴れていく煙の中をポトフは凝視し、姿を確認しようとする。が、漆黒とも思える敵の黒い体を確認することが、出来なかった。

「流石に驚きました。命を削る覚悟で来るとは思いませんでしたよ」
 
 真後ろからの声にポトフの背筋が一気に凍える。彼女の背後には先ほどの猛攻でボロボロになったダークライの姿があった。しかし彼の片目は未だ闘志が宿っており、負けを認めてなどいないのは明白だった。

「今度はこちらの番です。……そして、先に謝っておきます」

 そう告げると同時に、二匹の360度全方向に、無数の小さな黒い渦が現れる。まるで小さなブラックホールとも呼べるその渦に、ポトフはたじろぐ。

「この渦はひとつの空間で繋がっています。僕がひとつの渦に攻撃を放てば、どれかの穴から飛び出します。もしそれを何十、何百発も放ったら……言わなくても分かりますよね?」
「……それが、お前の力、というやつか」
「闇と闇を繋ぎ、瞬時に移動する力……って感じです」
「最後に一つだけ聞かせてくれ。……お前は、私たちの、敵なのか」

 虚空より現れる大きな闇の渦。ダークライはその渦に体を沈めながら、穏やかな声でこう続けた。

「……僕の本当の名前は、勿論ファントムじゃない。だけど同時に、みんなと一緒に過ごした、ハイブリッドのファントムでもあります」
「信じて、いいんだな?」
「ハイ」

 渦の中へと消えていくダークライ。そして同時に、無数の渦から何かのエネルギーが集約していく。ポトフは最後に力を振り絞り防御壁を作り出すが、果たしてどこまで耐えられるだろうか?
 次の瞬間無数の闇の弾丸がポトフに襲い掛かり、爆風が辺りの木々を揺らす事となった。



 この激戦を下から見ていたレアスと巡査部長達は、あまりの事に絶句していた。ファントムというダークライを知っているレアスは何故ポトフと争っていたか全く分かっておらず、レアコイル達に至っては何故こんな場所に伝説のポケモンがいるのか想像もできないといった顔をしている。
 やがて収まる爆煙を凝視するも、そこにはポトフの姿も、ファントムだと思われるダークライの姿もなかった。小さく舌打ちするレアスであったが、すぐに背後からの視線に気づき、勢いよく振り返る。
 そこにいたのは全身が黒く焼け焦げているポトフを、お姫様抱っこで抱えるダークライ。レアスは両手を前に出し攻撃しようとするが、ダークライは首を振ってそれを制した。そしてすぐにポトフを地面へと降ろし、両腕を大きく上空へと伸ばした。抵抗しない、という意思表示であった。

「……お久しぶりですレアス社長。本当はポトフさんに手を出したくなかったのですが、やらなければやられる、って感じで止められませんでした」
「その様子だと、記憶を取り戻したのかな、ファントム君? 一体何が目的なのかなー」
「少なくとも、悪いことではないです。だから安心して、なんて信じられませんよね……なので今は、強行手段で行きます」

 鋭い眼で力強く威圧するレアスに、この場に似つかわしくない朗らかな笑顔を見せるダークライ。しかしダークライは突如右腕を前へと突き出し、指を軽く鳴らすような動作をする。瞬間、突如として彼を中心とした巨大な黒渦が地面に発生する!
 ポトフやレアスはもちろんとして、浮遊するレアコイルやコイル達も引き寄せられるように渦へと巻き込まれていく。何かを言おうとするレアス達であったが、叫ぶ間もなく闇の中へと消えてしまうのだった。


「……えーっと、これってつまりどういうことなの、パフューム兄ちゃん?」
「あー、ゴメン。流石に僕も訳分かんない」
「今日は随分と騒がしいねぇ」

 両手に桶を持ったプリズムと、首にバックをかけているパフュームは、あまりの出来事にポカンとしている。ワッフルも呆れた様子であり、その原因はというと……?

「あだだだ……ていうか巡査部長重いよ硬いよビリビリするよ! さっさとどいて!!」
「アー、ソノー、イマノジョウキョウガマッタクリカイデキナイノデスガ……」
「ブチョウー、オタガイガオタガイニクッツイテドウニモデキマセンー」
「はぁぁぁ!? ちょ、マジでビリビリして痛いっつーか、このままじゃ感じちゃ駄目な快感感じちゃ……アーーーッ!!」

 先ほど渦に巻き込まれたレアス達が、上から落っこちてきたのだ。
 レアス=マナフィが公開調教されているのを、淀んだ視線で見る大人一匹と子供二匹。はぁ、と小さくため息をついたパフュームがふと大怪我をしているポトフに気づき、大慌てで近づいた。

「ちょ、ポトフさん!? 大変だ、すぐに横にしないと……これで三人目だなんて!」
「アァァァァァァァシビレルゥゥゥってもうええわ! あーまだ痛いよ……三人目って、どういうこと?」

 未だ微弱電気ショックを食らってたレアスが(連結しているコイル達をちゃぶ台返し的にひっくり返して)ようやく抜け出し、引きずるようにポトフを連れて行くパフュームに聞く。

「実は皆さんが突然上から落ちてくる少し前に、こっちも突然部屋の隅からニュルリと出てきたんですよ。手紙と、薬みたいな物と一緒に」

 案内された先の藁ベッドで眠っていたのは、シンカイ湖で行方不明となっている筈の、スピルカとディムハートだった。体中が侵食しているようにピンク色になりかかっているが、その色はとても薄く、深刻そうには見えなかった。
 レアスは渡された手紙を確認し、読み上げる。

『 湖で迷っていたところを偶然拾いました。聖者の灰の力で毒素を中和させましたが、暫く安静にしていてください。

 残った灰は全て譲ります。それがあれば怪我人の治療も可能です。シンカイ湖は僕が何とかします。水の継承者をよろしくお願いします。 』


「……水の、継承者? それに聖者の灰って確か」
「みんなぁ~! 湖のほうがたいへんだよぉ~!!」

 外に行っていたプリズムが、大慌てで全員を呼ぶ声が聞こえる。動けるポケモンが外へと飛び出すと、信じられないような光景が広がっていた。





 時間をほんの少しだけ遡り、ダークライがレアス達を渦の中へと巻き込んだ後の事。

「……はぁ、出来ればもっと穏便にお別れしたかったのになぁ」

 闇の渦を閉じた後、大きなため息をつくダークライ。その様子はとてもではないが、先ほど数匹のポケモンを闇の中へと引きずり込んだ張本人とは思えない。
 そんな彼の後ろに現れたのはヨノワール。満月島での冒険時、守護者の従者と名乗ったあのヨノワールである。

「……シェイド様。魔方陣の設置準備、全て整いました」
「こっちも終わったよ。じゃあ、早速始めようか……月の石板の守護者として、今出来る事を」

 大きく息を吐き出し、精神を統一するように片目を閉じる。……ハイブリッドのファントムでなく、守護者としてのシェイドとして。今出来る事を、全力で。
 シェイド=ダークライが強く念じ始めると同時に、毒沼と化したシンカイ湖の周りから、漆黒の煙がゆっくりと立ち込めていく。全てを飲み込むかのような煙は辺りの木々を全て覆い始め、やがて黒い体の二匹のポケモンすらも覆い尽くしていった。

「皆さん、後はよろしくお願いします……!!」

 シェイドの声もまた、闇の中へと消え去っていくのみであった。


レアス「今回はここで切らせてもらうよ! なんか長いシリーズになっちゃったなぁ」
プリズム「シンカイ湖、何だか色んな意味で凄い事になっちゃったね」
レ「そろそろシリアスさんが過労死しちゃいそうだけど、まだまだ働いてもらう事になりそうだね♪」
プ「……シリアスさんって、誰??」


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Last-modified: 2012-07-27 (金) 00:00:00
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