療養と闇深きそれぞれの過去 ?の続きです。
ひょっとしたら血とかの表現が入るかもしれません。忠告しときますよ?by簾桜
アジトより少しだけ離れた、平原の中でも少しだけひらけた場所。グィーっと大きく背を伸ばすのは包帯も完全にとりすっかり回復したゾロアーク、ポトフであった。
少し離れた場所では、こちらも回復したアイスがぐ、ぐっと足に力を入れ感触を確かめる。遠い場所ではパフュームがそわそわと二人を見ている。どうやらリハビリを兼ねた特訓を始めるらしい。
両者微かに微笑みを交わした後に、すぐに火ぶたは切られた。アイスによる約十発以上の氷の礫連続攻撃を、ポトフはすんでの所で全て回避する。グッと大きくジャンプをし、両手に溜めた漆黒のエネルギーを地面に叩きつけ、ナイトバーストを発動、暗黒の衝撃波がアイスに襲いかかる
アイスも負けずに氷の力を口に溜め、冷凍ビームとして発射する。互いの攻撃は真ん中辺りで激突、相殺し大爆発する。大量の土煙が上がるなか両者は既に動き始めていた。
ガギン、という音が響く。土煙が晴れると、フィールドの真ん中にて互いに燕返しとアイアンテールでぶつかり、拮抗する。
大きな音と共に両者は大きく離れる。緊迫した空気が流れるが、次第に両者の殺気は薄れていった。
「うむ、まぁ最初はこれぐらいで終了しよう」
「うはー、最初から飛ばしすぎだろポトフ。まぁあたしも強く言えないけどさぁ」
大きく息を吐き出したアイスは少し痛むのか体の節々を伸ばしたり縮めたりとしている。ポトフもまだ全快でないのか確かめるように体を伸ばす。ずっと寝たきりの状態が長かった為か二匹共若干動きが鈍くなっていたが、それでもこれだけの動きをこなせるのは見事と言うべきであろう。
ふわりと飛んできたパフュームもだいぶ調子が良くなったのか少しだけ軽やかだった。まだまだ完全ではないが、三匹とも何とか現役復帰を果たしたようだ。
「流石ですね。でも、まだまだ完全復帰ではなさそうですけど」
「まぁ何とかなるさ。で……あいつはどうしたんだ?」
アイスの言うあいつ、というのは一体誰だろうか? パフュームはあぁ~……と若干苦い顔を浮かべて、目を泳がせた。
「知らない間に居なくなってて……今どこに居るのか……」
はぁ、とため息が漏らしたのはアイス。元気なのは良い事だと語るのはポトフ。元気過ぎるのも勘弁してほしいなぁとぼやくのはパフュームであった。
前回の話よりさらに三日。レアスからの報酬で買った大量のオレンで傷も大分癒え、ようやくここまで回復した三匹はあるポケモンの世話に苦労させられていたのだった。
時は戻って三日前、ワッフルがようやく戻ってきた後チーム全員*1が集合し作戦会議を開く事になった。ピチューの看病はスフレに任して、まずは情報の整理から始める事に。
レアスから聞いた話がようやく終わった後、アイスはとても驚いた表情を浮かべた後、がっくりと肩を落とした。
「兄ちゃんがそんな危険な事に首を突っ込んでいたなんて……」
「詳しい事は分からないが、ゲインとレアスはその前にも何回か会っていると見ていいな。ハイブリッド結成は四年前だが、それ以前の事は私やブレイズも知らない。アイス、何か知っているか?」
「元々このログハウスで暮らしていたけど、仕事の事は聞かない事にしてたから……まぁポトフ達が居候する事になった四年前からは流石に知ってたけどさ」
「ひょっとしたら、ずっと前から便利屋として働いていたのかもしれませんね。それなら辻褄があいますし」
「いやそれはどーかなファントム君。少なくともあいつ、俺様達を誘う時に便利屋を始めたいって言ってたから違うと思うぜ?」
全身包帯ポケモンとなりつつも早々と復活したブレイズの一言で、全員うーんと唸ってしまう。余談であるが、ブレイズは夢の中でこの世のものとは思えない綺麗なお花畑ととても透き通った川を垣間見たそうだ。……ていうかよく戻ってこれたなぁ。
むぅっと全員が唸るなか、ワッフルはレアスからもらったメモを取り出した。
「まずはこのメモに書いてある場所を調べましょ? ひょっとしたら、そのゲインというリーダーさんの手掛かりがあるかもしれないし」
「いいけど、出来ればあたしかポトフ、どっちかが回復するまで待ってほしいよ。雷鳴ヶ原の件もあるし、ウィカに関わるであろうダンジョンには最低でもスリーマンセルで行かないと駄目だと思うんだ。今残っている皆が出払ったら、他の依頼やもしもの時に行動出来なくなっちゃうもん」
アイスの冷静な意見に、ワッフルも少し驚きつつもコクンと頷いた。とりあえずまずは三匹の怪我を治す事を最優先にしようという結論に至った……その時であった。
二階から、ドタドタというとても慌ただしい音が響く。ガタガタガタッと階段から転げおちる勢いで、スフレが一階へと下りて来た。あまりに急いでいたのかその手には何時も持っている聖書がない。
「みなさん、ピチュー君が起きました!」
全員が驚いた顔をする。怪我をしているアイス、ポトフ、ブレイズは急に動いたことで辛そうに顔を歪めているが、それでも嬉しいのか表情は晴れやかだった。
相談の結果覚えているかは分からないが、多少なりとも面識があったアイス、ポトフが会う事となった。体がギシギシと痛むなか、二匹はスフレと共にゆっくりと二階に上がり、そっと雄部屋へと入っていく。
ピチューは、藁ベッドの上で体を起こし、まるで遠くを見るような目で辺りをゆっくりと見回している所だった。まるで自分自身の事すらもよく分かっていないといった感じだった。
スフレ達に気がついたのか、ピチューはゆっくりとこちらを見る。ぼぉっとしておりまだ完全に頭が覚醒していないのだろう。
「あの、ピチュー君。この方たちの事分かりますか? あなたの事を助けてくれた方たちですが」
ピチューはアイスとポトフを交互にみ、一度二度瞬きをする。やがて思い出したのか、小さくコクンと頷く。どうやら暴走していた状態での出来事を辛うじて覚えているらしい。
「えっと、君の名前は? 話せる?」
アイスが出来るだけ優しく話しかける。未だに明後日の方を見るような遠い眼をするピチューは首をコクンと縦に振る。
しかしぼしょぼしょと小さくしか話せないらしい。アイスは口元に耳を寄せ、辛うじて聞こえる音を懸命に解読する。
「……この子の名前、プリズムって言うらしい。もっと詳しい事を聞きたいけど……今はやめといた方が無難かな」
「だろうな。また後で色々と聞くが、かまわないか?」
予想以上に優しく語りかけるポトフに、プリズムという名のピチューはコクンと頷き、そのままぽふんと横になった。どうやら限界がきたらしい。
スフレはタオルケットを綺麗にかけ、ニコリと微笑んだ。シスターという彼女ならではのとても優しい笑み。
ふと、スフレがある事に気がつく。ベットの下の方に、何かが落ちているのに気がついたのだ。手に取ってみると、それはとても小さい水晶のようなトパーズ色の宝石だった。大きさはビー玉とそれ程変わらないぐらいであったが、まるで何かのエネルギーが渦巻いているように感じる、不思議な宝石だった。
アイスとポトフもそれを見て、小さく感嘆するような声をあげる。魔性のオーラを発する宝石にみな興味津々といった様子だったが、スフレはピチューの横にそっと宝石を置いた。
「多分、これはプリズム君の物でしょうから。でも不思議な宝石ですね」
「何か強力なエネルギーを持っていそうだが、これもまた後で聞いてみよう」
「そうだね。さ、今は休ませてあげよ」
くぅくぅという可愛らしい寝息を立てるピチューを残し、三匹は部屋を後にした。
二日後、報酬で買った大量のオレンでパフュームも回復した頃プリズムもまた目を覚まし、何とか状況を把握させ、オオスバメ便に乗って速攻で駆けつけたレアスと共に話を聞いてみる。
要約すると、彼は元々雷鳴ヶ原で生まれ育ったポケモンだったらしいが無論低下層にて暮らしていたそうだ。ある日興味本位で奥まで探検していると一匹の大きなポケモンを見つけ後を付いていき、二十階付近でとても大きな石板らしい物を見つけたそうだ。
軽く触れてみると石板から凄い量の電気が彼の体に流れ込み、すぐにそれは刺すような激痛となったらしい。何度も何度も電気を放って少しでも痛みを軽くしようとしたけどどんどんと周りの電気を吸収するように痛みもまた激しくなってきたそうだ。
そんな中、一匹のポケモンが苦しむ彼に近づいてきたそうだ。何と言う種族かは分からなかったらしいが、そのポケモンは彼が後を追った大きなポケモンだったらしい。あまり覚えていないそうだが、そのポケモンは「こんな小さな子供が」とか「とにかく隠さなければ」と呟き、彼を乗せ二十五階付近に置き去りにしたそうだ。
それからは何日もずっと電気を放出し続け、最後の最後でアイス達がやってきた、という訳らしい。あの時点ですでに限界を超えていた為、パフュームのアロマアセラピーがなければ途中で力尽きていたかもしれないとプリズムは体を震わせながら語った。
だがここで、いくつかの謎が残る。まずプリズムが見つけたと言う大きな石板のようなもの。この石板が『
いずれにせよ、未だ謎が深いこの事件はレアスの意向で公にせずチーム内での秘密事項となった。プリズムは現時点で故郷である雷鳴ヶ原に戻すのは危険だと判断し、暫くはハイブリットアジトにて世話をする事となった。
というのも実はプリズムが自分を助けてくれた三匹、特にパフュームにえらく懐いてしまい、離すに離せなくなったと言う方が正しいのだが。いずれにせよ『
それから一日経って現在に戻り、ようやく回復した三匹と一緒に来た筈のプリズムがいなくなってしまい、三匹は各々のリアクションをとって小さくため息を吐いていると言う訳だ。
「全くあのガキンチョは、落ち着きがないんだから……大体パフューム、あんたがしっかりしないから見失うんでしょ」
「えぇ、僕のせいなんですか? そんな事言われてもあんなに元気な子を縛り付けるのはいくらなんでも」
「あーもう聞きたくない聞きたくない。とにかく急いで探すよー変な事しないうちに」
「ちょ、最後まで聞いてよ! ねぇリーダー!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二匹を見て、ポトフは心の中でまるで新婚の夫婦のようだなぁと小さく微笑んだ。無論そんな事口にすれば氷と草のダブル攻撃を食らいかねないので黙っているのだが。
ブツブツ愚痴るアイスがポトフの視線に気づき「何か変な事考えてない?」と目で訴える。ポトフはクックッと笑って知らんぷりをするだけであった。
「――けてぇぇぇ!!」
ふと、幼い男の子の声が聞こえる。全員が振り返ると、遠くの方からバックを肩にかけたピチュー、プリズムが必死になってこちらに走ってくる。かなり焦った顔をしているが何かあったのだろうか?
よく見ると後ろの方に何か見える。よく目を凝らして見ると、どうやら三つの顔をもつ虫ポケモン、ミツハニーのようだった。だがしかし――。
「え、あれ……ちょっと」
「これは……ま、まさか」
「あの、ひょっとして、かなりヤバいんじゃ」
上からアイス、ポトフ、パフュームの順に顔を青ざめていく。ミツハニー種はその進化形である女王蜂ビークインの為にせっせと蜜を集める働き蜂の役割をするポケモン。よって巣の大きさによってはかなりの数の働きミツハニー達がいるのだが……。
――ヴヴヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
まるで黄色い壁が差し迫っているかのようにプリズムを追う大量のミツハニー。確実に怒っているだろう荒々しい羽音と共に一直線に向かってくる。
その数は、パッと見ただけでも百や二百という単位ではなかろうという数である。とにかく口では説明できないほどすんごい事になっていた。
全身青ざめるパフィームと猛烈な数の苦手なタイプを前にして流石に失神寸前のポトフ。アイスは右前脚を血が出るほど握りしめ、あらん限りの怒声で叫ぶ。
「クソガキィィィィ!!! てめぇ何をやってんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「甘い蜜が食べたくてこっそり盗もうとしたら怒りだしちゃって~~!」
「当り前だろうがぁぁぁぁ!!」
固まる二匹をアイアンテールでぶん殴りなんとか正気を戻させて、四匹は全速力で逃げ出した。その後黄色い巨大な壁と化したミツハニー達と約数時間も追いかけっこを続けてようやく振り切ったという後日談があるが、それはまた別のお話である。
時はほんの少しだけ巻き戻る。まるで漆黒とも呼べる暗い大地。真昼間のはずなのに常闇と化した島。まさかと思うだろうがそんな馬鹿みたいな島は確かに存在する。
満月島と呼ばれるその島は少し頑張れば数時間で一周する事が出来るほどの大きさしかない小さな島。しかしその地下には広大なダンジョンがあると言われる、禁断のダンジョンの一つであった。
カイリュータクシーに乗ってこの島までやってきたのは、常闇において真の力を発揮するダークライ種のファントム、その黒い体ならば常に相手の死角から攻撃出来るであろうマニューラ種のワッフル、そして驚異の回復力で完全復帰したキュウコン種のブレイズであった。
月明かりのみが光源というその島に到着した三匹は、各々感想を漏らしていた。
「ったく何で俺様まで駆り出されるんだよ。しっかし本当に真っ暗なのな、ビックリしちゃったよ」
「ゴタゴタ言わないで。しかしこう暗いとすぐにはぐれてしまいそうね。ファントム、大丈夫?」
「深い……この辺の闇エネルギーはとても濃いです。僕の力もそうですが、ゴーストや悪タイプのポケモンの力も最大限まで高められると思います」
ファントムのその一言に残る二匹はキッと顔を引き締める。氷タイプであると同時に悪タイプであるワッフルもそれは十分感じているし、いずれのタイプでもないブレイズも長年の勘でこの島にある危険を感じ取っていた。
太陽が昇らない為草木も育たず、茶色い地肌をさらす大地。命の気配すらほぼ皆無とも言えるこの大地を調べると連絡した後、ゲイン=ブラッキーは消息を絶ってしまったらしい。ようやくアイス達が回復したので残る三匹がこの島へと調査に向かった、という訳だ。
苦戦は必至の中三匹は蒼いバンダナを首にしてコクリと頷いた。そのまま彼らは出来るだけ離れないよう慎重に島の奥へと目指すのだった――。
時を同じくして、ハイブリッドとは反対方向に二匹のポケモンの姿が確認できる。前回の最後にてかなり怖い事を呟いたポッタイシとブレイズに襲いかかったあのルカリオ、ディムハートであった。
「ディム、また例のキュウコンを襲った事は聞いています。またも負けてしまったそうですね?」
「――はい」
怒りの籠ったその声は、ルカリオの背筋を凍らせるには十分な覇気を放っている。
「あなたはそれでも
「そ、そんなつもりは!?」
「当然ないでしょうね。普段のあなたの仕事は目を見張るものがあり、私の執事として十分な働きがある事は認められます」
ぐぅという声を漏らすディムハート。振り返ったポッタイシはキッと高くつりあがった、だけどどこか心配しているような目をしていた。
「あなたの事情は知っています。そしてあなたが抱える怒りも理解できます。だけどそれを飲み込み冷静にならない限りあなたはあのキュウコンに勝つ事は不可能です。そもそも普段通りのあなたでさえ、勝てるかどうかという実力の差があるのです」
グッとディムハートは拳を握りしめた。頭では分かっているが……そんな想いがありありと浮かんでいた。
ポッタイシは視線を戻し、何かを待つ。やがて前から何かが走ってくるのがだんだんと見えてくる。この常闇の世界に同調するであろう漆黒の毛皮。鋭いキバがそのポケモンの攻撃力の高さを物語るポケモン、グラエナであった。
「御苦労さまアッシュ、それで?」
「お嬢様の言う通り、この地にはかなり厄介なヤセイポケモン達がたむろしております」
「なら慎重に行動しましょう。二人とも準備を」
コクリと頷き、アッシュと呼ばれたグラエナとディムハートは薔薇の蔓が巻きついたような腕輪を前足や腕に付ける。ポッタイシもまた蒼い薔薇をかたどったカチューシャを頭に付け、またも戦士の顔となった。
「トレジャハンター『
ゆっくりと、三匹は歩きだした。その姿はまるで、本物の騎士であるかのようにとても威風堂々とした姿であった……。
今更であるがヤセイという言葉について少しだけ説明しよう。ヤセイと言われるポケモンとは不思議のダンジョンの瘴気にあてられダンジョン内を徘徊するようになったポケモン達の総称である。ヤセイであるかないかを外見で判断するのは難しいが、ヤセイ化すると言語能力が著しく低下する、闘争本能が活発化しヤセイ化していないポケモンを襲う、ダンジョン内でしか見る事はないという特徴がある。
ヤセイ化していないポケモンがダンジョンに入る時、以下の事が義務つけられている。
一つ、探検隊や救助隊、もしくはそれに準ずる許可をもらったポケモンのみ入る事を許可する。ただし例外として許可のないポケモンも探検隊などと一緒に行動する場合入る事は認められる。二つ、ダンジョン内に入る場合必ず特徴的な装飾品を付ける事。ハイブリッドなら蒼いスカーフで、
その他細かい事もあるが重要な部分で言うと以上の事が課せられている。これを破ったものは探検隊などの許可がはく奪、同時にお尋ね者とされ、世界中からその首を狙われることとなる。
ちなみに便利屋は主に個人営業のためそのような許可を取れないと思われがちだが、実は探検隊や救助隊と同じく同盟のようなものが存在する。無論それはフィアリオン側の話であって、ディオブルム側は完全にこの同盟から除名されている。故に本来ならば捕まえられる事になるはずなのだが、そういった話は割と少ないのが現実であった。
これはディオブルムと呼ばれる闇ギルドが暗殺や殺し等を行っている為か総じて機密性が高く、戦闘力もまた高い所が多い為。同盟側が無闇に手を出せばそれこそ全面戦争に発展する可能性も高く、昔から同盟側と闇ギルドは睨みあいというを続けているのが現状である。
さて、かなり横道にそれたのでそろそろ話を戻すとしよう。
地下十五階付近。便利屋ハイブリッド三匹は途中手に入ったオレンやモモンといった回復系の道具をその小さな見た目と裏腹の容量を軽く無視したバッグの中へと放り込んでいく。途中で出会ったヤセイポケモンはゴーストやヨワマル等中級に位置する者ばかりであったが、それでも二匹以上で来られると苦労をするというレベルだった。
不思議のダンジョンは地下に潜れば潜るほど強いヤセイポケモン達が生息する傾向が強い。これほど強いポケモンが多いと言う事は、最下層に近くなればより凶暴なポケモンが潜んでいる可能性が高いと言う事だ。
通路を歩いていると、壁の中からカゲボウズがにゅるりと顔を出す。ニタニタ顔を浮かべつつ大きな舌で舐めようと距離を縮めるが、その前にブレイズのアイアンテール九本が直撃し、そのまま沈黙する事となった。
「くっそ、ゴーストタイプは壁抜けれるのが厄介だよなぁ」
ブツブツと文句を垂れるブレイズであったが、それでも一撃で仕留めている辺りは流石と言ったところか。
後ろに控えるワッフルも常に神経をとがらせる。だがこの時点で既に疲れが見え始めているのか少しだけ足取りが重かった。
しんがりを務めるファントムは……下を向き、ブツブツと何かを呟いているだけ。見ていてなんか怖い。
月明かりも届かない常闇の為、ブレイズが出す青い色をした鬼火のみが周りを照らす唯一の光であった。だけど青いという時点ですでにムード満点の怖ーい雰囲気であり気の小さい物ならばそれこそ昏睡ものであったが、神経の図太いの二匹と常闇こそがホームグラウンドのポケモンであった為全く持って問題なしであった。
さてさてようやく見つけた階段を下りると、何やら少しだけ開けた場所へと出る。月明かりが辛うじて射している為か若干明るく、少し離れた場所に階段が見える。中腹のような場所なのだろうか、ヤセイのポケモン達の気配も感じられない。
むぅっと唸るブレイズは、ふとある置物を見つける。それはガルーラと呼ばれる、お腹に子供を入れる為の袋をもったポケモンをかたどった石像であった。ガルーラ像というまんまなネーミングをもつその像がある近くには、何故かヤセイをポケモン達は近づこうとしない。何故そのような現象がおこるのかは……現在も不明である。
ようやく見つけた休憩できる場所にブレイズとワッフルはふぅっと腰を下ろす。ファントムは依然としてブツブツ呟いているだけであり、ここまで来るとかなり怖すぎる。どうかしたのだろうか?
「ファントムくーん? 何でさっきからブツブツブツブツ言ってるだけなのかなぁ~?」
ブレイズが訪ねてみるも、聞こえていないのかやっぱりブツブツと呟くのみ。顔の前にぶんぶんと手を横切らせてみるも、結果は同じ。一体彼に何があったのだろうか?
ワッフルの方へと向くも、彼女も肩をすぼめるのみ。はぁ、と大きくため息をついて……とたんに鋭く眼を尖らせた。
「さぁーて、そろそろ決着と行きましょうかねぇディム君? だけど援軍を頼むなんて君らしくないねぇ」
すっという音と共に、暗闇からルカリオ……ディムハートがぬらりと姿を現す。右手には波動によって高められた淡い青の気がゆらゆらと揺らめき、いつでも襲えるよう臨戦態勢であった。
その後ろから、グラエナとポッタイシもまた姿を現す。優雅なふるまいの中にも無駄のない歩き方をしており、ワッフルもまたすぐに鉤爪を構える。唸るグラエナ、アッシュの威嚇もあってなかなか一歩踏み出せないが激戦の火ぶたはすぐにでも切られそうな程。
「大丈夫です、あなたとディムとの決戦を邪魔するつもりはありません。我々はただウィカと呼ばれる物を頂戴したいだけです」
「何故ウィカの事を!? ひょっとしてあんたらが「大丈夫、こいつらはゲインとかんけーねぇよワッフルちゃん」
ワッフルの叫びを、ブレイズは憎々しげに遮る。ゲインという単語にポッタイシは僅かに目を動かす。
「こちらはトレジャーハンター
「トレジャーハンター? つまり敵という訳か」
「むしろライバルだな。結成当時から何度も何度も邪魔してくれてホント大変だったんだから、ねぇ……お姫様?」
ブレイズはポッタイシに向かって黒く微笑む。ここで初めてポッタイシの顔が嫌悪に歪んだ。お姫様という単語にかなり反応したようだが、すぐに澄ました顔に戻る。
一方ディムハートはギリギリと歯を食いしばって今にも飛びだそうとしているのを辛うじて留めていると言う雰囲気。ちょっとしたショックを与えればすぐにでも飛び出すという勢いだ。
「お久しぶりですねブレイズさん、いつもうちのディムがお世話になっています。ここにあなたがたが来たと言う事は、ウィカという代物もあると言う事では?」
「残念だけど今回は別目的でね。まぁでも、ないとも言い切れないですけど」
「そうですか。ならば結果は同じです」
ニコリ、と彼女が微笑むと同時に空気が一瞬で変わる。もはや戦いは避けられなかった。
「あなた方を気絶させて、ゆっくりと探すだけです」
「ブレイズゥゥゥゥ!!!」
ようやく出た攻撃許可にディムは“神速”の勢いでブレイズに襲いかかる。スピードに乗った一撃であったが、ブレイズはまたしても九本の鉄化された尾で受け止める、だが今回は全てを受け切れずに若干押し負けてしまう。
ガギィンという音と共にグググっと押しあいを続ける二匹。憎しみによって荒々しい波動を全身から噴き出すディムハート、それを冷静に受け止めるブレイズ。互いの力は拮抗している為お互い微動だにしない。
ワッフルもまた大きく息を吐き、まずはファントムと一緒にコンビプレーを展開しようと彼へと振り向くが……さっきまでいたはずのファントムはどこを探しても見当たらない。驚き彼を探すが、すぐさま“電光石火”の一撃が襲う。
辛うじてバック宙で飛び避けると、アッシュがちっと舌打ちをし空振りした事を悔しがる。
「貴様ごときお嬢様が相手をするまででもない。このアッシュ=グラエナが噛み砕いてやろう!」
アッシュが即座に立ちふさがり、鋭い牙をたててワッフルを噛み砕こうと口を大きく開く。大きく飛び付くように襲いかかる彼の牙は、しかしワッフルに届く事はなかった。
彼の傍を風が吹き抜ける。一瞬見えたのは、黒い体が瞬時に舞い鉤爪が何度も飛び交う事のみ。彼が気付いた時には体中を切り裂かれ錐揉みしながら顔面から地面に叩きつけられていたのだった。
「悪いけどあたし、あなたのようなタイプ好きにはなれないの。御免なさい」
ぐったりと戦闘不能となったアッシュに振り向き、鉤爪に赤い液体を滴らせた状態でニコリと笑うワッフル。あまりの瞬殺ぶりに近くで戦っていたブレイズとディムハートも戦いの手を止めあっけにとられている。
ポッタイシもまた驚いた顔を隠そうとしない。あっけなくやられたグラエナに多少の怒りを覚えるも、そんな怒りなど次の瞬間吹き飛ばされる事となった。
シュ、という音と共にワッフルの姿が消える。思わず声を上げようとした瞬間、喉もとに異様な殺気を覚えた。赤く染まった鉤爪が彼女の喉もとを後ろから刈り取ろうと近づいて来る。まるで一瞬の出来事に全身がしびれ、脳内の警鐘を鳴らすポッタイシは、寸前の所で鋼鉄化された翼で辛うじて受け止める。
振り返ったポッタイシが見たのは、まるで地獄の番人を思わせるような紅い眼をギラギラと燃え上がらせたワッフルであった。とっさに水鉄砲を放ち距離を取ろうとするが相手は必要最低限の動きでそれをかわし一気に攻め続ける。
ポッタイシは後退しつつ、辛うじて鉤爪の攻撃を受け流し続ける。あまりの展開の早さに何度もよろけそうになるが何とかしのぎ切り、ようやくワッフルを遠くへと吹き飛ばす。
今度はポッタイシが攻める。全身に水をまとう高速のアクアジェットで突撃するも、再びワッフルの姿がかき消える。ちっと舌打ちをし技を解いた瞬間に背後からの殺気。
少しだけ背中に掠りつつも飛び避け、水鉄砲で反撃。だがその瞬間にはワッフルは別の場所へと逃げている。まるで常に電光石火を発動させているかのような素早さに攻撃などまるで当たらない。ならば接近戦だと翼を鋼鉄化させ一気に近づく。
ワッフルが反撃するかのように悪エネルギーを込めた辻斬りを発動させる。ポッタイシもまた素早く翼で切りつける。ガギン、ガギンと何度も何度も翼と鉤爪が交錯する。両者の肌に切り傷が増えていくも決め手がないのかなかなか勝負が決まらない。
ギャン、と大きな音と共に両者は大きく吹き飛び、それでも華麗に着地をし、少しの間。互いに大きく息を乱し、相手の動きを窺う。
すっかり見入っているブレイズとディムハート、女同士の強烈なバトルに思わず互いに唾を飲み込む。そしてすっかり忘れられているアッシュ=グラエナは未だに昏睡状態。
お互いがお互いに怒涛の攻めに大きく息を乱すが、ダメージはワッフルの方が大きかった。片膝をついた状態でハァ、ハァと大きく深呼吸をしつつ、仕留め切れなかった事を小さく悔しがる。
「あなた、随分と素早いのですね。流石のワタクシも危なかったです」
「素早さと攻撃力を重点的に鍛えたものでねぇ。お陰で体力や防御の面で大きく不足してしまい、ハァ、こういう事になってしまったのよ」
スタミナ不足……自らのスピードを極めてしまったがゆえに犠牲にしてしまった大きすぎる問題……苦しそうに語るワッフルはふらつく足を奮い立たせ、震える鉤爪をポッタイシへと向ける。
疲労を隠しきれないという事があってもなお彼女が見せたその顔は、まさしく凛々しく戦う戦士そのものであった。ふっと小さく笑い、ポッタイシもまた戦士の顔へとなる。
「面白い。ワタクシの名はスピルカ=P=アルフェチカ、あなただけは直々に倒して差し上げましょう」
「ワッフル=マニューラ、今はしがない便利屋家業をやってる。残念だけど倒れるのはあなたの方よ」
互いに名乗り、ニッと笑う。次の瞬間、鉤爪と鋼の翼が交差し互いに力の限りに戦い始めるのだった――
「……なんつーか、女の子って時々怖いよねぇ」
「まぁその点に関しては同意できるな、残念ながら」
その頃、すっかり観戦モードになっていた雄二匹は苦笑を漏らす。遠くで戦う女戦士達の素早い斬撃の応酬に時折織り交ぜる水と氷のコントラスト。
女性二匹の激しいぶつかりあいを遠くから眺め、どっから持ってきたのかスナック菓子を二匹でぱくつきながら腰をおろしてのんびりとしている。とてもその首を狙い、狙われている同士とは思えない光景だ。
「おめぇも苦労してるねぇ、あんなワンパクおじょーちゃんの執事だなんて、色々苦労もあるっしょ?」
「まぁ、な。前に一度遠くの地方でしか手に入らない名産品を食べたいと言い出した時は、山を越え海を越えて取りに行かされてな。あれは正直死ぬかもしれないと思った……」
「あっはっは、なんか他人事とは思えないなぁ」
見ていて呆れるほどにほのぼのとしている中……ようやくディムハートは「ん?」と疑問に思ったらしく、現在の状況を確認しハッと何かに気づいた。
「ってちょっと待て! 何で俺がお前なんかとスナック菓子ぱくつきながらお嬢様の戦闘を観戦せねばならないんだ!!」
「そう聞かれても、やっちゃってる事はしょうがないでしょーが」
「しょうがなくない! というか貴様も早く立て、戦わないか!!」
「えーメンドクサーイ」
「めんどくさいとは何だめんどくさいとは!! 命狙われているんだぞ、もう少し緊張感を持て緊張感を!!」
「だって命狙われているとは言っても自分より弱い相手だしぃ~」
「てめぇそれを言うか!? だったら今すぐ貴様を殺してやる、首を出せ首を!!」
「きゃーこわーい、だけどそう簡単に首差し出すわけないっしょ~メンドクサイし」
「真面目にやれぇェェェェェェェェェ!!!!」
首元を掴んでグワシグワシとブレイズを振りまくるディム。その流れに身を任せてなるようになってしまっているブレイズ。
遠くの方で戦闘中の雌性二匹も、これには呆れるばかりであった。
「あちらはあちらで、一体何をしているのでしょうか?」
「気にしたら負けだと思うよぉ、多分」
激闘と喜劇が演じられる中、割って入るかのように二組の間の地面からどす黒い影がゆっくりとにじみ出てくる。戦闘中だった四匹はすぐに気付きにじみ出て来た相手に対し戦闘態勢を取る。影のような何かは次第にポケモンの形となっていき、やがて種族がハッキリと分かるようになった。
顔には大きな一つ目、足はなく大きな両腕と腹が口のような特徴のゴースト、ヨノワール。ゴーストポケモンの中でもかなり上位に位置するポケモンである。
はさみうちの形で四匹はヨノワールを睨むが、ヨノワールは一向に動きを見せない。無言どころか息すらもしてないんじゃねと疑問に思うほどに身動きをしない。
そのまま時間だけが経過し三分が経過。三分って意外と長いんだよねぇーほらカップラーメンとかで三分を図ってみると意外となかなか……という話は置いとき、流石にイライラとしだすディムハート。右手をギチギチと握りしめて今にも飛び出しそう。
「こいつ、何をたくらんでいるんだよ!」
「ひとまず戦う意思はなさそうだけど、ちょっとでも動いたら」
ブレイズがゆっくりと前足を動かす。その瞬間ヨノワールがギロリと彼を睨む。あまりの迫力にディムハートは背筋をゾクリとさせるが、ブレイズは慣れているのか平然としている。
「下手に動かない方がいいみたいよ~? こいつ……殺しに慣れた目をしている」
ゾッとするような事をさらりと言う。ディムハートはゴクリと唾を飲み込み、向かいに居るスピルカとワッフルもまた冷や汗を一つ垂らす。
だがその緊迫の時間は突如途切れることとなった。プレッシャーを放ちつつもヨノワールがゆっくりと飛び始める。フワフワと移動し、サッと右腕を払うように振る。
すると如何した事か空中に黒い渦が巻き込み、あっという間にポケモン一匹が入れそうになったのだ。驚愕する四匹をよそにヨノワールはそのまま渦の中へと入っていく。完全に入る前に、左腕だけを出してちょいちょいと手招きする。どうやら付いて来いと言う合図らしい。
「ど、どうするのですかお嬢様?」
「……危険ですが、ここは彼についていったほうが良さそうでしょう。あなた方もそれで宜しくて?」
ワッフルとブレイズも小さく頷く。四匹は闇が渦巻く空間に集まり、ゆっくりと入っていった。
まるで世界がグニャリと変形するような感覚が襲い、四匹はそれぞれ妙な吐き気を覚える。数秒間の間無重力の中を歩くような感じを受けるが、気がつくと先程とは明らかに違うと思われる広場に立っていた。
驚く四匹であったが、すぐ目の前にあるものを見、さらに驚愕する。そこにあったのは、まるで巨人に掘り起こされたのではないかという程の巨大な穴。5、6メートルはあるだろうこの穴は、一体何なのだろうか?
『一年前、この地、石板の力にて、守護されていた』
背後から聞こえて低い声に振り返るとそこにはヨノワールがいた。相変わらず物凄いプレッシャーであったが、その姿はどこか寂しげであった。
『石板の守護が消え、この地に蓄えられた力、暴走。ヤセイ化は進み、さらに危険』
「な、何を言ってるんだ? つーかてめぇは一体誰なんだよ」
思わずディムハートがそう呟くも、スピルカはきつく睨みつけることでそれを叱咤する。思わず小さくなるルカリオなど目に入らないと言った様子で、ヨノワールは淡々と話を続ける。
『我、石板の守護者の側近なり。封じられし力、世界を作りかえる。故に守る。だがそれを果たす事叶わず。一年前、石板を奪われた。石板はこの地のバランスを取る物なり。それを失う、この地が滅びる事に繋がる。ある者の協力により滅びる事は辛うじて避けられた。が、石板を取り戻す事は叶わず』
「要するに、ウィカの力によってここは守られていたと言う事かしら?
『石板の力という認識、否。石板は器なり。石板は封じるのみ』
必要な単語しか語らないヨノワールにイライラとした表情をするもスピルカは問う。だがヨノワールは謎に満ちた言葉を残すのみだった。
思わずポカンとするスピルカとディムハート、ワッフルもブレイズも何が何やらという調子ではあるが、彼らは別の言葉に引っ掛かっていた。
「ある者……そいつはひょっとしてブラッキー種じゃないのか?」
『我その時その場におらず。故に不明』
チッ、という舌打ちをブレイズは零す。ワッフルも心なしか残念そうにふぅっと息を漏らす。
ふと、スピルカがつかつかとブレイズに近寄る。先程のディムハートに向けた異様な殺気をモロに受けるブレイズ。だが動じることなく彼女を睨み、その場に異様な雰囲気が溢れる。
「先程から気になっていたのですが、ゲインさんはどちらに? それに先程から見ても、戦い方が変わっておられている気がするのですが?」
九尾の狐はぷいっと顔を反らす。語る事などないとでも言うような澄まし顔。普段の姿からは考えられないほどに冷静な態度に、スピルカはやれやれと言った感じでかぶりを振った。これ以上は無駄だと判断したのだろう。
「ゲインさんはもう少し情報をいただけたのですが、あなたは本当に口が堅いのですね。もう少しヒントをくれるなりしてくれても」
「――生死不明だ」
ポツリと、本当に聞き逃しそうになるほど小さな声で、唐突に狐は語る。思わぬ情報にスピルカとディムハートは目を丸くし、ワッフルも度肝を抜かす。
どういう事かとスピルカが問いただそうとするも、ブレイズはスタスタと歩き出し一つの蒼い球を取りだした。
それは不思議玉と呼ばれる、様々な魔法的能力を封じ込めた道具の一つで穴抜けの球と呼ばれるものだった。これを使用するとどんなに深いダンジョンであろうと一瞬で生還が出来ると言う素晴らしい効果を持っている。
その球を出したと言う事は、やるべき事は一つだけだった。
「ヨノワールさんよぉ、最後に一つだけ聞くぜ。確かてめぇ守護者の側近って言ってたよな。守護者様は一体どこにいんだよ」
『――犯人を追い、行方知れず』
それだけを聞くと、ブレイズは球の力を開放した。眩しい光が辺りを包むと同時に、ブレイズとワッフルはその場から姿を消してしまったのだった。
残された二匹は暫く立ちすくんだままであったが、スピルカもまた穴抜けの球を取りだした。もうここにいても何もないと踏んだのだろう。
「ウィカと呼ばれる物、どうやら世界を制する力を持つ物と見受けました。もしそれが八つ全てそろった時、どうなるのでしょうか?」
『悪しき魂に渡った時、崩壊』
その言葉を聞いた後、スピルカとディムハートもまた光の中へと消えていく。
残されたヨノワールは背後から染み出るように出て来た影に目を配り、小さく頷く。影もまた頷くと同時に両者はそのまま影の中へと染み入るように入っていった。
まるで今までそこにポケモンがいた事などなかったかのように、広場は再び静寂を取り戻したのだった。
「既にその島の石板はなくなっており、兄ちゃんの行方も不明のまま。何故かファントム君も行方が知れず現在ワッフルが捜索中っと……報告おつかれ様」
「はいアリガトさん。まぁ、それはいいけどさぁ」
数時間後。夕日が綺麗に見えるようになった頃にブレイズとワッフルは無事アジトへと戻り、アイスに報告をしている所であった。ワッフルは先にある通りファントムを探す為にそのままフラリとどこかへ行ってしまったので報告しているのはブレイズだけではあるが。
すっかり元の調子に戻ったブレイズはさっきから何かを突っ込みたそうにそわそわとしている。何故かと言うと……。
「な~んで全身虫にさされたみたいになっちゃってんの?」
「……出来れば触れないで」
アイスの体は至る所赤い斑点だらけととても痛々しい姿となっていたからだ。夕飯の準備をしているポトフも包帯を色んな所に巻いて何だか弱っているように見えるし、同じく赤い斑点が目立つプリズムもさっきから遠くで黙ったままというのも少しだけ不気味に見える。
パフュームの姿が見えないが、アイス曰く虫さされに効く薬を調合してくれているらしい。何があったかを聞きたいブレイズであったが、正直心身共に疲れている状態でツッコミとして全身凍結は流石に死んでしまうと脳内で判断し、口をつぐんでおく。
重いため息を一つ零して、アイスはムスッと顔を歪める。結局何も収穫がなかった事に残念と思っているらしいが、しかしそう落ち込んでもいられないのも現状であった。
一番の問題は、石板がごっそりと無くなってしまった事に他ならない。一年前に一体何があったのかも定かではないし、ヨノワールの語った石板は器という言葉も不気味であった。どのようにとっても正解に見えるその発言は一体どういうことなのか? 途中でいなくなったファントムも問題だが、商売敵とも言えるブルーローズナイトと呼ばれるトレジャーハンターについても考えなければならない。
問題だらけの為に出てくるため息を殺し、ふとアイスが思いついた事はディムハートと呼ばれるルカリオについてだった。
「一度ルカリオに襲われているあんたを見た事あるけど、あれはそういう事だったのね。だけどどうして襲われてるの? 理由あるんでしょ勿論」
「その事についてはまたいつかね。俺様も昔はヤンチャだった……って事で」
今でも十分ヤンチャでしょうがとアイスは愚痴を零すが聞こえていないらしい。トントンと奥から聞こえる包丁の音のみが聞こえ、プリズムもやっと機嫌を直したのかこちらにテコテコとやってきた。
そんな中、呑気にお茶をすする者が一匹。椅子に座ってまったりとしている彼は、一体何時からいるのかすっかりと馴染んでいる。
「どうも石板と中に入ってる力の関係がよく分からないね。何かもっとこういい情報源があればいいんだけどなー」
「何でここにあなたがいるのですかレアス社長……あまりに馴染んでいるので深くは突っ込みませんけど」
アイスの呆れたような問いに、乾いた笑みを浮かべる蒼海の皇子。どうもあまりに仕事がきつくなってしまい、カクレオン達に内緒で逃げて来たそうだ。社長が逃げて大丈夫なのかと問い詰めたいところだが、彼曰くたまにはゆっくりと休みたいんだよ、であった。そんな理由で逃げ出すのもどうかと思うが、最近なにかと多忙でいくら伝説の力を持つとは言っても辛い時は辛い、というのがレアスの意見だ。
いい加減だなぁ~、と漏らしたのはプリズム。恐らくウィカの件に大きく関わっているだろう彼はレアスを見るのは今回で二回目であったが、既に打ち解けているようだった。元々レアスが他者と交流する事に長けているマナフィ種であると言う事ももちろんあるが、プリズム自身も相手の種族などを気にしないおおらかな部分が大きいと言うのもあるだろう。
そんな事情はとりあえずおいといて、レアスはズズーっとお茶を飲み、ほふぅと小さく呟く。あまりにほのぼのとした光景だが、色んな事を考察していたらしくしみじみと口を開く。
「一度、雷鳴ヶ原に様子見に行ってみた方がいいかもしれないね。あそこの石板も結局行方知れずだから、ひょっとしたら何か変化があるかもしれないし」
「それって、僕の故郷がなくなってるかもしれないって事?」
「まだ何とも言えないね。アイスちゃんもそれでかまわないでしょ?」
コクリと頷き肯定するアイス。彼女の目的である兄探しが再び振り出しに戻ってしまった以上、レアスと共にウィカの謎に迫る事こそが兄を捜す唯一の手段であった。
ブレイズは面倒そうだなぁとぼやきつつ、二階へとのぼろうとしたその時であった。突如玄関がバタンと開き、何匹ものカクレオンがどかどかと踏みこんできたではないか。
全員がぎょっとするなか、レアスがブレイズの九本の尾の中に隠れるようにもぐりこみ、何とか逃げようと必死になっていた。
「見つけましたよ社長! そんなとこに隠れてないでいい加減にお戻りください!!」
「嫌に決まってるでしょ! あんなとんでもない量の書類をどう一人で捌けっていうの! 僕を殺すつもりなの!?」
「あなたがいないとキルリア達が仕事にならないんですよ、分かってください!」
「だからって億単位の書類を何とかしろと言われても無理だって死んじゃうって! 何で毎日毎日仕事してるのにそんなに溜まっちゃうんだよ理解できないでしょ!!」
「ていうか何で俺様の尻尾に隠れるのよ!? ちょ、やめ、毛を引っ張るなぁ!!」
ブレイズを中心として、レアスとカクレオン達が帰る帰らないの大騒動。終いにはレアスが九本の内の一本の尻尾にしがみ付いて離れなくなり、それをカクレオン達が引っぺがそうと躍起になる始末。
無論しがみ付かれているブレイズにダメージが全部行く為にブレイズも必死にレアスを振りほどこうとするが、そこはやはり(?)伝説のポケモン、がっしりと掴んで離そうとしない。
突然の騒動に目を丸くするのはプリズム。ギチギチと怒りを噛み殺すアイスはいつ爆発してもおかしくなさそうにしているがぎりぎりで何とか押さえつけているようだ。
「ねぇアイス姉ちゃん、何時もこんな感じなの?」
「違うと叫びたい……」
一方こちらはスピルカとディムハート。屋敷に戻ってそうそうポチエナ達を全員呼び出し、真剣な表情で指示をしている所であった。
「13番から20番はレアスの動向を逐一報告するように、出来るのならば直接会えるようアポイントメントをとっても構いません。とにかくレアスに出来るだけ近づいてください。残りの者はウィカの情報を可能な限りかき集める事。宜しいですか?」
『分かりましたぁー!!』
幼い声で叫ぶと同時に全員が敬礼をする。ポチエナ三十匹以上の敬礼という異様で可愛らしい光景ではあったが、それでもなかなか様になっているのは経験則の多さであろうか?
すぐにちりぢりとなるポチエナ達を見送った後、スピルカはふぅっと息を漏らして椅子に座る。すぐにディムハートが紅茶を差し出してくれ、それを受け取って一口。
満足そうに微笑むと、彼女は誰に語るでもなくポツリポツリと語りだす。
「どう考えても手に負えるようなお話ではありませんが、
コクリと小さく頷くディムを片目に捉え、スピルカは再び紅茶を口に運ぶ。と、先程散り散りになったはずのポチエナ捜索隊の一匹がこちらへとダッシュでやってきた。
ハァハァとかなり荒い息であるが何とか敬礼をする。やけに早く帰ってきたポチエナにスピルカもあまり良い顔をしないが、完全に息が上がって幼狼はなかなか話す事ができない。
「さ、さんじゅういちばん……ぜぇ、はぁ、ずいまぜん、ずごじ、ぎゅうげいを……」
「どうしたのですか?」
「ず、ずいません。アッシュ隊長をごぞんじありませんか? 先程から姿が見えないのですが……」
「「――え?」」
ビュゥゥゥゥ、と風が通り過ぎる。あまりに唐突な事に、時間が若干止まってしまう。まるでマンガのような展開。
ようやくでた一言に、ポカンとした顔をするペンギンと犬執事はどんどんと顔を青ざめさせていく。……その後どうなったかは、あえて語らない。次回語る事が、あるかもしれない。ないかもしれない。
プリズム「次はもっと活躍したいよー」
アイス「それは作者に頼むしかないな。コメント待ってるから酷評でも何でも書いてくれると嬉しいよ」
スピルカ「行方不明の方お二人の安否は次回に持ち越しだそうです。もう少しちゃんとしてほしいですわね」