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Honey-Moon

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この作品は、2022年4月30日に開催された「けもケット11」にて頒布されたイン〇レオン受けアンソロジー「うちぬいて」に寄稿した作品です。
主催より原稿の公開を許可されたため、pixivに続きこちらでも公開致します。
本として手に取ってくださった皆様には厚く感謝申し上げます。

Honey-Moon 


 視界一杯に広がる深緑。鬱蒼とした手付かずの自然が残るジャングルを見回しながら歩く、エースバーンとインテレオン。
「まさか君がこんな所を知っているなんて思いもしなかったよ」
 次々に現れる年季の入った大きな木々に目を見張る、背の高いインテレオン、その名はレオン。
「知ってるっつーかココで生まれ育ったオレのチームメイトが教えてくれたかんな!」
 無駄に得意気にしている大柄で筋肉質なエースバーン。名前はジョージ。所属しているポケモンサッカークラブでエース級の活躍を続けるフォワードである。
「ホントはアイツがこの森を案内してくれりゃ手っ取り早かったんだけどな」
「試合があるなら仕方ないでしょう」
「ま、代わりに案内してくれるってヤツがいるらしいから、まずはソイツを見つけようぜ!」
 と、目を凝らして案内役を捜し始める。種族は何かとレオンが訊くと、ジョージは即座にフライゴンと返した。フライゴン自体割と珍しいからすぐ見つかりそうな物だが、この緑の多さでは案外目立たないのかもしれない。兎にも角にも、そのフライゴンを見つけなければ広大なジャングルで迷いかねない。捜すのに夢中になる余り明後日の方向へ行きそうになるジョージを、レオンは長い尻尾で巻き付けて制止した。引き寄せると不意に密着して、目が合ってしまう。大柄なエースバーンとて大柄なインテレオンの前では自ずと上目遣いになり、イケメンと称される顔立ちであっても、その目線に愛くるしさを覚えてしまう。ましてや炎タイプの高い体温が細身の変温な体に伝わり、レオンは不意に紅潮する。ジョージもそれに釣られて頬に紅が差した。

「あの、ジョージさん、ですか……?」
 突如耳に飛び込む聞き慣れない声に、ビクッと身を強張らせる。ジョージは全身の毛が逆立ち、レオンはその中でも尻尾の刃を出さないよう必死に抑えた。そそくさと距離を取るふたり。その声の主は、正しく捜していたフライゴンだった。オーバーリアクションに戸惑いを隠せないようだが。
「お、おう、そうだぜ……ビックリした……」
「あぁっすみません! 周りが葉っぱとか苔ばっかりでどこにいるかわからないっていつも言われるもので……!」
 冷や汗をかきつつぺこぺこ頭を下げているフライゴン。赤い模様はあれど、確かにこれは緑に溶け込んでわかりづらい。呆然と見つめる中、喉を鳴らして改まった。
「初めまして、フライゴンのライトと申します。ジョンからこのオコヤの森の案内を任されました。よろしくお願いします!」
「オレはジョージ! ジョンのヤツにはいつも世話になってるぜ、よろしくな!」
「初めまして。僕はレオン、どうぞよしなに」
 挨拶を交わすなり、案内役のライトが早速核心を突いてきた。
「ジョージさん、結婚おめでとうございます! 新婚旅行と伺いましたが、もしかして……」
「コイツがマイスイートハニーだぜ!」
 満面の笑みを浮かべ、白く逞しい腕で背の高い伴侶を抱き寄せた。一方でレオンは赤面して狼狽える。お熱いですね、とライトもにっこり。
「あなた方にとって最高の思い出になるように、ぼくも頑張ります! さあ行きましょう!」
 張り切って一足先に進むライトに、ジョージ達も付いていく。広大なジャングルともあって、見回すと至る所にポケモンがいる。しかも彼らはみんな穏やかで、他所からやって来たジョージ達に対して警戒しない者も多い。森が豊かな証拠なんだなと、感心するレオン。主な食糧となる木の実も、場所によりけりではあるが、視界に入るだけでも所狭しと実っている。ライトに好みの味を聞かれ、答えると彼は即座にもぎたての木の実を手渡す。やんちゃなジョージにはフィラの実、れいせいなレオンにはウイの実。同時に齧ると即座に芳醇な味わいが口内に広がった。
「うめーーーーーっ!!」
 満面の笑みで歓喜の叫びを木々に響かせるジョージ。
「これは驚きです! 柔らかな果肉に噛み締めると果汁が溢れ出す瑞々しさ、メインの渋味も強く感じながらしつこ過ぎず、寧ろほんのりした雑味によって引き立てられている……」
 レオンはプロ顔負けの食レポを交えつつじっくり味わっている。
「お気に召したなら何よりです」
 マゴの実を頬張るライトもご満悦。そのまま張り切って案内を続ける。新婚旅行である事を考慮してか、景色のいい場所や比較的静かな名所を中心に紹介するライト。とはいえこのオコヤの森は広大だ。絞りはしたけどそれでも数が多いと、ライトが苦悩を零す。色々回る最中、レオンはさり気なくジョージに手を伸ばす。だが彼はフィラの実を食べるのにすっかり夢中になっていた。何も言わないまま手を引っ込める。
 途中、ライトの知り合いのビークインに会い、ミツハニー特製のあまいミツを堪能する。極上の味わいにジョージが喜ぶ一方、甘い物があまり好きではないレオンは指に蜜を少し残す。どうぞ、とその手指をジョージに差し出すと、嬉々としてそれを舐め取った。その姿を、レオンは穏やかな顔で見つめていた。
「ありがとな!」
 ようやく解放した涎塗れの黒い手指を、レオンは洗う事なくそのままにした。そして時々愛おし気に目をやる。
「そういえば、お二方はトレーナーのポケモンですよね? トレーナーは今どうしてます?」
 ライトに尋ねられてはっと顔を上げるレオン。
「マスターは森のキャンプ場で、僕らの仲間と一緒にテント張ってますよ」
「オレらの邪魔したくねーんだと。今頃カレーでも食ってんじゃね? なぁ」
 突然ジョージに話を振られたレオンは、そうだね、と相槌を打った。あのキャンプ場なら隣接するミリーファタウンで買い出しもできるので、困る事はないだろう。
「ふふ。お二方で水入らずですね。ぼくの案内が、特別な時間の一助となれば幸いですよ」
 ライトの優しい笑みに、思わず彼らの表情も綻ぶ。その足は、森の更に奥へと向いていた。
「馴れ初め、聞いてもいいですか?」
「おう、コイツぁオレのセ……」
 ジョージが何か言い掛けた所で、咄嗟に尻尾を巻き付けて口を塞ぐレオン。そのままライトと距離を取り、少しばかり不機嫌な様相で囁いた。
「ジョージ! 見ず知らずの者の前で僕が君のセフレだった事は軽々口にしないでくれ」
「あーわり、やらかすとこだったぜ……」
 苦笑いして頭を掻くジョージを見下ろし、溜息を漏らした。案の定、ライトが訝しんでいる。生きるためにオスに体を売っていた孤児のメッソン、レオンと関係を持った事がきっかけで、ジョージと共に暮らし始めた。そのジョージも訳アリで、母子家庭で育ったが、時に父親代わりになった母の友達でゲイの近所のお兄さんに恋をして、勢いで童貞をも捧げた。だが彼には既に伴侶がいて失恋し、心に傷を負ったまま家を飛び出した挙句、肉体的快楽を得るために多くのオスと交わる日々を送っていた。そんな過去を、如何わしい要素を抜きつつライトに告白した。ほぼ一緒にポケモントレーナー、カゲロウの手持ちとなり、才能を見出されてポケモンサッカーチームに入ったジョージをレオンが密かに支えてくれたお陰で、ジョージは苦境に立たされても乗り越え、心の枷となっていた近所のお兄さんに再会して思いを伝え、実らずとも過去との決別を果たせた。レオンに感謝を告げ、自然な流れで結婚に至った、という訳だ。
「なかなか大変だったんですね……」
 ライトは頷いて感心しきりだった。
「今も大変ですけどね……」
「あ? どこがだ?」
「元気な君にいつも振り回されてるんだよこっちは」
「オレは元気が取り柄だかんな!」
「そういう意味じゃなくて……」
 やれやれと大息をつくレオン。何かを察したのか、ライトはニコニコしながら彼らを眺めていた。


 引き続き森の奥へと足を運ぶと、レオンが突然立ち止まり、ぽつりと呟く。
「水の匂いが、違うね」
 オレわかんねえ、とジョージがひくひく鼻を鳴らす。程なくして、その答えが眼前に広がった。階段状に広がる大小様々な泉に湛えられた水は、ほんのり薄紫色とも空色とも付かない、螺鈿細工の輝きを放っている。随所に苔むした途轍もなく大きな根が張り巡らされ、感嘆の息を漏らす程の絶景を作り上げていた。せせらぎと木の葉のそよぐ音以外何も聞こえず、これまで回ってきた所とは違う空気感を、流石にジョージも感じ取った様子。
「すごいでしょ? ここは治癒の泉といって、名前の通り水に体を浸けたらあっという間に傷が治るんですよ。ぼくのイチオシの場所です」
「ほえー……」
 ジョージは水辺で四つん這いになり、水面に顔を近づける。再びひくひく鼻を動かすと、やっと匂いの違いを知覚できた様子。すると突然、顔面に水がかかる。
「ぶえっ!?」
 聞いた事のない変な声が上がる。体を起こすと、レオンがにんまり笑っている。こう見えていたずら好きな一面がある。
「よくもやったなオマエ!」
 ムキになったジョージがレオンに水をかける。負けじとレオンもやり返す。静かな空間に、彼らのはしゃぎ声が響く。大人気ない戯れにライトは唖然とするばかり。
「うわっ!?」
 濡れた地面に足を滑らせたジョージ。抜群の運動神経をしても立て直せず、道連れにレオンの腕を掴んで二匹同時に泉に身を投げ出した。大きな飛沫が上がり、再び訪れる静寂。先に水面から顔を出したのはジョージ。
「とんだ目に遭っちまったぜ……」
 ずぶ濡れになったせいか、大きな耳が少し寝ている。遅れてレオンも顔を出した。ジョージの白い頬がぷくっと膨れる。
「ったく、オマエのせいだかんな!」
「ごめんごめん」
「あの……大丈夫ですか?」
 険悪な空気になり掛けた所で、ライトが絶妙なタイミングで身を案じた。
「僕は大丈夫です」
「オレも……ってあれ、なんか疲れが取れてる気がする!」
 早速効能を実感したジョージ。
「水に浸かってもヤな感じがしねーし、すげーなこの泉!」
 喜びに水面を叩く横で、レオンは水を観察して一口飲んだ。途端に目の色が変わる。
「この水に含まれる成分って何ですか?」
「レオンさんなら訊いてくると思いました。案内しますね」
 二匹は泉から上がって水気を飛ばし、再びライトの後をついていく。木々の切れ間がある所で立ち止まり、上方を指した。見上げた先に映り込んだのは、これまで見てきた物とは一線を画す、超巨大な一本の大樹。絡み合って幹を形作り、やがてお洒落なテーブルの如く上空へ向かって美しい曲線を描きながら広がる無数の枝。その広がりの付け根から、そよ風に靡くビロードの長布と喩えるに相応する程美しい大滝が、映る範囲だけで何本も形作られていた。見上げる彼らはあっと息を呑む。無論ここまでの大樹は見た事すらない。
「すごいですよね。神木(しんぼく)と呼ばれていて、このオコヤの森の中心に古くから聳え立っているんですよ」
「あの木から流れ落ちているのが……」
「ええ、治癒の泉の水はあの神木から流れ出した水です。根から吸い上げた水に木の成分が溶け込んでいるようです」
 結局の所、どんな成分かは具体的には解っていないそうで、自然の神秘をまざまざと実感させられる。
「いやー。この水でカレーとか作ったらリザードン級間違いなしだな!」
「ええ。しかしながらライトさん、流石この森に棲んでいるだけあってお詳しいですね」
「滅相もないです! けど、この神木と治癒の泉については、ザルードが教えてくれました」
「ザルード?」
 聞き慣れない名前に、一斉に首を傾げる。ライトによれば、昔から神木を棲み処にしてきた猿ポケモンで、つい最近までは神木から大きく離れた場所の治癒の泉ですら、縄張りだからと立ち入る事すらできなかったという。とはいえ今でも、滝のある辺りは棲み処があって立ち入ってはならない。
「――今こうして自由にここを訪れられるのも、ぼくたち含めてこの森に棲む者全てがみんな仲間だと説得して、閉鎖的なコミュニティを開放してくれた一匹の『ザルード』のお陰なんです。不思議なことに、それを境にこの森はさらに豊かになりました」
「こうしてオレらがこの森でハネムーンできんだから、そのザルード様に感謝、だな」
「ええ、本当に……」
 神木から流れ落ちる奇跡の水を眺め、思いを馳せた。最後にとっておきの場所を案内したいと、ライトが歩き出す。治癒の泉から一旦離れ、進んで行くと上り坂になる。体力を要する場所だが、泉に体を浸した彼らなら難なく進めた。坂の途中に口を開ける洞穴を指差し、ここが棲み処だとライトがにっこり。そこから更に上って行くと、やがて少し開けた場所に出る。高台になっていて、先程見上げていた神木が一望できる。
「素晴らしい眺めですね!」
 レオンが目を輝かせた。丁度南向きに開けていて、燦々とした太陽が森の緑やビロードの滝を煌めかせている。
「でしょう? 昼間もいいけど、おすすめは満月の夜です。真上に昇った月と、月明かりにきらめいてほんのり浮かぶ神木、ほしのすなのような輝きの滝は是非、お二方に見ていただきたいです!」
「満月も近いですし、間違いなく最高の一時を過ごせそうです」
 目を瞑り、その情景を脳内に浮かべる一方で、ジョージはそんなレオンと高台の眺望とを交互に無言で見つめていた。
「……さて、ぼくの案内はここまでです。この深く広大な緑に囲まれて、ふたりの特別なひとときを過ごしてください。何かあれば、さっき教えたぼくの棲み処に来てくださいね」
「あざっす!」
「ありがとうございます!」
 ライトは手を振りつつ、高台から飛び立つ。神木を背にした雄大な飛翔は、彼らの目を釘付けにした。その姿が見えなくなるや、再び見つめ合う。
「早速今晩ここに来ようぜ」
「そうしようか」
 レオンはふっと優しい笑みを浮かべた。



 日没を迎え、空が次第に茜から紺青へと塗り替えられる中、先程の高台に彼らの姿はあった。
「ふっ、ふっ……ううっ!」
 低く掠れた喘ぎ声に、濡れた摩擦音が重なる。音の主はジョージだった。四つん這いで腰を浮かせるレオンに熱い雄の証を突き入れ、速いペースで行われる抽送は、血気盛んな雄兎ならでは。犯されているレオンは目を細める。
「うあっ! たまん、ねぇや……!」
 内に燻る命の炎を秘め事ならではの心地よさの中で感じつつ、更に激しく腰を打ち付ける。雄のフェロモンが香る汗を含んで体毛がへばり付き、ポケモンサッカーで鍛えた筋肉質な体格が顕在化していた。
「あっ! レオンッ! オレ……!!」
 次第に前屈みになるジョージ。レオンの体内で暴れ回る濡れた立派な火柱は、差し迫る絶頂の中で更に血管や太筋を際立たせて体積を増やす。その根元に充填される熱液が、強烈な快楽を伴って柱の中へ流れ込んだ。
「イクッ!! ウオォォォォッ!!!」
 根元まで押し込み、引き締まった隆々な肉体がわなわな震える。蹂躙されたレオンの体内に、止めとばかりに流し込まれるねっとり濃厚な白濁。体格に対して大きなジョージの睾丸に見合う多量振りで、泡立つ結合部から溢れて白い糸を垂らす。ドクドク脈打ちながら伴侶の中に漏らす快感を、精悍でありつつも爽やかな顔立ちに表出する。
「フゥー……普段シねぇ場所だとゾクゾクするぜ。なぁ」
 レオンに声を掛けるが、反応がない。
「なんだ? もっかいヤろうか?」
 二回戦を決め込もうとするや否や、レオンが長い尻尾をジョージに押し当てる。力が込められ、拒んでいるのは明白だった。
「んだよ? オレのテクが不満か?」
 流石のジョージも機嫌を損ね始める。レオンは自ら前進して結合を解き、開いた穴から白濁が滴り落ちるのも厭わず立ち上がる。その目は細いままで妙に据わっていた。
「……僕がずっっっっっと冷めてたの、わかる?」
 妙に無機質な言い回しが、熱を奪われていく雄兎の体を更に冷やす。交尾中ずっと反応が薄かったのは流石に気付かない筈がなかった。
「だ、だからオマエを気持ちよくしてやろうとオレなりにがんばって……」
「そういう事じゃない」
 ジョージの大きな耳は、声色に募る苛立ちを捉える。冷静沈着で、交尾以外では滅多に感情の乱れを見せない彼の異常事態に、ジョージは冷や汗を垂らした。
「ここに来た途端にセックスなんて、無粋過ぎてなんで君と結婚したのか解らなくなってきたよ」
「んだよ……何が言いてぇんだよ!?」
 レオンの言葉が意に介せず、ジョージは声を荒げてしまう。レオンは俯き、長い息をついた。
「結局僕は君にとってセフレの延長線なんだなって思い知ったよ。君と家族になるんだって喜んでいたのに、これじゃあ家族になんてなれやしないよ」
「レオン……オレはどうすりゃよかったんだよ? 教えろよ!」
 詰め寄ってくるジョージを、レオンはそっと突き放す。
「……ずっと一緒にいるのに、僕が何を求めているのかも察せられないなんて、がっかりだよ……がっかりだよ!!」
 レオンは声を震わせ、走り去ってしまう。余りの急展開に呆然と立ち尽くすジョージ。しばらくして体は冷え切ったが、無性に沸き立つ怒り。
「なんだよ! なんだってんだよ!? わかんねーよ! わかんねーよ!!」
 やり場のない怒りを地団駄に乗せ、すっかり闇に呑まれたオコヤの森に荒々しい足音が響き渡る。空に浮かぶ月はもう少しで満ちるが、広いジャングルを照らすには些か及ばない輝きだった。



 ジョージの姿は、キャンプ場にあった。テントの前で、カゲロウがカレーを作っている。オコヤの森周辺で穫れた木の実やハーブの香りが、食欲をそそる。時折カレー鍋を横目で見つつ、体育座りで蹲るジョージ。
「そりゃおめーが悪いぜ?」
 世話がないと言いたげに溜息をつくのは、ガラルの旅路の仲間の一匹である、タチフサグマのヘンリー。こう見えてかなりの真面目だ。無論ジョージの臭いで事に及んだ件も分かっている。
「ちゃんと向き合ってレオンのことを知ろうとしなかった。だから思いがすれ違っちまったんだな。わかるか?」
「っせーよ! わかってっからなおさらイライラすんだよ!」
 タチフサグマにも負けない険しい顔つきで、ヘンリーに対して声を荒げる。その辺にしておけ、と睨み合う彼らを静かに制止したのはアーマーガアのトト。鋼の翼でそっと白い背中を撫でる。カレーが出来上がり、カゲロウが夕飯を告げる。
「カレーができたぞ、とりあえず食え」
 トトに唆されてテーブルに座る。皿にターメリックライスを盛り、カレーをかける。手持ちポケモンに合わせて盛る量を変えつつテーブルに並べていく。ジョージの前に出されたカレーは皿に見事なまでの山盛りだ。スポーツをやるだけあって、引き締まった体格ながら大食いである。
「……いただきます」
 ジョージは一気に貪る。カゲロウ含め、一斉に目が点になる程の自棄食いだった。
「……おかわり」
 ぶっきらぼうに皿を突き出す。ぽかんとしていたカゲロウが我に返り、手早くカレーを盛り直す。それを衰える事のない勢いで、ジョージは食らい尽くした。
「……寝る」
 周囲に生えた深草を毟って敷き詰め、その上で横になり、そのまま眠った。
「レオンに突き放されたの、相当堪えてるね」
「だろうな。自分が助けてやったって思い上がってんだろうよ」
「それもあるかもだが、恋とか愛とか、長い間そういうのに距離を取って来たから仕方ないだろうな。それ抜きにまずはレオンに謝れって話だが」
「いや、今はゆっくり頭を冷やした方がいいと思う」
 寝息を立てるジョージを眺めながら、ひそひそ話を続けるカゲロウ達。彼が心に傷を負い、その後遺症に未だ苦しめられているのは、見ていて身に詰まされる物があった。


 一方でこちらはライトの棲み処。入口でライトに抱き着き、嗚咽を漏らすレオン。突然の出来事に頭の整理が追い付いていないながらも、レオンの背中を摩った。
「と、とにかく中に入りましょうか」
 泣きじゃくるレオンの背中に腕を回し、棲み処へと招き入れた。レオンは初めて、ライトに本当の過去を包み隠さず吐露した。そしてジョージへの不満を一気にぶつけた。それを嫌な顔一つせず聞き入れるライト。一言も発しない代わりに、細い体を優しく抱き締めた。零れる涙は滴り落ちて地面を濡らし、夜が更けていく――



 夜明けのオコヤの森は、雨だった。目を覚ましたジョージは身を震わせて毛皮に含んだ水分を飛ばす。
「おはよう」
「……うっす」
 低くもか細い声で挨拶を返す彼は仏頂面。カゲロウはそれ以上声を掛けず、朝食の準備に取り掛かった。ストレッチをしてからその辺の小石を爪先に乗せて転がすが、水気が多過ぎて着火に至らない。どんよりした空に向かって全力で蹴り上げ、俯きがちに大きく溜息をつく。
「いてっ!」
 蹴った小石が嘲笑うかの如く、頭の分厚い赤毛と白毛の合間の薄毛に直撃する。言いようのない苛立ちに襲われ、踏み付けてやろうかと足を振り上げたが、カゲロウの朝食の一声が耳に入ってどうにか踏み止まった。木陰に置かれたテーブルに、マフィンと野菜たっぷりのポタージュが並べられる。みんな揃って椅子に座り、食べ始めた。この日もジョージの食べる勢いは凄まじく、沢山皿に盛ったマフィンがあっという間になくなった。熱々のポタージュも、これぞ火傷知らずの炎タイプとばかりに一気に飲み干し、椅子から立ち上がった。
「……レオンに会いに行くのか?」
 静かに問い掛けるトト。ジョージはゆっくり首を横に振った。
「……そうしてぇトコだけどよ……」
 振り向いたジョージの顔は、普段の元気でやんちゃなオーラが影を潜めていた。
「なんだよ? さっさと謝っちまえば済む話だろ?」
 ヘンリーの言葉に刺激されたジョージが、途端に表情を険しくした。
「なんでアイツが突き放したのかまだわかってねぇのに謝って解決すると思うか!?」
「それは理解してねぇお前が――」
「はいヘンリーは黙って!」
 カゲロウが咄嗟に機転を利かせてボールに戻す。ジョージは背を向けたまま舌打ちする。
「言い分はわかる。オレがイライラしてんのはレオンにじゃねぇ、アイツのコトを全然わかってなかったバカな『オレ』になんだよ……畜生……!」
「ジョージ……」
 カゲロウはゆっくり歩み寄り、雨に濡れた頭をそっと撫でた。
「自分の非を認めて、解決しようと頑張ってる時点で、決してバカなんかじゃない。今ここで自分自身やレオンと向き合い、もがいて出した答えは間違いなくお互いのためになるはず。心からレオンを大事に思ってるなら、それはちゃんと伝わるよ、絶対」
「ありがとな。ご主人……」
 ジョージはそのまま森へと走り去る。無言でその姿を見つめるしかできなかった。


 それから数時間して、キャンプ場に戻って来たずぶ濡れのジョージ。カゲロウは買い出しで留守にしていた。テントの中にいるのは、猫ポケモンみたいに気まぐれな大食いで太めのカジリガメ、ジョナサンだけだろうか。
「はぁ……わっかんねー」
 嘆息をつきつつ、木陰の椅子に座った。


 ――ぶーっ!


 響き渡る汚い音。釣られてジョナサンが笑い転げる。立ち上がって椅子を見ると、座面に何かが置かれていた。それを雑に掴み、雨に濡れた地面に叩き付ける。
Mae'n ddrwg gen i(ごめんなさい)
 ガラル語(English)とは違う土着言語(Cymraeg)を喋りながら、テントから出てきたのはリザードンのズライグ。ガラルの先住民族文化が色濃く残る地域出身の、キョダイマックス個体である。ジョージ達に輪を掛けたいたずら好きで、その際大抵みんなが解らないのをいい事に母語の土着言語で喋る。ブーブークッションは彼のいたずらの常套手段の一つ。しかし今のジョージにはただ癪に障る物でしかない。
「ざっけんじゃねーぞ!!」
「あわわ! ごめんなさいごめんなさい落ち着いて」
 おっとりした口調で必死に宥めて、どうにかジョージの怒りを鎮めたズライグ。彼もジョージが思い悩む事情を薄ら把握していた。
「答えはまだ見つかりませんか?」
「あぁ……オレの何が悪かったのかてんでわかんねぇ」
「そうですか……。まあ、焦ったところで見えるものも見えなくなりますし、深呼吸でもしましょうか」
 ズライグが隣の椅子に座り、湿度の高い森の空気を吸い込んで、湯気と揺らめく陽炎を吐き出す。


 ――オマエとだったら……「家族」になれるかもしれねぇ……


 近所のお兄さんに対する失恋という呪縛に苛まれていた彼が、それを乗り越えた末にレオンに対して告げた思い。
「……やっぱオレ、恋とか愛とか、そういう資格なんてねぇかもな……」
 弱音を吐くジョージの白い背中を、大きな翼が包み込む。
「そんなことないです。もしかすると、わたしの生まれた地で昔から詠われている結婚の誓いなんて、いいヒントになるかと思いますが……」
 ジョージの大きな耳が、ぴくりと反応する。言葉にせずとも、聞かせろと言わんばかりのオーラがズライグに向けられる。目をぱちくりさせてから、ふふっと笑った。
「わかりました。まさか、初めて告げる相手がジョージさんになるとは思いもしませんでしたが……」
「オマエに寝取られる気はねぇぜ」
「わたしもです」
 こほん、と喉を鳴らし、結婚の誓いを紡ぎ出していった。



 一方のレオンは、ライトの棲み処で夜を明かした。外に出て浴びる森の雨は水タイプの彼にとって心地のよいものだが、泣き腫らした目には些か沁みる。後れて起きたライトに落ち着いたか聞かれ、無言で頷く。穫れたての大玉のウイの実を手渡され、齧って飲み込む。水分を奪われた体に果汁が染み渡るような感覚と、口内に広がる絶妙な渋味。ジョージに負けず劣らずの大食いなレオンは、空腹に耐えかねて十個完食した。
「レオンさん、昨夜あなたのお話を聞いた上で、率直に意見してもよろしいですか……?」
 遠慮がちに尋ねるライトに、どうぞ、と頷くレオン。
「あなたのジョージさんへの想いと、彼への不満はよくわかりました。ですがぼくは、あなたがジョージさんを想い、尽くすあまり我を出さず、なのに彼に変に期待して、思い上がっているようにしか見えません」
 レオンの表情が硬くなった。昨夜ライトに泣き付いた時を思い返す。


 ――僕は選手としてのジョージとパートナーとしてのジョージ、両方の一面をずっと見てきて、彼のためになるように、彼が喜ぶように精一杯やってきたのに……ジョージはセックスばっかりだし、自分勝手で僕が望んでいるものを何も返してくれない……!


 重い口を割って出た積年の想いだった。しかしながらライトは、それをバッサリと切った。
「……昨日、森を案内しつつあなたたちを見ていましたが、一方通行と言いますか、噛み合ってないと思う場面がちらほら見られましたよ。お互いの内面をわかり合ってなければ、ジョージさんだって返したくても返せないのではありませんか?」
 返す言葉もなく、黒い瞬膜が目を覆う。


 ――レオン……オレはどうすりゃよかったんだよ? 教えろよ!
 ――なんだよ! なんだってんだよ!? わかんねーよ! わかんねーよ!!


 宵闇の中で張り上げたジョージの叫びが、半日遅れで鼓膜を震わせた。そして過去の出来事が脳内に押し寄せる。


 身寄りがなく、幼い頃から肩身の狭い思いをする中で、オスにレイプされて初めて感じた、肌が触れるぬくもり。それを求めて体を売り、その報酬の木の実で命を繋ぐ暮らしの中、その場限りの性処理をする一匹のオスとなる筈だったヒバニーから初めて掛けられた言葉。
「オレと一緒に来てくれ!」
 それがジョージだった。それが単に肉欲を満たす都合のいい存在としてであろうと、レオンにとっては計り知れない喜びだった。余りに大きな恩を返したくて、初めはジョージと体を重ねていた。時折他所のオスとまぐわう彼を見て初めて湧いた嫉妬の感情。それを昇華すべく更に彼を求めた。
 それはカゲロウの手持ちとなり、ジョージがポケモンサッカーチームに所属したのを境に、彼への献身的なサポートという形に変化した。お互い進化して姿形が変わっても、変わらず続けた。以前の体を売る生活よりも、遥かに充実していた。それでもジョージは、サッカー以外だとセックスの事ばかり。レオンをよがらせ、涙を流す様を見てはメッソンみたいだとにやついていた。不満もあったが、それでもジョージのためになるならと我を殺し、時には体を以て尽くし続けてきた。事実そのお陰で、ジョージはスランプや、その遠因となった初恋の近所のお兄さんとの心の傷を伴う決別をも乗り越えられた。その傷を癒したのも、レオンだった。
 ある日、ジョージから日々の感謝の言葉の後に、告げられた。
「オマエとだったら……『家族』になれるかもしれねぇ……」
 幼少から様々な家族を目にしては羨んでいた孤児にとっては、赤面してもじもじしつつ口にしたその言葉が、何よりも嬉しい物だった。カゲロウ達とも家族のような仲だったが、ジョージが告げた「家族」は彼にとって格別だったのだ。こうして結婚に至ったものの、ジョージは今までと全く変わらず、理想の家族像とは程遠い現実に嘆いて、今に至る。けどその原因が自分にもあるというライトの言葉が、狙い撃つようにレオンの搔き乱された心を貫いた。
「僕の……せいで……」
 涙雨の中、レオンの背中が震えた。ライトがそっと寄り添う。
「ジョージ……僕に訴えてきました……どうすればよかったんだって……。なのに僕は、突き放してあなたの所へ……!」
 ライトはレオンを胸に抱き寄せた。堪え切れず、胸の中でメッソンの如く号泣する。
「それを聞いて、ほっとしました。ジョージさんもちゃんとあなたに応えようとしているじゃないですか。ならばなおさら、どうして欲しいかちゃんと伝えないとですね」
 そしてレオンの背中を撫でながら、ジョンに教えてもらったという誓いの言葉を口にするライト。その言葉通りの素敵なひとだ、とレオンを励ました。赤く覆われたその目から、零れ落ちる物があった。彼らを濡らす雨は次第に弱まっていく――



 ライトに感謝を告げ、じめじめした森の中を駆けて行くレオン。途中に流れる沢の水で、泣き腫らした目を冷やす。気休め程度だが、源流が治癒の泉とあってか少し楽になった感じはする。そして再び走り出す。木々を抜け、やって来たのはカゲロウがいるキャンプ場。まだ小雨がぱらつく悪天候のせいか、テントを張っているのはカゲロウだけ。そして丁度、太り過ぎのジョナサンのダイエットで檄を飛ばしている所だった。
「あ、おかえりレオン」
 笑顔で迎えるカゲロウ。走り続けて息を切らしたジョナサンが、今だとばかりに座り込んで休憩する。周囲を見回すも、あの姿はない。
「……ジョージは?」
 カゲロウに訊くと、苦笑いを返した。
「森へ行ったよ。僕もすれ違ったんだ。もう一時間くらい早かったら会えたかもね」
「そうですか……」
 木陰の椅子に座ろうとするレオン。座面に置かれたクッションを手早く取り除いてから腰を落ち着ける。面白くなさそうに現れてそれを回収するズライグ。
「ぜえ、はあ……そういえば、ズライグがジョージに……あなたと結婚しますとかなんか言ってたんだな……」
 その場が凍り付く。普段はおっとりしているズライグが珍しく険しい表情を浮かべた。
「ジョニーさん、誤解を生む言い方をしないでください! ウェザーボール撃ちますよ?」
「ひえぇ! 勘弁なんだなぁ!」
 立ち上がってその場を走り去るジョナサン。カゲロウも走れと彼に檄を飛ばした。
「わたしはただ、ジョージさんの助けになるかと思って、わたしの故郷に伝わる結婚の誓いの言葉を教えただけなんですけどね……」
「結婚の誓い?」
 首を傾げるレオンに対し、ジョージさんから聞いてねとはぐらかすズライグ。
「でもさ、それでジョージも何か思うところがあるみたいだから、彼に会ってあげて? 今も森の中でお前を捜してるはずだから」
「……そうするよ。ありがとう、マスター」
 立ち上がり、森へと歩き出すレオン。それを呼び止めたのはカゲロウ。
「……ジョージは決して、お前を蔑ろになんかしてない。彼も彼なりにもがき苦しんでいるよ」
 レオンは大きく頷き、深い木々に姿を消した。


 それから小一時間、オコヤの森でジョージを捜すも、その姿を捉えられないまま辿り着いたのは治癒の泉。先程の雨で水量が増えていた。螺鈿の煌めきが薄い水面に足先を浸け、ゆっくり沈める。そのまま下半身、上半身と冷たい水に包み込む。雨に希釈はされど、泣き疲れた体を癒すには十分。思いっきり顔を浸けて、赤みの残る眼に泉の成分が浸透していくのを感じる。泉の真ん中へとゆっくり進む内に体の疲れはすっかり取れた。けれど心の中のわだかまりは全く取れやしない。樹上から注がれる滝の轟音と、風に揺られて擦れる濡れた葉の音が、湿った空気を震わせてレオンの鼓膜に届いた。
 見回すと、泉に伸びた太く大きな木の根の間に、丁度いい空間を見つける。泉から上がり、そこに身を落ち着けた。足元に寄せては返す(さざなみ)。正面に見える畔から幾重にも重なる大きな木々。こうしている内にようやく心も少し穏やかになれたような気がする。木の根をよじ登って、高い視点から泉を眺める。下流に向かっていくつも段を形成しながら広がる水面。その水を糧にのびのび育った大樹の数々。こんな森に比べれば、自分の存在などちっぽけなものと痛感する。今ならきちんとジョージと向き合え――



 突如レオンの手足に巻き付けられた何か。はっとして振り向くと、黒い体にギラリと光る赤い目、そして体に巻いた蔓が特徴的な複数のポケモンがいた。完全に不覚を取られた。
「てめえ、俺たちの棲み処で何してやがる?」
「棲み処……!?」
 ここでやっとレオンは気付いた。昨日訪れた泉よりも更に奥、滝の轟音が聞こえるこの場所は、正しく立ち入ってはならない神木の根元だと!
「申し訳……ございません……」
 素直に自らの非を詫びた。しかしながらザルードはそれでは満足せず、手足を捕らえる蔓を一層強く締め付ける。水タイプのレオンには効果抜群。
「いくらよそ者でも、この場所のこたぁ聞いてるはずだ。それなりのお仕置きは受けてもらうぜ」
 一匹がレオンの体を(つぶさ)に観察する。そして黒く大きな手が尻尾の付け根に伸び、触れた瞬間に大きく震えるレオンの細い体。
「こいつなかなかよさそうな体してるじゃん」
「ちょうどいいや。こいつで楽しませてもらうとするか」
 ニヤニヤしながら迫ってくるザルード達。流石のレオンも恐怖を隠せない。
(どうせ慰み者にされる……もう嫌だ、助けて……!)
 怯えながら、濡れた目をぎゅっと瞑った。


 ヒュンッ!


 何かが風を切り、レオンの真後ろを横切る。そして後頭部から背中に感じる熱い空気。自由を奪う蔓の締め付けが弱まり、ここぞとばかりに振り払う。横切った何かは泉に着水して大きな飛沫と煙を上げた。引き下がるザルード達の前に降り立った、馴染みの姿。
「あーよかった間に合った! まったく、らしくねーぜ?」
「ジョージ……!」
 白く頼もしい背中を見て感極まりそうになったが、邪魔されたザルードがジョージに攻撃を仕掛けて高まる緊張。自慢の運動神経で全てかわし、再び佇む。そして彼らの前で、地に頭を着けた。
「オレのパートナーが迷惑かけてすまなかった。けどコイツは悪気はねぇんだ。すぐに出ていくから、許してくれ!」
 ザルードが一匹、ジョージに近づく。そして手首の蔓を伸ばした。それをジャンプで避けたジョージ。
「なんだよ! すぐに出てくって言ったじゃねぇかよ!?」
「それと『楽しみ』を邪魔されたのは別問題だからな!」
 執拗な攻撃を只管かわし続ける。流石に仲間からも深追いし過ぎだと注意されても攻撃の手を緩めず、制止を振り切るザルード。ジャンプで避けて着地した足が、不安定な木の根で滑り、ジョージがバランスを崩した。その体に巻き付く、冷たくもぬくもりの感じられる長いもの。
「レオン!」
 そのまま前に出て、得意技「ねらいうち」で伸ばしたザルードの蔓を寸分狂わず撥ね退ける。尻尾で引き寄せると、彼らの背中が触れ合った。
「僕だって、大切な君を護りたいんだ!」
「オマエ……!」
「この野郎……!」
 険しい形相で長く伸ばした蔓を振り回す。
「危ねぇ!」
 ジョージは咄嗟にレオンを抱え、大きく飛び跳ねた。彼らのいた場所に蔓が激しく打ち付けられ、煙が立ち込める。そのまま泉の対岸に着地する。
「逃がすかよ!」
「やめろ! あいつらに攻撃の意思はない!」
 執拗に追いかけようとするザルードを、リーダーと思しき存在が威圧的に制止した。ジョージ達はその場を走り去り、難を逃れた。


 深い森の中でふたりきり。ましてや先日の事もあって、気まずさが残る。いざ意識してしまうと、なかなか目も合わせられない。雨上がりの湿った風が通り抜け、沈黙を埋めるように木々がそよいだ。
「ありがとう、ジョージ……」
 勇気を出して沈黙を破ったのはレオンだった。
「いいってコトよ。まさかあんなトコにいるたぁ思わなかったけどな」
「どうしてあそこにいるってわかったんだい?」
「へへ、この耳なめんじゃねーぞ」
 兎ならではの大きな耳をピクピク動かして得意気にする。
「……いや、半分ウソ。必死に捜し回って、まさかと思って勘を頼りに来たらオマエの音が聞こえて、ヤな予感がしたんだ。間に合ってホントよかったぜ」
「それでも十分嬉しい……」
 逞しくて熱い体をぎゅっと抱き締める。抱かれたジョージが、真剣な面持ちで見上げる。
「……ごめんな。オマエを苦しめちまって……。でもどうすりゃよかったのか、バカなオレはまだわかんねえ。教えてくれよ、レオン……」
 黒く細い手指が、白くもちもちな頬を包み込んだ。
「……僕は君が、試合で活躍したら共に喜び、悔しい思いをしたら共に悔しがり、君と触れ合いながら、なんだったら手を繋ぐだけでもいい。そうやって同じ時を過ごせるだけで、僕は充分満たされるんだ」
 白くて丸いジョージの手を、ぎゅっと握り締める。体を巡る熱が、レオンの手にも伝わった。
「お互い支え合い、時にはぶつかって、それでも一緒にいると安心できる。それが『家族』だと思ってる。身寄りのない僕には羨ましい存在だった。単に子孫を残すためのセックスなんて誰でもできる。家族になると言った以上は、君にセックスありきになって欲しくなかった。でも素直に言わなかったからこんな事に……」
 ジョージはゆっくり下を向く。そのまましばらく沈黙を続け、顔をレオンの胸に押し当てた。
「こんな簡単なコトだったのかよ……試合じゃ相手をよく見てたのに、オマエのコト全然見れてなかったじゃんよぉ……」
 押し当てられた顔が濡れていくのを、熱い吐息と一緒に感じ取ったレオン。ジョージもジョージなりに苦しんでいるというカゲロウの言葉が思い返される。レオンの目から流れ落ちた大粒の涙がジョージの頭に落ち、毛に吸い込まれる。
「僕のせいで……こんな思いをさせてしまって……ごめんなさい、ごめんなさい……」
 泣きながら彼らは力強い抱擁を交わした。空を覆っていた雲が流れ、木漏れ日が差す。吹き抜ける風が籠った湿気を飛ばし、爽やかな森の空気へと変えていった。今日の天気予報は雨のち晴れ。彼らの心も、これから晴れるだろう。それを予感するように、鳴りを潜めていた鳥ポケモン達が囀り始めた。



 朝方の雨が嘘のような快晴の中、ジョージとレオンはふたり一緒にライトの棲み処を訪れ、厄介になった事を詫びた。ひとまず丸く収まった彼らに安堵したライトが、あまいミツを少しばかりお裾分けしてくれた。蜜を絡めた手指を、自分の口ではなくお互いの口へと運んだ。舐め取って口に広がるその甘さは、昨日味わったものよりも強く、深みが感じられるような気がした。そんな彼らを眺め、幸せそうに笑みを浮かべるライト。あなたたちなら大丈夫と、太鼓判を押してくれた。
 その足で、カゲロウのキャンプへと向かった。仲直りできた事を報告すると、みんな一斉に喜んだ。
「おう、安心したぜ。よかったな! ジョージもこれでオトコを上げたな」
「へん! 元々上がってらぁ!」
 気まずかったヘンリーともようやく打ち解ける。
「お前たちは本当にしっかりしてる。トレーナーの僕の出番なんか全然なかったもん」
 苦笑しながらも感心するカゲロウ。そしてズライグを一瞥する。
「どうやら真の立役者はズライグのようだね」
Diolch(ありがとうございます)
 少し照れ臭かったか、土着言語で返すズライグ。そして彼がジョージに何を言ったかについて話題が移る。無論ズライグは口を閉ざし、ジョージも彼の意思を汲んで明かさない。
「ジョナサンも聞いてたんだろ? なあ」
 絡んで聞き出そうとするヘンリー。即座にズライグが鋭い睨みを利かせ、ジョナサンは冷や汗をかく。
「お、おいら……何も、聞いてないんだな……」
「ちぇー、つまんねーの」
 ヘンリーはテントに入って不貞寝する。再び和やかな雰囲気に戻った。
「今晩もいい天気になりそうだし、満月だから、ふたりで存分に楽しんでおいで」
 カゲロウは笑顔で彼らを森へ送り出す。寄り添って歩く後姿を、温かな木漏れ日が照らした。



 雲一つない中で次第に日が傾き、徐々に空の青に差し始める黄色。刻々の変化に対して、神木から靡く水のビロードはそれぞれに異なる輝きを放っていた。これから活動を始めるヤミカラスの声が遠くから聞こえる。木の根に座り、その景色を高台から眺めるジョージとレオン。彼らの手はそっと重なっていた。傍らに置かれた夕飯代わりのオボンの実をジョージが空いた手で取り、レオンに渡す。一口齧って味わうレオンを見つめて、笑みを浮かべる。ジョージも齧って果肉の柔らかさと深みのある味わいを堪能しつつ、神木に目を向ける。爽快な夕暮れの風に乗って、神木から流れ落ちる滝の音が微かに聞こえた。
「きれいだな」
「ええ……」
 また一口、オボンの実を齧る。
「なんで昨日よりもきれいに見えるんだろうな」
「今朝の雨で空気が澄んだからかもね」
「オレたちの心みてぇだな」
「言えてる」
 見つめ合って、少しはにかむ。ジョージの言う通り、彼らの心もこの森の空気みたいにすっきり澄み渡っていた。日の入りを迎え、橙から紅、そして紺色と、宵の口のグラデーションが空に描かれる。次第に宵闇に包まれる神木。吹き抜ける風は徐々に冷たくなり、レオンは温かなジョージに身を寄せる。毛皮から発せられる獣の臭いが、レオンに安心感をもたらした。暗がりとなった目の前の景色を、無言で見つめている。すると再び、神木が弱く照らされる。水のビロードは黄色の煌めきを放ち始めた。
「すげぇ……なんだこれ……」
「出てきたね」
 レオンの指差す先には、昇り始めたばかりの黄色い満月。神木が吸い上げた水の輝きとの相乗効果で、滝は蜂蜜のような色合いと照りを見せている。それを見たジョージがぴくりと耳を動かす。すっくと立ち上がり、すぐ側の藪から何かを持ち出してきた。それが何か分からず、首を傾げるレオン。大きな木の実をくり抜いた水筒のようだ。
「いきなりなんだい?」
「まあまあ」
 ジョージが蓋を開けて差し出すと、水筒の口から広がる甘く刺激的な香り。レオンは鼻をひくひく動かした。
「もしかしてこれ、蜂蜜酒(ミード)かい?」
「さすがだぞ! 香りだけでもばっちりわかっているんだな!」
 ホップ顔負けの満面の笑顔を見せるジョージ。飲んでみろよと勧めるが、レオンはそれを渋る。先に触れた通り、彼はれいせいな性格である。とはいえ、味の好みを理解してない筈のないジョージがここまで勧めるのだからと、恐る恐る口に含む。レオンの目が大きく開いた。口の中で泳がせ、ゴクンと飲み込む。
「すっきりした甘さで……飲みやすい……!」
「だろ? 前々からジョンにお願いしてビークイン特製の蜂蜜と治癒の泉の水で作ってもらった酒だ! オマエにも飲みやすいように泉の水で割ったらめっちゃうまくてびっくりだぜ! もっと飲むか?」
「喜んで」
 水筒を手渡されたレオンは、月に照らされる神木を眺めながら、二口程飲む。そしてジョージに返す。彼も何口か飲んだ。途端に吐息に混ざる甘い香り。少しずつ酔いが回り、体が温まる。
「ほろ酔いで君と眺めるこの景色は、格別に美しいよ」
「へへ、喜んでもらえてよかったぜ。昨日はどうなるコトかと思ったけど、お陰でオマエとわかり合えて、やっと同じ舞台に立てた気分だぜ」
 喜びを露にして、レオンの手を取る。見つめ合う彼らの顔が、更に赤みを増す。すると突然レオンが口を開いた。


 You cannot possess me for I belong to myself.
 But while we both wish it, I give you that which is mine to give…


 レオンはとても穏やかな表情を浮かべていた。
「……知ってるんでしょう? 君も」
 ほろ酔いで潤んだ瞳に目を奪われたジョージ。彼の問いに、ゆっくり頷いた。


 You cannot command me, for I am a free Pokémon.
 But I shall serve you in those ways you require,


 その続きを一字一句間違えずに告げたジョージ。


 ――And the honeycomb will taste sweeter coming from my hand.


 いつしか彼らの声が重なっていた。レオンがふふっと笑い出す。
「僕はライトさんに教えてもらったけど、まさか君も知ってるとは思わなかったよ」
「いや、オレもズライグから教えてもらった。めっちゃいい言葉なのに、オレは全然できてなくて……。胸を張ってオマエにコレを言えるように、ちゃんと向き合おうって、アイツからこの言葉を聞いて覚悟を決められたんだ」
「そうでしたか……」
 レオンはジョージへの抱擁に、言葉にできない喜びを乗せた。速まった心臓の鼓動が、互いの体に伝播していく。
「飲もうぜ、『家族』になれた祝い酒」
「そしてついでに月見酒」
 再び水筒の口を開け、蜂蜜酒を回し呑む。絶妙な度数のアルコールが、彼らに高揚感をもたらす。月の位置も高くなり、神木をより明るく照らす。いい雰囲気になっている中で、突如レオンの頭に疑問符が浮かんだ。
「……ところで、どうしてミードなんだい? この辺ならもっと有名なお酒はあるのに……」
 振り向いたジョージが、ニヤリと笑った。
「オマエならわかんだろ? Honeymoonのホントの意味をよ」
「ええ、それはもちろ……!」
 途端に真っ赤になるレオンの頬。ジョージの笑顔にも照れ臭さが混じる。
「ジョージ……君ってひとは……」
「へへ、ごめんな。やっぱオレ性欲つえーから、こーゆー形でオマエにラブを伝えたくてよ……嫌なら遠慮なく言」
 言い終えぬ内にレオンが人差し指をジョージの口に当てる。柔和な笑顔で、首を横に振った。
「嫌なわけあるものか。さっき僕達が交わした誓いの言葉をもう忘れたかい?」
「レオン……!」
 途端に高鳴るふたりの胸。そのまま互いの口が触れ合う。それは深く重なり、肉厚で温かな舌と細長く自由の利く舌が、蜂蜜酒の余韻を纏って絡み合う。互いの手が、互いの体に触れる。白い毛越しにもうっすら浮き上がる程に盛り上がる、鍛え上げた筋肉質なアスリートの肉体と、つるつるしながらも、細くしなやかで力強さも備わるエージェントの肉体。自分にない特徴を持つ、愛おしい伴侶。
 重なった口が離れ、透明な糸で結ばれる。それは月光を拾って煌めき立つ。
「なんだろ……酒とか関係なくて、これからセックスするってのに、オマエを見るとすげードキドキしちまうんだ……こんなの久しぶりだ……」
 普段強気なジョージが珍しく見せた戸惑いに、レオンは彼の頭を撫でながら優しく答えた。
「それが、『愛』のあるセックスってものじゃないかな」
「愛、か……!」
 ジョージは火照りゆく体をレオンに押し付けた。
「オレにもあった……愛……もっと感じてぇよ……」
「君の愛を、存分に僕に味わわせてください……」
 レオンの長い手が、下へ伸ばされる。ビクッと体が跳ねるジョージ。
「もうこんなにして……」
 指を絡めているのは、既に硬く膨れ上がって熱を持つ雄兎の急所。やんわり刺激すると、心臓の鼓動とは異なる脈動が生まれる。
「あっ、レオン……気持ちいい……!」
 愛しの存在が与える甘やかな疼きに酔い痴れる。普段は雄々しく爽やかな顔立ちも、この時ばかりはすっかり蕩けてしまっている。
「君のそういう顔……最後に見たのはいつだろう」
 レオンも情欲を掻き立てられ、ごくりと生唾を呑んだ。細い指が、雄の表面に浮き立つ太い筋や血管をなぞる。それに触発され、一層硬さを増して先端から濃厚な蜜が溢れ出す。それを塗り広げる動きを入れつつ愛撫しながら、その下に垂れ下がる大きないのちのたまも時折揉みしだく。空いた手で毛皮越しの隆々な筋肉を触れて味わう。
「……おや? 僕のココ、弄らないのかい?」
 既に割れ目から伸びて硬くなった細長い一物を指差すレオン。
「だってもう……そうする必要ねーもん……オレとオマエは対等だし……」
 甘く酒臭い吐息を吹きかけながら、潤んだ目でレオンの瞳を捕らえる。レオンは些か驚きを隠せずにいた。ジョージは過去の経緯から、セックスに於いてはレオンより優位に立つよう振る舞ってきた。今みたいにレオンに弄ばれたら、ムキになって弄り返していたのに、それをせずに素直に受け入れる姿勢は、レオンには新鮮に映った。
「そうか……でもやっぱり、物足りないよ」
 ずいっと腰を突き出し、磯臭い自らの勃起をアピールする。
「んだよオマエ、セックスなんて二の次とかほざいといてヤる気マンマンじゃねーか……!」
 丸みを帯びた白い手で、細長いモノを握った。すらっとした細身が震える。そして片手は尻尾の付け根を撫で回す。
「あっ……そこは……!」
 がくがく震えながらよがり始めるレオン。セフレからの付き合いとあって、触れられて感じる箇所はお互い把握している。
「相変わらずいい反応しやがるぜ」
 執拗に攻めてレオンを甘く鳴かせる。細長い一物は途端にビショビショに濡れる。感じつつも黒い手はジョージの熱を持った急所を刺激する。ぬちゅぬちゅと、次第に大きくなる濡れた音。雄の色気を孕む喘ぎを発しながら、更なる触れ合いを求める。
 やがて、硬く膨れ上がった雄同士を擦り合わせながら、ジョージはレオンの尻尾の付け根を、レオンはジョージの顎下を撫で回す。それぞれの最も感じる部位から生まれ出る快楽の電流が、彼らの身を大きく震わせる。火柱から漏れ出す濃厚で粘つく蜜と、水柱から漏れ出すさらりと控え目な粘りの蜜が、触れ合う事で混ざって地面に滴る。前戯の段階で、ここまで濡れるのも久々に感じられる。
 性感を覚える雄の証を手で掬うと、混ざり合う獣臭さと磯臭さが鼻を突き、程よい粘りを以てとろりと流れ下る。レオンが汚れた手を舐め、ジョージも真似して舐める。強い塩気が舌一杯に広がった。再び粘りを指に絡ませ、レオンは自らの下半身に手を伸ばした。
「んっ……!」
 くぐもった嬌声が鼻から抜け、ぐちゅんぐちゅんと肉穴と指の濡れた摩擦音が立つ。
「自分からケツ弄りやがって……」
「丸い手の君がやるよりいいだろう?」
「るせー」
 レオンをからかいつつも、酔った勢いで自ずから後ろを解す姿を見せ付けられ、ジョージは更なる昂りを覚え始める。突出した欲の塊は表面の血管や筋の凹凸をよりはっきり浮き立たせ、グンと硬くなる瞬間に気持ちよさを覚えて尿道内の粘りが押し出され、先端から垂れる。睾丸は引き締まって弾力を生み出し、これから行われる行為に向けて雄兎の体も準備を整えている事をレオンに知らしめる。ぬぽっと音を立てて黒い指が引き抜かれた。レオンは四つん這いになって腰を高く上げ、ジョージに目をやる。その姿が青白い月光に仄かに照らされ、濡れた部分は一層強調される。
「ジョージ……君が欲しくて、たまらない……」
 同じ雄と思えぬ妖艶さに()てられ、ジョージは息を乱して火柱をぐぐーんといきり立たせた。
「とんだ挑発仕掛けてきやがったな……覚悟しとけよ!」
 真上に伸びた尻尾に両腕を回し、ぽっかり空いた隙間を埋めたがる部分に怒張を押し付ける。そして入り口を押し開けて中へと突き進む。ジョージからすれば温度は低めながらも、馴染み深く安心できる心地よい領域が待ち受けていた。ジョージの顔に、挿入の快感が滲み出る。愛しの伴侶に秘めたる部分を熱く拡げられ、目を細めて甘美な呻きを漏らすレオン。
「すげぇ……なんかいつもより絡み付いてきやがる……!」
 根元まで埋め込み、普段よりも強く感じる中の刺激に身震いする。
「僕を……愛で満たして……!」
 ジョージを見つめる、潤みを増した黄色い瞳。
「言われなくてもそうしてやるぜえ……」
 腰を前後に動かし、噛み合う濡れた凹凸に摩擦を与える。包み込む襞のうねりと力強く張り出した血管や裏筋によって飽きの来ない不規則な快楽の強弱が生まれ、彼らを甘く鳴かせる。そしてジョージは皮膜に手を伸ばした。
「あぁっ……!」
 レオンがビクンと仰け反る。つーっとなぞると細身が戦慄き、中の締まりが強まった。
「うおっ……!」
 ジョージが表情を歪めて背を丸める。締め付けに抗って刹那に膨らみ、快感を伴って我慢汁をレオンの中に搾り出す。
「ココは相変わらず弱ぇんだな……!」
「いつも触ってるくせに……!」
 振り向くレオンの目からは、快楽に抗えず涙が一筋。
「うあっ! たまんねえよレオン……オレのモノにしてぇ……!」
 メッソンの頃から変わらない、交尾中の涙。セフレ時代は単なる興奮材料でしかなかった物も、家族となった今ではジョージにとってレオンの愛おしさを掻き立てる物へ変化していた。
「っべ……気持ちいい……!」
「すごい、感じる……君を感じる……!」
 以前は激しく小刻みだった腰つきも、隅々まで味わうが如く、深くゆっくりとした動きになっていた。敏感な柱と壺がより触れ合い、もたらされる性感も格段に強まって彼らを夢中にさせていく。
「クソッ……! バックじゃ物足りねぇ!」
 ジョージが一物を抜き、こじ開けられた肉穴との間に何本も粘ついた糸を引く。そしてゆっくりと、レオンを仰向けにする。快楽に涙する顔、魅惑の細いボディライン、しとどに先走る雄の象徴、そして先程まで熱い突出を受け入れていた肉洞、全てが一度に視界に飛び込む。まじまじ見られてか、レオンが頬を染める。地面に白い両手を着き、ジョージは彼に迫る。
「レオン……オレだけを見ろ! オマエと本気で子作りするオスのオレを……その目で見てくれ!」
 汗でくっつく毛によって強調された筋肉、ぶれる事なく見つめる瞳、汗に混じって香る雄のフェロモン。これまでずっと思いを寄せていた存在にこんな事をされたら、正気でいられる筈もなく。
「見ない方が難しいって……!」
 レオンの心が甘く疼いた。水柱がドクンと脈打ち、穴はひくつく。
「レオン……!」
 上から覆い被さり、穴に突出を埋め込む。重力も手伝い、先端はより奥へと到達する。
「あぁっ! ジョージ……!」
 甘い声を発するレオン。細い体に触れる筋肉が、雄兎の重さを直接伝え、内と外から同時に高い体温を感じ取る。ジョージに優しく包まれ、犯されるこの体位は、レオンにとって至高以外の何物でもない。
「ぐうっ! レオン……ッ!」
 ジョージにとっても、レオンを最も強く感じる体位に他ならない。じゅぽん、じゅぽんと深いストロークで、レオンの肉体で気持ちよくなれる喜びに浸りながら子作りに励む。体内で膨れ上がる性欲旺盛な雄柱は、幾度となく躍動して漏らした濃厚な体液で愛しの空間を満たし、襞の絡みと圧の変化を受けながら、迫るその瞬間に向けてじわりと膨らむ。
「ジョージ! いい、いいっ!」
 犯されるレオンは激しく喘ぎ悶える。目に飛び込むジョージが必死に腰を振る姿と、彼のシックスパックに当たって擦れる一物の快感が、昂りを促進する。体はすっかり火照ってしまうが、汗腺を持たないツルツルの体からは殆ど逃げない熱。今はそれですらも気持ちいい。
「あっ! やっ、そこっ!」
 奥へと伸びるジョージの先端が、大きな襞で狭くなっている部分に到達する。それこそレオンの内なる弱点だった。
「うお! やべぇ……!」
 強まる締まりと先端の圧迫に歯を食いしばるジョージ。赤黒く締まって持ち上がった大きな陰嚢の中身から、新たな生命がざわつくのを感じ取る。
「ナカで……チンポ……でっけぇ……っ!」
「すごいっ! すごいよぉ!」
 激しく声を上げ、交尾の喜びと快楽を享受するふたり。射出を控えて膨張を続ける火柱によって、狭窄への当たりが次第に強くなる。
「レオン! オレもう……!」
「きてっ! ジョージ! きて!!」
 絶頂を目前に互いを求め合う彼らに、セフレ時代の支配的な面影は微塵もない。初めての愛の営みが、いよいよ形になろうとしている。そしてレオンの狭い弱点が、張り詰めたジョージの雄によってこじ開けられ、貫かれた。
「ジョージッ!! あ、あぁぁーーーっ!!!」
 大きく仰け反り、ジョージの腹筋に押し当てられて限界まで膨れ上がった一物から水っぽい精が迸る。
「うおぉ! レオン!!」
 襲い掛かる強烈な肉壺の圧迫に背を丸めて歯を食いしばる。新たな生命が流れ込んで膨らむ前立腺からの快感を得て、止めの一突きを繰り出した。レオンの最も奥へ到達した雄々しく力強い突出の中を、濃厚な怒涛が突き進んで耐え難い快楽に襲われる。
「イ、イクッ!! うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
 その瞬間、視界が眩いピンク色になった。レオンを強く抱き締め、彼の眼前で中に熱情の証を大量に注ぎ込む。
「あぁっ! すごい、いっぱい! あぁぁっ!!」
 体内に出されただけで再び絶頂を遂げる。体を重ねた事は数あれど、ここまでよがり狂う彼を見るのは初めてだった。事を遂げた解放感に浸りながら、涙に濡れて月光に煌めくレオンの頬を撫でるジョージ。少しでも零したくなくて、ずいっと腰を押し付けた。そのまま彼らは密着して、冷め行く体温と胸の鼓動を感じ取る。ふと空を見上げると、満月が丁度神木の真上で輝いていた。一物を抜き、寄り添って地べたに寝転がりながら月を見上げる。その下の神木も天然のイルミネーションを纏い、何本もの大滝は、ライトが言っていた通りほしのすなのように輝きながら根元へと流れ落ちていた。
「サイコーだぜ。久々にあんな気持ちいいセックスできたと思ったら、この絶景だもんな」
「色々あってあり過ぎなくらいだけど、君の本気も感じられて、今日の事は一生忘れられないね……見て」
 突然神木に架かった月虹。滝の水飛沫に光が当たってできたのだろうか。それをぼんやり眺めていると、レオンの目が何かを捉える。
「……ねえ、木の辺りで何か光らなかった?」
「へ? オレは見えなかったぜ。気のせいだろ」
「そう……」
 釈然としないまま、再び空を見上げるレオン。冷たい風が吹き抜ける。
「うわ、くっせぇ」
 突然声を上げたジョージ。腹部を汚すレオンの体液の臭いが風に運ばれて鼻に直撃したようだ。
「……オマエ、派手にイってたよな。エロかったぜ」
「流石にちょっと恥ずかしいな」
 黒い瞬膜で目を覆うレオン。ジョージは立ち上がり、レオンの顔を覗き込んだ。
「オレだけに見せてくれよ、あのハレンチな姿」
 目の瞬膜を引っ込め、しばしポカンとしていた。そしてクスリと笑う。
「もとい、僕もそのつもりだから」
 ジョージが顔を近づけ、再び交わす接吻。冷えた体が再び温まる。口付けを止めるや否や、水筒を持ち上げるジョージ。中身はまだ入っていた。
「もっかいヤる?」
 唐突な誘いに呆れて溜息をつくレオン。だが首を横には振らない。
「……君の望むままに」
「んじゃ決まりだな!」
 水筒の口を開け、残っていた蜂蜜酒をふたりで飲み切った。



 白んだ空に朝日が顔を出す。すっきりした快晴で迎えた新たな一日。レオンは高台付近の木陰で目を覚ます。この場所なら風除けに丁度いいからと、ジョージと寄り添って寝ていたが、肝心の彼は隣にいない。起き上がろうとした瞬間、ひょっこり現れて顔を覗き込むジョージ。
「おはよう!」
 朝日に負けない笑顔を見せた。レオンも挨拶を返し、起き上がる。
「……あれ、全然酔いが残ってない」
 昨夜、それなりの量の酒を飲んだのに、二日酔いすら起きてない事に驚くレオン。
「やっぱあの水のおかげだな! ほら食えよ」
 ジョージから手渡されたのはズリの実。口に入れると程よい辛味と渋味が広がった。これなら一緒に食べられる。沢山用意していた筈なのに、あっという間になくなってしまった。旅行の日程はまだ数日残っている。今日はどうするか考えた末、カゲロウと一緒にミリーファタウンの散策に行こうと決めた。早速キャンプ場へ戻るかと思いきや、ジョージの歩みが止まる。先を行っていたレオンが怪訝そうに振り返る。
「愛のあるセックスって、疲れるんだな」
 突拍子もない言動に、レオンは更に首を傾げた。
「オレはずっと、そーゆーの抜きでオレや相手が気持ちよけりゃそれでいいって感じでヤってたから、ぶっちゃけめっちゃ気が楽だった。でも……」
 ゆっくり歩き出し、レオンの隣に立つ。
「昨日オマエとヤって、愛してるヤツとのセックスって色々気遣ったり考えたりするから、めっちゃ疲れるってわかった。でもその疲れも心地よくて……」
 そしてレオンの手を握り、はにかみがちに続けた。
「それも全部、ココでオマエとケンカしなかったらずっと気付かねぇままだったと思う……ありがとな」
「ジョージ……」
 レオンの目が丸くなる。するとジョージは突然手を離して先へ走り出した。
「なーんてらしくねーな! さっさと行かねぇとご主人に置いてかれちまうぜ!」
「はーい」
 前を行くジョージを笑顔で見つめる。その眼差しは、森に射し込む朝日のような温かさを孕んでいた。



 あれからふたり水入らずの日々を送り、新婚旅行は無事に全日程を終えた。一週間程の滞在だったものの、オコヤの森を離れる時は後ろ髪を引かれるような思いで、レンタカーの後部座席から次第に小さくなる広大なジャングルをずっと眺めるばかりだった。


 ――それから約半月後。


 ハロンタウンにあるカゲロウの家の一室で、椅子に座ってのんびり過ごすレオン。部屋の扉が開く音に振り向くと、入って来たのはジョージ。
「調子はどうだ?」
「今日もバッチリだよ」
 椅子から立ち上がったレオン。細身の体に対して、不自然に丸く膨らんだ腹部。ジョージが傍に来て、その丸みを優しく撫でる。
「オマエ『だけ』の体じゃねーんだから、無茶なコトすんなよ?」
「わかってるって。その時は近いから」
 と、今度は自ら撫でる。この中に新たに宿した奇跡の命は、遡るとオコヤの森で迎えた満月の日の辺りで授かった事になる。微妙に噛み合わなかった彼らが紆余曲折を経て固く結ばれた、何よりのご褒美。判明した当初こそ半信半疑だったものの、今やジョージもレオンも、親になる自覚が生まれつつある。
「この仔に恥じない選手生命を送らなきゃ駄目だよ」
「わーってらぁ! でもまさかオレが父ちゃんになってオマエが母ちゃんになっちまうなんてなー。今思っても信じらんねぇぜ」
「僕が母親って……流石にオスである事は捨てたくないなあ」
 苦笑いを浮かべるレオンだが、身籠っているのは事実。ただ、何がどうなってオスの体に新たな命が宿ったのか、彼ら含めて誰も解らずじまいだった。
「まっ、まずは無事に産まねぇとな」
「その時は傍についててくれるかい?」
「おうよ!」
 レオンのお腹に頬擦りするジョージ。その頭を、黒く細い手がそっと撫でた。


了     

Celtic Wedding Vow by Morgan Llywelin(作者不詳とも) 


おまけ:ズライグがジョージに、ライトがレオンに教えた結婚の誓いの言葉の全文


You cannot possess me for I belong to myself.(あなたは私をものに出来ない、私は「私」のものだから。)

But while we both wish it, I give you that which is mine to give.(けれど互いに望む内は、私に与えられる物はあなたに捧げよう。)

You cannot command me, for I am a free person.(あなたは私を支配出来ない、私は「自由」だから。)

But I shall serve you in those ways you require, and the honeycomb will taste sweeter coming from my hand.(しかし私はあなたの求める儘に尽くし、蜂蜜も、我が手から差し出されるとより甘くなるであろう。)


I pledge to you that yours will be the name I cry aloud in the night, and the eyes into which I smile in the morning.(私が夜に叫ぶ名と、翌朝私が笑顔で覗き込む目が、あなたの物である事を誓う。)

I pledge to you the first bite of my meat and the first drink from my cup.(肉と盃、各々の最初の一口をあなたに捧げる事を誓う。)

I pledge to you my living and my dying, each equally in your care.(我が生と死、何れもあなたに委ねる事を誓う。)

I shall be a shield for your back and you for mine.(私はあなたの背を護る盾となり、あなたも我が背を護る盾となる。)

I shall not slander you, nor you me.(私はあなたを貶めず、あなたも私を貶さない。)

I shall honor you above all others, and when we quarrel we shall do so in private and tell no strangers our grievances.(私は誰よりもあなたを敬愛し、諍(いいあらそ)いは我々だけで行い、他人に不平不満を漏らさない。)


This is my wedding vow to you.(この婚姻の誓いを、私からあなたに捧ぐ。)

This is the marriage of equals.(あなたと私、対等なる二人による婚姻である。)




【原稿用紙(20x20行)】 79.0枚
【総文字数】 25813文字
【行数】 565行
【台詞:地の文 台詞率】 287:233行 55% / 7724:18084文字 30%
【かな: カナ: 漢字: 他: ASCII】 13429: 2892: 6269: 2888: 330文字
【文字種%】 ひら52: カタ11: 漢字24: 他11: A1%






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Last-modified: 2023-09-25 (月) 17:45:29
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