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Fly Away

/Fly Away

書いた人 ウロ(旧名九十九)
微妙な出来です、中途半端なので注意してください;;


「僕は飛べる、僕は飛べる…僕は飛べる!!……はず……」
一匹のポケモンがぶつぶつと何かを呟きながら崖の下を見ている。下には広大な砂漠が広がっていて、砂塵が宙を舞い、砂嵐が轟々と吹き荒れる。
そのポケモンはそれを見て少しだけ体をブルリと震わせたが、すぐにぶんぶんと首を横に振った。
「怖くない、怖くない。大丈夫、大丈夫……よしっ!!」
そのポケモンは一呼吸おいて、軽く体を解してから小さく深呼吸する。目を閉じて物思いに耽るような仕草を見せてから――地面を大きく蹴って大空へと飛行した。
「と……飛んだっ!!僕…飛べたんだ!!やったぁっ!!」
そのポケモンはその大きな背中についた大きな翼を申し訳ない程度に動かして飛行するというよりも離陸する飛行機のように大空に舞い上がった。ぶわっと来る風を心地よく受け入れてから、そのポケモンは飛行できたことの喜びをかみ締めていた。
―――が、そこから翼を大きく動かさなければ飛び続けることなど不可能であり、そのポケモンはそれをしなかった。
「……あ、あれ?おかしいな?何だか体が下に――って!?もしかして僕、落っこちちゃってるのーーー!?」
空中でいったん静止した体は、哀れ重力という名の楔に絡め取られ、きりもみしながら高速で落下していった。
「だれかっ………誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
一匹のポケモンの悲痛な叫びが――砂塵舞う荒野に木霊した。



昔々、というほど昔ではありません。小さな村に一匹のポケモンがすんでいました。
そのポケモンは…強靭な四肢と、凄まじい力を持っていました。しかし、そのポケモンには唯一できないことがありました。
――それは、大空へと、羽ばたくことだったのです。
大きな翼を持っていても、それは所詮飾りに過ぎませんでした。もともと気が弱い性格でもあったので、自信というものがもてませんでした。
しかし、そんなポケモンにも大切な存在がいました。励まされて、鼓舞されて、そのポケモンは夢見る空へ…飛び立つことができるのでしょうか?


☆☆☆


砂嵐が舞う砂漠を、一匹のポケモンが進んでいる。体の所々に砂が叩き付けられているというのにもかかわらず、そのポケモンは屁でもないといった感じで気にもせずにずいずいと砂嵐の中を低空飛行で飛んでいく。飛ぶ、というよりは泳ぐ。といった表現のほうが正しいのかもしれない。
砂嵐が徐々に収まっていく。それにつれてそのポケモンの全形が露になる。
透明なレンズをかぶった瞳。しなやかで強靭な四肢を持ち、全身に染め上げられた薄い緑色の体はまるで砂漠に生える一本の木を連想させる。そのポケモンは――フライゴン。
「おかしいな、このあたりにいたと思ったんだけど…おお~い!!アクロ~!!もうすぐご飯だよ~!!」
そのフライゴンはポケモンを探しているようで、あたりをきょろきょろと見渡しては、声を張り上げてアクロという名のポケモンを捜し求める。しかし、延々と砂の大地が続くだけで、ポケモンらしき影は見当たらない。フライゴンはため息を一つついて先に進もうとした―――刹那、いきなり自分の頭に影が落ちた。
「………?」
不審に思って上を見上げた瞬間、大きな巨体が思い切りフライゴンに激突した。
「ふぎゃぁっ!!!」
「いったぁっ!!!」
二匹は頭からぶつかって、互いに頭を抑えて悶絶していた。しばらくしてからフライゴンが痛む頭をさすってそのポケモンを見て、さらにため息をついた。
「……アクロ、また、落っこちたの?」
「いたい…痛いよ。お母さん、僕はもう駄目です。ボーマンダの癖に飛べないダメマンダです…僕は猿です。ポケモンのような知的生物ではありません…ボーマン猿と呼んでください…ううう…こんなところをイリスに見られたら殺されてしまう…もう駄目だ…駄目駄目だ…駄目駄目駄目だ…」
そのポケモンはフライゴンが話しかけていることも忘れて、瘤一つできていない自分の頭を大げさに覆って、呪いのようにぶつぶつと何かを呟いてはがっくりと頭をうなだれて絶望したように動かなくなる。傍目から見ればかなり面白い一人芝居の典型的動作だが、それを見ていたフライゴン――イリスは両目をどんよりとさせてがっくりとうなだれているポケモン――ボーマンダの頭を思い切り叩いた。
「人の話を聞かんかい!」
頭を叩かれたボーマンダは一瞬だけ硬直して、きょとんとあたりを見渡し、イリスの姿を肉眼で確認した瞬間素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「わあぎゃっ!!イリス!?どうして君がこんなところにいるの?……はぅあっ!?まさか……ここは天国!?」
「そんなわけないでしょ!!人を勝手に殺さないでくれる!?」
ボーマンダはほけっとしてから自分の頬を思い切りつねって、痛いかどうかを確認した。かなり痛そうな顔をしていたので現実だと認識できたのだろう。イリスはげっそりとして、自分の頬を擦っているボーマンダに近づいた。
「現実だってわかった?アクロ、ご飯だよ」
イリスが呆れる様な口調で食事の支度ができたと未だにぼうっとしているボーマンダ――アクロに告げた。
アクロはしばらくぼけっとしていたが、イリスの言葉が脳内に浸透したのか、はっとしたような顔をして立ち上がった。
「嘘!!もうそんな時間だったの??あああああああぁぁぁぁ…飛ぶことに夢中で気付かなかった」
「それを言うなら飛ぶことを想像しているのに夢中で…でしょ?」
イリスがぼそりと突っ込みを入れる。それを聞いたアクロは顔を真っ赤にしてその言葉を否定した。
「ち、違うよ!!今日はちゃんと飛んだんだ!!さっきまであそこに居たんだよ」
アクロがそういって肉眼で確認できる高い崖を指差した。イリスはそれを見て、また一つため息をついた。
「な、何?そのめちゃくちゃ不審げな目は…イリス、信じてないでしょ」
「ううん、朝早くからあんなところまで飛ばずに歩いてあそこから落ちるっていう神経が信じられないだけだよ…」
アクロはむっとして黙り込んでしまう。イリスはまだ高い崖を見つめている。二人の間に気まずい沈黙が訪れ、一瞬の突風が砂を空高く舞い上げる。…数秒くらい黙っていたイリスが、唐突に口を開いた。
「アクロ、どうして君は翼を動かさないの?私やアクロみたいに翼を持っているポケモンはその翼を一定運動させて空を飛ぶんだよ?でも、アクロ。君は翼を動かさないじゃない。それじゃあ空なんて飛べないよ。どうして翼を動かさないの?」
イリスの発した言葉はアクロの胸に突き刺さる。それは至極当然の話だった。翼を動かさなければ空は飛べない。空中で翼を動かす動作をしなければ、重力で落ちてしまう。何よりも、アクロの背中には立派な翼があるのだが、アクロはそれを動かそうともしないのだ。アクロはしばらく沈黙していたが、ぼそぼそと何かを呟いてから、イリスのほうに顔を向けた。
「だって、恐いよ。自分の体ってわかってても、動かそうと意識すると、やっぱりうまくいかなくて。…だから」
「う~ん、私だって始めて飛ぶときは恐かったよ?…でも、飛び始めて五分位すればそんな気持ちはどっかいっちゃうからね。空を飛ぶっていっても、空中で泳ぐような感じだから。水の中を泳ぐような感じで飛べば落ちないはずだよ?」
アクロは自分の背中についた大きな羽をつついてため息をつく。イリスは自分が飛んだ感覚をそのままアクロに伝えて、そういう感じで飛んでみろとアドバイスする。
「無理だよ。僕はイリスみたいにはなれない」
「私になってどうするのよ。メタモンじゃないんだから。それは無理でしょ。アクロはアクロの感覚で飛べばいいんだよ。私はアドバイスをするだけ。そういうことは、自分の心の中の勇気を振り絞って、一歩でも踏み出すことが大切なんだよ」
「僕の中の勇気?」
アクロは自分の胸に手を当てて、イリスの言葉を反芻する。イリスはアクロの頭を優しく撫でて、柔らかな微笑を浮かべる。
「焦らなくていいよ。アクロの調子で、ゆっくり練習すればいいから。…千里の道も足下より始まる。今日あそこから跳んだだけでも進歩したじゃない。前は恐くていつも歩いて戻ってきてたのに。それに比べたら、大変な進歩だと思うよ?私も応援するから。一緒に頑張ろう!」
「……うん。イリス…ありがとう」
子供のような笑顔をして、アクロは軽く体をほぐす。そして自分が歩いてきた方向を向くと、ゆっくりと歩き出した。その背中に、イリスが寄り添って歩き出す。かすんだ月が落ち、美しい朝焼けが上りだしていた。


☆☆☆


「いただきます」
目の前に置かれた大きな肉の前で、僕とイリスが食事の音頭をとってその肉に齧り付く。口の中でじゅわりと肉汁が広がり、少量振りかけた胡椒が肉の味をさらに高めてくれる。
「んむ、んむ…うわぁ、凄い美味しいよこのお肉。焼き加減も塩加減もばっちりだし、何より量が多いし…さすがイリスだね」
僕は大きな肉にがつがつと噛り付いて、もぐもぐと口を動かしてしゃべる。イリスは口の中の肉をゆっくり味わってから、しっかりと飲み込む。肉の味の余韻を十分に楽しんでから、呆れた顔で僕を見つめた。
「アクロ、口の中に物を入れて喋らないでよ。汚いし行儀悪いよ。君はもう子供じゃないんだから、もう少し自律をもってだね…」
イリスがまた何か言いはじめた。小難しいことは僕にはまったくわからない。ジリツ?セツド?ギョウギ?そんなものがあったって、空は飛べないじゃないか。…でも、こんなこといって反論してるから、僕はイリスにいつまでたっても子供なんだから。なんていわれてしまうのかもしれない。
でも僕は子供のままでいいと思う。今の姿でも不都合はないけど、戻れるなら子供の時代に戻りたい。僕はタツベイで、イリスはナックラー。お互いがまだ世界を知らずに、自分を知らずに、互いを知らずにただ純粋で心のままに過ごしていたあの時に…
でも、無理なんだよね。どんどん時間が過ぎていって、僕はボーマンダに、イリスはフライゴンになった。イリスは女の子っぽくなったし、僕は男の子っぽくなった。でも、性格は相変わらず変わらない。僕は弱虫だし、イリスは勝気で優しい。僕は進化したときに僕の性格もイリス位に勝気になってほしかったな。
だって、弱虫のボーマンダなんて、聞いたことないじゃないか。ボーマンダやフライゴン、カイリューやガブリアスといったドラゴンと呼ばれるポケモン達は神聖な生き物として描かれているんだよね…
でも、こんな僕が神聖な生き物のはずがないじゃないか。僕は弱虫で勇気の欠片もない。そんなポケモンなんだから。さっきイリスに僕の中の勇気って言われたけれど…そんなものは米粒大くらいだと思うなぁ……
やっぱり、大空を飛ぶことは一生無理なのかもしれないなぁ…僕は、空に立ち向かう勇気なんてないよ…
「どうしたの?胡椒がきつすぎた?」
しばらく黙ってたからだろうか、イリスが心配そうにこちらを見てきた。別に塩加減は悪くない。むしろ最高だ。しかし、今現在問題視しているのは自分のお粗末な飛行能力について考察していたことであって、イリスが悪いわけがない。
「ううん、大丈夫。塩加減はこれでいいと思うよ」
僕の言葉を聞いてイリスはぱあっと顔を明るくした。こういう仕草も子供っぽいと思ったけどあえて言わないでおこう。だって、いったら怒られそうだもの…。イリスの気分がよくなったのはいいけど、余計な薀蓄をはじめちゃった。
「よかった。マスタードに並ぶ世界三大香辛料の一つで、同じ料理に三度使うっていわれるほど高い汎用性を持つスパイスの王様って呼ばれる暗い貴重な胡椒を思い切って使ってみて、これでアクロが辛い、とか不味い、とかいったらどうしようかと思ったんだ。でも美味しそうに食べてくれて本当によかった。そもそも胡椒はマラバルの土地しかとることのできない貴重な香辛料で、コショウ科の熱帯性つる植物なの。大きなものは5~10メートルに達して、ほかの木に巻きついて成長するのよね。葉は肉厚で大きくって、スペードみたいな形をしているんだよ。花は小さい扇状で、枝の先に3ミリから6ミリほどの無数の丸い実をつけるんだ。好みが香辛料の原料になって、収穫できるのは発芽から3年後位で、そのあと15~20年くらいは毎年収穫ができるんだ。一本の木からはおよそ2キロ近い胡椒が―――聞いてる?」
正直に言ってしまうと、まったくわからない。故障の植物性について語っていたところからまったく聞かずに肉に噛り付いていた。これは聞いてないと怒られそうだったけど、正直に言ってしまえばイリスが何を言っているのかまったくわからなかったため、聞いても意味がないと思ったから聞かなかった。こんなんだから僕は駄目なのかもしれないなぁ…でも、凄いマシンガントークで何を言っているのかわからないような専門用語を聞いていてもこっちが疲れるだけだし、相手も疲れるかもしれない。こういう言葉には適当に相槌を打っておけばいいと思った。こういうことは、長年イリスのわけのわからない薀蓄を聞かされていたからついた悪知恵なのかもしれない。うわ、僕って悪いやつなのかな?
「うん、途中から早くなって聞き取れなくなったけど」
「そっか、じゃあもう一回説明するね」
しまった。地雷を踏んでしまったか。内心で毒づいてから。僕は楽しそうに説明をするイリスをずっと見ていた。詳しく、優しく、コンパクトに説明してくれるのはとても有難い気がするけれども、もう少し話すスピードを落としてくれたらいいなぁって思った。けど、口には出さない。口に出したら何だか怒り出しそうな予感がしたから。
長々と説明を続けるイリスを一瞥して、僕は空を見上げて小さなため息をついた。あの空にはどんな世界が待っているんだろう。僕はいつになったら飛べるようになるのだろうか。などと思ってみるが、そんなことは誰にもわからない。イリスにも、僕にも。この世界の誰にも。
「っていう感じなんだって。なかなかいい香辛料使ったと思わない?」
話が終わったみたいだ。とりあえず相槌だけでも打っておかなくては。
「うん、やっぱりお肉には胡椒だね」
適当に言ってみたけど成功したみたいだった。イリスは顔をほころばせて喜んでくれたみたいだ。僕の嘘の言葉に喜んでくれるなんて、何だか胸が痛いなぁ………でも、嘘が必要なときもあるよね。嘘も方便って言葉があるくらいだし。
「ありがとうイリス。そろそろ僕、いかなくっちゃ」
ゆっくりと立ち上がって、のろのろとした動作でイリスの家から出て行く。僕は食事を作れないから、イリスにまかせっきりだったけど、そろそろそういうことも卒業しなくちゃいけないってことはわかっているけど。まずは自分がボーマンダとして生まれたからには、当たり前のことができていないと意味がない、炊事洗濯家事一般ができなければいけないのもそうだが、まずは空を飛ぶことが第一と考えなければいけない。だから、毎日空を飛ぶ練習のようなものをしているんだけど、これがまったく進歩しない。さっきは何とか飛び降りるまでに成長したけど、まださっきの崖から飛び降りる恐さが抜けてない。こんなんじゃあさっきと同じ。また逆戻りしてしまうかもしれない。だから、もう一回練習しておかなければ、村に住んでいる皆に、笑われないように…
「いくって?どこにいくの?」
「空を飛ぶ練習……みたいなものだよ。イリスみたいに簡単に飛べるポケモンにとっては無縁の友かもしれないけど……」
「………そうやって聞くと私が凄い嫌味な奴に聞こえるんですけど」
イリスはむすっとして僕のことを睨み付けた。正直に言って、恐い。今の言葉は失言だったみたいだ。あわてて訂正する。
「い、その……ち、違うよ!そういう意味で言ったわけじゃなくて」
「じゃあ、どういう意味で言ったわけなのさ?」
恐ろしい形相だ。お化け屋敷にでも行ってアルバイトすればなかなか活躍するんじゃないだろうか?……いやいや、そうじゃない。僕が言いたかったことは―――
―――飛べることが羨ましい。
おそらくこれが本音なんだろう。僕はどうして飛ぶことができないんだろうか?翼を動かさなければ飛ぶことはできない。それはわかっているけど。翼を動かすのは―――実際には恐くはない。僕はイリスに嘘をついていた。本当に恐いのは、空だ。空にいると体が自然に空を拒絶する。そのせいで翼が動かない。どうしてなんだろう。なぜだか幼少期のことが関係しているような気もする…それでもわからない。謎だった。
「イリスが羨ましいんだ……空を飛んで、優雅に移動する君を見てて、僕は鈍間な亀みたいだな――って」
イリスの顔がびっくりしたような顔になる。そんなことを考えていたなんて夢にも思ってなかったんだろう。僕はさらに言葉を続ける。
「それに、僕臆病だからさ。できないことがあるとすぐに投げ出したくなる癖みたいなものがあるんだ。こんなんじゃあ空を飛ぶことなんて一生できないなって思って……」
「それは違うよ!」
「………違う?」
イリスが顔を真っ赤にして僕の言葉を違うといった。興奮しているのだろうか。息遣いが何だか荒いような気がした……
「さっきアクロはあんな高いところから勇気を出して跳ぼうとしたじゃない。臆病なポケモンにはそんなことできないよ!!だから、アクロは臆病なんかじゃないよ、もっと自分の力を信じてあげてよ!!」
イリスがそれだけいって、力なく床に腰を下ろした。それだけ行ってくれただけでも、僕には嬉しいと思った。こんな僕を勇気があるっていってくれるのは、イリスだけじゃないかな?
「ありがとう、ちょっとだけ元気が出たよ」
僕はそれだけいうと、また下ろした腰をゆっくりと上げる。
「アクロ、もう一回空を飛ぶ練習をするの?」
「うん。君からもらった勇気で、もう一回挑戦してみるよ」
「…………じゃあ、私も手伝うよ!」
僕は首を縦に振って了解した。正直に言ってしまえば、僕は独りでいることが嫌いだった。寂しいから。イリスが僕の隣にいてくれるだけで、何だか凄くうれしかった。
お互いの手を握り、離さないようにして、もう一度あの高い崖に挑んでみよう。さっきとは、違う結果が出るかもしれない……


☆☆☆


「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
「ちょっ!危ないっ!!」
崖から落ちたアクロを、間一髪でイリスがキャッチする。イリスはアクロを思い切り引っ張りあげて、何とか崖の上に乗せる事ができた。しばらく呼吸が乱れたが、すぐに調子を取り戻してアクロを見た。何だか申し訳なさそうな顔をしていて、イリスはにこやかに微笑むと、アクロを安心させようと言葉を紡ぎだす。
「大丈夫だって、アクロが落ちそうになったら助けるって、練習する前に言ったよ。今だって助けてるし、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくてもいいよ。私がそう決めたんだからさ、アクロは気にしなくてもいいんだよ。そんなことを気にするより、アクロは自分が飛ぶことだけに集中して。そうじゃなきゃ、大空になんて羽ばたけないよ。
「……ごめんね、イリス。つき合わせちゃってさ」
「気にしないでっていったでしょ?」
アクロは自嘲気味に微笑むと、もう一度と棒とジャンプを始めた。しかし、蛙が跳ねるような動作を繰り返すだけで、一向に翼が動く気配がなかった。
「……おかしいね。アクロ、もしかして何か空に嫌な思い出でもあるの?」
「えっ?」
「だって、普通は羽を少しだけ動かせば、空は飛べるはずだからさ、ここまで飛べないんだったら、何か嫌な事件でもあったとしか言いようがないよ」
イリスが腕を組んで考える。一方アクロはイリスの言葉を真剣に考え始めた。何かがあったのは確かなことだ。しかし、それが何なのかはわからない。でも、落ちるときに何かを思い出したように体が地面を拒絶する。そんな感覚は一瞬だけだけれどもあるような気がする。いったい何があったのだろうか。自分が忘れ去った記憶の中に、何か空や飛ぶことを拒絶する記憶があるのかもしれない。頭では忘れ去ってしまっても、嫌な記憶の痕というのは体の中にしっかりと染み付いてしまうものだ。
「……僕にもよくわからないんだ。でも、体が空を拒絶しているみたいな感じがして、もしかしたら、イリスのいう通りかもしれないね…僕、子供のころの記憶が曖昧でよくわかってないんだ…忘れちゃった記憶の中にそういったことが含まれているのかもね」
アクロはそういってにこりと笑う。イリスはいまひとつ釈然としないものを感じながら、それを甘んじて受け入れた。
「でもさ、僕、羽は動かせるんだ。ほら」
そういって羽をパタパタと動かす。少ししか動かなかったが、確かに羽は動いた。イリスはそれを見て益々首をかしげた。
「おかしいね、やっぱりおかしいよ。羽が動かせるなら空も飛べるはずなんだけど…う~ん。よくわからないな……そうだ!」
イリスは急に立ち上がると、アクロの腕を引っ張って村の方向へと進んでいった。
「うわっ!イリス、どこに行くつもりなの?」
「私の知っているポケモンで、記憶の中を探ることができるポケモンがいるの。その人にアクロの記憶を掘り起こして、こうなった原因を調べてもらうのよ!」
「ちょっ…それはプライバシーの侵害…」
「でも、このままじゃ一生空は飛べないよ?アクロがそれでよくても、私が嫌だよ」
イリスは半ば強引にアクロの腕を引っ張っていく。アクロは成すがままにそれに流されるしかなかった。…しばらく歩いただろうか。村のはずれにある小さな小屋の中に、アクロとイリスが入っていく。
「先生、ルーン先生。私です。イリスです。いますか??」
イリスが大声で先生と呼んだポケモンを探す。しばらくたってから頭を抑えた――サーナイトが眠そうな瞳をこすりながら現れた。
「イリス。大声で呼ばなくても私はいますよ。耳に響きますし、周りの人にも迷惑が――っと、珍しいですね。貴方が誰かを連れてくるなんて…」
そのサーナイトはアクロを見て何か珍しい動物でも見るような目をした。アクロは苦笑いをするしかない。
「……ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私はルーン。イリスが住んでいる村で医者を務めているものです」
お医者さん。そう聞いてアクロは少しだけ安心した。変なポケモンだったらどうしようかという不安があったのだろうか。変なポケモンじゃなくて、これだけ綺麗で優しそうなポケモンだったらいくらでも看病されてもいいだろう。
「あ、どうも、アクロです」
ぎこちない挨拶をしてからははっと自嘲気味に笑う。お互いの挨拶が済んだ後、ルーンがやけに神妙な顔つきになって話しかけてきた。
「で?今日はどういった用件で来たのですか?まさか雑談のために私を呼んだわけではないでしょう?」
「あ、そうなんです。実はアクロのことで困っていて」
イリスはまったく困っていないのに、なぜか困ったような顔をした。寧ろ、その顔はアクロがするべき顔だろう。しかし、そんなことまったく気にもせずにイリスは話を進める。
「えっとですね、アクロはボーマンダです」
「見ればわかります。掛け合い漫才なんてしませんよ」
「それでですね。アクロには翼があります」
「人の話を聞いていましたか?」
よくわからない会話だった。アクロは聞いていて宇宙語のような感覚を覚えた。イリスはわざとではないだろう。彼女は変なところで要点をちゃんと伝えない癖がある。ルーンもそれをわかっているのか無視せずに聞いている。
「イリス、落ち着いて話してください。もう一度最初から、一回深呼吸をしてください。息を大きく吸って、そう、そのまま吐いてください。…落ち着きましたか?」
ルーンはイリスにそういって深呼吸をさせて落ち着かせる。そういうところはさすがはお医者さんだなとアクロは見ていて思った。十分に落ち着いたイリスがゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「すみません。先生、私の隣にいるアクロはボーマンダなんですけど空が飛べないんです。何度も練習したんですけど、何だか飛ぶことを体が拒絶しているみたいなんです。それで、どうして飛べなくなったのか確かめるために先生に頼もうと思って」
「……成程。つまり私にアクロ君の記憶の糸を復活させて、原因を探ってほしいということですね?私はかまいませんが、アクロ君はそれでいいのですか?」
すべてを理解したルーンは了解したが、最終確認のためにアクロに問いただした。確かにそれは重要なことだ。飛べなくなった記憶が幼少期の心の傷のようなものだったら、見て後悔することがある。それでもいいのかアクロにルーンは言った。
「嫌ならいいんですよ。私だってむやみに人の記憶の中を覗くことが気持ちいいとは思いませんし、心の傷だったら見て後悔するということもあります。でしたら、飛べなくてもいいので何も知らずに平凡にすごしたほうが幸せのときもありますからね…」
アクロはしばらく考えたが、やがて意を決したようにこういった。
「ルーン先生、僕の記憶を、起こしてください。見て後悔してもいいです。どうして僕が飛べなくなったのか。それが分からないと、僕は一生後悔すると思います」
「そうですか…では、行きますよ。目を閉じて、心を開いてください」
アクロは静かに目を閉じてルーンに全てを委ねた。ルーンの胸の宝石のようなものが鈍く光りだす。
「アーク、フォール、ウィスラ、ホルン…心の錠よ、外されよ。我に記憶を委ねよ…我は全てを見つめる瞳なり…」
不思議な言葉を放った瞬間。アクロの意識は何処かへと飛んでいった。


☆☆☆


「僕は進化したら空だって飛べるようになるんだって。僕のお父さんが言ってたんだ」
「えっ?本当?凄いやアクロ。早くアクロが飛んだ姿、見てみたいなぁ…」
二匹のポケモンが仲睦まじく遊んでいる。一匹はタツベイ。もう一匹はナックラーだった。二人ははしゃいででこぼこの山道を走り回って、転んでぶつかったら二人で互いのぶつかったあとを見て笑っていた。二人はそのまま高い高い崖にまで上っていって、そこで一休みすることにした。
「ふぅ。早く進化したいなぁ。それで僕は大空へ羽ばたくんだ。そのときはイリスも一緒だよ」
「うん!私も進化したら飛べるようになるんだよね?」
「うん!きっとそうだよ。だから二人で飛ぼうよ。そのときが僕すっごく楽しみだよ」
タツベイがうれしそうな顔をしてぴょんぴょんと飛び跳ねる。ナックラーがそれを見てあわててとめようとした。
「あ!跳んじゃ駄目だよ!!!危ないよアクロ!!」
「平気平気っ!僕は空だって飛べるんだから、こんなことじゃ恐くならないよ」
タツベイは嬉しそうに飛んだり跳ねたりを繰り返す。それを見ていたナックラーも次第に笑顔になった。
「そう、そっか、だったら大丈夫だよね」
「ねぇ、イリスも一緒に跳ぼうよ。空を飛ぶ練習だよ」
タツベイはニコニコしながらナックラーの手を握る。ナックラーは恥ずかしそうにタツベイの隣に立って、どこまでも広がっていく大空を見つめた。
「いくよ~?いっせぇのっ!」
「うんしょっ!!」
二人は同じタイミングで、崖の上で大きく跳んだ。地面に着地した瞬間に崖の下に小石がぱらぱらと落ちていく。ナックラーは恐がっていたが、タツベイはとても嬉しそうだった。
「うひゃっ……やっぱり恐いよう……」
「あははっ。大丈夫大丈夫。もし落ちちゃったら僕が助けてあげるから…」
タツベイがけたけた笑ってジャンプを続ける。ナックラーは躊躇っていたが、タツベイの言葉を信じたのか、一緒にジャンプを再開した。二人がどれだけジャンプしても、崖は崩れることがない。次第にナックラーも心配しなくなってきた。
「ホントだ、大丈夫だ。崩れないや」
「だから行ったでしょ?大丈夫だって。それに、落ちたって空を飛べるんだから。平気平気。全然心配することなんてないよ」
そういってどんどんと音を立ててジャンプを繰り返す。二人はしばらくジャンプを繰り返していたが、そろそろ飽きたのだろうか、タツベイが口を開いてナックラーにこう継げた。
「よーし、最後に大きくジャンプしようよ」
「うん!」
二人は大きく息を吸い込んで、ぐっと足に力を込めると、思い切りジャンプした。その瞬間―――崖が大きな音を立てて崩れ落ちた。
「きゃああああああああああああああああっ!!!!」
「イリスッ!!!!」
ナックラーが踏んでいた地面が轟音ともに崩れ落ち、ナックラーは真っ逆さまに落ちていった。タツベイがその後を追うように大きく跳躍して崖からダイブしていった。
「大丈夫…」
―――いいか?お前は大きくなったら父さんと同じように飛べるようになるんだ。そうなったらお前は立派なドラゴンになれるんだぞ

「大丈夫……大丈夫だ。僕は…」

―――だから、その日を信じて自分の体を大切にするんだぞ。体に怪我でもしたり、精神的ショックでも受けたりしたら……

「僕は……飛べる……!!」

―――一生飛ぶことができなくなる体になってしまうからな……

「飛べるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


☆☆☆


「………これが、僕の忘れていた過去……?」
全てを見終わったアクロは愕然としていた。ルーンは静かに術の構えを解くと、静かな声でこういった。
「これが全てのようですね。これ以上先は、アクロ君の心の鎖が強力で見ることができませんでした。……ですが、見ないほうがよかったのかもしれませんね」
イリスはどうなったのかよくわからなかったようだ。終わったことを確認して、アクロに結果を聞いてみた。
「アクロ、どうだった?どうして飛べないかわかった?」
「うん……小さいころ君と遊んでて、そのときに君が崖から落ちる事故があった。そのとき僕が君を抱きかかえて一緒に落ちたんだ。……馬鹿だよね。飛べるわけないのに飛べるって思い込んでてさ……それで、僕は飛べなくなったんだと思う……」
アクロはだんだんと小さいときのことを思い出していた。ルーンの念力による脳神経を刺激したこともあったのか、忘れていた記憶の糸が段々と絡み合い。思い出を紡いでいく…
アクロはやんちゃで元気な性格で、イリスは大人しい性格だった。しかし、あの事故を境に、アクロは動くことが恐くなり、引っ込み思案になった。逆にイリスは、もっと自分がしっかりしていれば、という後悔の念から、自分の気持ちをしっかりと持ち、明るい性格になっていった。図らずとも、事故のせいで性格が真逆になってしまったのだ。
「そんなことが?……情けないな、私、思い出せないよ」
「思い出さなくていいよ、嫌、思い出さないで。あの事故のせいで、君をあんな目にあわせてしまった僕のことなんて………お願いだから思い出さないで…」
それだけいうと、アクロはルーンにお礼を言った後、力無くドアを開けて、村のほうへと歩いていった。慌ててイリスがついていこうとすると。それをルーンが制した。
「先生?どうして止めるんですか?」
イリスが不思議な顔でルーンを見つめる。ルーンは首を静かに横に振り、ぽつりぽつりと話し出した。
「イリス。彼の容態は深刻です。おそらく過去にあなたを殺しかけてしまったことを思い出したことで、不安定だった精神が余計にぐらついたのでしょう。おそらく彼の飛べない原因というのもその事故によるショックが体に染み付いてしまって、空を飛ぼうとするとその事故のことを無意識に体が思い出して、拒絶反応を起こすのでしょう。体は少しずつ時間をかければ戻すことは可能です。しかし、問題なのは彼のメンタル面に関しての問題でしょう。あのままでは彼は一生自分の犯した過ちに苛まれ続けて、いずれは精神崩壊を起こす危険性があります」
「えっ!?」
ルーンの言葉に一瞬だけイリスは耳を疑った。しかしどれだけルーンのいった言葉を思い出しても、悪い話しか思い出すことができなかった…
「そ、そんな…先生、一体どうすればいいんですか!?」
「何か希望のようなものが彼の心に芽生えれば、そこから立ち直ることは可能でしょう……しかし、彼の場合では自分の憧れた夢が自分を責め続ける原因になってしまったんですから……いかんともし難いですね……」
ルーンは腕を組んで試行錯誤を始めた。しかしイリスは少しだけ考えると、ルーンにこういった。
「先生、私、もう一度アクロに空を飛ぶように言ってみます!!!」
ルーンはびっくりしたようにイリスの顔を見た。冗談や遊びでそう言っている訳ではなさそうだ。だがルーンは大きく首を横に振ってそれを駄目といった。
「それは駄目ですよイリス。彼の心の傷の原因が空にあるというのなら、彼に空を飛ばせるということはその傷をさらに掘り下げるのと同じことです。そんなことをしたら彼の心はどうなるのかわかったものではありませんよ?」
あくまで諭すような口調で言ったが、イリスはそれでもといった感じで自分の意見を主張した。
「アクロはそんなに弱い精神の持ち主ではありません」
「それはあなたの意見でしょう?私は村の医師として彼の容態の安否を最優先させることが――」
「先生の意見も正しいとは思いません。先生はアクロの全てを知っているわけではありません」
「……では、イリスはアクロ君の全てを知っているというのですか?」
「そ…それは……」
「楽観的思考でものを言うのは控えたほうがいいですよ。とにかく、彼に空を飛ばせることは禁忌です。わかりましたか?」
「……はい」
「よろしい。さあ、もうそろそろ日が沈みます。夜の砂漠は危険ですから、早く行きなさい」
「はい………さようなら……先生」
イリスは吹っ切れない顔をして、ルーンの家から出て行った。
イリスが出て行ってから、ルーンはお茶を入れてからいすに座り、お茶菓子を食べてお茶を啜ってから、ぽそりと呟いた。
「あの子……本当にわかっているのかしら……」
何気なく呟いてから、ルーンは外を見た。収まっていた砂嵐が吹き始めて、太陽が西に沈んでいく。あたりは真っ暗になり、夜が近づいていた……


「イリスに、悪いことしちゃったかも…」
とぼとぼと歩いて村に着いたアクロは、自分の家によろよろとした足取りではいると、どさりと藁の下に腰を下ろして大きなため息をついた。
「でも、僕のせいであんな目にあってしまったんだ。彼女には償っても償いきれないよ……」
ごろりと横になって天井を見つめる。今日あった出来事が流れる水のように思い出しては消えていく。空を飛ぼうと必死になっていたこと。イリスにぶつかって怒られたこと。ルーンに出会って全てを思い出したこと。そして、自分の過ちがどうやっても償えないこと…いろいろ考えては消えてを繰り返していて、自然と涙が零れ落ちていた。泣きたい気分ではなかったのに、なぜだか涙が止まらなかった。
「うっ…ぐっ…ひっく…うあっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
どれだけ目を擦っても、涙はアクロの瞳から止め処なく溢れて、床を濡らしていく。アクロは蹲って泣き続けた。何もかもを忘れて泣き続けた。
もう何も思い出したくはなかった。空を飛べると父に言われただけではしゃいで、まだ満足に翼も生えていないのに空を飛べると勝手に妄想して。挙句の果てに大好きな幼馴染を殺しかけて、自分は空を恐がった。何とも滑稽で間抜けな行動であろうか。こんなポケモンは前代未聞だ。亡き父も自分の行動に呆れ返っているだろう。でも、もうそんなことはどうでもよくなった。
――どうせ、もう自分は二度と空を見ることはなくなるだろうから…
「…ふう」
暫く泣き続けて気分が落ち着いたのか。アクロは外を見た。満天の星空が輝いて、空を飛んでいるポケモンを祝福しているようだった。外では賑やかな声と木が爆ぜる音。それを聞いて、アクロは今日が祭りの日であるのを思い出した。
「お祭りか…そういえば一年に一回収穫を祝う祭りがあったんだっけ…今日だったんだ。忘れてた」
アクロは暫くぼうっとしていたが、やがてのそのそとした動作でゆっくりと身を起こすと、ドアを開けて外に出た。明かりと歓喜の声がする方向へと歩いていく。歩くにつれて段々と明かりは大きくなっていき、そこにはいろいろなポケモン達が歌って、踊って、喋って、食べて、騒いでいた。
「あれ?アクロ?どうしたのさ、そんなに疲れた顔をしてさ、せっかく今日は実りのお祭りなんだから、嫌なことなんて忘れて騒いだほうがいいよ?」
疲れた顔をしたアクロを見た一匹のポケモンが、気さくな声でアクロに話しかける。祭りの中心地で燃え盛る炎が、そのポケモンの全形を露にする。
大きな巨体に、愛らしい瞳、立派な翼。カイリューだった。
「オハナ……君が羨ましいよ。そんな風にいつも前向きになれるなんて…」
アクロはそういって益々気分を沈ませる。オハナと呼ばれたカイリューは照れくさそうに顔を紅潮させて困ったような笑顔になった。
「そ、そうかな?僕いっつも単細胞とか単純とかいわれてるからそんな風に言ってもらえるとうれしいよ」
「君はそんなんじゃあないさ。むしろ単細胞で単純なのは僕のほうだと思うよ……」
アクロはそれだけ言うとため息をついてうつろな瞳で燃え盛る炎を見上げる。バチバチと火の粉が飛んで空に舞い上がるのを羨ましそうに眺めているアクロの姿を見て、オハナは渋い顔をしてアクロに問いかけた。
「ねぇ、アクロ、何かあったの?」
オハナがアクロをじいっと見つめる。アクロは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「別に……何にもないよ。ただ、飛べたらいいなって思っただけだよ」
「嘘だ、アクロはそんなこと思ってないでしょ。そんな風に悩んでるってことは、嫌なことがあったんだ。何があったのか僕に話してよ。女性関係のことなら女性の僕に任せてくれれば――」
「何にもないよ!!」
アクロが大声で叫んだため、オハナはびくりとして黙り込む。悲しい顔をしたオハナを見てアクロは自分の言った言葉を後悔した。
「…………ごめん、アクロ、無理やり聞くみたいなことしちゃって……」
オハナは少しだけ頭をたれて、手に持っていた御握りを一口齧った。アクロはそんなオハナの姿を見て、慌てて訂正するような言葉を口にした。
「う、ううん。オハナは悪くないよ……ただ、違うんだ。僕の思っていることは、オハナに相談してどうにかなるものじゃないって思って、そんなことを言ってもオハナを困らせるだけだと思ってて………言いたくなかったんだ」
「……僕に相談してもどうしようもないこと?」
オハナはアクロの返答に少しだけ顔を明るくして、疑問の顔を浮かべた。
「そう、どうしようもないことなんだ。ルーン先生にも言われたこと。自分の心の持ちようって…」
「ルーン先生?あのサーナイトのお医者さんのこと?」
「そう、ルーン先生。それで先生に言われてさ、僕のことは僕の問題だからって、誰かがどうにかできる問題じゃないっぽくって、相談してもどうしようもないように思えて…」
それだけ言うとまたため息をつく。アクロの顔色を伺うような形をとっていたオハナが、柔らかな微笑を浮かべてアクロにこういった。
「そうかもしれないね、自分でしか解決できない問題を、他人が解決できるなんておかしいもんね。……デモさ、アクロ、そのことを誰かに話してすっきりするって言うことはできるんじゃないの?どうしようもない問題を一人で抱えてあーだこーだ言うよりはさ、誰かに話してアドバイスをもらえばいいんじゃない?他人が解決できなくてもさ、他人からアドバイスをもらうことくらいはできると思うからさ。だから…どうかな?僕に話してみてくれない?アクロの抱えてる問題っていうのを…」
アクロは少しだけ躊躇するような仕草を見せたが、やがて遠い思い出を語る語り部のような感覚でぽつりポツリと話し出した。自分が飛べなくなった原因、イリスを殺しかけてしまったことへの罪悪感と責任、そしてもう自分は飛ぶことができないという諦めの気持ち…オハナはところどころに相槌を打ってアクロの話を聞いていた。全てを話し終わって一息ついたアクロは、オハナの顔色を伺った。オハナは何かを考えているようだったが、何を考えているのかまでは流石にわかるはずもなかった。しばらく沈黙が続き、ほかのポケモンたちの歓喜の声と、木が大きく爆ぜる音が二人の耳に届く。
「成程ね、それでアクロは飛ぶことを諦めかけてたんだね…」
「正確に言っちゃえばもう諦めたんだけど……これ以上やっても自分の体が拒絶反応を起こすんだったら空を飛ぶ意味がないから…」
アクロはオハナの言葉に自分の気持ちを上乗せした。その半分は嘘であったが、その半分は本当だった。
正直に言ってしまえば、このまま飛べなくなってしまったほうが楽という気持ち半分、まだ大空を飛んでみたいという気持ち半分が両者の間で激しく争っていた。自分は一体どうしたらいいのだろうか、いろいろと葛藤していたらオハナが不意にぽつりと言葉を呟いた。
「カフェの開店時間前の準備は――」
「ん?」
「椅子をそろえて、テーブルを拭いて、窓を磨いて、窓のさんを拭いて、額縁の埃を払って、テーブルに砂糖壺を置いて……いろいろやるんだ。でもその行為には繰り返し同じことをやり続けるという行為自体に慣れと飽きを感じて、耐え難いような抵抗感とかすかな諦めをもたらすんだ…」
いきなり何を言い出したのかわからないといった顔で、アクロはオハナのことを凝視していたが、オハナは気にすることなく不思議な言葉を紡ぎだしていく。
「準備は普段隠れていて見えない行為のこと。だけど、見えていてもそれは見てなかったのと同じこと。だって、それは開店するにいたるまでの行為であって、それ自体に光が当たっているわけではないから……その行為が終われば、まるでしたことの一切がなかったかのようにあしらわれる行為だよ」
「………オハナ、何が言いたいの?」
「お客さんはそんなところ見もしないけど、それをするのはなぜ?でも、そんなことをいちいち考えて汚れを落としたりテーブルを拭いたりしないよね?それは君が空を飛ぶことにも当てはまるんだよ」
「えっ?」
アクロはびっくりしたような顔をしてオハナをじっと見つめる。オハナ目線をアクロのほうに移して、柔らかな微笑を浮かべるとアクロに問いかけた。
「アクロ、君は人が君の家に来ることになったらまず何をする?」
「?……………………部屋を掃除する?」
「そうだよね。じゃあさ、君はどんなことを考えて掃除をするんだい?」
「ええ??……別に掃除することに何も考える必要ないと思うよ?ただ単に綺麗にするだけなんだから」
「それだよ。別になんで掃除するのかとか考えながら掃除なんてしないよね。いったん窓を磨きだすと、磨くことが目的となる。汚れが落ちると楽しくなって、夢中で作業を終えることがある。それは君が無我夢中で空を飛ぼうとしたときの感覚に近いんじゃないかな??」
「あ………」
オハナにいわれてアクロは考えた。確かに空を飛ぼうと思ったときは何も考えていない。それは自分の家の掃除をするときの感覚に近いといえば近いだろう。違う点といえばその行為に楽しさが歩かないかの違いだが。
「そういう構造はほかにもあるんじゃない?料理を作っているときもそうだし、ペンキを塗ることもそれに当てはまる。字を書く時も同じ。雑誌に登載されるのは単なる結果。書いている間は書くことに夢中。これらの挙げてきた行為の全ては、君が行ってきたことと同じじゃないのかな?」
そういわれて、はっとする。確かにそうだ。空を飛ぼうと思って思い切り踏み出すあの瞬間だけ、恐いという感情や拒絶したがる気持ちなどは全て消え去り、空を飛ぼうということだけに夢中になる。アクロが唖然としている横で、オハナは更に言葉を紡ぐ。
「だからさ、自分の心の傷のせいで空が飛べなくなるってことは、多分ないと思うんだ。アクロ、君は何かに夢中になれるって言う気持があるじゃない。確かにイリスをそんな目にあわせちゃったって言うのは大変なことかもしれないけど、それを全て受け入れて、もう一度挑戦してみたらどうかな?何も考えずに、ただひたすら大空を欲するんだ。貪欲にね」
オハナがそういってから照れくさそうに笑ってそのまま中心の炎のほうへと消えていってしまった。アクロは何かをつかんだような顔をしてオハナの背中をずっと見つめていた。
「ただ単純に、大空を求める。貪欲に……心のままに……」
オハナの言った言葉を、アクロはひたすら繰り返していた。


☆☆☆


祭りのざわめきから少しはなれたところで、イリスは一人で佇んでいた。小さなため息をついて、夜空を見上げる。きらきらと光る星は、見るものの心を奪うように眩く輝く。そんな夜空を見つめて、イリスはルーンがいったことを反芻して考えていた。
「空を飛ばせることは駄目かぁ…」
ルーンとは子供のころから知っていた医師であって、イリスも付き合いが長く、親しい仲であった。ルーンの言うことは理に適っているため、イリスはルーンの言うことはちゃんと聞いてきた。しかし、今回のルーンが言ったことには、素直にうんと頷くことができなかった。
「先生はアクロのこと、ちゃんとわかってないよ……」
ごろりと寝そべって、眠そうな瞳を擦る。周りからは幸せそうな笑い声が絶えず聞こえる。その中にはきっとアクロもいるのだろうか…そう思って探そうと思うが、無意味だと悟った。
――イリス。彼の容態は深刻です。おそらく過去にあなたを殺しかけてしまったことを思い出したことで、不安定だった精神が余計にぐらついたのでしょう。おそらく彼の飛べない原因というのもその事故によるショックが体に染み付いてしまって、空を飛ぼうとするとその事故のことを無意識に体が思い出して、拒絶反応を起こすのでしょう。体は少しずつ時間をかければ戻すことは可能です。しかし、問題なのは彼のメンタル面に関しての問題でしょう。あのままでは彼は一生自分の犯した過ちに苛まれ続けて、いずれは精神崩壊を起こす危険性があります――
ルーンが言った警告のような言葉が頭の中に蘇る。イリスはその言葉をよく考えた。
「エスパータイプだから、そういうことがわかるのかな?……でも、やっぱり先生は間違ってるよ…ずっとがんばってきたことを、希望になるかもしれない行動を、アクロから奪っちゃうなんて…」
上半身だけを起こして、周りを見渡す。イリスの瞳に入ってくるのは、笑ったポケモンたちの顔…今日の自分とは対照的な笑顔であった。
「はぁ」
またため息をついて、のろのろと身を起こす。これ以上ここにいても仕方がないと考え、自分の家に帰ろうとして前を見た瞬間――アクロが自分の前を横切った。
「!?アクロ?」
イリスはアクロの名前を読んだが、アクロはまったく気がついていないようだった。何かを考えているような顔で、自分の家の方角に歩いている。イリスは気付かれないようにアクロの後を着いていった。
「アクロ……何やってるのかな」
静々と忍び足でついていく。何だかストーカーのような気分で嫌な気持ちになったが、そんなことはどうでもよかった。暫く歩いていると、アクロが立ち止まった。左のほうに首を傾けて、何かを聞いているようだった。イリスも少しだけ耳を傾けてみた。どうやら道の端にいるポケモンたちの内緒話のようであった。
――それを聞いたイリスは、聞かなければよかったと後悔した。
「ねぇねぇ、アクロ君飛ぶことやめちゃったのかな?」
「う~ん、どうだろう、本人から聞いたわけじゃないけど、なんでもルーン先生が飛ぶことをやめさせたらしいよ」
「へぇ・・・あの患者に無関心なルーン先生がねぇ…よほどアクロのこと気に入ってるんだね」
「でもさ、飛ばなくなってよかったんじゃない?あいつ、正直言って空飛ぶ練習しているの見てるといらいらするしさ」
「う~ん、そこまでは思わないけど、確かにあれは無意味だと思ったね、だって、練習しても意味ないじゃん。空を飛ぶことなんて感覚なんだから。努力で飛べたら世界中のポケモンが飛んでるよ」
「口で言ってもわからないからあんなふうになるんじゃない?」
「そもそも何でボーマンダなのに飛べないの?ただのお荷物じゃん」
「そうだね。飛べないボーマンダなんて役立たずだよ」
「っていうかそもそも空を飛ぶポケモンから空を飛ぶことをとったらさ――」
イリスはその会話を聞いて全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。
ふざけるな。飛ぶこともできないポケモンに何がわかるんだ。今すぐに撤回しろ。アクロに謝れ。
どろどろとした感情が頭の中に渦巻く。遠目から見えたアクロの顔は、驚きと驚愕、そして絶望が現れていた。そして最後の一言がイリスの頭から理性という言葉を抜き去った。
「――何にも残らないじゃん」
「ふざけるなっ!!!」
言葉と同時に飛び出していた。イリスの怒声を聞いたポケモンたちはびくりとしてイリスを見た。イリスは最後の言葉を言い放ったポケモンの胸倉を乱暴につかむと、思い切り顔面を殴り飛ばした。鈍い音が夜空に響き渡る。ゴキリという嫌な音もした。相手の顔の骨が折れたのかもしれない。そんなことはかまわずイリスは首をぐいぐいと締め上げて自分の怒りのそのポケモンにぶつけた。
「お前に何がわかるんだ!!翼が着いていても空を飛べないポケモンはどこにでもいるんだぞ!!お前にそれがわかっているのか。事故で飛べなくなったポケモンだっているんだぞ!!今すぐ謝れ!!アクロに謝れ!!」
「なっ!?アクロがいるのか!!?」
殴られて歪んだ顔をさらに歪ませてそのポケモンは死に物狂いでイリスの腕から逃れると、地面を這いずるようにして逃げ出した。アクロはしばらくぼうっとたっていたが、瞳に涙を浮かべて走り出した。
「アクロ!!待って!アクロっ!!!!」
イリスはアクロの後を追うようにして走り出す。村の方角とはまったく違うほうに走っていき、アクロがいつも練習していたあの崖が見えてきた。
「まさか!!?」
イリスは必死の形相でアクロを追った。月が出始めて、本格的にあたりが暗くなる。イリスの視界はどんどん狭まっていくが、決してアクロから視線を離そうとはしなかった…



アクロは走った。何も考えたくなかったが、先ほどの会話が頭の中に蘇る。
――飛べないポケモンなんて、役立たず
そうか、そうなんだ。
――飛べないポケモンなんて、お荷物
僕の考えが間違ってたんだ。
――トベナイポケモンニイミハナイ
初めからそうだったんだ。
僕がどれだけ飛ぼうと思っても、周りはそんな風にしか考えていなかったんだ。初めから頑張ろうなんて考えてはいけなかったんだ。所詮は焼け石に水。暖簾に腕押し。初めから僕は回りから必要とされているポケモンじゃなかったんだ…きっとイリスも、僕に付き合ってくれていても、内心は鬱陶しいとか思ってたんだろう…その気持ちに気付かずに、一人ではしゃいでいた自分が馬鹿みたいだ…
「待って、アクロ!!待ってよ!!」
イリスの声が聞こえる。僕なんかを追っかけないで、何でもできる君には僕の気持ちなんてわかりっこないよ。どうせ僕は飛ぶことができない欠陥品。
この世に、僕の場所なんて存在しないよ。絶対に、ゼッタイニ――
嗚呼、神様、どうして僕に翼を与えたんですか?僕を嘲笑うためですか?それとも気持ちだけでも空へ向けようとしたのですか??だったらこんな飾り物の翼なんて欲しくない。今すぐにでも切り取って捨ててしまいたいくらいだ…
憎い、この体が憎い。何で僕はドラゴンなんだ。どうして他のポケモンじゃなかったんだ…もう嫌だ、この体は嫌だ。こんな体でいる位なら――
――シンダホウガマシダ…!!


☆☆☆


イリスは崖の上でとまったアクロに近づこうとしたが、アクロが怒鳴りつけてそれを制した。
「来るな!!お願いだから来ないで!!!」
「アクロ……」
イリスが踏みとどまってアクロを見つめる。瞳に映ったアクロの顔は、困惑と絶望、怠惰と失念に囚われていた。しばらく両者が黙っていると、アクロが不意に口を開いた。その言葉はとても重苦しく、苦悩に満ちていた。
「ねぇ、イリス…ここから飛び降りたら……死ねるかな?」
アクロの言葉にイリスは瞳を見開いて言葉を思い切りアクロにたたきつけた。
「何言ってるの…!?何でそんな事言うのよ!!まさかアクロ…自殺する気!??」
イリスが思いきりがなり散らす。アクロは死んだ魚のような瞳になって視線を空中に泳がせる。一呼吸してから自虐的な微笑を浮かべてイリスに話した。
「できたらいいね、自殺。だけど僕の体はこの通り、硬い皮膚に覆われてる。この体に生まれてきて本当に後悔したよ。どうして僕はこんな体に生まれてきたのかなって、……こんな風に生んだ親を今思い切り呪いたいくらいだよ」
「ふざけないで!!自分を生んでくれた親になんでそんな言い方するの!?そんなの私の知ってるアクロじゃないよ!!どうしてそんなこと言うの。信じてたら飛べるって思ってたのは、他ならないアクロじゃなかったの!?」
イリスの言葉を黙って聞いていたアクロは、また自虐的な笑みを浮かべて、イリスに問いかけた。
「イリスは……僕の何を知ってるの?」
「えっ?」
「ほら、言ってみてよ、僕のどんなところを知っているのさ?」
イリスは口ごもった、いえないのではなく、なんといえば的確な答えにたどり着くのか自分で思案していたのだが、それを言えないと勝手に肯定したアクロは悲しそうな顔をした。そのまま一度空を仰いで、もう一度イリスに視線を戻す。そして自分の気持ちをそのままイリスにぶつけた。
「ほらね、言えないじゃない。…………………イリス、もういいんだよ。そんな優等生の仮面を被ってないで、本当のことを言ったらどうかな?ぼくと付き合っているのは本当は鬱陶しくて堪らなく嫌だって」
「なっ!?わ、私がいつそんなこと思ったって言ったのよ!!」
「言わなくてもなんとなくわかるよ。さっきのポケモンたちの言葉を聞いていて思ったんだ。結局どんな時でも僕を見る目は変わらない。僕はいつだって役立たずなんだって…だってそうでしょ?飛べないボーマンダなんてただの欠陥品じゃないか。そんなポケモンが生きていたら皆が皆、こう思うでしょ?―――図体ばかりでかくて、何にもできない役立たず―――って…そんなこと思われるくらいだったら、この世から消えちゃったほうがマシだよ。きっと皆も僕がいないほうがいいと思ってる。だって僕、ただの"要らない存在"だから…イリスもそう思ってるんでしょ?だったら、もう僕なんかと付き合っても意味ないでしょ。だからもう一人にさせてよ。もうそんなに気を使ってるフリをしなくていいんだよ…」
「………………………………」
アクロの心の中で思っていることを黙って聞いていたいリスは、静かに深呼吸すると、ゆっくりとアクロに近付き始めた。その行動に気圧されたのか、アクロが少しだけびくりとするが、すぐに気を取り直してイリスに語りかけた。
「近づかないで、何処かへ行ってよ。もう僕に構うのはウンザリなんでしょ?」
「私がいつそんなこと言ったのよ」
イリスが無機質な声で一言そういった。歩みは止まることなく、どんどんアクロに近づいていく。アクロはそれでもイリスにこないでといった。
「言わなくてもわかるって要ったでしょ?皆僕の事いらない子だって思ってるんだから、イリスもそう思ってるんだ。だからもう僕なんかに――」
アクロの言葉が終わる前に、何かを叩く音と鈍い痛みがアクロの頬を走った。近くまで近づいたイリスが思い切りアクロの頬を叩いたのだ。呆然としているアクロは、イリスの顔を見て驚愕した。イリスが―――
――泣いていた。
「私がいつそんなことを言ったのよ!!!!」
「そっ…」
「何でそんなこと言うの!?私は本当にアクロと一緒にいて楽しかった。飛べるとか飛べないとか関係なかった!!アクロが私の顔を見て笑ってくれたときが私が一番幸せだった。アクロが私のご飯を食べておいしいっていってくれたときが一番うれしかった。悩んでたときも沈んでたときも相談に乗ってくれたアクロが一番頼もしかった。そんな感情に飛べるとか飛べないとか、要るとか要らないとかあるの!!??それなのにアクロは自分をそんな風に追い詰めて、自分のことしか考えなくて、私の気持ちに少しでも心を揺らしてくれたことがあった!!?私の言葉に本当に耳を傾けてくれたことが一度でもあった!??私は今は飛べなくても、頑張ればいつかはきっと飛べるって信じてた、あのときのアクロが……大好きだった。なのに、なのに、どうしてそんなこと平気で言えるのっ!!!何で勝手にそんなこと想像するの!!!」
「だってそうじゃない!!皆がそう思ってるんだ。きっとルーン先生もそれを思って僕に飛ぶなって言ったんだ!!きっと僕が飛ぼうとしてる馬鹿な姿が鬱陶しいって――」
言い終わる前に、また殴られた。アクロは痛む両の頬を抑えてイリスを睨み付けた。イリスはそんな威嚇にも屈せずに、潤んだ瞳でアクロを睨み返した。
「何でわからないの!!私やルーン先生が何時何処でそんなことを言ったのよ!!」
「言わなくてもわかってるって言ったでしょ!!」
「わかってない!!」
怒鳴り返されてたじろぐ。精一杯強がってみても、やはりもともと根付いた性格は変えられないのだろう。イリスの勝気な性格がアクロの気持ちを吹き飛ばしていた。
「アクロ!!アクロがまだタツベイだったころに、私に言ってくれたこと覚えてる!!?あの後ルーン先生のところにもう一度行って来て、私の忘れてた記憶も思い出させてもらったんだよ、それで全部思い出した!!そのとき、小さいころに言ってくれた言葉で、私はアクロに言おうと思ってたことがあったんだよ!!なのに、いきなり飛び出して、人の話も聞かないで…馬鹿!!アクロの馬鹿!!すっとこどっこい!!モヤシ男!!」
イリスが泣きながらかすれた声で怒鳴り散らす。最後のほうは罵詈雑言で罵倒していたが、アクロはその言葉は聞こえていなかった。
「昔…言ったこと……」
その言葉がきっかけになったのか、アクロの意識は遠い昔の記憶を、忘れていた記憶の欠片を掴んでいた…


☆☆☆


「ねぇ、アクロ、私も飛べるようになるのかな」
遠い昔、アクロとイリスが立っていた崖で、小さなタツベイと小さなナックラーが無邪気に話し合っていた。将来のこと、今のこと、この世界のこと…色々なことを語り合っていた。
「きっと飛べるよ!イリスは進化したらきっと飛べるようになるって!僕が保障するよ!」
「ホント?私も飛べるようになるの?アクロとおんなじで?」
「うん!きっと飛べる」
二人は自分たちの進化した後の話をして盛り上がっていた。そして、ふとナックラーがタツベイに向かって小さくこういった。
「あの、あのね、アクロ。私がもし飛べるようになったら、その、私と…」
「うん?」
「結婚…してくれる?」
タツベイはいきなりのナックラーのプロポーズに瞳を丸くしていたが、少しだけ空を仰いで、数秒考えると、こういった。
「うん!じゃあ僕も、僕が飛べるようになったら。イリス、僕と結婚してくれるかな?」
「うん!もちろん」
ナックラーが言うと、タツベイは悪戯っぽく微笑む、そして不意にナックラーと唇を重ねる。今度はナックラーが目を丸くして、顔を真っ赤に染めた。
「約束だね。イリス」
「……う、うん!!約束だね、アクロ」
二人はそういって笑い合うと、何処までも続く空を見上げていた…


☆☆☆


全てを知ったアクロは――泣いていた。
自分は何処まで頭が悪いんだろう。小さなころに、絶対に飛んでみせるって、大好きなポケモンに誓ったのに…人の言葉に頭を抱えて、勝手に自棄になって、全部投げ出して、すべてに絶望して…
「アク…ロ?」
自分の変化に気がついたのかな、イリスが心配そうな顔してるや…はは、馬鹿みたい。僕、何でこの気持ちに気付かなかったんだろ……
僕をずっと思っててくれてた―――イリスの気持ちに…
「イリス…ごめんね」
涙を流して言っても気持ちは伝わらないのかもしれない。でも、言わなくちゃ。ごめんなさい、そして、こんな僕をずっと見ていてくれて、ありがとうって……
「僕、思い出したよ。君と約束したこと。君は、僕の約束を覚えててくれたんだね…だから飛べるようになった。……でも、僕は人から役立たずって言われただけで、すぐに投げ出して、諦めて…死のうとして…馬鹿みたいだ。イリスは本当に僕のことを見ていてくれてたのに……君の気持ちに気付いてあげることができなかった。君の思いを受け入れてあげることができなかった……やっぱり、僕は最低だよ」
全部思い出した。全部覚えていた。そんな今だから君にいえるんだ。わかってあげられなくてごめんって…
「もう、いいよ。アクロ……アクロは、わかってくれた。ちゃんと思い出してくれた。それだけでも、私、凄く嬉しいよ…」
僕に抱きついてくる。イリスの体温が間近で感じられる。気持ちも、思いも、全部、伝わってくる。
「あのね、アクロ。私がアクロに言おうとしてたことはね……"アクロが飛べなくても、私はアクロの事愛してるから"って言おうとしたんだ。飛べる君でもない。飛べない君でもない。そのままの君が…世界中に一人しかいない、アクロが……私は大好きだよ」
「ごめんね、イリス。ありがとう。……………僕も、君の事。大好きだよ」
言葉を紡いでから。イリスと唇を重ねる。大好きな君と、この時間が……この時が―――
――僕の……幸せ。


☆☆☆


星が輝く綺麗な夜空に、崖の上から湿った水音が断続的に聞こえる。
「んっ…ふぁっ…あっ…」
アクロとイリスは静かに再度唇を重ねる。したと下を絡めて、繋がる証拠を確かめるように舌が動きあう。しばらくして辛口を話すと、二人の世界を繋ぐ銀色の糸が、重力に従い下にぽたりと落ちる。二人は顔を赤らめたまま見詰め合っていたが、やがてアクロが動いた。
「イリス、いくよ?」
アクロは何かを伝えたようだったが、イリスにそれが聞こえていたかどうかはわからなかった。アクロは顔をイリスの胸の位置までずらすと、舌を使って胸の突起物を弄び始めた…
「んっ!ひゃっ…あぅ…あっ…あくろぉ…」
ぴちゃぴちゃと音を立てて乳児のように胸を舐め続ける。本能で行動する獣のような感じだったが、ざらついた舌がイリスの胸に接触するたびにイリスは切ない喘ぎ声を漏らす。
「イリスのここ、もう濡れ濡れだけど…?」
「はっ…ずかしぃこと言わないでよぉ…」
ツン、とアクロの指につつかれてイリスは自分の秘部を見つめる。確かにそこはじっとりと濡れていて、透明な液体がとろりと漏れ出ていた。アクロはそこに指を少しだけ入れると、軽く動かし始めた。
「ふあっ!?あっあっ……ああぁぁっ…ひゃあんっ!!あぅっ…………ぁあぁぁあっ」
いきなりの行為にびっくりしたのか、イリスはあられもない声を上げる。アクロはそれでも指を止めない。最初は優しく、徐々に激しく動く指はまるで生き物のようにイリスの膣内を蠢く。それに伴いアクロは中断していた胸への愛撫を再開する。
「んっ、イリス……気持ちいい?」
アクロが不安げな声で聞いてくる。イリスの返答はない。変わりに聞こえてくるのは、途切れて聞こえる喘ぎ声と、秘部を弄る指の摩擦音だけ。
「あっ……やぁっ……あぁんっ!!」
その声をアクロは気持ちいいと判断し、さらにピストンの速度を上げる。じゅぷじゅぷという音が段々と大きくなっていき、乾いた砂漠の空気を湿らせていく…
「あっ!あくろぉっ………もう、駄目っ………いっ、いっちゃうよぉ…」
「うん、大丈夫、イっていいよ?」
アクロは優しく微笑んで、止めといわんばかりに胸を強く吸った。それが引き金となり、イリスの頭は真っ白になった。
「うわっ…あああああああああああああああああっ!!!!!」
イリスの秘部からぷしゃっと愛液が噴き出しアクロの手にかかる。アクロはそれを綺麗に舐めとると、イリスの頬に軽くキスをする。
「大丈夫?」
アクロの気遣いが、イリスには何だか不思議に思えた。見た目は凶悪でも、中身はとっても優しい、そんなアクロだから惹かれたんだろう。イリスは自分でそう思って、子供のような瞳で見つめてくるアクロに微笑みかけて、大丈夫。と、一言だけ伝えた。
「私は大丈夫だから……来て、アクロ」
「う、……うん」
アクロはすっかり大きくなった自分のモノをイリスの秘部に宛がう。そしてそのままゆっくりと腰を沈める。
「むっ……うぅっ……痛っ…」
イリスが痛みに少しだけ顔を歪める。アクロは途端に心配そうな顔をして行為を中断する。
「い、痛かった?……やっぱり」
「そんな顔しないでよ。私は大丈夫だよ?アクロと一つになれるって思うと、私、何だか勇気が沸いて来るんだ。だから、大丈夫だよ」
イリスの優しい言葉に、アクロは迷いも気遣いも心配もすべてしまいこんで、イリスに自身を沈めていく。やがて何かが破れる音とともに結合部から少量の血が漏れる。悪路はそれを気にせずに一心不乱に腰を動かし始める。ゆっくりと、ゆっくりと、そこからどんどんスピードを上げていく。
「あっ…いぅっ…ぐぅっ…」
イリスがうめき声を上げる。まだ痛むのだろう。しかしアクロにはどうすることもできない。せめて早く痛みがなくなるようにと、腰を動かす速さをあげることしかできない。
「うっ、イリスッ……くっ……凄いや、締め付けが…っ」
アクロはきゅうきゅうと締め付けてくるイリスの膣内の中を思い切り掻き分けて突き上げる。そうした行為を何回か続けていくうちに、ゴリゴリとした嫌な感触は、ぬるりとした快楽にじわじわと変わっていく…
「あっ…あぅぅ…んっ…ふぁっ……」
イリスの声も段々と甘い声に変わっていく。アクロはそれに安心してピストンの速度をさらに上げる。結合部分が擦れ合って、愛液が絡み合いねっとりとした快楽が二人の体の芯にじわっと浸透する。
「うっ、イリス……そろそろ…でるからっ…」
「大丈夫…中に…」
二人の途切れた言葉はそれ以上続かなかった。アクロの体がびくりと震えた後、大量の精をイリスの膣内に思い切り放った。大量に注がれるぬめりは、イリスの中をいっぱいにしていく……
「あっ…ふぁっ……あったかいよぉ…」
イリスはそのままアクロに倒れこむと、強烈な眠気に誘われこくりこくりと眠り始めた。アクロはイリスから自分のモノを引き抜くと、イリスの隣に横になった。そうしているとアクロも段々と眠くなり、静かに瞳を閉じて朝になるまでひと時の夢に浸った…


☆☆☆


「僕は飛べる…僕は飛べる……僕は……絶対に飛べる!!」
朝焼けが見え始めた夜明けの砂漠に、二つの影が見えた。一つは柔らかい寝息をたてて幸せそうに眠っている。もう一つは崖の上に立って静かに空を見上げている。
「大丈夫、大丈夫、……きっとうまくいくから……そうだよね?イリス」
アクロはすやすやと眠っているイリスに微笑みかけると、イリスの首が少しだけ縦に傾いた。アクロはそれを見て最高の笑顔を浮かべると―――
――大空に向かって、大きく飛び立った。


終わり


ドラゴン好きのドラゴンのためだけのヘタレドラゴンのお話。当時やたら興奮して書いたものです。
非常に笑える出来になりました。ヘタレドラゴン。いいですよねー



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Last-modified: 2011-12-27 (火) 00:00:00 
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