Writer:未確認生物賛美歌
――たくさん捕まえてくるから、待っててね。……よし。行こっか!
マスターの声。それを合図にしたかのように、モンスターボールの中にいた私の目の前から光が消えていく。やがて見えてくるのは何も無い空間。空間が在ると言えば在るのだが、それは無いのと同義でもあり。
またマスターは外の世界へ。ポケモントレーナーのマナーとして、普通は六匹までしかポケモンは持たない。かと言って、六匹以上捕まえない、というわけにもいかない。――そこで、この空間が役に立つのだ。
仕組みはさすがに私にも分からないが……とにかく、この人間の科学技術とやらの結晶のおかげで、私はマスターに捨てられることもなくこうして"預け"られている。
Serial number 0x31F88A146D、Box 02、11。これが今の私の
もちろん、私を含めポケモン達は大切に、権利を認められた生き物として存在しているのではあるが。ただ、やはりこうして機械の中に、無機的なものとして存在するのは違和感を感じざるを得ない。
二本の尻尾をこうして揺らしても、首の浮き袋に空気を溜めてから凋めてみても。――そんなことをしていても退屈は紛れず、ただ何も無い空間の中では、むしろ虚しさを感じるばかり。
そうして私はいつもの場所へ赴こうと、どこからともなく出てきたパネルを操作する。このパネル、四足のポケモンの時は四足のポケモンにとって操作しやすいようなパネルが、あるいは手がないポケモンなら声での入力が出来るように――中々便利に作られているらしい。
ともかく、それを適当に操作すれば、様々なポケモンが行き交う仮想空間へと向かうことが出来る。ただ何も無い空間で過ごすよりは、草原、市街地、森林、海、砂漠、火口、洞窟――作り物だとしても、そんなものが在る方が絶対に良い。
私はその中から、"市街地"を選んで移動することにした。瞬時に辺りは
ただし、この世界の店には誰もいない。そこに置いてある食料やら衣料やら、そんなものは全て無くなる事はなく、次から次へと生み出されていく。全てここでしか使えない、あくまでも仮初のもの。感じる感覚は確かに本物と一緒ではあるが、本物ではないのだ。
多数のポケモンが行き交う中を、二本の尻尾をゆらゆらと上機嫌に揺らしながらとある店へ。色とりどりのスカーフを次から次へと試着する。そんな中から青いスカーフを一枚。さほど器用には扱えない手だが、一応結ぶことくらいは出来る。こうして少し着飾ってから、また街をぶらぶらと散歩し始める。
様々な店を見て回り、ちょこちょことパンをかじったりしながら、私は近くの公園へ。木々の影をくぐり、子ども達がきゃいきゃいと走り回るのを横目で見ながら、少し奥の木陰のベンチへ。
仮想空間とはいえ、外の季節に合わせ、春が近づくのが分かるような暖かさ。あたかも夏のように照りつける日差しの中を歩けば、すぐに体内に熱が溜まる。毛の中で熱が籠もるのがうっとうしくなり、結局はどこか涼しい場所で休憩が必要になるのだ。仮想空間ならば、この場所くらいはせめて快適な温度に保って欲しいものだ。
――ああ、こんなに暑いなら海にでも行けば良かったなぁ。
さすがにこんな市街地で堂々と水浴びをするわけにもいかない。仮にも雌で、且つ大人である私にとって、そんなことをするのは恥でしかない。"大人"という枠に縛られず、楽しそうに噴水にまみれる子ども達がうらやましくなる。
今から海にでも行こうかと、再び目の前にパネルを出現させようとしたその時。"何か"が私の前を通っていった。ここに来ることが出来る以上はポケモンなのだろう。……だが、未だあんなポケモンは見たことが無い。
伝説のポケモン……とも少し違うだろう。極めて不規則な形、とでも言えばいいのだろうか。生物としての形を逸脱している気がする。私よりも大きな身体。ほぼ白黒に近いその体色。さらにそのポケモンの周りには謎のもや。そのポケモンの能力であろうか。
――話して……みようかな。
興味をそそられた。一体何というポケモンなんだろうか。あるいは変種か、それとも生まれたときからの奇形だろうか。ともかく、近づいてみたかった。知りたかった。そのポケモン――恐らくは"彼"――のことを。この退屈を解消してくれそうな、謎だらけの"彼"のことを。
そうして私は彼の後を追って行く。ふわふわと浮かびながら、ごつごつとした大きな身体が何の抵抗もなくするりと動くのがやや滑稽にも見える。とある部分からは角のようなものが生え、とある部分からは手足のようなもの、尻尾に翼、鶏冠らしき物も。
そんな姿に思わず笑い出しそうになってしまうが、それはさすがに彼に失礼であると考えて、必死に堪える。彼を見た多数のポケモン達もまた、私と同じように笑いを堪えているようだ。彼の周りには誰も寄りつこうとせず、その部分だけ流れが引き裂かれたように分断している。
私自身もあまり寄りつこうとはせず、かなりの距離を置きながら彼を追う。それにしても、彼は一体どこへ向かうというのだろうか。ビル街の裏路地へと入っていき、やがては人のいない場所へ。裏路地に入られたら見失ってしまう。自然と早足になり、急いで裏路地を駆け、ひたすら彼を――。
――っ……!
一瞬だった。僅か一瞬、彼はひらりと身を翻して、私のからだを絡め取る。そこで初めて、彼の身体がぺらぺらの――そう、まるで紙のようであると気付いた。こんなポケモンが果たして存在できるのだろうか?
瞬時に恐ろしさが私の身体に染み渡る。これからどうされてしまうのだろうかと。これからどうなってしまうのだろうかと。そして、彼は本当に何者なのだろうかと。得体の知れないものに対する恐怖。身体を凍り付かせる、まさに氷のような冷たさを持ったそれが身体を這うのだ。
――……あなたは何? 誰なの?
震える声で、か細く、まるで臨終前の最後の一言を残すかのように、息を吐き出して言葉を紡ぐ。そうすることで、僅かばかりでも恐怖をはき出したかった。そうすることで、ほんの少しでも魔の手から逃れたかった。
――……オレハ……ソンザイシナイぽけもん
一体どこから声を出しているのだろうか、そればかりはどれほど眺めても全く分からないが、しかし彼は確かに言葉を発した。"存在しない"ポケモン――しかし、彼は現実に存在している。ならば一体彼は?
思考をいくら深めていっても、彼の正体、そして目的は分からない。そうして時間が過ぎていくほどに、彼の身体から発せられている、もやのような物――それらはまるで雪の粒のように、身体に染みこんでいく。が、それ以上は何も起こらない。危害を加えるつもりはないのだろうか……?
一体どれほどそうしていただろうか。やがて彼は拘束を解き、私の身体に体当たりをして――否、私の身体を透過して――、そのまま忽然と姿を消した。ちらちらと目に障るもやを残して。そして、何か気味の悪い絵の入ったバッチを残して。辛うじて読めたバッチの刻印、それは――。
――は…………やぶ……さ……?
本当に気味が悪い。結局彼は何者だったのだろうか。そして何がしたかったのだろうか。一体どうして、彼は私を拘束して、そうして何もせずに帰って行ったのだろう。なぜ――。考えれば考えるほど、とにかく気味が悪くなる。
――一度ボックスに戻ろう。そうだ、何も無い空間で、一度落ち着いて休もう。
未だ晴れない気分を吹き飛ばすため、私は一度ボックスへと戻ることにした。パネルを開き、ボックスへ戻る。光が私を包んで、全てが白く染まって――戻ってきた。
様々なことが起こりすぎた。目をつぶり、いよいよ意識が消えようとしたその時。電気的な音と共に、目の前に表示されたのは"引き出し"――つまりはマスターからの呼び出し。やや早い気もしたが、時刻を見れば"預け"られてから既に六時間は経っている。ポケモン捕獲も十分にし終えた所だろうか。とにかくこれで、ようやく外の――本当の世界に出られる。
――ああ、よかっ…………?
おかしい。普段ならもう転送が始まる頃だ。にもかかわらず、一向に転送が始まる気配がない。でも、だとすればこの光の粒は――?
――……………………そんな。……嘘!
足元を見た。はずだった。しかし、本来オレンジ色の足があるはずの場所には、あのとき見た彼と同じ――ぺらぺらの"何か"。そうして今度は手が、尻尾が、お腹が――。どんどんと"何か"が私を蝕んでいく。"私"が消えていく。
――駄目……嫌!! 消えたくない! ……マスターの傍で死にたかった。でも、こんな所で"消える"なんて……そんなの!!
嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だっ――。――いくら願っても、目を閉じて呟いてみても、何も変わりはしない。じわりじわりと、胸が、やがては首が、そして口元、頭が"何か"に変わっていく。
……ここに来て全てを悟った。そうか、彼は"バグ"そのものだったのか。彼は最初からそのつもりで――"バグ"を増殖させるために私を捕まえたのか。彼は存在しないと言った。彼はきっと、在ってはならない、"四百九十四番目"のポケモン。あるいは、"〇番目"の――。
近づかなければ良かった。追わなければ良かった。私はどうして彼について行ったのだろう。
"もしも"が、"なぜ"が、"どうして"が頭の中を満たしていく。"嫌"という不快な感情だけが心を満たしていく。――しかし、身体の消失と共に頭の中が無色に塗りつぶされていく。心の中が虚空へと書き換えられていく。
――もう……わた……し…………壊れ……………………。
――あれ? おかしいな……ひょっとしてバグった? ……ま、データだし、仕方ないか。新しいの、捕まえてこよっかな!
そうして一人の人間は立ち去る。彼女の死は、あくまでも
パソコンの画面は未だにウィンドウを開いたまま。その中にはエクスクラメーションが書かれた黄色い三角形と、彼女の"
――Error Code 0x00E2――
――"ファイルが壊れています"――
【作品名】 Error Code 0x00E2
【原稿用紙(20x20行)】 12.4(枚)
【総文字数】 4472(字)
【行数】 57(行)
【台詞:地の文】 0:100(%)
【ひら:カタ:漢字:他】 57:4:32:6(%)
【平均台詞例】 「」
一台詞:0(字)読点:0(字毎)句点:0(字毎)
【平均地の文例】 あああああああああああああ。、ああああああああああああああああああああああああああ。ああ、あああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああ。
一行:86(字)読点:30(字毎)句点:28(字毎)
【甘々自動感想】
心の機微が良く描かれていますね!
短編だったんで、すっきりと読めました。
三人称の現代ものって好きなんですよ。
個々の文章は長いですが、適度に区切ってあったので、読みにくいとは思いませんでした。
それに、地の文をたっぷり取って丁寧に描写できてますね。
っていうか、地の文だけですね。渋い!
これからもがんばってください! 応援してます!
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