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DoroRich

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大会は終了しました。このプラグインは外してくださって構いません。
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非官能部門:エントリー作品一覧
官能部門:エントリー作品一覧


2月10日 17:22 


「きみは、ブリーダーではなくもっと別の才能を伸ばすべきだ」
 表彰台に立つマスターの首へ銀メダルを掛けながら、男はそう囁いた。
 神経質なほど整えられたこげ茶の口髭をニッと持ち上げ、ブリーダー連盟の理事長らしい男はご主人を見上げている。ありったけの賞賛とわずかな憐憫の言葉をかけられると身構えていたマスターは、あまりに予期できない理事長のセリフに、黒縁メガネの奥の双眸をぽかんと見開いていた。
 それもそのはずだ。1位と圧倒的な実力差を見せつけられ、悔しさを噛み締めているところへあまつさえ差し向けられる、悪魔のような言葉。しかもそれがご主人の尊敬してやまないブリーダー界の頂点に立つ者からなのだから、その心中は計り知れない。
 あとで理事室に来なさい、と耳打ちされ、マスターは頬を打たれたように顔を跳ね上げた。ジェントルマン然とした顔つきに戻っていた理事長が、そっと手を差し出している。優しげな笑みの裏に、強要するようなすごみがあった。高校に入学していれば進路に悩む年頃のマスターは、そういう相手への耐性は皆無だ。案の定、おずおずと重ねた右手を力強く握り返され、塩を固めたような質感の表彰台から滑り落ちそうになっていた。
 ぱしゃしゃ、ぱしゃ。
 会場の隅に目をやると、10人ほどの報道陣が大仰なカメラを構えてシャッターを切っていた。しかしその音はまばらだ。新聞記者やニュースカメラマンが欲しがる絵面は、若き全国一位のブリーダーと理事長が満面の笑みで硬く握手しているところ。全国ブリーディング大会不定形部門2位で夢破れたマスターなど、メモリ残量を確かめる手頃なスナップにすぎないのだ。
 同情のように響く寂しいシャッター音が、ふたりと1匹の密談を確かに切り取っていた。




DoroR!ch
水のミドリ



8月13日 00:44 


 ぱしゃり、と優しい音がして、私は半年前の思い出から引き揚げられた。
 馴染みのカメラマンが、私に向けて一眼レフを向けている。撮影はまだ始まっていないはずだけど、とぎこちない笑顔を作ると、オフショットだよ、と声を掛けられた。緊張を解くように息をついて、私は丸テーブルの上に開いた雑誌へ目を戻す。パンプジンのペポ。ティーンエイジャー向けのポケモン雑誌の隅っこに、まだ笑顔の固すぎる私が載っている。先日発刊されたばかりのこの9月号は野菜がテーマらしい。ごてごてしたリボンを髪に巻かされた私は、その髪の腕に持たされたおたまをカボチャ口に差し込み、中からオレンジ色に光るロウをよそっていた。人間の文字は読めないけれど、脇には「特大サイズをめしあがれ!」なんて書いてあるに違いない。……見返すとこれ、すごい恥ずかしい。お腹のカボチャ顔は、私でもそんなに触らないところだ。けどこういうのが若い人間の子たちにはもてはやされるようで、あのカメラマンはノリノリになってレンズを向けてきていた。霊ポケモン専門雑誌“Peek-a-Boo!”のコンセプトはいわゆる”怖カワイイ“というものらしい。パンプジンの私にはよくわからない。
 写真映りの悪い私に眉をひそめていると、スルリと雑誌をすくい上げられた。目で追うと、ふくれっ面のムウマージが魔女帽子の下から私をジト目で睨みつけている。
『むー、ペポ、ワタシの話聞いてた?』
『えと、なんだっけ』
『最近ぼぉっとしてること多いよね? モデルになってから半年だっけ、カメラマンさんの期待に添えないと、この業界やってられないよー。これ、ウダツの上がらない先輩からのアドバイス!』
『心配してくれてありがと。でも大丈夫だから』
 ムウマージのウィッチは、私の先輩にあたるポケモンモデルだ。さっき取り上げられた9月号の表紙に載っている。霊ポケモンらしからぬ爛漫な笑顔は、彼女がトップを飾っただけで雑誌の売り上げの6割を保証すると言われていて。バームロールをミアレガレットで挟んだような丸テーブルに雑誌を閉じて、ウィッチがひらひらの手の先で撮影小物のマカロンをつまんで口に放りこんだ。今日撮る10月号はお菓子がテーマなのだ。
 しゃくしゃくとギザついた口で咀嚼して、ウィッチが紅茶でマカロンを飲み下した。
『だからさっきの続きだけど、ナオシさんだって! ナオシ・インティライミ。新進気鋭のいま頭角を現しているシンガーソングライターだよ。ペポも好きじゃん!』
『ああ……ね。知ってるよ』
『むー、何その反応。そっけないなー。ほら週刊誌にも大々的に取り上げられてるんだよ』
 ウィッチが取り替えて見せてきた大衆誌には、仰々しいフォントで大見出しが打たれていた。人間の文字は読めないけれどきっと「人気絶頂の音楽家、パートナーポケモンと熱愛!」なんて書かれているのだろう。清潔に顎髭をそろえたパナマ帽を被った青年と、相棒のコロトックの間にハートマークが浮かんでいる。
 きのうのワイドショーを賑わわせていたのは、もっぱら彼の話題だった。長年アーティスト活動を続けてきた相棒である雌のコロトックとの、恋びと関係。10周年の節目だとかで、発表したらしい。知らないはずがなかった。むしろ忘れたくても頭から離れそうもない。うまい愛想笑いも返せなくて、これじゃあ撮影にも響きそうだった。
 ソーナンスみたいな渋顔の私をよそに、ウィッチはトロンとした顔で空想にふけっている。
『どうなんだろうねぇ、人間とポケモンの恋。今ドキってカンジだよねー。……あ、ドクロきたー』
 あくせくと撮影の準備を整える人間たちの足元を、ぬいぐるみのシルエットがてちてちと縫ってくる。ジュペッタの不機嫌そうな強面が、私とウィッチの間に割って入った。この話題を切り上げたかった私にとっては、ありがたい救世主だ。
 マシュマロを模した白のふわふわスツールに、ばふん、とドクロがお尻を投げる。丸テーブルに両腕を投げ出して、チャックのすき間から大きなため息をひとつ。ジュペッタであるドクロは、浮いて移動する私やウィッチと違って歩かなきゃいけない。今年の夏は猛暑が続くから、体がこたえているのだろう。
 嬉々としてナオシの噂話を続けるウィッチだけど、ドクロはテーブルに伏したまま取り合おうとしない。
『ドクロもナオシさん好きだったっけ?』
『私が愛するのはあるじだけヨ』
『愛するって! 話が重いなー』
 ドクロがうっとうしそうに腕を振る。大きな手でウィッチを遮って、彼女が私の方に顔を向けた。内緒話をするようにチャックの端から小言を漏らす。
『……疲れるワ。スタジオへ来るまでにへばってるっていうのに。ウィッチちゃんに付き合わされると、ロクなことない』
『それは言い過ぎじゃ……。そういえばドクロの主人さんはどこに住んでるんだっけ」
『ミアレ美術館の向かい側よ。スタジオとは町の正反対ね。それでも近くなった方。前はクノエより北のの辺鄙な田舎町に住み着いていたのヨ』
『えっ知らなかった。実は私もクノエの出身なんだ』
『奇遇ネ。あそこの収穫祭はおおらかで好きよ。見世物小屋までやってきてたわよね――あら』
 地元トークに花が咲きそうになったところで、ドクロが何かに気づいたようだった。子供が描いたチューリップのような赤い両目が見開かれる。ずいと寄ってくる彼女の顔はなんでもお見通しだというふうにぎらついていて、私はちょっとたじろいだ。
『……ペポちゃん、あなた嫉妬してるワ』
『え?』
 彼女の怖い顔に気圧されて、私はスツールから転がり落ちそうになった。嫉妬してる? 私が? 必死になって自分の中にその原因を探しているうちに、なんでも恋バナに繋げたがるウィッチがふわふわと口を挟んでくる。
『ペポが嫉妬? ああー、だからさっきナオシさんの話の時ぎこちない顔してるんだ。コロトックに盗られちゃったって気持ち、分かるよ。ナオシさんのファンだったら、そりゃそうなるかー』
『なるほどネ。大ファンなら仕方ないワ』
『ち、ちがちが違っ! そんなんじゃなくて、私が羨ましいなって思ってるのはナオシとコロトックの関係性で――あ』
 盛大に口を滑らせて固まった私に向かって、目を輝かせたふたりの顔がズイズイズイと近づいた。
『ウッソ……、ペポったらもしかして、もしかして!』
『……意外。私もあるじを愛しているけど、ペポちゃんが一線越えるくらい親密だなんて、信じられない』
『……うぅ』
 畳みかけてくる彼女たちの威圧感に、私はなにも反論できずに首をすっこめた。みなまで言うな、みたいな顔でウィッチは頷いているし、ドクロはあからさまに引いている。
 ふたりの反応が正反対なのも理解できた。近年ポケモンと人間の垣根が低くなってきている。私の主人のシューゴみたいにポケモンをモンスターボールに収納せず暮らすトレーナーも増えていて、そういう要望に応えられる賃貸も増えてきているらしい。とはいえ、その間柄が恋びとともなると世間の風当たりは強いままだ。いくら心を通わせてるとはいえ、日常生活で会話が一方向だと不便が多い。それに体を重ねられたとしても子どもは望めないだろう。種族にもよるがコロトックともなれば人間よりも寿命はかなり短いはずだ。男やもめにされたナオシさんは、パートナーと結ばれて幸せだったと思えるだろうか。
 ぱっと思いつくだけでも、これだけの困難が浮かんでくる。当人たちはこれから毎日そんな辛苦を乗り越えていくんだろう。それでも、週刊誌の一面に取り上げられるような深い関係性は、羨ましかった。
 合点がいったように、ウィッチがニヤニヤ顔を浮かべている。
『ペポのご主人は……秀悟さんって言ったっけ。何回かしか会ってないけど真面目そうだし、言われてみればちょっとイケメンって感じ? ポケモンで例えればエルレイドってところかなー。元はブリーダーだったんでしょ、ペポのこといろいろ理解あるみたいだし、そう思えば理想的かもねー。その髪をブラッシングしてくれたりー、ご飯は好きなものを好きなだけ出してもらえたりしてさー? 夜はベッドで……にひひひひひ』
『……毎晩ぎゅってしてもらえるのは、ジュペッタからすると羨ましいワ』
『か、勝手なこと言わないでってばーッ!』
 想像を膨らませたウィッチが、好き放題おしゃべりし始めた。魔女帽子の下でギザギザに割れた口の端が持ち上がっている。ちょっと怖い。
 つられて私も妄想してしまった。人間とポケモンの恋、私と主人ならどうだろう。彼とさらに深い仲になるのは、雲の海を泳ぐようなものかもしれない。マシュマロのスツールみたいなフワフワの幸せに包まれて、追いかけっこしているだけで楽しいはず。でも深く潜りすぎてしまえば、雲の層を突き抜けて真っさかさま。――夢から叩き起こされることになる。少なくとも、私が望んだところで彼にその気がなければどうにも進展しない。
 ああ、モヤモヤする。シューゴにブリーディングされていただけの半年前まではこんなこと思いつきさえしなかったのに、ポケモンモデルに転身して人間と同じような扱いを受け始めたからだろうか。でもちょっとからかわれただけでこんなに妄想が広がってテンパっちゃうってことは……そういうことなんだろうなあ。
 私の表情がぎこちないという理由で、撮影は2時間うしろにずれこんだ。



9月7日 20:32 


 クノエ一帯のカボチャ農家は10月末の収穫祭(ハロウィン)に向けて競技カボチャ作りに魂を込め、それは俺の家も例外ではなかった。
 その年の夏は日照が長くうどん粉病も流行らなかった。7月の太陽を一身に浴びて育ったカボチャは、農家の期待を背負ってすくすくと肥えていった。親父は例年にも増してカボチャに目をかけていた。早朝の水やりに起きられないからと酒を抜き、ミアレのカジノに通うこともぱったりとやめていた。
 追熟も終わった10月31日。クノエの街で例年開かれている収穫祭へ、1番大きく育ったカボチャを携え意気揚々と繰り出した。ふだん苗を載せている軽トラックの荷台によじ登り、俺はカボチャが転がり落ちないよう見張っていた。小学校に上がったばかりのひょろっちい体では、どてカボチャを支えるだけで精一杯だったはずだ。親父は農道をかっとばし、トラックのタイヤがアスファルトの段差を乗り上げるたび尻を突き上げられる衝撃を受けていたことを思い出す。
 まだ昼過ぎだというのに祭り会場は人で溢れていた。
 カントー地方の伝統的祭事を真似ているという出店を横目に、受付の大型テントへずんずんと進む。俺の力ではびくともしなかった特大カボチャも、親父のポケモンであるハリテヤマに抱えられると小さく見えてしまうのが不思議だった。見上げれば、紐に通されたペナントがヨワシの魚群のように青空を泳いでいた。
 ハリテヤマがカボチャの列の最後尾に我が家のものを下ろし、親父がナンバー3のシールを貼り付けた。例年50もの農家がエントリーするのだが、優勝するのは決まって若い番号のカボチャだった。駆けこみ参加はもっぱら祭りを楽しんでいる人たちで、大会の優勝を掛けている農家はひと握りだけなのだ。
 今年こそ絶対に優勝するぜ、と意気込んだ親父が、ナンバー3のカボチャをばしばしと叩いた。
 品評会は午後5時から始まることになっていて、それまでにはまだ時間がある。親父は早々に飲み仲間とジョッキをぶつけ始め、自由になった俺はわずかな小遣いを握りしめ屋台を見て回ることにした。
 もともとは農作物に感謝するだけの土着の収穫祭だったようだが、クノエ共同組合が出資するようになってからは観光色も顕著になり、生産物を安く販売する出店やアクセサリーを並べる露店、見世物小屋のドームテントまであった。見世物小屋ではカロスで珍しいポケモンとのふれあいが行われている。当然子ども達の興味はそこに集中し、深紫色のテントの継ぎ目から中を覗こうと近所の子たちがひしめき合っていた。俺もその最後尾に加わり、爪先立ちで布の隙間を覗こうと必死になっていた。
 ――ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ!
 背後からいきなり浴びせられた罵声に、テントへ張り付いていた子たちがいっせいに振り返った。
 隣に住んでいる(と言っても家自体は2kmは離れている)年の近い女の子だ。朽葉色の癖っ毛が額の位置でくるんと回っていて、不敵に笑った時に見える八重歯が俺は少し怖かった。よく覚えている、名前は陽奈ちゃん。いじめっ子の男子を力でねじ伏せ泣かせたという伝説を打ち立てたような活発な子だった。
 気の弱いフラベベなら花を投げ出して逃げるような剣幕に、子どもたちはお互いに顔を見合わせてたじろいた。クイタランに狙われたアイアントの群れさながら、集団が硬直している。
 俺も周囲に合わせ視線を反らせたが、陽奈の標的はどうも俺にロックオンされているようだった。彼女が1歩進み出るたび、我関せずと子どもたちが道をつくる。彼女の視線に射すくめられたまま、俺は背中をテントの布に押し付けられていた。
 彼女の機嫌を損ねるようなことをしたか、あらん限りの速さで記憶を巡らせる。このあいだ彼女の家にあがったとき、お絵かきの黄色いクレヨンを折ってしまったこと? それともずっと前ふざけたあだ名をつけて流行らせてしまったこと? 言われてみればなにぶん心当たりがありすぎて、気づけば鬼の形相がそこまで迫ってきていて息を止めた。
 けれど、その口から放たれた棘は、俺がまったく予期できないものだった。
 ――アンタの家のカボチャ、なんであんなに大きいのよ! 反則よ反則! 勝てっこないじゃない!
 彼女の捨て鉢な台詞で、前年の収穫祭を思い出した。彼女の家もカボチャ農家で、昨年度のコンテストでは3位に入賞していたはずだ。我が家のは2位だったから、今年こそは、と息巻いていたのだろう。しかしテントに鎮座しているナンバー3を見て、子どもながらに勝敗は着いているのだと悟ってしまったらしい。黄色い瞳のつぶらな両目は歪んで、その奥に執着の炎が漲っていた。
 なんとも不当な言いがかりに、俺も冷静になれなかった。そんなの俺に言うなよな、とか、悔しいからそうやって八つ当たりするんだろ、とか、火に油を注ぐようなことを俺が言い返したのだろう。激昂した陽奈とすぐに取っ組み合いになって、もつれた俺たちは見世物小屋へ倒れこんだ。
 子どもふたり分の衝撃に煽られて、一枚布はめくれあがりテントは骨組みを晒すことになった。小屋中の観客たちはどよめき、若い女性の悲鳴が上がってあたりは狂乱に陥った。
 それでも事態はすぐに収束し、見世物小屋のオーナーによってテントに布が張り戻された。駆け寄ってきた大人たちによって覗き見していた子どもたちは三々五々に散らされて、布に倒れこんだことを告げ口された俺は知らないおじさんからこっぴどく怒鳴りつけられていた。
 10分ほどの拘束からようやく許されて、俺はとりあえず謝ろうと陽奈を探す。しかしその姿が見えないことに気づいた。テントの周りをぐるりと巡っても、彼女は見つからない。中を調べるため潜り込もうとしたが、また怒られそうでやめた。
 嫌な予感がした。名前を呼びつつ、出店のあたりも探索してみる。ほかの子たちに聞いても、みんな首を横に振るだけだった。
 砂漠でノクタスに追いかけられる旅人のように俺は走り回っていた。子どもから大人へと陽奈の失踪は言い伝えられていて、夕方には祭り会場全体で捜索が始まっていた。
 すでに赤ら顔になっていた俺の親父は、そのせいでカボチャ品評会が遅れていることに腹を立てていた。俺が受け付けまで戻ると、なんでお前が見ておかなかった! とゲンコツが飛んできた。
 ――大会がおじゃんになったらどうしてくれる! おれはこの日のために酒も賭博も我慢してきたんだぞ!
 言霊だろうか、親父の懸念通りカボチャ品評会は中止となった。陽奈の母親が大会の主催者で、いなくなった娘を探すべく奔走していたからだ。
 夕暮れ、カボチャを並べたテントの中で、俺は膝を抱えてうずくまっていた。切羽詰まった大人たちの慌ただしい状況報告が、ぱたぱたと近づいては遠のいていく。
 悪い想像が俺の中を耳鳴りのように渦巻いていた。
 陽奈はどこに消えてしまったのか。騒動のどさくさに紛れて見世物小屋に捕まっただとか、収穫祭で活発になる霊タイプのポケモンに冥界へ連れ去られてしまったとか、身を固めていると悪夢が次々と思い浮かぶ。けれど俺にできることなど何もなくて、ナンバー3のカボチャに寄りかかったまま眠りに落ちていた。
 それでも寝ていた時間は30分にも満たなかっただろう。寝ぼけ眼で抱えていたカボチャを見つめると、目があった。カッターでくり抜かれたような丸い目の奥から、卵の黄身のような丸い光が漏れている。陥没したヘタの部分を覗くと、そこから潰れた顔が俺を見返していた。
 うひゃぁっ!? 情けない悲鳴を上げた俺は、抱えていたカボチャ突き飛ばしていた。
 転がされたカボチャはしかし他のものにぶつかることなく、物理法則を無視して宙に浮かび上がった。慣性のまま後ろに一回転し、くぼんでいた朽葉色のヘタがにょきりと伸びる。カボチャにえぐられた空洞よりも小さな目と、小悪魔のような八重歯。
 バケッチャだった。俺が眠っていたすきに、我が家のカボチャはあろうことかバケッチャになっていたのだ。
 一瞬、いなくなった陽奈を連想した。髪色と、癖っ毛と、覗く八重歯。こうして実物のバケッチャを前にすると、見た目もそっくりだ。あの世へ行けない魂がカボチャに入りバケッチャになるの、だから近づいちゃいけないのよ、と忠告したお袋の言葉が蘇る。ということはもうあの子は――。
 たまらず俺は泣き叫んだ。泣き続け体調が悪くなったらしく、芝地にうずくまったまま覗きこんでくるバケッチャに怯えていた。親父の鉄拳とはまた違った怖さがあった。
 すぐにお袋が飛んできて、俺は軽トラで実家へと回収されていった。夜道をサーチライトのようについて来るバケッチャがひたすら怖くて泣きやめず、うるさい! と後部座席で飲んだくれた親父に何度も殴られた。
 いつともわからぬうちに寝てしまっていた。
 次の日目覚めると、俺の枕元にバケッチャが鎮座していた。ギョッとしたが不思議なもので、あれだけ怖かったカボチャお化けも、朝日に照らされた寝顔はなんだか可愛らしかったのだ。名前はペポにする、と言いながらバケッチャを抱えてリビングに降りた俺は、お袋から呆れた笑顔で返された記憶がある。
 そのあと聞かされたことだが、失踪した陽奈ちゃんは夜になってから見世物小屋のテント近くで倒れているところを発見されたらしい。走って転んだ擦り傷くらいしか外傷はなく、意識もはっきりしていたとのこと。けれど相当怖い目にあったのか、ひどく怯えてどこで何をしていたかは決して喋らなかった。相当ショッキングなことがあったのだろう、性格もおとなしくなって、以降むやみに俺に突っかかってくることはなくなった。テントの陰で俺に迫ってきた癇癪をそのまま霊ポケモンに抜かれてしまったかのようだった。
 ともかくペポが恐ろしいポケモンかもしれないという疑いは晴れ、俺は舞い上がっていた。ずっと欲しがっていた妹ができた気分だ。近所の子たちはまだポケモンを許されていない家庭ばかりだったから、小学校ではヒーローだった。授業中は裏庭の花壇に埋まっていて、休み時間はペポとみんなでドッヂボール。球と間違えてペポを投げるだけで、今思えば何が面白いのか全くわからないものだが、当時はそれがはちゃめちゃに楽しかった。ふと教室の窓を見上げれば、窓際の席で陽奈が本を開いていた。男勝りでドッヂボールにも毎回参加していた陽奈は、あの失踪事件が起きてからすっかりなりを潜めるようになっていた。

 と、そんな思い出話をかいつまんで披露したのは、ペポと同じモデルポケモンのマネージャーをしている先輩の(めぐみ)に「誘拐事件に遭遇したことある?」と唐突に取材されたからであった。
 ミアレシティのプロモスタジオからほど近く、サウスサイドストリートから1本路地へ曲がったところにあるカフェ・ツイスターの端の席で、俺は小声で語り終えた。ペポを撮影現場へ送り届けた後、ちょっと話があるの、と恵に誘い出されたのだ。洒落たクロムメッキのビストロテーブルを挟んで座る彼女の背景には、モダンな縦長窓を通して夜のベール広場が静けさをたたえている。閉店間際のカフェには、俺たちの他にカップルが1組と、おひねりを狙うトリミアンがカウンター横におすわりしているだけだ。ずず、と乾いた喉をブラックコーヒーで湿らせて、真剣に聞いていた恵を窺う。
 俺の話の要点を整理していたのか、彼女は開いた手帳を見返していた。サロン帰りのようなウェーブがかった白金色の短髪、隅々まで見逃さなさそうなつり上がった目尻は、まるで何にでも興味しんしんな小学生女児をそのまま大人にしたよう。それでいて顔全体は小さくまとまっていて、彼女自身がモデルでないことが口惜しくなるくらいだ。白のブラウスは腰回りのリボンが小洒落ていて、スキニージーンズから細い足首が覗く。そんな恵にコーヒーを誘われて、少なからず俺は緊張していた。その彼女の口から誘拐、なんて物騒な言葉が出てきたから、俺はずっと不思議そうな顔で思い出のあらましを語っていたのだろう。
「――子供の頃の体験ですけど、ペポと出会った事件なので忘れずに憶えているんです。アルバムを何度も見返したりして」
「なるほどね……。期待していた話からは逸れていたけれど、それはそれで興味深いわ」
「でもなんで急にそんな話を?」
「ま、いろいろ調べててね」
 恵は意味ありげにペンを口元に当て、秘密ね、のジェスチャー。そういえば彼女のポケモンのムウマージも同じようなポーズをとっていた。ポケモンはトレーナーに似るとよく言うが、これはムウマージが恵を意識して真似ている節もあるのだろう。
「まだまだ噂話の域を出ないんだけど、つい最近になって、ミアレの街で誘拐事件が多発しているらしいの。なんでも自分そっくりのドッペルゲンガーにさらわれるんだとか」
「へぇ?」
「それについては来週の日曜のキャンプで私の知り合いから詳しく聞かせてもらおうと思ってるんだけど――ってそうだ、キャンプの件どうなってるかな」
 恵は開いた手帳をペンの先でつつきながら、覗き込んで垂れた前髪を左手で搔きあげていた。ぼうっとした俺が返事をしないでいると、鋭い視線がずいと見上げてきた。慌てて口を開く。
「ええと、キャンプの件ですよね」
「……そうね」
 気が逸れていることを悟られないよう、さも当然のように頷いた。実のところ、そのキャンプの予定については全く記憶にない。が、恵の口ぶりからして、そのイベントは俺に知らされているらしかった。何のことでしたっけ、なんて聞き返せば、先輩からの評価が下がることは目に見えていた。「秀悟くんって、いつも人の話聞いてないよね」とため息をつく彼女の姿が目に浮かぶ。いや、説教が始まるならまだよかった。言いたいことを飲みこんで失望めいた目で見られることだって考えられる。
 至って冷静を突き通し、俺も自分の手帳を開く。わざとらしくならないように、ああ、と明るい声を出した。
「キャンプ、楽しみですね」
「そうね!」
 恵は同じセリフを口にしたが、その響きは普段の彼女の明るさに戻っていた。どうやらうまく話を合わせることができそうだ。
 それにしても山に行くのだろうか、それとも海辺か。テントは誰が持って行くのだったか、そもそも事前の準備が必要ないグランピングなんてものもある。山に向かうなら、ミアレから俺の故郷のクノエ周辺まで行くことになっているのか。海ならコウジンタウンまで下るのかもしれない。コボクタウンを貫く湖岸通りは見晴らしも良く、ドライブにはもってこいだ。
 自分の手帳をめくっても、それらしきことは書かれていなかった。キャンプの話を聞いたときも、きっと適当に相槌を打ってやり過ごしたのだろう。顔に出ないよう気づかいながら、俺は心の中で舌打ちした。
 横目で彼女の手帳を盗み見る。9月15日の正方形の枠の中に、魚が跳ねている走り描きがあった。
 ああそうか、ピンときた。キャンプ先は海だったのだ。恵は可愛らしいイラストを走り書きするこれまた小学生のような性分がある。そう考えれば、以前の撮影帰りにキャンプの話題が出てきた際――いまだそんなやりとりをした記憶はよみがえってこないけれど――寒くなる前に海に行っておくと言っていた気がしてきた。ぼんやりとした曖昧で不明確な感覚だが、だんだんそんな気がしてきた。
 気の利いたセリフのひとつでも付け加えて、できる後輩だってことを恵にアピールしておきたかった。齟齬のある言葉を選ばないよう慎重に、それでいて違和感のない流暢さで、俺は口を開いた。
「なら毒消しは俺が用意しておきます。9月の海はもうメノクラゲが増え始めますから」
「海? え、海ってどういうこと?」
 恵の引き締まった言葉が帰ってきた時点で、しくじった、と思い知らされた。胃がきゅっと縮こまる。怪訝に見返してくる恵の視線に、俺の背中を冷や汗が流れ出した。
「マネージャーの交流会でのキャンプは、秀悟くんの実家でやるってことに決まったじゃない。バーベキューセットとか貸してくれるって」
「え、ええ、そうでしたね……」
 恵がペンの先でつついたのは、日曜日は9月16日。凡ミスだ。うえ向き矢印のシンボルだと思っていたそれは、キノコのマークだったらしい。土曜日はきっと友人とミアレで話題になっている魚介ランチにでも行く予定が入っていたに違いない。なんというブラフ。
「……もしかして幹事するの、面倒臭くなっちゃった? なら私が引き受けるけど」
「いや、そういう訳じゃなくて、ただ思い違いをしてただけですから」
 しどろもどろになりながら、恵の憐憫さを含んだ視線をかいくぐる。ポケモンマネージャーとして、キャンプでCMや他雑誌の出演権を握るプロデューサーとコネクションを作る営業も大事な仕事のひとつだ。先輩の評価が怪しくなったことは明らかだが、ここで取り乱したら全く信用されなくなるかもしれない。曖昧に、けれど毅然とした態度で答えるほかない。
「秀悟くん、そういう忘れっぽいところあるよね。ブリーダーやってた時はそれでよかったかもしれないけど、ポケモンマネージャーに転身したからにはしっかりメモとる習慣つけたほうがいいよ。秀悟くんの不備でペポちゃんが撮影に間に合わないなんてことがあったら大変でしょ。なんでも手帳にメモすること、これウダツの上がらない先輩からのアドバイス」
「……肝に命じておきます」
 マネージャー業かたわら週刊誌の売れっ子フリーライターになりつつある恵先輩が言うと皮肉にしか聞こえないが、口を挟むのはやめておく。そういえば、このあいだの音楽家とその手持ちポケモンのスキャンダルをスクープしたのだって彼女だという噂を聞いた。さっき聞いてきた失踪事件も記事にするような話なのかもしれない。
「それで、キャンプ当日、運転してくれる話ってどうなった?」
「あー、ええと?」
 口ごもりながら、縋るように自分の手帳に目を落とす。当然ながらそれらしいことは書かれておらず、カレンダーには余白が目立っていた。車を出す約束なんて取り付けていただろうか。ドライブデート? いや落ち着けほかの参加者もいるはずだ。そもそも半年前のブリーダー大会で勝ち取った賞金では、新車を購入するには至らなかった。中古で買ったボロい軽自動車は、デートに適しているとも言い難い。となるとレンタカーを借りる必要もでてくる。それはまずい。
 でも、ここでノーとは言えなかった。
「できます、俺に任せてください」
「やった! バーベキューで飲めないなんて楽しくないもんね。帰りの運転は頼んだよ」
「……そのための足ですか俺は。俺にだって飲ませてくださいよ」
「いや秀悟くん未成年でしょ」
 ことの詳細を恵から話してくれて、俺は胸をなでおろした。キャンプの日程を忘れた失態を取り返せたとは思わないが、恵の心証はこれ以上悪くならないようだ。助かった。
「それから運転といえばなんだけど、ここの代金払うからさ、ちょっと連れてってほしいところがあるんだよね。すぐ近くなんだけど、車で5分くらい。私もたまにはハンドル握らなきゃ鈍っちゃうんだけどさ。……そういえば秀悟くん、撮影のたびクノエの実家からミアレのスタジオまで通ってるんだっけ、偉いよね。引っ越しちゃえばいいのに」
「……ありがとうございます、でも今日はあいにく電車で来ていて」
「そう? 残念。それじゃ、私はちょっと次の取材があるからこれで。久しぶりにメェークルに乗ろうかな。それともう当日までキャンプの話はしないからね。しっかり覚えておくんだよ?」
 じゃね、と彼女は伝票に札を1枚重ねて、颯爽と夜の街に消えていった。幅広のウィンドウに彼女の背中を見送って、残された俺は盛大なため息をひとつ。夜行性のポケモンはいい表情を引き出すために深夜の撮影が基本で、ペポを引き取るまでに4時間はひとりで待つことになるだろう。ネットカフェを探して暇を潰すか。すっかりぬるくなったコーヒーで晒した醜態を流しこむ。なんとも苦い味がした。
 待ち時間はいつもは寂しい思いをしているのだが、こんな日はひとりになれるのがありがたかった。会計を済ませるとき、レジスターの隣できちんとおすわりしたトリミアンがじっと見上げてくる。お前もがんばれよ。手入れを諦めたような毛並みの頭をわしわしと撫でる。受け取った小銭は、首にかけられたステンレス缶に投げ入れた。


9月16日 10:13 [#8a5bopH] 


 キャンプとはメグミがそう呼んでいただけで、実際のところはシューゴの家の庭でバーベキューをしながらポケモンマネージャーたちが情報交換をする親睦会のようなものだった。
 つい2時間前まで、裏庭は荒れに荒れていた。伸び放題だった麦色の下草を芝刈り機で一掃し、割れた陶器の鉢植えを片付け、代わりにノームの人形を縁石に並べた。花壇にはメルヘンな色をしたキノコしか生えていなかったけれど、案外それはそれで雰囲気が合っている気がする。
 気温は朝からあまり上がらず肌寒かった。切れ切れの雲の間を泳ぎたくなるような秋晴れで、だから雨風をしのぐタープすら張っていない。納屋の奥から引っ張りだした網を2本のコナラのあいだに固定して、即席のハンモックをひっさげた。肉や野菜がぱんぱんに詰まったクーラーボックスはもう出されていて、あとは客人を待つだけだ。私は折りたたみのビニールチェアに腰を据え、パイプテーブルに拾ったドングリを広げていた。11月下旬になればコナラもクノエに代表的な紅葉の色づきを見せるのだけれど、9月中旬ではまだ緑の葉を茂らせている。ドングリさえ見つけるのに苦労した。
「あれ、ペポ起きてきたのか。昨日は撮影が長引いてだいぶ疲れていたみたいだし、寝てていいのに」
 ピザ窯に火をつけようと格闘していたシューゴが、こっちを振り向いて意外そうに額の汗をぬぐっていた。煤だらけの腕を庭用スプリンクラーで洗う彼に、大丈夫だよ、というふうに私は首を振ってみせると、そっか、と少しくたびれた笑顔が返ってきた。私がいじり回していたドングリをひとつ摘み上げると、懐かしそうに目を細める。
「もうすっかり秋模様だな。“Peek-a-Boo!”で決まったハロウィンイベント、俺も楽しみだよ」
 ぷじん! そうだね、と返事するように、私は元気な鳴き声をあげた。
 ウィッチとドクロと私が表紙を埋め尽くした10月号は売れ行きがすこぶる好評で、そのゴースト3匹娘でハロウィンにイベントを打ち上げることが決まっていた。10月31日、ヤミラミやギラティナなど怖いポケモンに仮装する人たちで溢れるミアレの街を、これまた仮装した私たちが練り歩くのだ。クノエ近辺の収穫祭とはかなり毛色は違うけれど、それはそれで楽しそう。
 で、せっかくの仮装パーティなら、私もなにか身につけたい。それで考えたのがドングリのネックレス。虫食いのないドングリに穴をあけ、軽くてしなやかな麻紐に通していく。装飾が単調にならないよう、劣化しにくく丈夫な笹の葉をところどころ挟みこむ。細い笹どうしを結んでお洒落なリースみたいにしてみた。けっこうカワイくできたつもり。
 ペンダント作りにいそしむ私を渋緑色の折りたたみチェアから眺めていたシューゴが、私の手元を見てぎょっと目を剥いた。
「ああもう、穴開けるのに呪い釘なんか出すなよな。そういうところ、ペポは昔っから不器用なんだから」
 髪の腕へ不意に重ねられたシューゴの手に、私は一瞬ドギマギしてしまう。工具箱からキリを取り出した彼にドングリを渡し、パイプテーブルに両肘をついて集中する彼の横顔をまじまじと覗きこんでいた。
 ――そんなことを考えるなんて、私ってばやっぱり意識しちゃってるのかな。ウィッチとドクロにはやし立てられた言葉が蘇ってきて、膨れ上がる胸のモヤモヤを押しとどめていた。そうだ、せっかくならネックレスはふたつ作って、シューゴとおそろいのものにしよう。一生懸命やれば、たとえ出来がお粗末でも彼なら身につけてくれるんだろうなあ。私は早速ドングリ集めに取りかかった。

 最初の来訪者はメグミだった。朝の11時を回ったくらい。フロントガラスがやたら丸っこいミント色の軽乗用車が玄関前に止まって、運転席から丸襟のオレンジニットとジーンズ姿の彼女が降りてくる。すっかり秋の装いだ。
「頼まれたもの、途中で買ってきたから」
「助かります。――ってなんでお酒まで買ってるんですか」
「帰りは秀悟くんが運転してくれるんでしょ」
「え?」
「え?」
 昼過ぎにはあと4人来て、グリルセットとピザ窯を囲んで大いに盛り上がっていた。ミアレ暮らしの彼らには新鮮な印象があったのか、秋空の下で肉を焼くことはそれだけで人気があるみたい。最近はミアレのど真ん中でも手ぶらでバーベキューができるんだって。来客のひとりでライボルトのモデルマネージャーだというチャラチャラした見た目の青年が自慢げに語っていた。
 ビニールチェアを追い出された私は、メグミの連れてきていたウィッチとともに小さな焚き火を囲んで談笑する人間たちを遠巻きに眺めていた。ばちばちと弾ける火の元には、アルミホイルに包まれたサツマイモがおやつタイムを待っている。
 コナラの枝の先に刺したマシュマロを炎にかざしながら、ウィッチがにやけた口を開く。マシュマロはメグミが買ってきたものだ。
『ペポちゃんどうなのー? あれからご主人さんとはヨロシクやってる?』
『……その言い方なに。だから私とシューゴはそんなんじゃないってば』
『またまたー。早くしないと、メグちゃんに取られちゃうかもね。ああ見えて彼女、けっこう浮かれてるの。好きなひとといっしょにいると、ほら、マグカップとかで口許を隠すんだよ。ボーイッシュな見た目してるのに案外オトメなんだよねえ。メグちゃんが子供のときから一緒だったからワタシ、分かるんだ』
『…………』
 ウィッチは心底楽しげにギザギザの口を開け、その場で渦巻くように旋回していた。彼女の黄金色の眼の先には、肉を取り分けるメグミがシューゴと盛り上がっている。これウチで採れたカボチャなんですよ食べてみてください。そうやって私たちのお腹をカボチャで膨らませて、お肉をひとりじめする算段なんでしょう? 耳をそばだてればそんな会話が聞こえてきそうだった。トングを口許に近づけてハツラツと笑うメグミが、ウダツの上がらない先輩からのアドバイス、とおどけてみせた顔に重なって。私の心の底のモヤモヤが、ゆっくりと膨れ上がっていく。
『なになに、ペポくん……だっけ。きみはそういうの趣味なの』
『え――うわ!?』
 突き抜ける秋晴れに似合わずどんよりした私のすぐ隣で、地面からぬっと紫の棘が伸びる。ずずず……、と現れたのはゲンガーだ。マシュマロを炙っていた手の先に火の粉が飛び散って、思わず私は枝を投げ上げていた。
『トレーナーとポケモンの恋路、ちょっと詳しく話してみてよ。おじさん興味あるなあ』
『えぇ……っと、顔近いんですけど……』
 ほぼ顔面でできている彼の体を押しのけ、やんわりと距離を取る。乾杯前の自己紹介で、確か名前はレイスと言ってたっけ。バーベキューを1歩外れた位置から見守っている紳士然とした男性、雑誌の監修を務めている徳治と名乗った人間のパートナーだ。歯並びのいい大きな口はちょこんと中央に纏まっていて、図鑑に描かれるような真紅のまなこはその色がずいぶんと抜けて優しい印象だ。これも紳士の嗜みらしい。
 私が放り出したマシュマロつきの枝をキャッチすると、レイスはその小さな口で枝先のふわふわを器用に抜き取り、よく味わって飲みこんだ。ありがとうね、と私に枝が返される。
『おじさん若い子たちが何に興味持っているか、リサーチするのも大事なお仕事なんだ。ぜひ聞かせてくれるかな』
『……っ』
 太いゲンガーの腕が、私のカボチャの肩口に回される。いやに馴れ馴れしいボディタッチ。その手に私の肌の感触を確かめるような素振りがあって、私は奥歯を噛みしめた。
 私は駆け出しのモデルで、こいつは雑誌監修者の手持ちポケモン。私が振り払えないことにつけ込んで……。その丸い腹にボディブローを叩きこみたくなる衝動を抑え、私はぎこちない笑顔を崩さないように必死だった。家の2階のカーテンを見上げる。こんなことなら部屋にこもって寝ていた方がはるかにましだった。
『ペポの話なんてつまんないですよぉ、あっちでアタシと楽しくおしゃべりしません?』
『そうかね? ではウィッチくんに頼みたいことがあるんだけど……』
 レイスの反対の腕に抱きついたウィッチが、猫なで声をあげながら私にちょっとしたウィンクを送ってくる。助け舟を出してくれた彼女に、私は左手でありがとう! のサムズアップを送った。さすがこの業界を長く渡り歩いている先輩だ。こういうヤカラの扱いも慣れているんだろう。本当に助かった。
『災難だったね。さっきは助けに入れないで、ごめんね』
『あ……、うん。大丈夫だから、ありがとう』
 ひとりで残された私に、優しげな声がかけられた。振り返って見上げた先にいたのは、ちょっとおどおどした顔つきのゾロアーク。シャンクという名前の彼もポケモンモデルのひとりで、悪タイプのポケモンたちをメインに扱った専門誌“ダークサイド”で活躍しているらしい。自信なさげな振る舞いといいこの業界にあまり慣れていない感じだけど、だからこそ駆け出しの私には親近感がわいた。
 話なら聞くよ、と優しくしてくれるシャンクに、気づけば私は小声で愚痴をこぼしていた。“Peek-a-Boo!”の撮影は楽しいけど、こういうポケモン同士の付き合いが大変だってこと。さっきみたいに嫌なことがあっても、シューゴのことを思うと、私は逃げ出せないこと。今日会ったばかりだけど同期のモデル仲間、というちょうどいい距離感の相手だということも、私の口を滑らかにした要因かもしれない。
 うんうん、と聞き手に回ってくれていたシャンクが、1歩下がっておどけたように大きな手をひらひらと振った。
『ほら、これ見て』
『?』
 何が始まるのかとそれに注意を向けると、手を握った彼が『3、2、1……それっ!』と手のひらを表に返す。さっきまではそこになかった、ひときわ大きなサイズのドングリが、コロン、と現れたのだ。
 私は目を丸くして、ついそれに手を伸ばす。いきなり彼の手の中に現れたそれは、タネも仕掛けもないみたいだった。
『わっすごい、どこから取り出して……ってなんだ、初めから手に持っていて、それをイリュージョンで隠していただけか』
『……ばれたか。ドングリのネックレス作ってたよね、さっきすごい大きいの拾ったから、よかったら使ってよ。それから愚痴が止まらなくなるくらい嫌なことがあった日は、いちばん信頼できる相手に、思いっきり甘えるといい』
『……気にかけてくれてありがとうね、参考にする』
 信頼できる相手……、ね。それが私を悩ませている理由のひとつでもあるのだけど、それをシャンクに言い返すのはお門違いだ。トングで威嚇するメグミと、それを見て和気あいあいと笑うシューゴを遠目に見て、私はゆるゆるとため息をついた。呪い針でドングリにでかでかと穴を穿(うが)ち、それをシューゴの首飾りの麻紐に通しておいた。

 バーベキューの肉もほとんど平らげられたところで、あ、とメグミが声をあげた。
「そういや黒沼くん、ドッペルゲンガーの件、進展あった?」
「おお、やっと話を振ってくれたね! いつオレに聞いてくれるかハラハラしながら待ってたんだよ!」
 クロヌマと呼ばれた実情家ふうのシュッとした青年が、紙の取り皿を置いてバッと立ち上がった。折りたたみチェアにかけてあったシルクハットを華麗な手さばきで頭に乗せる。どこから取り出したのか仰々しい身振り手振りでステッキを振るい、その場の全員の視線をかき集めていた。そういえば自己紹介で、手持ちのゾロアークのマネージャーをしながら、ふたりで大道芸のようなこともやってるって言ってたっけ。モデルをするようなポケモンのマネージャーは、なんでこうも個性の強い人ばっかりなんだろう。
 クロヌマは軽快な足取りで、寒々とした花壇のステージに黒い衣装をはためかせる。サーカスの前で客引きをする団長のように、高らかな声をあたりに響かせた。ケミカルな色のキノコとノームの置物が観客だ。
「ミアレの街に、突如ドッペルゲンガーが現れた」
「ゲンガーって、そこにいる子?」
 茶色髭の紳士の隣でショーを見守っていたレイスが、集まった視線にうやうやしくお辞儀で返していた。真剣そうに口を挟んだメグミを、クロヌマが腕をバッと振って制する。ショーを演じるマジシャンそのものの身振り。
「そう単純に思うことなかれ。ドッペルゲンガーとはポケモンではなく怪現象の名前だ。ここ数ヶ月、全く同じポケモンがミアレの街の遠く離れた2地点で同時に目撃される事件が相次いでいる。生き写し、ダブル、呼び方はさまざまあるが、つまるところそういう類のお話さ」
「へぇ?」
「あるときはカフェでおひねりを待つトリミアンに、またあるときはゴーゴーライドの最高齢メェークルに。首から下げた小銭受けもツノについた古傷の痕も、そのポケモンをよく知っていた目撃者が証言するには、全く同じものだったそうだよ」
 真剣そうに聞き入っていたメグミが、隣のシューゴに「ほらあのトリミアンもだったんだ」と肩をつついていた。曖昧な返事を返すシューゴに、私は気が気ではない。今さら目をそらしても遅すぎる、私の心の中のもやもやが、気のせいだとしらを切れないほどに増幅していく。
 メグミの興味はドッペルゲンガーに戻ってくれたみたいで、授業中先生に質問する生徒のようにビシッと手を挙げた。
「黒沼くん、でも一部のポケモンには、光を曲げて幻覚を見せる能力があると聞くわ。たとえば幻のポケモンと呼ばれるラティオスだとか、あとはあなたの……ゾロアークとか」
 メグミはペンを空中で揺らして、それをクロヌマのそばでじっと固まっていたゾロアークに向けた。一斉に集まった視線を避けるようシャンクはこそばゆそうに爪の先で顎下を掻くと、クロヌマが指を鳴らす合図に合わせて跳躍する。彼の体が地面に戻るまでには、その姿が特大サイズのパンプジンになっていた。どっすん、と可愛らしくない音を響かせて着地する。――つまるところ、私そっくりにイリュージョンしてみせたのだ。びっくりして固まった私の手を取ってステージに上り、ワルツを踊るように立ち位置をぐるぐると入れ替える。お客にアピールするようなわざとらしい「どっちでしょう?」みたいなポーズを、ウインクで促されるまま私も彼につられてやっていた。
 興味深そうに周囲が頷く中、クロヌマは満足げに話を続ける。
「すがた形が同じポケモンがいたら当然そう思うだろう? でもコイツの幻覚は――この通り!」
 持っていたステッキで、クロヌマは私のとなりのパンプジンの眉間をツンと突いた。目をバッテンにしたシャンクが『ほぎゃ!』と悲鳴をあげイリュージョンを解く。恨みがましい視線をクロヌマに向けたゾロアークが、そこに尻餅をついていた。
「触れれば質感まではごまかせないし、強い衝撃ではイリュージョンが解けてしまう。それに体臭や体温は変えられないからね。メェークルと思ってゾロアークに乗り上がれば、すぐに違和感に気付くことになるだろう。そしてドッペルゲンガーが見つかったポケモンは、直後に失踪してしまうのだ。そのあとすぐに戻されたようなのだが……。完全に同一のポケモンが現れるトリックを、オレは必ず解いてみせる」
 ゾロアークの見世物にか演説めいたクロヌマの口上にか、メグミをはじめ観衆がぱらぱらと拍手をしていた。ブリーディング大会ではさらに多くの観客に見守られながらアピールをしてきたけれど、こんないきなりステージに上げられると、どうにも恥ずかしい。私はオロオロとうろたえた視線をシューゴに向けていた。
「ちょっと、勝手にペポを巻きこんで公演しないでくださいよ」
「おっと、これは失敬」
「嫌な思いさせたなペポ、休んでてくれ」
 シューゴが私に向けてモンスターボールを構える。彼のブリーダー方針としてなるべく私をボールにしまっておくことはしたくないらしいけれど、緊急事態はその限りではないらしい。私が恥ずかしい思いをすることは、それほどシューゴにとってエマージェンシーなのだ。
 でも。
 さっきシャンクが慰めてくれた言葉を思い出していた。『嫌なことがあった日は、いちばん信頼できる相手に、思いっきり甘えるといい』。気づけば私は、ぷじぃん! とシューゴを遮るような大声を出して、彼がボールの回収スイッチを押す前にその胸へ飛びこんでいた。
「うお!? どうしたペポ……そんな怖かったか」
 押された衝撃で尻餅をついたシューゴの胸に、私は頬をすり寄せた。不恰好に宙へ吊られたままの彼の手から、私をしまうためのボールがこぼれ落ちる。キラキラと瞳を輝かせるウィッチや、なぜか満足げな笑みを湛えるレイスにもお構い無しに、しばらく私はシューゴを抱きしめたままでいた。

 夕方の5時を回ると、親睦会は早めのお開きとなった。焦げすぎたタマネギやメグミがふざけて焼かれる羽目になった毒々しいキノコを片付けながら、シューゴは楽しそうに笑う。
「俺も本格的にペポを売り出そうか。近いうちにミアレへ引っ越そうと思う。そしたら車も要らなくなるしな」
 いきなりの提案に、私はびっくりして固まっていた。浮かれた顔のシューゴが、心配するな、と私の頭を撫でてくる。わしわしと撫でてくる大きな手は、どことなく頼もしくて。シューゴの両親と離れて始まる彼のひとり人暮らし。それはとても……私にとって願ってもなくありがたいことだ。
「思い立ったがなんとやら、だな。今から相談しにいくよ」
 そう言うや否や、シューゴはゴミ袋を持って家の方へ上がっていった。……あ、できあがったネックレスを渡しそびれてしまった。まあこれはハロウィン当日でいいや。ふたりぶんの首飾りを、私はカボチャ口へ大事にしまいこんだ。


10月4日 11:44 


 親睦会から3週間と経たずに、ミアレの格安賃貸を探しだし契約まで済ませていた。家具家電付きのアパルトマンを運良く見つけられ、とりあえず半年間の契約をこぎつけた。当分はそこを根城にするつもりだ。
 最低限必要なものを集めた引っ越し荷物は、幸いダンボール3箱に収まった。まだ封をしていないひとつを覗きこむと、それはポケモンのファッションなど、マネージャーとしての知識を蓄えるための書籍の山。きらびやかな装丁に埋もれたその中から、渋い紺のカバーのかかったノートを引っ張り出す。開くと中には“ペポのかんさつにっき”と幼い俺の字でタイトルが書かれた大学ノートが2冊。何度も読みかえしすっかり退色しているけれど、ここにはブリーダーを目指していた頃の俺とペポの思い出が、俺たちの出会いから事細かに記されているのだ。
 思い出も大事だけれど、心機一転、これからだ。ペポのモデルとしての華やかしい記録もたくさん作っていかないと。3冊目に新品のノートを挟みこむ。
「梱包は済んだし、あとは業者のゴーリキーたちがやってくれるってさ。内見は俺だけで済ませちゃったし、先に新居のお披露目といこう。たまには電車でのんびりしような」
 カバーノートを小さめのリュックにしまい、殺風景な俺の部屋に落ち着かないペポの腕を引く。2階の窓からは畑で収穫のピークに追われる両親と、その向こうに寒々とした山裾が広がっていて。この景色も今日で見納めだ。そういえばペポがまだバケッチャだった頃は、こうして裏山を探検に連れていったりしたのだったか。最寄りの駅まで歩いて30分。俺の思いつきで決めてしまった新生活が不安なのか、か細い声をあげるペポを励ました。
 高速列車のチケットは、中型ポケモンをボールにしまわないでもよい2等車のものを2枚買った。俺とペポの分だ。メイルトレインでクノエからミアレセントラルまで2時間の小旅行。ぼそぼそとした車内アナウンスのもと、チケットに記された座席を探す。8号車6列目ののA席とB席。平日昼の列車だからか、想像よりも混んでなくてよかった。ペポはただでさえ珍しい特大サイズのパンプジンだし、最近は雑誌でも1ページを貰えるようにもなったから、そこそこ知名度は上がっているんじゃないだろうか。声をかけられたりしたらペポが萎縮するし……、と悩んでいたが、どうやら杞憂らしい。そのくらいで有名人気取りは早いな、と気を引き締める。耳をすますと気づいた、うっすらと流れているBGMはナオシのインストゥルメンタルだ。ペポも早く彼くらい人気者にしてやらないと。
 簡素なテーブルはたたんでしまって、紅葉を先取りしたようなシートに深く腰掛ける。自分でハンドルを握らずともミアレまでたどり着けるのは、なんともありがたかった。くぐもった発車ベルが車内まで届いて、立て付けの悪い家具が地震で揺れるような衝撃とともにメイルトレインはクノエの街を発進した。
 カボチャを投げ出すように座席へしなだれたペポは、ボンネットのような形をしたレトロな窓の外を眺めていた。まだ実家の付近と代わり映えのしない田園風景が続いているだけだ。撮影でミアレまで送るときはいつもボールの中で休んでいるから、高速で流れていく景色は楽しいものなのだろう。
「ペポ、こっち向いて」
 ぷじ? と振り返った無防備な笑顔を、スマートフォンのカメラでパシャリ。撮影でレンズを向けられることには慣れているはずだけど、いきなりのスナップは恥ずかしかったのか、俺に抗議するように頬を膨れさせた。思わずもういちどシャッターを切る。
 ポカポカと俺の肩を叩いてくるペポに機嫌を直してもらうよう、俺はリュックから菓子を取り出した。ペポの好きな、上にミカンの乗ったリッチサワーポフレ。とたんに目を輝かせたペポが、両手に持ったそれにかじりついた。俺の手は携帯に伸びてカメラのアプリを呼び出していたが、ここはぐっとこらえてポケットにしまう。
 俺も何か食べようかと、車内販売のワゴンからカップ入りのアイスを買った。すごい硬いですので、と販売員から言われた通り、プラスチックのスプーンはアイスに刺さってくれない。どうしたものかと隣を見ると、口の周りにクリームをつけたペポが、2個目のポフレを食べきったところだった。食べ過ぎてちょっと膨らんだ気がするそのカボチャの口が、こうこうと炎のロウをともしていて。
「そうだペポ、ちょっと腹を貸してくれな」
 うんともすんとも言わないアイスのカップを、ほんのりと熱を漏らすペポの腹へ近づける。俺の手がその下唇の部分をかすめると、ペポの表情が引きつって――
 瞬間、がこんっ! と衝撃が走った。視界が大きくぶれ、俺たちの掛けていた座席が180度回転する。手に持っていたアイスのカップが吹っ飛んだ。
「ハーイ! ブラックスワンプ黒沼のマジック・ショーへようこそ!」
「…………お久しぶりです何やってるんですか。というか芸名ダサいですね」
 座席に足を組んで、大手を広げて目の前に現れた青年。黒の燕尾服にシルクハットは、アンティークな車内と相まって昔のモノクロフィルムを俺に連想させた。何をやっても許されると信じているおどけたクラウンが主人公のやつだ。となりのゾロアークは対照的にちょんと席に収まっている。こいつらが断りもなく座席を回転させた犯人か。
 半月前バーベキューでペポを口上のダシに使ってから、黒沼の印象はあまりよくない。いけしゃあしゃあと喋り倒す彼に、俺はずいと手を出した。予期していたかのように、その上へアイスの代金が乗せられる。チッと舌打ちを隠しもせず財布にしまった。
 対してペポは根に持っていないようで、ゾロアークに屈託ない挨拶をしていた。シャンクもペポを辱めたことを気に病んでいたのか、はじめまして! と言わんばかりの気さくなペポの様子にちょっと驚いたように隈取りの目を大きくしていた。
 聞いてもないのに黒沼が喋り始める。
「座席が前と後ろだったなんて、なんという偶然、なんという奇跡! たまたま同じコンパートメントになったんだ、少しお話しようじゃないか」
「……静かにしたいんですけど」
「まぁそう言わずに。オレはクノエへ巡業に来てて、その帰りなのさ。郊外にでかいデパートあるだろ、ほらあの……双子のでんきタイプのポケモンがマスコットのとこ」
「プラマイオン・グループですね。田舎の商店街を潰しまくってるっていう」
「そうそこ。なんだ秀悟も話したがりだね? オレは昨日そこのホールでショーやらせてもらって、今朝帰るとこ。10年前オレがデビューした時からお世話になってる人の依頼だったから断れなくてね。あのときのクノエの収穫祭、見世物小屋で初めて客の前でシャンクに指示出したんだけどさ、コイツ大きな音に驚いて、テントをめくりあげたもんだから、そこらじゅうが大騒ぎ! おもちゃ箱をひっくり返したみたいにほかのポケモンたちが飛び出すわ、団長に大目玉くらうわで大変で――」
「へぇ……それは災難」
 その祭りには俺も思うところがあるが、口に出すと話が長引きそうだからやめた。黒沼に語らせたら間違いなくミアレ駅に着くまで大声で演説が始まり、列車の乗客相手にまでショーを開催するに違いない。
 辟易する俺にようやく気づいた黒沼が、周囲から向けられた非難の視線をかいくぐって俺に耳打ちする。
「ドッペルゲンガーの件、進展したから報告があるんだ」
「っはい?」
 ドッペルゲンガー。忘れかけていた響きの言葉に、俺は片目を吊り上げていた。
 硬直する俺の前で、黒沼は折りたたみテーブルを広げその上に紙を並べていく。トランプのカードを配るような手さばきがいちいち癪に触る。好きなのを選んでくれたまえ、と引かされた紙を裏返した。現れたのは特徴もないスナップ写真だ。マリルと女の子が遊んでいる。確かここはスタジオから近い、ミアレの南の大通り沿いのはずだ。
 パチン! パチン! と黒沼が指を鳴らすたび、俺の持っている写真が切り替わる。それは明らかに合図に合わせてシャンクが幻影を見せているだけで。そっちを鋭く睨みつけると、ゾロアークは気まずそうに目線をそらした。これのどこがマジックショーなんだ。
「何ですかこれ。新たなドッペルゲンガー?」
「その通り! やはりオレが思った通り秀悟は筋がいい。行き詰まったオレの代わりに、このドッペルゲンガー騒動を突き詰めてほしいんだ。マネージャーでミアレを駆け回る秀悟なら、ぴったりじゃないか!」
「……なんでわざわざ俺なんですか。恵さんに渡したらいいでしょ」
「オレの勘さ。この案件は、恵より秀悟のが近い位置にいる気がする。恵はもうこの件に見切りをつけて、今はミアレのNo.1サロンを決める特集記事を書いているそうだよ」
「…………、なんですかそれ。あやっぱり説明しないでいいです」
「流行の街ミアレには、100を超えるサロンがひしめき合っている! そのトップを決める美容師コンテストは毎年開かれているのだがしかしッ! サロンとしての大会は――」
 机に並んだ5枚の写真を回収して、俺は素早く座席横のレバーを引く。床を蹴ってまた180度回転させた。リュックから耳栓を取り出し、ノーモーションで取り付ける。ペポの分もだ。
 拾ってテーブルの脇にはけておいたアイスは、気づいた頃にはどろどろに溶けていた。


10月18日 21:50 


 鏡に映るパンプジンの顔を見ながら、私はメイク落としのシートを動かしていた。このあいだクレンジングオイルをカボチャにこぼしたら見事にハゲたから、化粧品の取り扱いには細心の注意を払うことにしている。右目の下に描かれたゴテゴテした星マークを、パタパタと肌にシートを押し付けぬぐい落としていく。シューゴに化粧を落としきれずに笑われたくなかいから、念入りに念入りに。
 集中してカボチャ腹のペイントを落としていると、スカートを星空にする衣装を脱いでいたウィッチに話しかけられた。
『ペポー、これからちょっと時間ある?』
『うん、ちょっとなら大丈夫だよ』
 今日は撮影がサクサクと進み、そのあとの打ち合わせも巻きで進められたから、シューゴが迎えに来る時間までかなり暇ができてしまった。ちなみにドクロは別撮りがあるからちょっと遅れるらしい。新居のアパルトマンまでの道のりは覚えてしまったからひとりで戻れるけど、シューゴの手を握りながらたどる帰り道は、特別なものなのだ。
『それじゃ、ちょっとこっちこっちー』
『え、まだメイク落とし終わってな――ってもう』
 ウィッチに無い肩をぐいぐいと押され、私は殺風景なスタジオの廊下に出た。行き先も教えてもらえないままエレベーターに入る。パネルに並ぶボタンを押さずに彼女は扉を閉め、箱が動かないことを確認してから私にウインクをよこした。
『むふふ……、ビックリしないでねー? ……てや!』
 ウィッチは懐から鍵を取り出し、それをコントロールパネルの鍵穴に差しこんでひねる。きゃぱ、と金属がこすれた音がして蓋が下に開けば、そこにB1、B2と地下へと続くボタンが現れた。
『……』
『どうー? 驚きすぎて声も出ないってかい』
『え……、どこに連れて行くつもりなの?』
 鍵で私の頬をツンツンしながら、ウィッチがB2を押す。すぐにエレベーターは下降を始め、ごうん、と数秒で扉が開いた。地下数メートル潜っただけなのに、薄暗い廊下から流れこんできた風が冷たく私の体を舐めた。
『むー、ほらほら早くー、あんまり待たせるのも悪いから』
『え……っ、ちょっとこれ、大丈夫なの……?』
 ぐいぐい押されるまま、私は廊下に進みでる。敷かれている絨毯は豪勢な装飾が施されていて、壁にはおぼろげな間接照明が等間隔に並んで掛けられていた。スタジオと同じ雑居ビルとは思えない。いつも私が撮影していた下にこんな空間があったなんて……。
 廊下は短く、突き当たりのドアをウィッチが数度叩く。内側からの返事を待って、失礼しまぁす、と猫なで声で押し開いた。
 案内された先の部屋は、豪華なつくりだった。
 私ほどの大きさのポケモンなら10体はL字型に囲んで座れる本革のソファは、中央のシックなテーブルと調和するような焦げ茶色。ひときわ目を惹く豪華なシャンデリアからは、丸い光がアンニュイな雰囲気を醸し出している。壁にかかった絵はラッタンという私でも知ってる有名な画家の、ジュゴンばかりがきらびやかに描かれたものだ。
 上座のソファには、見たことのあるゲンガーが腰を据えていた。おちょぼ口と目の赤味が薄くなっているのは、ジェントルマンの嗜みだって言っていたっけ。
『あ……、レイスさん』
『そう怯えなくていい。久しぶりだねペポくん。ここはVIPルームだよ。まあ、そこにでもかけなさい』
 促されるまま、私はおずおずとカボチャ腹をクッションにうずめた。落ち着かない。あまり詳しいことは知らないけれど、人間のいかがわしいお店はお得意様を特別な待遇でもてなすんだってシューゴが世間話してくれた思い出が蘇って、私は慌てて嫌な予感を振り払った。そんなわけ、ないよね……?
 ふよふよとテーブルを横切ったウィッチが、馴れ馴れしくレイスの隣に擦り寄る。
『レイスさぁ〜ん、言われた通り連れてきましたぁー』
『うん、ありがとう。ウィッチくんは仕事が早いね』
 ペポの肩に太ましい腕を回したレイスが、私にうろんげな視線を向けてくる。私はメイクを落としきっていなかったことを思い出して、レイスから視線をそらしながら頬のあたりを何度もこすっていた。
 そんな私を気にも留めないレイスが、言い含めるように語りかけてくる。
『私もね……、窮屈なんだ。こうして紳士を演じているのも、肩が凝って仕方ない。こうした息抜きも必要だろう? 根を詰めるのも結構だけどね、発散してやることも同じくらい大事なことさ。ペポくんは、自分に嘘をついていないかい? ありのままの自分をさらけ出してみたらいかがかな』
『…………』
 レイスの目が、じっとりと赤味を帯びはじめていた。ちょんと小さくまとまっていた口が、舌なめずりするようにゲンガー特有の大口へと割け広がっていく。
『別にいやらしいことを企んでいるわけじゃない。ウィッチくんの呪文でそんな気分になることもあるが……、もしキミが昂ぶったら、私が睦みあいの相手をしてやらんこともないがね』
『……私、帰ります』
 失望と嫌悪と焦燥を隠しもせずに、私は背を向けていた。背後から引き止める気配はしない。
 エレベーターを降りた瞬間から感じていた不安を信じて、すぐに地上へ戻っていればよかった。髪裏に伝う汗を拭う、もう片方の腕をドアノブへ伸ばして――
『っ!? なに、これ……?』
 がくん、と体が平衡感覚を失った。背後から聞こえてくる、ワントーン落とされたウィッチの声。
『ペポー、私らムウマージはね、バトルの技だけじゃなくていろいろな呪文を使えるんだ。聞いただけでフワフワしちゃうような、マニマニしちゃうような、それはそれはキモチイイ呪文がさ』
 首だけで振り返れば、棘ついた魔女の口から、モヤのような波紋が漏れ出していた。ごてごてしいドアノブに手をかけていた私の体が、へにゃり、日照時間の少ないまま育ったキュウリのように曲がり萎びてしまう。
 レバー式のノブを押し下げようにも、まるで力が入らない。後方からウィッチのささやきがじわりと近づいてくる。
『むー、せっかくアタシが紹介してあげるんだからー、頭ごなしに拒否しないでちょっとくらい試してみたらどうなのー? “先輩の言うことは聞いておくもの”だよ、これウダツの上がらない先輩からのアドバイス』
『あ、ああ、あぅ……』
 ――ダメだ、ウィッチが何を言ってるのかちっとも理解できない。頭がフワついて、眠くなってきて、ビニールハウスのような暖かさに体がふやけてきてる。幻覚まで見え始めた。目の前のドアから、黒い腕のようなものがにょきりと生えている。なんだろう、これ?
 瞬間その腕が私のカボチャ腹に食いこみ、ぐッ、とドア側に引っ張られた。驚いて目を見開けば、影の腕はハンドバッグをひったくるようにカボチャの口へ爪を立てている。
『透けて!』
 ドア越しに響くしゃがれ声に弾かれるまま、私は息を止めて体を透けさせていた。霊ポケモンが壁をすり抜けたり、ノーマルタイプの技を避けるのに使う基本テクニックだ。気が動転していてすっかり忘れていた。
 影の腕に掴まれたカボチャ腹から、あらん力でドアに吸いこまれる。慣性でいちばん最後に残された両腕が抜けたのを直感し、ぷひぃ、とだらしなく息を吸った。それでもカボチャ口にかけられた爪はぐいぐいと私を引っ張って、廊下を一直線に進む。照明が高速道路のトンネルのように後ろへ流れ、止まったかと思えば背後でエレベーターの扉が閉まっていた。
『すぐには追ってこれないワ、ドアに封印を掛けたから。簡単に破られるでしょうけど』
『…………っ、助けてくれて、ありがと。でもどうして……?』
 狭いエレベーターの床に転がされながら、私を助けてくれたドクロを見上げた。あまり感情を表に出さないジュペッタの真っ赤な両目は、付き合いの短い私でもそうと分かるほど明らかに怒っていた。たぶん、ウィッチに対して。
『ウィッチちゃんに付き合わされるとロクなことないって、言ったじゃない。……あ、どうやって来たの、って意味ならアナタ、エレベーターの秘密の蓋、閉め忘れてたわヨ』
『あ……』
 言われて思い返してみれば、開いたままにしてウィッチに押し出されたんだっけ。私たちを乗せた箱は音もなく地上階へ戻り、ちん、といつもの安っぽい音が響く。正面に見えるビルの外には、モデル業界の裏側など知らない夜が広がっていた。
『ともかく、ウィッチちゃんにはあまり深入りしないほうがいいワ。あの子にはあの子のやり方があるの。雑誌の表紙を飾りたいなら、枕営業にかまけるのも止めないケド』
『枕営業って……』
 かすれた非難の声でドクロに訴えたけど、後半は口ごもってしまう。たしかに彼女の言う通りかもしれない。行為こそ強要されなかったけれど、この世界で輝くにはお偉方に気に入られなくちゃならない。
 なんだか怖くなってしまった。ついさっきまで何も知らなかった私がバカみたい。無邪気に写真を撮られていた私たちの足元には、こんな世界が渦巻いているんだ。
 ヘタの先まで萎れた私に、秀悟ちゃんのとこまで送ってあげるワ、とドクロが口の端の金具を持ち上げた。


10月29日 13:56 


 トリミアンとメェークル、それからヤブクロン、マリル、メリープ……。それぞれが別に映ったミアレの街の写真を手に、俺は唸っていた。
 クロヌマから手渡された、ドッペルゲンガーの被害にあったというポケモンたち。写真で見てもとくにこれといった特徴も見つけられず、また共通点もあるようには思えない。
 この日は昼前から雨が降り始めたから、営業の予定もないし夜ペポをスタジオに届けた後は家に帰って早々に寝てしまおうかと思っていた。夜行性のポケモンを持つと、生活リズムが合わないことが少し寂しく感じてしまう。それでもひとりでやれることをやるべきかと思い立った。“Peek-a-Boo!”のハロウィンイベントはもう2日後に迫っていて、ペポの参加するパレードの巡る順路を確認しておこうと、ビニール傘をさしてダウンタウンに繰り出したのだ。
 ついでに、ドッペルゲンガーが現れたという場所をあたってみる。恵や黒沼は熱心になってその影を追いかけていたけれど、正直そんなことに興味のない俺にとっては、ただの暇つぶしに近いものがあった。プロモスタジオを出てゴーゴーライドの交通営業所、カフェ・ツイスター、ベール広場からブランタンアベニューを横切りブルー広場へ流れ、サロン・ド・ロージュへ。ミアレの南半分をゆっくり回ると、1時間と少しかかるみたいだ。
 最後の1枚に写っているマリルと、雨合羽の少女とはしゃぎ回る本物のマリルを見比べる。雨音に合わせて踊るマリルの白い腹には、女の子がイタズラしたのか赤いクレヨンで家族の絵と思しき人物たちが描かれていた。なるほど写真の中のドッペルゲンガーにも同じ模様がはっきりと浮き出ている。実際のマリルの絵が薄まっているのは、時間が経過して腹の産毛が生え変わったからだろう。確かにそっくりだ、ひと目見ただけでは本物と偽物を見分けることは難しい。馴染みの人が触っても分からなかったという黒沼の話は、あながち間違っていないのかもしれない。
「――あれ、秀悟くん? 秀悟くんだよね?」
「あっはい、あ……」
 不意にかけられた声に、俺は反射的に振り返った。マーガレット柄の傘を開いた恵が、サロンのドアから出て来たところだった。カーキのジャケットに白黒ボーダーのロングスカートを合わせ、ハイカットブーツはシックな紺。せっかくの休日だったのに雨で、それでも諦めずに楽しもうとしているような服装だ。
 偶然俺を見かけてパッと咲かせた笑顔が、振り向いた俺の全身を眺め回してゆっくりとしぼんでいく。
「……えー、気づかないところだったよ、なにその髪型ー。黒縁メガネもかけちゃってさ、イメチェン? 緑のメッシュ入れてた方が好きだったなー、……それにちょっと太った? 前はポケモンに例えるならエルレイドって感じだったけど、いまはどちらかというと……ヨノワール?」
「……言いたい放題ですね」
 無遠慮に俺の腹を突いてくる恵に、俺はだんだんと苛立ちを隠しきれなくなってきていた。声をかけられた瞬間なら人違いです、としらを切っても良かったものの、もう遅すぎる。今の姿を否定されることが、どうしてか非常に腹が立った。そもそもマネージャーに身だしなみもなにも関係ないだろう。
 しつこく絡んでくる腕を振り払おうとしたとき、開けっ放しだった俺のリュックから、ばさり、とノートがこぼれ落ちた。水たまりに角が浸かってしまったそれを、慌てて拾い上げる。
「あっごめんね」
「大丈夫ですから、これはペポとの大切なものなので」
 濡れてふやけたカバーノートを拾い上げたとき、はら、と見慣れない写真が舞った。
 恵に見られる前にかがんで回収し、何気なく表を見て固まった。落ちたのはドッペルゲンガーの写真ではなかった。ぱっと見ただけでは何が映されているのか分からなかったが、上下をひっくり返せばそれはペポのカボチャ腹のアップだった。
 違和感を覚えたのは、その構図だ。
 ペポは画角に顔が収まるよう身を縮こませ、お腹のカボチャ顔が下を向くよう体を傾けていた。その下唇の裏側へ焦点がズッと寄っている。普段は見えない硬い果皮の裏側が、強烈なランタンの光に照らされ露わになっていた。
 口の内側に、傷があった。爪で何重にもえぐったような、カッターで切りつけたような傷跡。偶然ついたとは考えられない、明らかに人為的なあざが、生々しく写真に収められていた。
 ――なんだ、これ。
「秀悟くん、どうかした?」
「……あ、いえ、何でもありません」
 覗きこんでくる恵を避け、俺は写真をもとのノートカバーのポケットへ突っ込んだ。
 衝撃が引いた後にこみ上げてきたものは、冷静な憤りだった。ありえない。ペポが知らない誰かからこんなことをされて、俺に黙っているはずがない。これはトリック写真だ。
 ――ミアレの街に、ドッペルゲンガーが現れた。
 持っているものの中で唯一ドッペルゲンガーのものだと言われていない写真。ペポを写したそれが、かえってその存在を確かなものだと訴えていた。ドッペルゲンガーがペポに化け、口に傷をつけてフィルムに収まったのだ。これが世間に公表されればどうなるか。モデルで活躍するポケモンの体に、虐待と思われる傷跡。恵のようなパパラッチには格好のネタとなるはずで、俺を追い詰めるためにこのトリック写真は撮られたのだ。
 にしたって、こんな脅迫めいたことができる人物は限られている。カバーノートにこれを挟みこむことができたのは、つい最近俺に接触してきた誰かだ。
 直近で実家に他人を呼んだのは、このあいだのバーベキューだった。犯人が俺が裏庭から離れたすきに屋内へ忍びこみ、2階へ上ってアルバムを探し出し写真を紛れさせた……ずいぶんと手がこんでいる。集まったメンバーはマネージャーの先輩の恵、雑誌監修の徳治とその運転手、彼らを除けば初対面だった奇術師の黒沼とあと2名だ。それ以降でこのカバーノートを新居から持ち出した記憶はない。ではその誰かがフェイク写真を忍ばせたことになる? 俺を脅して得をするのは……
「ほんとに大丈夫? 顔色悪いけど」
「……そうですね、ちょっと帰っていいですか」
 恵に顔を覗き込まれて、俺は我に帰った。今はただ、ペポが心配だった。捏造されたものだと思いたくても、それを確かめずにはいられない。もっとも手っ取り早く確実な方法は、ペポのカボチャに直接触れてみることだ。
 雨足はいつのまにか強くなっていて、走る俺を傘の隙間から容赦なく濡らす。スニーカーはすでに水が浸透していて、どんなに急ごうとも不快さがつきまとう。アパルトマンへ続く裏路地を曲がり、玄関の古びた木のドアを跳ね開け、中階段を駈け上がる。3階のドアに鍵を突っこみ、荒々しくノブをひねった。
「ペポっ、起きてるか!?」
 ばたばたと2段ベッドに駆け寄った俺を、寝ぼけ眼のペポが出迎えてくれた。よかった、なぜかペポがそこにいてくれるだけで救われた気がして、俺は締まりのない笑顔を浮かべていたと思う。
 何かに取り憑かれたような様子の俺に、ペポもただならぬ雰囲気を感じ取ったらしい。ぷじ……? と下段のベッドで不安げな鳴き声をあげるペポの頭を、そっと撫でた。
 その手をそのまま滑らせ、ペポの長い首をさする。多肉植物の茎のような柔らかさが、カボチャの境でごつごつとした感触へ変わった。大きく膨らんだ腹を過ぎ、その下でぱっくりと割れた口へ持っていく。
 俺の指が口の端にかかって――ペポはこの上なく不安そうな顔をしていた。眉を寄せ、これから襲いかかる痛みに耐えるような、苦悶の表情。まるで俺が今から虐待を始めるような。
「……そうだな、ごめん。デリカシーのないことをした。ペポも女の子だもんな」
 カボチャ口にかけていた指をそっと外して、ペポを撫でる。さっきよりもずっと丁寧に、愛情が伝わるように。ぷじぃん……、なんてゆるゆると息をついて、ペポは俺に腕を回してきた。
 今日はこれから撮影もある。それまでペポと添い寝でもしよう。思えば2段ベッドになってから、隣で横になるなんてことは全くなくなっていた。
 腕の中で安心した顔つきで夢を見始めたペポ。アホ毛を指先でいじりながら、俺もまどろみへ沈み込んで行った。窓の外は、雨が強くなるばかりで一向に止む気配がない。
 ペポ……、お前はいったい?


10月31日 23:03 


 バッチリおめかししてプロモスタジオを出る。腕にはコウモリを模したバンドを巻き、アホ毛の根元に青いリボンをあしらった。もちろん首にはドングリのネックレスだ。このあいだのバーベキューでシューゴとふたりして作った、世界にひとつしかない私たちの宝物。指先に触れると、からからと小気味良い音がする。
 もう夜11時も回っているというのに、サウスサイドの大通りは人とポケモンでごった返していた。カフェを貸し切って開かれるパーティを横目に、地面すれすれを浮かんで急いでいると、がこんと何かにぶつかった。歩道の端に並べられたカボチャのイルミネーションだ。人だかりのできている町の掲示板には、見知った青年とゾロアークが衣装をめかしこんで広告に載っていて。メディオプラザの中央ステージで、クロヌマとシャンクがショーをするのかもしれない。収穫祭なんてクノエではもっと祭事じみていて、市長が長ったらしいのりとを捧げていたりした。厳粛で、とてもこんなパレードのような雰囲気じゃない。人間の子ども達がお菓子目当てにあたりの家をうろつくくらいで、それを脅かすのが私たち霊ポケモンの楽しみだったんだけど。人間もポケモンも一緒になってコスプレなんかして、やっぱり大都会ミアレは進んでいるなぁ。
 そわそわと独り進む私の目が、モダンな街灯下のベンチで談笑するふたり組を捉える。知らないトレーナーとデンリュウが、おそろいでヨノワールの帽子をかぶっていた。つい歩みが止まる。
 じゃじゃーん、と大げさに男の人がロリポップを差し出した。植物の種のようなデンリュウの瞳がキラキラと大きくなる。柄を両手で支え、特大の渦巻きにしゃぶりつく。デンリュウの体が嬉しそうに揺れ、腰につけたヨノワールのがま口ポーチから、入りきらないチョコの紙包みが転がり落ちた。まったくもう、と呆れ気味にかがんで拾った男の人の表情は、これ以上なく幸せそうで。
 私の胸のもやもやが、じっとりと広がっていく。
『あ痛っ!』
 じっと見入っていた私の後頭部に、どんっ、衝撃が走る。石畳が眼前に迫り、ぶつかる! と思ったところで振り子ように体が持ち上がった。便利な重心をしている。起きた勢いのまま、ぶつかってきた相手を睨みつけようと振り返ると――
『ごめんなさいよそ見してて。大丈夫かな……って、ぇ――』
『え……?』
 そこに私がいた。
 生き霊でも見たかのような表情をする、特大サイズのパンプジン。巻き毛のふんわり感や、ドングリのネックレスこそつけてないけど、カボチャ腹のしわの本数とか、どこからどう見たってそれは、“私”だった。
 その“私”の背後から、見知ったムウマージとジュペッタが顔を出す。爛漫な笑顔を振りまいていたウィッチは息を呑み、ぽかんとしたドクロはチャックの口の端から霊気を漏らしていた。彼女たちの可愛さを画角に収めようと取り囲んでいた“Peek-a-Boo!”のカメラマンたちも、呆然と機材を下ろして立ち尽くしている。
 ここだけ怪しく静まった喧騒を取り戻そうと、目の前の“私”が慌ててかすれ声をひり出した。
『……や、やだなあ、クロヌマさんのところのシャンク、だよね……? また私にイリュージョンなんかしちゃって、同じ手じゃさすがに驚かないよ?』
『…………』
 答えようにも、何も言葉が出てこなかった。
 だって私がペポで、鏡写しになった相手こそ、偽物、きっとゾロアークなのだ。胸の前で縮こまった髪の両腕も、引きつった目元も、すべて彼のイリュージョン、屈折した光が生み出したまやかしのはずで。
 でも、目の前の“私”は、どう見ても私よりペポだった。いや、混乱して何考えているか自分でもよくわからないのだけど、モデル仲間に囲まれて、人間たちからも暖かく受け入れられていて、それに何より――
「どうかしました? ペポ、何かあったのか」
 人混みをかき分けてシューゴの声が聞こえてきて、私は弾かれるように身を翻していた。脇で立ち止まっていたオーロットに腕が当たり、持っていたペットボトルを叩き落とす。ちょっと! とトレーナーらしき女性から止められたけれど、私は振り向かなかった。
『あ、待って!!』
 背後から追いかけてくる気配はひとりだけだ。なりふり構わずできるだけ遠くへ。息を止めて、大柄なカビゴンをすり抜ける。くずかごを蹴飛ばし横道へ滑りこんだ。背後でどよめきが上がる。
 ドッペルゲンガー。逃げる私の頭をぐるぐると巡る言葉。出会ったものは失踪するという、まゆつば物だったはずの噂。
 狭い小路を急ぐ。留守番を任されたガーディのように低くうなる室外機を避けて、かしゃあん! 反対側の植木鉢を倒す。ミアレの裏路地は細く入り組んでいて、角をふたつも曲がれば怪しげなお店のネオンすら見るこもはない。相手をまくつもりで、一心不乱に闇を駆け抜けた。
 袋小路に行き当たって、私は粗いコンクリートへカボチャ腹を下ろした。左右にそびえるさびれたアパルトマンはもう、すっかり闇に閉ざされている。
 ややあって背後から、息を切らした“私”の声。
『――っ、あなた……シャンクじゃない、誰なのっ!?』
 私そっくりの声で、背後からドッペルゲンガーが叫ぶ。私はゆっくりと振り返った。相手のかすれた語尾に動揺が透けて見えるけれど、これも演技なのだろう。呑まれた途端に私を連れ去っていく寸法だ。
 相手もひどく同様しているようで、かえって私の動悸は収まってくる。すっかり私に成りかわったつもりらしいけど、私には私が本物だという確固とした実証があるのだ。喉を湿らせ上ずる声を押し殺し、私はきっと睨みつけた。
『そっちこそ私の真似して、何のつもり?』
 面食らったドッペルゲンガーが、たじろいだように髪の拳を握りしめる。
『私が……本物なんだけど』
『証明できるものはある? たとえば……ほらこれ、シューゴと作ったハロウィンのアクセサリ。これを持っているのが本物のペポでしょう?』
 私は首元を撫で、かかっているネックレスを見せつけた。ドングリを拾って繋げただけの、簡素だけどシューゴとお揃いのもの。キャンプで手を重ねてふたりして作った、彼との大事な思い出のアイテム。
 忌々しくそれを睨んだ相手の顔に焦燥がよぎり、邪気を振り払うように腕を大きく薙いだ。
『そんなの……、そんなの嘘、でたらめ言わないでッ! この前のキャンプは私っ、前の日の撮影で疲れててずっと2階で寝てたんだから!』
 構えたドッペルゲンガーの両腕の中で、ずあ、霊力が凝集する。憎悪がたっぷりと込められているのだろうか、そのシャドーボールはよく見るものよりもふた回りは大きかった。まともに食らえば魂もろとも吹き飛ばされそうな。
 でも私だって、シューゴとの思い出をデタラメと言われて黙っていられなかった。相手と同じシャドーボールを、腕の中で生成していく。
『なら……力づくで証明してみせてよ!』
 お互いの感情が一直線に空を切り、ぶつかり合う。爆風、冥界色をしたエネルギーが飛び散り、石畳の砂埃を猛然と舞い上げる。
 腕で顔を覆う私の首から、衝撃でネックレスが引きちぎれる。とっさに伸ばした手をかいくぐり、紐はドングリを数個散らしながら壁際の上昇気流に乗り浮かぶ。舞い戻り不時着したのは、ちょうど私とドッペルゲンガーのあいだだった。
 充満した砂塵に隠れてしまったけれど、おおよその位置は把握した、相手に取られる前に取り戻せ。考えるより前に体が滑る。
 土煙の中、腕を伸ばしたとき、聞き覚えのある声が通りのほうから私を呼んだ。
「――おいペポ、急に駆け出してどうしたんだ!? すごい音がしたけど大丈夫なのか、どこにいるんだ返事してくれ!」
 指先がきのみのような硬い感触を覚える。ネックレスをひっつかみ、私はあらん限りの鳴き声をあげた。


10月31日 23:46 [#8U9C9iQ] 


 ぷじいんっ!
「ペポっ!」
 パンプジンの声が衝撃波の震源から響いて、俺はその方向に目を凝らした。飛びこんだ砂煙のなかではほとんど見えないが、あたりをつけて闇雲に手を伸ばす。
 もやを掻くように探る俺の指先に、何かがさらりと当たる。いつもブラッシングしている、ペポの手だった。指をからめて握りこむと、相手も離さないようにと握り返される。手と手のあいだに、きのみのような硬い感触があった。
 手繰り寄せるようにして、ペポを抱きしめる。何があったか分からないけど、とりあえずペポが無事でよかった。そよ風に埃が流されると、不安に押しつぶされたようなパンプジンの顔がくしゃっと涙を浮かべていた。少しでも安心できるよう、小さく震える頭を撫でてやる。
 俺の手にこわばりを解いていくペポが、ぷじん……? と不安げな声をこぼした。
「ん……、これは?」
 ぐいぐいとペポが手を押し付けてくる。受け取ったものは、ドングリや笹の葉でデコレーションされたハロウィンのネックレス。ペポが爪を引っかけたのか麻の紐は鋭利に切られていて、渡された拍子に実が滑って石畳で乾いた音を響かせた。
 まじまじとネックレスを眺める俺に、ペポはしきりに切なげな声ですすっている。何を訴えているか分からないが、ペポを安心させるべくヘタを撫でながら、言った。
「なんだろうね、これ。既製品にしては雑な作りだし、ペポ……さてはまたどこかで物拾いしてきたんだな?」
 言った途端、ペポの表情が固まった。何かまずいことを口走ったか、俺が困惑げに眉を下げると――
 ぷじぃんっ! 心の底から安堵したようなペポの声。ほろほろと涙をこぼす彼女を、間違ってなんかないよ、とくしゃくしゃに頭を撫で回した。
「げっほ、ぇほ……、何だよこの砂埃は……ったく」
 野暮ったい声がすぐ脇から上がる。砂塵の霧がゆっくりと晴れていくと、口を覆い目を細める男が、よろめきつつ立っていた。俺は怯えるペポをかばうようにそいつへ1歩踏み出す。気づいた男が、巣を叩き落とされたビークインのような剣幕を浮かべた。激情をなんとか抑えたように声を震わせる。
「誰だ、あんた……?」
「…………」
 月明かりに浮かび上がる、白い肌と緑がかった短髪。ポケモンに喩えるならエルレイドだと、いつかウィッチが言っていたっけか。言い得て妙だ。誠実そうな大きい両目は血走っていて、弱点の霊タイプに襲われたように歪んでいる。
「秀悟だ。ペポのブリーダーで、今はマネージャーをしている」
「なに言ってるんだ……? それは俺のことだぞ。……お前まさか」
 ――ドッペルゲンガー。ここ数ヶ月追い求めていた相手が、いま目の前にいる。ひどく怯えた調子で、俺にすげ変わろうとひと芝居うっている。
 それにしては、あまりに滑稽だった。なんせ全くといっていいほど俺に似てないからな。今の俺は、黒髪メガネのマネージャーだ。
 狼狽を極めた相手を追い払うのはそう難しくない。
「なんならどっちが本物か、ペポに訊いてみようか?」
「な……、なんだよ……っ」
 ぶつける言葉に挑発をにおわせる。訊くまでもない。俺の腕にからまるペポの力が、きゅっと強まった。ぷじっ。否定の鳴き声をあげて、ドッペルゲンガーを突き放す。なんでだ、とペポへ伸びてきた相手の腕を、俺は薙ぐように振り払った。
「お前が言い逃れできない証拠がある」
 懐からカバーノートを取り出し、中の写真をピッとつまみ出した。ペポのライトに浮かび上がったそれを見て、相手が息を詰まらせる。
「ど、どうしてそれを……!?」
「自分がやってきたことが悪だってことは、理解しているみたいだな。なら……、もうこんなことするなよ。ペポは渡さない、これからはまっとうに生きるんだな」
 ドッペルゲンガーはペポへすがるように目を歪ませたが、ペポは俺のシャツの裾を強く握るだけだった。それでも名残惜しむようにたじろいでいると、ペポはダメ押しに腕の中で影の球体を見せつける。
「だからってこんなの、許されるとでも――」
「せいぜいペポの幸せを願ってくれよ」
 俺が手を振り下ろすと、ペポがシャドーボールを投げつけた。狙いはわざと外していたが効果はてきめんだったようで、煙が晴れるともうそこにドッペルゲンガーはいなかった。
 ……うまくいった。
 大きな目的を成し遂げた晴れやかな笑み。
「俺はもう変わらないから、安心できるよな? ゆっくり休もう、俺は説明つけてくるから先に帰っててくれ。」
 ペポも気張っていた気持ちが緩んだのか、へなへなと壁に背を預けていた。


11月1日 00:20 


 先に帰っててということで、私はひとりでアパルトマンに戻っていた。カボチャの口から合鍵を取り出す。ぎぃ、と寂れた音で真っ暗な新居が出迎えてくれた。
『……疲れたぁ』
 すべてを投げ出してしまいたい衝動を抑えて、うにょんとパンプジンの首を伸ばす。私が人間だったら、着ている服をぜんぶ脱ぎ捨ててありのままの姿でシングルベッドに身を投げているだろう。
 ――ありのままの姿。スタジオの秘密の地下でゲンガーに言われた言葉が響いてくる。こんな時に嫌な記憶がぶり返してきて、私は力なく首を振った。
『お疲れだったわネ』
『ひぃッ!?』
 すぐそばから生暖かい響きがして、私は上体を跳ね起こした。うなじのあたりに息を吹き付けられた気がして、思わずそこをさする。声の主は口をチャックで閉じているというのに。
『ドクロ……どうしてここに』
『ジュペッタに隠し事はよくないワ。なんでもお見通しなのヨ……あなたのお家がどこにあるのかもね。壁が薄いから、簡単に入れちゃった』
『……ドクロって優しいけど、デリカシーないことするよね』
 もうすぐシューゴも帰ってくるはずなのだ、突然の訪問客にはお引き取り願わねば。だけど体が異様に重い。起きようとした私のカボチャ腹を、ドクロがやんわりと押さえつけていた。ゆり倒された私の髪をすくように、ジュペッタの爪が頭の先から指の隙間までをなぞる。
 その手つきがおぞましいほど繊細で、ぞ……、胃の底が持ち上がるような気持ち悪さがあった。
 耳元でドクロが囁く。
『私は優しくなんかないワ。あなたをウィッチちゃんから助けたのも、あの子に取られたくなかったから。ペポちゃん、私知ってるの。今のアナタは……、()()()()()()
『――!? ……っ、な……』
 衝撃に声が出なかった。つららを首筋に押し当てられたようにドクロのダミ声が私の中に浸透して、無防備な意識を一瞬で支配していく。
『私、欲しいものは必ず手に入れる性格なの。アナタのことが気になり過ぎて、ここ3ヶ月くらい、こっそり後をつけさせてもらったワ。トリミアンにもメェークルにも、一瞬でそっくりに姿を変えてしまうんだもの。見事な手腕ね、ドッペルゲンガーさん?』
『なん、のこと……?』
 すべてお見通しだというようなギザついた赤い目を細めて、ドクロが首元に腕を回してくる。三角の目をなぞり、いじらしそうに影の指を角に引っかけて遊ばれていた。私は金縛りをかけられたみたいに、その腕を振り払うことができない。
 ドクロはいつになく饒舌になっていた。
『答えなくていい、私はどっちでもいいのヨ。私が惹かれたのは、アナタの奥底に渦巻く嫉妬心だもの。アナタを追って見かけたトリミアンやメェークルも後ろ暗い感情を放っていたからさらって味見したけれど、今のアナタと比べたら見劣りしちゃう。10年前、クノエの収穫祭で始めて()った人間の女の子のものよりもきっと、上質な嫉妬心よ』
『……え!?』
 唐突に飛んだ過去の話に、すぐには理解が追いつかなかった。いつかの撮影のときに、ドクロはシューゴと同じクノエ出身だと言いかけていた記憶が蘇る。“ペポのかんさつにっき”の最初の1ページに書き連ねられたシューゴと私が出会ったときの絵日記、何度も読んで覚えたそれが脳裏をよぎる。見世物小屋の裏手から忽然と姿を消した陽奈という女の子は、数時間して見つかったときにはそれまでの嫉妬深い性格が抜け落ち嘘のように大人しくなっていた――!
 ぞっとしてにわかに取り戻しかけた冷静さを、お腹の口に伸ばされたぬいぐるみの腕が跳ねのけた。下唇側にある古傷へ彼女の指先が届きそうになって、私は悲鳴をあげることもままならない。
 ぞり、と。うなじを生暖かく湿った綿の感触がなぞった。蜘蛛糸に絡まったように両腕が空中でいびつに凝固する。
『どうしてそんなに嫉妬しているの? ねえ教えなさい、このカボチャにはいったい何が詰まっているのかしら。私こんな気持ちになったの初めてなの。きっと私、アナタに恋、してるんだワ。ねぇ、マスターさんと結ばれたいって考えるアナタなら、性別が同じことなんて気にしないわよネ? 将来的にこういうことまで考えているのなら、言葉の通じる相手に練習しておくくらいのつもりでいいワ。ねぇ、ちょっと、ちょっとだけだから、喫わせてちょうだいよ』
 お腹に回された彼女の腕が、ゆっくりと円を描いてカボチャ顔をなぞる。官能的な熱を帯びたそれが、カボチャの筋を1本1本(あらた)めるように這って――
『や、やぁ、やめ……、――ヤメロっ!!』
 ドロリ、と、自分の体を変性させた。
 口からさらに下へ滑ったドクロの手が、あるはずのないものに触れる。雌のパンプジンの体にはあるはずのない、雄の器官。それに触れた人形の腕が跳ねた。
『イゃああ!?』
 ドクロらしからぬ甲高い悲鳴をあげて、彼女がさっと身を離した。誤って人を刺してしまったドラマの人間のように、震える右手を呆然と凝視している。
 錯乱するドクロへ吐き捨てるように、首だけで振り向いてできるだけ低い声で言った。
『勘違いするな。言っておくけど、()は秀悟とそういう関係になりたいだなんて思っていない』
『……っ。……じゃあ、アナタはどうしてそんなに、誰かを羨ましいと思っているの……?』
『ぬいぐるみの君は君のマスターに、毎晩抱きしめてもらっているんだろう』
『ぇ、えぇ、そうヨ……』
『僕も僕のマスターに、そうしてほしいだけなんだ』
『…………』
『出て行ってくれ。金輪際ペポには関わるな』
 睨みつけると、ドクロは怯えきり床を蹴るようにして後退した。頭が壁に当たると身を翻し、腰が抜けているのか窓の(さん)に掛けた腕で体を持ち上げ、外へずり落ちて消えた。
 ひとり残された部屋は、出荷を済ませたカボチャ倉庫のような静けさで満ちていた。
 そのまま視線を窓の外へ向ける。ハロウィンが終わろうとしていた。ミアレシティが開催していた公式のイベントはもう完遂されていて、中央のメディオプラザから帰路につく人間やポケモンたちが談笑しながら通りを横切っていく。煤けた風に乗って漂ってくる、キャラメル・ポップコーンの甘いにおい。浮かれていたゴーストポケモンたちが揮発性の気配を取り戻していく。余韻に浸っているような喧騒が波のように僕の元へ迫ってきて、窒息しそうだった。
 もう仕上げにかかりたかった。CDデッキのボタンを適当にいじって、ずっと入れっぱなしだった円盤からナオシの曲を流す。苦難を乗り越えて結ばれる愛の歌で有名になった彼だけれど、中には叶わぬ恋を嘆いた詩のものもある。『すれちがいの夜』はその代表で、澄んだコロトックのバイオリンに合わせて悲痛なナオシの歌声が地響きのように伝うのだ。秀悟も好きだといっていた、隠れた名曲。
 カタリ、とスイッチを押すと、淡い音色が流れ出した。リピート再生になっていることを確認する。もうお別れだ。言葉が伝わらなくても、僕が何を言いたいか伝わるはず。
 それだけを残し、玄関のドアノブを押し下げた。


11月1日 01:08 


 アパルトマンのドアを透けて飛び出してきたペポを、俺は両腕で受け止めた。胸にアホ毛が柔らかくぶつかって、驚いたペポが反射的に身を離す。
「よかった、ちゃんと戻ってたんだな。予想外に遅くなってさ、ひとりにして悪かった。とにかく落ち着いて、な」
 衝突したペポはひどく動揺していて、抱きつかれた相手が俺だと分かるとシャツに湿った頬を擦り寄せて鳴いた。まるで別れを切り出した恋びとに泣きつかれたような罪悪感に苛まれて、俺は少し固まってしまう。不安をぬぐいとってやるように、顔を上げたペポの涙を指の腹で落とす。ペポを抱えたままドアノブを回そうとすると、ねちゃり、と靴が粘ついた。見れば、カボチャの口から橙のロウが漏れていた。
 しゃっくりのような鳴き声をしきりに立てるペポを、ベッドに座らせる。電気はつけなかった。ペポが消し忘れたのか付けっ放しのCDからは湿っぽいメロディが流れていて、錆びついて硬いスイッチを数度押してトラックを変えた。『kinder-garden』という曲名の、ずっと一緒に過ごしてきた幼なじみを幸せにしようと誓う健気な男の子の物語だ。
 ペポが落ち着きを取り戻すまで、俺は隣で座ったままだった。2段ベッドの下段に腰かけ天板を見上げると、そこに何かが書かれていた。すっかり固まっているが、ペポがロウいたずら書きをしていたらしい。カボチャの間接照明に浮かび上がるようにして、ハートマークがたくさん散らされていた。
 誰に向けての手慰みか。それは簡単だ。このカンバスの上で寝ているのは、ひとりしかいない。
「もしかして俺のこと……」
 好きなのか、恋びととして。後半の部分は、口に出さなくても伝わったようだ。ペポは麻痺を受けたように硬直して、思いつめた様子で目元を歪めている。十数秒しておずおずと、ぷじん、と鳴いた。今にも涙が溢れそうな勇気で搾り出した、肯定の返事だった。
 ベッドの上で小さく震えている、息がかかれば崩れてしまいそうなほど緊張したペポの腕に、俺はそっと手を重ねた。案の定びくんと跳ね叱られたような瞳で見下ろしてくるペポを、そっと抱き寄せた。カボチャがシーツに引っかかり、足首をねんざするように首元が伸び曲がった勢いで、ペポはそのまま俺に覆いかぶさってきた。苦しい体勢のはずなのに、嬉しそうにすすり鳴くペポの頭を撫でてやりながら、ぷじんぷじんとせきを切ったように溢れ出すペポの鳴き声をずっと聞いていた。――薄々気づいてはいたが、まさか本当に俺たちがこうなるなんてな。これからどう発展していくかはまだ分からない。ちゃんとした恋仲に発展するかもしれないし、ただのトレーナーとポケモンの関係で落ち着く可能性の方が大きいような気もする。コロトックと恋を成就させた歌手だって、さまざまな障壁を天秤にかけ悩みぬいてきたんだろう。今はただ、ペポが満足するまで抱きついていよう。
 しばらくして、胸の中の吐息が穏やかなものに変わっていった。そっとベッドへ仰向けに横たえる。
 壁掛け時計をに目をやる。夜中の1時を回っていた。もう11月だ。
 ハロウィンの喧騒が遠ざかっていく。化けの皮を被っていた人やポケモンたちが、その変身を解いてもとの姿で眠りにつく。
 なくし物を見つけたように安心した表情で、ペポは小さく寝息を立てていた。今夜は雑誌の企画でミアレ中を練り歩き、ドッペルゲンガーと対峙して、それから散々鳴いて、それで疲れたのだろうか、起きる気配は全くない。くるんと丸まった前髪を撫でてやる。
 ようやく、だ。ようやくこれで自分もぐっすり眠ることができる。ベッドから見える縦長の窓には、数ヶ月前とは似ても似つかない秀悟の顔が暗がりに浮かび上がっていた。それでもペポはこの姿を最愛のパートナーだと認め、頬を擦り寄せてきたのだ。もうペポは秀悟を疑わない。
 ドロリ、と音を立てて。
 ()はペポを撫でていた腕の力を抜き、一瞬だけ人間の手をもとのスライム状の触手へと戻した。




11月1日 01:48 


 ベール広場に隣接するカフェ・ツイスターのテーブル席に、全く同じ背格好の人間がふたり並んで座っていた。肉付きのいい顔で伏し目がちにうつむき、黒の前髪と襟足は切り時を逃したように跳ね回っている。黒のスクエアグラスは、子供の頃のをずっと使っていてちょっとサイズがあっていない。僕と、僕のマスターだ。
 対面に座った髭の紳士が目を見開き、丸テーブルに置いた僕の手の甲を両手でしきりにさすっている。ブリーダー連盟の理事長で、“Peek-a-Boo!”の監修も務め、ついでにこの店のオーナーでもある、徳治という人物。営業時間をとうに過ぎているカフェを我が物顔で使えるのは、そういうことだった。目の色味が穏やかなゲンガーが、彼の背後霊のように下半身を床に沈めて鎮座していた。
「しかし本当にそっくりだ。驚いたな……。服装まで全く同じじゃないか。これほどまで正確に変身できるよう育てたとは、並の努力ではこうはいかないよ」
 ドロリ、と僕は人間の腕の部分だけをメタモンの触手に戻す。急な感触の変化に男はさっと手を離し、感嘆のため息をついた。
「いえ、そんなことは……ないです。リッチが……、あ、俺のメタモンの素質がすごいだけで……。でもなんで、この子が必要だったのですか」
「それは……、そのメタモンくんがよく分かってるんじゃないかな」
 含みのある紳士の言い方に、マスターが謙遜のまなざしをこっちに向ける。僕はその他人行儀な顔を見せられるたび、心の底がもやもやする。
 紳士に向き直り、僕は推測を述べる。人間の言葉は難しいし、まして敬語なんて慣れていないけれど。
「……あのパンプジンのカボチャの口には、見えない位置にカッターで切られた跡がありました。俺が手を近づけるとひどく怯えて……。おそらく、幼い頃からずっと、虐待は続いていたんだと思います」
「そうだ。私も長年ブリーダー連盟の会長をやっていると、ひと目見ただけで分かってしまうんだよ。そのポケモンがどうやって育てられてきたかをね。ブリーダーを見上げる視線に、畏怖のいろが映るんだ。今回きみが保護したパンプジンもひどい虐待を受けていた。こういうケースは不定形のゴーストに多くてね、いくら暴力を振るわれようとも、自分の居場所を認めてくれるブリーダーにどこまでもついていってしまう。この鉄拳を受け止めることが自分の役割なのだと思い込んで、さらされる虐待を愛情だとすり替えているのさ。そうして共依存に陥っているポケモンたちは、単にブリーダーから引き離そうとしても上手くいかない。自傷行為に走ったり、野生に返せばそれまでより酷い目に逢うことは明らかだ。そこできみたち“ドロリッチ”に手伝ってもらった」
「なるほど……。俺のメタモンが秀悟にすり替わって、長期間かけて関係を修復していたんですね」
「そういうことだ」
 マスターがボソボソと受け答えする。肩書きのある人物に対して必要以上に縮こまる特性は、ずっと昔から変わらないままだ。
 男が賞賛するような口ぶりで言った。
「ただのメタモンじゃこうはいかなかった。きみのその、人間の言語まで操れるような、完璧な変身能力を持つ仔でなければ上手くいかななかったはずだ。報酬は弾むさ。また次の依頼をするときには、よろしく頼むよ。しばらくはあのパンプジンをしっかり矯正してやってくれ。きみのブリーディング能力が確かだってことは、この私の目が覚えているからね」
「はあ……」
「私も肩身が狭いんだ。秀悟のようなブリーダーが、何かの手違いでコンテストで優勝してしまう。するとどうなる? この接し方で正解なのだと、また繰り返すだろう。近年は人間とポケモンで恋仲になる輩なんぞも出てきて、そういう派閥は声高に主張するんだ。共に生きるポケモンを一方的に飼育する育種家(ブリーダー)とはけしからん、とな。きみはこの時代に必要な人材なんだ」
「そう、ですかね……!」
 ドロリ、と完全に変身を解いて、僕は嬉しそうに頷く主人を見上げた。そんなんだから足元を見られるんだ。俺はこれからリッチと芸能界を目指すんだって、自分の夢を言い返してやれ。彼と同じ人間の姿になれば発破もかけられるけど、僕はただ不定形の口をつぐむだけだった。

 同じように見えるところ実は、メタモンの変身には3種類ある。
 ひとつは記憶変化(へんげ)。過去に見たり変身したことのあるものを思い出して、その姿を真似る。人間やポケモンをはじめ生物の再現度は低く、技を繰り出すこともままならない。関節を意識できないと、動くだけで崩れてしまうことだってある。
 ふたつには視認変化。実際にそのとき見た相手の姿をものにする。記憶よりも個体を意識できるため、ポケモンならば技までコピーすることもできる。バトルで使うのも主にこれだ。
 そしてみっつめが、接触変化。相手に触れ、その細胞から遺伝情報を取りこみ自身の体で再現する。遺伝子操作に慣れれば雄雌だって交換可能だ。育て屋で働くメタモンは、たいていこれを習熟している。使いこなせるようになれば、性別のないマルマインなんかが相手でもタマゴを作ることができる。
 特に僕は、接触変化に長けているらしい。触れた相手の情報を必要以上に読みこんで、写し取ることができるのだ。ポケモンごとの個性はおろか、死に物狂いで喉を鍛えれば、どうにか人間になりすまし言葉も扱うことができた。子供向けアニメに出てくる喋るニャースほどではないが、半年でそれなりの演技や仕草も身に着けたのだ。それも日常生活で怪しまれることのないほどに。実際この半年で、僕の正体に勘づいた人はいなかったはずだ。
 種明かしは実に単純だ。はじめから終わりまで、すべて僕の一人称(モノローグ)だったのだ。
 長い半年間だった。
 ペポに化けている間は、秀悟の元を去る理由づくりに奔走した。いくら精神が不安定な不定形ゴーストといえど突然姿をくらましてしまえば、彼は騒ぎ立て周囲を探し回るだろう。それをされると困る。変身の練習がてらドッペルゲンガーの噂を立て、ハロウィンの日にそれらしく決別を図る狙いだった。ペポが秀悟のもとを去る理由を、用意周到にでっち上げたのだ。
 そして秀悟に化けている間は、ペポを新たな主人へ次第に慣れさせた。3ヶ月かけて段階的に、秀悟の容姿を僕のマスターのものへ近づけていたのだ。髪色の緑を抜き体重を増やし、最終段階では体臭も次第にマスターのものの純度を高めていった。終盤は僕も疲れてきて、メガネは視力が落ちてきたからと適当にかけ始めたんだっけか。秀悟が引越しを計画したのは全くの偶然だったが、それに合わせてうまく秀悟とペポを切り離すことに成功した。毎日ふたつのアパルトマンをヤヤコマの姿で往復するのは、メタモンの骨も折れる作業だったけれど。
 それでも思いがけない危機は唐突に迫るもの。秀悟に化けても記憶は引き継がれないから、仕事の面において話を合わせるのに苦心した。車を運転できないのは大きな障害となった。ペポに化けているときに1番焦ったのは、秀悟がモンスターボールで僕を回収しようとした時だ。もしあの赤いレーザーに触れていれば、ボールに収まらない僕はバーベキューに来ていた全員に奇異の目で見られることになっていただろう。それはゾロアークのシャンクも舌を巻くイリュージョンなのだから。練習のためにメェークルやトリミアンに変身してドッペルゲンガーの噂が立ったのは目論見通りだったけれど、あれほど写真に収められ騒ぎになるとは予想していなかった。
 ――そういえばもうひとつ、潜入作戦で予期していないハプニングがあった。いま目の前にいるゲンガーにスタジオのVIPルームで『ありのままの自分をさらけ出してみたらいかがかな』とほざかれた時はその場でかげうちしてやろうかと思ったけれど、他にある。それは、嫉妬心に惹かれるジュペッタに体の関係を迫られたこと。
 僕が嫉妬しているなんて、ハロウィン特集の写真撮影会で指摘されて初めて気づいたほどだった。それは何に対して? 今ならはっきりと分かる。
 ナオシとコロトック、恵とムウマージ、黒沼とゾロアーク、徳治とゲンガー、あとはジュペッタもそうだ……そして秀悟とパンプジン。その他街のあちこちで見かけた人間とポケモンたち。僕が潜伏しているあいだに関わったどのペアにも、形はどうであれトレーナーとポケモンとの間に深い絆や愛があった。僕と僕のマスターの間には、それがない。
 ああマスター、きみが幼い頃は、もっと僕と遊んでくれていたじゃないか。
 きみがブリーダーを目指すようになって、僕は嬉しかった。学校でいじめられて、家に引きこもってばかりいたきみがやりたいことを見出したのだから。そんなきみの情熱を一身に受けるのだから、どんな期待にでも応えてやるんだと、僕も意気ごんでいた。
 たどたどしく人間の言葉を覚えていく僕を励まし、自己紹介ができれば抱きついて褒めてくれて、人間の体に慣れるとふたりでお出かけもしたっけか。遊園地で買ってくれたクレープは絶品で、こんなに美味しいものが食べられるならメタモンに戻らないでいいやって思っちゃうくらいだった。今思えばこれ、人間とポケモンのカップルみたいだ。それくらい親密だったんだ。
 でもいつしかきみは、僕のことを友達として扱ってくれなくなった。僕を褒めてくれる言葉も『正確に変身するメタモンがすごい』ではなく『メタモンの変身したポケモンがすごい』にすり替わっていた。
 マスターはもう、僕を僕として見ていなかった。きみは半年前の大会で優勝を逃し、表彰式までの短い待機時間に僕を抱きしめて泣きじゃくっていたね。僕ももちろん悔しかったけど、なんだか同時にほっとしていた。いじめられていた頃のきみはよくああやって僕を抱きしめてくれたから、大会が終わればちゃんと僕を見てくれるきみに戻るんだと思ったんだ。
 でも、きみはその紳士の手を握り、別の道を選んだ。また僕は、僕でない何かに変身しなくちゃいけない。それでもきみが決めたことなら、僕は僕を押し殺すだけだ。どこまでもマスターについていくさ。

 訴えようとした言葉をぜんぶ飲みこんで、僕はひと言「もん!」と鳴いた。
























あとがき 


ネタバレ要素を多分に含みますのでこちらにあとがきや大会時のコメント返信を書きました。コメント欄もそちらへ。本編読んでからみてくださいネ。



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Last-modified: 2018-10-31 (水) 21:00:10
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