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BCローテーションバトル奮闘記・第四十五話:陰陽師は大忙し

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10月7日

「はぁ、ふぅ……はぁ」
 その日は休日。キズナのポケモン達と一緒にリハビリの真っ最中である。動かない足を奮い立たせるように、父親が作ってくれた手すりに体重を預けて歩く。どちらかというとそれはもはや、腕で歩いているようなものなのだが、それでも足の感覚はほんのわずかずつだが戻ってきているのだ。まだまだ先は長いけれど、家の中では車いすが要らなくなるかもしれないという医者の言葉を信じて、私はひたすらマッサージとリハビリを繰り返す毎日だ。
 いい年していつまでもオムツなんて履いてられないもの。
 リハビリのための手すりは外にある。これからの季節には少々辛そうだが、運動にもなるため体が温まって丁度いいのかもしれない。痩せそうだし、この分だと二の腕もたるんだりしなそうなので、案外良いことかもしれない。まぁ、年取るまでにこの筋力を維持できればの話だけれど。
 汗をかきながら、一歩ずつ一歩ずつ進むところを、コロモに見守られながら繰り返す。キズナは現在組み手で傷付いたポケモン達をポケモンセンターへと連れて行っている最中。幾ら防具があるからってキズナも傷を負っているはずなのに、どうして大丈夫なのかはよくわからない。あの子は人間じゃないのだろうか、本当に。
 ともかく、組み手をしていないアサヒはお留守番。セナと一緒に庭で遊ばせている。
「あら、貴方は……」
 そんな時、アヤカが現れた。私がポケモンを没収してからというもの、学校では壮絶な仕返しに遭っている。かといって家に帰れば、バンジロウさんの口添えで仕事をクビになり、ポケモンも没収された父親が荒れており、当然のように暴力を振るわれたりしている。そのせいで、不登校な上に家にも中々帰らないという生活が続いていたはずだが。
「何の用かしら、アヤカさん?」
 手すりにつかまりながら、私は尋ねる。
「私のポケモン、返しなさいよ」
 低い声で、俯きながらアヤカが言う。
「あら、寝ぼけたことを言わないでもらえるかしら? あれは私のポケモンになったし、それにあなたの所有していたポケモンはもう、ほとんど知り合いに譲ってしまったのよ?」
「ふざけんな!!」
 アヤカが声を上げた瞬間、私は大変なことに気付いた。奴は逆手に刃物を持っていて、私の肩あたりを狙っている――が、私は手すりにつかまっているから動けない。思わず手すりから手を離してしまって、そのまま地面に倒れる事で何とか一撃は避けられる――
「コロモ……」
 一撃避けて、そのままどうすればいいのか考えもしなかったが、先ほどまで私の体が合った部分に包丁が届く前に、包丁を持つ手は止まっている。すさまじい殺気を感じて横を振り向けば、コロモが鬼のような形相でアヤカを睨んでいた。コロモは、怒りに任せてアヤカの顔面を手すりにぶつけ、鼻血を噴出させると、急いで私に駆け寄った。アサヒも、私の元にすぐさま駆け寄って彼女を威嚇する。
 私の体をかばい、いたわるように抱きしめつつも荒い息をつきながらアヤカを睨みつけるコロモ。そして、体毛を逆立てて威嚇するアサヒ。セナは、遠くから見守っているだけだったが、殺気に満ちた2人に恐れをなしたのだろう、アヤカは鼻血を抑えながら玄関前に置いてあった自転車に乗って逃げてしまった。コロモもアサヒも、追いかけようとはしなかった。
 ……やはり、ポケモンはポケモンだ。こういう時、追うよりも追い払えたことに安堵してしまう、2人ともあたりはポケモンらしい。追いかけるように指示をすればきっと追いかけたであろうが、私もそれを指示できるほど、太い神経はしていない。キズナがいれば……殺しかねない勢いで追っていっただろうに。しかも、コロモの力ならあの一撃でアヤカを昏倒させることだてできたはず……いっちゃ悪いけれど、コロモは甘いよ。殺されても、あれなら文句は言えなかっただろうに……。

 でも、安心して見ると、守ってくれたコロモの姿の格好いい事。そっと私を抱いてくれる細腕も、サイコパワーのおかげかほんのり暖かくって気持ちいい。ギュッと抱きしめられることで、心臓が高鳴るくらいに胸がきゅんとするし、私を心配して覗き込んでくれた時の顔は、不覚にも抱かれたいと思ってしまった。いけないいけない、相手はポケモンなのに……うぅ、でもイケメンで強くって忠実だなんて反則的なスペックで、惚れないほうがおかしいじゃないのよぉ。
 ああんもう、悩みの種だわ。

 ともかく、母親に顛末を説明してから、アヤカの事を警察にも相談したが、彼女はしばらく行方不明であった。彼女の口座からはきっちりお金が引き出されていたことから、どこかに潜伏していることは見当がつくが、ブラックシティに紛れ込んでしまえば捜索は難しい。どこに居るのよ……あの糞野郎。


10月15日

 私は学校で起こったことに憤ったまま、車いすに憑依したコシをせかすようにしながら帰路についていた。
「ただーいまー」
 自分でも不機嫌である千雄分かるような声が玄関から響く。全く、授業が途中で終わってしまったじゃないか。死んでからも迷惑をかける奴だ。
「あら、アオイ。今日の学校はどうしたの?」
「……アヤカが自殺したのよ。そのおかげで、職員会議とかあるのか知らないけれど……学校が休校、迷惑なことだわ」
「あらあら、アヤカったら貴方を殺そうとしたあいつ? 自殺とは楽な死に方をしたものね」
 母の発言がいつになく過激だ。まぁ、娘を殺されかけたのだからそれも納得か。
「発見された死体は衣服が乱れていたし、下着はいてなかったんだって。死に方は楽でも、死ぬ前はきつかったんじゃないかしら? 私を殺そうとして失敗したら街に逃げて、そしたら変な犯罪に巻き込まれて死を選ぶ……どこまでも馬鹿な女だったわ。ブラックシティにポケモン無しでいたらそうなるに決まっているじゃない」
「死者をけなすのはよくないけど、さすがにアオイを殺されかけていたら、同情は出来ないわね」
 その発言の過激さの割に、母さんはなんというか落ち着いている感じがするんだけれどなぁ……コロモが護り手としてよほど信頼されているのか。
「あいつのせいで私にもとばっちりが来て、先生が私にいろいろ聞いてくるんだもの、やんなっちゃう。アヤカが、私がポケモンを奪ったと狩って騒ぎ立てるから、示談の契約書の写真を教師に見せざるを得なくなるし、アヤカが私に弱みを握られてすべてのポケモンを失ったことを暴露することになっちゃってさ」
「あらあら、大変だったのねぇ」
「大変よ。私は法的に間違ったことを何一つしていないのに、私が悪いみたいにいろいろ言われるんだもの。後さき考えないおかげで自分から墓穴を掘りまくっていたアヤカがいけないのに。私は身を守るためにポケモンを没収しただけなのに、それを疑うだなんて汚らわしい。
 アヤカが復讐される覚悟もなしにいじめをやっていたんだとしたら、なんというか、甘ちゃんよね。根っからの甘ちゃん、そのせいでとんだとばっちりだわ。戦場に立っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけよ、同じように、復讐の覚悟もないやつにいじめなんて過ぎた行為よ」
「きっと、今まで追いつめられたことがなかったのよ、その子は。半端に優秀だから」
 のんきな口調で母さんは言う。私も、別にそれで構わない。あんなやつ、死んだところで興味ないし。
「ともかく、今日はそういう訳で授業もないから、ゆっくりさせてもらうわ」
「ちゃんと勉強するのよ? 休みだからって、怠けすぎはよくないわ」
「分かってるよ。きちんと勉強する」
 ここまで動じない母というのも、少しだけ問題な気がする。ただ、私がこんな体になった時は、『犯人を八つ裂きにしたい』と言っていたから、そういう気質の母なのだろう。基本的に、相手が悪い時は、過剰防衛となろうが母親はそれを咎めない。さすがに自殺というのは想定していないだろうが、だからと言ってかわいそうとも思わないどころか、楽に死んだと言っているあたりさすがである。私が母に説明した事の顛末を信用してもらっている証拠だろう。
 事実、私はアヤカを許して、示談を成立させたのだから、もう彼女には自分から積極的にかかわるようなことはしていない。アヤカに復讐しようと息巻いていた連中に手を貸したりなどもしていない。したことと言えば、学校でアクスウェルに手話を教えていたくらいね。
 手話を学んでいる最中のアクスウェルを見た彼女がポケモンを返せと言ってきても断るようなことはしたが、私は彼女のポケモンを盗んだわけでもなければ借りたわけでもないので当然私に応じる義務なんて有るはずもなく。私はただ、復讐される彼女を黙って見ていただけだ。それに、アヤカには『いじめられるならその証拠を集めるためにカメラでも撮れば?』とアドバイスだってしてあげたし、協力しているくらいだ。
 まぁ、いじめているグループにも聞こえるように、『厳重に特殊なコーティングをされた大型のカメラでもなければ、マジックルームで使えなくなるから注意してね!』と大声で叫んだのがまずかったのか、いじめのグループは誰かが持っていた、マジックルームを使えるフーディンを連れて、監視用のカメラを無効かしていたが。なに、私は悪くない。

10月18日

 アヤカが死んでから3日、私は放課後に手話を教えるべく、キズナと共用の部屋に戻ってアクスウェル達を繰り出す。オノノクスは狭い部屋には圧迫感があるが、これが見た目の割におとなしい子なので、部屋に出しても全く問題ない。アクスウェルはそれでいいのだが、なぜだろう。コロモとクラインが思いっきり部屋の隅を凝視している。サーナイトとサマヨールが部屋の隅を凝視しているとか……なんだか、ものすごく気になる。
「ね、ねぇ……2人とも、どうかしたの?」
 尋ねてみると、2人そろって視線の先を指さし『何か』『いる』と。
「いや、その……何がいるのかしら?」
 返ってきた答えは『わからない』。しかしながら、コロモは『とても』『怒る』『主人』『嫌い』と言っている。
「えーと……つまり、私に対して怒っているし、私の事が嫌いななにかがいるって事でいいのね?」
 私が尋ねると、彼はうんと頷いた。
「あぁ、頭が痛い……まさかこれはアレ? 自殺した馬鹿が、私を逆恨みしたっていうの? なんだってそんな面倒なことを……頭が痛いな」
 アヤカが死んだことは、私にとっては鬱陶しい女の件が完全終了しためでたい出来事なのに。それがこんな形で気分を邪魔されると、何とも歯切れが悪いのだ。どうするべきかな……幽霊とか魂とかよくわからないけれど……そもそもサマヨールって成仏できない例を成仏させる力がなかったっけ?
「ねぇ、クライン。貴方の手でどうにかできないの?」
 サマヨールのクラインなら何とかできるだろうと踏んで頼んでみるも、クラインは手話で『無理』だという。
「ど、どうして?」
 と、私が尋ねれば、彼女は黙って私の部屋にかけてある霊界布を指さす。この姿じゃ無理だからヨノワールに進化させろって事か……お客様がサマヨールのままの方がいいと言われた時のために、あれは進化させないで保管しているのだが……手招きポケモンだったかしら、サマヨールは。明確な意志のない幽霊なら成仏させる事が出来ても、明確な意志を持った幽霊はどうしようもないのかもしれない。
「うーん……そうなると、どうするべきかなぁ」
 私は1人考える。どうすれば成仏させられるかなんて、考えたこともない。あ、そういえば……スバルさんは確か、シャンデラを手持ちに入れていたはずだ。ならば、シャンデラに幽霊を燃料にしてもらうといいかもしれない。それがいい、そうしよう。

「ごめーん、母さん。ちょっとスバルさんの所に行ってきます」
「あら、どうしたの? ポケモンの調子でも悪いのかしら?」
「違うわよ。なんかね、コロモとクラインがじっと部屋の隅っこ見ているから何かと思ったらどうにも幽霊に取りつかれたっぽくってさ」
「なんか、ポケモンにノミやダニが付いたかのようにさらりと言うわね……貴方ったら」
 た、たしかに。何というか、スバルさんやキズナがいろいろ規格外なことをやりすぎているせいもあってか、最近多少の事じゃ驚かなくなってきている。
「あはは……いやいや。でもさ、この二種のポケモンが口という手を揃えて『何かいる』って言ってきたのよ? 普段幽霊を信じていない人でも、何か異常事態であるってことは分かると思うの。だから用心しておくに越したことはないし、その相談のためにスバルさんにいろいろ聞こうかと……あの人、顔は広いし、ポケモンもたくさん持っているから、場合によってはポケモンで対応してくれるかもいしさ」
「例えば?」
「スバルさんはシャンデラを所有しているからさ。シャンデラはほら、人の命を燃料にして燃やしているっていうじゃない? だから、もういっそのこと幽霊を燃やせばすべて終わるかなって」
「乱暴な子ねぇ……ま、それもいいけれど。体には気をつけなさいよ。、もし、その件でお金が必要だったらきちんというのよ。私が出してあげるから」
「うーん……私を信じてくれるのは嬉しいけれど、そこまで手放しにお話を信じちゃうのもなぁ」
 と、私は苦笑する。
「貴方と、そのポケモンを信じているのよ。コロモもクラインも、貴方に尽くしてくれるいい子だもの。例え嘘でも、たまにはお小遣いだと思って渡してもいいわ」
「ふふ、私もいい母親に恵まれたものね。でも大丈夫、嘘なんてつかないし、ポケモンへのご褒美も私のお小遣いの範囲でやるから。この家の、これもあれも、廊下の手すりも……私のために色々迷惑かけたからね。
 私が使いやすいようにと買い換えられた家具や手すりを指さし、私は微笑む。
「その分、私は立派になることで恩返しするし、そのためには嘘なんてつかずに生きたいし、たとえお金が欲しくっても、その時は堂々と頼みたいと思っている。母さん、私は貴方に恥ない人生を送りたいし。甘やかす必要はないからさ」
「なーに言っているんだか、この子は」
 母さんは嬉しそうに笑う。
「子供の時は甘えておきなさい。大人になって甘えられなくなるわよ」
「そうだけれど……いまは、少しずつ大人になっていく時期でしょ? 中学生なんだもん」
「ふふ、そうね。頑張りなさいよ。ポケモンブリーダーになる夢、母さんは応援しているから」
「ありがとう、母さん」
 なんとも、気持ちよく送り出してくれるものである。さっきまで憂鬱な気分だったけれど、それも吹き飛んでしまうようだ。私は腕の力で歩いて、玄関に置いてある電動車いすに乗り込み、コシに憑依させる。操作盤の部分にあるコシのアンテナ部分を撫でてあげると。コシは意気揚々と走りだした。


 育て屋にたどり着いたころには、すっかり外は夕暮れだ。私は、育て屋に入ってすぐに目に付く場所で事務仕事をしていたスバルさんと話しかけた。
「……そういうのは素人だから何とも言えないな。そのアヤカの霊とやらを食わせることは可能だろうが、スリープが悪い夢を食べすぎるとお腹を壊すのと同様に、悪い幽霊は体調を崩しやすい。それでも気にせず食べるなら良いが……まぁ、無理だろうな。私のシャンデラは、食べる命なんて私達が呼吸しているだけでも普通に放出されているような残りかすだけで十分なんだ。こんだけ強いポケモンが集まっている育て屋だから、それで問題ないのだよ。わざわざ悪霊なんて喰う気にはならないだろうよ」
「えー……そうなると、やっぱりお祓いとかをしなきゃならないってことですか?」
「そうなるな。さっきも言ったように、やはりこういうのは専門家に任せたほうが良い。私は育て屋、ポケモンを育てる事は出来ても幽霊退治は出来んよ」
「そうですかぁ……」
 スバルさんなら大丈夫だと勝手に思っていたけれど、どうにもそんなにうまくはいかないらしい。仕方がないか……。
「まぁ、紹介ならばできる」
「と、言うと?」
「幽霊退治の専門家だ。あれだ、この育て屋を建てるときに、土地の鑑定をしてもらったんだ。鑑定をギーマに勧められてな。そいつは陰陽師なんだが、こっちは仕事に使うムシャーナの育成を依頼されていてな、いい付き合いをさせてもらっているよ」
「え、ギーマさんが鑑定? なんか、神頼みとかそういうのにこだわらない人だと思っていましたが……」
 と、言う私の言葉に、スバルさんはクックと笑う。
「ギーマ曰く『神頼みは心の弱い者のすること』だそうだが、それは恥じゃないとも言っていたよ。『要は、心の持ちようが大事だから、心の拠り所にするといい』ってね。あいつにとってはあれだ、あの服が心の拠り所だそうだ。ダゲキナゲキが帯を締めたり、精神統一で集中したりというのと同じなのだろうね。きっちりとした服を着ることが、一つの儀式のように気を引き締めているのだってね。
 そういう訳で、この土地に決めたんだが、これが意外といいものでな。『有名な陰陽師に鑑定してもらったんだ』と客に言えば世間話が弾むんだ。そういうものを信じる者も信じない者も、話の種が出来る。実際に、この土地は『龍脈』だとか『気の流れ』とか、聞きなれない単語はともかくとしても、穏やかな風が吹いていて空気が澱まないし、景観もいい。それだけでも、鑑定してもらって儲けものだよ」
「そういうものなんですかぁ……」
「そういう気の流れというのは、物理的にも風とか水とかいろいろ流れがいいものなんだそうだ。だからね、そういうのを信じない人でもわかる程度にはいい土地だ。鑑定料も安かったから、いい奴さ。先日カズキにもいかせたし、ここで働いているカイヤナイトって奴も昔お世話になったことがある。安心して行ってくるといい」
「はい、わかりました」
「場所は……えーと」
 なんと、その陰陽師はこの育て屋だけですでに何人もお世話になっているらしい。それなら信用に値するというものだし、その上その人はスバルさん以上に規格外な人らしい。バンジロウさんといい、キズナといい、そういう人が集まる街なのだろうか、この街は?


「悪い霊にねぇ……そいつは気の毒だ」
 会いに行った陰陽師は……バンドマンだった。趣のある建物に居るし、受け付けはそれらしい恰好をしていたから彼もそれらしい恰好をしているだろうなどと勝手に思い込んでいたが、階段を上って姿を見てみれば、なんというか上半身裸に皮ジャン、下も皮のパンツという独特なファッションをしている。バイクにでも乗るのか……いや、上半身裸でバイクに乗ったら死ぬか」。
  耳にはヘッドフォン、弾いているエレキギターは、周囲に音が漏れずに、ヘッドフォンを通してのみ音が聞こえるという騒音に配慮したものらしい。静かだから作曲には適しているのかもしれないが一応、今は営業時間ではないのだろうか? すごいポケモンもいろいろ揃っているが、そんなことよりもまず個性的な格好の方に目を惹かれてしまった。男性の乳首見るのも久しぶりだなぁ……カズキ君は肌を見せないから。
 ポケモンの方はと言えば、私達の手話なんて比べ物にならないくらいにすごいポケモンがいて、アブソルはテレパシーで、メロエッタは普通に肉声でしゃべって来る。そんなポケモン、売れればすごい高値だろうけれど、育てるのは大変そうだ。
 ただ、そんなはじけた格好をしている割には、仕事の相談については親身になって聞いてくれる。思い当たる同級生の自殺とかについて語った時は、最初こそ同情したり慰めるようなしぐさをしていたが、私が全く気に病んでいないことを知るや否や、徐々に『まぁ、気にするな』とばかりの軽い程度をとるように。客商売と言っても、あまり収入のあてにはしていないからと、なかなか砕けた態度をとられているが、不快ではない。
「確かに、君の後ろに女子中学生っぽい影が見えるけれど……なんというか引っかかるなぁ」
「と、言いますと?」
「普通なら、たんにいじめ返されただけで自殺に走る程度の安いプライドと精神しかない雑魚は、ポケモンに警戒されるほど霊的に強くなるもんじゃないんだ。だって、そんな奴はたいてい心が弱い。心が弱いのに、心の強さが勝負を決める幽霊が、ポケモンを警戒させるほどの脅威にはなりえないんだ。普通はな……」
「それじゃあ、もともと霊感が高かったとかですかね?」
「それもあり得なくはないが……そういう奴はもっと意識がはっきりしてるよ。こいつは意識も混濁しているのに、なかなかに強くてやばい感じ。そういう奴は強くなるとしても、それは何年も何十年もいい条件で時間をかけて熟成でもされなければ無理だ。
 だけれど、最近……この街は変なんだ。アンタが紹介してもらったっていう育て屋でも……というか、この街のトレーナーおよび人間から、ポケモンや人間の子供の性格が、ある日突然変わってしまったという報告を受けている。どうにも、この街では夢の世界と現実の世界との境界が非常に薄くなっているらしいんだ」
「え? それって、ダークライががんばってくれているから、何とかなっているんじゃないんですか? 確か、それに対する人間からのお礼が、ダークライ・ビリジオン感謝祭と、ビリジオン・ダークライ感謝祭なんじゃ……」
「その2種のポケモンが何らかの理由でサボっているのかもしれないし、もしくは街の状況が悪化しているかもしれないという事だ。何が起こっているのかは知らないが、ここ80年くらいはそんなこと起こっていないはずなんだ。親父や爺さんに確認をとったところの話だがな。文献とかはまだ調べていないからわからんが……どうもこの街は異常事態で、最近は祭りに関すること以外の仕事が多いんだよなぁ。お蔭で暇がない。
 まぁ、愚痴っていても仕方がないが、とにかくそういう事。アンタの例も、この街に起こった異常事態の一環なんじゃないかってね」
「はぁ……大変なんですね」
「と言っても、一日に数件程度だけれどね。前までは、一週間ずっと仕事がないとかもざらで、受け付けの子も仕事中に内職とか携帯ゲームやってたくらいだし。自給安いからね、仕方ないね」
「よくまぁ……それで食べていけますね」
「祭事の時はうちがいろいろ取り仕切るし、その時は一気に大金が手に入るからなぁ。だから、こうやって人の依頼を受けるのも殆ど趣味みたいなものだし、金には困っていないんだ。まぁいい、仕事に入ろう……とりあえず除霊だね? 簡単なものだし、相談料には追加料金なしで問題ないよ。今すぐやる?」
「えぇ、お願いします」
「さて、それじゃあユメマクラ……やろう」
 ワヅキさんは、クッション代わりにしていたムシャーナのユメマクラから立ち上がり、頭を撫でてあげる。お互い、どういう趣味なんだろう……? いやまぁ、私はロトムに座っているわけだから人のことを言えないと言えばそうなんだけれど……ちなみに、普通のお客様相手にはアバゴーラに座らせるらしい。
 ともかく、立ち上がったワヅキさんは、静かに呼吸を整え、足元のユメマクラに神経を集中する。そして、ゆっくり目を見開けば、ういったりとした動きで拳を動かして、殴る!
「おら、夢の煙、出せ!」
 ちょ、ちょっと乱暴すぎやしません? しかし、それによって桃色の夢の煙が出てきてくれたので、それが私に憑りついていた幽霊の正体を暴いてくれるその正体は、やはりというべきかアヤカだった。生前と同じ姿で床に降り立つと、烈火のごとく怒りを携えた表情で私を睨んでいる。まったく、死んでるくせに睨んだところで何をしようっていうのよ。
「アレがさっき言っていた知り合いで間違いないんだよな?」
「うん、知り合い。でも二度とかかわりたくもない」
「まぁ、早めに来てもらったおかげで対処もしやすい。ほら、挑発でもしてみろ、お前に向かってくるから」
「え、挑発って言われましても……アンタったら、死んでまで私の事をいじめたいの? 天国に行けなくなるわよ?」
 適当に挑発してみたが、これでいいのだろうか? よくわからない……と思ったが、走って向かってくるし。ワヅキさんはそれを――背負い投げにして、アバゴーラの甲羅の上に叩き付けた。キズナと同じく見事なフォーム……甲羅の上に叩き付けたりなんかして背骨逝っちゃいそうというか、そのつもりで叩きつけているわね、きっと。ところで、アバゴーラは丈夫な種族なのは知っているけれど、アバゴーラにダメージはいかないのかしら?
「おらぁ!!」
 と、掛け声を発してワヅキさんはアヤカの顔を踏みつぶす。それで、除霊が完了したというか、死んだというか……アヤカは桃色の煙となって散ってしまった。
「……ふぅ、除霊完了。これじゃ運動にすりゃなりゃしない」
「除霊なんですか、あれ」
「うん、除霊。普通に霊的な力で倒すことも出来なくはないけれど、殴ったり燃やしたりするのが一番効率がいい。急がば回れって奴さ」
「乱暴な回り道ですねぇ……ってか、回ってるのかしらそれ?」
 そんな、急がば回れと言われても、私は乾いた笑いを返す事しかできないじゃないか」
「……ところでお主、顔を見せい」
「はい、何でしょうか?」
 テレパシーを向けられたので、アブソル。コクビャクの方を振り返る。
「よかった、主に死相は見えない」
「……は、はぁ。死相、ですか?」
 と、尋ねると、ここからは俺が説明するとばかりにワヅキさんが咳払いをする。
「最近、街中でいやに死相……つまり、死の兆候が見える奴らが目立つんだ。コクビャクの予知能力が異常なまでの死人が出る……という事を暗示しているわけで」
「それって、最近頻発している怪奇現象と何か関係があるのですか?」
「わからぬ」
 コクビャクはそう言って首を振る。
「じゃが、関係がないというのはありえないじゃろう。わからないだけで、まず関係あると睨んでおる……まぁ、なんじゃ。死相が濃く出ていても、それを回避する者もいるし、逆に死相が出ていないのに死ぬ者だっている。この感じなら……お主に近しい人も含めて大丈夫だと思うのじゃが……一応、注意は怠るな」
「あ、はい……わかりました」
 なんだか、ぴんと来ないし、これで私の近くの人が死ぬと言われて、どう対応しろというのか? この街の人が大量に死ぬのならば、あるいは海外旅行にでも行けばその運命を回避できるのかもしれないが。
「それじゃあ、気を付けて帰るのじゃぞ。死相が出ていないからって油断するでないぞ!」
「そういうことだ。また何かあったらいつでも相談しに来いよ。早めの対策が身を守るからな」
「お元気でー!」
 コクビャク、ワヅキさんに見送られ、最後にメロエッタのハヤシちゃんが手を振ってくれる。ポケモンがしゃべる……これは手話なんかよりもよっぽど価値が高そうだが、確かテレパシーはかなり覚えさせるのに苦労するし、多用しすぎると頭痛やめまい、うつ病などにつながるという記述をどこかで見たことがある。たしかそう、ポケモンに手話を教えている堀川一樹さんが、テレパシーを教えたときにそうなったことがあるとか。
 そのため、売値としては手話を使えるポケモンよりもずっと高額になるものの、一気にたくさんのポケモンに教える事が出来なかったり、職員の不調が相次いだりするので、テレパシーで会話するポケモンは限定的な受注を受けてからしか調教しないのだとか。私は、下手に手を出さないほうが無難かもしれないわね。


 家に帰ると、ホワイトジムに行っていたキズナも家に帰っていた。
「ただいま、キズナ」
「あぁ、お帰り、ねーちゃん」
 当たり障りのない挨拶を交わして、私はふふんと誇らしげに笑いながらキズナを見る。
「どうした、ねーちゃん。霊に憑りつかれたとか言っていたけれど……大丈夫なのか? また変なことが起こったら嫌だぜ?」
「大丈夫よ。お祓いしてきたから」
「へー、そんなに気軽にお祓いなんて出来るものなんだ。っていうか、本当に霊に憑りつかれていたんだな」
 まぁ、そういう反応になるわよね。
「そうなのよ、そこで出会ったのが、ワヅキって陰陽師の人でねー」
「あー、その人知ってるわ。確か、白の樹洞のワタリさんって人の子供だとか。すごいトレーナーなんだろ、その人?」
 そんなことを言われても、彼のポケモンが強い所なんて全く見る事が出来なかった。まぁ、あの人自身がキズナをそのまま大人にしたみたいに強いみたいだけれど。
「いや、ポケモンはほとんど戦わなかったから……わからない、かなぁ。あの人自身はかなり強かったみたいだけれど」
 と、私は苦笑い。
「はは、ワタリさんも俺のポケモンが赤子扱いなくらいに生身でも強いからねぇ」
 と、こんな感じで私達は、上手い事会話が盛り上がった。姉妹(姉弟?)で仲良く話していると、キズナは次第に思いつめた様な表情をする。
「なぁ、ねーちゃん」
「ん、何かしら?」
「……カズキの事、なんだけれどさ」
「うん、どうしたの? 恋愛に悩んでいるのかしら?」
「いや、恋っていうよりは……どちらかっていうと、俺自身の事かな?」
「うん、聞かせて」
 妹も、元気いっぱいで天真爛漫に見えて悩みはいろいろあるはず。特に最近は、思春期みたいだし、体の悩みもたくさんある事だろう。なんにせよ、私はキズナの味方でいてあげなくっちゃ
「俺さ、なんというか女子とは気が合わない感じで、男勝りな性格で生きてきて……そのうち、ねーちゃんにセクハラしだしたりして、自分が男なのか女なのか、それすらわからなくなるような気分だった。それでもカズキは『問題ない』って言ってくれたからさ、きっと勢いもあったんだと思う……俺は『男として生きていく』なんて言っちゃったけれど。
 でも、最近よくわからねぇ。カズキの事が、好きなんだ」
「それは、普通の事なんじゃ……?」
「そう、普通の事なんだよ。ねーちゃんの言う通りさ。でも、俺は『逆に普通なのか?』って話だ」
「まぁ、普通じゃないわね、キズナは。良くも悪くも……」
「そういう事なんだ。俺さ、ねーちゃんにセクハラしてたのは、自分の心が男だからだと思ってた。でも、なんていうのかな……俺、カズキに対しても同じようなこと考えてる。友達として好きだったはずなのに、なんというか……体に触ってみたかったりとか、キスとかしてみたかったりとか……」
「あれ、キズナって私とキスしてみたかったの?」
 少し意地悪な質問を、私は笑顔で問いかける。
「……あぁ」
 こればっかりは恥ずかしそうに、キズナが認める。
「結局、自分がどう生きたいのか、どうありたいのか……またわかんなくなってきちゃってさ。俺、先日カズキに告白したんだ……」
「うん、それで?」
「俺はね『カズキがいたことが、女として生まれて唯一嬉しいと思えたことだ』って、言っちゃったよ。おかしいだろ?」
「なるほど。でも、本心なんでしょ?」
「まぁな」
 さて、どうしたものか……。
「正直ね、キズナの事は私も変り者だと思ってる。でも、だからと言って貴女を嫌いになるつもりはないし……そうねぇ。これから生きて行くうえで、貴方は自分の体と心に戸惑うことはたくさんあると思うの。でもね、キズナ。『好き』がいっぱいっていうのは、とっても素晴らしい事だと思うわ。好きになるものが多ければ多いほど、人生って満ち足りたものになると思うの。嫌いな物ばっかりの人生よりもさ。
 男も女も好きでいいじゃないの。それでカズキ君に迷惑が掛かっているわけじゃないんでしょ? むしろ、そうやってうじうじしてどっちつかずの態度の方が、カズキ君を困らせると思うわ。カズキ君が好き。そう断言できるくらい、素敵な恋なら、わたしもしてみたいくらいだわ」
「好きなことは好きでいい……か」
「うん。カズキ君は、きっとキズナの事を男として扱うべきか女の子として扱うべきか悩んでいることでしょうね。だったら、もう開き直っちゃいなさい。カズキの前でだけは、女の子でいるとかさ。でもね本当にカズキ君が好きなら、カズキ君の前では幸せでいなくっちゃ駄目。男とか、女とかよりも、そっちの方がよっぽど重要よ。カズキ君を好きでいいのかとか、疑問を持ちながらカズキ君の傍に居たら、絶対に失礼だと思うの。何の心配もさせずに、好きでいさせてあげなさいな。
 カズキ君の事、好きなんでしょ? だったら、彼が貴方を最も愛せる貴方でいなさい」
「うん」
 キズナが小さく頷いた。
「なんてね……私も、似たような質問を貴方にしたいくらいだわ」
「どうした、ねーちゃん」
「私も、好きでいていいのかって悩んでいる子が、すぐ近くにいるのよ」
 と、言うと、キズナはきちんと理解しているのか、なるほどと頷いた。思えば、自分も失礼なものよね。大好きなコロモに対して、好きでいいのかどうか悩むだなんて。
「さて、と。そろそろ私は風呂に入るわ。たまにはキズナも一緒にどう? 色々手間かけさせちゃうけれど……たまには、貴方に体を洗って欲しいな」
「いいよ。たまには付き合うぜ、ねーちゃん」
 私もきっと、難しく考えないほうがいいのよね。私がサーナイトを……コロモを好きなのは……仕方ないことなのだもの。


今日は、ポケモン達と幽霊についていろいろやることになりました。
どうにも、サーナイトやサマヨールは、幽霊に取りつかれたらその存在を感知できるようで、二人そろって幽霊がいると思しき方向を凝視している者だから、結構怖かったです。
その際知ったことなのだけれど、サマヨールは除霊的なことは無理らしく、ヨノワールに進化しないと無理なのだとか。
シャンデラも除霊は出来るには出来るけれど、悪霊の除霊はお腹を壊す(?)らしいので、わざわざやりたがらないとのこと。

ともかく、そういう事なので専門家に頼んだら、除霊の専門家の陰陽師はロッカーでした……しかも、ものすごく強いらしく、ポケモンバトルでも肉体言語でも、敵なしの強さなんだとか。
その際に、街中の人に死相が出ているとか不吉なことを言われたのだけれど……私の周りで死ぬ人はいないみたい。父さん母さんやキズナやカズキ君、スバルさんに何仲あったら大変だものね。もちろんポケモンにも死相がないようで安心だわ……と、言いたいところだけれど、一体この街に何が起ころうとしているのか? 幽霊が憑りついたのも、街に起こる怪奇現象が原因らしいし、何か不安だなぁ……

10月28日










コメント 


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  • >2014-08-24 (日) 01:50:16の名無しさん

    コメントどうもありがとうございます。今回の作品は今までになく長期間の連載になってしまい、まさかのXY発売と重なってしまいましたが、最後まで書ききれてよかったとおもいます。
    次の作品はここではなく、別の場所、別の作品ですが、私に関係のある場所を回ってみれば作品の投稿に気が着けるかも知れませんので探してみてくださいな。

    ここで登校するのはいつになるかわかりませんが、再びここで会いましょう!
    ――リング 2014-08-29 (金) 23:26:10
  • 長い間の連載お疲れ様でした!

    密かに毎週楽しみにさせて頂いておりました。
    色々と思う所もあるのですが、長々となってしまいそうなので…、とにもかくにも、良い作品でした。

    次の作品も期待してます、。
    ―― 2014-08-24 (日) 01:50:16
  • >sunsetさん
    コメントどうもありがとうございます。時系列がおかしいのはミスでした。お恥ずかしい所を晒してしまいましたね。
    キズナとカズキの強さですが、設定上は一応レッドを超えない程度の強さなのです。レッドなら恐らく高確率でバンジロウに勝っている事でしょう。比較対象がおかしいせいで弱くは見えないですがね。
    また、二人の場合は優秀なライバルと優秀な支障がいたことが大きいのではないでしょうか。

    物語はあと3話ほどなので、8月で終わるとおもいます。それまでどうかおつきあいくださいませ。
    ――リング 2014-08-05 (火) 22:48:52
  • 決勝の前にキズナvsバンジロウを入れたんですね。試作にはないシーンなので新鮮でした。ただ時系列がおかしいように感じます(既にトウショウ手に入っている描写があったり、試合終わった後に決勝がこれからだという描写があったり。急いで書いたのかな?)
    結局勝てなかったキズナですがカズキのように格上相手に一矢報いているわけで二人の成長というものを感じます。ほんとに小学生かこいつら(蹴
    この作品も残すところあと僅かですね。最後まで楽しみにしてます。更新頑張ってください。応援してます。
    ――sunset ? 2014-08-01 (金) 00:53:56
  • >2014-01-11 (土) 17:00:50の名無しさん

    あの人は大して悩んでいないところとか、そもそもそんなに悪い事だとか思っていないので、あんまり話が通じないとおもいます。
    アオイさんは中学生の乙女なんです、多感な時期だからこそ悩みが深くなるのですよ。
    ――リング 2014-01-17 (金) 00:29:39

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Last-modified: 2013-12-28 (土) 09:16:00
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