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BCローテーションバトル奮闘記・第十三話:毛繕いとノミ

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BCWF物語
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7月18日

 見つからない、見つからない。ガマゲロゲが見つからない……
「ホワイトフォレストに行ったほうがいいのかなー……」
 最近は、ずっと育て屋とホワイトブッシュと家と学校と近所のスーパーマーケットくらいしか行っていない。このブラックシティにある俺の学校でも、昔はポケモンバトルが出来たのだが、競技人口が多すぎて順番が回ってこず、そのためトラブルで流血事件にまで発展したのをきっかけに、全面禁止されてしまっている。
 そうでなくとも、俺はローテーションバトルなんてやっている変り者だから、元から相手なんていないわけだが……

 スバルさんから、『育て屋でガマゲロゲを見つけたらゲットしようと狩ろうと何をしてもいい』と言われ、また狩りの最中に良さ気なガマゲロゲの個体を見つけたらゲットしようと思ったが、探そうと思うとなかなか見つからないものだ。まぁ、最終進化形のポケモンがそこかしこに居たら、それはそれで危ないから、あまり数はいないほうがいいわけなのだが。
 今日は育て屋から仕事を頼まれていないのでアブソルの牙と呼ばれるホワイトブッシュを巡っているが、やはりそう簡単には見つからないようだ。

 ところで、最近の俺はポケモンに頼るばかりではなく、自身で武器を使うことも覚えてきた。あれからキズナと連絡を取り合うようになった俺は、キズナと色んなことを話したのだが、その中でも狩りのお話にはえらく興味を持ってくれたようだ。興味を持ったキズナは、狩猟用にも使えるという吹き矢とそれ用の弾頭や毒を俺に譲ってくれた。
 血中から入れば即効性の痺れ薬。口から入ったら無害という薬だそうで、ホワイトジムのジムリーダー、オリザさんが自身のキノガッサから採取、調合した秘薬だそうだ。手裏剣など(古風だ)にも使えるらしい。
 俺が扱いやすさから選んだのは、吹き矢だった。これの変わったところは、吹き矢とは言いつつも、浮き輪などに空気を入れる足踏み式の空気入れを使っていることだ。頬が破けるような空気を送り込んでも吹き矢は大した威力を叩きだせないが、この足踏み式の空気入れを使えば非常に強いと言われて、使ってみればあらびっくり。口で吹いた時よりも、思いっきりスピードが違うのがよく分かる。
 さらに、踏むのが俺ではなくタイショウにやらせた時など、音速を超えた破裂音があたりに響いたものだ。今はタイショウと同じく格闘タイプであるヘラクロスのイッカクに同じことをやってもらっている。狙いをつけるのは俺で、主に対象は小さい鳥系統のポケモンだ。
 ゼロは体が大きいというほどでもないが、小さな隙間を飛べる鳥を狩るには少々大きすぎる。相手が大空に飛び立った場合などは、もともと飛行の得意ではない種族ゆえか、移動距離や制動性は振るわない。そういう事情があって、小型の鳥系のポケモンに対しては、最近は吹き矢が主流になりつつあった。
 キズナが作ってくれた弾頭は、ブラックモールで販売されている工芸用の1cmほどの丸い木の棒にくぎを刺し、釘の周りをカッターで削り、釘の頭を斜めに切ってヤスリ掛けをした物。それを、内径約1.1cmのアルミパイプに込めて使うものだ。
 軌道を安定させるために、木の棒の後端へ紐を付けたりとか工夫も豊富で、ホワイトジムの前身であり今も現役で営業中の光矢院流忍術道場とやらは、一体何を教えているのかと気になるくらいに素晴らしい代物である。
 最初こそ狙いをつけるのに苦労したけれど、今では10m先のマメパトを狙うくらいなら二回に一回くらいは当たるようになった。もちろん、動いている敵に当てた経験はまだない。

 面白い物で、こうやって俺の手柄でポケモンを狩れても、仲間たちは不満がることなく賞賛してくれる。最初に狩りをおこなった時も俺達全員で力を合わせて獲物を狩ったが、俺のワンマンショーになっても特に文句はないのだろうか。いや、あるいは『俺』という考え方がおこがましいのかもしれない。
 『俺達』なのだろう。こいつらにとっては。ストライクもハハコモリもヘラクロスもバルチャイも、本来は単独で暮らすポケモンだ。ユウジさんのポケモンであるゾロアーク以外は、今のところ群れで暮らすポケモンはないけれど、きっと俺のポケモン達は『群れ』とか『家族』とかって言葉で俺達という存在を捉えているのだろう。
「皆のおかげで、今日は獲物にありつけるよ」
 実際には、俺とイッカクしか頑張っていないけれど、ゼロが一人で頑張った時でも、ママンが一人で頑張った時もこう言ってやることにしている。一人は皆のために、皆は一人のためにという、単純なことを意識させようと心掛けた結果が今の状況なら……やっぱり、家族って良いな
 母さんは俺の事なんて全然見てくれなかったからなぁ。褒めもしないし叱りもしない……そのくせ、怒るんだ。叱るのは俺のためだけれど、怒るのは自分のため。今となっては……いや、母さんの事なんて考えるのはやめよう。
「みんな、沢山食べような」
 今日は、俺とイッカクで力を合わせてハトーボーという大物が狩れた。普段は足もそんなに速くないし、爆発的な攻撃力以外は特にとりえもないイッカクも、吹き矢の射出に於いては最強の一言に尽きる。
 押さえつけて、首を捻って楽にしたハトーボーを、ポケモンレンジャーから貰ったお古のサバイバルナイフで切り裂いて首無しにする。ママンに作ってもらった糸ですぐさま木の枝につりさげ、滴り落ちる血はステンレスの皿に溜めてゼロやアイル、トリに飲ませている。
 血抜きが完了したら、イッカクに手伝ってもらいながらの解体作業だ。処理が面倒な内臓は肉食獣三人に任せ、もも肉、胸肉、首肉と、ありったけの肉を密封性が高く、運搬中に穴が空いてしまう心配のないケースに仕舞い込む。
 レバーやハツも美味しいからその中に突っ込んでおき、砂肝は綺麗に砂を取ることが出来ないから、大抵はポケモンの胃袋行きだ。トリなら問題ないだろう。
 ゼロは血を飲むのもそこそこに解体の協力をしてくれる。あの軽いカマのどこにそんな切れ味があるのか、それともナイフの研ぎ方が悪いのだろうか、俺なんかよりもよっぽど見事に肉を切り裂き、骨を切り離して漫画の様な肉の塊を作ってくれる。
 一足先に抉り取った内臓たちは、バルチャイのトリが嬉々としてついばんでいた。今はまだ飛ぶ必要がないからか、体が重くなって跳べないなんてことがないようにと気にするそぶりもなく、食欲旺盛だ。
 最近は、刷り込みで母親と認識したママン以外の俺やゼロ、イッカクに対してもきちんと懐いてくれ、誰からでも手渡しで餌を受け取ってくれるようになる。今ではすっかり皆のアイドルになっているのか、皆が気にかけているのが手に取るように分かる。

 それら一通りの作業を終え、骨と皮だけになったポケモンに向かって感謝の祈りをささげる。
「今日も命をいただきます。ありがとうございます……」
 顔の前で手を合わせ、正座して祈りをささげる。残った部分は蟻などの虫が分解してくれるだろう。後はアルコールのウェットティッシュでいろんなものを拭いて立ち去ろうかと思ったが、そんな時にこちらへ向かってくる巨大な何かの気配が。
 いち早く気配を悟ったのはアイルであった。やはり幻影を見せるために、何百世代にもわたって鍛え上げられたゾロアークの感覚器官は頼りになる。全員が気付いて身構え、俺も何の役に立つかは分からなかったが、キノガッサの胞子毒を仕込んだ吹き矢を装填して、空気入れもスタンバイする。
 だがしかし、アイルは鼻をひくつかせると、いち早く剥いた牙を納め、構えた爪を下す。その様子を見守り、俺も武器を下しておくと、徐々に大きくなる足音。背の高い茂みを切り裂くように現れたのは――
「ヨツギ……いや、ヌシ様?」
 現れたのはビリジオンであった。以前あった個体よりも少し歳を重ねている印象を受けるその個体は、おそらくはヨツギの親、ヌシだろう。
「こんにちは……えと、その……見ての通り、今日は獲物をいただきに参りました。いつもこの森を守っていただけるおかげで、今日も食事にありつけます……その、ありがとうございます」
 恭しく頭を下げてみると、ヌシは顎で俺の頭を押さえつけて座らせる。ポケモンたちが全く反抗する気がないところをみると、強すぎて相手にならないと感じているわけではなく、殺気がないから見守っていても問題ないと考えているようだ。
 俺は座らされるがままに座ってみると、ヌシもまた俺の左隣の腰を下ろし、ぺたんと座る。足まで折りたたんで胸を地面にくっつけたりなんかして、完全に休息の姿勢のようだ。

「あの……俺は、どうすればいいのでしょうか?」
 真意が分からず、俺は思わず尋ねる。ヌシは黙して答えず、繊細な体毛をそよ風にたなびかせている。
「そう言えば……ヌシ様は、来年にはこの森を去るんでしたっけ? ヨツギは立派に成長しておりますか?」
 このまま沈黙しているのも辛いので、場を持たせるために俺は質問を投げかける。ヌシ様はこちらを一瞥すると、ゆっくりと頷いた。どうやら肯定のようだ。
「そうですか……では、その後に、ビリジオン捕獲祭りというものがありますが、ヌシ様はそれをどう思っていますか?」
 このビリジオン捕獲祭りは、モンスターボールよりもずっと捕獲力の弱いボールでビリジオンを捕まえることがルールである。要するに、ビリジオンの同意なしには決してゲットすることが出来ない、役立たずなボールなのだ。当然、個体数が少ないために捕まえようと思って捕まえられるものではないので、捕獲祭りと銘打っていながら捕獲するポケモンがいないだけでなく、捕獲させてもらえないことだってあるのだ。
「冗談じゃないのか」
 左手を差し出す。
「誰か、ふさわしい人物がいたら捕獲されるのも悪くないと思っているのか……」
 右手を差し出す。左隣に座っていたからよく考えると右の選択肢を選びにくいかと思ったが、足元からしゅるしゅると草が生えて来たかと思うと、それは俺の右手首に絡みついては、すぐに離れていく。右手を選んだということは『いい人がいるなら捕獲されてもいい』ようである。
「そっか……いい人が勝ち残ってくれるといいね」
 その大会に出てみたいとは思いつつも、俺はどうせ優秀な成績を勝ち取るのは無理だろうと感じていた。やるだけやってやろうとは思っているが、ベスト2まで残らないと捕獲の権利を与えられないとなれば、スバルさんや、キズナの師匠とやらが候補だろう。
 キズナの師匠とやらはあったことがないけれど、スバルさんやキズナの口ぶりからすれば悪い人ではなさそうだし、俺もスバルさんならば安心してビリジオンを任せられる。
 そんなわけで、『いい人』と口にするときに俺が思い浮かべたのは、スバルさんであった。あの人だったらきっとヌシ様も気に入ってくれるだろうし。
「で、そのいい人って言うのは心当たりとかあったりする? ポケモンレンジャーのお兄さんとか、皆とっても強そうだけれど」
 尋ねてみると、ヌシ様は俺の方に首を向けると、彼女はそっと顔を舐めた。反芻動物らしい、草の匂いがきつくて涎のたっぷりついた舌。ヨツギといい、ここのビリジオンは人の顔を舐めるのが好きらしい。いや、そんなことよりも、俺の顔を舐めたという事は……
「俺も、その『いい人』の候補なの?」
 まさか、と思いながら笑っていると、コクンとヌシが頷く。
「そっか……俺の何が魅力的なのかはよく分からないけれど、育て屋って施設にいるお姉さん(というには少々年齢が高い?)も俺の事を買ってくれているし……そういう事なのかな。何か、自分じゃ分からない魅力を買ってくれるのだとしたら、嬉しいよ」
 そう言って俺は首を傾け、ヌシの体にそれを預ける。乾草の様な甘い匂いと腐葉土の匂いがほのかに混ざり合っていた。
「貴方の毛皮……柔らかいかと思っていましたが、案外ごわごわしているのですね」
 香りはいいのだがしかし、俺の言葉通りの感触だ。毛繕いを毎日しているわけにもいかないのだろうし、仕方のないところもあるのだろうが、ちょっとだけショックを受けた気分だ。
「毛繕いは……最近しているのでしょうか? やっぱり、体型が体型だからできませんかね?」
 身体をヌシに傾けながら俺は尋ねる。ヌシはゆっくりと首を横に振った。
「そうですか。でしたら……俺が毛繕いとかしたら……喜びますかね?」
「ム……」
 よっぽど驚いたのだろう。俺の言葉にヌシは目を見開いた。そして、言葉をきちんと理解して飲み込んだうえで、うんと頷く。
「そうですか……」
 俺は座っているヌシの前に跪く。
 では、次に来る時は……その、櫛を持ってまいります。ですので……」
 その先を言おうとして、俺はヌシに顔を舐められる。しかもさっきのとは比べ物にならないほど濃厚な唾液つきの、スペシャルな舌遣いだ。今日は俺の顔がべとべとになりそうだ。

「『かしこまるな』ってことなら、分かりました」
 これ以上舐められるのは光栄だけれど流石に匂いとかがきついので、もう畏まるのはやめにする。
「もしかして、ヌシさんって森のポケモンにも(かしず)かれたりとかで友達がいないとか? 気高く振る舞うのも面倒だとか思っていたりします?」
 尋ねてみると、恥ずかしそうに顔を背けつつヌシは頷いた。
「友達が欲しいのですね……なんだか、絵本とかにありそうなお話だなぁ。王様は、一般市民とお友達になれないのが悩みです、みたいな。もしかして、人間の仲間になるのが悪くないと思うのは……それが目的かな?」
 尋ねてみると、ヌシは目を逸らした。はずかしいのだろうか?
「だんまり……ですか。でも、とりあえず……俺もゲットできるチャンスがあることは伝わりました」
 言い終えると、ヌシが立ち上がる。お前も立てと、顎で指示されたような気がしたので、俺はそれに従った。
「帰るのですか?」
 ヌシはこちらの方を見ずに頷き、背を向ける。お尻はヨツギと同じで綺麗な形をしている。
「そうですか。俺は……ハトーボーの血抜きの方も終わったみたいなので……そろそろ解体を始めようと思います……ご達者で。毛繕い、楽しみにしていてください」
 ふと、ヌシが何かに気付いたように近寄り、俺の腰に差しているナイフを見る。
「これ……?」
 ナイフを持って差し出す。ヌシは、マズルで俺の手首ごとナイフを持ち上げると、自身の角とを軽く小突き合わせた。それを終えると、ヌシは一度微笑んだのち、再び背を向けて森の奥、禁猟区へと帰って行った。
「今のは……ハイタッチ、なのかな」
 手の内に残る余韻を感じながら、俺はナイフを見る。別に刃こぼれをしたわけではないけれど、ビリジオンに小突いてもらったこのナイフは、なんだか貴重なものに見えた。


今日は、ヌシ様と初めて出会った日。記念という意味でここに記してしまうのはレポートとはちょっと違うかもしれないけれど、あの美しさは感動ものなので……あぁ、写真撮っておけばよかったかも。
今日のふれあいで分かったのは、ヌシも伝説のポケモンという事でもう少し厳かかと思っていたけれど、意外にも普通の交流を求めているんじゃないかという事。王様が庶民との触れ合いを楽しんだり、下々の料理をおいしいと言ったりするような、普通の生活に憧れる描写のある昔話はいくらでもあるけれど、そういうのに身近で触れ合えるとは思わなかったなぁ。
次に会う時は毛繕いをしてあげることも約束したことだし、メブキジカやゼブライカ用の櫛も買って準備万端と。次に会うのが楽しみだな。

キズナにビリジオンに出会ったとメールを送ると、今回もうらやましいという答えが返ってくる。喜んでもらえるのならば、自慢するだけじゃなくいつか一緒に森へ行きたいもんだ。

加えて、今日は吹き矢で初めて大物を仕留めることも出来たし、収穫も多かった。ポケモンだけでなく、人間も一緒に狩りを出来てこそ、ポケモントレーナーって感じがするよ。

7月18日


 ◇

7月21日

「と、いうわけなんですよ」
 今日のご主人は学校が終わったら、狩りには行かずに、スバルのお仕事のお手伝いの約束をしていた。今日に学校はこの夏最後のプールの授業だとご主人は喜んでいた……泳ぐのは下手ではないはずだが、何が嫌いなのやら、小生にはよく分からない。
 今日も草刈りの仕事を任され、今はその休憩中。クーラーが効いた受付にて休憩中に、ご主人が昨日の出来事を話すと、スバルは感心したように頷いていた。今日のスバルも眼鏡を取り外しており、口調は素に近い状態のようである。
「ふむ……やはりお前は、愛され上手だな」
 なるほど、スバルも小生と同じことを思っているらしい。初めて会った時から思っていたが、この女は……第一印象から嫌いじゃない。
「愛され上手……ですか?」
 ただ、ご主人自身はスバルの発言自体あまり理解していない様子。
「感謝してくれる……お前は、色んなことに感謝出来る奴だからな。それが好きなんだよ、私は」
 そう、それなのだ。ポケモンは人間のために戦って当たり前のようにふるまっている小学生は見ていると吐き気がする。
「お前も心当たりがあると言う感じだな、ママン?」
 スバルは、連れ歩いているポリゴンZに、小生らの言葉を通訳させた画面を見てそう言った。便利だな。
 小生が、あのアイルというゾロアーク捕獲されたのも、アイルの飼い主であるユウジとやらが素晴らしい人格だったことがきっかけで、ゲットされたはいいものの飼い主がユウジではなく別の誰かだと聞かされた時には選択を誤ったかと思ったくらいだ。
 しかし、譲渡された小生に、カズキは不器用ながらよろしくお願いしますと挨拶をして、お金とやらを消費していないとはいえ、わざわざキャベツの葉っぱを大量に持ってきてごちそうしてくれた。役に立ってくれなかった頃のゼロは罵ったりもしたが、基本的に何かをやった時は、いつだって感謝してくれたのがこのカズキという男。
 人並み以上に感謝するし、小生らポケモンに頼らぬように自身でも出来るだけ頑張っている。そんなカズキなのだから、応援したくもなるし、愛してやりたくなるものだ。
「カズキ。お前は、獲物を狩るたびにきちんと祈りをささげているそうだな?」
「は、はい。生活掛っているので……命を奪った分は、きちんと感謝しないとなって」
「だよなぁ……あのホワイトブッシュに来るやつなんて、皆スポーツハンティングに来るやつらばかりだ。生活なんてかかっていないからな……ポケモンを動く的だと思っている奴も多い。はく製にするとか、獲物の前で記念写真を撮ったりだとか……その点、お前は殺したらすぐさま血抜きをして、食べることを優先させているし、感謝の祈りもきちんとする。
 そういうのを、ヌシやヨツギがどこからか見ているとすれば……まぁ、気に入るわけも分かるというものだ」
 スバルはため息をつく。
「人間はな……誰しも、感謝されたいものなのだ。自分がやっていることを誰かに評価してもらいたい。そう言った想いを、お前はすんなりと叶えてくれる。ありがとうという言葉を素直に言えるのは一つの才能だと思うぞ」
「みんな普通に『ありがとう』とか言っていると思うんだけれどなぁ……ヌシやヨツギの件はともかくさ」
「そうだな。言っているな……お前は、少し重いんじゃないのか? 言葉の重みってやつがさ。お前の家庭環境……何回か酷いってことは聞かされたけれどさ。それが影響してんのかな……お前、褒められたことも感謝されたこともないんだろ? 親に」
 ふむ、スバルの言うことは小生も同意見だ。人間は親に庇護されながら幼少期を生きる動物だが、このカズキという男は母親に恵まれず、父親ですらない個体の男に蔑ろにされてきた。そして、そいつらはカズキに当たり散らすだけで、何か仕事を頼んでも褒めること一つしない。だからこそ、このカズキという男……他人が自分のために頑張ってくれるという事を知らなかったな。
「はい……そりゃもう。地獄のような……ままごとにお医者さんごっこに、勘弁して欲しいですよ」
「む……? まぁ、よくわからんが、つらいことは伝わったよ。私もひどかったからな。誰かに親切にされても、何か裏があるんじゃないかと思って、警戒して怯えるくらいだった……けれど、お前にはそれがない。裏があるとか疑わないから、素直に感謝できる。そして、腹が減っている時に飯が上手く感じられるように、お前は人の愛に飢えていた。
 だから、愛を受けた時には、他の誰かよりもずっと感謝できるし、その分言葉に重みが出る……いい子だよ、お前は。まぁ、私の個人的な意見と推測だがな」
「はぁ……そういうもんですか? 今でも、優しすぎる人は疑いますよ?」

 小生も、主人のそんなところを気に入っている。このスバルという女、願わくば酒の席で語りたかったな。スバルがポケモンの言葉が分からないのは残念だ。
「私はね、お前のことが好きだよ、カズキ」
 驚いた……あのスバルがまさかの求愛か? まだ、精通も迎えていないひよっこだが良いのか?
「へ?」
 ご主人は素っ頓狂な顔で聞き返す。
「言っておくが、恋愛対象じゃないぞ?」
 なんだ、違うのか。
「恋愛感情はホワイトジムのジムリーダーに任せている。お前はね、さっきも言った通り感謝するのが上手いから。いつだったか話したっけな……話していないかもしれないが……お前がここで手伝いをさせてくれと持ちかけてきた時、最初は3日でやめさせるつもりで、辛い仕事を押し付けたつもりだったんだがな。でもお前は……『ありがとう』と言っていた。仕事を貰えることが、貴重なことだって分かっていたんだな」
「そりゃそうですよ。俺の母さんなんて働く場所がないから水商売やってましたし……おままごととか」
「なるほど。そうやってお礼を言えることもそうだし、お礼を言われた時もお前は嬉しそうだからな。ついつい、お前を構いたくなってしまうし、ポケモンもお前のために頑張りたくなるんだろうよ。
 そして、同じように伝説のポケモンにも気に入られる。お前の魅力はポケモンにも共通の魅力なんだな」
「感謝するから、気に入られる……」
「そうだ。当たり前のことを当たり前にできる。それは貴重なことだよ、カズキ。私は出来なかったけれど、出来るまで付き合ってくれた奴がいるから、今こうやって育て屋なんてやっているわけだがな」
 スバルは苦笑していた。この女も、カズキと同じく過去に色々あったようだな。人間というのは複雑だ。
「その才能は、大事にするといい。ポケモンにも、人間にも好かれる秘訣となろうぞ」
「はい、ありがとうございます!」
 小生も、主人がこうして人に感謝出来る限りは、主人と認めてついてゆこうかな。

 ◇

7月21日

 夏休みも始まって、ようやく俺は裸を晒さなくてもよくなった。泳ぎが下手なわけじゃないし、腹が出ているわけでもないけれど、体育の授業は服を脱ぐ必要があるから嫌いだった。
 でも、これからは人前で服を脱ぐ必要もなさそうだし、スバルさんの育て屋でお手伝いをさせてもらったり、狩りをしてポケモンとの絆を確かめ合いながら、この夏はのんびりと過ごそう。


「へぇ、最近は不法投棄が……」
「そうなんだよ。どうにも、悪徳業者はポケモンレンジャーや警察の見回りをかわすのが上手くってさ。何か所にも分けて、スクラップを捨てていきやがる……ホワイトフォレストがブラックシティのゴミでガンガン汚れていきやがる。以前からゴミがある場所もあれば、最近また捨てられ始めた場所もあって酷いもんさ」
 夏休みの初日。俺がホワイトブッシュに行くと、その日は狩りを早めに成功できた。早めに帰ろうと思った頃に、帰り道でポケモンレンジャーのマコトさんの愚痴に付き合わされた。
「そのために、ポケモンレンジャーや警察の手が回されているもんでさ。見たらたらしょっ引いてやんなきゃ気が済まねえや……」
「そこにダストダスとかが引っ越してきたら目も当てられないですね」
「いや、それがもうすでに来ているし、それどころか最近はいくつかの不法投棄現場にロトムまで紛れ込んでいるらしい……まぁ、多分レンジャーが逃がした個体が野生化した奴だが」
「いやいやいや、それ最悪じゃないですか……」
 レンジャーなのに生態系壊してどうするんですかアンタら……
「もう20年以上も前の話さ……麻薬組織とのドンパチで逃げちまった奴らの子孫だよ。なんにせよ、この不法投棄が変なところに飛び火しなきゃいいけれど……ロトムの生息域がどんどん拡大する可能性がある」
「それはまた……まずいですねぇ」
 マコトさんの言葉を聞く限りじゃ、こりゃ不満が多いに出そうだと思う。住民運動でも起きなければいいけれど。
「犯人は地道に探すっきゃないのがもどかしいですよ。カズキ君もは、大人になってもそういう風に法を犯すような子供にならないでくださいよ?」
 今まで黙って話を聞くだけだったヨシオさんも同じように口を挟む。
「分かってますよ、ヨシオさん」
 全くその通りだと思う。俺はブラックシティの住人だけれど、ホワイトフォレストに迷惑をかけるなんて許せない。

「そうだ、カズキ。さっきあっちの方でヌシに出会ったから。挨拶してきたらどうだ?」
「え、ヌシ様が?」
 ヨシオさんの言葉に、ついつい嬉しくなって俺は聞き返す。
「まだ近くにいると思う……足跡の尾行術は覚えているか? あれが出来れば、追いつくのは容易だ……と思う。だが、走って禁猟区に入られてでもいたら、ご愁傷様だな」
「えっと……じゃあ、すぐに行きます。今日はお話してくれてありがとうございます」
「頑張って追いつけよー」
「迷っちゃだめですよ!」
 マコトさんとヨシオさんに見送られながら、俺は手を振りながら走り出した

「ヌシ様!」
 俺は、ヌシとの再会に歓喜した。一方的に約束した毛繕いの約束だけれど、本当に毛繕いをさせてくれるなんて思わなかった。前回みたいに、ただ触らせてもらえるだけでもすごく嬉しいことだけれど、今度は毛づくろいをさせてくれるんだ。アイドル相手に握手会なんて物があるけれど、それを望んでいる人たちの気持ちが分かった気がする。
 尊敬したり、憧れている人の役に立てる、お近づきになれる。そういうことはとっても嬉しい事なんだな。
「ごめん、皆。今日はもう帰ろうと思ったけれど……一旦ボールの中に入っていてもらっていいかな?」
 俺は自分のポケモンを見る。ゼロ、ママン、アイル、イッカク、トリ。全員が退屈な毛繕いを見ているつもりもないようで、頷いてくれた。
 ヌシはこちらを一度見ると、ゆったりとした優雅な足取りでこちらに歩み寄る。十分に近づくと、ヌシ様は首を垂れる。
「お願いします、という事でしょうか?」
 『頭を下げる必要はないですよ』とは言わない。そんなことを言って、また顔を舐められるのは勘弁である。
 俺の問いかけに、ヌシは素直に頭を下げる。どうやらお願いしますという事らしい。
「そうですか……では、失礼します」
 俺は生唾をごくりと飲む。俺の目の前にいるのは、そんじょそこいらのポケモンではない。伝説のポケモンと謳われた、ビリジオンだ。そのポケモンの体毛を毛づくろいできるというこの瞬間、緊張しないわけがない。まずは首筋から。青々とした体毛に櫛を喰い込ませ、滑るように下へ走らせる。ここらへんは汚れていないので櫛の通りも良く、その作業は数分と掛からなかった。
 肩口からわき腹の部分はたまに休む時などに泥がついたりするのだろう。ごわごわとしていて、櫛の通りも悪い。俺は持ってきたペットボトルの水を用い、汗拭きタオルと組み合わせて泥を落とす。流石に、血を洗い流すための少量の水だけでは泥を落とすのは厳しそうだ。
「何とかなるかな……きれいな水があるといいんだけれど……」
 近くにはないんだよなぁ、と独り言のようにつぶやくと、ヌシ様はこちらを見ながら目を見開く。何事かと思う間もなく、四肢に力を込めて立ち上がったヌシ様は、俺の体を――
「わわわ」
 草結びで持ち上げてくれた。いきなり地面が盛り上がったかと思えば、体が持ち上げられているわけである。驚いた拍子にバランスを崩したのか、そもそもバランスが崩れていたのかも分からないうちに倒れそうになるが、それをヌシ様はきちんと見越して背中を支えるための草を作る。
「乗れ、と……というか、乗せられていますね……」
 どうやらヌシ様はこの機会に体を丸ごと綺麗にしろと言いたいようだ。背中にしまっておいた今日の獲物であるミルホッグの死体はまだ腐ることもないだろうし、ここはビリジオンの背中に乗れる幸福を存分に味わってみるとしよう。
「お願いします、ヌシ様」
 帰るころには真っ暗になっていそうだが、もういいや。ゼブライカに乗るだけでも考えたらワクワクするのに、こうしてビリジオンに乗られる経験なんて普通は出来るものじゃない。
「でも、ヌシ様。草の座席は要りませんよ。馬具なしでの乗馬は育て屋で慣れっこですので」
 そう言って俺は体毛を掴み、股の間に彼女の胴体をしっかりとはさむ。ヌシ様は意外そうな顔をして一回だけふり返ったが、俺が自信満々な顔を見せると、心配する必要はないものと理解して前へと向き直った。
 走っている最中はその体毛の匂いを鼻腔から肺まで流し、全身に満たす。光合成というのだろうか、草タイプの体から漂ってくるすっきりとする空気の匂いを感じて、俺は風を切る。
 人間の足では足場が悪くてまともに走れないこのホワイトブッシュだが、ビリジオンの速度はありえない。背景が風のように流れて飛んでゆき、体を風切る音が振るわせる。ゼブライカの乗馬を育て屋で何度も経験したからいいものの、ずぶの素人だったら確実に落馬していたことだろう。やっぱり、草結びで支えて貰えばよかったと、ちょっぴりだけれど後悔だ。
 なんせ、木々を避けながらジグザグに近い軌道で移動しているのだ。左右に揺られ、加速と減速で前後に揺られ、跳躍によって上下に揺られ……平地を歩けば気にならないのかもしれないが、五分で酔いそうな走行だった。股間を打ち付けないように、尻の方に体重をかけるのもこの速さと足場じゃものすごく大変だ。鞍が欲しくなる……。
 しかし、その速さの分移動の距離もすさまじい。あっという間に水場にまで案内された俺は、どうやらここで毛づくろいをさせられるらしい。空は少しばかり赤みを伴っており、もうすぐ明かりなしでは何も見えなくなる時間帯が来そうだ。早めに済ませてしまわないと……

 水は澄んでした。生水は危ないけれど、そのまま飲んでも大丈夫そうなほど澄んだ水だ。緩やかな流れの水底には砂利が溜まっており水中で手を振ってみると砂が水中を舞った。水分を含ませた布で泥を拭い、濡れた毛皮を絞った布で水分を吸い取る。そうしたところでようやく櫛を通し……そんな作業を、1.9mの巨体に行うのだ。
 終わったころにはすっかり月が昇っていて、手の甲にもいくつか蚊に刺された跡が出来てしまった。
「全部終わりましたよ……」
 ヌシ様の性別は雌だと聞いていたが、それを確かめるようにペニスが無い事を確認しようと腹にまで布巾を及ばせたりしたが、特にヌシ様は怒っていない様子。さすがに確認なんてしようとしたら蹴られるんじゃないかと内心ひやひやしていただけに、五体満足で一安心だ。終わりを告げると、ヌシ様は労わるように俺の頭を顎で撫でてくれた。
「しかし、すっかり遅くなっちゃったなー……」
 立ち上がって空を見て、まさかこのまま置いた帰るようなことはしないだろうと思いながらヌシ様を見ると、ヌシ様は顎をしゃくりあげて乗れと促す。どうやら、帰りも乗せてくれるようである。
「お願いします」
 再び風を切り、ホワイトブッシュの表層、俺が自転車を止めた公園付近まで送り返されたところで、俺は背中から下される。夢見心地のまま夜空の下を歩いている間も、まだ揺さぶられた感覚が股の間で鈍い痛みとなって尾を引いている。本当に、夢のような一日だけれど、同時に現実も見えてきてしまった。毛繕いの最中に、俺は見てしまったのだ。ヌシ様の背中にノミがいるという事を。
 そして、刺された場所を掻いてあげると、気持ちよさそうに声を上げてくれたこと。
「……今度は、スバルさんにノミ避けの薬を買ってもらうように頼もうかな」
 今までは自分のポケモンのために手伝いをしてきたけれど、たまには他の誰かのために手伝いというのも悪くない。進化の輝石、火炎珠、草のジュエル……次はノミ避けの薬で決まりかな!


今日は、ポケモンレンジャーのマコトさんとヨシオさんに出会ったけれど、その時に興味深いことを聞かせてもらった。
なんでも、聖剣士と呼ばれるビリジオンやコバルオンと言った種族は、仲間と認めた相手に対して『つるぎあわせ』を申し入れるのだとか。
つるぎあわせと言うのは、以前に行った角とナイフを叩き合わせるようなあのアクションのこと。聖剣士同士であれば角同士をこすり合わせるらしいけれど、俺はナイフを持っていたのでああいう形になったのだとか。
ともかく、俺は森の仲間だって認められたということなのだろうな……。あまりに嬉しかったから、キズナにメールしたら自分のことのように興奮しているのが文体から伝わってきた。
スバルさんが俺のことを愛され上手だと褒めてくれていたけれど、本当にビリジオンに愛されているのだとしたら、俺はこれからもビリジオンと仲良くしたいな。

7月23日




コメント 


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お名前:
  • >2014-08-24 (日) 01:50:16の名無しさん

    コメントどうもありがとうございます。今回の作品は今までになく長期間の連載になってしまい、まさかのXY発売と重なってしまいましたが、最後まで書ききれてよかったとおもいます。
    次の作品はここではなく、別の場所、別の作品ですが、私に関係のある場所を回ってみれば作品の投稿に気が着けるかも知れませんので探してみてくださいな。

    ここで登校するのはいつになるかわかりませんが、再びここで会いましょう!
    ――リング 2014-08-29 (金) 23:26:10
  • 長い間の連載お疲れ様でした!

    密かに毎週楽しみにさせて頂いておりました。
    色々と思う所もあるのですが、長々となってしまいそうなので…、とにもかくにも、良い作品でした。

    次の作品も期待してます、。
    ―― 2014-08-24 (日) 01:50:16
  • >sunsetさん
    コメントどうもありがとうございます。時系列がおかしいのはミスでした。お恥ずかしい所を晒してしまいましたね。
    キズナとカズキの強さですが、設定上は一応レッドを超えない程度の強さなのです。レッドなら恐らく高確率でバンジロウに勝っている事でしょう。比較対象がおかしいせいで弱くは見えないですがね。
    また、二人の場合は優秀なライバルと優秀な支障がいたことが大きいのではないでしょうか。

    物語はあと3話ほどなので、8月で終わるとおもいます。それまでどうかおつきあいくださいませ。
    ――リング 2014-08-05 (火) 22:48:52
  • 決勝の前にキズナvsバンジロウを入れたんですね。試作にはないシーンなので新鮮でした。ただ時系列がおかしいように感じます(既にトウショウ手に入っている描写があったり、試合終わった後に決勝がこれからだという描写があったり。急いで書いたのかな?)
    結局勝てなかったキズナですがカズキのように格上相手に一矢報いているわけで二人の成長というものを感じます。ほんとに小学生かこいつら(蹴
    この作品も残すところあと僅かですね。最後まで楽しみにしてます。更新頑張ってください。応援してます。
    ――sunset ? 2014-08-01 (金) 00:53:56
  • >2014-01-11 (土) 17:00:50の名無しさん

    あの人は大して悩んでいないところとか、そもそもそんなに悪い事だとか思っていないので、あんまり話が通じないとおもいます。
    アオイさんは中学生の乙女なんです、多感な時期だからこそ悩みが深くなるのですよ。
    ――リング 2014-01-17 (金) 00:29:39

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Last-modified: 2013-04-18 (木) 00:00:00
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