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BCローテーションバトル奮闘記・第五十三話:セッカ湿原慰霊祭

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BCWF物語
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 11月22日

「寒い……」
 ローテーションバトルを日々鍛えている俺達は、この感謝祭の日から木・金・土の3日間行われるローテーションバトルの大会に参加するべく、セッカシティを訪れる。のだが……俺とスバルさんの交通手段がサザンドラという時点で何かおかしい。スバルさんを後ろに乗せて、背中に胸を押し付けられるようにしながらの二人乗り。お互いライダーズジャケットを着用し、マフラーに目だし帽のマスクにゴーグルにフードに革の手袋。それでも隙間から入り込む風が容赦なく体温を奪っていくようで、ものすごく寒い。マスクがなかったら、顔の皮膚が裂けてしまいそうなくらいに、雪の一粒一粒が殺人的な殺傷能力を持っていると思う。
 ちなみにキズナはゴルーグに乗って会場へ向かうとかそういうというわけでもなく、普通に鉄道に乗ってくるそうだ。暖かそうだねぇ……いいなぁ。アオイさんも応援に来るといっていたから、無茶が出来ないというのもあるのだろうけれど、俺としてはやっぱり陸路を使うのが普通だと思うんだ。
「子供なのに寒がってどうするのだ、我が子よ」
「あのねぇ、普通は車とかで行くべき場所でしょうに……なんで俺達、空飛んでいるの?」
「そりゃあれだ、オリザの奴がフライゴンで行くっていうから……私達は恋仲なのだ、付き合わないでどうする」
 頭が痛くなる。確かに十数メートル離れた場所を飛ぶオリザさんはそういったのだろうけれど……俺達が付き合う義理は特にないでしょうに。
「俺は恋仲じゃないよぉ……それと、恋仲でもない男の子に胸を押し付けるのはどうなの!? 俺、あんたの息子でしょ!」
「はっは、お前は誰の母乳で育ったと思っているのだ」
「少なくとも俺が育った母乳はスバルさんのものでじゃないです」
「その通りだカズキ。よくわかっているじゃないか」
「なら言うなぁ!!」
 まったく、母さんのこのつかみどころのない態度は本当に困ったものだ。そういうところがギーマさんに似てしまって、肝心なところも……受け継いでいるんだよな。ポケモンバトルの強さはきちんと、ギーマさんからね。
「お前なぁ……子供のうちに女性の胸の感覚はきちんと覚えておくといいぞ。大人になったら気軽に揉めないからな」
「ミルタンクで十分だよそんなのぉ。大人になったらキズナがいるし。大体母さんは筋肉に吸い取られて貧乳じゃん」
「おま、言うようになったな。キズナ……うむ」
 もう、うっとうしいから俺もスバルさんを黙らせる。ボケとボケだと話が進まないので、スバルさんを突っ込み役にさせれば、スバルさんも引くしかないのだ。これでいいんだ、これで……。
「ならば、キズナに抱きつかれても大丈夫なように今から耐性を付けておくがいい」
 無駄だった……か。もういい、別の事を考えよう。向こうを飛んでいるオリザさんも、さすがにこの寒さには防寒具をきちんと羽織っている。オリザさんは筋肉ばっかりであんまり無駄な脂肪はないようなイメージだけれど、寒くはないのかな。こういう時ばっかりは脂肪がありがたそうだし。
 一応俺も、トリニティの体が飛行のおかげでものすごく温かくなっているから耐えられるけれど……フライゴンもやっぱり飛行中は体温が高いのかな? あぁ、そうか。母さんも寒いから俺に胸を密着させてきているのね……迷惑なことだけれど、そういう事なら仕方ない。

 ひらひらと舞う雪を突っ切り、鼻水も凍りそうな寒さを通り過ぎてゆく。フライゴンとサザンドラの編隊飛行を続けること、休憩を挟みつつ約4時間。まだ真っ暗な時間帯から家を飛び出してきた俺達を迎えるのは、眼下に広がる直視できないくらいに眩しい雪原。そして、雪原に浮かぶ街、セッカシティだ。
 ローテーションバトルは、主に聖剣士と呼ばれるポケモン。コバルオン、テラキオン、ビリジオン。そして4本目のつるぎ、ケルディオを称えるための祭りとして行われ、中でもそれらのポケモンに歴史を動かされたこのセッカシティはローテーションバトルの本場とも言われている。
 伝説上では、アオと呼ばれたコバルオンが、ここに住まい、人間に裏切られたり森を焼かれたりしながら、時に人間を殺して、時に人間に温情を与えて歴史を動かしたのだ。後世に伝えられたそれらの伝説は、腰まで伸ばした赤髪の吟遊詩人が、各所に残していったものを纏めたものであると言う。
 女性であったそのコバルオン、アオはイッシュ無双と言うゲームにも出演し、アオイさんが大層なファンになっている。まぁ、(アオイ)さんは『鏖が如く』と書いて鏖如(アオイ)という名前にするつもりだったと、恐ろしい事実が両親から告げられた事があるそうで(冷静になって読めないからやめたそうだが)。漢字は変わっても、アオの如く力強く生きたいという願望はきちんと持ってくれたのか、そのため憧れが強いような面もあるらしい。

 地平線の間際には、聖剣士のアオが住んでいたというセッカの湿原。街の北東にあるその場所は、今でも観光名所として有名だ。
 試合会場は、今はジムバッジの授与が行われない非公式ジムとなっているセッカジムと、その付近にある特設会場。俺たちが目指す場所もそこである。ホテルに行って荷物を置きたいところだけれど、それは選手登録が終わってからだ。
 まだ朝の7時ということもあって、人はかなり少ない。この選手登録が終わったら、10時の試合開始に合わせて9時まで仮眠ということになっている。あー、キズナ達は前日から電車で行ったのに寒いわ疲れるわで散々だ。無理にでもついて行けばよかった。
 選手登録を終えて、ホテルへ赴き、まず最初に汗だくになった体を綺麗に洗い落とす。寒かった、確かに寒かったのだけれど、スバルさんに抱きつかれていたところやトリニティに密着していた部分はさすがに汗がにじんでいる。着替えないと風邪を引いてしまうだろうし、気持ち悪いから風呂に入って着替えておこう。
 それを終えると、時間は7時50分ほど。眠れても1時間ほどだが……まぁ、眠らないよりはましだろう。昨夜は早めに寝たとはいえ、疲労やよく眠れなかったことなどが原因で恐ろしく眠い。着替えも風呂も無しに早々に眠ってしまったスバルさんの横のベッドで、俺は静かに横になった。


 起きると、あらかじめコンビニで買っておいたインスタント食品を口にして、40分までに集合する選手の集まりにあわせてホテルを出る。温かいスープを飲み干して、気休め程度に体を温めたら、マフラーと帽子、分厚いコートに手袋を身につけ、この日のためにこしらえたブーツを履いてお出かけだ。
 天気は雪。雪の舞い散る中、除雪車が綺麗に雪を掃いた道路を踏みしめて会場に向かうと、あんなにもまばらだった人の波は、いまやもう膨れ上がっていた。観光に来た客も徐々に起きてきたと言ったところか。
 9時半の選手登録締め切りを追えた時点で、参加者は97人。半分の人が優勝までに7試合、シード権を運よく得たトレーナーが6試合必要といったところだ。まだ、誰を相手に戦うかはわからないが、取り合えず……オリザさんを見つけて近寄ってみれば、キズナも一緒にそこに居た。身長が2mもあるといい目印だ。
「よー、カズキ。寒くないかー!?」
「寒いけれど、行きに比べれば問題ないよ。空飛んできたからね」
 実際、行きは酷いもんだ。最も気温の低い明け方を、高所で、しかも高速で飛行していたのだ。それに比べれば、今は顔とかが冷えるくらいで、お腹とかは大丈夫だ。
「そうかぁ……俺のところはねーちゃんが寒い寒いって連呼して本当にうんざりするぜ? もっと厚着すればいいのに……」
「でも、抱きついては来ない分だけましじゃない? ウチのほうは、母さんが飛行中にずっと抱きついてきてさ」
「お、いいじゃないか。スバルさんなら胸気持ちよかったろ?」
「こら、キズナ。俺はまだ子供だってば。っていうか、母さん貧乳だし」
 アナウンスがあるまでは、俺達はそんな調子で馬鹿みたいな話しをする。隣のスバルさんはスバルさんの方で……
「子供に胸を押し付けるって、スバルさんもうちょっと自重しましょうよそこは……」
「何を言う、寒かったのだ。凍える女性を暖めるのは昔からマッチとヒトモシととランプラーとシャンデラと男であると相場が決まっている」
「男がいなければ死ねってことですか!? 男以外死亡フラグ立っているじゃないです」
 まぁ、こんな調子で馬鹿みたいな夫婦漫才を繰り広げている。1人でいると思われるアオイさんは寂しくないだろうか……? まぁ、コロモがいるし大丈夫かな。
 一人一人選手の点呼を取り、俺達にランダムで番号が割り振られる。スバルさんは65、オリザさんは47、俺は89、キズナは63。オリザさん以外は後半に偏っているのが少々嫌な感じだ。キズナだけは6試合で優勝が得られるが……2試合目にスバルさんとあたるようだ。これはもう、しょうがない。
 順調に勝ち進めれば、俺は5試合目にスバルさんとあたることになる。スバルさん相手にまだ勝てる気はしないとして、そこまで順調に勝てるかな……俺の知り合い以外にも強い人はいるのだろうし、難しいかもなぁ。
 とはいえ、バッジの数に換算すれば俺の実力も結構なものである。俺達だってあのハロウィンの日からさらに強くなったから、バッジ7個分以上は確実に越えているだろうし……そこいらの記念参加勢には負けないよね。

 寒空の中立ちすくんでいると、10時を回ったところで開会式が始まった。整列するでもなくバラバラに立っている俺達より一段高い台の上から、セッカシティの市長が開会の宣言をする。要約すると、この大会はかつてセッカの街を敵軍が包囲したところを、メブキジカを引き連れたコバルオンたちが救ったことに対しての感謝と、その後森が火事になってしまったことに対しての慰霊の意味を込めた大会である。
 そのため、この大会は『セッカ湿原慰霊祭』と呼ばれるのだという。売店には慰霊のための月桂樹や献花などが売られていたりする。そこまで話し終えたところで、火事によって食料を失い餓死したポケモンたちへの黙祷の時間が始まる。

 その話なら、アオイさんが熱く語ってくれたからよく知っている。コバルオンのアオ達が戦った理由は、戦争こそが平民が森を荒らさざるを得なくなる理由と思い込んだため、戦争を収めれば森にも平穏が訪れるのだと考えたそうだ。人間の戦争に加担したのもそれゆえの行動だったと御伽噺では伝えられ、また彼らの怒りを煽るために、その時代に生きた軍師ベルセリオスが敵軍の仕業に見せかけて森を焼いたという話も伝わっている。
 そんな雑念ばかりの黙祷が終わると、再び市長が喋り始めた。
「……さて、雪がちらついておりますが、あいにくこのセッカシティはこの程度で麻痺するほど柔な街ではありません。むしろ、皆さんの熱気や血潮で、この雪を押し返すくらいに盛り上がろうではありませんか。それでは、これにて開会の挨拶を終わりとします」
 市長が頭を下げて台から降りると、司会進行のお姉さんが新たにマイクを取った。

「開会の挨拶が終わったところで……皆さんの下に、今日はスペシャルゲストが登場します。それは、我らが頭領にしてこの世界を支配するもの……」
 突然司会進行のお姉さんの口調が変わる。
「悪のカリスマ、その名は……」
 司会進行はそう言いながら、決勝会場として使われるセッカジムの職員用で入り口を指差した。すると、唐突に音楽が鳴り響き、仮面をつけた怪しい6人の集団が職員用の入り口から2列に並んで道を作る。
「こんな世の中退屈だ 一つ派手にやっちまえ!!」
「政治を支配だ!!」
 仮面の男たちが叫ぶ。
「もっと、もっとだ!!」
 すると、どこからともかく太くよく通る声が聞こえた。
「世界征服!!」
「我らの世界を!」
 次は仮面の女性たちが叫ぶ。
「あと一押しだ」
 仮面の女性のが叫べば、先程と同じ太くよく通る声。
「宇宙は我らのもの!!」
「そうだ! 吾輩は宇宙を支配するのだ!!」
 仮面の男女が全員で叫ぶと、満足げな声と共に声の主が現れる。
「わーーれらは 悪のカリ スマ 妖しいマスクが魅惑のハチクマン!!」
 そう、元セッカシティジムリ……じゃなくて、悪のカリスマことハチクマンである。

「割れた腹筋!!」
「素敵だろう?」
 女性の合いの手に対して、不敵な笑みを浮かべてハチクマンは問いかける。
「開いた胸元!」
「セクシーだろう?」
 むしろ寒くないのかな?
「素敵な声!!」
「魅力的かな?」
 ああでも、この人は確か去年にツンベアーと心と体が入れ替わってしまう映画の中で、ツンベアーになったつもりで寒中水泳とかをやってたって話だし、多分大丈夫なんだろう。

「誰も勝てない 無敵の超人 それが 我が輩 悪のカリスマ ハチクマーン!!」
 最後にソロで宣言をすると、6人の妖しい男女が彼の周りに集まり、手をバタつかせてハチクマンを称えていた。映画は全編ミュージカル調で進むらしいけれど……なるほど、この調子で全編が進むのならば、なかなか愉快で面白い映画かもしれない。
 家にテレビがなかったから見られなかったけれど、今はテレビがあるし一度レンタルして映画を見てみようかなぁ。

「ファーファファファ!! この我輩、ハチクマンもこの大会に参加させてもらうぞ!! この悪のカリスマである我輩を止めるものが現れなければ、世界と大会の優勝商品はこの私がいただく!! 文句があるものは、この選手番号4番、ハチクマンを打ち倒してみるが良い。まぁ、不可能だろうがな!! ファーファファファ!!」
 しかし、テンションの高い人だ。セッカシティはローテーションバトルの本場だし、そこでジムリーダーを張っているという事はやっぱり相当強いというのは予想できるけれど……その実力、いかほどのものだろうか。優勝商品はマスターボールと木彫り聖剣士2体。2位はセッカ名物雪ミミロルチョコレートと木彫り聖剣士1体。3位は木彫り聖剣士1体……出来れば俺はコバルオンが欲しいな。

 選手番号4番は第2会場で初っ端から5番と戦うことになる。よし、大混雑が予想されるけれど、せっかくの悪のカリスマの試合だし、見に行ってみようかな。
「それでは、選手紹介も終わったところで、そろそろ試合に参りましょう。精々、我らが秘密結社に世界を支配されないようにあがいてみるのだな、ファーッファッファ!!」
 司会のお姉さんも無茶苦茶ノリノリだ。映画、面白いのかなぁ……。


 ハチクマンが戦うということになって、当然のように観客達はそこへ集中した。ステンレスのパイプを組み、その上にベニヤ板を敷いて作った冷え切った簡易の座席には座り切れないほどの観客が集まり、ハチクマンがいる試合会場は人の波で芋洗い状態だ。
「おや、カズキも来たんだ?」
「誰でも来るさ、そりゃ」
 案の定そこにはキズナがいた。
「ねーちゃんは、ハチクさんには興味ないみたいなんでな」
「……相変わらずの面食いだね。イケメンではないけれど渋くて格好いいおじさんだと思うけれどなぁ」
 立ち見をしていると、早速ハチクマンが入場して対戦相手と相対している。相手や審判はしっかりと防寒具に身を包んでいるのだが、やはりハチクマンはそんな事をせずに平然とセクシーな胸元を晒している。本当に何者なんだあの人は。
「それでは私、タツキが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
 また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。それでは両者、試合開始!!」
 その宣言と共に、審判がフラッグを振り下ろす。
 相手のポケモンはローブシン、ナゲキ、ヒヒダルマ。氷タイプへのメタで構成されている。そして、ハチクマンのほうはといえば……マニューラ、シュバルゴ、ハチクマン……ハチクマンがバトルフィールドにいるし。しかも、二人目のハチクマンはマントでぷかぷか浮かんでいるし……どういうことなの。
「ファーファファファ!! こいつは我らが秘密結社が開発したクローン人間、ハチクマンツーだ!! 果たして貴様らにこいつが破れるかな!? こいつの正体は決して何アークでもないからな!! 絶対だからな!!」
 試合の最中にこの挑発……普通だったら批判されるべきだけれど、ハチクさんじゃなくってハチクマンだからいいのかな? しかし、あれは……ゾロアーク……?

「ハチクマンツー……一体何アークなんだ……」
 キズナ、そこはボケるところなの?
「な、何アークなんだろうね……」
 と、取り合えずこのノリには乗っておかないと。一体何アークなんだろうな……。
「さぁ、ランスマンよ! 我輩に忠誠をつくすがよい!!」
「いけ、ゴンゾウ!! 相手を投げ飛ばしてやれ」
 まず、ハチクマンはオッカの実らしきものをぶら下げているシュバルゴを繰り出した。相手は達人の帯を巻いたナゲキを出したので、相性はそれなりといったところか。ついに始まってしまった勝負だが、お互いあまり素早さで攻めるタイプでもないので、ゆっくりのしのしと近づいてゆく。
 シュバルゴの間合いまで入り込むと、二人は膠着してどちらもうかつには動けない。先に動いたのはランスマン。彼はまず左手を突き出し首元を狙い、それをゴンゾウが捌こうと構えた腕を動かすが、その手は空しく空振りに終わる。
 ランスマンの左腕は途中で引っ込められ、その反動を得て勢いづいた右手がゴンゾウの足を狙う。わかり易過ぎるほど馬鹿正直に突き出された左手はフェイント、本当の狙いはこの右腕のようで、首元と足元という遠く離れた部位を一度に狙われては対処も難しい。
 避けることなど叶うはずもなく、大きな質量を携えた突撃槍のごときシュバルゴの右腕は、見事ナゲキの足を穿った。恐らく今の技はメガホーン……効果はいまひとつのはずだが、見事なフェイントを交えたその一撃はきっちりと機動力を奪い、それ以降はもう何もさせることは出来なかった。
「くそ、ゴンゾウは棄権させる!」
 下半身の力を半分以上失ったナゲキに活躍の機会など与えられようはずもないので、シュバルゴに剣の舞を積ませる前に降参させざるを得ない。
「くそ、ラセツ。次はお前だ!!」
 相手が次に繰り出してきたのは、命の玉を装備したヒヒダルマ……ガチだなぁ。控えであった4匹目のポケモンはギアイアスのようだ。
「下がるが良い、ランスマン!!」
「フレアドライブ!!」
「フハハハハ!! 我輩のランスマンはカウンターが得意!! 貴様のヒヒダルマには破れまい!!」
「あ……気をつけるんだぞ、ラセツ」
 ハチクマンは自らの手の内を明かす。だがあれはただの余裕、ではない。ハチクマンはああやって自分の手の内をさらすことで動揺を誘っているのだろう。もともとタイプを偏らせても挑戦者を下していく強さの持ち主であるジムリーダーだ。きっと、カウンター以外にも、相手が誰であれどうにでもなるような技をいくつももっているに違いない。
「だが、炎タイプは少々怖いな。ここはいったん引いて、破竹マンツーと交代するのだ、ランスマン!!」
 攻めあぐねているうちに、シュバルゴはそろそろと後ずさりしていくクローン兵に攻め立てさせてもらうといっていることから察するに、次はゾロアークだろうか?
 一度交換したら10秒は交換できないが、そうこうしているうちに10秒経ってしまう。シュバルゴに睨まれたヒヒダルマはいまだに攻撃できていないが、流石に相手が交代するまで待ってしまってはいけないと、意を決して攻撃に入る。
 だが、案の定過ぎた。灼熱の炎をまとって突撃したヒヒダルマは、ランス状のシュバルゴの左腕により穿たれ、倒れた。どうやらシュバルゴはオッカの実の力のおかげで耐え抜いたらしく、フラフラになりながらもハチクマン様の忠実なるクローン兵……ハチクマンツーと交代した。
「さぁ、我が忠実なるクローン兵よ。その忠誠心を勝つことで示すがよい!!」
 さて、何アークなんだろあのクローン兵の正体は。
「……あれ?」
 どうやら、あのクローンの正体は何アークでもないようだ。
「どした、カズキ?」
「いや、あのクローンのハチクマンの正体は何アークなんだろうと思ったけれど……ラティアスなのかぁなって」
「ちょ……どこからの情報だ?」
「いや、ゾロアークなら、いくら幻影で浮いているように見せたところで、足跡が残るはず。そこまで偽装するゾロアークもいないわけじゃないけれど、それはもはや芸術の粋だよ……戦闘中に出来たら神だよ」
「あぁ、そういえば雪に足跡ついていないな……なるほど。という事は、あのハチクマンツーは実際に浮かんでいるという事になる」
「さて、それに相手が気付くかどうか」
 成り行きを見守っていると、ハチクマンの相手は……


「いけ、ランビー!!」
 と言って飛び出したのはローブシン。かなり悩んでいたようだけれど、それじゃあ……
「ハチクマンツーよ!! 念の力で吹き飛ばすがよい!!」
 サイコキネシスだろうか、ローブシンは空中に持ち上げられ、持っていた石柱は投げ出された。そのまま強く地面に叩きつけられ、一撃でKOだ。

「なあカズキ。今の、神通力じゃないよな?」
「というか、神通力を使えるゾロアークだとして、あんな威力は出せないよ。ハチクマンツーの正体は決まりだね……」
 おっと、そうこう話しているうちに、ハチクマンの相手は降参してしまった。
 その際、ハチクマンツーは走って破竹マンの元へと戻っていくのだが……やっぱり、足跡は一切残らない。間違いない、あれはラティアスだ。ハチクマンも、面白いものを持っているじゃないか。
「カズキ……笑っているのか?」
「それより先にスバルさんに当たっちゃうから、多分ハチクマンと戦えないのが残念だけれどね。面白そうだから、後でオリザさんに教えちゃおう」
「面白そうって……趣味が悪いな、カズキ」
「ふふ、いいじゃない?」
 ともかく、俺もスバルさんを満足させる程度には頑張らなくっちゃ。スバルさんと当たるとして……負け濃厚でもあわよくば倒したいところだけれど……うん、頑張ろう。


「オリザさん、ハチクマンの戦い、面白かったですね」
 身長のせいでよく目立つオリザさんを捕まえ、開口一番に俺は言う。
「おや、カズキ君も見ていたのですか?」
「当然ですよ、師匠。もちろん俺も見ておりました」
 俺とキズナ、二人でオリザさんの元へと赴き、そして思わせぶりに尋ねる。
「オリザさん。ハチクマンツーのことですが……あれって、正体は……」
「ふふ、何アークなんでしょうね? 映画では自分で口走ってしまう有名な台詞ですが、まさか本当に口走るとは」
「でも、本当はあれって、ラティアスかなんかなんじゃ」
「……ほう、よく見ておりますね。足跡ですか? それとも、舞い散る雪ですか?」
「なんだ、師匠もあのポケモンの正体に気付いていましたか」
 ちょっと残念で、俺は苦笑する。
「やっぱり師匠すごいな……俺は気付かなかったぞ」
「あのハチクマンツー……影まで偽装している、なかなかの実力の持ち主でしたが……流石に雪までは流石に偽装できなかったようですね。横長に雪が消えていってます。しかし、足跡だけで気付ければ上出来だと思いますよ」
 オリザさんは、まるで当然だと言わんばかりに俺達を褒める。あう、なんだか逆に恥ずかしくなってきた。
「取りあえず私も、もしハチクマンツーが一度も正体を現さないままに当たることができたならば、ラティアスだと思って挑むことにしますよ」
 オリザさんはそう断言して俺達に微笑み掛ける。あー、もう。言うんじゃなかった。

「はは、ジムリーダーレベルになれば普通に気付いちゃうものだな」
「この調子じゃあ、スバルさんも確実に気付いているだろうし……自慢しようと思っていた俺達が恥ずかしいや」
 ため息をつきつつ、俺は試合の観戦に戻る。スバルさんと一緒に見ようか、それともキズナと一緒に見ようかと悩んだ挙句、恋人同士のほうがちょうどいいだろうと、俺はキズナと一緒に観戦することに。
 これで、オリザさんとスバルさん。俺とキズナ。そしてアオイさんとコロモ。で上手く三つにグループが分かれたわけだ……一組が異種族だけれど。
  とにかく、これでぴったりとはまったな、うん。


 オリザさんとスバルさんは、手持ちを一体も失うことなく見事に勝利を収めていった。オリザさんは、例のマタドガスの戦法はまだ手探りながらも、きちんと有用に使う方法を模索してきたらしい。マタドガスを使い捨てにするのではなく、きちんと待機場所に戻して、可能な限り何回も毒ガスをばら撒くことが出来るように工夫をしているようだ。
 あとは、飛行タイプを出しにくいように重力使いでもいればまた変わるのだろうけれど……重力使いは少ないから難しそうだ。
 スバルさんは、今回はガチで挑みに来たらしく、サザンドラ、アイアント、シャンデラとエースメンバーで揃えられている。控えたまま繰り出されることがなかった最後のポケモンがなんだったのかは不明だが……まぁ、本気と言うことがわかっただけでも、母さんの大会への気合いの入れ込みようがわかるというものだ。
 それらが終わって、やっと俺の対戦。本当に寒い……キズナと肩を寄せることが出来てよかった。一人だったら凍えちゃうところだった。

 ◇

 ようやくご主人の順番が回ってきたようだ。
「――また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。それでは両者、試合開始!!」
「ゼロ、サミダレ、イッカク。頼むぜ」
 カズキの声と共に、俺はボールの外に繰り出される。寒い……まったく、こんな寒い街に来るとは、カズキの奴も物好きだな。カズキの奴がレインコートを着ている事を考えると、サミダレに雨を降らせると言うわけか……こんな糞寒いっていうのに、勘弁してくれってんだ。まぁ、俺もサミダレも頼られているんだし、仕方ないかな。いっちょご主人の期待に添えてみるかね。相手はツンベアー、ライボルト、ムーランド。
「相手はタイプもコンセプトもバラバラだな。あんまり耐性らしい耐性もないし……いやでも、雨なら2体、砂で1体が対応出来る感じか。霰でも戦闘が出来るし、あのパーティー相手には晴れが一番戦いやすい……よし、サミダレだ」
 俺じゃない……か。まぁいいさ、確かにサミダレが適任だ。
『ヒャッホウ、オイラの活躍の場だぁ!!』
 相手は……ムーランド。砂嵐を使われれば手がつけられなくなるが、雨さえ降らせればこっちのものと言ったところだろうか。
「チビ!! まずは奮い立て!!」
 ムーランドの名前にチビって……その子随分成長してるよ!!
「サミダレ、雨乞い!!」
 うわっ、寒そう。
『りょーかい、ご主人』
 サミダレの雨乞いと、相手の奮い立ち。最初は互いに様子見といったところか。二人とも、仲間の近くからほとんど動かずに約5秒。
「チビ、見せてやれ!!」
「熱湯!!」
 相手のムーランドへ与えられた指示は……よくわからないが、何を見せるつもりだろう。なんにせよ、奮い立てた後の攻撃だから警戒しておかねばなるまい。
『いかせてもらうよー』
 サミダレは相手へと勢いよく熱湯を放つ。
『喰らえい、ワシの全身全霊!!』
 相手はそれに真っ向から突っ込み、それでいてなお勢いを失わずに先程までサミダレがいた場所へと攻撃を加えた。流石ムーランド、豊かな体毛にしみこんだ冷たい水のおかげで、熱湯の熱によるダメージはあってないもののようだ。
 とはいえ、衝撃だけは殺しきれずにダメージを受けているようではあるが……そんなことより恐ろしいのは、火傷していないからって大げさすぎるあの攻撃力だ。熱湯を真っ向から喰らってなお勢いを失わなかったその攻撃は雪が吹き飛び茶色い地面が顔を覗かせている。
「あのムーランドの攻撃は『とっておき』か」……積み技からの脳筋型か……サミダレ、そのまま攻撃を喰らわないように注意しろ」
 相手は、熱湯を強行突破した結果、ほとんどダメージを受けていない。サミダレは雨乞いの効果が長くなる湿った岩を持っているから、雨が続いているうちにきちんと攻撃をあてられさえすれば勝てるだろうが……さて、ご主人は俺達をどう動かすのか?






コメント 


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お名前:
  • >2014-08-24 (日) 01:50:16の名無しさん

    コメントどうもありがとうございます。今回の作品は今までになく長期間の連載になってしまい、まさかのXY発売と重なってしまいましたが、最後まで書ききれてよかったとおもいます。
    次の作品はここではなく、別の場所、別の作品ですが、私に関係のある場所を回ってみれば作品の投稿に気が着けるかも知れませんので探してみてくださいな。

    ここで登校するのはいつになるかわかりませんが、再びここで会いましょう!
    ――リング 2014-08-29 (金) 23:26:10
  • 長い間の連載お疲れ様でした!

    密かに毎週楽しみにさせて頂いておりました。
    色々と思う所もあるのですが、長々となってしまいそうなので…、とにもかくにも、良い作品でした。

    次の作品も期待してます、。
    ―― 2014-08-24 (日) 01:50:16
  • >sunsetさん
    コメントどうもありがとうございます。時系列がおかしいのはミスでした。お恥ずかしい所を晒してしまいましたね。
    キズナとカズキの強さですが、設定上は一応レッドを超えない程度の強さなのです。レッドなら恐らく高確率でバンジロウに勝っている事でしょう。比較対象がおかしいせいで弱くは見えないですがね。
    また、二人の場合は優秀なライバルと優秀な支障がいたことが大きいのではないでしょうか。

    物語はあと3話ほどなので、8月で終わるとおもいます。それまでどうかおつきあいくださいませ。
    ――リング 2014-08-05 (火) 22:48:52
  • 決勝の前にキズナvsバンジロウを入れたんですね。試作にはないシーンなので新鮮でした。ただ時系列がおかしいように感じます(既にトウショウ手に入っている描写があったり、試合終わった後に決勝がこれからだという描写があったり。急いで書いたのかな?)
    結局勝てなかったキズナですがカズキのように格上相手に一矢報いているわけで二人の成長というものを感じます。ほんとに小学生かこいつら(蹴
    この作品も残すところあと僅かですね。最後まで楽しみにしてます。更新頑張ってください。応援してます。
    ――sunset ? 2014-08-01 (金) 00:53:56
  • >2014-01-11 (土) 17:00:50の名無しさん

    あの人は大して悩んでいないところとか、そもそもそんなに悪い事だとか思っていないので、あんまり話が通じないとおもいます。
    アオイさんは中学生の乙女なんです、多感な時期だからこそ悩みが深くなるのですよ。
    ――リング 2014-01-17 (金) 00:29:39

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Last-modified: 2014-01-23 (木) 15:01:00
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