作者 フィッチ
注意する表現はないですが首なし死体出します。
朝から春の冷たい雨が降り注ぐ。こんな天気でもお客さんはカフェに来店してくるのよね。大半は友達との待ち合わせや体を温めるために来店してくるから常連さん以外はすぐに出ていくけど。
「もう4月も終わりか……早かったな」
「そうですね。ところで新入りさんの調子はいかかですか?」
「まあまあってとこだな。最近は就職難だから、仕事に就けなかった奴らが生活のために来るんだよ……全く、早くこの不況が去るといいんだが」
苦い顔でコーヒーを飲み干すドテッコツ。このポケモンはカフェの常連さんで、名前は……。
「すいません、名前……何でしたっけ」
「ん? 俺の名前はソテツだが」
そうそう、ソテツさん。彼は建築家で今年7月オープン予定の「」を担当しているの。建設が始まったのは去年の10月から。色々あって工事が遅れてるらしいけど大丈夫なんだって。
「モカちゃん、コーヒーおかわり。しかしあと3ヶ月でこの味を毎日味わえなくなるのか……。ビルが完成したらすぐ次の建物の建設に携わらなきゃいけないんだ。それもここから相当離れてるから、行けても1月に一度程度……」
「そうなんですか……」
「ふーん、つまり常連さんが1人減ってモカとアタイだけの時間が増えるって事に」
「そんな考えはしないのっ!」
いつものカウンター席でブラックを味わうビター。でも今日はいつもの仕事用ポーチをかけていないわね。休みなのかしら?
「4月は本当に早いね。思えばエイプリルフール、思いっきり騙されたのが懐かしく思えるわ」
エイプリルフール、あの時は大変だったな。あのバカ蛇、とんでもない嘘であたしの純潔が奪われそうに……。まあ次の日1週間は動けなくしたからもう恨みなんてないけど。そう考えていると入り口のベルが鳴った。お客さんが来たみたい。
「いらっしゃいませ! あ、ツルギさん」
「ようモカちゃん、水タイプには最高の天気だな! あ、唐津さん、アイスコーヒーを淹れてくれ!」
やってきたのはフタチマルのツルギさん。彼は最近社会人になったらしいけど、まだ職が見つかってないからフリーターやっているんだって。ソテツさんの現場も手伝っているとか。
「ソテツさん、今日は休みなのか。まあ雨だもんな」
「ああ。お前こそバイトはどうした?」
「オイラ、今日は取ってないから正職を探しにハ○ー○ークに行ってきたんだ。俺と同じようなポケモンが多すぎて困るってもんだぜ、ハハッ」
ツルギさん……さりげなく笑っているけど相当大変なのよね。今この世界は不況で全国的に就職難。あたしは運よくこの仕事が空いていたから良かったけど彼は……。
「大変だな……そうだ、お前ここで働かせてもらったらどうだ? この間ココアちゃんも入ったから、もう1匹くらい余裕あるんじゃないのか?」
ソテツさんがそう言うと店の奥から店長、唐津さんが出てきて一言。
「悪いね、もうこれ以上は雇えないんだよ。&size(5){それに可愛い女の子じゃないからね}」
「え? 今唐津さん、小声で何か言いました?」
笑って誤魔化す唐津さんだけど確かに聞こえた気がする……。コーヒーも入ったし剣山の元に……あれ? 誰も頼んでないのにオムライスが。
「い、いや何も言っていないよ。とにかく、就活頑張ってね。はい、アイスコーヒー。あとサービスでオムライスだよ」
「おっ、マジか! ありがとう唐津さん!さて、オイラは就職に向け帰ったらサイトを見るとするかな」
唐津さん気が利いてるのね。ツルギさんは美味しそうにオムライスをほおばる。
「就活にエイプリルフール。4月はそんな季節だからね……。アタイの業界も新人ライターが出てきたんだけど、そんなに甘くないから残り続けるのは修羅の道だよ」
ビターがため息をつきコーヒーをすする。へえ、彼女も真面目な発言するんだ……。あたしは特に変わらないけどね……。
「4月と言えば桜だな。見に行ったか?」
ピクッ…………さて、カップを洗わないと!
「ああ、勿論言ったぜ。しかし今年の開花は早かったな」
「アタイも花見スポットの取材に行ったよ。甘味処の店主も開花が早くて店を例年より早く開店したらしいよ*1。まあ早くてもきれいな桜だったけどね」
キュッキュッ……キュッキュッ……ザーッ。
「あの日はバイト達も呼んでドンチャン騒ぎだったな。楽しかったぜ」
「オイラも友達と花見したが……みんなもう就職してるんだよな。オイラも早く見つけないとな……」
ふきふき……コトッ。ふう、次ね。
「そういえばツルギ君、アンタもうビールとか酒飲める年でしょ? どうなんだい?」
「一応飲めるけど……苦いんだよな。それでもオイラはシュワシュワ感が最高だから週一回は飲んでる」
「ふん、まだまだガキだな。大人はその苦さを味わうんだよ」
「アタイもちょっとね……。飲むとしたらカクテルだね」
…………。
「しかし今年の桜は綺麗だったなー!」
「何言ってるんだ、どうせ花より団子だろ? まあ美しさは認めるがな」
「今年は開花こそ早かったけどいつものように美しい花を咲かせたからね。仕事だから見るだけしかできなかったけど綺麗だったわね。今度は仕事仲間と見に行こうかしら……? もっともとっくに見ごろは過ぎて、散っちゃったから来年までお預けなんだけどね」
「オイラは桜吹雪はしっかりと目に焼き付けたからもう大丈夫だ!」
「お前は面接のマニュアルを焼き付けろよ、よく失敗するんだろ?」
「上手い、座布団一枚だ!」
はぁ……。
「……で、なんでモカはいきなり黙ったわけ?」
ぎくっ! え……えっと……。
「あ、あたしは忙しいから会話に加われないのっ!」
「いやモカちゃんさっきまで話してたし客もぜんぜん増えてないぞ?」
「いいからあたしは……」
「もしかして桜見てないから話に入れない……とか?」
ううっ、その通りよビター、今年は思いっきり桜を見忘れちゃった……。
「見てないのかよ? 忙しかったからなのか?」
「ううん……単純に忘れてた……」
「近所に最高の花見スポットあるじゃない。それすら気づかなかったわけ?」
「うん……」
「ねえ、誰かタイムマシン出して! やっぱり見たいのっ!」
「無理に決まってるわよ……。多分北の地方に行けばまだ見頃のはずだけど」
「そんな時間もお金もあたしにはないの! 桜が見たいよー!」
椅子に座って感情を思い切りさらけ出すあたし……。はぁ、何で見忘れたのかしら……。あたしのバカ!!
「ハハッ、残念だが今年は諦めようぜ。また来年もきれいな花を咲かせるさ。今年の桜は一段と綺麗だったって評価が多いがな」
そ、ソテツさんあたしの気持ちも知らないで……。いや、知ってるからそんな事が言えるのよ……ううっ……。
「まあまあ、そこまで気にすることは無いさ」
あたしの肩を軽くたたいたのは店長の唐津さん。あたしの気持ちを分かってくれるのは店長さんだけ……あれ? なぜかカメラを持ってる。その中に保存されていたのは、
「今年の桜は綺麗だったよ。モカさんも見ればよかったのに。写真だからよく分からないけど実際に見たら……」
「唐津さんまでーっ!! み、みんなあたしのことばっかいじめちゃって……酷いっ!!」
表面上は軽く怒ってるように見えるあたしだけど……ううっ……。桜が見たいよぉ……。
「……」
そう思っていると端っこの席に座っていたサングラスをかけた怪しいキノガッサが席を立って店から音を立てずに……ってこのパターン始まってもう1週間。誰かなんてバレバレだけどアレで隠しきってるって本人は思ってるからあたし達はわざと無視してるの。特に何かするわけでもないし。彼が店を出た後唐津さんがぼそっと一言。
「カプチーノさん、何しているんだろうね。まあ代金はちゃんと払ってくれるけどね」
「……という訳っス! これは先日無駄に作った発明品が使えるっスよ!」
ここは古びたビルの地下階、つまりクロードの住処である。
「そうか。で、お前はバカなのか?」
「へ?」
クロードの問いかけに首をかしげるカプチーノ。クロードはこう怒った。
「お前グラサンだけじゃ変装の意味ないだろうが!! 絶対にバレてるからな!」
「で、でも俺がこっそり潜入して1週間、モカちゃんや店長から全然気づかれてなんか」
「それはお前がアホに見えて気付かれないふりをしてるだけだっ!」
クロードの言った事は大正解である。
「とっ、とにかくあの発明品を使いましょう! いいとこ見せられるッスよ!」
クロードはにやりとする。
「ああ、タダ酒も飲めそうだな……。早速行動開始だ」
「ただいまー……といっても誰もいないけど」
仕事が終わったから帰宅。今日も疲れたな。明日も行かなきゃいけないし、今日は早めに寝ようかしら? でもその前に夕ご飯食べなくちゃ。確か作り置きのカレーが……。
「うん、やっぱ2日目のカレーは最高だな! モカちゃんが作ったからってのもあるけどな!」
リビングに行ってまず目に飛び込んできたのは勝手に人の家に上がった上に尻尾で器用にスプーンを操ってガツガツあたしのカレーを食べているエスプール君。つまりよっぽど命を惜しまないのね。分かったわ。
「よーモカちゃん! いやー俺のためにこのカレー作って……」
「最後に言い残すことは?」
「……お代わりプリーズミー」
「うおっ!? あ、危ねぇ!」
あたしの怒りのままに出した切り裂く攻撃をかわすエスプール君。流石に週3回ぶちのめしるから上手くいかないわね。
「な、何だよモカちゃん、俺は将来の夫だぞ!?」
「誰が嫁になるとは言ってないわ! とにかく、今日も一発ぶちかましたら許してあげるからじっとしてなさいよ!」
「一発どころかいつも半殺しだろ! 今日は……これで逃げるぜ!!」
エスプール君はそう叫ぶと口から黒い霧を吐き出す。こ、これじゃ見えない……。しばらくして霧は晴れたけどエスプール君の姿はもういない。逃げられたわ……。全く、今度会ったら覚えておきなさいよっ!!
「ったく、人の家に勝手に上り込んで夕飯まで頂くとはとんでもない奴だな」
テーブルでプリンを食べているクロード。ほんとにエスプール君はとんでもない奴よ。毎回の事だから慣れてるけどね。で……。
「そういうアンタもよっ!!」
俊敏な動きで燕返しを一発入れる。椅子やテーブルを壊すわけにはいけないから手は抜いてるけどね。攻撃を喰らったクロードは椅子から転げ落ちた。
「ちょっとそれあたしの楽しみにしてたプリン! ついでに何の用なの!?」
「ぐっ……。用件だが、モカちゃんは桜が見たいんだろ?」
あ、カプチーノさんから聞いたのね。
「そうだけど……それがどうしたわけ?」
「ククク、明日満開の桜を見せてやるよ。場所は近所の花見スポットの中心になっている一番大きな桜の下。どうだ?」
えっ? 桜のシーズンは終わってとっくに散ってるはずなのにどうやって? あたしは疑問を顔に浮かべる。
「まあどうやって咲かすかは明日になってのお楽しみだ。ただし条件としてご馳走と酒を持ってくること。あと何人でも連れてきていいぜ、花見はたくさんいた方が楽しいからな。どうだ?」
何人でも連れてきていい……か。別に悪意がある訳じゃなさそうね。タダ酒が飲みたいだけかな。
「分かったわ、その条件でいいわよ」
「そう言うと思ったぜ。じゃあまた明し……」
そのまま窓から出ようとしたクロードだけど、1つ忘れてるよね? という事でがっちりと肩を掴む。
「話題を逸らしてもムダだから。帰る前に勝手に食べたプリンの代金支払ってくれない?」
で、次の日。
「あ、おはようございます……」
あたしがカフェに入るとココアちゃんがもう唐津さん手製のウェートレス服を着て開店準備に取り掛かってる。
「ココアちゃん、本当は休みなのを無理にお願いしてごめんね! あと今日のお店もココアちゃん1人でやりくりして欲しいの」
「それは昨日聞きましたから……もちろん大丈夫です。私に任せてください」
笑顔で返すココアちゃん。まあ……過度なお客さんが来る事は稀だからね。
「ねえモカさん、本当に僕も行かなくちゃいけないのかい?」
店の奥から唐津さんが姿を見せる。確かに唐津さんもお店にいた方がココアちゃんが楽になるけど……。
「唐津さん、その……酔っぱらった連中が私に襲い掛からないよう見ていてほしいんです。唐津さんはお酒に強いですから」
今日は日曜日だから、ここの常連さんも誘おうと思うけど……揃いに揃って不安なのよね……。
「何っ!? 花見だと! だがこの時期に?」
「オイラも行かせてほしいな。ご馳走もたらふく食べれるんだろ?」
「アタイも行かせてもらうよー!」
……で、今いつものメンバー(ソテツさん、ツルギさん、ビター)と一緒にダイマンカイの桜に向かってるのよ。
「本当に満開なんだろうな? まあ咲いてなくてもご馳走は頂くからな」
大量のお酒を両手で軽々と運ぶソテツさん。その後ろで重そうに色々な料理が入ったバスケットを持ち運ぶツルギさん。
「オ、オイラだってこんなに……頑張ってんだから……」
「はいはい、食べさせてあげるから。でもクロードのあの自身からして本当に花見ができると思うわ」
「あ、見えてきたよ。ほらムサい男ども、もうすぐだよ!」
「おおーっ!」「お、おお……」
葉っぱの色は遠くから見ても分かる程鮮やかな新緑に染まっています。これは見事な葉桜……って、
「ちょっとこれどういう事よー!? 咲いてないじゃないのっ!」
「俺に振られても分かるか! まあいいや、重労働で腹が減ったんだ、さっさと飯に……ん?」
あれ? 桜の木の下に誰かいる。あの紫色の長いポケモンは……もう分かるよね。でもその隣に別のポケモンがいるわ。エスプール君と同じく長い、緑色のどこか貫録漂うポケモン。あの種族は……ジャローダかしら? 何か話してる。
「……を……れば……だな?」
「……。人……ると……。素早く……に……るぞ」
うーん……距離があるからよく聞き取れないわ。一体何の話を……。
「よーっ! お前ら待たせたなー!!」
あたし達の後ろから声がしたから振り返るとクロードとカプチーノさんが。クロードは何かをかごに入れているみたい。布がかけてあって見えないけど。あたしが桜の木に視線を戻すと、エスプール君達があたし達の存在に気付いたみたい。
「げっ! モカちゃん、何でここにいるんだよ! 桜のシーズンはとっくに終わったぞ!?」
エスプール君、予想以上に驚いてる。え? 何で?
「今からクロードが桜の花を見せてくれるらしいのよ。それよりエスプール君こそここで何していたのよ? あとそのジャローダは?」
エスプール君、ジャローダとひそひそ話し始めた。本当にどうしたのかしら?
「え、えーっと……そのだな、コイツは俺の旧友、ブレッドだ。今日はこの下に埋まっている俺達2匹だけの秘密のタイムカプセルを掘りに来たんだ」
エスプール君がジャローダもといブレッドさんの紹介をするとブレッドさんはかしこまってお辞儀をする。
「君がエスプールがよく話していたモカ君か、よろしく」
「い、いえこちらこそ……」
「で、桜の花なんてどこにもないんだけど」
するとクロードは布を取り払う。かごの中にあったのは……灰?
「もちろんただの灰じゃないぜ。これは俺が発明したその名も『花を咲かせる不思議な灰』だ!! これを枯れ木に振りかければ花があっという間に咲いてたちまち満開だぜ!」
熱く語ってるクロードだけどそれ、明らかに昔話のパクリじゃない。ネーミングも普通すぎるしそれに……。
「この桜は枯れてないわよ」
あたしが思った最大の疑問をクロードにぶつけると彼は笑っていた顔を一瞬こわばらせた後、普通の顔に戻った。
「だ……大丈夫だ、そこはちゃんと考えてある」
クロードは懐から毒々しい色をした液体を取り出した。
「これはかければ生物を死め……じゃなかった、植物を枯らす事ができる液だ。桜の木には悪いが……、これで一回死ん……じゃなかった、枯れてもらう。あ、灰の効果はテスト済みだから心配するなよ」
所々で物騒な言葉が出かけてるけど……。クロード……よく警察に捕まらないわよね。
「じゃあ早速いくぜ」
毒々しい液体が桜の根元にかかると、すぐに異変が起きた。葉が黒く変色して枯れ落ち、木の色も黒っぽくなって本当に枯れたみたい。続けてクロードは灰を一掴みして……。
「いくぜー!! 枯れ木に花を咲かせましょうっと!」
「す、すげぇ……」
「これは驚きだぜ……」
あたし含めてこの場にいたみんなが驚いてる。だって枯れきった桜が嘘のように満開になった花を咲かせているもの。毎年見てるけどやっぱりきれいな桜……。
「よっしゃあ! じゃあ花見やろうぜー! 酒とごちそう持って来い!」
ソテツさん達がマットを敷いてお酒やご馳走を並べる。
「うおっ、美味そうだな! 俺達も頂くぜ!」
「エスプール、勝手に食べては悪いだろう。私達も少し味わらせてもらえないだろうか?」
「あ、たくさん持ってきたので遠慮なくどうぞ!」
エスプール君、早速ガツガツ食べ始めた。その傍らでブレッドさんは気品を漂わせて食べている。よく同士になれたわね……。
開始の合図なんてないから、みんな気ままに食べたり飲んだりしてる。あたしも食べようっと。……あ、桜の花びらが吹いてきた風に舞ってひらひらと。みんなとおいしい物を食べながらこの景色を味わう……花見って最高!
「なあモカちゃん、一緒に飲もうぜ!」
ソテツさん、もう顔が赤いわね……。まあ悪いけどあたしはお酒がダメなの。
「いえ、遠慮します。私は……」
「いいじゃねえか、たまには一緒に弾けようぜ!」
そう言ってぐんぐん酒を推し進めるソテツさん。で、でもあたしは本当に……。
「モカちゃんいいじゃん、もう大人だろ!? 一緒にはしゃごうぜいっ!!」
エスプール君がいつもの無駄に高いテンションをさらに高くして迫ってきた。そしてビールの注がれた紙コップをあたしに……そんなに飲んでほしいの?
「絶対に嫌っ! あたしはどれだけ誘われても……」
「まあまあ飲んでみろって! ほら周りのみんなも思ってるぜ!」
みんなをみると視線が全てあたしに……な、何この状況!?」
「ビール入ってないのモカちゃんだけだよ! ここは周りに合わせて飲むってもんだ!」
で、でも……ってあれ!? よく見ると唐津さんがいない!
「ああ、店長は店の方でトラブルがあったらしいから戻ったよ。まあここは飲んじゃおうよ!&size(5){酔いつぶれた所でモカの体を……}」
そ、そうなんだ。う……、今一瞬ビターから危ない感じがしたけどこれはもう飲むしかないのかしら。でも……。
「ほら躊躇しないっ!」
「早く飲んで俺達と楽しもうぜっ!」
……大丈夫かしら。今のところはみんな一応正気だし……ええい、いっちゃえ!
「分かったわ、エスプール君、それちょうだい!」
というわけで……一飲みで行くわよ! ごくっ!
…………うーん……ゆ、揺れてる……地震? 目を開けて……
「……ん? あれ?」
目を開けると辺りは薄暗く空はきれいな夕焼けもよう。この感覚は、誰かに乗せられてるの? 前を見るとそこには見覚えのある黒い頭が。つまり……。
「お、起きたか。しかしモカちゃん、意外と重いんだな」
「なっ……。そ、それよりもあたしは何でアンタの上にいるわけ!?」
ここはエスプール君の上。と、とにかく降りないと……と思ったけど、頭が痛い……。
「無理すんなって、ちゃんとモカちゃんの家に俺が送り届けてやるから、そこでゆっくりしてろ」
そ、そうなんだ……。でも……悪い気がするわね。
「あ、気を悪くしなくていいんだ。その……俺達が酒を強引に進めたのが悪いからな……」
そ、そうだっけ? えっと確かあたしは……そうだ、みんなにお酒を勧められたからぐいっと……あれ、その先は……?
「ねえエスプール君、あたし、酔ってた間何してたの?」
聞いてみたけど、返事が返ってこない。ちょ、ちょっと!
「ねえ、答えてよ! あたし、変な事はしてないよね!?」
「あ、ああ……」
ふう、よかった。途中から覚えてないけど、花見楽しかったな。また来年もできるかな……エスプール君と……って何でここでエスプール君!?
「あ、あたしったら何でよく分からない想像しちゃうのよー!!」
「バッ、バカ揺らすな!」
あ、ごめん。まあいいわ、さあ、楽しかったしこの気分で明日も頑張っていこうっと!
「そういえばエスプール君……、タイムカプセルは?」
「あ、忘れてた。しょうがねえ、後で掘りに行くか……」
「待たせたな。ちゃんと送り届けてきたぜ」
「全く、とんだ邪魔が入ったものだな」
真夜中。昼間モカ達が花見をしていた桜の周辺は静けさに包まれている中、根元に2匹のポケモンがいる。
「ああ、ブレッド。でも料理は美味かっただろ?」
「フン、怪しまれないようさっさと始めてくれ」
ブレッドが指示すると、エスプールはその場で穴を掘り始めた。
暫くして穴の中から彼の声が聞こえてきた。
「ブレッド、見つけたぜ。だいぶ深く埋まってやがる」
「よし、地上に持って来い」
「……これだ、間違いないはずだ」
「……ああ」
2匹が堀り出したものを悲しげに見つめている。それは……首のないアーボの死骸であった。
「ただいまだぜー……うっ、酒くせーな」
2匹はとある場所にいる。彼らを出迎えた……出迎えていたのかは分からないが、その場所にいたのは1匹のミロカロス。
「おっそいわねー、で、ちゃんと回収した?」
ミロカロスは相当飲んでいたのか顔が真っ赤である。
「ああ、邪魔が入って遅れちまったが問題なく回収した」
「フーン、お疲れ。じゃあ飲みましょ」
ミロカロスは尻尾でウイスキーの入ったコップをブレットに渡そうとしたが彼は拒否した。
「悪い、そんな気持ちにはなれない」
「まあ……昼間色々あって飲んできたしな」
「私はスコットの体に隠されたアレを取り出す作業をするから、2匹で世間話でもしていてくれ」
ブレッドは首のないアーボを持ち、奥のテーブルに移動した。
「……しかしまいったぜ。モカちゃん、酒が入るとあんなに変わるのか」
「モカちゃん? それ誰?」
「エスプールの家の近所に住むザングースの女の子だ。組織とは関係ないから心配はない」
「そっ! ついでに将来俺の嫁にもなるカワイこちゃんだぜっ!」
ウイスキーを口に運びながら話を聞くミロカロス。
「で、今日はなんで遅れたんだい? そのコも関係してるわけ?」
「んー、まあそんなトコだな」
エスプールが答えるとミロカロスはにやりとする。
「じゃあその話、聞かせてくれる? 酒の肴がちょうど欲しかったんだよ」
一体モカに酒を飲ませてから何があったのか? その一部始終はこうである。
「分かったわ、エスプール君、それちょうだい!」
場の雰囲気によりビールを飲むはめとなったモカ。ここまでは分かっているだろう。
「……」
ビールを飲んだモカは急に黙りこんでしまった。
「ん? どうしたモカちゃん?」
エスプールが話しかけたその時……。
「エスプールくぅん……あたしとえっちなこと……しよ?」
「!!!?」
とろんとした目で見つめるモカ。完全に酔っぱらっている。
「お……おいモカちゃん、しっかりしろ!」
「だって……エスプールくんなら……かっこよくえてぇ……」
「誰も理由なんて聞いてねぇ! 嬉しいけど!」
正気にさせようと尻尾で巻き付いて揺らす。だがまるで効果は無かった。
「もう……がまんできない……」
「だぁーっ!! おいクロード、コイツを元に戻す方法とか……」
だが他はまるで気付いていない。どこからかカラオケセットを持ち出して、とても盛り上がっている。
「ちょ、お前ら……うぉっ!? は、離せ!」
エスプールはその中に入ろうとしたが、尻尾をモカに引っ張られてその場から動く事ができず、むしろどんどん死角へと引きずられていく。
「だって、にげることないでしょ? それにいつものぞんでたよね……?」
「正気じゃないのに出来るかっ! 俺の命が危なくなる!」
「……じゃあ、キスしてよ」
「……どうやったらそうなるか説明してほしいんだが」
「だって……好きだから」
尻尾をつかんだまま衝撃告白をするモカ。酔っているからなのかもしれないが。
「キ、キスって……」
エスプールは拒もうと一瞬考えたが、こう思った。
(……待てよ、キス位なら証拠は残らない。それに他の連中もカラオケで気付いてない。ならこの場面、雄としてキスを受け入れることは得策だな……)
「ねぇ……していい?」
モカはいつの間にかエスプールの顔の前に迫っていた。エスプールはにやりとする。
「ああ、いいぜ! さあ、愛の誓いを……」
「うわー、最低だわこの変態ハブネーク」
「い、いいだろ、俺のファーストキスを逃したくなかったんだよ! あの時は天に昇る気持ちだったぜ。ただ……」
エスプールは横目でブレッドを睨む。実はこの行為をただ1匹、ブレッドが陰でじっと見ていたのだ。
「ただ……」
「いや、何でもない。その後寝ちゃって仕方なく家まで送ったんだ。まさか1杯であんなに豹変するとはな……」
エスプールはグラスに入ったウイスキーを飲み干す。ミロカロスは怪しそうに目を向ける。
「で、その酒癖で彼女とするわけ? あくどいわね」
「馬鹿、俺がそんなことすると思うか? 警察沙汰になったらめんどくさくなるだろ。この仕事にも影響するし」
「そうね」
会話が一区切りついたところでブレッドがこう言った。
「諸君、アレは無事回収した。さて、小さいながらもスコットの弔いを行おう、我々の仲間だからな」
「……スコット、この世界に来なければ幸せに暮らせてたんだろうな」
エスプールは堀った穴から抜け出すとそう呟いた。
「自分で選んだ道だ、こうなる事は覚悟していただろう」
ブレッドはその穴にアーボの死骸をそっと置き、穴を埋めるよう指示を出す。
「……」
エスプールは無言で穴を埋めていく。
穴を埋め終わるとブレッドは何かをその真上に刺した。十字になった板、墓標のようだ。そしてこう書かれていた。
「勇敢で名誉の死を遂げたスパイ、スコットここに眠る」
「…………」
3匹は瞼を閉じ、黙祷をささげる。月夜の明かりが照らす仲、ただ風の音のみが聞こえる。
「さて……行こうか。スコットの死を無駄にするわけにはいかない。最後の情報を何としてでも手に入れるんだ」
「ああ、ブレッド。ここ最大の山場だ。絶対に手に入れてくるぜ、命に代えてでもな」
3匹はその場を後にした……。
最後の方色々おかしなことになっていますが気にしないでください。