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BRIDGE!!! -Prologue-

/BRIDGE!!! -Prologue-

BRIDGE!!! ーPrologueー 


作者:あめもーちゅ




 -1- 【勇気の代償】 

 1-1 



 私とあの人達は何も関係がない。だって世界が違うのだから。
 あの人達が世界を壊そうが、自分達の手で貶めようが関係ない。どうなろうと、私はどうにもならない。
 誰かは誰かを憎み、誰かは誰かと戦い、誰かは誰かを恐怖に陥れる。
 その世界になんの関与も持たない私だが、本当に醜いものである。

 あの世界に何か魅力を見つけようとすると、それは大きさや数といえる。
 天空界とは違って、広大な草原や湖が広がり、そこには何人もの人がいて、何百もの集落がある。
 しかし、小さな仲間としての枠組みはあるけれども、基本は皆、自分のために争いをしているものばかりなのだ。

 互いを信用しあい、協力して生きる奴らだっていない事はない。
 だが下界のポケモンの、言いようのない卑劣な争いはその善心さえも消し去ってしまう。


 ――――しかし、どんなに愚かな世界でも、愚かな生き物でも、その世界の所有権は彼らにあるのだ。
 私達が支配をし、関与をするのは間違っていると思う。
 彼らには彼らなりの生き方があり、私達には私達なりの考え方があり……



 ここは天空界。そして、天空城。少し違うのかもしれないが、私達はあの世界でいう神のような存在である。
 普通のポケモンとは違う、下界の言う伝説のポケモン、幻のポケモン――――そういう類だ。

 玉座には一匹のポケモンが控える。天空界で一番強いポケモン――――


「……もう一度言ってみろ」

 私は玉座に控える彼をじっと見つめる。
 冷酷な目には、胸の中で滾る(たぎる)黒い炎が、今にも燃え始めそうな、威圧感が写っていた。


「聞こえなかったんだ。繰り返せ」

 周りには、下界では俗に言われている、伝説だの幻だの、そんなポケモンが不安そうな面持ちで私と彼を見つめている。
 この玉座に控える男に、異議を申し立てるのはどんな意味だかわかっている。命知らず――――

 しかし、彼を止める者は私しかいないのだ。

「……私達、天空界のポケモンに下界と関与する理由はない」
「お前だって下界を見て感じるだろう。あの世界がどんなに卑劣であるか? どんなに愚かな事をしているか?」
「……」

「奴らの言う戦争だとか、そんな茶番も見なくて済むようになるんだ。
 天空界の俺達が奴らを支配して、俺達が管理してやれば争いはなくなる。それが奴らの望む平和だ」


「そんなの、嘘」
「……嘘?」

 この男の言う“支配”は“平和”なんかじゃない。この男は……


「……天空界の平和を乱した貴方がそんな事、できるとは思えない」
「……!」
「わかってる……貴方はこの天空界の神であったアルセ――――」


「ミュウ様。もうおやめなさい」
「?!……ダークライ……ッ!」

 ――――玉座の横にいる黒いポケモンが私の口を閉じるよう、強く威圧してきた。


「お言葉ですがそれは推測というもの……証拠もない貴方の思い込みと変わらぬでたらめでは……違いますか?」
「……でたらめ……そんなんじゃない!」

 ダークライ。その男のでたらめという言葉に私は自分を見失って声を荒げた。
 周りには他の天空界の伝説のポケモン達が息を呑んで場を見つめている。
 下界からすると、どいつこいつも伝説だの幻だの拝まれるらしいが、この世界の内では奴らはなんでもない、凡庸な奴らがほとんどだ。
 間違っているとは思っていても、この男の権力にひれ伏して、何も言えなくなっている。だから私しか異議を唱える者はいない。


「皆の者! 聞きなさい! この男は……」
「もういい。お前の言う事は理解した。要するに反対、って訳だ」

 男は鼻で笑う。私の意見を耳に入れていない、それを素振りで見せるように。


「……ミュウ。天空界の掟、覚えているだろう」

 にやけた口調。ほくそ笑むその顔は、一つの恐怖を連想させる。


「俺の言う事は絶対。それがこの天空界を治めし、俺が決めた天空界のルール」
「……!」

「異議を申し立てる勇気は俺に大人しく従う奴らにはない大きな魅力だが、残念なことにお前は“破門”だ」

 破門――――天空界のポケモンをやめるという事。
 この男の気まぐれで破門された天空界のポケモンはたくさんいるが、実際彼らはどうなっているのかはわかっていない。
 だけど、破門をされた天空界のポケモンに待っているのは絶望。それは死に等しい、と聞く。


「ここで見過ごせば天空界は甘い世の中になってしまうからな。掟を破る者には天空界のルールで裁かせてもらう」

 残忍。心のない。この男の本性を知っていながら私は反論をしていたのに、その言葉を聞くと冷静さを失ってしまった。


「破門だと……たいがいにしろ! ふざけるなっ、私は……」


「ダークホール」


「……!! しまっ……!」

 その言葉の重みから、体が動けないでいると、私はダークライのダークホールに捕まってしまった。
 ダークホールに閉じめられたポケモンは意識が遠のいて深い眠りにつく……気を持つのが精一杯だった。


「……俺は残念だよ、生まれた時から一緒だったミュウが天空界から姿を消すことになるんだ」
「ミュウツー……! ミュウツー……っ!」

 ――――玉座の男の名を必死に叫ぶ。
 意識は遠のいていく。


「下界が平和になれば天空界だって平和になる。平和とは下界の理想郷であり、天空界の理想郷であり、俺の理想郷でもあるのだ」
「貴方みたいな人が平和だなんて……」


「ふむ……何故、そこまで下界にこだわる?」
「……下界……別に私には関係ない、でも……貴方の考えてることは……わかるから」

 生まれてきた時の記憶はない、しかし、一緒に生まれて、一緒に育った男……


「……」
「……世界を支配して……貴方だけの、理想の世界を作る……そんな事になったら……」



「お前はなんのために戦ってるんだ?」



 それが最後の言葉。私の記憶はそこで途絶えた――――


 ――――思えば、私はなんのために自分の意見を主張していたのだろうか。愚かな下界のため……というと少し違う気がする。


 ――――ただ、あの男のやる事を止めたかったんだ。


 残虐、残忍、広大なるミュウツーの野望を……


 下界があの男の理想郷になることを……




「邪魔者は消えたか……では始めるぞ、ダークライ」
「ええ」


「下界のポケモンよ、待っているがいい……“神の裁き(ゴットテロ)”……!」


 -2- 【Family】 

 2-1 



 その日は雲一つない、穏やかな天気だった。
 ここはワグナイナの森の中心地、広場になっていて、真ん中には黄色や紫の花が綺麗に咲き香る。

「いやぁ……この時期になると本当に綺麗ねぇ」


 花を見つめながら、彼女は一言呟いた。

「また暫く行けなくなるからね……うんと、摘んでいかないと」
「行けなくなる?」

 首を傾げた。

「だってそうでしょ? 来年からアンタは『ドラゴンナイト』に入隊するんだから」

 『ドラゴンナイト』――――
 来年、僕は十八歳になる。十八歳になると、ポケモンはギルドへの入隊が許可されるようになる。
 この世界でいうギルドは、悪さをする奴をとっちめたり、誰かの護衛をしたり、町の平和を守る――――それが仕事だ。

 『ドラゴンナイト』は僕が入隊しようとしているギルド。
 僕らの住む、ゼアハートの町でたった一つのギルドであり、僕のお兄さんもそこでギルドの仕事をしている。

「……そうだね」
「ふふっ、まぁ……お母さんも喜ぶわよ。お調子者サンダースはまだしも、弱虫のアンタが『ドラゴンナイト』。信じられないわよ」
「まだ入隊が決まった訳じゃ……それに弱虫って」


 弱虫。
 シャワーズ姉さんだけではない。町のいろんな人から。暗い性格で自己主張の苦手な僕は何度も、何度も言われ続けていた。
 町では『弱虫ブーちゃん』という名でちょっと有名である。

「あははー! いじけちゃってさ。我ながら可愛い弟ね! もう」

 口で咥えて摘んだ花を一度地面に落とすと、僕を小馬鹿にしながら愉快そうに笑って、頭を撫で回した。
 水タイプの姉さんの冷たい手に撫でられると、僕はなんだかわからなくなって、いつも混乱するし、戸惑ってしまう。

 彼女の不意の冷たさは、僕の体を緊張で硬直させてしまうのだ。
 毎度毎度、いつもの事なのだけれど、小馬鹿にされたのが、もうどうでもよくなって。

「ギルドに入隊してない私にはよく分かんないけどさ。お姉ちゃんから一つだけありがたーいアドバイス。教えてあげよっか?」
「べ、別にいいよ……」
「えーとね……ってえぇ?! 何よ……ここぞって所で素直じゃないわよねぇ……まぁありがたいんだから、あやかりなさいよ」

 そう言うと、姉さんは僕の耳元でそっと囁いた。

「アンタは加減を知らないで頑張りすぎちゃう所があるから。それだけは気をつけなさいね」

 耳元の姉さんの吐息に戸惑っていると、僕から離れた姉さんはニッコリと微笑んだ。

「……ん。じゃ、花持って一回帰るわよ」

 姉さんはそう言うと、花を口で再び拾い上げた。広場の綺麗な花を後にして、僕は姉さんの後ろをついていく。
 なんだかんだで、僕は、姉さんの事が大好きなんだなと……呆れてしまう。自分自身に。


「……ん!」
「え? どうしたの?」

 何かを思い立ったかのように姉さんは突然、立ち止まると、僕の方へ引き返してきた。
 花を咥えながら、僕の首もとの赤いバンダナを手で少しずらした。

「ふぁふぁっふぇるわお(曲がってるわよ)」
「あ、ありがとう」
「へいひょーしひゃいわふぇー(成長しないわねー)」

 悪戯っぽく笑う姉さんの顔。
 場に圧倒された僕は何も言えなかったけど、姉さんの青いバンダナだって、ちゃんと曲がっていた。

「成長しないのはどっちだか……」

 ――――いつもそこにある、彼女の笑顔はとても眩しかった。


 2-2 



「あっ! お姉ちゃん、お兄ちゃん! お帰りなさい!」

 家に帰ると、いないのはギルドで仕事中の兄さんだけだった。五人暮らしの僕達、家に残っていたのは二人の妹達だった。

「はいはい、リーフィア。花摘んで帰ったわよ。少ししたら、これからブースターとお墓参りに行くけど……行く?」
「うん、勿論行くよ」

 次女のリーフィアは、ニコニコしながら姉さんに返事する。

「……グレイシアは」
「私はいーよ。三人で行ってきな」

 僕が三女で一番末の我侭ざかりに話しかけると、いつも通りの反応だった。
 僕に対してだけではない、サンダース兄さんにもシャワーズ姉さんにも、リーフィアにだって……俗に言う、反抗期。
 最近の彼女はまさしくその時期なのだろう。

「お母さん、グレイシアに会いたがってると思うよ」
「私、お母さんの顔、覚えてないし。物心つく前には、私のお母さんは死んでるものだと思ってたから。行きたくないよ」
「――――でもさ」

「リーフィア姉ちゃんはお母さんの顔、少しは覚えてるからいいだろうけどさ」
「……」
「私にとっては……血は繋がってても、他人みたいなもんだから」

 母親の事を他人というのは、悲しくて、救われないものだった。だけど、姉さんも彼女の事を見て、うつむいたままである。
 生まれながらにして、母親の存在が全くなかったグレイシア。
 母親の概念も、ありがたみもわからないのは仕方がないことだった。

 グレイシアだって、そこまで馬鹿ではない。
 もしかしたら、自分が酷い事を言ってることだって自覚しているし、わかってるのだと思う。
 辛そうにして、うつむいている。目を合わせない彼女はそれを物語っていた。そんな気がする。

「……それに、サンの兄も、帰ってきて誰もいなくちゃ可哀想でしょ」
「そうね……うん、わかった。グレイシアは留守番しててね」

 姉さんはニッコリと笑顔を作ると、少し苦々しい顔をしているリーフィアの肩を叩いて、外に出て行った。


「……知らないもの……お母さんなんか……」






 お母さんの墓は、町を出て、ワグナイナの森を抜けたミカサ山の頂上にある。
 ゼアハートにも墓地はあるのだけれど、お母さんの墓がそんな遠い所にあるのはちょっとした訳がある。
 このミカサ山の頂上で、エーフィのお母さんは、ブラッキーのお父さんと初めて出会ったのだ。

 病気で息が途絶えそうになった時に、お母さんは医者に告げたらしい。



 ――――もう一度、あの人に会いたい。私が死んだら、ミカサの頂上で眠らせて。



「お母さんも馬鹿ね……」

 ワグナイナを抜けて、山を登る途中で、姉さんは一言そう呟いた。

「家族を捨ててどこかに行ってしまった奴に、もう一度会おうとしてあんな所にお墓を建ててなんて……」

 ――――お父さんは僕らを捨てたのだ。
 正直、僕はそれこそ物心がつかない時にはもう父親なんていうのはいなかった。
 けれど、長女であるシャワーズ姉さんとサンダース兄さんは、よくいなくなった父親の話をする。
 多分、兄弟の年長二番目、長男のサンダース兄さんと年長三番目の次男の僕に父親に対する態度への境があるのだと思う。

「私にはよくわからないね。あんな人の何処がよかったのか」
「……どんな人だったの?」

 緑のバンダナを風呂敷代わりに花を持つ、リーフィアが姉さんに尋ねる。

「悪い人じゃないのよ」

 空を見つめ、姉さんは少し唸りながら父親の顔を思い出しているようだ。

「ただ無口でね。何を考えてるかよく分からない人……まぁ、子供と妻を平気で捨てるような人だから、最低よ。ね」

 僕が物心をつかなかったのは、無口だったからかもしれない。

「ブースター。何も覚えてないの?」
「……覚えてない」
「まぁアンタも小さかったしねぇ。まぁあの人は、頭の片隅にも入れる余地すらないわよ」

 姉さんは最後にため息混じりに父親を吐き捨てた。
 悪い人ではない、と父親の話になると、いつも言う。
 しかし、彼女の口調からは父親に対する憎しみや憎悪を感じずにはいられなかった。サンダース兄さんも同じ事だ。

 憎悪の念しか込める事の出来ない父親の存在、それを知らない僕やリーフィア、グレイシアはまだ幸せなのかもしれない。

「……ほら、見えてきた見えてきた」

 頂上付近。そこにはいかにも場違いに見える一つの墓石が、この前、目にいれた時と全く変化のない、そのままの形でそこに佇んでいた。


 2-3 



 墓石の前にワグナイナの花を置く。姉さんが花を置くと、僕ら三人は俯いて黙祷を捧げた。
 父親がいなくなったのが十五年前。母親がいなくなったのは十二年前。
 以降は姉さんや兄さんを中心に、僕や妹達、五人で互いに協力し合って生きてきた。
 母親が死んでから暫くの間は、ゼアハートでは、“不幸な子供達”という目で見られていたが、僕ら自身、そんな事はなかった。
 死を乗り越えて、五人で精一杯、悲しみに暮れないで生きてきたのだ。

 今ではもう、そんな目で見られることは全くない。絶望を克服したのだ。


「お母さん」

 黙祷が終わると、一言、シャワーズ姉さんが呟いた。

「ブースター、十八になるのよ。信じられる? 妹達よりも気の弱かったのに、『ドラゴンナイト』の入隊試験を受けるの」

 つい気恥ずかしくなってうつむく。僕は子供の頃は今以上に気弱な奴だった。

「リーフィアも十六歳を迎えるわ。本当に心の優しい、いい子になったわよ。私よりも嫁ぐのは速いかもね」
「と、嫁ぐって……そ、そんな事ないよ、そんな事……お兄ちゃん」

 リーフィアも僕と顔の色を同じにする。僕の方を見て困った顔をしているけど、僕はただ困るだけである。


「……私達はそれぞれ強くなってるからね、安心して眠って……っ」

 ――――え? 姉さん、泣いてる?
 ハッとして顔を上げる。いつものように姉さんらしく話していたのに、確かに嗚咽が聞こえた。横にいるリーフィアと顔を合わせる。

「お母さん……どうして死んじゃったの?」
「ね、姉さん……?」

「サンダースもグレイシアも立派に成長したのに……どうして……」

 涙が地面に落ちる。そうすると、もう止まらない。姉さんはそのまま、地面に泣き崩れた。ふと、僕は空を見上げた。
 ワグナイナで見た雲一つないの天気の空は、いつのまにかどんより曇り色に染まっていた。


「どうして! どうして私を置いてっちゃったの! お母さん! お母さん!」

 こんなに取り乱している姉さんを見るのは、なんだか辛かった。



「ね、姉さん……大丈夫?」

 少し泣くのが落ち着いた後で、僕は姉さんに声をかけた。

「お姉ちゃん……」

 僕の隣でリーフィアも心配そうな顔をする。


「……駄目ね」

 体を起こし、顔を上げる。落ちる涙をこらえようと歯を食いしばり、姉さんは声を振り絞る。

「私は一番……子供よね」
「……?」
「お母さんの死。心の奥底ではね、まだ納得出来ないというか。認めたくないのよ」

 姉さんはこちらを振り向いて、うつむきながら自分の気持ちを吐露にする。
 こんな姉さんの顔を見るのはいつ以来だろう? いや、こんな事、今まであっただろうか?
 姉さんといえば、いつも他人をからかって、悪戯っぽく笑う女の子だと思っていたのに。
 涙する姉さんを見るのがこんなに悲しいことだなんて思いもしなかった。

「お母さんの事、馬鹿とか言ったのも、強がりなのよ。いて欲しくて、つい当たっちゃって……」
「ち、違うよ!」

 何かを物を考える前に、僕は口を動かしていた。姉さんだけじゃない、リーフィアも驚いた様子で僕の事を見つめる。

「ブースター……?」

 涙を浮かばせるその目。
 何も考えずに発した言葉で、僕自身も何がなんだかわからなくなってきている。
 何か言おうと口を開けるだけで、口は震えていた。

「え、えと……その、いつも僕らのことを見ていてくれたから。」
「……」
「だから……自分が子供だとか、情けないなんて言わないでよ……ぼ、僕にとっては……最高のお姉ちゃん……なんだから」

 自分でも何を言っているのか分からない、それでも本心に一番近い言葉だった。



 ――――って痛い! ……?

「……へっへっへ!」

 顔を上げると、悪戯好きの姉さんの顔がそこには映っていた。頭を平手で叩いて、しめしめと笑っている。

「驚いた? ふふっ、また可愛いブースター見ちゃった!」
「え……」
「いや、ちょっとさ。私がもし泣いたらブースター、どう反応するかなぁ、と思って! 嘘泣きしてたんだー、上手いでしょ?」


 ――――なんだよ。それ。


「へへ、私が泣くなんて柄じゃないしさぁ」
「……僕は本当に心配したのに」
「え?」

 何故だかその時は、自分の気持ちを抑える事が出来なかった。

「泣いているお姉ちゃんを見て、凄く心配したのに」
「……」
「もう僕は……子供じゃないんだから! 変な嘘でからかうのはやめてよ!」

「お、お兄ちゃん!」

 ――――妹の声が耳に入ると、ようやく僕は我に帰った。

「あ……」
「そ、そんなに大声出さなくても……ほ、ほら、お母さん……見てるから」

 リーフィアは慌てて、僕をなだめようとしている。
 そんな彼女を見ていると、自分のやっている事が途端に恥ずかしくなってきた。

「あ……あ、その……ごめん、姉さん、その……」
「……ま、まぁ……私も悪かったね、嘘はよくないね」

 笑いを作る姉さん。いつも笑ってるんだ、作り笑いだなんて簡単に見分けられる。


「帰ろっか。サンダースとグレイシアが待ってるからねぇ」

 姉さんはそう言うと、お墓に何も告げずに山頂までの道を引き返していった。


 2-4 



「……お兄ちゃん、どうしてそんな怒鳴ったり……」

 姉さんが一足先に引き返すと、隣でリーフィアが聞いてきた。
 いつも姉さんの悪戯なんて軽く見過ごせるし、嬉しい時だってあるのに。どうして、怒りと不満が溢れ出てしまったのだろう。

「……」

 一つだけ分かるのは、泣いた姉さんを見る事が辛かったという事。なんだか、凄く悲しかった。自分でも分からない。
 そして、僕は真剣に話をしたのに、それを姉さんにないがしろのように、馬鹿にされるのが嫌だったのかもしれない。
 自分の気持ちを、単なる彼女の興味本位でさらされてしまった事が。

「……ごめん……僕は真剣だったのに、嘘泣きだなんて言うから……ごめん」

 情けない兄だなぁ、なんて思いながらリーフィアに呟く。

「あの……お兄ちゃん」
「……何?」

「思うんだけど、お姉ちゃん、本音だったんじゃないかな」
「本音?」
「お母さんのこと。お姉ちゃん……お兄ちゃんを可愛がったりして反応を楽しんでるけど、今のは嘘泣きには見えなかった」

 あまり自信なさげに言うが、確かに冷静になってみると、リーフィアの言う事には説得力があった。
 本当に嘘泣きだったのだろうか。お母さんの前であんな事を言っておきながら?
 姉さんの泣き顔はあまり見た事がないから。
 嘘と本当の見分けはつかないけれど、歯を食いしばって声を振り絞る、あの顔が嘘だとは思えなかった。

「……お姉ちゃん、兄弟の中で一番お母さんのこと、お話しするから。多分、本音だったんじゃないかと……」
「……」

 同じ女だからか、敏感に人の気持ちを感じ取る妹を心から尊敬した。

「そうだね……姉さん、お母さんがいる頃は本当に甘えてたからね」
「どうしよう……」
「……家に帰ったら謝るよ」
「そうじゃなくてさ、お姉ちゃんはお母さんがいなくなったのが悲しくてたまらないってことだよ」

 ――――もしあの本音も、涙も偽りじゃなかったら。十二年間、ずっと母親の死を悔やみ続けて、苦しんでいたのか。
 僕達の知らないところで、あんなになるまで苦しんでいたのか……?

「……母さんの死を悲しいと思うのは僕達だって同じだよ」

 リーフィアは顔を上げて、僕の目をじっと見つめた。困った顔、いかにも泣き出してしまいそうな不安そうな面持ちで。

「でもあんな姉さん程、僕達が苦しんでいない、悲しんでいないのは……」

 不安な顔の彼女は、少し顔を和らげる。

「姉さんが母親代わりにここまで頑張ってきてくれたからじゃないかな」
「母親……代わり……」
「これからはギルドに入って、兄さんと一緒に姉さんを助けるし、リーフィアとグレイシアだって助ける」
「お兄ちゃん……」
「もう子供じゃないし、弱虫ブーちゃんなんてのはオシマイ。今度ここに来た時は、姉さんに笑ってもらえるようにするから」

 言いかけている途中で、自分の言っている事がちゃんと筋が通っているか疑心暗鬼になった。
 ただ、一つだけわかったのは、これから僕は頑張らなくちゃならないという事だ。
 弟として姉さんに可愛がってもらうのは凄く嬉しい。

 だけどこれからは、それだけじゃ駄目なんだ。今度は子供だなんて言わせない。

「うん! うん!」

 僕の目の前で大げさにリーフィアは首を縦に振った。

「お兄ちゃんなら出来るよ! ギルドに行ったらお兄ちゃんの事、毎日応援する!」

 打って変わって目を輝かせる妹。普段はとても真面目だけれど、無邪気で無垢、子供みたいな女の子だった。
姉さんが可愛い、だなんて言うのも分かる気がする。ゼアハートでも彼女は兄弟の中でずば抜けてモテているらしいし……

「私達、もっといい兄弟になれるよね!」
「うん、なれるよ。母親がいなくたって、誰も泣かない、皆が皆を思える家族にね……行こう」

 もしかすると、この一連の小さな事件は、僕にもっと奮起する事を教えてくれたのかもしれない。
 姉さんのお母さんに対する悲しみは、僕とリーフィアに大切なことを教えてくれた。

 これからは、姉さんばかりに頼らない、皆で助け合って生きていける家族になろうって。

「すぐに謝るんだよ」
「わ、わかってるよ……」
「緊張する?」
「そりゃあ、姉さんじゃなくても……あまり人と喧嘩とか仲直りしたことないから……」
「ふふっ、やっぱり子供!」

 早速、言われてしまった。リーフィアは舌をちょっとだけ出し、苦笑いで自分の悪戯を照れ隠しした。
 どこか姉さんと似ているけど、真面目な彼女らしい慣れない舌だしだった。
 僕はまだまだ弱虫ブーちゃんなのかもしれない。
 つい、弱音を吐いてしまうのもまだまだ子供……いや、これから変わっていけばいい。

 ギルドに入ったら、兄さん始め、いろんな人にいろんなことを教えてもらおう。
 今度は僕が強くなって、家族を守ろうとする番なのだから。

「……お兄ちゃん」
「ん?」

 姉さんを追いかけようと、一歩、歩き出そうとすると、後ろでリーフィアが静かに僕を呼んだ。

「あのね……でもね、思いつめるぐらい気負わなくていいんだよ」
「?」
「あんまり無茶しないでね、頑張りすぎも駄目なんだよ」

 彼女の言葉に、面を食らった。森で姉さんに言われたありがたいアドバイスとまるで同じなのだから。
 僕はそんなに頑張ろうとする奴なのだろうか。ちょっとよくわからないけれど。

「お姉ちゃんじゃないけどさ、自分が悲しくなるぐらい、頑張りすぎちゃ駄目ってこと」
「……無茶すると、自分が悲しくなる?」
「『ドラゴンナイト』に入ろうって、凄い遅くまで外で修行してるじゃない。昔から我武者羅に頑張るお兄ちゃんが好きだけど……」

 最近はギルドの入隊試験、入隊演習を前に森で技の練習をしている。
 その上、町の外れの道場でバトルを好む者、僕と同じく修行する者とバトルを繰り返している。

 無茶をするな、体を大切にってことかな。

「ごめん。でも今は凄く大事な時期なんだよ。今まで姉さんに守られていたんだから、これからはもっと頑張らないと……」
「……そ、そうだよね。今が一番、頑張らなきゃいけない……」
「これからもだよ。精一杯頑張るから。自分が何も出来ない、って思う方が悲しいと思う」
「う、うん……そう、だね。そうだよね」

 守られるのは卒業したんだ。僕は今以上に頑張らないといけない。今までの僕から変わらないと。

「……よし、行こう」



 ――――今だから言える。


 リーフィア……僕は、遅すぎたんだよな。


 2-5 



 山を降りて、ワグナイナの森に入る所で僕は姉さんにもう一度謝った。

「私の方こそごめんって。気にしちゃ駄目よ」

 隣でリーフィアと顔を合わせて、二人で笑った。
 やっぱり僕らに喧嘩とか気まずい雰囲気とかいらないよね。

「だって、これからは私を守ってくれるんでしょ?」
「……え?」

 なんだか、顔が熱くなってきて、体には変な汗がほとばしる。
 聞いていたのか、僕の話……一体、どこからどこまで……

「もう子供じゃないって見せてくれるのよね。期待してるわよ」

 ニヤニヤしながら、姉さんは僕の事をまじまじと見つめる。やっぱり敵わないな、そう思ってしまった。
これからは家族を守れるぐらい強くなりたいと思うけど、一生この人の上には立てない、主導権は握らされたままだろう。
 だけど、それが一番姉さんらしいから。僕はただ、姉さんの悲しむ姿が見たくないだけで、それでいいのだ。


「リーフィア、なれると思う?」
「……へ? わ、私? そ、そりゃお兄ちゃんなら出来るよ!」
「うふふ……ゾッコンねぇ……本当。ブースターが好きよねぇ、リーフィアは」

「え? か、家族が好きなのは普通なんじゃないかな」
「特に貴方のブースターに対する好意は家族間でもずば抜けてるわよ」

「……」

 リーフィアは慌てて、顔を赤くしている。なんだか見ている方が恥ずかしかった。

 やっぱり僕だけに限ったことじゃない。兄弟の中で姉さんに敵う人はいないんだな、と思った。
 ずっと母親代わりで、僕ら以上の事を背負ってきて、僕らのこと、一人一人を一番よく知っているんだ。

 敵うわけがない。


「も、もう! お姉ちゃん、意地悪やめてよぉ……」
「楽しいんだもの。特に貴方達二人は。反応が可愛いもの」

 確かに標的となる四人の中でも、姉さんは僕ら二人を狙いに絞る。

「グレイシアは常にツンツンしてて、なんだか怖いし、サンダースは……基本、馬鹿だからねぇ」
「馬鹿って……」
「全部馬鹿正直に、本気で受け取っちゃうから怖いのよ。それがあの子の良さでもあるけどね」

 ……少し、可哀想だと思うけども、反論の仕様がなかった。

 兄さんは真っ直ぐな男だけれども、融通の利かないその性格は何度も、いろいろな武勇伝を巻き起こしている。
 昔、リーフィアを口説いたガバイトという隣町に住む男に怒りを覚えた兄さん。
 なんとかしようと思った兄さんは、寝る間も惜しみ、ゼアハートの人に訳の分からない署名を集めていたという。

 “リーフィアは、ゼアハートのアイドルであり、お前のものではありません。あしからず”  ……

 無理矢理を含むも、署名の力を借りて、嫌味たっぷりの署名文を得意げにガバイトという男に掲げたらしい。
 ガバイトは諦めたらしいが、兄さんのこの行動は隣町でも騒がれて、笑い話になったらしい。

 ……当の本人はリーフィアの「嬉しかった」「絶対に行かないよ」という言葉においおい喜んで泣いていた。
 大げさなのはお互い様、僕ら兄弟はみんな思わぬところに、似ているところがある。


「サンダース兄さんの真っ直ぐなところ? だって大好きだよ」
「いいムードメーカーではあるけどね……でもサンダースなんかより、貴方はブースターにべったりじゃない」
「お、お兄ちゃんは……」

「“兄さん”より“お兄ちゃん”の方が親しみあると思うけどなぁー」

 確かにリーフィアは、僕とサンダース兄さんをそう使い分ける。何か意味があるのか、前々から気になってはいた。

「う、うぅ……」

 首にかけた緑色のバンダナに顔を隠しながら唸る。

「ほんっと、ブラコンよねぇ」
「ははっ……ま、まぁいいんじゃないかな? 困ってるよ」
「あら、なぁに? まんざらでもなさそうじゃない」

 そりゃ、お兄ちゃんなんて言って甘えられれば……


「うぐ……ぐ……」
「……え?」

 リーフィアはその場で座り込んだまま、唸り続けている。
 もしかして泣いてる? 癇癪を起こした自分が言うのもおかしいけれど、今日は気分の悪い一日だ。
 雲ひとつなかった明るい天気の空は、いつまにやら曇り色一色で覆われていた。

「ご、ごめ……あの」

 姉さんは慌てていた。そりゃ、僕も怒っちゃったし、今度は妹が泣いているのだから。


「苦しい……」

「え?」


 リーフィアは少し、顔を上げてそう呟いた。








~あとがき~

どうも、初めまして!
あめもーちゅと申します! よろしくお願いします!
ポケモン大好き、特にアメモースが大好きです!
ここで小説家としてデビューしたくていろいろ勉強し、初めて更新させてもらいました。
何か不快な点、私が失礼を働いている点がありましたら遠慮なくおっしゃってください。
またどんなささいなアドバイスも勉強になりますので、苦労をかけさせないのであれば、ぜひお願いしますね。
しかし、これもちゃんと更新出来ているのだろうか……?

作者ページはこのプロローグが落ち着いたら更新しようかなと思っています。
平気かな……? プロローグがもう少し続きますので……
小説の見せ方もまだ定まっていないので、見難い部分は多々あるかと思いますが何卒よろしくお願いします。
あらすじとか簡単な作品紹介も落ち着いたら、したいと思います。



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  • 初めまして!
    小説センスが全くないプテランです(^^d♪

    久しぶりにWikiに入ってみて、あめもーちゅ様の作品を読ませて頂きました。
    あめもーちゅ様はデビューにもかかわらず、言語力が非常に高いと思いました!
    文章作成が苦手な自分にとっては、あなた様から見習わなければならないことがたくさんありました。

    しかし読んでいて分かり難い部分もありました。
    始め、自分は読んでいて主人公が誰なのかがわかりませんでした。
    主人公の特徴をもっと描写するとより分かりやすくなると思いますよ(^^;)

    自分も執筆し始めたばかりなので偉そうなことは言えません。
    また、分からなかったのは自分に国語力がないだけかもしれません(><)

    よいアドバイス、よいコメントができなくて本当に申し訳ないです。
    自分のアイデアは勿論スルーしてもらって構いませんよ(^ω^)

    最後に……デビューおめでとうございます!
    初めはいろいろと大変だと思われますが挫けず頑張ってください(^^)
    そしてこのWikiを盛り上げていきましょう!
    ――プテラン ? 2013-02-20 (水) 04:05:43
  • >プテランさん

    ありがとうございます!
    お褒めいただき光栄です^^
    私の文章は義務教育のちょっと毛の生えたものでしかないですが……
    それでも自信になります!

    そうですね、主人公……実はまだ出てきてないんです^^;
    戸惑わせてしまってスイマセン。
    まだまだ不明点の残るお話になっているので、出来るだけ早く更新しますね!
    ですが勉強中の身、貴重なアドバイス、本当に助かります!

    プテランさんもデビューしたてなんですかね……?
    そうですね、お互いに盛り上げて、切磋琢磨していきたいものです。
    コメントありがとうございました!
    ――あめもーちゅ ? 2013-02-20 (水) 10:32:57
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Last-modified: 2013-02-24 (日) 00:00:00
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