ポケモン小説wiki
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作者自分です
官能まではいきませんが若干の性的描写があります。

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「トリックオア」
 だんっ!
 一匹のイーブイは目の前にポッキーの山を叩きつけ、三匹のイーブイを封殺しました。どうしてこうなったのでしょうか?



 ここは育て屋と呼ばれる店の近くにできた、なかなか立派なポケモン孤児院です。育て屋で生まれたポケモンは生まれ持った性質次第で育児放棄されることが多く、長く社会問題として取りざたされています。
 それに対して最近は技術等の発達により、生まれてくるポケモンたちの傾向を決定する「固定装置」と呼ばれる機械が出てきました。その機械をさらに緻密に使う人は、精度の高い「乱調整」と呼ばれる技術を身につけています。
 これらの開発により悲運の元に生まれるポケモンたちは大幅に減りましたが、それでも完全に防げるようになったわけではありません。また、既に捨てられたポケモンたちがいなくなるわけでもありません。そのため、生まれたばかりのポケモンたちを引き取る孤児院も作られることとなったのです。



 この孤児院で育てられているポケモンたちの中に、七匹のイーブイの女の子たちがいます。それぞれに進化を目指す種類が違うのもあってか、仲がいいという話です。とはいうものの……。

「まったく、セラフィーは! 私たちの寝顔を撮って売りに出すなんて!」
「売上金を全部孤児院に入れるから、ある意味余計にたちが悪いよね!」

 一匹だけ酷い変わり者がいるようですが。エーフィを夢見るセラフィーは、それを目指すと言うだけある頭脳と身のこなしを持ち合わせています。しかしみんなのためにしているはずの行動なのに、何故かやり方はこのように批判されるものばかりを選びます。

「なんか仕返ししたいけど、あいつ逃げ足早いからね……」
「危険予知能力もそうだけど、あんなのがエーフィになられたら私たち寝れないよね?」

 この場で話をしている三匹のイーブイは、そんなセラフィーに相当御立腹の様です。今のままでも手を付けられないというのに、マジックミラーの特性やエスパーの能力などもってのほかなのです。

「一度あいつの毛を丸刈りにして、どこかに売りつけてやらない?」
「で、売り上げは孤児院に入れるわけか? それいいな、ユズキ」

 同じイーブイの言葉とは思えないくらいえげつない発言は、シャワーズを目指すユズキが放ちました。他の二匹のイーブイは、丸刈りになったセラフィーの姿を想像してうなずきます。

「でも、どうやって捕まえる? 捕まえるまでのやり方次第では、私たちが先に捕まるよね?」
「本当だ。この前テフィ、追いかけてたはずなのに誘い出されていたよな?」

 そしてすぐにユズキの言葉で、セラフィーの尋常でない手ごわさに意気消沈してしまいました。リーフィア目指して成長を続けるテフィは、その時のことを思い出し特に苛立ちを募らせます。

「いつの間にか院長先生の頭上に誘い出されて、かつらはがして雷落とされた」
「相変わらずの逃げ方だ……」

 そもそもユズキにとっては、孤児院の院長先生の頭がかつらであることすら初耳でした。セラフィーはやたらよく回る頭も厄介ですが、情報収集能力でそれはさらに凶悪性を増しています。

「サブアー? みんないるんだー? 何してるのー?」
「リキータ! ちょっとみんなで相談していたんだ」

 そんな会話の向こうから、さらにもう一匹のイーブイがやってきました。のんびりとした口調で話すリキータは、ブラッキーとしての将来を願っています。一方の強い口調で話すサブアは、ブースターとしての熱意を持っています。

「何の相談ー?」
「それよりリキータ、あなた前足で何を転がしてきているの?」

 後ろ足で立って前足で自身の背丈ほどもある丸い物を転がしながら、リキータは近付いてきます。四足での動きに機敏さ等がある分、物を運ぶには弱いのが彼女たちの種族の特性です。その橙色の球体は、どう見てもとある野菜にしか見えません。

「これー? カボチャだよー?」
「いや、どう見てもカボチャだってわかるから。何に使うの?」

 リキータの的外れな答えは、口調も相まって余計に気の抜けるものでした。四足ではいくら慣れているとは言っても転がす動きはゆっくりで、先の殺伐とした会話からの一転した平和ぶりに彼女たちは呆れるほどでした。

「あー。院長先生、ハロウィンとかいうのの近所のパーティを手伝うって言っててー」
「ハロウィン? 何それ?」

 リキータは彼女たちの前でカボチャの回転を止め、両前足を床に突きます。彼女の口から出てきた聞き慣れない単語に、テフィたちは興味深げにリキータとカボチャを見比べます。

「うん。カボチャの仮面とかで飾り付けたり仮装したりするんだってー。他にもご近所を歩きまわって『トリックオアトリート』とか声を掛けるんだー」
「トリックって、またセラフィーが好きそうな……」

 それでも先程話していた直後だったおかげで、いやらしい笑みを浮かべるセラフィーの姿はすぐに出てきました。エーフィが使う超能力技にも「トリック」という、瞬時に持ち物を入れ替えるものがあります。当然とばかりにセラフィーはその技にも目をつけており、話題に出された彼女たちはげんなりとさせられていました。

「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞとかいう意味なんだってー。お菓子の用意がなかったら、イタズラしてもいいんだってー」
「うっわ……まさに『やつ』が食いつきそうなイベント!」

 リキータだけはその辺りのことはよくわかっていないらしく、平然と笑顔で話を続けます。それでもその穏やかな無垢な笑顔を前にしても、三匹のセラフィーへの怨念は止まることを知りません。流石に怒り心頭の絶叫を上げてしまったサブアは、リキータに対しては少し申し訳なさそうでしたが。

「でもお菓子をもらえたら、イタズラは駄目だよー。それに仮装しなきゃ駄目とか、いろいろルールはあるみたいだよー」
「まあ、ならこっちが殴り込むってのもありって言えばありだろうけどね」

 しかしリキータは驚く様子も無く、平然と説明を続けています。思わず上げた声も申し訳ない表情も別次元のものにされて、サブアの表情からは力が抜けてしまいました。テフィのつぶやきには、言いながらもセラフィー相手じゃ上手くいかないかというあきらめのため息が混じっていました。

「あんまりひどいことは駄目だよー? 院長先生やセラフィーや、みんなと仲良くだよー?」
「うん、わかった。わかった」

 リキータの言葉には全く悪意は無く、セラフィーとも仲良くしてほしいというのは無垢な本音です。セラフィーはリキータの無垢さには甘いらしく、彼女の前では酷い悪戯は一切しません。リキータ自身気付くのが苦手なのもあり、セラフィーを優しい立派な子であると信じ切ってしまっています。むしろセラフィーを悪く言えば怒るくらいです。ユズキも下手なことは言えないため、諦めて話を合わせるだけにしました。

「それじゃあ、パーティの準備に戻るねー」
「うん。楽しみにしてるね」

 リキータは院長先生とパーティやイベントをよく切り盛りしていて、ユズキたちが知らない間に準備を完成させていることもたくさんあります。今回は孤児院でのイベントではないのですが、リキータはそれも喜んで手伝っています。周りとは明らかにずれたテンポには付き合いづらさもありますが、彼女も好かれるだけの理由があるのです。

「でも、案外いい方法かもしれない」
「ん? 何の話だ?」

 カボチャを転がしながら去っていくリキータを見送ると、テフィは何を思ったのかにやけています。明らかに何かを思いついたのは分かりますが、ユズキやサブアにはわかりません。

「セラフィーに『トリックオアトリート!』って殴り込むの。あいつあれで異常なくらい律儀だから、約束や慣習には従うはず」
「それはそうだがいくらなんでも無理だろう? あいつが真っ先に乗るくらいのイベントのはずだぞ?」

 一応、セラフィーの律義さは彼女たちの共通の認識だったりします。この前はリキータの友達の病気を治す薬を取るために、地獄のダンジョンに独りで突入して満身創痍で生還しました。その時の「安請け合いはする物じゃないよね」との言葉で、素直でないとより一層印象付けました。他にも今年の酷暑の中旅行先の地域で恒例になっている火の輪くぐりをしたり、彼女の妙な律義さは枚挙にいとまがありません。

「でも、セラフィーも分かってないはず。忘れているのかな?」
「あ、そういえばすごい量の内職引き受けてたよね」

 院長先生には「仕事はもう少し成長してから」ときつく止められていますが、それでもセラフィーはいつの間にか大金を稼いで孤児院に入れています。それを注意しようものなら「言うこと聞かない悪い子は追い出したらいいんじゃない?」という開き直りようです。実際セラフィーの実力と性格を考えると、下手に言えば本当に出て行きかねません。その後はセラフィーの所業を知らない小さい子たちが泣いて止めに入ったとあって、院長先生でさえセラフィーには逆らえないのです。

「流石にあの量をハロウィンまでに終わらせることはできないでしょ? あいつの頭にハロウィンは無いよ」
「そういえばな。それにあいつは人海戦術を求められるような仕事に限って、私たちに押し付けるような真似はしないからな」

 サブアも納得してうなずきますが、あることを思い出して明らかに苛立っているのが伺えます。セラフィーの仕事を「手伝うか?」と声を掛けた時に、返ってきたのは「それならもっと楽しいやり方で招待するよ」という答え。その笑みに満ちた明らかな悪意で、サブアの感情が逆なでされていたのです。

「よし、それじゃあ問題なさそうだね。せっかくだしユズイとセチューダも一緒じゃないとね!」
「うん! ハロウィンのルールを調べて、セラフィーの毛を刈り取るはさみも必須だよね?」

 とはいえ方向性は決まったので、テフィとユズキに釣られてサブアも納得の笑顔に変わります。そしてそのイタズラの目的は、セラフィーの毛を刈り取って売り払うことです。彼女たちのハロウィンにかけた復讐劇。そんなやりとりを眺める影があったことに、彼女たちはまったく気付いていませんでした。



 悪意に満ちたハロウィンのその日は、狙ったような曇り空です。それでも院長先生とリキータがよっぽど頑張ったのか、近所の住民たちの楽しそうな声が響いています。そんな中、孤児院では三匹のイーブイたちが仮装をして集まっています。

「仮装の方は、これで問題ないだろうな。セチューダも、抜かりないな?」
「当たり前や。いよいようちらもうちらで記念日に歩き出すねんしな?」

 サブアの切り出しに対して、魔女の帽子とマントで仮装したイーブイは嬉しそうに答えます。独特の訛り口調で話すのは、サンダースの将来に目を輝かすセチューダです。先日の三匹の密談を聞かされて、彼女も二つ返事で賛成しました。彼女もまた、セラフィーにはよっぽど煮え湯を飲まされているようです。

「まあ、それはいいんだけどね……。サブア、もっとどうにかならない?」
「ん? これか? なかなかいいだろう?」

 テフィは白とピンクのリボンを巻いて、予定外にニンフィアに進化したみたいな装いです。仮装と言うには簡潔で、ハロウィンそのものが目的ではないために手を抜いたのがよくわかります。一方のサブアはと言うと、頭にはろうそくを二本挿した白い鉢巻を巻いています。体には白装束をまとっていて、洋風のイベントの中で場違いさが拭いきれません。

「それならいいけど……。ユズキとユズイも準備は大丈夫だったんだよね?」
「大丈夫やさかい。先にセラフィーの部屋の近くで隠れて待ってるねんって」

 相手がセラフィーというだけに、どんな汚い手を使われるかわかりません。いざという時のために救出班を作るという提案はユズイからで、ユズキと二匹でそちらに回るという話になっているのです。もちろん万事上手くいった後は、彼女たちもセラフィーの部屋に殴り込む手筈です。

「よし、突入だな。積年の恨み、晴らさずべからず」
「その格好で言われると余計恐ろしいなぁ……」

 今にも恨みの祈祷が始まりそうで、テフィは苦笑いです。それでもテフィ自身も、抱えている思いは全く同じではありますが。曇り空にもかかわらずにぎやかな外の声以上に、三匹は意気揚々。あっという間にセラフィーの部屋の前に着きました。

「セラフィー! いるー?」
「開いてるよー? なにー?」

 軽く触れれば鳴る仕組みのベルは、四足で手先の利かない種族のポケモンたちには非常に便利です。扉も低い位置と高い位置に取っ手付きのノブがあり、様々な背丈の種族に便利なようにできています。しかし扉を開くと、そこは地獄でした。

「……セラフィー、なんでこんなに仕事を?」
「孤児院の収入はアウトだからね。本当に私がいないとダメなんだから」

 既に通る隙間が無いくらいまで、段ボールがうず高く積まれています。というかセラフィーの四足や背丈でどうして天井まで積めるのか、謎が尽きません。その上に入り口などアーチ形になっているくらいですから、もう理解不能です。彼女たちを段ボールの向こうから迎えたセラフィーの居丈高な一言すら、一瞬は忘れそうになるほどでした。

「それはお前が心配すべきじゃないはずなんだがな……ちょっと出てこい」
「なにー? 折檻なら返り討ちだよ?」

 四足のすばしっこい足音と共に、ようやくセラフィーが顔を出しました。一体どれだけ仕事の段ボールを積んでいるのだろうかと疑いたくなります。そうしてようやく確認したテフィたちの格好に疑問符を浮かべます。やっぱり、ハロウィンを忘れているようです。

「なに、その格好?」
「うん、今日は10月31日だからね」

 恐らく大丈夫だろうと踏んで、三匹は段ボールの魔王城へと入っていきます。力ずくだと三匹がかりとあって分が悪いため、セラフィーもこのやり方には驚いています。しかしその驚きの表情は徐々に崩れ始めました。

「今日はハロウィンだからね。トリックオア……」
 だんっ!

 三匹が口を揃えて言おうとした「トリックオアトリート」は、セラフィーがポッキーの山を叩きつける音で断ち切られました。この時にはセラフィーの驚きの表情は、すっかり悪意のしてやったりの笑みに変わっていました。逆に顔が驚愕に彩られたのはテフィたちの方です。セラフィーがハロウィンを知らないと予想して殴り込むことを、逆に予想されていたのでした。

「とりー……」
 だんっ!

 力が抜けた声でせめて最後まで言いきろうとしましたが、既にセラフィーに全ての力を奪われていました。それどころかセラフィーにさらにポッキーを山と積まれ、完全に絶句させられる結果となりました。揃いも揃ってぐうの音も出ず、時虚しく過ぎること数十秒。セラフィーから出たのは優しい……。

 だんっ!

 ではなく粗暴な態度でさらに積まれたポッキーの山でした。一体どれだけポッキーをため込んでいるのでしょう? 彼女たちはハロウィンの本来の目的は果たしたはずなのですが、その表情は今はもう悔しさでのみ埋め尽くされていました。

「きゃはははは! 私の受けた仕事くらい、きちんと確認しないとね? 新製品になるポッキーの品質調査だからね?」
「いくらでもある、か……」

 目の前にあるだけでも既に山ですが、彼女の元にはおそらくこれでも一部にすらならない大量のポッキーが用意されていることでしょう。開発室での出来だけではなく、実際の生産工程までチェックするために作られたものです。そこに何らかの間違いでこれほどまでの大量生産をしてしまったため、売りに出すことも売り先の確保もできない試作品が山となってしまったのです。それをどこで聞きつけたのか、セラフィーが全て捌くという仕事を請け負ったのです。

「まあ私の部屋に大量の箱が運び込まれて、ハロウィンまでに終わりそうにないって見立ては褒めてあげる。食べる?」
「食べるかぁぁぁ!」

 既に開けてあったポッキーの放送の中から、セラフィーは一本を取り出して口にくわえます。これ見よがしに製品感想のアンケート用紙がいつの間にか用意されていたのもあって、テフィもサブアもセチューダも揃って拒絶を叫びました。それはもう先の「トリックオアトリート」よりも見事なコンビネーションで。徐々に今回も虚仮にされたかという落胆が膨らみ始めました。

「もういい、帰ろう……」
「あ、ストップ」

 単純な三匹がかりであればテフィたちに分がありますが、予想されていたとあっては強硬手段というわけにはいきません。この部屋にはどんな罠があるかわからないので、当然彼女たちはポッキーに手を付けず帰ろうとします。ポッキーの製品感想など序の口で、ポッキーに変なものを混入されたりとかもセラフィーなら日常茶飯事だからです。一斉に背を向けた彼女たちに、セラフィーは制止を掛けます。

「………………なに?」
「トリックオアトリート」

 このまま黙って逃げようものなら、後日の別ないたずらの口実を与えかねません。仕方なく背中だけは向けたまま、テフィは答えてあげます。しかしこれはこれで度肝を抜かれる言葉が返ってきました。トリックオアトリートと言って入ってきた相手に、逆に同じことを言うのがルールとしてありかどうか。流石に無いと言いたくなりましたが、その辺まではしっかり調べていなかった彼女たちの失敗。単に「普通に考えれば」程度だと、セラフィーは足元を見た説明をはじめるのです。

「はあ? あんた仮装なんしとらんやん……」
「してるよ?」

 何を無茶苦茶なと振り返った三匹の前には、いつの間にか装いを新たにしたセラフィーの姿がありました。ヘルメットとマスクを装着して、前足にはお手元とばかりに金属パイプが置かれています。イーブイの手で握れる細い短い鉄パイプで、物自体には凶悪性はありません。しかし組み合わせは明らかに連想させる何かがあります。

「世のため人のための社会システムとか知らないけど、ハイジャックとか立てこもりとか迷惑かけてさ。本当の目的がうかがい知れるよね?」
「当時の敵性勢力に売却するよか、国の体制作ろうしたのが見え見えやな。国売って自分らが得図ろうとしただけの偽善詐欺師テロリスト集団……何言わすねん!」

 セチューダは自らの発言に突っ込みを入れましたが、時すでに遅しです。その辺りが彼女たちの共通認識である以上、相手がセラフィーであっても同意したくなってしまうのでしょう。

「明らかに黒い会話だな。確かにどうせ売り払って後は知らないってつもりなら、爆破しようが銃撃しようが奴らには何の問題も無いとは思うがな」
「黒っていうか炎上とか流血の赤い色のように思えるんだよね。それについていった連中も、赤信号みんなで渡ればみたいな感覚なんだろうけどさ」

 そしてサブアとテフィなど、言っているのがセラフィーであっても同意して構わないという感覚です。聞く人によっては殺害されても文句の言えないような内容だけに、普段は下手に言えないでいるのです。

「もちろん持ってないよね? さっきのポッキー受け取っておけばそれでどうにかなったんだけどね」
「く……! 逃げろ!」

 ここまで予想されていた以上、次にどのような罠が張られているかわかりません。逃げるまでだってこの部屋なのですが、それでも早く出ないことには次にどのような罠で襲われるかが分かりません。サブアの絶叫と共に、三匹は部屋の入口へと殺到します。が……。

「この格好は警告の意味もあったんだけどね。もうあきらめなよ?」
「馬鹿を! ん?」

 三匹が入口の段ボールのアーチをくぐろうとした瞬間、段ボールがいきなり破裂しました。その爆音にすくんで動けなくなった彼女たち目掛けて、次はツタやら岩石やらがまっすぐに向かってきます。抵抗しようと思う暇も無く、彼女たちは完全に拘束されていました。

「いやっ! なんなの、これ?」
「聞いたことない? ホウエン地方には『秘密の力』って技で操れる土や草があるの?」

 セラフィーの言う通り、彼女たちは土やら草やらで複雑に作られた太いロープ状の物でがんじがらめにされていました。この入口の段ボールアーチは仕事とはまた別の物だったのですが、それをすっかり仕事だと騙されてしまったのです。ここはホウエン地方からは遠く離れた地域なのですが、そういえばセラフィーはこの前行ったばかりでした。

「まさか、この前のフエンの祭り中継は!」
「こっちこそまさかのまさかで見られてたなんて思わなかった。その後のインタビューは全部カットだし、あれはもう最悪だったな」

 酷暑の中火の輪くぐりをするセラフィーの映像は、未だに三匹の目には鮮明に残っています。あの旅行の主目的は、どうやらこういった土石や草木を集めることの方だったみたいです。技の「秘密の力」でここまで自在に扱えるのですから、セラフィーに限らず便利なものと目を付けるでしょう。

「酷暑の中の火の輪くぐりを拒否したら『神様への冒涜だ!』言うて取り囲まれたんやっけ? どこの誰とも知れへん観光客に神様どうこう知ってる求めるんが無茶苦茶……だから何言わせんねんって!」
「逃げ切ってもよかったけど、あいつらのやったことインタビューで暴露した方がいいと思ったからね。それを全部カットするんだからテレビ局も卑劣だけどね」

 セラフィーがおとなしく火の輪くぐりに参加するというのも、彼女たちには意外なことでした。しかしインタビューに出る目的があったと聞いて、彼女たちもようやく納得しました。あのお祭りの地域の人たちがやっていることは、熱中症で犠牲を出しかねない危険な行動だと判断したのでしょう。それを口汚く言って住民たちや観光客に危険を知らせることは、ある意味最もセラフィーらしいやり方と言えます。

「連中も観光客の落とす税収が目当てなんだろうな。工場だのを建てるのは事故だ公害だで嫌がり、そのくせ学校だの病院だのの施設のために税収は欲しいって抜かしてだ」
「まるで『欲しい』『嫌だ』で駄々をこねる子供だよね。それに観光産業ってどこの誰って保障の無い『観光客』が相手だからね。元々の住民の安全とかをどうやって守るんだろうね?」
「た、確かにそれで折角増えた税金を使っちゃ元も子も……いや、話はそうやない」

 そしてよっぽどこういう話題で意見を言うことに飢えているのでしょうか、テフィとサブアはここぞとばかりに口を開きます。セチューダはそれでもと遠慮がちで、拘束されながらも思わず笑顔で言葉を並べる二匹に呆然としています。まして今回も自分が口火を切った話題であるため、余計に後ろめたさを感じてしまうのです。

「他にも交通を整備したら『若者がますます都会に出て行く』っても言うけど、若者の中でもちょっと便利になった程度で出て行くような連中になんでそんなに執着するんだろうね? 若者を舐めてるとしか思えないよね?」
「まあこの辺にせいや。それよかセラフィー、さっきの格好のどこが警告なんや?」

 セラフィーの一言に、テフィやサブアも笑顔で肯きます。とても仲がいいように見えてしまうのは何故でしょうか? 一方のセチューダはここで限界点を突破してしまったらしく、恐怖に彩られた表情で必死に話題を変えることに努めます。

「うん、一緒に暮らしている仲間を売るような奴がいるってこと」
「だからやめいって! 大体そないな奴、どこにいるん?」

 そしてまたしても盛大に地雷を踏んでしまいました。テフィとサブアも再び目を輝かせたのが見えました。そのまま先程の変な話題が再燃しそうだったので、セチューダは火がついたように病的に叫びます。その瞬間、扉の外から足音が入ってきました。

「せラふいサまにさカラうもノ、コろス!」
「あー、もう! 滑舌は上手くいかないな! あ、二匹には『セラフィー様に逆らう者、殺す!』って言わせようとしたんだけどね」

 その瞬間テフィとサブアの目の光は消え、セチューダも一気に鎮火します。中に入ってきた足音の主は、救出班になっていたはずのユズキとユズイです。ユズキはシャワーズを先取りしたかのように滝のように涙を流し、妹のユズイも希望として抱いていたグレイシアの未来に襲われたかのごとく凍てついた表情で涙を浮かべています。

「とある地獄のダンジョンに少しの間他のポケモンを操れるアイテムがあるって聞いていて、でも流石にそれだけのために入る気は起きなかったんだけどね」
「……リキータの友達の病気を治す薬もそのダンジョンにあったから、行かないわけにはいかなかったと」
「そゆこと」

 先程の「秘密の力」は大抵のポケモンは覚えられる技ですが、セラフィー一匹だけで起こせる威力には限界があります。ですがセラフィーに操られてユズキとユズイも同調すれば、より大きな威力を簡単に出すことができます。それにしてもリキータの友達のための薬の在り処が同じだったがために、ユズキとユズイが操られる結果になろうとは。セラフィーはリキータたちのためであれば潜入したでしょうが、三匹はこの偶然を呪うほかありません。

「操ろうにも結局制限が大きすぎたからさ。それこそ犯罪者なんかを操れれば、拘束して警察に突き出して懸賞金とかたっぷりだったんだけどね」
「さっき言った『仲間を売るような奴』ってのは……こういうことだったか」

 セラフィーの目的の「懸賞金とか」は、あくまでも孤児院に入れて運営資金にするためのものです。こうしてテフィたちを拘束してできることをするよりも、より稼げる方法があるならそちらに向かうのはごく普通のことです。そしてこの後彼女たちがお金稼ぎに使われることは、これではっきりしました。

「安心して。流石に風俗とかのような稼がせ方はしないから。じゃ、ユズキとユズイも拘束に戻って」
「どっちみち腐れ外道やないか!」

 セチューダの叫びを尻目に、セラフィーはユズキとユズイを土砂の上に座らせます。それを待っていたように、土砂やツタは二匹をしっかりと拘束します。そしてその瞬間、ユズキとユズイの目に表情が戻りました。

「うわあああ!」
「みんな、ごめんなさい! この腐れ外道に!」
「うーん、そんなに褒めても何も出ないよ?」

 どうやら操られていた間のことも、しっかり記憶には残っているようです。あるいは記憶に残るようにしたのでしょうか。操られていたとはいえ、ユズキとユズイがテフィたちを拘束したのは間違いありません。自分たちがしたそんなことに、二匹とも痛切な悲鳴を禁じられませんでした。ついでにセラフィーにとって「腐れ外道」は褒め言葉なのか、満足げな表情を五匹に向けています。

「拘束の時点で文句の一つも言われても文句ないってのに……なんで私の方が文句文句並べるのよ!」
「そんなことよりもテフィ、これは何かな?」

 セラフィーが操る「秘密の力」のツタが、いつの間にかテフィの胸元の毛並みから取り出していました。彼女たちが「セラフィーの毛を刈り取る」と意気揚々と用意していた枝切りばさみを。

「切り取った後にトイレに流すつもりじゃなかったにしても、これからの時期に毛を刈られちゃ寒いんだからね?」
「……てかお前は雌だろ」

 後ろ足で立って器用に前足に息を掛けて見せるセラフィーに対しては、サブアの切り取るものが違うことをほのめかす突っ込みがせいぜいでした。テフィは目の前でちらつかされている自身が持ち込んだはさみに恐怖して声も出ません。ユズキとユズイはこの惨状に未だにむせび泣いており、セチューダは繰り返し地雷を踏み抜いたことに意気消沈。喋れるのはサブアだけのようです。

「それで、お前はここから私たちをどうするつもりだ?」
「話が早くて助かるよ。じゃあさっそくルール説明」

 言いながらセラフィーは土砂の山にポッキーの内袋を置き、その隣に前足を添えます。そこから送り込んだ「秘密の力」でツタを一本伸ばし、ポッキーの袋を絡め取ります。それに続いて土砂の方もゆっくり動き、テフィの体をポッキーの袋に向かい合うような位置に配置して……。

「なに? やだっ!」
「お仕事だからローテーションで誰かはフリーになるけど、逆に誰かは残るようにするからね」

 テフィの腰や足首に回り込んだ土砂は、そのまま強引にテフィの股を開きます。あらわになったテフィの秘所に向けられたのは、ポッキーの袋の先端です。このまままっすぐに突き出せば、テフィの処女はポッキーの束によって引き裂かれることでしょう。

「お前……!」
「逃げ出したり変なことを言ったりしたら、他の誰かのがポッキーで奪われるからね?」

 セラフィーと会話できる最後の砦だったサブアも、これには戦慄してしまいます。それこそ今この場での反論でも「あ、ならいいや」と言ってテフィの処女を破られかねません。そしてその後もまだ次の人質が選べる状況ですし、袋を突っ込んだままさらに苛め抜く展開もあり得ます。日頃の言動からセラフィーが積極的にそういう手出しをするわけではないとは思っていますが、下手に楯突いた場合は容赦ない一面も見せつけられています。

「それじゃあ、今日のお仕事の現場に案内しまーす!」
「やあああっ!」

 セラフィーの号令と共に再び奔流となった土砂は、サブアたちを悲鳴もろともに包み込みます。モンスターボールの中に入るのになら彼女たちも慣れていますが、こんな斬新な物の中に包まれる日が来るとは思ってもいませんでした。



「で、これで終わりなのかな?」

 拉致された彼女たちの前には、何枚ものパネルが並んでいます。すべて共通して「ポッキーの日! イーブイの日まであと10日!」という宣伝文句が大きく書かれています。背景は赤だったり青だったり様々な色を基調とした模様で違っていますが、それぞれイーブイの進化形をイメージさせるものです。

「セラフィーにしては良心的過ぎる気が……」
「この後にまだ何かあるんやろか?」

 首をかしげるサブアに対して答えたセチューダは、すぐに何かの地雷を踏んだのではないかと息を呑みます。今日は繰り返し地雷を踏み抜いてきたこともあって、必要以上に警戒してしまっているようです。そんな会話を聞きながら、ユズイはグレイシアコスチュームのブランケットを脱いで戻ってきました。

「でもユズイはこういうの嫌。アイドルなんて言えば可愛いかもだけど、でも……。晒し者みたいで……ユズイ、気持ち悪い」
「大丈夫だから。普段から顔出ししているわけじゃないから誰も気付かないよ」

 表情を曇らせるユズイに対して、ユズキは姉としてなだめます。そんな姉の言葉を聞きながら、ユズイは土砂の上へと歩を進めていきます。足取りからは明らかな嫌気が感じられますが、それでも今も土砂の中から上半身だけ出している状態のみんなを見捨てる気にはなれないようです。

「でもな……今撮影したプロモーション画像はどこに使われるかわからないからね。私もあんまり気分は良くないな」
「それは確かに……わかるぞ。それこそマスコミに下手な使われ方をしたら最悪だ」

 ユズイ同様に顔をしかめるテフィに、サブアも渋い表情で肯きます。先程撮影した画像は、それぞれが望む進化先のコスチュームで口にポッキーを煙草よろしく咥えているものです。ちなみにサブアは撮影そのものは満更でもないらしく、顔とは裏腹に今なおポッキーを口に咥えたままです。

「マスコミなんて本当に諸悪の根源ね。情報をコントロールしてみんなの間にくさびを打って……ユズイ、許せない」
「それに『国やスポンサーに頼らないことで公正な放送を』とか言って集める何とかいう料金も、それ国の法律で決められてる国に頼っているものだからね」

 ユズイとユズキはサブアの口から漏れ出たワードに、一気に疑問を噴出させます。セチューダは自分が地雷を踏み抜かなくてもこうなるのかと、その場で息を詰まらせます。一方でサブアとテフィの目は輝きを得ていました。こういう話ができる機会が無い状況に、それぞれ相当に鬱積したものをためているようです。

「国に頼るんなら潔く国営放送って名乗って、その料金を中止する代わりに所得税とかで同額を徴収すればいいのにね?」
「非常時の対策とかも言うが、テレビが止まった程度で致命的なことになる方がそれまでの生活に問題があるぞ? 口コミからネットまで他の情報ルートが無いとか、どんだけだよ?」

 セラフィーに拉致されている現状で余計に気分が悪くなっているらしく、彼女たちの口調には猛烈なまでの怒りがこもっています。連れ去られる前にこの手の話をした時もここまでの怒気はありませんでした。ちなみに孤児院は払っていません。集金のために金を出して雇われた業者に対してセラフィーが「違憲立法審査したいんで強制執行『お願いします』」と返した上で、自分の連絡先を教えて「お断り」の札まで出したからです。院長先生が契約の判を押す直前でセラフィーが止めに入ったので、この件に関しては他のメンバーはセラフィーに一応感心はしたみたいです。

「あんたら……もうええ」
「そういえば、なんだか外が騒がしくなってない?」

 ここがどこなのかはわかりませんが、近隣のイベントホールの楽屋というのが彼女たちの印象です。撮影しているときは特に騒がしさの無い静かな空間でした。それがいつの間にか外が喧騒に包まれており、床も心なしか振動しています。ユズイはそれを聞きながら他のメンバーの脇にジュースと相変わらずのポッキーを運びます。流石にセラフィーも飲まず食わずにさせるような鬼ではないらしく、そのために常に一匹はフリーにしてたのです。

「ちょっとだけ開けてみるね」

 みんなが恐る恐るも頷くのを確認すると、ユズイはドアに近づきます。ドアノブは四足かつ小柄なイーブイにも開けやすい低い位置にもついているので、そちらを開けます。そしてその瞬間……。

  セラフィーちゃん! セラフィーちゃん!

「……なんか、いる」

 しかも一人二人ではない数が。ユズイは錆びた機械のようになった首を回して後ろを振り返ると、みんなも予想通りの表情をしていました。

「こんにちはー!」
  こんにちはー!

 まずは最初にセラフィーの声。それに続いてファン……語源通り狂信者の声。いつの間にセラフィーがアイドル化していたのかはわかりませんが、稼ぎ口の一つとして検討するくらいはありそうなものです。もちろん稼ぎ口にできるかは大きく左右されますが、それでも甘い声を出した今の挨拶ならあり得なくはなさそうです。

「あいつ……一体どんなアイドルだっての!」

「えげつなイドル……セラフィーちゃんです!」
  えげつな可愛い!

 サブアの口にした疑問に合わせるようなタイミングで、セラフィーは場の全員に声を上げます。まず間違いなくえげつなさを持ったアイドルの肩書きでしょう。

「えげつな可愛いって……もう、決めた!」
「何を?」
「私が捕まっている間に、誰か私たちが拉致されたのをあのキチガイたちに教えてきて!」

 テフィのその一言に、四匹は一斉に彼女の方を向きます。テフィは涙ながら、それでも決意をした様子で頷きます。その気迫と悲しさに、四匹は息を呑まずにはいられません。

「テフィ! お前、やられるのも覚悟の上か!」
「あんなの続けられてちゃ、私たちこれからも何されるかわからないよ!」

 もちろんそれを言ったら自分たちも枝切りばさみの一件をばらされることでしょう。それでも今回でセラフィーの意味不明なアイドル稼業をやめさせないと、次の拉致があっては目も当てられません。そんなテフィの覚悟を聞いたように、セラフィーもファンたちにアナウンスします。

「今日はみんなのために、セラフィーちゃんの友達を拉致してきたよ! 虐めてあげてね!」
  ひでー!
  えげつなーい!
  えげつな可愛い!

  えげつな可愛い!

「……馬鹿な」

 テフィの涙ながらの決意の表情は、一転して絶望のどん底まで叩き落されていました。仮に覚悟の上で話したとしても、彼女たちのキャラ付けにしか思われないでしょう。あるいは本気にするファンもいるかもしれませんが、このセラフィーのキャラがある以上遠慮なく食いついてくることでしょう。枝切りばさみを全く相手せずに自分の悪事を堂々と言える……セラフィーの度胸があればこの肩書きは便利でしょう。

「それで……」

 呆然としている一同の前に、長身直立の種族用の扉が開きます。例の土砂とツタを組み合わせた、二足歩行のロボットとして完成されたその上に乗り。彼女が「秘密の力」を緻密に扱えるのも知りませんでしたが、それができればここまで便利になるというのも驚愕ものです。もちろん彼女たちに感心したりする余力はありませんでしたが。

「私の拉致、訴えてもいいよ。案外助けてくれる奴もいるかもね? 孤児院の収入がどうでも良ければね」
「くっ!」
「院長先生が綺麗ごとを捨ててもっとしっかり稼いでいれば、こんなことにならなかったのにね?」

 そして最後にこの挑発です。孤児院の収入がアウトでなければ反撃できたのにと、彼女たちは唇を噛みます。セラフィーは孤児院に資金を入れるたびに院長先生に注意を受けますが、そのたびに「みんなを商売道具にはできない」等の院長先生の「綺麗ごと」へのクレームで平行線になっています。今回の暴挙には、そんな院長先生への抗議も意味に含まれているのかもしれません。

「みんな、ムカつかない? 院長先生はみんなの価値を全否定して、単に自身のファンタジーに終始しているんだよ? 私の計算だと孤児院の全員で協力すれば、支出なんて補って余りある収入が得られるのにね」

 そんなセラフィーの目線からは、一瞬ですが厳しい怒りが漏れ出します。セラフィーがリキータに手を出さないのには、単に彼女が無垢すぎるからだけが理由ではなかったのです。今回のハロウィンパーティもそうですが、院長先生のファンタジーに「上手く入り込みながら」自分の価値を形成しているリキータへの敬意もあるからなのです。セラフィーの表情と言葉に、五匹の胸中に冷たい物が過ぎります。

「まあ、いいや。とりあえず最初はユズイとユズキとテフィね。ついて来て」

 次の瞬間にはユズキとテフィを取り押さえる部分の土砂だけが分離して歩き出しており、ついでにユズイも包み込んで外に出ていました。ユズイは一瞬悲鳴を上げたものの、それ以上の抵抗はすることなく大人しく運ばれていきました。



「テフィちゃん、寝顔いけてたよ?」

 先程のセラフィーの厳しい言葉が別世界であったことのように、明らかに気色悪い表情が目の前に迫っています。それに対してテフィは何も言いません、言えません。口にはまたもポッキーを咥えさせられており、これからこの野郎とポッキーゲームをすることになったのです。普段であればイケメンかもしれないこの野郎も、今は欲情たっぷりのケダモノでしかありません。

「あー、負けちゃったや?」

 テフィは絶対にわざとだと思いました。ポッキーは野郎の唇の内側で折れて、今の先端は野郎の唾液で光を放っています。

「食べるよね?」

 背後から聞こえたセラフィーの声に、テフィは身を震わせます。よくわからない野郎の唾液を口に運ぶなんて……嫌気に何秒も身震いしてしまいます。しかしその間になぜか野郎の目線から伝わる狂喜が膨れ上がっていきます。

「泣き出しそうなテフィちゃん……テフィちゃん!」

 野郎がわずかに漏らした声。テフィの苦しんでいる姿が悦びらしく、それが野郎の目線を強くしている要因でした。テフィはせめてこの目線から早く解放されたい、そんな判断よりも早くポッキーを噛みながら吸い上げていました。野郎の唾液の部分まで一気に呑み込むと、全身に寒気が走ります。

「はい、テフィちゃんも食べてくれたよ? ところで、ポッキーの方はどうだった?」
「うん、セラフィーちゃんが用意してくれるなんて最高だよ!」

 空気を切るような音と共に素早くテフィの脇に現れたセラフィー。野郎の方に向けてしっかりとアンケート用紙を広げています。アイドル稼業と同時にアンケートまでしっかりやらせるこの手際の良さに、テフィは恐怖に近い何かを感じました。

「これ、試作品なの。感想を教えてくれればもっとおいしいのを頑張るよ?」
「うおおお! セラフィーちゃんの友達の従業員さん!」

 セラフィーが敢えて隠した主語を叫びつつ即座にペンを握ると、野郎は猛烈な勢いでアンケート用紙に記入していきます。そういえばと気付いたのは、野郎のすぐ後ろで列に並んでいる別のファンたちの表情。流石に野郎だけはファンの間でも悪質なことで有名らしく、それぞれに頭を抱えたりして呆れた様子を見せています。流石のセラフィーもこれには若干苦笑しています。

「ひゃっ! あっ! あっ! あっ!」

 ファンたちのうるささに混じって悲鳴が聞こえたので、テフィはそちらに目線を向けます。そこではユズイの前で必死にタイピングゲームをする数人のファンの姿。ユズイに矛先を向けた無数のポッキーが、時折ユズイの体を柔らかくつついています。スコアに連動してつついているのですが、ローテーションでそのうちあんなことまでさせられると思うとテフィには恐怖しかありません。



 五匹は代わる代わる繰り返しファンたちにもみくちゃにされ、数時間後には半死半生のままイベント終了を告げられました。流石に秘所を破られるようなことまでは無かったものの、強烈なトラウマを刻み込まれていました。いつの間にか孤児院の大部屋に戻されていたのですが、それでも起き上がれる様子はありません。

「おかげ様で! 本日10月31日までの一か月での入金記録は最高額を記録しました!」

 セラフィーの嬉々とした声には若干の屈辱感はありますが、それに反応を示すことはできません。孤児院に貢献するにしてももっと別な形にしてほしかった……貢献そのものは満更ではなかったのですが、満足感は皆無です。

「さて、残りのイタズラのターゲットは……」
「セラフィーちゃん、なんか言ったかね?」

 大部屋のふすまが開くと、何も知らない院長先生が入ってきます。人の好さを全身に帯びた初老の男性です。頭は白髪交じりの毛が自然な調子で生えており、セラフィーがどうやってこれをかつらと見破れたのかが疑問です。

「うん、今日はハロウィンだからね? トリックオアトリート」
「ああ、そうきたか。今はお菓子の持ち合わせがないから、後でね」

 テフィたちが寝せられているのは壁際だったので、院長先生の位置は死角になっています。ですが聞こえてきたこのやり取り、同じパターンであるのは間違いありません。

「うん、じゃあイタズラ開始だね」
「え? いきなりそんな……って!」

 大義名分を得たセラフィーの悪意の笑顔が、五匹の目に浮かびます。恐らくは何らかの方法でオートパイロットにしていたのでしょう、ツタと土砂のロボットが院長先生を拘束したのは分かります。

「ちょっとセラフィーちゃん! いくら何でも脱がすのは!」
「この服にはいくらかかっているのかな?」

 ポケモンであれば裸でも許されるので、ユズキたちには服を脱がすというイタズラにはあまり着想が届きません。しかし人間であれば基本的ないたずらと言えます。

「待って、待って! それは剥がさないで!」
「かつらって結構高いのに、どこからそんなお金が出たんだろうね?」

 これに関しては、セラフィーの口調にははっきり怒気がこもっています。直後に遠慮なく豪快にかつらをはがした音が部屋中に響きます。

「で、なんでそんなパネルがあるの!」
「うん、これで晒し者にするの」

 さっきの撮影の時もパネルはありましたが、どうやらセラフィーにはああいったパネルを調達する手段があるようです。この辺で流石に不安になったのか、ユズキは起き上がって声の方に覗きに行きます。

「現実を見ない愚か者の哀れな姿ね。これに懲りたら孤児院の収入のためにもっともっと工夫することね」

 そんなユズキの動きには足音等でしっかり気付いていたらしく、セラフィーも覗いている何者か(ユズキ)に院長先生の姿を一言説明します。一度全裸にされた上で大きく「金」と書かれた布を腰蓑よろしく巻かれています。かつらは胸毛と見まがうように貼り付けられており、パネルには「孤児院の貧乏は私のせい 同情するなら金稼げ」と書かれています。あんまりなまでのその姿に思わず前のめりになり、ユズキはセラフィーと院長先生の前に姿を晒してしまいます。

「じゃねばびゅん」

 しかしセラフィーはユズキには満足げないやらしい笑顔を一度向けるだけで、その瞬間には効果音をわざわざ口で言って駆け出していました。実際「ばびゅん」の効果音がふさわしいだけの速度で逃げ出してはいたのですが、それを口に出して言う理由はどうしてもわかりません。

「ユズキちゃん、わしはあの子をどう育てればよかったのか……」
「院長先生、多分無理です」

 遠くなっていくセラフィーの高らかな笑い声に対して、院長先生もユズキもあとの四匹も呆然とするだけでした。セラフィーをどのように育てれば今と違う性格になってくれたのか、院長先生は宙を仰ぐばかりです。ユズキはこの時に確信しました。どんな育て方をしようと、セラフィーの前世の因縁は今の性格に育て上げていたに違いないと。


あとがき 

2年以上の超久しぶりの作品投下となってしまいました、自分です。
この作品は最初に「11月11日はポッキーの日で、11月21日はイーブイの日。じゃあ11月1日は?」と思ったのがきっかけです。本日10月31日のハロウィンは次の日11月1日も含まれるみたいですが、タイトルにするなら「1+11+21」よりも「11+21+31」の方が語感がいいと感じてこうしました。

この作品ではニンフィアが「テフィの仮装」程度の扱いでしたが、これは当時まだニンフィアが情報公開だけの段階だった名残です。一方で枝切りばさみは今年の某弁護士の事件がネタに絡んでいます。製作が遅れたら遅れたで使えるネタもあるもので、一概に製作が遅れたところで問題あるとは言えないのだよ! ……なんて言い訳です。
他にもはっきりとは名を出さないにしても、いろいろと変なつつき方をしている内容なのはお読みくださった方は既におわかりでしょう。どういう反応をされるかはともかく、単に書いてみたかった内容です。セラフィーはじめイーブイたちの言うことは自分の考え方であるのは、ツイッターのつぶやきを見ても分かるはずです。

とりあえず、社畜化を乗り越えてもう少し作品を投稿できるように頑張ります。

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Last-modified: 2015-10-31 (土) 20:20:16
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