レポート序論 1人の研究者について
筆者 セグ ?
この世界には不思議な生物がはびこっている。
海に、山に、空に、街に。その多種多様な生物性がありながら、これらの生物はひとくくりにこう呼ばれている。
-ポケットモンスター-
通常は略してポケモンと小気味よく発音されるのだが、生物の多様性を象徴したようなこの集団を一括りに分類してしまうのはいささか違和感を感じる。
本来の生物分類は無視されるどころか、私達人間の理解の範疇を越えた現象を発生させる。俗にこれらの現象は「技」と呼ばれ、主に娯楽としての戦闘に使用される。戦闘には様々な規則があり、場合によって規則が変化してゆくが、私自身はそれほど興味ないのでここでは割愛する。
私が興味あるのはその生態及び生物行動、そしてその仕組みに他ならない。戦闘などは俗に廃人と呼ばれる人種に任せておくのが一番だ。
私はここ十数年ほど戦闘をしていない。最後にしたのは、確か高校時代においての卒業試験の時だったと記憶している。私の思考はすでにあの頃より完成しており、戦闘への関心を失いつつあった。戦闘ほどつまらぬものはない。
ポケモンという生物の魅力的な謎の数々を目の前にしながら、戦闘にしか興味のない者たちは私の目には異質に見えたと告白せざるを得ない。
大学卒業間際、戦闘の単調性に飽きを見せ始め、ポケモンの意義に関して物思いにふけっていた私に光明を見出せてくれたのは、あろうことか1人の廃人だった。
確か、昼時に昼食を摂っていた時と記憶している。食堂にて背後に覚えのある気配が発生したのである。
「……またうるさいのが来たと思ってるのか?」
この廃人、不本意ながら私の友人である。全国区はおろか最早世界でも強豪として名を連ねるティモシー・クレメンスは、ここ最近更に実力を高め、バブル時代の株価のような急激的成長を見せている。
「お前のような戦闘厨と違い、私はポケモンの生態にしか興味がないのでな」
戦闘の単調性とはつまりその意義のことである。常に勝敗を意識し、勝敗を決め、次なる勝敗のためにまたもや相手を探す。実際戦闘を行うのはポケモンであるが、彼らの意義が戦闘に特化している者であるかと疑問に持つようになったのである。
ただ戦闘するだけならばロボットで良い。喜びを分かち合いたいならば感情を入れてしまえば良い。この時世、ポリゴンなどという人工生命体を作れるほどなのだ。感情を精製するための集積回路くらい作ろうと思えば作られるはず。
「戦闘厨ってひどいなあ。それってほぼ全人類にいえることじゃないか」
「少なくとも私は違うぞ」
「今は、な。お前も昔は輝いてたぜ」
「意義のない輝きなどまやかしに過ぎない」
「いつもそうやって何かしらにつけて脈絡を求めるよな。それがお前なんだけどよ」
「よく分かっているではないか」
「隣、いいか?」
彼は俗に「オタク」と呼ばれるような眼鏡をかけているが、意外に全うな人間であったりする。ポケモンを逃がすことに関しても葛藤を覚えていたようだが、それに関しても憔悴しきったような表情をしている。
その時私が何を食していたかは覚えていない。
「進路、決まったか?_____」彼が聞いた。
_____に入る言葉は私の名である。しかし、ここ数年ほど使っていないから忘れてしまった。名前を忘れるなどどうかしていると思われるかもしれないが、意外に人間は忘れやすい生き物である。
「私は大学院に進学しようと思っている。お前はどうするのだ?」
「俺はチャンピオンリーグに挑戦する。そしてチャンピオンをぶっ倒して、チャンピオンになる!」
彼らしい夢だ。トレーナーは誰でも頂点を目指したがる傾向がある。特に彼は、ポケモン達を喜ばせるために日夜貪欲に知識を吸収している。戦闘以外のこと、例えば生態などについてはからきしではあるが。
「私は…」
大学院に入ってからというもの私は研究に励んでいる。特に,生物的でないポケモン、鉱物とかそういうものを中心に研究している。
なぜかと言うと、生物系のポケモンよりむしろ非生物系のポケモンのほうが不明な事柄が多いからである。研究対象は不明であればあるほど興味深いし、研究のしがいがある。
鉱物だけではなく哺乳系や爬虫類系など、ポケモンには多種にわたる種類がいる。しかし、これらは人間がわけた部類の枠を無視し、「タマゴグループ」と呼ばれる独自の分類によって分けられるため、鳥類と海洋生物が交配することもなんら不自然ではない*1。
私はもちろん、ポケモン学者でも恐らく理解はできていないだろう。
ポケモンとはいかなる生物なのだろう?私は改めて思うのだ。
何もかも、不明、不明、不明。不明だらけの説明文など、幼稚園児でも作れる。
彼らトレーナーは、ほぼ何もかもが不明な者たちと共にいて不安にならないのだろうか?
私は興味がある。その根源から果てまで、何もかもを解明したい。
おそらく人間はポリゴンの生殖形態すら分かっていない。自分たちが作ったものであるというのに情けない限りだ。
そもそもポリゴンという人工生命体がメタモンという既存の生物と交配できるという事実にも驚かされる。一体人間は何を作ったというのだろう。
ともにいる者達について何も分かっていないなど、彼らは気持ちが悪くはないのだろうか?
私は無理だ。得体の知れない者たちと共にいるのは。
いるのならば知り尽くしたい。
“「私は…ポケモンの全てを知る。アルセウスすら分からぬことを解明するのだ」”
『◆seG.u.Jizk』
電子世界における個人識別用の文字列、トリップ。
長らくの間名を呼ばれることもなく、また使用の必要もなかった。
個人識別に際して必要であるため、即席で打った文字列で発生したのがこれである。
「名前、なんだっけ?」
久方ぶりに会ったティモシーにすらそう呼ばれるほど、私は研究に没頭していた。
私は大学院を卒業し、主任研究員として大きな部屋を与えられた。
ティモシーはチャンピオンリーグの候補生として戦闘と勉学に励んでいる模様であった。
「いや、友達なんだけどな、覚えることが多すぎて忘れちまったんだよ。いや、ほんっとすまねえ!」
自分が忘れるくらいだ。他人が忘れて当然である。
そして唐突に浮かんだのが、あの文字列。
「……もういい。私も自分の名を忘れてしまった。ここで新たに名乗ろう」
日常的に使っているこの文字列ならば、忘れることはあるまい。
研究者としての一歩を踏み出す、この名。
「セグ。そう読んでもらって構わない」
「みんなお前の名前を忘れちまうなんてすげえな。じゃ、よろしくな、セグ!!」
私の名はもう必要あるまい。名を残すこともない。だが、私という人の個体を識別するにあたって何らかの呼び名は必要であった。
それが、セグ。私が私を私と認め、周囲が私を私と確認するためのもの。
「で、スティリスちゃんは元気か?」ティモシーが聞いてきた。
スティリスとは私の唯一の手持ちポケモンである。ポケモンの研究に興味を持った時に捕獲して使用したのだが、せっかく捕まえたのだから育成した。
今や私の家族であり、助手であり、そして研究対象である。
それにしても、私と言い彼と言い、なぜスティリスの名は覚えているのだろう。
「健康そのものだ。感情を害しないよう、定期的に話もしている」
「たまにはちゃんとした目で見てやれよ。女の子なんだからよ」
スティリスは確かに雌であるが、それがどう関係するのか不明である。俗に愛とかそのような目線があるのかも知れないが、生憎私にはそんな趣味はない。
ポケモンはポケモンらしく、ポケモンと愛し合えばよい。それが彼女の幸せというものだ。
近いうちに『愛』について研究するのも良いかもしれない。私にはまだ理解できない感情である。
「…博士?博士ってば!」
聞きなれた声を聞いて目を覚ました。
目の前には書きかけの論文がある。どうやら日頃の疲れのせいで眠っていたらしい。
私は突っ伏していた机から体を起こし、声の主をおぼろげな目で見据えた。
重量感溢れる岩の体。正8面体の下部から突き出た大きな4つの足に、体中から飛び出たエネルギーの結晶体。それが彼女、スティリスというギガイアスの外見であった。
「おはよう、スティリス」私は無機質な声をかけた。
「おはようじゃないですよ!まだ論文がいっぱい残ってるんですからね!」スティリスはたしなめるように声を放った。
そう、私は現在様々な論文もとい、研究レポートを執筆している。しかし書いても書いてもポケモンの多様性は尽きることはなく、次々に研究題材が転がり込んでくる。
その忙しさの傍ら、このスティリスと、会話とは言い難い会話を交わしているのだ。
「そうだな。お前が題材となった研究もいくつかある。早々に片付けねばならないな」私は機械的に言った。
「題材って言い方はないじゃないですか!恥ずかしかったんですからね!」スティリスは顔面を紅潮させて心外そうに言う。
確かに私の研究はポケモンでなくても普通は恥ずかしがるようなものばかりである。それはポケモンが多くの謎を含んでいるからであり、決して私のせいではない。
「さて、レポートを片付けるとしよう」
私は周囲の本棚に所狭しと並べられたファイル製の壁を見据える。これらを全て片付けた時、私はどうなっているのだろう?
「お茶淹れますね」スティリスが気を利かせて言い、小さなポットのもとへゆっくり歩いていく。私の調教の賜物である。
私はファイルを一冊取り、机について執筆へと取り掛かった。
後書
皆様初めまして。研究者セグと申します。以後お見知りおきくださいませ。
私の作品、つまりレポートはいささか堅苦しい表現が多くなる傾向がございます。読みにくいとは思われますがご了承ください。
これからのレポートでは官能表現を取り入れた研究レポートを公開する予定でございます。物語を紡ぐ能力など皆無である私でございますが、長らくお付き合い願います。
作中登場した「セグ」とはまごうことなき私です。この研究レポートは私自身の研究成果を報告するための物でありますので、私自身の視点から語った方が都合がよいのです。
不謹慎と思われるかもしれませんが、何卒ご理解ください。
今回は序論ということで、官能表現はございません。
次回より取り入れる官能表現も、非常に無機質なものになることが予想されます。私の小説作成能力の低さゆえでございます。申し訳ございません。
このレポートについての感想、不備、指摘等ございましたらこちらへ
最新の10件を表示しています。 コメントページを参照