朝の5時。空も群青色から水色に変わろうとしていた。
リクソンは目を覚ます。旅行の準備はしてしまったので、顔を洗って、戸締りをすればいつでも家を出て行ける。
「おはよう、リクソン」
「あ、シャワーズ。もう少し寝ててもいいのに」
「もう、みんな起きてるわよ」
「え?」
珍しいこともあるものだ。まぁ、たたき起こす手間が省けたからいいか。顔を洗ってリビングに行くと、7匹のポケモンたちが待っていた。
「遅いぞー」
「悪い・・・。じゃあ、ガスの元栓を閉めたら出発しようか?」
ガスの元栓を閉め、一行は家を出る。鍵を閉め、新聞を取り、駅へと向かう。何か、幸先のいいスタートだな。駅にたどり着くまでの間、ポケモンの襲撃はなかった。
5時50分。後5分で、電車が来る。
「ねぇ、これからどうするの?」
グレイシアがリクソンに尋ねる。
「え?えーっとね・・・」
リクソンは、上着の内ポケットから手帳を出す。
「まず、ラクヨウ中央駅に行って、そこから特急列車に乗り、終点で普通列車に乗り換えて、4駅目だね」
「大移動ね」
「そう・・・なっちゃうね。こういうのは初めて?」
「ええ」
(どうか、旅行中は何も起きませんように・・・)
黄色の電車が入線してくる。車内は時間帯と日にちのせいもあってか、空いていた。次第に風景が住宅からビル街に変わると、ラクヨウ中央駅に着いた。時刻は6時20分。
(しまった。ちょっと早かったな・・・)
次に乗る特急は8時丁度なので、まだ、1時間40分もある。
「さて、朝食の調達でもって、あれ・・・?あいつら、どこ行った?」
リクソンは、辺りを見回す。すると、駅弁売り場の前にいる7匹を発見した。イーブイの進化系7匹がそろっている光景なんて、そうそうあるものではないから、かなり目立つ。
「おおっ、7匹そろっているとは」
「一体、誰のなんだ?」
7匹の周りに集まってきた客たちの声が聞こえた。このままほっとくと、別の意味で騒ぎになりかねない。リクソンは、7匹を連れ戻した。その場で説教が始まる。
「勝手な行動をするんじゃないッ!!今度悪いことしたら、宅急便で送り返すからな!!」
「ご、ごめんなさい・・・」
ブースターやリーフィアは素直なので、すぐに謝るが、サンダースやブラッキーは・・・。
「リクソン、ステーキ弁当買ってくれ」
と、まるで、人の話を聞いていない。
「はぁ、あのな、オレの話聞いてた?」
「話って?」
「もう、いい・・・」
(さ、先行き不安だ・・・)
どうにかこうにか朝食を購入し終えた。後は発車ホームに向かうだけ。14番ホームだったな。
「リクソンさん。私たちはどの列車に乗るの?」
ブースターが聞いてくる。
「えーと、2156列車のガイテイ行きだね。ここのホームで待っていれば、そのうち来るよ」
発車10分前になり、12両編成の白地に緑のラインの列車が入線してきた。
とりあえず、これに乗って終点までおとなしくしていればいい。7匹を指定の席に座らせ、発車を待つ。
8時丁度。列車はゆっくりと動き出した。ガイテイまで、4時間20分の旅である。リクソンは、朝食を食べると、そのまま寝てしまった。
(1人旅ならともかく、7匹の引率は疲れるな・・・。後輩のバショク君に来てもらって、引率を手伝ってもらうんだった・・・)
リクソンが目を覚ますと、列車は山岳地帯に入っていた。渓谷をわたり、トンネルをくぐる。窓を開けると、心地よい風が車内に入り込んでくる。7匹は寝てしまっていた。やはり、朝が早かったせいかもしれない。
(あと、1時間か)
終点のガイテイが近づくと、車窓は山岳から平地へと変わり、水田や畑が目に付くようになる。
終着駅が近づいた事を知らせる車内放送で、7匹は目を覚ます。列車は定刻どおりにガイテイに到着した。この後は、普通列車でミササ温泉郷駅に向かう。
(確か、3番ホームだったな)
そのホームには2両編成のかわいらしい列車が止まっていた。もう入線してはいたのだが、ドアが開かない。
「あれ、リクソン。ドアが開かないわよ?」
「さすがに、シャワーズでもこのテの仕組みは知らなかったか。ドアの横を見ろ。ボタンがついてるだろ」
「あ、これ?」
「そう、それを押してみ」
チャイムが鳴ってドアが開いた。車内は空いていた。もともと、列車よりも車のほうが便利な地域なのかもしれないし、時間帯ということもあるだろう。
12時45分、列車は動き出した。すぐにガイテイの市街地を抜け、上り坂に差し掛かった。車窓風景も先ほどとは異なり、楓の木が線路のすぐそばに迫り、ガイテイの街並みを眼下に望むことができる。
リクソンは言う
「シャワーズ、知ってるか?この辺は紅葉の名所として有名なんだぜ」
「『紅葉の錦 神のまにまに』ってわけね」
「菅原道真が遺した短歌の下の句だね」
エーフィやシャワーズの教養の高さは驚異的とでもいえようか・・・。その教養の高さが水や超能力を駆使して相手を倒す戦法に生かされているのだろうか?
「なぁ、エーフィ、誰だ?そいつ」
サンダースが、エーフィに尋ねる。
「日本国の平安期に活躍した政治家だよ。っていうかサンダースにもちょっとは関係あるぞ」
「何で?」
「道真は政敵の藤原時平の手で失脚させられて、地方に飛ばされて失意のうちになくなるんだけど、その死後、清涼殿(まぁ、つまり宮殿)に雷が落ちる事件があって、どういうわけか、この国では、雷神として祭られているんだって。まぁ、日本国じゃ学問の神として祭られているらしいけどな」
「で、どう関係あるわけ?」
「『かみなり』、使えるでしょ」
「・・・それだけかよ」
13時15分、列車はミササ温泉郷駅に到着した。すると、リーフィアが遠慮がちに言う。
「あの・・・、何か臭いません?」
「あ、それは、我慢してくれ。多分、温泉地だから硫黄のにおいだと思うんだ」
「はい・・・」
駅前の喫茶店で簡単な食事を済ませる。その後、リクソンは保養所に電話をした。実は、予約を入れたときに連絡を入れてくれれば、迎えに行くといわれていたのである。まぁ、バスもあるし、歩いても30分ぐらいなのだが、タダで迎えに来てくれるのだ、利用しない手はない。迎えはすぐに来た。マイクロバスだったが、リクソンたち以外に客はいなかった。
10分もしないうちに保養所についた。いや、しかし何年ぶりだろう。何一つ変わっていない。
フロントで宿帳に名前と住所を書く。名前を見ると、
「あ、あなた様が!?」
といった反応をされるが、できればそういう反応はやめて欲しいな。3泊分の宿代を前払いで支払う。3泊で6000ルピー。通常のホテルに比べればかなり安い。部屋に通される。トイレと風呂は共同だったが、部屋は10畳ほどの広さで、外は美しい山並みと緑が広がっていた。
「おおー、すっげー」
「キレイ」
と、反応は様々だったが、ウケはいいようだ。きてよかったな。が、それにしても疲れた。リクソンは、押入れから布団を出すとそのまま寝てしまった。
リクソンが、目を覚ますと陽は西に傾きかけていた。18時25分か、結構、寝てしまったな。ブースターが近くに寄ってきて、
「リクソンさん。後5分で夕御飯だって」
と言う。
「ありがとう、じゃあ、食堂に行ってようか」
リクソンは、7匹を連れて食堂へ向かった。
食堂には、様々な国の料理が並べられていた。ビュッフェ形式、つまり好きなものを自分でとって食べろ、ということだ。まぁ、言い換えれば、自分の食の好みが露骨に表れてしまうわけだが。
案の定、それぞれの好みは大きく分かれていた。もっとも、リクソンにも好き嫌いはあるので、それについては何も言わなかった。
さて、待望の温泉だったが、リクソンは少し食べ過ぎて気持ち悪くなったので、部屋で休むと言う。7匹はリクソンを部屋に残して大浴場のある地下へ行った。
「あ、ここか」
「・・・何だ、男女別かよ」
「何、考えてるんだ。サンダース、ブラッキー、入るよ」
エーフィは2匹を引っ張って男湯に入っていった。
「じゃ、私たちも入りましょ」
シャワーズたちは女湯のほうに入っていった。
十数分後、それぞれの浴場から出てきて、7匹は合流した。
廊下を歩いて自分たちへの部屋へと向かう。階段を上り、廊下を歩き自分たちの部屋の前に来たとき、一行は足を止めた。
「部屋の中から、話し声がしない?」
グレイシアが言うと、みんなは黙って頷く。耳を済ませる、部屋の中の声が聞こえてくる・・・。
「何だ、お前らは!?どこから来た?」
リクソンの声、相手は複数か?
「我らは使いの者、我が主君からの特命を受け、やってまいりました」
「主君だと?」
「リクソン=ハクゲン様ですね?」
「・・・得体の知れない奴らに答える義務はない」
「いいのぉー?そんなこと言ってると、あなたやあなたの友達が危険な目に遭うかもよ?」
「ふん、そんな戯れ言、誰が信じるものか・・・かはッ・・・。か、体が動かない・・・。くそ、何をした!?」
「おい、いくら何でもやりすぎだろ」
「だってー、こうでもしないと、信じてくれないと思って。あ、部屋の外に誰かいるみたい」
「!!!」
「話を部外者に聞かれていたとなると厄介だな・・・」
部屋の外って、リクソンの7匹以外にいないではないか!?
「お、お姉ちゃん・・・。リクソンさんが殺されちゃってたら・・・」
「縁起でもないこと言わないの」
動揺するリーフィアをグレイシアが叱りつけた。
「部屋の中にいるのは、3体。リクソンは無事のようだね。ただ、体の自由を奪われているから逃げるのは無理なようだね」
「エーフィさん。何でそんなことがわかるんですか?」
「これでも、エスパーの端くれ。透視ぐらいできるよ」
「・・・リクソンが危険な目に遭っているのに何もできないことほど、情けないことはない。オレが突入してリクソンを助け出すッ」
サンダースはそう言った。ほかの6匹も反対しなかった。これが最善の方法に思えたからだ。
ドアに7匹が体当たりしたので、ドアのちょうつがいが外れて、ドアはその場に音を立てて倒れた。
部屋には3体のポケモンがいて、床にはリクソンが倒れていた。
「お前ら、オレ達の主人に危害を加えて無事で済むと思うなよ?」
サンダースが、3匹に向かってそう言った。
第5話 終わり(第6話に続く)
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