<この話の登場キャラ>
・キョウ=ハクヤク(当時21)・「鬼才」とまでいわれた頭脳の持ち主で、バリョウですら「足元に
も及ばない」と言ったほど。グレイシア、リーフィア姉妹の主人。
・リクソン=ハクゲン(当時20)・キョウの後輩で、一番の理解者。キョウの死後、グレイシアと
リーフィアを自宅に引き取り、面倒を見る。
・グレイシア(当時21)・キョウのポケモン。キョウの死後、リクソンに引き取られる。
・リーフィア(当時16)・グレイシアの妹。キョウ死後、姉とともにリクソンに引き取られた。
もう、あれから11ヶ月が経とうとしている。時が経つのは早く、世の中が移り行くのもまた早い。眺めていてそう思う。無論、「変わる」というのは、悪いことばかりではない。文明、技術が発達し、社会が豊かになる。もっと、ミクロな、人間1人という単位で見てみてはどうだろうか?成長して、とんでもない極悪人になってしまうような輩も、いることはいるだろう。否定などしない。しかし、大部分の人間や、ポケモンたちは、社会という巨大なジグソーパズルの1ピースになり、何らかの貢献をする。
「キョウ侍中、侍中にお届け物です」
声とドアをノックする音が聞こえたので、青年はエッセイを書く手を止めた。
「ああ、ご苦労様」
使いの者は下がっていった。
「リクソン君からか・・・・・・。あいつも成長した。いまわの際の選択は間違っていなかったな」
箱には、手紙と洋菓子、ビールが入っていた」
キョウは、洋菓子の箱を開け、1つつまんで、口に放り込もうとした。と、またしてもノックの音。
「侍中、ご主君がお呼びです」
「あ?ああ、わかった、すぐ行くって伝えてくれ」
「かしこまりました」
まったく、びっくりしたから、お菓子を床に落としてしまったぞ。まぁ、いいさ。3秒経ってないし。キョウは、お菓子に、ふっと息を吹きかけるとそのまま口に放り込んでしまった。
「ああ、おいしい。グレイシアが側にいたときは、何かとたしなめられたからな。まったく、無駄にしっかりしていやがった・・・・・・。」
キョウはぶつぶつ言いながら部屋を出た。
侍中とは、古代中国の役職で政治の中枢を担う役職のことである。キョウがこの世界に来たとき、頭がいいからという理由で、勝手に任命されてしまったのである。今では、単なる雑用係の長といった感じになってしまっているが。
キョウは、主君の名前を知らない。「お前」とか「貴様」などといったら、それこそ、2回死ぬハメになる。それは嫌だ。キョウは、ひとまず「わが君」と呼んでいる。珍しい呼ばれ方なのか、主君は怪訝そうな顔をしていたものだが、今は慣れたようである。
途中、侍郎(次官)のムウマージとすれ違う。
「侍中、ご主君が、まだか、と」
「あ、うん」
この廊下、無駄に長いんだよな。テレポートすれば一瞬なのだろうが、人間にそんなことができるはずがない。
廊下を走り、何とかたどり着いた。
「わが君、お呼びでしょうか」
「ん、まぁ、用はないんだが・・・・・・」
(だったら、呼ぶな)
「地上界について話して欲しい」
「構いませんが、少々、漠然としすぎてまして何から話せばよいのやら・・・・・・」
「何でもいい」
「さようですか。・・・・・・それでは」
キョウは「主君」に地上会の話を始めた。「主君」といってもポケモンだ。といっても、見たことのない種類なので、何と言うのかはわからないが。
形容するならば、・・・・・・なんてったっけな?、高校の地学でやった・・・・・・あ、そうだ。「アノマロカリス」の親戚のような姿かたちをしている。(でも・・・・・・、それもよーく見るとあんまり似てないかなぁ・・・・・・)
ようやく解放され、キョウは自分の部屋に戻る。
くそぅ、ほんとなら、今が一番楽しいときなのに、こんな死後の世界で働くハメになってしまった。ここでも、楽しいことがないわけではないのだけれど、やはり地上界が一番楽しかった。
去年の6月、ラクヨウ国立大学では、事件が相次いで起こった。
1つ目が、キョウの師事する教授が大学のキャンパス内で遺体となって発見された事件だった。転落死だったが、自殺なのか誰かに突き落とされたのかは不明で、結局、迷宮入りになってしまった。
2つ目が、キョウ自身が被害者、すなわち、ここへ来るきっかけになってしまった事件である。
6月のある日、珍しく晴天が続いていた。キョウは、頼みたいことがあって、リクソンを大学のキャンパスに呼び出した。この日は開校記念日で学校は休みなのだが、正門だけは開いていた。
(ちょっと、早かったかな)
待ち合わせの時間よりも早く来てしまったので、キョウはタバコをポケットから取り出して、火をつけた。
「ふぅー。リクソン君まだかなー?」
煙を吐き出しながらそうつぶやいた。と、背後から声。
「キョウ=ハクヤクだな?覚悟ッ!」
「だっ・・・・・・、ぐはぁっ!!」
今まで経験したことのない痛みが首筋に走った。
「くそぅ、急所をやられた、今のやつ、何があってもオレを殺すつもりか」
キョウは気力を振り絞って、救急車を呼び、ボールからグレイシアとリーフィアを出した。
「キョウ!?どうしたのその傷」
グレイシアは、血まみれのキョウを見て、驚愕した。
キョウは出血で意識が遠くなり、地面に座り込んだ。
「誰かに斬られた。まさか、ここで、終わってしまうとはな」
「そんな弱気を、キョウさんらしくないですよ」
リーフィアが目に涙を浮かべて言った。
その時、リクソンがやってきた。驚かないはずがない。
「先輩、どうしたんですか!?」
リクソンが血相を変えて飛んできた。
「誰かに、斬られた。あの技は人間業じゃないと思う。ポケモン、しかも、よほど訓練されたやつの仕業に違いない。多分、こないだの事件と同一犯だろう。持っていた封筒、君に託すつもりのものも奪われてしまった。いずれこうなるかもしれないと思ってはいたが、まさかその日がこんなに早く来るとは」
「先輩、しゃべると傷口が・・・・・・」
「いや、オレはもう最期だ。頼む、オレが死んだら、グレイシアとリーフィアの面倒を見て欲しい。君にはある程度なついているだろうから。オレは、こいつらに何ひとつしてやれなかった。君ならこいつらを幸せにしてくれるだろう」
「そ、そんな・・・・・・。嫌ですよ、キョウさん以外に私のご主人はいないんです・・・・・・」
リーフィアは泣きじゃくりながら、キョウに言葉を返した。
「・・・・・・グ、グレイシア、よく聞いてくれ。リーフィアの面倒を頼む、・・・・・・それから、リクソン君を守って欲しい。何があっても、だ。・・・・・・お前のしっかりした性格なら、きっとできるだろう。リ、リクソン君・・・・・・。あ・・・・・・後は頼んだ・・・・・・。さい・・・・・・ごに・・・・・・オレがしてやれるのはこれくら・・・・・・いだ。」
キョウは最後の力を振り絞って、グレイシアとリーフィアを抱きしめた。
「ああ・・・・・・、大きくなった・・・・・・、がはッ!!!」
「先輩!先輩!!」
キョウは大量の血を吐いて息絶えてしまった。
あの後、心配だったのは、グレイシアとリーフィアではなくリクソンの方だった。悲しみのあまり食事が喉を通らなかった。ここまでは理解できるのだが、その悲しみが深すぎたため、2日半も食事はおろか水すら飲まなかった。もはや、餓死寸前である。で、結局、栄養失調で倒れてしまい、そのまま病院に運ばれた、と、ここへ来て間もなく手紙で知った。
つくづく、手のかかるやつめ。まぁ、ここまで、自分のことを思ってくれているし、あいつらも楽しそうにしているからいいけどね。
さて、またエッセイの続きを書くとしましょうか。こうやって天上から地上を見下ろしていると、いろいろとエッセイのねたになりそうなことが見つかるわけだ。それでは、命があればまた他日。うーん、リクソン君のエーフィが読んでいる、太宰治の作品の一説でシメたんだがどうだろうか?
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