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鼓動のない人形

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作者まこる



 僕は「贈り物」として生まれた。

 僕の中身は、誰かへの「恨み」でいっぱいだった。この体を間借りしてるたくさんの命が、誰かの「不幸」を望んでいたから。いや……実際は僕も、この体を間借りしてる命の一つなのかも。とにかく「僕」は誰かの不幸なんて望んじゃいなかった。ずっと考えてただけだ。
 僕はなにを望んでいるのだろうか、と。

 それが分からないから僕は、ずっとずっと空っぽだった。

「これは? エドワードからのプレゼント!? 本当!?」

 箱から僕が現れると、あなたは喜んだ。その美しい顔をしわくちゃにして。
 それはそれは醜い顔で。

「変わった子ね……でも可愛い! これからよろしくね」

 あなたの頬は暖かく、鼓動は世話しなく、紛れもなく生き物だった。
 僕の中の命たちが騒いでいる。どうやら僕は、あなたの物になったらしい。

 まだ、僕は空っぽのまま。でもその日から、僕の中のなにかが。小さく、語り出したんだ。

 ジュペッタ。僕はジュペッタ。あなたが僕を、そう呼んだ。



鼓動のない人形



「王女様、国務にその子を連れ歩くのはおやめください」
「あら、いいじゃない。こんなに大人しくて、可愛いのに。嫌ならこの子を小さくして連れ歩けるカゴでも持ってくることね」
「そんな便利な道具などありません」
「じゃあ、どこへでも連れて行くわ」

 王女様と呼ばれたあなたは、とても大きな家に住んでいて、いつも偉そうにしていた。綺麗な服を着て、美味しそうな食事も毎日。ここはあなたが好き勝手創った世界のよう。
 僕はなにも出来ないで、ただ近くにいるだけ。でもあなたは、そんなことで喜んでいた。

 王女様が住むオシロという場所には、たくさんの人間とたくさんのポケモンがいた。人間は、僕のことを気にしない。だけどポケモンたちは、あなたの腕に抱かれる僕をおっかなく睨みつけてきた。どうやら僕は、嫌われているみたいだ。
 でも、違うポケモンもいた。

『あ、マリーだけズルい! 私も、私も!』
『え〜! ジュペッタは僕と眠るんだよ!』

 あなたの部屋では、いつも2匹のポケモンが出迎えてくれる。ガーディの姉弟、アンとルイ。
 可愛らしい彼らが住むここは、お姫様の匂いで溢れている。あなたにお似合いの場所だ。

「ちょっと、あなたたち。ジュペッタが困ってる、乱暴しないで」

 あなたはアンとルイだけに、特別な顔で笑う。

『ジュペッタは私の方が好きだもんね〜?』
『え〜僕だよ!』

 人懐っこい、赤毛の、ふわふわ。

『うわ……ちょっ! くすぐったいよ、あははっ!』
「ほらほら、ジュペッタが怒ってるわ」

 怒ってない。けど。マリーは無理やり僕を嗾けては彼らと遊ぶのがマイブーム。最初は僕との仲を取り持ってくれてるのかななんて思ったけど。全然違った。
 僕の手が触れるルイの体は暖かい。生きている体だなぁ、なんてよく考える。

「すっかり仲良くなっちゃって。でも、この子は私といるのが一番よ」
 
 そう言うと、あなたは僕を無理やり、コクンと頷かせる。自由がないな、まったく。
 次いでその細い指に手を引っ張られて、またあなたに抱かれた。

『ジュペッタはそんなこと言ってないのに〜!』

 うん、確かに。僕の口は塞がれてるから、なにも言えない。時々、アンとルイみたいに喋れたら便利だと考えることはある。けど案外、不自由しないものだ。

『お姉ちゃん。悔しいけど、ジュペッタはマリーと一緒がいいみたい』

 マリー。マリー。そう、僕はマリーへのプレゼントだ。だから、僕はマリーと一緒にいたいのかもしれない。
 そう思って首を傾げると、マリーは僕と一緒に、彼らも抱きかかえた。

「でも、みんなで寝ましょ!」
『やった!』

 ううむ……アンはちょっと僕に乱暴するからなぁ。いつか右腕を取られてしまいそうだ。それは困る。
 と、そんな思いに、彼女は気づいたみたい。ベッ、とアンは僕に舌を出す。ルイは困ったように声を出して笑う。また、マリーは顔をしわくちゃに醜くして笑う。
 その光景を、僕の中の命たちは嫌がった。



『んふふ、おもしろ〜い!』
『ちょっとお姉ちゃん! ジュペッタは僕と一緒にいたいのに!』

 ルイは僕に抱きついて眠ること、アンは綿が詰まった僕の体に噛みつくことがお気に入りだ。

「こら、悪戯しないの!」
『だってエドワード最近遊びに来ないんだもん!』
『つまんないから、代わりに彼の匂いがするジュペッタと遊ぶの!』

 マリーはそんな彼らをいつも叱っていたけど、2匹がそれを止めることはなかったし、僕も止める理由は見つからない。僕とあの姉弟の関係は出会った頃から変わらない。けど、2匹とも、最初よりは僕に笑いかけてくれるようになった。

 最近、僕たちはマリーの側にいなきゃいけない存在なんだと理解した。
 でも彼らは僕と違う。アンとルイも、僕みたいな人形になればいいのに。
 そんなことも考える。



 ある日、マリーはベッドの上で一日中泣いていた。なぜか、アンとルイも悲しそうに鳴いて、ずっと彼女の側にいる。僕はすることもなくて、退屈で、壁にもたれかかって隙間風でユラユラと揺れるレースのカーテンを眺めていた。

「聞いた? エドワード侯爵が自殺していたって」
「ええ。マリー王女もお気の毒に……。あんなに愛し合っていたのに」

 だから、廊下でのメイドの立ち話なんかは、絶好の暇つぶしだ。

「ねえ、そういえば以前、贈り物もらってたわよね……エドワード侯爵から」
「とんだ忘れ形見になったわね」
「あれを贈るときには、もう自殺を考えていたのかしらね……?」

 声をひそめる。 

「気味が悪いわ。ずっと笑ってるような顔で。早く誰か捨ててこないかしら」

 その時。

『ケケケ!!』

 突然、僕の腹の底から、笑い声が鳴り出した。マリーたちは気がつかなかったみたい。
 びっくりしたけど、メイドたちはもっと驚いたようだ。そこらのポケモンよりずっと早い逃げ足だ。

 マリーの泣いている姿を見て命たちがずっと楽しんでいることは知っていたけど、まさか表に出てくるとは。変な話を聞いたせいだろうか。いい気分はしないな。
 ふと、アンとルイが僕を見た。

『ちょっとジュペッタ、なにしてるの! こういう時こそあなたの役目でしょ!』
『ねえ、ジュペッタもマリーを慰めてあげて……』

 やってきたアンとルイに無理やり引っ張られる。
 マリーは抱きしめていた枕を放ると、代わりに僕を目一杯抱いた。彼女の顔は赤くて、よりブサイクで、血の通った生き物っぽさが増していた。

「エドワードが……エドワードが死んじゃったの。あなたのご主人様が……」

 囁くように嘆いては、咽び泣いて涙を流す。

「エドワード……」

 頰に触れれば、僕の体に彼女の冷たい涙が染み込んできた。たくさんの涙が、僕の存在を重たくしていく。

 僕はほんの少しだけ、彼の顔を思い出そうとしたけど無理だった。最後に見た彼の顔は笑っていたっけ? それとも泣いていたっけ?

 ねえ、エドワード。君の命も、いなくならないで、僕の中にくればよかったのに。

 あ、また。

『ケケッ!』

 僕の腹の底で、誰かが小さく笑った。誰にも気づかれないように。



 数年が経った。
 僕は、僕のままで、アンもルイもガーディのまま。だけど、マリーは違うみたいだった。

「マリー女王殿下」

 マリーは今、城の大きな広間で、たくさんの綺麗な衣装を着た生き物に囲まれ、とても美しい王冠を授かった。そして皆、恭しくマリーにこうべを垂れる。
 昨日まで、マリーはまたあんなに泣いていたのに。今は堂々と、人間を見下ろして立っている。人形のように真っ白になって。

 とても、とても美しく。

 僕はとても遠くから、ポツンと彼女を眺める。本当は近くにいたいのに、見知らぬポケモンがなぜか、わざわざ誰もいない遠くの2階席に連れてきたからだ。

『おい、聞いてるのかよ木偶の坊。お前がいつまでも手を出さないから、俺様が王を暗殺する羽目になっただろうが。お前を作るためにどんだけ人やポケモンを殺したと思ってるんだ』

 近くで悪態をつくのは、確か「ロズレイド」のロズ。この城の庭師で、そこら中を美しい花で飾り付けてはチヤホヤされている。

『にしてもご主人の言う通り、馬鹿な人間だな。あっさり病死扱いだ。おい、聞いてくれよ。棺にさ、たくさん花を飾ってやったんだ。あいつを殺した毒花をな。いいジョークだろう?』

 うるさいな。僕はマリーから目を離せないんだ。
 するとロズは『ちぇ、つまんないヤツ』と呟いてから、無理やり僕の顔を自分の方に向けた。

『いいか。あとはお前の仕事だぞ。マリーに近づけるのはお前しかいないんだ』

 こいつがマリーって呼ぶの、なんか嫌。

『マリーを殺せ。エドワードのようにしてやるんだ』

 さっぱりだ。ややあって彼はため息をつく。

『「命」を奪うんだ、お人形さん。それがお前の作られた意味だろう?』

 その言葉に。
 声が。
 僕の体の命たちがいっせいに叫んだ。

 思い出した。僕の目の前で、人形になったエドワードを。彼の鼓動がなくなる瞬間を。
 最後までマリーのことを考えていた命が、空っぽの僕を生み出したことを。

『うお、気持ちわりい……やっぱりお前、ポケモンなんだな」

 醜い。
 醜い笑い声が。たくさんの「命」が笑う。

 マリー。分かったよ。僕はあなたを、人形にしたい。マリー。美しいままのあなたを。僕のような人形に。
 そうすればあなたの命が……きっと僕の命を満たしてくれる。



「どうしてなの!!」
『マリー、落ち着いて……』
「来ないで! 分からず屋ばかり!!」
『マリー!』
「どっかいって!! ポケモンなんかに分からない!!」

 また、部屋で突っ伏してマリーは怒っている。ルイがいくら心配しても、逆効果だ。尻尾が悲しそうに垂れ下がる。もちろん、僕の出番はない。
 みんなで一緒に眠らなくなって久しい。アンとルイがマリーの部屋に入れるのは、今では一日にほんの数時間だけ。

「やはり若すぎる……国を治めるのは無理だ」
「仕方ない。世間知らず、癇癪持ちのお嬢様じゃ」
「国民は反王政に傾いてる。巻き込まれて死ぬのはゴメンだ」

 廊下のヒソヒソ話は、きっとマリーにも届いてる。
 僕はおとなしく、部屋の隅に座っていた。考えなきゃ。彼女を人形にする方法。「命」を僕の中に奪う方法。難しい。僕は、エドワードをどうやって人形にしたっけ? 僕の中の「命」はどうやって、僕の中にいるんだろう?

『マリー!』

 突然。
 バン! と扉を開けてアンが元気よく入ってきた。いや、元気のいいフリをして。

『マリーマリー! ほら! 庭で綺麗な花を見つけたの! こんなに綺麗なの! 素敵でしょ?』

 アンの口には、白い小さな花が銜えられていた。それを差し出すように、彼女は小走りでマリーに近づいていく。
 その花を、知っていた。それは美しく、空に浮かぶ千切れた雲のように、ポツポツと庭の隅っこで咲いていた花。誰にも気づかれないように、健気に育っていた花だ。

『一緒に摘みにいこうよ! ルイと、ジュペッタと一緒に!』
「いい加減にして!」

 アンが、小さく鳴いた。

 まただ。
 最近はいつも、泣いているか、怒っているか、だけ。醜い顔ばかり。これじゃ美しい人形にはなれない。

『お姉ちゃん!』

 花を散らして、叩かれたアンは床に倒れた。

『マリー……』

 彼女たちは、泣いていた。

「……ごめんなさい」

 乱暴に扉を開けて、マリーは部屋から出ていく。花を踏みつけて。
 せっかく、ロズが綺麗に育てた花なのに。



 その日。 
 初めて。僕は眠った。そして夢を見た。僕が作られた時の。空っぽの僕が生まれた瞬間の。
 たくさんの人形が、僕の目の前で転がっている。その人形を見て、僕の中の命たちは叫び、苦しみ、恨んでいた。

「……後戻りはできない、な」

 僕の口を塞いでしまった誰かが言う。

「ポケモンを作るなんて。だがこれで国を変えられるなら……」

 彼は恨んでいた。誰かを。彼は笑っていた。醜く。

「これでやっと終わる」

 でも、彼は泣いてもいた。

「さあ……私を、呪い殺せ。私の命が、お前の核になる」

 僕は動けない。人形だから。だから、あなたはその刃で自分の命を突き刺した。

「マリー……」

 滴る血が、僕に染み込んでいった。僕に、命が芽生えていった。
 僕は、苦しそうな彼を眺めていた。

「私は君に……愛されたくなかったよ……」

 痛みのせいじゃない。
 でも、君はなぜ苦しんでいるんだろう。なぜ泣いているのだろう。ねえ、エドワード?

「マリー……」

 僕には分からない。僕は生きているけど、でも人形だから。

「すまない……」

 やっぱり僕は、ただ眺めているだけだった。
 やがて、彼は人形になった。美しいまま。
 君は空っぽの僕を生み出して、動かなくなってしまったんだ。

 その命を、拾えれば。君にたくさんのことを聞けたのに。
 



 目覚めると、アンが僕にまた噛みついていた。力なく。縋るように。
 生き物に触れれば、鼓動を感じた。それは僕にはない熱だ。

『ねえ、ジュペッタ。マリーは私たちのこと忘れちゃったのかな?』

 アンが小さく、鳴く。

『何か言いなさいよ』

 悲しそうなのに。なのに、笑う。

『知ってるわよ。ちゃんと聞いてくれてるんでしょ』

 尻尾を振ってる。でも、アンは寂しそうだ。遠くでルイが寝ている。マリーはいない。マリーの帰ってこなくなった、マリーの部屋。最近は、僕も一緒にいない。

『女王にならない方がよかった』

 そうかな? 女王になったマリーの姿は美しい。でも、たしかに。みんな、笑わなくなったね。

『マリー……』

 僕を噛む力が強くなった。なにかに怯えるように、体が震えてる。寝床から起き上がれず、声もろくに出せなくなったアンは、助けを呼べない。
 アンが苦しみだした。

『どうして……こんなことになっちゃったのかな……』

 まただ。また痛みじゃない「なにか」がアンを苦しめてる。
 空っぽの僕の命が騒めくのが分かった。

『マリー……マリーに会いたいよ……』

 同じだ。エドワードと。また、マリーだ。
 理解できない。涙は、もう十分だ。

『マリー……』

 アンを、苦しめるべきではない。どうしても。だけどダメだ。僕にそんな力はないんだ。僕はただの人形なんだ。

『また……遊びたいなぁ……』

 やめて。苦しまないで。そんな顔、見たくない。アン。頼むよ。アン!

『………ジュペッタ?』

 ふと、目があった。するとアンは……そっと微笑んでくれた。僕の手が、そっと、アンの額を撫でていたから。

『やっぱり……ただの人形じゃなかったんだね……』

 初めて。「僕」は僕の体を動かして、アンに触れていた。冷たい体の彼女に。

『ケケッ!』

 僕が笑った。
 僕を映すその瞳は、最後まで優しかった。

 そのまま。
 アンは人形になった。

『……お姉ちゃん?』

 暗闇の中で、ルイが起き上がる声がする。

『お姉ちゃん? ……大丈夫?』

 僕の腕の中で、鼓動が止まる。美しいまま。

『お姉ちゃん? 嘘でしょ……ねえ!』

 また僕はただの人形になる。

『嫌だ……嫌だよ!!』

 どこ?

『お姉ちゃん!!』

 アンの命は、どこ?

『目を開けて!!』

 アンの熱が、体に残っていた。
 でも空っぽの僕には。なにも残らない。

 アンは、いなくなってしまった。



 ずいぶん、久しぶりに僕はマリーと眠っている。ルイも一緒だ。
 けど、そこにアンはいない。

 人形になったアンは飾られることもなく、消えてしまった。

「お姉ちゃん……」

 ルイが、僕に鼻を擦り付ける。少しだけ、尻尾を振って。一粒だけ、涙を零して。安心したように眠り続ける。

「ねえ、ジュペッタ……」

 ベッドに寝そべって、空虚な目でマリーは僕を見つめていた。

「あなたは、私を殺しにきたの……?」

 僕は、なんの返事もできない。人形の僕には。作られた顔のまま、笑うだけだ。



『女王様、その人形をお捨てください』

 ルイと僕を抱くマリーに向かって、その人間は冷たい視線を投げかける。アンがいなくなって、ほんの数日後のこと。

『あの毒花の出どころを突き止めました。裏切り者が城内にいたのです』

 色んなことを知って、マリーはついに感情を失ったように、ぼーっと立って聞くだけ。

『……先日お伝えした通り、エドワード侯爵も反王政派の人間と判明致しました。そしてその人形は、 呪術によって生み出されたポケモンの可能性があるのです。どうか!』
『……馬鹿らしい』
『マリー様!』
『死ねるなら本望だわ! 国を衰退させた父の尻拭いもできず、家族も見殺しにした君主にはね!』
『マリー様!!』

 マリーは、まるで僕みたいに空っぽになっていた。



 その日は突然やってきた。

「女王様!! お逃げください、城を捨てるのです!!」

 人が争う声が、遠くから聞こえていた。
 無数の「恨み」の声だ。けどそれは、僕の中に巣食うそれらと違い、まるで火のように。瞬く間に広がって、迫っている。

「いいえ。私は残ります。代わりにルイを、逃がしなさい」
「なりません!!」
『マリー!!』

 この異常を、ルイは敏感に察知したらしい。彼は服の袖を引っ張って、頑として動かないマリーを動かそうとする。

「ルイ、やめて! あなただけでも生きなさい! せめて……せめて女王として死なせて……!」
『行かなきゃ! マリー!』

 あまりにも悲痛に叫ぶ、小さなポケモン。

『マリーを守らないとお姉ちゃんに……お姉ちゃんに怒られちゃうよ!』
「……ルイ、やめて……」
『マリー!!』
「ルイ……」

 言葉が通じるわけがないのに。彼らはまるで、わかり合ってるみたいだった。
 マリーがルイと、そして僕を抱いた。

「……行くわ」



 城を捨てて。アンの眠る寝床を置いて。毎日着ていた美しい衣装を纏いもせず。僕とルイだけを抱えて。マリーは、火から逃れた。
 僕たちはキツく身を寄せ合って……ケンタロスが引っ張る車に身を隠す。

「もうすぐ町を出ます、陛下! 間も無くの辛抱です!」

 御者が叫ぶ。あんなに強がっていたマリーも、ルイも震えている。
 僕たちを包み込む声。「恨み」とはこんなに恐ろしいものなのか。

 そのとき、聞き覚えのある声がした。直後、ケンタロスの雄叫び。御者の悲鳴。なにかが、きっと車輪の壊れる音。横転。マリーの叫び。
 僕は、外に投げ出される。

『おいおい、役立たず! 此の期に及んでマリーを殺さねえのか!! やっぱりただの人形だったんじゃねえか!?』

 見覚えのあるロズレイドが、空を見上げたまま動かない僕の腹を踏む。そのイバラの鞭で僕を裂いた。破ける。今日の空は、真っ赤に染まっている。今気づいた。

「ジュペッタ!」
『マリーに近づくな!』

 マリーとルイの声が聞こえる。よかった。無事みたいだ。でも、アンの匂いが染み付いた右腕が取れてしまった。ルイは悲しむだろうな。

「ルイ! だめ! あなただけでも逃げて!」
『かかってこい! 僕がマリーを守るんだ!!』
「捕まえろ!!」

 人間の声。でもロズは、僕に興味津々みたいだ。

『失敗作め』

 また、鞭が。
 僕はもう、人形ですらなくなるのかもしれない。

 そう思った。そのとき。ロズを炎が包み込んだ。
 直後、大きな口が、僕を銜えあげる。

「なにしてる! たかがウインディに進化したぐらいで! 仕留めろ!!」

 その大きな生き物の背中に乗ったマリーが、僕を抱きしめた。そして咆哮と共に、周りが炎で包まれる。

『しっかり掴まって!』

 ルイだ。はは。ちょっと見ない間に、大きなポケモンになってる。アンが見たら腰を抜かしそう。

『させるか!』

 ロズだ。黒焦げになった彼が、目を血走らせてルイの足にツルの鞭を巻きつけていた。

『くそっ!』

 ルイが怯む。そして、一気に人間とポケモンが、たくさんの「恨み」が僕たちを囲む。
 きっとマリーを人形に……命を奪ってしまうために。でも君たちは人形じゃないじゃないか。命を奪っても、君たちじゃ拾えない。僕でさえ方法は分からないのに。なのにどうして、そんなことをするんだ。

 ルイが吠える。ポケモンたちが、ルイを傷つけていく。

「ルイ!!」

 マリーが、泣いている。

『マリー……!』

 苦しんでいる。

『死ね!!』

 また、痛みじゃない苦しみが。

『ケケッ!!』

 また、その苦しみが。

『ジュペッタ!?』
 
 僕を動かした。

「……なんだあのポケモンは!?」

 マリー。マリー。僕、気づいたよ。僕の命が空っぽで、動けず、ずっと人形のままだった理由。
 エドワード。僕は確かに、君の「恨み」を宿して生まれてきたみたいだよ。自分自身の涙を、「苦しみ」を呪った、使い所に困る「恨み」をね。

 どうやら僕の命は空っぽじゃなかったみたいだ。マリー。アン。ルイ。
 エドワードに隠されてたみたい。僕は君たちが大好きなんだって。

「ジュペッタ!!」
『ケケケッ!!』

 言うまでもないけど。まだ人形になるには早いよ。

 人は。ポケモンは。
 本当に美しいまま、人形になるべきなんだから。

「なんの技だ!? くそ、おいお前ら、立ち上がれ!!」

 アンは最期に微笑んでくれた。でも……もう、あれは嫌だ。

『この……出来損ないめ……くそっ……』

 どうだい? 「のろい」の力は強力だろ?

『……マリー、逃げよう! 掴まって!!』

 マリー。やっぱり僕は、あなたを人形にしたい。
 だから、僕は待つ。待ち続ける。あなたが、なによりも美しくなるまで。



 マリー。君は随分とおばさんになったね。笑わなくても、泣かなくても、しわくちゃで醜いよ。

『ジュペッタ。マリーを頼むね』

 もう、王女様と呼ばれた彼女はどこにもいない。
 人形の部屋のような部屋も、美しい衣装も。お城も。全部。

 小さな田舎の町で、泥にまみれて、毎日大変そうに。ボロっちい服で。くたびれて。汗だくになって。
 ルイと、頑張って。僕は、ただ側にいるだけ。

 でも。
 それだけで、あなたは喜んでくれた。

 見てよ、僕の右腕。マリーが縫ったからひどく不恰好でかっこ悪い。
 君の子供に掴まれてはぶん回されて遊ばれる僕の気持ちになってよ。

 そんなに楽しそうに笑ってないでさ。

「ルイ。大丈夫。ずっとあなたの側にいるわ」

 マリーは、ずっとずっと、美しくなったんだと思う。
 その腕が、僕と、大きくて、だけど老いてしまったルイの体を一緒に抱きしめる。昔のように。

 僕はまた、動けなくなっちゃった。もう、誰も悲しまなくなったから。それでいい。僕は人形だから。
 僕の中の「不幸」を望んでいた命たちは、いるんだけど、マリーと生活するうちに、すっかり黙ってしまった。だから僕はもう、本当に、ただの人形だ。

『お姉ちゃんに教えてあげるんだ。ジュペッタの武勇伝』

 ルイは、笑う。尻尾を振って。たったあれだけのこと、いつまで言ってるんだか。

『マリー……マリー……』
「ルイ。ここにいる」
『マリー……大好きだよ』

 ほんの一筋の涙が。彼の頬を流れた。
 その顔は、穏やかだ。

『お姉ちゃん……』

 ルイ。君は、人形になるんだね。

「ルイ……?」

 最期に。マリーの優しい声を聞いて。
 ルイの鼓動は止まった。
 ルイは、苦しそうじゃなかった。

 久しぶりに。マリーは、泣き続けた。
 僕は、それを醜いとは思わなかった。

 全てが、美しかった。

 本当は、僕はちょっとだけ動けるようになっていたけど。
 でも僕は、あなたが縫った不恰好な右腕を、ほんの少ししか動かすことができなかった。

 もう僕は、あなたの涙を呪えない。
 だから、僕はマリーと。ずっとずっと。一緒にいた。



 あなたの死に顔は、この世のどんなものよりも綺麗だった。
 僕の手が、あなたの頬に触れる。その人形のような冷たさに、僕の心が満たされる。僕は思う。どうか……どうかこの美しさが永遠のものであるように、と。皆があなたを悼めるように。
 あなたと共に僕は、寄り添い続けよう。
 あなたを呪い殺した僕だけど。あなたは僕と一緒にいて、幸せそうだったから。

 僕はとってもとっても、僕の「苦しみ」を呪った。でもまだ、とってもとっても苦しい。
 最期に、あなたは「ジュペッタ」と優しく呼んでくれた。僕はただの人形だったのに、あなたはやっぱり微笑んでくれた。

 僕はやっと、分かったよ。
 僕の中の命はね、みんな、悲しかったんだ。
 あなたが、慰めてくれた。だからみんな、あなたがいなくなって、また悲しんでる。

 だから、僕は泣いた。
 閉じられていた口を大きく開けて。たくさん。たくさん。あなたのそばで。
 みんなが、僕の中からいなくなってしまうまで。

 もう、僕の中には、僕しか残っていない。もうすぐ、僕は本当の人形になる。あなたと一緒に。
 苦しくなんかないよ。もちろん、空っぽでもない。

「ケケッ!」

 僕は笑うんだ。あなたと一緒に。
 僕はジュペッタ。人形のジュペッタ。
 あなたが僕を、そう呼んでくれた。

 了



閲読ありがとうございます。人を呪うために作られたものの、身体の中に「怨念」以外のものが込められた故にポケモンとして不完全なまま、人形のように動けないまま生まれたジュペッタのお話でした。
いや、結構粗がありますね……力量不足です、精進します! でも書きたいことはちゃんとやれたので良かったです。
ポケモン図鑑って、眺めているだけでお話が広がっていく説明文ばかりで、楽しい! では。


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Last-modified: 2018-12-04 (火) 13:43:09
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