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黒雲の中の太陽 第1話~第5話

/黒雲の中の太陽 第1話~第5話

?です。

そして…時間掛かったわりに短くてすみません。
それでは、START!


第1話 「綺麗なエーフィ」 


春半ばの空の下、大きな森の中にそよそよと優しい風が吹いている。
その風はある一匹のポケモンの体に沿って吹き抜けていった。
紫色でふさふさの毛を持ったエーフィだ。その毛は通常よりも長く、その姿は雌を思わせる。
「ふぅ。何だか久々の自由に体が踊り出しそうですね。まあ、ジェミヌまでですけど…」
少々愚痴を言っているが顔は笑っている。何にしても、嬉しいのには変わりはない。
ゆっくりと、その目的地に向かって森の中を歩いていった。

森を抜けたその先の町―ジェミヌに、私は来ていた。
父上からの頼み事で、この町の貴族、クライブ家の主に物を届に来たのだ。
幾つもの森に囲まれたこの町は、私の住んでいる街より落ち着いた雰囲気がある。
空気が澄んでいて、環境的に良いせいなのだろう。誰だって、良いところに住むということだ。
と、溜息をつく。此処の光景が、来る度にあそこと重なってしようがない。
(いけませんね…。変なことを考えてしまっては…。さっさと用事を済ませちゃいましょう)
ブンブンと首を振って、脳内の考えを打ち消した。今は、時を待つしかないのだから…。
そうこうしているうちに、クライブ家のお屋敷に着いた。
門の前まで行き、訪問客用のベルを鳴らした。ジリリリィィ!と甲高い音が鳴り響く。
『はい。どちら様でしょうか?』柱のスピーカーから声が聞こえた。
「ジュリアス家の者です。お届け物を渡しに参りました」
『おお、それはそれは。どうぞ、お入りになってお待ち下さい。ご主人様をお呼びしますので」
声がぷつりと切れたのを確認して門を開けた。そしてお屋敷に向かって木々の間を歩いていく。
お屋敷の入り口で一度止まり、ドアをノックする。「どうぞ」という声で、中に入っていった。
「失礼いたします」一言断って、ホールの奥へと進んでいく。
ホールの中は色々な物で装飾されていて、実に華やかなものだった。
大きなシャンデリアの下で座って待っている。(丁度、おすわりのような状態になっている)
やがて、メイド姿のエネコロロが出て来た。言うまでもなく此処の召し使いだ。
此方に目線を向けてきたので笑顔でお辞儀をする。
「まあ、可愛いお客さんですこと。もう少しお待ちになって下さいね。お嬢さん」
最後の言葉に顔が多少引きつった。が、笑顔でまた返事をする。
そのエネコロロは奥の部屋に消えていった。と、その部屋の中から小声が聞こえる。
聞かないようにはしているが、どうしても耳に入ってきてしまう。
「おい、見て見ろよ。あの美人なエーフィ。何処の貴族の者(もん)だ?」
「ジュリアス家の者だってよ。でも、あんなに可愛い子が道中何もなくラビティアスィールから来たとは、たまげたもんだ」
「本当よねぇ。普通なら襲われてもおかしくないくらい綺麗なのに…」
「ああ。普通の雄だったら放って置きはしないよなぁ。あんな世界に一匹しかいそうにない様な雌」
どうしても嫌な話ばかり入ってきてしまう。そのせいで、少し頭に来た。
フワリと、テーブルの上にあった物が一つ浮かび、その部屋めがけて飛んでいった。
すぐに叫び声が聞こえた。ナイフが目の前を通り過ぎて、壁に刺されば当然だろう。
無論、私が念力でやったことである。部屋にいた人達がこっちを向く。
私は微笑みながら口を開いていった。
「ご心配して頂き有り難う御座います。でも、そんなにご心配して下さらなくても大丈夫です」
全員ギョッとした顔で見ている。聞こえてないと思っていたのだろう。
それとも、今の発言に驚いたのだろうか。どっちにしても私には関係ない。
問題はその後、私のことを「可愛い」だの「綺麗」だのといったことだ。
私はそんな風に言われ、雌としてみられるのが、一番嫌いだ。何故なら……。
「私、雄(・)ですから」
「「「「え…………ええぇ~~~~~~~~~!!?」」」」

第2話 「帰路」 


耳を塞ぎたくなるような声が、屋敷に響き渡った。
それによって、屋敷の奥にいた召し使い達が、フーディンと共に出て来た。この屋敷の主だ。
私はそのフーディンに、軽く頭を下げた。
そんなことお構いなしに、召し使い達はガヤガヤと話している。
「どうしたんだ!?とんでもない声が聞こえたが」
「……そ、それが、其処のエーフィがよぉ…」
「下らない事ですから、あまりお気遣いなさらないで下さい」
これ以上面倒臭くならないように、にこやかに笑いかけてそう口を挟んだ。
不思議と思うように首をかしげる召し使い達を下がらせ、フーディンが前に出てくる。
再度、お辞儀をして目を合わせた。それを見たフーディンが微笑んで口を開いた。
「君が来るとはね。ビード・ロ・ジュリアス君。父上のお気持ちかな?」
「まあ、その様なところです。ロシェル・デア・クライブ様」
簡単に挨拶をして、抱えてきた袋包みを念力でロシェル様の前に持ってきた。
それを、ロシェル様は片手で掴み、此方に向き直った。
「これですか?メイジスの贈り物というのは?」
「はい。父上から、中身は覗かぬようにと言付けられておりますので、私はこれで…」
頭を下げ、立ち上がり、入り口に向かって歩いていった。
屋敷の入り口で、再度頭を下げてから入り口の扉を閉じた。
門を出るまでは、しっかりと気品を保ち、貴族の姿を装ったまま歩いていく。
門を出て、出来るだけ静かに閉じた。そしてそのまま、町に向かって駆けていった。
屋敷からある程度離れ、大通りの中に入り込み、その足を緩めた。
「…はぁ。全く、いくら知り合いの貴族とはいえ、自然体でいることが出来ないのですから、たまったものじゃありませんね。せっかく屋敷から出させて貰えたというのに…」
ブツブツと、独り言を言いながら、大通りを森に向かって歩いていった。
別に貴族という身分が嫌いなわけではない。ただ身分が違うというだけであり、その他は皆、同じ世界に存在している生き物なのだから。
嫌気が差すのは、その身分の権力に酔いしれ、それ相応の身なりや行動の強制を強いることだ。
貴族は其処の土地の権力者であることが多い。それ故、その力を土地の者に無駄な程示す。
それが、その貴族の良さだと思い込んでいる。権力の本当の力を一欠片も持っていないのに…。
大きく溜息を吐いて、また走り出す。森林浴でもして帰ることにしたのだ。
少しは、落ち着くことが出来るだろう。このまま帰ると余計な事までもめ事を起こしかねない。
森の中はとても静かで、町が側にあるなんて嘘のようだ。走るのを止め、ゆっくり歩く。
来た時と同じく、そよそよと風が吹き、木の葉を小さく揺らしている。
揺れた木の葉の隙間から時々、太陽が顔を覗かせる。その光が眩しく、目を細めた。
此処の、暖かく、澄んでいる空気がさっきまでの嫌気を徐々に落としていってくれる。
やがて、心に余裕が表れてくる。ラビティアスィールも、もうすぐ其処にまで近づいてきた。
最後にもう一度、大きく空気を吸い込んで、森を走り抜け、町の入り口のアーチを潜った。
そのまま、海岸の方へ向かった。ジュリアス家の屋敷は、港の近くの岬にあるため、そうした方が速い。港は入り口から道なりに進めばよい。
海岸から港と反対に曲がる。目の前の坂を上り、更に階段を駆け上がった。流石に息が切れる。
登りきったところで、疲れて座り込んだ。百段近く上がったのだから疲れてもおかしくはない。
まだ息が整わないうちに、下げていた顔を上げた。目の前にある門の向こうには、クライブ家の二倍位の屋敷がそびえ立っている。
これが私の家、ジュリアス家の屋敷だ。この島一番の権力者だとこんなものだ。
東の大陸にいる貴族はもっととんでもないことになっている。
あと、貴族がいるのは、此処から北に行った先にある2つの島だけである。
東にもう一つ島があるが、貴族の支配のない島で、大陸の北と北東にある諸島も同じだ。
門を開いて、庭に入って尻尾で閉じた。屋敷に向かって歩き、扉の前で止まった。
暫く扉と睨めっこしていたが、先程と同じように深呼吸をして扉を開けた。
すぐにクライブ家よりも大きなシャンデリアが目に飛び込んでくる。そして目の前には階段。
辺りに気配が無いことを確認して、階段を上り始めた。とにかく父上に報告するのが優先だ。
出来るだけ足音を殺して走る。二階の最東端の部屋に父上はいるはずだ。
二階に付いたら、そのまま父上のいるであろう部屋に向かっていく。
が、すぐに大声で後ろから呼ばれた。考えが甘かったようだ。渋々振り返った。
其処にいたのは、此方をきつい目つきで睨んだ、私と同じエーフィがいた。
「母上、何かご用でしょうか?そんな大声出さなくても聞こえていますが…」
「ずいぶんな言いぐさですね…。今まで何処にいたのです?」
面倒臭い。よりにもよって母上に捕まるとは…。簡単には行かしてくれないでしょうね。
「母上に報告する必要がおありですか?別に私は母上の言付けを破ってはいませんが?」
「もう少し大人しくしたらどうなのです!?全く、気品の欠片も有りはしない!ジュリアス家の恥ですわ、本当に」
「どうせそんな話が出てくると思いましたよ…。いい加減にして下さいませんか?母上がいくら言おうとも、私はそんな事に気品があるとは微塵も思っておりませんから。私は母上と同じには、たとえ実力行使でもなりませんので。覚えて置いて下さい」
冷静に此方の意見を述べる。色々と言いたかったらしいが、此方の意見に口を噤んでしまう。
そのまま暫く沈黙が続いたが、母上は私を再度睨みつけると隣の部屋に姿を消した。
私は、ふぅっと息を吐いてから歩き出した。疲れて走る気になれないのだ。
母上さえいなければ、私だってこんなに歯向かったりはしないだろう。
それほど、私にとって母上の存在は不快感を与えることになっている。
だからこそ、この屋敷にはいたくない。本音を言ってしまえば、そんなところだろうか。
あくまで本音だ。決して実行に移そうとは思っていない。父上のお陰だ。
唯一屋敷の中で私と同じ考えを認めてくれている。それだけで、私には十分な支えになってもらっている。
今回のお届け物も、父上が作ってくれた口実みたいなもの。事実ではあるが。
そのお陰で、滅多に出れないこの屋敷から何事もなく出られたという訳だ。
まあ、実際のところ、自由を満喫したと言うには微妙だったが…。
少しすると、父上の匂いが強くなってきた。そして、扉の前で立ち止まる。
此処だ、父上のいる部屋は。やはりいつもの部屋だった。片前足でその扉を軽くノックした。
「ビードかな?どうぞ、入ってきても大丈夫だよ」

その勇ましそうな口調の言葉を確認すると、扉を押し、中に入っていった。

第三話 「父上」 


部屋に完全に入って、ゆっくりと扉を閉じた。
部屋の中は、たくさんの本棚にびっしりと、本が詰まっている。いわゆる書斎だ。
主に家系の歴史書や貴族関係の分厚い本が並んでいるが、所々薄い物もある。
その本棚が左右に並び、中央にある通路の先のバルコニーに黒い影が見えた。
影を確認して、再度歩き始める。私が其処に付く前に、黒い影は振り返った。
黒と灰色の毛に、顔から突き出た鼻と口。口元に見え隠れする牙と鋭い目つきは、肉食であるという事をよく表している。
「父上。クライブ家へのお届け物、無事に届けて参りました」
「うん、お疲れ様だったね。久々の外の空気はどうだったかな」
さっきまでの鋭かった目つきは、その言葉と共に全く正反対な優しいものになった。
メイジス・グレア・ジュリアス。それがグラエナである父上の名前だ。
座っていた所から腰を上げ、バルコニーから此方に向かってきた。
そして、共に間が二、三歩空いたところで止まる。此方を眺める父上に苦笑いを向けた。
何が言いたいのか分かったらしく、同じく父上も苦笑いで返してくる。
「その様子じゃ、あんまり気乗りしなかったようだね…。かえって気まずくなったかな…」
「ええ少々…でも、仕方ありません。外に出させて貰えただけでも感謝しています」
それを聞いて、父上の表情が少しだけ綻んだ。先程の感じよりは反応が良いので、少しばかり安心してくれたのだろう。
その場から立ち上がり、私の横を通って、父上は書斎をあとにしようとする。
私は開け放たれたバルコニーへの窓を閉じに行き、しっかりと鍵をかけて、カーテンを引く。
その後、父上の後を追おうとすると、書斎の入り口の扉を開いて父上が待っていてくれていた。
急いで扉に駆けていく。私が部屋を出るとゆっくりと扉が閉じていった。
バタンという音を聞いてから、二人で廊下を歩き始める。
「すみません。あんな事で父上の手を煩わせてしまって」
「気にすることはないさ。私の意思でそうしたのだから。それに今のはお互い様じゃないかな?」
そう言って、此方に向かって軽くウインクをしてくれた。
父上の言うことは最もなのだが、此方の気持ちが収まらないのも事実だ。
しかし、この状態だと何を言おうと父上は意見を譲りはしないのも知っている。
仕方なく、そうですねと受け答えをした。顔では納得してないのが分るだろうが、まあ、見過ごしてくれるだろう。
その後はあまりしゃべりもせず、長い廊下を歩いて行った。
途中、私だけが一つの部屋の前で足を止める。一歩後れで父上も足を止めた。
「どうしたんだい。もうすぐ夕食が出来上がる頃だけど…、何か用でもあるのかい」
少しばかり首を傾げて此方を見てくる。それに、違うと、首を横に振る。
その答えに、父上は更に首を傾げてくる。
「別にそれほどの用があるわけではないのですが、明日の準備がまだ終わりきっていないので、もう一度、荷物の中身を確認してしまおうかなと」
そう言うと、父上は納得した顔をしてくれた。そして、待っているよと言って、先に歩いて行き、いなくなった。
それを見届けると、横にある扉を開いて部屋に入る。すぐに扉を閉めて、鍵をかけておく。
部屋には、開け放たれたままの窓。中央に少し低めの丸テーブルにソファ。壁際には本棚等の背の高いもの。それに、屋根付きのベッドが置いてある。
テーブルの上に布袋が一つ置いてあり、中には箱が幾つか入っている。
この箱のほとんどは母上に持たされた物だが、僅かばかり私の物も入っている。とは言っても、中身はほとんど変わりはしないのだが…。
後はこれに、あの大切なお守りがあれば準備は終わるのだが、ここ三日探しても見つからない。
心当たりは全て探した。どう考えたってこの部屋には無いのだ。
(…仕方がないですね。少しばかりESP(能力)を使いましょうか)
額の紅玉に精神を集中させていく。其処から更に、力を目に集めていく。
ある程度の精神変換が終了し、少しずつ目を開いて部屋の中を見る。映ったのは色の薄い部屋。
映ったものが消えてしまわないように、そのまま力を安定値にもっていく。
映っている景色に邪魔な色が消え、部屋に鮮やかな色が戻った。そして動き出す。
目の前には忙しく何かを探し回っている私がいる。そう、アレが無くなった日。三日前の私だ。
今映っているのは三日前のこの部屋。つまり過去のこの部屋で起こった事を映している訳だ。
未来見通す『未来予知』。これを利用する力の方向と逆にして利用すれば出来ないことはない。
ただ、本来使わない方向への力は、必要以上に体への負担が大きい。あまり多用はしたくない。
探していた物がこの時にはあった。やがてそれを元の場所に戻し、三日前の私は部屋を出た。
無くなったのは私が此処に戻ってくるまでの間。約三十分経ったら消えていたのだ。
少しして、扉が鈍い音を立てて開いた。その扉の方を向くと誰かがいた。
見えない。力が不安定になってきたらしい。どうにか目を凝らしてみると、顔がやっと見えた。
其処までで体の力と集中を解いた。映っていたものは消えて元の部屋に戻っていく。
どうにか手がかりだけは掴めた。後は本人に直接聞くしかない。これ以上無理をすると辛い。
少しばかり不安定な足取りで窓を閉じ、扉に向かう。片前足で押し開きゆっくり廊下に出た。
尻尾で開いた扉を閉める。そして歩き出そうとして前を向くと。
「…父上…何でこんな所にいるのですか。もう食事は食べ終わったのですか」
「いや、オピリアに『そんな事は許しません!すぐに連れてきなさい!』って、怒鳴られてしまってね。まいったよ」
…全くもって自分勝手きわまりない。何でそこまでして自分の考えに統一させようとするのだろうか。
まあ、素直に従っておかないと後々面倒ごとが増えるので、行くことにする。
二人でまた苦笑いを見せて歩き出した。
「…にしても済みません。母上の命令とは言え、また私のせいで無駄足をさせてしまって…」
「別に、断ろうと思えば断れたよ。私が自分で動いているのだから構わないさ」
そう言って先程と同じように、此方に向かってウインクをしてくる。
優しさ故なのだろうが、やはり納得のいかない声で全く同じ答えを返す。
しかし、これが父上なのだな、と感じながら、父上に並んで歩いて行った。


第四話 「大切な物」 


調理場に近づくにつれ、美味しそうな匂いが漂ってくる。どうやらもう出来上がってしまっているらしい。
少しばかり、料理人達に悪いことをしたと思ったせいか、急ぎ足になる。
気付かないうちに父上より先に行ってしまう。追い掛けるように父上も速度を速めた。
匂いが漂ってきている部屋に入ると、案の定、既にテーブルに幾つか料理が並んでいる。
そして、テ-ブルの向こうには怒りで顔をしかめた母上がいる。当然睨んでいるのは私だろう。
「遅い!先程、あれだけ言ったにもかかわらず何処で何をしていたのですか!いい加減に勝手行動を控えなさい!この…」
「恥さらしが。ですか?時間に遅れたことに関しましては、私ごとでしたので謝ります。しかし、そこから他の事に話を繋げないで下さい。それに、幾ら此方が悪いとはいえ、料理を目の前にして大声で怒鳴ることの方が十分はしたなく、恥さらしだと思いますが?」
たっぷりと皮肉を込めた言葉と笑みを返す。
対して、母上は何も言い返せずに、ぎりぎりと歯を噛み締めて私を睨んでいる。
後ろでかるい溜息が聞こえた。とりあえず、これ以上の問答はしたくないので、素直に席に着く。少し離れた場所に父上も座る。
それを確認すると、母上は私から視線をはずして、料理に手を伸ばした。
続いて、私と父上も目の前にある料理を食べ始める。
どうにか前脚でナイフなどを掴んで食べている父上と母上をよそに、私はそれらを念力で動かし、さっさと食事を済ましていく。
後で何か言われるだろうが、じれったい事をして失敗する事こそ恥ずべきだとまた言い返せば済む。まぁ、いつも前脚など、食事では使わないのだが…。
今はそんな小言のことなんかどうでもいい。それよりも確認したいことがある。
一通り、運ばれてきた料理を食べ終える。器を重ね、念力を使い調理場まで運んでいく。
入り口まで来るといつもの如く、其処にいるメイド姿をした一人が此方に寄ってくる。
そして、浮いていた器を即座に受け取った。困った顔を此方に向けながら流し台にそれらを運んでいく。
「別に、そんな慌てて運ばなくともいいですよ。大変でしょう?」
「何度も申しますが、お気持ちだけで結構ですから…。主側の貴方がこんな事をなさらないで下さい…。わたくし達が全てやりますから…。奥様にどやされるわたくし達の身にもなってくださいよぉ…」
汚れている器を洗いながらそう嘆かけてくる。フフフ、とそれについ笑ってしまう。
すると、困った顔で更に口を尖らせる。その顔が余計に可笑しく、堪えきれなかった。
「ううう…、酷いですよぉ…。ビード様ぁ…」
「フフフ…、御免なさい。余りにもウェイの顔が可愛かったもので…つい」
その言葉を聴いたフローゼル――ウェイ・アリウムは、目をウルウルさせて、此方を見てくる。
流石に、これ以上笑い続けては、此方が悪者になってしまう。かろうじて笑いを飲み込む。
ウェイはまだ目をウルウルさせている。出来ればそんな顔を此方に向けてほしくない。こういうことに関しては弱いからである。
まるで逃げるようにして、ウェイから視線を僅かにはずす。気付かれないようゆっくりと。
それでも、私を見てウェイはクスッと、その顔のまま笑う。バレバレの様だ。
涙を拭って、さっきまでの事が嘘のような笑顔を此方に向けてくる。
「あははは。この位の事で、怯んでしまっているようでは、雌の方とお付き合いできませんよ?」
「それは…そうなのですが、どう接すればいいか全く分からないんです。あまり外に出れない上に、雌と会う機会など、屋敷の中以外ありませんから」
ウェイの言葉に苦笑いを返して、そう答える。それはそうだという顔をして、ウェイはまた器に洗剤をつけ、念入りに擦り始める。
そろそろ邪魔になるだろうと感じて調理場から出て行こうとする。
ふと、忘れかけていたことを思い出して足を止める。
「そういえば、ウェイ。少しばかり聞きたい事があるので、手が空き次第私の部屋へ来てもらえますか?」
ウェイは再度手を止めて、此方に振り向く。その顔はキョトンとしていた。
いきなりこんな事を言えばそうなるのも当然だが、私があまり誰かを部屋に呼ばないが故に、尚更不思議に思ったのだろう。
此方がそのまま返事を待っていると、「ふひゃ!?」と素っ頓狂な声が聞こえた後に返ってきた。違うメイドがウェイの肩をかるく叩いたのだ。
「え、えっと…、ビード様のお部屋に伺えばよろしいんですね?分かりました。私の方は大丈夫ですので、後程伺います」
ウェイに対して微笑んで返事を返し、調理場を後にした。
私が歩いてきた方から、食器を抱えて次々と召し使いたちが歩いてくる。その方向と反対に私は歩き出す。先程の食事のことを母上に言われるのは面倒臭いので、無意識のうちに早足になっていく。
廊下をあっちこっち曲がって部屋に着く。扉を閉めて、代わりに窓を開けると風が頬を撫でるように吹き抜ける。日が落ちたせいか、その風は肌寒いものとなっている。
窓の外は、西の空以外が既に星空へと変わってきていた。空に残った赤が海面に乱反射して、眩しさがまだ少しばかり強さを残してはいるが、じきに夜空に飲み込まれるだろう。
部屋の空気が涼んで、元々の空気は外に追いやられたようだ。窓を閉め、カーテンを引き、窓辺から離れる。
ウェイが此処に来られるようになるまでには、まだ時間がかかるだろう。かといって、時間を費やすいい方法など無い。部屋から出てうろつけば、また母上に何かと言われるだろうし、中にいても退屈なのだから。
ベッドに跳び乗り、座り込む。目の先に映った本棚から本を一冊抜き出し、手元まで持って来て開く。何十回も読み返した本など面白いわけもなく、パラパラとページが進んでいく。それをただボーッと流し読みをしながら、無駄な時間が過ぎていく。

数時間後…。

目の前が真っ暗になってしまっている。そんなにも長い間あんな事をしていたのだろうか。しかし、電気のついていた部屋が何故真っ暗になっているのだろう。
そんな事を考えていると…。
「…………ま………さま……どさま……」
何処からか声がしてくる。雌の声のようだ。ただ、その声が徐々に大きくなってきているような気が…。
「ビード様!」
「は、はい!?」
一気に大きくなった声にビックリし、反射的に返事をしてしまう。
すると、さっきまでの真っ暗だった空間は消え、目の前にはいつもの部屋が映った。頭が何かと働かないが、今の体勢とベッドの上に開いたまま置いてある本を見る限り…。
あのまま寝こけてしまったようだ。
体を起こして座り直すと、私を眠りから起こしたあの声の主がいた。
「お目覚めになられましたか?その、大声出してすみません…。なかなか起きてもらえないので…つい…」
「いえ、とんでもないです。私こそ呼んでおいて眠ってしまうとは、申し訳ありません。有り難う御座います」
困った顔をしたウェイにお礼を言うと、とんでもないとブンブンと首を横に振る。
それを横目に部屋の時計を眺めて見ると、ベッドに乗っかった時から約一時間経っていることを示していた。
ウェイが来るには少しばかり遅い気がする。仕事が終わってから何かしていたのだろうか。
と、ウェイのことをよく見てみると、手を後ろに回してまるで何かを隠しているかのように此方の顔色を覗っている気がする。
その不自然すぎる仕草に僅かに首を傾げる。
「あの…それで、お話しとは一体何でしょうか?」
ドギマギしながら聞いてくる上に、その視線は此方をあまり見てはいない。
とても怪しいのだが、何か悪さをしようと企んでいる訳ではなさそうなので、聞くのは後で十分だろう。とりあえず優先すべきは、あのお守りの事である。
ウェイへの疑心を頭の隅へ追いやり、話をし始める。
「それが、少し前から大切なお守りが見当たらなくなってしまっているんです。どうもこの部屋には無いみたいなので、少しばかり協力してもらいたいのですが…」
「分かりました。お任せ下さい」
快く受けてくれたが、微笑んでいた顔には、何となく先程よりも焦りや恐怖のようなものが混じっている。
私が何か言っただろうか。意見や意志をはっきり言うウェイの性格ならば、そんなこともないと思うのだが…。
隅に追いやっていた疑心が舞い戻ってくるのをどうにか押さえ付けて、ウェイにお礼を言う。
やはり、とんでもないですという言葉が返ってくる。出来ることならば、私を高い身分の者と見て欲しくはないものだ。
「それで、…どんな感じなんですか?そのお守りは」
ウェイの考えている事が何であれ、表面では笑顔を崩さずに普通を装って聞いてくる。
とにかく、その気持ちだけでも受け止めて、答えを返すことにした。
「透明な石が下げてある、金色の鎖でできた首飾りです」
「!!」
私の一言でウェイの表情から笑みが消え、一瞬、先程より恐怖の色が増した。が、すぐに消える。
しかし、明らかに目は泳ぎ、体の所々が強ばって震えている。
流石に、これまでの異変に気付いておいて、これ以上の無視は出来そうにない。加え、その状態のままでいてもらったら話もしづらいのである。
少しばかりウェイに顔を近づけ、その顔を覗く。
「あ、あの…私の顔に何か付いていますか…?」
「…別に何も付いてはいませんよ。ただ、変ですよ。何か隠し事してませんか?」
「え…!?…そ……そんな…こと…」
ビクリとして体が硬直した。その拍子、下の方でカタンという音がする。私がその音に反応して、ウェイの顔から視線を外す前にウェイがすごい勢いでその方に目線を向ける。
そのまますぐに落ちたものを拾い上げようとする。が、もう少しで届くところでその手を止める。…否、止められた。私の『金縛り』によって。
ゆっくりとベッドから降りて、その落ちた物を確認しに行く。拾い上げたそれは、私の“大切な物”…探していた首飾りだった。


第五話 「主従関係」 


もう一度、自分の首飾りであることを確認してから、念力を使いそれを首に掛ける。
その場で後ろを向いて、座り込む。目の前には未だに手を伸ばしたままの姿で固まっているウェイが映る。
金縛りを解くと、そのまま前に倒れ込む。手を付いて転げるのを防ぎ、恐る恐る立ち上がる。
今までに無いくらいブルブルと体が震え、下を向いたまま立っている。どうやら、コレを落としたのは完全にウェイだったようだ。分かり切っていたことではあるが…。
何故ウェイがコレを持っていたのかも何となく想像は付くが、念のため、確認だけはしておく。もし勘違いだとすると色々と面倒臭いことになるからだ。
「ウェイ…コレ、どうしたんですか?」
「……………」
答えが返ってくる気配は感じられない。仕方なく、少々強い口調でもう一度呼びかける。
「ウェイ…」
「ひぅっ…!ご、御免なさいぃ!」
またもビクリと肩を竦めて目を瞑る。開いた目には今にも零れ落ちそうな量の涙で溢れている。
私がただ睨んでいるだけで、もう精神的に辛いのは良く分かるが、ウェイの口から答えを聞くまでは先にも進めはしない。
しかし、謝罪の言葉が返ってきてから数十秒すると、涙声になりながらもウェイが質問の返事をくれた。
「…ひっぐ、奥様が……それを取って…来なさいって……。…えう、ひぐっ、そんな事出来ないって…言ったんですが……えっぐ、居場所を奪られそうになって…。それで…あうううぅぅ…」
「もういいですよ…。悪気や自分の意志でないことは十分分かりましたから」
目つきを緩めて少し前の優しい口調でウェイの言葉を止めさせる。すると、糸が切れたように、両手を顔に当てて小さく泣き出してしまった。緊張がきれたせいだろう。
尻尾で軽く、ウェイの頭を撫でる。ウェイが泣くことなどほとんどないが、主人側絡みの事となるとどうも泣き虫になってしまうらしい。それほどこの家において、私達は恐ろしい(・・・・)存在になってしまっている。
しばらく泣き続け、腕の毛がびっしょりになった頃、やっと目からその腕が外れた。後ろから赤くなった瞳が見えてくる。尻尾を元に戻すと、ぐずった声でウェイが口を開いた。
「怒らないん…ですか…?」
「ええ。怒る理由がありませんから。…少なくともあなたには。」
いつものように笑みを浮かべてウェイに答えを返す。それを見て少し落ち着いたのか、ゆっくりとその場で立ち上がり、涙をぐいっと拭う。が、いくら濡れた手で擦っても目元にはまだ水気が残ってしまっている。
何にせよ、首飾りが戻ってきたのだから、あまりウェイを此処にいさせるわけにはいかない。
早めに帰さないとウェイが母上にこっぴどく叱られてしまう。それでなくとも、屋敷の中を歩き回れる時間はとうの昔に過ぎてしまっている。しかも、ウェイは母上の命令を捨てた。下手をすれば、屋敷を追い出されかねない状況だ。
「落ち着いたのなら、長居は無用です。急いで自分の部屋に戻った方が良いですね。一人で大丈夫ですか」
「はい、問題ないと思います。……ビード様…その、本当に申し訳ありませんでした」
扉の前まで行って、此方に向き直ると深く頭を下げる。そんな謝る必要もないのに、相当気にしていたのだろう。
その謝罪を半ば適当に受け取り、とにかく急いでとウェイをせかす。強引にウェイを部屋から追い出しているようにも思われるかも知れないが、何となくは察してくれるだろう。
廊下に誰もいないかを確認してウェイが部屋を出る。続いて私も足を運ぶ。何者の姿も無いのを見て少し安心した。
それではと一言言って自室に帰ろうとするウェイに笑顔を向け、また明日と返した。ウェイはお辞儀をして小走りに走っていこうとする。が、注意不足だった。
「ウェイ、其処で何をしているのです?」
私の後ろから聞こえた声に、ウェイが固まる。まぎれもなく母上の声だ。ため息を一つついてから母上の方を向く。同時にウェイも。
顔にはいつも以上の怒りと、疑問が見える。大方、ウェイがこんな所にいることに対しての疑問と規則を破ったことに対しての怒りだろう。
母上は私の横を通り過ぎて、ウェイの前で足を止めて顔を見上げる。目を逸らしたいのに逸らせないウェイの精神面は既にさっきのことも含め、ボロボロになりつつある。もう母上の言葉を受け止め、言葉に返すことはできない状態だろう。
「何をしているのかと聞いたのです、ウェイ!」
「ひっ!ご…御免なさ…」
「そんなことは聞いていないと言っているでしょう!」
やっとの思いで搾り出した言葉を遮る二度目の大声にウェイは大きく肩を竦める。私にいたっては大声に耐え切れず、前脚で耳を塞いでしまっていた。
そのまま、また無言の時間が過ぎていく。正直、母上と揉め合う事になると面倒臭いが、これ以上放っておくとウェイが壊れてしまうのは間違いない。辺りを探っていた念力を遮断させ、助ける準備に入る。
「いい加減に…」
「私がお願いしたのです、母上」
今度は私が母上の言葉を遮る。私が振り向くと、こちらを向いた母上からさっきまで怒りが全て此方に向いたというのが分かり易く伝わってくる。その奥では、声を殺しながらウェイがまたもや泣き出してしまった。
怒りの矛先が此方に向いたせいで、ウェイの小さな嗚咽は母上には届いていない。当の母上はあれ以降口を開かない私に、更に怒りを募らせているようだ。その証拠に声が嗄れるのではないかと思われるほど大きくなった。やっぱり五月蝿すぎる。
「ビード!いつまで黙り通すつもりですか!?」
「探し物を手伝ってもらったんです。そんなことより、もう少し静かにして下さい。他の方の迷惑になりますよ?」
これ以上事を大きくさせたくはないのだが、母上の怒声は止むどころか一層増した。
動けるようになったのか、ウェイまでも耳を塞ぐ。いい加減にしてもらわなければ、私の体にも影響が出てきてしまう。
「さっさと答えなさい!」
「静かにして下さいと言っているでしょう!大切な物を見つけに来てもらっただけです。まぁ、ウェイが持っていてくれたんですけれど…ね…」
最後の言葉に母上の顔つきが変わる。横目で、後ろにいるウェイを気付かれない程度に睨む。その後、此方にもう一度視線を向けてからつばを返し、ウェイの横を通り過ぎていく。その際、ウェイのお腹に重い『アイアンテール』を食らわして。
声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れる。急いで駆け寄るが、ウェイをこうした本人はもう目の前にはいなかった。
「ウェイ、大丈夫ですか!?聞こえてますか!?」
「だ…大丈夫……です…。…うあぅっ!!」
どう見ても、悲鳴を上げているウェイに大丈夫という言葉はあっていない。心配掛けまいと頑張って動こうとするものの、その度に痛みが体を支配して小さな悲鳴が響くだけ。
母上の後始末をするのは癪だが、こんな体のウェイを流石に一人には出来るわけがない。ウェイに念力をかけてゆっくりと体を浮かし、そのまま召し使い達の睡眠室まで運んで行く。慌てふためくウェイを見て、もう少し上下関係を気にかけないで欲しいと思いながら。
やがて部屋の前に着くと、そっとウェイを床に下ろす。まだ打たれた箇所が痛むのか、私にお礼を言うと、お腹を片手で押さえながら部屋の中へ入っていく。少し心配が残るが、中にいるであろう召し使い達が手当てをしてくれるだろう。
「明日はウェイもついて行くというのに…。全く…、本当に困ったものですね。母上には…」
誰もいなくなった廊下で愚痴を零し、私は来た廊下を引き返す。いつもの就寝時間をとうに越えている私の体はもう動きたくないと言っている。これで明朝、キャドに出かけるのだから堪ったものではない。
自室に着くなり、私は首飾りを元々あった棚の引き出しに戻す。今度は念力で開くことの無いように、その引き出しを固定しておく。
固定されたのを確認し、ベッドに飛び乗るとすぐに横になる。そのまま眠気に抗うこともなく目を閉じ、眠りについた。


こっちも完了。タイトルの数字を漢字から英数字に変更。


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  • 応援致します
    ―― 2010-03-12 (金) 23:21:58
  • >名無しさん。
    有難う御座います。頑張ります。
    ―― ? 2010-03-13 (土) 17:03:22
  • 続きを待っています。
    ―― 2011-08-03 (水) 10:49:43
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Last-modified: 2012-07-01 (日) 00:00:00
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